20010928 ~幸せのLapis lazuli (後)

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20010928 ~幸せのLapis lazuli (前)

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一周年なのです。


明日は我らが琴子ちゃんのbirthday♪

そのバースディイヴの本日がこのサイトのブログバースディだったりします。

何とか無事に一年を迎えることが出来ました。

これもひとえにこの僻地を訪れてくださっている皆様のお陰でございます♪

この拙いお話を楽しみにしてくださっている皆様、拍手やコメントをして下さる皆様、本当にありがとうございます。
皆様に支えられてなんとかはじめてのアニバーサリーを迎えることができました。とっても嬉しいです(*^^*)

思い起こせば1年前。
バースディネタをアップする為に悪戦苦闘(ハードの問題で)しておりました。
アップして数時間後にコメントいただいて、めっちゃ驚いた記憶がつい昨日のことのようでございます。

ロケットスタートで始まったこのブログも、当初の勢いはさすがに保てませんが、それでも何とか広告出さずに更新出来ているのは、読んで下さっている皆様のお陰です。感謝感謝(^.^)

この一年で、たくさんの大好きなサイト様とリンクもさせていただいて、幸せこの上ないです。

ありがたいことに、1度も誹謗中傷の類いのコメントはいただいたことはないです。私はノミの心臓なので、きっとそんなのもらっちゃった日には衝動的に閉めたくなってしまうことでしょう。

逆に、自分で自分の書いたものに自信がなくて凹んだ時に、皆様からのコメントで救われたことが多々あります。
いつも夜に書いているので、夜のテンションで書いたものが、朝になると無性に消去したくなるときがあります。なんてくだらないものアップしてしまったんだーっと、昼間悶々と下げようかどうしようか悩んでたり。(えろとか、イラストとか……他にも色々と^-^;)
それでも嬉しいコメントいただいちゃうと、ま、いっかーと開き直るお調子者なのですf(^_^)

そんなぐだぐだな管理人ですが、これからもお付き合い下されば嬉しいな~と思っております(*^^*)


とりあえず目下の目標としては「夏休み」を冬休みまでには終わらせることでしょうか(笑)そんなに長い話の予定ではないのですが、やっぱりイタキス月間にはアニバーサリーネタをあげたいなーとか思ってますので、ちょいちょい連載途切れる可能性が……^-^;
「キミゴゴ」も忘れてるわけではないのですよ~~不定期で突然ぽっとやってくるかも知れません。そんなに待ってる方もいないとは思うのですが^-^;


実を云うと「はじめまして」の記事をあげた時にあれこれ注意書きを記していたのは、書きたい長編があってそれを想定していたからなのですが、まだひとつも書いてなかったりして。
ついつい思い付いた短編を優先して書いていたら結局、長編は書き出せないままです……f(^_^)
とりあえずネタがあるかぎりは続けて行きたいと思ってますので、お付き合いしていただけると嬉しいです。

それでは。
また新たな、一年。これからもよろしくお願いいたしますm(__)m





ののの







1997年の夏休み (5)






定時を少し過ぎた時間に病院を出て、コンビニで買い物をしてからマンションに向かう。

自分の部屋に近づいて、鍵を取り出そうと歩きながらバッグの口を開けかかったところに、ばたんと隣の扉が開かれた。

「………あ、こんにちは」

扉から半身を出した目の前のイケメンの昨日までとの差異に思わずはっとして、2度見してしまう。
随分と面やつれしていた筈なのに、妙にすっきり晴れやかで。何だか超絶色っぽいんですけど。
そして、扉の向こうーー玄関先で座り込んでいる彼女の姿もはっきりと見えてしまった。

……琴子さん………おーい、大丈夫かい……?

思わず心の中で合掌する。
身体に巻き付けていたシーツがしどけなくずり落ちて、露になった肩から胸からびっしりと赤い痣が………
いやーほんとに、キスマークってあんな風につくのねー。
毎度毎度小説の中じゃ(男同士だけど)常にキスマーク散らしてるけどさ。
ほら、あたしってば実はヴァージンじゃない?(ひ、引かないでねっ! だって、生身の男、苦手なんだもん)
妄想だけで書きなぐってるから(一応AVで研究はしてるけど)イマイチリアル感なかったのだけれど。いやー、生キスマークにちょっとカンドー。

あたしの視線から彼女を隠すように、ばたんと扉を閉めてしまった彼に、素知らぬ顔で「今からお仕事ですか?」と
訊ねる。
知ってるけどね。
今日の16時頃、近くのショッピングセンターでエスカレーターの将棋倒し事故が発生したらしく、スタットコールが鳴り響いていた。(因みにうちのスタットコールは、「ハリー先生、2F-3Aにお越しください!」だ。2階3Aフロアは救命センターのある場所ね)
あたしが帰る頃には救急車が次から次へと病院に向かっていたもの。
呼び出されたら、なかなか帰れないよ、多分。


実は前日、琴子さんが神戸に来たことは既に知っていた。
だって、昨日夫妻が仲良く部屋に帰って行った時、あたし、彼らから数メートル後ろを歩いてたんだよね。

あたしが自分の部屋の前に立った時、既に部屋に入っていった筈の彼らの部屋の玄関扉がガタンと大きく響いて、思わずびくっとなった。
その後もしばらく玄関の向こうでガタゴトと何だか妙な気配を感じ、くぐもった声が微かに漏れ聞こえてきたりして、あたしはさすがに察してそそくさと自分の部屋に入っていったのだ。

玄関でソッコーかい!

いやいや、こういうシチュもありね。メモメモ!


残念ながら……いえ、ありがたいことに、彼が完全防音してくれたお陰で、その夜お隣からは何も聞こえてこなかったけどさ。
ちょっとばかし想像力逞しくさせて、何となく悶々としちゃったわよ。

翌朝あたしが出勤するときも、隣は恐ろしいほど静謐で。
ああ、今日彼は仕事休みだっけ、とそんなことを思い出していた。琴子さんを駅まで迎えに行くために、って云ってたわ。迎えに行く必要はなくなっちゃったみたいだけどね。

今朝、病院に出勤した時、院内の空気がなかなかの喧騒状態だったのには少し笑えた。

なんといっても入江先生の嫁が救急車とともに救命センターに現れたことは、あっという間に病院中に知れ渡っていたから。
ただ噂は伝言ゲームのせいか、随分と真実から遠のいていた。
いわく、入江先生の嫁が一刻も早く会いたいが為に救急車を乗っ取って旦那に会いに来たとか。
いわく、入江先生の嫁が完璧な応急措置を施し、瀕死の患者を救ったスーパーナースだとか。
相反する二極化した噂はさらに装飾を施され、新たな都市伝説を生むのだろうなー多分………。




「ご苦労さま。行ってらっしゃい」

挨拶程度の言葉を交わした後、彼はさっさとエレベーターの方に向かっていった。あたしに嫁のあられもない姿を見られたことなんか全く意に介していないようだった。

あたしは自分の部屋に戻った後、一時間ほど様子を見てから、預かったままの荷物を持って隣室のチャイムを鳴らした。

「はーい」

ーーというインターホンの声から、3分くらいは待たされた気がする。3分って結構長いよ? もしや……まだハダカのまんま!?

扉が開かれ、姿を現した琴子さんは一応服を身に付けていた。ノースリーブのグレイのマキシワンピース。夏のホームウェアとして、寝巻にも部屋着にも使えそうな着心地良さ気な天竺素材。白い長袖のカーディガンを羽織ってるのは多分キスマーク隠しだろうけど、もうバッチリ見ちゃったから遅いのよ~~

「あーかをる子さん、ごめんなさい! あたしが取りに行かなきゃだったのに!」

琴子さんが、あたしの持っている段ボール箱を見て平謝りする。

「いいわよ、別に。早くあたしも琴子さんとお喋りしたかったし」

というわけで、あたしはそのまま隣家に上がり込む。

玄関先で腕を差し出す琴子さんに段ボール箱を渡したら、そのままがくっと崩れ落ちた。

へ? これ、めっちゃ軽いけど?

