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月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり(終)

2014.10.26(02:24) 30





さようならって、なんだよ!


僕は一枚残されただけの手紙を握りしめたまま、屋敷中の部屋を確認した。彼らはリビングと寝室以外殆ど使っていなかったけれど、無駄に広い屋敷の中を走り回って、一つ一つ部屋を見て回り――そしてここに誰かが棲んでいた気配の欠片さえ残っていないことを知る。

もう一度リビングに戻った後、離れの診療所に持ち込まれていた猫足のアンティークソファがここに戻されていたのに気がついた。
そして机の上には〇ンケル1ダース………

僕はぼうっとしたまま外に出て、ぼうっとしたまま玄関の鍵をかけ、ぼうっとしたまま何も考えずに散歩コースのひとつの公園に向かった。


みゃう。

公園の入り口に来ると、見覚えのある黒猫が僕の足元にすり寄ってきた。ただその猫の首には、この前見たときにはなかった派手な蛍光ピンクの首輪がついていた。そして黒猫は中に入れと言うように、僕を公園の中に導こうとする。
すると。

「チビ」

聞き慣れた鼻にかかった甘い声の方に、黒猫が走り寄って行く。
声のした方に視線を向けると、そこには。

「琴子ちゃん! 入江!」

さよならと置き手紙一つで姿を消した二人がジャングルジムの横に立っていたのだ。

「渡辺さん、ごめんなさい。突然出ていってしまって。佳菜子ちゃんの様子とか気にはなったのだけれど、やっぱり入江くんと話し合ってそろそろここを離れた方がいいと思ったの。好きな人たちが沢山増えてくると余計に離れたくなくなるし。このまま黙って行ってしまおうかとも思ったけれど、渡辺さんにはあんなにお世話になってたのに、それじゃあまりに不義理過ぎるという気がして……で、ここに居れば会えるかもって。それに、これ」

渡されたのはこの家の鍵。

「そんなの、事務所に送ればいいと言ったんだが」

おまえ、つめてーぞ。

「いつか、また戻ることがあるのかもしれないけれど……その時渡辺さん生きてるかわからないし」

うっ……

「渡辺さん、佳菜子ちゃんの様子時々見てあげてね?」

「うん。僕も気になっているからね」

「ありがとう」

「連れて行かなくていいのか? 本当に。あの娘、親が捕まってこれから生きていくのに辛いぞ。この人間の世界で」

入江のセリフに、琴子ちゃんが首を振る。

「……もう、言わないで。どんなに辛くたって人間として生きていく方が幸せに決まってる」

あ、また入江の顔が曇った。

「……入江くん、誤解しないでね? あたしは一度も後悔してないから。入江くんと同じ不死の一族になったこと、一度も後悔してないから。人間でなくなったことも全然後悔してないんだからっ」

琴子ちゃんが入江に向き直り、きっぱりと宣言した。

「じゃあなんで琴美を仲間に入れなかった?」

「だって、あたしには入江くんがいるけれど……琴美にはこの先、人間であることをやめてまであの娘と一緒になってくれる人が現れるかわからなかったじゃない。あたしは入江くんと一緒なら人間じゃなくなっても平気だった。永遠に共に過ごせるなら望むところだった。
でも琴美は?
どんなに琴美を愛しててもあたしにとって一番は入江くんだし、入江くんだってそうでしょ……? 琴美のことを世界で一番愛してくれる人が傍にいない限りあの娘は永遠に孤独になってしまうと思ったの」

それにね………琴子ちゃんは少し目を伏せて、小声で呟いた。

「本当は半分ヤキモチなの、ただの。だって仲間に入れるには、ある程度大人になってからじゃ駄目じゃない? 子供だとそれこそ1、2年で住む場所変えなくてはならないもの。大人になって、あたしと同じくらいの年になった琴美に入江くんを、とられるんじゃないかって何処か心配だったと思うの……あたし、そんなこと思う時点で親失格だったのよ」

「そんなことない」

入江が琴子ちゃんを抱き寄せる。

「おまえはちゃんと母親だったし、琴美もおまえのことを母親として愛してた。俺たちが人ならぬ者だと知った後も。琴美は人として天寿を全うして幸せだったはずだ……」

「いりえくーんっ」
琴子ちゃんが入江にしがみついて泣きじゃくる。入江が優しく抱き寄せて……うーん、二人の世界に入り始めているぞ。僕は少々所在無げに空を仰ぐ。

まあ、琴子ちゃんにそんなこと言われちゃ、今後こいつが女の子を一族に入れることはないだろう。自分がヤキモチやくから男を仲間に入れることもないだろうし。つまりこの二人は永遠に二人だけで生きていくのだ。


