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個別記事の管理2018-07-29 (Sun)

豪雨に猛暑に逆走台風……大丈夫か、地球、って毎年いってますね(-_-)

うちは無事通り抜けましたが、皆さまのところもご無事でありますように。

そして、お話は……終われませんでしたorz



※※※※※※※※※※※※※※※




そして、今ーーあたしたちは、クリニックからほど近いカフェに4人向かい合わせで座っていた。
ほんの数メートルの距離だったけど、2月の午前の外気は冷たくて、白い息を吐きながらあたしたちは、入江くんが「あそこでいいか?」と指差した小さなカフェを見て無言で頷くと、そのまま急ぎ足で飛び込んだのだ。
入江くんはブレンド、沙穂子さんはミルクティ、ハトコ孃はココア。あたしはカフェオレ。それぞれ温かい飲み物を頼んだけれど、あたしはまず出されたお冷やでからからだった唇を潤す。
………色々有りすぎて、あたしは朝っぱらからどっと疲れていた。

「だいたいの経緯は、理解できた」

相変わらずの無表情で入江くんが素っ気なく口火を切った。
……怒ってる。
かなり怒ってるよね?

「つまり、琴子がおれと離婚したいなどと馬鹿なことを言い出したのは、沙穂子さんがおれの子供を妊娠したと勘違いーーいや、そのハトコさんに騙されたせいーーというわけか」

あたしはこくこくと頷く。するとハトコ孃は言い訳がましく、
「騙すなんて人聞きの悪い。一応、脅かしたあと『なーんちゃって』ってオチをつけてあげたのよ。なのに、あなたってば耳に入らなかったみたいでふらふらとどっかに行っちゃうんだもん」などと悪びれる様子もなく宣う。

はあ?

「何が『なーんちゃって』よ! こっちはショックでそのあとのこと、なーんにも覚えてないわよっ。そ、そ、それくらい、あたし、もう、もう、どうしたらいいかわかんなくってっ! あ、あたし……もう入江くんの奥さん続けられないって……」

あの時のことを思い出したら、鼻の奥がつーんとして、涙目になり、鼻水もだらだら流れてきた。
それっくらい衝撃的だったんだからぁ~~!

「落ち着け、琴子」

入江くんがテーブルにセットされていたペーパーを取り出して、鼻に当ててくれる。思わずちーんって鼻かんじゃったよ……なんか子供みたい。

「ごめんなさい! 琴子さん! なんてお詫びしたらいいのか……まさか、あの時凛々子ちゃんがそんなこと云ってたなんて……」

沙穂子さんが頭を深々と下げ、「ほら、凛々子ちゃんもちゃんと謝って」と促す。

「悪いなんて思ってないわよ、……沙穂子の受けた仕打ちと比べたら……」

ふてくされたような仏頂面で、そっぽを向いて呟く。あくまで反省の色はない。ってか、あたしたちよりだいぶ年上だよね? ほんっと、子供か!

「大泉の人間のわりに頭の悪い女だな。あんたは」

わー入江くんってば大泉家の人なのに容赦ない………ほら、沙穂子さんも目を丸くしてるよ~~

「婚約破棄のことは沙穂子さんには誠心誠意謝罪した。そして納得してもらった筈です。無論、賠償請求もあり得ると覚悟もしていた。それだけのことをしたのだと。
何の制裁もなく許していただけたことは感謝しても感謝しきれない」

そういって沙穂子さんに頭を下げる。

「ただ、一旦区切りがついた以上、たとえ遺恨があったとしてもあとは沙穂子さんが自分で向き合うしかない。他人がどうこうできる問題じゃない。あなたが沙穂子さんの姉のような立場だとしてもーー」

うん、正論だけど……やっぱ、きついなー。沙穂子さんもちょっと唖然としてるかも。
そして今度はハトコ孃を見据える。

「あなたは、沙穂子さんのために琴子を苦しめたかったのかもしれないが、それでいったいどういう着地点を望んでいたんだ? 琴子が離婚するといって出ていってもおれは沙穂子さんのところに戻ることはない。忘れかけてた沙穂子さんの瘡蓋(かさぶた)をひっぺがしてを塩すりこんだだけだろう」

「元はといえば瘡蓋になるような傷をつけたの、あんたでしょうが!」

そういって、入江くんに指を突きつける。確かにそうなんだけど、話が堂々巡りになってしまうよ……

「沙穂子、あんた、『直樹さん、とっても紳士なの。優しくて王子様みたいなの~~』って電話でのろけてなかったっけ? こいつ顔は美形だけど、全然想像と違うんだけど!」

すみません、これが本性なんです~~
しかし入江くんを『こいつ』呼ばわりとは……

「今のが本当の直樹さんですよね……琴子さんといる時の直樹さんが真の直樹さんだって気はしてたんです。
だからね、凛々子ちゃん。私、婚約破棄を云われた時、ショックというより、ああ、やっぱり、って思ったの。だから簡単に引くことができたのよ。あの琴子さんに対してちらりと垣間見えた意地悪な直樹さん、私には耐えられないし、かといってずっと本音出されない夫婦もきっとお互い耐えられなくなると思ったの」

そ、そうだったのね………
入江くんへの想いをあんなにうっとりと語っていたわりに潔いなーとは思ったけど……

「だから、怒りとかあまり沸き起こらなくて、泣いて追いすがろうとも思わなかった。これ以上惨めになりたくなかったし、ささやかなプライドもあったせいかしら。でも流石に二週間でお二人が結婚した、ときいた時は暫く落ち込んじゃって……きっぱり吹っ切れたつもりだったのに、『たった二週間』というのはショックだったかしら……」

本当に、それは申し訳ない気持ちになる。あたしは浮かれまくってて、沙穂子さんや金ちゃんの気持ちを全然考えてなかった。

「その件については謝ります。母の暴走を食い止めらなかったおれの責任です」

入江くんが真摯に謝る。あたしも一緒に深々と頭を下げた。

「あ、ごめんなさい。そんな、今さら責めるつもりはなかったの。暫く凹んだけど、お陰ですっぱり気持ちを切り替えて前向きになれたし。あ、私、春から心機一転留学するつもりなの。ただ一番どん底な時に凛々子ちゃん帰国して、引きこもってめそめそしてるとこ見られちゃったから……」

そしてちらりと隣のハトコ孃を見つめた。

「この娘は人のこと悪くいう子じゃないから、あたしが色々訊いてもちゃんと話してくれなかったの。だから、 おおよその話はメイドたちからきいたのよ。もお、あたし許せなくって!」

ドン、とテーブルを叩く!
彼女が沙穂子さんのこと、本当に可愛がってきたんだろうなぁ、というのはよくわかる。

「凛々子ちゃん、勝手に私の気持ちを汲み取らないでよ。それこそ凛々子ちゃんが帰国してくれて、ずーっと不妊で悩んでた凛々子ちゃんの妊娠の報告にすっかり沈んでた気持ちは上向きになっていたのに。もう、破談のことなんて忘れてかけてたわ」

「でも、ここでこの子が妊娠してるかも、って知った時、また落ち込んでたじゃない。まだ吹っ切れてなかった証拠よ!」

「だ、だから、それはさっき云ったでしょ?な、なんか直樹さんが妊娠するようなことするなんて想像全くできなかったものだから、ちょっとびっくりというかショックで……当たり前のことなのに、そっか、琴子さんにはしてるのね……って考えたら……ああ、私ったらなんてはしたないことを考えて! ……と自分に嫌悪を感じて悶々としてましたの」

あたしと入江くんはなんと云っていいんだか、困惑の表情をうっすらと浮かべる。

「何いってんの。あんた結婚をなんだと思ってるのよ。王子様だってやることやるわよ」

呆れたように沙穂子さんを一瞥してから「こんな子だから、ほっとけないのよねぇ」と呟いた。

「でも、ま、確かに悪かったわ。あなたにウソついてごめんなさい」

そしてハトコ孃ーー凛々子さんはようやく殊勝に頭を下げた。

「あ、ひっぱたいたこともね。ついこの略奪女!と思ったら手がでちゃって」

「沙穂子さんにおれを殴る権利はあったが、あなたに琴子を叩く権利はない」

ぎろっと入江くんが眼光鋭く睨み付ける。
凛々子さんは思わずひっと怯えた顔を一瞬みせたけど、さすがすぐに表情を戻していた。
沙穂子さんの方がまだ怯えている。
ここまできっつい入江くん、知らなかったんだろうな~~

「………だから謝ってるじゃない。人をひっぱたくことなんて出来ない沙穂子の替わりにしたけど、ちょっと筋違いだったみたいね。ごめんなさい」

今度は深く頭を下げた凛々子さんを、沙穂子さんが少し安堵したように見つめる。

「………凛々子ちゃんは、昔から姉御肌で強くて凛々しくて、私の騎士みたいなものだったの。……他の人には狂暴な毒舌女王として恐れられてたけど、私には優しかったから……」

狂暴な毒舌女王って………

「この娘はね、あたしの妹みたいなもんなのよ。うちは分家で父親は事業に興味なくて、一族から浮いてた家だけど、沙穂子は本家の一人娘。家の敷地は隣同士だから生まれたときから可愛がってたの。
あたしがいなきゃ何にもできないお嬢様で。あたしがずっと守ってやらなきゃって思ってた。
なのに、あたしがちょっと海外いってる間に、勝手に見合いするわ、婚約するわ……あげくの果てに婚約破棄されて落ち込んで……ほら見なさいって思ったけど、色々話をきいてたらもう、腹が立って腹が立って」

たしかに沙穂子さん側の人から話だけ聞いたら、沙穂子さんの受けた仕打ちはあんまりだと思うよね。

「………沙穂子はね、あたしにしょっちゅう国際電話で遅れてきた初恋の話をしてくれたのよ。
ほんとは見合いで結婚なんてあたしは反対だったけど。政略結婚なんてろくなもんじゃないもの。
この娘がそれだけ惚れてるなら仕方ないって。
でもね、そんなにすぐ婚約して大丈夫?あたしが年明けたら帰国するからそれまで待ちなさいって……ストップかけたんだけどね。
そしたら年明ける前に向こうから婚約破棄言い渡されて。
なんなの、それ? って遠い異国の地であたしがどれだけ憤慨したことか」

「ごめんね。心配させちゃって。そして、私からちゃんと凛々子ちゃんに説明しておけばよかった。もう終わったことだと」

「ま、予めあんたに説明されても頭に血が上って、おんなじことしちゃったかもだけど~~」

「ずっと私の騎士だった凛々子ちゃんが結婚して、私も一人で頑張らなきゃって思ってたの」

「あんた、失恋して逞しくなったわよ。まさか、沙穂子にひっぱたかれる日がくるとは思わなかった」

がっしり手を取り合う二人。

「それに、あたしが結婚したってあんたはあたしの妹分よ、一人で頑張らなくてもーーあ、今、よくこの女結婚できたなーって思ったでしょ!」

二人の世界にいるかと思いきや、唐突にあたしの方を向いて指差されてドキッとする。
あ、バレた?

