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1997年の夏休み (2)

2015.08.28(00:20) 160




M様! やっとかをる子さん、登場です(^^)








※※※※※※※※※※※※※※※※




8月1日(金)




一番盛況な正午過ぎの職員食堂。
院内の売店でパンでも買いに行こうかと思ったけれど、今日は割りと早めに席を立つことが出来たから、もしかしたら限定の日替り定食まだあるかも……と期待したけれど、甘かったわね。
あたしの手前で売り切れになってしまった………。ったく運のない。
仕方なく夏の定番、ざるそばセットを注文し、カウンターで受けとる。


あたしはいつものように一番端の窓際の席を陣取っていた。
他の医療スタッフのように交代で食事ではないから、あたしは12時からの50分間が毎日決まったランチタイムだ。
制服も他の医療事務職員とは違った、黒のベストとタイトスカート。みんなのはチェックで可愛いのに、あたしだけなんか地味だわー。食堂に来ると、妙に浮いてしまう気がする。
そりゃまあ、色んな職種の人がいてそれぞれ制服も違うのだけれど。
とにかく……あたしの事務服は、出入りの葬儀会社の女性スタッフのとよく似ている……。

ああ、あたしの名前は森村かをる子。
神戸医大付属病院で事務やってます。
医療事務じゃなくて、ただの事務職。職員の給与とか保険とかフツーの事務ね。
患者さんと接する機会もなく、病院の最奥地にひっそりと生息してるのよ。
小うるさい番頭と名高い事務局長と経理のおじさんやおばさんしかいない、地味な職場よ。
そんなあたしが他の職員と出会える唯一の場所がここ。
………っても友達いないからいつもぼっちだけどね。
別に気にしない。
基本一人の方が気楽だし、人間観察するには食堂ってちょうどいいのよね。
隣の机の会話に耳を澄ませてると中々えげつない院内相関図が作成出来て面白いのよ。妄想と創作の源ね。話作りに幅が広がるってもんよ。
そう、あたしの趣味はヲタな同人。漫画描いてる悪友と組んで、腐った本、作ってます。主に文章担当ね。小説書いてます、なんて面映ゆくて云えないわ。
あ、無論そんなこと職場の誰も知りませんことよ。
とにかく今は夏〇ミの入稿が済んで、人外魔境の修羅場から脱出して、ひと心地ついたとこなのよ。

ーーてなわけで、いただきます、とぱきんと割り箸を割る。あれ? 変な風に割れちゃったじゃない。いやあねー不吉な予感…………




ざわざわ……

あら? 何だか背中の方で妙なざわめきが聴こえる。

面倒だから顔をあげない。
黙々と蕎麦を啜るあたし。夏はざるに限るわね。


「ここ、いいですか?」

ーーああ。
ざわめきの原因は、彼か。

めんどくさい。
わざわざあたしの前に来なくてもいいのに。

後で一斉攻撃の如く、質問攻めが来るに決まってるわ。
ああ、さっき感じたイヤな予感て、周りからのこの視線だったわけか。

そう思いつつも。
一応にっこりと爽やかスマイルを携えて顔をあげた。

「あら、珍しい。入江先生が職員食堂に来られるなんて」

白衣姿の超絶イケメンの彼ーーこの病院の研修医にして、あたしの住むマンションの隣人が、向かいの空席にランチトレーを置いた。

「……ここまで食べに来るのが面倒なんです。売店の方がまだ近いんで。でもたまにはまともな食事を摂らないとね」

彼が座ったことでさらに好奇に満ちた視線がさっとこのテーブルに集まったことを感じる。

「ステーキ定食……かなりがっつりなチョイスですね」

この夏バテ気味な胃には決して収めたくない重たさだ。

「食える時に食っておかないと、次にいつまともなもの食えるか分からないんで」

そうね。あなたがっつり肉食だったわね。

食える時に食っておかないと、次にいつまともな琴子が食えるか分からないもんで……

いかん、勝手に頭が変換してしまったわよ。

そうそう、そういえばもうすぐ来るのね~彼女……。

「あ、荷物、また届いてたんで、受け取って置きましたから」

「すみませんね。明日は一度帰れると思うので、夜に取りに伺います」

「今、三箱来てますよ」

にっこり笑って伝えてあげると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「引っ越しでもしてくるつもりか、あいつは……」

「2ヶ月でしょう? 夏休み。そりゃ服やら普段使っている小物やら、あれこれ要りますよ。女子なんだから」

三箱じゃまだ足りないわね。
料理とかするならもしかして調理道具なんかも送られてきたりして。
隣に住んでいる為に、不在配達の荷物をいつも受け取ってあげている。
そのことで東京の琴子さんと何度か連絡取り合ったけど……

「こっちにいられるのは結局、実質1ヶ月くらいですよ。あいつも四年生で忙しいし」

「……そうなんですね」

6月に彼の嫁ーー琴子さんが来たとき、彼女は嬉しそうに「夏休みになったら2ヶ月は一緒なんですう」と言っていたのにね。半分になってしまったのはかなりショックだろうと想像できる。

ほんっとに旦那のことしか頭にない感じの嫁だった。
一途で健気でちょっと抜けてて(小火出しかけたり、電話壊しかけたり)可愛いくも逞しい嫁だったのよね。
1週間の滞在で「なんであんなフツーの娘が~~」って給湯室での阿鼻叫喚、罵詈雑言がしばらく収まらなかったって噂は耳にしたけど……何処がフツー?
かなりパンチの効いたキャラだと思ったけど。
この彼を落としたってだけで相当バイタリティのある娘だわよ。
(因みに出会ってから結婚に至るまでの波瀾のドラマは彼女の口から三回通りは聞いたわ)

私は立場上彼が既婚者だとはじめから知っていたし、実はかなり嫁ラブな男だってのも日々の人間観察の成果か妙にさっさと察してしまっていた。
元々二次元の男しか興味がなかったから、この綺麗な顔を見て、創作の参考や妄想の元にはなるけれどリアルに恋愛対象なんて微塵も思わない。
ってか、こんな美形なんて、絶対無理。
性格も……本質は悪くはないと思うけれど結構面倒臭そう。
あと……夜が大変そうね……

「防音完璧になりましたしね」

「はい?」

あ、いかん、余計なことをつい口にしてしまった。

「あ、いえいえ、この前とってもハイテクチックな防音壁搬入してたじゃないですか」

どこぞの建築学科の博士ご考案の、完全無欠な防音効果ーーだそうで、確かに隣の部屋の気配の欠片も聴こえなくなりましたとも!
まあ、それを入れるまでマンションとは思えないくらい薄っぺらい壁で、隣の音がだだ洩れだったのよね。
あたしの部屋と彼の部屋は元々オーナーが使ってた部屋を二つに分けたらしくて、隣の部屋はほんと、襖1枚か?ってくらい丸聞こえだった。
………でもって、嫁が6月に来たとき、二人の×××の音が一晩中あたしを不眠に陥れたという…………
ええ、そして知ってしまった、このクールな表面の下の肉食な顔を! どんだけ嫁を抱き倒してるんだか。

「もう、生活音が洩れることはないですよね?」

彼は特に表情を崩すことなく訊いてくる。
このひと、絶対、音が筒抜けと分かっていても構わずに三セットマッチしてたよなーと勘繰ってしまう。

「ええ。もう、全然!」

だから安心して嫁を可愛がってあげてください。


「じゃあ、琴子が大騒ぎしても迷惑かけませんね」

「 あ、逆にピンチの時に助けに駆けつけられませんね」

前、揚げ物の火がクッキングペーパーに引火して大騒ぎしてたのが聴こえて、あたしが駆けつけたんだよね。

「何か問題があったら、あなたのところに電話するようにいいます。いいですか?」

「ははは。いいですよ。病院に電話するよりは隣人の方が早く駆け付けられる」

1週間で2回トラブってたから1ヶ月なら8回はあるのか?
………ってか、トラブルありきの会話してるあたしたちって………

「色々ご迷惑かけるかもしれませんが宜しくお願いします」

彼が殊勝にペコリと頭を下げる。

「いえいえ」

あたしも頭を下げる。
いいのよ、あたしあなたの奥さん割りと気に入ってるから。
それにあんな面白い娘そうそういないわよ。悪いけど、しっかりネタにさせてもらってるから。なのでギブアンドテイクってことで。

やば。
注目の的のイケメン研修医に頭を下げさせてしまった。
またまた視線が突き刺さる。




「……顔色あんまりよくないですよね」

食べ終わった彼を、初めてまじまじと見て、彼が以前より随分と痩せているように思えた。疲労感が顔に張り付いて、まあ、いっそ凄絶に綺麗だな。相方に見せたら、喜んでスケッチブック片手に妙な絵を描きそうだ。

「あまり寝てないですからね」

「そういや、今、ERでしたっけ?」

「はい」

「うちは、研修医も新人看護婦も必ず1ヶ月以上は救命に行かなきゃいけないんですよねー」

「みたいですね。そのことは面接で聞いてますからいいんですがね。それに、噂は色々聞いてたんである程度覚悟はしてましたし」

「噂? ああ、救命の鬼軍曹の?」

うちの救命を仕切ってるのは、天才でイケメンでゴッドハンドを持つと云われているドクター各務。とにかく自分にも他人にも厳しいドSな性格で、救命の鬼とも云われている。救命要請も絶対断らない為、とにかくERはいつも戦場のようだって話だ。
何にせよ、離職率が割りと低い当院で、救命に入った途端辞めていくスタッフの多いこと多いこと。
それは全て冷酷無比で容赦ない各務医師の叱責に耐えかねた為とか、寝ることも叶わないような過酷なシフトを与えられるせいとか云われてる。
そしてついたあだ名が救命の鬼軍曹(サディスティック サージェント)。
一体何人の研修医やナースたちがマジ泣きして去っていったことか!
お陰でうちの事務局長もしょっちゅう救命の医局長にクレーム付けに行ってるわね。

あ、でも。……似てるわね、天才でイケメンで性格がドSなところ。

二人並んだらめっちゃ凄絶に迫力あって怖い気がする……。

「各務先生が厳しいというのは聞いてたし、あの一刻を争う現場で迅速な判断が必要なのは当然です。如何せん言葉が荒くなるのはわかります」

そういえばまた噂が一つ増えたの聞いた気がするわ。
あの鬼軍曹の指導の元で一度も叱責を受けたことがない研修医がいるって。

ま、目の前の彼でしょうけど。

「うん、まあ救命が大変なのは知ってますけどねー。でも、入江先生、ちゃんとタイムカード押してます?」

事務局長が困るのも、あたしの仕事上、問題なのも、そこなんだよね。

「………日がな1日病院にいるのでどのタイミングでタイムカード押していいのか」

そう、救命の人たち、みんなほぼ家に帰らず24時間医局に棲息しているからタイムカード押し忘れるのよ! それ、事務としてはとーっても困るの。

「基本、決められたシフトの時間で押してください。で、規定以上の残業はしないで下さい。そのうち労基から目をつけられますから」

「……気を付けます。みんな、押してないからそれが救命のスタイルなのかと」

んなわけないじゃん。

「救命がそんなんだから、そのうち過労死やら医療過誤やら起きるんじゃないかとうちの事務局長、戦々恐々としてますよー。医者の方がみんな顔色悪いんだから。入江先生もちゃんと家に帰って寝ないと」