「……じゃあね。渡辺さん、お元気で」

みゃう、と琴子ちゃんの胸で黒猫のチビが鳴いた。この子、連れて行っていいって言ってくれたから、と琴子ちゃんは嬉しそうに笑っていた。



――そして彼らは僕の世界から消えていった。



その後僕は淡々と日々の業務をこなし、平穏で平和な日常を過ごした。
尤も仕事柄、殺伐とした事件やらと関わることも多く、人間の方がはるかに狂気と猟奇に満ちた生き物だと思わざるを得ないことも多かった。
そんな僕を癒してくれる女性に出逢い、僕は彼女と生涯をともにしたいと心から望むようになっていた。あの二人のように、互いが互いを埋め合わせるような一対となりたいと。
何年か付き合い、彼女も僕を好きと言ってくれて、当然プロポーズはOKかと思いきや、あっさり振られてしまった。
僕はショックで立ち直れないかと思ったが、どうにも諦められなくて何度もチャレンジした。
そうして漸く彼女が断った理由を知った。
彼女は、病気で子供を産めないのだと、涙ながらに語ってくれた。
だから一生結婚しないのだと。
僕は、ほっとしたんだ。
僕が嫌いなわけではないのだと知って。
子供が欲しいから結婚したい訳じゃない。
欲しいのはキミなのだと。僕は何度も何度も彼女にプロポーズして、漸く彼女と結ばれることが出来た。
このまま二人だけで人生を過ごすのも悪くない。子供が欲しいなら養子をとるという手もある。選択肢も0ではない。未来は自分の意思で選べばいい。

そして僕らは結婚し、やがて僕は勤めていた事務所を辞めて小さな法律事務所を始めた。大きな事件を扱うことはないが、市井の人々のささやかな日常を守る仕事をしているのだという自負を持ってそれぞれの相談に対峙してきた。

やがて僕らはそろそろ子供を持ちたいという話になり、養子をとろうということになった。
僕たち夫婦が引き取ったのは佳菜子ちゃんだった。そう、虐待されていた少女だ。僕は琴子ちゃんに頼まれていたこともあって、佳菜子ちゃんいるの施設に何度も訪ねていた。僕の妻も一緒にきて、気が合うようだった。
佳菜子ちゃんの父親は出所後も彼女を引き取ることはなく、別の女性と再婚したと聞いた。
佳菜子ちゃんは入江が記憶操作をしたせいか、父親から虐待されていたことも、あの新月の夜のショッキングな出来事も覚えていなかった。それが幸いして、施設育ちでありながら僻むことも嫉むこともなく、真っ直ぐに育っていた。
犯罪者の娘、虐待された娘、そしてその頃小学生で性格も出来上がっている娘を引き取ることにあれこれいう連中を無視し、僕らは佳菜子ちゃんを養子にした。
その後、もう一人男の子を特別養子縁組し、僕は二人の子供の父親となって、子育てと仕事に忙しい日々を過ごし、幸福で充実した時を駆け抜け――

気がつけば20年という年月がそれこそ矢のように過ぎ去っていた。

その間に起きたちょっとした事件といえば、世田谷の入江家のあの屋敷が売りに出されたということだった。バブル崩壊でどうにも持ち直すことが出来なくて巨大複合企業だった入江財閥は解体され、それぞれの企業が独立した。本家本丸は、いくつもある資産の維持管理ができず、世田谷の家も手離すことにしたらしい。確かに固定資産税は半端ない。
無論家を管理していた事務所を辞めていた僕がどうこうできる訳もなく、その後IT企業の社長が購入し、古く耐震性もなかった洋館は解体されたということだった。

もう彼らがあの家に戻ることは二度とないのだと――そう思うと彼らに会うことはもう二度と叶わないのかも知れないと考えることもあった。これまで何度も――例えば余りにも美しい満月が夜空を支配している晩など、何処か心の片隅に残っていた彼らとの想い出がふっと沸き上がることがあった。

彼らは月の住人で、もしかしたら月に還ったのかも……そんな風に思いながら家のベランダから望遠鏡で月を見つめることもあった。


そしてーー2014年10月のある日。
その夜は日本全国で見られる皆既月食で、夕方6時台から8時台という比較的見やすい時間だということで、朝からその天体ショーの話で情報番組は持ちきりだった。
その日珍しく家族の時間が折り合って、結婚し嫁にでた佳菜子も子供を連れて来るというので、近くの公園でみんなで月を見ようと集まっていた。そこからはちょうどスカイツリーと月が並び、雲さえ遮ることがなければそれは美しい光景が見られるだろう。

「じいじ、お月様、隠れてくねー」
孫を膝にのせ、ゆっくりと欠けていく月を見つめる。

「じいじ、お月様大好きだものね」
佳菜子が笑う。
書斎のカレンダーは常に月齢カレンダーで、月球儀や月の地図など飾っているため、僕は無類の月マニアと思われているようだった。

やがて月は幻想的な赤銅色に染められていき――



みゃう。

「あーネコちゃんだーっ」

空を見るのに飽きていた孫が、チリチリと鈴を鳴らしながら近づいてきた黒猫に駆け寄る。黒猫は、まだ小さくて子猫だと思われた。

あの…… 首輪は――!

派手な蛍光ピンクの首輪――だいぶ色褪せてはいるが、どこか見覚えのある、それは………僕は呆然とその猫を見つめた。


「チビ、おいで」


そして、目の前に現れたのは――。
20年前と少しも変わらない二人の姿………。

「綺麗ですね」

琴子ちゃんが、変わらぬ屈託のない笑みを僕ら家族に向けた。
隣には相も変わらず、その月よりも美しい端麗な顔をした入江が面白そうに僕たち家族を見ていた。

「本当に……」

佳菜子が少し不思議そうな顔をして二人を見た。
けれどすぐに公園の遊具に走り出した孫を追いかけていく。


「よかった……幸せそうだね」

琴子ちゃんが黒猫を抱いて小声で囁いた。

「うん、幸せだよ」
僕も応える。

「すごいね、渡辺さんの家族、みんな渡辺さんと同じ、優しくてあったかい生気を持ってるよ」

「血は繋がってないんだけど……」
僕が怪訝な顔をして云うと、
「血ではないのよ。遺伝子の問題じゃないの。生気の質は、育まれた環境にのみ左右されるの。貴方の家族は、まごうことなき、貴方の家族だわ」