「一応分家とはいえ、これでもあたしアパレル部門の会社の後継者だからねー。部下から出来そうな男みつくろって婿養子よ。ええ、勿論向こうには拒否権なんてないわよー」

うわー肉食系!?

「あら、そんなことないのよ。凛々子ちゃん、一族みんなの反対を押しきっての大恋愛なのよ。年下だったけど、旦那さん優秀だし、今回のパリの店の立ち上げも大成功だってきいたわ」

「ああ。北英グループの新規ファストファッションブランド『LiLi』のチーフプロデューサー……でしたか」

入江くんが何か思い出したように呟いた。

「あら、よくご存知で」

「そりゃ、資本協力頼むからには色々調べますので。あなたが社長にはならなかったんですか?」

「社長の器じゃないわ。こんな性格だから。子供も生みたかったし」

「凛々子ちゃん、結婚したあとに子宮内膜症になって、不妊の原因にもなってたの。治療に専念するために会社は旦那さんに任せて仕事から身を引いたのよ。赤ちゃん、どうしても欲しいからって」

……そ、そうだったんだ。

「で、でも! 妊娠できたんですね! よかった! おめでとうございます!」

あたしは思わず両手を叩いて祝福する。
あの母子手帳とエコー写真を思い出した。

「……ありがとう。あたしの妊娠がなければ、ここで会うこともなく、あなたが苦しむこともなかったのに。そんな風に素直に他人の幸せを喜べるのね……」

凛々子さんは少し呆れたように目を丸くしたあとくすっと笑った。

「……だからといって、凛々子ちゃんが琴子さんにしたこと、決して許されないと思うけど……全部あたしのためなの。あたしが臆病者で自分じゃ何もできない子だったからーーごめんなさい。本当にごめんなさい!」

「さ、沙穂子さん、もういいですよ。そりゃショックだったけど……違うとわかったから……もう大丈夫です」

「………琴子さん……」

「凛々子さんも謝ってくれたし、この話はこれでおしまい!」

「琴子、いいのか?」

「うん。だって、みんな勘違いしてだけってわかったもの。沙穂子さんは妊娠してないし、あたしも病気じゃない。それですっきり解決! で、もういいよね?」

あたしはそういって入江くんの方を見る。
入江くんは何となく不満そうだったけど、あの辛かった時期にこれ以上記憶を戻すことをわざわざしなくてもいい、とあたしは思った。

「離婚を考えるくらい悩んで苦しかったのに? 」

「うん、離婚しなくてよかった!」

そして、入江くんも離婚届け出してなくてよかったよーー今更ほっとする。

「本当に……ごめんなさい。そして、琴子さん、凛々子ちゃんのウソなのに、私のことを一番に思いやって身を引こうとしてくれて……ありがとうございます。そんな琴子さんだから直樹さんが選んだのね……」

沙穂子さんがそう呟いた

「……琴子に免じて、この件はもうチャラにしましょう。凛々子さん。あなたが琴子を精神的に追い詰めた上にひっぱたいたというのは許せませんが……もう関わらないということで目をつぶります」

「ありがとう」

ーーそして、あたしたちは漸くほっと息をついた。みんなの顔を見回すと、その表情は入ってきた時よりもずっと和らいでいたようだった。










※※※※※※※※※※※※※※


4者会談に思わず時間がかかってしまいました。
次こそ終われるハズ……(^^)d
なるべく早くアップしますねー





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* by なおちゃん
琴子ちゃんは、直ぐに簡単に許してしまうけど?まあ、琴子ちゃんらしいけど、入江君は、納得出来たのかな?

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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメ、相変わらず遅くてすみません!

そうです。凛々子さんまーたっく悪びれてませんね。自分と自分の周囲を守ることに関しては徹底してる女王様ですからf(^_^;
この婚約破棄に関しては私、引き際のいいお嬢に拍手喝采でした。一話で結婚まで持ってきたい裏事情があったのかと詮索してしまうくらい(^w^)多少ゴタゴタ揉めた方が面白いと(台湾版のように)話の作り手として考えちゃいますものね。そんなお嬢をちょっと思って挿入したお嬢のエピでした。
確かに!……『王子様、ヤるのが仕事』に、逆に私も吹いちゃいましたよ笑
はい、一件落着……ご要望のお仕置きですが……emaさんちに謹呈するエロを書いてたらちょっと余力がなくなって書けないかも……f(^_^;ってか、毎回ワンパターンなえろにちょっとスランプ気味ですわー。





Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなりすみません!

ほんとに、女神のような琴子ちゃん、自分がすっきりしたらすぐに許しちゃいますね。入江くんは納得してませんから……その悶々はお仕置きタイムに還元です(^w^)


Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなりましてすみませんm(__)m

はい、沙穂子さん嫌いの紀子ママさんに受け入れてもらえるかちょっと心配でしたが(笑)至極真っ当と思ってもらえてよかったです。沙穂子さんからしてみれば、いくら婚約破棄受け入れられたとしても、二週間で結婚って……あんまりだわーて思いますよね。私はこれを受け入れた重樹さんが、企業のトップとしては???って思ってます。
まあ色々問題ありの凛々子さんですが、今回のことでお嬢のわだかまりも少しは溶けたのかも……入江くんの本性もしっかり見れたしね!!(^w^)きっと、結婚しなくてよかったーと後からじわじわ来ますね笑

個別記事の管理2018-07-22 (Sun)

最終回まで一気に書いてしまうつもりでしたが……週末忙しくて、いつアップできるかわからないのでf(^_^;とりあえず、キリのいいところまで。
すみません、ちょー短いですっm(__)m




※※※※※※※※※※※



白を基調とした広々とした玄関ホールに白百合の如く清楚で美しい沙穂子さんが困惑の表情で立ち竦んでいた。その横には沙穂子さんとは対照的に真っ赤なワンピースを着て派手やかな印象の沙穂子さんの自称ハトコのお姉さん。
そして、玄関のアールデコ調のガラス扉を背に、少々息を切らして立っているのは入江くん。えーと……走ってきたの? な、なんで、ここ知ってたんだろう……?
胎教によさげな静かな音楽が流れる産婦人科クリニックのホールに、あたしたち四人はしばし茫然と顔を見合せーー

そしてーー

「琴子! 子供が出来なくても構わない! 二人だけの生活だって決して悪くないと思う。もしいつか欲しいと思ったら養子をもらってもいい。おまえが傍にいてくれるだけでいいんだ。たとえ治療が難しい病だとしても一人で苦しむな。おれが絶対治すから! 一緒に戦おう!」

「琴子さん! 先日は取り乱してごめんなさい。ちょっと驚いてしまっただけなの。な、直樹さんがそーゆーことするの、想像つかなくって。あ、結婚してるなら当たり前なのに、イヤだわ、あたしったらっ! 琴子さんなら素敵なママになれるわ! おめでとう!」

「沙穂子さん、ごめんなさい! あなたが入江くんの赤ちゃんを宿してるって知ってたら、あたし入江くんと結婚しなかった。 入江くんをあなたに返すから、赤ちゃんをパパの居ない子にはしないでーー。そして元気な赤ちゃんを産んでね!あ、あたしなら大丈夫だよ! 辛いけど遠くから二人を応援してるから!」

「「「……………………???」」」

え? え? えーーー?

3人が同時に堰を切ったように喋りだしたので、何をお互い話したのか一瞬よくわからなかった。そしてあたしたちはみんなきょとんとしてーー理解不能といった感じで互いの顔を見比べる。

「えーと……??」

「おい、琴子、今、なんていった?」

「い、入江くんこそ。お、おまえが傍にいてくれるだけでいい、ってなんか素敵なセリフが聴こえたような……」

「何故そこだけしっかり聞き取れるんだ……ーーって、沙穂子さんが赤ちゃん!?」

「ええ? あたしが? 妊娠してるのは琴子さんじゃ」

「えーと、それは誤解です! あたしここにはブライダルチェックにきただけで。結果は問題無しの至って健康……」

「え? そうなのか?」

「あ、あの、あたしも妊娠なんて……ここには凛々子ちゃんの付き添いで来ただけで」

へ? 付き添い? どーゆーこと!?
あたしの頭は沙穂子さんの言葉をすぐには噛み砕くことができなかった。

「え? でも、あの母子手帳……大泉沙穂子って」

鞄から半分飛び出た可愛らしいミッ◯ィーちゃんの絵柄のついた母子手帳……

「あー、あれ、実はあたしのよ。大泉沙、じゃなくて、大泉凛々子。あのとき沙穂子に鞄預かってもらってトイレいってたのよね」

……はい?

それまで傍観者を決め込んでいたハトコのお姉さんが、唐突に割り込んでしれっととんでもないことを告白する。
ちょっと待って! ちょっと待って!
なにそれっ~~~!? いったいどーゆーことよ!? えーー? じゃあ、沙穂子さん、妊娠してないってこと!?

「で、で、でも! あなた、あたしに云ったわよね?
沙穂子さん、妊娠してるって! 入江くんの赤ちゃんを……沙穂子さん、一人で産むつもりだ、って!」

あたしは思い出したばかりの記憶の中から、あの時このひとに云われた言葉を反芻し、食らいつくようにハトコ孃に掴みかかる。

あたしがどれだけ悩んだか!
どれだけ苦しんだか。
どれだけ辛かったかーーー!!

