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ソフレな関係 (前)

2016.02.20(21:06) 210



また変な話を思いつきで書いてしまいました……f(^^;
バレンタインの前に書き始めていたのに、ちょっくら流行りにのってインフルなんぞでダウンしてまして、更新遅くなっちゃいました。(あ、もう大丈夫ですので!)



『ソフレ』(←知ってます?)という最近の言葉を使っているので現代の設定。なんとなく日キスドラマと原作を混ぜ合わせた感じです。
でも……原作とは少し違う設定です。








※※※※※※※※※※※※※※※







「おまえまた来たのかよ。こんな時間に………」

部屋の扉の前で所在無げにぼーっと立っていた琴子を見つけると、直樹は軽くため息をついた。

遅番のシフトのバイト帰り。もう0時を回っていた。

直樹の姿を見て、ぱっと顔を輝かせた琴子は、てへっと舌を出して、はにかんだように笑う。

「だって、終電乗り遅れちゃって」

「こんな時間まで何やってんだよ? 」

眉間に皺を寄せて直樹が呆れたように問う。
この辺りは街灯も多いしコンビニも近い。それほど危険な場所ではないが、いくら琴子とはいえ年若い娘がうろうろするべきではない時間だ。

「理美と一緒にじんこの知り合いのライブイベントに付き合って、それからファミレスでしゃべってたら、ついうっかり」

「石川んちへ泊まればいいだろうが?」

「まだ電車大丈夫と思って、家へ帰るつもりで、二人と別れちゃったの。ほら二人はバスの方が近かったし。でもなんやかんやあって終電逃しちゃって」

「なんやかんや?」

「酔っぱらいに絡まれたり、変な客引きに連れてかれそうになったり」

「おまえ一体どんな界隈歩いてんだ! 」

眉間の皺がさらに深くなり、直樹が苛立ったように怒鳴り付ける。

「あまり使わない駅だったから、つい迷っちゃって」

「おまえは夜の街の危険認識が甘すぎる!」

もう初夏の季節であった。
夜は薄いカーディガンなど羽織っているものの、肌の露出は多くなっている。
ましてや琴子はホットパンツやミニスカートなど、平然とそのほっそりとしたしなやかな足を見せつけて歩いているのだ。

「一応、家に電話しておばさんにお迎え頼んだの。でも、駅名云ったら、入江くんちに近いって」

「『お兄ちゃんとこ泊まってらっしゃい』ってことか」

聞いてみれば確かに一駅分の距離だが。
夜、女独りで歩かせようという方が危ないだろうと、非常識な母に心の内で毒づく。

「うん、そうなの。電話して入江くんに迎えに来てもらって、って云われたけど……まだバイト中だろうなーって…… ごめんね、いつもいつも。タクシーで帰ろうかなーとも思ったけど」

「どーせ財布にたいして金が入ってなかってんだろ?」

「ピンポーン!」

あ、タクシーは捕まえたのよ、ここまでの道順訊くために、と自慢げに笑う琴子にどっと脱力し、直樹は鍵を取り出して扉を開ける。
メゾン・ド・ジョイコブ302号室。
直樹一人だけの城だ。
初めて得ることが出来た、他人には決して侵されることのない自分だけの王国。
少なくとも琴子との同居が始まり、弟と部屋を共有するようになってからはプライバシーといえるものは殆どなかった。
別に裕樹との相部屋が苦痛な訳ではなかったが、それでもやはり一人でゆっくりと思考に耽る時間と場所が欲しかった。
親の脛をかじりながら、親の仕事を継ぐのがイヤだとごねるのも愚かしいことだと分かっていたからーーある程度自立した環境で将来についてじっくりと考えたかった。
その為に得た部屋だ。
誰にも、親にすら立ち入らせない不可侵の聖域。

