真夏のガーディアン(後) ※ 7/28 加筆しました


“納涼祭り2016”


※7/28 ラストシーンで書き忘れてたことがあり、どうしても書き加えたくて、ほんの数行だけ加筆しましたf(^^;わかるかな……?



※※※※※※※※※※※※※※※





三日目の朝である。

「あれー? ママ、虫に刺されたの?」

朝目覚めた琴美が、ノースリーブのワンピースに着替えていた母の首もとを指して不思議そうに訊ねた。

「豚さんの煙、効かなかったのかなー?」

蚊取り線香は長時間タイプで一晩中焚いていた。

「ええっ? えーと……」

琴子は初めて自分の胸元を見て慌てふためく。
鏡で確認すると首筋から鎖骨の辺りから、ぴっしりと昨夜直樹につけられた痕が残っていた。

「どうした?」

顔を洗ってきたらしい直樹が部屋に戻ってきた。

「ねぇーパパ、ママだけ虫に刺されてるの」

「そりゃ、ママの血が美味しいからだろ」

「入江くーーん!」

「コンシーラー持ってきてない?」

「持ってるけど」

「じゃあ問題ない」

「うん、もうっ!」

結局、二晩続けて未遂に終わったのだ。キスマークの一つや二つで(いや実際はかなりたくさん)ガタガタ云うな、という気分の直樹であった。
琴美が「ひいばあちゃんにお茶もらってくるー」と出ていったのを見送った後、直樹は少し不思議そうに妻を見つめた。