「みんな寝袋持ち込んでますからね……あれには驚きました」

まじ、過労死とかやめてよ。

「寝るには寝てるんですよ。寝不足でオペや治療に支障が出たら困るので。帰ってもすぐに呼びつけられるからみんな帰るに帰れないだけなんですよね」

もう、慣れたと云わんばかりに淡々と応える彼。

ま、それに、慣れない人たちがさっさと辞めていくんだけど。

「……琴子もここに入ったら1度はあそこを経験しなきゃいけない訳だし」

「彼女、ガッツあるから大丈夫じゃないですか? まあ、新人のうちに配属されちゃうとキツいかもだけど」

「ガッツだけはありますけどね…………」

ガッツだけはね……と、呟く彼の瞳が一瞬遠くを見てたわ。
………ガッツだけなのね………

「でも、琴子さん、来年無事にこの病院配属されるといいですね。なんといってもうちは、ほぼここの付属の看護学生で採用埋まっちゃうから」

「……え?」

ほぼ無表情といっていい彼の顔色が初めて変わった。

「知らなかったんですか? まあ、斗南とは提携してるから優先順位は高いですけど。うちの学生今年も国家試験合格率は100%で、全員付属の生徒で採用枠は埋まったの。たまに救命配属されて辞めちゃう人がいるから臨時採用はあるけど……4月からの就職はうちの学生が試験に落ちない限り難しいんじゃないかと」

「……ナースはどこも人員不足とばかり」

「実はうちは看護婦の給料、日本一って云っていいくらい破格なのよ。だからみんな余程のことがない限り辞めないの」

人材は人財って、院長の口癖なのよね。

「………そうなんですか」

あ、なんか考え込んでる。
……確かに来年春から一緒に神戸で暮らせることを夢見て生きてる琴子さんを思うとね……

「でも、神戸には他にも病院があるわけだし」

逆に夫婦でおんなじ職場ってやりづらいんじゃないかと思うのだけど。

「……あいつ、おれの助けをしたいからって看護婦を目指してるんです」

「ああ……」

そういえば、前来たとき仕切りにそんなこと云ってたっけ。
一緒に暮らせる、じゃなくて、一緒に働けるってことがキーポイントなわけね。

「このこと、琴子には……」

「分かりました。内緒にしとくわね。100%、一緒に働けると信じてないと勉強にも力が入らないわよね」

「……とりあえずエサがあれば200%くらいの力が出るやつなんで」

……エサ……
彼女の目の前にぶらさがってるのは貴方ね……

でも、あたしには貴方にとっても美味しいエサのように思えるけど……彼女のこと。

食べたくて食べたくてたまらないくせに。

「あ、もしかして、今、無理なシフト詰め込んで、猛然と働いているのは彼女が来てから休みやすくするため?」

彼はただ、ふっと微笑むと何も云わずに席を立った。

「じゃあ、これで」

え、あ、やばい、あたしも昼休み、もう終わりだ!

慌ててトレイを持って立ち上がる。






「ねぇねぇ、森村さん! あなた、入江先生と……」

案の定、入江先生が食堂から姿を消した途端にあたしの周りに女子職員たちが群がってきた。

「ごめん、もう、休憩時間、終わりだから~~!」

あたしはそう言って脱兎の如く食堂から飛び出す。
とにかくあたしの中では、彼があたしの隣人ってことは最もバレたくない最優先事項だ。
あたしがヲタってことよりもね!


けれど、もうすぐ彼女が来るってことはあたしにとっても結構楽しみだったりする。
さて、今度はどんなことをしでかしてくれるのかしら?
ーー乞うご期待!ってところかしらーーね?











※※※※※※※※※※※※※※※





お久しぶりのかをる子さんでした。
本当は今回分、一話目に入るつもりだったんだけど、どうにもかをる子さんを三人称で書くとぴんとこず……
結局一人称で書き直し、章ごとに人称変えるしかないな、と……^-^;

早いとこ琴子ちゃんを神戸に来させないと話が進みませんね。……頑張ります^-^;




※かをる子さん出演の神戸のお話は「君にオクルモノ」「隣の客は……。」「Love chargeはカンペキに」「6月の嵐のあとは」の4編です。





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1997年の夏休み (1)

2015.08.22(23:56) 159








お待たせしました。そろそろ夏休みも終わろうというこの時期に(終わってるところもありますよね……^-^;)、やっと『神戸の夏休み』です。……といっても、まだプロローグ的な感じで神戸に着いてません(笑)
そして短いです(-.-)







※※※※※※※※※※※※※※※








7月31日(木)




「……お待たせ~~外、暑いよ~~」

琴子が手でぱたぱたと扇ぎながら、大学の学食のいつもの指定席に向かうと、啓太以外のお馴染みの3人が顔を揃えていた。

「ほんっと、毎日暑いわね。汗で化粧が落ちちゃう」

幹もハンカチで額の汗をぬぐっている。学食のエアコンは夏休みのせいか、いつもより温度設定が節電モードな気がする。じっとりと暑い。

「あれ? 啓太は?」

「インターンシップよ。区の保健センターに行ってるわ」

「あ、そっかー」

何しろ四年生の夏休みは忙しい。他の科のように就活はないが、卒論にインターンシップに、ボランティア実習、国家試験の勉強に模試に……。

「ゼミ旅行、無事終わった?」

「うん、まあねー」

若干疲れた顔の琴子は、みんなの前にどさりと紙袋を置く。

「あら、お土産?」

「そう」

「何処に行ったんだっけ?」

「館山……っても、ずっと大学の研修所に籠りっきりで……海にはちょっと散歩したくらいなの。折角水着もってたのに……」

「ああ。それで、八犬伝まんじゅう」

袋から箱菓子を取り出した幹は、中味を見て怪訝な顔をしていたのだ。

「有名なの?」

買ってきた琴子が逆に訊ねている。

「元文学部でしょ? 『南総里見八犬伝』知らないの? 安房の国ーー今の館山辺りが舞台なのよ」

「へー。まあ、どうでもいいや。食べてね」

どうでもいいのかい、そりゃそうだろ、滝沢馬琴なんざ耳にしたこともないわね、きっと、と思いつつ、皆で箱を開封する。深く考えることなく見た目で選んだのだろう。八種類の可愛い饅頭が入っていた。

「で、卒論進んだわけ?」

真里奈が饅頭を一つつまみながら問い掛ける。

「うん、まあね。夏休みに色々調査しないといけないのだけれど」

そう言った時の琴子の顔が妙ににんまりしているのをみんな見逃さなかった。
卒論のリサーチーーそんなに楽しい作業ではない筈。何故ーー?

「あんたの卒論って、確かーー」

「『小児病棟のチャイルドライフシステムーー保育士・HPS(ホスピタルプレイスペシャリスト)との連携』………になったわ」

思わず、がさごそと手帳を取り出して読み上げる琴子である。見ないと言えないのかい! と内心突っ込むが、そのタイトルなら琴子にはムリだな、とも思う。

「まあ、琴子さんにしては長いタイトル! 何だか難しそう!」

智子がさらっと本当のことを云う。誰も気にしてはいないが。

「うん。小児科テーマとは思ったけど、タイトルにすると私もワケわかんなくなりそうだった」

ははは、と琴子が頭をかきながら笑う。

「つまりね、小児科病棟には、長期入院の子供やその兄弟が遊べるプレイルームや病児保育室があるじゃない。そこは看護婦じゃなくて、ボランティアスタッフさんや、プロの保育士さんたちがいるわけでしょ。そこでどれくらい看護婦と連携とれているかという点をね、調査してまとめて改善案を出そうと」

「確かにコメディカルスタッフとの連携は重要ね。中々いいとこ、付いてるんじゃない?」

因みに、幹の卒論のテーマは『ナース服の機能性とデザイン性について』である。そんなのあり?とみんな思ったが、通ったらしい。

「……川嶋先生と相談して、決まったのだけど。シンプルな筈なのにタイトルはちっとも覚えられなくて」

雑談の中で幾つか出た小児科病棟の問題点。難しいことを話していたつもりはないが、気がついたらそんなテーマになっていた。タイトルもほぼ教授の添削によるもので、なんか、あたしめちゃめちゃ高尚なことテーマにしてない?と一人で感動していたが、結局覚えきれてない。

「川嶋教授は、うちの小児科でチャイルドライフ部門を立ち上げた人でしょ。その道のプロじゃん」

病児とその兄弟、家族にまでケアを尽くすべきであると提案し、それが早期の治癒に繋がるのだと実証して、幾つかの小児ケアの為のシステムを作った元看護婦長出身の教授だという。
家庭の内情には関わらないという鉄則に真っ向から立ち向かって、医療行為以外でもフォローが出来るような、多岐に渡るシステムを構築した人だ。

「子供相手にはほんわかして、優しいおばさんなのに、あたしたち学生相手には鬼なのよー」

確かにほんの数日前に会った時と比べると少しげんなりしている琴子である。ゼミ研修はかなりハードだったらしい。

「あたしたちのゼミ研は殆ど遊んでばっかだったのにねぇ」

憐れむように真里奈が笑う。

「でも、どうせ琴子さん、すぐに神戸に向かうのでしょ?」

智子の問いに琴子の顔がぱっと明るくなる。

「そう! 4日のレポート提出が終わったら、ソッコー神戸に行くの!」

少しお疲れモードの顔が一瞬のうちに蕩けそうな表情になったのは、直樹と二人の神戸の日々を妄想しているせいだろう。

「あっという間に締まりのない顔になったわね」

「無理もないわ。久々の再会だもんねー」

「そうなのよっ 聞いてよ! 入江くんてば、今月の半ばくらいから救命に研修に入っちゃって……もう、それからまともに連絡とれないの! 留守電も聴いてないくらい家に帰れてないみたいだし……やっと電話くれたーと思ったら電話しながら寝てるのよ?」

息巻いて日頃の鬱憤を晴らすように語り始める。

「入江さんが寝落ちなんて、相当疲れてるのね」

「う、うん……」

「そりゃ琴子も神戸に行って、奥さま業頑張り甲斐があるわねー? しっかり入江さんのお世話してあげなさいな」

珍しく真里奈がエールを送る。
噂に違わぬ研修医の超過密スケジュールに、流石に同情を感じたようだ。

「あ、あったりまえよ! 入江くんに毎日ご飯作ってあげて……お弁当作ってあげて……」

花柄のエプロン着けて新婚さんのように「お風呂にする? それともご飯?」なんてきいてる自分を妄想する。なんといっても二人だけで暮らすのはほぼ初めてだ。前回1週間来たときは、直樹は半分くらいしかマンションに帰らなかったし、琴子も奈美の説得に全神経が向いていて、奥さんらしいことをまともにしていなかったのだ。

「やめた方がいいんじゃない? あんたの手料理じゃ逆に体調崩すかも……」

「そーいえは、あの学食のサル顔の人がそんなこと言ってたわね、あんたの弁当、食べられる部分が少ないって」

「あら、入江さんは耐性ができてるんじゃ?」

「疲労時には厳しいんじゃない? 疲れてると免疫低下するし」

みんなボロクソである。

「ひ、ひどーい。大丈夫よ! お義母さんからレシピ沢山教えてもらったし。魔法の鍋とか送っちゃったのよー」

琴子の抗議も何処吹く風である。

「……っていうか、まず入江さん、家に帰れてないのよね? 行っても琴子さん、寂しいだけじゃないのかしら?」

智子は少し真面目に心配しているようであった。

「確かにここ一週間は特に殆ど帰れてないみたいだけどね、でもあたしが神戸に行く日は行けたら駅まで迎えに来てくれるって言ってくれたし」

「行けたら、ね」

「期待はしない方が………」

「し、してないわよ」

期待はするな、って散々念押しされたのだ。

たまたま休みの予定だったと言っていたが、最愛の妻を駅まで迎えに来てくれようとする心意気か嬉しいじゃないっ! と琴子は自慢気である。

……いや、それフツーだから……

普通の旦那なら仕事が休みなら迎えにくらい来るだろう。

「まあせいぜい充電してきてちょうだい」

「くれぐれも入江さんの仕事増やさないように……」

「仕事増やすって、何を!?」

「家電製品の一つや二つぶち壊しそうだし…料理しながらボヤとか出しそうだし……」

「あ、それもう6月に行った時にやったから! 学習したから大丈夫よ」

にっこりそう告げる琴子に、ちょっとした冗談のつもりだったのに……と幹は力なく笑う。

ああ、どうか入江さんが無事に過ごせますように。

皆は心のなかで密かに祈る。

尤もーー琴子も果たして無事でいられるのだろうか?