ーー4か月前、バレンタインディの大雪の夜に琴子を泊める前までは。

まさか、たった一ヶ月しか完全なる孤高の日々を保てなかったとは。

直樹のバイト先で胃痛で倒れ、誰も招いたことのない部屋に初めて琴子を連れてきた。
紀子の思惑もあって、結局そのまま泊める羽目になった。

そして同じベッドに眠ることになりーー
琴子に蹴りあげられたり乗っかられたりしながらも、時折掛かる甘い吐息に妙な感覚を呼び起こされる戸惑いに耐えて、まんじりとしない夜を過ごしたのだ。眠れたのは朝方になってようやくだった。

母の思い通りになってやるものかという意地が、ともすれば揺るぎそうになる理性を叱咤したのだ。

そして夜が明け、何事もなくいつもの日常は過ぎていく筈だった。

母がいつも通りSNSに二人が一夜を過ごしたことを自作の予想絵図とともに大袈裟にアップした。それは想定内の出来事だったのだが。
もっとも、母のそうした行為は、琴子との同居が始まって、勉強を教えながらうたた寝してしまったショットをSNSにアップされて以来、ほぼ日常的にあることなので、周りもあまり本気にしていない。
顔だけは世間に晒すなときつく言いおいてあるので(一度ネットに写真を載せた為に芸能事務所や出版社からの問い合わせがあまりにもひどかった)ハートマークで顔は隠すようにはしているが、分かる人には分かるという感じだ。

二人の間に何かあるのか、いやそりゃ一緒に暮らしてりゃなんかあるのが普通だろう、いや、今までの写真はあの変わり者のおふくろさんの妄想劇場らしいぜ、あの写真、全部CG加工だろ? などと好奇な噂は絶えないが、真実は誰も知らない。

その時も、母のラクガキ付きの呟きだけで、特に証拠写真があるわけでもないから、一瞬ネットや大学のキャンパスはざわめいたがすぐに沈静化した。

それで終わる筈だった。

いや、イヤな予感はしたのだ。
琴子に部屋の場所を知られてしまった。
夜、しかも雪の日で、方向音痴の琴子が道を覚えていられる筈などないだろうと高を括っていたのだがーー
こと直樹に関しては驚異的動物的直感能力を発揮するのが琴子なのだ。

2度目に琴子が直樹の部屋を訪れたのは、また寒い夜だった。バレンタインから2週間後。
後期試験が終わり、皆で打ち上げに飲み会をした帰り、電車が事故で止まってしまった。タクシーも代替バスも長蛇の列で、紀子に電話をしたら『ワイン飲んじゃったから、お兄ちゃんのところに泊まってね』と云われたのだという。

「ご、ごめんね~~」
といいつつ、直樹の部屋を突然訪ねてきた琴子。
結局、再び泊める羽目になった。
そしてまだ肌寒い季節だったのでやはり同じベッドで眠った。

ーー2度目の夜も、当然何もなかったのだが。
母から電話で「琴子ちゃんをよろしくね。そして、頑張ってね」と妙なエールを送られては、どうこうする気も殺がれるというものだ。

けれどここで、きっちり断らなかったことが仇をなしたのか、あるいはすっかり味をしめたのか、それから度々琴子は部屋を訪れるようになった。
うっとおしい程の頻度ではないが、月に1、2回は襲来しているのではないだろうか。

いわく、「おばさんにおかず作り過ぎちゃったから持っていってって頼まれたの……」

いわく、「そろそろ衣替えした方がいいんじゃない?って着替えを渡されて……」

いわく、「英語のレポート、教えてほしくって」

ーーと、段々図々しさが増してくるのは否めない。

追い払えばいいものの、別に部屋にいても害はないし、少し禁断症状が出ていた琴子の珈琲が飲めるのなら、ま、いいか、となし崩しに部屋に来ることを容認してしまっていた。

そして。いつの間にか部屋の中には琴子の物が、じわじわと増えてきている。

洗面所には100均で揃えた歯ブラシとプラスチックコップ。
コンビニで買ったトラベル基礎化粧品セット。
キッチンには、いったいいつ持ってきたのか、ペアのマグカップまで置いてある。
クローゼットの端に紙袋に入れられた着替えまでもが常備されている。
完全に半同棲の様相だった。


