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個別記事の管理2017-02-19 (Sun)
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個別記事の管理2017-02-19 (Sun)

おまたせしました。
今回も二話分まとめて更新します。



※※※※※※※※※※※※※※





「は? 今、なんて…………?」


ーーーあたしね、退院したら、東京に帰ろうと思うの………



直樹は一瞬琴子の発した言葉の意味が上手く咀嚼できなくて、思わず聞き返した。

およそ琴子から発せられるべき言葉ではなかったから。


「えっとね。だから、退院したら東京に戻るね」

曇った表情を隠すように俯いていた面をすっとあげて、直樹の瞳をみてはっきりと告げた。
それは相談ではなく決定事項のようだった。
まるで、自分が何の相談もなく神戸行きを決めたあの時のように。


「………なぜ? 何か用事でもできたのか?」

あんなに神戸にくることを楽しみにしていた琴子が。2ヶ月が1ヶ月になったことを嘆いていた琴子が。毎日毎日指折り数えて神戸に来ることを楽しみにしていた琴子が。
………まだ8月が残すところ十日あまりもあるのに、帰ると言い出すなんて。
余程火急の課題でも思い出したのか。

それくらいしか瞬間的には理由を思い付かなかった。

「え? あ、あ、う、うん。そ、そうなの。ひとつ課題を忘れていてね。すぐに帰ってやらなきゃ………」

思わず直樹の言葉に飛び付いたような科白は、しどろもどろで曖昧で、すぐに嘘だとわかった。

琴子は嘘をつくのが下手なのだ。瞬きの回数や視線の位置や不安げな口調ですぐに嘘だと見抜けてしまう。

「なんでそんな嘘つくんだよ?」

「え? ーーーあ、そんな、嘘なんて………」

言いかけて、視線を反らす。

「何かあったのか? 誰かになんか云われたのか?」

「…………………」

うつむいて無言になってしまった琴子に、つい問い詰めるような口調になっていた。

「……だって…………あたしが傍にいても入江くんに迷惑ばっかりかけて……結局奥さんらしいことひとつも出来なくて、何の役にもたってなくて……何度も心配させちゃって……あたし何のために此処にいるんだろって……熱中症なんかで運び込まれるような看護婦の卵が奥さんなんて、入江くんの評判落とすためだけにいるみたいで、もう自分で自分がイヤになっちゃって………」

ポツポツと涙声で語る琴子の言葉に、直樹は呆然とする。

ーー何を、今さら。

「そんなの、昔からだろうがっ。昔っから迷惑かけて、邪魔ばっかして、家事も勉強も一切駄目でーー」

それでもいいからーーそのまんまでいいから傍にいろと望んだのはオレのほうだーーという言葉を告げる寸前に、

「失礼しまーす………あ、お取り込み中でした? ごめんなさーい。あ、私、夕方からの担当の林です。また、後で伺いますねー」

そういって、そそくさと出ていった看護婦の顔を見て、琴子は一瞬青ざめた。
昼に担当していた永倉とリネン室でこそこそと会話をしていたもう一人のナースだと気がついたのだ。
すぐに背中を向けて部屋から出ていった時、うっすらと彼女の顔に笑みが浮かんでいたのがちらりと見えてしまった。


「………そうだね。あたしってほんと、昔っから疫病神で迷惑ばっかりかけてきたよね……。今だって入江くん神戸でやりたいことあって来てるのに、ものすごく邪魔しちゃってるよね。本当にごめんね。あたし、東京に戻ってしっかり勉強するから。春にこっちにきた時には、入江くんの迷惑にならないようちゃんとするから。自信もってあたしは入江くんの奥さんで、入江くんの手伝いができるよう看護婦になりましたって胸張って云えるように頑張るから………」