「大丈夫?」

「ご、ごめんなさいっ 大丈夫です。ちょっと腰が……………」

よろよろしながらそれでも段ボールを抱えようとしてフリーズしてしまった彼女。
……しれっと出ていったイケメンドクターの鬼の所業を想像しつつ、あたしは結局その段ボールをもう一度抱えて「お邪魔しまーす」とずかずかとリビングに入っていった。

「ここでいい?」

ソファの横に置くと、「ありがとうございます」と、やっぱりよろよろと生まれたてのバンビちゃんのように歩いてきた琴子さんが、ぺたりとフローリングの床の上に座り込んだ。

ぺりぺりとガムテープを剥がしながら、「ごめんなさい、この中に下着全部入ってて……」と、困ったような照れてるような顔をして箱を開ける。

………もしかして、そのマキシ丈のワンピースの下は……何も着けてない!?

「あ………なんでこれが」

箱を開けた途端に、琴子さんが真っ赤な顔をして一番上にあったものを見ていた。
あたしも思わずチラ見したら……まあ、とっても透け透けな色っぽいベビードールが………

「え? 」

さらに奥にあった何種類かの箱を取り出して、何だろうとガン見してから、また激しく真っ赤になる。

「お、お義母さんったらいつの間に……!」

お義母さんなの?
そのベビードールも、コン〇ームのお徳用セットも。
うわーそんな姑、あたし絶対イヤかも……

焦ってまた段ボールに戻すと、「お、奥で着替えてくるわね」と、ずるずると箱を押して寝室の方に消えていった。

うん、最初から寝室で開けばよかったね。そしたらあたしに見られなかったよ……?
(とりあえず、ベビードールも、コンちゃんも、あたしの書くジャンルには必要ないものだわ)


程なくして、見た目は変わらないけれど、いくぶんすっきりした様子で琴子さんが寝室から出てきた。
はい、ちゃんと穿いてきたのね。
手には菓子折を持っている。

「かをる子さん……これ。つまらないものですが……色々ご迷惑かけちゃって」

「あら、別にいいのに。小包受けとるくらいなんでもないわよ」

といいつつ菓子折を受けとる。
あら、お台場名物レイ〇ボー饅頭。

「それと、これ」

差し出されたのは……

「あらー!『たまごろー』じゃない!」

たまごの形の携帯ゲーム。去年パンダイから発売されて、社会現象とも云える大ブームとなっている。
たまごから孵化する様々な生物を養育するのだけれど、買ったものが何の卵なのかは孵るまでわからないという、結構バクチな感じがこの大ブームの原因だとか。
一番人気はレインボースネイクらしい。
ピンクの蛙と空色のインコも人気。
孵化してからのものが高価格で裏取引されてるらしい。
何にしろ、今どこの玩具屋さんでも品薄状態で、50個の販売に5000枚の整理券が配られたともきいたわね。

「い、いいの~~? だって、これ、かなりレア物なんじゃ……」

「大丈夫ですよ。これ、まだ市場に出回ってない、水玉柄の王道のひよこですって」

ひゃー嬉しい。しっかし、お隣さんが容姿端麗、頭脳明晰な上にあの天下のパンダイの御曹司なんて、聞いた時はぶっとんだわね。
いや、流石にあたしの保持している身上書にも親の職業なんて乗ってないからさ。

「入江くんがちょっと心配してたんですよ。こういうタイプのゲームは流行も爆発的だけど、ブームの沈静化も早いから、無駄に作りすぎて在庫抱えることないように、って製造プランニングのアドバイスしてました。かといって余り製造押さえて出し惜しみしてると、人気維持の為に出荷制限してるって批判されちゃうから、その加減が難しいらしくて、お義父さん、久しぶりに入江くんに相談してたんですよー」

「はあ。そりゃ大変だねーあなたの旦那は、あっちもこっちも」

「まあなんでもこなしちゃうから……」

へへへっと笑うけどちょっと自慢気ね。

「あ、そうそう。かをる子さんにはこれもあったんだ」

そして、後ろのキャリーバッグから、箱と何やら薄い冊子を取り出した。

「きゃーっ! これはコトリン3の限定フィギュアに、アニメの設定資料じゃないっ! まあ、それに作画監督のイラスト付きサイン色紙! いいの? こんなお宝を!」

ちょっと、奥さん! これめっちゃ興奮ものなんですけど。

実を云うと今あたしが嵌まってるジャンルというのが、この『コトリン3』なのだ。
四年前に発売された『ラケット戦士コトリン』は、やはりパンダイ最大のヒットとなったゲームソフトで、その後シリーズ化して現在4まで出ている。そしてどれも大ヒット。
『コトリン』はSFだったり、ファンタジーだったり、学園ものだったりと、シリーズ毎に設定が変わるのだけれど、コトリンと王子のキャラだけはずっと変わらないの。これはもう王道NL派にはとっても美味しい二人なのだけれど。
ところがヒロイックファンタジー設定の『コトリン3』は、アニメにもなっていてストーリィもかなり波瀾に満ちた大河ロマン。中でも敵役の美形魔導師と王子との絡みがもう、とってもえろくってぇ~~邪道を愛するBL女子の心をがっつり掴んでしまったわけなのよ。
今じゃコ〇ケのブースのかなりのスペースを席巻する一大ジャンルになっている。
そして、今あたしが書いているのもまさにその王子と魔導師の爛れたヤオイ小説……だったりするわけなのよ。

まー本当にびっくりしたわ。入江先生がパンダイの御曹司だってこと以上に、彼が初代コトリンの制作者だってことも、そのコトリンと王子のモデルがまんま二人だってことも!
とりあえず、二人ともその後のシリーズの展開も、邪道な世界で盛り上がってることも全然知らないみたいだったけど。
ただコトリン3のファンだって伝えたらこうやって稀少なグッズを持ってきてくれて………ああ、知り合えて良かったわよ、琴子さん!

感動にむせび泣いているあたしに、「そんなに喜んでもらえて嬉しいわ。お義父さんに頼んだら割りと簡単に融通して貰えたの」そう云いながらコーヒーを淹れてくれる。

うん、美味しい。
こんなコーヒーなら毎日淹れて貰いたいわよね、そりゃ。
なのになんで料理のセンスは壊滅的なのかしらね。前に来たときに何度か振る舞ってもらったのだけど………悪いけれどどれも一口くらいしか……………あれを入江先生はちゃんと食べたと後から聞いて、そりゃたまげたわよ。愛って偉大だわ。

ただ、この二人を知ってから邪道な話を書くのに少々の後ろめたさを感じ始めていた。
なんといっても魔導師攻χ王子受の話書いてるってことはつまりヒロインコトリンは男にダーリンを奪われるってことなんだよねー。
(因みに業界内ではどっちが受けか攻めかで派閥ができ、さらにはコトリンχ王子の王道NL派ともバトルを繰り返し、水面下の派閥同士の罵り合いは流石にうんざりするものがあるのだけれど。みんな、えろ書いてんのは同じなのにねぇ)

琴子さんにはコトリンで二次小説書いてることは話しているけれど、それがどういうものなのか、全然ピンと来てないみたいね。(ま、知らない方がいいんだけど)

実はあたしの相方、漫画描きのA子が先週救命に運ばれて(神戸国際展示場のイベントに参加中、熱中症で倒れたのよ。何やってんの、夏のイベントで熱中症対策は必須でしょうが!)救命の各務先生と入江先生が並んでるとこ見ちゃって。
リアル王子と魔導師だーって興奮してたんだよね。
まあ確かにビジュアルイメージまんまだけど。
興奮した勢いで夏〇ミに突発コピー本作るって張り切ってたわ。