「はぁーー?」

「凛々子ちゃんーーなんてことを! なんでそんなウソを!」

入江くんが顔を思いっきりしかめてハトコ孃を睨み付けた。沙穂子さんは青ざめ、頬を両手で覆ってハトコ孃を凝視する。

「ーーだって。あんたのせいで沙穂子がどれだけ苦しんだと思ってるのよ。この娘の痛みをあんたにも思い知らせてやろうってね。そもそもあんたが勝手に勘違いしたのに便乗しただけでしょ」

勘違い!?
でも母子手帳、大泉沙ーーって。あ、沙の字のサンズイまでしかみえてなかったわ。

「凛々子の凛はニスイだけどね」

そういってバックから母子手帳を取り出す。そう、この表紙だ。

「3年ここで不妊治療して、治療を辞めて海外赴任して、戻ってきた途端に何故か妊娠できたのよね~~」

ハトコ孃は悪びれることもなくあたしに母子手帳を見せつける。
あ、ほんとだ。大泉凛々子ーーへぇこれでりりこ! いや、そんなこと感心してる場合じゃなく!

「じゃあ、じゃあ、沙穂子さん、妊娠してない……?」

「してません!」

「してるとしても相手、俺じゃねぇし……」

入江くんがひくひくとこめかみを震わせながらものすごく低い声で呟いた。
その言葉に沙穂子さんの表情が少し悲しげに曇る。

えー、そんな風に断言できるって……もしかして、二人って……

「直樹さんは赤ちゃんどころか、キスすらもしてくれませんでしたから……」

沙穂子さんも伏し目がちにボソッと呟く。

「……キスどころか手もろくに……だから直樹さんは超奥手な方だと……」

へ……そ、そうだったの? 婚約までしてて……?

よかったぁ……(え? 奥手??)

安心すると同時に、だんだん怒りがふつふつと沸いてきた。
そう、目の前の、りりこだか、ららこだか知らないけど、他人のこと散々悩ませといて、しれっとしてるこのハトコ嬢に!

っつーか、沙穂子さんにならともかく、この人にそんなウソつかれて騙される筋合いなんてない。そのうえ唐突にひっぱたかれたことも思い出した。
大泉家のお嬢様なわりに随分狂暴じゃない?
わなわなと怒りがこみあがってきて、拳をぎゅっと握りしめる。

「琴子さん! ほんと、ごめんなさい!まさか凛々子ちゃんがそんなウソをついてあなたを苦めていたなんて……」

恐縮して深々と頭を下げる沙穂子さん。

「ううん、沙穂子さんが謝ることはないわ……」

「沙穂子が謝る必要ないわよ」

ほぼ同時に同じ事を口にする。

あんたが云うな! 思わず睨み付けてしまう。

「沙穂子、自分がされた仕打ちを忘れたの? あたしがついた些細なウソなんて可愛いもんよ。婚約までしておいてあっさり他の女に乗り換えた不実な男と図々しい略奪女に、もっと徹底的に制裁を加えるべきだったのよ! あんたが毎日泣き暮らしてる間にさっさと電撃結婚って、ふざけんな!って思うのが普通でしょ? 大泉のおじいさまもあんたも甘すぎるの! なんで婚約不履行で訴えなかったのよ!」

そこを突かれると何も云えなくなってしまう。

沙穂子さんを傷付けたのは紛れもなく事実だからーー

すると。

ぱちん!!

乾いた音が静かな玄関ホールに鳴り響いた。

「さ、さほこ?」

目を白黒させて自分の頬を押さえていたいたハトコ嬢。
驚いた……。
沙穂子さんが、彼女の頬を叩いたのだ。

「な、な、なんであんたが……!」

「りりこちゃん、いい加減にして! 私が傷付いてるって連呼して、そっちの方がよっぽど傷付いていくの、わからないのーー? 」

あまりにも意外だったのか、口をパクパクさせて言葉を失うハトコ嬢。
うん、あたしも驚いた。
沙穂子さんがそんな感情を露にさせるタイプとは思いもしなくてーー。

その時、憮然と眉間に皺を寄せたまま、ひとことも口を挟んで来なかった入江くんが、あたしたちの間にすうっと割って入ってきた。

「ーーとりあえず、別の場所に移動しよう。いつまでもここの玄関先で揉めてるわけにはいかねぇだろ?」

確かに、このサロンのようなクリニックのホールで、あたしたちは患者さんらしき女性たちの注目の的になっていた。

そして、そう促した入江くんはーーまったくの無表情でーー怖いくらいの無表情でーー静かに黒いオーラを背負って、ハトコ孃を一瞬だけ睨み付けた。

あ、凍りついた。
傍若無人なハトコ孃が、入江くんと目があった瞬間、フリーズしたかのように見えたーー。







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ありがとうございます * by みな
更新ありがとうございます。
ずっと楽しみにしてました。
お忙しいとは思いますがこれからも更新よろしくお願いします。

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* by なおちゃん
沙穂子さんも、以外だけど?このあとの入江君が、怖いぞ、琴子ちゃんを苦しめた結果揉ませたのも有るけど、入江君怒らせちゃ怖い。v-40

Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
またもやリコメが遅くてすみません!

自分でこの長文をお互い喋り続ける不自然さは気になりつつ(誰かが話しだせば、とめるよね、ふつう)も、この互いの噛み合わない会話の場面を一番書きたかったので、もう強行突破しちゃいました笑

直樹さんに怯んでる凛々子さんですが……まあ、この人も大概いい性格してるんで笑 (一瞬凍りついたけど多分立ち直りは早い笑)
さて次ですっきり解決……ですf(^_^;



Re.みな様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメがはちゃめちゃ遅くて申し訳ないです。
楽しみにしていただいてうれしいです。なかなか毎日更新は無理ですが、なるべく週一めざして頑張りますね。

Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメがもんのすごく遅くなってすみません!

ふふ、面白いといってもらえてよかったー。
そう、すべての元凶はこのハトコだった!(笑)
そうなの、この三人の勘違いを吐き出すシーンが書きたくてはじめたお話でした。お互い聞き取り辛かったろうけど直樹の肝心の言葉だけ聞き取れる琴子なのです。(直樹は天才なので聖徳太子の如く話ながらみんなの言葉も聞き取れてたにちがいない)
沙穂子さんには指一歩触れてない、それさえわかれば琴子ちゃんはもう何もかも許しちゃうでしょうね〜(^w^)

Re.ルミ様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

そうです。直樹さんは琴子一筋……というか、琴子しかダメなんですよねf(^_^;
お気づかいありがとうございました(^-^)v

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメがすっかり遅くなって申し訳ないです〜〜m(__)m

そうなんです。傍若無人で高慢なだけでなくちょいと意地悪くウソまでついてハトコの仇を取るつもりでいたようです。まあ身勝手なリリコさんですが、一応お嬢が慕っているので、姉御肌なキャラなんだろうと。ええ、でも唐突に人を叩くのは凶悪ですf(^_^; ドラマにあったので取り入れたのですが、そのお陰でキャラ設定こまったわー。突然通りすがりにビンタするなんてぶっ飛んだキャラ、フィクションしかそうそう存在しないって〜〜

ほんと入江くん、自分が叩くのはOKで人が叩くのは絶対許しませんよね(おまえもアウトだよー!)

入江くんの逆襲、解決しちゃえばもうスッキリな琴子ちゃんのお陰でイマイチ物足りなかったかも……f(^_^;




個別記事の管理2018-07-15 (Sun)

本日二話更新しています。
未読の方は(7)を先にお読みください。


※※※※※※※※※※※※※※※※※




突然見知らぬ女性にひっぱたかれたあたしは、事態が全く把握できずに、思わず叩かれた頬を押さえて呆然としてしまった。

と、通り魔?
それとも、入江くんのストーカー?
唐突に降って湧いた災いに頭が真っ白になる。

「い、いったい、なんなのよっ! あ、あ、あなた誰っ」

あたしのことをあからさまに睨み付けるこの女にあたしも負けじと食い付く。

「は? 私のこと、もう忘れたの? さすが蚤の脳ミソね。そうやって人の心を踏みにじって傷つけても綺麗さっぱり忘れてお気楽に生きていくのね。いいわよね」

明らかな敵意。あたしを傷つける為に選ばれた言葉に心臓がぎゅっと押し潰されそうな感覚に襲われる。
どうして見も知らぬ人からそんな酷いこと言われるの?
あたしーーこの人に何かしたの? 傷つけるようなひどいことをーー記憶を失う前に。
なんだかとても怖くなってきた。背筋がぞわっとする。

「あ、あたしがあなたを傷つけたっていうんですか? あたしが何をしたの? あたし、三カ月間の記憶がないんです。もし、何かしたのなら、教えてください!」

「はあ? 記憶喪失……? 何見え透いた言い訳を…」

その人は綺麗な眉を潜めてあたしを睨みつける。

「言い訳じゃ……本当なんです! ちょっと頭ぶつけて……」

確かに記憶ソーシツって……ウソ臭いけどね。でも、本当なんだから仕方ない。

「じゃあ結婚したことも忘れたってわけ?」

「えーと、そうです……」

「え? マジで!?」

あたしの悲哀と困惑の入り交じったな雰囲気に、真実だと受け入れてもらえたのか、呆気にとられたような表情でまじまじと見つめられる。

「ふーん……」

何か考えあぐねるようにあたしをじろじろとねめつけている。

「忘却って都合がいいわよね。あの娘は忘れることもできずにショックで部屋に閉じこもってるっていうのに」

「えーー?」

あの娘?
あのこって……誰ーー?
一瞬にして浮かび上がったあるひとの上品で整った綺麗な顔。

「誰……のことですか?」

あたしの問いかけに、
「教えてあげない」と素っ気なく言う。

「自分で、きちんと思い出して。そしてもっと苦しんでよ。自分の幸せが他人の不幸を踏み台にして成り立ってるって」

鍵はこの人だ、と一瞬で理解してしまった。
あたしが離婚届けを書いた理由を、きっとこの目の前にいる女性が知っているーー。
そして、それはーーー。

「お願い! 待って!」

言うだけ言ってさっさと踵を返して立ち去ろうとする女性を引き留める。

「もしかして……あの娘って……あの娘って」

あたしの幸せは人の不幸を踏み台にして成り立ってるーー

「沙穂子さん……? あなた、もしかして、沙穂子さんの知り合いなんですか……?」

彼女の目がすぅっと細くなる。

「思い出した?」

答えにはなっていないけれど、彼女の表情からそれが正解なのだとわかった。
「思い出してはないけれど……でも、一番傷つけたのは間違いないだろうから……」

入江くんから、きちんと謝罪して婚約破棄には納得してもらったとは聞いている。でもそんなに簡単に割りきれたんだろうかーーと実は少しーーううん、かなり気になっていた。
あたしがそうだったように。
入江くんが彼女と婚約して、忘れなきゃ、諦めなきゃ、と自分に言い聞かせ続け、金ちゃんとの時間を楽しもうとしてもーー入江くんへの想いを簡単に忘れることなんてできなかった。