「今日は早起きだな」

朝目覚めた時にもう既に琴子が布団の中にいなくて少し驚いたのだ。

「ちょっとコンビニまで散歩してたのよ」

「……コンビニって……」

この家から最寄りのコンビニまでは徒歩30分以上かかる。

「なんか買い物?」

「……実は生理が来ちゃって……」

ぼそっと小声で恥ずかしそうに告げた。

「来ると思ってなかったから全然準備してなくて、それでちょっと…… ああっ、あたしこの痕付けたままでっ 」

生理って……つまり今夜どころかしばらくお預けってことか。

直樹は内心毒づきながらも、
「……あれ? おまえ2週間くらい前に来たって言ってなかったか?」と、ふと気がついた。

「うーん。前の、ちょっとだけだったんだよねー。なんか最近不順で。ホルモンバランスが悪いのかなーー」

「ストレスでも溜まってるのか?」

「入江くんとあまり会えなかったからちょっとストレスだったかも」

「この2日間は、結構べったりだったけどまだ足りない?」

「全然足りないよーー」

えへっと上目遣いにそう言って照れくさそうに笑う琴子の瞳に思わず吸い込まれそうになる。

「琴子……」

おれも足りないかもな。

そう言葉にする前に、琴子の肩を掴み、そっと引き寄せる。
誘うような少し開いた唇に顔を近づけてーー

「ママーーっお腹すいたー! ばあちゃんが朝御飯できてるってぇ」

もう、パターン化し過ぎて、何を云う気にもなれない直樹であった。






そして、再びのんびりと3人だけで朝食をとった後でーー。

「ねぇねぇ、アケビはいつ採りにいくのー?」

琴美の問いかけに、直樹が少し困ったように娘をみた。

「ごめん、琴美。今日はじーちゃんが町のグリーンセンターに肥料を買いにいくのを手伝ってほしいって頼まれたから付いていこうと思ってて」

「ええーっ? だって、明日もう帰るんだよね? だったらいつぅ?」

「多分、午前中だけで終わると思うから」

「あ、じゃあ、あたしが一緒に裏山に付いてくわ。なんてったって1度行ってるし」

軽ーく軽はずみなことをいう妻に直樹は思いっきり顔をしかめ、そしてきっちり嗜める。

「バカっ絶対ダメだ! 二人して遭難するのが落ちだろうが」

「えー?」

大丈夫だと思うけどなー

そうだよ、みーちゃんがついてるから大丈夫だよパパっ

二人の抗議も空しく、当然ながらそんな危険に満ち満ちた冒険など許されるはずもなく、こんこんと説教されて諦めざるを得なかった。

「じゃあ、川なら行っていい?」

「川?」

「うん、昨日ケンちゃんが明日川で遊ぼうよって誘ってくれたの。わかんなーいって返事しといたけど」

子供の頃自分も祖父に連れられて魚釣りなどした川は、河川敷は広いが、川幅はたいして広くないし流れも穏やかだった。

「あの川は大して水量もないから大丈夫だろうけど………ママがちゃんと傍にいてくれるならいいぞ」

「大丈夫だよ。ちゃんと見ててあげるから」

「やったぁ」

そうして、迎えにきたケンに、「琴美はまだ泳げないから深いところに行くなよ」と釘を刺して直樹は祖父と共に軽トラに乗り込む。

「えー、パパ、トラック運転できるの?」

運転席に座った直樹に琴美は目を丸くした。

「軽トラなら普通免許で運転できるよ」

「でも、それ、オートマじゃ……」

琴子も少し驚いたようだ。

「ちゃんとミッションも運転できる!」

そう言い放ち、発進する直樹に、「……でもそんな車も軽々運転出来ちゃう入江くん……ミスマッチだけどそれが逆にカッコイイ」とハートマークを散らす琴子である。
きっと琴子のことだから直樹がトラクターを運転してもギャップ萌えに転がりまくるだろう。

そして、直樹たちを見送った後、琴子たちもケンに案内されて川に向かった。

「こまんか川だばってん深い所もあっから気ば付けーしゃい」

「はい、おばあちゃん」

祖母の云った通り、葉の覆い繁る桜の樹の並ぶ堤防を降りるとそこは渓流というには穏やかな美しい水の流れがあった。
河原はそこそこの広さがあるが、流れている川幅は狭く、水の量は少なそうだった。
水着を着ていたケンは、すぐにバケツと網を持ってばしゃばしゃと水の中に入っていく。
水着を持っていない琴美は、サンダルを履いたままそおっと水の中に入る。

「ママーっ冷たいよー。プールよりすっごい冷たい」

「 ほんとだねぇ」

琴子も手だけ水に浸けてぱちゃぱちゃと泳がす。

「川の水ば、がばい冷たか。そんなの当たり前と」

バカにしたようにケンがいつまでも川辺から離れない琴美をさっさと置いてずんずん川の真ん中に入っていった。

「ケンちゃーん、あんまり遠くにいっちゃダメだよ」

「この辺までこんと、魚がとれんと」

「えー? お魚いるのぉ? みーちゃんも行きたい」

ケンの方を羨ましそうに見ていた琴美だが、やはりケンのように水着を持っているわけではないので川岸から遠くに行くことに躊躇いがあるようだ。

「みーちゃんはこの辺りでじゃぶじゃぶしてましょ? 服が濡れちゃったら困るでしょ?」

「うん …………」

水が冷たくて気持ちいいので、いつまでも足首まで浸かる辺りで、魚がいないか二人で腰を屈めてみていた。
そして、石と石の隙間をすっと行き交う小さな魚の影に一喜一憂する。
川の水は澄んで綺麗だ。
堤防の木々が緑の葉を繁らせ川面を覆うほどせりだして、木陰を作っていた。
午前中ながらも暑くなりそうな陽射しを遮ってくれて、心地よい。
蝉時雨の音。
川のせせらぎ。
耳からも感じられる夏の情景。
琴子と琴美は、落ちた葉で船を作って流したり、ケンの採った魚を見せてもらったり、スカートの裾を少し濡らしながらも楽しく過ごしていた。

「すごいね。こんなおっきな魚とれるんだね」

「イワナは滅多にとれんけんね。フナやドジョウや……」

「あ、カニもいるのー? ちっちゃー」

「沢蟹やけん、食えると。素揚げにしたらうまか。寄生虫おるけん、火は通さねばいかんけんね。干潟でとれるんば塩漬けにして瓶詰めにしちょってガニ漬けゆうと、じいちゃん焼酎のツマミにしとる。ばってん、おれは好かんけんね」

