聖夜に奇蹟は舞い降りる。

聖夜に奇蹟は舞い降りる。4

 ←聖夜に奇蹟は舞い降りる。3 →『愛と哀しみの関門海峡 』   (むじかく様より)




更新、だいぶ間が空いてしまいました。
年明けから仕事で新しいことを覚えなくてはならなくて………慣れないPC入力に悪戦苦闘し(ほら、私、パソ子じゃ一本指でしか文字打てないものでっ泣)すぐに忘却してしまう劣化しまくりの脳ミソを駆使しているせいか、家に帰ると頭うにうにで疲れきって直ぐに眠くなってしまうのでした……(._.)スマホに向かっては寝落ちする毎日(/。\)

いえまあ。
沙穂子さんにも悪戦苦闘しましたけどね(笑)
真っ黒お嬢な筈がただの可哀想なヒトになってしまった気がしますが………(^_^;どんなんでもOKという心の広い方のみ続きからどうぞ♪





※※※※※※※※※※※※※※※




「駅までお送りするわ」

そう云われて思わず一歩引いて躊躇してしまった琴子だが、黒服の男たちが外に出て、有無を言わさぬ気配でドアを開けられ、仕方なく車に乗り込んだ。

ブランドのスーツに身を包んだその女性は、昔の記憶よりも随分髪を伸ばしているようだ。ふんわりと綺麗にウェーブのかかった栗色の髪は琴子と同じくらいの長さがある。
甘い香水の薫りが椅子に座った途端、つんと鼻腔をついた。
いい薫りなのだろうけれど、少し苦手だ、と内心思う。長時間乗っていたら、きっと酔ってしまうだろう。

「 あ、あの、ありがとうございます。東京駅までお願いします」

「ええ。でも、その前に少しお話できるかしら?」

「え?」

琴子がきょとんと沙穂子の顔を見つめたあと、視界の片隅に、ベンツのハンドルが東京駅とは反対方向の左に回されているのが見えた。

「ちょ………困ります! あたし、直ぐに秋田に行きたいんです。今すぐ行かないと………!」

母の顔を見てとんぼ返りするつもりなのに、間違いなく間に合わなくなる。

「 大丈夫よ。自家用ヘリで目的地まで送って差し上げるから」

「へぇ!?」

予想外の回答に素頓狂な声をあげてしまう。

「だから、付き合ってちょうだい。ほんのすぐ近くなの」

ふふっとにこやかな笑みを浮かべた顔は優しいけれど有無を言わさない。何となくぞわっと背中に悪寒が走る。

「沙穂子さん、でも……」

「ほら、もう着いたわ。ここで話しましょ」

本当にすぐだった。

「此処って」

近い筈だ。
ロイヤルホテル。
昨夜琴子が泊まったホテルーーエスカレーターでもう一人の琴子とすれ違ったあのホテルだったのだから。

「部屋を取ってあるの。来て」

最早拒否権は全くないようで、沙穂子のボディーガードとおぼしきサングラスに黒服の屈強な男たちが、琴子の両脇に立って歩みを進めるよう促していた。

何だか拉致されてる気分なんだけど……?

助けを求めるように実はすぐ近くを歩いているノンちゃんの方をちらりと見るが、「手は出せないよ」とばかりに両手をあげる。



「こちらへどうぞ」

「ここって………」

案内された部屋は昨夜直樹と泊まった部屋だった。
見覚えのある室内。
大きなベッド。綺麗にメイクされているが、シーツを激しく乱れさせて泳いだ昨夜の情事が思い出され、少し顔が熱くなった。
けれどその時間が何だか遠い昔のようにも思える。
現実だったのか、夢だったのか。
同じ部屋、同じ場所としか思えないけれど、ここではない違う世界なのだというのもひどく非現実的でーー自分の存在すら曖昧で心許ない。

「そうよ。あなた、昨夜、直樹さんとこの部屋を訪れた………でしょ?」

「ええ~~~!?」

仰け反りそうになってしまった。

「な、なんでそんなこと知って………いえ、ちょっと待って? えーと、こっちの琴子は……じゃなくてあたしはここに泊まったの?」

何故その事実を彼女が知っているのか、とか。
もう一人の琴子はやっぱり此処で直樹と一夜を過ごしていたのかーーとか。

いや、でもノンちゃん、琴子、バージンって言ってなかった……!?