「そうよ。あなたは……入江直樹と二人して沙穂子の心を残酷なまでに傷つけた。ずたずたにね。
幸せの絶頂だったあの娘に婚約破棄を言い渡し、その上たった二週間で別の女と結婚って、何? 傷口に塩塗り込むような真似してくれて非常識にも程があるわ。本来なら婚約不履行で訴えてもいいような状況なのに、あの娘はあっさり身を引いてあげた。その好意を踏みにじるような馬鹿みたいに大袈裟で派手な披露宴をしたんですってね」

一気に捲し立てられて、返す言葉がない。
記憶にないこととはいえ、もし自分がその立場だったらどんなに辛いだろうと想像は簡単につく。

「あなたは沙穂子さんとは……」

「はとこよ。大泉のおじいさまは私の大伯父にあたるのよ。私は兄弟がいなかったから、沙穂子のこと妹のように可愛がってきたわ」

はとこ……。いまひとつ家系図かぴんとこないけど。おじいさん同士が兄弟ってことかな。確かにほんの少し、目元とか似ているかもしれない。性格は随分と沙穂子さんとは違ってキツそうではっきりした感じだけど。

「あの娘が婚約した時、私は海外赴任の主人についていってて傍にいなかったから、詳しい状況は帰国した今年になって初めて知ったの。聞いて腹がたって仕方なかった。あの娘は優しいからあっさり身を引いたけれど、私なら絶対訴訟おこすわね。こんな人をバカにしてる話、ある?」

「……沙穂子さんには、本当に申し訳ないって思ってます。そして感謝してます」

沙穂子さんがあっさりと破談を了承してくれたからーーそしてそのうえパンダイの融資まで継続してくれたからーー
おそらくあたしたちは結婚できたのだ。

記憶にはないことだけど、あたしと入江くんが結婚していたと聞かされた時、ずっと沙穂子さんのことは心の片隅にひっかかっていたような気がする。

「沙穂子さん……引きこもってるって……」

「ええ。あなたとここで先週ばったり会ったでしょ。それからよ。それまでは前向きに色々この先のこと考えていたみたいなのに……」

えーー?
ここで?

ここで………


ーー琴子さん……どうして……ここに?
あ………もしかして! お、おめでとうございます! じゃ、あたし…これで……

ーーあ、待って! 沙穂子さん! 違うの!


「そうだ……あたし、ここで沙穂子さんに会った……」

この病院の…レディスクリニックの、このロビーで……
ブライダルチェックの検査結果をききに行った帰りにーー。

「今度こそ思い出した?」

「どうしよう! 沙穂子さん、あたしに赤ちゃんが出来たって誤解してーーもしかして、それでショックを受けて引きこもってるの?」

あたしの姿を見て茫然と立ちすくみ、みるみる青ざめる沙穂子さんの顔がフラッシュバックのように脳裏に浮かんだ。

「誤解……? じゃああなた、妊娠してなかったの?」

「はい。ただブライダルチェックの結果を聞きにきただけでーー」

ーー待って、沙穂子さん!

追いかけようとしたあたし。そして沙穂子さんが持ってたトートバックを落として、中のものが散らばって……

リノリウムの真っ白い床に散らばったものを拾うのを手伝いながら、「沙穂子さん、誤解よ。あたし、赤ちゃんは……」と言いかけて……そして偶然見てしまったモノ。

今度はあたしが言葉を無くしフリーズしてしてしまっている間に沙穂子さんはそれを奪い取りばたばたと走り去っていた。

そうだ。
彼女のバックから出てきたものーー母子手帳と、一枚のモノクロのエコー写真。赤ちゃんらしき小さな影。
母子手帳には『大泉沙…』という名前が一瞬だけちらりと見えた。

ーー思い出した……!!

「沙穂子さん……母子手帳持ってた……」

思い出すと同時に、膝ががくがくと震えてくる。
全身の血の気が引いてくる。
あの日と同じようにーー。

「そう。やっと思い出したんだ」

そうだ。そしてその後に、このひとに会ったのだーー。





* * *



ーーあの日。


「沙穂子ーー?やだ、どこ行っちゃったの?」

化粧室から出て来て沙穂子さんを探してロビーをキョロキョロしていた女性の前にあたしはばっと立ちはだかり、思わず訊ねたのだ。

「あなた、沙穂子さんの知り合いですか?! 沙穂子さん……妊娠してるの? 入江くんの赤ちゃんをーー!」

そう。沙穂子さんが妊娠してるのなら、父親はきっと入江くんだ。
きっと破談になった時にはすでに妊娠してたのに、気がつかなくて……
ああ、なんてこと!
なんてことなの!
沙穂子さん、一人で産むつもりなの?
あたし、どうしたらいいの?
ただでさえ、不安の中、あたしも妊娠してると誤解してーー
どうしよう! どうしようーー!

「あなた、もしかして入江直樹の奥さん?」

突然あたしに詰め寄られ質問された彼女は逆に怖い顔をして詰問してきたのだった。

「そうです……」

「ふうん」

そうだ。あのときも、この女性はあたしをじろじろと不躾に見つめていた。あからさまな敵意をもって。
そして冷然とあたしの一番聞きたくない言葉を突きつけたーー。

「そうよ。沙穂子、妊娠してるのよ。入江直樹の子供よ」

あたしの足元は突然ガラガラと崩れおち、奈落の底に落ちていくような感覚に襲われた。
世界が闇に覆われていくような感覚。
そして、再び、思い出した途端にあの日と同じ感覚に苛まされていくーー。


「………だから、早く別れてちょうだい。沙穂子をシングルマザーにしないでよ。あの娘にたった一人で子供を育てることなんて無理だわ。でも、産むって言い張ってるの。愛した人の子供だから産みたいって」

その後のことは思い出せない。どうやってそこから帰ったのか。
ただずっと思ってたーー。
ごめんなさい、ごめんなさい、沙穂子さん!
心の中で謝り続けて。
やっぱり沙穂子さんが入江くんと結婚すべきだったんだ。
あたしが奪った。横取りした。
あたしが沙穂子さんから何もかも略奪したんだ。
赤ちゃんの父親を。幸せな家庭を。
そして、ずっとずっと悩んでーー
入江くんと別れるしかないって……あたしは決断して、離婚届けをもらいにいったのだ。







「ちょっと! 聞いてるの? あなたーー!」


ぼうっとしていたらしいあたしの肩をぐいっと掴み揺さぶられ、あたしは漸く顔を上げる。

「……聞いてます。そして、全部思い出しました……」

そうーー何もかも。
あたしは三ヶ月の出来事をすっかり思い出していた。

「それで? あなたはどうするのかしら?」

「別れます……入江くんと……」

それしか道はない。
沙穂子さんが妊娠しているのなら、入江くんは沙穂子さんのもとに戻るだろう。それが一番あるべき形なのだから。

「当然ね」

そうだ。
あたし、ずっと悩んで考えてーーううん、答えは1つしかなかったのに、あたしはなかなか踏ん切りがつかなかったのだ。
例えば沙穂子さんの子供をあたしが引き取って育てるとかそんな酷いことまで考えてしまった。母親から子供を取り上げるなんて極悪すぎる。側室の子供を奪い取る意地悪な正室みたいじゃない!
そんな風にのたうちまわって、あたしが出ていくしかないって覚悟してーー。
やっと離婚届けをもらってきて名前を書くのに3日近くにかかってしまった。

「別れるから……沙穂子さんに、元気な赤ちゃんを産んでくださいって……入江くんをよろしくって……」

声が震える。
涙が溢れてくる。
いろんな映像が溢れかえってきて、いっきに記憶が蘇ってくる。
三ヶ月の間にあった様々な出来事がゆっくりと浮かび上がり、頭の中で確かな色を成していく。たった三ヶ月の夢のような日々ーー悲しかったこともあったけれど、総じて一生分の幸せを感じた時間だった。そして、それと同時に記憶をなくす直前の、苦しくて辛くて心が引き裂かれそうな感覚が、その幸せな時間を真っ黒に塗り潰していく。

全部思い出した今ーーあたしの取るべき行動はひとつしかない。



「りりこちゃん! どうしたの?」

病院の自動扉が開いたとたんに、優しげな声が耳に届いた。

「沙穂子さん……!」

「琴子さん!?」

白いカシミアのコートに身を包んだ沙穂子さんが、瞳を大きく見開いて、あたしと、自分のハトコを見比べる。

そのうえーー。

「琴子!」

さらにはもう一人、息を切らして駆け込んできた来たのはーー

「入江くん!」
「直樹さん!」

えええーーーーっっ!!

ど、ど、ど、どうして入江くんが、ここに!?

な、なんなのっ? この状況ーー!
あたしたち四人はーーきらびやかでお洒落なレディスクリニックの玄関先で、しばし呆然とお互いの顔を見比べて立ち尽くしていた。





※※※※※※※※※※※※※※※※



セレブなクリニックが出てきた時点で大方の人が予想してたとは思うんですがf(^_^; はーい、正解です笑
まあ、ラストまで予定調和でまいりますよ!(次で終われる……かな?)