そうそう、東京のお土産もらっちゃったけど、あたしも実は来週末は東京なんだよねー。
夏の一大イベント。夏〇ミは今年はなんと3dayなのよー!まあ、3日のうち1日は抽選外れてサークル参加は出来ないのだけど。
毎年お盆も年末も実家帰るより東京〇ッグサイト行っちゃって、親には申し訳ないなあと思いつつ。そう、今年も熱い夏が迫っているのよね。



その後暫く琴子さんが神戸に旅立つ所からと、到着してからの武勇伝をひとしきり聴いていて、それから二人で宅配ピザを頼んで、食べながらずっとお喋り。
あたしも乞われるまま、病院での入江先生の評判など話したりして。
彼女が訊きたいのは本当は、入江先生にちょっかいかけてくる女がいないかどうか、というところなんだろうけれど。
ちょっかいかける女なんて、そんなのいるに決まってるじゃない。
毎日毎日これでもかってくらい誘われてるってのは、僻地の事務局にいても耳に届く。
ついでにどんなに誘われても全く歯牙にもかけないってこともね。

そんなに身体いっぱい愛されて、何を心配してるのか、あたしとしてはそっちの方が不思議だわ。



「実は来週からあたしも神戸医大のチャイルドプレイルームで、ボランティア始めるんです」

へへっと少し嬉しそうに琴子さんが話してくれた。

「来週? ああ、お盆期間ね」

平日だから病院は通常運転だけど、来週一週間はお盆を含めて長期休暇をまとめてとる職員も多い。パートや非常勤職員は特に。

アルバイトや派遣の短期の採用をその穴埋めに何人か採っていて、その辺りの人事はあたしも把握しているけれど、ボランティアに関しては部所ごとの裁量だから流石に知らなかった。

「卒論の調査とインターシップも兼ねてる上に、入江くんと同じ屋根の下で働けるってだけで一挙両得というか一石三鳥というか~~もう、嬉しくってぇ」

「……そうね」

チャイルドプレイルームは小児科棟の最上階。救命センターとは真逆の位置だし、職員の託児所と病児保育ルーム、院内学級を併設しているその区域は、アルバイトや派遣やボランティアで成り立っていて、正職員はせいぜい小児科ナースくらいしか関わりはないと思うのだけれど。

でもきっと中々帰って来られない旦那をこの部屋で一人寂しく待っているよりは、同じ病院に居るってだけではなくて、彼女自身の為にもいいんだろうな、という気はするわ。

「入江先生だけでなく、あたしも同じ屋根の下よ。時間が合えばランチしましょうね」

「もちろんっ! 」

満面の笑み。真夏の向日葵みたいね。この笑みに弱いんだろうね~~あの鉄面皮も! くっくっくっ。想像すると笑える。

「とりあえず、今週いっぱいはこの部屋で専業主婦してます。あんまり張り切り甲斐のない部屋ですけど」

確かに男性の一人暮らしとは思えないくらい整然としている。物も少ないし。

「毎日お弁当作って届けなくっちゃ」

とーってもうきうきしてますけど。
それは止めたほうが……

「さあ! 頑張らないと!」

気合いを入れて立ち上がった途端に、うっと顔を歪ませてへたりこむ。
…………うん、頑張ってね、琴子さん………




それから、3日間。
案の定、入江先生は1度も部屋に帰れないらしい。
毎日お弁当と着替えを持っていっても、「忙しくて全然会えないの」とーー少し寂しそうに報告してくれた琴子さんの笑顔の数が、週末になるに従って段々と減ってきているのは、決して気のせいではないだろうーー。







※※※※※※※※※※※※※※




お待たせしました。
シルバーウィーク、何それ? の私ですが、皆様はよい連休をお過ごしでしょうか?

何だかかをる子さんのオタクネタで終わってしまった感があります^-^;マニアックでゴメンナサイ……m(__)m
私は東京ビッグサイトは知らないのですが。(晴海と幕張の時代しか……)あ、何の話か分からない方、スミマセン。
どーでもいいけど、ついコミケあるあるとかコミケの歴史とか検索して過去のヲタな日々を思いだしてしまいましたよf(^_^)
因みにこの年の夏から3dayになったんですね……へぇ。


さて、次はまた病院舞台に……とは思ってますが、琴子ちゃんのバースディも迫ってることですし^-^;もしかしたら誕生日まで、更新出来ないかも………?


あ、それと。
前回の限定の話ですが、実は原作読み返してある間違いに気付きまして、とある部分を今日(9/21)こっそり直しました。話の本筋にはなんの関係もない情景描写ですが……わかる人、いるかなあ?(^w^)






1997年の夏休み (4)





「いっいたーいっ 滲みるって、入江くん!」

「これくらい我慢しろ! たいした傷じゃねぇ」

救急外来の処置室で、直樹は琴子の膝小僧に消毒液を塗っていた。
皮が少し擦りむけただけの擦過傷で、血が滲んで痛々しいが、既に固まっていた。半ズボンの小学生がよく作る傷だ。
膝丈のスカートが盛大に捲れあがった転び方をしたのではと簡単に予想できる。

「これくらいなら絆創膏とか貼らずにそのままの方がいい」

「はーい」

痛みに顔をしかめているものの、ちらりと直樹の顔を盗み見て、へへへっと頬を緩ませる。

「白衣の入江くんも格好いいけど、その救命の青いスクラブもめっちゃ素敵~~」

救命センターのチームはみんな揃いで、ネイビーブルーにV襟半袖の術衣(スクラブ)を身に付けていた。琴子はうっとりとそのドラマにでも出てくるようなキリリとした姿に見惚れている。

「それに、入江くんに手当てしてもらうのって……久し振り。ほら、昔あたしが火傷した時にお風呂で………」

「琴子!」

直樹は琴子の言葉を遮り、強い口調で問い質す。

「だいたい、なんでおまえが救急車に乗ってくるんだ? こっちに来るのは明日じゃなかったのか? 課題はどうなった?」




救急車から琴子が飛び降りて来たとき、直樹は自分が幻視を見ているのかと一瞬思ったくらいだった。
それくらい心の奥底で琴子を欲していたのかと。

「入江くん、会いたかった~!」
と、がしっとしがみついてきたその懐かしくも甘やかな感触に、漸くそれが幻ではないのだと認知できて。
けれど。
天才的な頭脳をもってしても、そこに琴子がいる理由が全くもって理解できなかった。

唖然とした様相で注視していた周りのスタッフたちの視線に気付いて、琴子を引き剥がした後、救急隊員によって運ばれた60代くらいの女性をストレッチャーに乗せようとしたら、「あら、いややわ、歩けますさかい…」と自ら降りようとする。

「駄目ですよ~丸山さん! 一応頭ぶつけてるから、安静にした方がいいです!」

琴子にたしなめられて、そのままストレッチャーに移された。
「……何だかえらい重病人になったみたいや……」と申し訳なさそうな女性は、腕に雑誌を丸めて作った副え木を当てられ、スカーフで三角巾を作って首から掛けていた。

「これ、おまえが?」

「う、うん。一応、応急処置を……」

「雑誌を丸めたのはいいが……微妙に不細工だな……」

講義で習ったことを実践したのは初めてだったのだろう。四苦八苦で固定しようとした努力の片鱗は認められるが、出来上がりは琴子の不器用さが滲み出て既に崩れそうである。

「ほんま、このお嬢さんのお陰で助かったわ」

「いや、何にもしないよりずっといいですよ。なかなかこんな応急処置をする人はいませんから」

女性と救急隊員の両方からフォローがあって、琴子はえへっと照れ臭そうに頭を掻く。

「だいたい、おまえ、なんでーー」

言い掛けて、「入江先生、とりあえず中に入りましょ。彼女も足に怪我してはる」佛円にそう促されて、初療室に運ばれた女性とは別に、琴子を外来の処置室に連れてきたのだった。



