すっかり隔週ペースになって申し訳ないです。
そして今回は一話分です……f(^^;



さて、皆様、琴子ちゃんをご心配いただいているとは思いますが。
少し時間が巻き戻ってます……(((^^;)





※※※※※※※※※※※





火曜日の朝ーー琴子の傍らで目覚めたあと、若干の身体の節々に強ばりを感じつつも、直樹は医局へと戻った。医局のデスクに座りパソコンを開いた途端に、ICUナースから梨本圭子が覚醒したと連絡があり、今度はすぐさまICUに向かう。



「………あの……息子は……広大は……看護婦さんがご近所の人が預かってくれはったって……いったいどなたが……?」

容態説明をする前に圭子が真っ先に訊ねたのはやはり息子の広大のことだった。

「この病院の事務員の森村というものです。琴子の友人で、救急車を呼んだのも彼女なんです」

「そんな……見ず知らずの方にそないなこと……」

圭子は心底驚いたように、困惑の表情を滲ませて青冷めた顔を直樹の方に向ける。

「……え? 琴子さんの友人?」

「はい。あ、私は琴子の夫の入江です。妻が色々お節介をしていたようで申し訳ないです」

「……あなたが、琴子さんの自慢の旦那さん……ほんま、とってもイケメンさんやね」

警戒していた圭子の表情が微かに緩んだ。

「しばらくはつぼみルームで預かっていましたが、昨夜は夜勤対応の夜間保育の保育士がいなかったようなので。広大くんが森村さんになついたこともあって一晩だけ、預かっていただきました。今は保育園に行っているようですよ」

「……ご迷惑をおかけしてすみません」

謝る圭子にようやく病状説明をする。
胃に孔が開いていたと聞いて、さすがに絶句していた。

「どれくらいで退院できるんやろか?」

「経過次第ですが、大抵一週間から十日ほどですね」

「困ります……そない長いこと。広大だって一人にしとくわけには……」

「後で相談員が来ますので、今後のことを相談してください」
と、告げたが圭子は不安そうだった。

「……うち、身寄りが全くのうて誰にも頼る人がおらへんのです。看護婦さんにも身元保証人のこと聞かれたんやけど、そないな人おらへんし。すぐ退院させてもらうわけにはいかんやろか。仕事だって、そんなに休めへん」

「無理をされると結局また倒れて同じことの繰り返しですよ。きっちり治した方がお子さんにとっても良いのでは?」

直樹にそう諭され返す言葉が見つからないようだった。

「……でも広大が……」

「そのために相談員がいるんです。色々サポートしていただけますよ」

「サポートって……」

「公的な支援を受けるための手続きをしてくれたりします」

「公的って……施設に預けるってこと? そんなん絶対いやや」

「そういう選択もあるということです。とにかく今はゆっくり休んでください。
経過は良好です。午後からは病棟に移れると思いますよ」





その後しばらく事務処理に忙殺されて、琴子の部屋を訪れることが出来ないでいた。もう内科病棟に移ったと佛円から報告をもらっている。
やっと琴子の元に行けると腰をあげた途端に再びICUから連絡があり、梨本圭子が見舞いに来た義弟と口論になり、興奮状態になったというので、慌てて駆けつけた。
ICUの入口で一人の青年が忌々しそうに扉を見つめて舌打ちしていたのが気になったが、無視して中に入っていった。

「………申し訳ありません」

義弟を連れてきたという医療ソーシャルワーカーが平謝りをしていた。
点滴を引っこ抜き、息子は自分で世話をするから大丈夫や、あんたには任せられんっと声を荒げてベッドから降りようとしたらしい。
結局痛みで動けなかったが。

「………病棟に移ってからご本人と先にお話した方がいいかとは思ったのですが、ちょうどあの弟さんという方が訪ねられたので」

義姉の家を訊ねたら玄関の鍵が開けっぱなしで、隣の部屋の住人に訊いて救急車で運ばれたことを知り、搬送先を調べてここに来たのだという。
名刺や免許証を確認させてもらい、この地方では名の知れた大企業の取締役で、身元も確かだし、子供の叔父なら大丈夫だろうとICUに案内したらしい。

