2017年03月19日 [日]
20120316 ~号/泣する準/備はで/きている。
夏休みの続きでなくて申し訳ないです。
ちょっと気分転換に久しぶりに短編書いてみました。
どっかで聞いたことのあるタイトルで………某直樹賞……じゃなくて直木賞作品と一字しか違わないですが(((^^;)
※※※※※※※※※※※※
「えーと、ビデオの充電はオッケーよね…
…」
琴子がコンセントから充電器を抜いて、ビデオカメラに装着していた。
「琴子ちゃん、カメラもバッチリよ! ビデオは三脚で固定しておけばいいから、
こっちは私に任せてね。あなたはその瞳にしっかりみーちゃんの晴れ姿を焼き付けてね!」
紀子が買い換えたばかりのデジタル一眼レフを抱えてウィンクする。重そうではあるが、慣れたものである。きっと身体の一部といっても過言ではないだろう。
「ありがとうございます、お義母さん! そう、やっぱり生で見るのが一番ですよね~~」
なんといっても幼稚園時代から運動会も学習発表会もカメラのレンズ越しに見ていて肝心なところを見逃したりシャッターチャンスを逸したりしていた。基本琴子は姑と違って撮影センスは皆無だ。
なので、ほぼ撮影に関しては玄人跣(はだし)の紀子にお任せである。
実際レンズ越しよりもやはり我が子のその一瞬一瞬を自分の瞳で捉えたいという想いも強い。
「これで準備オッケーかな」
「琴子ちゃん、忘れてるわよ。はいハンカチ」
そういって義母が渡してくれたのは、3枚ものハンカチ。
「お義母さん、さすがにそんなには……」
しかも吸収性抜群のマイクロファイバー素材のハンドタオルだ。
「何を云ってるの。愛する娘の晴れ舞台よ。全校児童の前で代表として別れの言葉を述べるのよ。幼稚園の卒園式でも泣き通しだったあなたが、泣かないわけはないじゃない」
「………そ、そうですよね」
幼稚園の卒園式を思い出したのか、もう琴子はぐずっと涙目になる。
「………何を朝から騒いでんだか」
「入江くん!」
2階から降りてきた直樹に、琴子は新婚の時と同じ初々しさで飼い主を見つけた仔犬のように嬉しそうに微笑むと、「おはよう! 今コーヒー淹れるねー」といそいそとキッチンへ向かう。
「……まったく、なんでそんなに他人事なの? 自分の娘の晴れ舞台に」
「入江くん、やっぱり来れない?」
ぶつぶついう母に、残念そうに直樹を見つめる琴子。
「………行かない」
直樹は大きくひとつため息をついて、そして呆れたように訊ねた。
「………っていうか、逆に訊きたい。なんで行くんだよ? 琴美はまだ5年生だろうが! 卒業は来年! 在校生の親が出席してどうするんだ!?」
********
「…………ほんと、恥ずかしかった。パパ、どうしてもっとちゃんと止めてくれなかったの?」
その夜である。
夕食のあとで昼間撮影したビデオの上映会として、今日の卒業式の様子を家族全員で見ていた。
珍しく早く帰宅した直樹も無理矢理ソファに座らされている。
そして、在校生代表として朗々と壇上で送辞の言葉を紡ぐ琴美の姿を何度もリフレインして見ていたのだ。
「みーちゃん、立派だったわー」
「ほんと、卒業生の答辞より堂々としてたものね。5年生とは思えない凛とした様子で」
「よく在校生の親が潜り込めたもんだ」
「潜り込めたなんて失礼ね。PTA役員で広報委員やってるから写真もビデオもオッケーなの」
援護射撃はするから、役員やっておいた方がいいわよ、という紀子のアドバイスのお陰で、これまでも本来なら保護者が参加できないクローズの行事も見学することができた。紀子には感謝である。
「ママってば、卒業生の子達が泣く前にもう泣き出したのよ。最終的には誰よりも激しくしゃくりあげてるし」
琴子の涙につられて多くの保護者もかなり泣きモードになったらしい。
ビデオにもあちこちで鼻をすする音がかなり入っている。
その中で遠慮なく盛大に鼻をかんでいるのが琴子のようだった。
「………来年が思いやられるな」
「でしょ? 来年はパパも来て、ママをなんとかしてね」
「それは何ともいえないな」
無論愛娘の卒業式には何としてでも出席したいが、この職業をしている限り確約は出来ない。
そこをきちんとわかっている娘は、それ以上ごねたりはしない。
そんなところは琴子を見て育っているのだな、と少し安心する。
「………みーちゃん、来年はあなたも泣くわよ」
「……泣かないわよ。多分。だって初等部から中等部に変わるだけじゃない」
外部入学で生徒が増えることはあれ、初等部は足切りは殆どないから別れはあまりない。
「でも、校舎の場所、違うでしょ。先生ともお別れだし」
「先生なんて、ちょくちょく変わるじゃない」
私学だからあまり教師の異動はないものの、持ち上がりは一年と決まっていて隔年で担任は変わっていた。
「もう、みーちゃんってば、そーゆークールなとこ入江くんにそっくり」
つまらなそうに琴子が肩をすくめる。