「えー食べるのーー? 可哀想」

水辺の石の狭間にいる小さな蟹に、琴美は興味津々だ。

自然いっぱいの中で、静かな時間が流れている。

明日はもう帰らなくてはならないのが残念ね………

琴子は瞳を輝かせて川縁で遊ぶ娘を見つめてぼんやり思う。学生の頃のようにゆったり出来ないのが、娘にも申し訳ない。

「おれ、あっちでイワナさがすとね」

「気を付けてね。あっち深くない?」

あっち、と指差した上流の方は少し川幅が広くなり、岩場も多い。

「平気やけん。慣れとると」

そしてばしゃばしゃと上流の方に向かっていくケンの姿を見失うまいと、琴子はずっと目で追う。

ばしゃっ

「いたーい」

「みーちゃんっ」

琴美が石に躓いて、すっころび、スカートの裾をびしょびしょにしてしまったのだ。

「あら、お膝も少し擦りむいたわね……ちょっと待って、バイ菌入らないようにしないとね」

琴子はハンカチを出して、血が滲んだ膝小僧を拭いてやり、常備していた絆創膏を取り出す。

「ほら、もう大丈夫だよー。キティちゃんの絆創膏ですぐ痛くなくなるからねー」

絆創膏を貼ってやり、ようやく半べそをかいていた琴美が落ち着いて来たときーー

ばしゃん。


少し離れたところで、何か大きな水音がした。

「何……?」

「あれ? ケンちゃんは?」

琴子は一瞬にして背筋に緊張が走るのを感じた。
琴美を見つつも、ケンの様子も目の端で見ていたつもりだった。
琴美よりだいぶ上とはいえ、まだ小学生である。
なのにーー。

「ケンちゃんっどこ!?」

思わず大声で叫ぶが、反応がない。
川面に視線を走らすが、何処にもその姿がない。

「ケンちゃんっ ケンちゃーん!」

暫くすると、もがくようなこどもの手が、川面からばしゃりと飛び出したのが見えた。

「ケンちゃんっ」

琴子はスカートの裾が濡れるのも構わずに、川の中に入っていこうとした。

「琴美はここにいて! 」

そう言い置いて、ケンの姿が一瞬見えた川の中央部に向かおうと足を一本踏み出す。

その時ーー


ーーだめ。

耳元で、声がした。

ーーあなたは、川の中に入っちゃ、ダメよ。

「え……?」

琴子が振り返るが、誰もいない。

気のせいかと無視して先に進もうとしたが、今度はぎゅっと誰かに腕を掴まれた。

「な、何……?」

掴まれている筈の腕を見ても、何も拘束するものはない。
だが、『見えない何か』に捉えられているせいで、琴子はそれ以上一歩も動けない。
じたばたもがいても、まるで金縛りにでもあったように身体を動かせなかった。

「ケンちゃんっ………! 誰か……誰か……」

誰か、助けて!!

入江くんっ 助けてぇぇーーっ



琴子がそう叫んだ時ーー。

「琴子っ」

まるでドラマのようだった。
呼び求めた救世主が、唐突に風のように現れて、琴子の横を駆け抜け、川の中に飛び込んでいった。

「え……? え? うそっ」

な、なんで? おじーちゃんと一緒に出掛けた筈じゃ……

琴子が訝しんでいる間に、直樹はあっという間にケンが溺れている辺りに辿り着き、直ぐ様抱え上げた。

岸に上がると河原の上に降ろして、心臓マッサージを始める。

「い、入江くん……ケンちゃんは……」

不思議なことに、直樹が川に飛び込んだ途端に琴子を拘束していた不可解な力は解けて、琴子の身体はあっけなく動いた。

直樹が人工呼吸と心臓マッサージを繰り返している間、幽かに遠くから救急車の音がする。
直樹が連絡したのだろうか……?

「んっ、……げほっげほっ」

ケンが目を覚ました。

「よ……よかったぁ」

琴美も琴子の脚にすがって泣いている。

「ケンちゃんは? ケンちゃんは? パパ、生きてる?」

「もう大丈夫だよ、琴美」

直樹が琴美の頭をくしゃっと撫でる。
そして、琴子を方を向いてーー

「いったい、おまえは何をやってたんだ!」

酷く冷たい瞳で、強く叱責した。

「川では絶対子供から目を離すな! 鉄則だろうがっ! それに子供が溺れているのに、ただぼーっと突っ立ってるだけなんて! ……もし溺れていたのが琴美でも、そんな風なのかよっ?」

呆れるような蔑むようなーーそして、何より直樹自身がひどく驚いているようなーーそんな表情だった。

「まあ、おまえが飛び込んでいたって一緒に溺れて二次被害に遇ってただけだろうがね。でも、おまえは絶対いざと云うときにはバカみたいな力を出すヤツだと思ってたのに。失望したよ」

