1997年の夏休み (21)
2016.12.18 01:45|1日で終わらない西暦シリーズ|
お久しぶりの『夏休み』です。
もう、すっかり冬休みが近付いて参りましたが……f(^^;
覚えてますかー?
琴子ちゃん、朝帰りの後ですよー(忘れて読み返した作者……f(^^;)
※※※※※※※※※※※
琴子は項垂れて院内をとぼとぼと歩いていた。背中にどんよりととぐろを巻いた網掛け模様を背負って。
端から見たら余程深刻な状況の患者かその家族と思われたかもしれない。
直樹にちゃんと謝りたくて、二日酔いの頭を抱えつつも全力で病院まで走っていったのだ。
何かお詫びの差し入れを、とも思ったりもしたがそんなものを作っていると昼過ぎてしまうと思い直し、とにかくまずきちんと謝ろうと手ぶらで駆け付けた。
けれどーー。
「ごめんな、奥さん。今入江センセ、手ぇ離せんゆうて………」
救命の医局で直樹を呼び出してもらおうとしたら、出てきた佛円が申し訳なさげに琴子に謝ってきたのだ。
「何? 喧嘩でもしたの? 朝っぱらからめっちゃ機嫌わるいんだけど、あなたの旦那」
「わっ姫子センセ~!」
脇からひょいと鬼頭姫子が好奇心丸出しで顔を出す。
「や……やっぱり……? そんなに機嫌悪いんですか?」
琴子の顔が、さーーっと一気に青ざめる。
「眉間の皺が寄ったまま張り付いてるね。患者やスタッフに当たり散らしてる訳じゃないけど、静かに怖いとゆーか、寄るな触るな近づくなオーラ全開というか………いや、あたしゃあんな剣呑な医者に診てもらいたくないね」
と、そういいつつもからからと笑いながら云う。
「す、すみません。あたしのせいで」
「あら、やっぱりあなたのせい? また何やらかしたの?」
妙にわくわくした瞳で問いかける。
「え~と……ちょっと、朝帰りしちゃって……」しゅんとしながら恥ずかしそうに答える琴子に、
「えー大胆!!」
「えー、それっくらいで!?」
佛円と姫子が同時に叫ぶ。
「若いんだからたまには羽目を外さなきゃ。同世代の女の子たちはみんな朝までオールで遊び倒してるわけでしょ。 別に不倫してたわけじゃないよね?」
「そ、それはもちろん! つい飲みすぎちゃって」
「入江センセー意外とちっちゃいんだー」
「いえ、あたしか悪いんです。連絡もしてなくて、心配させちゃったみたいで………」
例え自分を擁護してくれたにしろ、直樹のことを悪く言われたくはない。
「あー、それはアカンわ! 結婚してるのに朝帰りなんておれにとっちゃ、ただでさて噴飯ものなのに、連絡もしてないなんてありえへんっ」
「やだ、佛円先生も案外狭量な男なんだ~~。男は朝まで飲んでもオッケーなのに女はダメなわけ?」
「男女の問題じゃのーて、そもそも連絡しないってのが共同生活のルールに反してるってゆーか……相手がどんだけ心配するか思いやってないんじゃない? 」
佛円の言葉は直球で、ぐさっと来るがまさしくその通りなのだ。
「そーなんです! 連絡しなかったあたしが全部悪いんです!! だからお二人ともそのことで喧嘩なんてしないで……」
思わず二人の間に割って入る。
「いやいや、入江先生がそんなに心配してたなんてフツー思わないよね? 奥さんがあの可愛くない男のウィークポイントなんだなー。ある意味あなたは最強の女ってことじゃない」
琴子をマジマジと見つめる姫子の表情はやはり楽しそうでニマニマしている。
「鬼頭先生、処置室から内線が……急いでお願いします!」
ナースの大きな呼び声が聞こえ、姫子は「悪い、今いく!!」と振り返り、「じゃあね、奥さん」と軽く手を振って踵を返す。
「あーじゃあ、ごめんね、奥さん。おれも行かんと。
奥さん、二日酔いのせいか顔色あんましよくないよ。入江先生から今日は家から出るなって云われてたんやろ? 横暴やって気もせんでもないやろけど、今日は家でおとなしゅうしといた方がいいんちゃう? 時間が経てば入江センセの気ぃもちょっとは収まるかもしれへんし」
佛円にそう諭されて、「……はい」と、琴子は力なく返事をする。
「………ほんと、そうですね。ちゃんと大人しく勉強してろって云われててーーそして入江くんと来年一緒にここで暮らすには必死で勉強して看護婦にならなきゃいけないのに……あたしったら何やってんだろ……」
頬に手を当てため息をつく。
「今日は早く帰れるようみんなで協力するよって。入江先生が帰ってからちゃんと謝って色々話したらええよ」
「はい。そうします……」
そして、結局直樹に会えないまま、琴子は救命の医局を後にしたのだった。
「………奥さん、ものすごーーーーく深く反省しとったで」
琴子が帰った後、患者ラッシュが途切れ少し落ち着いた医局で、佛円が話しかけた。
直樹は返事をしないまま、軽く顔をしかめた。
「ほんと、地の底を果てしなく潜って南半球まで到達しそうなくらいの落ち込みようだったよ。可哀想なくらい。ちゃんと許してあげなよ。飲みすぎて朝帰りくらい可愛いもんじゃない」
姫子の言葉に佛円が割り込む。
「いや、やっぱりおれは嫁とか彼女とかが朝帰りすんのいややなー」
