ラブレターから始まるkiss


イタズラなkiss期間2015




「入江先輩!」

それは3年生に進級してまもない4月のある日のことだった。

登校してきたばかりの学校の玄関先で、唐突に呼び止められ、振り返るとそこには真っ赤な顔をした男の子が、あたしの目の前に一通の手紙を差し出したのだ。

「へ?」

あたしは間の抜けた声をついつい出してしまった。

一瞬、きょとんとしてその手紙と男の子を交互交互に見つめる。
知らないコーー一年坊主?
………なんか、小学生にも見えそうな背丈なんだけど。あ、でも新入生にしては制服がピッカピカじゃないかも。でも、かなり目線が下。いや、あたし中三にして身長165近くあるけどさ。


これってーーもしかしてラブレターって奴?

うわーラブレターって漫画やドラマでしかみたことないわー。
だって、今やLINEで告白、LINEでサヨナラの時代だよ?
アンジーなんて、一ヶ月付き合った高校生から、連絡ないと思ったらLINEで突然別れを告げられたらしくて、かなり憤ってたわ。

「2年E組、島田奏太です。これ、読んでください!」

げっ、E組だってーー!

琴美ってば、何ちびっこにつかまってんのーー

いつの間にか周囲に集まっていたギャラリーたちからくすくすっと笑い声が漏れた。

E組は偏差値順のクラス編成の最下位層。少子化のお陰で、去年から一クラス減って、かつてのF組が受けていたお馬鹿レッテルは、今はE組のものだ。

あたしはE組だからって馬鹿にする気は全然ないけどーーなんといっても、うちのお母さん、高校3年間F組だった人だし。そして、お母さんの友達のF組仲間の理美おばちゃんもじんこおばちゃんもみんないい人だし。

にしても、こんな目立つとこでそんなもん渡してきて、ほんと馬鹿だわっこいつーーと思ってしまったことは否めない。

でも、ここで「いらない」ーーなんていおうものならーーお父さんと同じだよね。
ええ、ええ、その件に関してはお母さんからそれはもう何度も聞いてますから!
そして、お母さんと一緒に「えーパパ、なんで受け取らなかったのー? ひどーい! 」なんて、云ってた記憶はしっかり心に残ってるものだから。

つい。

「読むだけだよ。返事は期待しないで」

あたしは一つため息をついてその真っ白いシンプルな封筒を受け取ってしまった。

「あ、あ、ありがとうございます! 」

その島田ってコは真っ赤な顔を満面の笑みに変えて、バタバタと走り去っていった。



そして次の瞬間から、あたしが1コ下の後輩から告白された話は、あっという間に学校中を駆け巡っていたのだーー。




親友アンジーの情報では、その島田奏太という少年は、身長148センチのクラス1のチビで、天文部の次期部長だそうだ。(2年生部員が1人しかいないから)
何しろ地味で目立たなく、印象があまり残らないタイプらしい。情報通のアンジーもこれ以上の詳細は分からないくらい、これといった特徴のない子。

その日1日、みんなから「琴美、2年生からラブレターもらったんだって~?」とからかわれた。

ラブレター。
ラブレターねぇ。

実はトイレでこっそり読んだ。
一応生まれて初めて貰ったラブレターじゃない?
どんなこと書いてあるのかな?って。


そしたらね。

たった一行だけだった。

「入江琴美さま。あなたが好きです」

ーーおい。
そんなの、言葉で云えよ。

思わず手紙に向かって突っ込んでしまった。

普通、まず自己紹介とか。
あと、いつどこで何故にあたしのこと好きになったのかとか。
手紙というアイテムを選択した以上、そういうことを書き連ねるもんじゃないのかい?