「………そ、そうだね……ごめんね……あ、あたし………何にも……出来なくて……」

震える声で琴子は目を覚ましたケンに謝る。
ポロポロと大粒の涙が零れていた。

「……あたしの……せいで」

「すぐ救急車がくる。堤防の上に上がるぞ。動けるか? 琴美」

「うん、パパ。でもね、ママを叱らないで。ママ、みーちゃんが転んじゃってそれで絆創膏貼ってくれたりとか……」

さっさとケンを抱きかかえたまま堤防の上に上がっていく直樹を、琴美が必死に追いかける。母を庇う言葉を一生懸命探しながら。


どさっ

鈍い音が後ろからして、直樹が振り返る。

「ママっ」

琴美が後ろへ駆けていった。

倒れている母のところへーー。









救急車には琴子とケンの二人をのせて、町の救急病院へと搬送された。
連絡を受けた博子おばも、自分の車で救急車を追いかけた。
泣き叫ぶ琴美は、駆けつけた祖母に預けたが、大丈夫だろうか。
直樹は青白い顔をして横たわる琴子を見つめながら、一緒に行くと駄々をこねた娘につい強い口調で「待っていなさい!」と怒鳴ってしまったことを密かに反省していた。
目の前で母親が倒れたのだ。琴美がパニックになっていたのは仕方のないことだった。娘を顧みる余裕の欠片もなく、直樹自身も激しく動転していた。



ーー琴子。

バイタルに問題はなかった。
木陰にいたから熱中症ではないと思われた。
直樹の診立てはただの過労と貧血による意識喪失だ。

よくよく考えれば、琴子があの場面で真っ先に助け出さない筈がない。
例え自分の命を投げうっても。
(だから、そんなことをしなくて良かったのだーー)
動けなかったのは何かあったからだと何故思い至らなかったのか。

だいたいーー。

まず、この場所に直樹が来たのもある意味、尋常ならざる力に無理矢理引っ張られてきたようなものだった。
町へ向かう途中、唐突に助手席に座っていた祖父が、直樹の握るハンドルを掴み、「急いで川の方へいくばい」と叫んだのだ。

「じーちゃん、危な……」

直樹が祖父の方を見ると、真剣な、恐いような形相した祖父の顔に大きな黒子があった。

「え……?」

「早よう! 早ようせんばいね! おまえの嫁と子供が………」

隣にいるのは200年前亡くなった菊之助じいさんの霊らしい。
意外とすんなりとそのことを受け入れられた。
そして、恐らく川で何かあったのか、それともこれから起きるのかーー

「わかった、じーちゃん」

直樹はハンドルを大きく切って交差点でUターンした。




川に着いた途端、祖父の顔は元の黒子のない顔に戻っていた。
事態が分からずに茫然としていた祖父に、家に戻って祖母を呼んでくるよう頼んだ。そして堤防から川を覗き込むと、溺れているケンと立ち竦んでいる琴子を確認した。
琴美は少し離れた川岸にいる。ケンには悪いが少しほっとした。
そしてすぐに携帯で救急車を呼び、下に駆け降りたのだった。






