彼女は美しい夢を見る。 (4)





直樹がかつてアルバイトをしていたドニーズを訪れたのは既に0時を回っていて、店内の客は随分と疎らだった。

「人を捜しているので、すぐ失礼します」と、断って店内を一巡する。
客の中に琴子の姿はなかった。

店から出て駐車場に戻ると、社用車である黒のセダンに乗り込む。エンジンをかけた後、ハンドルに額を押し付けてため息をついた。

「バカ野郎…何処に行った?」

ここでアルバイトをしていた時代に住んでいたこの近くのマンションにも行った。一度だけ琴子を泊めたあの大雪のバレンンタインを思い出した。
真っ先に捜したのは井の頭公園。初めて二人でデートらしきことをした場所だ。
あとは高校、大学、結婚式の会場だったホテル。
そして琴子にプロポーズした駅から家への帰り道。
こうしてみると二人の想い出の場所のなんと少ないことだろうか。
車を使えば僅かな時間で廻りきれてしまった。

免許は高校卒業してすぐに取った。富士の近くにパンダイ専用のサーキットがあり、子供の頃からバギーやレーシングカーを乗り回していたおかげで、車校に通わず一発合格だった。
滅多に乗ることはなかったが、最近になってパンダイへの仕事の行き帰り、お抱え運転手に頼んで、たまに運転させてもらうのがささやかな息抜きになることに気がついた。以来時折こっそりと運転を替わってもらっていた。

家にも車は何台かあるが、紀子が運転好きであまり自分で運転したことはなかった。無論琴子を助手席に座らせたことも。
もしかしたら彼が免許を持っていることも知らないかもしれない。

自分の隣の空っぽの助手席を眺める。

――見つけたら、乗せてやったのにな。

ドライブデートなんていかにも琴子が喜びそうなシチュエーションではなかろうか。それが例え僅かな時間でも。
直樹はシートベルトをつけると、ギアをドライブに合わせた。

会社に戻る前に一度家に帰った。
扉を開ける音に、玄関ホールに飛び出してきた紀子は、直樹の姿にあからさまに落胆の声を洩らした。

「…まだ、連絡ないのか?」

憔悴した紀子の様子にある程度予想出来たものの、とりあえず聞いてみる。

「どうしましょう…琴子ちゃんに何かあったら」

顔を両手で覆ってその場にへたりこむ。

「琴子だっていい大人だ。一晩くらい帰らなくても大丈夫だろう」

自分に言い聞かせるように紀子に声をかける。

「何よ! お兄ちゃんは心配じゃないの? だいたい琴子ちゃんに何を言ったのよ! なんで会社に行った時引き留めなかったよ!」

興奮して直樹のスーツの襟をつかんで、激しく詰め寄る紀子の声に、重樹や重雄が居間から出てきた。

「…お義父さん…すみません」

直樹は、居間から顔を出した重雄に頭を下げた。

「直樹くんは、わしに謝るようなことを何かしたのかね?」

重雄は心底不思議そうに訊ねた。

「琴子が帰りたくないと思うようなことを言ってしまったのは事実です」

「まあ、やっぱり! 一体何を言ったのよ!」

「ママ、落ち着いて」

紀子の横やりを止めるように重樹が紀子を部屋に連れていく。

「夫婦喧嘩は犬も喰わないって言うからな」

重雄は紀子ほど心配している訳ではなさそうだった。

「まあ琴子も子供じゃないんだし。人懐っこいからちょっと隣り合った親切な人の世話になってるんじゃないのかな。なに、明日になったらケロッと帰って来るだろうさ。直樹くんも仕事が忙しいんだろう? すまなかったね」

「……いえ」

ちゃっかり誰かの世話になってる――琴子なら実にありがちな事だ。それが女ならいいが、まさか野郎なんてことはないだろうな。人を疑うことを知らない琴子なら、仮面の下に隠された下心や悪意のある男どもにも何の警戒も感じずついていってしまう可能性は十分にあった。

ぎゅっと拳を握り締める。
何を想像してるんだ。ここは日本だ。そうそう犯罪に巻き込まれるようなことはないだろう。
重雄の言う通り、朝には戻るに違いない。
自分にそう言い聞かせ、思い浮かんだ嫌な想像を振り払うかのように軽く頭を振ってから、シャワーを浴びて会社に戻ろうと二階に向かった。