幹と真里奈は軽く目配せして、能天気な友人を窺いみる。

久しぶりに直樹に会って、抱き潰されるんじゃないだろーか?


初めにこの夫婦を見たときは、琴子だけがひたすら夫を追っかけていて、直樹の方は冷たく素っ気なく、妻に関心がないのかと思っていた。
だから啓太はいらぬ勘違いをする羽目になり痛い目をみたし、幹たちもチャンスはあると半ば本気で思いもしたのだが。

いやいや、関心ないなんて飛んでもない。
この食堂で大胆な愛の告白をしたかと思ったら(もっとも、好きだの愛してるだの直球の言葉をひとつも発していないのがいかにも彼らしい)去年の熱海旅行なんて、かなり大胆に見せつけられたのだ。
……いや、あてつけられたと言っていい。
琴子に対する相当な執着は十分認識できた。そして、かなりがっついている。ついでに羞恥心があまりない。
今年の直樹の卒業式の日に、講義室で琴子と直樹が延々とキスをしていたという噂はもう伝説となって伝えられている。
その日あっという間に学内に知れ渡って、続々と講義室にみんなが覗きにきたのに、全く動じず濃厚なキスをし続けたらしい。幹たちが聞き付けて駆けつけた時には流石にもういなかったが、毒気を抜かれたように動けなくなっていたギャラリーがちらほらとさまよっていた。
その後の琴子の唇がタラコだったとか、直樹が謝恩会で飲んだグラスに口紅付いていたとか……情報は、直樹が神戸に旅立ち、春休みが明けてからもいろいろと飛び交っていた。

ーーそうそう、卒業式の翌日に琴子と会う約束してたのに、腰がどうの………ってキャンセルされたのよね……。
理由は明白だったけど。


人前でも二人きりでも冷たい時は冷たいし、厳しいのは変わらないらしい。そして人前でも二人きりの時でもスイッチが入ると執着心を全く隠さない。
はっきりいって直樹を知れば知るほど、そのツンデレと称される二面性に、面倒くさい男だなと幹は思う。

顔だけはもう永遠に眺めていたいけど……一緒に暮らすのは……あの義母を含めても大変だろうなーと……

この二年近くの付き合いで、ただ見ているだけの偶像入江直樹の姿が、少しずつ人間臭いものになった。
嫉妬したり、独占欲が何気に強かったり。特に琴子への執着は、琴子の直樹への執着以上ではないかと思える時もある。


だから、幹は不思議な気もしたのだ。

直樹が琴子と離れる選択をしたことに。

自分に厳しい直樹のことだから、琴子の涙も自分の琴子への執着も封じ込めての選択だったのだろうが………

そして、今回久々に会うだろう琴子に対してーー直樹の箍(たが)が外れないかと余計なお世話な心配をしてしまう。

そうそう、6月に会いに行った時も、かなり痕が付いていたわよね……ほら、もう半袖に替わる時期だったから、モロばれだったのよ………


「それにね、さっき云ってた卒論のリサーチ、入江くんのいる神戸医大の病児保育ルームでやらせてもらうことになったの!」

琴子は幹の心配など気がつく様子もなく、嬉しそうに報告している。

「へえーよかったじゃない。一石二鳥ってやつね」

「そうなの。夏休みのインターンシップも兼ねて10日間だけだけど、職場体験しながらリサーチできるのー。川嶋先生、神戸医大につてがあるらしくて」

「単位も貰えてラッキーじゃない」

「そうそう、入江くんと同じ職場だし~~」

「病児保育ルームとERじゃ、場所、すっごく離れてない?」

病院によって施設配置は違うだろうが、あまり接点はなさそうだ。

「同じ病院内ってだけでもシアワセじゃないっ! やっぱりマンションでただ待ってるだけよりも、ちょっとでも近くににいたいなーって……」

会えなかった時間の分を埋め合わせるように、少しでも近い距離にいたいという想いが溢れている。
琴子のいじらしさにみんなほだされてしまったようだ。
何だかんだこの年上の(筈の)同級生から目が離せない。


「 さあ、じゃあ琴子がさっさと神戸に行けるように課題を済ましてしまいましょ! 締めきりまであと4日よ!」



ーー無事に琴子が毎日その病児保育ルームに通えることが出来ればいいけどね。

ーーいやいや、そこまで入江さんも鬼畜じゃないでしょ。
だいたい毎日疲れてたらそんなに……

ーーううん、疲れてる時こそ癒しを求めて頑張っちゃうってことも………なんといっても二人っきりだし……

ーー二人っきりじゃなくっても気にしないのは熱海の夜でも実証済みよ!

ーーそうね……

ーーそうなの?(←智子)


そんな会話が琴子のいない場で密かに交わされていたなど、無論彼女は知らないーー。










※※※※※※※※※※※※


ガールズ(?)トークだけしか進みませんでした(-.-)神戸の直樹側の話も1話目に入れるつもりだったのが、構成の問題で次回に回すことに……しばし、お待ちをm(__)m


9ヶ月前に書いた神戸の話を読み返していたら、え? 直樹さん、こんな人だっけ?と少し昔の自分に驚愕。
めっちゃアマアマな直樹さんじゃん。しまった、この直樹さんで今書こうと思ってる神戸の話をかけるのだろうか? と、ちょっと逡巡してしまいましたが……もう強行です^-^;
さらに、96年の夏休みの変な話を書いてしまったばっかりに(サマーリベンジ)、幹たちが妙な心配をしてしまってます……^-^;
あの話、別次元のただの野獣と割りきればいいのにねぇ?と自分に突っ込んでみる(-.-)


ちなみにタイトル……ど直球なタイトルですが、実は、80年代の映画、『1999年の夏休み』からもじってます。『トーマの心臓』を日本を舞台に、さらに少年役を全て女優さんが演じるという斬新な設定でした。深〇絵里さんのデビュー作じゃなかったかなー? 芸名が違うけど。
話には全く関係ないですが(^^)
多分、云わないと誰も分からない気がするので、一応申告(笑)
前回の『病院のカイダン』もですが、タイトルもじるの好きですねf(^_^)








Snow Blossom


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病院のカイダン

2015.08.16(22:27) 158








入江琴子は視えるヒトらしい。

そんな噂は斗南大病院のスタッフの間でまことしやかに流れていた。

何処の病院でも怪談話のひとつやふたつはあるだろう。

誰もいない部屋からナースコールが何度も鳴るとか。

ナースステーションの前を足音だけがぱたぱた行ったり来たりしているのが聴こえるとか。

病室の天井の染みがどんどん拡がって顔のようになってきたとか。

実のところ斗南大学病院はそんな背筋がぞわっとするような怪談話はたいしてない。尤もネタになるようなインパクトのある話がないというだけで、ゼロではないのだが。

例えば斗南の七不思議。
リネン室の呻き声、カンファレンスルームの啜り泣き、真夜中の外科外来の怪しい診察の声、資料室の本が全てひっくり返されていた怪異、中庭のナンジャモンジャの木のふたつの白い影と、屋上庭園の奇妙な声、空き病室の叫び声ーー

誰が聴いたとかも曖昧で、その由縁もはっきりしない為に、こそこそと囁かれるだけで大きな盛り上がりもない。

特に外科のナースたちは皆視えない体質らしく、逆に怪談話は大好物だったりもする。同期が他所の病院で出会ったという恐怖体験をネタにした後に夜勤の見回りもへっちゃらだ。少し不可解な体験をしようものなら尾ひれを付けて増大させもする。
視たいとは思わないが、まるで視えないのもつまらないらしい。

その中で唯一視えるーーらしいのが、斗南イチオシのどじっ子ナース、鈍感でどんくさい天然娘と評判の入江琴子なのだ。

鈍感なくせに視えてしまうらしい。いや。視えてるのに、鈍感だから気付いていない、というべきか。



「あんた、何さっき、502号室でペラペラ喋ってたのよ」

「ああ、田島のおばあちゃんがねぇ、昨日息子さんが来て、蜜柑をこんなに持ってきたのよって見せてくれて。で、田舎のフルーツ談義を色々と話してたの~~無花果や柿を使った料理のレシピも教わっちゃって」

満面の笑みで楽しそうに話す琴子に、同僚たちは顔を見合せ……そして背中にイヤな寒気を感じたのである。

「何いってんの? 田島さんは一昨日亡くなられたのよ。あんたが連休の間に……」

「うっそぉー! またまたぁ。あんなリアルなのに、幽霊だったとでもいうの? んなわけないじゃない」

けらけらと笑って、幹の背中をばんばんと叩く。

「502号室は今は誰もいないのよ? だから、あんたが誰と喋っていたか、不思議で……」

「だから、田島のおばあちゃんだって! ほら、あたしも蜜柑を一つもらって……」

そしてポケットから琴子が取り出したのは、1枚のーーハンカチ。

「あれ? おかしいなーーちょっと小さめな蜜柑が入ってたはずなのに。ハンカチに変わっちゃった」

蜜柑の絵柄のはいったガーゼのハンカチは、田島さんのだと、皆はすぐわかったが。

「うわっ、すごいマジック! 一体どうやったんだろうーーあ!」

そしてはっと気がついたようにニヤニヤ笑いながら皆の顔をぐるりと見回すと、人差指を一本立ててチッチッチッと得意顔である。

「もう、みんなであたしをかつごうったってそうはいかないんだから
~~おばあちゃんに手品まで教えてご苦労様ーー!」

そう言って琴子は微塵も信じることなく仕事に戻っていった。

琴子が腰を抜かさんばかりに驚いたのは、その後に田島のおばあちゃんの息子さんが本当に蜜柑を持って「お世話になりました」と挨拶に来た時。

琴子は初めは蒼白になっていたが、「母が、あなたを本当の孫娘のようだと、よくこんなババァによくしてくれたと喜んでいましたので」と個人的にたくさんの蜜柑を貰ってしまった時、「こちらこそ……あたしにも本当のおばあちゃんみたいに話してくれて……」と感極まって涙ぐむ。

ーーと、結局、何となくゾッとはするものの、ほっこりもしたりして。しかも「世の中には不思議なこともあるもんねぇ」の一言で終わり、琴子自身特に引きずることもなく。


他にも、小児科のプレイルームで毎日遊んであげていた子供が、実はもう何年も前に亡くなっていた、なんてこともあった。毎日のようにその少女と対等の喧嘩を繰り返して最終的に仲良くなった琴子は、未だにその少女が幽霊とは信じていない。

