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更新空いてしまいました……^_^;

8割くらい先週に書いてたんだけど、その後仕事が怒濤なまでに忙しくなってちょっと放置でございました。

そのうえ、ちょっと確認したいことあって初めから読み返してたら色々ミスを見つけて、密かにこっそり修正してたりして。(あえて修正ありとは記してませんが、何話分かちまちま直してます……^_^;)

きっと読み返すとまだ突っ込みどころが出てくるかもですか、気がついた方、こそっと教えてくださいませf(^_^;








※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※







11月20日 A.m.8:55



「じゃあ、いってくるね……」

「ああ」

手術室の前で、まるで永の別れのようにうるうると涙ぐむ琴子の頭をくしゃっと掻き回してから、「すぐに終わるよ」と優しく笑う。

「う、うん。そーだね……」

「多分、オペよりその後の絶対沈黙の方が辛いだろ」

「そうかも……」

ここ数日筆談で、声を使わないように留意してきたが、やはりどうしても時折声を発してしまっていた。術後は傷が開かないよう完全なる沈黙が余儀なくされる。

「また、当分おまえの声が聴けなくなるのが残念だけどな……」

「こんながらがら声でも?」

「ハスキーボイスもなかなかのもんだな。その童顔とのギャップもいい」

手術前のリップサービスかもしれないが、直樹らしからぬ優しい言葉に琴子の顔に笑みが広がる。
そして、頬を赤く染めた琴子は直樹の耳元で囁くように告げた。

「入江くん、ありがとう。大好き」

「ああ。知ってる。さあ、いってこいよ」


いつまでも名残惜し気に振り返る琴子が手術室の扉の向こうに消えるのを見送ったあと、二人の後方に控えていた紀子(当然、遠巻きに今の二人のやり取りもしっかり撮影)と重雄の方につかつかと歩いていく。

「お義父さん、すみませんでした。忙しいのにかまけて琴子がこんなことになってるのに気づかなくて……」

「いやーよくこんな早い時間に来れたなぁ。まあ間に合ってよかったよ。そんな大袈裟な手術じゃないようだが、初めてのことで不安だったようだしな。琴子もこれで安心して手術を受けられるだろう」

「ま、相原さん、もっとがつんって言ってやっていいんですよ。こんな馬鹿息子」

「まあ、おれも人にがつんと云えるほどいい亭主じゃなかったからなぁ。昔気質の仕事馬鹿で。母ちゃんには随分寂しい想いをさせちまったと思うよ。あいつが病気になった時も店を軌道に乗せなきゃなんねぇ大事な時期だったからなぁ。あいつもおれが見舞いに行くと怒るんだ。こんなとこ来てる暇なんてないでしょ?って。その言葉に甘えて仕事優先にしちまってたから、後でもっと二人で過ごす時間を大切にすればよかったと死ぬほど後悔したもんさ。まあ、まさかあんなに呆気なく逝っちまうなんて思いもよらなかったしな」

笑いながらそう懐かしむように話す重雄だが、きっと当時は懺悔と慟哭の日々であっただろうと想像できた。琴子が癌かもと耳にした時の衝撃と動揺は言葉には表せない恐怖に近いものだった。

「琴子も悦子に似てるからなぁ。自分のことより直樹くんの仕事や患者さんのこと考えちまうだろ?
ついでに余計な心配もあれこれしちまうしな。お互い言葉が足りないし、離れてると思ってることを伝えあうのも不自由だから仕方ないんだろうがなぁ。
手術が終わって目が覚めたら、二人で色々溜め込んでたこと、とことん話し合ってくれ……って、琴子は話せねぇか」

頭をかきながら、「めんどくせー病気だなぁ。お陰で毎日静かすぎて敵わねぇ」と苦笑する重雄に、「ほんと、琴子ちゃんがお喋りできないと我が家は火が消えたようなのよ」と相槌をうつ紀子。