「ご主人、このタオルで拭いて下さい」

救急隊員にタオルを渡され、初めて自分がびしょ濡れなのを思い出した。
川に飛び込んだので、当たり前だ。

ケンは意識を取り戻し、ちゃんと受け答えもできている。恐らく問題はないだろう。

琴子はーー。

「すみません、奥さん、妊娠の可能性は?」

「え、いえーーー」

救急隊員の言葉は女性の患者を診る時の常套句だ。これを訊かねば薬や治療の選択が出来ない。

「確か今日生理がきたとーー」

言いかけてはっとした。
突然、思い至るものがあった。

「2週間前も生理が来たと言ってました。もしかしたら2週間前のそれは着床出血かもしれない……」

稀に受精卵が着床する時に絨毛が子宮を傷つけることがある。その際に生理と同じように出血し、妊娠に気がつかないことがあるのだ。

「じゃあ」

「妊娠している可能性がないとはいいきれません」

なぜ気がつかなかったのだろう?
微妙な体温の高さや、気だるそうな様子やーー
生理が来たと云うことばを鵜呑みにして、琴子の身体の変化を掌握しきれていなかった。

「今回の出血は不正出血かもしれない……」

「2週間前が着床出血なら、今妊娠5周目か6週目くらいですね。とりあえず、妊娠の可能性も配慮します」

「お願いします」








「妊娠6週目に入ったところですね。もう心拍も確認できますよ」

担当の産科医は、50代半ばの女医だった。斗南病院と違って、ごり押しで女医に変えさせることはできないので、直樹は内心ほっとしたが無論顔には出さない。

「出血は問題ないと思われますが、しばらく安静にしてくださいね。東京に戻ったらなるべく早く主治医のところで受診してください」

「ありがとうごさいます」

直樹は女医に頭を下げて、貰ったエコー写真を手にして、琴子が横になっている処置室に戻る。

ケンは何の問題もなく博子おばとさっき帰宅した。

けれど、琴子はまだ目覚めないーー。

「琴子、入るぞ」

それでも直樹は、医師と面談をしている間に琴子が覚醒しているかもしれないと声をかけてカーテンを引いた。

相変わらず眠ったままの琴子。
そして、その横にーー琴子の手をぎゅっと握って不安そうに彼女をみつめる一人の女性がーー。

「………あなたは……」

そこにいる筈のないひと。
琴子によく似た顔立ちの、写真でしか知らないひと。
けれど、直樹はその有り得ない現象を、特に何の疑問も恐怖もなく受けいれていた。それは随分当たり前な光景のように思われた。

ーーごめんね、直樹さん。

喋っているのか、心の中に話しかけているのかよくわからなかった。

ーーあたしが琴子を掴まえてたの。川の中に入らないように。だから、この子を叱らないであげてね。

「………… ありがとうごさいます。もし、お腹の子供に何かあったら……こいつはきっとずっと自分を責め続けていたかもしれない」

妊娠12週までの流産は、母親の行動には一切責任がない。全て胎児に原因がある場合だ。そして、そのことをよく分かっている琴子でも、もし川に入った後で赤ん坊が流れでもしたら、きっとずっと自分自身を責めるだろう。

ーーよかった。とりあえず何事もなくて。菊之助さんも間に合ってよかった。

「…… もしかして、じーさんの琴子に対する態度が豹変したのって」

ーーふふ。菊之助さんにも協力してもらっちゃった。ほら、安静にしておかなきゃならない時期じゃない? あたしは流石に直樹さんのおじいさまに拘わるこたができなくて。で、菊之助さんに頼んで、おじいさまの夢枕に立ってもらったのよ。

「………それで、じーさん、琴子に何もさせなかったのか」

いったい夢枕に立って、どんな脅しを掛けたのか。

ーーあ、でも! 二人の夜を邪魔しろ、なんて一言もいってませんからね。菊之助さん、勝手に妊娠中の営みは赤ちゃんに障ると思い込んでて……

「………………………………まあ……したからって流産はしませんが……」

このひとも見てたのかっ?

若干の引っ掛かりを感じていると。

ーーあ、大丈夫。あたしはちゃんと離れてたから! そんな、娘の………なんて、覗き見しませんってっ

心の声はきっちり聴こえるらしい。



とはいえ、わかっているといないとでは、おのずと抱き方は変わってくる。感染症を防ぐためにも避妊具も着けた方がよい。いや、やはり安定期までは我慢した方がいいと、医者である自分が一番よくわかっている。