いろんな意味で琴子の頭は一瞬のうちに錯乱してしまった。

「何をおっしゃってるの? 琴子さん。自分のこと、覚えてないの?」

不審げに眉を潜めて問いかける沙穂子に、
「 えーと、ごめんなさい、エスカレーターから落ちたショックで少し記憶喪失に……」と、とりあえずなんとか誤魔化す。

「ああ、そういえば、そうだったわね。お身体は大丈夫かしら? ………って、すぐに退院してるのだから大丈夫ってことよね?」

とても心配してるとは思えない春のような微笑みを返しながら、ふんわりと問う。

「ええ、身体の方は、何とか……」

戸惑いを隠せないまま、促されてソファに腰を掛けた。

「無事で良かったわ。私もあなたが突然エスカレーターから倒れ落ちた時にはどうしようかと思ったもの」

「え? 沙穂子さん、あそこにいたんですか?」

「救急車呼んだの、私よ……というか、ここにいる片瀬よ」

黒服の一人が無表情のまま微かに首をこくりと振った。

「ええーっ !そ、それはどうも………あれ……? でも、何で?」

何故、彼女があのホテルにいたのか?
しかも朝、そこそこ早い時間だった筈である。

「だって、あなたが東京に着いてからずっと後を付けてたんですもの」

「ええーっ! ストーカー!?」

「琴子さんにストーカー呼ばわりされたくありませんわ。この資料によると、琴子さんの方がどう見ても筋金入りのストーカーじゃありませんか」

「どの資料?」

沙穂子がバッグから取り出したB4サイズの茶封筒をじっと見つめた。

〇〇調査会社ーー

ちらりと封筒に印刷された文字が読めた。

「調査会社って……つまり探偵屋さん……?」

「結婚前からも、結婚後もあなたの動向は調査させていただいてますの」

「はい……?」

沙穂子の言動に茫然と言葉を失う。

「それはそうでしょう? 自分の見合い相手の家に年頃の女性がずっと同居しているのですもの。だいたいお義母様だって見合いの席でとんでもないこと仰るし。だから、あなたのこと調べさせて、あなたが一方的にストーカーのように追い回していることは知っていたの。
とはいえ、調査書にはなかったけれど、直樹さんの態度から、何となく直樹さんにとってあなたがどういう存在なのか少しわかりかけてはいたわ。そして不安だった。ま、だから色々と手は打ったのだけれど」

「ええっと……?」

彼女の言葉の意味がよくわからない。

「あなたたちご一家が下関に引っ越された後も、向こうの調査会社にあなたの様子を報告するよう依頼してたわ。直樹さんもね。彼の秘書には逐一その日の行動を報告させてましたの。だって、結婚した後に二人が会っていたらイヤでしょう?」

そんなの当たり前よね? といった風に琴子に目で問いかける。

「そ、そんな。入江くんを信用してなかったんですか?」

「信用………? そうね、私の夫に相応しくない振舞いはしないという信頼はありましたけど……でもよくわからないわ」

「??………」

「……私たちは結局、一度もちゃんとした夫婦にはなれなかった」

ぽつりと呟く彼女の言葉に、ノンちゃんが云ってたことは本当だったの?ーーとぼんやり思う。

「 直樹さんの心にあなたがいるとわかっていて結婚を強行したのですもの。直樹さんだって、結局は私を選んだ。ならばいつかはちゃんと心が通うことがあるかもと願ってました」

悲しそうに瞳を伏せる。

「琴子さん、直樹さんとキスしたことありました? 同居してた時に。さすがに調査会社の資料にはその辺のことはわからなくて」

唐突に訊ねられて何を問われたのか一瞬戸惑った。

「ええ? いや、それは………」

あるにはあるけれど、1度目も2度目も微妙な感じで、それを上手く説明する自信もない。(2度目は記憶すらないし)

「もしかしてお義母さまがおっしゃるような、そういうご関係でした?」

「それはないです!」

そこはきっぱり即答。

「そうでしょうね。だって、直樹さん、そっちの方は………ダメなのでしょう?」

最後の方は小声で、つい三回ほど聞き返してしまった。

「はい……?」

何を言い出すのか、このひとはーーと思いつつーー

そういえばあたしもが入江くんをホモだと疑ったことがあったよね、と雪の日の夜を思い出した。

「結婚前、手すら握ってくれないのは、ただ紳士なのだと思ってました。キスくらい良いのにと思っていたけれど、結婚式が初めてのキス、というのもロマンチックで素敵だわと胸をときめかしておりましたの。なのに、あんまりじゃありませんこと? 結婚式ではキスもあと1センチで寸止めなんて! ゴージャスなレースたっぷりなヴェールで上手く隠して! 披露宴でのキスコールには全く聞こえないふりをしてスルーですのよ。場の雰囲気は台無しでしたわ」


