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個別記事の管理2016-10-31 (Mon)




連載のお話でなくてすみません。ちょっと今、新しい仕事で頭が飽和状態になってて妄想ストップしております(ーー;)

かわりに、季節ネタをどうぞ~~(((^^;)







※※※※※※※※※※※※※※







「ちょうど今年は日曜がハロウィンだし。我が家でもパーティしましょうか」

紀子がそんなことを言い出したのは三日前だ。
琴美が参加した英会話教室のハロウィンパーティで、琴子が少しばかり嫌な想いをした。
その意趣返しなのか仕切り直しなのか。

そもそもその英会話教室のパーティとやらに参加するのも直樹にとっては寝耳に水で、聞いたときには思わず眉間に皺を寄せた。琴美がそれは楽しみにしてるようなので、強く反対はしなかったが。

「いったい、いつ琴美は英会話教室なるものに通いだしたんだ。聞いてないぞ」

自分も裕樹も塾など通ったことがない。
琴美にもお受験させるつもりもないし、琴子も「もうお受験目的の幼児教室や習い事をしている子が多いのよ! びっくだよねー」とかなり他人事な様子で話していた。何にしろ紀子も全くセレブな周りの奥さま連中のご意見を無視して、直樹を一番家から近いと言う理由で斗南の幼稚園に入れていた。(一応受験はあったらしいが)
とにかく子供は自由に! それが入江家の教育方針である。
英語が習いたければ自分が教えるし、クリスの娘のアンジーと仲が良いせいで、琴美は4歳にして簡単な会話は話せるのだ。しかもクイーンズイングリッシュだ。少なくとも琴子よりはネイティブな発音で単語や歌を聴かせてくれる。
なのに何故英会話教室?
そこがまず大きな疑問だった。


「お試しみたいなものなのよ。幼稚園のお友だちの咲ちゃんママから誘われたの。ハロウィンやクリスマスみたいなイベントの時には生徒さん以外も参加できるんですって。一種の生徒さん集めよね。参加したからって入塾する必要はないみたいだし、楽しそうだから行ってみようかなーって」

「ふーん」

この頃はまだ家庭でハロウィンパーティなど、それほど一般的ではない。テーマパークでイベントが行われるようになり、認知度は高まってきたが、せいぜい教会や英会話教室で子供たちがちょっとした仮装をしてお菓子を食べるくらいだ。

「へへ、何の仮装しようかなー。みーちゃんは何になる?」

「うーん、お姫さま~~」

「あら、だったら私がお姫さまのドレス作ってあげるわねー」

「わーお義母さん、ありがとうございます!! じゃあママは何にしようかなー」

ワクワクと楽しげな琴子に「なんだよ。付き添いの親まで仮装をするのかよ」と、直樹は呆れたような顔を読んでいた新聞の影から覗かせる。

「うん、最初は子供だけ、ってきいてたんだけど昨日咲ちゃんママから親も仮装するのよ、って連絡あってねー。もう、恥ずかしいわよねーこの年で」

と、いいつつ楽しそうに娘と何にしようか話している。

「いくらそんなに腹が目立ってないとはいえ、妊婦なんだし着られるものは限られているだろう?」

琴子は現在第2子を妊娠中だった。琴美の時ほど悪阻もひどくなく落ち着いた妊娠生活で、漸く安定期に入ったところだった。

「まだ全然普通の服着れるよー。ナース服だってまだまだ大丈夫だし」

子供の為のパーティだし妊婦だし変に露出の高い格好をすることもないだろう、と特に直樹は何も止めだてすることもなかった。外人講師が金髪イケメンの若い男だということは少々引っ掛かりはしたものの。

「お前、ハロウィンってのはそもそもケルト人の収穫祭で、いわゆる『お盆』みたいなもんだぞーー」

と、一応蘊蓄を垂れてみるが、無論女三世代はそんなことは聴いていない。

「やっぱり定番な魔女かなー」

魔女なら全身すっぽり黒ずくめで安心だろう、と思いつつも一応検閲してみたら、ノースリーブにミニスカートの魔女っこスタイルで、妊婦がそんな冷えそうな格好するな、とすっぱり却下したのは云うまでもない。
結局琴美の白雪姫と継母の魔女の設定で、真っ黒のロングドレスに長いつけ鼻をつけてパーティに向かったのが三日前。

てっきりその夜は楽しかったパーティの報告を聞けるかと思いきや、妙にテンションが低くて、どうにも琴子らしからぬ様子だった。

「うん、ちょっと手違いがあったけど、楽しかったよね」

それ以上は語らない琴子に代わり、琴美に訊ねると、年少にしてはかなりしっかりとした説明をしてくれた。

「あのねー。ハロウィンにいったらね、ママたちの中で仮装してたのうちのママだけだったの」

「………親子揃って仮装じゃなかったのか?」

「咲ちゃんママがそう言ってた、ってママいってたのに。咲ちゃんママも普通のお洋服だったの。大人でそんな格好してたのママ一人でーーちょっと恥ずかしそうだったの。みーちゃんもみんなから『ママ変わってるね』っていわれちゃうし」

「ふーん…………」

「……他のママたちが、ママのことクスクス笑っててね。なんだかみーちゃんまでイヤな気分になってきて、あまり楽しくなくなっちゃったの。
先生だけはママの仮装に喜んで受けてて、クリスマス会もぜひって云われたけど、もう行かなくっていいやー」

「そっか。クリスマス会はおうちでやるから大丈夫だよ」

「うん。おうちのパーティの方が楽しいよ」

直樹は琴美の頭を撫でると、疲れたから先に休むと寝室に行っていた琴子の元に向かう。

部屋では琴子がドレッサーの前でヘアブラシを持ったまま、ぼんやりと座っていた。髪をときながら考え込んでフリーズしてしまったようだ。

「……で、結局どんな行き違いがあったわけ?」

後ろから声をかけると、琴子は鏡の中に直樹の姿を認めて、驚いて後ろを振り返る。

「うーん。ちょっと色々ね……なんか、ママ友たちとの付き合いって難しいなぁって思っちゃって。ただの連絡ミスだったのかなーって思ってたけど、あたし、どうもイジワルされてたみたいで」

へへっと恥ずかしそうに笑う。

「ほんとはね。咲ちゃんママが他のママたちからイジワルされてたらしいの。それをあたしが全然気づかなくって、一緒に話したり幼稚園の催しに誘ったりしてたから、今度はどうもあたしの方が目をつけられてたみたい」

たまたま入園式の日に琴美の席の隣が咲ちゃんで、幼稚園に入ってすぐに仲良くなり、親同士もよく話をした。とはいっても琴子は基本仕事にいっていて、送迎も紀子が行くことも多く、他の母親たちのように送迎の際にいつまでも園庭でお喋りに興じたりとか、ついでにランチやお茶をすることなど滅多になかった。忙しい琴子にはそんな付き合いをしている暇はなかったのだ。
だからあまりママ友同士の人間関係や内部事情に詳しくなかった。

咲ちゃんママは地味で目立たないタイプだったが、咲ちゃんが幼児教室の成績がよくて、それまでトップだった陽菜ちゃんを抜かしたことから、クラスのママ友派閥の頂点にいるらしい陽菜ちゃんママの妬みからいじめをうけていたらしい。(ママ友派閥なるものが存在することすら知らなかった琴子である)

「……そんな3歳児の成績の一番二番で親が嫉妬したり苛めたりとか、その発想がよくわからないのだが」

「うん。あたしも理解できない……」

琴子は肩を竦めてため息をつく。

「実は花村さんから電話をもらってたの。陽菜ちゃんママとその一派が通ってる英語教室には行かない方がいいわよって。いっくんとはクラス違うのに、何故か花村さんの方がうちのクラスの内部事情に詳しいみたいで……」

花村一斗は琴美と同じ病院で生まれた幼馴染みである。幼稚園も一緒だがクラスは別れた。

「どうやら入園前の幼児教室時代から、咲ちゃんママと陽菜ちゃんママの間に確執があったのは有名らしくて。
で、陽菜ちゃんは本当は斗南より偏差値の高い幼稚園を受験してたから園が別れればもう大丈夫って思ってたら、陽菜ちゃん本命落ちて斗南に入ったらしいのね。そしたら咲ちゃんとクラスまで一緒になって。そしてまたさりげなく嫌がらせをされてたらしいの。
そういえば、あたしも陽菜ちゃんママから『あの方昔キャバクラに勤めてて成金のご主人に見そめられたそうよ』とかとか『一緒にいて楽しいかしら? 幼児教室の時に少し話したけど話題が噛み合わなくって。やっぱり育った環境が違いますでしょ』とか妙に刺のあることいってくるなーって思ってたんだよね………」

こえーよな、女って。

聞いてて背筋にぞわりとくるものがあるが、特権階級意識の強い勘違い女は確かに高校時代のA組にもいたな、と思う。

「花村さんいわく、斗南付属幼稚園はそこそこの経済力のある家庭でなければ入れない名門私立幼稚園だから、咲ちゃんママが元お水で、旦那さんが成金の居酒屋チェーン店の経営者ってのも気に入らないんだって。
斗南の格が下がるとかなんとか。
……ってか、咲ちゃんママが元お水とか、なんでそんな情報を他のママたちが知ってるのかそっちのが怖いんだけど。
きっと、あたしだってしがない料理人の娘だってばれてるわよねー。別に恥じることもないけどさー。でも、あたしも絶対話題は合わないわー」

「それをいったらうちだって成金だよな。パンダイなんて親父一代ででかくしたようなもんだし」


そして、今回のことは再三咲ちゃんママとは付き合わない方がいい、という忠告を無視した琴子にイジワルの矛先が向いたようなのだ。
しかもその咲ちゃんママを使って嘘の情報を流し、琴子一人に仮装させて笑い者にするあざとさ。
思わず直樹も顔をしかめる。

「咲ちゃんママから『ごめんなさい、言うこときかないと咲までいじめられちゃうから……』って謝られてーー」

でもね、あたし、咲ちゃんママを責めるつもりはないのよ。ただ、なんで真っ先に相談してくれなかったのかしら、ってそれがちょっとショックで。
別に前もって言ってくれればもうちょっと頑張って、一人で乗りきれる気合いのはいった仮装をしていったのになーって!!

