2016.03.06 (Sun)
1997年の夏休み (7)
大変お久しぶりの神戸の夏休みです。
覚えてますか? 神戸オリキャラの面々f(^^;
はい、私も名前忘れかけて読み返しましたよ……(^_^;)
とはいっても今回はかをる子さんだけですが(*^^*)
※※※※※※※※※※※※
8月9日(土)
「琴子さん、琴子さん、起きて! もう朝よ」
あたしはソファの上で爆睡している彼女の身体を軽く揺すり、頬をつんつんと突いた。
別に休みだから寝かしておいても構わないけれど、今日は同人仲間と夏〇ミ前の打ち合わせやら準備やらがあるので私はそろそろ出掛けなくてはならない。
「へっ……? あ、かをる子さん…? なんであたし……ひゃあ、いたっ」
起き上がった琴子さんは、此処が何処だか分からなかったのか、そのままソファからずり落ちてフローリングに額を激突した。
「大丈夫?」
「はい……あ、そうか。あたし、夕べここに泊まっちゃったんだ」
「そう。昨日、延々とここでビール飲みながら愚痴ってたわね」
まさか、缶ビール半分であんなに管巻くとは思わなかったけどね。
「ご、ごめんなさい! すぐ帰りますね」
「いいわよ、とりあえず朝ごはんくらい食べてけば? トーストと目玉焼きとコーヒーくらいしかないけど」
「……………十分です……」
しゅんとした様子で彼女は身を縮めていた。
琴子さんが、半泣きであたしの部屋に来たのは昨日の夜ーーあたしが仕事から帰って一時間くらいしてからだったかしら?
「………かをる子さーん……! 入江くんとすれ違ってしまったらしいんです! せっかく家に帰ってきてたのに~~」
どうやら来週から始まるボランティアの打ち合わせに行って、その後そこの部所の娘とお茶などしていたら帰宅が遅くなってしまったらしい。
そして、帰ってみれば……
「くちゃくちゃだったキッチンは綺麗に片付けてあるし、洗濯物は取り込んで綺麗にたたんであるし……あたし、一体何のためにここに来たのかしら、全然役にたってなくて、入江くんの仕事を増やしてるだけみたいじゃない! ってひどく落ち込んでしまって……」
その上、テーブルには書き置き一枚。
『もう、弁当持って来なくていいから』
『今夜は当直だから帰らない』
素っ気ない二文が記されているだけ。
「実は、枝元さんとお茶した後にね、もしかしたら今度こそ入江くんと遭遇できないかなーと期待して、もう一度救命の医局に寄ったの。そしたらね……」
そこで入江先生が今日は既に一旦帰宅したこと、昼間、琴子さんの差し入れた弁当で異臭騒ぎがあったことを知って、真っ青になったらしい。
謝り倒してその場を立ち去り、大慌てで帰宅したのに、入れ違いで愛するダーリンとは会えず、その上すっきり片付いた部屋を見て、疲れているのに家事までやらせてしまったことに激しく落ち込んでいたのだ。
「神戸までわざわざやって来て、いったいあたしは何やってるのぉぉ~~」
そう言って彼女はうちのクッションを抱き締めて、暫し地の底まで落ちて凹みまくっていた。
確かに異臭騒動の顛末は、うちの事務局まで伝わってきたけれどね。
でも、みんなきっといくらなんでも弁当でそこまで破壊工作が出来るとは思わないから、また大袈裟に尾ひれがついているだけと思ってくれるわよ、と妙な慰めかたをしてしまったあたし。
どうもほぼ噂通りらしかったけれど。
「………ごちそう様です」
簡単な朝食を食べ終わって、コーヒーだけは琴子さんに淹れてもらったのを飲む。
うん、美味しい。
豆の曳き方、蒸らし方、絶妙なタイミングをきちんと計って、すごく丁寧に淹れているのに、何故それが料理に生かされないのか謎だわ………。
「………大丈夫?」
顔色の優れない琴子さん。まだ昨日のことを引きずっているよう。
「……ごめんなさい。迷惑かけちゃって。もう、起きたことは仕方がないので、前向きに考えようとは思うのだけど……せっかくこっちに来たのに入江くんに全然会えなくて、それがすっごく寂しくなってきちゃって。東京にいる時よりずっと近くにいるのに贅沢ですよね」
月曜にこっちにきて、火曜日夕方まで一緒に過ごしたものの、それからは結局週末の今日まで会っていないらしい。