「 何だよ、それ。今、全然自信ないってことかよ。誰がなんといおうとおまえはおれの奥さんだろうが」

「自信なんて全然ないよ………あたし、何も奥さんらしいことできてないし」

「広大くんのことはどうするんだ? ほっといて帰るのか?」

「そりゃ……気になるけど………でもあたしの力じゃ何も出来ないし、どうすることも出来ないじゃない……」

心残りとなっている広大と圭子のことを云われると辛い。

「らしくないよな。何も出来なくたって何とかしようとするのがおまえだろうが」

つい言い方がつっけんどんになってしまう。
どうしてこんな口調になるのだろう。

突然東京に戻ると言い出した琴子に、妙にざわつく感覚と苛々する感情を隠せない。

「入江くん、変だよ。何もするなっていったのは入江くんじゃない。あたしが何かするとロクなことにならないって。余計なお節介焼くなって! そして、ほんとにその通りだなってーーあたしだって学習するよ。今、めっちゃ実感してるよ……… 」

そうだ。
何もするなといったのは自分だ。
なのに何故こんなに苛つくのだろう。
母子を見捨てて東京に帰ろうとする琴子にーー

「おれが何といおうと、そんなのすっぱり無視して馬鹿みたいに他人のために走り回るのがおまえだろうが!」

「な、なによ。入江くん云ってること無茶苦茶だよっ。じゃあ、あたし、どうしたらいいの? 何をしたらいいのーー? どうしたら広大くんと圭子さんを助けられるの!?」

直樹の言い方に対抗するようについ琴子も声が荒げてしまう。

「………あたし、もうわかんないよ。どうしたらいいのか……」

「だからって逃げるのかよっ」

「逃げるって、そんな……」

『逃げる』という言葉は胸に刺さる。

でも、でも、でもーーー。

「……帰りたければ勝手に帰ればいい」

吐き捨てるような直樹の言葉に、琴子の顔は悲しげに歪む。

「帰るよ! もう決めたもん」

直樹が止めてくれるってーーそんなことを心の片隅でちらりとも思わなかったといえば嘘になるけれどーー

でも………

「ちょーっと、何、患者興奮させてんのよ」

「鬼頭先生?」

いつのまにか、姫子が部屋に入っていた。

「もう、琴子はあなたの患者じゃありませんが」

冷ややかな直樹の声を気にすることなく、
「ああ、あたし救命から引き渡した後も、基本フォローは忘れないのだよ。気になるだろ? 初療した患者さんがきちんと退院できるか」

「それはご苦労様です」

「こんな風に患者にストレスを与える家族がいるとね、治るものも治らない。というわけで、ちょっと顔かしな」

そういって直樹の白衣の襟元をつかんで部屋から引っ張りだそうとする。

「姫子先生、別に入江くんがストレスなんて………」

「いや、弱ってる嫁にこの眉間に皺の寄った冷たい顔は十分なストレスだな」

そういって姫子は直樹の眉間を指差す。
さらに直樹の眉間に皺が寄った。

「琴子さん。ちらっと話が聞こえたんだけど東京に帰るって? その方がしっかり身体を休めることができるから、反対はしないよ。ただ心はどうかな? 結論はすぐに出さずに一晩ゆっくり考えなさいな。この鉄面皮の天邪鬼な唇が何云おうと気にすることないからねー」

「鬼頭先生! 夫婦のことに口を出さないでいただけますか?」

「 夫婦のことに口を出すつもりはないよ。でも患者の心身の安寧を図るのも医者の仕事でね。じゃあ、琴子さん、君の旦那はちょっと説教部屋に連れてくから安心して休んでてねー」

はたはたと手を振り、相変わらず直樹の白衣の襟元をむんずと掴んだまま部屋の外に連れ出した。












「鬼頭先生! どういうつもりですか?」

ガラス張りの喫煙室に無理矢理ひっぱり込まれた直樹は、顔をしかめて姫子に抗議した。

「まだ琴子と話をきちんとしてません」

「話って……『帰る! 』『 帰れば? 』って互いに本心をひとつも語らない押し問答のことか?」

「………いったい何処から話を聞いていたんですか?」

「 性格の悪そうなナースがにやにや笑いながら部屋を出ていったあたりからかな? きっとあっという間に評判になるな。入江夫妻はやっぱり仲が悪いらしいって。おもしろ可笑しく尾ひれがつきそうだ」

