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彼女は美しい夢を見る。(21)

2015.02.15(23:03) 106



バレンタインの記事を書いた翌朝にどーにも馬鹿なものを書いた気がして、ひとりで「入江くんがチョコレート風呂なんかに入るかよっ」と突っ込みしていた私です(笑)

さて、うちもそろそろラストが近づいていますよ~^-^;









※※※※※※※※※※※※※※








「入江くん、早く屋上に行って!」

やっと目覚めた琴子とキスを交わし、現実の生身の琴子を実感しようとした矢先である。何から話して何をどう説明しようかと思いあぐねた一瞬に、突然必死の形相で訴えかける琴子の様子に面食らった。

琴子は足をベッドから下ろし、自分で立ち上がろうとしてそのまま直樹に掴まり倒れこむ。

「馬鹿、ずっと寝たきりだったんだ、直ぐには歩けねーぞっ」

琴子の身体を支えながら直樹が怒鳴る。

「じゃあ、じゃあ、入江くん、あたしを連れてって!」

「なんでっ?」

「速川さんが、屋上から飛び降りようと……」

「はあ? ちょっと待てよっ! それ、夢の話だろ?」

琴子を落ち着かせようと、背中に手を回す。

「夢だけど……夢かもしれないけれど、多分本当なの!」

全く説得力のない琴子の言葉だが、あまりの必死さと、そして自分の身の上に起きた数々の夢と現実がリンクした不思議な現象が思い起こされて、ただの夢だと一蹴出来ない想いも確かにあった。

琴子の真剣な眼差しに直樹は、ため息をついて、これって医療行為だよなと思いつつ、まず彼女の腕に刺さっていた点滴の針をそっと抜いた。琴子が動いたせいで、彼女に繋がっていた心電図の端子は外れ、パルスオキシメーターも自分で指から引っこ抜いていたので、ナースステーションではアラームが鳴り響いていることだろう。恐らくすぐに看護師が駆け付けるに違いない。
しかしそんなことより琴子の願いを叶えることの方が最優先である。彼女を抱き抱えようと腕を脇と膝裏に通して持ち上げようとした。

「……つっ!」

しかし左肩の痛みに、琴子の足を持ち上げることが出来ない。

「……入江くん?」

――やっぱり琴子を助けたの、夢じゃないのか?

一晩経っても痛みは全く消えていなかった。

「悪い、琴子、おんぶでいいか?」

「え?   あ、うん」

背中を向けられ乗るように促された琴子は、直樹の首に腕を絡ませて背中に覆い被さる。
横抱きよりマシだがそれでも全身に痛みが走った。

「屋上でいいんだな?」

「う…うん!」

琴子を背負うと、直樹はそのまま勢いよく走り出した。

「こっちだよ!」

唐突に二人の前に小さな少女が現れて、道案内するかのように前を走り出した。

「あの子……!」

「知ってるのか?」

「目が覚める前に、ここに戻ってくる道筋を示してくれた子だわ」

何処の子かしら、首を傾げる琴子に、
「俺たちの子かもな……」
と囁く。

「え?  今なんて?」

「いや」

直樹は少女の後をついて、廊下の端にある非常扉を開ける。
屋外にある非常階段が、上に続いていた。
元々最上階の部屋だから屋上へは直ぐだ。

ーーやっと……ちゃんと生きてるおまえを感じることができる。

背中に微かに感じる胸の膨らみや、首に絡んだ細い腕、首筋にかかる琴子の吐息――漸く取り戻せることが出来たのだとじんわりと喜びが湧いてくる。

「あ、あの、入江くん……」

「何?」

「左腕、怪我してる?」

「……ああ。大丈夫。大したことないから」

「もしかしたらあたしのせい? あたしのこと受け止めたせいで……」

「覚えているのか?」

直樹の背中でこくんと頷く琴子に、驚きを隠せない。

やはり琴子を助けたのは自分なのだ。とんでもなく非現実的ではあるが。

「夢じゃなかったんだね。ありがとう。………助けてくれて」

消え入りそうな声で囁く琴子の吐息が耳にかかり、それだけでどうにかなりそうになる。
頬が緩んでくるのを感じつつも、屋上へと続く細い鉄の階段を迷いなく駆け上った。
少女の姿はいつの間にか消えていた。

