123456789101112131415161718192021222324252627282930
個別記事の管理2014-11-01 (Sat)





――――彼は塁々たる屍に埋め尽くされた焼け野原を歩いていた。

胸に矢が穿たれ、腕が切り落とされ、或いは銃に撃ち抜かれた者もいた。
鎧や兜に身を包みながらも大砲や鉄砲には敵わなかったのだろう。

硝煙と血の匂いが鼻孔をついた。うめき声もある。死にきれぬ者も多いのだろう。

落城した城の中にはさらに多くの者たちが焔に焼かれたことだろう。彼に銃の扱いを習い、薬草の効能を習ったものたちも、皆――。

………虚しいものだな。


特にここの城主に義理は無かったが、仕官させてもらった恩義として、近隣の同盟国の裏切りの可能性を示唆し、進言したのだ。けれど城主は信じなかった。この強大な権力を誇る堅城を攻め落とす馬鹿などいないと。
――その結果がこれだ。

人間はなんて呆気ないのだろう。なんて儚いのだろう。

記憶にある限り、人の世に戦いが無かった時代がどれ程あったろうか。
どの時代、どの御代も常に争いに満ちていた。

かつて『鬼』と蔑まれていた頃を思い出す。
人間のほうが余程鬼ではないか、と思う。昨日の友が今日の敵となり、身内同士が血で血をあらう争いを繰り返し。

――そして、結局はこの様だ。

月光の下で無惨に打ち倒された兵士たちの屍の大地に立っている彼は、壮絶なまでに美しい。

――生きている者のいないこの地に残る必要はない。生気をもらうことが出来ないからだ。

次は何処に行こうか?

何処も同じだ。今この国に平和な場所などない。
帝の権威も将軍の権威も地に堕ちて、統べる者のいないこの国は、もう何年も戦いに明け暮れている。


虚しいと思いながらも人里離れた処では生きていけない。不死のこの身も人から生気を貰わなくては保てないのだ。

いっそのこと、生気を貰わなければいい。そうしたらこのまま朽ち果てることができるのだろうか?

永遠の孤独という、果てることのない地獄から逃れることができるのだろうか?

いや――確か伝え聞いた話では月の力のみで生き続けられるということだ。ただ超常的な力を使うことは無理だが、眠り、起きて、息をして…それくらいならば……

ふっと可笑しくなる。
ただ眠って、起きて、息をするだけで生きているといえるのか? それでも死ぬことは叶わないのだろうか。


いったい自分はいつからこのような時を過ごしているのだろう。
遥か昔の記憶を思い起こす。



――初めの記憶は、600年ほど前だ。
まだ京の都の主上が、その権威を示していた頃の――平安といわれた時代。

確かにこの戦国の世に比べたら平安だったのだろう。支配する階級の者たちにとっては、豪奢な館に、季節を愛でる別荘に、美しい着物に王朝文化華やぐ雅な日常――平和な安寧な時代だったのかもしれない。

だがそれは都の中央のほんの一部の者だけに与えられたもの。大半の市井の人々や地方にすむものは略取され、貧困にあえぎ、飢餓や疫病に苦しめられていたのだ。

その時代に彼はいた。
いつの間にか、いた。
気がついたらもう存在していたのだ。


魑魅魍魎や物の怪が都を跳梁跋扈し、呪詛や祟りが当たり前のように信じられていた時代だった。



彼の一族は、代々この国の闇の世界を支配してきた。古代、神代の時代から恐らくは存在していたのかもしれない。
神の声を聴くものとして、巫女や占術師として――人の心を捉え、世を誘ってきたのだ。

そしてその時代においては、宮中にて陰陽寮の主である土御門家に仕え、その陰となって主に替わり、天文や気象を司る役を担っていた。
彼も一族の長と共に陰陽師の一人として土御門家に仕えていたが、実質操っていたのは彼らの方だった。

人間だった頃の記憶はあまりない。
遥か古代から生きている長老からの儀式を受け、不死の者となった。長老からの血を貰ったものだけが純血種となり、一族を増やすことができるのだ。

