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個別記事の管理2017-11-25 (Sat)
むじかくさま、ブログ4周年おめでとうございます!




いつもお世話になってるお礼に、小咄をひとつ………

以前のハロウィンネタのコスプレ気にしていただいたので、それをヒントに♪
珍しくさくっと一気に仕上げたので低クオリティでスミマセンが……って、全然お礼になってませんねf(^_^;


これからも宜しくお願いいたします♪





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※









「相変わらず悪趣味な部屋だよな……」

僕は久しぶりに兄夫婦の部屋に足を踏み入れ、メルヘンとリリカルが共存して胃もたれしそうなインテリアに思わず顔をしかめる。
なんで、兄さんは新婚当時のままで、この部屋を模様替えしようとしないのだろう? それもちょっと謎。兄さんくらいになると視界に入る環境なんかに作用されない達観した思考を持つことができるのだろうか。

レースとピンクが飛び交ってる。
結婚式の時の写真は相変わらずたくさん壁やらボードやらに飾ったままだ。もう4年も前のことなのに。

別に夫婦の寝室を盗み見るつもりじゃないんだ。
母さんに頼まれて、昼間、換気のために開けておいた掃き出し窓を閉めておいて、と頼まれたから入っただけで。

この部屋の主は二人ともいない。
兄さんは4月から。琴子は夏休みに入ってからいそいそと兄さんのいる神戸に向かったからだ。8月いっぱいは帰ってこないという。
お陰で毎日静かなこと……
数年ぶりに訪れた落ち着きのあるいい環境の筈なのに、ちょっと物足りないのは何故だろう。母さんはあからさまに毎日つまらなそうだし。

そして、母さんは主のいなくなった部屋をマメに掃除しているようだけど………フツーの嫁はそーゆーの絶対いやがるらしい。クラスの女子にそんな話をしたら思いっきり引かれてた。
まあ、琴子は単純だから何の含みもなく純粋に有り難がたがってるけどさ。

「あれ?」

僕はクローゼットの扉から、妙な緑の生地が挟まって飛び出しているのが気になって、足を止めた。
この部屋のクローゼットは妙に大きい。ほぼ壁一面ある、備え付けのウォークインクローゼットだ。
そして、ついうっかり開けてしまった。
決して覗き見るつもりではなく……


そして、クローゼットの中はーーー

ーーー魔窟だった!!


なんなんだ。

半分くらいは普通の服だが。
スーツとかジャケットとか冠婚葬祭のセットとか。右半分が兄さんで、左半分が琴子。実習用の制服はともかく、おい、まだ高校の制服取ってあるのかよっ



そして、真ん中にはーー

はみ出ていた緑の生地は、カッパのパジャマだった。

「子供かっ!?」

こんなの着てるの見たことないけど、琴子のセンスに笑ってしまった。
ありゃ、牛までいるし。まねき猫もいる。ん……大仏……? 意味不明すぎる。
それにパジャマというより着ぐるみのようなものも多い。
なんか、イベントでバイトでもしてるのか?
ああ。それとも病院の小児科とかで一芸見せてんのか?

僕は自分で納得のできる理由を想像してみる。

「あれ?」

ウォークインクローゼットの奥にさらにまた扉があった。
この部屋の向こうって、書斎だよな? そんなスペースあったっけ?

僕は好奇心を抑えきれず、つい開けてしまった。

扉の向こうもまたクローゼットだった。
そして。そこにはさらに不思議な衣装の数々。

天使に(羽根とリングつき‼) 魔女に、ドラキュラに……

ああ、ハロウィン用のコスプレか……
僕はちょっと納得する。母さんの趣味で毎年妙なコスプレさせられてたっけ。

でも知らないのも多いぞ。
魔女でもかなり何種類もあるし、しかも随分露出多そうだし。
なんだよ、このしっぽつき耳つきのヒョウ柄のワンピース。短かっ こんなん着たら兄さんに殺されるぞ。
うわーこのナースの服も……胸がハートマークに穴空いてる。
琴子の胸じゃ、しっくりこないだろうな。
メイド服にバニーガールに……
このバドガールとか……意味わかんねぇや。


しかしこれだけ大量のコスプレ衣装があると……ここはド◯キホーテかテレビ局の倉庫か? と疑いたくなるな。
それに奥にあったケースの引き出しには、手錠とか、首輪とか……えーと……これ、何に………//////

わーこっちは、ちょっとエロい下着のコレクション……#%&#**※?%/////
な、何色揃ってるんだ? 24色? 店の陳列棚のように綺麗なグラデーションで並べられてる。
えーと、これ、琴子が着るのか……?
嘘だろ? みんなすっけすけなんだけど。

凄いなー。ランジェリーショップみたいな品揃えだ。
ブラとかみんなAカップだから琴子のなんだろうけど………//////
(かなりまじまじ見ている裕樹くん^_^;)

いや、でも、書斎とこの部屋の間にこれだけの量の衣装を収める空間があることに驚いている。こんな隠し部屋みたいなのが存在できる物理的スペースなんてあったっけ?

謎だ。謎すぎる。

あれ? まだ奥に扉がーーー
そんな……ばかな。
有り得ない。
いったい何処まで続いてるんだ?
だって、隣は書斎だろ? 書斎の筈たろ?
そうだよーー僕がうっかり夜、書斎にいると、たまに妙な声が………いや、聞き耳なんて立ててないってばっ//////





僕は恐る恐る近付いて、その奥にある扉をそおっと開けて隙間から様子を覗くとーー

そこには全く同じ兄夫婦の寝室がーー

え? どーゆーことだ?
なんで、こっちにも寝室があるんだ。隣は書斎の筈で………おかしい。僕の認識が間違ってたのか?
えーと……
何がどうなっているのか、頭が混乱してる。
そしてーー
その部屋の寝室にはなんと、兄夫婦がいるーー?
そんなバカな。二人は今神戸だろ?
どういうことなんだよっ
それに、心なしか二人とも少し老けて見えるというか……


いや、でも琴子の腹が妙にでかいし。に、妊娠? いつの間に‼
どうなってるんだ、いったい!!!!



「大丈夫か……琴子」

「ありがとう、入江くん。でもさすがにもう11人目だから慣れてるよ~~」

じゅ、11人?
う、うそ。サッカーチーム?

「そろそろ安定期だし……大丈夫だよな」

「………う、うん……」

えーっ
えーっ
ちょ、ちょっとお兄ちゃん! (←パニックでお兄ちゃん呼び)
に、妊婦だよ? 妊娠してるのに、押し倒すの?

な、なんだよ。琴子もそんな艶っぽい瞳をして!

わっわーーーちょ、ちょっと……待って!! 待てってばーーーっ







ーーーあれ?

ふと、目が覚めたら僕は兄夫婦の寝室のベッドの上で眠っていた。

いったい、いつの間に……

そして、窓は開いたままで、カーテンが揺れ、夕方の心地よい風が吹いてきていた。
今年は猛暑だったけど、だいぶ落ち着いてきたようだ。

僕は飛び起きて、シーツによだれとかついてないか確認する。
よし、大丈夫。
でもちょっとシーツか皺になっちゃったな。慌てて少し直す。


このベッドの上で二人はいつも……
あの不思議な衣装や小道具を使って……?

さっき見た夢とごっちゃになったような変な想像をして、思わず顔がかぁっと熱くなる。それに僕の下半身も……

って、夢だよね?
いやーーどこまでが夢なのかーーー

クローゼットを見たが、別に緑の布切れは挟まってはいない。

そして、クローゼットに近寄りーー
扉を開けようかどうしようか、3分くらい逡巡した後、僕は窓を閉めて兄夫婦の部屋を出た。


きっとこれは真夏の逢魔ヶ時の夢だったのだ。そうに違いない。


きっと……………



クローゼットを開けるとそこにはナルニア王国が………

昔読んだ児童書をなんとなく読み返したくなった。書斎にあるかな…………







※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




クローゼットの向こうはむじかくさま宅の入江家が………f(^_^;
四次元トンネル、本日も開通させていただいてます(^^)d


《追記》
むじかくさまに差し上げたヒョウ柄コスプレ琴子ちゃんのラクガキ、こちらでのアップを許可いただきましたので、おまけに付けておきます♪








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Re.むじかく様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

返信遅くなりましてすみませんでした。
喜んでいただけて良かったです。いいんです、他の誰に受けなくても、むじかくさまだけに笑っていただけたらっ(内輪うけと謗られようと……いえ、誰も謗りゃしませんが)( °∇^)]
ヒョウ柄琴子ちゃん、お待ちしてます!




Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

そうそう、禁断の扉を開けてしまった裕樹くんです……(((^^;)
着ぐるみやらパジャマやら……懐かしいでしょう笑
ええ、こんな風に繋がってました、共有クローゼット。時間も空間もねじ曲げた不思議な世界へようこそ〜〜

Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

ふふ、そんなに笑っていただけて嬉しいです。
そう、あの寝室、何年たっても模様替えとかしないのかしらーとちょっと謎だったのです。まあ、直樹さんベッドの上に琴子がいればあとはどーでもいいのかも知れませんね〜〜
う、ちびぞうさん……Mさま宅の禁断の裕樹くんの残像が……
そして、刻のいたずら……そんな感じですね。私もあのお話大好きです♪

個別記事の管理2017-11-21 (Tue)


お話の続きをアップする、と宣言したものの……そして、書きかけたものの……なんか、無理にアップしても短いし結婚記念日にはあんまりな感じな展開だったもんで~~(毎度、琴子ちゃんごめんよ、な展開です。予想はついてらっしゃるだろうけど^_^;)そんな、あえてこの日にアップしなくても~~という気になってまいりまして。

というわけで、相も変わらず落書きでお茶をにごすのでしたf(^_^;

しかも昨日、カウントダウンチャットしながら書いていたという低クォリティ……
下絵書いたときはもう少し丁寧に塗るつもりだったのになー

カウントダウンチャットはほぼいつものメンバーでした♪
(そして、今11/21 20:30)も絶賛開催中……のハズ笑

今年もイタキスを愛する皆様とイリコトのanniversaryを祝えて幸せでございます♪

さあ、来年は銀婚式ですよー♪













緑のカクテルドレスの琴子ちゃんは明日いい夫婦の日にリアル結婚記念日を迎えるmさまに捧ぐ!!












(11/21 23:40)追記♪
今夜のチャットには水玉さまもいらして下さって。貴重な次回作の案なども聞くことができたりして楽しい時間を過ごすことができました。企画してくださったemaさま、素敵な夜をありがとうございました。イタキス期間万歳♪






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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

チャットお疲れ様でした♪ 楽しい夜でしたね。みなさんとお祝いできて嬉しかったです。
イラストも誉めていただいて嬉しいです。もうちょっとしっかり色塗りたかったなー(-_-)すぐパステルでぼかして逃げる私…………
今度はウェディングドレスを脱がせるイラストを描いてみたい……(どんなシチュだよっと自分に突っ込む)

個別記事の管理2017-11-19 (Sun)

めっきり寒くなりました。
秋は何処に消えたんだろう……

でも、このお話は入江くんの誕生日の日付のままです………^_^;





※※※※※※※※※※※※※※※※※※

11月12日 P.m.1:40




「入江先生、お疲れ様でした。今日はこれで終了ですよ」

「お疲れ様です。木下さん」

外来の診療が漸く全て終わった。
ほぼ予約診療なのに、最後の11時45分の予約の患者が終了した時は既に13時半を回っていた。
具合の悪い子供達を長時間待たせるのは心苦しいが、大学病院の診察というのは高度な治療を要する患者も多い。どうしても一人一人に時間がかかる。

小児外科は午前診察のみだが、外来担当の日は大抵いつもこんな時間だ。

「入江先生、ずいぶんとお子さんの扱いに慣れてきはりましたねぇ」

母親と変わらぬ年齢くらいのナースは、手際よく備品を片付けながら、にこやかに話し掛けてきた。寡黙で仕事熱心なあまり私語をしないタイプのナースという認識だったので、珍しいなとパソコンの手を止めて顔を向ける。

「そうですか?」

「ええ。ほんま、はじめの頃とはもう、雲泥の差です。救命やNICUで大分鍛えられはったようですね。はなっから、えらい優秀な研修医さんや思うてましたけど、なんや病気はきっちり診れても患者さんとは上手いことコミュニケーションとれてないような気ぃしてましたから。まあ大学病院の先生なんて、そんなんが多いですし、大学病院やからそんな先生の方がええのかもしれへんですけどね。みてくれようても、また頭でっかちな先生来はったんやなー、思うてたんですよ」

ベテランナースとなると、その辺りは忌憚ない。
妙に媚を売ってくる常勤の若いナースたちより、非常勤だが経験値の高い年配のナースと組む方が遥かにやりやすい。

「そんなに初めはダメダメでしたか? 手厳しいですね」

「子ども相手にそんなに理詰めで諭さなくても、って、よう思うてましたから。お母さん受けは良かったですけどね。ほら、奈美ちゃんなんかいい例。よく手術承諾したもんやと……あとから聞いたら東京からきた奥さんが説得しはったって……」

「よくご存知で……」

外来まで噂が届いているのかーーとナースたちの情報伝達能力に少々呆れる。
尤も正確ならまだしも、伝言ゲームが少しずつ変化していく場合は目も当てられない。

「救命行ったりNICUに行ったりしてずいぶん患者さんとの接し方学ばれたんやと思うてましたけど……夏休みに奥さんが来られはったせいかしらね」

「どうでしょう……?」

苦笑ぎみに言葉を濁す。
何がどう変わったという訳ではないが、患児の目線で語りかけ話を聴くことは心がけていた。
琴子が夏休みに知り合った少年との関わり方に、特に影響を受けたつもりはないのだがーーー

「ほら、最後の患者の由輝くん。前回の定期検診の時は全然お話してくれへんかったのに、今日は随分ゴッドレンジャーで盛り上がって」

由輝くんは、三歳の時に先天性心疾患であるファロー四微症の根治手術を受けて、今日は半年に一回の定期検診を受けに来ていた五歳の少年である。
この病気は根治手術後の生存率も高く、過激な運動は無理でも普通に生活するのに支障はない。
予後は良好で今回も特に問題はなかった。
だが成人後に心不全など発症する可能性もあるので定期的な検診が必要とされている。
指導医が執刀医であった為、半年前の検診と今回とで直樹が担当し診察した。

半年前はろくに口も聞いてもらえなかったし、聴診器を当てたり心エコーを行ったりする度に睨み付けられたのだが、今日は着ていたゴッドペガサスのTシャツを切っ掛けに随分と打ち解けてくれた。

「子どもが成長してくれたってことでしょう。五歳の子の半年は大きいですよ」

「そうですかねぇ?」

「先日検診に来ていた椎名奈美ちゃんも随分大きくなってましたよ。たった五ヶ月なのに。それに私の弟と結婚すると言っていたのにもう心変わりしていたし」

奈美ちゃんにしろ、今日の由輝くんにしろ、根治手術が成功し、日常生活に戻れた子供達の近況を伺えるのは、現在辛い日常と闘っている患児たちや医師にとっても励みとなる。

とりあえず今日、最後の患者が深刻な状態ではなく良かったとーー直樹はパソコンを閉じた。

「………なんや、いいことでもあるんですか? やっぱり、今日の入江先生いつもと違う気ぃがします」

「いえ、とくに何もないですけど」

わざわざ誕生日だと公言することもない。
そして誕生日に浮かれているわけだもない。いや、自分の誕生日なんてどうでもいいことだ。
ただーー。

ーーーさて、琴子はそろそろ来ているはずだーー。


一ヶ月全く連絡を取ってこなかった。
昨日も、行くとも行けないとも電話はなかった。
だが、間違いなく琴子は来るだろう。
直樹は信じて疑わなかった。


ーー案外、この外来診察の待ち合いで待ってたりしてな。

ちょこんと待合室に据わって直樹を待っている琴子を想像して、かすかに頬が緩む。

そして、一呼吸してから扉を開けたがーー。

そこには誰もいなかった。







「おれのこと、訪ねてきた人はいませんでしたか?」

病棟の医局に戻って、その場にいたスタッフに訊ねたが、誰も知らないという。
直樹は隣のナースステーションに行き、何人かのナースにも確認してみる。

「どなたかご訪問の予定でもあったんですか?」

「いや……」

琴子の顔は救命ではそれなりに有名になったが、小児科ではつぼみルームに関わっていた数人しか知らないかもしれない。行状だけ悪目立ちして妙な噂だけ知れ渡っているきらいはあるが。
真正面から問われれば弁明することもできるが、こそこそと人のいないところで噂は囁かれているようで、かをる子から聞かされなければ寝耳に水の話も多い。

