1997年の夏休み(17)



バースディからだいぶ間が空いてしまいました(ーー;)もう少しさくさく行けると思ったのですが……orz
うーん、関西弁が~~~(関西弁だったり標準語だったりぐっちゃぐちゃな気がしますが、ふふんっと鼻で笑ってやってください)

本日、2話一度にアップしております。
そんなに長くはないのですが、分けたくなってf(^^;

では続きからどうぞ。


※※※※※※※※※※※※



8月16日(土)



その日はーー平和だった。
恐ろしいくらいに。

盆明けの土曜日のせいもあるだろう。世間的には夏の長期休暇の終盤で、帰省ラッシュの話題が情報番組やニュースで何度も取り上げられることだろう。

病児保育ルームは土日休みだし、託児ルームに預けられた子供も3人だけだった。
託児ルームの常勤保育士一人で大丈夫だからと、琴子は主に雑務を頼まれていて、その合間に卒論アンケートのまとめなどをしていた。
何事もない1日というのは実に時間が経つのが遅い。特に日誌やらレポートやらをまとめる作業などは欠伸をこらえるのも大変だ。

「入江さん、もう帰っていいわよ」

チャイルドライフ部門の主任の片瀬にそう言われて、結局3時前には上がることとなった。



……うーん、早く帰れても入江くんも、かをる子さんもいないもんね~~

どーしよかなー。

明日明後日は休みだし、頑張ってお掃除しようかなー。
でも元々綺麗だから掃除しがいがないんだよね………

まず、真っ先に勉強しようという発想にならないところが琴子である。
いや、しなくてはならないとは分かっているのだ。
わかっているけれど、たった一人で黙々と勉強するということが元来苦手なのだ。少しもやる気がでない。
春からの神戸での二人の生活をひとしきり妄想して、自分自身を鼓舞しなくては少しもエンジンがかからない。


………うちへ帰っても誰もいないのって……こんなに寂しかったんだよね………

高校三年の春、入江家に同居するまでは、帰宅しても誰も家にいないのは当たり前だった筈なのに。
小学生の頃までは、学校から帰るとそのまま店に行き、店の職人たちの休憩室の座敷で宿題をしたり賄いを食べたりしていた。夜、父重雄が眠った琴子を背負って近くのアパートまで連れ帰ってくれたのだ。
高学年になると、学校から一人でアパートに帰り、友達と遊んだあと、一人で父が準備してくれたご飯を食べ、一人でお風呂に入り一人で眠っていた。
重雄とは朝しか会えなかった。
そんな生活が高三の春まで続いていたのだ。
寂しくないといえば嘘になる。一人の家がイヤで、いつも気にかけてくれている隣のおばちゃんや友達の家で過ごすことも多かった。
そんな生活にもいつか慣れてしまうのものだ。けれど寂しくないわけではない。元々一人でいるよりはみんなとわいわい過ごす方が好きなタイプだ。とはいっても父親の前ではいつも『平気平気、大丈夫だよっ』と笑っていた気がする。

それがーー入江家に来て一変した。
毎日『おかえりなさい』と出迎えてくれる人がいる。
その日にあったことを聞いてくれて、
一緒に家事をしたり、テレビを見て笑いあったり感想をいいあったりする人が常に傍にいる。
いつも灯りがついていて、食卓は賑やかで、家族の笑い声が溢れかえった家ーー。
憧れてやまない『家』がそこにあった。
一時の仮の住まいの筈だったのに、いつの間にかその家は自分の本当の『家』となって、帰るべき場所になった。
すっかり、その賑やかさや楽しさが身に付いて、ひとりぼっちの寂しさを忘れてしまっていた。

神戸に来て、たった一人で直樹を待っていると、ふとあの父娘二人暮らしの日々を思い出してしまう。
ひとりぼっちで布団の中で父親の帰りを待ちわびていた日をーー。

もし……無理にでも神戸に一緒に来ていたら、結局ずっとあたしは寂しい思いをしていたのかな……?