そんな例が2、3あったことで入江琴子霊感説が囁かれるようになったわけである。
実際彼女が視えるのははっきり実体化したものらしく、彼女自身が幽霊だと認識することはない。認識してないから怖がらない。ある意味おめでたい。(周りだけが何となくぞわっとしている……)

具体的な怪異現象(ベッドの下から子供が覗いていたとか、テレビからズルズル髪の長い女が這いずり出てきたとか)はまず聞いたことがない。
みんなが、あの部屋、何か気持ち悪いよね、とか。
やだちょっと、変な音が聞こえない?
ーーなーんてことがあったとしても、絶対琴子が居るときにはそんな片鱗すら起こらない。
だから、ある意味彼女は最強の霊能力者なのではないかという噂までたつ始末だった。


そんなある日。
一人の少女がナースステーションから出てきた琴子を呼び止めた。
パジャマを着ているから入院患者だろう。前髪を綺麗に切り揃え、肩先までの黒髪は艶やかなストレート。髪型もさることながら白磁のような肌もそれは美しく生きた市松人形がそこにいるようであった。
綺麗過ぎてちょっとホラーちっくな美少女だわ、などと内心失礼なことを考える琴子である。
高校生くらいに見えるが、見知らぬ患者だ。こんな美少女、一度見たら忘れられない。
何処の病棟の娘だろう? と思っていると、少女は琴子に向かってくすっと小馬鹿にしたような笑みを返しこう言い放った。

「あなたが入江琴子さんね? あの入江先生の奥さんの」

こ、これはいつもの入江くんファンの患者ね? ーーと、身構える琴子である。

こういった宣戦布告にはもう慣れたものだ。
そして次に来る台詞だって予想できる。

ーーあなたみたいな冴えない女(あるいはどじな女、どんくさい女、馬鹿な女ーーなど幾つかバリエーションは異なるが)が入江先生の奥さんなんて信じられないわ。私の方がずっと相応しいわーー

患者さん相手ならにっこり笑って、入江先生、物好きなんですよーへへっーーといってそそくさと背中を向けてトラブルを回避する術も身に付けた。

こんな綺麗な娘にはついつい臆してしまうが、大丈夫、彼は面食いではないのだーーふっ。あたしは妻なんだものーーと、ちょっと余裕をもってあしらわないとね……などと思っていると。


美少女は、予想外の言葉を琴子に向けた。

「あなたーー 本当に霊感あるの? だったらなんで入江先生に女の幽霊が憑いているの、気がつかないの?」

はい?

凛とした口調で不穏なことを言い出す少女に、琴子は一瞬にして虚をつかれた。

「………な、何いってるのよっ」

「入江先生の後ろに常に一人の女がくっついているのよ。ショートカットで背が高く、水玉の若草色のワンピースを着ているわ」

それって。
琴子の顔がさーっと青ざめる。

「ーーーそ、それって……ス……ストーカー……?」

次の仕事のことなどすっかり忘れ去り、手にしていた回診用のナースカートを放り出して、慌てて踵を返して駆け出していく。

「い、入江くーーんっ! 待ってて! あたしが守るから~~」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

少女が声をかけた時にはもう遅い。琴子の姿は、既に視界から綺麗さっぱり消え去っていた。




「い、入江くーん」

息せきって駆けてきた琴子が医局にいた直樹の姿を見つけると、がしっと飛び付く。

「うわっ琴子! なんだっ唐突に! ってか、院内を走るな!」

「だって、だって入江くん! ストーカーに付きまとわれていたなら何故あたしに言ってくれないの?」

「は? ストーカー?」

琴子は直樹にしがみついたまま、ぐるりと周囲を見回す。

「そうよ。ショートカットで背が高くて若草色のワンピースの女よ!」

「しらねーし。ストーカーなんていねえぞ」

「え? え? え? そうなの? ほんとに? 大丈夫よね?」

とにかくキョロキョロと周囲を見回す。異変はない。

やだ、あの娘に担がれたのね、あたし、と、簡単に信じてしまう自分に対して自嘲気味にため息をつく琴子である。

「ショートカットで背が高い女性って言えば、第三外科に入院してた粕谷さんがそんな感じじゃなかったか? 入江にご執心で、わざわざこっちの病棟まで見学に来てただろ」

西垣医師が通りがかりついでに話に割り込んできた。
なんで、別の科の患者まできっちり名前を覚えているのか? などと突っ込こんではいけない。とりあえず彼が名前を知ってるからにはそのショートカットは美人なのだ、恐らくきっと。
物凄い形相で廊下を走っていく琴子を見掛け、何か面白いことがありそうだと付いてきていた桔梗幹はそう予測する。(仕事はどうなっているのか、気にしてはいけない)

「やっぱりいるんですか? ストーカー!」

琴子が西垣の胸ぐらを掴まんばかりに食いついてくる。

「そういえは、転院時には若草色のワンピース来てたな」

顔色悪いんだから、もう少しビビッドな色を選べばいいのに、とちょっと思ったんだよなーとしみじみと語る西垣の言葉にその場の全員が怪訝な顔をする。

「転院って………」

「ああ、ホスピスに……末期癌だったから……確かもう………」

その場にいた誰もが一瞬凍りつく。

そういえば、あの美少女、幽霊がどうのと言っていたっけ。
改めて思い出した琴子は、もう一度直樹にしがみついて、ぐるりと周りを見回す。

悪霊退散!

幽霊だろうがストーカーだろうが入江くんの周りを彷徨く女は一刀両断! あたしの眼力で追い払うっ! とばかりに天空を睨み付け、威嚇する琴子である。

「天井じゃないわよ! あなたが来たとたんに萎縮して10メートルくらい離れた廊下の影にいるわ」

先程の美少女がいつの間にか近くに来ていて、医局から病棟に繋がる廊下の片隅を指差している。
無論、何も見えない。

「 ……本当に何も…… 気配も感じなかったんですか? かなり背後にくっついてましたけど。肩とか重くなかったですか?」

美少女は、直樹の方を真正面からその澄んだ美しい瞳で見据えて問い掛けた。
共に冷然と美しい二人が対峙している姿は妙に絵になる。

「入江くんは慢性的な肩こりなのよ! あたしが毎晩マッサージしてるから大丈夫よっ」

美少女と直樹の間にさっと割り込んで、何故か琴子が替わりに微妙にズレた回答をした。

「どうせ、なしくずし的にいつの間にか琴子ちゃんの方がマッサージされてるんだろ?」

「へ? 」

一瞬きょとんとしたが、すぐに気がついて顔を赤らめる琴子ーーその様子に西垣の云う通りなのね、と皆は一瞬にして悟ってしまったが、美少女一人、怪訝な顔をしていた。

「………に、しても鈍感すぎるわ。幽霊以外にも、女の生霊がかなりの数、うろうろしているわ ………魂になっても、近づくなオーラが強すぎて、実体化を伴って傍に寄ることは出来ないようですが……」

「い、生霊!?」

「強い恋慕が思念となって、入江先生の周りを浮遊してます」

「いやーん」

琴子の方が青くなるが「……べつに今まで何の実害もないんだからどーでもよくね?」と、信じているのかいないのか、直樹はさして気にする様子もなく、そして美少女を見つめる。

「仮に君が本当に視えていて、おれの周りに何かがいるとしてもーー」

「……やはり、信じてはいただけませんのね?」

美少女は特に困った風でもなくふっと笑ってそう云った。

「微妙なところだな。君が思春期特有の自己顕示欲によって虚言を繰り返しているタイプなのか、思春期の精神不安定状態からヒステリーを起こし幻覚妄想を見ているのかーーもしくは本当に視えているのか」

「まあ、最後の選択もありなんですのね?」

理系の方にしては珍しい、と少し嬉しそうである。

「完全に霊的なモノを認めているわけじゃないが、否定もしないな。こいつが妙な体験をした事実は、かなりあれこれ検証しても科学的な解答が得られなかったものでね」

九州の母の実家で起きた不可解な出来事は、未だにしっくりとした科学的立証が出来ない。天才にも決して解くことが出来ない領域があるのだと思い知らされた経験だった。

「私はちゃんと視えてます。奥さまが体験された不思議な事って、頭の禿げ上がったおじいさまにお会いになったことですか? 貴方のご先祖の」

「ええーっあなた、菊之助じいちゃん、知ってるのぉ?」

軽く眉を潜めた直樹と違って、琴子はオーバーアクションで少女に食らいつく。

「時々お二人を見にいらしてます。守護霊ですね」

「や、やだーっおじいちゃん、東京まで付いてきてるのー?」

思わず琴子はぐるりと周囲を見回す。

「今は姿を見せてませんけど……時々空に浮かんでます。気になるんですね、あなた方ご夫婦が」

ああ、でも、と。
美少女は何だか一人で得心したように、ふっと微笑む。

「入江先生にはかなりの数の女の妄念が生霊となって、周囲に渦巻いてます。生霊の場合って、結構奥さんや彼女に危害を加えることが多いんですけど、何にもなかったんですよね?」

「へ? あたし? ううん? 何にも?」

「 ベッドの上で金縛りにあって、女にのし掛かられる夢を見るとか、鏡を見ると背後に女が立っていたりとか……誰かに車道に突き倒されそうになってりとかは?」

源氏物語でも、光源氏の妻の葵の上は六条御息所の生き霊に取り殺されている。遥か昔から女の嫉妬は怖いのだ。しかも恋する相手ではなくて、恋敵の方に憎悪が向けられるのは定石(セオリー)というものだ。

「……そういえば……金縛りにあって、何かにのし掛かられてる! 身動きできなーいっ!助けてっ!……って思ったら………入江くんだった………ってオチなら何度か……」

きゃん、と頬を染める琴子に、いつの間にか集まったギャラリーたちは、また墓穴を掘ったな、と琴子と直樹の顔を見比べる。
直樹は思いっきり眉間に皺を寄せていた。

「あれだけの数の生霊と、未練たっぷりの幽霊にまとわりつかれて、何の霊障もないというのが不思議でしたけど、二人並んでいるところを見て少し納得しましたわ」

「へ………?」

「物凄く強力なサポーターに守られていますもの」

「お、おじいちゃん?」

「それと、あなたのお母さまね」

「ーーー! お母さん………いるの?」

琴子は目を瞠はる。

「とっても優しくて暖かくて強いオーラです。そのお陰で二人には何の霊障もないんでしょうね」

「……今もいるの……?」

「はっきりした姿はわからないけれど、いつもお近くにいます」

その言葉に、「い、入江くーん、お母さんが……」と、絶句してそのまま直樹にしがみついて泣き出した。直樹は黙って妻の背中をさする。

「……あのーそれで、入江先生に憑いてる幽霊だの生霊だのはどうすれば……」

恐る恐る幹が訊ねる。
とりあえずみんなその美少女の云うことをすっかり信じるモードに入っていた。

「別に実害がないようですので、そのままでいいんじゃないですか? どうせ、この場にいる誰にも見えないのだし、見えなきゃ居ないと同じですもの」

とはいえ、居ると云われれば気になるのが、人間の心理というもので。

「いわゆる除霊とか浄霊とか…は?」

「ごめんなさい、あたくし、視えるというだけで払うことは出来ないんです。ここにいる霊たちはこのご夫婦の守護霊のお陰で悪さをすることはないとは思いますが、どうしても気になるのでしたら、払える人をご紹介いたしますわ」

