イジワルなkiss

イタズラなkiss期間2015








「ふーん、忘れちゃうんだ おれのこと」


「じゃ 忘れてみろよ」


「ザマアミロ」






何が何だか分からなくて、しばらくぼーっと路地裏の壁に凭れたまま座り込んでいた。
まだ3月も初旬のこの季節。日も落ちて空気も冷えきった夜の8時過ぎ。
コートをカラオケ会場に置いてきてしまって、流石にブレザー1枚では寒いことに、くしゃみをひとつして気が付いた。

「さぶ………」

少しずつ頭が冷えてくると、薄汚れた路地裏の、すえた臭いが鼻についてくる。


「琴子ーー? 何処なの?」

心配したじんこと理美が捜しにきてくれるまで、もしかしたらそのままずっとそこで固まってしまっていたかもしれない。

それくらい衝撃的な出来事。

ーー夢?

ーーそれともあたしの妄想?

に、してもまだ残ってる唇の感触が生々しい。
かちんと歯が当たった気がする。
あまりに唐突に、嵐のように目の前に近付いた直樹の顔ーー。



「どうしたの? 入江くんは? 」

「びっくりしたわよ、突然入江くんに引っ張られてーー何かあったの?」

ぱたぱたとスカートの汚れを払って路地裏から出ていくと、理美とじんこが矢継ぎ早に質問してきた。

「何でもないよ。あたし、もう帰るね。なんか、疲れちゃった」

薄暗くて顔が赤いのは気がつかれなかった。察しのよい悪友に根掘り葉掘り訊かれずに済みそうだ。問い質されたらきっと事の経緯を話してしまうだろう。いや、話したいという思いもあるのだが。今はまだダメだ。ちゃんと説明できない。自分が全く理解できてないのだから。

「ちょっと凄まれただけだよ。大丈夫。入江くん、怒って帰っちゃった」

そう言って適当に誤魔化し、二人から逃げるように慌てて会場に戻って、金之助に気付かれないよう(いまだに熱唱中)こそこそと鞄とコートを持ってから、その場をそおっと離れた。




「あれ? 入江は?」

間の悪いことに、トイレにでも行っていたらしい渡辺と廊下ですれ違ってしまった。

「……さ、さあ。多分、もう帰ったんじゃないかと」

ぎこちなく答える。

「 ふうん。入江と何か話したの?」

「 え? う? な、な、何もっ? ただ怒ってただけ」

声が上擦ってる。
何かあったと丸分かりなくらいに明らかな挙動不審。

「さっきは、悪かったね」

「え?」

「A組の連中、よってたかって君を馬鹿にして」

「あ、う……うん」

漸く琴子はことの発端がそこから始まったことを思い出した。

「でも、別に渡辺さんのせいじゃ……」

そもそもはA組とF組の担任教師の下らないいがみ合いのせいだ。

「いや、おれもあのお守りの事とか面白半分に言っちゃったし。バレンタインのチョコのこと訊いたり……」

ああ、そうそう。
その辺りの成り行きをリピートされるとまた怒りがこみ上げてくる。
渡辺にではなく、鼻で笑うように小バカにしていた直樹の態度に。

そーよ。
あんなに人のこと馬鹿にして!
せせら笑って!

なのに。
なのに、どーしてキスなんてすんのよー!

「琴子ちゃん?」

突然怒りの形相になったり赤くなったりしている琴子を、不思議そうに渡辺が窺い見る。

「ううん、何でもない。あたし、帰りますねっ」

あの後あたし入江くんにキスされたんですけどっ!

そう言ったら渡辺はどう思うだろう?

信じないよね……多分。
あたしも信じられないもん。

「琴子ちゃん。あいつ、あんな言い方してたけど、そもそもはT大受験しなかったのが、琴子ちゃんのせいって集中砲火浴びてたの助けたかったからじゃないかな」

「え?」

意外な渡辺の言葉に帰りかけた足を止める。

「ま、なんとなくだけどね」

「で、でも、入江くんはあたしなんかのせいで、人生変えられたなんて思われるのが我慢ならなかったんだと……」

「……あいつは自分が他人にどう思われるかなんて、ほんとは気にしてないと思うよ」

「……………そうですか……? でも、あの写真はスゴく見られるの嫌がってたケド」

幼い頃の黒歴史をつい腹いせにみんなに暴露してしまった。
弱点のないように見える直樹の、唯一の弱味だ。

「うん、あれには驚いた。どうせ、あいつのオフクロさんの仕業だろ? 気にすることないとは思うけど、自分ではどうしようもなくて抗うことができなかった頃のトラウマって大きいのかな?」