「他人が何を云おうと関係ないですよ」

部屋にナースが入ってきた気はするが、顔は全く覚えていない。

「君はそうかもしれないが、イヤな想いをするのは彼女の方だぞ」

「 琴子はそういうのに慣れてますよ。それにそんな人の陰口や噂にめげて逃げるような柔な女じゃない」

「君は案外彼女を過大評価してるなー。でも君が思う以上に、女社会の陰口や噂話はきっついんだ。いっぺん女に生まれてみろ。ちょっとしたホラーだぞ。私くらい酸いも甘いも噛み分けて心臓に毛が生えるくらい経験値をつまないと、なかなか達観できるもんじゃない。それにもうすっかり大丈夫とはいえ一度はCPAになったんだ。まず患者の状態を一番に考えろ」

それについては反論するすべもない。
琴子の東京帰る宣言に驚いて、琴子の身体を慮ることを忘れていたのは事実である。


「今話しても彼女を興奮させるだけだろ? ってか、君が冷静になってないだけか。嫁に帰るって云われたのが予想外過ぎて動揺しまくってるな。ったく、青いなー」

楽しそうにばんばん直樹の背中を叩く。

「きちんと本心を言えるまで会わない方がいいぞ。君の口はついうっかり思うことと真逆の言葉を放つ癖があるようだからな」

「随分とおれのことが分かるようですね」

ついムッとした口調になってしまう。図星をつかれると腹が立つのはやはり青臭いガキのようだと自嘲の想いも沸き立つのは否めない。

「似てるからな。各務と」

「各務先生?」

「ああ」

「……… そういえば今日は各務先生、姿を見てないですね。休みですか?」

「今日は嫁の誕生日だからな」

「え? 各務先生、独身じゃ」

しかも嫁の誕生日に休むとは意外すぎて、流石の直樹も瞳を丸くする。救命チームは知っているんだろうか。いや、知っていたらもっと朝から大騒ぎをしてるだろうーー。

「あいつは誕生日に墓参りに行くんだ。命日は神戸中、いや日本中の人たちが黙祷をささげ悼んでくれるからな」

「え……じゃあ」

「ああ。あいつの嫁は一年半前の震災の日に亡くなったんだ」

「え……………」









※※※※※※※※※※※※※


入江くんに対する罵詈雑言が聴こえてきそうだわf(^^;




では続けて(30)を更新します。
なお、震災についての叙述がありますので鍵つきにします。

あと、今現在(2/19)FC2拍手のコメント欄がどこのサイト様もエラーとなって表示されないようです。
いつも拍手コメントをご利用されている方は普通のコメント欄を使っていただけると嬉しいです。

拍手自体は普通に使えるようなので、お気に召しましたらぽちっとしていただけると嬉しいなぁっと(((^^;)


*2/20、拍手コメ機能、復活した模様です(^-^)





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個別記事の管理2017-02-12 (Sun)

すっかり隔週ペースになって申し訳ないです。
そして今回は一話分です……f(^^;



さて、皆様、琴子ちゃんをご心配いただいているとは思いますが。
少し時間が巻き戻ってます……(((^^;)






※※※※※※※※※※※





火曜日の朝ーー琴子の傍らで目覚めたあと、若干の身体の節々に強ばりを感じつつも、直樹は医局へと戻った。医局のデスクに座りパソコンを開いた途端に、ICUナースから梨本圭子が覚醒したと連絡があり、今度はすぐさまICUに向かう。



「………あの……息子は……広大は……看護婦さんがご近所の人が預かってくれはったって……いったいどなたが……?」

容態説明をする前に圭子が真っ先に訊ねたのはやはり息子の広大のことだった。

「この病院の事務員の森村というものです。琴子の友人で、救急車を呼んだのも彼女なんです」

「そんな……見ず知らずの方にそないなこと……」

圭子は心底驚いたように、困惑の表情を滲ませて青冷めた顔を直樹の方に向ける。

「……え? 琴子さんの友人?」

「はい。あ、私は琴子の夫の入江です。妻が色々お節介をしていたようで申し訳ないです」

「……あなたが、琴子さんの自慢の旦那さん……ほんま、とってもイケメンさんやね」

警戒していた圭子の表情が微かに緩んだ。

「しばらくはつぼみルームで預かっていましたが、昨夜は夜勤対応の夜間保育の保育士がいなかったようなので。広大くんが森村さんになついたこともあって一晩だけ、預かっていただきました。今は保育園に行っているようですよ」