ーーそういえばかをる子は大丈夫なのだろうか?
5日ほど前に、「入江先生、ちょっと待って! 今、とんでもないウワサ聞いたけど、本当なのーー?」と鬼の形相で掴みかかられた。
ーーなんのことだ……?と訝しんだ途端に院内放送でかをる子は呼び出され、「ごめん、話は後でーー」と云い置いて走り去っていき、そしてそのまま会っていない。
事務局で訊ねたところ、どうやら母親が倒れたと連絡が入り、慌てて実家に帰ったという。
詳しい状況は分からないが、暫く休むとのことだった。

かをる子のことも心配だが、云いかけていた『とんでもない噂』とはなんのことか。

いやーーひとつだけ思い当たることはあるのだが。



一週間ほど前のことだ。

8時間に渡るオペが無事に終わり、疲れきって仮眠室に行くことすら億劫で医局のソファに身を横たえるとどうやらそのまま眠ってしまっていたようだ。

ーー夢を見ていた。

東京の自宅の寝室で、琴子が耳元で囁いている。

入江くん、入江くん、朝だよ、起きて………

珍しい。おまえがおれを起こすなんて。
もしかしたら、外は雹でも降ってるんじゃないか?

そしてどうしておれは瞳が開かないのだろう。瞼が恐ろしく重い…………

(入江くん………)

久しぶりに聴く琴子の柔らかな声……
砂糖菓子のように甘やかでふわふわとして、くすぐったく……心地よい。

「琴子……」

瞳は開けられないまでも、思わず琴子の腕を掴み、引き寄せて抱き締める。
折角ならキスで起こしてくれ。
どうせおまえのことだから、にまにまとおれの顔を眺めてるだけなんだろうけど。

琴子の声。
長い髪がさらさらと頬をくすぐり……あれ? おまえ、シャンプー変えたか?
それにーーなんだか随分と腕も身体もふくよかに……なんだ? この胸……!?

「い、い、い、入江先生! は、離してくださいっ!!」

ばっと瞳を開けた時、目の前には、琴子とは似ても似つかない女が、顔を真っ赤にして狼狽えていて、「誰だ!」と、思わず女性を強く押し退けてしまった。

「ああーー。城所くん。悪い……」

女は、先日から小児外科に実習に来ていた医学生だった。
琴子にあまりに声が似ていたので、つい反射的にその声のする方に顔を向けてしまうことが度々あった。

「入江先生もやっぱり男ですねぇ。あの胸にはつい目がいっちゃいますよね?」

同僚のドクターにからかわれ、思わず眉を潜めてしまうことが何度かあった。
確かに、胸はデカイ。申し訳ないがあまり顔の造作を認識出来ないくらい、胸の大きさが目立ってしまう。
琴子にはCカップくらいないとな、などとかつて云ってみたものの、実際これだけ大きいと日常生活に不自由だろうとか、外科医になるには術野が狭くなるんじゃないだろうかとか、変な方向で同情してしまっていた。
それに現実に直樹にそんなことを言ってくる同僚もいるわけだ。患者からも余計な色眼鏡で見られることも多くなるだろう。
ーー琴子が貧乳でよかったのかもなーー
頭の片隅でちらりとそんなことを思う。

何にしろ性的な意味で彼女の方を見てしまっている訳ではないので、その辺りはきっちり説明する。変な誤解を持たれるのは不愉快である。

「ーー妻と、声がそっくりなんですよ。一瞬、妻が押し掛けてきたのかと、振り返ってしまうだけです」

そう、それだけだ。それ以外には一切の興味もない。

翌日には実習生城所茜の声は入江先生の奥さんの声とそっくりだ、という噂は既に一周回って直樹の元に届いたので、話したドクターの口の軽さに少々呆れたものの、別に自ら話したことだし、枝葉もついていなかったので、気にしてはいなかった。後から付け足された余計な枝葉は、直樹の耳には届いていなかっただけとは思いもよらなかった。



「ーー悪い、城所くん。うたた寝してて、妻と間違えた」

直樹に押し退けられ、よろけて床にひざまづいてしまった城所に、直樹は手を差し伸べて正直に話して謝罪した。

「あー、大丈夫です。私の声、奥さまとそっくりなんですよね? 昨日そう聞いてびっくりしちゃいました。でも、ちょっと光栄です。入江先生の奥さまならさぞ素敵な方でしょうし。声だけでも似てるところがあるなんて……」

「素敵かどうかは主観的なものなので、なんともいえませんが、ま、それ以外共通点は一切ありませんね」

髪の長さは同じくらいだが、黒くしっかりした髪質で全然違う。
実際実習の様子を伺うとグループリーダーをしているだけあってかなりのしっかりもので、医学部に入ってるのだから頭の中身も琴子とは比べ物にならないだろう。
顔はあっさりとした眼の細いタイプで、印象が薄い。
胸は云わずもがな。
体型も琴子より背も高く、痩せすぎの琴子よりは標準体型で、恐らく10キロは重そうだ、と失礼なことを考える。(抱き寄せた時の感じで体感)

「………でも、寝惚けて間違うなんて……なんかとっても意外です。奥さまのこと愛してるんですね。めっちゃ羨ましいです!」

「……疲れていただけですよ」

寝惚けるなどという失態は、あまり口言してもらいたくなかったが。
それだけ琴子に飢えていたのかと自分自身に驚いていた。

「私も遠距離で彼氏いるんですよ。高校の同級生なんですけど、地元に置いて来ちゃったんで。あいつ、あたしとここ受けたのに落っこちちゃって、結局医大諦めて医科専に行って……」

「へえ」

彼氏がいるという言葉に少し安心する。
変に親近感を持たれても困るだけだ。

「悪かったな、彼氏に」

「いーんですよ。最近電話もくれないし。さすがにもう五年離れてるんで。やっぱり遠距離ってダメかなーーって」

「……………」

「入江先生は奥さんと遠距離なんですよね。大丈夫ですか?」

「まだ離れて半年だが、妻はしょっちゅう電話をくれるし、夏休みは暫くこっちにいたし。それにどのみち来年に此処にくる予定だからね」

「看護学生でしたっけ。じゃあ来年は一緒にこっちで働くんですね。いいなぁ。私も卒業したら地元で研修しようかなー。彼、臨床工学技士で地元の病院に就職してるんです。できれば一緒に働きたいんですけどね」

「ドクターとMEのカップルか。いいんじゃないか?」

「私、心臓外科医志望なんで、一緒にオペ出来ればいいなーって」

どうやら遠距離の彼に心は残ってるらしい。
少し安心したせいと、声の心地よさとで暫く彼女の恋愛相談をついうっかり聞いてしまった。

だが、少し話してわかったことはーー声質は似ているが、愛媛出身ということで、微妙に地元の言葉と神戸に長く住んだせいで移った関西訛りとが混在して標準語を話していてもアクセントが随分違って、結局、琴子の声とはやはり違う、ということだった。

「……彼が今年就職してから、ほんと忙しいみたいで」

「MEはある意味オペ中の患者の命を一手に握ってるから」

人工心肺装置など医療機器を操作する技士がいなければ出来ないオペも多い。

「あー、彼、オペ室希望してるけど、今は透析センターなんですよ」

「………それも重要な仕事だ」

「そうなんですよね。でも希望が叶わなかったせいか、腐っちゃって、前に大喧嘩しちゃって、それからちょっと疎遠気味なんです。あたしも実習始まっちゃったし」

「でも、愛媛と神戸なら行き来するのに躊躇う距離じゃないだろう。うちの奥さんならどんなに時間がなくっても周りが驚くような根性で時間を作り出しひねり出し、這いつくばっても会いにくるかな」

「……這いつくばっても……ですか? なんか、イメージと違うけど、パワフルな奥さまなんですね。うーん、でも仕事と遠距離恋愛成立させるにはそれくらいパワーが必要なんですね。うん、見習おう!」