確かに、いつも冷静で腹立たしいくらいの直樹が、あの写真を見せた時、ひどく慌てて狼狽していたのを思い出した。そして、ついつい面白がったし、それを盾にして脅迫めいたことまでしてしまった。
そのうえ、今日は白日の元に晒してしまったし。
お陰で最大級に怒らせた。

「あんな写真ひとつでみんなのアイツへの評価が変わるわけでもないのにね」

少し反省気味の琴子に、渡辺がくすっと笑いかける。

「……でも、あいつが慌てたり怒ったりあんなに感情的になるのってスゲーなってそのことにちょっと感動した……琴子ちゃんと同居しはじめてから随分変わったと思うよ」

なんだか感心するような眼差しで渡辺から見つめられて、それに少し戸惑う。

「……これから大学違って君たちの様子を見られないのはちょっと残念かも」

屈託なく、渡辺が笑った。





渡辺と別れた後、ぼんやりと考え事をしながら家路を辿る。
電車の中でも、駅からの道筋も、ただひとつ、今日の出来事と直樹のキスだけが頭から離れない。
家に着いてから紀子にあれこれ話しかけられた気がするが、どんな受け答えをしたのかさっぱり覚えていない。
お風呂に入って、髪を乾かして、ベッドに入ってーーいつも通りの夜は更けていく。
違うのは、もう女子高生ではなくなったこと。
そしてーーキスをしてしまったこと。




電車の中で窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、つい唇に触ってしまっていた。
お風呂の中でもそう。
鏡に映った自分の顔、唇ーー何か変わったのかひとつひとつ確かめたくなる。

時間が経つにつれ、唇の感触が薄れていくと、どんどん記憶に自信がなくなってくる。
夢なのか、現実なのか、わからないくらいに。


ーーううん、夢じゃない。

確かに直樹の唇は、自分の唇と重なった。
ほんの一瞬だったけれど。
冷たい唇だった。

初めてのキス。

自分は大きく目を見開いていた。
直樹はしっかり瞳を閉じていたこともちゃんと覚えている。

ザマアミロ、の言葉も耳にずっと残っている。

夢じゃない。
夢じゃない。
夢じゃない。

じゃあ、なんで?
なんで、入江くんはあたしにキスしたの?

怒ってたよね?
すっごく怒らせちゃったよね?
それが、なんでキスになるの?
いや、怒ってたの、あたしもだよ?
だって、あたしのこと散々馬鹿にしてさ……
もう、入江くんのこと、好きなの止めるって、ほんとに思ったんだから。
なんであんなサイテーな性格の人、好きなまんまでいられるの? って真剣に自分に問い掛けちゃったわよ。
そうよ、もう止めるって、止めるって、止めるってーー。

なのに、なんで、なんで、キスなんてするのよーー!

思考はどうどう巡り。
答は永遠に出てこない。
布団の中で悶々と過ごす夜は長い。

眠れなくてふとベッドから起きて窓の外を見つめる。

少し半月よりふっくらした月が、完全な漆黒にはならない仄昏い東京の夜を微かに照らしていた。

「お月さまもあたしたちのキスを見てないってことか……」

深夜2時を回ってもまだ少し低めの位置にいる月は、ほんの数時間前に 夜空に現れたばかりのようだった。
更待月と呼ばれるその月は、夜もかなり更けてからの月の出となる。

証人はいない。
知っているのは二人だけーー。


直樹は起きているだろうか。
結局、帰ってから1度も会ってない。
明日会ったらどんな顔をすればいいのだろう?
何を話せばいいのだろう?


ぐるぐると思考は巡る。

初めてのキスが直樹で嬉しいのか。

あんな路地裏で腹いせのようなキスが悲しいのか。

ザマアミロなんて捨て台詞が腹立たしいのか。

怒っていいのか、笑っていいのか、泣いていいのか、喜んでいいのか、わからない。
何がなんだかーーもう。
もう、ぐっちゃぐちゃだよ!


イジワルなキス

いい加減なキス

意味不明なキス

それでも
いちばん大好きな人からの初めてのキス



ねえ、あたしはこの日のことを一生覚えていても、いいの?