「……ご迷惑をおかけしてすみません」

謝る圭子にようやく病状説明をする。
胃に孔が開いていたと聞いて、さすがに絶句していた。

「どれくらいで退院できるんやろか?」

「経過次第ですが、大抵一週間から十日ほどですね」

「困ります……そない長いこと。広大だって一人にしとくわけには……」

「後で相談員が来ますので、今後のことを相談してください」
と、告げたが圭子は不安そうだった。

「……うち、身寄りが全くのうて誰にも頼る人がおらへんのです。看護婦さんにも身元保証人のこと聞かれたんやけど、そないな人おらへんし。すぐ退院させてもらうわけにはいかんやろか。仕事だって、そんなに休めへん」

「無理をされると結局また倒れて同じことの繰り返しですよ。きっちり治した方がお子さんにとっても良いのでは?」

直樹にそう諭され返す言葉が見つからないようだった。

「……でも広大が……」

「そのために相談員がいるんです。色々サポートしていただけますよ」

「サポートって……」

「公的な支援を受けるための手続きをしてくれたりします」

「公的って……施設に預けるってこと? そんなん絶対いやや」

「そういう選択もあるということです。とにかく今はゆっくり休んでください。
経過は良好です。午後からは病棟に移れると思いますよ」





その後しばらく事務処理に忙殺されて、琴子の部屋を訪れることが出来ないでいた。もう内科病棟に移ったと佛円から報告をもらっている。
やっと琴子の元に行けると腰をあげた途端に再びICUから連絡があり、梨本圭子が見舞いに来た義弟と口論になり、興奮状態になったというので、慌てて駆けつけた。
ICUの入口で一人の青年が忌々しそうに扉を見つめて舌打ちしていたのが気になったが、無視して中に入っていった。

「………申し訳ありません」

義弟を連れてきたという医療ソーシャルワーカーが平謝りをしていた。
点滴を引っこ抜き、息子は自分で世話をするから大丈夫や、あんたには任せられんっと声を荒げてベッドから降りようとしたらしい。
結局痛みで動けなかったが。

「………病棟に移ってからご本人と先にお話した方がいいかとは思ったのですが、ちょうどあの弟さんという方が訪ねられたので」

義姉の家を訊ねたら玄関の鍵が開けっぱなしで、隣の部屋の住人に訊いて救急車で運ばれたことを知り、搬送先を調べてここに来たのだという。
名刺や免許証を確認させてもらい、この地方では名の知れた大企業の取締役で、身元も確かだし、子供の叔父なら大丈夫だろうとICUに案内したらしい。

「弟さんが『広大は俺が預かるから大丈夫や』、といったとたんに『絶対いやや、なんでこんなん連れてきたん』と興奮されてしまって……」

その後、すぐ義弟には出ていってもらったという。

やはりさっきの青年がそうかと、剣呑な顔つきを思い出す。少なくとも身内を心配している表情ではなかったな、とーーー。






「落ち着かれましたか?」

圭子は直樹の問いに答えずに、天井を見つめたまま、
「………すいません。点滴、抜いてしもうて……」ぽつりと答える。

「……大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ないです。確認しないままICUに通してしまって」


「別れた夫の弟なんです。夫はもう亡くなってるんですが、親権が夫にあったので、義弟が広大のこと引き取りたがってるんです」

「……結婚されてる方ですか? お子さんが出来ないとか?」

「独身です。子供の世話なんて出来る筈ないんです。ほんまは広大のことなんかどうでもいいんです。広大が相続した夫の遺産のこと手に入れたいだけで……」

「………色々複雑なようですね」

「すみません。身内のゴタゴタで……」

琴子からさらに複雑な事情は聞いているが、それ以上は深く立ち入ったりはしない。

「でも、実際入院中は誰かに息子さんの面倒を見てもらわないと……もしくは施設に一時預かりをしてもらうことになると思いますよ」

「………施設はいやや。あないなとこ……」

朝と同じことを繰り返す。

「入院期間だけですよ」

「うち、子供のころ虐待されてて、一時期施設におったこともあるんです。親との生活もイヤやったけど、施設はもっとイヤやった。あんなとこに広大を預けとうない」

「昔と今では施設の状況も違いますよ」

「先生に何がわかるんや。琴子さんから聞いてるわ。社長の息子で頭もよくて、医者になって。何不自由ない生活してはる人に、わかるわけあらへん」

「……確かに、私は何も知りません。でも、ひとつだけ解ることがあります。あなたに万一のことがあったとき、広大くんはあの義弟の元に引き取られるか、18歳になるまで施設で育てられるか、ということです。ほんの一時期のことと考えたら、まず一日も早くあなたが回復するよう努めることです」

