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個別記事の管理2016-03-13 (Sun)



長くなりましたので、2話に分けて更新します。





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8月11日(月)


ボランティア初日は何の問題もなく始まった。
琴子が担当する筈の病児保育ルームはその朝は受入児は0。
お盆休みの企業も多いせいか、院内託児所の児童数も少ない。

「預けてはるの、ここの看護婦さんたちやけど、この時期は旦那さんとかに見てもらえる人も多いよって」

病児保育専門の保育士の枝元くるみは、託児ルームを手伝いながら琴子に説明する。

「病児も、朝は大丈夫でも昼くらいに熱が出て、保育園からお迎えコールきて、うちに連れてくるっちゅうパターン多いんや。だから気は抜けんで。今はヘルパンギーナ流行ってるし。知ってる? ヘルパンギーナ」

「 子どもの夏風邪の代表格だよね」

一応、琴子もナースの卵である。

「そうそう。メロンパンナみたいな名前やけどウィルスや。バイキンマンは細菌だからちょっと違うわなー」

「………………だいぶ違うと思うけど」

これは関西風のボケなんだろうか?

でも子供相手にアンパンマンは必須アイテムなのは、琴子も小児科実習にいって知っている。
ここの壁も沢山手描きのキャラクターが貼ってあって賑やかだ。

一見ギャルっぽいし、やる気のなさそうな感じだったが、子供とはかなりはっちゃけて遊んでいる。叱る時はきちんと叱るし、意外にしっかりしてる。
短大出て、保育園に2年勤めて、今年からここに来たといっていた。琴子より年下だが、社会人としては先輩なので一応「さん」付けで呼んでいたら「『くるみちゃん』でえーで」、と云われた。

因みに、自称直樹の愛人希望だと琴子に宣言した彼女だが、顔合わせの日にお茶に誘われ、病院のカフェで少し話した時に、

「ほんとはあんた、入江先生の嫁なんやろ?」

と、あっさり云われた。

目を丸くして驚く琴子に、

「実は、先週入江先生、小児科にカルテ持ってくるついでにこの部屋来はって、主任に挨拶してたんよ。『来週、妻がこちらでボランティアに来ますので、ご迷惑かけるかもしれませんがよろしくお願いします』って。で、どんなん来るのやろって手ぐすね引いて待ってたら、こんなんやろ? で、ちょっとからかってみたんや」

「……入江くんが?」

『こんなん』に引っ掛かりはしたものの、直樹がわざわざそんなことを云ってくれたということにちょっと感動している琴子である。

「……これなら勝てるやんと思うたしね~~本妻への道も夢やないかも」

「………………」

毎度お馴染みいつものパターンである。

「だ、ダメよ! 入江くんは私みたいな、『こんなん』がタイプなんだから!」

「意外とゲテモノ趣味なんやねー。ま、ええわー。どうせ、あんたは夏休みすんだら東京戻るんやろ? そしたらもうこっちのもんや」

本気なのか、からかってるのか。
でも、結局結婚していようがいまいが、神戸にいる直樹狙いの女子たちの総意のような気がして、琴子は少しばかりくらくらしてしまう。

………めげない。めげるもんですかっ!
それでも必死で自分を鼓舞するのだ。



とりあえず特にトラブルもなく昼になった。
くるみと交代で食事ということで、琴子は少し躊躇しつつも救命の医局に向かう。

………入江くん、いるかなぁ

かをる子の助言通り、直樹と自分の分しか持ってきていない。
2日間研究し尽くした、究極の塩結びだ。味見もきちんとした。炭水化物の摂りすぎで、少し体重が増えた気がする。

ああ、なんてこと。
愛する旦那様に会えずに哀しみに痩せ細っていく可哀想な妻には見えないわ………

でも、とにかく。直樹に会いたい。早く会いたい。何がなんでも会いたい!
邪険にされようが罵倒されようが構うものか!

琴子は救命の医局の扉の前で深呼吸をしながらノックをしようと手を挙げたーー。

「あれ? 入江センセのお嫁ちゃんじゃない?」

後ろから声がし、振り返ると。

「えーと………あ、鬼瓦先生!」

「………鬼頭です。字面だけで記憶してるの?」

くっくっくと肩を震わせて笑っているのは、救命の紅一点、鬼頭姫子だった。

「す、すみません……綺麗なのにオニなんだーって覚えてて」

「じゃあ、姫って呼んでよ」

姫というより王子の風貌にハスキーボイスだから、何から何まで名前とのギャップの激しい人だわ、と琴子は内心感心する。

「入江先生なら帰ったよ」

「ええっ?」

姫子の言葉に、琴子は一瞬フリーズしてしまう。

「今日は本当は休みだったんだけどね。昨日から急変多くて帰りそびれて。朝もこのまま仮眠室で寝ていくとか云ってたんだけど、各務先生に仮眠室が空かないから休みのやつは帰れ、って追い返されてた………ああ。あなたがお昼に来るかもしれないから帰りたがらなかったのかな」

