19981122 ~木婚式の夜に (終)








「…………いったい……何があったの? あたし………」

琴子は呆然としたまま、シーツをひっかぶってキョロキョロと辺りを見回した。


全く記憶の欠片もない。
見覚えのない部屋。
ベッドサイドの時計は午前4時を示していた。
不夜城東京の街灯りが、もう夜明け前というのに宝石箱のように数多く瞬いていた。
こんなに大きな出窓は、琴子たちの部屋にはなかったものだ。
窓からはとうにライトアップはされていないが、東京タワーの陰影がくっきりと見えた。琴子たちの部屋からはまるで見えなかった筈なのにーー。


必死で記憶を辿ろうとするが、バーで飲んでからの記憶があまりに薄ぼんやりとしていた。

鶴だか亀だかのナンパ男がしきりに話し掛けてきたのは覚えていたが、その男の顔も思い出せない。

思い出せないが………まさか………

真っ青になる。

どうしよう、あたし、入江くんに二度と会えないかも………

目の前が真っ暗になる。

入江くん、入江くん………


がたっと音がした。

びくっと琴子の肩が震える。

バスルームの方から人の気配がしたのだ。

慌てて逃げ出そうとして、シーツにくるまったままベッドから降りたーー途端に、腰が砕けて床の上にへたりこむ。

こっこっ腰が立たない~~~なんでっ?

焦ってパニックってる琴子に向かって、バスルームから出てきた足音が、次第に近づいてくる。

きゃーきゃーきゃー

「何、そんなところに座ってんだよ」

「いっ入江くんっ」

目の前にはバスローブ姿で、髪をがしがしとタオルで拭いている愛するマイダーリンの姿が…………

「入江くんっごめんなさーいっ」

「は?」

「ごめんなさいっ許して……!」

「何を?」

「あたっあたっあたし浮気しちゃったかもなの! 全然覚えてないのだけどっ ひどく酔っぱらったみたいで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーっ でもあたしが愛してるのは入江くんだけだから! 例え入江くんがあたしのこと見限っても、あたしは遠い空の下で永遠に入江くんのこと愛し続けるからぁーー」

そして、直樹に腕にしがみついて泣き伏す。

「……で、いったい誰と浮気したんだよ」

直樹はため息をついて、琴子に問いかける。

「………えーと……亀なんとかさん?」

と、言いかけた琴子のほっぺをぐにゅっと両手で引っ張って、「アホか、おまえは!」と耳元で怒鳴る。

「この状況でなんで浮気したと思えるんだ」

「え?………あ……? え? ええっ」

琴子は頬っぺを擦りながら直樹を見上げた。
バスローブ姿の直樹の首筋にも赤い痕がある。

「えーと、これもしかして?」

「おまえがつけた」

「じゃ、あたしのこれも?」

シーツの中の自分の身体の痕を指差して。

「おれだが、何か?」

「よがっだあぁぁぁーー」

直樹の前でおいおいと泣き出した。

「よくない! なんで自分がまるで覚えてないのか、その状況をよーく思い出せ! まずはここに座れ!」

ベッドを指差され、「は、はい」とシーツにくるまったままでベッドの端にちょこんと座る。


「だいたいおまえはうかつ過ぎる。飲めないくせしてムードに流されて勧められるままにかぽかぽカクテル飲んだんだろうが。
なんで、おれを待ってられないんだ!」

「だ、だ、だって、どうせなら素敵なシチュエーションで待っていたかったんだもん」

言い訳にもならない言い訳を小さな声で訴える。

「そのうえ、隙がありすぎ! あんなところで声かける男なんてみんな下心だらけなんだ。おれがもし来るのが遅かったらどうなってたと思う?」

「………どうなってた……の?」

おそるおそる訊ねる。
とりあえず、直樹が来てくれたお陰で貞操の危機は脱したらしいーーというのは想像がついた。
全く覚えていないのが、もどかしい。

「ーーーおまえ、多分、過剰防衛で訴えられてたかもな」

「へ………?」














さて、今から数時間前ーー。
まだ日付が結婚記念日の当日だった、バーでの出来事に話を戻すと。




琴子の隣に座っていた男が、琴子にさらに身体を寄せて、キスをしようと迫ってきたその瞬間ーー

「あにすんのよぉーー!!」

琴子ががしっと男の唇を掴み、そのまま胸にヘディングを食らわせ、後ろに倒れかかった男の股間を蹴りあげたのだ。

「ぎええええっ」

男の悶絶の叫びが響き渡り、静かなジャズの流れる店内が騒然とする。

「勝手にぃこの琴子ちゃんの唇にキスするんじゃないのぉーーー! ばぁかーー琴子ちゃんの唇はぁひりえくんしかキスしちゃだめなの! いい? この唇はねーーひりえくんとしかキスしたことないだからねーーこれからだってひりえくん以外とはずぇーったいキスしないのおぉぉ」

完全に据わった目で男に啖呵をきっている。

そして、ふっと我に返ったように両頬に手を当てて叫んだ。

「あーー思い出した‼ どうしよーあたし、ひりえくん以外とキスしてたぁ!!」

はあ?