なかなか家に帰らない旦那さんを待ちながら、自分も慣れない環境で勉強に四苦八苦して……

ーーやっぱり入江くんはすごいや。ちゃんとどうなるか見抜いてたんだよね。夏休みのほんの少しの期間でも、あたし、一人ぼっちで部屋にいることが、とてつもなく寂しく感じるのに。1年も知らない土地で耐えられたのかなあー?

直樹がいない寂しさも、いつも慰めてくれる紀子たち家族や、大学の仲間や親友たちが近くにいるから、なんとか乗り越えてこれた気がする。
結局、東京に残る道がやっぱり一番正解だったのだ。

ーー入江くんに会えないのもつらいけど。

ずーっと傍にいたくてナースの道を選んだのに。ずーっと傍にいるには漫画みたいにちっちゃく小人にでもなって入江くんのポケットにでも入り込むしかないのかなー

いやいや、待って、あたし。いくら傍にずっといたいからって、そんなポケットに入ってるだけの人生ってどうなのよ。
あたしは入江くんのお手伝いがしたいのよ。役に立ちたいのよ。ちっちゃくなったら国家試験受けられないし、ナースなんてなれないじゃない!

ぶるんぶるんと首を振り、後ろ向きな妄想を打ち払う。


………さて、帰ろう。そうよ、あたしは勉強しなきゃ!

一人鼻息荒く力こぶを作ってみせる。
ーーもっとも。

………あー、でもやっぱ、ちょっと買い物とかしてこーかなー。

勉強に関してのやる気は3分持たないのだがーー。

あまりマンション周辺の地理環境をしっかり把握してある訳ではなかった。病院との往復だけで、近くのコンビニとスーパーしか行ったことがないので、少し街の探検をしようかな、と思いつつも、真夏の午後3時はまだかなり暑い。外は相変わらずの猛暑日和だ。
それに、直樹から『無駄に迷うからウロウロするな』とも云われている。

ーーとりあえず、まずマンションに戻って。買い物はもっと涼しくなってからでーー

「じゃあ失礼します」

これからの予定をぶつぶつと一人で算段しながらも、つぼみルームを後にして、階下に降りるエレベーターを待っているときである。

「え……広大くん?」

開いたエレベーターの中から、広大がたった一人で降りようとしてきたのだ。
思わず琴子はびっくりして、エレベーターの扉が閉まるのを見送ってしまった。

「なんや。もう帰るんか? せっかく来てやったのに」

むくれた顔で、幼い少年は琴子を見上げる。

「来てやった、って、一人で? お母さんは?」

「仕事」

「え? じゃ、保育園とかは?」

「保育園、土曜はお休み」

「じゃ、いつも土曜は一人なの?」

「そう。土曜も日曜も一人や」

特に気にする様子もなく、広大はさらっと答えた。

「日曜も? お母さん、日曜もお仕事なの?」

「うん。お母ちゃん、忙しいんや」

「……ほんとだね。でも、なんでここに?」

「おまえが暇なんやないか思うてな。遊んでやってもええかなーと」

少し恥ずかしそうにぷいっと横を見つつ小さな声で話す。

琴子はくすくすっと笑いながら、
「遊んであげてもいいけど、もう今日はここはお仕舞いだから、一緒に帰ろ? おうちに送ってあげるよ」

そういうと広大は顔をぱっと明るくして
「うちの近くに公園あるんや。そこで遊んだる」ーーにまっと笑った。



「えー、広大くんちって、うちから近いんだ!」

「おれんち、あれや」と、指さした少し古びたアパートは、直樹のマンションから徒歩5分くらいの場所だった。
細い路地の奥で、もう一度行けるかどうかと云われれば自信がないが。
つまりは病院からも近い。
二人のマンションはバス停一駅分だが、バスを待つより歩いた方が早いので、いつも徒歩通勤だ。

「………広大くん、お母さんは何時に帰ってくるの?」

アパートの前には小さな児童公園があって、母ちゃん帰るまでここで遊ぼうと誘われて、琴子と二人、砂場で基地を作っていた。

「土曜日は早いねん。5時には帰って、でも6時には『カノン』いくんや。でも『カノン』にはおれも連れてってくれるから、そこで遊んどる」

「『カノン』?」

「お店や。おっちゃんたちがお酒飲んだりカラオケ歌うたりしとる。お母ちゃんお料理つくったりお酒出したりしとるんや」

………カラオケスナックみたいなところだろうか?