「筆談の方がちゃんと言いたいこと言えるかもしれませんけどね」

「ははは。失言する前に考えるからなーーーおい、直樹くん、顔色悪いぞ? 大丈夫か?」

「ああ、すみません。大丈夫です。単なる寝不足でーー」

「ふらついてるな。琴子のために無理して帰って来たんだろう? 終わるまで寝てていいぞ?」

琴子の顔を見て少し安心したのか、直樹は足が妙に力が入らず浮遊しているような感覚に襲われていた。

「いえ……結節の手術なんてすぐに終わりますから……終わるまで待ってます」

「そうか? いや、無理しない方が……あーーおい、直樹くん!」

「……お兄ちゃん!?」

二人の叫び声がひどく遠くで聴こえた。
床が崩れ落ちていくような感覚がして足元が揺らぐ。周囲の景色が灰色に替わりぐにゃりと歪んだ。
そしてーー唐突に視界がフェイドアウトしていったーー。
















「はい、ここが何処だかわかります? あ、喋らないでくださいねー」

琴子が看護婦の声で目が覚めた時には病室に戻っていた。
腕には点滴が刺されたままで、喉には若干違和感があるだけで特に痛みはない。

「じゃあ、絶対喋らないようマスクは常にしてくださいねー。咳とかしそうになっても頑張って踏みとどまってくださいね」
と、無茶なことを言われつつ、不織布マスクを渡された。

顔をひきつらせつつも、マスクを受け取ってつける。
ベッドの脇には紀子と重雄が見守っていた。

「琴子ちゃん、大丈夫?」

心配そうな紀子の問いにこくこくと頷く。麻酔から覚めたばかりで気だるいが、気分が悪いということもない。

(あれ? 入江くんは? もしかして、もう神戸に帰っちゃった? それとも、手術前に会えたと思ったのは夢だったのかしら?)

視線をあちこちに泳がせているのに気がついたのか、紀子が「お兄ちゃんならここよ」と指差す。

(えーー?!)

思わず叫びそうになって慌ててマスクの上から口を押さえる。
なんと、直樹は琴子の隣のベッドに横たわり眠っているではないか。
しかも直樹も点滴の管が繋がれている。

(な、なんでーー?)

目をまんまるくして紀子と重雄の顔を交互に伺いみる。

「睡眠不足と過労ですって。琴子ちゃん手術室に入るの見送ったあと、ぶっ倒れたのよ。まーったく医者のくせに何やってんだか」

(い、いりえくーーーん!!!)

一瞬にして青ざめた琴子の顔が泣きそうに歪む。

「ご主人のほうは、そのうち目が覚めると思いますよ。目が覚めて点滴終わったら帰ってよいとのことですので。処置室でそのままでもよかったんですけど、こちらに運んでくれとご家族の方に希望されたのでお連れしました。琴子さんも点滴終わったら動いても大丈夫ですからね」

点滴のチェックをしながら担当ナースが説明してくれた。

「退院は明日の朝を予定しています。 一応、あとで先生に診てもらってから許可が出ると思いますけど。今のとこ問題なさそうですから、多分大丈夫ですよ」

自分のことより直樹の方だ。
琴子はベッドから身をおこし、傍らのベッドで眠っている青白い顔の直樹を見つめ続けていた。

(倒れるほど忙しかったのに……東京に戻らせて……あたしのせいだーー! ごめんね……)

ぽろぽろと涙をこぼし始めていた琴子に、「琴子ちゃんが気にすることないのよ。いくら忙しすぎても自己管理ができてないのはお兄ちゃんのせいなんだから」と、背中をさすって慰める。

「そもそも神戸になんか行ったのが間違いなのよ。こっちにいればある程度は家族でフォローしてあげれるのに」

紀子の言葉に琴子は首を振る。
今さら直樹の選択を否定するつもりはなかった。直樹がどんな思いで神戸を選んだのか、神戸での数ヶ月、どれほど頑張っていたのか琴子も十分にわかっていた。

「それを言っちゃあいけないよ、奥さん。直樹くんには直樹くんの考えがある。そして最後には琴子も納得して、見送ったんだから。こうして帰って来てくれただけで十分だろう? なあ琴子」

父の言葉に琴子もうんうんと頷く。

「ほんとに、琴子ちゃんってば健気なんだから……変な不倫疑惑の挙げ句、お兄ちゃんから連絡なくて、そのうえこんな病気になっちゃった琴子ちゃんの方がずっと不安で心細かったのに……」

