聖夜に奇蹟は舞い降りる。 2





「お父さん、やだ……変なこと云わないで。……冗談にしてもその名前だすのはちょっとキツいよーー」

もう、6年も前のことだけれど。
心の底に澱(おり)のように沈んでいるひとつの名前ーー。
決して忘れることなんてできない。
傷つけてしまった美しいひと。
どうして今更彼女の名前を父の口から聞かされるのだろう?

「 冗談って………琴子……しっかりしてくれよ」

重雄は狼狽えて琴子の肩をがしりと掴む。

「お父さん………?」

「 失礼します。相原さん、如何ですか?」

一人の医師が部屋に入ってきた。
銀髪の温厚そうな医師であった。


「せ、先生。琴子の様子がおかしいんです。なんだか妙なことばかり話して……どっか頭でも打ったんでしょうか?」

重雄は医師に困惑した表情で訴えた。
その尋常ならざる様子に琴子も重雄がからかっているわけではないのだという気配を感じ始めていた。

え? え? え? どーいうこと?

あ、あたし、実はまだ結婚してなかったの?

もしかしてずっと夢を見てた?

いやいや、そんな馬鹿な。
だって夕べのなんやかんや、あんなにリアルにこと細かく、覚えてるのに。
甘い囁きも吐息も、肌を滑る感触もーー
ほら、手首にだって、腕だって、入江くんから付けられた痕が……

琴子は病院で着替えさせられたらしい検査着の腕を捲る。

「えー! ないっ」

思わず大声をあげてしまった。

昨夜直樹に付けられた4つのグラデーションキスマークも、手首の痣も、消えていた。

え? もう消えちゃった?

いやいや今までの経験値からいってこんなすぐに消える筈は………

琴子は首をかしげ、そして、ふと気がついた。

「指輪っ 指輪もない! ねえ、お父さん? あたしの指輪は? 入江くんからもらったサファイアの指輪……」

昨日勤務を終えた後、今日はデートだからだとずっと左手の薬指に着けていた筈なのに。

「琴子、直樹くんからもらったって……一体いつ? いや、いつから、何処で会っていたんだ……? 下関と東京で離れているのに」

「下関? 何?」

父の言ってることがわからない。

「CTでは脳に異常はありませんでした。もう一度詳しく調べてみましょう。事故のショックで一時的に記憶が混乱しているのかもしれません」

「お、おねがいします」

「それでは、相原さん、動けますか?」

「動けるけど……ねぇお父さん、どういうことなの? 下関って」

だんだん不安になる。
父親の話していることが全く意味不明で、理解できない。

「………とにかく、検査が済んだらゆっくり話そう」










幾つか検査を受けた後、琴子は部屋に戻ってきた。
主治医とさらに別の医師と質問をされるままに会話をしたが、彼らは手元の資料を見ながら終始怪訝そうな顔をして、琴子の答えを聞いていた。

部屋に戻った後、主治医が重雄に、とりあえず身体的には何の問題もない、ということで今日にも帰宅できると説明する。

「少し、精神的に不安定なところがあるようですので、退院後に精神科のある病院を受診してください。紹介状を書きますので。斗南大学病院でいいですか?」

「ええーっ」

斗南?

驚く琴子を尻目に重雄はさらに驚くべきことを伝える。

「いえ……自宅は下関の方なんです。東京には用事があって来ていて……すみませんが地元の病院を紹介していただきたいんですが」

「うそっ ……自宅が下関って……なんで? どうして? あたしたちずっと入江くんちに住んでるじゃない! 東京から離れたことなんて、一度も………」

慌てふためく琴子の様子を医師は真剣な眼差しで見つめると、「わかりました。宇部の大学病院でよろしいですか? 」
とカルテに書き込む。

「おねがいします」

「では紹介状の発行に少し時間がかかりますので、あちらで事務手続きを……」

「お父さん! お父さん! 待ってよ。ねぇ…………」



重雄たちが病室から出ていってしまった後、琴子は狐につままれたような気分でぼんやりとベッドに腰かけていた。


もしかしたら、クリスマスのどっきり?
みんなで驚かそうとか?

いや、でも、お父さんがあんなしれっと嘘をつけるはずがない。だいたいサプライズしようとしたってすぐに顔にでちゃうんだから!



状況が全く把握できない。
混乱する頭を抱えて、ベッドから窓の外を窺いみる。
窓の外の風景は、ビルが林立する東京のコンクリート色の街並み。見慣れた景色だった。
寒そうな灰色の空は、季節も決して変わっていないことを知らしめていた。
昨夜泊まった筈のホテルの外壁が向かいの低層ビルの狭間から垣間見えて、そういえば近くに病院があったっけ、と思いだした。
ここは決して知らない場所ではないことに、少しほっとする。

けれどもーー。


あたしがおかしいの?

それともお父さんがおかしいの?

ねえ、何が起こったの?

どうして、入江くんは来てくれないの? 妻の緊急事態なのに………


指輪も失くし、直樹の付けた痕すら消えた身体に、昨夜の出来事に自信がなくなってくる。

……もしかして、本当に夢? あたしの妄想? あんなエロい/////……いや、そんな………

何が何だかわからなくて琴子は所在無けにうろうろする。

ーーああ、そう指輪。
もしかしてコートのポケットとかに入ってないかしら。

琴子はベッドの隣にあった荷物入れの棚を開けた。

……………え?

ハンガーに掛かっていたのは、自分のものではないダッフルコート。

そして畳んで置いてあるのは、オレンジのセーターに、ジーンズに………

ーーあたしの服じゃない!

琴子は茫然とした。
その服を見たのはつい最近……そう、自分にそっくりだったドッペル琴子が身に付けていたものだーー

あたしの服は?

あたしの鞄は?

琴子は狭いロッカーの中を一生懸命探した。
しかし、それ以上のものはない。

置いてあった鞄は、ドッペル琴子が肩から提げていたネイビーブルーのショルダーバッグだった。
琴子が持っていたのは、今年紀子から誕生日に贈られたブランドのミニボストン。分不相応だからと断ったら長く使えるから大事にしてねと押しきられたものだ。その中に財布も、鍵も入っている。入江琴子とかかれた保険証や、病院のIDカード……

何処……? 見つからない。

どうして、あの私のそっくりさんが身に付けていたものがあって、自分のものがないのだろうーー

そして、琴子は瞬間的に、まさか、と思ってロッカーの内側に付いていた鏡を覗いた。

自分と同じ顔。

でもーー

あたしだけど、あたしじゃない!

琴子は僅かな違和感に気が付いて愕然とした。
イヤな汗が背中を伝った。


たとえば前髪の長さ。
クリスマスの前に、少しカットして眉毛の辺りで切り揃えてあった筈なのに、目にかかるくらい長くて。
髪全体の長さも五センチくらい長い気がする。
そして、肌の色つやも随分悪いような。
そんなところに吹き出物なんてなかった筈なのに、治りかけたニキビの痕が額にあった。

どうして?

なんで?

鏡の中の自分の微妙な違いに、なんだか言い知れぬ不安が押し寄せて来た。
心臓がどきどきする。

これはーー誰?


「この世界の琴子さんだよ」

突然後ろから男性の声がして、ビクッとして振り返る。
この部屋には誰も居なかった筈ーー。

なのに、彼はすらりと長い足を組んで、病室の窓に背をもたれさせて琴子を見ていた。

「ノ、ノ、ノ…………ノンちゃん!?」

あまりに意外な人物の登場に思わず目をこする。
確かについ最近までよく会っていた彼だけれども。
そう、彼はつい最近斗南で手術を受け、元気になって退院したばかりのノンちゃんーーノブヒロだった。

「……どうして、こんなところに! 一体いつの間に………」

どんぐり眼をさらに大きく開かせて、琴子は美しく成長した昔馴染みの青年を見つめた。

「この世界じゃ、僕は幽霊みたいなものなんだ。だから部屋の出入りは自由」

すうーっと手を琴子の方に伸ばすと、実体のないホノグラムのように琴子の身体を透過した。

「ひゃああーー!!」

驚いた琴子が数歩後ずさった。

「な、な、何~~~!? 何のマジック?」

「マジックじゃないよ。だから幽霊ーーというか、生き霊ってヤツ? この世界じゃ、直樹さん医者にならなかったし、琴子さんも看護婦になってないから、僕は手術を受けることなくって。でお陰で突然急変して三日前くらいに発作が起きて心停止。辛うじて蘇生されたものの、僕の本体はまだ意識不明で眠ったままなんだ」

「えええ~~っ うそっ なんでっ? って、『この世界』ってどういうこと? 」

何だかよくわからないが、琴子はノブヒロの身体をつんつんと指でつついて、そして確かにすっと通り抜け実体がないことに目を白黒させている。

「琴子さんがいた世界と少し次元のずれた世界。いわゆるパラレルワールドってヤツ? 実をいうとね、この宇宙には無数のパラレルワールドーー多次元宇宙が存在するんだ」

「は……い??」

「人間って、よく選択に迷うじゃん? あの時Aの道を選んでいたら、とかBの道を選んでいたらって。実はその度にもうひとつの道を選んでいた場合の別の世界が生まれるんだ。ひとつの人生で人は何度も迷うだろうし、人間は60億以上いるしで、それはもう無数の平行世界が毎日毎日どんどん生まれてるってわけ」

「……ごめん、云ってる意味がよくわからない……」

「つまり、とある選択の結果、この世界は、琴子さんと直樹さんが結婚してない世界になってしまったんだ。直樹さんは、あの沙穂子さんってお嬢さんと政略結婚してーー」

「えええええっっ~~~~うそっ なんでっ どうして!」

琴子は真っ青になってノブヒロに掴みかかろうとしたが、あっさりとすり抜けて、がくっとなる。

「それって………入江くんが……あたしじゃなくて沙穂子さんを選んだって……そういう選択をした世界ってこと?」

「うーん。一概にはそういえないんだけど。色々な要因が絡み合って、そういう結果になっちゃったというか」

「いやーっ 絶対いやっ そんなの絶対いやっ なんでそんな世界に来ちゃったの? 元に戻して! 早くあたしが元にいた世界に帰してよ」

「ほんとに、なんでってこっちが聞きたいよ。まあたまたま違う次元の二人が同じ場所に存在したことで奇妙な歪みが生じたんだろうね。で、その衝撃で二人の意識だけが入れ替わってしまったみたいだね」

「……意識……だけ?」

「身体はこの世界の琴子さんのものだから」

「ああーー」

だから、自分と違う妙な感覚があったのかーー

「元に戻れるの?」

泣きそうな顔でノブヒロを見つめる琴子。

「もちろん。明日の同じ時間の同じ場所で二人がもう一度すれ違えば元に戻れるハズ」

「よ、よかったぁ……」

実のところ彼が話した全てのことを理解出来た訳ではないが、とにかく元に戻れるならなんでもいいのだ。

「とにかく、戻ってもらわないと困るんだけどね。今、この緊急事態の為に、たまたま僕が琴子さんと顔見知りってだけで臨時の次元パトロールを仰せつかっているんだ。で、もし、今回のことを上手く処理してきちんと二人を元に戻したら、僕もちゃんと生き返らせてもらえるって手筈」

