1997年の夏休み(36)




せめて隔週には更新したいと思いつつ、とうとうこんなにも長い間ご無沙汰状態になってしまいました。
GW明けの仕事がちょっと半端なく忙しくて~~~って、言い訳ですね……(._.)



そして、たらたら書いていたら長くなってしまったので2話に分けました。








※※※※※※※※※※※※





「………ここでの研修はあと2週間くらいだが、そのあとはNICU(新生児集中治療室)に行くそうだな」

今朝、直樹は当直明けに各務に呼ばれて、面談室で差し向かいで話をした。
夜は特に患者の急変もなく、当直室で比較的よく眠れた方だった。
コーヒーとパンで簡単な朝食を摂り、何連勤目かわからなくなりそうな通常勤務に入ろうとしていたところだった。

「はい。そういう予定だと聞いてます」

各務とは喫煙室とカンファレンスルーム以外で話すのは久しぶりだった。
最近は来月開催されるという災害医療学会の準備で忙殺され医局を留守にすることも多い。現場に立つ時間が少なくて苛々していると姫子が苦笑いしていた。
あの未曾有の震災を経験した医療者として伝えていかなければという想いだけで、煩雑な学会の事務仕事や講演依頼やワークショップなども受けているが、やはり現場で一人でも多くの命を救うことが本分だと思ってるようだ。

「で、まあ話ってのは他でもない。NICUでの研修が終わったら救命に転科しないかという勧誘なんだが。
一応小児外科の楡崎教授に打診したら『彼が了承するなら仕方ない』と悄気られた」

「………了承なんてしてないしするつもりもないですけど。おれは今のとこ転科を希望する気はないです」

直樹は上の者同士で勝手にそんな話をしているのかとあからさまに顔をしかめて答えた。

「ちょっとした雑談の中でおまえをくれと言っただけだ。そんなにイヤそうな顔するなよ」

「前にも言いましたが………おれがわざわざ神戸まで来たのは楡崎教授の師事を仰ぐためです」

「 知ってるよ。楡崎教授が、去年の夏くらいからずっとラブコールをしてたのになかなか色よい返事が貰えなくて、国家試験に合格してからやっとOKをもらえたというのに、それを後から横取りするのかね? と拗ねられたからな」

「………横取りとか、おれはモノじゃないですが……」

「そんなに熱烈に必要とされてるんだからありがたがれよ」

「楡崎教授のことは大変尊敬しています。ああ、各務先生のこともそれなりに」

「ついでのように云わなくてもいいが、それなりに尊敬してくれるなら、この数週間の研修だけじゃ物足りないだろ? おまえにはもう少しあれこれ仕込みたいんだが」

久しぶりに仕込みがいのあるヤツが来たと思ったのにな、と大して残念がる様子もなくにやりと口角をあげる。

「…………確かに救命の仕事は命に直結してやりがいはあるし、勉強になることも多かったです。この数週間の経験は本当に貴重でした」

「……暮れにはうちの大学で小児救急医療学会があるんだが、手伝いに来ないか? 研究論文書かせてやってもいいぞ」

楽しそうに資料を差し出す。
どうやらこちらが本題らしい。

「それが狙いですか? 良いようにこきつかわれるのが目に見えてますが………」

そういいつつも、資料を手にして中をざっくりと斜め読む。若手中心の救命医が集まるフォーラムもあり、かなり興味を惹かれる内容であることには間違いない。

「バレたか。だが、小児外科とも提携する予定だから勉強にはなる」

「そうですね………」

各務の誘いが魅力的であることは否めない。
命を救うという医師の本領が最も発揮できる場所が救命であるのは間違いなかった。苦悩することも多いだろうが、救えたときの充実感は半端ない。
だが、わざわざ東京を離れてここに来たのは小児外科でもとくに小児泌尿器科が専門で難治性先天性腎疾患の権威ともいわれる楡崎教授の元で症例実績を積みたかったからだ。

医師の道に興味を惹かれた切っ掛けともなった、あの少年の病気を治すためにーー琴子の願いを叶えるために………

「無論初志貫徹することも重要だがな。脇道に目を向けるのも悪くないと思うぞ」

正論だと思う。
脇とはいっても小児科を学ぶ上では重要なポジショニングではある。
急変性の高い小児疾患で、救急医療や集中治療研修は必須であるのは間違いない。


「………おれが救命に行ったらもれなく妻も救命ナースを目指すでしょうね……」

「そりゃ賑やかになるだろうな」

「賑やかなんてもんじゃないですよ。しっちゃかめっちゃかになります……」

考えるのも恐ろしい……。

「もっとも、うちの病院は夫婦は同じ部所に配属されることはないからな」

「…………それはまあ、普通はそうでしょうね」

琴子が夢に描いているのは、医師の傍らで絶妙なコンビネーションでフォローする看護婦の構図であろう。
しかし勤務医である以上そうそう同じ部所、同じシフトになることは難しい。
オペ看にでもなれればたまには同じオペに入ることはあるかもしれないが、琴子の不器用さからではオペ室配属は難しいだろう。
もしくはいつか開業医にでもなった時かーー