そして、また極上の笑みを浮かべて傍らの入江の顔を見つめる。
少しも変わらないお互いを愛しく見つめる様子に、20年以上の時が流れ去ったことなどまるで感じられなかった。

「ああ、そうだよ。僕の家族だよ」
君たちのように永遠に生きていく訳ではないのだけれど、僕の思いや生き方を受け継いだこの子たちは連綿とその思いを繋げてくれるだろう。
そして、いつの時代でもきっと君たちは見つけてくれるに違いない。


そう、いつの時代でも、どんな時代でも。
たとえ地球が滅んでも。

君たちはこの世界が終焉を迎えてもきっと二人でいるのだろう。

この世界に二人きりになっても。
永遠に互いだけを見つめて。

それでも、時折僕のことを思い出してくれれば僕はそれで十分だから。




やがて月食が終わり、月が元の美しい満月となり夜空に煌々と耀きを放ち始めた時、彼らの姿も、その子猫の姿のままだったチビももう居なかった。



――僕はこの先も決して忘れないだろう。
月下の恋人たちのことを――――






―――第一夜 不思議なふたり 了 ――

※※※※※※※※※※※※※※※※


やっと終わりましたあ! 第一夜!

エドガー直樹とメリーベル、時々アランな琴子………?

そう、ぽーなお話でした。

なんか、シリアスなんだかギャグなんだか分からない話でスミマセン。

ヴァンパイア系の話は好きですが吸血鬼ネタというよりも不死ということ、悠久の時の流れの中に生きているということにひかれます。
これぞ永遠の愛! まんまやん……





果たして第二夜 明治編、第三夜 戦国編は続くのか? 予定ではハロウィンまでに終わる筈だったのだけれど(^^;
ちょっとフツーのイリコト書きたい気分です。



追記…今年のお祭りアイテムらしい黒猫ちょっといれてみました(^^)僻地で密かなお祭り参加♪





Snow Blossom


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月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 7

2014.10.25(01:05) 29

★今回のお話は少しホラーな表現があります。(一応ハロウィン企画ということを思い出して)苦手な方はさらっと読み流していただけたらと………絶対無理というかたは読まないで下さいねm(__)m


※※※※※※※※※※※※※※※※※




「よくも……よくも入江くんに……」

琴子ちゃんが震える声で長谷川を睨み付けた。
あ。琴子ちゃんの瞳も赤くなってる。
そしてその華奢な体からなんか凄い気が溢れ放たれてるような………

初めてだった。
琴子ちゃんがこんな風に……ヒトではないものに変わるところを見るのは。

そしてふわりと音もなく移動し、呆然と倒れた入江の傍らで立ち尽くす長谷川の首を掴んだ。

「琴子ちゃん!」

首を絞めている訳ではない。首の付け根辺りに触れているだけだ。
でも、琴子ちゃんがあんな恐い顔をして人を睨み付けているのは初めて見た。
長谷川はただ触れられているだけなのにまるで金縛りに合ったかのように固まったままだった。
顔だけがひくひくと驚愕に震えている。

長谷川の身体から血の気が失せていくのがわかった。腕が干からび土気色に変わっていく。

琴子ちゃん、ちょっと待って!
さっき君が入江に云ったこと思い出してよ!

「パパ……」

僕の足元にしがみついていた佳菜子ちゃんの呟きに、琴子ちゃんはっとなった。
彼女が手を下ろすと長谷川はどさりと崩れ落ちた。

「あ、あたし………」

すうっと瞳の色が元の黒褐色に戻った。
おどおどしたような、頼りなげな……いつもの琴子ちゃんの姿だった。

「パパっ」

佳菜子ちゃんが倒れている父親の元に駆け寄った。

「大丈夫……死んでないよ。ちょっと加減がわからなくて…」

琴子ちゃん……人間から生気取ったことないって言ってたっけ。

「あ……入江くん…」

入江はさっきから微動だにしていない。胸にハサミが刺さったまま………シュールだ……

でも、なんでこいつ倒れたままなんだよ?

「――入江くんっ入江くんっ死んじゃいやぁ!」

琴子ちゃんが泣き叫んで、倒れている入江にすがり付く。

え? 死ぬの? 死なないんだよね? こいつ、不死なんだよね?
いや、でも今新月期たし、ヤバいのかなあ?
琴子ちゃんの尋常でない慌てように僕も焦る。救急車呼んだほうがいいのか?

あー琴子ちゃん、ハサミ抜いちゃ駄目だよっ血が吹き出すって………いや、吹き出さない……心臓動いてないんだもんな。他人に聞かせる時だけ心臓動かしたり脈振れさせたりするって言ってたっけ。

琴子ちゃんは抜いたハサミを少し離れた処に放り投げ、傷があるだろう胸の辺りに手をそっと置く。
入江は元々白い顔がさらに白くなっていて、瞳は固く閉じたままだ。やっぱり新月期はダメージが大きいのか。

「……大丈夫? 琴子ちゃん…こいつ」

「うん、傷はもう塞がったから。ちょっとさっき力を使い過ぎたせいだと思う……」

琴子ちゃんが入江の頭を抱いて膝に乗せる。髪や頬――そして唇を優しくなぞる。
その唇にふんわりと口付ける。
それからチュッチュッっと啄むように何度も口付けて――

入江の手がすっと琴子ちゃんの背中に回った。そしてぎゅっと強く自分に引き寄せる。
そして――。

「琴子。どうせならもっと激しいのがいい」

おいっ!

