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らぶららら (7)


すっかり隔週更新となってしまいました。
いえ、先週一話分できてたんですけどね。書いてから、前にもう一話足さないと、と気がついて。
慌てて今回の7話ーー悶々直樹の話を書き足したもので。

というわけで、今回も二話一度に更新します……f(^_^;


※※※※※※※※※※※※※




琴子とぎっくり腰になったお義父さんを店に送り届けたあと、おれは家に戻った。

琴子がお義父さんの傍に付いているといったのは多分おれを避けていたのだろう。
帰る頃には幾分動けるようだったし、普段ならきっと帰れと琴子を諭すだろうお義父さんも敢えて何も云わなかった。おそらく琴子の様子がおかしいことに気がついたのだろう。
無論、記憶を失っているのだから普段通りであるわけはないのだが。
それでも記憶を失ったことで、単純におれと結婚出来たことを喜んだり驚いたり忘れてしまったことを悔しがったり、感情を目一杯表情に出す琴子はいつものままで、ここ数日間目にすることのなかった琴子の笑顔も見ることが出来た。
このまま記憶が戻らない方がいいのかもしれないーーなどと我ながら逃避的思考に陥っているなと自嘲していた。
とはいえ、少しずつ思い出した部分もあるようで、プロポーズの夜のことを思い出してくれたことは少しほっとしている。気恥ずかしいが、あの雨の日はおれの人生の中で、なくてはならない1日なのだ。そして、おそらく琴子にとってもそうだと確信していた。

だがーー今日、自宅に帰ってからの琴子の様子は、記憶を失う前と同じーー不安と焦燥に覆い尽くされているかのように見えた。


一人で苦しそうにポロポロと涙を溢してリビングに立ち尽くしていた琴子。
記憶を失う前もそうだった。
一人でひっそりと泣いていたり、食事もまともに摂らずにため息ばかりついていた。

思い出してはいないと言い張ってはいたが、何かを隠しているのは確かだ。
おれは家に戻ってから、おふくろが部屋に着替えに行っている隙に、琴子が一人泣いていた時間の、電話の受信履歴と着信履歴を確認した。
あの時の琴子は受話器を握りしめ茫然自失の体であった。誰かと電話をしていたようで、おれが突然帰って来て激しく狼狽していた。そこにヒントがあるに違いないと、琴子が掛けたらしい電話番号をチェックし、そこにかけてみたのだった。

ーーフリージアレディスクリニック?

聞き覚えのない病院名だった。
時間外のため、音声案内が流れただけだったが、何故琴子が産婦人科に電話をしたのか理由がすぐには思いつかなかった。

ーー入江くんって、赤ちゃん欲しい……?

あの時唐突にそんなことを訊いてきたことを思い出す。

この病院に受診したのか?
何故?

妊娠はしていないことは一昨日記憶喪失になったことで脳神経外科を受診したときに確認した。
だが記憶を失うまえに本人が妊娠を疑って受診した可能性もある。
妊娠しているかどうかはすぐに判別はつくだろう。妊娠してないとわかって落ち込んだのか?
いや、妊娠してなかったからといって、まだ学生だし結婚して早々なのに、そこまでショックを受けて離婚を考えたりしないだろう。
というか、妊娠を疑っていたなら受診するまえにおれに相談しない筈がない。
きっと無邪気に喜んで頬も緩みっぱなしで、おれに隠し通せるわけがない。そんな気配は微塵もなかった。

妊娠以外に何か……

不正出血、生理不順、月経前症候群ーー転科したばかりできちんと講義を受けたわけではないが、医学書で記憶した婦人科系の症例を思い出してみる。
黙ってはいられない琴子だが、自分の不調はあまり口にしない我慢強いところがある。女性特有の病なら特に恥ずかしがっておれには言わないだろう。
若い女性にとって産婦人科というものは随分と敷居が高いと聞いたことがあるが、それでもわざわざ家からから離れたところで受診したというのは、余程の自覚症状があったということなのだろうか。
よくあるものといえば、生理痛、排卵痛、月経前症候群やガンジダ膣炎などかーー。
だが、やはりそんなことで離婚は考えないだろう?
いや、もしかしてなにか性病でも疑ったとか?
だが琴子は紛れもなく、ヴァージンだった。他からうつされるなんてことはーーいや、おれを疑ったのか?
たとえばガンジダの痒みや痛みで勝手に性病と思い込み(実にあり得そうだ!)、おれからうつされたとーーおれの浮気を疑ってーーとか。
いや、だがそれこそ病院で受診したなら違うとすぐわかっただろう。だいたいそんな失礼な……
なんか、段々腹がたってきたぞ。

第一そんなことであれこれ勝手に悩まれて離婚を考えられてたまるか。

一番考えられるのはやはりーー

……入江くん、赤ちゃん欲しい?