離れていた時は何ヵ月も会えなくても何とか耐えていられたのに、近くにいるのに会えないのは期待が大きかった分、反動も大きいのだろう。
「………救命入って忙しいから余り帰れないかもだし、構ってあげられない、ってちゃんと来る前に云われてたのに……やっぱりその通りだとずずんっと落ちちゃって」
はあっと何度目かのため息をついた後、「あーダメダメ! 一人でもちゃんと勉強して過ごすから大丈夫!って大見得切ったんだもん、頑張らなきゃ!」
自分の頬をぺしっと両手で叩いて気合いをいれる琴子さん。ちょっと痛々しい。
研修医の過酷さは、現場にいない事務職にだって知るところだ。
医大は6年制のせいか、医大時代の同期との学生結婚も多いけれど、研修時代のスレ違いで別れるのも結構多いのは、個人的事情を把握している事務職員ならではなんだけれど。
きっと、何の約束もない恋人同士なんてもっと別れる率は高いんだろうなーと勝手に想像する。無論、実際そんな話も食堂でランチしているとよく耳に入るし。
亭主元気で留守がいい、なんていって医師のステイタスとお金だけ運んでくれればいいって割りきってる人ならいいんだろうけど、とにかく研修医の給料は微々たるものだし、時給換算したらとんでもなく低い。そこを乗り越えて研修医時代から付き合える人は、よっぽど愛しあってるんだろうな~~と他人事ながら感心する。
目の前の彼女は、きっと彼がどんな状況だろうとがむしゃらに頑張って助けようとするんだろうな。
例え親が大会社の社長じゃなくて、貧乏研修医で奨学金返しながらアルバイト掛け持ちして月数万の給料しかない状態でも、絶対支えていくんだろうなーと確信してしまう。糟糠の妻って奴ね。……あ、必死で内職している琴子さんの姿を妄想しちゃったわ。
ひたむきで一生懸命。
周りもついつい彼女を応援したくなるの、わかる気がする。
ええ、決して、彼女にコトリングッズを貰った恩義を感じて、ってことじゃなくね。
「………迷惑なんて思ってないから、いつでも来てね」
「ありがとうっかをる子さんっ」
がしっとあたしの手を取る琴子さん。
「だいたい、弁当持ってくるなって云われてこれで諦める気? らしくないわよっ」
何を言われてもへこたれないのが彼女の良さ。入江先生だって、そんな置き手紙をしたって、お弁当便がなくならないってきっとわかってる筈。
「そ、そうですよね!」
「臭わないものを入れれば大丈夫よ、きっと! おにぎりとかどう?」
一応アドバイスなんぞしてみる。
「あ、いいですね! 絶対、臭わないですよね! で、具を工夫して………焼きネギや、キムチや、焼き肉や納豆………あ、全部入れて、バクダン握りなんかいいかも」
ーーーちょっと待て。マジに爆弾作ってどうする。
「……バクダンは止めた方が……」
「え? 知りません? 弁当のおかずをおにぎりの具にして、おっきなおにぎり作るの、バクダン握りっていって……」
「知ってるけど! いい? おにぎりはシンプルイズベストよ! 塩結びが一番!もしくは梅ね! 夏は傷みやすいし、熱中症予防にも最適よ! 塩結びは塩加減の塩梅の難しさから、ハードル高いかもだけど、美味しい塩結び作れたら、称賛の嵐よ!」
「………そ、そう……?」
でも、たんぱく質が、ビタミンが、とブツブツ云っている琴子さんを説得し、まずは美味しい塩結びが作れるよう、研鑽を重ねるようアドバイスする。
「でもって、無理にたくさん作らないこと! 入江先生は多分琴子さんの手料理を他の人に食べさせたくない筈よ」
これはねぇ。当たってると思うのだけど。
「……それは、あたしのが下手くそで恥ずかしいから……?」
あら、ネガティブに受けとめたわね。
「…昨日、帰り際に医局に寄った時に、救命のナースたちが………」
ーーちょっとひどいわよね、あのお弁当
ーーうちのわんこだって食べないわよー
ーーあんなの毎日食べさせられてるなんて入江先生可哀想
ーーあたし、毎日作ってきてあげようかしら
ーー確か、前に佐藤さんが手作り弁当作って持ってたら、他人の作ったものは口にしない主義なので、って思いっきり断られたって話よ
ーーでも奥さんのお弁当だって一人でこっそり食べてたんでしょ? 恥ずかしくて見せられないか、捨ててたのかどっちかじゃないの?