「意味不明やけど、インパクト大やね。で、どないすん?」

アンジーに訊かれた。

「どないすんもなにも。読むだけ、としか伝えてないもん。向こうも好きって言いたかっただけみたいだし。思いが伝わって満足なんじゃないの?」

付き合いたいとか、彼女になって下さいとか、何かを求められた訳じゃない。

そーゆー気持ちよくわかんないけど。
だって、あたし、まだ誰も好きになったこと、ないから。

「琴美。おまえ、ラブレター貰ったって?」

今度は昼休みに、隣のB組から幼馴染みの花村一斗がやってきた。
因みに、あたしはなんとか3年間A組を維持してる。
お父さんみたいに天才じゃないから程々に努力しての、A組キープだけれど。

「いっくんも聞いたの? ほんと、学校中に知れ渡ってるわね、きっと」

ため息をついてるあたしに、微妙に不機嫌ないっくん。
彼は、お母さん同士がマタニティの頃からの付き合いで、共に悪阻で入院し、さらには出産も1日違いで、新生児室ではお隣同士。幼稚園も小学校も一緒。そんな腐れ縁が中三の今まで続いている。

「なんて返事するんだよ?」

何怒ってんの?
つっかかる言い方にあたしもちょっといらっとする。

「しないよ。何も」

「だって、そいつおまえのこと好きな訳なんだろう?」

「そうみたいね」

少なくともそれしか手紙の中には書かれてないのだから。

「物好きだな……」

「うるさいよ」


あたしといっくんのやり取りをアンジーが肩を震わせて聞いている。

「心中穏やかやないクセに。 花村、もちっと素直にならんとアカンよ」

「何がだよ」

ほら、始まった。アンジーはあたしといっくんをやたらくっつけたがるけど、あたしたち、そんなんじゃないのに。
付き合い長すぎて、今さらそんな風に思えない。

「顔は結構可愛かったやろ。将来イケメンになりそうやし。身長なんて一年であっちゅう間に伸びるさかい」

アンジーの言葉に「え? イケメン? そうだっけ?」とあたしが反応する。実は顔を全然覚えてないことに気がついた。
背の小さいことと、やけに顔が真っ赤だってこと。

「ま。2年坊主なんて相手にしないか」

「うーん、2年とか3年とかじゃなくてね。好き、って言われても、だからどうなの?って感じで」

「琴美は、『恋』ってどんなもんか分かってぇへん、恋愛感情未発達のお子ちゃまやもん」

「うるさーい」

「でも、きっといっぺん誰ぞに惚れたら、母親譲りで、しーつこく思い続けてど根性で追いかけるやろ」

「それはどうかなーー」

お父さんはお母さんに出会うまで誰も好きになったことなかったらしいし、情緒欠落度合いは半端ない人だったらしいから。(おばあちゃん情報)そのお父さんの血も半分入ってるわけで。

とにかく、今のあたしには、恋ってよくわかんない。
お母さんみたいにずっと一途にお父さんだけ思い続けることも。
お父さんみたいに、結婚22年たっても未だにお母さんだけしか見えてなくて、溺愛していることも。
そんな風にお互いを思い続ける両親って素敵だなーっとは思うけど。(まあ未だに娘の前でイチャイチャするのは勘弁)

「 でも、ある意味強者やね、島田奏太。今まで誰も琴美にアプローチかけて来ぃへんかったんは、みんな琴美のパパが誰かよう知っとるし、琴美と付き合うにはパパ以上の男じゃなきゃダメや、ってみんな思うとるもんな」

思うとるっていうより、外野が勝手に思い込んでるんじゃない? と思うのだけど。
だって、お父さん以上の男ーーなんて云ってたら、あたし、多分一生誰とも付き合えない気がするわ。

あたしはお父さんのいいとこも悪いとこも全部知ってるから。
お母さんみたいに、長所短所ひっくるめて丸ごと好きになれないと、お父さんみたいなタイプは絶対しんどいと思うのよねー。












「みーちゃん、みーちゃん、今日、ラブレター貰ったんだって?」

きゃーなんということでしょう!

家に帰った途端、お母さんが満面の笑みで出迎えてくれた。4月から育休が明けて看護師に復帰したのだけれど、そういえば今日はお休みって云ってたっけ。

………ってか、なんでもうここまで情報が回ってるのーーっ

アンジーからクリスへ行ったのか。
いや、初等部にも噂が回ってハルの口から聞いたのかーー

「好美ちゃんから聞いたの」

みっきいまっきいかーー!!