「じゃあ、完全に私たちの利害は一致してるわけね! ノンちゃんも生き返れるのね! よかったあ~~一緒に頑張りましょっ」

ノブヒロの手をがしっと両手で握り締めようとして、空を切り、結局自分で両手を組んでお願いポーズをとる。


「でも、それが案外難しいかも」

「え?」

「まず、向こうの琴子がこっちに戻りたいと思うかどうか………」

「え…………」

「だって、あっちにしてみれば、大好きな直樹さんと結婚出来てる世界に行っちゃった訳で、あまりな違いに愕然としてるだろうし」

「あ、あたしだって愕然としてるわよっ」

「うん、でも間違いなく向こうの世界の琴子さんの方が幸せじゃん?」

「それは………」

琴子はひどく寂しそうで儚げな表情をしていたもう一人の琴子を思い出す。

「それに、こっちの琴子さんは、今東京に住んでないから。あのお父さんの様子だとすぐにでも東京離れそう」

「そういえば……下関って。ねぇ、下関ってどーゆーこと?」

「うーん、ちょっと待ってね。とにかく、こっちの琴子さんはかなりそっちの琴子さんと違う人生送ってるからなー。何処から説明すればいいんだろ?」

ノブヒロはノートのようなものを取りだすと、パラパラとページを繰る。

「一応、ある程度自分の人生わかってないと1日過ごせないよね? じゃあ、ざくっと説明するよ。えーとねぇ…………」



とりあえず、大きな違いは、直樹さんがあなたをあの雨の日に迎えに行かなかった、ってことだけど。

ただ、こっちの琴子さんは金之助って人とデートしたり結婚を考えたりしてなかったからなー。そこからして違ったために、直樹さんが焦らなかった、ってのが大きいかな。

まあそもそも琴子さんのお母さんが、意外と察しが早くて、直樹さんの身代わりみたいに金之助さんと付き合うの反対したし、琴子さんが苦しまないようすぐに東京を離れる決断をしたしーー

「ちょ、ちょっと待って……! お母さんって」

ノブヒロの言葉に引っかかりを感じたところに、がちゃりと扉が開いた。

「琴子。もう帰っていいと言われたから、帰るぞ」

重雄が少し怒ったような顔つきで素っ気なく言った。

「……たく。理美ちゃんやじんこちゃんに会う約束をしたからと、東京で降りて別行動にしたのに。まさか直樹くんに会いに行ってたとは……」

「え? そうなの? あたし」

「とにかく予定通り秋田に行くぞ。悦子も待ってるし。どうにもおばあちゃんは年を越すのが難しそうだしな。おまえもきちんと顔を見せに行かないとな」

「……お母さんが……待ってる?」

ぽかん、と口を開けて、琴子は父の語る信じられない言葉を聞いていた。

「………お父さん……お母さん、生きてるの?」








※※※※※※※※※※※※



つまり、そーゆー『奇蹟』なんですがf(^^; 大丈夫ですか? こんな話。


そして、こんなところで年越しです(^_^;
案の定、旅先ではさくさく進められませんでした~~ごめんなさーいm(._.)m

では、皆さまよいお年をお迎え下さいませ♪






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メリークリスマス♪



せっかくのクリスマス、爆弾投下な話を始めちゃってごめんなさーい(^_^;)

そして、年内に終わらない……多分。おそらく。きっと……間違いなく(._.)

明日25日で仕事納めですが……明後日から恒例の南へ車で大移動の旅に出ますので(^_^;

でも、ちまちま旅先で書くつもりではいるのですよ(*^^*)更新できるかはなんとも云えないのですが(^_^;

お詫びに(?)イリコトイラストを(*^^*)








なんだか今年はとっても暖かなクリスマス(大丈夫か?地球)……気分だけでもホワイトクリスマスで(^-^)v




それではよいクリスマスを♪♪




聖夜に奇蹟は舞い降りる。 1




クリスマスの話です。
クリスマスの話ですが、変な話です(^_^;
西暦シリーズと繋がっているようで実はパラレル。というか、不可思議系ファンタジー。
そんな非現実的な話でもいいよ、という方のみ続きからどうぞ。







※※※※※※※※※※※※※※







「やっばー! 寝過ごしちゃった~~」

琴子は枕元のデジタル時計の数字を、寝ぼけ眼でぼんやりと見つめ、その瞬間慌てて居心地のいいベッドからガバッと飛び起きた。
ぎしっと軋むスプリングはいつもの二人のベッドとは違う感触。

えーと、ここ何処だっけ?

見慣れぬ部屋に、数秒の困惑。
布団の中の自分の身体がすっぽんぽんのマッパなのは、朝起きた時、決して珍しくはない事態ではあるのだけれど。

「ああ………そうだ」

左腕に等間隔に付けられた4つのキスマークを見て、琴子はぽんっと昨夜の光景が頭に浮かんで真っ赤になる。

なんで、なんで、そんな話になったんだっけ、クリスマスイヴの夜に!

たしか……そうそう。今年流行った監察医のドラマの話を始めたら、入江くんの知り合いの法医学教室の助手の人の話になって、そして死斑の浮かび方の話になり、そこからキスマークの鬱血具合の話になり、どれだけ吸ったらどれくらいの色のキスマークができるのかという変な実験が始まり………

そして、二の腕から等間隔に濃い紫から薄い桜色までの4つの痕が刻み付けられたんだっけ。

でもって、この手首の痕は………

琴子はさらに色々思い出してしまって顔がかぁーって熱くなる。

ちょっとだんだん変なテンションになってネクタイで縛られて……
うん、あたしが最初にクリスマスプレゼントのネクタイを裸の入江くんに締めちゃったのがいけなかったのよね……


むろん、腕のキスマークや手首の緊縛痕だけじゃなく、布団の中を覗いて自分の身体をチェックすると、もう縦横無尽、そこかしこに痕は残されていた。

昨夜の痴態が鮮やかに甦り、ふぎゃーっと首を振ってその情景を掻き消した。



そうーー昨日はクリスマスイヴで……あたし、入江くんと二人でこのホテルに泊まったんだった。


ここは都内某所の超高級ホテル、『東京ロイヤルホテル』だ。
普通ならこんなクリスマスイヴの日などに予約が取れる筈もないのだが、そこは天下のパンダイ社長夫人の力技である。


ここは3ヶ月ほど前、琴子の誕生日に初めて二人だけで過ごしたホテルだった。
初めて二人きりで祝うバースディ。
なのに、たどり着くのにもトラブルの連続。ディナーも全てキャンセルとなったわけだが、直樹から初めて優しい愛の言葉と形のあるバースディプレゼントをもらい、甘く極上の時を過ごせて幸せな一夜であったのだ。

だから別に結婚記念日やクリスマスに、あの甘い夜をもう一度ーーなんて贅沢なことは微塵も考えていなかった。

考えていなかったが、事の顛末をこっそり見届けていた紀子はそうではなかった。

あんなに張り切って出掛けたのに、ナースの使命を全うし、ドレスを台無しにしてディナーもキャンセルになって……琴子ちゃん、かわいそう……!

まあ、彼女も直樹同様なかなか現れない琴子にはらはら気をもんでまんじりとしない時間を過ごしていたのだ(怪しい外人のままで……)


そしてぜひバースディのリベンジにと、こっそり手配しておいたクリスマスディナーの予約とホテルの宿泊券を二人の結婚記念日のお祝いにプレゼントしたのである。


せっかくいただいたのだから使いましょうよ! イヴよ、イヴ!

琴子は当然喜んだが、無論直樹は軽く眉を潜めただけで

「クリスマスイヴなんかみんな休み争奪戦だろ?」

と、そっけない。


イヴ(←そこが重要)に再び入江くんとホテルデートが出来るなんて夢のようじゃないのぉー!!!
ーーと、バースディ同様、事前のシフト調整と根回しに余念がなかった。
勤務年数の浅い二人が共にイヴに当直や夜勤から外れるとは、一体どんな裏工作を使ったのやら。
こういうことに対する琴子の執念は半端ないのである。
意外とクリスマスに予定のない虚しい人々が多かったのが功を奏した、というのもあった。
外科病棟のナースたちはどうにも直樹を見馴れているせいか、なかなかその辺の十人並の男では手を打てないようなのである。


「………とにかく当日どうなるか責任持てねーぞ」

琴子の変わらぬ執念に諦めたのか、直樹はあっさりと了承した。
いや、彼自身も血まみれ琴子の記憶を上書きしたかったのかもしれない。

前回で懲りたのか現地集合は止めて、とにかくどちらかの仕事が終了するまで病院で待つ、ということにした二人である。
琴子が先に着いても、一人でバーでナンパされ変なクスリ飲まさせたり、あるいは直樹が先に着いても、散々待たされた挙げ句血まみれの妻を出迎えたりーーなどという事態は出来る限り御免被りたいのだ。
なにしろホテルで待ち合わせてろくなことはない。

そして琴子の執念が実ったのか、恐ろしいくらいに何事もなく、お互い定時で終了。
イルミネーションに彩られた街を二人でデート気分で散策し、ディナーの予約時間の15分前にはホテルに着いた。

「こんなことならやっぱりちゃんとしたドレスを着てくればよかった~~」
と琴子は前回はそのテーブルに着くこともなかったお洒落なレストランの席でため息をついた。
ドレスコードに抵触しているわけではないが、周りのカップルの華やかな衣装を見て、仕事帰りで直接行けるよう、ワインカラーの地味なジャケットにくすんだピンクのプリーツスカートを身につけているだけの琴子は、ひどく冴えない女に見られないかと気が気ではなかった。
直樹だって普段と変わらぬスーツなのに、まるで高級スーツのモデルのように燦然と輝いて、周囲の視線を集めていた。

「きっと美容院に行ったり洒落た服に着替えたりしなかったから無事にここまで来れたんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど」

「別に格好なんてどうでもいいだろ? メシさえうまけりゃ」

「うん。入江くんの牛ヒレステーキ美味しそう。ちょっとちょうだい」

「じゃあおまえのアクアパッツァ、寄越せよ」

「はい、あーん」

…………とにかく、このカップルが注目を集めていたのは間違いないのだ。



何事もなくフルコースの食事を終え、何事もなく部屋まで案内された。

病院から呼び出しが来るのではとずっとどきどきしていたけれど、何事もなくイヴの夜は更けていく。

ーーこんなに何もないなんて……後でとんでもないしっぺ返しが来たりして……


直樹の腕の中で甘美な時間を過ごしながら、琴子はそれでも不安そうに時折時計を見つめていた。

そして、ある意味琴子の予感は的中した。
妙なテンションから何度も狂おしく抱き合って、漸く眠りについた真夜中2時過ぎた頃ーー病院からのオンコールに叩き起こされたのだ。

「……… 絶対西垣先生の嫌がらせだわ」

琴子の予想はある意味正解かもしれないが、病院から呼び出されて行かないわけにはいかない。

「ちゃんと時間までには起きろよ。おまえも日勤だろ? 寝坊すんなよ」

直樹はそう言って琴子にキスをひとつに落とすと、部屋を後にしたのだった。

直樹にしてみればクリスマスのプレゼントはきっちり貰えた後だったので(形のあるものーー今年はネクタイーーしかも違う用途で活用ーーもだが、どちらかといえば形のない方がかなり重要)、眠りは妨げられたもののかなりご満悦である。
ただ琴子にしてみれば、ろくに眠っていない直樹を送り出すのも心配だし、せっかくのクリスマスの朝に一人でホテルを出なくてはならないのかという寂しさを感じていた。

でも、入江くんを必要とする患者さんがいるんだもんね。

それにいっぱい愛してくれたし。
(えっちなこともされたけど~~/////)
出勤すれば病院で会えるし。
うん、だからちょっと寂しいのくらい我慢しよう。


そんなことを考えながら再び眠りについたのだった。





ーーーそうだ……入江くん、病院戻っちゃったんだ……

一人昨夜の回想を終えると、気だるい身体を鞭打って、のっそり起き出しシャワーを浴びる。
身体中の赤い花びらを鏡の前でチェックし、ナース服からはみ出て見えてしまうものはないか検分する。

ーーうーん、ここはモトちゃんにコンシーラー塗って貰わないと……

とにかく、時間がない。
バタバタと着替え、化粧をする暇さえない。
もう、午前7時半過ぎ。


ま、いっか。化粧はロッカールームで。
わー早くしないと遅刻しちゃう!