なんか悔しいなーって!

少し凹み気味だったのが、段々奮闘モードに変わっていったらしい。
だがそれでこそ琴子だ。

「子供たちは? やっぱり派閥があっていじめみたいのあるのか?」

「ううん。それはないみたいだから、ちょっと救いかな。
幼稚園の先生の話だと、みーちゃん、みんなの人気者らしいの。陽菜ちゃんママが娘に、咲ちゃんと遊んじゃだめ、琴美ちゃんと遊んじゃだめっていっても、子供たちは琴美のことが大好きでみんなが一緒に遊びたがるんですって。それは陽菜ちゃんも同じで。そして、琴美はまず咲ちゃんを誘うから、咲ちゃんが省かれることもないみたい。
ま、陽菜ちゃんママはそれも気に入らないみたいだけど。自分の娘が一番じゃないとイヤみたいね」

「………親の方がよっぽどか子供だな」

「そうだねー。でも、色んなひとがいるから。看護師仲間でもやっぱきっつい人もいるし、変な価値観の患者さんもいるし。だからあたし、きっと耐性は出来てるよ」

ふふっと笑って大丈夫と力こぶを見せる琴子。

「だいたいあたし自分が苛められてると気づかないくらい鈍感だし」

「………知ってる」

そういえば、看護師仲間に嵌められて男湯に飛び込んだこともあったが、自分がそんな嫌がらせを受けたことなどすっかり忘れているだろう。
直樹の方はきっちり覚えていて、しかも密かに真相をつきとめて琴子を嵌めた看護師三人組には病院に戻ってからきっちり釘を刺しておいたのだが、琴子はそんなことは知らないだろう。

「噂にはママ友イジメとかきくけどな。まさかこんな身近にあるとはな。とにかく一人じゃ対処できない時は云えよ。おれも琴美の父親だ。それに妊娠中に変なストレスがかかっても困る」

「うん。ありがとう。嬉しいよ、入江くん」

思わぬ優しさに少し涙ぐむ琴子。
そのあと最初に準備して却下した露出多目の魔女っ子コスチュームの琴子を可愛がったのはまた別の話だ。(一応安定期になったばかりの自粛バージョンで無体はできないので、本当にちょっと可愛がっただけである………)





そして、日曜日。
琴子の話を聞いて憤慨した紀子が、相当の気合いを入れてハロウィンパーティの段取りをした。
もちろん陽菜ちゃんママをはじめとするセレブグループを含めた幼稚園のクラス全員に、いっくんやアンジー、理美やじんこなどの友人たちもを招いての大掛かりなものとなった。
自宅のリビングでは手狭だからと結局レストランを貸しきっての盛大なパーティだ。

会費も手土産もなし。
ただひとつ決められているのは『必ず仮装をしてくること』そして正装はお断りーーのみだった。

琴子をあからさまに馬鹿にした陽菜ちゃんママ一派が来るかどうか心配だったが、やはり何度か姿をちらりと見ただけで、とにかく超絶イケメンと噂の琴美の父親会いたさに参加することにしたらしい。



そしてーー

その会場のレストラン周辺は、奇妙なコスプイヤーたちで溢れかえっていた。


子供たちはお姫様に王子さま、天使に猫耳ウサギ耳モコモコな着ぐるみなどが定番で、みんな可愛らしい。

幼稚園のママ友たちはさらにバリエーションが賑やかだ。〇ッキーやミ〇ーの着ぐるみに、アニメのキャラたち。
アリスにウォー〇ーにハリー〇ッター。
咲ちゃんママも恥ずかしそうにメイドの格好をしてきてくれた。
そして、一番懲りまくっているのが入江家御一同様だった。
全員見事に特殊メイクを施したゾンビに妖怪などのホラー系だ。

紀子はベラだし。
重樹は子泣きじじい。
裕樹は顔なしのお面をつけている。
好美は猫娘。
重雄はどくろスーツを身に付けていた。

さらには琴子の友人たちもホラー系で統一。金之助はフランケンシュタイン。クリスはメデューサ。金之助が食材で作ったと言う蛇を一杯につけたかつらが妙にリアルだ。
理美とじんこは魔女コンビだ。メタルバンドが身に付けているような妖艶な魔女たちだった。


そしてーーこのパーティの主賓夫妻はーー

「それコスプレ?」
と、思わず唯一職場から参加出来た(みんなシフトの都合で来れず)幹から突っ込まれていた。
(ちなみに幹はリアルなゾンビメイク。頬の皮膚がぱっくり割れている)

「別に職場の身に着けてる訳じゃないからコスプレでしょー?」

そう笑って答えた琴子が来ているのはナース服。しかも血まみれ。そして大きなオモチャの注射器を持っている。
ついでに直樹が来ているのも白衣である。やはり血まみれだが。
ドクター&ナースなカップルである。何処がコスプレなんだか、と誰もが突っ込んできたが、直樹が唯一受け入れた仮装がこれだったのだ。

「………ある意味リアルに一番怖いかも」




幼稚園児たちがいるのであまり真に迫ったホラーコスプレは泣き出さないかと心配したが、会場全体は明るいオレンジカラーで飾り付けられているし、何にしろドラキュラも魔女もゾンビもみんな、けらけら楽しそうに笑っているせいか、特に泣き出す子供たちはいなかった。
それに天使の羽とわっかを着けたエンジェル琴美が友達たちにいちいち身内や母の友人を紹介してまわっていたせいもあるだろう。少しゾンビたちにびびっていた子供たちもすぐに打ち解けていた。

浮いている、といえば琴子を嵌めたという陽菜ちゃんママの一派だったろう。
直樹は特に顔を知っているわけではなかったが、会場に入ってきてすぐにわかった。
コスプレというよりは申し訳程度の猫耳をつけて、しかしばっちりブランドのパーティドレスを身に着けている。
それがかえってこの会場では異様だった。


「ふーん、さすがパンダイの御曹司の力よね」

「御曹司っていっても、所詮ただの勤務医でしょ? お給料はたいしたことないはずよ」

「あら、このサンドイッチとっても凝ってるわね」

「こっちのスイーツも……」

「お気に召しましたか? これ、昨日から義母と一緒に作ったんですよ」

琴子がにっこり微笑みながらそのグループに近づいてきた。

「え? ここのお店の料理じゃ……」

「持ち込みオッケーなんです。此処は会場借りただけで。子供だけだったらうちのリビングでもいいかなーと思ったんですけど、ママたちも呼びたかったので、此処にしたんですよ」

「そ、そうなの?」

用意されていた料理やお菓子は文句のないくらい見事なもので、陽菜ちゃんママの一派は会場の片隅で妙な居心地の悪さを感じながらも、何処かにケチのつけ処はないものかときょろきょろと目を光らせていたところだった。

「楽しんでいますか?」

そこににっこりと営業スマイルでやって来たのは血まみれドクター直樹だった。

「あ、入江くん」

「こ、こんにちは。今日は親子でお招きいただいて……」

途端にぽっと赤くなるグループの面々。

「招いたのは私ではなくて、妻と母なので。先日、英会話教室のパーティに誘っていただいたお礼ですよ。妻も娘も大層楽しかったようですから。幼稚園では保護者として今後もお付き合いすることが多いと思いますのでよろしくお願いします」

そういって殊勝に頭を下げる直樹に、「こ、こちらこそ……」
と恐縮して頭を下げる。

先日のパーティの詳細を聞いていないのだろうかと恐る恐る直樹の顔を見ると、にっこりと笑みを浮かべていたがその瞳は冷たく氷のようだった。
一瞬にしてぞくっと寒気が走る。

「妻はまだお腹は目立ってませんが今妊娠5ヶ月に入ったばかりなんです。妊娠中にストレスは大敵ですから。こんな風に日々楽しく過ごしてくれることを願ってるんです。ええ、無論妻にストレスを与えるものがいれば徹底的に排除します。徹底的にね」

「いやーん、入江くんってばー」

直樹の言葉に素直に嬉しがる琴子に反して、陽菜ちゃんママたちグループは凍りついたようにその場にフリーズしてしまった。

「あ、そうそう。連絡が周知されていなかったなら申し訳ないんですが、今日のパーティは正装不可の筈だったんですが」

「え? いえ、あのこれは別に正装では」

「ええ、こんなの普段幼稚園に保護者会とかでも着ているワンピースですから……」

「そうですか。実はパーティ最後のゲームでパイ投げがあるんです。皆さん仮装なので汚れても大丈夫かと。その為に正装不可にしたんですが、そのお召し物は大丈夫ですか? ブランド品のようにお見受けしましたが」

「え……?」

「汚さないよう気を付けてください。では失礼します」

そうして血まみれの白衣を颯爽と翻して、直樹は去っていった。






さてその後パーティは大変盛り上がり、盛況のうちに終会した。
ハロウィンの本来の目的は何なのだと問いたい気もするが、所詮クリスマスもバレンタインも本来の意味合いなど日本ではどうでもいい話なのだ。
琴子や琴美が笑顔ならそれでいい。

最後の罰ゲームでみんなパイまみれになっていたが、流石にセレブな奥さま方には投げないように気を付けていたようだ。しかし結局、自分のパイまみれの子供たちに綺麗なドレスは汚されて、早々に退散していった。

無論その後彼女たちが琴子や咲ちゃんママに何か仕掛けたという話はきかなくなるのだが、それは当然のことだろう。メデューサの如く一瞬にして石に変えるくらいの威力を持った直樹の眼力ビームを浴びてしまったのだから。
琴子は何故だかわからないまま、きっとハロウィンパーティ楽しかったのね~~♪ 良かった! と単純に喜んでいたのだが。


そしてそのハロウィンの夜、ブラッディドクターが愛するにナースに「どうせならお医者さんごっこでもするか?」とお誘いをかけたらしいというのも、また別の話。(でも妊娠中のため本当に『ごっこ』だけで終わったらしい………もしかして、一番忍耐力を試されてストレスがかかっているのは直樹かもしれないーー)





悪霊すら寄り付かない入江家の幸せな夜にーーHappy Halloween!!