「弟さんが『広大は俺が預かるから大丈夫や』、といったとたんに『絶対いやや、なんでこんなん連れてきたん』と興奮されてしまって……」

その後、すぐ義弟には出ていってもらったという。

やはりさっきの青年がそうかと、剣呑な顔つきを思い出す。少なくとも身内を心配している表情ではなかったな、とーーー。






「落ち着かれましたか?」

圭子は直樹の問いに答えずに、天井を見つめたまま、
「………すいません。点滴、抜いてしもうて……」ぽつりと答える。

「……大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ないです。確認しないままICUに通してしまって」


「別れた夫の弟なんです。夫はもう亡くなってるんですが、親権が夫にあったので、義弟が広大のこと引き取りたがってるんです」

「……結婚されてる方ですか? お子さんが出来ないとか?」

「独身です。子供の世話なんて出来る筈ないんです。ほんまは広大のことなんかどうでもいいんです。広大が相続した夫の遺産のこと手に入れたいだけで……」

「………色々複雑なようですね」

「すみません。身内のゴタゴタで……」

琴子からさらに複雑な事情は聞いているが、それ以上は深く立ち入ったりはしない。

「でも、実際入院中は誰かに息子さんの面倒を見てもらわないと……もしくは施設に一時預かりをしてもらうことになると思いますよ」

「………施設はいやや。あないなとこ……」

朝と同じことを繰り返す。

「入院期間だけですよ」

「うち、子供のころ虐待されてて、一時期施設におったこともあるんです。親との生活もイヤやったけど、施設はもっとイヤやった。あんなとこに広大を預けとうない」

「昔と今では施設の状況も違いますよ」

「先生に何がわかるんや。琴子さんから聞いてるわ。社長の息子で頭もよくて、医者になって。何不自由ない生活してはる人に、わかるわけあらへん」

「……確かに、私は何も知りません。でも、ひとつだけ解ることがあります。あなたに万一のことがあったとき、広大くんはあの義弟の元に引き取られるか、18歳になるまで施設で育てられるか、ということです。ほんの一時期のことと考えたら、まず一日も早くあなたが回復するよう努めることです」

「……………」

「病棟に移ればお子さんとも自由に会えますから。その後で今夜からどうすべきかじっくり考えてみてください」






圭子の様子が落ち着いた後、直樹は今度こそ琴子の病室に行くつもりで、琴子の好きそうなプリンかアイスクリームでも買って行こうと一階の売店に向かった。

「あれ? 入江先生やないですか。先日は色々お世話になりました」

スイーツを物色していたら、唐突に声を掛けられた。
ほんの一瞬誰だったかを考えた。

「ーーああ、水島香純さんの……」

「はい。妻がお世話になりました」

先日切迫流産で倒れた水島香純の恋人ーーいや、夫の碓井聡だ。
一度ちらりと香純の病室で出会っただけだが。

「そういえば入籍されたそうですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。それも、入江先生が香純にばしっといってくれはったお陰です。それですっかり憑き物おちて、今は赤ちゃん生まれるの心待にしてます」

「……それはよかったです。まあ出産に対する極度の不安のせいだっただけで、本心から生みたくなかったわけではないと思いますよ。今は退院されたんですよね?」

「はい。切迫流産は大したことなかったんやけど、今は会社も休んで自宅で安静にしてます。今日は香純のおかんが退院なんで、おれが迎えに来たんです。まだ少し手続きかかるらしゅうて、ちょっとぶらぶらしてまして………」
と、頭をかく。

「………とにかく、良かったです」

「マコちゃんのパパの一史さんも、一旦タイに戻ったんです。でも、結局、日本に戻るのは無理っぽくて、辞表出すって話です」

「ああ。珍天堂の………大丈夫なんですか?」

「一史さんは、優秀な技術者らしいんで、きっと再就職も大丈夫ですよ」

「そうですか」

「……あれ、あのひと、Kコーポレーションの若社長じゃ……」

ふと、碓井聡がレジに並んでいた青年に目を向けた。
視線の先には、先程ICUの扉の前にいた男ーー梨本圭子の義弟がいた。

「お知り合いですか?」

「いえいえ、まさか。若手経営者として少しは顔が知れてるんかいなー。あ、ぼく小さな出版社勤務なんです。業界紙とか出してるほそぼそとした会社の営業で。それで企業関係の人の顔はちっとは覚えてるんです」

