1997年の夏休み(40)



※※※※※※※※※※※







「……………琴子」

灯りがついて、周りの客もぞろぞろと席を立ち始めていた館内で、直樹は声を殺して啜り泣く琴子を自分の肩に寄せて、優しく背中に手を回す。

「あ、あ、ごめんね。シャツが涙でグシャグシャ……」

「いいよ」

「あ……鼻水も」

「…………いいから……」

忘れていた訳じゃない。
もうあと3日しかないということをーー。

言葉にした途端に、考えまいと封印していた想いが溢れかえってしまったらしい琴子。
しばらく涙が落ち着くのを待っていると、係員が席を立つように誘導してきた。

「申し訳ないですが、もう少しこのままで……次の回が始まるまでには出ていきますので」

直樹がそう云うと、琴子は慌てて顔をあげて「あ、だ、大丈夫です! 入江くん、もう行こう! 時間が勿体ない!」と、涙を手の甲で拭うと、直樹を促すようにすっくと立ち上がる。

「琴子」

「お腹空いちゃった。なんか食べに行こう」

まだ赤い目をしているが、にっこりと笑って直樹の手を引っぱった。






「いいのか? こんなとこで」

入ったのは全国チェーンのハンバーガーショップだった。

「うん。昨日からゴージャスなものばっか食べてるから、ちょっと口が庶民的なもの求めてるの」

ディナークルーズのフルコースとホテルのモーニングビュッフェを食べただけなのだが。(その前日はコンビニ調達のおにぎりだのパンだの)

「それにね、ほら、この、ハンバーガー入江くんの買ってきてくれたヤツなんだよねー。覚えてる? 井の頭公園でボートから落ちたあとで………」

「覚えてるよ」

「昔から好きだったけど、あれから格別に大好きになったの。ここのハンバーガー」

琴子は映画館を出たあとは、泣いたことなど忘れたように、いつも通りにひたすら喋り倒していた。映画の感想から豪華客船の話になり、タイタニックの話になりーー

そこからボートから落ちたことを思い出したのか、帰着点がハンバーガーとは琴子らしい連想ゲームだ。

「ぷ。ケチャップが付いてるぞ。子供みたいだな」

琴子の口の端についたケチャップを直樹が指先で拭いとり、ペロリと舐める。
途端に琴子の顔がぽんっと赤くなる。

(…………ゆうぺはもっとスゴいとこ舐めてるだろ……)と内心思わずにはいられないが、日常の衆目の中でのこんな行為はかなりの萌えポイントなのだとは、直樹にはわからない。
そして唇ごとかぶりつきたい衝動を、かなりの理性を、直樹が総動員して抑えつけているのだと、琴子は知るよしもない。

そのあとはお店を見て回りたいという琴子に付き合ってブラブラとハーバーランド内をウィンドーショッピングをしながら過ごした。

「きゃー可愛いーカップ。あ、この食器のセットもいいなー」

「女ってこーゆーの好きだよな」

琴子が「ここ覗いていい? 」 と指差したのはお洒落な雑貨屋だった。
ファンシーな雑貨やファブリックのひとつひとつに大袈裟なリアクションをする琴子に呆れつつも、普段なら決して一人で入らないような店の中の、雑多でカラフルな品々を物珍しげに直樹も眺めた。

「ふふ。なんか、こーゆーの憧れてたんだよね。結婚して二人で新しい生活のためのあれこれをお買い物するの。ペアのグラスや食器や……キッチングッズに、ちょっとしたインテリアなんかも……ね? このクッションも素敵~~あー、このカッパとカエルのマグネットも可愛い~~」

「………ピンクのハートが飛び交うクッションは趣味じゃないし、冷蔵庫にマグネットでメモを付けるのも無しだな」

趣味ではなくても、実家のメルヘンな寝室も受け入れてしまっていたので、結局自分はたいしては拘りはないのだと思う。だがもし琴子と二人で選んでいたらきっと自分の好みを押し通していただろう。新婚時代は特に、自分でも振り返ると疎ましく感じるような青さがあったのは確かだ。

「そーだよねー。でも、二人で妥協点を探しながら買い物するのが楽しいと思うのよ」

結婚してもそのまま同居だった為に、二人で何かしら新婚生活のための準備をするということは全くなかった。
あれこれ仕度を調えてくれた紀子に感謝はしていたが、今思うと少しは色々と二人で相談し合って揃えていきたかったかも、と琴子はほんの少し思うこともある。