一族の者となり、宮中で人のふりをして陰陽寮で生活をしていた。
けれど彼が一族となって僅か数年で彼の一族は殲滅する。
仲間の一人がその超常的な力を見破られてしまい、鬼だの物の怪だのと恐れられ、一族全員が都を追われることとなったのだ。
源頼光ら四天王と呼ばれる武士たちの手によって活火山の噴火口に追いやられ、火の中に身を投じた。

彼は偶々その厄災から逃れられた。長老の使いを受け、都から遠く離れた地にいたからだ。
その地で一族の壊滅を知り、その後暫く都に戻ることはなかった。
その後の彼の生き方は、ただ生きている同胞を探すためだけに存在して来たといっても過言でない。

そうして、ただ生きてきた。
自分と同じ仲間が何処かにいるかもしれないと。同じ永遠の時間を生きるものがいるかもしれないと。

自分で自分の血を与え、普通の人間を仲間にすることは何時でも出来た。しかし彼は仲間にしたいと思うような人間に会うことは一度もなかった。

彼は一人だった。
600年ずっと一人だった――。







「痛い……ひっく………いたいよ」

子供の泣き声に思わず彼は振り向いた。
誰か生きている者がいたのか? この無惨な死体の海の中で。

――いた。

焼け落ちた蔵の残骸の中からふらふらと一人の少女が出てきたのだ。
顔が炭で真っ黒で、着物の端も焼け焦げている。

「……大丈夫か?」

彼は少女の近くに寄り、怪我がないか確認する。大きな火傷はないが、腕に擦過傷があった。とりあえずはそれくらいである。

燃え落ちた蔵の跡に、暫く震えて身を隠していたようだった。

「…なまえは?」

「……お琴」

「何処の家の者だ? 家族はいるのか?」

少女はただ首を振るばかりだった。

「お兄さん……入江様ですよね? お城で指南役を務めてらした」

少女が突然そう訊ねた。

「おれを知っているのか?」

怪訝そうに少女を見る。

「お城で……何度か。父は城の料理番だったのです」

「ああ」

あの城の料理は美味だと評判だった。自分は食事は殆ど口にしたことはなかったが。

「父上は?」

少女は悲しげに首を振る。
そして思い出したかのようにわっと泣き出した。
まだ十を少し過ぎたばかりの歳ではなかろうか。
たった一夜のあまりに恐ろしい出来事に心も身体もついていくまい。

「おいで」

彼は少女を抱き上げ、その地獄絵図の世界を後にした。




その後彼は少女――お琴を連れてまだ戦火の気配のない隣国の領地へと渡った。

そして暫くその地の山あいの里に二人で暮らしていた。
人の子を助け、一時暮らすのは初めてではなかった。しかし子供は敏感なのか、どうにも彼を怖がりなつかない。結局は世話をしてくれる仮親を見つけて離れていくのだ。
この娘もきっとおれを怖がるのだろう。
彼はそう思った。
しかし、お琴は全く彼を恐れることはなかったのだ。
いや――どちらかというと。

「あたし、先生に一目惚れしたのです」

城にいた頃、仕事で武士たちに鉄砲の指南をしていた彼を見かけたのだという。

「ずっと憧れていたのです」

一人前の娘のようにポッと頬を赤らめるお琴に、彼は困惑した。

――面倒だな……。

嫌われていた方がさっさと出ていきやすかったな。

少しばかり元気になったお琴は、なにくれと彼の世話をやき、そしてあれこれ話し掛ける。
とにかく口が閉じることはないかと思うくらい、思いついたことから、さっき起きた些細な出来事まで、喋って喋って喋り倒していた。
こんなに1日中、他人の話を聴くのは600年生きて初めてだった。
初めは煩いと思っていたが、段々耳に心地よくなってきたから不思議だ。
お琴が僅かな時間でも話さないと不安にさえ思う。