カンカンカンと軽快な靴音が響き、やがて最後の一段を踏み出すと、晴れやかな空と冷たい北風が二人を迎い入れた。

「入江くん、あっち」

空に尤も近い開けた視界には、夢の通りのシーツのカーテンが、風に煽られ波打つように踊っている。
琴子は心臓をドキドキさせながら、直樹を目指す場所に導いた。

そして。

「速川さん!」

フェンスの向こう側にはーー。
夢と同じ情景のまま、速川萌未が柵に腕を絡ませ、震えて一歩も踏み出せない足を狭い空間のコンクリートの縁にへばりつかせていた。

「いっ入江さん!? 相原センパイ……? なんでっ」

彼女は茫然と、直樹に背負われた琴子を凝視する。

「目が覚めたの……?  ちゃんと、生きてるの?」

琴子の姿が信じられないと云わんばかりに、目を見開いて震える声で呟いた。

「うん!  生きてるから!  あたしちゃんと生きてるから」

「………もしかして歩けないの?」

「大丈夫!  沢山寝すぎて身体が動き辛いだけ!  すぐに歩けるようになるよ!  あたし、なんともないからっ それにちゃんと分かってる。あたしが落ちたの速川さんのせいじゃないから!  ちゃんと覚えてるから」

「そう………そうなんだ。意識……戻ったんだ」

ぼんやりと遠い瞳をさまよわせたあと、安堵のため息をついて呟いた。

「よかったぁ……」

「うん、ゴメンね。あたしが起きなくて心配だったんでしょ?  不安だったんでしょ?  あなたのせいじゃないから。もう苦しまないでいいから」

「馬鹿、お前が謝る必要あるかよ」

それまで何か言いたげではあったが、口を開くことなく二人のやり取りを聞いていた直樹が初めて口を挟んだ。

「ううん。あたしが勝手に落ちただけなのに、速川さん自殺しようと思うほど追い詰められて………あたしがすぐに目を覚ましていればこんなことには……」

心から済まなそうに云う琴子に、速川萌未はくしゃっと顔を歪ませる。

「やめて! もうやめてよっ あなたのそういうところがイヤなの! キライなの!
あたしのこと責めればいいじゃない。あたし、あの時あなたにひどいことを云ったわ……! そのせいで、階段から落ちたんじゃない」

「ち、違うよ……階段から落ちたのはあたしがドジなだけ……」

「だいたい何であなた、あたしがここにいること知ってるのよ!」

そう、何故ここにこの二人がいるのか……彼女には全くわからなかった。

「だって……速川さんが夢の中で云ったんじゃない。入江くんを連れて来てって。そしたら死ぬのやめるって」

「……どうして……? それはあたしの夢よ。さっきまであたしが見ていた夢。でも入江さんは来ないの。ずっと待っても来ない……来るはずないわ。あたし嫌われてるもの。あなたを傷つけた酷い女だって」

ーーわかってるのかよ。
直樹は顔をしかめる。

「この女が本気で死のうとするわけないだろう?」

忌々しげに吐き捨てる直樹の自分を見つめる瞳は恐ろしい程冷たくて、速川萌未は思わず息を飲む。

これまで一度だって自分の姿を認識してもらったことはないけれど。
初めてちゃんと見てくれた時の顔がこんな禍々しいものを見るような目付きをされるなんてーー

「どうして、そんなことを云うの? 夢の中では、あんなに優しかったのに………」

「は?」

「 夢の中ではあたしが入江さんと同居して、入江さんと結婚して …………」

「くだらない妄想だな」

ばっさりと切り捨てる直樹に、彼の背中に背負われたままの琴子が、
「くだらないなんて云わないで……あたしも同じだから……」そう悲しげに呟く。

「そう、くだらない夢。目が覚める度に虚しくなるの……」

「あたしたち、違う場所にいて、違う夢を見ているようで、同じ処にいたのかしら……?」

琴子の言葉に直樹は、謎の少女の指差した深いブラックホールのような闇を思い出した。
琴子が落ち込んだ底のない深淵にこの女も居たということか。
あの深淵を作り出したのは琴子の不安や哀しみや、この女の嫉妬や羨望、恐怖ーー凝り固まったあらゆる負の感情だったのだろうか?