その時、扉の向こうでがたっと音がして、人影が一瞬、すりガラス越しに見えた気がした。

「ふふ。でも、やっぱり入江先生が奥さまをとっても愛してらっしゃることはよーくわかりました。このアクシデント、ちょっとラッキー、ってほんのちょびっと思っちゃいましたけど、事故として記憶から抹消しますね」

「………よろしく頼むよ」

彼女がよく彼の周りに出没する勘違い女の系列でなくて良かったーーとホッとしたのもつかの間ーー。

「入江先生が実は巨乳好きとか、あたしのことえろい瞳で見てるとかーー変な噂が流れてたけど、ぜーんぶデマってことですねっ? よかったぁ~~」

「はあっ!?」

直樹が思わず腰を上げて問い糺そうとした時、他の実習生たちも部屋に入ってきて話は頓挫してしまった。
くだらない噂が流れているらしい、ということに憤慨したものの、半分くらいどうでもいい気分だった。高校時代にも琴子と同居してからは根も葉もない噂の中で過ごしてきた。もう、今さらである。
ーーだが。
翌日には直樹の耳に、看過できない新しい噂が届けられたのである。

「入江先生と実習生の城所茜が誰も居ない医局のソファの上で抱き合っていた」
ーーーという。

勿論直樹は噂を届けてくれた親切な同僚に、はっきりと寝ぼけて彼女の手を引き寄せただけと、かなり正直に状況説明をした。そして、そういう関係では一切ないと。
もっとも、その正直な話が実に空々しい言い訳に聴こえるなどとは思いもしなかったのだ。
城所にも皆のいる前で謝罪し、わざわざ大きな声で「彼氏に悪かったな」などと言ったりした。
楡崎教授に呼ばれ事実関係を問われたが、これにもきっちりあったことをそのまま伝えた。琴子を知っていた教授は、「相当疲れているようだな。奥さんに来てもらってはどうだね?」とにんまりと笑い、直樹の肩を二回叩いた。


翌日には、一旦は沈静化し、直樹の耳には噂は届かなくなったし、すっかりそんな些末なことは忘れ去っていた。実は誰も直樹の周りで話さなくなっただけのことで、二人の不倫話は、かなり沢山の尾ひれやら枝葉やらが付きまくって、院内を瞬く間に駆け巡っていたのであるーー。




ーー恐らくーーかをる子が直樹に問い糺そうとしていたのは、その噂のことだろう、と思い返していた。
きっと根も葉もないことだとかをる子は分かっていただろうが、何故そんな話が沸いて出たのか確かめたかったのだろう。彼女は琴子と常にやり取りしていたようだった。事情を先に聞いておいて、こちらに来てから驚かないよう琴子に話すつもりだったかもしれない。





その後、直樹は医局のスタッフ何人かに訊ねたが、結局琴子に会ったという者はいなかった。

ーー来ていないのか? こっちに。
いや、そんなばかな。
来られないなら、ちゃんとA判定取れなかったと一言謝罪の電話を寄越すだろう。

直樹は段々自分の顔がイライラとひきつってきているのが分かっていた。

14時近くになるのに、昼メシも食えていない。
せっかくランチくらい一緒にとる余裕はありそうだと思ったのにーー

もしやーー。
実はもう病院に来ていて、あのくだらない噂を聞いたのか………?

直樹は物凄くいやな予感がざわざわと背筋を走るのを感じた。



とにかく琴子を探そうと、医局を出てあちこちを探し回っていた。
すると、非常階段の近くの廊下の片隅で、「待ってください、なんのことですか?」と、声が聴こえた。

ーー琴子!?

近寄ろうとしたが、すぐに琴子ではなく、城所茜だとわかった。
どうやらナース二人に詰め寄られているようだ。

「ばっくれんといて。あんた入江先生だけやなく、薬剤師の兼平さんにも色目つこうてるゆう話やんか」

「はい……?」

「彼女の恋人なんよ? 兼平さん。そやのに、彼女の胸見て、『ああ、君もあの娘くらい胸あったらな……』ってため息ついたって……そんな屈辱ある? あんまりやわ。いつの間に兼平さんにもちょっかいかけたんや! そんなに人のもん横取りするのが好きなん? ちょっと胸が大きいからって男に媚び売って……」

「えーと………」

「だいたい実習生のクセして入江先生とどうこうなんてだけで生意気なのよ! そんな声が似てるだけなんて、先生の奥さんの身代わりなだけじゃない!」

思わず直樹が三人のところに近寄ろうとした時、城所茜はきっぱりと二人のナースに言い放った。

「えーと、すみません。貴女方は兼平さんのことであたしに文句あるんですか?
それとも入江先生とのことで? どちらにしろ、あたしには関係ないことなので、文句云われても対処できません。
兼平さんとは一度薬剤部にお邪魔した時にお会いしただけですし。別に媚を売った覚えもありません。胸が大きいのは貴女の顔が微妙にエラ張ってるのと同じくらいどうにもできないことですし。
入江先生との変な噂は、先生ご自身がおっしゃった通りです。面白おかしく勝手に妄想されるのは心外です。
それと、あたしが入江先生の奥様の身代わりなんて、入江先生にも奥様にも失礼です」

「なによ、学生のくせして生意気な……!」

ナースの一人が掴みかかろうとしたところに直樹が「君たち何をしてるんだ?」と近づいていく。

「い、入江先生!」

「実習に来ている学生を吊し上げですか? ここのナースたちは。医者不足なのに、評判落ちてどんどん研修医の来てがなくなりますよ。それに随分と暇なんですね。他のナースたちはみんな休む間もなく走り回っているというのに、そんなくだらない話で」

「……う、うちらは別に……」

決まり悪そうにナース二人は慌てて逃げ去っていった。

「大丈夫か?」

直樹が問いかけると、城所茜は「あー大丈夫ですよ、全然。慣れてますから、こーゆーの」と、案外あっさりと答えた。
そういえば震えても青ざめてもなく、かなり平然としている。

「慣れてるって」

「ほら、この胸のお陰で、小学生の時から同性にはいじめられやすくって。でも、あたし結構鈍感なんで、あんまりいじめられてるって実感ないんですよね~~」

「たくましいな」

「そーですか? これくらい感覚鈍い方が外科医に向いてると彼に云われましたよ。解剖実習の後で平気で焼き肉とか食べれちゃうんですよねー。
さっきのナースたちもつい顔色や動脈の具合見て、臓器の色やら骨格やら想像しちゃってました~~」

「しかし、未だに噂が流れてるとは思わなかったな。もしかして今までにもあったのか? こんなこと」

「いやーここまであからさまな呼び出しは初めてで、ある意味新鮮でした。ほら、ちょっとドラマみたいじゃないですかぁ。地味にねちねち注意されたり、陰口あからさまに云われたりとかくらいはありましたけど、ほら、あたしあまり気にしないんで」

にっこりと笑う顔に強がりの色はない。これまでにも色々あって逆に何重もの防御の層を纏わせる術を身につけたのかもしれない。なににせよタフな精神力は医者としては頼もしいな、と感心する。

「……すまなかったな。おれが寝惚けて間違えたばっかりに」

「いいですよ。気になさらなくて。奥さましか知らない入江先生の腕の中の感触を思い出すだけでちょっとお得な気分でしたからーーあ、ごめんなさい、記憶から抹消する約束でしたね。いやーさすがにインパクトのある出来事だったのでなかなか消去できなくって~~」

えへへっと笑う彼女に直樹もようやく少し笑みを返した。

「彼氏に悪いだろ」

「はは、今と同じ事、彼に言ってやったんですよー。あ、この不倫騒動、ネタとして話したくて、久々にあたしから電話しちゃったんですけどね。そしたらちょっと心配になったらしくて。次に休みとれたらこっちに遊びにくるって~~」

タフで鈍感でポジティブで随分ぶっとんだ女だな、と思わず彼氏は大変そうだと苦笑する。

「それは……よかったな」

「はい!………あれ?」

「どうかしたか?」

「いえ、今、誰かそこに居たような……」

彼女が廊下の曲がり角の方を少し怪訝そうに眺めた。





その後、城所茜と別れた後、暫く琴子の姿を探し回ったが、結局、院内で見つけることができなかった。
つぼみルームにも立ち寄ったが、琴子と仲のよかった枝元くるみは帰った後で、他のスタッフは知らないといっていた。

ーー病院じゃなく、まずマンションか?