ーーーそして。
直樹に不信気な眼差しで見られているのに琴子の声は弾んでいた。

「そうなの! 課題! 聞いて、聞いて、入江くん! あたしね、すごく頑張ったんだよ~~」

直樹の詰問に、琴子は晴れやかな顔で得意気に答え始める。

琴子の話を要約するとこうだった。


今日が課題の締切日で、17時までに提出しなくてはならなかった。
琴子は当然17時ギリギリまでかかるものと、神戸行きはその翌日のつもりで指定券も買ってあった。
しかし、1日でも課題の提出を前倒しできれば少しでも早く直樹に会いに行けると、幹や真里奈たちにハッパを掛けられ、日曜日からずっと完徹で課題をこなしていたのだという。

そして、課題はきょうの朝一番の内に提出できたのだと。

「だからね、あたしもう、提出し終わったら、みんなとお茶しよーっ、てのも無視してダッシュで家に帰って仕度して、東京から新幹線に飛び乗ったのよー!」


満面の笑みで話す琴子。
課題提出に余裕をもって締切を守れたのは恐らく初めてなのだろう。
直樹なら提出期間の初日に提出するだろうが、そこは琴子だし、グループ課題で調査日程に制約があった為に無理だったようだ。
とりあえず直樹がかかっていれば何でもできるのだという証がまた一つ増えた訳である。


「……それで? なんであんな場所でこんな事故にあったんだ?」

現場は直樹のマンションとも、この病院とも少し離れた場所だった。
そんな処で自転車と接触事故を起こしたというのも不思議だった。



「………えっとね。とにかく、新幹線は、寝ちゃいけない、って頑張ってたのよ」

前日からほぼ寝てなかった為に、新幹線に座った途端、睡魔が訪れた。
しかしここで寝てしまったら確実に爆睡してしまう自信があった。気がついたら博多だったなんて、普通に有り得そうで怖い。
携帯を持っていれば目覚まし替わりにアラームをセットすることも出来ただろうが、生憎琴子は携帯を持っていなかった。
なので、寝ないように空席があるにも関わらず、東京からわざわざ立ちっぱなしでいたのだという。

「車両の間をずっと行ったり来たりしていたら、車掌さんから思いっきり不審がられて」

何度も切符拝見しますとか言われちゃったわよーーと笑いながら。

「で、無事神戸に着いて、やったあ、と思って安心しちゃったのね」

病院行きのバスは分かりやすい。それに乗れば、病院より一つ手前のバス停が直樹のマンションの最寄りの降車駅だった。
ーーけれども。

「バスの中でしっかり爆睡しちゃって………」

気が緩んだのと、4時間弱新幹線で立ちっぱなしだったせいで疲れがどっと表出したのだろう。
はっと気がついたら「次は終点です」のアナウンスが。神戸医大前は真ん中くらいの地点だったから、かなり乗り過ごしたことになる。琴子は慌てて終点一つ前で飛び降りた。
いっそのこと終点まで行って折り返した方が早かったのだか、その時は頭が回らずとにかく焦って降りてしまった。
周囲を見回せば、少し郊外の住宅街の入口のようだった。
トイレに行きたくて店を探しているうちに、バス停のある通りを外れてしまい、ドラッグストアのトイレを借りて出た後には自分がどちらから来たのかわからなくなってしまった。
迷子である。
午後3時。夏の一番暑い時間帯だった。大きなキャリーケースを持ったままウロウロして、諦めてタクシーを掴まえようかとしたが回送車など一台も通らない。公衆電話も見つからず途方に暮れていた時。
曲がり角で右方から来た自転車とぶつかってしまった。

軽い接触だったので、弾みで転んだものの、琴子の方は軽い擦り傷だけだったが、相手の女性は避けようとした為か盛大に自転車ごと倒れてしばらく動けない状態だった。

「大丈夫ですか?」と掛けよって助け起こした時は、「いたた……」と顔をしかめたものの「ごめんなさいね~~あんたは大丈夫?」と、笑いながら右腕を押さえている。
琴子も腕に触れてみて、状態から骨折ではと思われた。

琴子は彼女が倒れた時に右手をついて、でも支えきれずに右の側頭部を地面に打ち付けていたのを見逃さなかった。

「頭の方は大丈夫ですか?」

「頭? 頭より手の方やね。でも大丈夫やさかい、気にせんといて」

立ち上がれたものの、腕が相当痛そうで自転車が起こせない。

「救急車、呼びましょう」

そう提案したものの、公衆電話はない。さっきの店で電話を借りようかと行き掛けたら、
「ええって。これくらいで救急車やなんて、恥ずかしいわ。歩いて帰れるさかい、いっぺん家に寄ってから近所の病院行くでええよ」
そう笑って固辞する。
確かに救急車を呼ぶのには微妙なセンだ。手首の単純骨折なら、この時間ならかかりつけの整形外科の午後の外来でも十分かもしれない。
琴子は自転車を起こして自分も付き添って病院に行くことを考えていた。

「ほんとに、ええから。あんた付き合わんでも。この辺の子じゃないんやろ? あんな荷物持って旅行かね? すまんかったね、巻き込んじゃって……」

だが自分で自転車を引くこともままならず、痛みで顔をしかめてまだ動くことが出来なさそうだ。
このペースでのろのろと照り返しのある舗道を歩いていたら熱中症になってしまうのでは? と、琴子はそれを心配した。
打っていた頭もきちんと診てもらった方がいい気がする。

そんな時、たまたま「どうかしましたか? 」 と、通りすがりのサラリーマンが訊ねてくれた。
思わず琴子は「携帯電話持ってますか?」と訊いて、救急車を呼んだのだという。

待っている間に簡単な応急処置をしながら、一人暮らしだという60代のそのおばさんと話をしていた。
子供たちは東京や大阪に住んでいるのだという。
救急車を呼んだことは少し迷惑そうだった。

そんな大袈裟にせんでも………

大した病状でなくても簡単に救急車を呼ぶ常識のない輩への批判もよく耳にしていたせいだろう。恐縮しきりだった。
確かに簡単に呼ぶのも問題だが、呼ぶのを躊躇して大変な事態に陥ることもある。
看護学生の琴子にも自分の判断が正しいのかどうか自信があったわけではない。
だが、骨折は軽症ではない。早期に適切な処置をしないと上手く治癒できないこともある。


「それで、一緒に救急車乗ってーー最初のところに断られてるのを聞いて、ついつい『神戸医大にお願いします! 天才救命医がいるんです!』って叫んじゃったの」

思わず頭を抱える直樹である。

「………おまえ、おれが居て一石二鳥とか思ったんじゃないだろうな」

疑わしげな眼差しで妻を見つめる直樹に、
「そ、そんなことないよー。入江くんが今日居るかどうかだってわからないし。いや、会えればラッキー、とは思ったし、実際入江くんの姿見たときはもうおばさんのことすっかり忘れてたけどさ……」
と、頭をぽりぼりかきながら馬鹿正直に答える。

だが、琴子が安易に救急車を利用した訳ではないとわかり少しほっとする。
まさかタクシー替わりに、とまではいかないまでも何をやらかすか分からないのが琴子である。
なんといっても無免許運転だろうが住居不法侵入だろうが、切羽詰まるとどんなことでもやってしまえる大胆不敵なところがある。