※※※※※※※※※※※※※


ハロウィン、ギリギリセーフです。 この時期が琴子ちゃん妊娠中というのをすっかり忘れていて、慌てて書き直して遅くなったというのはちょっと言い訳かしらーf(^^;お陰で直樹さんが不憫かも………



ハロウィンとは全く無縁なわが家ですが……
カボチャすら買い忘れていましたよf(^^;




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あはは * by なおちゃん
入江君に、拍手、さすが‼琴子ちゃんや、琴美ちゃんが、泣かされて、黙ってる、入江君じゃないですよね。でも、女の、嫉妬いやですね。

Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

こんな筈では~~っと叫びたくなるくらい忙しいですが、とりあえず生きてますf(^^;お気遣いありがとうございます(^_^)

本当にここ数年のハロウィンの盛り上がりにはびっくりですが、恋愛事に奥手な人たちが増えたからバレンタイン抜かしたという話もあるようで。
うちも誰も(娘すら)興味ないようですが、イリコトワールドでは定番なイベントのようなので(←?)はずせません笑

東京の私立のそこそこの幼稚園ならママ友同氏のドロドロあったりするのかしらなどと(ドラマの受け売り)妄想してちょっと書いてみました。
そうそう、琴子はターゲットになりやすいでしょうねー。
でもなんだかんだ上手くまとめて仲良くなっちゃうのかな、とも思います。確かに~~自分は苛めてもいいけど他人が苛めるのは許せません。だって琴子は自分のもんですから(^w^)

妊娠中なのでえろが書けなかったのがちょっと失敗でした。ストレスたまってちょっといちゃこらあまーい二人の話を書きたい気分なのですf(^^;

Re.でん様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪

ハロウィンで受けた意地悪はハロウィンでお返しなのです。とはいっても特にやり返すつもりもなく楽しいパーティを見せつけらればよかったのですが、入江くんはそーゆーわけにはいきませんよねー笑

素敵なお話と云っていただいて嬉しいです(^_^)

Re.たまち様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

ふふ、その通りでございます。おそらく琴子は楽しめなかったパーティをちゃんと楽しみたいだけで特に仕返しとか考えてないと思うのですが、そこは直樹さんが許すはずはないのですよね。

いやー実際そんなことがあるのですねー。ドラマのようだわ~~
うちは田舎ののほほんとした保育園だったので、セレブママはいなかったのですが………うーん、でも役員決めの時なんかは結構ドロドロしてたかもf(^^まあ女の世界はいつの世代でも何かしらあるものですよね(ーー;)

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

本当に女って面倒ですよね。
でも家族のためには氷殺ビームを惜しげもなく発射する入江くんがいるので、常に平和が保たれている入江家なのです♪

Re.ちぴぞう様 * by ののの
拍手コメントありがとうございました♪

ほんと、いつの時代、どの世代でもありますよねー。特に女性ばかりの集団にいるとなんやかんやあります……(ーー;)
ふふ、ちびぞうさんだけですよー。そこに気がついたの!そうヘビウリでしたー笑(みんなどんなビジュアル想像したんだろう?)
しかしメデューサの如く相手を石化できるのは、直樹さんの眼力ビームですよねー。メデューサより怖いの、間違いないです(^w^)

ま、とりあえず琴子や琴美がパーティを楽しんだならそれでよいのです(^_^)v

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Re.ちょこましゅまろ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

ほんと、最近のハロウィン凄いですよねー。
ええっ娘さん五回も! 楽しすぎ。うちの娘の時代はなかったなー。未だに盛り上がってないようですが……f(^^;
娘の友達が英会話教室に行ってまして、そこだけはちゃんと、ハロウィンパーティと仮装とかやっていたようで、それを思い出して出来た話です。
10年前もそんなにハロウィンは盛り上がってなかったと思いましたが、入江家ではきっとなんやかんややってたのではと思われます。なんといっても紀子ママがいますもんねー。
入江くんのコスプレといえばドラキュラや狼男が定番な気もしますが、絶対拒否ル気がして、白衣にしましたよ。仮装になってないわーと密かに突っ込みますf(^^;
いやー私もついうっかりこの時期が妊娠中というの忘れていて、お医者さんごっこ妄想しかかっちゃいましたよーf(^^;


個別記事の管理2016-10-29 (Sat)


ema様

Happy Birthday♪♪


といいつつ、1日遅れてしまいました~~~m(__)m


琴子ちゃんと1ヶ月ちがいなのですねー(^w^)

何かリクエストありますか? とお訊ねしたら、ちょうど先日ご覧になったという『君の名は。』のイリコト変換をご希望されたので。
私も一週間前にみて、かなり好きなタイプのお話だったので、ちょっとラクガキ程度ですが描いてみました(^w^)お目汚しですがf(^^;

















東京都世田谷在住の入江直樹と秋田県熊代町在住の相原琴子は、ある日唐突に夢の中で入れ替わってしまったーー。


IQ200の天才が突然秋田弁を喋り、模試で赤点をとり、 しかもお節介な破天荒キャラに変貌。冷めたA組のクラスメイトたちを熱血指導で体育大会優勝に導くのだった。
一方秋田ではお馬鹿な琴子が突然天才少女に! クールに構えていたのにお祭り大好きな親族や友人たちに振り回される日々を送ることにーー


時折夢の中で入れ替わっていた二人だったが、ある日を境に突然入れ替わりがなくなってしまった。
そして、不可解な事象に納得の出来ない直樹は何故かくっついてきた親友渡辺と
直樹にぞっこんなバイト先の同僚松本裕子と共に、秋田まで琴子を捜しに行くのだった。



そして、そこで知った驚愕の事実!



田沢湖に落ちる彗星の軌道を変更させるために某国の軍事システムにハッキングして弾道ミサイルを発射させようと試みる直樹!
果たして天才は秋田を救えるのか!? 琴子を救えるのか!?




そして運命で結ばれた二人は出会うことができるのかーー!?


壮大なスケールで描くSF大河恋愛青春アクション伝奇ロマンラブコメディ、ここに堂々完成!
劇場公開を待て!!!!!





(『君の名は』本編はそんな話ではありません………あしからず)







ーーなーんちゃって(((^^;)

emaさま、こんなんですみませんf(^^;

あ、ただのじょーだんなので君の名はファンの方、石投げないでね~~





映画の中で出てきたさるぼぼ柄のおべんと包みにemaさんも気がついたとゆーので、ちょっとさるぼぼ描いてみた(^w^)




聖地巡礼はとくに興味ないけど高山に行きたくなったりして。飛騨は大好き。
くるみ味噌の五平餅食べたいなー








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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
イラスト褒めてもらって嬉しいです~~(^w^)
そうそう、さるぼぼは子宝のお守りみたいなもんですからねー。そりゃ直樹さんも誘ってきたと都合よく解釈することでしょう(^w^)

ええ!?読みたいですかっ? めっちゃ波瀾万丈なお話になりそうです笑あんな大風呂敷の予告編の後にはとても書けそうにないですわー

多分ema様のblogにむじかく様がプレゼントとした『君の名は』むじかくverが掲載されるかも(*^^*)本編を知らないむじかくさんが書いたイリコト入れ替わり、面白いですので、お楽しみに♪

Re.りょうママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

確かりょうママさんもそっち方面でしたね。高山近くて羨ましい。お嬢さん方は高山生まれなんですねー。
一度高山祭り行ってみたいですけどね~~(^_^)v

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Re.ちょこましゅまろ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

いやーそんな話ではないですよー笑
入れ替わりネタは単純にイリコト二人でやると楽しそうですよね。帰着点が見いだせないので書けませんがf(^^;
えすえふ設定は大好きなので、ネタバレになりそうで書けない部分を補完しました笑 入江くんならもっと根本的に事態を解決させるだろうな、とか。そしたらハルマゲドンみたいなスペクタルな話になりそうな………

イラストから色々想像していただいて嬉しいです(^w^)
ふふほんと、入江くんは琴子ちゃん以外は絶対ダメですよね!


Re.無記名様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪

まあ、ご実家が秋田方面なのですねー。 すみません、隕石落としてしまって。 あら、そして愛知にお住まいで。もしかしてご近所だったりして笑

本当に今年は自然災害や異常気象の多い年で、江戸時代なら飢饉でみんな死んでるな、と思いますが、隕石が落ちる予兆でないことを祈ります(^_^;)


個別記事の管理2016-10-23 (Sun)


やっと、長い長い月曜日の始まりです………(((^^;)







※※※※※※※※※※※※※※




8月18日(月)







ーーああ……どうしよう………。

琴子は重い頭を抱えながら、とぼとぼとマンションへの道のりを歩んでいた。
こめかみが痛い。なんだかくらくらする。
喉もひりひりと痛む。口の中も妙にぱさついて気持ちが悪い。胃もムカムカする。

………風邪……じゃないわよね。

そんなに飲んだ記憶はないが、これはどう考えても二日酔いだ。

いや、喉が痛いのはカラオケで歌いまくったせいなのかーー。
昭和なデュエット曲かいまだに耳にこだましている。

~~飲みすぎたのは、あなたのせいよ~~


違います。
あたしのせいです。
わかってるわよーーわかってますってばーーっ

はあーー。

やっちゃったよ………
どうしよう。

重いのは頭だけではない。
気分もひどく重い。
きっと月から戻って地球に降り立った宇宙飛行士はこんな感じかもしれない。地球にめりこみそうなくらいの重さが身体中にのしかかってくるようなテンションの低さだ。

ああ、本当に、このまま地中深くに潜ってしまいたいーー。



『カノン』を出たときにはまだ白み始めたばかりで仄暗かった空は、家路までとぼとぼと歩いていくうちに、随分と明るくなってきた。
昼間は毎日猛暑警報が流れ、夜も熱帯夜記録を更新中の日々だが、朝の大気は随分と穏やかだ。爽やかといってもいい。
なのに、気分はどんより重い。
こんな時に限ってなんて綺麗な朝焼けだろう。
紫とブルーとオレンジのグラデーションが、 静謐な世界をゆっくりと染め上げている。棚引く雲が幻想的な耀きを放つ。

こんなに美しい朝焼けを入江くんと一緒に見られたらどんなに幸せだろう。どんなにロマンチックだろうーー。


ああーー入江くん!
入江くん!
ごめんなさいっ

あたしったら!
あたしったら!

