20010513 ~10年目の同窓会 7





「ーーつまりだ。精神疾患は輪郭がはっきりしない。生化学的に異常を確認できるものもあれば、そうではないものもある。だから、薬が効くこともあれば、効かないこともある。
数値で具現化できる外科や内科的なアプローチに比べてこの領域の難しいところはーー」

延々と続くこのT大医学部助教授の話に、流石にうんざりしてきた。いや、こういう専門的な話ならまだいい。

「つまりは、精神臨床学と外科的臨床学の融合を考えると、君のような才能ある外科医はぜひわれわれ日本の最高峰学府であるT大において共に実践すべきであって……」

気がつくといつの間にやら話がすり変わり、あの手この手で直樹をT大の研究室に引き抜こうと目論んでいるらしい。

あの研究はどうの、学閥がどうの、教授同士の派閥がどうのーー話がどうでもいい方面に流れていく度に、直樹は話の腰を折って立ち去ろうとするのだが、流石に精神科医の話術、直樹の興味の引きそうな症例を持ち出しては彼を引き留める。
お陰で、もう30分ほど会場に戻れない。
この間に琴子に何かあったらどうしてくれよう。
直樹は内心イラつきながらも、恒松助教授の相手をしていた。

すると。

「恒松くん!」

T大助教授を君づけにするのは恐らく彼の同級生だろう。
一人の女性がひどく焦って彼のいる方に駆けつける。
内心、直樹はこれで解放されるーーとほっとしていたーーが。

「会場で鈴木さんがひどく具合が悪そうなの。すぐ来てもらえる?」

そのため医師の彼を捜していたらしい。

「分かった、すぐ行こう」

ふっとニヒルに微笑むと「君も来てくれ、入江くん!」と有無を云わさず直樹の肩をぐっと掴んだ。

「は……? はい……?」

あんたが行けば十分だろうーー?
一瞬そう思った直樹だが、やはり病人がいると聞けば放っておくこともできず、仕方なく恒松の後を追って15回生たちのいる高砂の間の会場に入っていったのだったーー。






そして、その頃。

琴子たち幹事は始まったビンゴゲームの為に、裏方に徹していた。
カードを配ったあとは、景品を手渡すだけだが、何となくみんなステージ横に集まっている。

「あれ? 高階さんは?」

幹事の一人である高階優梨子の姿が見えない。

「別にいいよ、人手足りてるし」

「彼女いない方がうっとおしくなくって。あの娘、人の悪口ばっかだもん」

いないとなると結構みんなも辛辣である。確かに毒を孕む優梨子の言葉は、常に神経を逆なでしてくれたが。

「高校時代と変わらないよね、全然」

「そうそう。適当に話し合わせるし、人の所に寄ってくるから孤立してることはなかったけど、クラスメートに友達らしい友達っていないんじゃない?」

「佐藤さんくらい?」

「ま、あの二人も仲いいんだか悪いんだか」

「高階さんの毒に付き合えるのって佐藤さんしかいないのよ。彼女も変わってるし」

「マスコミで活躍してるってもまだ殆ど知名度0だし」

「そんな華やかになったわけでも無いよね。まあ元々目立ってなかったからギャップ激しいだけで」

「高階さんだって、会う人会う人の評伝やったら煩く云ってたけど、本人そーんなに綺麗になってないよね。服のセンスなんてイマイチだし」

「ほんと。彼女、とにかく他人にケチつけないと気が済まないんだよね」

そんな会話をしている他のクラスの幹事の女子たちに、琴子が口を挟む。

「………でも、高階さん、幹事の仕事、一度もサボったことはないよ」

ひとつ頼めば倍の文句が返ってきた。
やれ段取りが悪いだの、これは本当に私たちがやらなきゃいけないことなのかしらーー等々と。とはいえ罵詈雑言を発しつつも何だかんだ動いてくれていた。
そして、月に1度の幹事会もずっと皆勤だったのは彼女だけだった。

「……暇だったんでしょ? 友達いないから……あたしたちは忙しかったもの」

何故、一番弄られていた琴子が彼女を庇うようなことを?ーーと云いたげに、他のクラスの幹事女子が、後ろめたそうに言い繕う。

「皆勤だったのは自分のいないところで自分の悪口云われるのがイヤだからだよ。ほら、あーゆータイプは自分は人のことばっかりあげつらってるクセに自分のこと陰口叩かれるのはスゴく恐れてるんだよね」