ホテルからだと、病院までいつもより時間がかかる。
あれこれ無体な体位を強いられた割りには、意外にちゃんと歩けそうでほっとする。

……入江くんはまだ病院にいるよね…… もう患者さんが落ち着いて少しでも仮眠をとれていればいいのだけれど。

直樹も日勤だから眠ったとしても2、3時間くらいだろう。

朝食を摂る時間はなさそうだけれど、コンビニでおにぎりくらい買えるかな。
直樹の好きな鮭も買っておこう。時間があったら食べれるかも。

そんなことを考えながら荷物をまとめ、慌ただしく部屋を出た。

フロントでチェックアウトをしてから1階玄関へ向かうためのエスカレーターに一歩を踏み出した。

ーーあれ?

エスカレーター、というものが琴子は少し苦手だった。足を動く踏み板に乗せるタイミングがなかなか掴めない気がするのである。流石に今はもたつくことはないが、子供の頃は一歩が中々踏み出せなくて、後ろから来る人に叱られた記憶がある。
そのせいか、普段ならエスカレーターより階段を選ぶのだが、流石に今朝は夜のちょっとした運動(←?)のもたらした若干の筋肉痛のせいで、階段を歩く気にはならなかった。

そして、今、足を乗せた瞬間、くらりと周囲の空気が歪むような妙な違和感を感じたーー

やだ……やっぱり入江くんのせいだわー、あんなに頑張っちゃうから……

特に気にすることもなく、しっかりと手すりを掴み直した。

このホテルはフロントは2階で、吹き抜けの1階にはカフェラウンジがある。アフタヌーンティが有名で、今度はここでゆっくりお茶したいなーなどとぼんやり思いながら、ゆっくりと降りていく景色を眺める。

1階から2階までの高さのある大きなクリスマスツリーがエスカレーターの真横にあって、真っ赤な林檎のオーナメントがすぐでも手に届きそうだった。

病院にもこれほどではないが、玄関にツリーが飾られている。
スタッフたちと飾り付けた時、長期入院の子供たちがそれは嬉しそうにツリーを見上げていた様子を思い出す。
昨夜はサンタに扮した船津が文房具などのプレゼントを配っている筈だ。
直樹と一緒のクリスマスも素敵だけど、来年は病院で子供たちと過ごすのも悪くないかもしれないーーそんなことを思いながら、ふと顔をあげるとーー。


え………?

あたしーー!?


琴子は目を疑った。

隣の上りのエスカレーターに乗って、ゆっくりと上がってくる女性ーーその容姿は琴子そっくりでーーいや、琴子そのものだった。

ーーウソ……!?

こんなに自分に似た人間がいるものだろうか?

この世には自分にそっくりなものが3人いるという。
だがゆっくりと自分に近づいてくる彼女は、そっくりというよりは、恐ろしいほど自分そのものだった。

ーーこ、これがウワサのドッペルマン?

ちなみにドッペルゲンガーのことである。(ドーベルマンと融合されたと思われる)

ーーた、確か、ドッペルくんに出会うと死ぬって……

妙に都市伝説に詳しい琴子である。
意外と裕樹がその手の話が好きなのだ。琴子を怖がらせる為に、いろんな不思議ネタを披露してくれる。

そのドッペルくんならぬ、ドッペル琴子と、もうすぐすれ違うというその瞬間、ふっと向こうが視線をこちらに向けた。

自分と同じ顔が、驚きの表情に変わった。
顔や背丈は全く同じだが、着ているものは違っていた。
タートルネックのオレンジのセーターにジーンズ、ダッフルコートというカジュアルなコーデだった。

…… あ、あたしの好きなオレンジ色……

ぼんやりと相手のセーターの色を見た瞬間、そんな想いがふっと脳裏に過る。

近づいてくる自分。
まじまじと互いの顔を見つめあう。

ーー寂しそう?

同じ顔をしているが、向こうの琴子は何だか妙に寂しげで儚げだった。
けれど、どう見ても他人の空似などというレベルのものではない。

思わず手を伸ばす。

そして、同じようにドッペル琴子も手を伸ばしてきた。

エスカレーターがすれ違う、まさにその瞬間に、二人の手が触れあった。


ーーー!!!


スパークする。

何か弾け飛ぶような感覚。

足元が崩れ落ちる。

堕ちてーー堕ちていく。

真っ白い光の海に旋回しながら転落するーー


そして、闇。















「……琴子! 琴子!」

不安そうに呼び掛ける声か、遠く彼方から聴こえていたのが、だんだん耳元に近づいてきた。

琴子はぼんやりとその声のする方を見た。

「……おとーさん……?」

目の前には、父、重雄の不安そうな顔。

霧がかかったように霞んでいた顔が、段々はっきりと見えてきた時、漸く琴子はここが病院のベッドの上で、腕に点滴が繋がれていることに気がついた。

「………あたし、なんで……」

身体を起き上がらせようとして、微かな痛みが左側の肩にずきっと走る。身体のあちこちが軋んでいるようだった。

「おまえ、覚えてないのか? ホテルのエスカレーターで転落したんだ」

「ええっ? あーーっ!」

そういえば、と漸く思い出す。

「落ちたの? あたし………」

そう、エスカレーターに乗っていた。
確かに。
でも、なんで落ちたのだろう………?

「ああっ お父さん! 今、何時?」

「昼の12時過ぎだが……」

「今日、クリスマスだよね? 25日よね? 丸1日以上寝てた訳じゃないよね?」

「ああ。25日だが………」

「そっか、ああ、でも半日は寝ちゃってたんだー。ね、お父さん、病院には連絡してくれたのかな? 今日、あたし日勤だったのよ」

少し焦ったようにキョロキョロと周りを見回す。
そして、点滴の輸液のラベルを見た。
ただの生理食塩水である。
けれど、ふと奇妙な違和感を感じた。

「……ここは斗南じゃないよね? こんな病室、見覚えないし」

「琴子……?」

「ねえ、お父さん、入江くんは? 入江くんには連絡いってるのかな? ……やだ、心配してるかなーー」

わーそれとも呆れてるかも。また、何、ドジ踏んでるんだと。

ああ、やっぱり順風満帆に事が終わるなんて有り得ないのね………

琴子は一人でぶつぶつと自分の頬を押さえて呟いている。

「琴子……何を言ってるんだ……?」

重雄が目を見開いて、琴子を凝視していた。
困惑と、驚愕に満ちた顔。

「お父さん?」

その時、ノックの音と共に、扉が開かれた。

「相原さんーー点滴……あ、琴子さん目が覚められたのですね。大丈夫ですか?」

一人のナースが回診台を押して部屋に入ってきた。

「すぐに、先生呼んできますね。えーと、どこか痛いとことかありますか?」

「少し肩が……でも、大丈夫です」

「お熱と血圧図りますね。お名前と生年月日を仰って下さい」

血圧計をてきぱきと腕に装着しながら、ナースが訊ねた。

「……入江琴子。昭和47年9月28日生まれです」

「え?」

ナースの手が止まる。

「琴子! おまえ、何を……」

ナースの視線が点滴に向かう。

ああ、そう、さっき感じた違和感の正体。
点滴につけられた名前が『相原琴子』になっていたからだ。

「やだ、間違ってるよ、お父さん。すみません、相原は旧姓なんです。今は入江琴子で。お父さんってば、結婚して6年も経ってるのに今さら間違えないでよ!」

ばん、と父の背中を叩いて「いやーねぇ、もう!」と笑う。

「琴子……何を言ってるんだ? やっぱり頭を打ったのか?」

何とも言えぬ表情だった。困惑とも哀れみともつかぬような。父のその表情に、琴子は「え?」と重雄をまじまじと見つめる。

「お父さんこそ……あたし、入江琴子だってば。入江くんと結婚して……昨日は一緒にホテルで……」

「琴子! 直樹くんと……直樹くんとホテルで過ごしたっていうのか? おかしいと思ったんだ。ホテルのエスカレーターで転落なんて……ああ、なんということを! なんてことを……」

父は険しい顔を見せたと思ったら、崩れ落ちそうな泣きそうな表情になり、今度は頭を抱えて嘆き出した。

「お父さん……?」

「おまえが……不倫をするなんて……」

「不倫~~~!? やだっお父さんっ人聞きの悪いっ もう、何いってるのよー! あたしは入江くんの奥さんだよ? 夫婦でホテル行って、なんで不倫になるのよー」

隣のナースに言い訳にするように「不倫じゃないですからっ」と連呼する。

「……琴子……」

重雄は困り果てたような瞳で琴子の目をしっかりと見つめる。

「なんで突然そんなことを言いだすんだ………直樹くんは……あのひとと結婚しただろう? 5年前に……あの大泉さんとかいうお嬢さんと……」

「へ?………………………」

琴子はーー父が紡いでいる言葉の意味が、全く理解出来なくて、間の抜けた声を発して、フリーズしてしまう。




直樹くんは結婚しただろう?
大泉沙穂子さんとーーー











※※※※※※※※※※※※※




毎年クリスマスシーズンになると琴子を奇妙な世界に突き落としている気がします……(^_^;)どSでゴメンよ、琴子ちゃん。


年内にどれだけ続きを更新できるかわかりませんが(週末からまた旦那の実家方面に出掛けるので)なるべく皆様の気を揉ませないよう頑張ります(^w^)





こっそりとアップしました(^_^;



何をって?

えーと、媚薬えろ、です(笑)

なんかねーとってもえろくなったんですよ。
いや、えろ過ぎて、これうちの簡単な鍵で公開しちゃっていいものかと悩みまして。(←だったら書くなって感じですねー^_^;)

最初は手を挙げてくれた人だけに話をメールで送ろうかとか、裏部屋作ろうかとも考えたのですが(これだけのために……?)……むじかく様にもこれを送りつけて相談したりして。

結局、期間限定で公開しようかと。

というわけで、公開しました(^_^;)
何処に?
えーと、日付を過去の日にちで設定しましたので、過去記事の何処かに潜んでおります。順番としてまあ順当な場所なので、多分分かりやすいかと。
18歳以上で読んでも大丈夫、という方は探してみてください。

期間は今年いっぱいということで。年明けたら下げます。
えろにコメントしづらいだろうと、コメントクローズにしてあります。どうしても一言ありましたら拍手コメでお願いします。(リコメはしないと思いますので、ご容赦願います)
いや、たくさん声があったら期間延長もありかもですが、多分ないでしょう(^_^;

手を挙げて下さった方に感謝を込めて……エロいですが、どうぞご堪能くださいませ(^_^;)



ののの



12/22 追記

拍手コメントくださったK様へ
誕生日やクリスマスなど随分前まで遡っていただいてスミマセン。そんな昔ではないのです。割と最近です。……媚薬えろが何のお話の番外なのか辿っていただければよろしいかと。探せますように(^_^)

1/1 追記

こっそり下げました(笑)
いつか裏でも作る機会がありましたら、(……あるのか?)その時にでも(^_^)

ラブレターから始まるkiss


イタズラなkiss期間2015




「入江先輩!」

それは3年生に進級してまもない4月のある日のことだった。

登校してきたばかりの学校の玄関先で、唐突に呼び止められ、振り返るとそこには真っ赤な顔をした男の子が、あたしの目の前に一通の手紙を差し出したのだ。

「へ?」

あたしは間の抜けた声をついつい出してしまった。

一瞬、きょとんとしてその手紙と男の子を交互交互に見つめる。
知らないコーー一年坊主?
………なんか、小学生にも見えそうな背丈なんだけど。あ、でも新入生にしては制服がピッカピカじゃないかも。でも、かなり目線が下。いや、あたし中三にして身長165近くあるけどさ。


これってーーもしかしてラブレターって奴?