「い……入江くんっ! 気がついたの?」

琴子ちゃんががしっと入江の身体にしがみつく。

「もう……驚かせないでよ~」
涙が滝のように溢れているよ、琴子ちゃん。

「わりぃ」

そのまま再び二人は深く唇を合わせて……

ああ、それ、エナジィ補給バージョンね? 結構濃厚な奴ね?
僕は慌てて佳菜子ちゃんの目を両手で塞いだ。

「目を塞ぐくらいなら外で待っててくれないか? 急速充電するから」

きゅーそくじゅーでん? 何ですか、それ。


そして、僕らは外に追い出された。
琴子ちゃんに「絶対に中を覗かないでね」って念押しされながら。うーん、機織りでもするんですか?


で、30分。僕は佳菜子ちゃんとぽつぽつ話をしていた。佳菜子ちゃんのパパがよく女の人を連れ込んで外に追い出されて、扉の前で待つことが多いのだということ。叩かれたりつねられたり煙草を押し付けられたりすること………
僕は小さな少女の話を涙を流しながら聴いていた。何とかしなければっ!この娘を救えなくて何のための弁護士バッジた!




「わるい、待たせたな」
僕がめらめらと燃え上がる正義感の熱い想いに浸っていると、扉があっさりと開き、すっきり爽快な顔をした入江がぐったりとした琴子ちゃんを抱き上げて出てきた。

「めっちゃ元気そうだな?」
ホントに何ともないんだな。深々とハサミが突き刺さっていた様子が思い出される。あれは夢だったのだろうか?

「これくらいで死ねるんだったら900年くらい前に死んでるな」

「入江くん、昔、首を切り落とされたことあったよね?」

ぎえーっそれで死なないのかよっ!

「おまえ落ちた俺の生首いつまでも抱いて離さないし、キスしてるし」

うーん、サロメ?
いや……でもホラーだよな……かなり。
想像したくない……。

どうも一つでも細胞が残っていれば大概再生できるらしい。バラバラにされても生き返れるのか……ホラーだな、やっぱり。

「あたし…入江くんのいない世界でなんて生きていけない」

「知ってるよ」

そして彼は彼女を抱いたまま闇に満ちた夜に消えていった。



その後僕はぶっ倒れた長谷川を病院に連れていき、警察にも連絡した。
長谷川はただの貧血ということで、点滴だけで帰されたが、その夜の記憶は綺麗さっぱり消えていた。どうやら入江がきっちり記憶を操作したようだ。

そして僕は警察に彼の娘が日常的に虐待やネグレクトを受けていたことを訴えて、捜査してもらうように依頼し、佳菜子ちゃんは児童相談所で一時保護をしてもらうことになった。
後々、彼のそれまでの罪――強制猥褻罪だの結婚詐欺だの余罪がわしゃわしゃ出てきてお縄となる。そして佳菜子ちゃんは結局児童養護施設に預けられることとなった。

そんな雑務をあれこれ処理している間にすっかり新月期も過ぎ、そろそろ診療所も始まるだろうと僕は久しぶりに屋敷を訪れた。


「………え?」

屋敷の門扉には一枚の貼り紙が張り出されていた。

「都合により、当院は閉院いたします。長い間ありがとうございました」


僕は慌てて屋敷の方へと走り出す。
玄関の鍵を開けて、居間の扉を勢いよく開くと――室内は妙に整然と片付いていて、静まりかえっていた。
誰もいない。
気配さえもない。

そして、テーブルの上には一枚の置き手紙が。

「今までありがとう。渡辺さんのエナジィ、だいすきだったよ。さようなら」






※※※※※※※※※※※※※※※※

ちよっと生首は衝撃的だったでしょうか? イメージは耽美(?)とギャグ(??)なんですけど(^^;
どーにもエグい映像が思い浮かんだ方はピアズリーやギュスターヴ.モローの耽美なサロメを検索して上書きしてください………m(__)m




絶対! 次こそは! 第一夜完!………のはず(^^;


※注意書き10/25加筆しました。

Snow Blossom


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月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 6