そ、そうなのね。

琴子は何と云っていいのやら、複雑な心境だった。

自分の世界では、結婚式の祭壇の前、琴子からキスをして「ザマーミロ」と笑ったのだけれど、その後は牧師が何度も咳払いをするほどの長い時間、直樹からキスをされた。

あ、でも披露宴は私も最悪だったから、安心して、と心の中で意味不明なエールを送る。


「………ハネムーンのパリでは、昼間は美術館や博物館巡りで楽しかったのに、そのせいで、疲れたとすぐに寝てしまわれるし、向こうで一緒になった新婚夫婦がお医者さまカップルで、とても難しいお話を毎晩語り合って飲み明かしていましたわ、ハネムーンなのに! とうとう何事もなく過ぎてしまいました。 そして1ヶ月、会社を建て直すまでは忙しいからと殆どマンションに帰って来ませんでした。
私はずーっと放置されたままだったのですわ」

「さ、沙穂子さん……」

沙穂子の話に、琴子はつい己のことを思い出していた。

「わかる! わかるわ! ハネムーンの後に放置って辛いわよね。一体あたしは何なの?本当に結婚したの?って絶望的な気分にもなるわよ! そーなの! 入江くんってそーゆー冷たいところが昔からよくあったわー! あたしもどんだけ泣かされたことか……」

思わず立場を忘れて共感する琴子に、沙穂子は眉を潜めた。

「あなたに何がわかるというのです?」

「それがわかっちゃうのよ~~」

と、がしっと手を握って、おいおい泣き出す琴子に毒気を抜かれたように、沙穂子は少し落ちついた。


「詐欺ですわよね。結婚前はあんなに優しかったのに。いえ、結婚後も優しいのです。会えば丁寧に対応してくださいました。ずっとそんな感じで慇懃で他人行儀で。
でも、私は自分の理想の結婚生活を目指してたゆまぬ努力をしましたの。
多忙過ぎて倒れるのではと心配して初めの頃はお弁当を持っていったり、一生懸命健康と栄養を考えた手料理を準備したり……それはそれは頑張りましたの、私。
お弁当の重箱、綺麗に平らげられてると喜んだら、職場で全員に配られたときいて少しがっかりしました。
滅多に家で食事できないから、もう料理は準備しなくていいとも言われてしまいました。
でも、父も祖父も仕事優先で家庭を省みる人ではありませんでしたから、やはり日本の経済を担う企業人と言うのはそういうものなのだと自分を納得させてました。
そして、本当の夫婦になる気配もなくてーー。
マンションの寝室は、遅くに帰ることが多いからと最初から別々でした。
何度か私なりにアピールもしましたのよ。
でも、結局彼が私の部屋を訪れることは一度もありませんでしたの。
まさか……まさか、よく女性誌の見出しにあるような事態が私に訪れるなんて思いもしませんでしたわ。
結婚前、デートをしてても紳士で、色事に関しては淡白な方だとは知っていましたけれど…………まさかあんなに完璧な方が男として不能なんて………!」

ふう、と、目を伏せてこめかみを押さえる。

ーーええと、入江くんが不能? 淡白?

いや、どっちかといえば絶倫だし……めっちゃ毎日濃厚だし……

思わず云いそうになって慌てて口を塞ぐ。

琴子の知っている直樹とは全く符合しないし、女として沙穂子がひどく可哀想だとは思う。
思うけれど、でも。
入江くん、沙穂子さん、抱いたことないんだ。
別の世界の直樹でも、やっぱり他の女を抱いていると知るのは辛い。


「私は密かに色々いい病院を調べて、何とか受診するように遠回しに促したりしましたのよ」

「へ?」

「今ではいい薬も色々あるようだし」

「……………」

「女相手がダメなのか、誰でもダメなのか、何にしろ直樹さんの方に色々問題があるのだと思っていたのに、今さらあなたと浮気なんて」

話がぶっ飛んだが、いきなり自分のことに及んで怯む。
否定したいが、真実はわからない。
とりあえず天の声を信じるなら、何もない筈だ、と、ちらりと実はちゃっかり琴子の隣に座っているノンちゃんを見つめるが、彼は澄ました顔のまま何も云わない。