「お先に~~」
勝手知ったる顔で、シャワーを浴びて、直樹のドライヤーを借りて髪を乾かす。

「 髪の毛落とすなよ」

「わかってるよー」

直樹はデスクに座りノートパソコンを開いて何やらキーボードを叩いていた。
琴子はうっとりしながら、ピアノを弾くような流麗なブラインドタッチで操作するその長い指を見つめる。


「これから、遅くなったら電話しろ。なんかあったらおふくろに殺される。おじさんに申し訳がたたない」

「ええーっ電話したら入江くん、迎えに来てくれるの?」

「おまえは無防備過ぎ。一応女なんだから」

「へへっ女と認めてくれてるんだー」

「あくまで『一応』だ!」

少し嬉しそうに琴子はスマホを取り出す。

「じゃ、じゃあ入江くんの携帯の番号教えてくれるってことだよね。あ、ラインとかする?」

「しねーよ」

そういいながら直樹も自分の携帯を取り出す。今どき珍しいガラケーである。
けれど、それまで断固として携帯を持とうとしなかった直樹が、持つ気になったことが奇跡に等しいことなのである。

しかも番号教えてくれるなんて~~

一緒に寝泊まりしている関係なのに、たかだか番号ゲットに瞳をぱっと輝かせる。

「ガラケーでもラインできるみたいよ。家族みんなでグループ作ってるよー。裕樹くんも入ってるよー。やろーよ」

「なくても生きていける」

「 でもさ。おばさんから入江くんが携帯契約したらしいって聞いた時は冗談かと思ったわー。どんなにみんなが説得しても持ってくれなかったものね。あ、もしかして、登録、あたしが女子1号?」

「松本には聞かれたけどな」

「ちぇー」

でもまだ教えていないけれど。
それは云わない。
ショップにいったのは四日前。まだ二十歳まで数ヵ月あるから親の同意書がなければ携帯の新規契約は出来ない。だから重樹に頼んだのだ。購入してすぐに登録したのは実家の番号と家族の番号ーーそして、記憶していた琴子の番号。

「でも、どうして突然持つ気になったの? 不自由ないから絶対要らないって云ってたじゃない」

子供の頃は誘拐防止の為に持たせていたけれど、中学くらいから持ってくれなくなっちゃって。
家に置いて行くから携帯の意味がないのよ。
紀子もそう嘆いていた。

24時間束縛されているかのようだ、とよく云っていたと。

「バイトのシフトがメールで来るからな。PCメールで確認してたが返事がすぐ出来なくて思うようにシフトに入れない」

「そうなんだ。まあ、今や休講の案内もメールだし、就活とかになるともっと必要らしいもんね」

妙に納得している琴子だが、実際は嘘である。バイトのシフトはPCメールでやり取りしているものの、たいてい店で決めているし、店長に直接云えばかなり融通がきいてもらえた。

PCかタブレットさえ持っていればメールでのレポート提出も問題なかったし、休講の連絡も、ゼミの緊急連絡も自分だけラインのグループに入っていなかったものの、誰かが必ずPCのメールに送ってくれていたので特に不自由はなかった。
高校時代も連絡網はメールだったが、渡辺が必ず家に電話をくれていた。

学生の一人暮らしで今どき珍しく固定電話を契約しているが、それすらも滅多に鳴ることはないのだ。必要は全くないと思っていた。

だがそれはそれまで現実に緊急事態が起きたことがなかったからだ。
ーー先日、裕樹が腸閉塞で入院した。
家族全員九州に出掛けていて、たった一人で琴子が、突然自宅で腹痛に苦しむ裕樹の対応をした。
不安そうに電話をかけてきた琴子の、悲壮な震える声がいまだに耳に残っている。
たまたまバイト中で店にいたからよかったものの、出先だったら、と思うとゾッとした。

病院に駆けつけた時、必死で不安と戦っていた緊張が解けて、自分にしがみついて泣いていた琴子をいつのまにか抱き締めていた。
それはただ単に弟を救ってくれた感謝の想いだけかもしれないけれどーー。

結局はあの夜も、一人で誰もいない家に帰すのが忍びなくて琴子を部屋に泊めてしまった。
そして、なかなか寝付けないようだった琴子についうっかり、腕枕まで貸してしまった。