出来ればその方がいい。
直樹は、病院内で琴子がこの馬鹿げた噂を聞いて変な誤解をするのでは、という可能性を思い、忌々しさを覚えた。

マンションに電話をしようか、それとも東京の自宅に電話をしようかーーー直樹は一瞬悩み、とりあえず受話器を手に取った時ーー

「入江先生! 救命からコンサル入ってます! 神尾由輝くん、五歳、意識不明の状態で救急車で運ばれたようです。うちの患者だとーー」








※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

入江くん、君の予想は正解だ!

ごめん、やっぱり散々な誕生日なのです……(もうすぐ結婚記念日だというのに、まだ誕生日から話は進んでないという……)

そして、結婚記念日にも、短いかもですが、続きをアップしたいと思ってます。でも、おそらくhappyにはまだなれてないと思うので、先に謝っときまーすm(__)m
目標、クリスマスまでにはhappyに^_^;


そうそう、結婚記念日にもemaさんちでチャットあるかもしれないので、チェックしててくださいね~~♪


11/20追記 0時アップは無理です、多分~~m(__)m
結婚記念日中か、下手すりゃいい夫婦の日にずれ込むかもですが……
まだ出来てないのに、チャットしてたら書けるわけないやん、と今、気づく計画性のなさ………(-_-)


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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そう、直樹は琴子と出会ってなければ、
まともな医者にはなれないのではと思います。昔のコードブルー山Pみたいな尖ったデキルけど冷たいドクター笑
城所さん、キャラ設定めっちゃ悩みましたよ。黒か白かグレーか^_^;最初はポジティブモンスター目指したんだけど難しくて挫折。黒とかグレーにすると無駄に長くなりそうなんで、結局まあまあいい人に落ち着きました……^_^;
ので、そんなに今後でしゃばる予定はないですが、書いてみないとわからないという見切り発車なのです^_^;
そうなんです、声はね。声色だけじゃなく、トーンやアクセントですぐわかりますもんね。なので、今までは冒頭の一声だけで、一瞬、はっ!となったイメージなのです!(強引f(^_^;?)

ふふ、探すと見つからない……相変わらず私の話はスレ違ってばっかです^_^;

Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

きっと夏前夏後で直樹はぐんと変わったのではないかと笑 それくらい琴子ちゃんの影響は大なのです!
琴子の声が聞けないというのは、直樹にとって物凄いストレスだということを漸く思いしるおバカな奴なのです。琴子置いて神戸に行くからなのだよ、自業自得なのだよ!

さて、茜さんとの会話立ち聞きしてたのは誰でしょう?
うーん、もしかしてちびぞうさんの危惧があたってしまうかもー(そしたらごめんなさい)でもhappyendだから待っててくださいませ。はい、クリスマスまでには終わらせたいのです!(第一希望)


個別記事の管理2017-11-12 (Sun)

入江くん、Happy Birthday!
45歳かぁ~~渋味の増したいい歳ですねぇ。私は遺伝子の突然変異を信じてます。ええ、きっと、入江くんの髪は大丈夫!!




昨夜は入江くんハピバカウントダウンチャットで大変盛り上がりました。
開設してくださったemaさん、ありがとうございました!

途中、『絶愛』な話からBLネタに変わり、だんだんみんなおかしなテンションになり、狂気や百合やら性転換やら……世にも奇妙なイタキス話になっていくにつれ、閲覧者が減っていくという……(°Д°)
引かれてる……引かれまくっている‼
大丈夫です。冗談なので、書きませんよー(少なくとも表では……^_^;)
でもソウ様、狂気な直樹さんは読みたいかもです……


さて、連載の続きですが、予告通り誕生日なのにすっきりしないままですm(__)m
そして、短いです。

それでもOKな人は続きからどうぞ♪











※※※※※※※※※※※※※※※※※※

11月11日 P.m.0:35



「みてーみてーみてーっ ほら、燦然とかがやくA判定! ああーっこれでやっと堂々と入江くんに会いに行けるのよーーーー!」

食堂でランチを食べ終わったあと、模試の結果が記載された用紙をひらひらとみんなに見せびらかせて自慢する琴子を、いつものメンバーたちは呆れ顔で見守っていた。
因みに彼らは全員A判定である。

「うん、うん。よかったねー」

「もう、モトちゃんたら、何よ、その棒読み~~」

「いやいや、あんたの涙ぐましい努力はちゃんと認めているから」

いいこ、いいこ、と頭を撫でる。

「ほんと、ここ1ヶ月まともに睡眠とってないんじゃ……目の下に隈ができてますよ、琴子さん」

「えーっ? 智子、ほんと? どーしよー。明日神戸に行くのに~~」

琴子が慌ててコンパクトを取りだし肌をチェックする。

「隈どころか、顔色も悪い。喉の調子もずっと悪いだろ。疲労が酷くて免疫力低下して、風邪が治らないんじゃないのか? ほんと、やる時は加減を知らないとゆーか、無茶しすぎなんだよ」

啓太にたしなめられ首を竦める琴子に、

「ま。琴子は目的があれば死にもの狂いで頑張っちゃうのよね~~。でも一応ナースになろうってんだから、自分の身体の自己管理くらいしてよね」

と、幹も追い討ちをかけた。

「はーい……」

実際ハードな日々だった。
模試の試験勉強も毎日深夜まで行い、卒論の提出も期限が迫っていて追い込みであったし、さらにはその期間に実習もあった。
浜松でのバースディ逢瀬の後の1ヶ月は、人生の中で一番睡眠時間がなかった日々ではなかろうか。
だが、そんなことで疲れたなどど云ってはいられない。直樹の生活の方が琴子よりもさらにハードなのだ。それは夏休みに暫く一緒に過ごしてよーく解っていた。
ーー入江くんの方がもっと大変なんだから!

そう自分を叱咤して乗り越えた1ヶ月だった。

「入江さんは明日仕事休みなの?」

真里奈の問いに、少し顔を曇らせ「ううん。多分仕事だよ。相変わらず殆ど休みなんてないんじゃないかなー。でも、とりあえず明日は間違いなく病院にいる筈だし」と、自分の誕生日の時のすれ違いドタバタ劇場を思い出してしまう。
今回は『A判定取れたなら神戸に行く』と宣言してあるので、もし何か予定が変われば流石に連絡をくれると信じている。

「でも、いいんだ。明日はプレゼント渡しに行くだけだから。入江くんも相変わらずハチャメチャに忙しそうだからあんまり邪魔したくないし………」

「あら、健気」

「なんか、とっても大変な手術のオペチームに加わることになったって」

「1年目の研修医が!? それはすごいわね~~流石だわ!」

「前立ち(第一助手)も相当数こなしてるって話ですもんね。いいなー私も早くオペに参加したい……」

「あ、そーいえば、俺もちょっと前の小児科実習の時に小耳に挟んだ。斗南でも注目の的のオペらしいぜ。成功したら学会でも症例報告されるだろうって」

直樹断ち宣言をしたので直樹本人とは全く会話をしていないが、神戸のマンションの隣人で友人のかをる子には何度か連絡して直樹の近況を訊いていた。

その難易度の高いオペチームに入ったこともあるし、元々各務から頼まれていた小児救急の学会の準備もあるしで、10月に入ってからは救命の研修に行っていた時以上の多忙ぶりらしい。

救命にいたときだって、あんなの人間の労働環境じゃない~~過労死しちゃうんじゃないかしら、と心配だったのに、それ以上ってどうなの? と、直樹の健康状態を気にしてはいたが、直樹断ち宣言をしていたので電話もかけられない。いや、どうせ元々留守電に一方的に自分の話を語るだけで直樹の状況はわからないことが多かった。それゆえにかをる子から色々情報を得ているわけだが、逆に余計に心配になってやきもきしてしまう。

「そんな心配な状況なのに、よく電話もせずに耐えられたわよね」

幹にポンポンと頭を撫でられる。

「あたしの電話なんかで入江くんの貴重な家でのくつろぎタイムを奪うのも申し訳ない気がして……」

直樹断ちをすると宣言した真意はそこにあった。
しかし幹たちにしてみれば、琴子の行為が要らぬ気遣いだということは十分想像できた。

夏休み明けに初めて大学で会った時……かなり大胆に所有印が琴子の身体の、あちこちに付けられていた。
琴子の誕生日の翌日も然りである。見えようが見えまいがお構いなしに鮮やかに刻み付けられた赤い花に、看護科メンバーたちは思わず直樹の激しい執着と独占欲を感じて、ひきつり笑いを顔にへばりつかせたものだ。