うわーラブレターって漫画やドラマでしかみたことないわー。
だって、今やLINEで告白、LINEでサヨナラの時代だよ?
アンジーなんて、一ヶ月付き合った高校生から、連絡ないと思ったらLINEで突然別れを告げられたらしくて、かなり憤ってたわ。

「2年E組、島田奏太です。これ、読んでください!」

げっ、E組だってーー!

琴美ってば、何ちびっこにつかまってんのーー

いつの間にか周囲に集まっていたギャラリーたちからくすくすっと笑い声が漏れた。

E組は偏差値順のクラス編成の最下位層。少子化のお陰で、去年から一クラス減って、かつてのF組が受けていたお馬鹿レッテルは、今はE組のものだ。

あたしはE組だからって馬鹿にする気は全然ないけどーーなんといっても、うちのお母さん、高校3年間F組だった人だし。そして、お母さんの友達のF組仲間の理美おばちゃんもじんこおばちゃんもみんないい人だし。

にしても、こんな目立つとこでそんなもん渡してきて、ほんと馬鹿だわっこいつーーと思ってしまったことは否めない。

でも、ここで「いらない」ーーなんていおうものならーーお父さんと同じだよね。
ええ、ええ、その件に関してはお母さんからそれはもう何度も聞いてますから!
そして、お母さんと一緒に「えーパパ、なんで受け取らなかったのー? ひどーい! 」なんて、云ってた記憶はしっかり心に残ってるものだから。

つい。

「読むだけだよ。返事は期待しないで」

あたしは一つため息をついてその真っ白いシンプルな封筒を受け取ってしまった。

「あ、あ、ありがとうございます! 」

その島田ってコは真っ赤な顔を満面の笑みに変えて、バタバタと走り去っていった。



そして次の瞬間から、あたしが1コ下の後輩から告白された話は、あっという間に学校中を駆け巡っていたのだーー。




親友アンジーの情報では、その島田奏太という少年は、身長148センチのクラス1のチビで、天文部の次期部長だそうだ。(2年生部員が1人しかいないから)
何しろ地味で目立たなく、印象があまり残らないタイプらしい。情報通のアンジーもこれ以上の詳細は分からないくらい、これといった特徴のない子。

その日1日、みんなから「琴美、2年生からラブレターもらったんだって~?」とからかわれた。

ラブレター。
ラブレターねぇ。

実はトイレでこっそり読んだ。
一応生まれて初めて貰ったラブレターじゃない?
どんなこと書いてあるのかな?って。


そしたらね。

たった一行だけだった。

「入江琴美さま。あなたが好きです」

ーーおい。
そんなの、言葉で云えよ。

思わず手紙に向かって突っ込んでしまった。

普通、まず自己紹介とか。
あと、いつどこで何故にあたしのこと好きになったのかとか。
手紙というアイテムを選択した以上、そういうことを書き連ねるもんじゃないのかい?

「意味不明やけど、インパクト大やね。で、どないすん?」

アンジーに訊かれた。

「どないすんもなにも。読むだけ、としか伝えてないもん。向こうも好きって言いたかっただけみたいだし。思いが伝わって満足なんじゃないの?」

付き合いたいとか、彼女になって下さいとか、何かを求められた訳じゃない。

そーゆー気持ちよくわかんないけど。
だって、あたし、まだ誰も好きになったこと、ないから。

「琴美。おまえ、ラブレター貰ったって?」

今度は昼休みに、隣のB組から幼馴染みの花村一斗がやってきた。
因みに、あたしはなんとか3年間A組を維持してる。
お父さんみたいに天才じゃないから程々に努力しての、A組キープだけれど。

「いっくんも聞いたの? ほんと、学校中に知れ渡ってるわね、きっと」

ため息をついてるあたしに、微妙に不機嫌ないっくん。
彼は、お母さん同士がマタニティの頃からの付き合いで、共に悪阻で入院し、さらには出産も1日違いで、新生児室ではお隣同士。幼稚園も小学校も一緒。そんな腐れ縁が中三の今まで続いている。

「なんて返事するんだよ?」

何怒ってんの?
つっかかる言い方にあたしもちょっといらっとする。

「しないよ。何も」

「だって、そいつおまえのこと好きな訳なんだろう?」

「そうみたいね」

少なくともそれしか手紙の中には書かれてないのだから。

「物好きだな……」

「うるさいよ」


あたしといっくんのやり取りをアンジーが肩を震わせて聞いている。

「心中穏やかやないクセに。 花村、もちっと素直にならんとアカンよ」

「何がだよ」

ほら、始まった。アンジーはあたしといっくんをやたらくっつけたがるけど、あたしたち、そんなんじゃないのに。
付き合い長すぎて、今さらそんな風に思えない。

「顔は結構可愛かったやろ。将来イケメンになりそうやし。身長なんて一年であっちゅう間に伸びるさかい」

アンジーの言葉に「え? イケメン? そうだっけ?」とあたしが反応する。実は顔を全然覚えてないことに気がついた。
背の小さいことと、やけに顔が真っ赤だってこと。

「ま。2年坊主なんて相手にしないか」

「うーん、2年とか3年とかじゃなくてね。好き、って言われても、だからどうなの?って感じで」

「琴美は、『恋』ってどんなもんか分かってぇへん、恋愛感情未発達のお子ちゃまやもん」

「うるさーい」

「でも、きっといっぺん誰ぞに惚れたら、母親譲りで、しーつこく思い続けてど根性で追いかけるやろ」

「それはどうかなーー」

お父さんはお母さんに出会うまで誰も好きになったことなかったらしいし、情緒欠落度合いは半端ない人だったらしいから。(おばあちゃん情報)そのお父さんの血も半分入ってるわけで。

とにかく、今のあたしには、恋ってよくわかんない。
お母さんみたいにずっと一途にお父さんだけ思い続けることも。
お父さんみたいに、結婚22年たっても未だにお母さんだけしか見えてなくて、溺愛していることも。
そんな風にお互いを思い続ける両親って素敵だなーっとは思うけど。(まあ未だに娘の前でイチャイチャするのは勘弁)

「 でも、ある意味強者やね、島田奏太。今まで誰も琴美にアプローチかけて来ぃへんかったんは、みんな琴美のパパが誰かよう知っとるし、琴美と付き合うにはパパ以上の男じゃなきゃダメや、ってみんな思うとるもんな」

思うとるっていうより、外野が勝手に思い込んでるんじゃない? と思うのだけど。
だって、お父さん以上の男ーーなんて云ってたら、あたし、多分一生誰とも付き合えない気がするわ。

あたしはお父さんのいいとこも悪いとこも全部知ってるから。
お母さんみたいに、長所短所ひっくるめて丸ごと好きになれないと、お父さんみたいなタイプは絶対しんどいと思うのよねー。












「みーちゃん、みーちゃん、今日、ラブレター貰ったんだって?」

きゃーなんということでしょう!

家に帰った途端、お母さんが満面の笑みで出迎えてくれた。4月から育休が明けて看護師に復帰したのだけれど、そういえば今日はお休みって云ってたっけ。

………ってか、なんでもうここまで情報が回ってるのーーっ

アンジーからクリスへ行ったのか。
いや、初等部にも噂が回ってハルの口から聞いたのかーー

「好美ちゃんから聞いたの」

みっきいまっきいかーー!!

従兄弟の瑞樹と将樹は一卵性双生児。二人とも初等部6年生だから、きっと兄弟が中等部にいる友達から聴いたんだろう。まあ、同じ敷地内に住んでるから情報はあっという間に伝わるわね。
みっきいまっきいは、昔あたしたちが住んでいたおばあちゃんちで暮らしていて、あたしたちは同じ敷地に別棟を建てて住んでいるの。
無論しょっちゅう行き来している。
はあ。つまりはおばあちゃんにもバレてるよね。

「あ、さっきおばあちゃんからお赤飯が届いて」

やっぱり………

「今日はお祝いよ! みーちゃんが初めてラブレター貰った記念日」

「やめてよー! たかだかラブレターくらいで! それにお父さんに言わないでよー、絶対機嫌が悪くなるから」

だいたい初等部の頃からうちに男の子が遊びに来ると眉間に皺が寄るんだから。

「それもそうねー」

じゃあ、このお赤飯なんて云おう?……ぶつぶついいながらお母さん、一人で悩んでるよー。
もう、好きにして。

「で、どうするの? みーちゃん。付き合うの? 」

あれこれ訊きたそうなお母さんに、「付き合うわけないでしょ? 何にもそのコのこと知らないのに!」とだけ答えて部屋に戻ろうと階段に向かう。
こういうデリケートな問題はそっとしておいて欲しいけど、そうもいかないだろうな、この人の性格上。

「でも、みーちゃんが、ちゃんと受け取ってあげてよかった」

階段を上りかけたあたしにお母さんが嬉しそうに言った。

「……だって、受け取っても貰えないのって、悲しいんでしょ?」

「そうよ。返事はともかく、相手の気持ちを知ってあげるのは大事よ」

お母さんのレクチャーは染み付いてましたわよ。
お陰で『いらない』なんて、言えなかったもの。

でも、受けとるのって色々面倒かも………




部屋に戻って、再び何の情報も入ってないシンプルな手紙を一瞥する。
読むって程じゃない。一瞬で全文目に入ってしまう。

あなたが好きです。

ーー何を想って書いたのかな?

もしかして、ほんとはもっと、たくさん色んなこと書いたのに、何度も消したり書いたりして、結局あの一行になったのかもしれない。
ふと、何度も何度も書き直したというお母さんの手紙を思い出していた。


入江くんーーあなたが好きです。



実をいうと、あたしはお母さんが昔お父さんに書いたというラブレターを読んだことがある。

あれは震災のあった年だから、4年前だ。

あの日以降、何回も東北の方に赴いて留守がちだったお父さん。
お父さんがいない時は昔からよくお父さんの匂いに包まれてるみたいで、書斎で勉強をするのが好きだった。沢山の本に囲まれて、ちょっと賢くなれる気がしたし。
そして、その日も書斎で宿題をしていてーー調べものをするのに本棚を漁っていてふと見つけてしまったのだ。
分厚い広辞苑の箱の内側に、小さな鍵がテープで止められているのを。
あたしは一瞬で、それが書斎の机の一番上の引き出しの鍵だと直感した。

ずっと気になっていた。
その引き出しの中に何が入っているのかーー

あたしはドキドキしながらその鍵を開けてみる。
こっそり覗き見する罪悪感なんてなかった。好奇心の方が強かった。

中にはーー
謎の機械に、不細工なお守りらしきものにフェルトの人形。そして、一通の手紙。

これはお母さんがお父さんに当てた手紙だ、というのはすぐにわかった。

あの手紙、なくなっちゃったのよね。

お母さんがそう言ってたのを思い出す。
やだ、お父さんが持ってたんだー。
うわー。

そして、ついつい読んでしまった。
高校生の頃のお母さんの純真な思い。
好きだと伝えるだけで、何も求めていない、ただ自分の存在を知って欲しい、というだけのささやかな願いーー。
まだ当時小学生ながら、お母さん、可愛い、とか思ってしまった。(とはいえ、これは何も発展性がない、ただのアピール文だよな、とも今なら思うのだけど)