そしてお琴はことある事に彼に囁くのだ。
「入江様……大好き」

そしてお琴は心根も真っ直ぐで、健気だった。周りに愛されて育ったのだろう、疑うことも知らず、まず自分よりも他人のことを考える心優しい娘だった。


だが、そろそろ離れなければなるまい。
腕の擦過傷も治ってきた。
あとはこの娘の預かり先を探すだけだ。

結局彼は彼女を寺に預けることにし、別れる時を決めた。

「…じゃあな」

そう言って背中を向けるが、お琴が涙をポロポロ流して泣きじゃくっているのが分かる。

イヤだ、離れたくない、ずっと一緒にいたい、と駄々を捏ねているのは、寺に行くと伝えた時からだ。

だが彼は一度も振り向くこともなくそこから立ち去った。
こんなに――誰かと別れがたいと思ったのは初めてだった。




再び彼が一人になり、月の夜一人静かに月光を浴びながら、ぼんやりとお琴のことを考えていた。
ここにはいない誰かのことを考えるのも、初めてだった。

すると。

かさかさと音がして、泥まみれになったお琴が這うようにやって来たのだ。

「入江様っ見つけた――!」

「おまえっなんで!」

驚く彼にお琴が飛び付く。

「会いたかったですぅ~」

寺から何十里もある。子供の脚でよくもまあ追い付けたものだと呆れ返る。

「お願いです。何でもします! 置いていかないで! お側に居させてください!」

「駄目だ……」

今ならまだ、離れられる。
だがもしこのままこの娘と共にいたら……?

――そのとき。

「城の残党のものかっ!」

刀を振りかざした侍が、突然草むらから現れて二人に襲いかかる。

「危ないっ」

お琴をかばった彼の背中にざくりと刀が真一文字を描く。

「いやーっ」

お琴が叫ぶと、彼は何の痛みも感じないように振り返り、そして切りつけた侍に跳びかかると、一瞬でその男の首に手をかざす。すると呆気なくその男は崩れ落ちていった。

彼の瞳はまるで血のように赤く光っていた。

「…あっ……」

「怖いだろう?」

彼は悲しげに呟いた。

「おれは人ではない。だからおまえを連れて行けない」

けれどお琴はそんなことは気にしていなかった。

「入江さまっ 傷! 背中!」

気にしていたのは彼の傷のことだけ。
そして背中にそっと手を当てる。

「…大丈夫。もう、治ってるだろ?」

「本当だっ! すごーいっ よかったぁ! あたし、入江さまが死んだら生きていけない!」

そしてまたおいおいと泣き出す。
喜んだり笑ったり泣いたり、本当に忙しい。

「…ほんとに怖くないのか?」

「どうして? あたしを助けてくれて、一瞬でやっつけてくれて、傷も簡単に治っちゃって、すっごいと思うけど、全然怖くないよ! 余計尊敬しちゃうし、格好いいと思う! 惚れ直しちゃったよ」

そう言って再び彼に抱きつく。まだ彼の脚にしか抱きつけないが。
彼はしゃがみこみ、琴子の目線に合わせると、その姿勢で琴子を抱き締めた。

「……来るか? おれと」

「うんっ! 行くよっずっと付いてく! ずっと一緒にいたい」

そのまま琴子を抱きあげる。

「本当に……ずっとだぞ?」

こつんと琴子小さな額に自分の額を付き合わせる。
幼い少女の顔が真っ赤になった。

「…うん」



――ずっといっしょに。
――永遠に。
――きみと歩いていく。


――彼はこの日、永遠の孤独から解放された。





――――……いっしょに。 了――――

※※※※※※※※※※※※※※※※



終わりました!! 以上を持ちましてハロウィン企画の『月下の一族』終了です。
結局、アップしたのは31日過ぎてから……(^^;もう11月ですね。
後書きは明日にでも………(^^)



関連記事
スポンサーサイト
* Category : 月下の一族
* Comment : (2) * Trackback : (0) * |

管理人のみ閲覧できます * by -

Re.にゃんこ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

そうです。琴子ちゃんのお陰で入江くんが救われそして二人は永遠に、というお話でした。ミョーな風味のお話に最後までお付き合い下さりありがとうございました!

コメント







管理者にだけ表示を許可する