なんてこと~~~~


直樹は予定では日曜の夜ーーすなわち昨夜には帰ると言っていた。
出張帰りの旦那様をお出迎えして、たくさん料理作って、疲れを労ってあげてーー

その筈だったのだ。
少なくとも昨日の朝、広大にお弁当を作ってあげながら一応晩御飯のメニューも考えていた。
冷蔵庫の中をチェックして、夕方の特売までには帰ってタイムサービスには壮絶な戦いを繰り広げるのよーーなどと主婦らしい(?)妄想も描いていたのだ。


なのにーーなのに、なんでスコーーンと大切なマイダーリンのことをすっぱり忘れてしまってたんだろう。
なんで、おっさんたちのために腕をふるっちゃって(いや、ふるってないのだが)ついうっかり飲んじゃって、カラオケなんか歌いまくっちゃって………


カウンターに突っ伏した状態で目が覚めた時、腕に垂れていた涎を拭いながら琴子は思わず此処が何処だかわからず困惑しーーそして思い出した途端に愕然とした。

圭子は広大をおぶって、0時を回る前には帰ったという。
「琴子さん、帰らなくていいの?」
と、何度も声を掛けてくれたらしいが、「だいじょーぶ。だって入江くん、いっつも家にいないんだもーーん」とヘラヘラ笑って、ばたんと寝てしまったらしい。
3時過ぎまでカラオケで歌いまくっていたママやおっちゃんに時折、合いの手を入れていたらしいから、熟睡していたわけではないようだ。
子供がいなくなってスパスパ煙草を吸いだしたおっちゃんたちの煙草を何度も奪い取り、煙草の害を延々と語りだしたらしい。おそらく講義で習ったばかりなので知ったかぶったのであろう。
その辺りの記憶は曖昧だ。
何にしろ、そのまま撃沈。
そして、こんな時間まで眠ってしまっていたとは!
変な寝方をしていたので身体中が痛かった。
おっちゃん2名とママもテーブル席のソファに屍と化していたが、琴子の叫び声にのそのそと起き出した。
慌ててばたばたと帰り支度をする琴子に「ねーちゃん、また来いや」と寝惚け眼のおっちゃんが手を振る。
「もう料理はええから、客としておいでや~~」
ママも大あくびをしながらはたはたと手を振った。

そして慌てて店を飛び出したのだがーー



直樹が帰っている筈なのに朝帰りをしてしまったことに、ひどく落ち込む。

帰る足取りも重い。
気分が妙に重いのは、昨日圭子のヘビィな話を聞いたせいかもしれない。
酔っぱらっていた筈なのに、何故か圭子の話はしっかり耳に残っている。
何だかドラマのように波瀾に満ちていて夢の出来事のような気もするが、こんなややこしい設定の夢なんか覚えていられる訳がない。

ふう……

つらいなー。

何とかしてあげたいけど、何ができるのだろう?
あのままじゃ、圭子さん絶対倒れてしまうだろうし……

そんなことを考えているうちにマンションの前に着いてしまった。

圭子と広大のことも気になるが、さしあたってはまず直樹だ。
部屋にいるだろうか。
心配してる?
怒ってる?
それとも………

色々なバージョンを考えてみる。

その1 琴子を心配して朝まで寝ずに待っている。もしくはあちこちを探しまくっている。

いや……それはないか。
今までの直樹の態度を思うと流石にそれはないだろうな、と予想する。
それにこんな時限って心配されたらちょっと申し訳ない。申し訳なくて情けなくて自己嫌悪でほんとに地中深くに潜ってしまいたくなるだろう。

その2 浮気を勘繰って怒り心頭。扉をあけた途端に仁王立ちの直樹に迎えられる。

浮気するほどもてるとは思われてないだろうけど、もしかして2年前の夏みたいに変な誤解を受けていたら、あの時以上に長い間口をきいてもらえないかも。意外に嫉妬深い(らしい)のだ。

その3 特に心配せず、普通に寝てる。

一番有り得るけど……それはそれで凹むかも…………

その4 帰って病院から連絡あって直行。部屋にはいない。

うーん出来ればその4であって欲しい……
普段ならせっかく一緒にいられる時間を邪魔されたくないと思うのに、今回ばかりは別だ。
朝帰りで二日酔いでよれよれの情けない自分を見られたくない。

ーーああ、着いちゃったよ。

琴子はエレベーターから降りて、到着したマンションの扉の前でしばらく逡巡していたーー。






* * *







まんじりともしない夜が明けた。

直樹はダイニングの椅子に座り、両肘をテーブルに付いて額に手を置いたまま、微動だにしない。
端から見れば居眠りをしているようにも見えるが、その実一睡もしていなかった。

外の気配に耳をそばだて、微かな物音にぴくりと反応する。

一体琴子は何処へ行ってしまったのか。
決して豊かではない想像力を総動員して、様々なシチュエーションを想定してみる。

知り合いの少ない神戸で、琴子が行きそうなところ。
病児保育室の同僚くらいしか思い付かず、小児科の知り合いの伝を辿って片瀬主任に連絡を取り、枝元くるみの連絡先をやっと手に入れた。
電話をかけたら、彼女はしばらく絶句して、あわあわと意味不明なことを叫んでいたが、結局琴子とは一緒にいないことが判明してすぐ切った。

もしかしたら東京の友人に何か緊急事態が起きて、東京に戻ったのか、とまで考えた。
結婚の報告ハガキが高宮理美から届いていたのを思いだし、書かれていた電話番号を記憶の箱から探し出す。
探し出した番号をかけてみたら、やはり理美も突然の直樹からの電話に絶句したあと、耳をつんざくような叫び声を上げていた。その反応に、すぐに琴子が来ていないことがわかって、適当に対応して切った。
恐らくかなり不審に思われたことだろう。琴子が帰っていないと気付かれたかもしれない。
とりあえずそんなことはどうでもいい。
看護科仲間の番号は普段よく琴子が掛けているのではっきり覚えていた。
真っ先に桔梗幹に電話をかけたらやはり絶叫していた。いちいちなんでそんな大袈裟な反応が返ってくるのかわからないが、とにかく東京の友人たちに緊急事態が起きたわけではなさそうだった。

念のため実家にもかけてみる。
ここはまずないと思った。実家の家族たちに何かあれば、自分に連絡のこない筈はない。
0時前に近い時間だったが紀子が出て、いきなり「琴子ちゃんは元気? 琴子ちゃんいじめてないでしょうね! ちゃんとあなたも家事を手伝ってる?」などと捲し立てられて、その様子から琴子は帰っていないし何の連絡もいってないことがわかる。
書斎にある本の確認を裕樹にしてもらいたかった、などと適当に誤魔化してさっさと電話を切った。

まさか救命の連中、なんてことはあるまいと思いつつも職場に電話したら、いつもの如く医局にはフルメンバーが揃っていた。どうやら今夜も救命ラッシュらしい。
「やったー入江、早速来てくれるのか?」と歓喜の声をあげられて、「………せめて夜が明けるまで待ってください」といって電話を切った。オンコールがあった訳ではないので、何とかなる筈だろう。

琴子が関わりそうな全てを確認し終えて、あっという間に手詰まりだった。

それ以外に考えられるのは、後はーー

不慮の事故。
もしくは何か事件に巻き込まれたとかーー

想像なんてしたくもない。


もし、このまま帰らなかったら………
いや、そんなことある筈ない。
あいつはトラブルは引き寄せるが、不幸は寄せ付けない強運の持ち主だ。
悪魔だって尻尾を巻いて逃げるくらいのトラブルメーカーなんだ。

とにかく、朝まで待とう。

朝まで………

そして、夜が明けた。


がちゃかちゃっと鍵の開く音がして、直樹ははっと顔を上げる。

キィ、という音ともにそおっと静かに扉が開かれると、まるで忍び込む泥棒のように栗色の髪がひょっこり現れて室内をキョロキョロと見回す。

そして、ダイニングの椅子から思わず立ち上がった直樹としっかりと目があった。

「えーと、ただいま……」

「…………………」

えへへ、と頭をかきながら眉尻を下げて琴子は部屋に入った。

「も、もしかして起きてたの? あたしを待ってた、とか? まさかねーー。えーと、心配させちゃったならごめんね。あのね、あのね、実はね………」

直樹は憮然とした表情で、何も云わないままただ琴子を見つめて立ち尽くしていた。
琴子はその様子に不穏な気配を感じとり、焦って広大とその母に関わったことをたどたどしく説明し始めた。

「……………と、いうわけでね、広大くんのお母さん色々と事情が複雑で……で、ちょっとでも何か役に立てればと思ってね。あまりに具合が悪そうだったから、お店を手伝いにいって……そしたらついついお酒も飲んじゃって話し込んじゃって……えーと、聞いてる? 入江くん……?」

直樹は琴子が説明をしている間も一言も口を挟まない。ただ黙って、琴子の必死に説明する様を見つめている。何をどう思っているのか読み取れない、全くの無表情さがかえって恐ろしい。

しばらくの沈黙の後、直樹は大きくため息をつくとーー

「ーー聞いてる。そして、だいたいのことはわかった」

ようやく、一言だけそう答えると、直樹は立ち上がって、その後は琴子と全く目を合わせずに寝室に向かった。
これから眠るのか、と一瞬思ったが、すぐに着替えて部屋から出てきた。

「え? 何処行くの?」

「病院」

「こんな時間に? 呼び出しがあったの?」

「救命はこんな時間だろうがなんだろうが忙しいんだよ。こんな時間まで要らぬお節介をやいて他人様に迷惑かけまくって、挙げ句に酔いつぶれて朝帰りする誰かさんとは違ってね」