にっこり笑いながら「どうなさいます?」と伺う美少女に、「別にいいです」と直樹はきっぱり云った。

「……何の問題もないわけだし」

「……そうですわね。賢明です」

未だに直樹の胸に顔を伏せている琴子の背中を見つめて「……素敵な一対ですこと」と呟いた。

羨ましそうに聴こえたのか、泣いていた筈の琴子がばっと振り返り、「だ、ダメよ! 入江くんのこと好きになっちゃ!」と叫んだ。

美少女は一瞬呆気に取られたがすぐに目を伏せてクスッと笑う。

「……大丈夫。わたくしも好きな殿方がいますもの。入江先生とかなりいい勝負の壮絶な美しい顔立ちの方です」

「そ、そうなの? でも入江くんより綺麗な顔の人なんて……それにあなたも綺麗だからきっとお似合いの美男美女……」

「生憎、あたくしの好きな方は、生きてる人間には全く興味がないんですの」

「へ?」

「そのうえ、傍若無人の冷血漢……プライドが天より高いというナルシストで、吐く言葉は一々刺があって周囲を凍りつかせるのが得意なんです」

「……なんで、そんな人を~~~」

おまえが、それを云うのか、とつい周りは突っ込みたくなる。

「そうですわね。何であんな人を、と自分でも思いますけど……態度に出すのが苦手なだけで、実はさりげなく思いやってくれていたり……分かりづらい優しさが垣間見えてしまったりすると、思いきれないんです」

「わかるっ! わかるわー」

年の離れた女二人は奇妙な親近感を感じてついついがしっと手を取り合う。

「………にしても、どうしてそういうタイプの殿方は、あなたみたいな……勢いと本能だけで生きてるような直情径行型の女に惹かれるのかしら……」

「へ?」

彼女が少し寂しげに呟いた言葉は聞き取れず、直樹がガールズトークに呆れて「仕事中だろ、もう行くぞ」という言葉に反応して振り返っていた。

「あーん、入江くーん」

琴子も直樹を追いかけていく。


「ところで君は何処の科の患者さん? この僕がこんな美しいお嬢さんの存在を知らなかったなんて……」

主役二人が退場したところで、西垣がすかさず美少女の手を取り、ふっとニヒルに微笑みかける。

「先生にもいっぱい憑いてますわよ。水子を抱えた女の霊が………」

ええーーっとギャラリーがどよめいた。

まあ、やっぱり。
ありそうよね。
うんうん。

「そ、そんな馬鹿な。僕はそんな失敗絶対しないぞー」

焦る西垣に、美少女は「嘘です」とあっさり応えた。

「こ、こ、こらっ大人をからかうんじゃない! だから君は一体何処のーー」

そして、ふっと西垣は思い付く。
この僕がこんな美人の情報知らないなんて可笑しくないか?ーーしかも浮世離れしたぞっとするような美しさ。これはもしやーー

「まさか……君こそが幽霊なんじゃーー」

青冷めて彼女を凝視する西垣に、美少女はふっと艶然とした笑みを浮かべ「だったらどうします?」と笑いーー

「ちょっと、皆さん何を集まってるんですか?」

細井婦長がその巨体を震わせて一喝する。

遠巻きに見ていた患者やナースはたちまち消えていった。

「原さん。どうしてここに? あなたはこちらの病棟では………」

婦長が美少女に問い掛けた。

「すみません。どうにも病院は色々なものの気配を感じてしまって」

ふっと、大人びた笑みを返して頭を下げる少女に、「確か重度の貧血で入院でしたね。もう体調は宜しいんですか?」と、婦長が訊ねる。

「 えっ?」

西垣が目を点にして少女を見つめると、彼女は「オホホホ」 と漫画のように笑った。

「入院する程ではなかったんです。周りのものたちに大事をとれと無理矢理……」

貧血なら第一内科ねーーでも、この美少女、何処かで見たことあるようなーーそんなことを考えていた桔梗幹は、婦長から唐突に声を掛けられた。

「桔梗さん、原さんを7階の特別室まで連れていって差し上げて」

「あ、はい」

特別室! どっかのお嬢様? まあ、確かにこの時代がかったしゃべり方ーー何処の姫君なんだか………いやーー確か。

「よく、TVに出てます?」

「……不本意ながら」

微笑む少女はぞっとするほど美しいが、妙に老成している。
確か夏になるとよく心霊特番のゲストととして露出が多くなっている気がする。
原真砂子ーー美少女霊媒師として有名な娘だ。
いかがわしい霊媒師が多くいる中で、まだ高校生ながら最も信頼できる霊力を持っている為、国の中枢を担うものからの相談を受けたこともあるという噂を聴いたことがある。

「マジで視えるんですか?」

「 信じなくて結構ですわ。視えない方に無理して信じてもらおうとは思いませんもの」

幹は興味津々で彼女に訊ねたが、その答えはあっさりだった。

「この病院にも沢山いますか?」

「病院ですからね。でも、他の病院ほどではないかも………わりと浄化されてますね、ここで亡くなられた方たちの魂は」

「そうなんだーー」

それでその手の話を聴かないワケね、などと妙に納得する。

「彼女………入江琴子さんのお陰ですね」

「へ?」

「彼女の守護霊方の力が強くて、ここでは何の悪さもできません」

「………はあ」

「守護霊の力だけでなく、お二人とも元々持ってるオーラがとても変わっているというか、強烈で、凄く気になってしまって。
………周囲は巻き込まれて大変でしょう?」

凄く年下の患者に、憐れむように顔を窺われて、「ははは……、そうですねぇ」と引きつり笑いを浮かべるしかない幹であった。

「実は……斗南病院には七不思議と言われる都市伝説めいた噂はあるのですけど」

「リネン室や、カンファレンスルームや、屋上庭園や……?」

「よくご存知ですね」

「担当の看護師さんから雑談めいた感じで伺ったのです。専門の範疇なので院内散歩のつもりで各室に行ってみましたが、何もいませんねーー霊的なものは」

「なんだ、やっぱり。ただの噂ですよねー」

「……霊的なものはありませんが、桃色な残留思念があちこちに残っていて胸焼けしそうでした」

「へ?」

「高校生のあたくしには刺激が強すぎて。ちょっと言葉には出来ないような残像が色々と………」

ぽっと顔を赤らめて口元を覆う彼女の方をガン見して、「ええーー」と一呼吸おいて叫ぶ幹である。

「まあ、だから余計にあのご夫婦のことが気になって……結婚されてるのに、何故わざわざ……あ、いえ……」

慌てて口をつぐむ彼女に全てを察してしまう。

ーーつまりはあの夫婦が七不思議の元だとーー?

「………そんな気はしてたけどね……」

「え?」

「いえいえ。出来れば病院の評判の為にも忘れていただいた方が…」

「まあ、もちろん口外は致しません。職業柄、守秘義務もありますので」

口元をふっと覆う所作は、普段和装で慎ましやかな立ち居振舞いをしていたな、ということを思い出していた。

にしてもーー。
結局この病院の怪異譚は全て琴子に起因するのだとわかって、全くあのトラブルメーカーは……!とため息を禁じ得ない。

ーーそうね、七不思議の噂の後っていつも琴子の身体に怪しい……いや、妖しい痣が浮かび上がっていたものね。
何となく予想はついていたのよね、ええ、何となく。


そして、二人は7階の特別室直行のエレベーターに乗り込んで行くーー。










* * *


〈おまけ〉



「まあ、入江くん! 自分のお部屋を貰えたのね~~素敵~~!!」

「ああ、琴子。これからはわざわざ他の部屋を使わなくても ………」

「へ?」

「ソファもここを倒せばベッドになるタイプで………」

「わー凄いねっ 割と広いんだ~~」

「寝心地もいいぞ」

「ほ、ほんと。すっごいクッションいいねー。あ、ちょっと待って入江くん」

「なんだ、それは?」

「盛り塩よ。念の為。生霊だろうが幽霊だろうが、入江くんにまとわりつく女はあたしが撃退するからねっ」

「頼りにしてるよ、奥さん」

「いやんっ 入江くん、突然引っ張っちゃ………あ、あれ………? 今から寝るの?」

「そう。ソファのクッション性とこの部屋の防音性を確認しなきゃな………」

「防音………? なんで~~?」

「防音壁は特注でこっそり頼んだ。だから、少しは声を出しても大丈夫だぞ」

「えーと、ダメ……だよ。だって、菊之助おじいちゃんやお母さんが見てるかも……」

「四六時中見られてるんだったら、家でも同じだろ?」

「そ、そうか……」

家でも同じなら家でやりゃあいいだろうがっ!

ーーと、彼らを取り巻く視えないモノたちがあっさり納得している琴子に突っ込んでいるかどうかは知らないがーー。

「あ、ダメ……入江くん…………あ、あ……ん//////」



入江医師に個室が与えられてから、斗南の七不思議の噂はぴたりと止んだ……というのも、これもまたまことしやかに流れる噂……かもしれない。

真夏の夜は不思議で満ちているーー。







※※※※※※※※※※※※※※




……久しぶりのお話がこんなんでスミマセンm(__)m

少しは涼しくなったでしょうか? なんじゃこりゃ? とさぶくなってしまったかも………^-^;

えー、私は全く視えないヒトです。スプラッタなホラーは苦手ですが、最近流行りの恐怖映像特集とか見て、絶対これ作りもんだろーって突っ込むのが好きです^-^;


琴子は佐賀で菊之助じーさんの幽霊を視てる時点できっと霊感はあるんだろうなーと思ってました。でも、病院で何事もなく過ごしているのはきっと悦子さんとじーさんのお陰だと(笑)
そんなことを前々から思ってたので、ちょっと書いてみました。

M様の学校七不思議に便乗して、病院七不思議……すみません、勝手に遊んでます^-^;S様も仰ってましたが、病院でやるならやっぱり一番の穴場は夜の外来診察室だな、と。最近、休日の閑散とした外来待合室にぼおっと座っていた時に思いました……^-^;


さらに……謎の美少女霊能者。オリキャラじゃないんです……某ホラー小説から勝手に出演させてしまいました。(脇キャラですが^-^;)それゆえカテゴリー、パロディに分類してしまいましたがf(^_^)マニアックなコラボですね……^-^;

漫画化もアニメ化もしてるし、ご存知の方もいるかもしれませんが……わからなくって何だよ、このキャラ!と不快に思われた方がいたらスミマセンm(__)m
(S様以外でどれだけ分かった方がいるのでしょうか……?)
でも、実はこの作品にはイタキスよりも遥か昔からハマってたんですよー。(四半世紀以上……)しかも、かなりの数の二次サイトも存在していることを知り、(でも、ピークは過ぎてるようで、なんで今更、な感じですが)ちょっと渡り歩いてしまいました。
『ナル×麻衣』……いいですよ……(^w^)








さて、盆休みも終わり明日からお仕事です。妄想も通常に復活するかなー(^^)
暑さも少しは落ち着くといいですね♪











Snow Blossom


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残暑お見舞申し上げます。

2015.08.13(02:10) 157



更新がだいぶ空いてしまいました……m(__)m
なんてこったい。もう、8月も半ばじゃありませんか!