いやーー実際危なかったのだ。あの夜は。
魔が差すーーという瞬間を確かに感じ、だがなんとか理性を総動員して、妙に熱く滾るものが冷めてくるまで何とか乗り越えた。
それまで何とか拮抗を保っていたものが少し沸点を越えたら簡単に溢れ出してしまいそうな危険な予感は常に感じてはいる。

しかし、なんで琴子なんかにでも欲情できるのかーー。
男の身体のなんと面倒くさいものだと、何度か琴子を泊めてみて思い知ったが、これもひとつの試練なのだろうと、この状況を妙に達観して見ている自分もいるのだ。




レポートの作成を終えてから、シャワーを浴び、部屋に戻る。
琴子はさっさと先にベッドに入り、左端に寄って雑誌を見ながら寝転んでいた。
既に床に寝転んでも寒くはない季節であるが、当たり前のように直樹のスペースを空けて、ベッドの中にいる。
琴子がこの部屋に訪れ始めた頃は寒かったので、布団を温めてくれているのは正直ありがたかったが、段々暑くなったらどうなのだろう? とふと思う。
暑いから床で寝ろ、と云ったらしぶしぶ出ていくだろうが。

でも、夫婦は普通、暑かろうが寒かろうが一緒に寝てるんだろうな。いや、例外はあるだろうが。

きっと、自分は例外だと思っていた。
誰かと同じベッドで眠るなんて、以前は考えてもみなかった。
例え誰かと結婚し、夫婦の寝室を持ち、そういう行為をした後でも、じゃあ、おやすみとそれぞれのシングルベッドに戻る方がいいと思っていた。

ーー特にこんな寝相の悪い女が一緒にならーー


なのに、狭っ苦しいシングルベッドに、そういう行為もなしに二人張りついて同衾しているこの事態は一体何なんだろうーーと唐突に自分のことが理解不能に思ったりもする。

「ねぇ、入江くん」

琴子が雑誌を枕元に置いて、直樹の方を見た。

「ソフレって知ってる?」

「ソフレ? セフレなら聞いたことあるけどな」

「うん、まあセフレに引っ掻けただけの最近の造語みたいだけど。ふふ、入江くんでも知らないことあるんだね」

「ネットで多用される独特の言葉はさすがに知らないな。新聞なんかに乗れば記憶するが」

一人暮らしだが新聞は2部取っている。ネットニュースは殆ど見ない。インターネットはメールでのやり取りや、論文などの検索や本の購入などに便利だが、信用出来ない部分も多く、利用はするが決して依存はしない。
流行り廃りのネット用語や若者用語も、耳にすれば記憶するが、テレビやネット動画を殆ど見ない生活をしているので、全ての情報を取得している訳ではない。

「理美とじんこがね、あたしたちの関係、ソフレなの?って」

「だから、ソフレって何?」

「『添い寝フレンド』ってことみたい。全く男女の関係にはならずに、一晩ただ一緒に寝るだけの異性同士の友達関係。最近、すごく増えてるんだって。そういう関係」

「おまっ……石川たちにここに泊まってること話してるのかよ」

「うん。て、いうかみんな知ってるじゃん。おばさん、あたしが此処に泊まる度に、あら琴子ちゃん、今日もお兄ちゃんとこにお泊まりかしらって呟いてるもの」

この間なんて「いつ赤ちゃん出来てもオッケーよー」なんて、呟きとともに、直樹と琴子の顔を合成して赤ちゃんの写真を作ってアップしていた。勿論女の子である。当然直樹にはそんなこと言えないが。