「自分が云った分だけ返ってくるのにねぇ」

「嘘っぽい自慢話も多いし、他人の話は毒まみれだし、話した後はめっちゃ気分悪くなるもんね」

くすくすと笑う他のクラスの幹事女子の話を聴いて、(みんな結構楽しそうに高階さんの噂話に乗ってたのになー)と琴子は少し眉を潜めた。
看護婦という女ばかりの集団にいるから、いかにも女に有りがちな、その場に居ないものに対する集中砲火というのは、高階優梨子だけでなく誰もが罪の意識を持たないまま行ってしまうのだと分かってはいるのだが。




「……あ……高階さん……」

琴子は自分達の後ろに高階優梨子が立っているのに気がついた。
少しうつ向きがちで表情が見えない。
だが彼女たちの話を聴いてしまったのは間違いないだろう。
彼女の噂話をしていた女子たちは、きまり悪そうに顔を背けた。

「ふんっほんと、女って鬱陶しい生き物よね」

そう吐き捨てる優梨子に、「はあ? 何……あなたにそんなこと…… 」と、幹事女子の一人が呆れ返ったように言い返そうとしたが、すでにくるりと踵を返し高階優梨子はその場から逃げるように立ち去っていった。

「高階さんっ待って!」

追いかけようとした琴子に、「ほっときなよ」と理美もじんこも止める。

「あんたも色々云われてたじゃん。気にすることないよ。自分がかけた唾は自分に返ってくるっていい見本」

珍しく理美が的を得たことを云っていたが、琴子はやはり放ってはおけなかった。
ビンゴで盛り上がっている人の波を抜けて、琴子は優梨子の姿を捜した。

……いない。
どこに言っちゃったんだろ……

きょろきょろと辺りを見回すがもう何処にもいない。

確かに彼女には散々嫌な想いをさせられたけれど、だからって同じように傷つけるのはどうなのかな、と思う。
あんな風に虚言や攻撃で自分を守っている患者さんはたまにいる。
ハリネズミのように相手を威嚇して棘を出しまくって、自分を傷つけないように防衛本能だけはすさまじい。

苦手だけれど、逃げてはいけないのだと思う。
そういう患者さんにも、彼女にもーー。


「あれーきみ、相原さんじゃん」

ウロウロしていたら、突然後ろから肩を掴まれた。

うわーっ酒臭い!

アルコール臭がぷんと鼻につくほど間近に男の顔があった。
さっき集まっていた医療者グループの中にいた一人だ。

誰だっけ……?

「おれさー結構、君のこと可愛いなーって思ってたんだよなー。……入江ってば教室じゃ全然気のないフリしてさ、結局同居しててデキちゃったってことだろ? どっちが先に夜這いしたわけ? 女子たちは絶対君が入江の寝込みを襲って既成事実作ったなんて言ってたけどさー。おれは絶対、アイツの方が君を無理矢理襲ったんじゃないのかなーって思ってたんだよ。そんな、一つ屋根に高校生の男女が暮らしてて何もないわけないよなー。めっちゃ不細工な女ならともかく、君、可愛いし。どう? 当たってるだろー。絶対アイツ、ムッツリだしぃー」

にへらにへら笑う男の顔が近付いて気持ち悪い。
思わず琴子は後ずさる。

「そ、そんな……入江くんはそんなこと……」

「うそうそ。高校時代からやりまくってたんだろ? で、相原さんは入江しか男知らないよね。でも入江の方は絶対他に女いるぜ。あんな風に嫁と人前で仲良しアピールしていちゃいちゃしてんの、浮気してるって証拠だって! そんな、10年も一人の女としかやってないなんて、男にはあり得ないって。特に医者なんてねーみんな肉食だぜぇ? うちのT大の先生方なんて愛人何人いることやら……」

「う……うそ……」

信じてた訳ではないが、少し青くなる。
優しくなると浮気している証拠だという話は散々幹や真里奈から吹き込まれているが、どうやら世間一般の共通認識らしい。

「だからさー相原さんもおれと浮気してみない? おれ、今回の同窓会で結構いい出会いあるかもって期待してたのに、女子は相変わらず入江命だし、君とのキスシーン見せつけられてからは、みんなぶっ壊れてやけ酒で……ったく、女も怖いよねー。結婚してること知ってるくせにみんなどんだけ同窓会よろめきドラマを期待してたんだか……」