……にしても、あのじーさん、おれが無体なことをするとでも思ったのかっ
いくらなんでも母親の実家でそんなに激しくするかっ

何となくもやもやと腹立たしさを感じつつも、直樹は目の前の人に深々と頭を下げた。

「……色々とありがとうございました」

ーー直樹さん。これからも、琴子をよろしくね。そして、この子と、琴美と、こらから生まれる子どもを守ってあげてね。

「………はい」

はい、おかあさん。
全力であなたの娘と孫を守ります………






「………入江くん?」

琴子がぼんやりと目を覚ました時、直樹は自分の手を握りしめたまま、ベッドに突っ伏して眠っていた。

なんで、こんなところにいるのだろう?
馴染んだ消毒薬の匂いや色々なものが混じりあった独特な匂いが、自分のいる場所をあっさり特定させる。

夢を見ていた。
病気の時に熱を出して眠っている琴子の傍らで、ずっと傍についていてくれた母が、優しく手を握りながら、何かを話しかけてくるのだ。

その何かが思い出せない。

「………はい」

直樹の口から寝言のような言葉が出てきてびっくりした。
彼から寝言なんて殆ど聴いたことがなかったから。

「……入江くん?」

琴子がおそるおそる掛けた言葉に呼応するように、直樹が跳ね起きた。

「琴子!」

「い、入江くん……」

「よかった……どうだ? 何処か痛いとかないか? 気分は悪くないか?」

不安そうな直樹の顔に、どうやら自分は直樹に余計な心配をさせてしまったらしいと、初めて気がつく。
そして、徐々に倒れる前の記憶が甦ってきた。

「大丈夫。あたしはなんともないよ! それより、ケンちゃんは? 琴美は?」

琴子は少し身体を起こして、直樹にすがるように訊ねる。

「ケンはもうおばさんと家に帰ったよ。琴美はばーちゃんに預けてあるから、もう少ししたら来ると思う」

直樹がそう告げると、よかった、と琴子は大きく安堵のため息をつく。

「琴子、ごめん。さっきは怒鳴って」

直樹が琴子の手を両手で包んで謝る。

「ううん、あたしが目を離したのがいけないの。身体が全然動かなくて、助けに行けなくて……ほんと、情けない。入江くんが呆れるのも無理ないよ」

そういう琴子に、
「ほんと、助けに行かなくてよかったよ」と直樹が真面目な顔をして応えるので、「そ、そりゃあたしが助けに入っても二次被害で面倒なことになってたかもしれないけどっ」と、少しばかり抗議する。

「ばか。そういう意味じゃなくて」

直樹が琴子に一枚の写真を見せる。

「え? これ………え? え? えええーーっ!!!?」

琴子はそれを受け取って見つめてから、意味がよくわからないとばかりに、直樹と写真を何度も見比べる。

「いま6週目に入ったばかりだそうだ。まだ5ミリくらいだけど、ちゃんと心拍も確認できた」

「……ウソ……だって、生理……」

琴子は呆然と自分のお腹を擦る。

「ただの不正出血だ。前のやつは着床出血だと思う。ああ、出血は大丈夫らしい。胎児の心拍に問題はないようだ。一応安静にするように言われたから、明日おふくろに羽田まで迎えにくるよう頼んでおくよ」

まだ母には言わないほうがいいよな、と内心思いつつ。
二人目妊娠を知ったら、横断幕を持って到着ゲートを陣取りかねない。

「あかちゃん……?」

「ああ。琴美の七夕の願いが叶ったな」

琴子の排卵日と妊娠週数をかんがみても………多分、七夕だ。

「赤ちゃん………」

まだ信じきれないように茫然と呟くばかりの琴子をぎゅっと抱き締めると、
「ああ、おれたちの子どもだ」そう言って優しくキス。

「………生まれるのは3月末か。春ごろだな。きっと大丈夫だ。必ず無事に会えるよ」

何故なら最強の守護者(ガーディアン)たちが全力でお腹の子どもを守ってくれたのだからーー。












さて、母のお腹に弟か妹がいると知って、祖母と祖父に連れられて病院にきた琴美がハチャメチャに喜んだのも無理はない。

「あたしがたんざくにいっぱい妹欲しいって書いたおかげ?」

「そうかもな」

そのテンションで東京の祖母と電話をして、ついうっかり赤ちゃんのことを口にしてしまったのは仕方ないことなのだ。

琴子はすぐ帰宅できたが、無論その後は祖父の家で安静に過ごした。
夜、ケンと博子おばが篭いっぱいのアケビを持って琴子の見舞いに来てくれた。ケンの父が裏山に採りにいってくれたらしい。

琴美は初めて食べるアケビを「あまーーいっ」「種がいっぱーい」と、感動しながら母と食べた。

「いっぱい、九州の想い出できたね」

夜、再び琴美を挟んで川の字になって寝転がり、琴子は娘に訊ねた。
今夜が九州最後の夜である。

「うん。でも一番は赤ちゃんだよ」

琴美がにまーっと笑う。

「神様がみーちゃんのお願い叶えてくれたの」

「そうだな」

「そうね」

「妹だといいなー」

「それはわからないな」

「パパ設計図書いたんだよね?」

「神様が全部願いを聞いてくれるかはわからないよ」

「そうかなぁ~~~」

仲睦まじく語り合う親子の様子を、二人の守護霊がずっと眺めていたかどうかは……神のみぞ知る。




「今度くるときば、こまいのがまた増えとっと」

九州の家を出るとき、祖父は手土産をたくさん渡しながら、少しむすっとしながら琴子に語りかけた。
空港まではケンの父が車で送ってくれるということで、甘えることにした。

「今度は客扱いはせんばってん、覚悟するとね」

「え? おじいさん、あたしが妊娠してること知ってたんですか?」

「そげんこた知らんばい」

ふんっと鼻を鳴らす祖父に、隣の祖母が補足説明をした。

「ちょうど2週間くらい前から毎晩ご先祖の菊之助さんが夢枕にたつとね。『琴子は気がついとらんたい、腹に子がおるけん、働かせたらあかんと。これで流れでもしたら、直樹はもう2度と此処にくることはなかばってん』とね。最初は信じられへんけん、ばってんご先祖さんが色んなこと知っとっと。おじいさんが尋常小学校の頃ば教室で漏らしたこととかね。信じるしかなかとね」

