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個別記事の管理2014-09-27 (Sat)
「おはよう、お父さん」

朝一番に父重雄の寝起きする和室に入って来ると、琴子はゆっくりと仏壇の前に座った。

「おはよう、琴子・・・それと、誕生日おめでとう」

「ありがとう、お父さん」

ふんわり微笑んだ後、仏壇の小さな写真に手を合わせる。倒壊した家の中から探し出したアルバムの殆どが土にまみれ、唯一無事だった母の写真は小さな集合写真のみで、拡大しても少しぼやけている。

重雄も敷いていた布団を押し入れに仕舞うと琴子の隣に座る。

ローソクに灯をともし、線香を立てた。

「お母さん、おはよう。あのね、あたし、今日で21歳になったよ。お母さんには想像もつかないよね? 大人になったあたしなんて。でも、お母さんはあたしの歳にはお父さんと一緒に暮らしていたんだよね。あたしも・・・お母さんみたいに好きな人と両想いになりたかったな・・・」

琴子が一心不乱に心の中で想うことは、ぶつぶつと言葉になって隣の父に丸聞こえだった。

「お母さん、産んでくれてありがとう。あたし、今はちょっと色々としんどいけれどいつかきっと笑って歳を重ねて行ける日が来ると思うの。少し時間がかかるかもしれないけれど待っててね」

誕生日の朝に恒例のように繰り返されてきた琴子の母への言葉。

――産んでくれてありがとう。

いつもはにっこりと告げる言葉が、どことなく寂しげで、重雄は娘の負う傷の深さに、自らの胸も何か大きな塊が鎮座しているように、ずしりと重い。

「今日は大学終わった後は店に来い。金之助がケーキ焼くとか言ってたぞ」

「えー、金ちゃんケーキも焼けるの ? スゴーイ!」
そう言った後で「あ、じんこや理美たちも約束してるんだった。二人が帰りにカラオケでパーティやろうって」慌てて父を見る。
「一応まだ、明日も試験あるから、そんなに遅くならないよ」

「その後でもいいから、店には顔を出してくれ」

「うん、分かった。ありがとうね、お父さん」

少しはにかんだように笑う。

「・・・昔に戻ったみたいだね」

「そうだな」

昔・・・4年前までの、二人きりで暮らしていた頃の、誕生日。

あの頃も、友達にお祝いしてもらった後で父の店に寄り、ささやかな祝い膳を出してくれた。

入江家に同居しはじめてから、誕生日はまるで小学生のお誕生会のように賑やかで楽しいものだった。紀子の仕切りで横断幕や部屋の壁いっぱいにつけられた折り紙が、入江家のリビングを保育園のプレイルームのように彩り、オモチャ箱の中に住んでいるようにわくわくとした。
手作りのケーキ、食べきれないくらいのご馳走、紀子からのプレゼントはいつもセンスのいい雑貨やアクセサリーだった。
そして渋々といった風に、それでも必ず参加してくれた直樹。
プレゼントをくれる訳でもなく、しかめっ面を崩すこともなく、例え紀子に脅されたのだとしても――必ず居てくれた。それだけで十分だった。

去年の誕生日は最高だった。素敵なドレスを誂えてもらい、皆から祝福され――そして直樹がプレゼントと称して一晩中試験勉強をみてくれた。

もう、あんな日々は二度と来ないのかもしれない。

直樹の父、重樹が倒れ、直樹は会社を立て直す為に、医学部に転科したばかりの大
学を休学した。そして会社の為に見合いをして――。

この嵐のような夏から秋の出来事は、あんなに明るかった入江家に陰を落とし、常に琴子のことをあれこれ気遣っていた紀子ですら、彼女の誕生日を思い出すことはなかったようだ。

それはもう、仕方のないことだ。
寂しいとか切ないとか、そんな風に思う訳ではない。
ただ昔に戻っただけ。

――入江くんは覚えているのかな? 今日があたしの誕生日って。
・・・ 覚えてる訳ないか。
考えた瞬間、自嘲気味にソッコー否定。
記憶力のいい直樹のことだから、琴子の誕生日が何月何日と直ぐ様言えるだろう。しかしきっと今日がその日だという認識はないに違いない。

それくらい彼は忙しくて。
それくらい彼は琴子のことなど眼中になくて。


そんなこと分かっていたハズ。
今更、寂しいとか悲しいとか思わない。

――ただ、あまりにも心が空虚で――やりきれないだけ。




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* Category : とある1日のお話(西暦シリーズ)
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Re.アミキママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

ふふっそうですね!ハッピーエンドをより幸せにするためのスパイス、辛すぎるときもあるかもしれませんが(^^;どーんとこいと言って頂いて嬉しいです(^_^)
これからもよろしくお願いしますね♪

コメント







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