「は、離して……えーと」

名前が出てこない。

「なーんだ、名前も覚えてくれてないんだー。おれ、池沢理男。入江さえいなければ、いつも学年首位だったんだぜ? だいたいlQ200もあるやつが普通の高校行ってんな、って話だよ。さっさと飛び級してシンクタンク(頭脳集団、研究機構)でも入ってりゃいいものを……」

「な、なんで入江くんがタンクに入らなきゃなんないのよーっ」

よく意味がわからない琴子はとりあえずタンクローリーみたいなものを想像してみた。
っていうか、なんでこの人に彼の進路をあーだこーだ言われなきゃならないんだ!

だんだん腹が立ってくる。

「あいつのせいでおれは万年二番でさ……」

ん? そのセリフ、なんだか妙に耳馴染みがあるわよ?…… と琴子は思わず男の顔をみる。
顔はいまいちインパクトがない。ぺらっとした薄い顔つきである。

名字は金之助と同じだが、中味は船津かー?

「……でも君には感謝してるよ。君のお陰で入江がT大来なくって……もう入江と比較されることはなくなったって喜んでたんだ……それに斗南大のアイツよりおれの方が学歴じゃ勝ったしね」

あんたなんか比較にもなんないわよー
と、内心思うが、変に昂らせても酔っ払いを煽るだけだと口をつぐむ。

「それなのに、まさかあいつが医者になるなんて……医学部に転籍するなんて……T大にいてもアイツの噂ばっかり入ってくるんだ……論文書けばすぐに話題になるし……くそぉ。せっかくアイツのいない世界で一番になれると思ったのに」

前言撤回。
船津の方が遥かにましだ。
万年二番で僻んでいるような船津だが、同じ土俵に乗るためにわざわざ追いかけて、常に戦って追い抜こうと努力してる。
同じ土俵に乗ることすら嫌がって逃げているらしいこの人が、直樹に勝てる筈がないーー。

「でも、君を奪ったらアイツどう思うかな……」

うわーっその発想は、船津くんといっしょー!

いつの間にか壁際に追いやられて、何だか腕で行く手を阻まれている。
ちょっとこの構図はヤバイんじゃない? と、琴子ははたと我に返る。
そして酒臭い男の顔がどんどんアップになって迫ってくる。
気持ち悪い。

いやーっダメー!!

「入江くーーんっ 助け………」

琴子はぎゅっと目を瞑って顔を背けた。

すると、突然目の前にあった影がすうっと消えたと思うと、がたんっと床に倒れ伏した。

ーー入江くん!?

と、思ったらーー。

「琴子ちゃん、大丈夫?」

「渡辺さん!?」

「いってぇ……」

酔っ払いの池沢理男は床に突っ伏して呻いている。

「おい、池沢! おまえ、おれが入江じゃなくて良かったな。こんなんじゃすまないぞ?」

確かに渡辺が凄んでも余り迫力がない。そんなに腕っぷしの強くない渡辺が軽く肩を引いただけで足元がふらついて倒れたのも、相当酒が過ぎていたせいだろう。

「………良かったよ、無事で……」

「渡辺さん、ありがとう」

琴子の青ざめた表情が少し安堵の色をなす。
助けてくれたのが直樹ではなく渡辺だったのはちょっと残念だが、そうそう少女漫画のようにピンチの度に王子さまが飛んでくる筈がない。

「今、入江じゃなくてがっかりしてたでしょ?」

「えー? そ、そ、そんなこと」

渡辺のにやっという笑いに、どうやら思いっきり分かりやすい顔をしていたことに自分で気がつく琴子である。

「いや、しかしすごいなー入江……あいつ、エスパーか?」

「え? 何?」

「あ、いや……」

渡辺は片手に携帯を持ったまま、琴子に問いかける。

「琴子ちゃん、携帯は?」

「え? あ! バッグに入れたままでそのバッグ、理美たちのとこに置いてきちゃった!」

「はは、やっぱりね。入江が、琴子ちゃんと連絡とれないからって俺んとこ電話してきたの。こっちになかなか戻れそうにないから、琴子の様子を見てきてくれって。それで琴子ちゃん捜したら、こんなことになってたんだ」