祖母は可愛らしくころころと笑う。そんな不可思議現象であっても、とくに気にせず当たり前のように受けとめているらしい。

「うーん、菊之助じーちゃんってば………でも、感謝すべきかな。あ、でも次はあたしがご飯作って、床拭きでもトイレ掃除でもなんでも手伝いますからね!」

力強く答える琴子に、祖父は「今度は甘やかせんけん覚悟するとね」と不敵に笑う。

「望むところよ!」


そうして、長いような短いような真夏の九州の旅は終わったのだった。

「バイバイ、ひいおじーちゃん、ひいおばーちゃん。そして、ホクロのおじーちゃん!」

琴美は見送る曾祖父母たちの方を振り返り、大きく手を振った。


ーー次は、家族四人で来るとよか。
楽しみに待っとっとよーー







そして、羽田の到着ロビーで紀子が横断幕をしっかり携えて彼らを出迎えたのは、やっぱりお約束なのである。


『祝! 二人目懐妊! Baby come soon♪』








※※※※※※※※※※※※※※


終わりました~~~f(^^;
前後編が思いの外長くなり……でもなんとか3話で終えました。
中編を入れると絶対展開の先読みできちゃうなーと悩んだけれど……emaさんの素敵イラストどうしても挿入して、即アップしたかったので……まあ、いいかな、と。(結局、後編も長すぎたので、分けなくてはならなかったでしょう)

ええ、結局一番の大ボスはえっちゃんかしら笑 200歳年上の大先輩を裏で操る女……




一応7月は一人梅雨祭りに始まり、納涼祭りと普段よりたくさん更新できたかなーと(その分、リコメが滞り………ごめんなさいっコメントは有り難くしっかり読ませていただいてます。日々の活力です。そして、地道に返信してまいります)
梅雨祭りのラストの琴美の七夕の願いから繋げたかったので、連載が頓挫してしまい、お待ちの方は申し訳ありませんでした。
とくに深く考えてなかったけど、ハルの誕生日を3月に設定していたので、七夕受胎なら、辻褄あってる!と密かにガッツポーズ(^w^)ーーーなのでした♪

8月はちょっと忙しくて更新ペースはかなり落ちると思いますが、連載中心に戻して、納涼祭りも2本くらいネタあるので書きたいなーと頭の中では計画してます。(いつも計画倒れ……)気長にお待ちくださいませ。





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§ 感動(^^)

真夏のガーディアン、、、感動しました。
(中)の母・娘の線香花火を写真におさめてる場面。 (後)の怒鳴ってゴメンの場面は、ちょっと涙が誘われました。
これからも楽しみにしてます。

§

お母さんとおじいちゃんがハルを守ってくれたんですね…
読んでいて涙がでちゃいました(T ^ T)

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§ NoTitle

入江君も、そゆうとこ、が、成長してないのよ?考えもしないで、琴子ちゃんを、頭ごなしでしかるなんて、水の事故て、多いんですから?小さい子を、連れていくときは、大人が、一人に任さず、何人も、ついていく方がいいに決まってるはず。

§ Re.マロン様

コメントありがとうございます♪

そうなんです。そういう理由でした笑
いや、この三夜だけ阻止してもねぇ、と思いつつ、自分のテリトリーで障りがあってたまるものかと菊ちゃん頑張ってたのかもf(^^;
そうそう、意地悪じーさんが何もしなかったのはそういう訳でした。

そうなんですよーもろばれですが。いや、本当はアケビ採りの裏山で事件を起こそうか悩んだのだけれど、夏らしく川の描写もしたかったという……(それだけの理由笑)

もう、ガーディアンと来たらえっちゃんは外せません。最強です!(爆)
そうそう、じーさんは菊ちゃんに憑依されちゃいましたね(^w^)以外と霊体質なのかしら……f(^^;

琴美の七夕の願いは一部は叶えられたものの、『いもうと』は遥か未来まで待たねばなりませんが……これから少し先の未来の困難にも、最高の守護霊たちがしっかり守ってくれそうですね。