少し苦しげに言葉にした痛々しい琴子の表情が脳裏に浮かぶ。

何かの症例で婦人科を受診した。
そして、子供を産めない可能性を示唆されたということだろうかーー



……ってあれこれ想像で考えても埒はあかない。
とにかくこの病院に行って訊いてみるのが一番てっとり早い気がする。だが電話した通り今日は休診日らしい。

おれはまず、医学部の伝をたどってフリージアレディスクリニックの情報を得てみた。
そのクリニックは出産対応はしていなくて、婦人科系の症例の他に不妊治療や産み分けなどを得意としている診療所のようだった。診療所だから当然入院設備もオペの対応もない。
どちらかというとセレブ御用達の不妊治療専門施設というカラーの強いクリニックでーー何故琴子がここを選んだのか謎過ぎて、しっくりこない。

悪いと思いつつも、琴子の机を少し探してみる。何か手掛かりがあるかもしれない。

すると、病院で処方される薬の袋があっさりと引きだしから見つかった。

ーー土屋産婦人科ーー。

これはうちの近くの産婦人科医院だ。おれと裕樹が産まれたところでもある。
ここに元々かかっていたのか?

薬は頓服薬ともいわれる一般的な鎮痛剤だった。
産婦人科で処方されたなら生理痛の薬と考えるのが普通だろう。
生理痛、酷かったのか?
何年も一緒に暮らしていてそんなことも知らなかったのかーーおれは。
この数ヵ月で琴子の身体の隅々まで知ったつもりになっていた。だが肝心なことは何も分かってなかったということかーー。

土屋産婦人科はその日診療日で、おれは直接訪ねて琴子のことを訊いてみようと思いたった。
電話だと個人情報を漏らすことはないだろう。夫であるおれが身分証明を持参して行けば、応えてくれる可能性は高い。

案の定、入江直樹といったらあっさりと教えてくれた。おれがこの病院で産まれたことも古い看護師は覚えていた。おふくろもここで定期的に子宮がん検診などを受けているようだった。
予想通り、琴子がこの病院で薬をもらったのは月経困難症で生理痛が酷かったのだと教えられた。
おふくろの紹介で高3の夏ころから鎮痛剤を処方してもらうために半年に一度くらいのペースで通っていたというのだから驚きだ。まあ予め薬を飲んでいたのなら生理痛で苦しむ様を見たことがないのだから仕方ないのかもしれないが………

そして、ここで知らされた『フリージアレディスクリニック』のことーー。

「ブライダルチェック?」

「ええ。院長が私の医学部の同期でね。データの収集を手伝っていたのよ」

おれを取り上げた医師の娘だという2代目院長が琴子に勧めたらしい。

聞き慣れない言葉ではあるが、数年後には一般的になるだろうと院長は話していた。
不妊治療に主力を置いているクリニックなので、結婚後に不妊に苦しむ女性を減らすために、少しでも早く治療を始められるように啓発していきたいのだと力説していた。
婦人科検診に腰の重い若い女性たちに少しでも自分の身体のことを気にして欲しいという意図もある。
たまたま琴子が結婚したばかりということで頼んだのだらしい。保険適用外だが、実績を得ることが目的なので、かなり格安で検査が受けられるということで、琴子も戸惑いつつも受けてくれたのだと。

「ほんとは、男性にも受けてもらいたいんですけどねー。ご主人、どうですか?」と勧められたが丁重に断った。
子供は授かりものだ。出来なかったら出来なかったでそういう人生もあると受け入れられる。
だがーー女性は……そんな風に割りきれないのだろう。おそらく、琴子も。

そこでブライダルチェックの検査項目を見せてもらう。
血液検査や尿検査、おりもの検査で、妊娠時に検査する項目を大方網羅していた。
子宮頚がんに、風しん抗体検査、B型C型肝炎やHIV、梅毒やクラミジア抗原などの性病検査。
あとはエコーで子宮内膜や卵巣検査もある。かなり細かく項目が分れていた。

ブライダルチェックの検査結果が出たあとに様子が激変し、離婚まで切り出したともなると、答えは一つしかないだろう。

子供ができにくい、あるいは産めないと宣告されたかーーもしかすると子宮や卵巣に重大な疾患が見つかったかだ。

いやな汗が背中を伝う。
琴子の衝撃を想像するだけで胸をかきむしりたくなった。

何故ーーおれに何もいわない。
一人で悩んで……




とにかく、明日、フリージアレディスクリニックに行こう。琴子の病状を確認して、それから琴子の元に行ってーー
ちゃんと琴子と話し合って、あいつの想いを受け止めて、二人で斗南大の付属病院を受診しよう。

決してもう一人では悩ませない。
おれたちは夫婦だ。
どんな困難もともに手を取って立ち向かう。そう教会で誓ったろう?

琴子ーー待っててくれ……

おれはまんじりともしない時間を、落ち着かないインテリアの新婚部屋で一人もて余していた。
ベッドなんて、マットレスの質が良ければ他の装飾なんてどうでもいいと思っていた。琴子が喜ぶならまあいいかと。
しかし、花柄とレースに縁取られたピロケースやデュベカバーに包まれて一人で眠るにはなんと寝心地の悪いことか。
このベッドの上で琴子を抱いたのがなんだか遥か遠い昔のような気がしてきた。


ーー琴子はもう一度ここに戻ってくるのだろうか?
ーーいや、必ず連れ戻す。絶対に。

おれは一人、悶々と眠れない夜を過ごしていた。
琴子もおそらく眠れないでいるに違いない………



そして、翌朝。おれは取るものもとりあえず、銀座のそのクリニックへと朝一番で向かったのだった。




※※※※※※※※※※※※※


続けて(8)も更新します。



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