20010513 ~10年目の同窓会 8






琴子が人垣の出来ている会場の端の方に向かうと、立ち塞がる人々の脚の狭間から、緋色の絨毯の上に横たわる白い脚が見えた。

10センチヒールのホワイトレザーのパンプスは、理美のものではない。
妊娠中の理美はあんな高いヒールを履いていなかった。
あのパンプスーー何処かで見た記憶が……

琴子が人垣を掻き分けて、やっとのことで前に出た。

「………高階さん……!」

倒れていたのはーー高階優梨子だった。

その顔の傍らで言語聴覚士の北見が膝をついて、彼女の様子を伺っていた。

「えっと……北見さん…?」

「意識はあるわ。呼吸が酷く苦しそうだけれど」

琴子も慌てて優梨子の傍に近寄って容態を確認する。

「高階さん! 高階さん! あたし……わかる? わかりますか!?」

琴子は優梨子の耳元で声かけをする。

一瞬琴子の方を見て、優梨子は顔をしかめた。

「……大丈夫よ。ほっとい……て、あんたなんかに……」

切れ切れだが何とか答えられる状態に、少し琴子は安堵した。

「憎まれ口を叩けるなら大丈夫ね? 息が苦しいの? 他には? 痛いところ、ある?」

琴子の言葉に、ぷいと横を向いたが、「……肩が……突然痛くなって……胸も……」と苦しげに呟く。

「肩と……胸?」

軽く頷いたが、また酷く顔を歪ませて、息苦しそうに「はあっはあっ」と荒い呼吸を繰り返していた。

「高階さん! 高階さん!」

吐く息からはアルコール臭はない。
急性アルコール中毒の可能性は少ないと直感したが、とりあえず回復体位を取らせる。
身体を横向きにして顎を反らせて気道を確保し、脈拍を取る。

「確か、ドクター何人かいたよね?」

琴子は北見に確認する。

「ええ……でも、みんなかなり飲んでたわよ?」


直樹はまだ戻っていないのだろうか?
人垣をぐるりと確認する。
渡辺や理美やじんこたちも心配そうに様子を見ているようだった。
あの池沢というT大医学部もいたが、いまひとつぼんやりしている。相当酩酊していたから使い物にはならないだろう。

ナースを含めた医療者集団たちも、近付いた方がいいだろうか迷っているかのようで、微妙な立ち位置で様子を見ていた。何にせよ、みんなかなり飲んでいたから、いくら先輩ナースでも頼りにはならない。

琴子は脈動が異常値であることを確認して、身体所見を行うためにブラウスのボタンを外した。
その瞬間、優梨子の手がぐっと琴子の腕を掴み、呼吸はさらに荒くなった。

「高階さん? 高階さん!」

今度は声をかけても反応しない。

「意識レベル低下してる! 北見さん! 救急車呼んで!」

琴子が叫ぶと、すぐに北見は携帯から電話をかけた。

「過換気症候群じゃないのか?」

様子見をしていた中の一人がおずおずと近付く。
確か久瀬とかいう親が経営するクリニックで働いているという医者だ。

「救急車呼ばなくても、ペーパーバッグ法で沈静化させて……おい、紙袋みたいなの、ないか?」

「ただの過呼吸じゃないと思う……」

琴子がそう云うと、「なんだよ、たかがナースが何えらそうに診立ててるんだよ」と、忌々しそうに腕を捲って近付いてくる。

「優梨子!」

しかしその久瀬をどんっと押し退けて、優梨子の前に来たのは、佐藤美智子だった。

「どうしたの? 一体ーー」

「佐藤さん! ちょうどよかった! 佐藤さん、高階さんと幼馴染みなんだよね?
彼女、何かアレルギーとかある?」

「アレルギー? 子供の頃、卵が駄目だったけど……もう治った筈よ。普通にプリンとかケーキとか食べにいってたもの
……あとダニとかで喘息も少しあったけど、大人になって治まったって聴いてるわよ」

