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個別記事の管理2014-10-06 (Mon)



「あれ? あいつは?」

電話を終えた直樹は部屋を見回し、琴子が居ないことに眉を潜める。

「琴子なら多分裏庭ですよ。季節外れのセミになってます」

カルテを持って部屋に入ってきた幹が窓の下を指す。

言われるがまま窓の外を見下ろすと、なるほど樹の幹に張り付いた自分の妻がいた。

「何やってんだ、あいつは」

眉根を寄せて呟く直樹に幹が応える。
「ここ数日、情緒不安定だったんです、あの娘」

「俺が居なかったからか?」
しれっと云う直樹に幹が吹き出す。

「ぷっ……入江先生ってば自意識過剰!」

「違うのかよ?」
ムッとした顔で切り返す。

「違いませんけどね~でもそればっかじゃないですよ。先生がアメリカに行っちゃって、途端にあれこれ余計なことを言ってくる輩が多くなったりとか、要らない情報を吹き込んでくる輩とか……」

「ふうん……」
直樹は暫く窓の下の樹木にしがみついている妻を見つめていたが、傍らに置いてあったキャリーケースを手に取ると、「じゃあな」と医局を後にする。

「まったく、心配な癖に素直じゃないったら」

そして幹は間もなく現れるだろう直樹の姿を確認するために窓の下を覗きこんだ。






「ねえ、ナンダカンダさん、入江くんアメリカ行っちゃうと思う? ふぅ……凄いんだよねー、あたしの旦那さまは。天下のH大から是非来てほしいとか言われちゃってるらしいのよね。
はぁ~なんでそんな人があたしなんかと結婚したんたろ?
あたしなんてもう一年も仕事してるのに未だに失敗ぱかりで、一緒に行ってお手伝いしたいなんて言えないよ。迷惑かけに行くみたいなもんだもんね。
そしたらやっぱりあたしはここで待ってるしかないのかな? うわーっ今度は何年離れ離れ? あたしも今は仕事があるからそんなに会いにいけないし。だいたいアメリカになんて一人で会いにいけるのかなぁ?
海外一人でなんて行ったことないし。飛行機って乗り過ごしたらどうなるんだろう?
当然赤ちゃんもしばらくはムリよね? お義母さんごめんなさい、まだ孫の顔見せられないですう~どうしよう! あたし、30過ぎちゃうかも……大丈夫よね、今、出産年齢上がってるし、その頃の方が自信もって産休に入れるかも。
でもっそれ以前に、もし入江くんに金髪美人の恋人が出来たらどうしよう? もう帰らないとか言ってきたり……うっ……アメリカじゃガードすることもできないし。
あたし、一人でもきちんと生きて行けるようにスキル磨かないとね。そうよっ今日みたいな失敗は二度としないんだから! 入江くんから称賛されるような完璧ナースの琴子ちゃんになるんだから!
っと違う違う、入江くんなんて関係ないのよ、入江くんに誉められたいとかじゃなくってぇ、患者さんの為よ、そう、患者さん!
もし、入江くんに捨てられたって、あたし患者さんのために一生を捧げるのよ!
……ああ、でも。出来れば今年の年末は……ミレニアムよ、ミレニアム! 西暦2000年を迎える瞬間、入江くんと一緒に過ごしたかったな~21世紀おめでとうって、シャンパンで乾杯して、世紀を跨いだキスをして……
大丈夫、ノストラダムスの予言なんて当たらないわよね? 七月に地球滅亡なんて冗談じゃないわよ! そんなの絶対信じないし! 入江くんだってそんなのただのこじつけに過ぎないって言ってたし。
ああ、2ヶ月後……七月か……夏だよね…。海に行きたいなあ~入江くんと……その頃どうなってるんだろう、あたしたち……。
やだっやっぱり一緒にいたいっ! 離れたくなんてないよ~! 地球が滅亡したって、その瞬間まで一緒にいたいのにー!」

そして、再び樹の幹にガシッとしがみつき、びぇーんと泣き叫ぶ。

「…おまえ、情緒不安定というより、支離滅裂過ぎる」

「へ?」

琴子が声のする方へ振り返ると、すぐ背後に大きな影が迫っていたのに気付いた。

「…入江くん…?」

樹を背中にして、直樹の方を見上げる。逆光で顔がよく見えない。

「この樹はナンダカンダじゃなくてナンジャモンジャ。
おれはアメリカなんて行かねーし、ついでに言えば、2000年はまだ20世紀だから新世紀乾杯は今年の年末は無理だな」