従兄弟の瑞樹と将樹は一卵性双生児。二人とも初等部6年生だから、きっと兄弟が中等部にいる友達から聴いたんだろう。まあ、同じ敷地内に住んでるから情報はあっという間に伝わるわね。
みっきいまっきいは、昔あたしたちが住んでいたおばあちゃんちで暮らしていて、あたしたちは同じ敷地に別棟を建てて住んでいるの。
無論しょっちゅう行き来している。
はあ。つまりはおばあちゃんにもバレてるよね。

「あ、さっきおばあちゃんからお赤飯が届いて」

やっぱり………

「今日はお祝いよ! みーちゃんが初めてラブレター貰った記念日」

「やめてよー! たかだかラブレターくらいで! それにお父さんに言わないでよー、絶対機嫌が悪くなるから」

だいたい初等部の頃からうちに男の子が遊びに来ると眉間に皺が寄るんだから。

「それもそうねー」

じゃあ、このお赤飯なんて云おう?……ぶつぶついいながらお母さん、一人で悩んでるよー。
もう、好きにして。

「で、どうするの? みーちゃん。付き合うの? 」

あれこれ訊きたそうなお母さんに、「付き合うわけないでしょ? 何にもそのコのこと知らないのに!」とだけ答えて部屋に戻ろうと階段に向かう。
こういうデリケートな問題はそっとしておいて欲しいけど、そうもいかないだろうな、この人の性格上。

「でも、みーちゃんが、ちゃんと受け取ってあげてよかった」

階段を上りかけたあたしにお母さんが嬉しそうに言った。

「……だって、受け取っても貰えないのって、悲しいんでしょ?」

「そうよ。返事はともかく、相手の気持ちを知ってあげるのは大事よ」

お母さんのレクチャーは染み付いてましたわよ。
お陰で『いらない』なんて、言えなかったもの。

でも、受けとるのって色々面倒かも………




部屋に戻って、再び何の情報も入ってないシンプルな手紙を一瞥する。
読むって程じゃない。一瞬で全文目に入ってしまう。

あなたが好きです。

ーー何を想って書いたのかな?

もしかして、ほんとはもっと、たくさん色んなこと書いたのに、何度も消したり書いたりして、結局あの一行になったのかもしれない。
ふと、何度も何度も書き直したというお母さんの手紙を思い出していた。


入江くんーーあなたが好きです。



実をいうと、あたしはお母さんが昔お父さんに書いたというラブレターを読んだことがある。

あれは震災のあった年だから、4年前だ。

あの日以降、何回も東北の方に赴いて留守がちだったお父さん。
お父さんがいない時は昔からよくお父さんの匂いに包まれてるみたいで、書斎で勉強をするのが好きだった。沢山の本に囲まれて、ちょっと賢くなれる気がしたし。
そして、その日も書斎で宿題をしていてーー調べものをするのに本棚を漁っていてふと見つけてしまったのだ。
分厚い広辞苑の箱の内側に、小さな鍵がテープで止められているのを。
あたしは一瞬で、それが書斎の机の一番上の引き出しの鍵だと直感した。

ずっと気になっていた。
その引き出しの中に何が入っているのかーー

あたしはドキドキしながらその鍵を開けてみる。
こっそり覗き見する罪悪感なんてなかった。好奇心の方が強かった。

中にはーー
謎の機械に、不細工なお守りらしきものにフェルトの人形。そして、一通の手紙。

これはお母さんがお父さんに当てた手紙だ、というのはすぐにわかった。

あの手紙、なくなっちゃったのよね。

お母さんがそう言ってたのを思い出す。
やだ、お父さんが持ってたんだー。
うわー。

そして、ついつい読んでしまった。
高校生の頃のお母さんの純真な思い。
好きだと伝えるだけで、何も求めていない、ただ自分の存在を知って欲しい、というだけのささやかな願いーー。
まだ当時小学生ながら、お母さん、可愛い、とか思ってしまった。(とはいえ、これは何も発展性がない、ただのアピール文だよな、とも今なら思うのだけど)