なので今回の琴子の提案は、直樹の方が琴子欠乏症となってストレス溜めまくっているのではと想像ができた。
しかし琴子は、自分が直樹のことを想っているのと同じ時間、質量で直樹も自分のことを考えているとは思いも寄らないようなのだ。
これはもう、直樹の普段の態度に起因することなのだが。

………ったく入江さんも素直じゃないから……だからこの嫁は変な気を遣うようになっちゃってんのよ。これはもう、自業自得ってなもんよね。

内心、呆れつつ、幹はこの面倒な遠距離カップルの動向は常に気にしてはいるのだ。


「ま、明日は講義も休講だし。気をつけていってらっしゃい」

「うんっ」

「で、誕プレは何を?」

「ふふふっ今年はタイピンをね~~」

「ま、普段は白衣や術衣でも、学会とかでスーツを着る機会は多いものね」

「うん。まあ飾り気のないシンプルなやつだけど。まだ学生でお金もないしね~~~」

「ふーん」

「そして、何故か宝石時計の専門店で買ったせいか、置時計をおまけにつけてくれたのー。目覚ましヴォイス機能付きなのよー」

「あ、もしかして、あんたの声、録音済み?」

「もっちろーん」

『入江くん……朝だよ。起きて……大好きだからねーっっ』

ずっと続いている喉の不調のせいで、どうにも声がかすれ気味なのだが、喉スプレーとミントののど飴でなんとか声の調子を整えて、ばっちり録音したのはいいのだが……

「入江くんって、朝目覚ましなんてかけなくても、起きたい時間にぱっと起きれる人なんだよね~~」

「え? 何それ。そんな超能力者みたいな人間がいるのっ?」

「さすが入江さん……」

「なんか、折角のあたしの『必殺朝から悩殺ヴォイス』もあまり役立つことはないかも」

残念そうに語る琴子に、「悩殺されるかどうかはともかく、きっと役には立つんじゃない?」ーーと、看護科の仲間たちの意味不明なエール(?)を受けながら、琴子は翌日、意気揚々と神戸へと旅立っって行ったのだーー。










* * *



11月12日 A.m11:20



「とりあえず病院に直行しちゃったけど……何処に行けば入江くんに会えるのかな?」

琴子は勝手知ったる神戸大医学部付属病院の玄関フロアで吹き抜けの階段を見つめ独り呟く。
この時間なら外来の可能性もあると思い、まず小児外科外来の曜日担当医を受付前の当番表示を確認すると入江直樹の名前はなかった。

まだ研修医だから指導医の名前しか載っていないのだが、琴子は実は指導医の名前を覚えていない。

「小児科フロアに行けば会えるかなー」

サプライズの登場の第一声を考えつつ、緩む頬とか上がる口角を抑えきれない琴子である。

もうすぐ……
もうすぐだよー入江くんっっ
ほら、あたしちゃんとA判定取ったんだよっっ
少しでも話す時間があるといいなー。
お昼少し前だけど、食堂でランチとか一できないかな~~

ついつい足取りもスキップのようになってしまう。

「とりあえず『つぼみルーム』行こっかなー」

小児科病棟は今年の夏にボランティアでお世話になった病児保育のある『つぼみルーム』が併設されている。さすがに迷子にならずに行けるだろう。


「うーん、その前にかをる子さんに会って入江くんの近況きいておこうかな……」

この病院で事務をしているかをる子とは、実を云うとここ数日連絡がとれていない。
何度か電話をしているのだが繋がらないのだ。直樹と違って平日の夜は大抵自宅にいたので、少々心配していたのだがーーー。


「ええっお休み?」

事務局にかをる子を訪ねると、経理のおばちゃんが面倒くさそうに話してくれた。
なんでも実家の親が倒れたということで、5日前くらいから病院を休んで帰省しているらしい。いつ戻れるかわからないということだ。

「……ったく、年末調整で忙しい時期なのに……」

ぶつぶつと文句を言いたげなおばちゃんに頭を下げ、事務局を出ると、かをる子は大丈夫だろうかと心配になる。

家族が倒れたって、不安だよね……
離れて暮らしていると尚更……。

考えてみればいつも電話しても直樹の近況ばかり訊いて、あまりかをる子の話をきいたことがなかった。

ああ、あたしってば………

一人マリアナ海溝に沈みこみそうなくらい深く反省しながら、琴子はエレベーターフロアに向かい、開いた扉に乗り込む。

かをる子さんが帰ったらゆっくり話をきいてあげよう。
家族の方がどうかどうか元気になれますように……


そんなことを考えながらぼんやり歩いていたらーー


「わっ」

「あ、すみませんっ」

思いっきり人にぶつかってしまい、弾みで倒れかかってしまう。

ーーすっごい弾力を感じたと思ったら……胸、でかーーっ

琴子がぶつかったのは白衣の女性だった。背が高く、丁度大きな胸が琴子の顔の位置だった。
胸の名札を見ると、『実習生』の文字ーー。
しかもこれはーー何カップ!? D? F?

「大丈夫ですか? 」

心配そうに伺う声ーー

ーーあれ? この声………

琴子が見上げると、その女性が琴子の落としたバッグを拾って手渡してくれた。

「…………………」

思わず受け取りながら茫然と言葉を失いまじまじと女性の顔を見つめる。

「おい、城所! 早くいかねーと検査に遅れるぞ!」

その女性は仲間らしい実習生に呼ばれ、「はい、すぐにいきまーす」と叫び、琴子の方をちらりと見ると、軽く頭を下げ、廊下を駆け出していった。

しばらく呆然とその城所という実習生を見つめていた琴子ーー


あの娘……あたしと声が似てる?

自分の声というのは、自分で耳に聞こえる声と人が聴く声は違うものらしい。それは自分の声は骨動音で聴くせいだが、録音した自分の声を初めて聞いた時の妙に背中がざわざわする違和感ーーそれが思い出された瞬間だった。
特に前夜、目覚まし時計に録音する自分の声を何度も聴いていたせいで、余計にその彼女の『声音』にぞわっとした。

いやー顔と胸は似ても似つかないけど……声が似てるとかって、あるんだね……………

琴子がしばらく彼女の消えた廊下の片隅を見つめてから、小児科の医局に行こうとした時だった。

「………今のが、例の彼女でしょ? 城所さんって」

「そうそう。あのFカップの実習生」

「胸だけじゃん。顔は大して美人でもないよね」

「ちょっとあっさりした顔立ちで、インパクトはないよね。胸と比べて……」

ナース二人が小声でぼそぼそと立ち話をしていたのだった。なんだか陰口っぽくて思わず耳を塞いで通りすぎようとした時ーー

「………あんな娘が……ほんとに入江先生とつきあってるの?」


ーーーーーーへ?

どきん、と。

心臓が大きく鼓動しーーそのまま止まってしまったような気がしたーー。















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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

チャットお疲れ様でしたーと、返事を書きつつ、すでに結婚記念日もチャットも終わってしまい、遅れまくりのリコメで申し訳ないです。いやーあのときの回はおかしなテンションでしたねぇ……^_^;
そう、琴子ちゃん、やる気さえだせば勉強勉強できる子だと思うんですよ。
そして、今回、かをる子さんのサポートを無くすために(話の都合上)ちょっと撤退してもらいましたf(^_^;

そう巨/乳……コメント受け付けてもらえないないようなキャラ設定にして申し訳ない笑
さて、がーんどころか、もっとくらくらしちゃうかも。先に謝っておこう…………

Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

リコメ遅くなって申し訳ないです。
ええ、毎回気になるところでぶったぎって申し訳ない。そういう意地悪が好きな私……ごめんね、琴子ちゃん……
そう、自分の声ってわかんないですよね?
昔、漫画で、「私の声に似てる」ってセリフあったんだけど、わかるのかなー?って疑問だったんで。
あ、でもこの寒気は自分と声が似てる人が直樹の傍にいるって衝撃からではなく、ほら、自分の声を録音したの聴くとなんか気持ち悪い感じしません? その感覚のつもりだったのだけど、分かりにくくてごめんなさい〜〜( ̄▽ ̄;)



Re.絢様 * by ののの
コメントありがとうございます!