でも、読んでから唐突に、人のものを盗み見てしまったということに気がついて、罪悪感に捕らわれ始め、即効元の場所に戻し、鍵も同じように戻しておいた。

読んだ時はお母さんに教えてあげようと思ったのだけれど、どうしてなくしたと思ってたものをお父さんがこっそり隠し持っていたのかと考え始めたら、お母さんには教えてはいけないような気がしてきた。

いらない、と、受け取らなかった手紙を実はずっと大事に持ってたお父さん。
そして、それを勝手に見てしまったあたし。


あたしは見てはいけないものを見てしまったような思いにかられ、お父さんが家に戻ってからもしばらく態度がおかしかったかもしれない。
だから、お父さんにもすぐにばれた。

「琴美、ちょっと書斎においで」

お父さんに呼ばれた時、あたしは覚悟して部屋に入った。

「この鍵を琴美に預けるよ」

「え……?」

あたしは先手を打って謝るつもりだったのに、その前にお父さんから、例の引き出しの鍵を渡されて、一瞬固まってしまった。

「見た……? 引き出しの中」

お父さんは意外と笑っていた。
瞳の中にも怒りの気配はない。なまじっか綺麗な顔をしている分、この人が怒ると相当怖いのだ。
怒ってないことにほっとはしたけれど、それでも、勝手に見たことをきちんと謝らなくてはと、「ごめんなさいっ」と深々と頭を下げた。

「いいよ。別に。辞典の中はいつか子供たちの誰かが見つけるだろうと思ったし」

はは、お母さんは絶対広辞苑開かないと思ったのね。

「とりあえず、ママには内緒な」

「うん。でも、なんで? 」

なんでわざわざ隠しておくのかな? その時のあたしには全然わからなくて。

「夫婦でも秘密の一つや二つあった方が面白いんだ」

そういってにやっと笑う。

「でも、なんであたしに?」

「いつかパパが死んだときに、開けて、おまえの好きにするといい」

「死ぬなんて、言わないで」

そんな言葉は聞きたくない。

「人はいつかは死ぬよ。順番としてもお前よりは先に」

泣きそうなあたしにお父さんはあたしの髪を撫でながらそう優しく笑った。

「もしかしたら明日、何か起きて突然死ぬかもしれない」

「やだ、そんなの」

「 未来がどうなるかは、誰もわからないから」

それはお父さんが東北のサポートチームに入っていて、悲惨な状況を目の当たりにしてきたせいかもしれない。
お母さんもあたしも、それこそ日本中が胸が押し潰されるような想いを抱えていたあの時ーー。

「とりあえず今のところママより先に死ぬつもりはないから」

「ママが泣いちゃうから?」

「そう」

あたしも泣くけど。多分、たっくさん。
出来ればそれは遠い遠い遥か未来でありますように。

「でももしパパが先に死んだら、これをママに渡すもよし、こっそり開けて棺にいれるもよし。おまえの好きにすればいい。ママが先に死んだら、やっぱりこれはおまえの好きにするといいさ。人が一人死ぬとその人間の一生に纏わる思い出の品は、かなりの数になる。そのすべてを遺して置くわけには行かないし、遺された方も、その全てを受け取ることは出来ないだろう? 遺された人間の取捨選択に任されるんだ。だから、琴美の自由にすればいい。燃やすなり、ゴミ箱にいれるなり、棺に入れるなりーーたが、子々孫々に伝えるのだけは止めてくれ」

そう笑って鍵をあたしに託したお父さん。

あたしの曾孫とかにこれはひいひいばあちゃんのラブレターよ、なんて見せるのもいいとは思うのだけど。

「いいの? お父さん、自分で鍵を開けられなくなっちゃうよ」

あたしの問いかけに、

「今までも開けて見てみたことはないんだ。だって、手紙の内容は一字一句間違えずにはっきり覚えているし」

だから、鍵はいらないのだとーー答えるお父さん。

「ただ、ここにあるってわかってればいいんだ。ここに、『始まり』があるって」

そういって、何処か遠くを見るような瞳で、その引き出しを見つめていたお父さん。

この引き出しの中に二人の『始まり』があるーー何だか、深いな。







というわけで、両親の『物語の始まり』であるラブレターの鍵を託されてしまったあたしは、結局再び広辞苑の箱の内側にテープで止めて隠した。

子供ながらそのラブレターの存在の深さを思い知ったせいか、あの島田少年のラブレターを無下に出来なかった、というわけ。
けれど、それが、何かの始まりになるとは到底思えなかったのだけれど。


結局、その後、特に島田少年に敢えて何か返事をすることはなかったし、彼も何の答えも求めてこなかった。
ただ学校ですれ違う度に、(顔は覚えてないと思ったのに、会えばああ、あのコね、とわかった)会釈するし、話しかけられれば話もした。

「入江先輩、星は好きですか?」

そういえば天文部だっけ。

唐突に訊かれ、「あまり興味ないな。星座とかオリオン座くらいしか知らないし」と、正直に答えた。

「でも、弟が最近はまってて、おっきな望遠鏡買ってもらってたよ。ほら、何年か前、金環食があったじゃない? あれから天体に興味持ったみたいで」

その言葉に島田少年の顔がぱあっと輝く。

「え? どんな望遠鏡? 屈折式ですか? 反射式ですか?」

「知らないわよっ」

「弟くんに会ってみたいです」

おい………

とにかく彼は天文マニアらしく、語りだしたら止まらないようだった。
なんでも「 はやぶさ」の帰還に感動して、JAXAに見学に行き、さらには『宇宙兄弟』ですっかり嵌まったらしい。

「夢は、JAXAに入ることなんです」

「 ………E組は厳しいんじゃない?」

「僕、理科しかダメで」

「夢があるなら勉強しよーか」

少なくともE組だと、3年になって足切り通告される可能性もあるんだし。

「 じゃあ先輩、勉強教えて下さい」

ーー何故だか勉強教える羽目になった………。


猛特訓したお陰で彼は一学期末テストで初めて100番以内に入った。
決して馬鹿じゃないようで、頑張れば夢は決して無謀なものではないかもしれない。

時折、テニスの試合も見に来たり、あたしの帰りを待っていたりとかしていた。そんなに頻繁ではなかったし、いつも一緒にいるわけではなかったのに、夏頃にはすっかりあたしたちは付き合っているように思われていた。

でも、やっぱりあたしはただなついて来てる後輩の面倒を見ているだけで、島田少年に恋愛感情は持てない。
何となく誘われる度にそれはその都度はっきり言ってはいるのだけれど。

だいたい、デートらしきお誘いは、
「こと座流星群見ましょう」とか
「ブルームーン見ましょう」とか

夜ばっかじゃない!
健全な中学生は夜出歩かないのだよっ

「ブルームーンって何よ。青い月?」

「7月31日がブルームーンなんです。1ヶ月に2度めの満月をブルームーンって言うんです」

「暦の問題? 青くはないのね」

別にフツーの満月ならわざわざ気張って見なくても。

「 はい………あ、でも、今度、9月にはスーパームーンがあります。スーパームーン、一緒に見ましょう。地球に最も月が近付くんです。大きくて綺麗な満月の筈です」

「9月のいつ?」

「28日です!」

「あ、ダメ。お母さんの誕生日だもん」


その時はあっさり断ったのだけど、何だか世間がやたら中秋の名月とスーパームーンを取り沙汰すものだから、今年のお母さんの誕生パーティーは観月会にしましょう、なんて風流なことをおばあちゃんが言い出した。
そして、天文にはまってるハルもノリノリで賛同し、うちの屋上でパーティーを開くことになりーーまあ、仕方ないから島田少年も招いてあげた。
因みにその前にあたしの誕生日もあって、家族だけで御祝いしてるんだけどね。知ってるアンジーやいっくんからは誕プレ貰ったけど、訊かれてもないのにわざわざ島田少年には教えてない。

そして、何故だかあたしの母親の誕生日にあたしの友人たちが集まる(笑)それもよく考えたらおかしなシチュだよね。
アンジーやその弟たち、(金太郎、金乃丞)
いっくんにみっきいまっきい。妹の美紀(みのり)ちゃん。
お母さんの看護師仲間たち(日勤の人たちだけね)。いつものメンバーが我が家の屋上でバーベキューやりながらお月見してる。

「あーもうショックよねー」

モトちゃんの話題は、さっきから今日突然電撃結婚を発表したイケメン俳優のことばかり。確かにニュースはそのことで持ちきりで、日本って平和ね、と心から思う。
なんでもバースデー婚とかで、相手の女優さんはお母さんと誕生日一緒なんだねぇ、とそっちに驚いたのだけど。

「あたし、真剣に今日早退したかったわ」

「なんか、世間じゃ本当に早退した人いるっていうじゃない」

何だかそーゆーのって、よく分かんないなーあたし。
そこまで誰かに夢中になったりしたことないから。身近な人でも、アイドルでも。そこまでダメージを受けるものなのかしら、好きな人の結婚って。

「あら。でも、一昨年琴子が第三子懐妊を発表した時の方が、物凄い騒動だったじゃない」

「そうそう、ショックを受けたナースや女医や事務職員が軒並み早退したって話よね」

うーん、お父さん、結婚してるのに、何で~~?

「未だにあわよくば、って思ってる女が多いのよねー。結婚20年も過ぎてればそろそろ奥さんに飽きてるでしょ? とか」

「飽きないみたいなのよねーそれが」

残念そうにため息をつく、モトちゃん、真里奈さん。

飽きるわけないじゃない。
娘が呆れるくらい相変わらずのバカップルぶりだわよ。

「ま、琴子が化け物みたいにいつまでも若いのは、未だに入江さんから毎晩目一杯可愛がられているせいよね、きっと」

「馬鹿、子供の前で!」

お気遣いなく、お二人さん。
お母さんが目一杯可愛がられているのは、娘のあたしもよく知ってますから。(それって、どーなのよっ?)


さて。
案の定、島田少年とハルはかなり意気投合してずっと喋ってる。
でも、ハルってかなり飽きっぽいから来年同じ趣味だとは思えないんだけどな。
小さい頃はサッカー少年だったけれど、今はあたしや父さんの影響かテニスに目覚めてるし。

「 あら、彼氏を弟に取られちゃって」

「誰が彼氏よ」

アンジーの揶揄に素っ気なく答える。

「おまえ、本当に付き合ってんのかよ、あいつと」

「いっくん、目が怖いよー」

「な、わけないじゃん。彼氏なんていらないのーあたしにはぴよちゃんがいるもんねー」

一才半の我が家のアイドルぴよちゃんを抱っこしたまま、それでもお肉を焼いたりお皿に取ってあげたり忙しいのだ。

少年に、「ええ? 入江先輩の子供ですかっ?」とか訊かれちゃったわよ。
「んなわけないでしょっ妹だよっ」

「ぴよちゃん、ぴよちゃんってよく話に出てたけど……僕てっきり小鳥でも飼ってるのかと」

「……ことりなのは間違いないけどね」

「……へ?」

「名前が琴梨なの。だからぴよちゃん」

「そーなんですね。でもすごく可愛い。いやーお母さんみたい……いて」

確かにほぼ育児はあたしに任せて状態で、すっかり姉というよりは母の気分だけどさ。
もう、生まれたばかりの時は、お母さんとどっちがお世話するかで取り合いしてたもん。でもって一番美味しいとこお父さんが持ってくの。

「でも、本当にいいお母さんになれそうです。先輩、聖母みたいな顔してる」

もういっぺん叩こうとして、でもかなり誉めてもらった気もして、一応手は引っ込めた。

「中学生に聖母なんて、誉め言葉になってない!」

一言そう告げて。

「でも先輩のお母さん、スッゴク若いですねー。てっきり先輩のお姉さんかと」

「よく言われるよ。まだお姉さんだけマシ。たまに母の方が妹に見られるのよ。あたしの方がお姉さんですかって云われる時、あるもん。ただちょっと背が高いだけじゃん?」

「……僕たちも不釣り合いですかね?」

身長差のことを云ってるのかな。

「立派に、ただの先輩と後輩に見られてるんじゃない?」

「……はあ」

「島田くんってさ、あたしのどこが好きなの?」

初めて核心に迫ることを聞いてみた。
これまで一度もその辺りの話題をしてこなかったのだ。

「えーと、一目惚れしたのは図書室です。先輩、去年図書委員してたでしょ。僕、よく宇宙関係の本を借りに行ってて」

「悪い。まーったく覚えてない」

「………でしょうね」

へこむな、少年!