先程までの無表情さに冷たい眼差しが加わった。
吐き捨てるような直樹の冷然とした口調に、一瞬怯んだ琴子だが、しかしその嫌味な言い様は流石にカチンと来るものがある。

「……要らぬお節介って、迷惑ってなによ。そんな言い方しなくってもいいじゃない。そりゃ、あたしが何かしてあげれるかってそんな力もないけどさ。それでも何もしないよりはマシだと……」

「冗談も休み休みいえよ。おまえが何かするより何もしないでいてくれる方が遥かにマシだ。
一体その広大って子に関わっておまえが何ができるんだよ。金の肩代わりでもしてやるのか? ずっと代わりに働いてやるのか? 金を無心にくるという兄とやらと対決でもするのか?
だいたいなんでおまえがそこまでしてやるんだよ? おまえは世の中の困った人たちを全部助けるつもりかよ。だったらおれの傍でおれを手伝うよりも、赤十字社やユニセフにでも入って世界中の困難な状況の人たちを助け回ってくればいい。もっとも国境なき医師団だって、資格のない看護婦なんていらねーだろうけどな」

一気に捲し立てると、鼻で馬鹿にしたような笑みで突き放す。

「なによっなによ、なによー!! そんな言い方しなくっても! 世界中の人たちを助けるなんて無理に決まってるわよ! でもせめて自分に少しでも関わった人のことは何とかしてあげたいじゃない! 手を差しのべてあげたいじゃない! 入江くんだってそうでしょ? 世界中の病気の人たち全部を治すことはできないけど、偶然入江くんの患者になった人たちは全力で助けようって思うでしょ? それと同じだよ」

必死に直樹に食い下がる琴子に、直樹はすうっと手を伸ばし、その髪の毛に顔を近づける。
一瞬、え、キス? と思ったが、すぐに直樹は琴子から離れた。

「酒臭いし、タバコ臭い」

「え?」

「酒と煙草の臭いを身体に染み付かせて朝帰りする女に医者と同列に語って欲しくないね。
さっさと風呂入ってその臭いを洗い流せ。
そして、今日1日何処にもいくな。部屋に閉じこもって一歩も外に出るな。おまえが何かしたって迷惑にしかならないんだよ。いいな?」

「な、な、なによー。そんな横暴な!」

「じゃあ、おれは仕事に行くから」

直樹の腕を掴もうとした琴子の手を冷たく払い除けると、聞く耳は持たぬといったように琴子を一瞥すらせずに背中を向けてさっさと玄関の方に行ってしまった。

「入江くん……!」

ばたん、と玄関の扉は無情にも閉められた。
激しい拒絶の音のような気がして、琴子の一瞬沸騰した感情は一気に冷め、暫く茫然と立ち尽くしてその場を動けなかった。

ーーーどうしよう………怒らせちゃったよ………


自分の髪を一房取って、くん、と嗅いでみる。

ほんと、臭い……

直樹の冷たい言い方につい売り言葉に買い言葉のように言い返してしまったけれど、連絡もせずに朝帰りをしてしまった自分の方がどう考えても悪い。

ああ、あたしってば……なんで、なんで、言い返しちゃったのよーーっ

やっぱり地の底まで潜ってしまいたい。
そう思いつつも、とにかく直樹の言う通り、この臭いを洗い流さなくてはと、浴室に向かったのだった。




「はあ………。さっぱりしたぁーー」

まだ少し頭痛と胃の重苦しさは残っているが、それはきっと直樹を怒らせてしまったせいかもしれない。
シャワーを浴びて身体はさっぱりしたが心はどんよりと重い。
浮気を疑われたわけではないようだが、完全に怒り心頭コースだった。静かに怒っている直樹が一番怖い。

まだ夜は明けたばかりというのに既に室内は暑くなってきていて、浴室から出た琴子はエアコンをつけてぼんやりとダイニングの椅子に腰掛ける。
さっきまで直樹が座っていた場所だ。



……なんでこんなことになっちゃったんだろ。

ため息しかでない。

実際直樹の言う通りだ。
自分にいったい何ができるというのだろうーー。

奥さん業すらまともに出来てないのに……


その後、琴子はさらに青くなった。
時刻が8時を過ぎた辺りから立て続けに電話が鳴ったのだ。
みな東京の友人たちだった。

「やだーっ! 琴子、ちゃんといるじゃない! 入江くんからあんな時間に電話なんてあるから何事かと思っちゃったわよー!」


ーーその1、だったのだ。
直樹は心配してくれていた。
東京の琴子の知り合いたちに訊ねるくらいに。以前の直樹なら考えられない。そんな風に心配してくれるなんて。
もしかしてやっぱり寝てなかったんだろうか?
ずっと待っててくれてたんだろうか?

ーーああ、どうしよう!! あたしってば! あたしってば!

ーー謝らなきゃ……ちゃんと。


琴子は病院へ向かうべく、仕度を始めた。







※※※※※※※※※※※※




書いてから、直樹さんてば随分とはた迷惑な時間に電話をかけまくってるな、と気がついた(((^^;)………心配性だなー、うちの直樹さん……そして、やっぱりちっちゃい(笑)











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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪
なんとか更新できましたよー(^^)d

ほんと、原作でも琴子はぶっ飛んだことしてくれますからねー。後の祭り……確かに!

原作では家出しても探さないし、冷たい旦那ですが、この時期なら少しは人間らしくなってるだろうなーという期待値を込めた妄想です(笑)少しは心配して焦ってみろ!焦らせたい。焦る直樹さんがみたい。私の願望全開ですf(^^;
私も心配性なんですが、携帯持つようになってから、もし子供たちが家に帰らなかったら、何処に電話をすればいいのかわからないぞーと帰りが遅い時に思うのであった……

でも、ほっとしたことを顔に出せないし態度に出せないのが直樹さんなんですよねー。
素直じゃないけど、やっぱり実はそんな風に心配してくれたことを知るとうるうるですよね。
ちっちゃい直樹、今回は皆様に好評でした笑
続きがまた難産になりそうな予感がしますがしばしお待ちを♪


Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

そうなんです。6月に神戸に突撃したときも、あんなにも会いたかったくせしてきっと奈美ちゃんの説得に必死になって入江くんのお世話とか放置だったんではないかとf(^^;そんな琴子なので今回も知り合った人たちにどっぷり関わってしまってます。しかしなんで問題のあるひとばっかと知り合ってしまうのかしらー(((^^;)
この頃は入江くんの琴子不足がピークだと思うんですよ。社会人になってすこしは成長してるでしょうしね。なのであの昔のつめたーい直樹さんは封印です。……って、私が直樹さん焦って心配させるのが好きなだけですけどねーf(^^;
心配した分の反動はありますが、紀子ママさんの懸念していた平手打ちはなしですよー。一応これ以上暴言吐かないようにさっさと家を出た直樹さん。まだまだ今回の琴子の行動全て許容できる度量はありませんが、みなさんがちっちゃくないと許していただけてよかったです。

さて、圭子さんの問題………うまく収束できれば良いのですが~~~(行き当たりばったりなので少々不安………)


Re.ちょこましゅまろ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

昔と違って、琴子の行方を探す努力をしているものの、そこはそれ、直樹さんなので素直に心配したなんていえないのですよー。なんといっても酒臭く朝帰りだし。心配した分の反動が大きかったんですねー。

あの入江直樹から電話があったらそりゃーもう、みんなびっくりですよね。何事かと思いますよ、きっと(((^^;)(なので、朝はきっと琴子の元に電話ラッシュ……琴子もびっくりですよ……)

Re.たまち様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

やっちまいましたよ(笑)
朝帰りはやっぱりまずかったですねー。
知り合いも少ない神戸だし、琴子と離れて色々人間性が育った分、嫁が消えたらきちんと心配して捜索する男に成長した直樹さんなのです。
そうそう、心配してその反動がおおきいのです。琴子にも腹立つし、馬鹿みたいに心配した自分にも腹立つし。
心配させちゃったっ!と琴子も青くなってるけど、あたしってば愛されてる~~って気づいてないあたりが琴子なのですよ……
とりあえず謝らないと、ですが私が意地悪なので、すんなりとたどり着けないかも………f(^^;
あまーい寝技の時間まで早く到達したいですね……(遠い瞳……)

個別記事の管理2016-10-16 (Sun)
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(17)を同時ににアップしていますので、そちらから先にお読みくださいませ(^_^)




※※※※※※※※※※※※※※※




8月17日(日)



その日は日曜日ということでいつもより朝寝坊をしてから、洗濯に掃除に、しばし家事に勤しんだあと、直樹のお墨付きの塩むすびを作りはじめる。それと定番の卵焼きとウィンナー。卵焼きは焦げたし無論殻もはいったが、子供にはカルシウム必要よね、と気にしないでおく。ウィンナーもタコさんの足がぶちぶちに切れて、何だかわからない物体になったが、まあいっか、てなものである。

「できたー」

シンプルだけど、いいだろう。

ーーシンプルイズベスト! かをる子さんもそういってたし!