無論、月は何もこたえないーー。







* * *




何度も寝返りをうって、それでも寝付けなくて、直樹はふっと窓の外を見た。
月齢20日程の半月が、天頂よりまだ大分低い地点で深夜の空を冴え冴えと照らしていた。




やめるっ もう入江くんのこと 好きなの
やめる


そ、そうよ
入江くんの性格なんて よーくわかったもの

すぐに忘れて、大学でカッコイイ人を見つけて…………





わからない。
なんで、突然あんなことをしたのか。
全ての行動を理路整然と統括するだけの理性を持ち合わせていた筈だ。
無意味なことも、衝動に任せるようなことも、自分の世界の中にはない筈だった。

自分のしたことが、理解できないなんてーー。

琴子が現れてからそんなことばかりだ。
声を荒げたり、羞恥に震えたり、馬鹿みたいに笑ったりーー思いもよらぬ自分の感情の起伏に、何度戸惑ったことだろう。



極めつけがーー。

他人と唇を合わす行為の意味もよくわからなかった。
別に潔癖症ではないが、わざわざ他人の粘膜部位と重ね合わせて、ミュータンス菌やピロリ菌のあるかもしれない唾液を交換する行為の不合理さを感じていた。
性衝動も人並みにあるし、生殖行為の必要性は種の本能として当然なものだと理解しているが、キスの意味は全くわからなかった。


ただ、イライラした。

腹が立った。

人の生活をあれだけ引っ掻き回して、挙げ句に「好きなのやめる」などと宣言する琴子に、無性に苛立った。

だからといって、何故それがキスに繋がるのか、理解不能だった。

導きだせない答えなんてない筈だった。

例えば小説の中で登場人物が恋情によって全く理解できない行動をとったとしても、恋愛とはそういものなのだという解釈は出来た。理解しているつもりだった。それは現国の設問で答を想像し、読み解くレベルの理解だった。

琴子と出会ってから、そんなことばかりだ。
理解不能の未知なるものに振り回されてーー

好きなの止めるなら止めればいい。
全くありがたいね。
清々するさ。

何故そう言い返さなかった?
今なら確実にそう言うのに。

わからない。
自分のしたことの意味が、全くわからないーー。

思いもよらぬ程柔らかかった唇の感触。
許容量の多い記憶倉庫の中心に、今どっかりと居座って睡眠を阻害する甘やかな感触。
押し倒したり、背負ったりと接触自体は多々あったから、その髪の甘い香りも、華奢な身体も知らない訳ではなかったがーー


こんな風に理性を凌駕した情動と衝動が自分の中に存在することが、不可解で気持ちが悪い。しっくりしない。
わからない問題が存在することが妙に恐ろしい。


綺麗に半分ではなく中途半端な半月が、曖昧模糊な感情の象徴のような気がして、シャっとカーテンを閉めて再びベッドに入る。



あいつはさぞ悶々と眠れぬ夜を過ごしていることだろう。いい気味だ。
いや、もしかしたらあっさり爆睡しているかも。
有り得る。
もしかしたら、ちょっと得しちゃったー♪ なんて、ルンルン気分で浮かれてるかも。
それはそれで腹が立つ。
ふん。
どうせ、2度とあいつとキスすることなんてないんだし。最初で最後だ。噛み締めてろ。


ぐるぐると、思考は巡る。



彼は知らない。


一途なキス。

可憐(いじら)しいキス。

いっぱいの愛溢れるキスを彼女から与えられ。
そして、幾千幾万ものキスを未来永劫、彼女に与え続けるーーそのはじまりの日だったことを。



知っているのはーー月だけかも知れない。





※※※※※※※※※※※※



渡辺くんと廊下ですれ違ってしまった時点で、予想外に長くなりました…f(^_^)



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§ Re.マロン様

コメントありがとうございます♪

うちには珍しく高校時代エピです。
わかりづらい入江くんを分析するのが面倒で、あまり触れないようにしている青い入江くん……読むのは大好きなんですがf(^_^)

そうですよね、マロンさんの言う通り、無意識に彼は計算してますよね。離れようとする度に離れていかないようしっかり自分を植え付ける。無意識だからタチが悪い(笑)
ふふ、確かに~~自分の思い通りに、計算通りにならないっての、琴子という存在そのものですね。

ふふ、今回皆さん、コメントで熱く語ってくれてます。興味深いです。皆様のコメントで、青い入江考察集作りたいくらいですわー(爆)