「ちゃんとおばさんにもお父さんにも何にもないから!って説明してるのよ?毎回! 入江くんはそれはもう、紳士だから!って」

「………………」

「あーわかってる、わかってる。あたしに興味ないだけだよね、えへへ」

自虐的に笑う琴子に少し眉を潜める。

時折「おまえ、マジで相原と付き合ってんの?」と訊かれ、「まさか」と笑って否定している。
一体どれだけの人間が母の戯れ言を信じているのか分からないがーー。

「で、あたしたちってソフレなの?」

琴子が真面目に訊ねてくる。

思わず直樹は布団に入るのをやめて、PCを開き、その『ソフレ』とやらを検索する。

調べながらも琴子にはっきりと告げる。

「 まず『フレンド』ってくくりがおれたちに当てはまるのか?」

「えー……そ、そう?」

「おれたちって、友だちか?」

「えーと……」

そういわれると確かに悩む。
直樹の位置は、理美やじんこ、金之助とは明らかに違う。

「……ただの同級生?」

恐る恐る訊ねる琴子に密かに吹き出す。

少なくとも、かつてのA組の女たちとは遥かに近い位置にいる。かといって松本裕子とも違う場所だ。
松本とこうやってひとつベッドで添い寝をすることなど想像もつかない。
趣味嗜好からいっても恋人にするならベストな相性のような気もするが、彼女とキスやセックスをすることなど考える余地もない。

けれど、琴子とはーー

「あ、ただの同居人かーー今は違うから、元同居人?」

そうかーそういえば、友だちじゃないよねぇ、あたしたち。
………だって、カテゴリーの中では『苦手』な種類の女だもんね、あたしって。

と、妙に一人で納得している。

苦手だけど嫌いじゃないーー去年の夏の思いもかけず二人でデートした時に云われたセリフは宝物のように胸に刻んである。
ザマーミロなキスより嬉しかったから。
そう言ってもらえて良いように解釈したものの、結局自分は直樹にとってどういう存在か不明なままである。

ーー同じ家にいてもイヤじゃないよ。

あの時と同じ感覚でこうして傍にいることを容認して貰えるだけかもしれないけれど。

「えーと、じゃあなんだ?『添い寝ルームメイト』?」

一人でぶつぶつと言いながら自分たちの関係性に最も相応しい単語を探しているようだ。



『ソフレ』ーー恋愛関係のない男女が一緒に添い寝をすること。

なるほど、最近の若者はそういう関係が実際に多いらしい。

検索をかけると多数の記事にヒットした。

ーー現代の若者の新しい恋愛観
ーー友達以上恋人未満の関係

『隣に異性が寝ててなんにもしないなんて、あり得ない!』

30代以上には全く理解不能だというコメントが多いが、20代の若者はそういう関係を積極的に求めてるものが多いのだという。『ソフレ募集』などとSNSに書き込む者もいるらしい。
セックスはしたくないけれど、独り寝の寂しさは埋めたいーーと。


実際に恋愛に消極的な草食系男子が多いのも事実だろうし、恋愛関係自体を面倒に思う若者が多いのもまた事実なのだろう。

恋愛が面倒。

まあ、確かに。そこは否定はしないが。

とはいえ、そこに書かれていることが自分たちに当てはまるとは全く思えない。

昔なら硬派といってたものが、今は草食という妙に柔らかい言葉の方が一般的になっている。
たが、やはり硬派と草食系とは意味合いは全然違う。

「………入江くんって絶食系……?」

ぼそっと琴子が呟く。

「は?」

また新たな単語が出てきた。

「今はね、恋愛に積極的になれない草食系男子よりも、さらにパワーアップして、全く恋愛に興味の欠片もなく、性欲もない男の子のことを絶食系男子って言うんだって」

「おまえに欲情しないから絶食男子ってか?」

少しむっとしたような直樹に、琴子が慌てて答える。

「えーと、まあ……だって、理美やじんこがね、男なんて、顔や性格なんてどーでもよくって、そこに……があればヤりたがるものなんだって。据え膳食わないのは不能かホモか絶食男子だって」

「おまえの友だちは……全く……」

「でも、実際はその絶食系男子が多くなって、恋愛面倒、結婚面倒、時間やお金のムダ……みたいに思う人が多いのよね。女の人も恋愛より自分の時間の方が大切……とかさ。あたしには考えられないなー」

