月下の一族 ~第二夜~ マイ・リトル 2




本当に、仲のよい夫婦でした――そう思うようになったのは、私が大人になってから日本の一般的な、夫に従属する妻、という家長絶対支配の家庭というものを知ってからでした。
父と母はどちらかが優位ということはなかったように思います。
一見すると母が父の言うこと全てに従い、依存しているようにも思えましたが、母は思ったことは全部はっきりいう人で、後々知った奥ゆかしい日本女性とは全く違う資質の持ち主でした。父と意見が違う時は食ってかかります。でも理論的な父と感情的な母とでは言葉では敵うはずもなく、よく喧嘩をしていました。

そんな夜は拗ねた母が父に背中を向けて私を抱き締めて眠るのですが、大抵目が覚めた時には、母は父の腕の中にいました。
因みに、普段喧嘩もせずに仲良く寝床に就くときは、私を間に挟んで川の字で眠るのですが、やはり朝になると父は母を抱き締めて眠っているのです。

二人はよく私の前でも平然と唇を合わせていました。
私にもいっぱい頬っぺにチュッとしてくれました。
私もお口にチュッってして欲しいとおねだりすると、
「みーちゃんにも大人になったら、お口にチュッってしてくれる人が現れるわよ」
そう言って父も母も私にはしてくれなかったのです。
そしてやはり大人になってから、この国の夫婦は決して人前ではそういうことはしないのだと知りました。



母は背も小さく、少し幼げで、父がいないと何も出来ないような無器用な人でしたが、父が3、4日帰らなくても意外に平気でした。とにかく私を守らねば、という気概に燃えていたのでしょう。何とか料理も作り、薪も割り、水を汲み上げ、お湯を沸かしてお風呂にも入れ、きちんと日々を過ごしていたのです。
けれどどうやら父がいないことに耐えられるのは4日が限度のようでした。それを過ぎると目に見えてやつれていくのです。
「父様帰ってこないね。どうしちゃったのかしら……」
父が外に出るのは里に降りて食べ物を交換したり、何か買いに行くときだけでした。だいたい1日2日で帰ってきていました。
一度だけ一週間程帰れなかった時――本当にこのまま母は父を恋しがって死んでしまうのかもしれないと思いました。
実際7日目には、母はほとんど起き上がれないくらいやつれて、「ごめんね、みーちゃん、母様、父様がいないと駄目なの……」そう言って泣いてばかりでした。その頃には私も随分色々時自分のことが出来るようになっていて、母と子が逆転したように私が母の世話をしていました。

そして、父が漸く戻った時――どうやら何か事故があって……父が怪我をしていたのではなく、怪我をしていた人たちを助けていて帰れなかったようでした――母は顔は土気色で、このまま死んでしまうのではないかと思うくらい瀕死の状態でした。

「ごめん、琴美、しばらく母様と二人きりになるから」
父様はそう言って奥の部屋に籠り、一晩出て来ませんでした。
母のぐったりした様子を見たときの父の悲愴な表情といったら! 父も、母がいなくなったら生きていけない人なのだろうと思いました。
そして、翌朝には母はすっかり治り、元の可愛らしいツヤツヤなお肌になり、さらに若々しくなっていたのです。