月に気付いて下さってありがとうございます。誕生日のスーパームーンで始まったイタキス期間、月を裏テーマに……と思ってますが、後続くかどうか……f(^_^)
一応1991年3月7日は月齢20日くらい月の出が夜10時くらい……と調べたのですよ。ばっと調べられるネットって凄いなーと感心してます♪

§ Re.紀子ママ様

コメントありがとうございます♪

珍しく青い入江くん書いてみました。喜んでいただけて良かったです♪

本当に、二人とも恋愛偏差値低いですよね。直樹は元より琴子もかなり鈍感だし。
人の心を裏読みするとか行動の理由を考察するとか複雑なことが出来ないから、あの状況からのkissに絶対理由がつけられなくて悩む筈って思いました。
入江くんも自分の衝動の意味がわからない。ふふ、ほんと、ザマーミロですね♪
いっくら悩んでも、恋愛偏差値の低い彼には答えが導きだせないのさ。
そう、ちゃんと答えを出せるのは、渡辺くんかもしれませんねー。

初々しい二人、楽しんでいただけたようで嬉しいです(^^)

§ Re.shiroko様

コメントありがとうございます♪

はい、まだまだ若くて青い直樹さんです。
IQ200の彼には今まで解けない問題なんてなかった筈。
でも琴子と出会って、思い通りに計算通りに行かないことばっかりで、ようやく人間ってそういうものだってわかっていきますよね。本当に琴子に会ってなかったらただの無感動人間になってたかも。
感情が大きく揺さぶられるようになって、直樹も眠れぬ夜を体験できたのでしょうね。
感動したなんて、嬉しいです♪
はーい頑張りますね♪

はい、お話は全てスマホで打ってます。(読むのもです)私も〇眼鏡が手放せませんよ~~f(^_^)多分PCのキーボードで打つと一本書くのに1ヶ月くらいかかるんじゃないかと言うくらい遅いのです。ローマ字入力が苦手なものでf(^_^)

§ Re.たまち様

コメントありがとうございます♪

はい、お祭り初参加です(//∇//)本当に、イタキス世界ではアニバーサリー期間だけれど、それと同時に琴子ちゃんにとってはつらいこともいっぱいあった時期ですもんね……(-.-)

そう、原作では謝恩会からあっという間に入学式でその間ずっとkissがリフレインされてるみたいみたいだけれど(笑)kissされた当日の夜ってどんな風だったろうって妄想したのが始まりです(^^)
そして、直樹も。離れて行こうとすると引き戻すのはもう本能(?)のようなものですが、きっと自分でそれが理解できないんですよね。
たまちさんの仰る通りですよ、大変納得の直樹分析!!
本当にギリギリまで気がつかないうすらとんかちで、周りも琴子も自分も苦しめて、大馬鹿ものですね!
渡辺くんは直樹の一番近い位置にいたから、高3のたった1年で劇的に変化した直樹に驚いたでしょうね。違う大学に行ってしまうには惜しいキャラでした^-^;
直樹の変化が琴子のお陰って、紀子以外でわかったのは彼だけかも。本当にスゴく嬉しいし、琴子に感心してると思いますよね♪

§ Re.りょうママ様

コメントありがとうございます♪

琴子にとっては謎だらけのkiss。
直樹にとっても自分の衝動的な行動が謎なのではないかと。

きっと二人ともこの夜は「されたkiss」、「したkiss」の意味がわからなくて悶々としてるのではないかと思ってできたお話でした(^^)

眠れない入江くん……それも有りかな?なんて。
悩めよ、青少年(笑)


§ Re.heorakim様

コメントありがとうございます♪

大喧嘩したあとのkiss、原作でも、アニメでもドラマでも描かれていないその日の夜を妄想してみました。きっと、悶々モヤモヤと眠れない夜を過ごしているだろうな、と。
心情を描いていると、いっていただいて嬉しいです♪

§ Re.なおちゃん様

拍手コメントありがとうございます♪

本当に、恋愛って理性や理論じゃわからないものなのに、入江くんってばそれすら分からない朴ネンジンですよね(-.-)
ファーストキスがあれではあんまりなので、うちでは10年後にやり直しのキスをさせていますが^-^;

§ Re.sakkun様

コメントありがとうございます♪

はじめまして♪
素敵、といっていただけて嬉しいです(^^)
はじめてのキス、戸惑う二人の夜にきゅんきゅんうるうるしていただけたのですね~~
ありがたいです。
これからも思わずコメしたくなるようなお話目指して頑張ります(^^)

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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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