「ずっと……怖かったの……あなたが死んでしまったんじゃないかと。生きてるって聴いた後も目が覚めないって……怖くて怖くて……全部夢ならいいのにって」

「それは自分が殺人犯になるかもって恐怖だろう? 別に琴子を心配した訳じゃないんだろうが」

直樹の冷たい科白に、
「入江くんっそんな言い方っ……それに、あれは事故だから! 殺人なんて……」
琴子が真っ向から否定する。

「……いいよ。そう思われても仕方ないし。実際そうかもしれないし。あたしも自分の本心がわからない………」

「速川さん?」

「あなたがどうなったのか知るのが怖くてずっと友だちの家に引きこもってた。友だちから、あなたが意識不明って聴いてからは、警察が捕まえにくるかもと、怯えていたし、あなたが死んでしまったらどうしようって怖くて堪らなかった。それが自己保身と云われればそうなんだろうけれど……
友だちの家で眠る度に色々な夢を見ていたわ。初めは幸せな夢ばかりだったの。あたしが入江さんと結ばれる……あたしずっと眠っていたいと思ったわ。夢なら醒めないでって。でも夢だから目覚める度にリセットされて。
そしてそれがだんだん悪夢になってきて……あたし今度は眠るのが怖くなってきて……」

もう、全部どうでもよくなってきて……

もう疲れちゃって……

羨んだり蔑んだり誹謗したり……

ああ、あたしってなんてイヤな女なんだろう……

あたしはなんで彼女みたいになれないんだろう……

あたしはなんで相原琴子になれないんだろう………

あたしは……

「速川さん! お願いだからこっちに来て! 危ないから……!」

彼女の瞳が虚空を見つめ、今にもふわりと空へと飛び出しそうな気がして、琴子は慌てた。

直樹が背中の琴子を降ろして、地面に座らせる。

「入江くんっお願い」

つかつかと直樹は躊躇いなく速川萌未の方へ歩いていく。

彼女は迷いなく自分に近付いてくる直樹に目を白黒させて立ち尽くしていた。

そして直樹はあっという間に彼女のいるフェンスの前に立ち、何の躊躇もなく彼女の脇に手を入れて羽交い締めたような格好のままフェンスの内側に引っ張りあげた。

「ひゃああっ」

萌未の顔が真っ赤になったのを見て、彼女がまだ直樹のことを好きなのだと思うと微かに琴子の胸が痛む。しかしそれよりも彼女を持ち上げた時の直樹の顔が歪んだのを見て、彼が肩を痛めていたのを思いだし、直樹に対する申し訳なさと怪我の心配が一瞬にして琴子の頭の中を占拠した。

直樹が萌未をフェンスから少し離れた位置の地面の上に置くと、琴子が「…入江くんっ!  大丈夫!?」と、真っ青な顔でずりずりと近付こうとしてくる。まだ力が入らなくて立つことが難しいようだ。

直樹はそんな琴子をすっと抱き上げる。

「あっあっ……肩、大丈夫?  痛くない?」

「ああ、だいぶ収まってきた。右手で支えるからおまえ左から俺の首にしがみつけよ」
琴子は言われた通り、直樹の腕に負担が掛からないようにぎゅっと直樹の首にしがみつく。
直樹も抱き上げた琴子をきつく抱き直して密着させる。

(他の女に触れたからな、消毒だ…)