リコメ遅くなって申し訳ないです。いつも読んでいて下さって嬉しいです。happyend目指しますので、しばしお付き合いくださいませね。

個別記事の管理2017-11-11 (Sat)


さて、いよいよ直樹さんのbirthdayですよ~~
一日早くフライングでポッキーの日に絡めたお祝いイラスト描きましたf(^_^;


よろしかったら続きからどうぞー(^_^)







誕生日カウントダウン数分前にポッキーゲームを提案した琴子ちゃんと直樹さんの内心の声………



(えっえっえっ? 待って、待って、ちょっと、入江くん、食べるの、はやーーいっ)


(ーーーったく! 誕生日まで待ってられるかっ)


あと数秒が待てない男……f(^_^;
二人に誕生日カウントダウンの時間はないのであった…………笑




2年前にもポッキーの日のイラスト描いてますが、その時よりポッキーの長さが短くなってて、ポッキーってわかりづらくなってしまいました~~~f(^_^;画力のなさが………
うん、でも進歩のない落書きだわーー(T_T)






さて、今夜(11/11)は22時くらいからemaさん宅でイタキス期間の一環で直樹さんのお誕生日カウントダウンチャットを開催してくれます。
私、ほぼ常駐しているのでは、という気がしています^_^;今回は休みの前だから、遅くまで付き合えるかと(^-^)v

22時にemaさんのブログで入口が案内されると思うので、みなさん、是非参加してみてくださいね。
琴子ちゃんの時には閲覧のみだった方も遠慮せずにどんどんいらしてくださいませ(^_^)
一緒にイタキス愛を語りましょう!


尚、今回はうちのブログは0時更新はないと思いますが(T_T)、できれば誕生日のうちにお話の続きをアップしたいと思ってますので、時々覗いてみてくださいね^_^;



あ。あとemaさんのブログで病院本の感想、絶賛募集中です。感想フォームに記入するだけなので、ぜひご購入された方は感想送っていただけると次の本の励みになると思います♪

まだご購入されてない方も迷ってる方も、boothにてまだまだ絶賛発売しております(^-^)vこの機会に是非どうぞーー♪

私、身を削って体験したネタをモトちゃん目線で書いております^_^;

よろしかったら是非是非~


では、のちほどチャットでお会いしましょう♪





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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

はじめは、は? そんなこと付き合ってられるか、くだらない、とかいいながら、なんだかんだ速攻食べ進め、そして、あと一センチで焦らす笑
さすがマロンさん、読みが深いです(^^)d

マロンさんだけですよー。こんな落書きにもコメントしてくださるのは。感謝感謝(//∇//)

声を聞かせて2 * by なおなお
ありゃありゃ?またまた琴子ちゃん誤解しちゃったよ!入江君またひどい言葉ぶつけるんでしょ琴子ちゃんに、頑張ったんだよ優しい言葉かけてあげて欲しいな入江君も頑張ったのでしょうけど。v-8

Re.なおなお様 * by ののの
声を聴かせて2のコメントありがとうございます♪

そう、琴子ちゃん誤解しちゃいます。入江くん、よく頑張ったって抱きしめられるような展開に早く持っていきたいと……思ってはおりますので〜〜〜

個別記事の管理2017-11-06 (Mon)


1997年の神戸シリーズです。
神戸時代の隙間を埋め尽くしたいという野望達成のためにも、イタキス期間をこの時期のお話で書こうかなーと、『夏休み』が終わった後から考えてました(^_^)

話としては随分前からあったんですが、二番煎じというか、どっかで読んだことあるよーなとか……神戸ネタでよくある黄金パターンな気がしてアップするの若干迷ったんですが(なんか、タイトルもありがちな……)……… ま、いっか、二次だしf(^_^;





と、前置き長くなりましたが、ぬるい目で許していただけそうな方は、続きからどうぞ♪





※※※※※※※※※※※※※※※※






『あたし、今日から入江くん断ちするからっ!』

琴子から唐突にそう宣言をされたのは、10月も半ばのことだった。

「……………は?」

意味がわからず思わず受話器を見つめてしまう。

NICUの研修も予定通り終わり、元の配属の小児外科に戻ったばかりだった。
だがどの科に行っても研修医の忙しさはやはり半端なかった。
特に戻ってすぐに難易度の高い心臓病の新生児のオペチームに研修医ながらも参加することになり、その準備に忙殺される日々だ。
その夜、偶々着替えを取りに帰った瞬間に琴子の電話に出ることが出来たのは、互いにとってかなり幸運な出来事といえよう。

『もうすぐ、入江くんの誕生日でしょ?』

もうすぐ、といってもまだ1ヶ月ほど先だった。

『実は11月の頭に国家試験対応模試がまたあってね。前回の模試の合格判定がBだったから、今度こそ絶対Aを取ろうと思って』

Bでも琴子にしてみれば頑張っている方だとは思ったが、自分以外全員A判定だったと落ち込んでいた琴子に、今やれることをやるしかない、と励ましたのは自分である。

「ちょうど、入江くんの誕生日の少し前くらいにその模試の判定結果が出るのね。もし、A判定取れたら入江くんとこに直接誕生日おめでとうってプレゼント持っていくから! だから、そのためにもそれまで入江くんに電話するのもぐっと我慢して一心不乱に勉強しようって思ってるの! あたし、馬鹿だから自分に厳しくしないときっと怠けてしまうからっ」

おそらく電話の向こうではスポ根もののキャラクターの如く、ぎゅっと拳を握りしめ、瞳に炎を携えて空に向かって誓っているであろう琴子の姿が想像できた。

「…………で? もし、A判定取れなかったら、どうすんの?」

『うーんとね……会いにいくのは諦める。プレゼントは直接あげられないけど、入江くんには静かで心穏やかな誕生日を提供してあげるわ……』

「………それはありがたいな……」

ひどく素っ気ない直樹の言い方に、受話器の向こうの声が一瞬怯んだのがわかった。

『う……やっぱり、行くの迷惑だよね……あたしが行くと変なことばっかし呼び寄せちゃって……』

夏休みに起きた色々なことが思い出されたのか、自分の計画を一気に否定する方向に舵を切り出した。

「………ったく。夏休みの時にも言ったろうが。迷惑なんかじゃないよ。迷惑込みでおまえの全存在を受け入れてるんだから、今さらなことゆーなよ」

『い、入江くんっっ~!! じゃ、じゃあそっちに行っていいんだよね~~? A判定取れたら!!』

「……ああ。とりあえず今回は今のところこっちを離れる予定ないから。まあ、出勤なのは確実だから、来ても相変わらず構ってやれないけどな」

『いいの。プレゼントを直接渡せるだけで。おめでとうって直接云えるだけで!! あたし、絶対頑張って必ず神戸に行くから~~~待っててねっっ!』



そういって電話を切ったのが1週間前。
そして、琴子の予告通り、神戸に来て以来ーー琴子がこちらに来ていた時以外は決して1日も欠かすことのなかった電話攻撃が一切なくなったのだ。

『ーー用件は録音されていません』

夜遅く帰宅して真っ先に点滅ランプを確認して再生ボタンを押していた日々が懐かしく感じる。

ーーもしもし、入江くん? あのね、今日ね………

流れてきた甘ったるい琴子の声に、とりとめのない日々の話題に、疲れた心がどれだけ癒されていたのか、改めて思い知る。

ーー勉強に集中するために入江くん断ちするの!

そんなの一種の願掛けみたいなものだろう。5分や10分電話をする時間を惜しんだところでどうなるものでもあるまい。
そう思いつつも、勉強するからと張り切ってる琴子に文句も云えない。
こっちから電話をかけることなど滅多にないくせに電話を寄越さないことにクレームをつけることなど出来るわけもない。

「………せめて前の留守電を消去しなければよかったな……」

思わず誰も居ない部屋で独り呟いてしまった。独り言のクセはない筈だが。
毎回琴子は長々と喋り倒すので、留守電の容量がオーバーしてしまうため、前日の留守電は聴いたあとで消去していたのだ。
残しておけば良かったと思っても後の祭りである。

ーーおまえ、これでもしA判定取れなかったら、承知しねぇぞ。

いや、絶対大丈夫であると信じてはいる。
いざという時に信じられないような力を発揮することは、出会ったばかりの高三の中間テストで保証済みだ。斗南高校に受かったことや、看護科の転科試験に合格したことを鑑みても、琴子が一発で看護婦国家試験に受かることは疑ってもいない。

たとえ今回またB判定だとしても、きっと本番では合格になるに違いないのだ。

とはいえ、もしもB判定だとーー

…………誕生日なのに、おれはお預けくらうってことか?