でも、読んでから唐突に、人のものを盗み見てしまったということに気がついて、罪悪感に捕らわれ始め、即効元の場所に戻し、鍵も同じように戻しておいた。

読んだ時はお母さんに教えてあげようと思ったのだけれど、どうしてなくしたと思ってたものをお父さんがこっそり隠し持っていたのかと考え始めたら、お母さんには教えてはいけないような気がしてきた。

いらない、と、受け取らなかった手紙を実はずっと大事に持ってたお父さん。
そして、それを勝手に見てしまったあたし。


あたしは見てはいけないものを見てしまったような思いにかられ、お父さんが家に戻ってからもしばらく態度がおかしかったかもしれない。
だから、お父さんにもすぐにばれた。

「琴美、ちょっと書斎においで」

お父さんに呼ばれた時、あたしは覚悟して部屋に入った。

「この鍵を琴美に預けるよ」

「え……?」

あたしは先手を打って謝るつもりだったのに、その前にお父さんから、例の引き出しの鍵を渡されて、一瞬固まってしまった。

「見た……? 引き出しの中」

お父さんは意外と笑っていた。
瞳の中にも怒りの気配はない。なまじっか綺麗な顔をしている分、この人が怒ると相当怖いのだ。
怒ってないことにほっとはしたけれど、それでも、勝手に見たことをきちんと謝らなくてはと、「ごめんなさいっ」と深々と頭を下げた。

「いいよ。別に。辞典の中はいつか子供たちの誰かが見つけるだろうと思ったし」

はは、お母さんは絶対広辞苑開かないと思ったのね。

「とりあえず、ママには内緒な」

「うん。でも、なんで? 」

なんでわざわざ隠しておくのかな? その時のあたしには全然わからなくて。

「夫婦でも秘密の一つや二つあった方が面白いんだ」

そういってにやっと笑う。

「でも、なんであたしに?」

「いつかパパが死んだときに、開けて、おまえの好きにするといい」

「死ぬなんて、言わないで」

そんな言葉は聞きたくない。

「人はいつかは死ぬよ。順番としてもお前よりは先に」

泣きそうなあたしにお父さんはあたしの髪を撫でながらそう優しく笑った。

「もしかしたら明日、何か起きて突然死ぬかもしれない」

「やだ、そんなの」

「 未来がどうなるかは、誰もわからないから」

それはお父さんが東北のサポートチームに入っていて、悲惨な状況を目の当たりにしてきたせいかもしれない。
お母さんもあたしも、それこそ日本中が胸が押し潰されるような想いを抱えていたあの時ーー。

「とりあえず今のところママより先に死ぬつもりはないから」

「ママが泣いちゃうから?」

「そう」

あたしも泣くけど。多分、たっくさん。
出来ればそれは遠い遠い遥か未来でありますように。

「でももしパパが先に死んだら、これをママに渡すもよし、こっそり開けて棺にいれるもよし。おまえの好きにすればいい。ママが先に死んだら、やっぱりこれはおまえの好きにするといいさ。人が一人死ぬとその人間の一生に纏わる思い出の品は、かなりの数になる。そのすべてを遺して置くわけには行かないし、遺された方も、その全てを受け取ることは出来ないだろう? 遺された人間の取捨選択に任されるんだ。だから、琴美の自由にすればいい。燃やすなり、ゴミ箱にいれるなり、棺に入れるなりーーたが、子々孫々に伝えるのだけは止めてくれ」

そう笑って鍵をあたしに託したお父さん。

あたしの曾孫とかにこれはひいひいばあちゃんのラブレターよ、なんて見せるのもいいとは思うのだけど。

「いいの? お父さん、自分で鍵を開けられなくなっちゃうよ」

あたしの問いかけに、

「今までも開けて見てみたことはないんだ。だって、手紙の内容は一字一句間違えずにはっきり覚えているし」

だから、鍵はいらないのだとーー答えるお父さん。

「ただ、ここにあるってわかってればいいんだ。ここに、『始まり』があるって」

そういって、何処か遠くを見るような瞳で、その引き出しを見つめていたお父さん。

この引き出しの中に二人の『始まり』があるーー何だか、深いな。







というわけで、両親の『物語の始まり』であるラブレターの鍵を託されてしまったあたしは、結局再び広辞苑の箱の内側にテープで止めて隠した。

子供ながらそのラブレターの存在の深さを思い知ったせいか、あの島田少年のラブレターを無下に出来なかった、というわけ。
けれど、それが、何かの始まりになるとは到底思えなかったのだけれど。