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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪ そして果てしなくリコメが遅くなりまして申し訳ないです。

ふふふ、記憶を失った理由を直樹なりに推理していく過程を書きたかったので、名探偵さながら、といっていただいて嬉しいです。そう、でもさすがに離婚の理由の真実まではたどり着けず……勘違いで悶々する直樹も……ふふ、ちょっとザマーミロな気分でございましょう(^w^)

琴子も勘違いといえ、沙穂子さん妊娠!って相当ショッキングですよね。思わず勘違いしたまま一人失踪してしまう琴子の話も書けそうだとちょっと思っちゃいました(書きませんが笑)

さていよいよすべての事実が明かされます。お仕置きは……! えーと……かけるかなー笑(えへっ)


Re.ルミ様 * by ののの
コメント2つありがとうございました♪
リコメがはちゃめちゃに遅くなりまして申し訳ないです。

そして、二人のことを色々心配していただいてありがとうございました。
ドラマとは全く関係なく話はすすみ、当然『らぶららら』というふざけたタイトル通り、ららら♪な感じで終われると思ってます(^-^)v だって、直樹が琴子以外に手を出すなんて……考えられませんものね。

他でコメントできなかったのですね。たまにそういうことあるかも。あとはちょっとNGワードにふれると(えっちな単語とか……)投稿できない場合がありますので、お気をつけを!



Re.るなたま様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメがものすごーく遅くなりまして大変申し訳ないです。

まあ、心配で読めなかったのですね。ここまで一気読み、ありがとうございました。はい、基本私はハッピーエンドしか書かないつもりですのでその点はご安心を!(でもドSなでそれまで相当琴子ちゃん苦しめてしまいますが……ごめんね)
多分琴子ちゃんは入江くん以上に破談になった沙穂子さんのこと気にしてると思うんですよね。
そして妊娠してると思ったら絶対身を引くだろうし。そんな琴子を愛しいと思ってくださってうれしいです。

はい、琴子の笑顔はすぐそこですよー(^^)d

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメが超遅くなって大変申し訳なかったです。
ふふ、うちのニューオリキャラ、りりこ様に大変憤っていただいてありがとうございます(^w^)モデルは傍若無人なあの毒舌バイオリニストをイメージしてました笑
一応お嬢様なのに、なんでこんなに手が早く狂暴なんだと思いつつ、きっと大泉の華麗なる一族の中でも相当変わり種なのでしょう。思ってることを口にすぐ出すので、かなり煙たがられてるに違いない(-_-)

さーて、紀子ママさんの予想通りに話は展開したのではないのでしょうか〜〜(^w^)

個別記事の管理2018-07-15 (Sun)

すっかり隔週更新となってしまいました。
いえ、先週一話分できてたんですけどね。書いてから、前にもう一話足さないと、と気がついて。
慌てて今回の7話ーー悶々直樹の話を書き足したもので。

というわけで、今回も二話一度に更新します……f(^_^;



※※※※※※※※※※※※※




琴子とぎっくり腰になったお義父さんを店に送り届けたあと、おれは家に戻った。

琴子がお義父さんの傍に付いているといったのは多分おれを避けていたのだろう。
帰る頃には幾分動けるようだったし、普段ならきっと帰れと琴子を諭すだろうお義父さんも敢えて何も云わなかった。おそらく琴子の様子がおかしいことに気がついたのだろう。
無論、記憶を失っているのだから普段通りであるわけはないのだが。
それでも記憶を失ったことで、単純におれと結婚出来たことを喜んだり驚いたり忘れてしまったことを悔しがったり、感情を目一杯表情に出す琴子はいつものままで、ここ数日間目にすることのなかった琴子の笑顔も見ることが出来た。
このまま記憶が戻らない方がいいのかもしれないーーなどと我ながら逃避的思考に陥っているなと自嘲していた。
とはいえ、少しずつ思い出した部分もあるようで、プロポーズの夜のことを思い出してくれたことは少しほっとしている。気恥ずかしいが、あの雨の日はおれの人生の中で、なくてはならない1日なのだ。そして、おそらく琴子にとってもそうだと確信していた。

だがーー今日、自宅に帰ってからの琴子の様子は、記憶を失う前と同じーー不安と焦燥に覆い尽くされているかのように見えた。


一人で苦しそうにポロポロと涙を溢してリビングに立ち尽くしていた琴子。
記憶を失う前もそうだった。
一人でひっそりと泣いていたり、食事もまともに摂らずにため息ばかりついていた。

思い出してはいないと言い張ってはいたが、何かを隠しているのは確かだ。
おれは家に戻ってから、おふくろが部屋に着替えに行っている隙に、琴子が一人泣いていた時間の、電話の受信履歴と着信履歴を確認した。
あの時の琴子は受話器を握りしめ茫然自失の体であった。誰かと電話をしていたようで、おれが突然帰って来て激しく狼狽していた。そこにヒントがあるに違いないと、琴子が掛けたらしい電話番号をチェックし、そこにかけてみたのだった。

ーーフリージアレディスクリニック?

聞き覚えのない病院名だった。
時間外のため、音声案内が流れただけだったが、何故琴子が産婦人科に電話をしたのか理由がすぐには思いつかなかった。

ーー入江くんって、赤ちゃん欲しい……?

あの時唐突にそんなことを訊いてきたことを思い出す。

この病院に受診したのか?
何故?

妊娠はしていないことは一昨日記憶喪失になったことで脳神経外科を受診したときに確認した。
だが記憶を失うまえに本人が妊娠を疑って受診した可能性もある。
妊娠しているかどうかはすぐに判別はつくだろう。妊娠してないとわかって落ち込んだのか?
いや、妊娠してなかったからといって、まだ学生だし結婚して早々なのに、そこまでショックを受けて離婚を考えたりしないだろう。
というか、妊娠を疑っていたなら受診するまえにおれに相談しない筈がない。
きっと無邪気に喜んで頬も緩みっぱなしで、おれに隠し通せるわけがない。そんな気配は微塵もなかった。

妊娠以外に何か……

不正出血、生理不順、月経前症候群ーー転科したばかりできちんと講義を受けたわけではないが、医学書で記憶した婦人科系の症例を思い出してみる。
黙ってはいられない琴子だが、自分の不調はあまり口にしない我慢強いところがある。女性特有の病なら特に恥ずかしがっておれには言わないだろう。
若い女性にとって産婦人科というものは随分と敷居が高いと聞いたことがあるが、それでもわざわざ家からから離れたところで受診したというのは、余程の自覚症状があったということなのだろうか。
よくあるものといえば、生理痛、排卵痛、月経前症候群やガンジダ膣炎などかーー。
だが、やはりそんなことで離婚は考えないだろう?
いや、もしかしてなにか性病でも疑ったとか?
だが琴子は紛れもなく、ヴァージンだった。他からうつされるなんてことはーーいや、おれを疑ったのか?
たとえばガンジダの痒みや痛みで勝手に性病と思い込み(実にあり得そうだ!)、おれからうつされたとーーおれの浮気を疑ってーーとか。
いや、だがそれこそ病院で受診したなら違うとすぐわかっただろう。だいたいそんな失礼な……
なんか、段々腹がたってきたぞ。

第一そんなことであれこれ勝手に悩まれて離婚を考えられてたまるか。

一番考えられるのはやはりーー

……入江くん、赤ちゃん欲しい?

少し苦しげに言葉にした痛々しい琴子の表情が脳裏に浮かぶ。

何かの症例で婦人科を受診した。
そして、子供を産めない可能性を示唆されたということだろうかーー



……ってあれこれ想像で考えても埒はあかない。
とにかくこの病院に行って訊いてみるのが一番てっとり早い気がする。だが電話した通り今日は休診日らしい。

おれはまず、医学部の伝をたどってフリージアレディスクリニックの情報を得てみた。
そのクリニックは出産対応はしていなくて、婦人科系の症例の他に不妊治療や産み分けなどを得意としている診療所のようだった。診療所だから当然入院設備もオペの対応もない。
どちらかというとセレブ御用達の不妊治療専門施設というカラーの強いクリニックでーー何故琴子がここを選んだのか謎過ぎて、しっくりこない。

悪いと思いつつも、琴子の机を少し探してみる。何か手掛かりがあるかもしれない。

すると、病院で処方される薬の袋があっさりと引きだしから見つかった。

ーー土屋産婦人科ーー。

これはうちの近くの産婦人科医院だ。おれと裕樹が産まれたところでもある。
ここに元々かかっていたのか?

薬は頓服薬ともいわれる一般的な鎮痛剤だった。
産婦人科で処方されたなら生理痛の薬と考えるのが普通だろう。
生理痛、酷かったのか?
何年も一緒に暮らしていてそんなことも知らなかったのかーーおれは。
この数ヵ月で琴子の身体の隅々まで知ったつもりになっていた。だが肝心なことは何も分かってなかったということかーー。

土屋産婦人科はその日診療日で、おれは直接訪ねて琴子のことを訊いてみようと思いたった。
電話だと個人情報を漏らすことはないだろう。夫であるおれが身分証明を持参して行けば、応えてくれる可能性は高い。

案の定、入江直樹といったらあっさりと教えてくれた。おれがこの病院で産まれたことも古い看護師は覚えていた。おふくろもここで定期的に子宮がん検診などを受けているようだった。
予想通り、琴子がこの病院で薬をもらったのは月経困難症で生理痛が酷かったのだと教えられた。
おふくろの紹介で高3の夏ころから鎮痛剤を処方してもらうために半年に一度くらいのペースで通っていたというのだから驚きだ。まあ予め薬を飲んでいたのなら生理痛で苦しむ様を見たことがないのだから仕方ないのかもしれないが………

そして、ここで知らされた『フリージアレディスクリニック』のことーー。

「ブライダルチェック?」

「ええ。院長が私の医学部の同期でね。データの収集を手伝っていたのよ」

おれを取り上げた医師の娘だという2代目院長が琴子に勧めたらしい。

聞き慣れない言葉ではあるが、数年後には一般的になるだろうと院長は話していた。
不妊治療に主力を置いているクリニックなので、結婚後に不妊に苦しむ女性を減らすために、少しでも早く治療を始められるように啓発していきたいのだと力説していた。
婦人科検診に腰の重い若い女性たちに少しでも自分の身体のことを気にして欲しいという意図もある。
たまたま琴子が結婚したばかりということで頼んだのだらしい。保険適用外だが、実績を得ることが目的なので、かなり格安で検査が受けられるということで、琴子も戸惑いつつも受けてくれたのだと。

「ほんとは、男性にも受けてもらいたいんですけどねー。ご主人、どうですか?」と勧められたが丁重に断った。
子供は授かりものだ。出来なかったら出来なかったでそういう人生もあると受け入れられる。
だがーー女性は……そんな風に割りきれないのだろう。おそらく、琴子も。

そこでブライダルチェックの検査項目を見せてもらう。
血液検査や尿検査、おりもの検査で、妊娠時に検査する項目を大方網羅していた。
子宮頚がんに、風しん抗体検査、B型C型肝炎やHIV、梅毒やクラミジア抗原などの性病検査。
あとはエコーで子宮内膜や卵巣検査もある。かなり細かく項目が分れていた。

ブライダルチェックの検査結果が出たあとに様子が激変し、離婚まで切り出したともなると、答えは一つしかないだろう。

子供ができにくい、あるいは産めないと宣告されたかーーもしかすると子宮や卵巣に重大な疾患が見つかったかだ。

いやな汗が背中を伝う。
琴子の衝撃を想像するだけで胸をかきむしりたくなった。

何故ーーおれに何もいわない。
一人で悩んで……




とにかく、明日、フリージアレディスクリニックに行こう。琴子の病状を確認して、それから琴子の元に行ってーー
ちゃんと琴子と話し合って、あいつの想いを受け止めて、二人で斗南大の付属病院を受診しよう。

決してもう一人では悩ませない。
おれたちは夫婦だ。
どんな困難もともに手を取って立ち向かう。そう教会で誓ったろう?