一瞬、呆然と事の顛末を窺っていた直樹の眉間に皺が寄る。

「……琴子………」

直樹の声に、琴子がはっと振り向き、満面の笑顔を見せたかと思うと、あっという間に泣き顔になる。

「ひりえくんだーーひりえくん、どーしよーあたし、ひりえくん以外にはキスしたことないーーってぇ思ってたのに、理加ひゃんとキスしてたぁーああ、なんてことなの~~~」

と、直樹にしがみついて、何故だか胸をバンバン叩きながら泣き出す。

理加かよ………

内心ほっとしつつ「理加はノーカウントでいーから」と、琴子の背中に手を回して、ぎゅっと抱き締める。

「ほんとぉ? よかったぁ。じゃあ、ひりえくんも理加ひゃんとのキスはノーカウントだよーー?」

「ああ」

そんなのは最初からノーカウントだが、なんで、今ここで、そこに拘るんだか。

直樹は苦笑しつつも、どんなに酔っぱらっていても、しっかり唇を死守する琴子の防御本能に内心かなり感銘を受けていたのだが。


「………ひりえくん………なんか……身体が熱いよ……」

唐突に琴子の身体がくたっとなり、直樹の胸にしなだれかかる。

「琴子?」

目がとろんとしている。
熱っぽい瞳は、何処か媚びているような妙な色香が漂っている。

「ひりえくうぅん……服、脱いじゃって、いいかなぁ……? すんごくあっづいのぉ」

そういって、前開きのワンピースのボタンを外そうとしだす。

「わ、馬鹿! 琴子! 待て!」

直樹は琴子の手を抑え、そのまま羽交い締める。
その一方で、今だ床に這いつくばってのたうち回ってる男の尻を一回蹴飛ばすと、その胸ぐらを掴んで、睨み付けた。


「貴様……琴子に、何を飲ませた?」

「いてぇなあ………ちくしょう……うわーっ血が出てる…… なんて暴力女だ! 訴えてやる」

男は頭と股間を抑えながら、涙目でわめきたてる。

「訴えてみろ。おまえ、常習犯だろ? そのカクテルの中身、分析させてもらう」

「えっ………」

「さあ、云えよ。何を混ぜた?」

「な、な、な……何も……」

「これは立派な犯罪だ。警察付き出すぞ? いいな」

なまじ容貌が美しいだけに、激怒している表情は凄絶に迫力があって怖い。
胸ぐらを捕まれた男は、逃れようとじりじりと後ずさる。

「わー待って! これだよ! 変なクスリじゃないって。少し気持ち良くなるだけの………」

ポケットから小さな小瓶を出して、震える手で直樹に渡す。
瓶には何種類かの配合薬品の名前が小さく書かれてあった。

「……それに一滴入れただけだし」

「それでも立派な犯罪だ」

どうやら危険なドラッグの類いではないようで安心するが、証拠品としてモノは押収する。

「申し訳ありません、お客様……カクテルにそのようなものを入れられたことに気付かずに……」

ずっと琴子の相手をしていたバーテンダーが狼狽して深々と頭を下げる。
プロとして、目の前で自分の作ったもにそのような仕掛けが施されたことを見抜けなかったのは忸怩たる想いがあるのだろう。

「妻の状態次第では明日警察に被害届を出すかもしれません。ご了承下さい」

「仕方ないでしょう」

淡々と言葉を交わす二人に、「ま、待って……それだけは……金なら出すから!」男は真っ青になって懇願したが、直樹はそれを無視して、男の胸ポケットから名刺入れを取り出して一枚抜き取る。

「ふん。随分御大層な会社にお勤めだな。何かあったら連絡するから首洗って待ってろ! さっさと行けよ」

どかっと尻を蹴られて男は脱兎の如く逃げ出した。

直樹の腕には琴子がしがみついたままである。
ほっておいたらそこでそのままストリップでも始めそうな勢いじたばたもがいているので、身動きできないようきつく抱き止めている。

「……ひりえくーーん。はやくお部屋いこーー」

とろーんとした眼差しで舌足らずに訴えると、直樹の首に腕を回してぎゅっとしがみつく。

「お部屋いってぇーーえっちしよーー」

大音声での大胆発言だが直樹はしれっと「あたりまえだ。せっかくの記念日、しないでどーする」と平然と返すと、「やったあー! いっぱい、えっちしよーね……むぐっ」喚き続ける琴子の口を手で塞いで、そのまま俵担ぎにする。
呆気に取られる店内の人々の視線を一身に受けて、その場を立ち去ったのであった。