と、床に転がっている酔っ払いを足でつつく。

「入江くんが……? え? 入江くんどうしたの? なんで戻れないの?」

琴子が心配そうに渡辺を見つめる。

「ああ、なんか隣の15回生の会場で急病人が出たらしくて、入江も対応してるらしいんだ」

「えーー? 大丈夫なのかな……」

途端に不安そうに扉の向こうを見つめる琴子に、渡辺はふっと笑うと「大丈夫だよ」と応える。

「そんな大したことなかったらしいから。少し休めば回復する程度の目眩かなんかで」

「ああ、そう。良かった………」

心底ほっとした表情の琴子に、渡辺は目を細める。看護婦としての表情(かお)をして、ただ純粋に具合が悪いだろう誰かのことを心配しているその姿に感心するも、少し意地悪なことを云ってみる。

「あいつが15回生の妙齢のお姉様方に取り囲まれてるかも、という心配はしないんだ」

「え? えーー!」

一瞬にしてその様子を想像したのか、琴子の顔があわあわと落ち着きがなくなり青冷める。

「はは、冗談だよ。あいつのことだから何処の集団に紛れても如才なく振る舞って、纏わりつく者には一刀両断、ばっさり……だろう?」

君以外の女性に対しては全く興味も関心もないのだから。

言外にそんな意図を含ませた渡辺の言葉だったが、分かっているのかいないのか、琴子は軽く微笑んで、会場の外へ出て直樹を捜しに行こうかと少し逡巡しているようであった。
因みに琴子の頭の中では、最初に誰を捜して会場を彷徨(うろつ)いていたのかは、きれいさっぱり忘却の彼方にある。


おおーっやったあー


会場のあちこちで沸き上がる声から、ビンゴゲームが最高潮に盛り上がっていることがわかる。

「いててて……」

寝っ転がっていた池沢理男が漸くむっくりと起き出した。

「おい、気がついたか? おまえ命が惜しけりゃ、二度と琴子ちゃんに近付くなよ? でないと例え天下のT大医学部だろうが、おまえ今後、日本の医学界に生息出来なくなるぞ? 」

「ひ……そんな、大袈裟な……」

うん、まあ大袈裟だけどね。
でもあいつのことだから、今さっきおまえが琴子ちゃんにしてたことを知った日にゃ、完膚なきまで叩きのめされるだろうよ。
よかったよな、俺で。

ふらふらと青ざめて「……ご、ごめん、相原さん、おれ酔ってて……」と、とりあえず謝る池沢に、「『入江さん』だろうが」と、渡辺が突っ込む。

「あ、うん。入江さん……。でも、高校ン時、入江さんのこと気になってたのは本当で……」

まだ云うか!
と、渡辺が睨み付けようとしたとき。


会場の端の方から悲鳴のような声が聴こえた。

「……誰か……! きてぇ! 人が……倒れてる……!」

途端にざわっと会場がどよめき、視線がそちらに集中した。


「……ったく、みんな相当飲んでたからなー」

渡辺は酒の飲みすぎで誰かが急性アルコール中毒でぶっ倒れたのだろうと真っ先に考えたようだった。
特に琴子と直樹のキス写真が上映された後の女性陣の酒量は格段に増加していたからだ。
まさに大荒れに荒れているといった体の同窓会会場である。

しかし、琴子はまず理美の姿を捜した。

妊娠中の理美はまだ安定期に入っていない。
特にこの大日本ホテルは彼女にとって鬼門かもしれない。
もし、また切迫流産にでもなっていたりしたらーー

イヤな想像が頭の端を掠めて、琴子は思わず声がした方に向かって駆け出していたーー。









※※※※※※※※※※※※※※


池沢理男ーー琴子が掲示板に載った試験で学年2番だった人です^-^;

そして、やっと同窓会、終盤に差し掛かってまいりましたー(^^;
波瀾万丈の同窓会です……f(^_^)
次が最終回になるかどうかは……ちょっと微妙です。クライマックスなのは間違いないですが。
もう一話くらい増えるかな?
一番書きたいとこにやっとこさ辿り着いたので、なるべく早くお届けしたいと思っております(←あくまで希望)





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