2014.10.23(23:58) 28




「佳菜子ちゃん、琴子……病院の看護婦さん知らないかな?」

入江は努めて優しい声で訊ねる。膝を曲げて屈んで少女に目線を合わせて。

「お姉ちゃん……部屋の中…」

少女はおどおどと応えた。

「パバは?」

「パバはお姉ちゃんとお話があるからって……一緒に……あたしは外で待ってろって」

「おいっ入江! まずいんじゃないか?」

俺は焦ってドアのノブを回す--が、当然のように鍵がかかっていた。

「琴子ちゃんっ琴子ちゃん!」

俺はドンドン扉を叩いて叫んだ。

「いやあっ離してっ……!」

「琴子ちゃんっ」

琴子ちゃんの叫び声に入江が弾けたように立ち上がり、目をすっと細めるとドアノブを睨み付けた。

かちゃん、と音がした。
ひねると簡単に開いた。

「これくらい新月期でもなんとかなる」

飛び込んだ入江に続いて中に入る--と。

玄関の脇に小さな台所。そしてその奥に六畳程の居間。
そこには男に組み敷かれて暴れている琴子ちゃんの姿が――

「いやぁ入江くんっ助けて!」

僕の前にいた入江の姿がふわりと宙に浮いた。
一瞬にして奴の背後に立ち、その襟首を掴んで琴子ちゃんから引き剥がす。そして勢いそのまま、奴は壁に叩きつけられた。

……うーん、新月期でも侮れないな、彼の能力。

「………ったく何やってんだよ! ワキが甘いにも程がある! あんな奴にのこのこ付いていきゃあがって!」

うん、まあうかつだよな。……でも。

「だって……長谷川さん、佳菜子ちゃんのアレルギーことで相談したいって……」

そう言われて琴子ちゃんが断れる筈がない。

「だいたい相談されておまえが答えられるわけないだろうが」

「失礼ねっあたしだってずっと入江くんの近くで見てるんだから少しはアドバイスとかできるわよ!」

なんか口喧嘩はじめてるし。

「……何をごちゃごちゃと……」

壁に叩きつけられて気を失っていた長谷川が意識を取り戻したようだった。
むくりと起き上がり、入江に突進してきた。
しかし入江はあっさりかわし、逆にそのまま胸ぐらを掴むと壁に押しつけた。

「おまえ……よくも琴子に……」

「まだ何もしてないっ…」

いやーしてなくて良かったね。してたら殺されるって、あんた。とにかく琴子ちゃん押し倒した時点で終わってるけどね。ほら、もうあいつ瞳が赤くなってる。

「な、なんだ、その眼……」

長谷川は結構筋肉質タイプの頑強な体躯の男だ。そんな男がどちらかというと線の細いタイプの入江の腕一本で、身動き出来なくさせられているのが理解しがたいようだった。
じわじわと恐怖が沸き起こっているようだ。驚愕に目を瞠って、自分を射殺しそうな赤い瞳を見つめていた。

入江の指は彼の首を押さえつけていた。多分このまま、締め付けて窒息させることも頚椎をへし折ることも簡単だろう。

「……ぐっ……離せ…化け物…」

「そう。化け物だが、何か?」

くっくっと入江が笑う。禍々しい笑みだ。間近で見たら背筋がさぞゾッとするだろう。
そしてさらに指の力を込めて………

「ダメっ入江くん! 殺しちゃダメ!」

琴子ちゃんが叫んだ。

「おまえに触れた。生かしとく理由もない」

いや、それはあまりに……

「どんな人でも、その人は佳菜子ちゃんのパパなの! 佳菜子ちゃんからパパを奪わないで」

琴子ちゃんの言葉で、入江はすうっと手を下ろした。

玄関の入口で佳菜子ちゃんが、怯えた瞳から涙を溢れさせてぼんやりと立っていた。

みんなの視線が佳菜子ちゃんに注がれた瞬間――長谷川が入江を突き飛ばしてテーブルの上に置いてあった大きな裁断バサミを手に取り、そのまま入江に切っ先を向けて飛び掛かる。

「くたばれ! 化け物!」

「入江くん、危ないっ」

琴子ちゃんが顔を手で覆い叫んだ時には、そのハサミは既に入江の胸に、深々と突き立てられていた。

どさっと。
鈍い音をたてて、入江が崩れ落ちる。

「いやぁぁぁ――!」

琴子ちゃんの悲鳴が部屋中に響き渡った。



※※※※※※※※※※※※※※※※

短い上に終らなくてごめんなさい。しかもまた、こんなところで!!

ラストまで書いてから更新しようかとも思いましたが、キリがいい(?)のでアップしちゃいます(^^;




Snow Blossom


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月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 5

2014.10.22(23:45) 27




その日は新月期で診療所は休みだった。
新月期は彼らの力が低減する。僕はだからこの時期には、1日1回彼らに生気を提供するためにこの屋敷を訪れているのだが--よくよく考えたらなんてお人好しなんだっ! と自分で突っ込まずにはいられない。
ばっかじゃないか? よく自問自答する。僕がここに来なかったら彼らはどうするのだろう? 僕を探しに来るのだろうか?
それとも、新しい補給源を手に入れるだけなのだろうか?
僕に会う前は、とりあえず体力の有りそうな奴からこっそり生気を頂いていたのだという。またそうすればいいことなんのだから、僕限定でなくてもいい筈--とは思うが、結局僕の方が彼らに会いに行きたいだけなのかもしれない。
初めはただ僕が彼らに気に入られ、なつかれたのだと思っていた。けれど本当は僕の方がすっかりこの奇妙な夫婦に魅了されてしまったのだ。

それに、琴子ちゃんの
「渡辺さんのエナジィだと安心なの」という瞳をきらっきらさせて言う言葉に抵抗することなんて出来る訳がない。

「それに……もし、入江くんがスッゴい美人の患者さんからエナジィ貰ってきたら……それをあたしが貰うのなんか嫌で……」

うん、まあわかるけどね。
想像するだけで絵になる感じだけどさ。
この古びた洋館で入江が美しい貴婦人の首に牙をたてている--なんてね。
でもあいつは実際女は襲わない(色々面倒だから、なんて言ってるけど、琴子ちゃんがヤキモチやくの分かってるからだよな)。牙もないし、血も吸わない。

でも琴子ちゃん、ヤキモチ焼くの、琴子ちゃんだけじゃないよ。
たまに診療所に顔を出すとけっこうお父さんが子供を連れてきてる場合も多い。この前なんて、琴子ちゃん、シングルファザーのパパさんににマジで言い寄られていたもんな。
その時の入江の顔ったら! 患児がいたからいつもの嫌味の応酬はなかったけど、あいつボールペン三本はへし折ってたな。………ってか、400年も一緒にいてその独占欲凄くね?