「おまえは恋愛のことしか頭にないからな」

「……恋愛というより、入江くんのことしか頭にないだけだよ。ちょっと前に流行った脳内メーカーなら、頭の中は全部『直樹』『直樹』『直樹』で埋め尽くされているわね。入江くんの頭の中はどうかなー。今でもそんなアプリたくさんあるのよ。やってみる? 名前いれるだけで……」

「いい! 名前でそんなのわかるか!」

何年も前にそんな遊びが流行ったのは知っていたが、全くなんの根拠もない法則に基づいて作られたお遊びアプリがまだ存在していたのかと呆れてしまう。

「入江くんは『本』『本』『本』ばっかかなーいや、これで『H』『H』だったら笑………あ……」

「なんだよ」

スマホを見つめ、顔を赤くして止まっている琴子を怪訝そうに眺めてから、さっとスマホを奪う。

「何? これ」

「えーと、入江直樹の脳内?」

「くっだらねぇ遊びすんなっ!」

「いやーん、スマホ捨てないでぇ~~」

琴子がベッドの端に放り投げられたスマホを拾うとそこには、びっしり『H』『H』で埋め尽くされて、端に申し訳程度に『 友』とある脳内の絵図がーー。






「………やっぱ当てにはならないわねーこんなの」

えへへと笑う琴子の頭を軽く小突く。

「2度とこんな下らないことに俺んちの電力使うな」

ちゃっかり自分のスマホの充電器を差し込んでいるコンセントを指差して、直樹が睨みつけた。

「はーい」

まさか妙な気まずさからスマホに八つ当たりをしたとは、琴子はまるで思っていない。
男の頭の中が現実にどんな風になっているのか、恋愛どころか頭の中が一面お花畑な琴子には想像もつかないだろう。

隣に眠る度にその唇に触れそうになり、そのパジャマの下を夢想し、ひとつひとつボタンを外していく様を………
この部屋に来る回数以上に何度も頭の中で、どんな風にされているかを……

「でもさ。ソフレとかキスフレとか、草食だの絶食だの、恋愛に臆病な男の子ってそんなに多いのね。それが晩婚化や少子化にも繋がってるってことなのかなー。やっぱ、男は狼なのよ~♪ っていうのはもう昭和の話なのね」

いや、平成にも狼はいっぱいいるから自重しろ!

「うん、まあ絶食系でもソフレでもなんでもいいのよ。こうして一緒に眠れて入江くんの寝顔みれるの、あたし的には幸せだし。ちょっとした役得? 入江くんが肉食でがっついてるのってあまり想像できないものね」

ふふっと笑いながら琴子は布団の中に潜り込んだ。

「スティックな所がまたいいのよね~~」

「スティック……? …………もしかしてストイックとでもいいたいのか?」

「ああ、そうそう、それよ!」

「………………」

紳士だの。
禁欲主義者(ストイック)だの。
おまえの中のおれのイメージは一体何なんだ!?

泊まりも、2、3度目までは、かなり緊張していたようだった。もしかしたら、一線を越えるかも、という期待と不安が琴子には常にあったように思う。奇妙な緊張感が隣からひしひしと伝わってきた。

けれど4回目を過ぎた頃には、もうすっかり諦めたのかひどくリラックスして隣で眠るようになった。
まるで母の隣で眠るような安心感でもあったのか、一度寝言で「お母さん……」と呟かれて巻き付かれた。
それはそれでどうかと、思わず襲ってやろうかという気が起きなかった訳ではない。

琴子にも最初に云っておいた筈だが、全ては紀子の思うつぼになってたまるか、というその一念に過ぎない。
琴子は嘘が付けない。
関係をもった途端、紀子にはバレるだろう。
そしてその翌日には間違いなく婚姻届だ。
ゾッとする。
自分の意思のないところで全てが進んでしまうことに。

では、もし紀子に知られなかったら、何の躊躇もなく琴子を抱くのだろうかーー?