「………いいのよ、浮気なら。私だって大泉の家に育った以上、夫に妾の一人や二人いるのは当たり前だと思ってますもの。盆暮れに妾宅にきちんとご挨拶に行くくらい妻の務めだと理解してますから。でも、琴子さんだけはイヤでした」

じっと琴子を見据える。

二人の間にいやーな緊張感が走り、居心地がさらに悪くなる琴子である。

「………ごめんなさい、話が前後しましたわね。
とにかく、直樹さんとは形ばかりの夫婦として2年ほど過ごしました。私としては一緒にいるだけでも幸せだったのに、2年の間に共に過ごした時間って、1週間分もあるのかしら? というくらい少ない気もしましたわ。
それくらい彼は家に寄り付かなかった。
秘書の報告から彼は本当に仕事で忙しいだけというのはわかってました。女の気配の欠片もないって。
仕事の鬼のように、猛然と仕事に打ち込んで、それ以外の全てを遮断するような生活をしていました。
安心はしましたけれど、淋しいのは変わりありません。
いつか会社が安定したらきっともう少し落ち着いて生活が出来ると……ずっと……彼がちゃんと家に帰り、新婚生活をやり直せると信じて待ってました。
でも、2年過ぎたころ唐突に離婚を切り出されました。
海外進出の基盤を作るから当分日本に帰れないからと。あなたを戸籍で束縛しているのは申し訳ない、自由に生きて下さいーーって私、本当に意味がわかりませんでしたわ。
だって夫が海外に赴くなら付き従うのが妻の努めじゃありませんか。私なら海外での生活の経験もありますし、英語もフランス語も大丈夫。是非、連れて行ってくださいとお願いしたのに、ずっとホテル生活だし、危険な地域も行くから連れていけないと。何年も帰ることができないないので、放置することになってしまうから………などという言い訳を聴いて私笑ってしまいましたわ。
2年放置されているのに、何を今更って。
結局海外赴任に付いていくのは辞めました。やはり、遠い異国で独りぼっちで帰らぬ夫を待つのは不安ですもの。事実上の完全別居婚ですわ。けれど、離婚は承知しませんでした。
だって、別れたら直樹さんがあなたの元に行って再婚するのがイヤだったのですもの。直樹さんは離婚届に判を押して旅立っていかれたけれど、私は出しませんと伝えました。特に、もし琴子さんに会われるなら絶対に、押さないからと話しました。
その時、直樹さんは心底驚いたような顔で言いましたの。『なんでそこで琴子の名前が出るのかわからない』って……私の方が驚きましたわ。直樹さん、いまだ自分が琴子さんのこと想ってるって気付いてなかったってことに」

「……え?」

「……もっとも気がついていないから私と結婚できたのでしょうけれど」

「どうして、そんな風に思うんですか?」

「たまにしか一緒に過ごしませんでしたけれど、その短い時間の中でも、直樹さんが常に琴子さんの姿を捜しているような気配を感じたのです。何かを見てふっと普段見せないような微笑みを見せた時………どうにもあなたを思い出しているのではという気がしてーー」

例えば長ネギ料理。
滅多に食卓についてもらえませんでしたが、一度長ネギのマリネを作ったんです。焼いたネギをマリネソースに漬け込む、ちょっとした前菜ですわ。
そしたらしみじみとそれを眺めて微笑んでいるものですから、てっきり長ネギがお好きなのかと。それからあらゆる長ネギレシピを研究しましたのに、結局あまり口につけてはもらえませんでした。
別に好きなわけではないと言われました。
もしかして、あなたを思い出す何かがあるのかしらとその時初めて疑いました。