琴子ーー待っててくれ……

おれはまんじりともしない時間を、落ち着かないインテリアの新婚部屋で一人もて余していた。
ベッドなんて、マットレスの質が良ければ他の装飾なんてどうでもいいと思っていた。琴子が喜ぶならまあいいかと。
しかし、花柄とレースに縁取られたピロケースやデュベカバーに包まれて一人で眠るにはなんと寝心地の悪いことか。
このベッドの上で琴子を抱いたのがなんだか遥か遠い昔のような気がしてきた。


ーー琴子はもう一度ここに戻ってくるのだろうか?
ーーいや、必ず連れ戻す。絶対に。

おれは一人、悶々と眠れない夜を過ごしていた。
琴子もおそらく眠れないでいるに違いない………



そして、翌朝。おれは取るものもとりあえず、銀座のそのクリニックへと朝一番で向かったのだった。




※※※※※※※※※※※※※


続けて(8)も更新します。



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個別記事の管理2018-07-01 (Sun)

本日2話アップしてます。
未読の方は(5)からどうぞ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※







「もーー!! 驚かせないでよ!」

お義母さんの運転で救急病院に駆けつけたあたしたちは、意外に元気なお父さんの姿にほっと胸を撫で下ろした。

とはいっても、金ちゃんと一緒に車椅子で現れたので、そんなに大事故だったのかと最初は倒れそうなくらい青ざめたのだけどーー

「あ、これはギックリ腰な。事故にあったのは俺じゃなくて、店の前で子どもが自転車にぶつかりそうになってな。慌てて子どもを抱えあげた途端にギックリ腰になっちまって。事故と勘違いした金之助が救急車なんか呼ぶから大袈裟になっちまった」

「そやかて、大将、顔歪めて道端にへたりこんではったからてっきり自転車とぶつかったんかと……すまん、琴子。心配かけさせてしもうて」

金ちゃんが申し訳なさそうに謝る。

「金之助、おまえ先に店に戻れよ。小田原一人じゃてんてこ舞で店が開けられん。おれはまだ会計で待たされそうだしな」

「え? 店、開けるの!?」

てっきりもうお休みにするかと思っていた。

「今夜は予約のお客さんあるからな。仕込みもだいたい済んでるし無駄にはできん。小田原がいれば何とかなるさ。動けんが、口は出せるからな。金之助も頼んだぞ」

「へ、へい! 」

金ちゃんがぺこりと頭を下げ、走り去っていく。
あたしと入江くんをちらりと見たけど何も言わなかった。
そういえば……あたし、金ちゃんのプロポーズ、断っちゃったんだよね。そのあと一体どんな距離感で接して来たんだろ……ちょっと複雑………。

「お子さんの方は大丈夫だったんですか?」

入江くんが確認する。
そうそう、助けようとして怪我させちゃ話にならない。

「おお。ぴんぴんしてた。救急車にも乗らなかったよ。自転車の人も無傷で、俺だけが立てなくなっちまって。面目ねぇ」

よかった。結局、お父さんがギックリ腰になっただけだったんだ。

「整形で診てもらいました?」

「ああ。色々レントゲンとか撮ってもらったけど、ただのギックリ腰だから時間薬だと。コルセットと湿布薬もらっただけだ。動けるようになったらなるべく日常生活をした方が治りが早いとさ」

「じゃあ、圧迫骨折やヘルニアの疑いはないんですね」

「だいたい数日で痛みは引くだろうって。痛みが続くようならもう一度来いと言われたけど、まあ大丈夫だろ。もう大分落ち着いてきたし」

とはいいつつ、立ち上がるのはしんどそうで、病院の車椅子で駐車場まで行き、入江くんに抱き抱えられて車に乗った。

「………もう、ほんと、心臓止まるかと思ったんだからね」

思わず文句を言ってしまう。

「すまねぇ……いてて」

お父さんも痛みに顔をしかめつつも、お義母さんにも入江くんにも申し訳なさそうに謝る。
実際、病院に向かうとき、あたしはかなり震えていたと思う。
怖くて怖くて堪らなかった。
もしお父さんに何かあったら……想像するのも恐ろしかった。
そんなあたしの肩を抱き、入江くんは何も言わずただ手をぎゅっと握りしめてくれていた。

お父さんが居なくなったら、あたしはこの世に独りぼっちになってしまうという例えようもない恐怖が、入江くんの暖かい手によって少し薄らぐのを感じていた。それでも、この手をずっと頼っていいのかーーそんな想いが過りつつもその温もりを離したくないと心底願っていた。

「しばらくは、動くのが大変だから店の休憩室で寝起きするよ」

「え? じゃあ、あたしも泊まるよ。トイレとか大変でしょ? お店も手伝うし」

「いや、しかし。おまえは主婦だろう……」

「あら、相原さん。家のことは気になさらなくていいんですよ。琴子ちゃんもその方が安心するならそうすればいいわよ。ね? お兄ちゃん」

「……………」

入江くんは何も言わない。
あたしの本心を見抜いてるのかもしれない。
お父さんの救急搬送騒ぎで有耶無耶になってしまった話を蒸し返したくない、ということを。

「すみません、奥さん。直樹くん。動けるようになったらすぐに戻りますんで」

お父さんも無理にあたしを帰すことはしなかった。記憶を失ってることや、あたしの様子を見てその方がいいと思ったのかもしれない。

ただ、実際久しぶりにお店を手伝うと、お父さんが動けない分、金ちゃんも小田原さんも大忙しで、あたし来なかったらちょっと捌ききれなかったんじゃない?という状況で、それこそ何も考える暇もなくて丁度良かった。

「……琴子。ほんとに入江家に帰らなくていいのか? おれはもう大丈夫だぞ」

店が閉店する頃には、腰を擦りつつもそこそこ動けるようになったお父さんが、あたしに訊ねた。

「う、うん。でも一晩は泊まるよ」

店の休憩室だから布団二枚敷いたらいっぱいいっぱいの狭い部屋だ。地震で家がつぶれた時、一晩だけここに泊まったのを思い出す。あの時は仮住まいのアパート探すまでここでしばらく寝泊まりするのを覚悟してたっけな。まさか、翌日から入江くんちにお世話になるなんて思いもしなかった。

あの夜ーー家が倒壊したショックでなかなか寝つけられなかったけれど、今は、全然違う種類の不安に苛まされている。
とりあえずここに泊まることで、入江くんの追及から逃れたけれど、明日からどうしよう……
とにかく、明日病院にいってブライダルチェックの結果を確認してからだよね……






* * *



そして、翌日。
あたしは地下鉄に乗って朝早くから銀座に向かっていた。お父さんはなんとか動けるようになったみたいで、目が覚めた時はもう既にいなかった。既に築地に買い出しに行ったらしい。
迷子になることを考えて早めに店をでたけど、なんとか無事に目的地に到着。
『フリージアレディスクリニック』。
病院というよりは、ブライダルサロンのようなーー白が基調のお洒落な建物だった。
そしてーー既視感……っていうの? なんとなく来たような覚えがある。


「あー、はいはい。先週結果を聞きに来られた入江琴子さんですね。丁度よかったわ。口頭で結果はお伝えしてありましたけど、検査結果の封筒をロビーに落とされていたので。はい、どうぞ」

受付のお姉さんに訊ねるとあっさりそう言われて、ピンクの封筒を渡された。

「あれ………?」

中を見て、あたしは呆然としてしまった。
結果はーーすべて問題なし、だった。

「す、すみません。あたし、本当になんともないんですか? 将来赤ちゃん産めないとか、子宮に病気があるとか」

思わず受付の人ににじり寄ると、受付の奥から、やけに綺麗な女医らしき人がぬっと顔を出して、「あら、あなた……」とあたしの顔を見てにっこり笑った。

そこの院長だという女医先生は、年齢不詳な美魔女な感じの人で、「こっちで話しましょ」とまだ診察の始まっていない診察室に通してくれた。

「ブライダルチェック推奨してても、まだ受けてくれる人はあまりいないから、あなたのことよく覚えてるわ。土屋先生から紹介された方よね。
検査結果は書面の通り何も問題はないですから、安心して夫婦生活、営んでくださいね。月経困難症も出産で改善されることもありますから。あなた、身体が細くて骨盤が小さくて難産になる可能性もありますけど、妊娠自体は旦那さまの方に問題なければ全然大丈夫ですからね」

拍子抜けしてしまった。
てっきり、あたし、妊娠できない身体なのかと………

でも。
そうしたら、謎はさらに深まる。
あたしは一体、なんで離婚なんて考えたの?
なんで入江くんから離れようと思ったの?

ーー全然わからないよ~~! あたし、何を考えてたのっっ!?



検査結果の封筒をバッグに入れる。
謎は結局解けないままだったけれど、少なくとも、あたしの身体に異常はないということーーそして、将来赤ちゃんを産める可能性はあるということは少しばかり安堵を感じた。

ーーいいぜ。欲しいなら、作っても……

入江くんの昨日の台詞がふっと頭に過り、思わず顔が火照る。そして、ちょっと頬が緩みにやけてしまう。
な、なんかお義母さん帰って来て有耶無耶になっちゃったけど、もし帰ってこなかったら……

って、なに考えてるのよ、あたしってば!

