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個別記事の管理2017-02-19 (Sun)

おまたせしました。
今回も二話分まとめて更新します。



※※※※※※※※※※※※※※





「は? 今、なんて…………?」


ーーーあたしね、退院したら、東京に帰ろうと思うの………



直樹は一瞬琴子の発した言葉の意味が上手く咀嚼できなくて、思わず聞き返した。

およそ琴子から発せられるべき言葉ではなかったから。


「えっとね。だから、退院したら東京に戻るね」

曇った表情を隠すように俯いていた面をすっとあげて、直樹の瞳をみてはっきりと告げた。
それは相談ではなく決定事項のようだった。
まるで、自分が何の相談もなく神戸行きを決めたあの時のように。


「………なぜ? 何か用事でもできたのか?」

あんなに神戸にくることを楽しみにしていた琴子が。2ヶ月が1ヶ月になったことを嘆いていた琴子が。毎日毎日指折り数えて神戸に来ることを楽しみにしていた琴子が。
………まだ8月が残すところ十日あまりもあるのに、帰ると言い出すなんて。
余程火急の課題でも思い出したのか。

それくらいしか瞬間的には理由を思い付かなかった。

「え? あ、あ、う、うん。そ、そうなの。ひとつ課題を忘れていてね。すぐに帰ってやらなきゃ………」

思わず直樹の言葉に飛び付いたような科白は、しどろもどろで曖昧で、すぐに嘘だとわかった。

琴子は嘘をつくのが下手なのだ。瞬きの回数や視線の位置や不安げな口調ですぐに嘘だと見抜けてしまう。

「なんでそんな嘘つくんだよ?」

「え? ーーーあ、そんな、嘘なんて………」

言いかけて、視線を反らす。

「何かあったのか? 誰かになんか云われたのか?」

「…………………」

うつむいて無言になってしまった琴子に、つい問い詰めるような口調になっていた。

「……だって…………あたしが傍にいても入江くんに迷惑ばっかりかけて……結局奥さんらしいことひとつも出来なくて、何の役にもたってなくて……何度も心配させちゃって……あたし何のために此処にいるんだろって……熱中症なんかで運び込まれるような看護婦の卵が奥さんなんて、入江くんの評判落とすためだけにいるみたいで、もう自分で自分がイヤになっちゃって………」

ポツポツと涙声で語る琴子の言葉に、直樹は呆然とする。

ーー何を、今さら。

「そんなの、昔からだろうがっ。昔っから迷惑かけて、邪魔ばっかして、家事も勉強も一切駄目でーー」

それでもいいからーーそのまんまでいいから傍にいろと望んだのはオレのほうだーーという言葉を告げる寸前に、

「失礼しまーす………あ、お取り込み中でした? ごめんなさーい。あ、私、夕方からの担当の林です。また、後で伺いますねー」

そういって、そそくさと出ていった看護婦の顔を見て、琴子は一瞬青ざめた。
昼に担当していた永倉とリネン室でこそこそと会話をしていたもう一人のナースだと気がついたのだ。
すぐに背中を向けて部屋から出ていった時、うっすらと彼女の顔に笑みが浮かんでいたのがちらりと見えてしまった。


「………そうだね。あたしってほんと、昔っから疫病神で迷惑ばっかりかけてきたよね……。今だって入江くん神戸でやりたいことあって来てるのに、ものすごく邪魔しちゃってるよね。本当にごめんね。あたし、東京に戻ってしっかり勉強するから。春にこっちにきた時には、入江くんの迷惑にならないようちゃんとするから。自信もってあたしは入江くんの奥さんで、入江くんの手伝いができるよう看護婦になりましたって胸張って云えるように頑張るから………」

「 何だよ、それ。今、全然自信ないってことかよ。誰がなんといおうとおまえはおれの奥さんだろうが」

「自信なんて全然ないよ………あたし、何も奥さんらしいことできてないし」

「広大くんのことはどうするんだ? ほっといて帰るのか?」

「そりゃ……気になるけど………でもあたしの力じゃ何も出来ないし、どうすることも出来ないじゃない……」

心残りとなっている広大と圭子のことを云われると辛い。

「らしくないよな。何も出来なくたって何とかしようとするのがおまえだろうが」

つい言い方がつっけんどんになってしまう。
どうしてこんな口調になるのだろう。

突然東京に戻ると言い出した琴子に、妙にざわつく感覚と苛々する感情を隠せない。

「入江くん、変だよ。何もするなっていったのは入江くんじゃない。あたしが何かするとロクなことにならないって。余計なお節介焼くなって! そして、ほんとにその通りだなってーーあたしだって学習するよ。今、めっちゃ実感してるよ……… 」