センター試験のニュースを懐かしそうにご覧になっていたり、会社が提供している戦隊もののビデオをぼんやり視聴されていたり。

なんだかあなたが隣にいるような錯覚が時折してしまいました。

ーーだからーーイヤなんです。

琴子の顔をキッと見据えてはっきりと云う。

「あなたとだったらそれは浮気にならない。きっと本気だから。そう思ってました。 だから彼があなたと会うのだけはイヤだったんです」

「………沙穂子さん……」

「本当に馬鹿な人。私が言ってもあの人は自分が誰を思っているのか気がついてなかったんですもの。
実際、別居して3年、海外に行くと言いつつ私のように探偵を使ってあなたを探させるかと思いきや、実際3年間ずっと世界中を走り回り1度も日本に帰らなかったようですわね。
お陰でパンダイは上場し、株も高騰、海外展開も順調でこの業界のトップクラス。祖父の会社も今世紀最大の業績を上げて、直樹さんの手腕に感服して、私の愚痴など聴いてもらえなくなりました。
そして半年前にようやく日本に戻ったのに、あの方は1度も私のところには来ませんでしたわ。すっかりその存在を忘れてしまったかのよう。
そして、日本に戻った途端、会社を辞めて医学部に入りなおしたとか。ええ、無論私には何も………
あ、これ全部調査会社の報告によりますの。私たち、別居してから3年、1度も会ったことありませんから」

何が可笑しいのかくすくすっと笑う。

「そして、3年間、1度も離婚届を出したかどうか確認の連絡もありませんでしたわ。ご自分の結婚が継続されているかどうかすら興味もないのね…………あら、また泣いてらっしゃるのね。どうしてあなたが泣くの?」

「何だか、可哀想。あなたも入江くんも………」

鼻をずるずる啜りながら、琴子はハンカチを目に押し当てていた。

「同情はまっぴらですわ。特にあなたからの」

「探偵を雇って逐一報告させるくらい、まだ入江くんのこと、好きなんですね………」

琴子の言葉に、「……好きでしたわ。とても。……いいえ、わからない。あなたの好きと、私の好きは何か違うもののような気もしますし」
そうぽつりと答えた時ーー

琴子の鞄から、電話の呼び出し音が鳴り響いた。

「ひえっ? 何?」

「携帯電話の音じゃありませんこと? 出られても結構ですわ」

「携帯? あたしの?」

バッグの中を探すと、確かに暗いバッグ内を携帯の灯りが照らしていた。

「やだ、こっちのあたしって、なんで携帯なんて持ってるのよー!あたしは未だに持ってないのに」

あたふたと携帯を出すが今一使い方がわからない。もたもたしている間に切れてしまった。

「お父さんからだ……」

そういえば父には後から店に行くと言って何の連絡もしていなかった。
電話をかけ直そうと少し悩む。使いなれなくて適当にボタンを押したら着歴の一覧が見えた。

「え………?」

着歴には、父の他に、入江直樹という名前がたくさんあった。

(入江くん…………)

ここ1ヶ月で急に連絡が来るようになっていたらしい。
しかし、自分の発信履歴には、彼の名前がないので、殆ど向こうから電話がかかってきていたようだ。

父に電話をかけようとモタモタしていたら、部屋の扉がノックされて突然ボーイがワゴンを持って入ってきた。

「ああ、ルームサービス頼んだの。ここのアフタヌーンティは絶品よ」

ワゴンの上にはよくテレビで見たことがあるような、三段のティースタンド。
サンドイッチやらプチケーキやらスコーンやらが美しく盛られていた。
ポーイが丁寧にティーポットから紅茶を注いでくれる。

「あ、あの、でもあたし………そろそろ……」

「お送りしてあげるといっているでしょう? もう少し私に付き合ってくださらない?」

「えーと、でも………」

「私、どうしても確認しておきたいの。1ヶ月前あなたと直樹さんが再会したのは偶然だと知っております。たまたま北九州の学会に訪れて再会されたのだと。
ただその後、何度もそちらに直樹さんが押し掛けたのは必然ですわよね? でも、あなたは会うことを拒否して追い返してる。何故ですの。もう、あの人のことを忘れてしまったから? 」

「 それはーー」

………あたしってば入江くん追い返してるの?

内心驚きつつも、その行動に納得するものもある。

自分はもう一人の琴子じゃないから、その真意は違うものかもしれないけれど、それは多分ーー

「忘れられるわけないじゃない。そんなの、絶対。忘れられないけど、あたしが会おうとしなかったのは、入江くんが結婚している人だったからに決まってるよ」

いくら別居していたって、沙穂子さんと結婚している以上、好きになってはいけない人だ。
そんなこと、当たり前。

「………離婚届が出されたかどうか気にもしてなかった直樹さんが、初めて区役所に確認に行ったようで、私にも3年振りに連絡をとってきたわ。ーー離婚届をそろそろ出して欲しいって」