理解ってはいたが、無事にこっちにきた時に琴子はがっかりするだろうな、と想像がついて少し暗鬱とした気分になる。
いや、それでも一緒に暮らせることを思えばどんなことも不満などには感じないだろう。

「………一緒の部所で働けない、ということを残念がってるのはおまえの方だろう?」

各務が直樹の心のうちを見透かしたように、面白そうに言い放つ。

「まさか。妻ががっかりして拗ねるのを想像したら、少し面倒だと思っただけです」

「そうかな? 頭では理解してても、実はおまえ自身が一番腑におちてねぇって面してるぞ。ほんとは、おまえの方こそ、自分でも想定外なくらいに嫁と離れて暮らすことがこたえてるんじゃないか?」

「ーーそんなことは………」

眉を潜めて言い返そうとしたが、珍しく言葉に詰まる。

忙しさに紛れて、考えている隙なんてないと思っていた。
だが眠る以外の全ての時間を仕事に集中させていても日常のほんのちょっとしたことで琴子のいない生活の空虚さを思い知らされる。

コンビニで琴子の好きなスイーツを食べもしないのに手にとってしまったり。

留守電の声が少し沈んでいたりしただけで、気になって眠れなかったりーー

「自分は一人でも平気だと思い込んでいても、一人になってみると意外とそうではないことを思い知るもんだ」

「各務先生がそうだからとおれまで同類だと決めつけないでください」

「そうか? かなり似てると思うが。くだらねー矜持で自己防御して素直じゃねぇこととか、破天荒な女が趣味なところとか」

「………破天荒って」

そこまでひどくは……と言いかけて否定出来ないと、口を閉じる。

「鬼頭先生から少し伺いましたが、亡くなられた奥さんはそんなに破天荒だったんですか?」

「あいつが何か余計なお喋りをしたらしいな」

軽く肩を竦める。

「おれの嫁は一見清楚で従順な三歩下がって夫に付き従うタイプに見られがちなんだが、実のところさっきまで後ろにいた筈なのに気がつきゃ百歩くらい先にいってたりするな。たいてい道に迷ってるか、見ず知らずの赤の他人の為に方向転換したりしてるんだが」

たしかに琴子もよく斜め上を突っ走ってるが。

「奇妙な引きのよさもあって、あいつと一緒にいると飛行機で2回、新幹線で1回、映画館で1回、街中で2回、陣痛やら急病にあたるんだ。おかげでおれは救命医を、あいつは助産師を目指すようになったな」

歩けばトラブルにあたる、という女は琴子以外にも存在するのか。

「お互い自由にやりたいように生きてきた。おれもあいつを置いて世界中の病院や扮装地帯を駆け回ってたし。あいつは、いってらっしゃい、頑張って、と笑っていつも送り出してくれてたな。戻るべき場所はちゃんとあるという安心感がいつもあった。だからおれは自由に思うがままに我が道を突っ走って来れたのだと、今更ながら思うよ。あいつはあいつで助産師として道を見いだしてたし。あいつの本心はおれと共に働くことで、本当はどんなところにもついていきたがっていたのだと知ったのはーー足手まといになるからと今は我慢して、必死で勉強してたって聞いたのはあいつが死んだあとだったな」

「…………………」

「明日はどうなるかわからない。それは老若男女、貧富の差も貴賤の差も、人種も国も関係なく、誰にでも平等なんだ。救命医療現場にいれば身に染みている筈のことなのにな」

「明日はどうなるかわかりませんが………どういうわけか、おれの嫁は強運の持ち主なので……」

そう信じてる。
いや、言い聞かせている。

「………彼女ならそうかもな」

琴子の様子を思い出したのか、各務は空を見つめてからくすっと笑った。

そのあとは軽く雑談をし、特に強く勧誘される訳ではなかった。
直樹の関心を惹くような救命学会の幾つかの演題や議題について説明されて終わった。


「ーーま、答えはNICUで研修を終えてからでもいい。あそこはあそこで小児救命の第一線だからな」

「わかりました」


そう肩を叩かれた去り際に、ついでのように云われたのが。

「ああ、いい忘れてた。猫の手が増えて多少人員に余裕が出たからな。事務局からクレームが絶えなかったこともあるし、交代で全員に夏休みを取らせることにしたから。おまえは明後日からな。一応5日間だが、なるべく酒は飲むなよ。旅行に行くなら近隣で、2、3時間で帰ってこれるところな。有馬温泉とかお奨めだぞ」

つまりはオンコールの可能性大ということか。

「ま、あくまで要望だが、研修医の身でこのおれの要望を無下にすることはないと信じてるからな」

にやっと意味深に笑う。
悪魔の笑みだな、と思わず半笑いを返す。

「休みが取れるだけで、奇跡ですよ。5日間何もないなんて期待なんてしちゃいません」

職員になってまだ半年足らずの為に有休すらまともに所持していていない。連休を取れるなんで、それだけですでに奇跡のようだ。

「賢明だ」






※※※※※※※※※※

続けて、(37)もアップします。

















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