「あ、やっぱり降ろして。重たいでしょ? 肩も痛いでしょ?」

「大丈夫だよ」

自分を蔑むように見ていた時とは明らかに違う優しい眼差しで琴子を見つめる直樹の姿に、萌未は顔を背ける。

「だめっ降ろして!」

琴子が降りようとジタバタしだすと、「いてっ」と直樹が眉根を寄せて身体をよろけさせる。

「ほらっ痛いじゃないっ」

「おまえが暴れるからだろうがっ!」

いまだにぼんやりとしたままの萌未は、地面にしゃがみこんだまま、じゃれてるような言い合いを続ける二人を見上げていた。
結局直樹は琴子を抱いたまま降ろさない。

「琴子はこーゆー奴だからおまえのことを責めるようなことはしないが、はっきり云って俺はおまえを許す気になれない」

直樹の冷たい言い様に、ぼんやりと夢うつつな状態だった萌未は、怯えたように青ざめる。

「入江くん!  だから、速川さんのせいじゃないってば」

慌てて彼女を庇う琴子に、直樹は呆れたようにため息をつく。

「階段から落ちたことじゃない。……いや、あれも救護義務を怠ったことは許せないが、おまえがあの場にいた根本は俺のせいだからな」

自嘲ぎみに笑う直樹に怪訝な顔を見せる琴子。

「元々俺がおまえに酷いこと云わなければ、おまえはあの場所にいることはなかった。そうだろ?」

「あ……」

漸く階段から落ちた事故の直前の経緯が少しずつ思い出される。

「だからその件に対しては不問にする。しかしおまえが琴子に対して、嫌がらせの手紙を送り続けていたことに関しては許すつもりはないから」

直樹の峻烈な言葉に顔を苦しそうに歪ませる。

「……ごめんなさい」

蚊の鳴くような小さな声で彼女は謝罪した。

「謝ってすむような……」

「いいのよ!  もう!  あたし手紙のことは気にしてないから!」

直樹の憤りの言葉を琴子が遮る。

「琴子!」

「入江くん、そのことはもういいから」

「よくない!  ずっとお前がそんな目に合ってきたのに気付かなかった自分にも腹が立つけど……」

「嬉しい…!  入江くんがそんな風に思ってくれて!  でも、入江くんも自分を責めないで。気付かれないようにしたかったのはあたしだし……」

「なんで相談しなかった?」

「……だって迷惑かけたくなかったし……」

申し訳なさそうに応える琴子に、昔何度も「迷惑かけるな」と言い放っていたことを思い出す。

「バカヤロー……って馬鹿なのは俺か……」

「?  入江くんが、馬鹿な訳ないじゃない?」

「…ったく…高校ん時から嫌な思いしてたんだろうが?  なんでそんなに簡単に許しちまうんだ?」

呆れたように琴子の顔を覗き込む直樹に、琴子はうつむいてからちらりと恥ずかしそうに目を合わせる。

萌未はただ青ざめた顔を二人に向け、彼らのやり取りを黙って聴いていた。

「だって……速川さんも入江くんのこと好きでしょ?  片想いって本当に辛いの。その気持ちは凄く分かるから……」

「…だからって人を傷つけることは許されないだろう?   そしておまえはいくら片想いが辛くてもそんなことは絶対しないだろ?」

「そんなこと分からないよ。みんな……理美やじんこもそういってくれたけど…みんななんであたしのことそんな風に言ってくれるんだろう?  あたしはいつも不安だったよ。ヤキモチだっていっぱい妬いたし…松本さんとのデート邪魔しようとしたり、沙穂子さんとのお見合い邪魔したり、凄く嫌な子だったよ。……さ、沙穂子さんのことは…もしあのまま入江くんが沙穂子さんと一緒になっていたら……あたしだって何したか分からないよ………!」

夢の中の幾つかの思い出したくもないシーンがフラッシュバックのように浮かび上がる。

「琴子…!」

「あたし…あたし、夢の中で沙穂子さんにナイフを向けられた。また違う夢ではあたしが入江くんと結婚する沙穂子さんにナイフを向けようとした。あたしの中にそんな恐ろしい感情や願望が存在するってことでしょ?」

「琴子、それは違う!」

電話で震えるように話していた琴子の不安が繰り返される。あの時の電話の向こうの琴子は間違いなくこの琴子だ。だが、琴子はそのことを覚えているのだろうか?