「でも」
にまっと笑ったあと、琴子は娘にきっぱりと予言した。
「きっと、泣くわよ! だってママの娘でもあるんだもの!」
予言というよりは断言といってもいいくらいの自信ありげな口調だ。
「 答辞読みながら泣いたりしちゃったりしてぇ」
「来年答辞やるとは限らないよ」
「あら、絶対大丈夫よ。直樹だって小中高とずっと送辞も答辞も読んでたわよ」
「琴子はそーゆーのさっぱり縁がなかったが、さすがに直樹くんの血が入ってると違うな」
祖父母の賛辞に琴美は肩をすくめて、「来年度は児童会入るのやめようかなー。会長やると絶対選ばれちゃうもん」と、つまらなそうに呟く。
基本的に目立つことは好まないのだが、好むと好まざるに関わらず、光を放つくらい目だちまくっている両親(+祖母)のお陰で琴美もいつの間にかクラスの重要ポストについていた。
「まあ、みーちゃん。もし今回みたいにみんなから推薦されたらやった方がいいわよ。それだけ期待されてるってことだもの」
「ママ、あたしが答辞読むの期待してるだけでしょ」
「………だって。壇上に立ってるみーちゃん、何となく入江くんに似てるんだものぉ~~きゃー萌えちゃう。見て見てこの角度!」
普段間違いなく母親似と云われる琴美だが、最近になって身長が伸び、顔立ちも少し大人びてきて、ふとした瞬間に父親の面影が映りこむようだ。その度に母はきゃあきゃあ町でアイドルを見つけたミーハーのように騒ぎ出す。
「……本人が隣にいるんだから、本人に萌えてちょーだい」
未だに父にベタ惚れの母に呆れつつ、ほんと、来年が思いやられる、とまたひとつため息をつくのだった。
「去年もママ、ずーっと泣いてたよね」
弟の遥樹も思い出したように口を挟んできた。
少年サッカーで疲れはててソファで眠っているかと思ったら、いつの間にか起きていたらしい。
「そうねぇ。ハルの幼稚園の卒園式は、また感慨深いものがあったものね」
昨年は未曾有の災害がおきた為、幼稚園の卒園式は一週間延期されたのだった。
卒園の喜びとは別に、色々と複雑な心境がリンクされてしまう。
「………そうだったわね」
今度は昨年のことを思い出したのか、またしんみりと鼻をすすり出す母である。
我が子が一歩一歩成長していく喜びとともに、春を迎えることなくそこで時間が止まってしまった多くの人たちのことを想うと未だに胸がきゅっと締め付けられ、息苦しく感じる。
「…………日も長くなって春めいてきたけど物想う季節だわねぇ」
ガラスの小鉢に、ルビー色に光るイチゴをてんこ盛りに持ってきて、紀子がしんみりと呟いた。
そういえば、去年卒園式終わったらみんなでイチゴ狩り行きたいねって言ってたっけ。
練乳をかける必要がないくらい極上に甘くて、瑞々しい果実を口に含みながら琴美は思い出していた。
…………結局いかなかったけど。
こうして毎年ちゃんと食卓に美しい粒の揃ったイチゴは並べられ、家族揃ってみんなでおばあちゃんの撮影したビデオを鑑賞して。
日々はきっと当たり前に過ぎていき、そして一年後、ママはまちがいなく号泣するんだろうなぁ。
あたしは …………どうかなぁ。ママの予言通り泣くのかな?
思いも寄らない別れは突然やってくるのかもしれない。
ふと、唐突にそんなことを想う。
「みーちゃん、酸っぱかった?」
母が娘の顔を覗きこむ。
「うん、ちょっとね」
二つ目のイチゴは微かに酸っぱい。
鼻の奥がつーんとした。
************
「やっぱり、来年はハンカチ5枚は必要かなー」
「どんだけ泣く気まんまんなんだよ。それに一年後だぞ。鬼がせせら笑う」
ベッドの上で読書をしていた直樹の隣に滑り込みながら、琴子は少し寂しそうに「一年なんてあっという間だよ。本当に30過ぎてからは一年がジェットコースター並みに加速してると思わない?」と話しかける。
なんといっても今年は40歳になる二人だ。(まったくそう見られないが)
「『ジャネーの法則』だな。 『主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価される』という現象を説明している」
「へ………?」
「覚えてないのかよ。………って、おまえが覚えてるわけないか。昔、高校の恩師の篠崎先生から聞いただろ」
「あ、そうだっけ………?」
さすがに10年前のことだから琴子が覚えているはずがない。直樹は相変わらず事細かく鮮明に記憶していたが。同窓会のことで琴子と母校を訪れたことも恩師と話をしたことも、そのあと校庭でファーストキスのやり直しをしたことも………
「ま、つまりは今11歳の琴美にとっては1年は人生の11分の1だが、40歳になるおれたちにとっては1年は40分の1だという感覚の違いだな」
「ああ、なるほどー。何となくわかる」
「子供のうちはいろんなことが新鮮で驚きの連続だけれど、経験値を重ねるに連れ1年の出来事が慣例的で当たり前になってくるからな。だから、時間の過ぎる感覚がどんどん速く感じるんだ」