姫子の言葉がショックのあまりちゃんと耳に入ってこない。琴子はぼーっと踵を返し、医局に背を向けた。

「……ねぇ、もしかして今日も過激なランチを持ってきたの?」

琴子はボンヤリ鞄を開けて、アルミホイルに包んだ塩結びを差し出す。

「……今日はただのおにぎりです」

「へぇ。だったら大丈夫か。中味は?」

「ただの塩結びです」

「おおっシンプルだけど難易度高いの持ってきたわねー大丈夫?」

といいつつ、姫子は平然とそれを1つ取って、ぱくりと口にした。先日の異臭騒ぎのテロランチを作った本人の物だと知っている筈なのに何故か躊躇いが全くない。

「あ、美味しいよ」

姫子の一言に「え? 本当ですか?」と、ぱっと輝く。

「うん、塩加減いい感じ。惜しむらくはもうちょっと握り加減がね。ぽろぽろとこぼれ落ちそう」

「うーん、難しいですよね」

「はは、私からしてみりゃ、料理するだけましだわ。うちなんか、炊飯器も鍋も包丁もないから」

「ええっ料理全くしないんですか?」

「しない。才能ないから」

「あ、あたしも才能は………」

「うん、ないだろうねー。でも、努力家だね。これだけちゃんと作れれば上等だよ。早く帰って入江先生に食べさせてあげなよ」

その一言に、琴子は困ったように眉を下げた。

「あたし、今日は院内でボランティアがあって、3時までは帰れないんです。その後も卒論のアンケート取ったりしないといけなくて、多分もっと遅くなるかと……どうして、こうなんでしょうね?」

「へ?」

「………あたし、こっちに来て一週間ですよ? なのに入江くんとは一晩しか一緒に過ごしてないんです。おかしいでしょ? おかしいですよね? なんで、そんなに帰ってこれないんですか?」

これは医療界の悪しき慣習なのだよ……今の研修医制度の問題点はそれはもうあげつらえばキリがないのだからーー文句は厚生省に云ってくれーー
※ちなみに厚生労働省にかわるのは2001年だそうで
ーーそう、姫子が応えようとした時、琴子は一人で「絶対何かに呪われてると思いませんか? 神様の悪意を感じませんか?」などと憤っている。

「……面白いね、あなた」

琴子のおにぎりを1つペロリと食べきると、くっくっくと笑いながら琴子に丸めたアルミホイルを返す。

「大丈夫。神様のご加護はみんな平等。プラマイ0できっといいことあるよ。努力は必ず報われる。がんばれ」

ぱんぱんと琴子の肩を叩き、そしてはたはたと手を振って医局に戻って行った。

……………とりあえず美味しかったんだ。
よかった……

琴子はとぼとぼと病児保育ルームに戻り、スタッフルームで一人で残りのお握りを食べた。

ーーああ、早く帰りたい。

そうは思うがボランティアの仕事は始まったばかりでサボる訳にはいかないのだ。
卒論の為のアンケートも、朝、送りの保護者に時間がないのはわかりきっているので、お迎えの時にしようと思っていた。出来ればナースママたちの本音をあれこれ引き出したいから、毎日会って仲良くなりたいと思っている。

ーーそう。まずはやるべきことをやらなくちゃ。


琴子は一人気合いを入れて職場に戻って行った。

1日目は(珍しく)何事もなく過ぎていった。帰り際に保護者にアンケートを取ったけれど、皆、神戸医大卒のナースたちで卒論経験ありの為か概ね快く答えてくれた。

全てが終わって病院を出て帰路に着いたのが午後5時過ぎ。病院の玄関を出た途端に救急車が何台も入ってきたのを横目に見つつ、少しばかり嫌な予感が頭を過る。

ーーああ、どうか入江くんが家に居ますように!

祈るようにほぼ駆け足で家に戻った琴子だが、嫌な予感は的中し、マンションの部屋には直樹はもう居なかった。

ーー神様はやっぱり意地悪だ。

意気消沈した琴子だが、ダイニングテーブルの上に一枚の置き手紙を見つけて少し上向きになる。


『冷蔵庫のお結び、温めて食べた。まあまあ食べれる。すぐ崩れるが。一応及第点やるよ。
だが、こんなことに執念燃やすより問題集やれよ』

食べてくれてた~~!!ということにちょっとテンションが上がり、報われた感が半端ない。

それに、こーゆー置き手紙でのやり取りって共働き夫婦の交流アイテムみたいで、何かいいかも、とちょっと萌えてしまう。
ホワイトボードでも買っておこうかなと思ったが、やっぱり手紙の方が残るよね、と心の中で却下した。
因みに前回の二行だけの素っ気ない置き手紙もちゃんと取ってある。

だって……だって、入江くん直筆の手紙がどれだけ貴重でレアなものなのか~~~!!

ということに後で気付いて、しっかりクリアファイルに挟んで大事にしまった琴子である。

思えば初めてドキドキしながらラブレターを渡した時、返事は手紙で返ってくるのかしら、なんて今となっては有り得ない妄想をしていたものだ。

そして東京の自宅に戻ったらその置き手紙たちは琴子の内緒の宝箱に納められるのだ。
因みに中身は、直樹の幼い女装写真に紀子秘蔵の隠し撮り写真、初デート(?)の直樹の買ってきたハンバーガーの包み紙、ハワイへの航空券の半券に看護科合格祝デートの映画の半券……などなど。ほぼガラクタである。
無論実は直樹もお守りやラブレターなど、秘かに琴子に纏わるあれこれを隠し持っているなど知るよしもない。


その夜は直樹のペン習字の見本のような綺麗な文字を眺めながら、少しばかりほっこりして眠りについた。
もしかして、夜中に帰ってこないかな~~などど淡い期待を抱きながら。






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すぐに(9)をアップしますね♪











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