紀子は優しく琴子の髪を撫でる。

「もう、どうせなら、お兄ちゃんもこのまま一緒にここで泊まってけばいいじゃない。ランクの高い個室にしてよかったわーー。ベッドもう一ついれても、ほら、全然余裕だし。あーーベッドもっと引っ付けちゃいましょ? お兄ちゃんが近い方が琴子ちゃんも安心よね」

部屋はVIPルームほどではないにしろ、ソファやリビングテーブルの調度があり、自宅の寝室並みの広さはあった。
紀子は二人の点滴台の位置を反対側にずらして、少し離れた位置にあった直樹のベッドを琴子の側にぴたりとくっつけた。そして互いに接する方の柵を外してしまう。

「ふ、これで完璧ね」

にやりと笑って、並んだ医療用ベッドに横たわる夫婦二人の不思議なツーショットをぱしゃりと一枚撮ってから、「じゃあ、ちょっと売店に行ってくるわね~」と部屋から出ていった。

「じゃあ俺も仕込みがあるからそろそろ行くな。明日の朝は一緒に迎えにくるよ」

重雄も出ていくと、琴子は病室に直樹と二人きりで残された。
部屋はしんと静まりかえっている。昼間のせいか、夜中にうるさいほど聴こえたナースコールも気にならなかった。
いやーーただ琴子の耳には死んだように眠っている直樹の寝息の音しか届かないだけなのかもしれない。

(……入江くん……前に会った時より顔がやつれてるよ……救命にいる時も相当ハードワークだと思ったけど、それより忙しいなんて……ごめんね。あたしのせいで。こんなに無理させちゃって)

琴子は話せない替わりに、心の声でずっと直樹に話しかけ続けていた。

(でも、窶れてもやっぱ綺麗だなぁ。髪も少し伸びてる。カットになんてなかなか行けないよね。あ、ちょっと不精髭が……)

少しざらっとした顎辺りをつんつんと触ってみる。
手術前にキスした時になんとなく気がついてはいたけれど。

(へへへ……入江くんだぁ。ほんものだよ、ほんもの! 夢じゃないんだよね……)

ようやく少し実感がわいてきたのか、すりすりと頬を撫でる。

(起きちゃうかなー? 大丈夫だよね? こんなに爆睡してるし)

そして段々大胆にペタペタと触りだすとーー

「ばーか。流石に起きるぞ」

その手をぐっと掴まれた。

(ひゃーーごめんねーーっっ!!)

辛うじて声を出さずにすんだけれど、かなりヤバかった。発声寸前の寸止めである。

「ああ。驚かせたら不味いな。無事にオペは終わったんだよな……」

直樹もむくりと起き上がり、自分の腕に刺された点滴を見つめて顔をしかめる。

「……ったく。とんだ失態だったな……」

(大丈夫? 入江くん)

琴子が枕元に用意してあったホワイトボードに書いた。

「ああ。単なる寝不足。そういえば2日くらいまともに寝てないかも……」

(無茶だよーー死んじゃうよー)

半泣きの琴子に、「そう簡単には死なない」と軽く頭をぽんと叩く。

(そういうの『医者の不用心』って いうんだよ)

「不養生だろ?」

ペンを奪い取り添削する。

(もう少し寝たら?)

「ああ。でも点滴終わりそうだし。終わったら病院に電話しないとな。そういえば、おれ、今日休むって連絡してなかった」

(無断欠勤? あたしのせいで?)

おろおろと青冷める琴子に、「別におまえのせいじゃないよ。しいていえば金之助のお陰かな」と苦笑混じりに告げる。

(金ちゃん?)

文字にはしなくても琴子がきょとんとした様子からそう問うているのは簡単にわかった。

「誰のせいかといえば、完全自業自得だしな。忙しいからと、まともに家に帰らず、ファックスも全く見てなかった。おまえはちゃんと病気と手術のこと知らせてくれてたのにな。前もって状況を把握してたらきちんと申請して休みを奪い取って帰ってたよ」

(入江くん……)

点滴が終わったあと、直樹の様子を見に来た救急処置室のナースに抜針してもらう。別に自分でやっても良かったが、まだ新人らしい彼女の仕事を奪っても、と思い直した。

「えーと、ベッドやけにくっついてますねぇ? これ、処置室のベッドなのであとで回収しますけどいいですか?」不思議そうに2つ並んだベッドを見つめるナースに、二人は苦笑するしかない。