直樹は琴子の不安の要因が全て自分のせいなのだと改めて思い知る。琴子に全く気のない態度を取り続け、何一つ彼女の欲しいものを与えてこなかった。
彼女がこんなにも簡単に速川萌未の気持ちに添ってしまい同調してしまうのは、琴子は自分の恋が成就したのだと何一つ実感がないためだ。
恋をするのは幸せで楽しくてあったかくて――
でもその一方で確かに存在する醜くドロドロとしたどす黒い感情も確かに存在して。
そして琴子は自分もそんな感情に支配されるかもしれないという不安を常に抱えていたのだろう。
沙穂子が現れてからは特に顕著に。

ナイフを向けられた自分。
ナイフを向ける自分。

沙穂子への罪の意識と再び奪われるのではという不安の表れ。

「……あたしが、婚約者から略奪したくせに、って言ったから?」

震える声を搾るように出した萌未に、二人は視線を向けた。

「入籍してもらえなくて、ザマアミロ、とか……」

琴子を抱いていた直樹の肩がぴくりと震える。眉間に皺を寄せて萌未を一瞥する。
しかしあからさまに怒りを向けるようなことはしなかった。琴子が受けた毒針のような言葉の数々は、全て直樹の行動に由来する。そういう自覚は流石にあった。

「……あたし、あなたが傷つく言葉ばかりかき集めてた気がする…。どうすればあなたが苦しむかそればっかり考えてた……でも」

「……でも、そんな自分が嫌だったんでしょ?」

琴子の問い掛けにはっと顔をあげる。

「速川さんは、普通の女の子だよ」

にっこり笑う琴子に、萌未はぼんやりと目を向け、ぽつりと話し始めた。

「二人が同居しはじめてすぐにあった定期考査で……相原センパイが100番になった時…入江さん、順位なんて見に行ったことないって聞いてたのに相原センパイの番号を真っ先に確認して、そしてうっすらと笑ったの……」

「…え?」

唐突に何を話し出したのかと、琴子は首を傾げる。

「あたし、同居なんてしたって二人の距離は変わらないと思ってた。入江さんは相原センパイなんかに心を許したりしないって信じてたの。でも、無条件に入江さんの傍に居られるセンパイを妬っかんでた。
自分と同じ場所にいるとばかり信じてた人がたった一夜で、あたしには手の届かない……でも、あたしが望んでた場所にいたの。
悔しくて悔しくて堪らなかった……あたしの方がずっと前から入江さんのこと好きなのにって」

琴子の胸がきゅんと痛んだ。

「わかるよ……あたしも沙穂子さんが現れた時、そう思ってた。
あたしが入江くんの会社を立て直す力のある家の娘だったら、とか、あたしの方がずっと沙穂子さんより早く一目惚れしていたのに、とか。考えたってどうしようもないことばかり考えて…悲しくて妬ましくて」

「琴子………」

直樹が口を挟もうとしたその時――。

「わかってないよ…センパイはあたしと全然違う」

「……え?」

――運命的な出来事によって始まった入江家での同居。でもそれが多くの女の子たちに衝撃を与えていたということは分かっていた。
勝ち誇ったつもりも自分が特別なつもりもなかった。直樹は決して自分を見てはくれなかったから……。
けれど周りは羨望と嫉妬の眼差しを琴子に向け続けた。
あんな娘が入江さんの隣にいるなんて――
そういう言葉も視線も気が付いてはいるけれど気にしないようにやり過ごしてきた。そうしないと直樹の近くにいることなんて出来なかったから。

「……みんなもそう思いたがってた。同居したってどうなるものでもない、あなたがまとわりついているだけ。入江さんはあなたのことなんて何とも思ってない――
って……
でもね。あたしはわかってたの。あたしはずっとずっと見てたから。あなたよりずっと長く入江さんのこと見てたから。
だからわかってた。理解ってしまったの。
素っ気なくて、冷たい態度をとってたって、相原センパイのこと他の女子とは全然違う存在として見てるって」