僕は勝手知ったる玄関を勝手にあけて--鍵もちゃんと預かっているのだ--広いロビーから廊下を抜けてリビンクを目指す。
この時間なら大丈夫だろうな。もうすぐ夕暮れ時だ。真っ昼間は彼らは寝ていることが多い。いや、流石に棺桶で眠ってる訳じゃないケドね。
たまに、リビンクのソファでそのまま寝ていることもあるし。大抵入江が琴子ちゃんを抱え込んで眠ってるんだ。まるで幼子を自分の懐にすっぽり包んでいるみたいに。そんな様子はなんかほのぼのあったかい気持ちになるんだけどね。
たまぁに(おもに満月期)二人とも素っ裸でリビンクの絨毯の上に転がってる時もあるから--いや、一応シーツにはくるまってるけど--この部屋に入るのにはとりあえずノックは必須行動なんだ……(寝室に行けよっ//////)



「入江くんのばかっ」

リビンクをノックしようとした途端に、逆にドアを引かれて思わず転げそうになる。その横をすり抜けるように涙を溜めた琴子ちゃんがバタバタと駆け出して、そのまま僕と入れ替わるように外へ飛び出して行った。

珍しいな、喧嘩なんて。

いや、時々下らない言い争いをしてはいるけど。

僕がリビンクに入ると、部屋の中はなかなかの惨状だった。
サイドボードに飾ってあった皿や花瓶が割られて床に落ちていた。

遮光カーテンの引かれた窓は薄暗く、その窓辺に佇んでいる入江は珍しく苦渋に満ちた顔をしていた。
カーテンの隙間から琴子ちゃんが出ていくのを見ていたのだろう。

「入江、大丈夫なのか? 琴子ちゃんあまり一人じゃ外に出たことないんだろ? いいのか? 追っかけなくて!」

僕は焦って入江に問い掛ける。

だって、まだ陽は出ている。もうすぐ日が暮れる時間だけど、まだ太陽は出ているだろう? しかも新月期で--大丈夫だろうか?

「大丈夫だ。そうすぐにどうなるわけでもないし、そんなに遠くに行きはしないさ」

「いったい何で喧嘩なんか……」

「おまえには関係ない……」
そう言い掛けた入江をキッと睨むと、
「……わけじゃないか」と、自嘲気味に笑った。

「……そろそろこの街を出ようという話をしてたんだ。もう5年。俺たちは一つところに5年以上住むのは難しいからな」

「…………え?」

僕は茫然と彼を見つめた。

「琴子はここが気に入っていたからな。出ていくのが辛いのはわかっていたんだ。……だから言い出しにくかったし、まだもう一年くらいはいいかも、と思ってたりもした。いや、俺も結構今の生活が気に入ってたんだよな」

「…じゃあ、なんで?」

彼らがずっとこのままここにいることは難しいだろうとは思っていた。5年といえば、零歳児だって幼稚園に通うようになる。母親たちだって、歳をとっていく。
以前と少しも変わらない風貌の琴子ちゃんは、最近とみにその美容法やどんな化粧を使っているのかを訊ねられているようだった。今はただ元から童顔だからとか思われているだけだろうけど、いずれは不審に思われるに違いない。
少しも歳をとらないこの夫婦のことを。



ことの発端は、例の琴子ちゃんに言い寄った長谷川とかいうシングルファザーだと言う。

「おまえ、まさかそいつから琴子ちゃんを遠ざけたいから出て行こうなんて」

「違うよ。………琴子が先に気づいたんだ。長谷川の子供……佳菜子ちゃん……アレルギーで時々受診してるんだが--虐待受けてるんじゃないかって」

「……え?」

長谷川とかいう男--妻に逃げられたというその男は見かけは柔和そうで愛想がいいのだか、何処となく抜け目がない感じがしたのを覚えていた。
その娘はまだ三歳くらいで、瞳がくりっとした随分可愛い子で、琴子ちゃんに凄くなついていた。

「あの娘の体のあちこちに痣があったんだ。背中や腹といった医者に見せるような箇所は上手く除いて、腕とか足の付け根とか……。妙に怯えたところがあって琴子が気にかけていて、俺も痣や煙草を押し付けたような火傷を見つけて確信した。虐待だとは思ったが警察に通報してもなかなか家庭の中には立ち入れないからな」
この頃はまだ、余程事件にもならない限り、警察や児相も簡単には動いてくれなかった。

「だから……俺が琴子に言ったんだ。あの娘を連れてこの街から出ようかって」

「そりゃ誘拐だろう?」
僕は驚いた。そんな短絡的なことを言い出したのが琴子ちゃんではなく彼の方ってことに!