紅茶のカップを優雅に口許に運びながら、世間話と変わらないように、自然と話をすすめる。

「…………ひどい」

「何がひどいの? ずっと離婚届を出さずにいたこと? いやな女と思うでしょうね。でも………」

「違うわ! ひどいのは入江くんよ! 沙穂子さんにずっと辛い思いさせて、一体女をなんだと思ってるの!? 」

涙を一杯溜めて激しく憤慨する琴子に、呆気にとられた沙穂子は、危うく紅茶を溢しそうになった。

「何故、あなたが怒るの?」

「怒るわよ! 沙穂子さんだってもっと怒っていいと思う! なんなら慰謝料踏んだくってやっても………」

「もし、あなたと直樹さんがそういう関係になったら、私、あなたに慰謝料請求しようと思ってました。それを待っていたのに、あなたは決して直樹さんを受け入れようとはしない………でも、あなたが東京に来ると聞いて、ずっと張ってましたの。二人でホテルで食事したあと、部屋に入っていって………いよいよかと思いきや、1時間ほどで直樹さんは出ていってしまうし。結局一晩見張らせたけれど、直樹さんは戻らなくて、あなたは部屋に一人………朝早くチェックアウトしたと思ったら再び戻ってきてエスカレーターから落っこちて……一体、何があったのかしら…………」

へーそうだったんだー。

普通にびっくりしてしまう琴子である。
けれども何があったのか知りたいのは自分も同じで。

そ……それは………私が訊きたいです……


そんなことを思っている間に再び携帯の呼び出し音が鳴り響いた。
今度は慌てず、ちゃんと出ることが出来た。

「お、お父さん? ごめんね、心配かけて。今ちょっと、友だちと会ってて………違うって! 入江くんじゃないからーーもう、信用してよ!
え? お母さん? 来るの? こっちに?
夜行バスで……えーっと、明日の朝の7時着だね。分かったよ。うん」

結局、心配で居てもたっていられなかったのか、悦子は夜行バスで東京に向かうらしい。

ある意味、琴子と行き違いにならなくてよかったというべきか。

「うん、しばらくしたらふぐ吉に行くから……だから、本当に入江くんじゃないって~~~もっと娘、信じてよ~~っ」

ーーとにかく、おまえ、まだ調子は完全じゃないだろう。さっさと帰ってくるんだ………へい、らっしゃい!

電話の途中で誰かお客が来たらしい。ふぐ吉の店の電話からかけてきたのだろう、周囲のざわめきが漏れ聞こえていた。

「じゃあ、切るよ、お父さ……」

ーーご無沙汰してます、おじさん

ーー直樹くん!?

「ええーーっ」

受話器の向こうで直樹の声がして、そのままがちゃりと切られてしまった。

「ちょ………ちょっと待って……お父さん!」

ツーツーツーと機械音しか響かない携帯に向かってつい大声を出してしまう。

「どうかされました?」

沙穂子が近くに居たことを思い出して、「えっと。いえ、なんでも………」
慌てて誤魔化す。

「えーと、父が心配しているので戻らなきゃ……」

直樹と重雄が会っているというのがすごく気になる。飛んで帰りたい。
………というか、直樹に会いたい。
こっちの世界の直樹には色々物申したいことが山盛りだ。沙穂子さんの話をきいて、あまりにも感情のない直樹の所業に愕然としてしまった。

こっちの直樹は沙穂子さんを選んだ筈なのに。自分で選んだクセに。
なのに、自分で結婚生活を破綻させてしまって………
あんまりだーー。
きっと、こっちの琴子も随分辛かったろうし。
二人の女を不幸にして、なんて酷いヤツなの!

そう憤慨する一方で、やっぱり顔が見たい、会いたいって思ってしまう。

「じゃ、あたし………」

立ち上がろうとした琴子の腕を、沙穂子ががっしりと掴んだ。

「ダメよ。帰さないから」

ええーっ 沙穂子さんっ目が怖いっ!

