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声を聴かせて……(6)


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11月12日 P.m.7:15





「はぁーーどうにか助かってよかったわぁ」

一緒にオペにはいった佛円に肩を叩かれ、直樹は外科用手袋を脱ぎ捨てた。

「……ああ」

いつも手術室では自信に満ちていた直樹が、今日は少し違ってみえた。いやーー冷静さを欠いていたわけではない。いつも通り研修医とは思えない完璧な手技で前立ちをこなしてはいた。

「そないに責任感じることあらへん。遅発性の腹腔内出血は稀にあるよって。異常を訴えらてへんのに、心臓の定期検診で腹部の異常に気づくのは無理や」

「診察前の血液検査で、ヘモグロビン値が少し低めなのが気になってはいたんです。でも正常範囲内でーー」

予兆はーー色々あったのかもしれない。熟練の医師なら見逃すことはなかったのだろうかーー? 自分が経験の浅い研修医だから気づかなかったのかーー? だが、そんなことは患者には関係ない。

「正常範囲内なら仕方ないやろ。成人男性の貧血なら消化器官出血を疑うのが定石やけど……」

「でも……もしかしたら、あの時に多少の痛みはあったのかもしれない。もっと話をじっくり聞いていれば、もしかしたら……」

「あんまり考え過ぎんなや。助かったんやから……」

一時は(CPA)心肺停止となったが、DC(除細動器)と胸骨圧迫ですぐに再開し、その後開腹オペをした。
横行結腸漿膜下血腫であった。恐らく4日前にジャングルジムから落下した時の鈍的腹部外傷により、漿膜に裂傷が出来たのだが整形外科受診時には出血はなかったのだと思われた。4日の間にじわじわと裂傷が広がり、排便中に腹腔内出血に至ったのではという所見である。

「医者はエスパーやないんや。患者の主訴がないのに解れなんて無理っちゅーねん」

開腹手術によって出血点はすぐに特定され、オペは成功し、少年は現在ICUで術後観察中である。

「ICUを出るまでは救命(うち)でちゃんと診るさかい、おまえはもう戻ってええで」

「ーーいえ。もう暫く付いています。せめて、もう少し安定するまではーー」


その時には他のことなど考える余裕はなかった。
神戸に来ているかもしれない琴子のことなどーー。





* * *







11月12日 P.m.9:05



「まぁーー琴子ちゃんっ一体どうしたの!?」

真っ青な顔でふらふらと帰宅した琴子に、紀子はすぐに休むように促した。
しかし、琴子の声が恐ろしいくらいに嗄れているのにひどく驚いて、すぐに病院行きましょうっっと支度を始めだしたので、慌ててそれを阻止する。

上手く声が出ないので、電話の横にあったメモとペンを取って、
(大丈夫です。ただの風邪だと思います。熱とかないので、病院は明日行きます。夜間救急行くほどではないので)
と、走り書きでメモを書いて渡す。

「そ、そう……?」

心配そうに琴子を見つめる紀子に、はい、と頷く。

「それで、お兄ちゃんには会えたのかしら?」

何気なく訊ねた紀子の問いに、ぴくっと肩が震えた。
しかし、気丈にも表情を変えずに首を横に振る。紀子はその強張った笑みに違和感を感じ、「どうしたの……? 何かあったの? お兄ちゃんとは会えてないのよね……?」思わず肩を掴んで訊ねてしまう。

琴子はぶんぶんと首を横に振るが、だんだんこらえきれずに紀子の胸にしがみついて大粒な涙をこぼしはじめた。


「とりあえず、今夜はゆっくり休みなさい。明日、お話できるようになったら聞くわね?」

しばらく琴子に胸を貸し、落ち着くまで背中を擦っていた紀子はそれ以上深く詮索することなかった。
そして、部屋に戻ろうとする琴子に、「あ、そういえば……」
紀子が唐突に思い出したように訊ねた。

「お兄ちゃんの部屋には行ったのよね? 私のエメラルドのピアス片っ方落ちてなかったかしら? ほら、この間宝塚の帰りにお兄ちゃんち寄ったじゃない? その時に落としたような気がして……気に入ってたのよね。パパからのプレゼントで……」

「……………………!!」

琴子が大きく瞳を見開いたのを見て、紀子は一瞬のうちに悟ってしまった。琴子が何を悩んでいたのか。

「あったのね……? ああーーっ、ごめんなさい。琴子ちゃん、本当にごめんね。誤解しちゃったわよね? そりゃそうよね、あんなもの見つければ…… 出掛ける前に云っておけばよかったわっ ああ、なんて迂闊だったのかしら………あたしのせいね、あたしのせいだわーーなんてこと!琴子ちゃんを苦しめてしまったわーー」

おろおろとして琴子を抱きしめ平謝りする紀子に、琴子はぶんぶん首を振り、そしてメモ帳に文字を書き始めた。

(おかあさんのでよかったです。他にも色々あって、入江くんを疑ってしまった……入江くんにもうしわけないです)