「………入江くんに、もし彼女が出来たらもう、ここには来ないよ。そういう風にあっさり解消できるのがソフレなんだって。後腐れない関係ってヤツ? でもその後もちゃんと友だち関係は継続出来てさ」

ぽつりと寂しそうに琴子が囁いた。

「おい、おれたちを勝手にその『ソフレ』とやらに定義づけるな!」

直樹はパソコンをシャットダウンしてから閉じて、琴子の方を振り返る。

返事はない。

「………琴子?」

すーーーー

すぐに規則正しい寝息が聞こえた。

「……おまえ」

大きくため息をついてから、直樹の為に開けられたスペースに潜り込む。

「………入江くん……」

ごろりと寝返りを打って、直樹にしなだれかかる。
ドキッとする。
相変わらずの寝付きの良さ。
さっきまでペラペラペラペラ独りで勝手に喋り倒していたクセに、数秒で唐突に落ちる。初めは呆気に取られたが、もう慣れた。
そして、甘い声でのいつもの寝言。
とりあえず「お母さん」より「入江くん」の回数の方が多いのが少しは勝った気に………

待て。
勝つ? 何に? 亡き母親にかよ?

ーーと、つい自分で突っ込んでしまう。

自分を好きだという女が隣で寝ていて全く手を出さないのは、絶食系だから?

冗談じゃない。
ただ完璧なまでの鉄の理性の持ち主なのだと理解しろ!

甘い吐息を首もとに吹き掛けられ、ないと言いつつも男よりは確実に膨らんだ胸を押し付けられ、無意識に腕にしがみつかれーー確実に身体の一部は本人の意思とは無関係に熱くなるのだ。自分は正常な男なのだろうと思う瞬間だ。

紀子から渡された着替えのなかには大量のコンドームが仕込まれていた。そういう行為をいちいち腹立たしく思いだし、ぐっと理性を総動員して琴子にのしかかりたくなる本能を制御しているのだ。誰か誉めてくれ、といいたい。

コンドームなぞ、最初に琴子を泊めたあの大雪の夜、コンビニへ食料を買いに行った時に既に購入してある。1種の御守りのようなものだ。
絶対使ってはならない! 自分にそう言い聞かせる為の。


もう、来るなーーそういえば簡単にこの苦行から逃れられるのかもしれない。
何故だか、そういった瞬間の琴子の悲しそうな顔、そして、きっとあっさり「うん、わかった」といって2度とここに来なくなるだろうことも予想がついてしまう。

なのに言えないのはーー何故だろう?

自分の身を厳しく律することをストイックというのなら、確かにストイックなのだろう。
とにかくこのまま流れに身を任せてなるものかと必死で自制心を保ち日々己の煩悩と闘っているのだから。

そして、今夜も悶々と眠れない夜を過ごすのだ。

もんもんもんもん…………

「いてっ」

琴子に顔面パンチを食らいながらーー









※※※※※※※※※※※※※

野獣封印(笑)



雪のバレンタインの夜に直樹の部屋の所在地を知った琴子ちゃん、原作では一年後のバレンタインにマフラー届けにいくまで一度も訪れてないようですが(よく辿り着いたな~方向音痴で)せっかく部屋の場所を突き止めたのにいつものストーカーパワーで部屋に押し掛けたりはしなかったのね、と不思議に思いまして。(うん、まあ基本入江くんの嫌がることはしないもんね)
もし琴子がしょっちゅう部屋に押し掛けてたらどうだったのかしらという妄想をから始まりました……f(^^;




どうでもいいけど懐かしの脳内メーカー、作中のものは『ののの』で入力したら出たものでした~~(えーと^_^;……)

入江直樹は『金』『金』『金』、真ん中に『迷』……何だよ、それ?と使えなかったのですが、相原琴子は意外と合っていたかも……よかったら試してみてください(^_^;↓

http://seibun.nosv.org/nou/


こんな感じで淡々と後編に続きます。一話で収めるつもりが長くなってしまったので分けましたが………そんなにおおっという展開はないので期待しないで下さいませf(^^;とりあえず書きかけてはいるので……そのうちにアップするかと。