「すみません、もう少しベッド置かせてもらっていいですか? まだ少しふらふらするので」

「あら、大丈夫ですか?」

「はい。もう少し横になれば治るかと」

「じゃあ、調子が戻らなければ遠慮なく呼んでくださいね~」と話すナースはぽっと頬を染めて、直樹の顔に見とれている。
琴子は(そんなに見ないでよ~~さっきも針抜くだけで、やけに時間かけてたけど!)と言いたいが声が出ないので軽く睨みつけるだけにとどめた。

(ふらふらするの? 大丈夫?)

「大丈夫。せっかくだからもう少し寝たかっただけ」

心配そうにおろおろする琴子に、いたずらっぽく直樹は笑った。

「とりあえず病院に電話をしに行く」と出ていって、しばらくしてから戻ってきた直樹は、「なんとか今日は休みにしてもらった。出勤は明日の午後からでいいってさ。だから明日の朝イチで神戸に帰るよ」と琴子に告げた。

琴子は驚いたように(じゃあ今日はずっと居てくれるの?)と記した。

「ああ、そのつもり」

(うれしいーー!!!!!)

文字には表さなかったが、琴子の心の声が飛び込んでくるような満面の笑みを携えて、直樹に飛び付く。

「と、いうわけで……」

直樹は琴子を抱き締めながら呟くように云った。

「……もう少しだけ、寝るーー」

そして、琴子を抱き締めたまま崩れるようにベッドに撃沈していく。

(ーーー入江くん………)

一瞬で寝入ってしまった直樹の寝顔を少し驚いてしばし見つめる。

(そういえば、結婚したばかりの頃もこんなことあったよね……)

会社を立て直すために不眠不休で新作ゲームを作り家にも帰ることができなかった。
ようやくすべてが終わりやっとハネムーン以来初めて自宅のベッドで二人で過ごす夜に、直樹は琴子に寄りかかって寝落ちしてしまった。
甘い夜をひそかに期待していたものの、そんな隙を見せてくれたことに少しだけ嬉しかったことを思い出した。

しれっと何でもソツなくこなしてしまうし、感情を表さない冷血漢と思われている直樹だが、その裏ではかなり自分の身体を酷使して無理をしているのだ。天才だからってスーパーマンなわけではない。
あまりに平然としているので、誰も気がつかないだけで。

(入江くん、お疲れ様……)

琴子は軽く直樹の額にキスをして、自分も横たわる。
ずっと寝顔を見ていたいけど、やはり麻酔が覚めたばかりの気だるさには抗えない。そして、自分も昨夜はあまり眠れなかったのだ。
琴子もいつの間にか眠ってしまい、自分の担当ナースが点滴を外しに来たのすら気がつかなかった。




「あら、素敵じゃない~~」

紀子が部屋に戻ると、琴子と直樹は隣り合ったベッドで手を繋いだまま熟睡している。

二人とも点滴は終わっているようで、管から外れているせいで、琴子の寝相の悪さは大胆に復活し、足は完全に直樹のベッドに侵入しようとしていた。

「ふふふ。流石に自宅で夫婦の寝室に眠る二人は撮れないけと、ここでならばっちりよねー」

そしてしばし手を繋いで眠る二人をシャッターに収めたあと、紀子は満足げに部屋を後にしたのである。










琴子が次に目を覚ました時は午後もだいぶ過ぎた頃だった。
主治医の回診が来たのだ。

そして、隣にあった筈の直樹のベッドはすでになく、替わりに椅子に座って琴子のベッドの傍らにいた。流石にベッドは処置室に戻してもらったようである。

(入江くん、もう起きてたんだ……)