「他にもって……?」

その問いには悲しげに首を振って(ごめんなさい、ピアス、そのままおいてきちゃいました。まさかおかあさんのとは思わなかったから……)と書いてメモを渡す。

「それはいいのよ。本当にごめんなさいね、琴子ちゃん……あなたが帰ってくるまでの間、どれだけ不安で辛かったかと思うと謝っても謝り足りないわ」

(わたし、入江くんを信じられてなかった。奥さんしっかくです)

「琴子ちゃん、何をいうの? そんなの妻として当たり前の反応よ。旦那様を愛しているのなら、みんな疑って当然よ」

(それと、入江くんには、この声のこと云わないでくださいね。今とっても忙しいのに、心配するといけないから……)

「まあ……琴子ちゃん……なんて健気なんでしょう。でもこのままじゃ、電話にも出れないでしょう。お兄ちゃんにはちゃんとその理由を伝えた方がいいんじゃないかしら……」

(明日の朝には治ると思います。そしたら、ちゃんとあたしから説明するので、もし、今夜電話があっても、寝ちゃったっていっておいてください)

そして懇願するように手を合わせ頭を下げる。
潤んだ琴子の瞳を見て、紀子も「わかったわ」と応えるしかなかった。




ーーほんとに治るの……?

琴子は心の中の不安を押し隠して、紀子に軽く頭を下げてから部屋に戻っていった。






ーーー入江くん……ごめんね。
あたし、入江くんを信じるって心の中で言い聞かせていたものの、結局信じてなかった。
だから、こんなバチが当たったんだわ……

ピアスが紀子のものとわかってほっとしているのに、直樹のことを信じられなかった自分が、ひどくあさましく嫉妬深い女に思えて悲しくなってきた。

部屋に戻った琴子はベッドに顔を臥せてさめざめと泣いた。
嗚咽が出そうになってもその声すらガラガラしておかしい。喉の痛みも段々酷くなってきた。
ただの風邪ではないような気がして不安が押し寄せる。

ーーこのまま喋れなくなったらどうしよう……………


琴子は不安や後悔がない交ぜになって、澱んでたまった感情に押し潰されそうになりながら、夜が過ぎ去るのを待っていた。






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nママさま、ピアスの持ち主についてはピンポーンでした♪
でも、落とした時期は一話目に伏線張っておいたんです……(((^^;)へへっ





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2017/12/07 | [] | Edit

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2017/12/08 | [] | Edit

Re.さあちゃん様

コメントありがとうございます♪

あら、さあちゃんさんもどSですか? 私も多分、そうなので、展開がこんなんです^_^; 琴子ちゃんをとことん辛い目に合わせてからのあつーい抱擁……ええ、そこを目指してガンバリマス(^-^)v

2017/12/12 | ののの[URL] | Edit

Re.マロン様

コメントありがとうございます♪

そうなんです、医者である以上こんな経験もあるかなーと。
そして、とうとう会わせないで東京に戻しちゃいましたよ……^_^;わたしっていけず?
そう、ピアス……紀子ママらしからぬ失態ですねっ^_^;
ふふ、筆談書きながら、琴子の漢字能力悩みました……一応考えてるけど、つい琴子らしからぬ漢字使ってたら、あ、忘れたなと思ってください。
ほんと、さっさと動けよー直樹〜〜って思いますね。でも、すぐ動けな〜い(わたしがいけずだから笑)

2017/12/12 | ののの[URL] | Edit

Re.紀子ママ様

コメントありがとうございます♪

そうそう、学生さんは買えなさそうなプラチナとエメラルドのピアスで、紀子さんのものと見抜いた紀子ママさん、さすがの慧眼(^-^)v
そう、この状況で信じるのは難しいですよね。
ええ、ケ◯の穴の小さい入江くん、私もしつこく鉄槌食らわせたくなります笑
ええ、琴子ちゃん、風邪ではないようですが……ストレスの元はまだまだ解消できそうにないかな……?

2017/12/12 | ののの[URL] | Edit

Re.ちびぞう様

コメントありがとうございます♪

まだまだ研修医のうちにはこんなこともあるのかなと。特にコミュニケーション能力が足りないので、完全に患児の状況を聞き出すのは難しいんじゃないかしらと。琴子ちゃんならもっと患児から話を引き出せたかもしれないですね。
そう、琴子ちゃんは特にすぐ身を引くし遠慮しちゃうとこあるんですよね。直樹が一番なので、彼がベストな状態であることが一番の望みなのです。
そう、お隣さんがいたら此処まで拗れなかったかも……(すぐ解決してしまうからちょっと撤退してもらっているという裏事情^_^;)
早く(互いに)声が聴こえるように……ガンバリマス゜




2017/12/12 | ののの[URL] | Edit

        

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