「え…?」

「それはもう、最初の頃から感じてた。初めは入江さんがあなたに振り回されてると思ってあなたに腹がたった。でも、段々いろんな事が見えてきて。入江さんは振り回されること楽しんでるって。入江さんは頭のいい人だから心から嫌がっていたらどんなことをしてもあなたを排除する筈。それをしないのは入江さんがあなたの存在を許しているということ。
そして、少しずつ少しずつ入江さんは変わっていった。きっと近くに居すぎる人たちは気が付かないと思う。それくらい些細な変化なの。
でも、あたしには分かってた。
あたしはいつも見ていたから。いつも入江さんの姿を追っていたから。入江さんが素っ気ない顔で誰の姿を捜しているのか……。あなたは大騒ぎしながらドタバタと入江さんのこと捜していたけれど、入江さんはあなたの姿を見つけると少し安心したようにふっと笑うの。軽く口角をあげるだけだし、すぐにあなたには仏頂面を見せてたから誰も気が付いてないだろうけど。それにね、入江さんあなたが他の男の友だちと楽しそにしてると、ホント不機嫌になるの。眉間に皺寄せて、ふんって感じで」

「……速川さん……?  それって……」

「それで、あたしと同じなんて、あなた凄く馬鹿だわ。
あなたのことが嫌いなのは、あなたが不可抗力の偶然によって同居という幸運を手に入れたせいじゃない……そんなの関係なく、今まで誰一人として自分の世界に立ち入らせなかった入江さんがあなたを受け入れて見つめていたから…だから許せなかった」

「それって、入江くんがあたしのこと初めて会った頃から好きだったってこと!?」

萌未の言っている意味が漸く分かり始めた琴子は、萌未の顔と直樹の顔を交互に見つめる。
直樹は苦虫を噛み潰したような困惑したような複雑な表情をしていた。

「……そうなの?  入江くん?」

戸惑いながらも直樹の顔を覗き込む。

「琴子………覚えてないのか?」

「え?」

「電話で話したこと」

ぼんやりと空を見つめているような琴子の瞳は一瞬のうちに光りを帯びて直樹の姿を映しだした。大事なことを思い出したかのように、はっとした表情を浮かべたまま……。

「あれ……夢じゃないの?」

普段多くを語らない直樹が電話の向こうで色々な事を話してくれた。

金之助にヤキモチ妬いていたこととか。
それ以前から琴子に近づく男たちに苛立っていたこととか。
何故沙穂子でなく琴子を選んでくれたのか。
そしてどれだけ琴子を必要としているか。
どれだけ愛してるかーー。

行きつ戻りつする琴子に何度も話してくれた。謝ってくれた。

入籍してほしいと懇願してくれて。

ーーそれは現実……?

夢の中ではすんなり現実の直樹と話しているのだと信じることが出来たのに。
あまりにも現実の直樹とはかけ離れている優しい言葉の数々に、目が覚めた今はやはりただの甘い願望だったのだろうと思っていた。

「夢じゃないよ。考えられない非現実的な出来事だけど、おれはおまえと電話で話した。多分、もう二度とあんな甘ったるい科白は吐かないから、簡単に忘れるなよ」

「忘れない!  忘れてないよ!  絶対に忘れないから!」

そう言って琴子は直樹にしがみつく。涙がポロポロと溢れだした。

「ごめんね!  入江くんごめんね!  入江くんが思ってくれてたことあたし気が付かなくて!  信じられなくて……!」

「おまえが謝るなよ。自分の気持ちに気が付かなかったのは俺も同じ。おまえが自信を持てなかったのは全部おれのせいだ」

しがみつく琴子の身体を抱き締め髪をくしゃりと撫でる。

泣いている顔を直樹の胸に擦り付けている為に、彼のシャツは琴子の涙と鼻水でぐしょ濡れになっていたが、それすらも今琴子が生きていると感じられて愛おしい。

「速川……」

ぼんやり二人を見ていた萌未の存在を思い出したかのように直樹が声をかける。

「琴子が許すというのなら、おれもおまえを許そう。
但し二度と琴子に近づくな。
それと、二度と他人も自分も傷付けるな。わかったか?」

琴子を見つめていた優しい眼差しから一転凍りつくような視線に変わり、萌未はびくりと身体を震わせた後、こくこくと首を縦に振る。

「……それと…おまえもちゃんと自覚してるようだが、こいつがあんたや他の女たちと違うのは――
こいつはどういうわけが全然自信を持っていないが、絶対同じ立場であっても、人を貶めたり傷付けるようなことはしない。そしてどんなに罪を背負っても自傷行為なんて決してしない。とことん前向きに対処していく奴だ」