久しぶりの二人の寝室だった。
一体みんなしてハワイに押し掛けて滞在していたのに、どうやって施工管理をしていたのかと謎の多いリフォームだが、内装はともかく防音と部屋に付いたシャワールームは助かるな、と思ったものだ。
透明ガラスのシャワールームの扉に、琴子は不思議そうな顔をした。

「おばさん…お義母さん、扉の発注間違えたのかしら? 透明なんて、丸見えじゃない。せめて磨りガラスに変えてもらわないと…」

多分、間違えた訳じゃないだろうな、と思いつつ、
「別にいいんじゃない? 夫婦なんだし」
と直樹がニヤリと笑って云うと、
「ええっやだっ恥ずかしくて入れないよっ」

真っ赤になって訴える琴子が、可愛くてたまらなかったことを思い出していた。
磨りガラスに替えるのは大変だからロールカーテンでも付けてやるよ、と約束したものの、恐らくこのままだなと、内心思ったのはほんの1週間も経っていない少し前の話だ。

ピンクと花でいっぱいのインテリアに、初めは感嘆の声を挙げて喜んでいた琴子だったが、直樹とこの部屋のあまりにミスマッチな対比に気付いたのか、慌て心配そうな顔をして覗きこんだ。

「入江くん、嫌だよね? こんな部屋、やっぱり居心地悪いよね? どうしよう…カーテンとか、ベッドカバーとかもう少し落ち着いたのに替えようか? 壁紙までは無理だろうけれど……」

「別に…飽きたらまた替えればいいよ。どうせ寝るだけだし。勉強は書斎があるし」

主寝室からそのまま扉もなく繋がっている書斎には、それぞれの勉強机とパソコンが設えてあった。

「ベッドもマットレスの機能さえ良ければどうでもいいし」

「うん! ねぇ! 入江くんも座ってみて! このベッド、スプリング凄くいいよ! ギシギシ言わないし!」

「まあ、そのあたりは抜かりないだろうな」

「へっ?」

ベッドの上に座ったままびょんびょん跳ねていてまるで子供のようだと思いつつも、琴子自身はこの部屋に随分と違和感なく存在しているよな、と思った。

だから、別に、まあいいや、と思ったのだ。
結婚式の琴子のドレス姿が余りに綺麗で、紀子の暴挙がどうでもよくなったように。
この部屋に溶け込んでいる琴子が余りに愛らしくて、メルヘンだろうがリリカルだろうがどうでもよかったのだ。

シャワーのコックをひねり、熱い湯を頭から浴びる。
このシャワールームを使うのは初めてだった。琴子も使っていた形跡はない。
この甘ったるい部屋で、甘い夜を過ごしたのはただ一度だけ。それも琴子の月のものの為に、触れあうだけの直樹にとっては生殺しのような自制心を試されるような夜を過ごすことになった。特に前の晩に漸く愛する女と結ばれて、その快楽の深さを知ったばかりだった。
今回のパンダイでのプロジェクトがなかったら、夜毎琴子に耽溺し、壊してしまっていたかもしれない。
仕事を理由に強い意志を持ってはね除けなければ、このまま何もかも放り出して琴子に向かってしまいそうで、怖かった。
結婚式までの2週間は忍耐力を試されている期間のように思えたものだ。自分の気持ちを自覚した途端、溢れかえってくる強い執着心に驚きを隠せなかった。琴子を欲するあまり、差し入れに来たところを執務室で押し倒してしまいそうになったことを思い出す。あのときは流石にこんな場所が初めてではあんまりだろうなと、必死にキスだけで押し止めたが、琴子の身体を知ってしまった今、会社なんかに来られた日には理性を総動員しても抑える自信がなかった。