相変わらずの酷暑の日々、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は何とか生きています(^^)
ただ、8月に入ってからプライベートでバタバタしておりまして。予定していた事態なので、もうちょいいけるかな、と思ってたけれど予想外に七転八倒してました^-^;
だいぶ落ち着いてきましたので、盆明けには通常運転になるのではと。

お話はちまちま書きかけては止まってます( ´△`)
神戸の話も冒頭だけ書いてストップ。神戸医大が舞台で、シリアスな病院ネタ書いてる気分ではなかったので。
……といって、書きはじめた別の話も結局は病院舞台だったりして……^-^;

仕事は夏休みに入ったのですが、仕事にいってる方が楽な気もします。でも夜更かし出来るから、気晴らしに落書き………なんぞをしちゃいました。
娘がポスター描いてるのを見て、ついつい手やら口やら出しちゃって…… 結局自分もお絵描きしたくなってるf(^_^)
相変わらずのアナログだし、写真でとっただけなんで低いクオリティですが^-^;





もう一枚は水のなかで全裸で泳いでる二人………のつもりが、微妙に誤魔化した感じに………(-.-)

ってか、少しもイリコトには見えませんが、イリコトイリコトと唱えて下さい……(-.-)






もう一枚……出そうかどうしようか……下手すぎて(T.T)


アラビアンナイトか古代エジプトか……?
(←だいぶ違うやろ)
そっち系のパラレルってあまり見たことないなーと思って。
で、以前職場の漫画友達(20歳近く年下のお嬢さん)から借りた『天は赤い河のほとり』という漫画の表紙の構図をパクってますが^-^;
後宮(ハーレム)の女官と皇子の禁断の恋……とか(笑)

『天は……』のカイルがユーリと結ばれた後、4日間部屋に引き込もって片時も離さなかったという絶倫ぶりが、どうにも野獣な入江くんと重なって……f(^_^)





ほんっと、昭和な絵ですなー(>_<)
いや、はや。真夜中のテンションでアップです^-^;




夏休みのお供に、とその漫画友達からは『月刊少女野崎くん』と『Black Bird』を借りてます。まだ全然読めてませんが……^-^;
溜まった本と録画したドラマと……中々消化できないですね(-.-)
野崎くんは娘に先に読まれて、大変爆笑してました。
『Black……』は、貸してくれた友だちが「おもしろいけどラストの詰めが甘い」といってましたが……まだ最初の方しか読んでません^-^;でもエロ天狗匡さん、割りと気に入ってます。


さて、お盆休みのうちにお話も一つくらいはあげたいとは思ってますが……内容はくっだらない話のような気もしますので、あまり期待せずにお待ちくださいませ^-^;

それでは、お休みでのんびりの方も、旅行に行かれる方も、仕事が余計忙しくてうんざりのかたも、押し寄せる親族を迎えてうんざりの方も、帰省して嫁稼業にうんざりの方も、普段と変わらない日常の方も……十分身体には気をつけてこの残暑を乗り切りましょうね♪


ののの(^^)







Snow Blossom


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八月はラムネ色

2015.08.02(21:37) 156






~199008××




うだるような熱さが、空からも地面からも襲いかかり、世界が熔けてぐにゃりと歪んでしまうような気さえするーー8月の午後4時。陽も傾きかけているというのに、蓄熱された大気はそこかしこに滞っているようだ。

「ただいま………」

玄関の開く音と、琴子のか細い声が聴こえて、紀子はキッチンから顔を出した。

「おばさん、お水ください……」

ふらふらとリビングに入ってきた琴子の顔は妙に赤い。何だか目も焦点が合っていないような気もする。

「 琴子ちゃん? 大丈夫?」

「はい ………ちょっと、外が暑すぎて」

「お水より、スポーツドリンクの方が……あら、切らしちゃってるわ」

冷蔵庫を開けて困ったように中を探索している紀子に、「いいですよ、お水で」と琴子もキッチンに入った。

紀子から冷たいミネラルウォーターを受けとって、ごくごくと喉を鳴らして飲み干す。

「はあ……生き返る……」

「汗かいたでしょ? シャワーを浴びてきた方がいいんじゃない?」

「はい。そうします。制服、早く脱ぎたい……」

制服の裾をパタパタと扇ぐ。

「顔が赤いのは日焼け? 熱中症じゃないかしら」

「うーん、補習が終わった後、みんなとお茶して、街の中をぷらぷら歩いちゃったから……でも大丈夫です! シャワー浴びたらちょっと寝ます。暑さにヤられただけですから…」

へへへっと、舌を出して力なく笑い、着替えを取りに部屋へ戻る。

窓を開け放して風を通してあるものの、部屋の中もまだむわっとするくらい暑い。
窓を閉めてエアコンのスイッチを入れてから、先に制服を脱いで、パジャマ兼用のルームウェアに着替えた。

シャワーを浴びに行かなきゃ、と思いながらも身体が億劫だった。
頭がズキズキする。

琴子はそのまま、どさっとベッドの上に倒れた。


ーー入江くんは………まだ、本屋さんにいるのかな……?

ぼんやりと想う。

夏休みだというのに補習の為に出校している琴子と違い、直樹は部活に参加していた。
当然帰る時間も違う。
けれど、今日は偶々、理美やじんことお茶をして駅で別れた時、駅から出ていく直樹の姿を見かけたのだ。

その駅は普段使っている駅ではなくて、理美がその周辺にある最近オープンしたお洒落なカフェに行きたいということで寄り道した駅だった。
だから、何故直樹がこの駅に降りたのはわからなかったが、こんなに凄い偶然ってある? ちょーラッキー! と、ばかりに「入江くーーん!」と声を張り上げて呼び止めた。

直樹はぴたっと止まって振り向いた。
そして、琴子の姿を視認するやいなや思いっきり眉を潜め、顔をしかめた。

「……なんで、おまえ、こんなとこにいるんだ?」

「じんこたちとお茶してたの。あっちのカフェで。入江くんこそ、なんで?」

「新しい洋書専門店がオープンしたっていうから覗きに」

ため息混じりに答える直樹に、
「ねえねえ、あたしも付いてっていい?」と、琴子がすがるような瞳を向けたのをあっさり無視して歩き始めた。

「来るなって言っても付いてくるんだろ? 勝手にすれば?」

おまえが来たって何の意味もない場所だけどな、と馬鹿にしたような呟きは聞かなかったことにして、背中越しに聴こえる声に了承は得たのだと、琴子は跳び跳ねるように追い付いて直樹の隣に並んだ。

な、なんだか制服デートみたいじゃない?

目的地はともかくとして、一緒に歩くこの過程が重要なのだ。

ちょっとワクワクしながら直樹の横で彼の顔をちらちらと眺めながら歩き始める。

けれど、二人並んで歩いたのはものの数分で。

如何せん、直樹の歩く速度は速い。そのうえコンパスも違う。一歩の歩幅が琴子の倍近くあるのだ。
並んで歩こうとすると、琴子はもう足がもつれそうになるくらい倍速速足にしなくてはならない。

そして、直樹は琴子に合わせようという気は微塵もないようだった。

勝手にすれば?ーーというのは、つまるところ、付いてこれるもんなら勝手にすれば? と、云うことだったらしい。

必死になって彼と並ぼうとしたのに、どんどん引き離されて、最終的には琴子は小走りに走っていた。

どん、と行き交う人の肩にぶつかって、ぎろっと睨まれ、「ごめんなさいっ!」と謝っている隙に、直樹はさっさと行ってしまった。

「……入江くん、待ってよ……!」

力なく叫んでも、直樹は振り返らない。
元々琴子が勝手に付いてきたこと。待ってやる筋合いなど欠片もない。恐らくそう思っているのだろう。

やがて二人の距離はさらに広がって。
人通りの激しい表通りの雑踏に紛れて、直樹の背中が見えなくなっていく。
それでも琴子は必死に追いかけた。もう完全に走っている。
汗が目に入って、痛みに顔をしかめている間に完全に見失ってしまった。

琴子は暫く、直樹の目指していた洋書専門店は何処だろうと探し回ったが、散々歩いた割には見つけることができなかった。

炎天下の中、照り返しの激しい舗道を歩き続けた琴子は、だんだん気分が悪くなるのを感じて、諦めて引き返した。
つまるところ撒かれたのだろう。
最初から琴子を伴って目的地を目指すつもりなどさらさらなかったのだ。
面倒な奴に会ってしまったな、と迷惑にしか感じてなかったということだ。

そう思うと、激しい疲れと暑さによる倦怠を伴って、どっと気分が落ち込んでくる。

一緒に暮らし始めてまだ数ヵ月とはいえ、寝食を共にする家族としての思いやりすらないのだ。女としてなんて、勿論のことーー
分かってはいるけれど、こうもあからさまだとやはり凹んでしまう。

直樹の中で自分の存在なんて、本当にどうでもいいものなんだ。


ベッドの上で、今日の出来事を思い返していたら、いつの間にか頬に涙が伝っていた。

追いかけても追いかけても、永遠に追い付かない。消えていく白い背中が、決して手の届かないものなのだと思い知る。
まるで自分達の関係を暗示しているようだーー。

うつらうつらとしながらーー。

直樹の姿を探して街の中を探しまわる夢を、ずっと見ていたーー。





「あら、おかえり、お兄ちゃん」

琴子が帰ってから一時間程して直樹は帰宅した。

「………琴子は?」

冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎながら訊ねた。

「 まあ、珍しい。お兄ちゃんが琴子ちゃんのこと気にするなんて。4時頃帰ってきたけど、部屋で寝ているわ。シャワーを浴びに来ないから覗きにいったの。なんだか気分悪そうにしていたから……軽い日射病じゃないかしら」

「ふう……ん」

ちらりと横目で見た息子の顔は特に色を成すことなく、普段と変わらぬ仏頂面であった。
しかし、紀子が冷蔵庫から食材を取り出しているその隙に直樹の姿はもうなかった。

「お兄ちゃん? 」

がちゃりと、再び玄関から出ていく音がした。








ーー夢を見ていた。

街のなかで迷子になっている夢。
右手にはお父さん、左手にはお母さんがいた筈なのに。
いつの間にかいなくなってしまった。
見知らぬ場所で、ぽつりと一人取り残されて、不安で心細くて…………
駆け出して、探しまわる。

ーーお父さん! お母さん!

叫びたいのに声が出ない。
どうして? なんで? 置いていかないでーー

泣いていると、急にほっぺにひんやりとしたものが当てられた。

「ほら、琴子。ラムネよ」

ブルーグリーンの綺麗な硝子瓶が、琴子の頬に押し付けられていた。しゅわしゅわと炭酸の粒がガラス玉と一緒に瓶の中で泳いでいた。

お母さん……
お母さん……

ラムネを持ってにっこり笑っている優しい母の顔ーー

よかったぁ………

「お母さん……冷たい……」

「ばあか。誰がお母さんだよ」

「え? え? 入江くん?」

優しい母の顔は、何故か不機嫌で美しい王子様に変わっていた。

そして、ほっぺたに張り付いているのは、ラムネではなくて、青いスポーツドリンクの缶。アルミ缶なので冷たさもひとしおだった。


「ほら、飲め。汗かき過ぎた時はイオン飲料がいいんだ」

「……ありがと」

起き上がり、プルトップを引いて、ドリンクを口にする。

「………美味しい」

ほうっと一口飲んだ後、「これ、入江くんが……?」と不思議そうに訊ねた。
それには応えずに、直樹は、
「もう、体調はいいのか?」と逆に問いかける。

琴子ははっと気付いて、「別に入江くんのせいじゃないよ」と慌てて告げた。

「あたりまえだ。あんな炎天下、勝手にくっついてきてウロウロしてるおまえが悪い」

直樹はそういい放つと、最後まで不機嫌そうな顔で、渡すものは渡したとばかりにさっさと部屋から出ていってしまった。

琴子は閉められた扉をしばらく見つめた後、手の中の飲料缶にぼんやりと視線を移す。
缶に付いた水滴がぽつりとタオルケットを濡らした。
確か家の冷蔵庫にはスポーツ飲料はなかった筈。わざわざ直樹が買ってきたのだろうか?