「え? え? え?」

「アンゴルモアの大王も降ってこないし」

「アンゴ……?」

「ノストラダムスの大予言。七の月に降ってくるヤツ。おまえ一時大騒ぎしてたもんな」

「それはもう、信じてな……それより入江くん今なんて…?」

「何が?」

「…アメリカ、行かないの?」

「帰ったばかりでなんでまた行くんだ?」

「だって…H大から誘われてるって……」

「確かにそんな話はなきにしもあらず、だけど……行くなんて言ったことないと思うが?」

「…あたしがいるせい? 置いてもいけないし、連れても行けないから……?」
不安そうに直樹を見つめ、そして目を反らず琴子。

ため息をひとつついた後、直樹は琴子が背中を預けている大樹の幹にどんっと右手をついた。ちょうど琴子の顔のすぐ横のあたりだ。そのまま覆い被さるように顔を近づけていく。
近づけば近づくほど顔を赤らめ横を向く琴子の顎を、左手で押さえてくいっと自分の方を向かせる。

「訂正。アメリカに行きたいなんて思ったこともなかった」

「そ、そうなの? でもアメリカ行けば色々な研究できるし、出世だって……」

「オレがやりたいのは臨床だし、出世に興味もないし」

すでに至近距離にあった直樹の顔がどんどん近づいてくる。しっかり顎を押さえられ、もう反らずこともできず、数センチ先の直樹の睫毛の長さを見て、とりあえず上昇する心拍数を押さえようと試みる。

「それに、何より神戸でもう懲りたんだ。おまえと離れて暮らす生活の味気なさに」

「…入江くん…」

「だから二度と離れない。離さない」

もう睫毛を視認出来ない位直樹の顔は近づいて、琴子は諦めて目を閉じた。

「入江……っ…ふっう……ん…」

琴子がもう一度名前を呼ぶ前に、その唇は塞がれていた。
その瞬間。
さあっと風が通り過ぎ、白い花びらが雪のように舞い散ったーー。


ーーまったく。毎度毎度、どうしてこいつはこんなに自信なく、思い悩むのだろう。
10日前ーーアメリカに旅立つその前夜、飽くことのない執着を示して琴子を一晩中離さなかったのは自分なのに。
一ヶ月の三分の一も会えないことに、その肌に触れられないことに苛立ちと渇望を感じているのは自分の方なのに。
10日経っても消えない位の所有の跡を刻み続けて、深く深く愛を交わしあったと言うのにーーどうしてこの奥さんは。


目尻に浮かんだ一滴の涙を舌で拭いながら、それまで樹に張り付いていた琴子の腕が、おずおずと直樹の背中に回り、その手のひらが彷徨い始めたのを感じて、直樹は再びその唇を捉えたーー。







「いつまでやってるんだ、あの二人は」

医局の窓から下を覗きこんでいる西垣と幹は、抱き合ってキスしたままの二人をかれこれ10分近く見ている。
いいのか、仕事中! と突っ込んではいけない。この夫婦のラフシーンを見ているのは医局の二人だけではないのだから。
この中庭は、当然四方を建物に囲まれ、全て窓に面している。樹が死角になって見えない一方向を除いて、三方から丸見え状態なのだ。
そして各方向の各階から、この真っ白い花の咲き誇る大樹の下で延々と続くキスシーンは、多くの眼によってしっかり目撃されていたのだ。
さながらステージを見下ろすコロシアムか、オペラハウスとでもいうところか。

「おおっ入江のヤツは、琴子ちゃんのお尻に手を……! 足の間に膝突っ込んでるし。うわっまた角度を変えたな! 琴子ちゃん息継ぎしづらくて喘いでるぞっ」

「いちいち実況しないで下さい」
幹に注意されてもめげない西垣は、何処から取り出したのか双眼鏡を覗いている。

「うわっ今度はあいつ胸に手を……このままここでヤッちまう気じゃ……イテッ」
幹に蹴りを入れられる。

「あいつには羞恥心ってものがないのか? こんな屋外で堂々と。しかも何分やってんるんだ? ギネスにチャレンジか? どっかに認定委員が隠れているのか?」
幹に蹴られた尻を擦りながら、西垣はキョロキョロする。

「うわっ! あっちの連絡通路もこっちの連絡通路もギャラリーがびっしりいるぞ! ほら、一階も二階も三階も、窓に張り付いて見てやがる」

「…入江さん、羞恥心ないですからね、確かに。なんと言っても卒業式の日の医学部講義室キス事件は有名です」

「何?」
西垣が興味津々で次の言葉を待つ。

「入江さんの卒業の日に、琴子と思い出の講義室で19分25秒キスしてたらしいです。きっと、今日その記録更新ですね」

幹は腕時計を見る。もうかれこれ20分は経つ。

「うわっ外に出て遠巻きで見ているギャラリーも増えてきたぞ」

「アリーナの特等席ですね。何を好き好んで当てられたいのか……」

琴子のことをあれこれリサーチしていた新人ナースたちもこれでさっさと諦めるだろう。
見ていない者にもきっと今日のこのバカップル劇場のことは伝わるに違いない。

「でも、まあ……みんな見とれて、目が離せないのは無理もないわね……すごく綺麗なんだもん…」

満開の白く霞むような花に埋もれて。
時折雪のようにちらちら花びらが舞い上がり舞い散って……。
その中で永遠に続くかと思われるような情熱的な接吻を交わす二人……

「絵になるわ~」
うっとりと幹は呟いた。



そしてそんな外野の声など気にもせずに。

「あ…ん、入江くん、もう…」
息を継ぐ為に時折離れる唇の隙間から、
喘ぐように紡ぎ出される琴子の言葉は直ぐに直樹によって封じ込められる。
唇が重なると直ぐに互いの舌が求め合い、絡まり合う。