「……………」

「病棟に移ればお子さんとも自由に会えますから。その後で今夜からどうすべきかじっくり考えてみてください」






圭子の様子が落ち着いた後、直樹は今度こそ琴子の病室に行くつもりで、琴子の好きそうなプリンかアイスクリームでも買って行こうと一階の売店に向かった。

「あれ? 入江先生やないですか。先日は色々お世話になりました」

スイーツを物色していたら、唐突に声を掛けられた。
ほんの一瞬誰だったかを考えた。

「ーーああ、水島香純さんの……」

「はい。妻がお世話になりました」

先日切迫流産で倒れた水島香純の恋人ーーいや、夫の碓井聡だ。
一度ちらりと香純の病室で出会っただけだが。

「そういえば入籍されたそうですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。それも、入江先生が香純にばしっといってくれはったお陰です。それですっかり憑き物おちて、今は赤ちゃん生まれるの心待にしてます」

「……それはよかったです。まあ出産に対する極度の不安のせいだっただけで、本心から生みたくなかったわけではないと思いますよ。今は退院されたんですよね?」

「はい。切迫流産は大したことなかったんやけど、今は会社も休んで自宅で安静にしてます。今日は香純のおかんが退院なんで、おれが迎えに来たんです。まだ少し手続きかかるらしゅうて、ちょっとぶらぶらしてまして………」
と、頭をかく。

「………とにかく、良かったです」

「マコちゃんのパパの一史さんも、一旦タイに戻ったんです。でも、結局、日本に戻るのは無理っぽくて、辞表出すって話です」

「ああ。珍天堂の………大丈夫なんですか?」

「一史さんは、優秀な技術者らしいんで、きっと再就職も大丈夫ですよ」

「そうですか」

「……あれ、あのひと、Kコーポレーションの若社長じゃ……」

ふと、碓井聡がレジに並んでいた青年に目を向けた。
視線の先には、先程ICUの扉の前にいた男ーー梨本圭子の義弟がいた。

「お知り合いですか?」

「いえいえ、まさか。若手経営者として少しは顔が知れてるんかいなー。あ、ぼく小さな出版社勤務なんです。業界紙とか出してるほそぼそとした会社の営業で。それで企業関係の人の顔はちっとは覚えてるんです」

「……Kコーポレーション……どんな会社なんですか?」

「関西じゃ名の知れた総合商社ですよ。元々江戸時代から続いた老舗の呉服問屋から始まって華族の氏を金で買ったなんて話もある血族経営の会社で。先々代の時代にもっとも業績がピークだったって話で、震災で亡くなりはった先代社長あたりから経営が厳しゅうなってきたようなんです。バブルが弾けてってのもあるんやろうけど、父親ほど才覚なかったんやろうな。
その前の社長の弟が、今の社長。さっきの人です。
弟の方はさらに経営の才が全くない穀潰しらしくて会社はどんどん傾いてるって話ですよ。周りの重役陣も手を焼いてるってことやし、他にも色々黒い噂もあって……」

「黒い噂?」

「粉飾しとるとか、会社の金横領しとるとか……詐欺まがいの会社と手を組んどる
とか……それで地検が動いとるとか……」

「色々と詳しいですね」

「たまたま広告とる営業で、何度かKコーポレーションや、そこと取引のある会社を訪問したもんやからー」

意外なところで意外な繋がりがあるもんだと感心する直樹である。

碓井聡と別れた後、琴子のところに行く前に、医局のパソコンでKコーポレーションを検索してみる。
なるほど、黒い噂についての記事が確かに多い。信憑性のあるものないもの色々ではあるが。