しっかり睡眠が取れたようで幾分スッキリとしていた直樹の様子に安心した。

「入江さん、どうですか? あー、喋らないでね」

(大丈夫です。ちょっと違和感あるけど)と主治医の問いかけにホワイトボードでささっと答える。

「うん、特に問題ないです。傷口もキレイですよ。退院は明日の朝で大丈夫ですね」
嶋田医師は喉の奥を診て、にっこり告げた。

「みます? タコちゃん」

そういって医師はちっちゃな瓶を琴子の前に差し出した。

「それが琴子の結節ですか」

琴子より直樹の方が興味深げに小瓶の中で泳いでいる小さなピンク色の物体を眺めた。

「小さいですね」

「まあ、なかなかこのサイズで切る人はいませんけどね。嗄声が酷かったですからねぇ。すぐ話せるようになりたいということで」

「……確かに自然治癒や投薬療法は時間がかかりますが」

その後直樹は主治医の嶋田と専門的な話を延々と話し始めてしまった。

琴子はひたすら医師の顔つきとなって主治医と論議を交わす直樹の顔をうっとりと見ていると、何処かに行ってた筈の紀子が大きな紙袋と風呂敷をかかえて部屋に入ってきた。

「あら、先生。診察中だったのね、ごめんなさいね。あの、琴子ちゃん、もう普通に食事しても構わないんですよね?」

「はい。夕飯から食べていいですよ」

「あらーよかったわー。この子たち明日結婚記念日なんですのよ。前祝いにちょっと病室でプチパーティーしていいかしら?」

「へ? あ、まあ騒がなければ……」

「騒ぐったって、二人きりでさせますから。琴子ちゃんは話せないから騒ぎようはないですよ」

そういってころころ笑って、紙袋の中から横断幕を取り出す。

「おふくろっ」

怒鳴る直樹とあっけにとられ目を白黒させている医師やナースのことなど全く気にすることなく、紀子はあっという間に部屋に飾りつけを施してしまった。

『祝4周年! 花実婚式おめでとう』

そう書かれた横断幕には布で作られた色とりどりの花が貼り付けられていた。

そして、扉の外に置いておいたらしい大きな袋を取りに行き、中からハート型のバルーンを取り出すと、部屋のあちこちに飛ばした。

「ほら、華やかでしょ~~」

(おかあさん! すごいです。ステキです)

両手を組み、瞳を潤ませて感激する琴子である。

「おふくろっここは病室だぞ!」

「だからぱあっと明るくしなきゃ!」

そして、風呂敷からケーキの箱と重箱を取り出す。

「私のお手製のケーキと、ちょっとしたご馳走。相原さんも手伝ってくださったのよー」

ケーキにはたっぷりのフルーツと食用花が飾り付けられ、『花実婚式おめでとう』と書かれたプレートが付けられていた。

(おいしそう! ありがとうございます!めちゃめちゃうれしい)

「あとでお花も届くようにしてあるから。なんといっても花婚式ですもの」

「明日の朝には退院するのに、こんなに持ち込んでどうする!?」

「あら、持ち帰ればいいだけの話でしょ?」

眉間に皺を寄せている直樹のことなど構わずに、紀子は冷蔵庫にジュースやシャンパンを入れる。

「えーと、流石にお酒は……」

顔をひきつらせながらナースが止めにいく。

「シャンパンは形だけよ~~こんなとこでもムードは重要ですものね」

と、シャンパングラスをリビングテーブルに並べる。

「結婚4年目はね、花も実もなり幸せに溢れた家庭を築けるよう花実婚式と言われるのよ。ほんと、そろそろ実もなって欲しいわね~~」

にやにやと笑みを浮かべる紀子に「病室でどうしろと……」と小声で突っ込む直樹であった。

「さ、お邪魔虫はさっさと撤退しますわよー。先生たちもあまり二人の邪魔はしないでくださいね。なんといっても織姫彦星のようにひっさびさに会えた夫婦なんですからね!」

「いえ、あの……でも、ここは一応、病室なんで……」

度肝を抜かれ過ぎてポカンとしている医療者たちの背中を押して、「わかってますって。大丈夫、非常識なことはこの夫婦、しませんから」と追い出そうとする。

「えーと、とりあえず術後は安静でお願いします……」
振り返って念押しする医師に、

「まあ、ほんとは久々の愛妻、可愛がりたくて仕方ないとは思いますのよ。でも琴子ちゃんに声出させるわけにはいかないものねぇ。そのへんは一応医者ですから弁えているかと。ほんと、残念……」ちろりと息子夫婦を伺いみて、ぼそっと呟く紀子。