「それから気になって見ていたら、あ、性格も真っ直ぐでいい人だなーって」

「……そりゃ、どうも」

「今日は招いてもらって嬉しかったです。ただの後輩でも」

「そうそう、2年坊主。こいつと付き合うのは大変だぞ。あの人を越えなきゃならないんだから」

突然会話に割って入ってきたいっくんが、お母さんと二人並んで缶ビール片手に夜空を見上げてるお父さんを指差す。

途端に島田少年はひきつった顔になる。
いやいやそんなに萎縮しないでよ。
あたしは自分の今後にちょっと憂鬱になる。
この少年に限らず、この先男の子を連れて来た日にゃ、きっと紹介する前からビビるんだろうなーー

「今のところ、キミの最大のライバルはぴよちゃんだよねー」

あたしは腕の中の琴梨のぷにぷにしたほっぺにチュッとすると、琴梨はきゃっきゃっはしゃいであたしの髪を引っ張った。
もう達者に歩くくせに、抱っこされるのが大好きなちっちゃな妹。

そして、すっかり小生意気になったけれど意外と頼りになる弟、遥樹ーー。

それにお父さんとお母さんがいて、隣にはおじいちゃんおばあちゃんに叔父さんや従兄弟たちがいてーー

この大きな月に照らされた、その世界があたしの全てだ。

いまのところ、他の人間が入り込む余地はない。
無論、友人たちのいるステージは、家族とは別のところにちゃんとある。
この少年をそこに加えてあげるのは構わないけれど、それ以上の何かになることはあるのかな?


あたしは来年、お母さんがお父さんに恋をした年になるーー。


引き出しの中に仕舞われたお母さんのラブレター。
あたしが初めてもらったラブレターは、どうしようかと悩んだ挙げ句、あたしの引き出しに仕舞われている。

その一文しかない手紙が、とても大切なものになる時があるのかしら?
あたしも、お母さんが恋した瞬間のような、狂おしいときめきを感じる日が来るのかしら?

ふと、両親の姿を探したら、いつの間にか見当たらなくなっていた。さっきまで手すりに凭れて二人仲良くスーパームーンを眺めていたのに。

「あ」

「どうしました? 先輩」

「 なんでもない」

あたしはくるっと踵を返し、「ほら、月を見よう、月を! ハル、望遠鏡見せて」
とわざとらしく皆の視線を月に持っていく。
いやー本当に綺麗だね、スーパームーン!

「ねーね、ママはー?」

「うーん、ママ、トイレかな~~?」

「 先輩、12月にはふたご座流星群が見られるんです! ぜひ一緒に!」

「やだよっ そんな寒い時期に! しかも真夜中なんて!」

「えーっ ! じゃ、じゃあプラネタリウムはどうですか? 世田谷の教育センターのプラネタリウムは世界最高クラスで1億4000万の星が見られる、全天周映像型で………」

「パス! あたしプラネタリウムってすぐ寝ちゃうから!」

と、そんな話をしながらも、あたしは屋上に設えてあるサンルームから皆を離すように手すりに誘導し、冴え冴えと輝くスーパームーンを見上げる。


いつか、誰かと二人っきりでこんな風に月を見たり星を見たりするのかな。
幸せなkissを交わしながらーー。








* * *




「 入江くん……こんなとこで ……みんなに見られちゃうよ」

「今更、だろ?」


屋上にあるガラス張りのサンルームの中には、階下に繋がる階段と、幾つかの熱帯植物とベンチがあるだけだ。

パキラと君子蘭の鉢植えの間の木製ベンチに腰かけて、二人は月の光を背に受けて熱いkissをしていた。

「みーちゃんの恋の話をしてたのに、なんで、突然………」


年頃になった娘がラブレターを貰い、その相手を家に連れてきた。
生まれた時から一緒の幼馴染みの少年も一緒にいて……

なんか、いっくん、島田くんに火花散らしてない?

ねぇねぇ、これってやっぱ三角関係?

いやーん、みーちゃん取り合ってる?

幼馴染みと年下少年~~なんか、少女漫画みたーい

ーーと、ちらちらと娘たちの様子を見ながら一人テンション高くなっていた琴子とうらはらに、直樹の方はどんどん眉間に皺が寄り、しかめっ面になっていった。

何処の世界に娘の男友達を快く迎える父親がいるっていうんだ。

あからさまに不機嫌な直樹に、琴子は「もう、みーちゃんだって15歳よ。来年は結婚出来る年なのよ? もっと娘の成長をひろーい心で見守りましょうよ」とその鼻を摘まむ。

「悪かったな狭量な父親で」

ぎろりと睨まれて、そのまま琴子の手を取って、皆がいる処からそっと離れサンルームに引っ張っていく。

「だいたい今日はおまえの誕生日だろ? 何だか琴美がメインになってる。琴美の誕生日会は先日やったろう」

「あの時は家族でお食事しただけじゃない。あの子ってば自分の誕生日に友達誰も呼ばないんだもん」

「誕生日は家族だけで祝いたいってのが本人の希望だろ」

「だから、逆にあたしの誕生日がいっつも派手になっちゃうのよねー。43にもなっていまさら、なんだけど」

「今年はちょうどスーパームーンに重なったしな」

「本当に綺麗な満月だよね」

「満月は昨日だ。今夜の月は十六夜月。正確には最も地球に月が近付いた今日の午前11時くらいがスーパームーンだったんだが」

「うん、もうー。そんなこと、どーでもいいじゃない。とにかく、綺麗なんだからそれでいいのっ」

膨れっ面の琴子の頬をぎゅっと引っ張って「ああ、確かにその通りだ」 と、笑う。

「……昨日の中秋の名月は曇って見られなかったから……あ……」

話そうとした唇が唐突に塞がれて、優しく肩を抱き寄せられる。
見る見るうちに真っ赤になる琴子。
結婚して22年にもなるのに、相変わらずこの反応。天然記念物ものだな、とほくそ笑む。

しばらくその唇をじっくりと堪能してからようやく離すと、やっと息継ぎの出来た琴子から「入江くん……こんなとこで ……みんなに見られちゃうよ」という冒頭のセリフが出てきた訳である。

「 今更だろ?」

そう、今更なのである。
みんな月を見ている振りをして、しっかり背中で今日の主役の気配を感じ取っている。

でもきっと、誰も何も言うまい。
何といっても、22年、こんな夫婦なのだから。
そして、この先も、恐らくきっとーー。


「誕生日おめでとう、琴子ーー」



ラブレターから始まった二人の物語は、まだまだこれからも続くのであるーー。



たとえ世界中の人々が夜空を見上げていても

ずっと見つめていたいのは十六夜の月光に照らされたキミの笑顔だけーー









※※※※※※※※※※※※


はあ。

やっとお題終了です。
たった4つのお題をクリアするのにどれだけかかったんでしょ(..)

とりあえず琴子ちゃんの誕生日から始まったイタキス期間2015は、スーパームーンの誕生日当日に戻っての帰着です。終われてよかった~~。


ラブレターの行方はイタキス二次界の共通認識で、直樹さんが引き出しに隠し持ってるってことで(笑)

さて、お約束の媚薬えろもまだ書きかけなのです。
ああ、なのに、来週もうクリスマスだよっクリスマスの話も書きたいっ! でもなんか、一話では絶対終わらない気がする~~
………… 『夏休み』の話は、はたして冬休み中に再開できるのでしょうかーー?(^_^;

恋愛音痴の琴美ちゃん。なにげにうちの娘と被ってます。(フクヤマさん結婚の報に「ショックで早退って意味わからんし、真面目に仕事しろっ! 」て怒ってましたよ。「あたしはね、しょーくんには早く結婚してもらいたいのにっ」……だそうな^_^;)

あ、天文少年、島田くんは、いつもコメント下さるm様に捧げます(^-^)勝手に息子さんをイメージしてしまいました。(いえ、チビで地味ではないと思いますが)

ふたご座流星群は見えたのかな~?



Hotto Mottoのkiss (むじかく様より)


イタズラなkiss期間2015


またまたむじかく様からお話をいただいてしまいました(^-^)v

タイトルを見てわかる通り、『Zutto Mottoのkiss』のパロディです。
いえいえ、パロディというよりは、しっかりうちのお話の続きのようでちょっとリレー小説ちっくなコラボです。
翌日の直樹目線のお話。
私の話が琴子目線の話なので、ちょうど繋がってる感じで。なので、カテゴリーは頂き物にいれましたが、イタキス期間のバナーも貼らせてもらいました。


できたてほっかほっかです、と先ほど届いたばかりなので、ほっかほっかですよー♪







※※※※※※※※※※※※




『26番ホーム 東京10:57発 博多行 ひかり110号 間もなく発車いたします・・・』

とうとう聞きたくなかった発車のアナウンスが耳に届く。

琴子は無理した笑顔で「あっ」と一言呟いた。

俺はとうとう来たかと覚悟を決め「じゃあな」といつもの顔、いつもの声で挨拶をする。

まるで何事もなく、また明日会えるかの様に・・・。

琴子も「う・・・うん」と言って小さく頷いた。

そう、俺達は別れない。これはただの・・・ただの試練だ。

ちょっとした我慢比べみたいなもの。

でも、我慢比べに弱すぎる琴子は「着いたら電話してね」だの「お弁当食べてね」だの「寝過ごさないでね」だの矢継ぎ早に口を開いては余計な心配をする。

お前じゃねーんだから失敗するかよ。

いつまでも声をかけ続ける琴子に、実は乗り遅れさせて行かせない魂胆か!?と勘ぐって「もう行ってもいいか!?」と声をかけてしまった。

琴子は「う・・・うん」と言いながら、まだグズグズし、挙句の果てに「お、お別れのキスしてもいーよ」と言って来た。

お前・・・kissどころか朝まで寝かせてもらえなかったのに、まだ言うか!?と聞きたくなる。

しかもお別れって何だよ。

こっちは別れじゃないと言い聞かせているのに・・・kissなんかするか。

その代わりに耳に囁く。

「感動の再会まで我慢しておく」と。

今ここでkissなんかしたら手放せない。

だから朝起きれないくらい抱いたのに・・・お前はこうして意地でも見送りにくるんだからな。

本当、恐れ入る。

その調子で俺と一緒に働く為に勉強頑張れよ。

『間もなくドアが閉まります』

そう言われてとうとう新幹線に乗り込んだが、ドアの前を陣取って琴子の顔を目に焼き付ける。

「あ・・・」と声を漏らす琴子に「勉強頑張れよ」と声をかけ、「じゃあな」と最後の挨拶をした。

ドアが閉まりゆっくり動き出す新幹線を琴子が追いながら・・・とうとう最後に涙を流した顔を見る。

平気な訳がない。琴子はいつ来るだろうか!?