しばらく考えあぐねた挙げ句、直樹は受話器を手にとった。


「……あ、おふくろか?」

『まーーっお兄ちゃん、珍しい、どうしたの? え? まさか、琴子ちゃんに何かあったの?』

「…………何もねぇよ」

おれが電話したイコール琴子に何かあった、ってことかよ。

ーーなどと、心のなかで突っ込みつつも実際何かあったのは事実なので、母の鋭い指摘には内心の動揺を隠せたかどうか気になるところだ。

『ほんとに? ほんとに大丈夫なのね? 琴子ちゃん泣かせてないでしょうね?』

「……………ああ」

『今、三秒くらい間があったわね。やっぱり泣かせたわね?』

声が途端に冷たくなる。
本当に鋭い。
電話をしたことを三ミリくらい後悔する。

「琴子のために調べてほしいことがあるんだよ」

真実をいうと飛行機で神戸に飛んで来そうな気がする。
質問を無視してさっさと本題に入る。

『調べるって?』

「関西の企業の信用調査。パンダイがいつも依頼してる帝国データリサーチで調べさせてくれ。Kコーポレーションってとこだけど、詳しいことはまた後で連絡する」

パンダイの役員に一応名を連ねている母は、大手の企業調査会社から小さな探偵事務所まで、幅広く顔が利く筈だ。

『… …琴子ちゃんのためになることなのね?』

「ああ」

『わかったわ。任せなさい』

珍しくそれ以上は追及せず、きっぱりと宣言して紀子はあっさりと電話を切った。





冷蔵庫に一旦入れておいたプリンを出そうとしたとたんに、再び電話が鳴った。

『入江先生あてに外線からお電話入ってます』

交換手の言葉に、まさかもう紀子が調べたのかと一瞬驚いたが、さすがにそれはなかった。
ここに直接電話してくるのは東京の家族とあともう一人しかいない。昨夜番号を伝えた旧友ーー。

『やあ、入江。忙しかったか? 今大丈夫なのか?』

「ああ。こんなに早く連絡もらえるとは思わなかったが」

『おまえがおれを頼ってくれるという奇跡のような状況、これを逃したらおまえに恩を売る機会を一生逃してしまうと思ってな』

「意外と暇なんだな。司法修習生って」

『……暇って……ひどいな。せっかく神戸の信頼できる事務所を紹介しようと思ったのに』

文句を言いつつも受話器の向こうから聞こえるくぐもった声は楽しそうだ。

『まだ司法修習生の身でたいして力にはなれないのが申し訳ないけど』

「あたりまえだ。おまえに依頼するつもりはない」

『いってくれるな~~どーせ、まだ見習いだよ』

「早く本題に入れ」

『人に頼みごとしておいて、なんでそんなに高飛車なんだよ、おまえ……… 。
去年の実務研修でお世話になったとこなんだけどな。先生も信頼できる人だよ。メインは企業法務だけど、その先生は相続や親権問題に強いんだ。家裁調査官からの転身で』

「それは助かるな。さすがに関西の方はおふくろも伝がないと思ってな」

渡辺から葉書が来たのは昨年のことだ。実務研修先の京都からだった。
司法試験に合格したのちは2年ほどは司法修習生といういわゆる見習いである。直樹の研修医という立場と似ていた。
司法修習生は埼玉の研修所での研修期間と各地方裁判所のある地域での実務研修がある。
渡辺は昨年京都地方裁判所に配属されていたが直樹が神戸に来たのと入れ替わりに、また東京での生活に戻っていた。

『何にしろおまえがおれを思い出して頼ってくれたってのがかなり嬉しいんだけど』

ひとしきり近況を語り合ったところで『琴子ちゃんは元気か? 今、そっちに一緒にいるんだろ?』
と、振ってきた。

「…………まぁな」

『…… なんかあったようだな。………って、なんかなきゃ、おれなんか頼らないよな。あまり琴子ちゃん、泣かすなよ』

どうしてこうみんな琴子のことに関しては察しがいいんだろうか。






結局その後もバタバタと急患が立て続けに搬送され、外科病棟に移っていく梨本圭子の申し送りをし、琴子の元に行くことが出来たのは夕方過ぎだった。

部屋に行くと、もう薄暗いのに電気も点けずに琴子は布団に潜ったままだった。

「琴子? 寝てるのか?」

点滴の管やモニターの端子など、身体に付けられていたものはすっかり取り去られ、ベッド周りはすっきりしていた。
頭から布団に潜っている琴子を覗きこむと、少し身体がモゾモゾと動いた。
布団からちらりと顔を覗かせる。