「……ごめんね、驚かして」

険しい目付きの直樹に、琴子は殊勝にもしゅんと身体を縮こませて、上目遣いに見上げる。

「……ったく」

ため息を一つ突いた後、後ろで控えていたナースに「すみません、これ持っていって下さい」と処置の終わったトレイを渡す。

ナースの姿が後ろに消えた瞬間に、直樹は琴子の頭を抱えてぐっと引き寄せる。

一瞬、唇が重なった。

「よく、来たな……」

「入江くん………」

琴子の頬がぽっと染まる。

もう一度キス。今度は少し長めで。
とはいえ味わうにはほど遠く。
お互いの唇が少し乾いていて、緊張状態にあったのだとぼんやりと思う。

ナースの足音が近付いてきて、すっと二人は離れた。


「ま、……丸山さん、大丈夫かな?」

熱くなった顔を誤魔化すように琴子が訊ねた。

「今、レントゲンとCTを撮りに、画像診断センターに行ってますよ」

戻ってきたナースがにっこりと応える。
年配のナースで、直樹に色目を使うタイプではなさそうだが、琴子のことを訊きたそうにうずうずしている感は否めない。

「そっか。たいしたことないといいなあ。一人暮らしって言ってたし、右手が使えないとちょっと不自由だよね……」

偶然ぶつかっただけだが、すっかり親しくなって心から心配している。

すると唐突に処置室の内線が鳴った。

「入江先生、各務先生からです」

電話を取ったナースが受話器を直樹に渡す。

「はい、え………!? はい…………はい。わかりました」

何だか神妙な面持ちで話している直樹を不安げに琴子が見つめていた。

「今、丸山一枝さんのCTの結果が出たそうだ。
頭部外傷による急性硬膜下血腫が見つかった。今は意識がはっきりしているが、バイタルが低下して、めまいと吐き気が出始めている。すぐに緊急オペを行う。おれも助手に入るから」

直樹の説明に、「ええーっ」と琴子が大きな声をあげた。

「だ、大丈夫なの? 丸山さん……!」

琴子が真っ青になって慌てたように立ち上がる。

「脳の損傷は殆どないそうだ。穿頭して血腫を取り除けば後遺症はないはずだ」

直樹の答えに少しほっとする。

「あ、あたし、終わるまで待ってていいかな?」

琴子の問いかけに隣のナースが「ご家族以外の方は……」と申し訳なさげに伝える。

「家族はすぐに来れないだろう?」

「 多分、大阪の娘さんに連絡していると思う」

「……にしても、オペが終わった頃だな、来るのは」

少し考えて、
「穿頭血腫除去術は30分くらいの簡単なオペだ。局所麻酔だし。HCU控室で待ってろ」と琴子の頭をくしゃっと撫でーーそして。

「よく彼女を救急車で連れてきたな。お手柄だ」

優しく、笑った。







直樹の予告通り、術前と術後の準備時間を含めても一時間弱程で終わった。
HCUは家族以外は入れない為、琴子はストレッチゃーで移動する途中の丸山さんと二言三言、言葉を交わす。

「おおきにな、お嬢さん……」

局所麻酔だから意識ははっきりしていた。

「ほんまに、名医がおったなー……あの若くて格好いい人がお嬢さんの旦那さんやろ?」

「はいっそうです!」

満面の笑みの琴子に、親指と人指し指で丸を作って丸山さんも微笑んだ。





「君が入江の奥さんか」

オペ室から出てきた直樹と各務が琴子の前を通りかかった。

「は、はい! 入江くんの妻をやらせてもらってますっ」

新婚当時と変わらぬ奇妙な挨拶を述べて、深々と一礼する。
その様子に各務はくすりと笑みをもらし、
「君のお陰で、彼女は命拾いをしたな。もし、一旦家に帰ってから病院の午後外来に、なんて悠長なことをしていたら恐らく一人暮らしの自宅で血腫が増大して、意識を失いーーそのまま命を落としていたかもしれない。
右腕の骨折の痛みのせいで頭の方は気にしていなかったのだろう。
ーーよく、救急車に乗せてくれたな。ありがとう」

「い、いえっ」

照れる琴子に、直樹も少し誇らしく思う。そして一瞬でも「こいつまさか(おれに早く会いたくて)救急車をタクシーがわりに使いやがったか?!」などと疑ったことに少々の申し訳なさを感じつつ。もっとも本人も全くそんな展開になるとは思ってもみなかったろう。何にしろ琴子がやらかすことには何か意味があるらしい。

「しかし………」

各務が琴子の姿を一瞥し、そしてくつくつと面白そうに笑った。直樹はこの指導医が笑ったのを、ここに着任して二週間、初めて見た気がした。

「思った通りの嫁だな」

「「え……?」」

各務の一言に、琴子と直樹はほぼ同時に驚愕の声をあげた。

「なんとなく、おまえが選ぶ相手はこんな感じの娘かな、という気がしてたんだ」

「うそっ そんなこと言われたの初めて! いっつも意外だの、相応しくないのって云われて……」

琴子は興奮して、つい各務の前にへばりつきそうになって直樹に首根っこを掴まれる。

「今日はもうあがっていいぞ。はるばるやって来た嫁の為にも急患が来ないうちにさっさと帰れ」

「はい。明日は休みなのでお願いします」

「明日のことまでは責任もてねぇな」

そういってにやっと口角をあげて各務は背中を向けた。








「やーん、各務先生、ほんと、いい人だねー。格好いいし」

琴子と一緒に病院を出て、二人で近くのファミレスで食事をし、マンションから最寄りのスーパーで少し買い物をしてから、月の明るい夜道を二人並んで歩く。
とりあえず冷蔵庫はビールと水以外は空っぽだからと、数日分の食材を買い込んで、両手一杯の荷物は直樹が持っていた。
琴子はからからと大きなキャリーケースをひいていた。

「なんか、出来るお医者さんってやっぱり見る目が違うっていうか、こう何でもお見通しって感じなんだよね~~」

さっきから琴子は各務を誉めっぱなしで、直樹は少々面白くなかった。

マンションに入り、エレベーターに乗り、それでもまだ止まない各務への賛辞に、直樹の眉間に皺が寄っていることに琴子は少しも気がついてない。

部屋の前に着いて、がちゃがちゃと鍵を開け、琴子を先に中に入れて後ろ手で鍵を閉める。

「……入江くん……?」

キャリーケースを中に置いて、サンダルを脱ごうと屈みかけた琴子の身体が突然玄関扉に押し付けられた。
そして激しく口づけられる。
息も付けないような激しいキスに、琴子は戸惑いながらも直樹の背中に手を回し、受け入れる。
喋りすぎて渇いた唇が、直樹の舌によって湿らされ、捩じ込んだそれがゆっくり口内をかき乱していく。

「ふぁ……あ……ん」

鼻に掛かった甘い声が漏れる。

長い長い蕩けそうなキスに、涙目になった琴子が、「入江くん、暑いよ……」とか細く訴えた。

確かに、2日以上帰っていない部屋は締め切ってあり、夜になってもその籠った熱は消え去っていなかった。

「……そうだな」

キスだけで腰砕けになって動けない琴子を玄関に置いたまま、まず部屋のエアコンを付け、キッチンに向かい、そして買ってきた食材の要冷蔵品だけを猛然と冷蔵庫に押し込む。
そして、もう一度玄関に戻ると、へたりこんだままの琴子を抱えあげる。

「入江くん?」

「食うぞ」

「え? さっき食べたばっかなのに、まだ足りなかった? じゃああたし、今買ってきたもので何か作るね……」

琴子のとんでもない発言に顔をしかめて、
「そんなの、いらねーよ」ともう一度唇を塞ぐ。

「え? じゃあ……」
唇がまだ触れあった状態で、不思議そうに琴子が直樹の瞳を見つめた。

「とりあえず、部屋が涼しくなるまで、服を脱いでないとな」

そういって、抱き上げた琴子をフローリングに下ろすと、ばっと勢いよく琴子の着ていたニットのカーディガンを脱がして床に落とす。サーモンピンクのショート丈のサマーカーディガンだ。

「え?」

驚いている隙に今度はその下のコットンキャミソールの裾を持って、琴子が「 ひゃあ」と叫ぶ間にまくりあげられ腕と頭を抜いて、やはりぽいっと床に落とした。

「いっ入江くんっ」

琴子の抗議の声を無視して、促すように肩を押し、部屋の奥に進みながらも片方の手は背中のブラのホックに辿り着いていた。
ブラのホックが簡単に外されて「きゃあっ」と思わず琴子は前を隠す。

「ちょっ……入江くん……」

脱がされている間に、キッチン、ダイニング、リビングを通過して、少しずつベッドルームに近づいていく。

玄関から一定間隔を置いて琴子の服が点在している、奇妙な光景。
ベッドに到達する頃には琴子はすっかり何も身に着けていない状態になりーーそのまま押し倒されて。

「いただきます」

「入江くーーんっ!」










※※※※※※※※※※※※※


先にバスルームに行くべきか、ベッドルームに行くべきか、今日1日悩んでいました……f(^_^)