結局、あたしがなんで離婚しようとしたかわかんないまんまじゃないの。
せっかく、入江くんがあたしにプロポーズしてくれた夜のこと思い出せたのに、たった三カ月であたしに何が起きたのかーーそれを思い出さなきゃ……あたしたちは多分前に進んではいけないような気がする。

ーーなんてことを考えながら歩いていたらーー。

「きゃっ」

病院の玄関をでたところで、前から来た女性とぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさいっっ」

あたしは慌てて謝る。
場所が場所だけに妊婦さんかも知れない。お腹はまだ全然大きくないけれどーー。

あたしが謝ってもその人は微動だにせず、あたしのことを睨み付けていた。

え、な、なに?

ーー知ってる人?
20代後半、高級ブランド服に身を包み、左手薬指には高価なリング。いかにもセレブリティな若奥様といった感じの女性だった。少なくともあたしの記憶の中には存在しない人だった。

「し、失礼しますっ」

あたしのことをじっと刺すようなーーそして、怒りを含んだような瞳で見つめるだけで何も言わないその女性に、戸惑いと不気味さを感じて、さっさとその場を離れようとした。

「待ちなさいよ!」

唐突にぐっと腕を掴まれる。

「えーー?」

「こんなところで、にやにや笑ってーー何? あの男の赤ん坊でも身ごもったの?
そんなの、絶対に許さないからっ!」

そしてーー

ぱっちーーーん!!


……はい?


あたしはーーその見知らぬ女性にいきなりひっぱたかれたのだった………。






※※※※※※※※※※※※※



とりあえず、ドラマ寄りのシーンを入れてみました。もう、終わっちゃったけどねっf(^_^;

こちらもあと2,3話で終わるといいなぁー



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* by なおちゃん
やっと、大好きな入江君と一緒になれたのに琴子ちゃんはどうしたのかなv-34

* by なおちゃん
入江君の答えもなんかわかるな?学生のうちに、ママの策略で本当は、琴子ちゃんも、入江君も卒業してからだったはず何に、二人はまだ学生、これからの事もまだ決める前で、せめて二人が卒業してからならね、ママは、琴子ちゃんの?赤ちゃん、孫ほしさみたいになちゃうよね、琴子ちゃん👊喰らったみたいだけど大丈夫v-217

Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなって申し訳ないです。

原作で入江くんが赤ちゃんのことどう考えてたのか謎ですが(妊娠騒動の件があるので、避妊はきちんとしてなかったのかー?)しっかり考えていて欲しいですよね。でもってちゃんと琴子と話し合えよ、と(過去作でつらつらそんなこと書いたのありますが)思いますが、やつは勝手に思うだけで、言葉足らずなまんまです。
ブライダルチェックはセレブな病院に導くためのフリだったというf(^_^;
ここで出会った女がすべての鍵を握っているようで。ドラマのシーンを入れたあとでうまく繋がらず四苦八苦という墓穴なことをしておりますが、なんとかラストまで頑張りまーす。

Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
リコメ遅くなり申し訳ないです。

ふふ、ちびぞうさんの予想、かなり近いところにありましたよ。
意味深なセレブレティ……こんな病院に関わりそうなのって……笑
そうそう、どう勘違いしたのか。ここがポイント。
この話は全員が勘違いしまくってるというだけの話だったりするんですけどね〜〜

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメント、2つありがとうございました。
リコメ遅くなって申し訳ないです。まとめて返信させていただきますね。

たしかに卒業してから結婚するつもりだった入江くんにしてみれば、予定が全部覆ったわけですが。
でも、結婚した以上はもうちょっと結婚というもののなんたるかを考えて欲しいものですね(まだまだ青いこの頃の入江くん)

さて、琴子ちゃん……大丈夫かな?

個別記事の管理2018-07-01 (Sun)

お待たせしましたf(^_^;
あちゃーもう7月ですね………

イタキスから離れてはいないのです。6月はほぼemaさま宅の原稿と東京オフ会の準備に費やしておりましてf(^_^;
そして、まだまだ先週のオフ会の余韻が………
emaさま、水玉さま、むじかくさま、りんさま、チェスナットさま、ちびぞうさまの総勢7名で井の頭公園、散策してまいりましたよ! 聖地巡礼~~(^w^)
ほんとに、ほんとに尊敬するイタキスサイトマスターの皆さまたちと出会えて光栄でした。楽しかった夢のひととき………


そして! スマホ版でご覧の皆さま! 何か変わったことに気づかれましたか?
そう、スマホ版にもアクセスカウンターがついたんですよー。
しかも、やり方、水玉さんに直にレクチャーしてもらっちゃったんです‼
嬉し~~(^^)dありがとうございました!

付けた途端にアクセス数がどんどん増えて。今までPCで見た方しかカウントされていなかったことに初めて気がついたという……f(^_^;
スマホ閲覧の方の方が断然多いのですねぇ。

なんだかもうすぐ100万hitも近そうな気配なのですよ。(これからはスマホのアクセスもカウントされることだし)
もし、キリ番とったかたで欲しい人がいましたら、オフ会記念に作った、ミニコピー本、進呈いたしますf(^_^;(たいしたものじゃごさいませんが)よかったら申告してみてくださいな。(1000001でも、999999でもOKよー)


とりあえず、お話の方も広告出る前に、なんとかギリギリアップです(^-^)v


そして、長くなったので2話に分けました。


※※※※※※※※※※※※※※※※※






あたしはじんこと理美と別れたあと、猛ダッシュで家に帰った。
階段をかけあがり、夫婦の寝室の片隅にある勉強机や、ドレッサー、部屋中の引き出しという引き出しを引っ掻き回して探してみる。

ブライダルチェックを受けたなら、きっと検査の結果を記した書類が何処かにあるはず。
入江くんには何も話さず一人で鬱々と悩んでいたあたし。
そりゃそうだよ。今のあたしだって、同じ事を考えるもの。
入江くんには知られたくない。
入江くんに心配かけたくない。
入江くんに悲しい思いをさせたくない。
きっとあたしは何処かに検査結果を隠したに違いない。
記憶はないけど、自分なら何処に隠すだろうかと想像しながら、クローゼットの下着の下とかトートバッグの中とか、自分が隠しそうな場所を手当たり次第漁ってみた。

「………ない」

おそらくは病院の封筒に入っている筈ーーーと見当をつけてみても、何処にもそれらしきものはない。
替わりに見つけたのはーー

「これってバレンタインのプレゼントだよね、きっと……」

網みかけの……セーター? セーターだよね、きっと。セーターの編み方って本が一緒にあるから。………とてもセーターに見えないけど。うーむ、前身頃? だけ? いや、前身頃も完成してないし。バレンタインってもうすぐだよね? あと一週間ないじゃん! 大丈夫なの? あたしってば。 いやーしかし相変わらず下手くそだなー。目が飛んでるし。あ、でも色のチョイスはいいわ。このアイボリーとグレーのグラデーション、入江くんにぴったり。さすが、あたし!
………って、そんなことより探さなきゃ、検査結果~~どこよーーっっ

「直接病院に行って訊いてみるしかないか……」

って、何処の病院?
いつも鎮痛剤もらいに行ってる土屋病院じゃなくて、銀座のお洒落なクリニックってことだけどーー。

「あー診察券!」

受診したなら診察券があるに違いない。
あたしはお財布の中を探した。かかりつけの病院の診察券はたいてい保険証と一緒に財布の中にいれてあった。

「あった。これだぁ」

あたしは財布のカードポケットの中に見覚えのない淡いピンク色の診察券をみつけた。
昨日、脳神経外科を受診した時には気がつかなかったけれど、同じところに入っていた。
保険証も診察券も名前は入江琴子で、あたし、『入江琴子』なんだーーと改めて実感する。
いや、それより診察券よ。

『フリージアレディスクリニック』

なんか、名前からしてお洒落な感じね。
銀座といっていたから多分此処でブライダルチェックを受けたんだよね……。住所は中央区銀座だ。
検査結果が何処にもない以上、ここに行ってもう一度確認するしかないか……

あ。待って。まず電話してみればいいよね。結果をちゃんと渡してくれたのか……事情を話せばもう一度教えてもらえるかもしれないし。

あたしは一階のリビングに降りていく。
帰宅した時に誰もいないのはわかっていた。
おばさんは今日はお茶会って云ってたし、お父さんもお店に出勤している時間。
あたしは誰もいない静かなリビングで、電話をとり、診察券に記載された番号をブッシュした。

『はい、フリージアレディスクリニックです。本日は休診日です。明日は午前9時より開院いたします』

淡々と告げる留守電の声に、少しばかりがっくりする。
診察券をよくみると、水曜日が休診日となっていた。
三カ月の空白のせいで曜日感覚はすっかりなくなっていたけれど、カレンダーを見ると確かに今日は水曜だ。
あたしは、しばしどうしようかと考えあぐねる。
明日まで悶々と悩むのか………。
別に……びょーきとかじゃないよね?
やっぱり子供産めない身体……なのかな……
想像するだけで胸のなかの塊がずしんと重量を増してくる。

あたしから離婚を切り出す理由ーー一なんとなくそれしかないような気がしてきた。
高校の時に生理痛があまりに酷くて、保健の先生に連れられて一度だけ婦人科に受診したことがある。その時は月経困難症ではあるけれど、子宮内膜症とか将来の不妊に関わる病気ではないと診断された。少し安心したっけ。高校生だったから妊娠とか出産とか全然ぴんとこなかったけど、やっぱり将来赤ちゃん産めないと言われたら結婚なんてできないのかなぁ、とぼんやり思った記憶がある。
でもそれは4、5年前の話だから、今、別の病が進行している可能性はあるわけで……
その結果、赤ちゃんを産めない……とか……?