「喘息ーー今日、少し咳き込んでたけど、風邪引いたとか聞いてる?」

「知らないわよ、今日、久々に会ったんだもの」

そう言いながらも少し不安気に優梨子の方に近付いて顔色を見る。

「……真っ青じゃない……大丈夫なの?」

「アナフィラキーショックか? 何かアレルゲンを摂取したのか……」

久瀬がやっと優梨子の傍に膝をついて顔色を見た。近寄っただけで酒臭い。この医者も相当飲んでる、と琴子は不安を覚えた。

「琴子さん、救急車、少し時間がかかるそうよ。このホテル周辺の道、まだトレーラーの事故のせいで渋滞してるって」

電話で話をしていた北見が琴子に知らせた。

「……あ……」

直樹が来るときそう言っていたのを思い出した。

その間にさらに優梨子の呼吸は浅く、速くなっていった。
意識は完全に混濁状態となっている。

「誰か、彼女が倒れる前の様子を知ってる人、いませんか?」

琴子の声に、周囲の一人が「ここに倒れる前は、ずっと椅子に座っていたわ。少し苦しそうに背凭れに寄り掛かって肩を押さえてたの。てっきり飲みすぎで辛いのかと……」と、答えた。

「何も食べていなかったのね?」

「ええ」

アナフィラキーショックの可能性は薄い。摂食直後に発作が起きることが多いからだ。

「優梨子は基本、アルコール弱いからあまり飲まないわよ…? 飲んだらすぐ赤くなるから丸わかりだし」

美智子の言葉に、琴子も「アルコール中毒じゃないと思う」と答えた。

「佐藤さん、高階さんの既往歴、知らない? 何か手術したことがあるとか入院したことがあるとか……」

琴子の問いに少し考える美智子だが、「この子、病気なんて……健康そのものよ、ずっと……あ…」唐突に何か思い出したようだった。

「あたしがアメリカにいる時だから、6年くらい前よ。なんか女には珍しい病気になって入院したって聞いたことがある……何だっけ……肺……」

「女には珍しい……?」

琴子を含め、北見や他の看護婦も顔を見合わせた。

「 肺気胸か……!」

久瀬が叫び、琴子はすぐに胸の偏位を確認する。

「左肺下がってます」

頚部に手をあて、「頚静脈の怒張もあります」とりあえず目の前の医師に伝える。

「すみません、ホテルに常備されてる医療キッドありますか?」

琴子は近くで心配そうに様子を伺っていたホテルのスタッフに訊ねる。

「探してきます」というスタッフの背中を見送ってから、もう一度優梨子の状態を確認する。
呼吸状態は先程より悪化している気がした。救急車が来るまで持つだろうか?

「医療キッドって……ここで胸腔穿刺をするつもりか?」

久瀬の問いに、北見が「医者がそんなことをいうの? 緊張性気胸の場合処置を急がないと血圧が急激に下がって心停止するわ」と、叫ぶ。

気胸とは、胸腔内で気体が肺を圧迫し、肺が外気を取り込めなくなった状態をいう。
胸腔の中の肺に穴が開き萎むと、漏れた空気で胸腔内圧が高まる。するといくら呼吸しても肺は元の大きさには戻らない。漏れた空気によって心臓が圧迫され、脱気する以外緊急処置法はない。
だがそれを行えるのは医師免許を持つものだけだ。

「しかし、こんなところで医療道具だって……それに、おれ、耳鼻咽喉科だから、そんな処置、やったことないし……」

「おれも病理だから、顕微鏡とシャーレしか……」

「救急車が来るまで待った方が……」

「それに、まだ気胸って確定したわけじゃないだろ?」

酔いつつも医者の自覚があるのか加わった池沢ともに、どうにも自信の無さげな医師免許所持者二人がぶつぶつと云っている。

「……全く情けないわね! 研修医時代は少しは臨床に関わったんでしょう?」

北見の叫びに面目なさげに二人は身体を小さくする。


呼吸状態はさらに悪くなっていた。

そして、偏位の見られていた胸部の偏りがなくなっていることに気がついた。

「あ………」

「呼吸が……」

ーーそして。
優梨子の呼吸が止まった。

「呼吸が停止しました! 早くーー!」

琴子の叫びに、美智子が真っ青になって「うそぉー優梨子ーー!」とすがり付こうとするのを琴子が制止する。

「待って!」

ホテルの従業員が救急箱を持って走ってきた。

「すみません……普通の常備薬くらいしか……」

「注射針はないのか!」

久瀬が箱を確認する。一般的な市販薬しか入っていない。せめて飛行機に常備されている程度の医療キッドがあればーー

「心拍はまだあるわ! とにかく人工呼吸を……!」

北見が琴子に云うと、「ダメ! 脱気するまで人工呼吸はNGよ」琴子が青冷めて意識を失っている優梨子の顔を見る。

「……死んじゃうの……? 優梨子……」

美智子が半泣きで傍らにしゃがみこむ。
死ぬーーこのままでは、多分……間もなく心停止する。

「……入江くん……」

琴子が呟いた。
ずっとずっと、心のなかで呼び続けた名前……

入江くん
入江くん
入江くん!