いやーだって、部屋まだエアコン効いてないだろうしなー、琴子ちゃん汗かいて絶対シャワー浴びたいだろうし。でも バスルームに入ったらまずそこで一回だよな、でもゴムの準備が~~!とか余計なことをうだうだ考えて、結局はベッドルーム直行にしました……(-.-)

とりあえず、玄関先にカーディガン、キッチンにキャミ、ダイニングにブラ、リビングにスカート、寝室の入口にショーツと点々と服が脱がされている様子を妄想してみてください。直樹さんのがっつきぶりが目に浮かんで笑えます(←笑って欲しいのか?あたし……)


さて、次、いきなり朝だったらブーイングですか?^-^;





台風は皆さま無事でしたでしょうか? まだ雨の続いて被害が出ているところもあるようですが。
うち方面は直撃のわりには雨が夜半酷かったくらいで、何とか影響もなくやり過ごせました。
10時半に暴風警報解除された為に、娘はブツブツと学校に向かったようです。(11時だったら1日休校だったのに……)
弁当を持っていって学校で食べてから授業って、意味不明な時間割。家で食べてからでいいだろ!と思わず緊急連絡メールに突っ込んでしまいましたよ。
お昼用に用意してあったものを自分で弁当箱に詰めて登校したらしいけれど、お箸忘れた~~お茶いれた水筒が漏れて弁当袋びちゃびちゃ~~と憤っておりました。まあ、平和ですね。床下がびちゃびちゃになるよりましです。

せめてこのブログを訪れて下さっている皆様は何事もなく無事に過ごせていますように。




1997年の夏休み (3)




いつものことですが、なんちゃって医療ドラマな展開です^-^;くれぐれも(特に業界の方)スルーよろしくお願いしますf(^_^)









※※※※※※※※※※※








8月4日(月)





「おつかれー」

直樹が医局のドアを開けると、薄ぼんやりした寝起き顔の同僚が、コーヒーを淹れながら直樹に声をかけた。

「入江も飲む?」

「ああ、もらう」

直樹と同期の佛円(ぶつえん)崇は、手際よく備え付けのカップにサーバーのコーヒーを注ぐ。

「はいね」

「サンキュ」

立ったまま一口飲む。

「 相変わらず、不味そうにコーヒー飲むんや」

「そうか? 別に不味いわけじゃないが」

とはいえ、美味しいわけでもないんやろ?

一応ドリップされているオフィスコーヒーは、缶コーヒーよりは遥かにマシであるが。
ただ飲みなれた味と違う違和感にほんの一瞬だけみせる残念な表情を、この妙に聡い同僚は見逃さない。

「昨夜の多重事故の患者は意識回復したって?」

「ああ。多分もう大丈夫だろう」

「そら、よかったわ。今までずっとlCUに?」

「まあな」

深夜に搬送された重体1名、重傷2名の急患のお陰で、仮眠していたスタッフも叩き起こされ総出で処置に当たっていた。
夜中1時過ぎ、漸く久しぶりにマンションに帰ろうとしていた直樹も結局帰りそびれてそのままだ。
重体患者を担当した為に、昼を過ぎた今、やっと予後が安定してきてひと心地着くことができる。

「おまえも結局帰ってないのか?」

佛円は軽傷者担当だった。
処置が終われば帰れた筈だ。直樹は不思議そうに訊ねた。

「カルテの整理やら雑務処理が終わってなくて、 各務先生に怒鳴られたんや……もう、ほんと鬼や、あの人は……」

げんなりした顔でため息をつく佛円に、
「で、終わったのか?」と訊ねると、
「4時間前。もう、眠とーて全然起きとれへん。つい、パソコンの前で船漕いでしもうて、進まないってえの。
終わったーと思うたら、朝から熱中症オンパレードやし」

確かにここ数日、酷暑だ猛暑だと叫ばれるほどの気温の上昇で、熱中症患者の搬送が増えている。

「やっと、落ち着いて、ここでちょっと仮眠してたん。もう、帰る時間すら惜しい……」

ソファの上にはクッションとタオルケットが置いてあった。
僅かな空き時間があれば、帰るより眠りたいという気持ちは分かる。通勤時間すら勿体ないのだ。

医局には直樹と佛円以外にも、二つの屍が……いや、仮眠中の同僚がいた。

机に突っ伏して寝ている二人。
一人がむっくりと顔を上げた。

「……あれ、入江先生、今日は休みとか言ってなかったっけ?」

「休みは明日です」

「そうだっけ? あれ? 今日何曜?」

「月曜ですが」

「あーなんか、曜日感覚なくなってくるなー、ここにいると……」

身体を起こし、手を伸ばして大きな欠伸をしながら神谷貴司が時計を見た。
研修2年目の神谷は、一浪一留で直樹より三つ歳上だった。

「せめて、仮眠室で寝たいなー………」

「仮眠室、先輩たちで埋もうてるさかい」

「入江は全然寝てないんやろ?」

「まあな。いつものことだろ」

「昨夜の事故、酷かったもんなー」

「さすが、各務先生、判断が早うて。心停止した時はもう駄目やと思うたけど。初療室で開胸して直接心マやもんなー」

重体者一人は運び込まれてすぐに心停止したのだが、助かったのは奇跡的だった。
救命センターの副長、鬼軍曹各務の采配で的確に指示が与えられ、全員見事に命はとりとめた。
何にしろ、昨夜は戦場のような目まぐるしさだった。
その余韻も冷めやらぬまま、朝から熱中症の為に寝室で倒れていたという老夫婦が搬送、そして陽が高くなるに連れ、極度の脱水症状で何人か搬送されてきていた。
休む間もない状況でみんな僅かな空き時間にベッドで眠ることすら叶わない。

「明日、奥さんこっち来るんやろ? なあんもないといいな」

「ああ」

琴子のために患者に元気になってもらいたい、という訳ではないが。
ただ、休みは気合いを入れて休まないと、毎日毎日重篤患者が運ばれて、研修医にも拘わらず一人が何人も担当している状況に流されて一生休みが取れない気さえしてくる。

直樹のいる神戸医大の救命センターは三次救急指定機関だ。基本、重篤患者だけ受け入れる機関だが、軽症者であっても近隣の病院から断られた救急要請を全てカバーし、そして受け入れている為に、常に救命センターは慢性的人手不足で疲弊状態にあった。

「……いいなあ、休み ………おれ、医局長から代休取れって言われてるけど、一体いつ取っていいんだか……」

神谷の呟きも深刻だ。
正直に勤務表に勤務時間を書いたら間違いなく労働基準法違反になる。
36時間勤務とか、10日連続出勤とか当たり前だ。

それでもこの病院はまだマシだ。
働いた分、きっちり賃金は支払われる。
私大の付属病院勤務の研修医の殆どが、月収数万円のパート主婦以下の手当てしか支払われず、社会保険にも入らせてもらえないという劣悪な環境のもと、当直アルバイトを掛け持ちしてやり過ごしているのだ。現実に研修医の過労死事件がおきて、研修制度が見直されるのはまだ数年未来の話だ。
森村かをる子が話していたように、この病院はナースだけでなく、研修医に対しても待遇は他の大学病院と比べ物にならないくらい良い。その代わり他の病院でのアルバイトは禁じている。
きちんと社会保険にも加入し、他の職員と同等の福利厚生を受けられる。
そして、そんな病院は私立大学病院の僅か数%というとんでもない現実があった。


「あれ……私、なんでこんなとこに寝てんだ…?」

机に突っ伏して寝ていた救命センターの紅一点、鬼頭姫子がぱっと顔をあげて辺りを見回す。
直樹が救命に来るまでは各務の次にイケメンと称された中性的な容貌は、ぼんやりと寝惚け眼で、頬に一筋痕がついていた。