「別に拐ったって、あの父親は煩わしい足枷が居なくなったと思うだけさ。警察には届けるだろうが、捜査の網を潜り抜けることなんか造作もないこと………」
彼の能力を持ってすれば周囲を騙して生きていくことは簡単だろう。元々そうやって生きてきたのだから。


--あの娘は琴美に似てるんだ。だから、琴子は余計あの娘のことが気にかかって仕方がないんだ。

「琴子ちゃんはなんて?」

「連れて行かないって。連れて行ってもずっと一緒にいられる訳じゃない。いつかは別れなくちゃならない。だから……いやだって」

--琴美は拾った子供だった。初めての子育てで、琴子はそれは精一杯愛情を注いで育てたんだ。でも、成長して色々解ってくれば親が歳をとらないのがおかしいって思うだろ? いつかはきちんと親が不死の者だと伝えるのか、或いは何も云わずに別れるのか--決めなくてはならなくて。
結局、琴美の本当の家が見つかって、その家に返すことにした。それを決めたのは琴子だ。
俺は琴子に提案したんだがな。
琴美を仲間にしようって。
俺たちと同じ、不死の一族にしようって。
そうすれは俺たちは一生家族でいられる。永遠に別れることのない家族に。

でも、琴子は言ったんだ。

--琴美を人間でなくしてしまう権利はあたしたちにはないでしょう?

たとえあの娘が望んだとしても、それは分かってないだけよ。自分がみんなと違う時間を生きているということがどんなに悲しいか。知り合った人たちがみんなどんどん遠いところに行ってしまうのよ? どんなに大好きになっても必ず別れなくてはならないのよ……!


--琴子……おまえは後悔しているのか?
不死の一族となったことを。
俺と同じ時間を生きることを。
おまえの隣には俺しかいない世界にいることを。

俺は600年の孤独の末に琴子を手に入れた。でももしかしたら俺は琴子の人間としての幸せを滅茶苦茶にしたのかもしれない。当たり前だ。人間として生まれた以上人間としてその生を真っ当するのが本当の幸せだ。
俺は自分の欲のために琴子の幸福を奪ったのだろうか。

……ずっと何処かで恐れていた。琴子から、後悔していると言われることを。
不死の身となったことを後悔していると……


「とりあえず、喧嘩の原因は、それを言っちゃったってことなんだな?」


--子供を拐うなんて入江くんらしくない!

--だって、おまえ、寂しいんだろ? 琴美育ててる時、本当に幸せそうだったろう?

--だからって、ずっと一緒にいられる訳じゃないわ‼

--ペットだって同じだろう? 人間たちは家族と思ってペットを育ててるが必ず見送る日が来る。辛いけれどみんな乗り越えていることだ。

--人間とペットを一緒にしないで!

--そうだな。俺は元々人間じゃねーからな。人間の気持ちなんかわからないな。おまえ、本当は人間じゃなくなったこと後悔してるんだろ?
俺と離れたくても仲間は俺しかいないから離れるわけにもいかねーもんな。俺から生気貰わねーと生きていけないし。万一他に好きな奴ができてもそいつとは一緒に生きていくことはできないしな。

--本気でそんなこと思ってるの?

--ああ。

そして、癇癪を起こしたように皿やら花瓶やらをサイドボードから払い落とし。

--入江くんの、ばかぁ!!


そして、出ていった、と言うわけね。

そしてまたこいつのどんよりしてること……新月期だからテンションも低くて、こいつの周りから負のオーラが渦巻いてるぞ。

「……捜しに行くぞ」
ため息ひとつついて彼の肩を叩く。

「多分、この先の公園だ」

なんだ、家出した時の行先分かってるわけね。



で、俺たちは近くの公園に来たわけだが、すっかり日が暮れた公園には流石に誰もいない。砂場に置き忘れたシャベルやバケツがあって、少し前まで子供たちが遊んでいた気配が残っていた。

「……誰もいないぞ」

「いつもならここにいるんだが」

そう言って、小山の中をトンネルとして通れる土管を覗く。
土管の中にも誰もいない--が。

みゃお

土管の奥の闇の中に金色に光る2つの目があった。

「…ネコ?」

一匹の黒猫が土管の中から出てきた。
まだ子猫だった。

「そういえば琴子が公園で猫を餌付けしてるとか云ってたな……」


前足に怪我をしているようで、血が滲んだハンカチが足に巻き付いていた。

「このハンカチ、琴子のだ」

「……え? じゃあここには居たんだ」

するとその黒猫がみーみーと、何かを訴えるかのように入江のズボンの裾をくわえて引っ張っている。

「何だろう……?」

俺たちが顔を見合わせた時--突然、はっとしたように公園の入口の方を見つめた。

「……どうした?」

「琴子の悲鳴が聴こえた……」

「え? 嘘っ俺には何も………」

「琴子の声なら新月期でも一キロ位先でもは聴こえる」


すると突然黒猫が此方へ来いと謂わんばかりに走り出した。そして入江もその黒猫を追い掛けて走り始める。

「……待って」
僕も慌てて追いかける。
こいつ、満月期なら何キロ先まで聴こえるのかな?



「………ここは」

そこは随分なおんぼろアパートだった。安普請な二階建て。
黒猫は真っ直ぐ一階の一枚の扉の前で止まった。
そして、その扉の前にはもう一人……。

「佳菜子ちゃん?」

入江が目を見張る。

表札を見ると、『長谷川』だった。
琴子ちゃんにちょっかいをかけ、娘を虐待していたかもしれない男の家。

少女は、自分の家の玄関扉の前で、膝を抱えて震えて座っていたのだった--。



※※※※※※※※※※※※※※※

次こそっ! 終わる筈……?