「……Kコーポレーション……どんな会社なんですか?」

「関西じゃ名の知れた総合商社ですよ。元々江戸時代から続いた老舗の呉服問屋から始まって華族の氏を金で買ったなんて話もある血族経営の会社で。先々代の時代にもっとも業績がピークだったって話で、震災で亡くなりはった先代社長あたりから経営が厳しゅうなってきたようなんです。バブルが弾けてってのもあるんやろうけど、父親ほど才覚なかったんやろうな。
その前の社長の弟が、今の社長。さっきの人です。
弟の方はさらに経営の才が全くない穀潰しらしくて会社はどんどん傾いてるって話ですよ。周りの重役陣も手を焼いてるってことやし、他にも色々黒い噂もあって……」

「黒い噂?」

「粉飾しとるとか、会社の金横領しとるとか……詐欺まがいの会社と手を組んどる
とか……それで地検が動いとるとか……」

「色々と詳しいですね」

「たまたま広告とる営業で、何度かKコーポレーションや、そこと取引のある会社を訪問したもんやからー」

意外なところで意外な繋がりがあるもんだと感心する直樹である。

碓井聡と別れた後、琴子のところに行く前に、医局のパソコンでKコーポレーションを検索してみる。
なるほど、黒い噂についての記事が確かに多い。信憑性のあるものないもの色々ではあるが。

しばらく考えあぐねた挙げ句、直樹は受話器を手にとった。


「……あ、おふくろか?」

『まーーっお兄ちゃん、珍しい、どうしたの? え? まさか、琴子ちゃんに何かあったの?』

「…………何もねぇよ」

おれが電話したイコール琴子に何かあった、ってことかよ。

ーーなどと、心のなかで突っ込みつつも実際何かあったのは事実なので、母の鋭い指摘には内心の動揺を隠せたかどうか気になるところだ。

『ほんとに? ほんとに大丈夫なのね? 琴子ちゃん泣かせてないでしょうね?』

「……………ああ」

『今、三秒くらい間があったわね。やっぱり泣かせたわね?』

声が途端に冷たくなる。
本当に鋭い。
電話をしたことを三ミリくらい後悔する。

「琴子のために調べてほしいことがあるんだよ」

真実をいうと飛行機で神戸に飛んで来そうな気がする。
質問を無視してさっさと本題に入る。

『調べるって?』

「関西の企業の信用調査。パンダイがいつも依頼してる帝国データリサーチで調べさせてくれ。Kコーポレーションってとこだけど、詳しいことはまた後で連絡する」

パンダイの役員に一応名を連ねている母は、大手の企業調査会社から小さな探偵事務所まで、幅広く顔が利く筈だ。

『… …琴子ちゃんのためになることなのね?』

「ああ」

『わかったわ。任せなさい』

珍しくそれ以上は追及せず、きっぱりと宣言して紀子はあっさりと電話を切った。





冷蔵庫に一旦入れておいたプリンを出そうとしたとたんに、再び電話が鳴った。

『入江先生あてに外線からお電話入ってます』

交換手の言葉に、まさかもう紀子が調べたのかと一瞬驚いたが、さすがにそれはなかった。
ここに直接電話してくるのは東京の家族とあともう一人しかいない。昨夜番号を伝えた旧友ーー。