「ああ、事故で人手が足りないって呼び出されたんだっけ……」

欠伸をしながら昨夜の出来事を反芻しているようだった。

「姫子先生、涎が口元に……」

神谷の指摘に、「うるさいぞっ ああ……もう、女終わってんなー」と口元を拭いてから再び机に突っ伏す。

「あ、一応、女って意識してたんだー」

33歳独身の彼女は、1年半前から救命に配属されたという、元々は内科医だった。
身長175センチ、ショートカットの黒髪……端麗な顔立ちは宝塚の男役を彷彿させる。じっさい今年のバレンタインは、院内一番のチョコ獲得数と評判だった。

「いっとくけど……私は、出来る女じゃないから」
と、直樹は初対面の時に彼女に宣言された。

「ほら、この容姿だろ。上司にしたい女優No.1のあの人とかこの人とかに雰囲気似てるからって、凄くバリバリ仕事出来るつよーい女に思われるけど………残念ながら、めっちゃ不器用だから!どんくさいから! くれぐれもギャップ萌えとかしないように」

はあ。

先輩相手にどう答えたらいいものか。

そうしたら彼女の後ろから、直樹の指導医の各務草平がぱしこーんと丸めた雑誌で彼女の頭を叩いた。

「新人相手に何、自分の無能さを力説してるんだ」

「いたーい。だって変な期待されて、もっと叱って下さい! とか言われても……」

「……言いません。そんな趣味はないので………」


とまあ、そんな感じで初顔合わせをしてから既に半月。
とりあえず、彼女が女性にしては珍しく、直樹に妙な秋波を送って来ないことに安心したものだ。
かといって、桔梗幹のように中身と外見が合致しないというわけではないらしい。

「一応彼氏がいた時代もあるんだ」
訊いてもいないのにそう力強く宣言されたが。

「たいてい1ヶ月持たないんだ。どうも面倒臭がりなのがいけないらしい。相手のことを考えるのもデートもセックスも面倒なんだ」

面倒臭いという問題だろうか?
…………なんで付き合うことになったのか、謎過ぎる。


それにしても。
中々個性的な面子であった。

ーー神と仏と鬼が揃い踏みかよ。

医療現場に縁起がいいのか悪いのか、その名前に微かに笑みを漏らしたものだ。

佛円崇は直樹と同じ研修1年目で、元々救命希望で研修初期から救命センターに身を置いている。
神谷貴司は島根の実家が皮膚科のクリニックを経営していて、小児アレルギーが専門と言っていた。直樹より半月早く皮膚科から救命センターに研修に来ていた。
この二人、眼鏡をかけているところや、背丈や体型、髪型などが良く似ていて、名前までともに『たかし』。
他のスタッフからもしょっちゅう見間違われている二人である。
お陰で神仏ツインズとか云われていた。
眼鏡を外すと3割増しにイケメンなんだから、と鬼頭姫子に云われていたのは神谷の方。確かに眼鏡を外すと少し船津に似ている、と若干鬱陶しい同級生を思い出した。

最強な名前なのに、最弱トリオなんだな、私たちーーとこれも鬼頭姫子の弁。

「鬼姫って完全名前負けだよねー」

大して気にもしてなさそうにからからと笑っていたが。

確かに研修医の神仏ツインズはともかく、姫子も上司の各務から度々怒鳴られていた。
姫子はそれなりにキャリアも積んでいて、初期診断の見立ては見事なものだと直樹も学ぶことが多い。しかし、外科は無理っと内科医を選択しただけあって、手先の不器用さはハンパない。縫合の遅さに昨日も散々各務に怒鳴られていた。

「どーせ、私は釦もまともに付けられない女だよ。料理も下手だし、整理整頓苦手だし……」

外科医としては致命的なほどの不器用さに、確かに直樹も呆れたが。
研修医のようにちまちまこそこそと練習していた外科結びは、研修医以下だった。
やることもざっくりで大雑把。女性らしい繊細さはあまりないが、人当たりがよくてめげないところは何となく琴子を彷彿させる。
云うことは自虐的な割りに妙にサバサバした性格はいかにも女医らしい。

「鬼頭先生、昨日は確か早く帰りませんでしたか?」

「同窓会があったから久々に定時で帰ったのにね……明け方にオンコール。事故のせいで他の先生たちが急変に対応出来ないっていうから結局駆けつけた」

夜中だろうが休みだろうが、何の遠慮もなくかかってくる病院からの呼び出し電話。小児外科の頻度と比べるべくもない。24時間緊張状態を強いられて、気が休まらないのは確かだった。

「常に首に紐をつけられているような気がするだろ。こんな状況で、救命を志す医者が増えると思う?」

「目の前の患者を助けることが出来るという充足感は遣り甲斐を感じますね」

「目の前の患者を救えなかった時のストレスも半端ないけどね」

「………まあ、確かに。でも……」

「でも、これを乗り越えないと救命なんてやってられない」

「はい」

「君は小児外科に戻るんだろ?」

「ええ」

「救命に残ろうなんて、欠片も思わないだろ?」

「救命の仕事に興味はありますし、学ぶところも多い。でも、おれが神戸まで来たのはあくまで小児外科を究めるためなので」

「 そうか」

上手くかわしたと思われている訳ではないようだ。

「勿体ないな。君は私と違ってセンスがあるのに」

彼女自身、救命の仕事が嫌なわけではないようだ。自分で内科からの転科を希望した、ということや、その時期を鑑みても、恐らく1年半前にこの地域を襲った未曾有の天災に起因するのだろう。特に訊いたことはないが。

「まあなんにせよ、カガミンがもうちょっと体制を整えてくれたらなーって思うわけなのよ。まだまだ発展途上なんだなーこのチームも」

飲み終えたコーヒーを片付ける為に席をたった彼女は、変な体勢で寝ていたせいかよろよろと給湯室に歩いていく。

「鬼の各務をかがみん呼ばわりできるの姫子先生くらいや……」

佛円が肩を竦める。
そんな彼も救命を最初から希望しているのには思うことが色々あるのだろう。
元々ここの学生だった彼も、『あの日』を経験している筈だった。




直樹が小児外科一本で研修を希望しているように、この病院の研修制度は専門医を育てるストレート方式を基本としていた。各科を2~3ヵ月のローテーションでまわるやり方も選べるが、殆どの研修医が将来の専門を見据えて単一の研修科を選んでいた。
学生時代の臨床実習で、直樹はほぼ他の領域についても知識だけは完璧に身に付いていると自負していた。
だから小児外科の専門チームがあり、その研究テーマに深く感銘を受けていた楡崎教授から誘いを受け、師事する為に神戸に来た。
数ヵ月の小児外科での研修でやっとその環境になれたところだった。

事前に救命センターへの研修は必修であると云われていた。ただ、いつどのタイミングで命じられるかはわからないとも。

救命での研修は直樹にとっても望むところではあった。
緊急性の高い小児の救急事例は多い。ほんの少しの初期診断のミスで重篤な事態を招くこともある。
少なくとも臨床で日々実践し、手技を高めていく機会は小児外科にいる時よりも遥かに多い。
そして、その命の儚さを知る機会も。
医者になって、4ヶ月、小児外科病棟では1度もまだ死に対面したことはなかったが、救命に来たとたん、己の無力さを思い知らされる状況に何度も立ち会った。
この半月で、小児外科にいただけでは得られない知識と技術を得ることが出来たことは、大いに価値ある経験だろう。

ーーただ。
このタイミングとは。
琴子が来る夏休みに、救命への研修を命じられるとはーー。
誰にもぼやくつもりはないが。
心の中でため息をひとつ付いたことは、誰も知らない。