ーーまさかね。

でも、部屋までこれを持ってきてくれたのは……あたしのため?

なんで? どうして? さっきはあんなにイジワルだったのに。

気まぐれでも気の迷いでも。
ほんの一瞬でも自分のことを気にしてくれた時間が、直樹の中に存在していたということが嬉しくて。




ーー諦めようと思っても………

こんな些細なことに、心がふるえる。

忘れることなんか出来ないーー。



琴子は、泣きたいような、笑いたいような気分で、残りのスポーツドリンクを飲み干したーー。








* * *




~199408××




「入江くん、待ってよ」


午後の日差しが例えようもなく肌をじりじりと突き刺す。
8月の都会の大気は灼熱地獄のようだ。行き交う人びとの顔も何だかみな虚ろに見える。

「付いてくるなって云ったのに勝手に付いてきたのはおまえだろ?」

「 そ、そうだけどさ ……」

だって、九州から帰った後、結局二人で過ごす時間、全然なかったじゃない。
学生最後の夏休みなのに。
結婚して初めての夏休みなのに。
九州も……そりゃ……有意義な部分もあったけど……少しも二人で甘い時間は過ごせなかったわけだし。
なんかつまんないなーって。
入江くんが本屋さんに行くのにちょっとくっついて、デート気分味わうくらいいいじゃない。
なのにあんなに、邪魔だの、鬱陶しいだの云わなくっても………

琴子はぶつぶつと口の中で恨み節を呟きながらも直樹の後を必死で付いていく。直樹のすげないのはいつものことだ。これくらいで凹んでなんていられない!

手を繋ごうとその手を掴むと「手汗」と振り払われた。

確かに暑いけどね。
手はじっとりと汗ばんでるし。
でもーーでも、夫婦だよ? あたしたち。

琴子はめげずに今度は腕に掴まる。
ここならいいでしょ? と、ばかりに。

「余計、暑苦しいだろうがっ」そう言ってあっさりと振り払われる。

確かにイラっとするほど暑い。
暑いのに、日曜日の表通りは人混みも激しくて。なんでこんな暑い時間にみんな外に出てるんだ、と自分達のことを棚にあげて呟いてしまう。
ふらふらしているとすぐ前から来る人とぶつかる。

その度に直樹が「何やってんだ、ばか」と顔をしかめ、一瞬だけ、腕を掴んで自分の方に引き寄せる。

直樹の足の速さは相変わらず。
今日は人混みが激しくて前に進みづらいが、一人ならいつもの軽快さでさくさくと人を避けて行ってしまうのだろう。
ハンドタオルで汗を拭きつつ歩いていると、琴子は気が付くと直樹より半歩遅れていた。

「あん、待って」

今度は直樹のシャツを掴んだ。

しばらくは琴子が直樹のシャツの裾を握りしめて引っ張られるように歩くという、何だか電車ごっこ的な様相だった。
どうにも保護者の後をくっついていく子供のようで、カップルには見えない。

ーーそれでも、少しは琴子に歩幅を合わせてくれているようだ。昔と比べると大きな進歩である。

「……あ、ちょっと………」

琴子の手から直樹のシャツの裾が離れた。

琴子のサンダルの編み紐がほどけたのだ。紐につまづきそうになり、琴子はしゃがんで紐を結び直す。

紐を結び終えて、ふっと視線をあげると直樹の姿が見えない。

え………?
置いてかれちゃった……?

屈んでいる自分を避けて歩いていく人波の中で、直樹の背中は何処にもなかった。


「………なんだ、やっぱりカップルじゃなかったんだ」

「……だよねー……あの組み合わせ、有り得ない……」

何処からか声がした。

どきっとして、周りを見回す。
周囲を見ても、自分を見て小馬鹿にして笑っている女たちの姿は何処にもなかった。

被害妄想による幻聴なのか、ただの会話を自分が云われたように思い込んでしまっただけなのかーー。
それとも、本当に誰かが自分を直樹の隣には合わないと揶揄しているのか……行き交う人々、みな、すれ違い様に、直樹と琴子のことをそんな風に見て笑っていたのか………

何だか急にひどい不安感に襲われた。
そんなのいつものことなのに、今日は何だかズキッとこたえる。

くらくらする。
立ち上がりたいのに、立つことが出来ない。

どうして入江くんは手を繋いでくれないのだろう?
どうして入江くんは並んで歩いてくれないのだろう?
どうしてーー今、あたしはここに一人でいるのだろう?




前にもこんなことがあったっけ。
奇妙な既視感。

入江くんに置いてきぼり食わされて……ポツンとたった一人で街の中で佇んでいた、高校生のあたしーー。

琴子は数年前、まだ同居し始めたばかりの頃の自分に想いを馳せた。
あの時も無理矢理くっついて行って、そして置いていかれたのだ。
あの頃は明らかに直樹は自分のことを苦手に思っていたから、まあ仕方ないと思える。

でも、今は?

結婚してまだ一年も経っていない。
世間的にみれば甘ーいラブラブな新婚さんの筈だ。

寝室は共に過ごしているから、夜限定で甘ーい時もあるにはあるけれど、それ以外の日常で、甘い時間ってあっただろうか? 同居していた時とほぼ変わらない淡々とした日々。

奥さんなのに。プロポーズしてくれたのは入江くんの方なのに。
こんなに簡単に置いていかれてしまう、あたしって、何?
そして、周りから夫婦どころがカップルにさえ見てもらえない。

結局、あの頃と入江くんの気持ちってたいして変わってないってこと?
やっぱりあたしばっかりが好きで、あたしばっかりが入江くんのこと追っかけ続けるの?

自分の存在って何だろう?
入江くんにとって、あたしの位置って何処にあるの? 突然居なくなっても歯牙にもかけない存在なの?

そんなことをぐだぐた考えるとひどく切なくなってきて。
琴子は世界でたった一人でそこにしゃがみこんでいるような気分になっていた。

雑踏の中、琴子を避けて通りすぎる人の形が、みんな無色透明のゆらゆらとしたかげろうのように見える。

舗道からの照り返しが琴子の身体に纏いついてがんじがらめになっているよう。

暑い。
暑くて、苦しくて、切なくて。
ーー立ち上がれない。



「おいーー何やってるんた!」

突然、自分の上に大きな影が覆い被さる。
見上げても、逆光で顔は見えないーーでも。

「い……入江くん……?」

「立てないのか?」

すっと手が差し出される。
その手に掴まると、身体を支えるように抱き起こされた。

そのままくらりとふらついて、直樹の胸に寄りかかった。
仄かな体臭は直樹のものだ。

「気分が悪いのか?」

少し心配そうに顔を覗きこみ、額に手を当てた。

「ううん。大丈夫。サンダルの紐を結んでたら、なんだか立ち眩んじゃって。……もう、平気だよ」

直樹が戻ってきて、自分を見つけてくれたことの深い安堵感がじわっと身体中に広がる。

「馬鹿みたいにクソ暑いからな。だから、家に居ろって云ったのに。おまえ、熱中症になったことあっただろうが」

「……え? 」

直樹が執拗に付いてくることを拒否していたのは……もしかして?
今、自分が思い出していた昔のワンシーンを、直樹も思い出していたのだろうか?

炎天下でテニスの練習をしてきたのだ。決して暑さに弱いわけではない。けれど、ビルの狭間のヒートアイランドは運動している時の暑さとはまた別物で。

琴子はちょっと嬉しくなって直樹の顔を見つめた。

「……ったく。突然、気配がなくなるから何処に消えたかと思った。まさか大都会の真ん中で神隠しかよって」

「へへ。ごめんね。あたしも入江くんがあたしのことなんて気にせず置いてっちゃったかと思った」

「置いてったら、迷子になるだろ? コンクリートジャングルで遭難なんて勘弁してくれ」

「ならないよー! ちゃんと帰れるもん」

ぷくっと膨らませた琴子の頬をつんと
つつくと、「 どこかで休むか?」と、提案する。

「え? え? え? 何処でっ!?」

真っ赤な顔をして、キョロキョロと周囲を見回す琴子に、「何、想像してんだよ? 普通にお茶するとこだよ」と、ぷっと吹きだす。

「いや、お望みなら、ちゃんとご休憩出来るとこでもいいが、さすがにこの界隈には見当たらないな」

赤くなっている琴子をにやにやと眺め、腰を支えるように背中から手を回して、ゆっくりと歩いていく。琴子の歩幅に合わせて。

「 おまえが消えた途端、変な女たちが話しかけてくるし。後ろにくっついてるだけでも十分虫除けになるんだから、いきなり消えるな」

「虫除けって………ふん。どうせ、それくらいの立ち位置なんだよね、あたしなんか」

というか、自分の姿が見えなくなった途端に逆ナンって、どんだけ虎視眈々と狙われてるのだろう、とちょっとげんなりしてしまう。

「おまえがいないときはもっと剣呑なオーラ出しまくってるからな。今日はちょっと気を抜き過ぎた」

「へ?」

「勝手に離れるな」

離れたくて離れた訳ではないのだけれど。でも、そんな束縛ちっくな言い方もちょっと嬉しいような………いや、待て。

「……じゃあ、もうちょっとゆっくり歩いてよ」

直樹の横暴な言い様に、ここはきっちり云わないと、と琴子も毅然と申し立てる。

「あたしと入江くんじゃ、足の速さも長さも違うんだもん。もう少しゆっくり歩いて」

琴子の要望に、直樹は少し目を瞠る。
そして、初めて気づいたように「ああ、悪い」そう、素直に謝った。

いつも必死で直樹にくっついてくる琴子。それが当たり前になっていて、実はかなり無理した状態だとは思ってなかったようだ。

「おまえの足が短いの、忘れてた」

「ん、もぉーばかあ! あたしは普通だもん! 入江くんが長すぎるんだよ」

他愛ないお喋りをしながら、何処かカフェでもないかと物色していたが、どの店もかなり混雑していた。
この暑さに、涼を求めてカフェで冷たいものを、と誰もが思うのだろう。

漸く見つけたのは、ビルの隙間にあった、店舗の入り口は一間くらいしかない古びた喫茶店だった。
そう、カフェというにはおこがましい。昭和レトロなうらさびれた喫茶店である。
『氷』の旗がはためいて居なければ、気がつかないほど目立たない、狭くて暗い店だった。

からん、とベルの音とともに中に入るとテーブルが三つ程しかない、本当に狭い店だ。それでも、2つは埋まっているのは、今日が余りに暑いせいだろう。どの店も行列だ。とにかく座れるところなら何処でもいい、という気持ちは分かる。