舌が痺れて唇が腫れ上がるような感覚を覚えながら、それでも離すことが出来ない。
求められることが嬉しくて、琴子の手も直樹の背中を激しくかき抱き、這い回る。

一瞬二人の唇が離れた瞬間に、唇の狭間に白い花びらが入り込んだ。
「…あ」
そこで長いキスは一端区切りをつけられて、お互いクスリと笑う。

「入江くん、ナンチャラカンチャラの花びらが髪の毛にいっぱいついてる」

琴子が髪についた花びらを一つ摘まむ。

「不思議な形…細長い…」

「ナンチャラカンチャラじゃなくて、ナンジャモンジャだし」

直樹も琴子の髪についた白い花びらをひとつ摘まんだ。

「正式名はヒトツバタゴ。学名はチオナンサス。ギリシャ語で『雪の花』、という意味だ」

「雪の花……5月の雪だね」

「五月病の奥さん。気鬱の病は治った?」

琴子のさらさらの髪をくしゃりと撫でながら、額をこつんと付き合わせる。

「入江くんの顔見たら治った…」

「おまえの傍から離れたりしないから安心しろよ」

「うん…」

「それと」
にやりと直樹が笑う。
「子供、そろそろ欲しい?」

「……!」

「じゃあ今夜頑張るか?」

「い……入江くんも、赤ちゃん欲しい?」

「ああ、琴子が産んでくれた子供ならいつでも欲しいよ。ただ、おまえが仕事に慣れてから、とは思っていたけとな。もう大丈夫そうだな」
ふっと笑う直樹が見たこともないくらいの優しい顔で、琴子は胸の奥が熱くなってきゅうんと疼くのを感じた。

「大丈夫、なんて。……あたし、あんな失敗して」

先程のトラブルを思い出してしゅんとなる。ヒヤリハットで済んで良かったと、今更ながら胸を撫で下ろしているのだ。

「おまえ、凄いよ」

「え?」

「仲間のナースたちにあんなに信頼されて。ちょっと誇らしかった」

「ほ、ほんとに」
直樹の言葉に目を丸くする。

「ああ、大丈夫だよ。おまえももっと自信持っていい。ナースとしても。母親になることも」

「い、入江くん……」
琴子の頬には大粒の泪がぽたぼたとこぼれ落ちる。

「大丈夫だよ、琴子ーー」

再び二人の唇が重なり合う。




「あら……バカップル劇場第二幕の始まりね」

幹はくすっと笑うと窓から離れていった。

はらはらと。
雪のような花びらに包まれて。
二つの影は一つとなりやがて季節外れの雪の中に霞んで、そして溶けていく。

ーーナンジャモンジャの木の下でーー。



…………………………………………… 了……………


※※※※※※※※※※※※※※※※

やっとこさ終わりました♪

『壁ドン』ならぬ、『樹にドン』と、『頭くしゃ』そして、これからブームになるらしい『顎クイ』を入れてみました。………って、どれも何十年も前から少女漫画じゃ普通のシチュじゃん?


とりあえず季節外れとは思いつつ、一応うちのブログタイトルに由来するナンジャモンジャのお話、アップできて嬉しいです。
あとがきは、後ほど………。

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* Category : とある1日のお話(西暦シリーズ)
* Comment : (4) * Trackback : (0) * |

No title * by なおちゃん
相変わらず?ラブラブな‼二人、いくら他の人が、嫉妬しても、昔から、琴子ちゃんにしか?めがないんです、琴子ちゃんが、入江君大好きは、目に見え、わかるけど?入江君は琴子ちゃんを、上回るほど、大好きすぎますから、だれも?二人の間には、入れません。

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そうですよね! 二人の間には誰も入れません♪ この時期は特に二人はラブラブだし、琴子ちゃんもナースとしての経験も積んで、少し夫婦としても社会人としても成長した時期かなーと思います。LOVE度全開ですね♪

* by ラテ
素敵なお話です(*^^*)

2人のキスの長さにはびっくりですね。

お話楽しみにさせていただきます。

Re.ラテ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

素敵な話と言っていただいて嬉しいです。しつこーく、ながーくキスする直樹さんが好きです(^_^)
楽しんでいただけならよかったです♪

コメント







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