「いいなー入江先生は。明日は奥さんとまったりかー」

「あまーい。そんな楽しいこと、此処に所属している以上有り得ないよ。覚悟だけはしとくように」

皆の前で平然と歯を磨き始めた鬼頭姫子は、意地悪そうにそう言い放つ。

「………覚悟はしてますよ。十分に」

「お、わかってるね。研修医の分際で一人楽しいプライベートが待ってるなんて、許さないかんね」

「あー姫子先生も鬼やー」

「何処がっ?」

「……いやーでも入江先生の奥さんってどんな人なんやろ?」

「確かに気になるね。このぶっきらーが日毎じわじわと顔つきが穏やかになってくの。あからさまに鼻の下伸ばさないあたり小憎らしいけどさ。そんなに心待ちにしてる嫁ってどんな娘?」

歯ブラシをくわえながらもごもごと訊ねる。

「姫子先生、歯みがき粉、口から垂れてますやんっ」

ぎゃあぎゃあ騒いでいる彼らを横目で見ながら、そんなに分かりやすく表情に出ているのものかと鏡をちらりと見る。

「ふっふっふっ、元内科医の慧眼だよ」

「いや、結構おれらにも分かるよ。張りつめてるのが少し緩やかになってく感じ。煙草の本数もあからさまに減ってるし」

「だから、余計に気になるやけどね、この完全無欠の天才をそんな風にさせるのがどんな嫁か」

「普通の女ですよ。高校からの同級生で」

普通……か? まあ、普通に目があって口があって鼻があるし。
自分で云っておいて普通の境界線は実に曖昧だと密かに笑いを噛み殺す。

「いっぺんくらい連れておいでよ」

「ここに? 邪魔になるだけですよ?」

来るなと云っても覗きにくる予感は十分するが。
いや、確実に弁当の宅配は来そうだ。
間違いなく。

「ああ、そうそう。胸は鬼頭先生といい勝負です」

スラッと身長の高い鬼頭姫子だが、電信柱のような見事な凹凸のなさである。

「 へえーそりゃ残念。世の中のAカップ愛好者の一人が既に妻帯なんて」

「 別にAカップ愛好者ではありません」

「はいはい、愛する妻がたまたまAだったって話だね。いやー君の前をうろつくお色気ナースたちに聴かせてあげたいね」

「姫子センセ、自分の取り巻き入江先生に取られて悔しいんやろ」

佛円の突っ込みに、
「そうだな。こんな声かけても冷却ビームしか発しない奴より私の方が絶対優しく受け答えするのに」
くっくっと面白そうに笑う。


「そういや、入江、おまえ、事務の森村さんと知り合いなのか?」

黙って話を聞いていた神谷が突然振ってきた。

「先週、一緒に飯食ってたって?」

「あー、おれもそれ聞いたわ。ナースたちが騒いどったな。おまえ、嫁がおるくせに、あんな美人とも……」

……美人だっけ?

直樹は一瞬考える。
わりとはっきりとした顔立ちは、松本裕子や大泉沙穂子のような万人が見て美人とはいかないかも知れないが、確かに美人の部類かもしれない。

「救命のタイムカードに不備が有りすぎると、クレームつけられただけですよ」

森村かをる子からは隣に住んでいることは絶対云うなと云われている。
適当に誤魔化すしかない。

バレたら、あたしんちに、友人と名乗る女子が毎晩争うように押し掛けてくるわよっ

彼女の危惧は強ち大袈裟なわけではないかもしれない。
結婚してると公言しているのに、そして、プライベートな時間が全く取れないこの状況にも関わらず、隙をついては女子スタッフに「食事に行きませんか」「飲みに行きませんか」と誘われる。
救命に来て以来、歓迎会をやるやる云われて未だに行われていないというのに、一体何処にそんな時間が取れるのか。
他人と飲み食いする時間があったら、先ず寝る!

そんなことを言えばますます勘違いを招きそうだから云わないが。

「なんで、おまえにそんなクレームつけるんや?」

「たまたま相席しただけですよ」

「ふーん。知り合いなら紹介してほしかった……」

残念そうに佛円が呟く。

「よせよせ、研修医なんてすぐ振られるよ。デートする時間もないんだから」

去年、6年付き合った彼女に振られた神谷がしみじみと語る。

「……まあな」

「研修医じゃなくたって、救命にいる限り人間的な生活は望めないよ」

鬼頭姫子の言葉に、神仏ツインズは揃って項垂れたーーその時。


消防局からの緊急コールが鳴り響いた。



「はい、神戸医大病院救命センター」

姫子が真っ先に電話をとった。

『救急司令センターより、二次の患者の受け入れを要請します』

「二次? うちは三次指定病院ですよ?」

生命の危険に関わる重症患者を受け入れるのが三次救急だ。
二次は命の危険のない、中症患者である。

『歩行者と自転車の衝突事故です。歩行者の方が膝の擦過傷のみで軽症ですが、自転車の方は倒れた際に腕をついて、右腕を骨折したようです。近隣の二次指定の病院に今、断られまして……頭も少し打ってるから、神戸医大に搬送して欲しいと歩行者の方が……』

「歩行者が頭を打ったの?」

『いえ、自転車の方です。六十代女性で、意識もはっきりしていますし、自力歩行も可能で、バイタルもサチュレーションも安定してます』

だったら歩いて最寄りの整形外科へ行けよ、と姫子は内心思ったがーー

「受け入れます」

姫子から受話器をふんだくって、そう答えたのはいつの間にか部屋に入ってきた救命の鬼軍曹、各務だった。

「各務先生!」

「ぶつくさ云わずに受け入れろ! 頭を打っている以上中症とは言い切れない。患者を診ずに判断が出来るか?」

「………そんなことばっかり言ってるから、コンビニ受信も受け入れて、こっちがてんてこ舞いになるんじゃないか……」

姫子の呟きに、「文句あるならはっきり言え!」と各務は鋭い眼光で睨み付ける。
新参のナースなら震えあがってそれだけで半泣きだが、姫子はしれっと「別に」とかわして、「じゃあ中症者は君たちに任せるわ」と研修医たちに微笑みかける。

「じゃあ佛円、入江。お前たちが行け。間もなく着く」









「いやー各務センセにあんな軽口叩けるの、姫子センセだけやー」

「後輩だって?」

「確か、姫子先生が3つ下やったかな。二人とも東京の大学出身や。でも、各務センセはドイツの病院に何年か居てはったって話」

「ふーん」

「入江が来るまで各務センセがモテ率No.1やったん。背も高いし、目付き鋭くてちょっと猛禽類みたいだけど美形やろ? 腕はピカ一やし。そんで女に大してめっちゃ冷淡。似てるわー」

「誰と?」

(……おまえとや……)


救急入口までこんな悠長な会話をしていられるのも搬送されるのが逼迫した状況の患者ではないと分かっているからだ。

「神谷先生、ストレッチャーいります?」

救命ナースが一応声を掛ける。

「………おれ、佛円やけど」

「あーすみません、関西弁が仏様でしたねー」

……なんやねん、その見分け方………。

佛円ががっくりしている横で、
「とりあえず、一つは持っていこう」と直樹が答える。

歩行者の方は要らないだろう。事故当事者だが電話をした本人で、半分付き添いのような形で同乗したらしい。

救急外来入口で待っていると、間もなく救急車が到着した。
横付けされた救急車の扉が開く。
ストレッチャーを近付ける。

そしてーーー。



「入江くーーんっ! 」

「……………!!!!!!!………………」


救急車から飛び出してきたのは。

今はまだ東京にいる筈のーー。



「ーーーー琴子っ!?」









※※※※※※※※※※※※





ーーてなわけで、台風娘、意表を突いて1日早く到着(笑)

『ERの愉快な仲間たちーーそして彼女はやって来たの巻』でした(爆)




あっという間に夏休みも終わり9月ですね……(いえ、我が家には若干1名、まだ絶賛夏休み中でごろごろしてる奴がおりますが)。
行事めじろ押しの2学期ですが、イタキス月間もやって来ますしね(^w^)もっとさくさく行きたいなーと思うだけでままならぬ今日この頃……(-.-)
ガンバリマス^-^;







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ののの

Author:ののの
管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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