琴子は詰めながら形の崩れていくお結びに四苦八苦しながら、なんとか完成したお弁当を鞄にいれて出掛ける準備をした。


キッチンはぐちゃぐちゃのままだが、帰ってから片付ければいいだろう。今夜には直樹が帰ってくる筈だが、何時になるかわからない。きっと遅いだろう。

………昨日も、結局、電話なかったし。

広大のことを考えると心の奥底がどんより重たくなって、何だか落ち着かなかった。
なんとも言えないもやもやを直樹に聞いてもらいたかったのかもしれない。
もしかして、夜、おやすみコールのひとつでもくれないかと、じっと電話機の前で待っていたがーー当然の如く直樹からは来なかった。
寂しさが募った瞬間に、電話が鳴って1コールで取ったら紀子だった。
そのまま義母とは一時間喋り倒してしまった。おもに忙しい直樹の勤務状況に対する愚痴である。広大のことを紀子に話すことはできなかった。
それでも少し誰かとお喋り出来ただけでもすっきりしたが、その間キャッチは一回も入ってないことに気づく。
そして、また直樹のいない寂しさが募り出すのだ。


だいたい出張の夜って、教授たちにいつも飲みに引っ張り回されてるんだよねー。綺麗なおねーさんたちに囲まれてさ……鼻を伸ばして……なんて、ないよね。入江くんのことだから、仏頂面で黙々とおねーさん無視して飲んでるよね、きっと。
うん、きっと、そーよー! 頬を緩ませ鼻伸ばしてる入江くんなんて想像できないし!
きっと、大丈夫!
大丈夫、大丈夫、ダイジョウブ………

ほぼ自分に言い聞かせるように呟きながら眠りについた昨夜。お陰で非常に夢見は悪かった。

キャバレーのおねーさんたちにベタベタと侍られている直樹の夢だ。
鼻の下は伸びていなかったが、しれっとした顔で、「B、不合格。D、合格。F、合格」と、ホステスの胸を指差し確認しながら値踏みしているのだ。ホステスの顔は全員へのへのもへじだ。そして、一番端にどういうわけか琴子が座っていてーーそして、琴子の胸を指して「A。論外!」と冷たく言い放つ。「ご、ごめんなさい! 入江くん。Cになるって約束したのに~~」そういって泣き叫ぶ琴子を無情に捨て置いて、Fカップのへのへのもへじをお持ち帰りする直樹。

「待ってぇ~~~~入江くんっ!!」

そう手を伸ばして叫ぶ自分の声で目を覚ましたのだった。

お陰でいまひとつすっきりした目覚めではなかったが、これは夢よ夢なのよーと、ぺしぺし自分の頬を叩いて言い聞かせてから、気合いを入れてベッドから起きた。
さあ、日曜の朝は短いのよ!(寝坊したからだが)
やることは済ませて、今日は昨夜から密かに考えていた計画を実行するのだ。




いるかなー広大くん。

ちゃんと、たどり着けるか不安だったが、なんとか昨日きた公園を探し当てることができた。

お、いたいた。

広大は一人でジャングルジムによじ登っていた。小さな公園には他の子供たちは誰もいない。

「あ、ねーちゃんやーっ」

琴子に気付いた広大が、ジャングルジムの天辺で大きく手を振る。

「今日もお母さん仕事~~?」

「そうやー」

「よし、今日は1日遊ぼう!」

「やったぁーー!!」



そして二人は公園でひとしり遊んだ。
午前中のうちはまだ暑さも凶悪さを潜めている。それでも雲ひとつない空は、真上に押し上げられた太陽の突き刺すような光を、容赦なく地上に降り注がせ始める。
時々木陰で休憩し、持ってきた水筒にいれたお茶で水分を取りつつも、琴子は広大相手に全力で遊んだ。

遊具に飽きたら、琴子の持ってきたフリスビーやボールなどで駆け回る。
会っていたのが病児保育ルームだから、外で遊ぶことはなかったが、きっと広大は身体を動かす遊びの方が好きなのだろうと思っていたが、正解のようだ。


「さ、そろそろお昼にしようか。おねーちゃん、お弁当作ってきたんだよー」

木陰に置いておいたクーラーボックスを指差す。

「ご飯なら母ちゃんが用意してくれたのあるで。部屋にあるで一緒に食べよう」

「え? お母さん、作ってくれてるの?」

思わず叫んでしまい、何を当たり前のことを、と言わんばかりの広大の顔を見て、「あ、ご、ごめん。そうだよね。ご飯ないとお腹すいちゃうもんね」と、頭をかく。

琴子は広大が母から放置されてるのではないかという思い込みを恥じる。

「母ちゃん、料理うまいんやで」

「そーなんだ。そういえばお店でお料理出してるっていってたもんね」

「そーや。みんな母ちゃんの料理目当てにくるんや」

「へー。おねーちゃんのお父さんもお店で料理だす人なんだよ」

「そうなんや。一緒やな、おれら」

「そうだね」


広大に案内されて、公園の隣にあるアパートの部屋に入る。
入ってすぐ狭い台所がある1Kの部屋だった。
意外と綺麗に片付いて見えるのは物があまりないせいかも知れない。

「お邪魔しまーす」

靴を三足置くといっぱいになるような狭い三和土(たたき)にスニーカーを揃えて部屋に上がる。

「これ、母ちゃんの作ってくれたお昼ご飯。チンして食べるんや」

「すごい。美味しそうなオムライス」

オムライスはふわふわの卵がとても綺麗に包んであり、琴子には出来ない技である。
思わず持ってきた弁当を隠したくなった。

レンジも子供の手に届くように、低いワゴンの上に置いてあった。

「レンジも使えるんだね」

「あたりまえや」



二人して、小さな折り畳み式のテーブルを広げてお昼ご飯を食べた。
広大に、がりっと殻の入った卵焼きと形の悪いウィンナーは思いっきり馬鹿にされたが、おにぎりはまあまあだな、と誉めてもらった。

「……母ちゃんのおにぎりの方が百倍美味しいけどね」

「そりゃ……そうよね~~」

こんな綺麗なオムライス作れるお母さんなんだもの。
よかった。準備してあるのが菓子パンやカップ麺じゃなくて。
ご飯が準備してあると聞いた時、半分くらいその可能性を考えていたのだ。
ひどく広大の母に偏見を持っていた自分を反省する。

愛情たっぷりのオムライスが作れるお母さんが育児放棄や虐待なんてする筈ない!

琴子は少し安心して、広大と共にランチを楽しんだ。



その後はしばらく部屋のなかで広大の相手をしていた。
そろそろ日差しもきつく、外で遊ぶには暑すぎるだろう。
かといってこの部屋にエアコンがあるわけではないが、扇風機をつけて窓を全開にすれば外よりはマシだ。

二人でレゴブロックを作ったり、絵本を読んだりした。
狭い押し入れの中に意外にも絵本やらおもちゃやらが取り揃えられているのにも驚いた。
これは誕生日、これはクリスマスにサンタさんからもらったもの、といちいち説明してくれる広大は楽しそうだ。


「お母さん好き?」

「そんなのあったりまえやー」

ブロックを組み立てながら、こともなげにあっさりと云う。

ああ、大丈夫。
きちんとこの子は愛されてる。

絵本は必ず毎晩読んでくれると云う。
冷蔵庫には食材の購入日と1週間分の献立がマグネットに貼り付けられてあり、日々きちんと栄養を考えているがわかる。
元々細やかで几帳面なタイプなのだろう。

押し入れの中には小さな電子ピアノも箱に仕舞われてあった。「弾けるの?」と訊ねたら、父親と一緒に住んでた頃はピアノ教室にも通っていたのだという。

「もう、全然覚えてないけどね。母ちゃん、あんた、小さかったけど、とっても才能あったんよってよく話してくれるんや」

「そうなんだ。いつかまた弾けるといいね」

「別にピアノなんて弾けんでもええけど」

昔は他にもいろんなの習ってたんやでーーとたいして自慢でもなさそうに教えてくれる。

英語に体操にスイミングに文字教室に。

「すごいねー」

琴子は思わず感嘆の声をあげる。
父親と暮らしていた頃は随分と裕福で、教育熱心な家庭だったのが伺える。

「すごいことあらへん。なんも覚えてないし。それに全部イヤイヤ行ってたし。楽しいことあらへんかった。好きなのスイミングくらいやったかなー」

母ちゃん誉めてくれるとめっちゃ嬉しかったんだけ覚えとる。

今はなーんもせんでいいから、気楽や。



やっぱりほんの数日関わっただけで、勝手に思い込むのは偏見だった。
踏み込んで行かなければわからないことはたくさんある。

ーーごめんね、広大くん、お母さん疑って。

そう心のなかで密かに謝った時ーー

ガチャガチャと扉の鍵を開ける音がして、思わずどきっとして、広大を庇うように前に出る。


「あーーっ 母ちゃんやー」

「え……あなた、なんで今日も……?」

飛び付いてくる広大を受け止めながら、視線は琴子の方に向いている広大の母ーー。驚きと不審を隠せないように琴子を凝視する。

「えーと、あの、あたし………すみません、勝手にお邪魔しちゃって……」

「ほら、病院の保育園のおねーちゃんだよ!」

「昨日もいたわよね? 何故あなた、そんなにうちの子に構うの……? あそこには一時的に預けただけなのに……」

言いかけて、うっと顔をしかめて胃を押さえる。

「あっ……大丈夫ですか? 何処か具合でも……?」

顔色がひどく悪いのはすぐに気がついていた。
ふらつく身体を駆け寄って支えると、少し熱っぽいようだ。

「大丈夫よ。胃が痛いのはもう慢性的だから。薬を飲めば治るわ……ただのストレスよ」

「お母ちゃん、大丈夫?」

真っ青な顔色の母に、広大も心配そうに問い掛ける。

「病院は……行ってないんですか?」

広大の母を支えながら部屋の中へ連れていく。

「……そんな時間、あらへん。病院なんて、この子が熱だした時だけで十分や」

「でも……胃はストレスだけが原因で痛むわけじゃないですから。もしかして重大な疾患があった時のために、一度病院できちんと診てもらった方がいいですよ」

そう琴子が話している隙に、広大は押し入れを開けて、隅に仕舞っていた布団を引っ張り出し、狭い居間にささっと敷いた。五歳児とは思えないくらい機転が利く。

「いややわ。私、バリウムも胃カメラも大っきらい」

「……まあ気持ちはわかりますけど……」

実習の一環としてバリウムも飲んだし、研修医による胃の内視鏡検査も受けた。バリウムはどうにもあの白いどろどろの液体を飲むのが苦痛だったし、げっぷはだしてしまうしで散々だったし、胃カメラも破滅的に苦しいし吐きそうで死ぬかと思った。終わったあとにはすっかり病人気分になったのを覚えている。

「……今日、かあちゃん警備のお仕事じゃ……」

「倒れかかってしもうて、もう帰れって言われたわ。流石に炎天下で胃も痛くて、立ってられへん思うたから早退させてもろたんや。夜のお店の時間まで少し寝るわね」

「警備って……」

思わず意外に思い呟いてしまった。
病児ルームに送り迎えに来ていた広大の母は、割と派手目の服を身に付けていたので、てっきり客商売かアパレル関係か、などと勝手に思っていたのだ。