「入江くんが神戸に単身赴任するとき、せめて引っ越しの日くらい付いていって、新生活のお買い物に一緒にしたかったなー」

ちょっと残念そうに呟く琴子。

「たいして準備なんかいらないし、適当に揃えていくからいい」ーーと、手伝いたいという琴子の願いをあっさり断ったのは数ヵ月前の春だった。
琴子も強く申し出たりはしなかった。

「うん、わかった。あたしが行っても引っ掻き回すだけで作業なかなか進まないかもね~~」と、ぺろりと下を出して案外あっさりと引き下がった琴子。
あまりにも忙しなくバタバタとした引っ越しだった為と引かれる後ろ髪をばっさり断ち切りたいという自己都合の想いから、妻のささやかな願いすら拒否してしまったのだと、今さらながら胸に突き刺さるものを感じた。

「おれの部屋にこんなファンシーなものは要らねーぞ」

「うん、わかってるよー。ほら、こんなシックな木製の時計とか、この金属のフォトフレームとか入江くんちっくでお洒落なインテリアだと思わない? あと、もうちょっと植物とか飾ろうよ。緑は癒しになるのよー。入江くんの部屋って殺風景すぎるもん」

「植物なんて世話できないから枯らすだけ。部屋なんて寝に帰るだけだから必要最低限のものだけで十分だし」

「このエアプランツとかサボテンとか、放っておいても大丈夫だよ」

ちょっとした玄関先や窓辺に飾るようなインテリア小物を楽しそうに物色している。

今ある食器も日用品も近くのホームセンターで揃えたものだった。食器などはほぼ無地の白いものばかりだ。それでも購入時には琴子が来ることを考えてペアで揃えてはあったのだが。
確かに味気ないものばかりだ。
母親の趣味で華美な装飾に溢れた実家のものへの反動かもしれなかったが。

「好きなの買えば?」

そう云ったら「ホント?」と嬉しそうにいそいそとガラス小瓶に入ったエアプランツやフォトフレームやインテリアアクセサリーを選んで篭に入れ始めた。
レジで自分で財布を出そうとした琴子を止めて、「おれの部屋のもんだから」と直樹がカードを出す。

「えー、でもあたしが勝手に選んだのに」

少し困ったように琴子が直樹を見上げた。
本気で直樹に払ってもらうつもりはなかったようだ。

「あー、じゃあこっちのフォトフレームとマグネットはあたし払う。あたし東京に持って帰って使うから」

と、ふたつ買ったうちのひとつのフォトフレームを律儀に選り分けようとする琴子を制して、「全部まとめて」とカードを出して精算する。

「きゃー入江くん、ありがとう! 嬉しい」

「それくらいで喜んでもらえてどーも」

全く欲のない妻に呆れつつ、買ってもらった商品の入った紙袋を大事そうに抱きかかえる琴子に目を細める。

「あーゆーのはいいのか?」

ふと目に留まったレジ近くのスペースの、アクセサリーのコーナー。
色とりどりの石が連なったエスニックなネックレスやイヤリング、ピアスなどが雑多に並んでいた。
何にせよ雑貨屋のヒカリモノだ。高校生が小遣いで買えるようなチープなアクセサリーであるが、琴子が真っ先に飛び付くかと思ったら意外とスルーで拍子抜けして、思わず直樹から声をかけてしまった。

「え? 買ってくれるの?」

驚いたような顔がすぐに花開いたような笑顔になる。

「あげない」

「だよねーー」

特に残念そうでもなく、ふふっと笑って少しの間「あ、これ可愛い~」「あ、こっちも好き」などと呟きつつ、ネックレスを物色していたが、結局どれも選ばずに店から出た。

「いいのがなかったのか?」

直樹が問うと、
「ううん。そういう訳じゃないけど。今日はこっち買ってもらったからもう十分満足なの~~」と、雑貨屋の紙袋を見せて幸せそうに笑う。

そんなの日用品だろう、と内心突っ込みながら、直樹はこの近くに宝石店があったどうか脳内マップを検索していた。
琴子に婚約指輪と結婚指輪以外の宝飾品をプレゼントしたことは一度もない。
出来れば初めて贈るものはそんなチープな雑貨屋のアクセサリーではなく、きちんとジュエリーショップで購入したいと思っていた。自分できちんと稼いで、それなりのものを吟味して選びたいと。