「入江くん、入江くんーー入江くん、助けてぇーー!」

琴子がありったけの声を張り上げて叫んだ。



「琴子!」

まるで琴子の叫び声が一瞬の内に届いて連れてきたかのように、直樹が人垣を掻き分けて琴子の前に現れた。

「いっい……入江くん……!」

倒れている優梨子を見て、スーツの上着を脱ぎ捨てる。

「状態は?」

「い、今、呼吸停止したばっかりなの。緊張性気胸だと思うのだけれど、左肺に偏位があったのに、今は患肺と健肺に差異は見られなくなって……」

琴子の説明の間に、直樹は頚部に手をあて、身体をチェックする。
そして、優梨子の着ていたブラウスを引き裂いて、胸部を露出させた。
周囲からざわっとどよめきが上がる。

「特発性緊張性気胸だ。偏位がなくなったのは両肺やられたせいだな。片方に過度の負担がかかったんだ。呼吸が止まったのもそのせいだ。すぐに処置する」

「処置って……何も道具がないのにどうやって……!」

久瀬と池沢が慌てふためいて直樹の横にたつ。

直樹は近くのホテルマンに「ボールペン持ってないですか?」と訊ねる。
だが差し出されたのは金属製のもので、思ったものとは違ったのか直ぐに返却する。
そして「ああ、そういえばここのカクテルに付いてた青と白のまだら模様のストロー……ビニール製じゃなくて硬質プラスチックだったよな? それを持ってきてくれないか? それとなるべく度数の強い酒を」従業員に頼む。

「おい、入江くん、何をするつもりだ?」

どういうわけかノコノコとついてきたT大助教授の恒松が大きな声で待ったをかけた。

「まさかそんなもので胸腔穿刺するつもりじゃないだろうな! だいたいCTもとらずに気胸かどうかなんて……」

「現場を知らねー奴がごたごた云うな! こんなとこにCTがあるか! あったってCT掛けてる時間なんてねーよ!」

直樹は差し出されたストローをばきりと半分に折った。
そして、琴子にウォッカの瓶を渡し「これと患者の胸部に」と、一言いうと琴子はすぐに二つになったストローの割れて尖った尖端にウォッカをかけて、さらに優梨子の頚部から胸部に、その液体をぶちまける。アルコールが揮発して鼻をついた。

「琴子! 身体を押さえて!」

直樹が叫ぶと琴子はすぐさま両肩を押さえる。

「琴子さんは左肩を! あたしが右肩押さえるから!」

北見が恐らくこれからの事態を察して手伝いをかって出た。

「や、やめたまえ! 入江くん! もし気胸でなければ肺に孔をあけてしまうぞ? もし、医療過誤で訴えられでもしたら……」

まだ後ろでごたごた云っている恒松を無視して、直樹は左鎖骨の下から胸部上位に手をあてて、その一点に向けて、一分の迷いもなくストローを突き刺した。

「ひいいっ」

悲鳴のような声がしたのは周囲からだった。
優梨子の身体は激しくしなって躍り上がる。琴子と北見は身体ごとのし掛かり必死に押さえ込んだ。
僅かな血液が一瞬飛び散って、琴子のワンピースの衿に一滴だけ付着した。

さらには反対側の右胸にも同じようにストローを突き刺した。

周囲は静まりかえっていた。
一瞬の処置に、何が起きたのかさえ分かっていない者も多かったに違いない。

直樹はストローに顔を近付けて、その小さな孔から空気が流れ出るのを確認すると、「琴子! 人工呼吸を!」と叫んだ。

「はい!」

琴子は躊躇いもせず、優梨子の顔に手を当てて、顎を引いて唇を開かせ、自らの口を当てて深く息を送り込んだ。
何度かそのその動作を繰り返すと、胸が微かに上下し始める。
そしてぴくりっと優梨子の指が動き、鼻から「……ふう……くっ」と息が抜けて嗚咽のような声が聴こえた。