きっと、そうだわ……
そうに違いない。
あたしじゃ入江くんの赤ちゃんを産んであげられない。
あの優秀な遺伝子を遺してあげられない。
そんなのイヤだ。耐えられない。
そんな事実を突きつけられたら、きっと別れようって思っちゃうかも……
入江くんには、ちゃんと赤ちゃんを産んであげられる健康な女性が相応しいって……
想像しただけでも息が詰まるような胸苦しさに襲われる。
悩んだよね、あたし。きっとすっごく悲しくて悩んで、苦しんで……

あたしはいつの間にか受話器を持ったまま、一人でぽろぽろと涙を流していた。

「琴子……!? 何かあったのか!?」

唐突に声をかけられて、びくっとして思わず受話器を落とした。
ーーしまった。
あれこれ思い巡らしていたせいで玄関の開く音に気がつかなかった。
入江くんが帰ってきたなんて!

「何か思い出したのか!?」

酷く狼狽したあたしのところにつかつかと険しい顔をして歩み寄ってくる。

「え……あ、ううん。大丈夫……ちょっと考え事してて……」

「考え事って……なんで泣いてるんだよ?」

あたしの前に立ちふさがって、頬に伝っている涙を親指ですうっと軽く拭ってくれた。
わー、近い、顔近いよーっ!!
結婚したと云われても、やっぱり慣れなくて、入江くんがドアップになる度に顔が熱くなる。

「えーと、あの……せっかく結婚できたのに記憶ソーシツって、あたしってなんて残念な女だろうって考えてたらひどく哀れに……」

どうにも説明がしどろもどろ。咄嗟の言い訳が思い付かない。

「ウソつけ。ほんとは何か思い出したんだろ? 何、一人で勝手に思い詰めて泣いてるんだよ!」

どん、と壁に追い詰められる。

「思い出したんだろ?」

「思い出しては……イナイデス」

思い出した訳じゃないもの。なんとなく見当がついたというだけで。

「じゃあ、なんで泣いてた? なんでそんな苦しそうな顔してるんだよ?」

「……だって。幸せな記憶を思いだせないの、悲しいじゃない……」

まだはっきりしてないのに、入江くんに話すわけにはいかない。
思ったことをすぐ言葉にしちゃうあたしだけど、こればっかりは云うわけにはーーと、思ったのに、どうしても入江くんに訊ねてみたい衝動に駆られた。

「ーーねぇ、入江くん。あたしたちって赤ちゃんの話、した? 」

突然に話を変えてそんなことを切り出したあたしを不思議そうに窺いみて、眉をしかめ無言で「なんでそんなこと?」という表情をした。

「えっと、ほら。披露宴とかで、絶対聞かれるでしょ? 子供は何人欲しい?とか。入江くんはどう思ってたの?」

ーーもし入江くんが子供を欲しいと望んでいたのなら……

「子供に関しては、そのうちきちんと話し合わなきゃな、とは思ってた。俺としては、学生のうちは作るつもりはないって。まだ親の脛を齧ってる身分で、子供を持つなんておこがましいからな」

「そ、そうなんだ」

そうだ。そういえば昨日病院で避妊してるっていってたっけ……
入江くんってその辺り完璧に計画たてて抜かりなく実行しそう……。

「ただ、ピルの摂取のように100%の避妊をしてるわけじゃないから、出来る可能性もある。その場合は琴子の方ばかり負担がかかって申し訳ないが、それはそれでしっかり二人で育てて行こうと……っていずれ話すつもりだったけど、機会がなかった」

「そっか……」

入江くんが赤ちゃん抱いてる姿ってあんまりイメージ沸かないけど……
クールな入江くんは、一見子供が苦手そうなタイプにみえるけど、でも年の離れた裕樹くんの面倒もよく見てるし、病院で裕樹くんの友達のノンちゃんの勉強見てあげたりとか……本当は子供好きなのだとあたしは知ってる。

「でも、いつかは欲しいと思ってた?」

「そりゃ……自分の血を継いだ子供って興味深いとは思うけどーーこればっかりは望んでも出来ないこともあるし。まあ現実味がないというか……はっきりいって自分が親になるという感覚は、想像だけじゃぴんとこないな。………でも、どうしてそんなことを?」

「ううん。なんとなく……」

「なんとなくってなんだよ。おまえ、やっぱりなんか隠してるな?」

分かりやすく怒ってるわけではないのに入江くんの顔がちょっと怖い。綺麗な分余計に凄味が増して、寒気すら感じる。

「何も隠してなんか……」

まるで全てお見通しといわんばかりの切れ長の鋭い瞳に静かに見つめられ、あたしはついあたふたとしてしまう。

「おまえ、自分がウソをつけない体質ってしってんの?」

そして、再びリビングの壁に押し付けられる。
ひえぇぇ~ 怖いっっ 目が怖いです!

「す、凄んだって、覚えてないことは云えないもんっ」

とはいえ、負けてはいられない。こういう状況は今までに何度もあったから、入江くんに睨まれたってそこそこ耐性できてるもん。

「ふーん……」

入江くんは黙ってしまい、そしていつの間にかじりじりと迫ってきていた。
壁に押し付けられ、逃げようのない状況で、唐突に耳元で囁かれる。

「……子供当分は要らないって思ってたけど……別に夫婦なんだから出来たって構わない。おふくろは大喜びだよな。おまえが欲しいなら、いいぜ、作っても……」

「ええっっ!!」

と、思った瞬間、唇が塞がれた。
それはーー今朝の寝惚けて軽く触れあったキスとは全然違って……物凄く情熱的なキスでーーー

ーーああ。知ってる。
こんなキス………あたし、前にも………。
熱い熱いキス……

降りしきる雨のなかーー
身体を打つ冷たい雨の感触と暖かく力強い感触が、ぼんやりとした映像とともに不意打ちのように沸き上がってきた。
唐突なキスと、熱い抱擁と……

ーーおれ以外の男……好きなんていうな……

なんだか映画のワンシーンのような……

おずおずと入江くんの広い背中に手を回し「こんなこと、前にもあった……?」と囁くように訊ねる。

「夫婦なんだから、何度もキスしてるに決まってる」
と、入江くんはいとも簡単に云う。

「………数えられないくらい?」

ーーもう、数えなくていいよ。
入江くんの言葉が鮮やかに甦る。

「何か思い出したのか?」

入江くんが少し身体を離して、あたしの顔を覗きこむように訊ねる。

「雨の中でキスして、抱き締められて『おれ以外の男、好きなんていうな』って……」

「…………そんなセリフ言ったっけ」
苦虫を噛み潰したような入江くんの顔。

もしかして、それって……

「今度は随分とスタート地点の記憶が戻ったんだな……」

なんだ、ちゃんと覚えてるじゃん……もう、照れ屋さんなんだから。
スタート地点……そっか。
あれは多分、大どんでん返しの日の記憶なんだ。

ーー物凄いどしゃ降りの雨の夜に、二人がずぶ濡れで帰って来て、お兄ちゃんってばいきなり相原さんに『琴子さんと結婚させてください』っていったのよぉーーもう、感動したわ~~!! なんであの瞬間ビデオに撮らなかったのかしら! それだけが心残りよ!

おばさんの話してくれたプロポーズの日の出来事としっかり符合する。
嘘みたいにドラマティックなワンシーン。
ゆっくりと脳内にあの夜の出来事が再現されていく。
ああそうよ。あたし、あの日信じられないくらい幸せだった。
それを忘れてしまっていたなんて、あたしって馬鹿すぎる~~!

ああ、入江くん……本当にあたしを選んでくれたんだね。
それだけははっきり思い出せたよ。

「もっと、キスをすれば色々思い出すのか?」

入江くんが再びあたしの唇に触れてきた。
そして、今度はーー経験のないような大人なキスでーー。
食い尽くされるようなキス。あっという間に入江くんの舌があたしの乾いた唇のわずかな隙間を縫うように侵入してくる。そして探るように口腔内を這い回りあたしの舌を追いかけてきた。
こんなーーこんなディープなキスは初めてーーな筈なのに……あたしはこの感覚を知っていた。
入江くんの唇も執拗にあたしの舌を絡めとる舌先もーーあたしの舌は覚えていた。あたしはいつの間にか自分の舌をおずおずと自ら絡めていきーー夢中で入江くんのキスを受け止める。

はぁ……

キスだけで頭がくらくらして全身が火照り、子宮が疼くような感覚に腰がくだけそうになり、立っていられなくなる。

ああ、どうしよう。まだ足りない。
もっと欲しいと思ってしまう。
あたし、こんなキス知ってる。
この蕩けるような感覚が初めてじゃないことを、ちゃんと唇が覚えてるーー。
入江くんの器用な舌先も冷たい感触も知ってる。もっと触れてほしい。もっと……

入江くんを潤んだ瞳で見上げる。
入江くんが再びあたしに顔を近づけーー


「あらー? 琴子ちゃん、お兄ちゃん、帰ってたの~~」

お、おばさんっじゃなくておかーさん!

入江くんがすっとあたしから離れる。
チッ……って今、舌打ちしたわね。

「………あら。もしかして、お邪魔だったのかしら?」

あたしたちから醸し出された濃艶な空気を感じとったのか、にんまりとほくそ笑むお義母さん。

「別に……」

「お、お義母さん今日はお茶会だったんじゃ」

「それがね、茶道の先生のご主人が今朝脳梗塞で倒れたとかで……結局中止になってお見舞いに行ってたのよ」

白藤色の無地の訪問着を身につけたお義母さんが、西陣織のバッグをダイニングテーブルにおく。

「大丈夫だったんですか?」

「ええ、処置が早かったので、後遺症もおそらく大してなさそうって。よかったわー。まだ家族がいらっしゃる時間で」

「ほんとうに、良かったですね」

そういってじりじりと入江くんのそばを離れる。

「……コーヒーでも淹れますね」

不機嫌そうな入江くんの横をすり抜けて、キッチンに向かおうとした途端に、電話のベルがけたたましく鳴り響いた。

「はい、入江でございます」

電話に出たお義母さんの顔が一瞬で険しい表情に変わる。そしてあたしの方をちらっと見た。
その不穏な様子にあたしもどきっと心臓の音が跳ねあがった。

「ええ!? そ、それで……怪我は……」

怪我って? 誰がーー

「琴子ちゃん、大変! 相原さんが……お父さんが事故にあって病院に運ばれたって……」










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こんなとこで切るのもなんですので、続きはすぐにアップいたします(^-^)v








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