「アクセはね、どうせ実習中はつけないし、よく失くすからなるべく買わないようにしてるんだ。そして、いつか一人前のナースになったら入江くんからプレゼントしてもらうのが密かな野望なの~~」

「…………密かなって……喋っちまったじゃん」

「えへへへ」

野望って………

今から買ってやろうかと算段仕掛けたのに、完全に出鼻を挫かれた。

ーーこれはもう、琴子が一人前になるまでお預けだな……って、いつのことだよ………

直樹は心の中で嘆息する。



「そろそろ帰ろうか……」

まだ夕暮れと呼ぶには早い午後の時間だった。何軒かのショップを冷やかしたあとはお決まりの本屋でかなり長い時間を過ごした。琴子はここでは国家試験対応の問題集や参考書を選んでもらい、「ええっこれも買ってくれるの~~? すっごい、入江くんにいっぱいプレゼントされちゃったよ!」と嬉しそうに笑ったあとだった。

「足が疲れたのか? 」

「うん。大丈夫。こうやって入江くんと特に目的もなくぶらぶらとウィンドショッピングしながら歩くことなんて初めてでしょ? それだけで楽しかったから」

えへっと笑う琴子。

「今夜こそ、あたしにご飯作らせてね。もう、あと何回も出来ないんだし………」

言ってしまってから、自分の言葉にはっとして、思わず目を伏せる。

「じゃあ、任せるよ。食えるもんつくってくれよな」

「えー、だ、大丈夫だよー。ほら、ちょっとはあたし上達したと思わない?」

すぐに沈んだ気持ちを払拭して直樹の軽口にいつも通り頬を膨らませて応える琴子。
たまらなくいとおしくなって、直樹も早く部屋に戻りたいと思う。
いや、だがここはちゃんと琴子が夕飯を作って一緒に食べるまでは待たなくてはなと自ら戒める。

ハーバーランドの外に出ると、微かに熱をもった潮風が頬を撫でた。

「やっぱ、まだ暑いね~~」

台風のせいで風が強い。靡く髪を疎ましげに払いのけたあと、琴子が何か言いたげに直樹を見上げる。

「なに?」

「あのね。入江くん。写真撮りたい。二人一緒の」

「昨日も船で撮ったじゃん」

念のため持ってきたデジタルカメラで一枚だけ通りかかった二人組の女子に頼んで甲板で撮ってもらったのだ。
夜の海とハーバーランドの夜景をバッグにして撮った一枚は、直樹がとても格好よく写っていてそれはいいのだが、何故か琴子の姿が半分見切れていたのだ。
ホテルに戻ってから画像チェックした琴子は「絶対これわざとよね!」と憤慨していた。

ちなみにまだデジカメは普及しはじめたばかりで画素数も少ないが、新しもの好きの紀子のお陰で最新モデルを借りてきていたのだった。
カメラを持ってきても写真嫌いの直樹と一緒に撮れるか自信はなかったが。

「もっと沢山撮りたいの~~。神戸の思い出を切り取っておきたいの」

「そーいえば、さっき買ったフォトフレーム、5枚くらい写真入れられるヤツだっけ」

「 へへ」

琴子も同じフォトフレームを買っていたから、同じ写真を同じように部屋に飾って欲しい、という意味だろう。

「ダメ?」

と甘えるように訊く琴子には何も答えず、直樹は横を通りすぎていったカップルに近づくと「すみません」と声をかけた。
カップルなら恐らく大丈夫だろう。そして男性の方に手渡す。
デジカメの使い方を簡単に説明すると、「へぇースゴいな」と物珍しげに覗きこんで構えてくれた。

「ほら、琴子。ここでいいのか? 撮ってもらうぞ」

「え、え? いいのぉー?」

海を背景にして二人並んだところを撮ってもらった。
直樹に肩を引き寄せられ、ぴったりと密着した感じは昔初めて撮ってもらった構図に似ていたが、今回はイタズラな台詞は呟かれることなく、しっかりと二人並んだカメラ目線の写真を撮ることが出来た。

出来上がりの写真をその場で確認しながら琴子はにまにまが止まらない。

「デジカメってすぐ見れて便利~~」

「家帰れば、パソコンですぐプリントアウト出来るぞ」

「きゃー早く帰ろう!」

琴子は直樹の腕に巻き付いてテンション高くおねだりしたのだった。







※※※※※※※※



なかなかデートが終わりませんでした(((^^;)

出来ればもうちょっと進めたかったのですが、今週末は忙しくて断念(ーー;)