琴子は思わず身を一歩引いてしまう。

「いえ、でも………」

「人の話ばっかり聴いて自分のこと話していらっしゃらないわ」

いや、それはあなたが一方的に自分のことばっかお話になられてるだけで!
あたしは自分のことは何も話せませんから~~~

じりじりと逃げようとする琴子に、沙穂子はふふっと笑って宣言した。

「さあ、今夜は飲み明かしましょう」

「はい?」

「片瀬! あれ持ってきて!」

扉の前にたっていた黒いスーツの長身の男が、すっとケースの中から一本のワインとソムリエナイフを出して、流麗な手技で栓を開ける。

「ロマネ・コンティよ。お祖父様のワインセラーからいただいてきたの。あ、勝手にね。結局は私より仕事の利益を選んだお祖父様へのささやかな復讐なの。さ、どうぞ」

綺麗な葡萄色の液体が片瀬と呼ばれた男によってワイングラスに注がれる。

「このグラス一杯で5万くらいするのよ。さあ、飲んでちょうだい」

「いえ。あたしお酒は………」

「あ、おつまみも欲しいわね! 片瀬! 何か頼んでちょうだい」

「かしこまりました。お嬢様」

「さあ、乾杯しましょ。付き合ってくださったらこれあげるから」

沙穂子は楽しそうにバッグから一枚の封筒を出した。

「ご覧になって? あとで差し上げるから」

琴子が中味を確認すると、それは離婚届だった。
直樹の署名も沙穂子の署名もあった。

「沙穂子さん………これ」

「さあ。付き合ってもらえるわね? かんぱーい」

沙穂子はかつんと勝手に琴子のグラスに重ねると、ぐいっと高級ワインを一気に飲み干す。

「沙穂子さん、そんな飲み方……」

「あなたワインの飲み方云々言うほどワインのことわかってらっしゃるの?」

「いえ………」

「じゃあ、あなたも飲んで」



そして、僅か30分後には酔っぱらいの女二人、ホテルの一室でエンドレスに愚痴を言い合っていたのだったーー。











※※※※※※※※※※※※※※※※



『コトサホでサカモリ』

何だかお笑いのお題のようなフレーズが頭から離れなくて笑

琴子とお嬢が酒飲んでくだ巻いてる話はさすがに読んだことはないなーと。

いや、しかし、私、限定でなくフツーにアップしちゃっていいのかな? と、ちょっとどきどき(^_^;) こんな沙穂子さんの一人語り、誰も読みたい人はいないでしょうが、つい書いてしまいました。
イリサホや黒お嬢様は諸先輩方の名作がありますので、類似品になってしまうのは否めませんがf(^^;
しかし、苦戦………。
沙穂子さん絡むと精神的にキツくなるわね~~~(._.)

しかも、なんだよこの直樹さん。ブーイング必至な野郎ですね………(ーー;)

では、次回『愛と哀しみの関門海峡』を待て!(←ウソです。書きません)







関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png ブログ
もくじ  3kaku_s_L.png あいさつ
もくじ  3kaku_s_L.png パロディ
もくじ  3kaku_s_L.png 短編
もくじ  3kaku_s_L.png 私の好きなもの
もくじ  3kaku_s_L.png 月下の一族
もくじ  3kaku_s_L.png リンク
もくじ  3kaku_s_L.png イタkiss期間2015
もくじ  3kaku_s_L.png 頂き物
もくじ  3kaku_s_L.png アイシテ☆knight
もくじ  3kaku_s_L.png お知らせ
もくじ  3kaku_s_L.png 納涼祭り2016
   

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title 

うわ~?でも、それだけ、琴子ちゃん、に、会いたかったんだろうね、沙穂子さんを、一度は選んだ、入江君だけど、それだけ、琴子ちゃんと、再会したかったんだよね,でも?沙穂子さん、怖い、入江君どう出るか>?

Re.マロン様 

コメントありがとうございます♪

そうです、こんなの出して大丈夫かとどきどきのお嬢、本当に語る語る!なのです。
実のところこの世界の情況もあまり詳しく知ることもなく(タイムリミット24時間もないし)さらっと元に元に戻すつもりだったのですが、イリサホ考えてたら沙穂子さんに語らせてみたくなりました。こんな自虐ネタ、喋るかい?とも思ったけど、そう、吹っ切ったんならもう平気、気になるところは果たして本当に直樹は不能なのか?それとも琴子とならできるのかっ? あからさまには聞けないけど、実は一番気になっているという……(^_^;

乾杯と完敗、マロン様、座布団1枚!
飲み明かして、残り時間あと僅かになってしまって、どれくらい直樹さんとの成り行きを知ることができるかわかりませんがf(^^;(行き当たりばったり)

ふふ、悦子さんとは……それだけは決めているのでお待ちくださいませ(^w^)

『愛と哀しみの関門海峡』……冗談から出た駒……といいますか(^_^;な、な、なんと! お待ちくださいませ(ふふふ)

はい、私もどんな世界でも直樹さんは琴子以外はダメ!というのが大前提なので、他の女と結婚してもセッ〇スレス夫婦な筈なのですよ。そう思うと、お嬢、哀れだな……(..)