「……お母さん、夜も働いてるの?」

「うん。1日働いとる。お母ちゃん休む暇ないんや。だからおれが早く大きくなって早く働いて、お母ちゃん、休んでもらわなあかんのや」

「そっかぁ……」

家庭の事情はわからない。
母子家庭だと、そこまで金銭的に困窮するものなのか。公的な支援のようなものはないのだろうか。
保育園の預り時間以外もほぼ働きづめで、その間この子はずっと一人で放置なのだろうか。
常に忙しそうで、せかせかして、俯きがちな広大の母は、顔は思い出せないのに、疲れきっている背中は妙に目にやきついている。


「あ………お母ちゃんや……」

砂で作っていたトンネルが貫通して、
穴から向こう側を覗きこんでいた広大がはっと顔を上げた。

「え……?」

公園の東端の道路に広大の母らしき人が立っている。
横には40代くらいのスーツ姿の男がーー

「お母さん、5時まで仕事じゃ……」

いいかけて、はっと広大の方を見る。
寂しそうにじっと二人を見つめる少年ーー。

「………お母さん、声かけなくて、よかった?」

「うん」

「あの人、知ってる人?」

シングルマザーなら恋人がいても責められることではない。広大の父親になるかもしれないなら、それはそれで良いことには違いない。

「知らない。いつも来る人とは違うし」

「……いつも来る人もいるの?」

「うん。その人が来ると追い出されるから、キライ」

「……………………」

なんか、よく虐待もののドラマで観るような話じゃない?

やっぱり、そうなんだろうか?
いやいや、事情も知らないのに詮索しちゃいけない。
琴子は自分の頭をこつんとつつき、自戒する。



その後、少し日が傾いてきた頃、琴子は広大をアパートまで送っていった。
アパートの前で、ちょうど帰ってきた広大の母とばったり会った。

「広大! あんた、なんで、外に……部屋からでたらあかんいうたでしょ?」

「ごめん、母ちゃん。だって退屈やったん」

「そのひとは……?」

「あ、あの神戸医大病院の病児保育ルームの………」

「ああ。でも何故あなたが……」

「おれがねーちゃんとこ遊びにいったんや」

「広大!」

「だって……母ちゃん……」

「えーと。お母さん、お仕事大変なのはわかりますけど、保育園以外の時間も一人ぼっちなのはどうかと……まだ5歳ですし。もし何かあったら……何処かお預けできる人はいらっしゃらないんでしょうか?」

少し険悪に息子を睨む母の前に割って入る。

「あなたには関係ないことやろ? この子は賢い子や。一人できちんと留守番できるさかい」

「で、でも……」

「大丈夫や! おれ、賢いもん。お姉ちゃんも、通報とかせんといてや」

「通報?」

「通報されたらおれ、母ちゃんと離ればなれになってしまう」

「通報なんて……しないよ、広大くん」

警察に?
児相に?

そんな言葉がでるということは通報されたことがあるのだろうかーー。

「広大、行くわよ」

母に促されて、広大はアパートの中に入っていく。一棟に上と下で四軒ずつの部屋のある、色褪せた壁の見るからに安普請なアパートの、二階の一番端の部屋のようだ。
母にぐいぐいと手を引かれ、剥き出しの階段を登っていき、母が玄関扉の鍵を開けている時、広大は琴子の方をちらりと見て、小さくバイバイと手を振る。

明日も来いよな。

目がそう訴えているような気がした。



結局とぼとぼと夕暮れに包まれ始めた道を一人で帰り、誰もいない薄暗い部屋に一人で戻る。


「わーあつっ~~」

琴子は夏のむわっとした熱気が閉じ込められた部屋の掃き出し窓を全開にすると、かすかに入る風を通す。

ぼんやりとベランダに立って、なんとなくずうっともやもやする思いを誰にも吐き出すことも出来ないまま、完全に空が夕闇に包まれるまで神戸の空を見つめていた。







※※※※※※※※※※※※

琴子ちゃんのようにもやもやするといけないので(笑)
続けて(18)をアップします。




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