「そっかあ。でも、ほんと、子供の成長って速いよね……みーちゃんなんかついこの間生まれたばかりのような気がするのに」
本筋から外れているが、琴子がしみじみと話し出す。
ーー生まれたばっかりの頃は一晩が過ぎるのがとっても長かった気がするの。何度も泣いて泣き止まなくておろおろして早く夜が明けて欲しいって思ってた。早く笑ってくれないかな、あんよしてくれないかな、お喋りしてくれないかな、ってすごく成長を待つ時間って長かった気がするのに、こうして思い返して見ると、本当にあっという間なんだよね。ちっちゃなみーちゃんがもうすぐ小6なんだもの。
ーーああ、そんなことをいちいち思い出しちゃうから、卒業式とか泣いちゃうのよね。
今日行ってみてわかったけど、学校側の演出がもう、泣かせよう泣かせようという魂胆があざといくらいなのよ。
ここでこの映像? この音楽? このセリフ子供たちに言わせちゃう? そりゃ、もう泣くしかないでしょ!!ってなもんよ。
だから、来年はハンカチ5枚は必須よ。これは間違いないわね。
そしてあっという間に中学生。ウソみたいよね……。中学の3年なんて、それこそ一瞬よって、この間ママ友に云われちゃった。
………ああ、でもその分あたしたちも歳を取ってるのよねぇ……
なんだかとっても不思議。高校の卒業式の日も、入江くんの大学の卒業式の日のことも……そしてあたしの卒業の日のことも……ついこの間みたいな気がするのに。
ねぇねぇ覚えてる?
あたしたちの高校の卒業式の時に………
とめどなく語られ続けた言葉がふいに止んで、二人の寝室に静寂が訪れる。
直樹が琴子の唇を塞いだからだ。無論、己の唇で。
このままだと琴子のお喋りは高校卒業式のファーストキスから大学の卒業式の講義室でのキスだの、卒業式から想起されるエピソードの数々を振り返り始め、止まることがなさそうであった。
そして、さらに子供たちの卒園式などエピソードはいくつも増えていた。
このままエンドレスループに陥るのは間違いないと思われた。
「……入江くん……っ」
長いキスに瞳を蕩けそうに潤ませながらも、もっと話をしたかった不満を微かに頬を膨らませて訴える。
「奥さんのお喋りが永遠に終わりそうにない気がしたから。おれたちの歳になると時間はどんどん短くなるんだぜ? せっかく早く帰れておまえの夜勤とも被らない貴重な夜も、おまえが喋り倒してる間にあっという間に明けてしまうのはあまりに勿体ないだろう?」
「う……うん………」
無論にんまりと話しかけてくる直樹の手はすでに手際よく琴子のパジャマのボタンを外し始めていた。
「……おれたちが出会ってから何年たっていると思ってんだよ。いちいち振り返っていたらマジで夜が明けるぞ」
「……そんな、オーバーな……」
そういいつつも首筋に顔を埋める直樹の舌に翻弄されて抗う言葉は力なく宙に消える。
琴子と知り合ってすでに20年以上経った。
琴子の存在を知らなかった18年よりずっと長い時間の筈だ。
しかし20年前のことがつい昨日のように思い出されるのは、決してジャネーの法則によるものだけではなく、緩慢と過ごしてきた無色透明無味無臭の18年よりも、ずっと濃密で濃厚でそして極彩色に彩られた日々だったからだろう。時間は物理的には全て平等に流れているはずなのに、確かに琴子を知ったその日から世界は色を成し、全ての記憶が鮮明に残され、時間の流れも変わった気がする。
そして、これからもーーー。
色鮮やかで喧騒に満ちた日々は永遠に続いていくのだろう。
そして、さしあたって今夜はーー。
「啼かせる準備はできているからな。覚悟しとけよ、奥さん」
※※※※※※※※※※
すみません……またまたとりとめのない話で………f(^^;
一昨日が息子の卒業式で、あまりに校長先生の話が長すぎてついうっかり卒業ネタ妄想してました……
いや、さすがにハタチの息子の式に涙はでませんが……。5年もいたので感慨深いものはありますね。そうか人生の4分の1をここで過ごしたのね。もっともまだ2年ここに居座る予定笑(最終的に7年だよ。琴子ちゃんの大学生活と一緒だわ……)
そして作中の『ジャネーの法則』ですが2年前のこの時期に『10年目のファーストキス 路地裏のキス編』にて書いております。このネタ書いたかどうか思い出せなくて(調べたのは確かだったんですが)、読者のm様に確認すると言う怠慢な作者です……(((^^;)m様、変なメールしてごめんなさい。いつもすみません……(^_^;)そして息子くん娘ちゃんの卒業おめでとうございました♪
仲良くしていただいているサイトマスターの北のm様東のe様はじめとする、この春お子さまが卒園卒業されたすべての皆様にも……おめでとうございます!!
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