「警備やのうて、スーパーの駐車場の交通誘導員や。休みの日はそれやってる」

「こんな暑いのに!」

「平日は出版社で雑用みたいな仕事してるの。派遣だから……」

そんなにあれもこれもやっているのかと驚いてしまう。過重労働もいいところだ。

「とにかく、脱水症状もあるかもですから、水分とって休みましょう。水やお茶よりスポーツドリンクがいいですね。イオン飲料ありますか?」

「………あるけど、とりあえず胃薬ちょうだい。それから、なんであなたがここにいるん? それをまだ聞いてへんけど」

広大の敷いてくれた布団に横たわりながら、彼女は眉を潜めてうろんげに琴子を見る。

「えーと、それはですねぇ……」











* * *




午後10時ーー

神戸駅を降りた直樹は、急いでタクシー乗り場まで向かっていた。
この時間なら渋滞もなく、20分ほどで着くだろう。

連絡もせずに遅くなってしまったが、きっと琴子は必死になってご馳走を作って待っていることだろう。
ま、見映えも味も散々なことは間違いないが、この2日間は、学会で用意してくれた弁当だの、パーティ料理だの、教授たちに連れていかれたスナックのツマミだの……まともな食事を口にしていない気がする。
というか、琴子のあの料理が自分の中で『まとも』に分類されてるあたり、自分の舌もかなり毒されてるな、と苦笑する。

今日は仕事は休みだと言っていたから、勉強もさぞや捗ったことだろうーーいや、それはないか………
でも、今夜は少し甘やかしてもいいかなーーと、流れる車窓の風景を見ながら思う。
1週間、あいつなりに慣れない保育ルームの仕事を頑張っていたのだし。

ーー何より、自分が琴子不足だ。
その点については、はっきりと自覚していた。
早く、「入江くん、おかえり!」と飛び付いてくる琴子の匂いと肌の温もりを感じたい。満面の笑顔が見たい。
いないとものと諦めていれば耐えることは簡単なのに、近くにいると思うと忍耐力は簡単に劣化するようだ。




ーーーえ?

タクシーが到着し、荷物をトランクから受け取ったあと、マンションの下から自分の部屋を見上げて、窓に灯りが灯ってないことにドキッとする。
そして、こんな時間なのに洗濯物が干しっぱなしだ。

ーーいやな予感がする。

言いも知れぬ不安が胸の奥を掠め、思わずキャリーバックを抱えてたまま駆け出してマンションのエントランスに入る。
エレベーターに飛び乗ると、イライラしながらやけに遅い数字のランプを見続ける。

部屋に着いてインターホンを押すが案の定返事はない。

焦って鍵をあけて部屋に入る。

「琴子!」

バッグを玄関に放置したまま、直樹は部屋中を隈無くみた。

いない。

何処にも。

キッチンには何か料理を作ったらしい残骸はあるが、テーブルにも冷蔵庫にも出来上がったモノはなかった。

そして、やはり洗濯物はベランダに干したままだ。

書き置きもなにもない。


ーーー琴子……何処へ……?

隣の窓も見たが、かをる子の部屋も灯りは消えたままだった。1日早く帰ってきていて、琴子が入り浸っているわけではないようだ。
しかし、隣以外に何処に行くというのだろう?
神戸には殆ど知り合いなどいない筈だ。

様々なシチュエーションを想像する。

あの病児ルームで一緒だった同僚の娘と食事にでも行ったのだろうか。いや、だとしたらメモくらい残しておくだろう。
あるいは水島香純のところかーーいや、こんな時間までいる筈がない。
もしかして、何かまたトラブルに巻き込まれて?
それが一番有り得る気がして怖い。

いやーーそのうちけろっとして帰るだろう。
きっと。
あいつのことだから1つのことに集中すると、それ以外のことなどさっぱり忘れているのだろう。今日、おれが帰るってことさえも!

そう思うと妙に腹立たしく感じてきた。
ずっと琴子の笑顔を想って足早に帰ってきた自分が道化のようにすら思える。

……今夜はお仕置きコースだな

とにかく、落ち着いて待とう。
子供じゃないんだし。

そう自分に言い聞かせて、とりあえず服を着替えてシャワーを浴びる。

そう……そのうち、きっと。




けれど、琴子は0時を回っても部屋に帰って来なかったのであるーー。






※※※※※※※※※※※※※




結局、直樹さんの方をもやもやさせて続くのであった……f(^^;


Return

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* by なおちゃん
どうする?入江君、ヤキモキした入江君、でもね、琴子ちゃんんも、入江君が、、いない間、同じ思いで、待っていたと、おもうよ。

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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

もしも、琴子が神戸についていったらパターンを妄想すると、やっぱり互いに忙しくてスレ違い生活な二人しか想像できないんですよねー。紀子さんがやってくれていた家事負担も増えるわけだし。それをシュミレーションしてみたのが、今回の夏休みかもf(^^;
琴子は直樹に洗脳されてますから、(……ヤンデレ?)入江くんの言うことが正しかったのね♪と納得してますが、そう、マロンさんの言う通り、根本は、直樹さんが勝手に事後承諾で神戸行きを決めたことなんですけどねー。それが大きな間違いということに気づいていません………(._.)

ふふ、南くんにムーンマジック~~その通りでございます。ずっと一緒にいたいという究極はもうずっと張り付いているしかない、南くんの恋人のようにちっちゃくなるしかない!って、発想ですが、真面目に考えるとやりたいことは何もできません(←真面目すぎ?)いいのかそれで、と突っ込みたくなっただけのエピでした笑

広大くん+母(名前をつけていないことに今気がついた)の背景をごちゃごちゃ考えすぎて、なかなか筆が進まない~~シマッタ、と後悔中のキャラですが、だいぶ固まってきたので頑張ります(((^^;

さて、悶々直樹さんで終わらせてしまったので、続きもさっさと書きますね~~(^_^)

関西弁! どうやって変換依頼すればいいのか悩むところですが、ピンポイントでセリフだけお送りするかもf(^^; また、メールしますねー♪ 色々ありがとうございます(^_^)

Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

琴子が居なくてヤキモキする直樹さんですが、そうそう、いつもそんな想いをしてるのは琴子の方なんですよねー。とりあえず直樹さんには今後もハラハラしてもらおうかと(直樹さんに対してSな私)……しばしお待ちくださいませ笑

Re.ちょこましゅまろ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

神戸での二人生活、妄想したら楽しそうだけど、忙しくてスレ違い生活になっちゃうかも、と思っちゃいます。
重雄さんとの二人生活も、重雄さんの仕事が仕事なだけに、夜はどうしていたのだろうと謎でしたが(幼い子を夜一人放置してたら通報だよなー)、琴子ちゃんが少しも陰りがなく素直に育っているのは、重雄さんや周囲の人の愛情が深く守られてきたのだと想像します(^_^)

そんなに深く読んでもらえて嬉しいです(^_^)

さて、琴子ちゃんどうしてしまったんでしょう。
広大くんの問題は色々複雑で(←私が複雑にしてるわけで……^_^;)さて、琴子は何しちゃってるんでしょうかね……。ほっとけないのは琴子の宿命ですから。
しばしお待ちくださいませ。

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございました♪

どうしてもイライラ直樹さんの下りまで書きたくて、日にちで2話に分けてしまいました。その分更新あいて申し訳なかったです。でも喜んでいただけて嬉しいです。

広大くんのこと、色々我が身のように憂いていただいてありがとうございます(^_^)多分次あたりにはだいたい明らかになるのでは、と思ってますが……
広大くんの背景をあれこれ模索していて、どんどんどつぼにはまっている私です……。あまり重くならないようにと思いつつ、ずっしりきてますよ……(((^^;)
さて、今後の琴子ちゃん、皆様予想通りお節介パワーを発動………なのかどうかはお楽しみに! 今度は放置されてるちっちゃい直樹(まだまだ発展途上の男)が発動するのか? 乞うご期待……だったりします(^_^)



個別記事の管理2016-10-07 (Fri)


バースディからだいぶ間が空いてしまいました(ーー;)もう少しさくさく行けると思ったのですが……orz
うーん、関西弁が~~~(関西弁だったり標準語だったりぐっちゃぐちゃな気がしますが、ふふんっと鼻で笑ってやってください)

本日、2話一度にアップしております。
そんなに長くはないのですが、分けたくなってf(^^;

では続きからどうぞ。



※※※※※※※※※※※※



8月16日(土)



その日はーー平和だった。
恐ろしいくらいに。

盆明けの土曜日のせいもあるだろう。世間的には夏の長期休暇の終盤で、帰省ラッシュの話題が情報番組やニュースで何度も取り上げられることだろう。

病児保育ルームは土日休みだし、託児ルームに預けられた子供も3人だけだった。
託児ルームの常勤保育士一人で大丈夫だからと、琴子は主に雑務を頼まれていて、その合間に卒論アンケートのまとめなどをしていた。
何事もない1日というのは実に時間が経つのが遅い。特に日誌やらレポートやらをまとめる作業などは欠伸をこらえるのも大変だ。

「入江さん、もう帰っていいわよ」

チャイルドライフ部門の主任の片瀬にそう言われて、結局3時前には上がることとなった。



……うーん、早く帰れても入江くんも、かをる子さんもいないもんね~~

どーしよかなー。

明日明後日は休みだし、頑張ってお掃除しようかなー。
でも元々綺麗だから掃除しがいがないんだよね………

まず、真っ先に勉強しようという発想にならないところが琴子である。
いや、しなくてはならないとは分かっているのだ。
わかっているけれど、たった一人で黙々と勉強するということが元来苦手なのだ。少しもやる気がでない。
春からの神戸での二人の生活をひとしきり妄想して、自分自身を鼓舞しなくては少しもエンジンがかからない。