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Snow Blossom


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【2016/02/21 00:31】 | # | [edit]
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【2016/02/21 10:12】 | # | [edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2016/02/21 11:05】 | # | [edit]
ウ~ン?アニメだから、普通の、親たちなら?ありえない話だよね入江君の、お母さんも、琴子ちゃんの、お父さんも、、親たちが、知らないとこでて、有るけど?特に、入江君の、ママが、キッスどころか?早く、子供ができることしてちょうだいの洋だもんね?琴子ちゃんの、お父さんのことなあんて、お構いなし?本当に、びっくりポンな、お母さんですよね?それにしても、無防備な琴子ちゃん、入江君を、またまた、悩ませてるんですね?琴子ちゃん大好き、愛してるを、まだまだ、築かない、入江君、恋愛閉鎖地0かな、入江君。v-27
【2016/02/22 22:30】 | なおちゃん #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

体調は大丈夫ですか~~お互い無理しないようにしましょうね(^_^;)

ソフレね、ほんと、何じゃそれって思いました。思いましたが、雪のバレンタインの二人が添い寝だからとつい変換させてしまう私もかなり強引ですがf(^^;
現実に若者たちがどう思っているのかは全く不明ですが、うちの直樹さんは耐えてます(笑)
琴子は……直樹の気持ちがわかってませんから、とりあえず傍に置いてもらえるならま、いっかーな感じでしょう。現実に一線越えたらどうなるかイメージは出来てないかも。

紀子ママの後押しがあって無事結婚出来たのは間違いないでしょうけど、あんなに余計なお節介焼かなければ、もっと早く直樹さんは自分の気持ち認めてたような気もしますよ……あの雪の夜に素直に押し倒してたな(^w^)

はは、直樹の脳内はもう……えろえろですね、多分。鍵かけなきゃ書けないですよ、きっと……f(^^;

【2016/02/25 23:20】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

ソフレとか、いつのまにか知らない言葉が世間に溢れておりますね。私も聞いた時、うそやん、と思いましたよ。雑魚寝とか、たまたま一晩だけとかなら何もなしに寝ることはあるかもだけど、添い寝専門の友人って何~~?って。
でもまあ、入江くんは全うな男子です。淡白そうだけど、それは琴子以外にだけなんですよね。
添い寝されるの拷問のような悶々とした夜を過ごすのに、追い返せない。なんで追い返せないのかなんで欲情するのかわかっていないIQ200~~ほんと、恋愛偏差値低すぎ、無自覚にも程がありますね(爆)
自分のこの感情が、恋だと気付くにはまだまだ道のりは遠いのです、青すぎて……f(^^;
根底は琴子を大切にしたい想いがあるのにね……ふふ、紀子ママさんにきゅんきゅんしてもらえて良かったです(^w^)

いやー私も本名でやったら、「秘」ばっかり!同じ「ひ」繋がりですね(^w^) 私って秘密だらけなのかしら?

【2016/02/25 23:39】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

そうなのです。折角部屋の場所を知ったのに、翌年のバレンタインまで1度も部屋を訪れていないようで。(一年後には引き払ってスレ違い)それがちょっと不思議で、押し掛けまくってくる話を妄想してみた次第です(^_^;)

学生時代は、雑魚寝とかはよくやりましたけどね……添い寝専門の友達って謎過ぎます……(^_^;
【2016/02/25 23:44】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

ほんと、紀子ママさんは普通の親とは違いますよね~~あのごり押しを重雄さんの前でもやっちゃうし。娘の父は複雑だと……f(^^;
紀子ママの後押しを琴子はとても感謝してるけど、このお節介がなければもっと早く直樹さんは自覚していたような気もします……(^_^;かなり母の行動は感情にストッパーかけてましたね。
そうそう、ほんと、天然琴子に直樹さんは煩悩炸裂です。懊悩エンドレスですね(笑)

【2016/02/25 23:51】 | ののの #- | [edit]
拍手コメントありがとうございます♪

はい、インフルは治りましたが、くしゃみと咳が治らなくって~~うーん、花粉なんだかなんなのか……?イヤな季節です。ご心配おかけしましたf(^^;
入江くんへの同情ありがとうございます。自業自得の我慢強さ……己の煩悩との戦いは続くのです(^w^)
【2016/02/25 23:56】 | ののの #- | [edit]
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