――多分、逃げていたんだ、おれは。

顔を天に向け、シャワーのお湯を顔の正面から浴びる。

あいつを目の前にして、仕事を疎かにしてまで、溺れていくのではないのかと――。

自分の自信のなさを隠すように琴子に冷たくして、挙げ句金之助と共に乗り込んで来たことに苛立ち、ひどい言葉を投げつけた。

「じゃあ、やめれば――」

サイテーだな……。

自嘲気味に笑う。

本心じゃないんだ。
決まってるだろ? そんなこと…
だから、早く帰ってこい…

直樹はそのあと会社に戻り、午前中一度家に電話を入れた。

――流石にもう帰っているか、連絡があるかしているだろう。

しかしーー午前中どころか。
琴子はその日も夕方過ぎてもまだ帰らなかった。
琴子の友人たちがあらゆるネットワークを駆使し四方八方手を尽くしたが、全く琴子の情報は入って来なかった。
焦る紀子が捜索願いを警察に出すことを何度も重雄に進言したが、当の重雄はいやもう1日待ちましょう、と随分落ち着いていた。
だが娘を知り尽くしている父親としては、仮に帰りたくなくてちょっとした家出をしているだけだとしても、琴子なら絶対自分にだけは心配するなの一言だけでも連絡してくる筈だ、という思いがあるのもまた確かでーー。
だが余りに事を大きくして、実際何事もなかった時に、琴子が帰り辛くなるのではという懸念もあり、紀子の言うとおり警察に届けるにはまだ逡巡があった。

しかし、琴子が行方を絶って三日目が過ぎた朝。
この三日、紀子に詰られながらも毎日普段通り会社に行き、不眠不休で仕事をこなして、さらにはその合間を縫って琴子の捜索をしていた直樹も、徐々に冷静な装いが剥がれ落ち、疲れきった様相を見せ始めていた。
そしてとうとう。

「お義父さん、とりあえず一緒に行きませんか?」

焦燥と疲労に満ちた顔色の直樹が頼んできた時――。
重雄は警察に届けることを了承した。

                                            






※※※※※※※※※※※※※※


はい、直樹さんの大反省大会の始まりです。

でも原作の彼の方が冷たいですよねー
3日やそこら消えたくらいじゃ捜さないような気もします。こちらの彼はもう初日から捜してますが。自分が傷つけたという自覚はあるので、ちょっとは焦って捜していただきましょう(^^)v

原作では直樹さん全然運転してませんが、やはり若者には車運転して欲しいですね、ということで(^^;
直樹さんの運転している姿を時々妄想しています(笑)
一応クルマ大国のケンミンなので……(^^;
(事故もワースト1だけどねっ)
あ、私は運転キライですー(^^;




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§ Re.紀子ママ様

コメントありがとうございます♪

そうですよね。本当に原作の入江くんは冷たいです。書きながら甘いなーこの人、と思ってしまいました。落第家出事件だって裕樹くん任せだし。琴子ちゃんも相当うかつですが、あのまま悪い人たちに捕まってしまったらどーするんだとか、渡辺くんに出会ってなかったらどうしてたのかとか思っちゃいますよ。
なのでこっちの入江くんには少しは焦ってもらいます(^^;
うんうん、入江くんBMW、似合いそうですね。出来ればMT車に乗ってほしいんですが……
琴子ちゃん、本体はどうなっているのか……すみません、年内に発見出来ればいいのですが、ちょっと更新が滞りそうです。
しばらくお待たせするかもしれませんが、無事を祈っていて下さいませ(^^;

§ Re.たまち様

コメントありがとうございます♪

私はアニメ→ドラマ→原作だってので、原作の直樹さんの冷たさに愕然としました~(..)琴子ちゃん可哀想すぎるーっと。現実にこんな男は絶対ついてけません。琴子ちゃんだからこそついていけるんでしょうね。
重雄さんも重樹さんも入江くんも完全仕事優先の男たちばかりですよね。
それが当たり前だったんでしょうが、この時は、ちょっと前まで他の女と婚約、突然のプロポーズ&結婚、そしていきなりの放置プレイ、とアップダウンの激しさに普通はついてけないと思いますよー(と、思って出来た話ですが)
琴子のありがたみ、もう少し早く味わっていただく予定です(^^)v
そして、お気遣いありがとうございます。はい、年末更新はさすがに無理です。帰省もありますので、少しお待たせしてしまうかもしれませんが……よろしければ時々覗いて下さると嬉しいです(^^)

§ Re.ちょこましゅまろ様

コメントありがとうございます♪

はい、反省させてます(^^;ちょっと焦ってもらってます(^^;
一応冷たい理由付けもしてみました。でないと琴子ちゃん可哀想だ~と。
プロポーズからの日々を書いていたらなんかIFではなく隙間話を書いているような錯覚をしてしまいそうでした。結婚までの2週間も一番萌える時期ですよね~(かなりいろいろな素敵サイト様の影響を受けてる気も我ながらしているのですが……(^^;)
あら、おんなじケンミンだったのですね?
余所から来られると、あまりの運転の荒さに驚かれたのでは?
私も県庁所在地からかなり離れた田舎ものですよ(^^)

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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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