直樹は「おふくろっいい加減にしろ!」と思わず声を荒げた。

「はーい、いい加減にして退散するから、ごゆっくり。今夜は私もパパと経団連のパーティーに出掛けなきゃ行けないのよ。だからビデオ撮れなくて残念だわー。あ、お兄ちゃん、ちゃんと琴子ちゃんに不倫の噂の釈明をして謝るのよ」

「おれは謝るよーなことはしてねぇよ」

「噂になること自体、隙があるの。自分の詰めの甘さを恥じて素直に謝りなさい。じゃ!」


ばたんと扉がしまり、室内は唐突に静寂に包まれた。

「………ったく」

忌々しそうにため息をついた時、琴子がホワイトボードに書いた文字を見せる。

(別に謝らなくていいからね。入江くんのこと信じてるし)

「ほんとに? 一ミリも疑ってない?」

意地悪そうに訊ねる直樹に、琴子は一瞬怯む。

(あの実習生の女の子と一緒に話してるの見た時は、ちょっと疑ったの)

「え? なんだよ、そこまで近くに来てたのか? 声をかけてくれれば良かったのに」

(だって……)

琴子は考えあぐねながら、言葉を綴る。

(あのこが、入江くんの腕の中の感触知ってるって……)

「ああ。ーーあのとき、おまえ、居たのかよ……」

ちゃんと会いに来てくれたら、きっちり説明できたのに、と思うが、やはりそんな場面に居合わせてしまったら声はかけられいものなのだろうと、想像はできた。
しかし間の悪いことこの上ない。

(入江くんが実習生と不倫してるとか、巨乳好きとか、変なウワサも聞いちゃって……入江くんのこと信じようとは思ってたけど、やっぱり不安で)

「……ったく、巨乳好きなわけないだろうが」

(あのこを見る目が違うって評判だったって)

「仕方ないだろ? 彼女の声がおまえにそっくりで、声が聴こえる度に反応して振り返っちまうんだから」

(……ほんとに? あたしの声と間違えただけ?)

「そうだよ。噂のきっかけも寝惚けておまえと間違えて腕を掴まえて抱き寄せただけで………だから腕の中の感触ってその時の……わー、泣くなっ! だから間違えただけだってば!」

声を押し殺してぽろぽろと涙をこぼす琴子を直樹は慌てて抱き寄せる。

「ちょうどおまえの夢を見たところだったから、つい反応したんだ。でもすぐおまえと違うとわかって、突き飛ばしちまって、それで慌ててもう一度彼女を引き起こして……その時誰かに見られたみたいで」

それが噂になっただけだと、ようやく釈明ができた。

(入江くん……あたしの夢を見るくらい会いたかったの? ねぼけてまちがうくらい会いたかったの?)

涙から少し復活した琴子が、瞳を輝かせて問いかける。

ホワイトボードに書かれた文字と琴子の顔を交互に見つめ、いつものように琴子の想いに素直には同意しない天邪鬼の虫が疼きかけるのを辛うじて抑えた直樹が、諦めたようにひとつため息をついてから、優しく応えた。
琴子を再び強く抱き寄せながら。

「……そうだよ。おまえの声を聴きたかった。会いたかった。ちょっと似てるだけで間違うくらい、渇望してたんだ」

そっかぁ、あたしだけじゃなかったんだ。あたしもね、入江くんに会いたくて声が聴きたくて、たまらなかったのーー

琴子はそう文字に書きたかったのだが、直樹が自分の腕の中にきつく閉じ込めるので、言葉に綴ることはできなかったーーー。









※※※※※※※※※※※※※※※※※※


やっと結婚記念日に突入できそうですf(^_^;
誕生日直前に始めて結婚記念日当日にこの話を持ってこようなんて、どだい無理ってもんでした。まあ、無理だろうとは思ってたけどね……
さて、あと1話か2話で終われるかな~~






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2018/02/25 | [] | Edit

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2018/02/25 | [] | Edit

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2018/02/26 | [] | Edit

取り敢えず命にか変わる病気じゃなくって良かったね?さすがの入江君も寝不足にはかなわない、琴子ちゃんのことが気がかりで会うまではて思った( -_・)?ですね、琴子ちゃんの事が、安心したら倒れちゃったんですね‼️相変わらずママのパワー凄い二人この事は、二人に任せればいいんですよね🎵