そうだ。
何もするなといったのは自分だ。
なのに何故こんなに苛つくのだろう。
母子を見捨てて東京に帰ろうとする琴子にーー

「おれが何といおうと、そんなのすっぱり無視して馬鹿みたいに他人のために走り回るのがおまえだろうが!」

「な、なによ。入江くん云ってること無茶苦茶だよっ。じゃあ、あたし、どうしたらいいの? 何をしたらいいのーー? どうしたら広大くんと圭子さんを助けられるの!?」

直樹の言い方に対抗するようについ琴子も声が荒げてしまう。

「………あたし、もうわかんないよ。どうしたらいいのか……」

「だからって逃げるのかよっ」

「逃げるって、そんな……」

『逃げる』という言葉は胸に刺さる。

でも、でも、でもーーー。

「……帰りたければ勝手に帰ればいい」

吐き捨てるような直樹の言葉に、琴子の顔は悲しげに歪む。

「帰るよ! もう決めたもん」

直樹が止めてくれるってーーそんなことを心の片隅でちらりとも思わなかったといえば嘘になるけれどーー

でも………

「ちょーっと、何、患者興奮させてんのよ」

「鬼頭先生?」

いつのまにか、姫子が部屋に入っていた。

「もう、琴子はあなたの患者じゃありませんが」

冷ややかな直樹の声を気にすることなく、
「ああ、あたし救命から引き渡した後も、基本フォローは忘れないのだよ。気になるだろ? 初療した患者さんがきちんと退院できるか」

「それはご苦労様です」

「こんな風に患者にストレスを与える家族がいるとね、治るものも治らない。というわけで、ちょっと顔かしな」

そういって直樹の白衣の襟元をつかんで部屋から引っ張りだそうとする。

「姫子先生、別に入江くんがストレスなんて………」

「いや、弱ってる嫁にこの眉間に皺の寄った冷たい顔は十分なストレスだな」

そういって姫子は直樹の眉間を指差す。
さらに直樹の眉間に皺が寄った。

「琴子さん。ちらっと話が聞こえたんだけど東京に帰るって? その方がしっかり身体を休めることができるから、反対はしないよ。ただ心はどうかな? 結論はすぐに出さずに一晩ゆっくり考えなさいな。この鉄面皮の天邪鬼な唇が何云おうと気にすることないからねー」

「鬼頭先生! 夫婦のことに口を出さないでいただけますか?」

「 夫婦のことに口を出すつもりはないよ。でも患者の心身の安寧を図るのも医者の仕事でね。じゃあ、琴子さん、君の旦那はちょっと説教部屋に連れてくから安心して休んでてねー」

はたはたと手を振り、相変わらず直樹の白衣の襟元をむんずと掴んだまま部屋の外に連れ出した。












「鬼頭先生! どういうつもりですか?」

ガラス張りの喫煙室に無理矢理ひっぱり込まれた直樹は、顔をしかめて姫子に抗議した。

「まだ琴子と話をきちんとしてません」

「話って……『帰る! 』『 帰れば? 』って互いに本心をひとつも語らない押し問答のことか?」

「………いったい何処から話を聞いていたんですか?」

「 性格の悪そうなナースがにやにや笑いながら部屋を出ていったあたりからかな? きっとあっという間に評判になるな。入江夫妻はやっぱり仲が悪いらしいって。おもしろ可笑しく尾ひれがつきそうだ」

「他人が何を云おうと関係ないですよ」

部屋にナースが入ってきた気はするが、顔は全く覚えていない。

「君はそうかもしれないが、イヤな想いをするのは彼女の方だぞ」

「 琴子はそういうのに慣れてますよ。それにそんな人の陰口や噂にめげて逃げるような柔な女じゃない」

「君は案外彼女を過大評価してるなー。でも君が思う以上に、女社会の陰口や噂話はきっついんだ。いっぺん女に生まれてみろ。ちょっとしたホラーだぞ。私くらい酸いも甘いも噛み分けて心臓に毛が生えるくらい経験値をつまないと、なかなか達観できるもんじゃない。それにもうすっかり大丈夫とはいえ一度はCPAになったんだ。まず患者の状態を一番に考えろ」

それについては反論するすべもない。
琴子の東京帰る宣言に驚いて、琴子の身体を慮ることを忘れていたのは事実である。


「今話しても彼女を興奮させるだけだろ? ってか、君が冷静になってないだけか。嫁に帰るって云われたのが予想外過ぎて動揺しまくってるな。ったく、青いなー」

楽しそうにばんばん直樹の背中を叩く。

「きちんと本心を言えるまで会わない方がいいぞ。君の口はついうっかり思うことと真逆の言葉を放つ癖があるようだからな」

「随分とおれのことが分かるようですね」

ついムッとした口調になってしまう。図星をつかれると腹が立つのはやはり青臭いガキのようだと自嘲の想いも沸き立つのは否めない。

「似てるからな。各務と」

「各務先生?」

「ああ」

「……… そういえば今日は各務先生、姿を見てないですね。休みですか?」

「今日は嫁の誕生日だからな」

「え? 各務先生、独身じゃ」

しかも嫁の誕生日に休むとは意外すぎて、流石の直樹も瞳を丸くする。救命チームは知っているんだろうか。いや、知っていたらもっと朝から大騒ぎをしてるだろうーー。

「あいつは誕生日に墓参りに行くんだ。命日は神戸中、いや日本中の人たちが黙祷をささげ悼んでくれるからな」

「え……じゃあ」

「ああ。あいつの嫁は一年半前の震災の日に亡くなったんだ」

「え……………」









※※※※※※※※※※※※※


入江くんに対する罵詈雑言が聴こえてきそうだわf(^^;




では続けて(30)を更新します。
なお、震災についての叙述がありますので鍵つきにします。

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