父は本当に不思議な魔法を使っているのだと、私はずっと信じておりました――。








私が初めて山を降り、森の奥の世界から広い田畑の穂の波を見たのは、恐らく十歳の頃だったと思います。
そして、その時初めて家族三人以外の他人――人間を見たのです。

その里は、父が時折食べ物を交換して貰っていた集落だったのでしょう。父が里の入り口に立つと、田畑で野良作業をしていた村の若い娘たちが色めきたっていましたが、後ろに私と母がいるのを認めるとあからさまにガッカリとしているのです。滅多に里に降りることはありませんでしたが、どうやら父はここの娘たちに随分慕われていたようでした。父は妻子がいると言っていたのに、みな信じていなかったようなのです。
母は父が女たちから慕われるのはいつものことなのよ、と少し剥れ気味に言っていました。
慣れているんだけどね、とも。
でも、私には母の可愛いらしさに敵う娘は誰一人いないように思いました。
初めてみる人間たちは随分父や母とは違うものでした。そこが農村で、男も女も子供たちも陽に焼け泥と汗にまみれた黒い顔をしていたからでしょうか。
父も母も色白ですし、山で小さな菜園を作り木を刈ったり薪を割ったり狩りをしたりと動き回っていましたが、汗一つかいているのを見たことはありませんでした。泥まみれになって働いた後でも、私たちはいつも一日の終わりに必ず湯を沸かし身体を洗っていましたし、特に父は母の長い髪を念入りに洗ってあげていました。
後に村の者たちは滅多にお風呂に入らないときいてびっくりしました。
そうしたことも要因でしょうか、私たちは村の者とは全然違う人種のように思われました。
ただ父が私たちを村に連れてきたのは、恐らく私に人間というものの暮らしに慣れさせる為なのだと今なら思えます。
でも初めの頃、私はなかなか村人たちとは馴染めませんでした。
母が村の子供と遊ぶよう促したけれど、あたしは直ぐには彼らの輪には入れません。
気がつくと母が率先して子供たちと鬼ごっこをはじめ、いつの間にか私も仲間に入っていました。
母は長いこと私としか遊ぶことがなかったのに、あっという間に沢山の子供たちの大将のようになっていました。
でもお陰で私もすっかり仲良くなり友達ができたのです。
一番仲良くなったのは、十也(とうや)という十番目の子供という私と同じ年の少年でした。頭もよく、この村の寺子屋で一番始めに読み書きを覚えたということでした。私は彼に父から習った色々なことを教えました。計算や歴史や空のこと、風のこと、星のこと……彼はしっかり覚えてくれて、私に寺小屋の先生になればいいと言ってくれました。
父は父で、この村でやはり色々なことを教えていたようです。
薬草の作り方や、肩凝りや腰痛に苦しむ老人や、妊婦たちに対しての処方をあれこれ伝授していたようです。
村の人たちは父を尊敬の念で見ていました。

けれど村の人たちとのささやかな交流は僅か半年ばかりで終わってしまいました。

ことの発端は、父が偶然、山犬に襲われた村人を助けたことでした。
助けられた筈の村人が、父の瞳が赤くなりまるで化け者のように妖かしの術を使って山犬を一撃で倒したと言い触らしていたのです。

「……どうして……」
母は悲しそうに私たちの住んでいた小屋を見つめていました。
村人たちに火をつけられたのです。

「助けた奴は催眠が効かない性質だったようだな。村人全員の記憶を消して回るのも面倒だ。どのみちここもそろそろ潮時と思っていたところだ。ここを出よう」

燃え盛る炎を見つめてあたしは悲しくなりました。

化け物。

火を放つとき村人たちが言っていた言葉。
あんなに父に助けられたクセに。
父のお陰で病が治った人たちがこの村には沢山いるのに。
どうして……?

十也も化け物と思ったのかしら。

私は彼に会うこともなく、そのままその土地から追われるように出ていったのです。







私たちが新しく暮らし始めた場所は、新しく都となってまだ十数年しか経っていない東京でした。
どういう経緯か分かりませんが、欧米の商人が建てたという洋館を借りることか出来たということでした。
森の中の一軒家のようなその洋館は、どこかあの懐かしい山小屋を思い出させてくれました。無論しっかりした石造りの建物は、あのボロボロの山小屋とは比べ物にはなりませんが、森の中にぽつりとあって、町の中なのに世間と隔絶している感じが何処となく似ていたのです。


其処で私たちはまた元の三人だけの生活を始めました。
文明開化の足音か聞こえつつあった帝都、東京で――。





※※※※※※※※※※※※※※※


本当は大正あたりを舞台にしたかったのに、第一夜で琴美ちゃんを大変長生きに設定した為に、逆算したら明治初期の生まれになっちゃったんですね~(^^;

さて、次で終わりたいと思ってます……(^_^)




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§ Re.にゃんこ様

コメントありがとうございました♪

何処にいっても直樹さんは不死身で、元気(?)です♪

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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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