結局、その後、特に島田少年に敢えて何か返事をすることはなかったし、彼も何の答えも求めてこなかった。
ただ学校ですれ違う度に、(顔は覚えてないと思ったのに、会えばああ、あのコね、とわかった)会釈するし、話しかけられれば話もした。

「入江先輩、星は好きですか?」

そういえば天文部だっけ。

唐突に訊かれ、「あまり興味ないな。星座とかオリオン座くらいしか知らないし」と、正直に答えた。

「でも、弟が最近はまってて、おっきな望遠鏡買ってもらってたよ。ほら、何年か前、金環食があったじゃない? あれから天体に興味持ったみたいで」

その言葉に島田少年の顔がぱあっと輝く。

「え? どんな望遠鏡? 屈折式ですか? 反射式ですか?」

「知らないわよっ」

「弟くんに会ってみたいです」

おい………

とにかく彼は天文マニアらしく、語りだしたら止まらないようだった。
なんでも「 はやぶさ」の帰還に感動して、JAXAに見学に行き、さらには『宇宙兄弟』ですっかり嵌まったらしい。

「夢は、JAXAに入ることなんです」

「 ………E組は厳しいんじゃない?」

「僕、理科しかダメで」

「夢があるなら勉強しよーか」

少なくともE組だと、3年になって足切り通告される可能性もあるんだし。

「 じゃあ先輩、勉強教えて下さい」

ーー何故だか勉強教える羽目になった………。


猛特訓したお陰で彼は一学期末テストで初めて100番以内に入った。
決して馬鹿じゃないようで、頑張れば夢は決して無謀なものではないかもしれない。

時折、テニスの試合も見に来たり、あたしの帰りを待っていたりとかしていた。そんなに頻繁ではなかったし、いつも一緒にいるわけではなかったのに、夏頃にはすっかりあたしたちは付き合っているように思われていた。

でも、やっぱりあたしはただなついて来てる後輩の面倒を見ているだけで、島田少年に恋愛感情は持てない。
何となく誘われる度にそれはその都度はっきり言ってはいるのだけれど。

だいたい、デートらしきお誘いは、
「こと座流星群見ましょう」とか
「ブルームーン見ましょう」とか

夜ばっかじゃない!
健全な中学生は夜出歩かないのだよっ

「ブルームーンって何よ。青い月?」

「7月31日がブルームーンなんです。1ヶ月に2度めの満月をブルームーンって言うんです」

「暦の問題? 青くはないのね」

別にフツーの満月ならわざわざ気張って見なくても。

「 はい………あ、でも、今度、9月にはスーパームーンがあります。スーパームーン、一緒に見ましょう。地球に最も月が近付くんです。大きくて綺麗な満月の筈です」

「9月のいつ?」

「28日です!」

「あ、ダメ。お母さんの誕生日だもん」


その時はあっさり断ったのだけど、何だか世間がやたら中秋の名月とスーパームーンを取り沙汰すものだから、今年のお母さんの誕生パーティーは観月会にしましょう、なんて風流なことをおばあちゃんが言い出した。
そして、天文にはまってるハルもノリノリで賛同し、うちの屋上でパーティーを開くことになりーーまあ、仕方ないから島田少年も招いてあげた。
因みにその前にあたしの誕生日もあって、家族だけで御祝いしてるんだけどね。知ってるアンジーやいっくんからは誕プレ貰ったけど、訊かれてもないのにわざわざ島田少年には教えてない。

そして、何故だかあたしの母親の誕生日にあたしの友人たちが集まる(笑)それもよく考えたらおかしなシチュだよね。
アンジーやその弟たち、(金太郎、金乃丞)
いっくんにみっきいまっきい。妹の美紀(みのり)ちゃん。
お母さんの看護師仲間たち(日勤の人たちだけね)。いつものメンバーが我が家の屋上でバーベキューやりながらお月見してる。