「高階さん! 高階さん! 大丈夫 ?」

琴子の呼び掛けに、優梨子の目蓋がひくっと動いた。微かに瞳が開く。

「優梨子! 優梨子!」

佐藤美智子も泣きながら優梨子にすがりついた。

「……あたし………どうして……?」

ぼんやりと虚空を眺めるように高階優梨子が呟いた。

「琴子さんと……入江くんがあんたを助けたのよ……」

「………え?」

美智子の言葉に優梨子はぼうっとしながらも、琴子の方を見た。

そして、周囲から安堵の声やざわめきが聴こえはじめ、誰ともなく拍手が沸き起こった。


「アンビが来たぞ!」

久瀬の声に、それまでの緊張が一挙に取れたように琴子は虚脱した。

救急車の音が漸く近付いてきた。






ストレッチャーで運ばれた高階優梨子に続き、琴子に指名された佐藤美智子が付き添う為に救急車に乗り込んだ。

「……なんで、あたしが……」

と、一瞬躊躇っている美智子に、「あんなに泣き叫んでいたのに」と、琴子がくすっと笑う。

「佐藤さんがいて……高階さんのことよく知ってる幼友達がいて、助かった」

ふふっと微笑む琴子に、美智子は奇妙な気まずさと気恥ずかしさを感じてそっぽをむく。

「高階さんもね。なんだかんだ、あなたがテレビに出てることがとっても嬉しそうで自慢気だったのよ。幹事会の度にあなたのこと話してたもん」

琴子の声に一瞬立ち止まったが、そのまま振り返らずに救急車に乗り込んだ。
そしてちらっと琴子の方を見てペコッと軽く頭を下げた。
入れ替わりに救急隊員に状況を説明をしていた直樹が下りてきて、琴子の前に立つ。

「入江くんは付いていかなくて大丈夫?」

「搬送先は斗南じゃないからな。病院に着いてからERで胸腔トレナージすれば大丈夫だろう」

そう云ってから琴子の頭をくしゃっと撫でて、「……よくしっかり状況を見極めて対応したな。立派だった」と、優しく笑った。

「……入江くんも……ありがとう。入江くんが来てくれなかったら、高階さん……きっと……」
あの時の不安と緊張感を思い出したのか、少し苦し気な顔をする琴子を引き寄せて、ぎゅっと強く抱き締める。

「大丈夫だよ。琴子。もう、大丈夫だから……」




そして二人はとりあえず同窓会場に戻った。直樹はこのままホテルの部屋に行ってしまいたい気分だったが、荷物とか置きっぱなしだからと琴子に説得されたのだ。
そういえば脱ぎ捨てたジャケットもそのままだ。



会場の扉を開けた途端に、入場した新郎新婦よろしく唐突に二人に向けてスポットライトが当たり、拍手喝采が沸き起こった。

「な、何……!?」

呆気にとられている琴子とは別に、直樹は特にその状況を気にもせずに、近くにいたホテルスタッフに「おしぼりとウォッカを」と要求した。

「またウォッカ……?」

琴子が目を向くと、直樹はおしぼりに少しウォッカを浸して、琴子の唇の周りを拭った。

「ひやーん、臭い。これ、お酒じゃないよーアルコール原液そのままみたい」

「 度数50度だからな」

琴子の唇には、琴子には似合わない真っ赤なルージュがベッタリと付いていた。高階優梨子に人工呼吸を施した時に移ったのだろう。
それを丁寧に拭い取ると、「さて、再消毒」と、今度は直樹が琴子の唇を塞いだ。

無論、スポットライトは当てられたまま。
会場中の視線は全てこの二人に向けられたこの状況でーー

直樹はたっぷり、舌を絡めとるような濃厚なキスを妻に繰り返しーー同窓会会場を再び阿鼻叫喚の渦に叩き込んだのであった。








※※※※※※※※※※※





えーと、ご承知だとは思いますが、医療行為に関しては全くのど素人なんで、もっともらしく書いてあるナンダカンダはすっぱり読み流して下さいませ。
因みに気胸を患っている方は周りにはいませんので、救命シーンは某医療ドラマのほぼパクりでございます^-^;あ、あとド●ターGとか、仰●ニュースとか……。
ぐーぐる様、今日もありがとう^-^;


とにかく!
書きたかったのですよ。
颯爽と鮮やかな手技で救命しちゃう入江くん! 夫婦揃っての息のあった連携プレイを同級生の面々に見せつける!
ええ、その為だけの同窓会開催でございました(^w^)

けれど、この回を書きたかっただけなのに、なぜ8話もかかってしまったのかしら……? 全てはおかしなオリキャラたちのせいですね……(-.-)


あと、エピローグのみです。
入江くんはさっさと部屋に行きたくて行きたくてたまらないでしょうが、そこはきっちりと同窓会を締めないとね(^^;
まだオアズケ(へっへっへー)



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