部屋に戻った後、飲み過ぎと怪しいクスリのせいで琴子は一度吐いた。
しかも、ベッドに、盛大に。
直樹がシーツの交換をしてほしいとフロントに電話をすると、どうやらバーラウンジでの顛末を聞いたらしいホテルの支配人が自らやって来て、ホテル内での不祥事を陳謝し、部屋を交換させていただきたいと申し出てきた。
警察沙汰になってホテルの名前が出ることを恐れての牽制だろう。しかもどうやらあの鶴ヶ峰という男、このホテルのオーナーの親戚筋らしい。
スイートルームを差し出すのも納得というものだ。
恐らくはこのホテルで一番ランクの高いだろう最上階スイートに案内された時、直樹は不愉快そうに顔をしかめて固辞したが、「他に空いていませんので」と白々しい嘘で押しきられた。

「……妻に何か異常があったら、警察に届ける心積もりに変わりはありませんが」と念押しして、カードキーを受け取ったのだ。








「……そ、そんなことがあったのね……あたし、全然覚えてなくて」

頬を両手で挟み込みながら、赤くなったり青くなったり忙しい琴子である。

「だろーな」

記憶がないのはアルコールのせいというより、恐らくあの怪しげなクスリのせいだろう。
何度か吐かせて、水を飲ませたが、瞳を潤ませ懇願するように直樹にすがる琴子の様子は、普段とはまるで違うものだった。

「まあ、たまにはあれくらい積極的に求めてくれるのもいいもんだな」

「ええっ?」

「何度抱いても満足してくれないのには参ったが………おれも遠慮なく挑めたし。ある意味刺激的な夜になったな」

「え……うそ」

「おまえ、声、少しガラガラだろ。ずっと絶叫してたもんな。まあ、中々家じゃあんな声は聴けないし、おれも堪能させてもらったよ」

確かに、喉がいがいがとしている。

「あたし、あたし………いったい……ぜんっぜんっ覚えてない………」

半泣きの琴子に、「これに懲りたら2度とあんなとこに一人で行くんじゃない」と囁いて、くしゃっと髪を撫で付けやさしくキスをする。

蕩けるような甘いキスにうっとりした琴子は、素直に「……色々迷惑かけてごめんね」と謝った。

「……毎度のこと過ぎて、今更って感じだな」

苦笑する直樹に、しゅんとする琴子。

「……でも、おまえがどんなに酩酊しても、どんな状況に陥っても、おれ以外の男に対しては徹底的に拒絶する強固な貞操観念の持ち主だってのはよーくわかったよ」

「??? よ、よくわかんないけど、あたしは入江くん以外の人となんて絶対イヤだもん」

「知ってる。いや、あらためて思い知った」

昨夜のことを思い出してくすっと笑う直樹に、首を軽く傾げる琴子。
琴子の頬を軽く擦って、もう一度キスを落とす。

そして、シーツごと琴子を抱えあげるとそのままベッドに押し倒した。

「え? 入江くん……」

「せっかくの記念日なのに、全く覚えてないのは残念だろう?」

「それはそうだけど……で、……でも、あたし、腰が………それに頭もまだちょっと……」

迫ってくる直樹の顔に狼狽えた琴子は、じりじりとベッドヘッドの方にずり上がる。

「本当ならお仕置きタイムといいたいところだが、今からは勘弁してやるよ。記念日の大サービスでやさしくいたわってやるから」

「記念日はもう過ぎちゃったよ~~」

「今日はいい夫婦の日だろ?」

にやっと笑い、シーツにくるまった琴子を少しずつ剥いていく。

「い、入江くーーんっ」




夜明けまであと2時間半。
窓越しの東京タワーが朝焼けの陽射しに彩られるまで、琴子はそれはそれは丁寧かつ丹念に、結婚記念日&いい夫婦の日バージョンの極上大サービスを受けたのだった。




木婚式ーー夫婦が五年目にして漸く一本の木のように一体化して、夫婦としての形を為していくこと。



しっかり一体化出来て満足な直樹が、「6年目もよろしくな、奥さん」とチェックアウトギリギリまで起きられなかった琴子に、とびきり優しく囁くのはお約束なのであるーー。










※※※※※※※※※※※※




なんとか、3話で終わりました。
よかったぁ~~去年の20年目の話のように長くなったらどうしようかと(^^;

えーと、二人の熱い夜の詳細はすっ飛ばしましたが、誰か媚薬えろ読みたい人いますかーー(笑)
あちこちで媚薬えろ見かけた気がしたので今更と思って敢えて書きませんでしたが……(読みたい方、挙手を……(^-^)/)
しかし、あのクスリ、入江くん持って帰ってるんだよね(^w^)どうすんだ?


とりあえず結婚記念日をクリアしたので、頓挫していたイタキス期間のお題を達成したいと思ってます。本家が延長決定で、密かに安心している私なのです。でも一応きっちり終えたいと思っているのですよ。
いやー早くしないと年越しちゃいそうだわーf(^_^)




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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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