一つだけ空いてる席に座ると、インベーダーゲームのあるテーブルで、「わー懐かしい!」と琴子が驚いていた。
「子供の頃、見かけた気がする」

「壊れてるよ、それ」

山姥のような無愛想なお婆さんが水を持ってきた。

「この、星座占い機も……なんか、懐かしい……」

100円で占いが出てくるという不思議な球体も、砂糖やら塩やらの横に置いてあった。

「あんまり、こういう喫茶店入ったことないから、おれは初めてみるけど」

直樹も物珍しげに眺めた。

「お母さんが生きてる頃、お店の定休日に、近所の喫茶店連れてってもらったの。こんな感じ。雰囲気似てるかも」

「で、何にする?」

山姥の注文取りに「アイスコーヒー」と、直樹は即答だったが、琴子は薄っぺらい手書きのメニュー表を眺めて悩んでいる。

「かき氷食べたい気もするけど……」

うーん、と琴子は悩んで、ふとレジの横にあるガラス製の冷蔵庫を見た。

「あ、ラムネ………」

昔ながらの瓶のコーラやオレンジジュース、ニッキ水などが収められた駄菓子屋の店舗にあるような冷蔵庫だ。琴子はその中のブルーグリーンのガラス瓶に目を奪われた。

「ラムネ、下さい」




「開け方、分かるかい?」

琴子の目の前にラムネの瓶を置いて、山姥はにやりと笑う。

「えーと……?」

一瞬悩んだ琴子に、直樹が「分かりますよ」と瓶を手に取り、キャップの封を切ると、飲み口部分に付いていた『玉押し』と呼ばれる付属品を外し、その凸部分に飲み口を塞いでいたガラス玉を押しあて、ぐっと掌で押した。ガラス玉がすっと下に落ち、炭酸の泡がガラス玉に張り付く。しゅわっと涼やかな音とともに飲み口に向けて小さな泡が次から次へと立ち上る。

「わーすごい。入江くん、何でも出来るねえ」

「ラムネのガラス玉落としたくらいでそんなに誉められるとはな」

「これ、ビー玉っていうんだよね?」

「 ラムネに入ってるのはエー玉って説もあるな。ラムネに使われる規格にあっているものがA玉で、使用できないB級品のものはビー玉」

「えーそうなの? 入江くんってほんと、物知り!」

「まあ、俗説だが。ビー玉はビードロ玉から来てるって説もあるし」

「ふうん」

琴子は少し泡のおさまったラムネ瓶を口につけ、喉を鳴らす。

「……懐かしい味」

「ただの炭酸飲料だろ?」

「うん、でも……とっても懐かしい。昔、お母さんがよく買ってくれたの。縁日とかで水桶の中に入ってるヤツ」

「ふーん」

「この綺麗なガラス瓶を見ると、思い出しちゃう。あんまりお母さんの記憶って少ないけど」

「……………」

「あ、ごめん。しんみりしちゃうね」

「いや……おまえ、あんまりおふくろさんのこと話さないよな……と、思って」

「はは、あんまり覚えてないからなんだけどね。ほら、あたし馬鹿だから」

へへへっと照れるように笑う。

「でも、何かに釣られてふっと思い出すことがあるの……」

そして、ラムネの瓶を見つめる。

ああ、そうだ。
お父さんとお母さんに手を繋がれて行ったのは、近くの神社の縁日で。
人混みの中迷子になってしまって泣いていた時に、お母さんがラムネを持って捜してくれていたのだ。

ラムネ以外に、わたあめや、りんご飴や焼きとうもろこしの記憶も次から次へと甦る。

「………食いもんばっかじゃねーか」

呆れたような直樹に、「えーと、水風船も買ってもらったかな? 輪投げやったり」慌てて補足する琴子が、ちょっと上目遣いに呟く。

「縁日、行きたいなー。入江くんと」

「……云うと思ったよ」

当然の連鎖的短絡思考だ。

「 おふくろに頼めば?」

「え? そりゃお義母さんと女同士で行くのも悪くはないけれど、あたしはやっぱり入江くんと……」

「おふくろに頼めば、東京中の夏祭りや縁日情報、すぐにリサーチしてくれるだろうってこと。浴衣もきっと新調だな」

「え……それって……?」

直樹は銅製のカップに注がれたアイスコーヒーの最後の一口を飲み終えていた。からん、と氷がぶつかり合う音がした。

琴子が直樹に訊ねようとしたときには、直樹は伝票を持って立ち上がっていた。

「もう、身体は大丈夫だろ? そろそろ行くぞ」

「う、うん」

山姥にきっちりお釣りのないよう払うと、二人で再び、今だ暑さの癒えない都会のジャングルに向かった。

「ほら」

「いいの?」

「ラムネで冷えて手汗かいてないだろ?」

「うん、もー」

そう云いながらも差し出された手に掴まって。
保冷製の強い銅のカップを持っていたせいか、直樹の手も冷たかった。ひんやりして気持ちいい。

よく冷えたコーヒーは、不味くはないけれど、やっぱり琴子のコーヒーの方が……
そう、思ったけれど、店内で言葉にはしなかった。

「ねぇねぇ、入江くん、さっきの話だけど、縁日………」


今度は歩幅を合わせてくれている直樹に、あれこれ話しかける琴子の声は、未だ人通りの激しいざわめきの中に吸い込まれていく。



まだまだ暑い夏は、終わらないーー。






* * *



~200008××






「………あれ、ここ?」

琴子はふっと歩みを止めて、様々なビルやショップが立ち並ぶ一角を見つめた。

「何?」

直樹も同じように歩みを止める。
右手には先程買い求めた品々の入った紙袋を、左手はしっかり琴子の手を握っていた。

「ここって、昔、喫茶店なかったっけ? とっても昭和チックな」

「ああ………」

記憶を辿るように周囲の風景を見回している琴子の手をすっと引き寄せ、舗道の端に寄る。後ろから来る通行人の邪魔になっていた。

「違うお店になっちゃったんだね」

そこはテイクアウトのクレープ屋になっていた。人気があるのかないのか。3人程並んでいる。

「……なんかちょっと寂しいな」

「別にあれから一度も行ったことなかったのに」

「ま、まあね。でも、通りかかる度にいつかまた来たいなって思ってたのよ」

「別に古くさくってそんな居心地のいい場所でもなかったろうが。ラムネだって、探せば何処にでも売ってるし」

ラムネの記憶を思い起こしてのことだろうと思っていた。

「……だって。入江くんとお茶したとこだもん。入江くんと過ごした場所はぜーんぶ大切な思い出なの」

ふふっと幸せそうに笑う琴子を、直樹は愛し気に見つめる。
もう一度手を繋ぎ直してゆっくりと歩き始めた。

時間は夕暮れ時。暑いと言えば暑いが、黄昏色に空が染まり始めた時間の日差しは幾分か和らいで、風も少しそよいでいる。少しは歩かないと、と琴子が云うので、紀子が車で行きましょうというのを断り、涼しくなる時間を待って買い物に出掛けた。

目的地はベビー用品専門の店だったが、必要に駆られて購入したのは、夏の暑さを乗り切る為のマテニティグッズの数々。ひと夏をこの体型で過ごすのはかなりハードだと、お腹が少しずつ大きくなる度に感じていた。

予定日まであと、1ヶ月程。
今もばたばたと蹴りあげてくる。
琴子はふう、と、大切なたからものが暴れているお腹を撫でた。

「張るのか?」

心配そうに直樹が顔を窺う。

「ううん。大丈夫。ちょっと動き出して。すごく元気だよ」

にっこりと笑う琴子は繋いだ手のまま、自分のお腹に直樹の手を導いた。

「ほらね」

「 ほんとだな」

ふふっと微笑み合いながら、ゆったりとまた歩き始める。

「ねえ、入江くん」

「何?」

「あたし………」

「ラムネ、飲みたくなっちゃった?」

「えー? なんでわかるのぉー」

「おまえの短絡思考、わかりやすいからな」

「もー、何よー」

「家の近くのコンビニには置いてあったろ? そこで買ってくか?」

「うん!」

少し膨れかかっていた顔が途端ににこやかな笑顔に変わる。

「おまえ、この間尿糖でてたろ? 飲みすぎるなよ?」

「あれ、検診の朝に、トーストにたっぷりチョコレートクリームかけちゃったんだよね~~」

未だに病院で働いている琴子は妊娠中毒症の数値もぎりぎりのところだ。
来週からようやく産休に入る。

「気を付けろよ」

「わかってるよー」

他愛ない会話をしながらも、二人の手はしっかり繋がれて。
歩幅も同じ。
歩調も同じ。
それは直樹がかなり意図的に琴子を気を遣って、というわけでもなく、この10年の間に自然と身に付いた、『琴子と一緒の時の歩き方』だった。

「おまえ、覚えている? おれが教えた、ラムネのガラス玉はどうやって瓶の中に詰めるかって話……」

「お、覚えてるよ、もちろん! 」

「じゃあ、どうやって………?」

「えーと、えーと、えーと………?」

「大切な思い出、とか言いつつ、話した内容は覚えてないんだ」

くっくっと笑う直樹に、「視覚的記憶なのよ」尤もらしく応える琴子。直樹はさらに吹き出す。
昔と比べて、直樹はかなり笑うようになったと琴子は思う。

入江くんって、爆笑した顔も素敵なのよ。
笑うのは、いつもあたしがしでかしたことに関してだけどさ。

そう思いつつも直樹が楽しそうなのは琴子も嬉しい。
琴子が嬉しそうだと、直樹も優しく見つめてくれる。

くすくすと二人で笑い合いながら、夕暮れに包まれ始めた街の中を歩き始める。

ふたりでいっしょに。
歩幅を合わせて。
歩調を合わせて。
手を繋いで。
ずっとずっと、歩いていこうーー。














※※※※※※※※※※※※※




あっついですねー。
もう、挨拶がわりに出てくるのはその言葉しかない!って感じで( ´△`)

更新が空きがちになってしまうのは、夏休み、というより暑いせいですね。
中々娘がエアコンの効いたリビングから出ていってくれないので、書きづらいったらありゃしない。
いや、書いてますけどね。ぼちぼちと。
ソファの上、すぐ横で娘がゲームやってるのに、母はスマホでえろ(前のお話ね)書きましたよf(^_^)ふっ……


今回の話は、最初はタイトル『進化論』にしようかと思ってました(冗談です)……直樹さんの進化……じゃなくて進歩の歴史、というか(笑)
いやーイタキスってほんと、直樹さんの成長物語ですねっ(^w^)


ネタ元は、先日、娘と旦那と三人で歩いていた時のこと。

結婚前は当然、二人並んで歩いていたと思います。子供が生まれてからも、旦那は子供の速さに合わせてくれていたと。
でも子供が大きくなると、全然気を遣わなくなってきて。自分の速度でさっさっと歩いて行ってしまうわけですよ。まあ、別にいいんですがね。結婚20年にもなると特に並んで歩かなくても気にもしません。今じゃスマホで連絡取り合うから、はぐれても平気です。
けれど、先日娘がさっさと行ってしまう旦那にキレて。
「おとーさん、なんであたしらを置いてっちゃうの? 少しは歩くの合わせてよ!」と怒ったんですねー。おーよく言ったぞ!我が娘。とーちゃん、反省して娘に謝ってました。

で、この話を思いついたという、それだけの話でございます(^w^)



さあて、次こそは………^-^;







Snow Blossom


2015年08月
  1. 1997年の夏休み (2)(08/28)
  2. 1997年の夏休み (1)(08/22)
  3. 病院のカイダン(08/16)
  4. 残暑お見舞申し上げます。(08/13)
  5. 八月はラムネ色(08/02)