「……そうですね」

目を伏せてぽつりと呟く。

「相原センパイ……」

「え?」

いまだ直樹にシャツに涙をこすりつけていた琴子は萌未の言葉にやっと顔をあげた。

「あたし…入江さんが別の人と婚約した時、あなたに『ザマアミロ』って手紙送ったでしょ?」

「う、うん」

「あの時…あたし、婚約者のひとにも『ザマアミロ』って思ってた。入江さんは多分あなたのことなんて少しも好きじゃないのよ、可哀想に、って。
入江さんのことも、頭いいクセに馬鹿な人、って思ってたわ。色んな女の子の気持ちを無視して蔑ろにしてきたから…大切な女の子の事すら思いやることもない酷いひとだから……好きでもない人と結婚することになるのよ、ザマアミロって…
……そう思ってたの」

「速川さん………」

「疲れちゃった。人を妬むのも、蔑むのも、貶めるのも…」

「うん、そうだよね。そーゆーのってすっごく疲れるよね」

琴子はふわりと速川萌未の頭に手を延ばすと、くしゃりと撫でた。

「でも、疲れるって思う時点で速川さんは真っ当なんだよ。世の中にはそーゆーのが心から大好物の人もいる訳じゃない?
だから……速川さんは普通の……いい娘なんだよ」


萌未は琴子の励ますつもりらしい言葉に少し目を丸くしてからくすりと笑った。
涙を一杯流した後のすっきりした顔をあげ、そして二人を見つめる。
真っすぐな瞳を向けて。


「相原センパイ……ごめんなさい…」

                                             









※※※※※※※※※※※




ラストミッションーー
『速川萌未の救済』でした。
(ま、彼女を救ったのは100%琴子ちゃんのまっさらな心でございましょう。悪霊退散←?)







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コメント
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【2015/02/16 00:39】 | # | [edit]
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【2015/02/16 07:07】 | # | [edit]
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【2015/02/16 07:18】 | # | [edit]
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【2015/02/16 08:10】 | # | [edit]
琴子ちゃんは、さすがですね、どんな人にも、温かい心、人を、思いやる気持ちを、持った、女の子、なかなか、みんな、そんな風には、なかなかなれない、でも、琴子ちゃんは、それができる子、そんなとことができる、琴子ちゃんを、、大好きな入江君、そんな、こと子ちゃんだから、入江君は、琴子ちゃんを、愛してるんだよね。
【2015/02/16 20:20】 | なおちゃん #- | [edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2015/02/16 20:46】 | # | [edit]
コメントありがとうございます♪

そうですね、本当に琴子ちゃんはピュアですね。女神だわーと私も思いました(^^)
そう、速川さんはイリコトの周りの誰も気がついていない直樹の想いを唯一分かってしまった子です。(みんな鈍いですからねー本人含めて)
やはりでも彼女が琴子にしてきたことは決して許されませんが、菩薩の心であっさり許してしまいます。共に許してくれてありがとうございます(笑)
マロン様も、スッキリ浄化できたならよかったです(^^)
はい、謎のザシキーちゃんも頑張りました。
さて、目標入籍までまっしぐらで行きたいと思います♪お待ち下さいね(^^)
【2015/02/16 22:22】 | ののの #- | [edit]
初めまして!初めてコメント致します!

彼女は美しい夢を見る。←ほんっとに面白いです(泣)最高~!!!

毎回、更新楽しみに毎日を過ごしてます☆

今回の記事、何というか......
女の子の好きな人への気持ちとか、恋が叶うことない悲しみ、妬み、何で私じゃないのっていう苦しみ......特に、萌未ちゃんのザマアミロっていう複雑な気持ち。

琴子ちゃんは、そんな気持ちをしっかりわかってて......なんて優しいの~なんて♪

思春期ならではの繊細な女の子の気持ちの変化を、よく表していらっしゃって感動しました。

すごく琴子ちゃんの気持ちにも、萌未ちゃんの気持ちにも共感できます!