本日はソウさまと西からわざわざ名古屋までいらしてくれたmさまとLaLa展に行って参りました(//∇//)
楽しかった~~
そちらのレポは(レポというほどのモノではない)別ブログで呟いております。

ああ、入江くんにきゅうり水飲ませたい………(^w^)なんのこっちゃ笑




ここのお話でも台風が近づいてますが、これから台風がやってくる地域の皆様、お気をつけくださいね。何事もないことを祈っております。







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§

楽しそう入江君と二人きりのデートもうすぐ終わっちゃうのは寂しいのは琴子ちゃんだけでなく入江君も寂しいんだよね?この後どんな展開になるのかな琴子ちゃんがナースの試験が受かり入江君と同じ神戸で働けるのか個人的にはいりえくんと同じところで働かせてあげたいけど❓原作は別々なんだよね?結局しびれを切らした琴子ちゃんがいる東京の病院に戻るんだけどね?

§ Re.マロン様

コメントありがとうございます♪

帰る三日前って寂しさMAXですよね。きっと入江くんが神戸に旅立つ前もそんなんだったろうなーでも忙しくて直樹も構ってる時間もなかったろうなーなどと妄想あちこちに行きつつ書きました。
琴子って物欲ないですよね。だから結婚6年たって初めて何も貰ったことないことに気がつく………
もう、健気な琴子ちゃんに何か買ってあげたくなってしまって悩みましたよ(((^^;)ああ……原作と齟齬が生まれてしまう〜〜と。(あの時はアドバイスありがとうございました♪)

§ Re.紀子ママ様

コメントありがとうございます♪

入江くんへのお怒り、ごもっともですわ。みんなからあれこれ言われ、琴子もあんなに大変な目にあって………もっともっと大切にしてソッコー東京帰りたい…と片隅では思ってるでしょうけどね。いかんせん、そこは大人だから帰るわけにはいかないし(きっと準備に9カ月必要笑)根っからの気質もあってなかなか素直にはなれない入江くんなのです(素直になるにはあと2年必要……^_^;)
でも、3日後、それなりの成長が見せれたら……(見せれなかったらどーしよーっっ汗)

§ Re.るなたま様

コメントありがとうございました♪

猛暑続きに台風の到来。るなたまさん方面はご無事でしたでしょうか。
こんな話でもひとときの癒しになっていれば幸いです(^_^)

一度もオンコールないあたり、かなり救命メンバー、二人を熱く見守ってますね〜〜余程人手が足りなくなる時以外、入江を呼び出すな、という暗黙のルールが存在しているかも……そう思わせるのも琴子の人徳笑
さてあと数日。別れまでもうすぐ……琴子ちゃんの寂しさも募ってますよね………

お気遣いありがとうございました。るなたまさんもご自愛くださいね。

§ Re.なおちゃん様

コメントありがとうございました♪

そうですよね。楽しい時間はすぐ終わってしまいます。あとはもう帰る日が刻々と迫っております。
はい、このお話、一応原作のスキマなので、原作と同じ展開です。入江くんが東京に戻るのはまだ9ヶ月先なのです。(でも、きっともどる可能性考えて、この辺りから段取りして習得すべき研修を詰め込み初めているに違いない笑)

§ Re.水玉様

コメントありがとうございます♪

そうなんです!LaLa展行って来ました。去年水玉さまが行ったという記事見て以来、いつ名古屋にくるかもう心待ちにしてたんですの。ソウ様にソッコー連絡しちゃいました。楽しかったです(^_^)

へへ、そうですか? そんな風にいって貰えて嬉しいです。近所のプレゼント御用達の雑貨店イメージしながら書いたんですが、名古屋のお洒落でセレブな雑貨屋さんみて、ハーバーランドならこっちだよなー、と思いつつもう書いてしまったので修正しませんでしたが。

ええ、琴子になら何を汚されてたって構わない直樹さんです。
ほんとにね、スキマということを忘れて東京に戻したくなくなっちゃうし、直樹さんデレ100%にさせたくなってしまいます^_^;
神戸の話は原作じゃほぼスルーだったんで、デートさせてあげれてよかったですよ。(でも私が神戸を知らないのが苦戦の要因笑)

ほんと、この夏の天候には毎日はらはらですね。これ以上大きな災害がなければよいのですが。お互い頑張って夏を乗り切りましょうね。水玉さまが頻繁に更新されてるのをみて、私も頑張らなきゃ、と励みになっております!

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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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