本当は俺ですら連れて行こうかと迷ったんだから、お前が我慢できるはずないと分かっていた。

それでも・・・俺は琴子の強さを信じているから・・・。

琴子の色んな顔を思い出しながら、新幹線の指定席に座り過行く東京の景色を眺めた。


そういつまでも干渉に浸るのもガラじゃないので、荷物の中から医学書を取り出そうとして気づいた。

弁当・・・。

新幹線内で食べると言ったが、無理だと気づく。

開ける前から臭いが・・・。

お前、毎度毎度作っているものが弁当だと何故気付かない??

俺はサッと医学書を取り出すと、手早くボストンバッグのファスナーを閉める。

そして医学書を開く前に今日の手順を確認した。

まず駅についたらお茶とブレスケアを買おう。

それから部屋の水道を確認して、窓を開けながら弁当を食う必要があるなと段取りを頭の中で組み立てた。

洗濯機は・・・急いで取り付けないとな。

全く・・・少しの時間だけバッグに詰めておいたのに、こんなに強烈な臭気を放つとはお前一体何を仕込んだんだ??

きっとバッグの中はしばらく使い物にならないだろうと思いながら、タンスにボンを部屋中に吊るしたら何とかなるだろうか!?と早くも実験を試みたくなる。

衣服へのスプレー式消臭剤があると良いのだが・・・(その2年後に発売されるとは当時の直樹は知りようがなかった)

一応掃除用具を買う名目でドラッグストアーを覗いてみる事も視野に入れつつ、早く神戸に着く事を願った俺だった。


3時間少々で着いた時、まず俺がした事はボストンバッグから臭いが漏れてないかの確認だった。

サッと荷物を持ち、脇目も振らずに改札へまっしぐら。

駅構内で売店を探してお茶とブレスケアを買うと新居へ急いだ。

早く・・・早く・・・この弁当をバッグから出さなければ。

契約の折一度だけ足を運んだ新居の鍵を開け、すぐに荷物を紐解く。

バッグの中から即弁当を取り出してキッチンに置き、その他のにおいを確認しながら布団が敷かれていないベッドの上に荷物を並べた。

次、弁当を渡された時はどんなに臭いが大丈夫でも、とりあえずビニール袋で3重に包もうと思う。

しかし・・・朝まで確実に離さなかったという自覚はあるのに・・・あいつは一体どうやってこの弁当を作ったんだか。

その根性と心意気にビックリするやら、嬉しいやら・・・の他に、確実に困惑が含まれているが(決して迷惑ではないと言い聞かせる)それを無視して弁当の蓋を開けた俺。

ああ、やっぱり・・・。

何をどうしたのか真っ黒なから揚げと茶色い玉子焼きらしきものが入っている。

まずハンカチを尻ポケットから出し、シンクの蛇口を捻って水を出す。

しばらくその水を見つめた後、おもむろに手を洗った。

冷たい・・・。

今ここに琴子が居たら・・・なんていう俺らしくもない感傷に浸りながら素早く手を洗い、ハンカチで手を拭き、弁当を前に手を合わせる。

まるで神聖な儀式をしている様で自分でおかしい気持ちになる。

一応「いただきます」と声に出してから箸で玉子焼きを持ち上げた。

まず米に逃げても良かったのだが、米は最後の砦・・・ではなく、やはり琴子の手料理を最初に味わいたかったから。

このカマボコの様にかなり弾力のある物体を噛みしめながら、琴子の作品だなという感想を抱く。

ザリザリとした甘さの中に確実に来る苦味。そして期待するまでもなくガリッと歯ごたえのある触感・・・今日も当たり付きだ。

どこまでも舌触りの悪いそれを胃に収めながら、そう言えば胃薬を持参しなかった事を思い出す。

まあ、きっと大丈夫だろう。

次に憩いの米を口に運んでからメインだろう屈強なから揚げに挑む。

ガブリ・・・と噛んでみたものの、その先に歯が届かず一度口を外した。

俺の歯形ってこうなんだなとから揚げを見つめてから攻略法を考える。

サバイバルナイフを常備しておくべきだったかと後悔しながら、何とか箸で割ろうとしたらバキッとプラスチック製の箸が折れた。

成程・・・。

長さが不ぞろいな箸を器用に使いながら、俺はから揚げをチビチビやりつつ、他のおかずと米を口に運ぶ。

野菜も肉も玉子もきちんと入っているから、栄養的には悪くない。

問題は見た目と味だった。それもまあ、慣れているので問題ない。

俺は食べ終えてブレスケアを飲みながら、この弁当の改善点を考えた。

・・・今日はいうつもりもないが。後で箸だけは買って来ようと思いつつ、プラスチックの箸をさっそくゴミ袋に捨てる。

ノルマの弁当も食べ終えたから、と実家に電話をすれば琴子は疲れて眠っているという事だった。

想定内・・・でも、せっかく食べた弁当の感想を言いそびれて少し歯がゆい気分を味わう。

お前の喜ぶ顔・・・じゃなく、声が聴きたかったと思う俺に、電話を取ったおふくろが言う。

「琴子ちゃんの愛妻弁当は全部食べたんでしょうね。朝から張り切って一人で作ってたんだから、捨てたりしたら承知しないわよ」だと。

知ってたんなら止めろよっっっっっ

良い感じに風が吹きすさぶ室内で微動だにしない俺は返事をする。

「さっき食った」とだけ。

「琴子に宜しく伝えてくれ」と言って電話を切り、無駄にエネルギーを付けた俺は今日一日で全ての引越し作業を終えたのだった。


夕方になり、いくら時間が出来たといっても引越し初日から自炊する気にもなれず、必要な物も買い足しに神戸の街を歩く俺。

フラッと入ったドラッグストアでいの一番に見たのは他ならぬ胃薬だった。

手に取りながら「当分必要ないな」と棚に戻す。

あれから3時間が経過するが、俺はピンピンしているのだから。

実家から持って来た歯ブラシや洗面道具はあったが、裕樹と共同で使っていたシャンプーなどは持ってくる訳にいかずここで買う事にする。

大学生の時以来買っていなかった食器洗剤やティッシュなどもカゴに入れる。

ティッシュを買いながらそういえば・・・とある棚にも足を運んだ。

俺のサイズはあったが、残念ながら使う相手がいない。

今度・・・琴子が来たら買おうと心に決めてレジにカゴを置き、会計をして店を出る。

すると『ほっかほっか亭』なるノボリが目に飛び込んできた。

琴子の弁当は冷めていても強烈だったが・・・弁当は温かい方が上手いに決まっている。

今日の夕食はここに決め、幕ノ内弁当を頼む。

注文を受けた店員が俺の標準語に驚いた顔をしたので、やっぱりここは関西なんだと思い知る。

隣に琴子が居たら、たかが弁当を頼むこの店の店員とのやり取りにも割って入った事だろう。

それを想像し・・・騒がしい日常が少しだけ恋しくなった。

勝手に味噌汁をサービスされ、また来てくださいと言われるが家からそこまで近い訳でもなく、太陽が沈むどころか月が沈む時間に家に帰られたら御の字の俺には日常ではなさそうな店。

心の中で『いつかね・・・』と返事をし、琴子と来る日を想像する。

来年は一緒に来て、無駄に琴子が店員に噛みつく事を想像すると胸が躍った。

今度味噌汁を付けるのは俺かな、琴子と俺の分・・・。

などと考えながら家に着き、さっそく留守電のメッセージボタンが光っているのを見つけた俺。

すぐに再生すると、電話越しながら懐かしい琴子の声。

ずっと待っているから電話が欲しいと言い、電話前に陣取って動かないと脅迫されたら掛けざるを得ない。

俺はすぐに自宅へ電話をかけた。

かけて早速弁当の話をされ、きちんと食った事を報告させられる。そして今日の夕食の心配をされたので「お前の危険な弁当より安全かつほかほかな弁当の店が近くにあるから」と言うと、泣かれる。

喧嘩したい訳じゃない・・・こんな遠距離で・・・。

だから「今日買った弁当が冷めないうちに食いたいから、切るぞ。・・・次はこれに負けない弁当を期待してるから、腕上げてから来い」と言い、琴子の「分かった」と明るい返事を聞いてから電話を切った。

「分かった・・・か」

きっと分かってないと思う。

俺は温かくても食べられる味でも、琴子の作った危険極まりない弁当の蓋を開ける方が高揚感があるのだから。

そして悪態つきながらきっと食うんだろうと思う。

その時は・・・今日買わなかった二つの箱を、確実に買っているだろうと思いながら。





それから15年の時が経ち、俺は神戸に赴任してから1年後斗南大学病院に戻って、今は教授となり、琴子は斗南大学病院で念願の看護師として働きながら子供二人を育てる兼業主婦になっている。

あの1年の神戸生活は懐かしいなんて生易しい表現は出来ないが、あって然るべき期間だったと思う。

こうして琴子が約束通り1年で看護師資格を取り、俺と共に働き、たくさんの仲間に巡りあい・・・子供も二人持てた上に神戸時代の伝手から子供の命を守る事が出来ている。

出張で久しぶりに神戸の街を訪れた俺は、かつて散策と掃除用具を買う為に歩いた道を歩きながら、そこに懐かしい弁当屋さんがある事に気付く。

あの時はほっかほっか亭だったのに・・・今はHottoMottoという名称に代わって、でも変わらずに温かい弁当を提供している様だ。

気まぐれを起こしてその店に入り、かつて頼んだ幕ノ内弁当を頼む。

そして今度は温かい缶コーヒーかお茶がサービスと言われてお茶をもらった。

その弁当を持ちながら昔神戸に来た時とは逆に東京へトンボ返りする。

琴子と子供の待つ東京へ・・・

今や携帯電話が普及して、俺の手元にもそれがある。

携帯電話に着信とメールがある事を表示されていた。

俺はクスッと笑いながらそれを開くと、どちらも家からでメールには写真が添付されていた。

『パパへ 早く帰って来ないとママが寝ちゃうからね』という文面と、琴子のうたた寝の姿・・・の前でピースしている2人の子供が写っている写真。

俺はそれに返信する。

『弁当を買って新幹線車内で食べる事にしたから、お前たちは早く寝なさい』と。

きっと琴美は気付くだろう・・・お前たちに琴子が含まれない事を。

来年辺りにもう一人増えたらいいなと思いながら、俺は帰ったら即琴子を食おうと新幹線の車内でHottoMottoの弁当の蓋を開けた。








※※※※※※※※※※※※


イタキス期間のお題を上げた時から『ずっともっと』を『ほっともっと』に変換したネタいいですかー?とむじかく様からメールいただいて。思わずこのタイトル、何かに似ている、と思っていたので、そーかー『ほっともっと』 かーと思わずスッキリした私です。

そして、しっかりうちの設定に繋げていただきました。
プレスケア必須の爆裂弁当は夏休みにも登場しますしね。
20th anniversaryのうちの未来設定も使っていただいて嬉しいです♪3人目作る気満々ですね(うちは2014年に次女琴梨ちゃんが生まれてます)




むじかく様、毎度毎度ありがとうございます(^-^)/感謝感激、北に足を向けて眠れませんわー











Zutto Mottoのkiss

イタズラなkiss期間2015










「いよいよ、明日なんだよね………」

琴子の顔はもう半泣きになっていた。

居間で催されていた壮行会と称する家族だけの送別パーティでは、妙にテンションが高くて、ひとりでカラオケを歌いまくり、ゲームを仕切りと、ヤケにはしゃぎ回っていたが、家族全員がその様に何処か痛々しさを感じとっていたに違いない。

ゲームが一段落したところで、直樹が張り出し窓の向こうのベランダに出ているのを見て、琴子も後を追うように外に出た。
3月末のまだ肌寒い夜の空気は、セーターを着ていてもひんやりと冷たかった。

あっという間の4日間。
卒業式からまだたったの4日だ。
なのにもう明日には神戸に行ってしまうなんて、何処か冗談のようで未だに信じられない。

その貴重な4日のうちの2日間、直樹は一人で神戸に行き、引っ越しの準備その他もろもろの手続きを行ってきた。
無論琴子も付いて行くつもりだったのだ。
妻としては単身赴任する夫の準備を手伝うのは当たり前だ。
残ると決めたからには、もう拗ねたりせずきっちり夫を送り出さねばと闘志を燃やしていたのに、肝心の夫からは、
「おれ一人十分だから。おまえが来ると仕事が倍になる」と、つれない返事。

実際、このあと数日しか一緒にいられない、という時に限って琴子もゼミ研の教授から頼まれた学会準備のバイトが入っていたのだーーそれを知っての直樹のセリフである。つまり一度引き受けたバイトをキャンセルしてまで来るなよ、と言いたかったのである。

そして、泣く泣く直樹にくっついて神戸で引っ越し準備をするのを諦めた。

「ねぇねぇ、入江くん、この部屋なんてどう? 日当たりもいいし、キッチンも
使いやすそうよ。 あたしがこっちに来た時に腕をふるうからね」

寂しさを紛らわす為に、神戸で仲良く新生活の準備を手伝う様子を妄想していた脳内劇場はうやむやにたち消えた。

ーー不動産屋をめぐって物件探し。なんか新婚カップルみたいじゃない?