またの更新を楽しみにさせて頂きます!
失礼しました(((^^;)
【2015/02/16 22:33】 | しおり #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

きゃあ(//∇//)紀子ママさんに感動してもらえて嬉しいです!
そうです、直樹さん実はたいして仕事してません。速川さんを一瞬お姫様抱っこしただけです。まあそれだけで彼女は本望でございましょう(^^;
そう、直樹さんはひたすら反省反省の日々です。思い知ったか!琴子ちゃんの痛みをっ!
速川さんはただ見つめるだけの娘で、何も出来ない無力な娘です。だからこそ意識下の精神世界ではミュータントのような化け物になってしまって琴子ちゃんを苦しめました。でも、すべてを許してしまえる琴子ちゃんによってすっかり浄化されました(^^)v
ふふっ琴子ちゃんの立ち位置に悩んだのですよ。ほんとは最後琴子ちゃんに速川さんをぎゅっと抱き締めさせようと思ったのですが…そしたらまたずりずりと這っていかなければならないし……直樹さんは抱っこしたまま離さないし^-^;結局頭くしゃに落ち着きました。貞子にならないようリハビリさせないとねー(^^;

【2015/02/16 22:50】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

そうですね、確かに直樹さん大変なことが多いですが、刺激のある生活を求めたのは彼ですから^-^;
そう速川、実は一番よく見てて、鈍いイタキスキャラたちの間では誰よりも直樹の気持ちを察している。確かにプライドの高いお嬢さんだから余計にどんどん嫉妬や妬みで負の世界を作り出してしまったのでしょう。
女の子なら誰でも持ってる負の感情。でも琴子ちゃんはちゃんとそれを押さえる心の強さと清廉さを持っている。
そうですね、この先直樹と共にいると必ずまた自分も嫉妬したり、他人からの嫉妬の攻撃を受けるのかもしれないけれど、きっと乗り越えて、相手も自分も浄化してしまうのでしょうね。ほんと女神さまのようっ(^^)
深いご考察ありがとうございました♪
【2015/02/16 23:15】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

そうですね、本当に琴子ちゃんは優しい思いやりのあるお嬢さんです。気持ちに同調して簡単に許してしまえる深い慈愛に満ちてます。
はい、速川さんが一番入江くんの気持ちを察していた人です。だからこそキツかったろうけれど、してきたことは本来なら許されないでしょう。
とりあえず入江くんも反省しまくりで、なんとかギャフンと云わせられました(笑)
さて、ラストまでもう一息です。お付き合いいただければ幸いです(^^)
【2015/02/16 23:24】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

本当に琴子ちゃんは流石です!確かにこんな慈愛に満ちた思いやりをもった娘はそうそういないでしょう。
そうですね。そんな琴子ちゃんだからこそ、入江くんは愛してやまないのでしょうね(^^)
【2015/02/16 23:28】 | ののの #- | [edit]
コメントありがとうございます♪

はい、本当に琴子ちゃんって偉大ですよね。海のような心の広さです。

そうですね、自分がずっと辛い想いを抱えてきたから、あんなに自分を傷つけた相手にも寄りそうことが出来てしまうんですよね。

はい、ハッピーエンドがようやく見えて参りました。
楽しみにしていただいて嬉しいです(^^)
少しお待ち下さいね♪
【2015/02/16 23:36】 | ののの #- | [edit]
はじめまして。コメントありがとうございます♪

わー嬉しいです!そんなに楽しみにしていただいて(//∇//)
はい、今回はただただ最悪なヒールだった速川さんの心を露呈させることで、少し彼女の想いを汲み取り、単純に琴子ちゃんが許した訳ではなく、許してしまえる理由をきっちりさせたかったのです。
拙い表現力ですが、繊細な心の機微を受け取って貰えて嬉しいです(^^)
琴子ちゃんの気持ち、そして何より速川さんの気持ちにも共感していただいて、ここまで書いてきてよかった!と思いました。ありがとうございます(^^)
しばし、お待ち下さいね♪
【2015/02/16 23:47】 | ののの #- | [edit]
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