2018/02/27 | なおちゃん[URL] | Edit

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2018/03/07 | [] | Edit

Re.マロン様

コメントありがとうございます♪
リコメがめっちゃ遅くなりまして、申し訳ないですm(__)m

20年前の研修医って過酷だよね、マジ三十時間寝れなかったりするんだよね、と思ってたら今でも医者の過労動、問題になってますねぇ。斗南は直樹さんのお陰で労働環境改善されてるかも〜(^^)

解せませんか? まあ直樹さんも禁断症状(琴子中毒の)で相当参ってたってことでf(^_^;
琴子は直樹が素直に謝りゃ許しちゃいますよ。というか、浮気でなければオールOK笑 浮気でも身を引いてしまうかも(-_-)

ええ、紀子ママですから! 横断幕はきっと毎年家族全員分のアニバーサリー、しっかり準備てるかも笑 横断幕コレクションルームあったりして笑

はい、なんとか結婚記念日までたどり着きました〜〜(^-^)v国家試験合格までは遠いなぁー。

2018/03/28 | ののの[URL] | Edit

Re.ちびぞう様

コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなって申し訳なかったですm(__)m

ふふ、ほんと看護婦さんはびっくりですよね。紀子ママには度肝を抜かれます。
そして、自分で書きながら、直樹さん、こんなに素直でいいのかーーと思ってましたけど、ま、色々弱ってるんで笑
あ、目覚まし時計、見つけてますよ〜。すでに何回リプレイしていることか(^^)dそしてちゃっかり持ってきてます笑 琴子の生声まだまだ、聴けないものね〜〜



2018/03/28 | ののの[URL] | Edit

Re.さあちゃん様

コメントありがとうございました♪
リコメ大変遅くなりまして申し訳ないですm(__)m

はい、なんとか手術も終わって、イチャイチャしたいとこですが、術後なんでできません。入江くん、もうよろよろですが、琴子に会えればなんとかチャージ出来るでしょう(^^)d
ほんと、すぐにとんぼ返りですが、自分で選んだ道なので〜〜(どんまい)
ほんと、紀子ママ、ナイスなお姑さんですね。おおー紀子ママさんのようなお姑さん目指しますか?そりゃ、琴子ちゃんのようなお嫁さん募集しないとね〜〜琴子ちゃん以外受け入れてくれないかも!

続き、なかなかアップ出来ずに申し訳なかったです〜f(^_^;楽しんでいただけたかしら〜〜。

2018/03/28 | ののの[URL] | Edit

Re.なおちゃん様

コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなって申し訳なかったですm(__)m

はい、ただの声帯結節でよかったです。癌騒動はきっとうやむや……f(^_^;
そうそう、紀子ママのパワーで全て解決。いざというときの紀子ママなのです!

2018/03/28 | ののの[URL] | Edit

Re.ルミ様

拍手コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなって申し訳ないですm(__)m

読めるようになってよかったです。なかなか更新出来なくて申し訳ないですが、頑張ります~~f(^_^

2018/03/28 | ののの[URL] | Edit

Re.紀子ママ様

コメントありがとうございました♪
リコメがハチャメチャに遅くなりまして申し訳ないですm(__)m

あー、たしかに!入江くん蚊帳の外バージョン面白いかも笑
気がついたら全部終わってた、なんてね。
健気な琴子はそれが一番いいと思ってたんでしょうけどねーー。
でもやっぱり琴子ちゃんの為には間に合わせてあげたかったもので。なりふり構わず琴子の元に駆けつける直樹さんが大好物な私ですf(^_^;

そうそう、重雄さんの思い、やんわり口調ですけどその真意を汲み取ってふかーく反省してもらいたいもんですね。

昔なら誤解されても素直には訂正せず回りくどく分からせていた直樹さんですが(松本姉と同棲疑惑事件とか)今回は素直に謝っていただきましたよ!

ええ、病院だし、病人だし。ぐっと我慢の子なのです〜〜( °∇^)]

2018/03/28 | ののの[URL] | Edit

        

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