Snow Blossom


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月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 4

2014.10.20(23:48) 26




彼らがこの屋敷に暮らし始めて3ヶ月ほどたった頃、突然この屋敷の門扉に看板が掛けられた。

『いりえ夜間こども診療所 』

診察時間 4月~9月 19時~5時
10月~3月 18時~6時
診療科目 小児科 小児外科
診察日 月齢3~12日及び月齢18~27日
院長 入江直樹



なんだよっ! こりゃ?
僕は唖然とその看板を見つめていた。
きーてないぞっ
だいたいなんだ? この月齢に添った診察日って!

「そりゃ、新月期はゆっくり寝たいし、満月期は琴子とまったりしながら、月の力をチャージしたいし」

そして彼はいつの間にか勝手に診療所に改装した離れで、いつの間にか一式揃えた医療品を丁寧に棚に並べていた。
隣の待合室では琴子ちゃんが甲斐甲斐しく床の上に掃除機をかけている。

「あー渡辺さん! よかった! ソファを運ぶの手伝って」

一度は置いたらしいソファを別の場所に配置したかったようだ。二人で運んだけど、このソファ、猫脚のアンティーク高級家具。待合室には勿体無くないか?

「さあてだいたい良し」

にっこり笑った琴子ちゃん、鼻の頭に埃がいっぱいついてるけど、可愛いよ。

「だいたいおまえ、医師免許持ってるのかよ?」
僕の問いに、琴子ちゃんが答える。

「試験は制度が変わる度に何度か受けているのよ。戸籍誤魔化して。ただ前回がもう30年近く前のだから免状飾るわけにはいかなくて。勉強も江戸の頃は蘭学のお医者さんから学んで小石川の療養所で働いたりもしてたし、明治の頃は帝大で現代医学も学んだし。ロンドンに行ったときもオックスフォードの研究室に入ってちゃんと今の時代にそった医術を勉強してるのよ!」
どうだ、と言わんばかりに僕に説明する琴子ちゃん。

どうやら彼は漫然と千年という時を過ごして来たわけではなく、こうして時折医療を介して人間の世界と関わりを持ち、ひそやかに生きてきたらしい。

「医術は面白い。初めは俺たちと人間の違いを知りたくて始めた勉強だったが、学んでいくうちに奥の深さにはまりこんでね。とくに近代に入ってここ数十年の医学の進歩は目覚ましい。時折象牙の塔にて新しい知識を得るのが楽しくてね。そして得た知識は有効活用してみたくなるものだ」

そう言って黒い服ばかり来ていた男は、ばさりと白衣を羽織った。
悔しいが白衣も似合う……。

「渡辺さん、見て、見て~」

そして琴子ちゃんは看護婦さんの格好。薄ピンクのナース服は、なんかコスプレっぽい。でも、可愛い。

「格好だけだがな。こいつは資格はとってないから、注射とか射たせられない」

「包帯巻いたり、赤チン塗ったりできるもの。あと、泣いてる子供あやしたりとか。長年入江くんの傍でおてつだいしてきたのよ? 任しといてよ」

楽しそうだ。
いまいち怪しげな診療所で、流行るのかどうか疑問だが、まあ、彼らがここで何かを始めようということは、ここに根を下ろそうとしているのかと、ちょっと嬉しい。
しかし日没後しか開かない夜の診療所って人がくるのかなぁ?



そして、僕の心配は全くの杞憂だった。
子供というのはたいてい夜に具合が悪くなるものらしい。夜間救急に駆け込むのには気が引ける程度の症状の患者さんが実に多いことを知った。
そのうえ医師がこのアイドル張りの容姿の持ち主だ。子供の母親たちが色めきたって、大した病気でもないのに何度も通う親子が後を断たない。
院長の傍でにこやかに子供をあやしている看護婦が院長の妻だと知られるのは、あっという間のことだった。最初は母親たちや、あるいは女の子の患者さんから軽い嫉妬を抱かれたようだったけれど、少しドジだけれどいつもにこやかで明るい看護婦さんはいつの間にかみんなの人気者になっていた。
それにここの院長は顔だけでなく腕もいいと評判だ。一見して大した病状ではなかった子供の隠れた大病を見つけて、直ぐに大きな病院に搬送させ事なきを得た。または、緊急を要する処置が必要だった時、たいした設備もないこの診療所で緊急オペを行い命を救ったこともある。
実際彼は人の生気だけで病気がわかるからな。僕も何度か体調不良を指摘され、病院で検査を受けたら、まだ痛くもない結石が見つかったり、胃のポリープを早期に見つけられたりもした。
彼らの診療所は、この街になくてはなら
ないものとなっていったのだ。

そして僕は相変わらず時折彼らのもとを訪れて、彼らにエナジィをあげていた。最近はすっかり慣れて、ちよっとやそっとじゃ疲労感は感じなくなっていたしね。


--そして。
彼らがこの地に来て、5年の月日が流れ過ぎた--。




※※※※※※※※※※※※※※※

ごめんなさい短いですm(__)m
なんか、インフルの予防接種射ったら妙に体調不良。副作用!?
しかし今日の会社に来てくれたドクター(イケメンに非ず)は嘘のように痛くなかった! 神の手か?
去年の看護師さんは琴子ちゃんのように下手っぴで痛かった………(^^;

明日こそは終われるかな……?自信はないですが……(..)




Snow Blossom


月下の一族
  1. 月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり(終)(10/26)
  2. 月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 7(10/25)
  3. 月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 6(10/23)
  4. 月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 5(10/22)
  5. 月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 4(10/20)
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