「………泣いてたのか?」

瞳が少し赤い。

「う、ううん。今日ちょっと久しぶりに歩いて、少し迷子になって疲れちゃったの。ほんとに部屋がわかんなくなって、途方に暮れてたら、掃除のおばさんが案内してくれて………へへっほんと馬鹿だよね、あたしって。
………入江くんはもうお仕事終わったの?」

「………ああ。今日はこの部屋に泊まるよ」

「……嬉しいけど……ダメだよ。こんなとこじゃぐっすり眠れないよ」

個室だが、付き添いのベッドがあるわけではない。背もたれのない椅子を3つ並べて簡易ベッドにするだけだ。

「仮眠室のベッドと対して変わらないし」

「…………でも……」

「オンコールで呼ばれたらこっちの方が早い」

「呼びつけられやすくなっちゃうよ」

「いいよ。別に。それより、プリン食うか? これ、好きだったろ?」

「入江くんがわざわざ?」

随分と驚いたようで、顔の半分しか出していなかった布団から、もそもそと全部出てきた。
どんぐり眼が見開いているが、やはりうっすらと涙が滲んでいるように見える。

「ありがとう、すごく嬉しい。でも今は食欲ないから後で食べるね」

「……何かあったのか?」

「え? な、何が? 何もないよ。身体もすっかり、いいの。内科の先生も、明日には退院出来るかもって云ってたし」

明らかに目がきょどってる。
琴子は相変わらず嘘をつくのが下手なのだ。

「……あ、あのね、入江くん」

「なんだ?」

眉尻を下げて、少し困ったように………そして一つ一つ言葉を選ぶようにーー。



「ーーーあたしね、退院したら、東京に帰ろうと思うの………」








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* by なおちゃん
他の人たちも、いろいろあるね、琴子ちゃんが突然、東京に帰る、発言、琴子ちゃんが入江君のそばに、いたいと、思うのと、あるいはそれ以上なのに、27の、看護師たちの話と、おばちゃん先生のことが、響いてるのかな。

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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

琴子の方が気になるだろうとは思いつつ、直樹さんには問題解決のために動きはじめていただきました。
まあ琴子よりは論理的に動けるかと笑
渡辺くん、神戸まで呼ぼうか悩みましたが、結局声だけの登場です。
いや、しかし紀子ママは声だけですむかなーf(^^;
問題解決までの展開に悩んでたらmさんから紀子ママなら何とかしてくれると素敵なアドバイスをいただきまして笑

そしてようやく直樹も琴子の新たな問題に気づくわけですが。
はーい、頑張りまーす(ええ、きっと直樹さんが……)

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

琴子がどーなる?とドキドキさせてるわりには今回のはあまり描いてなくて申し訳ないです。次回こそは~~(((^^;)

とりあえず直樹さんに頑張ってもらわねばと。いやーたしかに圭子さん、あの唄を思いだしますねーf(^^;名前、その方からとったので、まんまです笑

ほほ、一度使ったオリキャラ再利用……じゃなくて再登場です(^w^)せっかくなんで、ちょっと駆り出しました。
この際事態収集のためには利用できるものは利用する直樹さんです。紀子ママに連絡とると面倒かなと思いつつも、ほっとくとまた琴子が何しでかすかわからないという不安があるのでしょう。

さあ、どつぼにはまったままの琴子ちゃん……次は進展する予定です(^w^)

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

そうですよね。琴子ちゃんは何が何でも入江くんの傍にいたいはず。
でも入江くんのことを一番に考えるとあっさり身を引いてしまうのも琴子ちゃんなんです。自分は何を云われても意地悪に負けることはないけど、入江くんの迷惑になることを考えたら………
さて、次は入江くんがどうでるか。お待ちくださいね。