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個別記事の管理2014-10-04 (Sat)


「…な、なんで……?」

きっぱりと宣言する幹の言葉に、仁科は一瞬たじろいだ。

「確かに琴子はドジだし馬鹿です。でも琴子は先生と違ってちゃんと自分がドジで馬鹿ってことわかってますから。無知の知ってヤツです。だから琴子は絶対命に関わる処置に関しては何度も復唱するし、何度も確認します、それこそ、新人ナース並みに、周りが辟易するくらいしつっっこくっ! 一年経ってみんなそこそこ慣れてきて確認動作がいい加減になってきているのに、この娘だけは変わらないんです。だからアタシたちは琴子の言うことが正しいって断言できるんです」

「そんなことが証拠になるとでも……イタッ」
尚も食い下がろうとした仁科の頭をカルテでバシッと叩いたのは今まで静観していた西垣だった。

「いい加減に認めろ! 往生際の悪い!」

みんなが西垣に注目し、そして否が応でもその後ろに立っている男の姿に驚いた。

「入江くん……!」

どうやら成田から直行してきたらしいスーツ姿の直樹がそこに居たのだ。
琴子はこの医療者として情けない事態を見られていたのだと思うと、恥ずかしくて堪らなかった。

「おまえな、ナースから注射器渡されて薬剤の量に疑問を持たなかった時点で医師としてアウトだろうが!」

ぐっと唇を噛み締める仁科に、追い討ちをかけるように西垣の叱責は続く。

「さらに自分のミスをナースに押し付けるなんざ、医師としても人としてもサイテーだな。おまえ、医者向いてないわ。さっさと辞めた方がいいぞ?」

「そ、そんなこと言っていいんですか? 僕の父は……」

「地方の総合病院の院長さんだろ? 厚生省にパイプがあるのが自慢らしいが、その厚生省のお偉いさん、検察に眼をつけられてるって評判だ。親父さんに気をつけるように言っとけ」

くっと顔を歪ませると仁科は全員を睨みつけて駆け出して行った。

「…まさにシッポ巻いて逃げるって感じですね」

幹が呆れたように云う。

「明日から来ないかも」

「厄介だから来なくていいし。彼が前にいた内科から注意書が来てたんだ。だから気をつけていたつもりだったんだか……婦長、すみません。うちの医師がとんだ迷惑かけて、ナースに罪を擦り付けるような真似をして」

「いいえ。この件に関してはうちのナースにも非はあります。わかってますね? 入江さん、竹原さん」

それまで清水主任に任せて沈黙していた細井婦長が初めて言葉を発した。

「…はい」

琴子が少し震えた声で答える。

「あたしがきちんとペルジピンの適性数量を把握していれば、直ぐに仁科先生の指示に疑問を持って対応出来ていました」

「その通りです」

婦長の言葉に、西垣がおどけた声を出す。

「それは厳しいよ。ペルジピンはうちじゃ頻繁に使う薬じゃない。いつも降圧剤は内服薬を使うからね。それに毎日増える新薬にジェネリック薬品、全て把握するのは医者だって難しいのに」

「すみません! あたしもペルジピンは使ったことなくて……アンプルが10mlだったから、0.5mlなんて考えもしませんでした」

竹原も頭を下げる。

「四年目の竹原さんが気が付かなかったんだから、琴子ちゃんが間違いを見過ごしたのは無理ないよ」

そう西垣が琴子の肩を触ろうとした時――。
その手をぱんと弾き、今まで無言を貫いてきた直樹が初めて前に出た。

「患者にとってナースが一年目だろうが四年目だろうが関係ない。そうだろう? 琴子?」

直樹の厳しい瞳に、琴子は目を反らし、ただ一言「はい」と答えた。

「おまえ、久しぶりにあった妻にその態度かよ。ひでぇヤツ。琴子ちゃん、こんな冷たいダンナ捨てて俺んとこ来なよ」

そう言って再び琴子の肩に手を回そうとしたが、今度は琴子がスッと避ける。

「…とにかく、今回は何事もなかったけれど、次回はそうとは限りません。知らない、わからなかったじゃ私たちの仕事は済まされないってことをくれぐれも肝に銘じて下さい。分かりましたね? では、各自仕事に戻ってください」

ぱんと手を叩いた婦長の言葉を合図に、みな解散となりそれぞれ仕事に戻って行った。

「……い、入江くん、おかえりなさい」

医局に二人だけ取り残されて、琴子は下を向いたまま告げる。

「ああ、ただいま」

「い、今着いたの?」

「ああ」

「ごめんね、着いた早々ゴタゴタしてて」

「琴子、おまえ私服だけど仕事はもう終わりなのか?」

「あ、うん。ずっと休み取ってなくて、半休取れって婦長から言われてて……」
昨日倒れて強制的に休みを取らされることになったとは言えない。

「…じゃあ……」

直樹が言い掛けた途端、医局の電話がけたたましく鳴り響く。部屋に戻ってきた一人の医師が取り、「入江先生、平松教授からです」と直樹に受話器をかざした。

「あ、はい」と直樹が電話に出ている間に、琴子は逃げるように部屋から出ていった。

――恥ずかしくて、情けなくて顔をまともに見られない。

きっと呆れられてしまったかもしれない。なかなか成長しない妻に。
もし、直樹がアメリカ行きを決定してきたのなら……間違いなく置いていかれる。
そして、神戸の時のように自分で何もかも決めてしまうだろう。決して誰にも相談せずに――。






ふらりとやって来たのはいつもの場所。
はらはらと白い雪のような花びらが散って、綺麗だけれど物悲しい。

琴子はその樹の根元に立つと、ガシッとその太い幹に抱きつく。

「あーん、もう情けなくて入江くんの顔を見られないよ……」
頭の中がぐちゃぐちゃ過ぎて、さっきも何を話したらいいのかわからなかった。
ここ数日の心の揺らぎを悟られたくなかった――。




※※※※※※※※※※※※※※※

次で最終話の予定です……(^^;



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* Category : とある1日のお話(西暦シリーズ)
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ナンジャモンジャ * by なおちゃん
ナンジャモンジャて、お話まだまだ、つずいてたんですね!こと!琴子ちゃんの、一大事には、必ず、入江君が現れる?何だかんだ、入江君が、琴子ちゃんを、まを、まもっを、守っている、琴子ちゃんは、まだまだ、きが、気がついていないだろうけど?入江君の、愛情は、かなり、深いんだよ。

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