「うわー。まだ云うの~~あんた、束縛くん?」
「束縛ちゃうでしょ。不倫したわけじゃないゆーても危険は孕んでるっちゅうことです。飲んで酔っぱらって前後不覚に陥った女の子に悪さする不届きもんは確かにいるんやし」
「………琴子は酔っぱらおうと前後不覚に陥ろうと、絶対おれ以外の男に触れさせませんよ。その辺本能で動くし、鉄壁の女ですから」
ずっと仏頂面でパソコンに向かって話に全く加わろうとしなかった当事者が、突然介入して佛円の台詞を否定した。
「うわー。絶大なる信頼! そーはいってもか弱い女の子なんやから、酔っぱらってる時に野郎の腕にねじ伏せられたら……」
敵うわけない、と云う佛円に、「何だかんだ、あいつは全ての状況を好転させる不思議な力をもってるんですよ。だから、きっと大丈夫です」ときっぱり言い放つ。
昨夜、ずっと自分に言い聞かせてきた言葉だった。
ダイジョウブ、ダイジョウブ。あいつは絶対大丈夫だから、とーー。
「とはいいつつ、反省してる嫁に、もうちょっと優しく許してあげれば? 」
「おれたち夫婦のことはほっといてください」
「やだ。面白いもん」
最悪な気分の時に、同僚たちはお構いなしに楽しそうに揶揄してくれる。
他人の夫婦喧嘩の何が面白いのか。激務の合間の娯楽ネタを提供してしまったようだ。
あのまま琴子といたら苛立ち紛れにさらに傷つける言葉を投げつけそうな気がして、つい部屋から出てしまったが、呼び出されてもいないのにわざわざ早朝から出勤などしてしまうものではなかったと少しばかり後悔する。
お陰でずっと根掘り葉掘りだ。
……まったく。
部屋にいろといったのに、少しも云うことを気かねーし。
別に束縛したいわけでも監禁したいわけでもない。
猪突猛進でとにかく突っ走る琴子を拘束するなんてどだい無理な話だ。そして、誰よりも努力と根性で我が道を切り開いていくことを応援してるし、それが琴子の最大の魅力だとわかってる。
それでも心の奥底で、自分の知らない琴子の世界があることを疎ましく思っているのかもしれない。
家から一歩もでるな!
つい、腹立ち紛れに叫んでしまったが、
琴子らしく思うがままに生きて欲しいと思う反面、それとは全く相反することを望む潜在的な願望があるのかもしれない。
束縛して閉じ込めて誰にも触れさせず会わせずーー
そしたら馬鹿な道化のようにおろおろと不安を感じずにすむーー
そんな感情はやはり琴子と知り合ってなかったら一生縁がなかったかもしれない。実に厄介な感情だーー。
「立派に君は束縛くんだよ。本当は嫁を籠のなかに閉じ込めておきたいんだろう? 」
にやにや笑う姫子に肩を叩かれて、直樹は不思議そうな顔を見せる。
琴子じゃあるまいし、心の中の言葉を口にしてしまったのか?
一瞬不安に思う。
「君みたいなタイプはね、嫁を自由に羽ばたかせたいといいつつ、籠の中に閉じ込めて、ずっとそばに置いておきたい、他の男と接触させたくないって無意識下で思ってるんだよ」
どうやらただの想像らしい。
直樹の思いをそのままを言葉に表したような元内科医の慧眼に思わず舌を巻く。
「……男の密かな願望や。軟禁監禁拘束……そして調教」
「……おまえのはフラン○書院の読みすぎだろ。想像するだけでも女性の人権侵害だ」
ばしこーんと姫子に叩かれる佛円。
「閉じ込めておきたいくらいなら、一人で神戸に来ませんよ」
ため息をついて姫子に抗弁する。
「大丈夫だと思ってただけなんだろ? 離れて暮らしても平気だって。心配なのは嫁の方で自分は大丈夫って。でも今は本当は後悔してんじゃない? 」
ーー後悔するなよ。神戸に来たことを。
ふと、各務に云われたことを思い出す。
後悔なんて、するはずがない。
でなければ何のために琴子を泣かせてまでここに来たのか。
琴子の涙も、琴子の苦渋の決断も、全部無駄になってしまう。
「ーーそんなわけないですよ。傍にいなくたってあいつの存在感はメガトン級だし」
「何気にのろけてる」
「そんなつもりはないです」
むっとしたように話は終了とばかりにパソコンを閉じて、ステートを首にかけてICUへ向かう。
佛円と姫子は顔を見合わせてから、互いに肩をすくめた。
ーーとにかく、さっさと帰って、しっかり勉強しよう。わからないところをピックアップして、入江くんに教えてもらえるようにしとかないと。出張前にここは押さえておけって云われた問題集も見直してーー。
やる気を見せればきっと、機嫌治してしくれよね。
今夜はご飯もちゃんと作ってーー
状況改善の為の計画を頭のなかであれこれ考えながら、琴子が病院のホールまで来たところでーー。
「琴子さん!! 広大が……広大が居なくなっちゃったの!」
真っ青な顔をして病院内に飛び込んできたのは、広大の母、梨本圭子だったーー。
※※※※※※※※※※※
キリがいいので短いですが此処で切りました(((^^;)
続きも書きかけているので、割りと早めにアップできるかと………
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