必死にそちらへ思考をシフトしていたのに。

「………マンションはもう決まってる。アメリカに留学するドクターの部屋をそのまま借り受けるんだ。病院から近くて便利だし。家具も家電も要らないし、殆どの備品も揃ってる。明日は鍵の引き渡しと病院に挨拶に行くだけだ」

つい最近神戸行きを聞かされたばかりなのに、もう住むとこまで決まってるとはどういうことなのかーーその辺りはもう突っ込まない琴子なのである。

でも、揃いのカップとか、クッションとか枕とかシーツカバーとか、そーゆーの、一緒に買いに行ったりとか…………ね? ね?
神戸にならお洒落な雑貨屋さん、たくさんありそうよねーー

しっかりガイドブックを眺めてチェックをしていた琴子のささやかな夢をばっさり絶ち切って、直樹は一人で準備を何もかも済ませ、そして、残り数日の東京での日々も出発の支度であわただしく過ぎた。

少しは妻らしく手伝いたいと、ダンボール箱にいそいそと、衣服とかタオルとか詰め込んで、それすらも「嵩張るものは向こうで買うからいい」と必要最低限に絞られて、琴子チョイスのものは大半箱の外に戻された。
確かに琴子に任せると下着ひとつ選ぶのにも時間がかかる。さらにどの自分の写真を荷物に忍ばせるかで、半日近く悩んでいて、一向に作業は進まない。

結局手早い直樹の手によってあっという間に荷造りは終わり、宅配便で送る手配も完了。

明日持っていく手持ちのバッグだけが寝室に置かれてあった。


何だかそんな準備万端な寝室に戻るのがイヤで、いつまでも直樹とこのベランダで二人で話していたいと思ってしまう。

「それでね、お義母さんが宝塚友の会に入会してね、これからちょくちょく宝塚まで見に行きましょうって」

「三宮のこのお店がとっても有名らしいの。ぜひ行ってきてね」

「そーいえば、この間北海道に遊びに行った真里奈がすっかり関西弁になって帰ってきたのよ。なんでも旅行中に仲良くなった人が関西人らしくて。ほら、関西弁ってうつるじゃない。入江くんも関西弁になっちゃったりするのかしら?」

とりとめなく喋り続ける琴子。
明日から直樹が神戸に行ってしまうことなんて気にもしていないように。


暫くただ黙って琴子のお喋りを聞いていた直樹だが、ふと、突然静かになって夜空を見上げていた琴子が、うるうるとし始めたのに気づいた。

「いよいよ、明日なんだね」

星を見て堪えきれなくなったのか。
今夜は東京にしては星がまだ綺麗に見えるのは、月が夜空を照らしていないせいだろう。

明日はもう、この場所には直樹はいない。

考えまいとしていたけれど、ふとした瞬間に思い出してしまう。

「今、新月なの? 明日は同じ時間に一緒にひとつの月を見ようと思ってたのに」

「星なら見えるだろ」

「星だと東京じゃあまり見えないし、ってか鳥目であまりよく見えないし……星座を探す自信もないし」

離れていても見ている月は同じよね、という乙女なことを考えていたようだが、乙女のクセに星座は自信がないらしい。尤も果たして神戸でゆっくり夜空を眺めている余裕があるものなのか。

「……多分今日は、月齢23日くらいかな。二十三夜は月の出が真夜中0時過ぎだから、月が出るのはこれからだ」

「そっか……でも、今は新月に向かっているんだね。どんどん細くなって消えてなくなっちゃう」

「太陽と地球と月の位置関係が変わるだけで、宇宙から月の存在が消える訳じゃない」

「そりゃそうだけど」

同じ月を見て、なんてロマンチックなことを言っていられるのも初めのうちだけだろう。
四月になれば互いに日々に忙殺されてくるのは目に見えている。


「……琴子……最後の夜を一晩中ここで喋り倒して終わるつもりかよ?」

そういって、琴子の唇をむぎゅっと指で摘まむ。

「ふがっ」

「風邪引くぞ。中に入ろう」


リビングはすっかり片付けられ、もう誰も居なくてしんと静まりかえっていた。
あとは二人で最後の夜をまったり過ごしてね、と言わんばかりに早々と撤収した感がある。

「お風呂、先に入って」

「おまえの方が身体冷えてたぞ。先に入れよ」

お互いそう言ってから顔を見合せ、「一緒に入る?」という直樹の問いに、珍しく琴子は恥ずかしがらずに頷いた。

家人が居るときに一緒に入るのは滅多にないことだけど、さすがに今日は紀子もそっとしておいてくれるだろう。







そして、1時間後。
お風呂ですっかり逆上せてしまった琴子にバスローブを着せて抱え上げると、直樹はそおっと二人の寝室に戻った。

「大丈夫か?」

冷たいミネラルウォーターのペットボトルを頬に当てられ、「……わー冷たくて気持ちいい……」と琴子はそれを受けとる。一口飲んで喉を潤してから、「………大丈夫じゃない」と恨みがましく呟いた。

「じゃあ、今日はもう寝る?」

久しぶりに一緒に入浴したせいか、家人は一階にいないと分かっていたせいか、浴室で妙なテンションになってしまったのは否めない。
琴子もいつもより羞恥を忘れて素直に直樹の求めに応じて、普段以上に乱れてしまった気がする。

「……それはイヤ」

ベッドに横たわったまま少し切なそうに直樹を見上げる。
いつもなら「……もう、無理」と及び腰になるところなのに。

「……大丈夫じゃないんだろ?」

意地悪そうに琴子の頬を擦りながら問いかけると、

「とりあえずキスはいっぱいしておきたいの」

ーー出来れば一晩中。

「キスしたら、キスだけじゃすまなくなるけど?」

浴室でたくさん愛し合ったけど、まだ足りないのはお互い同じ。

「………いいもん」

また、泣き出しそうな顔になり、自分の顔を枕で隠す。
直樹には出来るだけ笑顔だけを覚えてもらって行ってほしいのに。

顔に押し付けた枕をあっさり直樹の手によって取り払われると、涙に濡れた目尻に優しく唇を這わせてきた。

「じゃあ、まずはキスだけ」

水を飲んだせいか少し濡れそぼった桜色の唇をちゅっと啄んでから、直樹は解きほぐすように琴子の唇を押し開いていく。
侵入してくる舌をあっさりと受け入れて、激しく追い回してくるそれを自らも大胆に絡めとってくる琴子。
長い長いキス。

鼻から抜けるようなくぐもった声、時折息を継ぐ音、唾液が行きつ戻りつする水音が室内に響く。

舌が痺れて麻痺するくらいキスを交わして、それでも足りないと思う。
無論キスだけじゃすまなくなるという宣言通り、いつの間にかバスローブの紐はほどかれ、既に赤い花びらのいっぱい散った肌の上にもう一度刻印が付けられていく。

もっと、キスして。
ずっと、キスして。

うわ言のようにキスをせがむ琴子の唇を何度も絡めとり吸い付いて追い回す。細胞のひとつひとつが溶け合うくらいに。
火のついた身体は熱に浮かされどんどんお互いを求め合う。

今日の夜は何故こんなに時間が過ぎるのが早いの?

寝室に戻った時、漸く窓から見えるくらいの位置にあった下弦の月は、少しばかり高く昇っていた。

このまま時間が止まればいいのに。

この月が永遠にこの位置にとどまってくれれば。

太陽なんて昇らなくていい。

朝なんて来なければいい。

直樹の腕の中で、何度も快楽の世界に意識を飛ばされそうになりながらも、望んでも空しいことを心の片隅で切望する。


ずっと、キスして。
もっと、キスして。
たくさん、キスして。

一晩中キスしてても全然足りない。これからの一年を埋め合わせることなんて、全然無理。



どんなに望んだって、明けない夜はない。


それまでに。
あとほんの数時間の間に。
この部屋にいっぱい残して。入江くんの薫りを。
この身体にいっぱい刻みつけて。入江くんの痕跡を。

ずっとーー

もっとーー



そして、やっぱり無情にも朝は来るのだ。 朝焼けの紫とオレンジのグラデーションの空がうっすらと街を覆い始め、太陽がそろそろと昇り始めていた。
明け方の半月は、もうこの窓から見えないくらい高い位置に移動してしまったが、直樹が云った通り、月が世界から消えることはない。
直樹が旅立つということ以外、何一つ変わらない1日が始まる。



切ない今日の始まり。
そして試練の一年の始まる日。

それでもきっと大丈夫。
入江くんを好きって気持ちがあたしを強くするの。

一睡も出来なかった琴子は、直樹の寝顔をしばらく眺めてから、ちゅっとキスをする。



「おはよう、入江くん。早く起きないと新幹線の時間になっちゃうよ」


にっこりと微笑みながらーー





欠けていく月は、まるで欠けていく心を象徴しているよう。
でも今までの幸せな時間と記憶が、きっと欠けた部分を埋め合わせてくれるーー







※※※※※※※※※※※※※※

更新空いてすみません(..)

媚薬えろを書きかけてて、もっとさくさく行けるかと思ったのに、色々ありましてちょっと中断(/。\)少々お待ち下さいませ。

なので、こちらも書きかけて止まってたイタキス期間の続きです。
まあ、これも不調ですが(^_^;

入江くんが神戸に旅立つ前夜。
琴子ちゃん、切ないだろーなー。
ってか、2ヶ月後に会いに行くまで住んでるところすら知らなかったんだよね。結婚前の一人暮らしの時みたいに………(..)普通旦那が単身赴任するとなれば引っ越しの日ぐらい手伝いに行くよね………それすらさせてもらえなかったんだろうな~~
と、まあそんな突っ込みしつつ思い付いたお話でした(^_^)

この時期の話は、翌年の琴子の看護婦合格も含めて、西暦シリーズで書きにくくて。
なるべく現実と融合させたいのに原作の日程、矛盾がいっぱいだから、日にち設定しづらいのですよ~~(^_^;









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ののの

Author:ののの
管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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