「あーもうショックよねー」

モトちゃんの話題は、さっきから今日突然電撃結婚を発表したイケメン俳優のことばかり。確かにニュースはそのことで持ちきりで、日本って平和ね、と心から思う。
なんでもバースデー婚とかで、相手の女優さんはお母さんと誕生日一緒なんだねぇ、とそっちに驚いたのだけど。

「あたし、真剣に今日早退したかったわ」

「なんか、世間じゃ本当に早退した人いるっていうじゃない」

何だかそーゆーのって、よく分かんないなーあたし。
そこまで誰かに夢中になったりしたことないから。身近な人でも、アイドルでも。そこまでダメージを受けるものなのかしら、好きな人の結婚って。

「あら。でも、一昨年琴子が第三子懐妊を発表した時の方が、物凄い騒動だったじゃない」

「そうそう、ショックを受けたナースや女医や事務職員が軒並み早退したって話よね」

うーん、お父さん、結婚してるのに、何で~~?

「未だにあわよくば、って思ってる女が多いのよねー。結婚20年も過ぎてればそろそろ奥さんに飽きてるでしょ? とか」

「飽きないみたいなのよねーそれが」

残念そうにため息をつく、モトちゃん、真里奈さん。

飽きるわけないじゃない。
娘が呆れるくらい相変わらずのバカップルぶりだわよ。

「ま、琴子が化け物みたいにいつまでも若いのは、未だに入江さんから毎晩目一杯可愛がられているせいよね、きっと」

「馬鹿、子供の前で!」

お気遣いなく、お二人さん。
お母さんが目一杯可愛がられているのは、娘のあたしもよく知ってますから。(それって、どーなのよっ?)


さて。
案の定、島田少年とハルはかなり意気投合してずっと喋ってる。
でも、ハルってかなり飽きっぽいから来年同じ趣味だとは思えないんだけどな。
小さい頃はサッカー少年だったけれど、今はあたしや父さんの影響かテニスに目覚めてるし。

「 あら、彼氏を弟に取られちゃって」

「誰が彼氏よ」

アンジーの揶揄に素っ気なく答える。

「おまえ、本当に付き合ってんのかよ、あいつと」

「いっくん、目が怖いよー」

「な、わけないじゃん。彼氏なんていらないのーあたしにはぴよちゃんがいるもんねー」

一才半の我が家のアイドルぴよちゃんを抱っこしたまま、それでもお肉を焼いたりお皿に取ってあげたり忙しいのだ。

少年に、「ええ? 入江先輩の子供ですかっ?」とか訊かれちゃったわよ。
「んなわけないでしょっ妹だよっ」

「ぴよちゃん、ぴよちゃんってよく話に出てたけど……僕てっきり小鳥でも飼ってるのかと」

「……ことりなのは間違いないけどね」

「……へ?」

「名前が琴梨なの。だからぴよちゃん」

「そーなんですね。でもすごく可愛い。いやーお母さんみたい……いて」

確かにほぼ育児はあたしに任せて状態で、すっかり姉というよりは母の気分だけどさ。
もう、生まれたばかりの時は、お母さんとどっちがお世話するかで取り合いしてたもん。でもって一番美味しいとこお父さんが持ってくの。

「でも、本当にいいお母さんになれそうです。先輩、聖母みたいな顔してる」

もういっぺん叩こうとして、でもかなり誉めてもらった気もして、一応手は引っ込めた。

「中学生に聖母なんて、誉め言葉になってない!」

一言そう告げて。

「でも先輩のお母さん、スッゴク若いですねー。てっきり先輩のお姉さんかと」

「よく言われるよ。まだお姉さんだけマシ。たまに母の方が妹に見られるのよ。あたしの方がお姉さんですかって云われる時、あるもん。ただちょっと背が高いだけじゃん?」

「……僕たちも不釣り合いですかね?」

身長差のことを云ってるのかな。

「立派に、ただの先輩と後輩に見られてるんじゃない?」

「……はあ」

「島田くんってさ、あたしのどこが好きなの?」

初めて核心に迫ることを聞いてみた。
これまで一度もその辺りの話題をしてこなかったのだ。

「えーと、一目惚れしたのは図書室です。先輩、去年図書委員してたでしょ。僕、よく宇宙関係の本を借りに行ってて」

「悪い。まーったく覚えてない」

「………でしょうね」

へこむな、少年!