………うちへ帰っても誰もいないのって……こんなに寂しかったんだよね………

高校三年の春、入江家に同居するまでは、帰宅しても誰も家にいないのは当たり前だった筈なのに。
小学生の頃までは、学校から帰るとそのまま店に行き、店の職人たちの休憩室の座敷で宿題をしたり賄いを食べたりしていた。夜、父重雄が眠った琴子を背負って近くのアパートまで連れ帰ってくれたのだ。
高学年になると、学校から一人でアパートに帰り、友達と遊んだあと、一人で父が準備してくれたご飯を食べ、一人でお風呂に入り一人で眠っていた。
重雄とは朝しか会えなかった。
そんな生活が高三の春まで続いていたのだ。
寂しくないといえば嘘になる。一人の家がイヤで、いつも気にかけてくれている隣のおばちゃんや友達の家で過ごすことも多かった。
そんな生活にもいつか慣れてしまうのものだ。けれど寂しくないわけではない。元々一人でいるよりはみんなとわいわい過ごす方が好きなタイプだ。とはいっても父親の前ではいつも『平気平気、大丈夫だよっ』と笑っていた気がする。

それがーー入江家に来て一変した。
毎日『おかえりなさい』と出迎えてくれる人がいる。
その日にあったことを聞いてくれて、
一緒に家事をしたり、テレビを見て笑いあったり感想をいいあったりする人が常に傍にいる。
いつも灯りがついていて、食卓は賑やかで、家族の笑い声が溢れかえった家ーー。
憧れてやまない『家』がそこにあった。
一時の仮の住まいの筈だったのに、いつの間にかその家は自分の本当の『家』となって、帰るべき場所になった。
すっかり、その賑やかさや楽しさが身に付いて、ひとりぼっちの寂しさを忘れてしまっていた。

神戸に来て、たった一人で直樹を待っていると、ふとあの父娘二人暮らしの日々を思い出してしまう。
ひとりぼっちで布団の中で父親の帰りを待ちわびていた日をーー。

もし……無理にでも神戸に一緒に来ていたら、結局ずっとあたしは寂しい思いをしていたのかな……?

なかなか家に帰らない旦那さんを待ちながら、自分も慣れない環境で勉強に四苦八苦して……

ーーやっぱり入江くんはすごいや。ちゃんとどうなるか見抜いてたんだよね。夏休みのほんの少しの期間でも、あたし、一人ぼっちで部屋にいることが、とてつもなく寂しく感じるのに。1年も知らない土地で耐えられたのかなあー?

直樹がいない寂しさも、いつも慰めてくれる紀子たち家族や、大学の仲間や親友たちが近くにいるから、なんとか乗り越えてこれた気がする。
結局、東京に残る道がやっぱり一番正解だったのだ。

ーー入江くんに会えないのもつらいけど。

ずーっと傍にいたくてナースの道を選んだのに。ずーっと傍にいるには漫画みたいにちっちゃく小人にでもなって入江くんのポケットにでも入り込むしかないのかなー

いやいや、待って、あたし。いくら傍にずっといたいからって、そんなポケットに入ってるだけの人生ってどうなのよ。
あたしは入江くんのお手伝いがしたいのよ。役に立ちたいのよ。ちっちゃくなったら国家試験受けられないし、ナースなんてなれないじゃない!

ぶるんぶるんと首を振り、後ろ向きな妄想を打ち払う。


………さて、帰ろう。そうよ、あたしは勉強しなきゃ!

一人鼻息荒く力こぶを作ってみせる。
ーーもっとも。

………あー、でもやっぱ、ちょっと買い物とかしてこーかなー。

勉強に関してのやる気は3分持たないのだがーー。

あまりマンション周辺の地理環境をしっかり把握してある訳ではなかった。病院との往復だけで、近くのコンビニとスーパーしか行ったことがないので、少し街の探検をしようかな、と思いつつも、真夏の午後3時はまだかなり暑い。外は相変わらずの猛暑日和だ。
それに、直樹から『無駄に迷うからウロウロするな』とも云われている。

ーーとりあえず、まずマンションに戻って。買い物はもっと涼しくなってからでーー

「じゃあ失礼します」

これからの予定をぶつぶつと一人で算段しながらも、つぼみルームを後にして、階下に降りるエレベーターを待っているときである。

「え……広大くん?」

開いたエレベーターの中から、広大がたった一人で降りようとしてきたのだ。
思わず琴子はびっくりして、エレベーターの扉が閉まるのを見送ってしまった。

「なんや。もう帰るんか? せっかく来てやったのに」

むくれた顔で、幼い少年は琴子を見上げる。

「来てやった、って、一人で? お母さんは?」

「仕事」

「え? じゃ、保育園とかは?」

「保育園、土曜はお休み」

「じゃ、いつも土曜は一人なの?」

「そう。土曜も日曜も一人や」

特に気にする様子もなく、広大はさらっと答えた。

「日曜も? お母さん、日曜もお仕事なの?」

「うん。お母ちゃん、忙しいんや」

「……ほんとだね。でも、なんでここに?」

「おまえが暇なんやないか思うてな。遊んでやってもええかなーと」

少し恥ずかしそうにぷいっと横を見つつ小さな声で話す。

琴子はくすくすっと笑いながら、
「遊んであげてもいいけど、もう今日はここはお仕舞いだから、一緒に帰ろ? おうちに送ってあげるよ」

そういうと広大は顔をぱっと明るくして
「うちの近くに公園あるんや。そこで遊んだる」ーーにまっと笑った。



「えー、広大くんちって、うちから近いんだ!」

「おれんち、あれや」と、指さした少し古びたアパートは、直樹のマンションから徒歩5分くらいの場所だった。
細い路地の奥で、もう一度行けるかどうかと云われれば自信がないが。
つまりは病院からも近い。
二人のマンションはバス停一駅分だが、バスを待つより歩いた方が早いので、いつも徒歩通勤だ。

「………広大くん、お母さんは何時に帰ってくるの?」

アパートの前には小さな児童公園があって、母ちゃん帰るまでここで遊ぼうと誘われて、琴子と二人、砂場で基地を作っていた。

「土曜日は早いねん。5時には帰って、でも6時には『カノン』いくんや。でも『カノン』にはおれも連れてってくれるから、そこで遊んどる」

「『カノン』?」

「お店や。おっちゃんたちがお酒飲んだりカラオケ歌うたりしとる。お母ちゃんお料理つくったりお酒出したりしとるんや」

………カラオケスナックみたいなところだろうか?

「……お母さん、夜も働いてるの?」

「うん。1日働いとる。お母ちゃん休む暇ないんや。だからおれが早く大きくなって早く働いて、お母ちゃん、休んでもらわなあかんのや」

「そっかぁ……」

家庭の事情はわからない。
母子家庭だと、そこまで金銭的に困窮するものなのか。公的な支援のようなものはないのだろうか。
保育園の預り時間以外もほぼ働きづめで、その間この子はずっと一人で放置なのだろうか。
常に忙しそうで、せかせかして、俯きがちな広大の母は、顔は思い出せないのに、疲れきっている背中は妙に目にやきついている。


「あ………お母ちゃんや……」

砂で作っていたトンネルが貫通して、
穴から向こう側を覗きこんでいた広大がはっと顔を上げた。

「え……?」

公園の東端の道路に広大の母らしき人が立っている。
横には40代くらいのスーツ姿の男がーー

「お母さん、5時まで仕事じゃ……」

いいかけて、はっと広大の方を見る。
寂しそうにじっと二人を見つめる少年ーー。

「………お母さん、声かけなくて、よかった?」

「うん」

「あの人、知ってる人?」

シングルマザーなら恋人がいても責められることではない。広大の父親になるかもしれないなら、それはそれで良いことには違いない。

「知らない。いつも来る人とは違うし」

「……いつも来る人もいるの?」

「うん。その人が来ると追い出されるから、キライ」

「……………………」

なんか、よく虐待もののドラマで観るような話じゃない?

やっぱり、そうなんだろうか?
いやいや、事情も知らないのに詮索しちゃいけない。
琴子は自分の頭をこつんとつつき、自戒する。



その後、少し日が傾いてきた頃、琴子は広大をアパートまで送っていった。
アパートの前で、ちょうど帰ってきた広大の母とばったり会った。

「広大! あんた、なんで、外に……部屋からでたらあかんいうたでしょ?」

「ごめん、母ちゃん。だって退屈やったん」

「そのひとは……?」

「あ、あの神戸医大病院の病児保育ルームの………」

「ああ。でも何故あなたが……」

「おれがねーちゃんとこ遊びにいったんや」

「広大!」

「だって……母ちゃん……」

「えーと。お母さん、お仕事大変なのはわかりますけど、保育園以外の時間も一人ぼっちなのはどうかと……まだ5歳ですし。もし何かあったら……何処かお預けできる人はいらっしゃらないんでしょうか?」

少し険悪に息子を睨む母の前に割って入る。

「あなたには関係ないことやろ? この子は賢い子や。一人できちんと留守番できるさかい」

「で、でも……」

「大丈夫や! おれ、賢いもん。お姉ちゃんも、通報とかせんといてや」

「通報?」

「通報されたらおれ、母ちゃんと離ればなれになってしまう」

「通報なんて……しないよ、広大くん」

警察に?
児相に?

そんな言葉がでるということは通報されたことがあるのだろうかーー。

「広大、行くわよ」

母に促されて、広大はアパートの中に入っていく。一棟に上と下で四軒ずつの部屋のある、色褪せた壁の見るからに安普請なアパートの、二階の一番端の部屋のようだ。
母にぐいぐいと手を引かれ、剥き出しの階段を登っていき、母が玄関扉の鍵を開けている時、広大は琴子の方をちらりと見て、小さくバイバイと手を振る。

明日も来いよな。

目がそう訴えているような気がした。



結局とぼとぼと夕暮れに包まれ始めた道を一人で帰り、誰もいない薄暗い部屋に一人で戻る。


「わーあつっ~~」

琴子は夏のむわっとした熱気が閉じ込められた部屋の掃き出し窓を全開にすると、かすかに入る風を通す。

ぼんやりとベランダに立って、なんとなくずうっともやもやする思いを誰にも吐き出すことも出来ないまま、完全に空が夕闇に包まれるまで神戸の空を見つめていた。







※※※※※※※※※※※※

琴子ちゃんのようにもやもやするといけないので(笑)
続けて(18)をアップします。




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個別記事の管理2016-10-01 (Sat)
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