『やあ、入江。忙しかったか? 今大丈夫なのか?』

「ああ。こんなに早く連絡もらえるとは思わなかったが」

『おまえがおれを頼ってくれるという奇跡のような状況、これを逃したらおまえに恩を売る機会を一生逃してしまうと思ってな』

「意外と暇なんだな。司法修習生って」

『……暇って……ひどいな。せっかく神戸の信頼できる事務所を紹介しようと思ったのに』

文句を言いつつも受話器の向こうから聞こえるくぐもった声は楽しそうだ。

『まだ司法修習生の身でたいして力にはなれないのが申し訳ないけど』

「あたりまえだ。おまえに依頼するつもりはない」

『いってくれるな~~どーせ、まだ見習いだよ』

「早く本題に入れ」

『人に頼みごとしておいて、なんでそんなに高飛車なんだよ、おまえ……… 。
去年の実務研修でお世話になったとこなんだけどな。先生も信頼できる人だよ。メインは企業法務だけど、その先生は相続や親権問題に強いんだ。家裁調査官からの転身で』

「それは助かるな。さすがに関西の方はおふくろも伝がないと思ってな」

渡辺から葉書が来たのは昨年のことだ。実務研修先の京都からだった。
司法試験に合格したのちは2年ほどは司法修習生といういわゆる見習いである。直樹の研修医という立場と似ていた。
司法修習生は埼玉の研修所での研修期間と各地方裁判所のある地域での実務研修がある。
渡辺は昨年京都地方裁判所に配属されていたが直樹が神戸に来たのと入れ替わりに、また東京での生活に戻っていた。

『何にしろおまえがおれを思い出して頼ってくれたってのがかなり嬉しいんだけど』

ひとしきり近況を語り合ったところで『琴子ちゃんは元気か? 今、そっちに一緒にいるんだろ?』
と、振ってきた。

「…………まぁな」

『…… なんかあったようだな。………って、なんかなきゃ、おれなんか頼らないよな。あまり琴子ちゃん、泣かすなよ』

どうしてこうみんな琴子のことに関しては察しがいいんだろうか。






結局その後もバタバタと急患が立て続けに搬送され、外科病棟に移っていく梨本圭子の申し送りをし、琴子の元に行くことが出来たのは夕方過ぎだった。

部屋に行くと、もう薄暗いのに電気も点けずに琴子は布団に潜ったままだった。

「琴子? 寝てるのか?」

点滴の管やモニターの端子など、身体に付けられていたものはすっかり取り去られ、ベッド周りはすっきりしていた。
頭から布団に潜っている琴子を覗きこむと、少し身体がモゾモゾと動いた。
布団からちらりと顔を覗かせる。

「………泣いてたのか?」

瞳が少し赤い。

「う、ううん。今日ちょっと久しぶりに歩いて、少し迷子になって疲れちゃったの。ほんとに部屋がわかんなくなって、途方に暮れてたら、掃除のおばさんが案内してくれて………へへっほんと馬鹿だよね、あたしって。
………入江くんはもうお仕事終わったの?」

「………ああ。今日はこの部屋に泊まるよ」

「……嬉しいけど……ダメだよ。こんなとこじゃぐっすり眠れないよ」

個室だが、付き添いのベッドがあるわけではない。背もたれのない椅子を3つ並べて簡易ベッドにするだけだ。

「仮眠室のベッドと対して変わらないし」

「…………でも……」

「オンコールで呼ばれたらこっちの方が早い」

「呼びつけられやすくなっちゃうよ」

「いいよ。別に。それより、プリン食うか? これ、好きだったろ?」

「入江くんがわざわざ?」

随分と驚いたようで、顔の半分しか出していなかった布団から、もそもそと全部出てきた。
どんぐり眼が見開いているが、やはりうっすらと涙が滲んでいるように見える。

「ありがとう、すごく嬉しい。でも今は食欲ないから後で食べるね」

「……何かあったのか?」

「え? な、何が? 何もないよ。身体もすっかり、いいの。内科の先生も、明日には退院出来るかもって云ってたし」

明らかに目がきょどってる。
琴子は相変わらず嘘をつくのが下手なのだ。

「……あ、あのね、入江くん」

「なんだ?」

眉尻を下げて、少し困ったように………そして一つ一つ言葉を選ぶようにーー。



「ーーーあたしね、退院したら、東京に帰ろうと思うの………」








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2017.02.12 / Top↑
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