「それから気になって見ていたら、あ、性格も真っ直ぐでいい人だなーって」

「……そりゃ、どうも」

「今日は招いてもらって嬉しかったです。ただの後輩でも」

「そうそう、2年坊主。こいつと付き合うのは大変だぞ。あの人を越えなきゃならないんだから」

突然会話に割って入ってきたいっくんが、お母さんと二人並んで缶ビール片手に夜空を見上げてるお父さんを指差す。

途端に島田少年はひきつった顔になる。
いやいやそんなに萎縮しないでよ。
あたしは自分の今後にちょっと憂鬱になる。
この少年に限らず、この先男の子を連れて来た日にゃ、きっと紹介する前からビビるんだろうなーー

「今のところ、キミの最大のライバルはぴよちゃんだよねー」

あたしは腕の中の琴梨のぷにぷにしたほっぺにチュッとすると、琴梨はきゃっきゃっはしゃいであたしの髪を引っ張った。
もう達者に歩くくせに、抱っこされるのが大好きなちっちゃな妹。

そして、すっかり小生意気になったけれど意外と頼りになる弟、遥樹ーー。

それにお父さんとお母さんがいて、隣にはおじいちゃんおばあちゃんに叔父さんや従兄弟たちがいてーー

この大きな月に照らされた、その世界があたしの全てだ。

いまのところ、他の人間が入り込む余地はない。
無論、友人たちのいるステージは、家族とは別のところにちゃんとある。
この少年をそこに加えてあげるのは構わないけれど、それ以上の何かになることはあるのかな?


あたしは来年、お母さんがお父さんに恋をした年になるーー。


引き出しの中に仕舞われたお母さんのラブレター。
あたしが初めてもらったラブレターは、どうしようかと悩んだ挙げ句、あたしの引き出しに仕舞われている。

その一文しかない手紙が、とても大切なものになる時があるのかしら?
あたしも、お母さんが恋した瞬間のような、狂おしいときめきを感じる日が来るのかしら?

ふと、両親の姿を探したら、いつの間にか見当たらなくなっていた。さっきまで手すりに凭れて二人仲良くスーパームーンを眺めていたのに。

「あ」

「どうしました? 先輩」

「 なんでもない」

あたしはくるっと踵を返し、「ほら、月を見よう、月を! ハル、望遠鏡見せて」
とわざとらしく皆の視線を月に持っていく。
いやー本当に綺麗だね、スーパームーン!

「ねーね、ママはー?」

「うーん、ママ、トイレかな~~?」

「 先輩、12月にはふたご座流星群が見られるんです! ぜひ一緒に!」

「やだよっ そんな寒い時期に! しかも真夜中なんて!」

「えーっ ! じゃ、じゃあプラネタリウムはどうですか? 世田谷の教育センターのプラネタリウムは世界最高クラスで1億4000万の星が見られる、全天周映像型で………」

「パス! あたしプラネタリウムってすぐ寝ちゃうから!」

と、そんな話をしながらも、あたしは屋上に設えてあるサンルームから皆を離すように手すりに誘導し、冴え冴えと輝くスーパームーンを見上げる。


いつか、誰かと二人っきりでこんな風に月を見たり星を見たりするのかな。
幸せなkissを交わしながらーー。








* * *




「 入江くん……こんなとこで ……みんなに見られちゃうよ」

「今更、だろ?」


屋上にあるガラス張りのサンルームの中には、階下に繋がる階段と、幾つかの熱帯植物とベンチがあるだけだ。

パキラと君子蘭の鉢植えの間の木製ベンチに腰かけて、二人は月の光を背に受けて熱いkissをしていた。

「みーちゃんの恋の話をしてたのに、なんで、突然………」


年頃になった娘がラブレターを貰い、その相手を家に連れてきた。
生まれた時から一緒の幼馴染みの少年も一緒にいて……

なんか、いっくん、島田くんに火花散らしてない?