Re.pqnndq様 

コメントありがとうございます♪

そうですね、直樹さんが選択を間違ってしまった時点で全てが不幸になってく世界のようです。
原作では金之助からのプロポーズの話を聞いて初めて自覚したのですが、そのきっかけがないま自覚せずに、訳のわからない喪失感を抱いたまま無意識に沙穂子を避ける結婚生活してたんでしょうねー(ほんと、馬鹿だわ)沙穂子に指摘され、それでも考えないようにしていたのに再会したらもうどうにも止まらない~~のかなf(^^;?
残り時間は僅かですが、少しでもこちらの琴子に幸せの気配を感じさせてあげたいです(^_^;)

Re.りょうママ様 

コメントありがとうございます♪

そうです。もう最初から結婚生活は無理でした。結婚式でのキスも無意識に身体が拒否したのだとf(^^;キスすら出来ないのにそれ以上は絶対無理だし、そして打開する気もないという妻から見れば最低な旦那ですね……
ほんと、ただの馬鹿者です。

客観的に考えると琴子ちゃんもついお嬢に同情しちゃってf(^^;

さて…… 直樹さんは何をしに行ったのでしょう?お楽しみに(^w^)

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re.ねーさん様 

拍手コメントありがとうございます♪

ねーさん様に興奮してもらったなんて、ちょっとやったー♪と小躍りしてしまいました(^^)v
くだ巻きお嬢、絶品なんて、嬉しいです。
ふふふ、プレゼントありがとうございます。今からアップします(^^)/

Re.heorakim様 

拍手コメントありがとうございます♪

こちらも大部寒くなってきましたね。まだフロントガラスは凍ってませんが、今週は漸く雪が降るという話です。
琴子ちゃんは優しいですから、つい沙穂子さんに感情移入しちゃってますね。いえいえ、私は琴子ちゃんほど出来た人間ではありませんわー

Re.ちびぞう様 

拍手コメントありがとうございます♪

お嬢のボヤッキーの部屋へようこそ(爆)琴子の代わりにお答ありがとうございます(^^)/
確かに琴子は酔っ払って、余計なことべらべら喋りそうですが、このさい沙穂子さんも酔っ払って覚えてないことにした方が無難です。せっかく離婚する気になってるので(笑)
きっと元は同じ直樹なのでもし6年の果てにくっついたら間違いなく一直線で野獣野郎になるでしょう(^w^)

待ってていただいて嬉しいです。こっちの世界の二人の話を詳しく描くとながくなりそうなので、さらっと行く予定ですが、ハッピーエンドは間違いない……筈です♪

Re.なおちゃん様 

コメントありがとうございます♪

6年離れて、無自覚な果てにやっと自覚した自分の感情すら分からない馬鹿なヤツなので、気づいた途端、一直線だと思われます。多分、逃げる琴子に追う直樹、みたいな(笑)ストーカーちっくに追いかけてますよ。お嬢もくだまいてスッキリしてる予定なので、あとは直樹さんだけですね(^^)

Re.りん様 

コメントありがとうございます♪

楽しみにしていただいて嬉しいです(^w^お嬢効果かあまりこのお話人気ないみたいなので(直樹さんがあまり出てこないし馬鹿野郎なせいかも知れませんが)
お喋りお嬢にくだまきお嬢。他にはあまり見かけたことない気がしたのでちょっと描いて見たかったのです。
悦子ママとのことも忘れてませんよー♪生きてる母と再会なるのか?お楽しみに(^^)

管理人のみ閲覧できます 

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re.ルル様 

コメントありがとうございます♪

あれこれ策略して手にいれたらしい結婚生活、あっさり破綻で苦悩の6年間、十分天罰下ってますよね。
最終決戦、という大袈裟なものではありませんが、最終回までには色々決着の兆しは見せたいかと。
相原家、十分巻き込まれてしまってますよね……
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
【聖夜に奇蹟は舞い降りる。3】へ  【『愛と哀しみの関門海峡 』   (むじかく様より)】へ