琴子の声も日々聴くことができず、そのうえーー?

琴子本人が自分を律するために決めたこととはいえ、なんだか微妙に納得できない気分の直樹であったーーー。













「ちょっと待ってぇーーおいてかないでよー」

ーーー琴子!?

何処かで琴子の声が聴こえた気がして、思わず振り向いた。

「入江先生? どうしました?」

小児外科の医局で、指導医と担当患児の治療方針について打ち合わせをしている最中のことだった。

「いえ、すみません」

琴子の声を聴かなくなって1ヶ月近くたった。
たしか模試も先日終わったはずである。
模試が終わったら電話攻撃は再開されるのかと思っていたのに、その予想は外れた。
どうやら結果がわかるまでぐっと耐えているらしい。

「もう、琴子ちゃんってば健気で……それにね、本当にこっちが心配になるくらい一生懸命勉強してたのよ。だから模擬試験終わったらお兄ちゃんに電話したら?っていったんだけど。A判定取れるまで電話しないし会わないって……やつれて耐え忍んだ顔でそーゆーのよっ! なんてエライのっ
もう、こんなときこそお兄ちゃんから電話してあげなさいよ!」

してやりたいのは山々だが、帰宅するのは毎日深夜だ。
みんなが起きている時間に帰れないので電話もできない。

いや……時間は作ろうと思えばどうとでもなるのだろう。
だが琴子が色々考えて折角決意したことなのだ。それを直樹が簡単に覆してはいけないと思っていた。

「………なんだかんだ二人とも頑固なのよね。お互い禁断症状出てるくせして」

母、紀子が神戸にわざわざやってきてそう言ってため息をついたのは11月に入ったばかりのことである。
因みに、紀子は友人と宝塚に観劇に来たついでに直樹の処に立ち寄ったのだ。
母親が来たからと構っていられる時間もないので、少し食堂で琴子の近況について聴いただけだった。

「どうせ家事なんてする暇ないんでしょ? 部屋の掃除くらいしてあげるわよ」、という紀子の申し出に、「冗談じゃない。丁重にお断りするよ」と顔をしかめて断言したら、偶然通りかかった救命の鬼姫が背中越しにボソッと「そういうのありがたーくお願いして甘えてあげるのが親孝行ってものなのだよ。ま、まだまだ青い君にはそんなことわからないか」と含み笑いをして去っていったので、苦虫を噛み潰したような表情で、無言で母にマンションの鍵を渡したのであった。

その後、母に寝室に置いておいた琴子の写真やら夏休みの置き土産やらを見られて「もう~~そんなに寂しいならなんで一人で神戸なんかに来ちゃうのよー」と後から電話でネチネチと云われたので、やはり二度と頼むのは止めようと心に誓ったのである。


まったく、母親に会う時間を作るくらいなら琴子に電話する時間をなんとか捻出できただろうと、後から忌々しく思ったりもした。
それくらい、琴子に飢えていた。
一ヶ月も琴子の声を聞かないなんて、知り合って以来初めてではないだろうか。
結婚前、相原親子が一度家を出ていった後も、自分が一人暮らしを始めた時もーーー琴子のたゆまぬ努力のお陰で、その姿を見ず、声を聴かなかった時期はかなり少ない筈だった。
いやーーそういえば唐突に琴子が姿を見せなくなった時があったなーーと、ふと一人暮らしを始めたばかりの学生時代を思い出していた。妙に落ち着かなくて裕樹を呼び出して琴子のことを探らせたりした青かったあの頃。ーー結局琴子が勘違いしていたのだと琴子の親友たちのおかげで知ることが出来て、琴子の誤解を解くためにわざわざ松本綾子を大学に来るように仕向けた。
あの頃から琴子は自分にとって欠かせない存在だったのだと今更ながら思う。


「ちょっと、みんな待ってよ~~」

また琴子の声がした。

禁断症状もかなり重症化しているな……そんな幻聴が度々聞こえるなんて……

疲れもピークなのだろう。
今置かれている状況は、救命にいる頃より、NICUにいる頃よりハードだ。
直樹は自嘲気味に苦笑し、しっかり覚醒しなければとコーヒーを淹れるために席をたったーーその瞬間。

「すみませーん。ご挨拶が遅くなりまして……」


ーーーーえ?

少し甘えたような鈴の鳴る音のような琴子の声。今度ははっきりとーーすぐ後ろから聴こえた。

思わず振り返る。

だがそこには当然琴子がいる筈もなくーー医学生が4名いただけだった。
男子3名女子1名。白衣を着てはいるものの、みんな緊張気味で落ち着かない様子だった。
ーーそういえばもうすぐ実習生が来るとかいってたな……

「ええっと、来週から小児外科でお世話になる実習生です。本日はご挨拶に伺いました。私はグループリーダーの城所茜といいます。よろしくお願いします」

紅一点の女子がぺこりと頭を下げる。

直樹はその声を聴いて愕然とした。
無論、髪の長さが同じくらいのロングだということを除いて、容姿は全く琴子と似ても似つかない。
だが……
あまりにーー琴子の声とそっくりだった………











そして、それから10日ほど経った頃ーー。
研修医の入江直樹と実習生の城所茜が不倫しているらしいという噂が、まことしやかに外科医局内で囁かれるようになっていたーー。








※※※※※※※※※※※※※※※




しかし、直樹さんのbirthday、結婚記念日に向けてこんな話でよいのかと………今も煩悶中………f(^_^;





おそらくbirthdayは直樹さんも琴子ちゃんも悶々としたまんまでしょう……f(^_^;(←ネタバレ予告)
長く引っ張るつもりはないのですが、結婚記念日までにはハッピーエンドになればいいなぁーと……

でも、イタキス期間中に終わらない可能性の方が大かな~~(笑)



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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

我ながら誕生日に向けて何故こんな話を……と思いつつ、夏休みが終わったら書きたいと思ってた神戸のこの時期の話……いざ書くとなると当日にはハッピーになれないのでちょっと迷いました……(-_-)でもまあ、うちはなんだかんだトラブルだらけのアニバーサリーなのはお約束なので、終わりよければ、ま、いっかf(^_^;

あー、なんか私書き方悪かったですねぇ……。幻聴(と、直樹は思ってる)ではなくて、実はすでに行き来していた城所茜さんの声のつもりだったんです……上手く表現できてなくて申し訳ない……^_^;

ふふふ、つい、いいとこで終わって気になる展開にしてしまいたくなるのですよー。イケずというより単なるどSかも……えへっf(^_^;

Re.ちびぞう様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

そうですよねー普段ならたとえ声が似てようが顔が似てようが、きっと琴子以外には全く気にかけない直樹さんですが、今は禁断症状ピークでした………さて、何があったんだ〜〜?
それは次の次のお楽しみ……なのか!?(未だにそこまで到達しないスローペースで申し訳ない)

ふふ、琴子の判定結果はいかに? それは次のお話で〜〜♪

Re.シキ様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

はじめまして。長文の熱いコメントとってもうれしいです。
「ぴんくりぼん」あげていただいて嬉しいです。まだ二次かきはじめたばかりの頃の話ですが、色々思い入れのあるおはなしなので。
ハルの生まれた時の話は、妄想はあるんですけど、重くてくらーくなりそうで、なかなか書けそうにないかも……^_^;でもリクエスト嬉しいです。心に留めておきますね。
いやー私もシキさんと同じくそんな話か大好物なので、つい琴子ちゃん可哀想な目に遇わせてしまいます。
そう……今回も……
ええ。でもハッピーエンドはお約束しておきますので!

どんどん語ってください!お待ちしてます笑
こんなお話でも日々の癒しになっているのなら幸いです。
お気遣いも色々ありがとうございました〜(^^)d