ーーま、胃袋掴めてない嫁は、きっとそのうち捨てられるんじゃないの? その弁当みたいに
ーーそうよね。医者の妻が旦那に殺人的料理食べさせてるようじゃ、長続きしないんじゃないかしら。
ーーましてや、東京と離れて暮らしていれば尚更よね。顔だってあの嫁、大したことなかったじゃない? 学生結婚らしいから、他を知らずに勢いで結婚しちゃったのよ。やっぱり、諦めずに頑張ろうかしら
ーーそうよね。既婚者だからって諦める必要ないわよねーー
などなどという、随分勝手なこと言いつのっていたらしい。
「………慣れてるんだけどね。そんなの昔からだし」
とは言いつつ、また思い出してしまったのか表情は暗い。
「………近くにいれば、いつだってそんなの蹴散らしちゃうのに」
とはいえ、医局で騒動を起こしたばかりで、余りにも分が悪いのか、いつものパワーは半減している模様。
「やっぱり、お弁当もう作らない。人に見せられないような恥ずかしいお弁当作る奥さん、イヤだよね………」
わー。負のスパイラル。
ちょっと浮上したかと思うとすぐ沈下する。
入江先生が一人で食べてたのは、琴子さんが悪く言われるのがイヤだからじゃないかしら?
そんな風に思ったものの、曖昧なことは云えない。
ただ、嫁を溺愛してるのは間違いない。あれだけ激しく愛されて、なんで彼女が実感出来ないのかーーそれはもう入江先生のベッドの中以外での態度の問題よね。本当に面倒な男だわ。
…………って、なんであたしがこの夫婦の夜の事情を知ってるのかってことになっちゃうから、云えないけどさ。
「ーーとにかく、ダメよ、諦めちゃ! 腕を磨いてそのナースたちをギャフンと言わせてやりなさい!」
「………うん」
あたしの励ましに力なく笑う琴子さん。
………大丈夫かな……?
「とにかく、夏は塩よ! 塩結び! いい? そして絶対作ったものは味見すること!」
でないと、高血圧になりそうな激しょっぱいものや、塩と砂糖間違えた激甘結びとか出来そうだから。
「……やだ、大丈夫ですよー塩結びくらい」
やっと少しにこっと笑う琴子さん。いや、大丈夫じゃないだろうから云ってるんだけどね。
案外高度なものを振ってしまったと少し後悔してるんだから!
「おにぎりを甘くみてはダメよ! シンプルなものほど難しいのよ! 」
「は、はいっ!」
「おにぎりなら仕事しながらも食べられるし!」
「そうですね!」
「美しい三角結びが出来るように、修行しましょう!」
「はい、先生!」
いえ、あたし今から出掛けるから教えてはあげられないけどね。
それでも気になったあたし、なるべく早く帰宅して、お隣の様子を見に行った。
お陰で大量のおにぎりを食べることになったのだけど。
案の定、しょっぱいのから薄いの、形はいびつなものばかりだった。
でも、着々と上手になってる。
やれば出来る子じゃないの。
(3合炊きの炊飯器で5回炊いたってのは驚きだけどね………うーん、それだけの量、どうするの?)
熱々で握ったんだろうな。手が真っ赤になってた。
結局、その日も夜になっても入江先生は帰って来ず、今日も泊まりにくる? というあたしの誘いを琴子さんは少し寂しげに首を振って断った。
「真夜中でももしかしたら帰ってくるかもしれないし」
いじらしいなぁ。
あたしが嫁に欲しいわ。なんせ、コトリンだし。
そして、その翌日の日曜も帰って来なかったようで、あたしは月曜日の朝、ボランティアで初出勤する琴子さんと一緒にマンションを出た。
あら、少し目の下に隈ができてるよ。
きっと夜もあまり寝られてないんだろうな。彼が真夜中帰って来るんじゃないかと、少しの気配でも目を覚まして。
「塩結び、かなりいい感じで作れるようになったんです。こんなに作ってきちゃった」
「じゃあ、お昼、貰いにいっていい?」
「はい!」
気だるい月曜日の始まり。
それでも琴子さんの笑顔を見てるとちょっと頑張ろうって気になるから不思議ね。
夏休みはまだこれから。
セミがけたたましく鳴き騒ぎ、既に朝から気温はぐんぐん上昇している。
波瀾な日々はきっとこれからも続くのかもなんて、嬉しくない予感を感じさせる熱い夏はーーまだまだ終わらない。
※※※※※※※※※※※※※※
スミマセン、短いです。
数ヵ月前の話を思い出しながら、隣のかをる子さん目線でちょっとリハビリf(^^;
次は入江くん、出てくるかと。
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