お気遣いありがとうございます♪
今週はリコメ強化週間で、更新できそうにありませんが、こっそりお絵描きもしつつイタキス三昧で過ごしてますよー♪

§ Re.ちょこましゅまろ様

コメントありがとうございます♪

あ、展開わかりませんでしたか? よかったー。夏バテチックな琴子ちゃんの様子に妊娠バレるかなーと心配してました。前中編で生理が2週間前にあったこと書くの忘れてたんで(へへっ)
そうそう。そういうことだったのです。驚いてくれてよかった~~(^w^)

ふふ、琴子ちゃん可愛いですよねー。これでまた暫くお預けと思うと、入江くん哀れですね………

田舎の夏の雰囲気に懐かしさを感じていただいて嬉しいです。
もう、今すんでいるところのそのままの描写です。親戚も軒並み田舎です笑 どんだけ田舎だよ笑 毎日田んぼの中を突っ切って通勤してるので、たまにトラクターが前を走ってますよー
河での遊びは幼い頃の記憶ですね。

『夏』の雰囲気を感じていただけてよかったです♪

§ Re.りょうママ様

コメントありがとうございます♪

そうなんです。お邪魔虫にはお邪魔虫の理由があったわけです。
もう最強のガーディアンですね♪

夢枕で脅され続けたじーさん。10年前の意地悪の報復のような気分で書いてましたよ。だって理不尽に琴子ちゃんイビってたもん<(`^´)>

§ Re.mamynon様

コメントありがとうございます♪

ふふ、確かにそうですよね。実母が守護霊なのは納得ですが、直樹の御先祖様まで味方につけて、そんな琴子が一番スゴいかも笑 確かに持ってますね(^w^)
そして、琴美の願いも叶えちゃう入江くんも最強です(今回は妊娠気がつかなかったけどね!)
確かにこの夏休みの記憶は4歳の琴美にも鮮烈に覚えていることでしょう。

はい、妄想はあれこれ湧いてきますが、時間がなくてなかなかアップ出来ずにすみません。楽しみに待ってていただいて嬉しいです(^w^)ガンバリマス♪

§ Re.Char様

コメントありがとうございます♪

拙いお話に感動していただいて、嬉しいです。
入江くんを怒鳴らせるのはちょっと迷いましたが、原作のツンデレの妙を敢えて思いだし(笑)ツンの後のデレはまた格別、という法則なのですよね。私も妄想しながらうるっとしてましたので、嬉しいです(^_^)

§ Re.さち子ママ様

コメントありがとうございます♪

そうなんです。琴子のそばには常に悦子ママがいるような気がしてます。菊之助じーちゃんは、九州限定。ここにくれば必ず守ってくれる。二人は本当に最強の守護霊様ですよね。
そんな風に感情移入していただけて嬉しいです(^_^)

§ Re.紀子ママ様

コメントありがとうございます♪

そうですよね。さすがに結婚10年もたってるので、デレ全開の良き旦那さま、良きパパであって欲しいという願望のまま、突っ走りました(^w^)
まあ、仕込んだこと忘れる、というより琴子の不順な生理に騙されたといってもいかしら。作る気満々な時期なので、きっと生理きちゃった、という言葉に内心がっくりしてたんでしょうね。それに惑わされて琴子の2度目の妊娠に気がつかなかったことは彼にとって最大の失態と思っていることでしょう!(笑)
「失望したよ」というセリフを入れるのはちょっと悩みましたが、かつての冷たさの片鱗は少しは残っているかもと。いやー原作のようにとことん冷たくできないので、まだまだ甘い私ですf(^^;
ええ、きちんと謝らせないとね!そのへんはさすがに大人になりました(笑)

そう、このお話はアニメの最終回のおまけの九州エピの続きのつもりで妄想始めたので、デジャブは正解です♪

ほんとに佐賀のじーさん……面倒くさい頑固じじぃですね~~菊之助じーちゃんも子孫だから見捨てられず、フォローが大変ですf(^^;

琴美ちゃん、いい子ですよね。なんてったって琴子の娘ですもの♪

§ Re.shiroko様

コメントありがとうございます♪

そうですよねー。あの世の方とこの世の方と琴子の周りは最強の布陣。もう、どんな乱世でも生きて行けそう笑 紀子ママと悦子ママはいいタッグ組めそう♪
本当に、琴子は幸せ者ですね。でもそれは彼女のパワフルで前向きで素直で一途な資質のお陰ですよね。
そして、琴子の幸せは世界に伝染するので人類みな幸せ。
「本当に凄い女を嫁にもらっちまったんだなー」と、内心直樹さんも思ってるにちがいない! ザマーミロ(笑)

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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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