ねぇねぇ、これってやっぱ三角関係?

いやーん、みーちゃん取り合ってる?

幼馴染みと年下少年~~なんか、少女漫画みたーい

ーーと、ちらちらと娘たちの様子を見ながら一人テンション高くなっていた琴子とうらはらに、直樹の方はどんどん眉間に皺が寄り、しかめっ面になっていった。

何処の世界に娘の男友達を快く迎える父親がいるっていうんだ。

あからさまに不機嫌な直樹に、琴子は「もう、みーちゃんだって15歳よ。来年は結婚出来る年なのよ? もっと娘の成長をひろーい心で見守りましょうよ」とその鼻を摘まむ。

「悪かったな狭量な父親で」

ぎろりと睨まれて、そのまま琴子の手を取って、皆がいる処からそっと離れサンルームに引っ張っていく。

「だいたい今日はおまえの誕生日だろ? 何だか琴美がメインになってる。琴美の誕生日会は先日やったろう」

「あの時は家族でお食事しただけじゃない。あの子ってば自分の誕生日に友達誰も呼ばないんだもん」

「誕生日は家族だけで祝いたいってのが本人の希望だろ」

「だから、逆にあたしの誕生日がいっつも派手になっちゃうのよねー。43にもなっていまさら、なんだけど」

「今年はちょうどスーパームーンに重なったしな」

「本当に綺麗な満月だよね」

「満月は昨日だ。今夜の月は十六夜月。正確には最も地球に月が近付いた今日の午前11時くらいがスーパームーンだったんだが」

「うん、もうー。そんなこと、どーでもいいじゃない。とにかく、綺麗なんだからそれでいいのっ」

膨れっ面の琴子の頬をぎゅっと引っ張って「ああ、確かにその通りだ」 と、笑う。

「……昨日の中秋の名月は曇って見られなかったから……あ……」

話そうとした唇が唐突に塞がれて、優しく肩を抱き寄せられる。
見る見るうちに真っ赤になる琴子。
結婚して22年にもなるのに、相変わらずこの反応。天然記念物ものだな、とほくそ笑む。

しばらくその唇をじっくりと堪能してからようやく離すと、やっと息継ぎの出来た琴子から「入江くん……こんなとこで ……みんなに見られちゃうよ」という冒頭のセリフが出てきた訳である。

「 今更だろ?」

そう、今更なのである。
みんな月を見ている振りをして、しっかり背中で今日の主役の気配を感じ取っている。

でもきっと、誰も何も言うまい。
何といっても、22年、こんな夫婦なのだから。
そして、この先も、恐らくきっとーー。


「誕生日おめでとう、琴子ーー」



ラブレターから始まった二人の物語は、まだまだこれからも続くのであるーー。



たとえ世界中の人々が夜空を見上げていても

ずっと見つめていたいのは十六夜の月光に照らされたキミの笑顔だけーー









※※※※※※※※※※※※


はあ。

やっとお題終了です。
たった4つのお題をクリアするのにどれだけかかったんでしょ(..)

とりあえず琴子ちゃんの誕生日から始まったイタキス期間2015は、スーパームーンの誕生日当日に戻っての帰着です。終われてよかった~~。


ラブレターの行方はイタキス二次界の共通認識で、直樹さんが引き出しに隠し持ってるってことで(笑)

さて、お約束の媚薬えろもまだ書きかけなのです。
ああ、なのに、来週もうクリスマスだよっクリスマスの話も書きたいっ! でもなんか、一話では絶対終わらない気がする~~
………… 『夏休み』の話は、はたして冬休み中に再開できるのでしょうかーー?(^_^;

恋愛音痴の琴美ちゃん。なにげにうちの娘と被ってます。(フクヤマさん結婚の報に「ショックで早退って意味わからんし、真面目に仕事しろっ! 」て怒ってましたよ。「あたしはね、しょーくんには早く結婚してもらいたいのにっ」……だそうな^_^;)

あ、天文少年、島田くんは、いつもコメント下さるm様に捧げます(^-^)勝手に息子さんをイメージしてしまいました。(いえ、チビで地味ではないと思いますが)

ふたご座流星群は見えたのかな~?



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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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