君のいる、午后の教室 2


2 Coffee shop MAX


此処は斗南大学付属高校の近くにある、少し古びた昭和の香り漂う珈琲専門店『MAX』。初老のマスターはカウンターの奥で、午後の穏やかな時間を台無しにしてくれた騒がしい一団とは関わらないように静かに雑誌を読んでいた。


「ーーだから、俺はあの時からずっとA先生みたいな先生になるんだっとかたく決意していたんだ! 俺の理想の教師のあるべき姿というのは………」

延々と熱く憧れの教師像を語り続ける鴨狩啓太を置いておいて、幹を含む女性陣たちは、かなり本音トークが炸裂していた。

「教師ーー? 興味ないわね。とりあえず教職とっておけば就職決まんなくってもなんとかなるかなーと思って。教採受からなくても非常勤講師ならそこそこ募集あるし? とりあえず教員なんて安月給だから職場恋愛はありえないもの、やっぱ本命は大手企業狙いなんだけどぉ。実習終わったら就活に専念しないとねー」

あっけらかんと笑う品川真理奈。

「あら、一応あたしはなるつもりよ。私立の男子校に行くのが憧れなの。ミッション系の全寮制の学園なんていいわねー」

うっとりと妄想し始め空を見つめる桔梗幹。

「私も毎回解剖ばっかりやらせてもらえるなら、喜んで教師になるんですけど……」

愛らしい小倉智子からため息交じりに零れ出た言葉に、一同ぎょっとする。

「で、あなたはなんで教師になろうと?」

皆の視線が、先程から幸せそうにモカフロートのアイスをつついていた琴子の方に注がれる。

「ほへっ?」

注目を浴びていることに気づき、琴子は一瞬むせっていた。

「えーと……あたしは……なんとなく?」

「なんだとぉ? そんないい加減な気持ちで教壇に立とうとしていたのかぁ!」

琴子の言葉に鴨狩がこめかみをひくつかせギロリと眼をむく。

「……子供好きだし……資格が取れるならいいかなぁと」

鴨狩の剣幕に怯えながら、琴子が小さくなりながら応える。

「まあ、あんた小学生相手の方が向いてそうね。でも残念ながら教育学部じゃないと小免取れないわよ」

「そうなのよね……あたし実習申し込むまで知らなくて……」

「はあ? おまえ入学当初の教職ガイダンスで何聴いてたんだー!」

また啓太に怒鳴られ、首を竦める琴子。

文学部では中免と高免は取れるが、小学校免許は取れないのだ。

「講義もしょっちゅう遅刻するし、あんた単位も落としてるだろ? そんな適当なヤツが教師なんて目指さないで欲しいね。教師は聖職なんだっ」

瞳に炎を携えて熱弁する啓太に、

(ねえ、うちらだって大概いい加減よね?)

(なんで、この娘ばっかり突っ込むの?)

(わー分かりやすい男ー)

琴子を覗いた三人がボソボソと顔を付き合わせて目配せする。
ガミガミと責め立てる啓太に、琴子はしゅんとしていた。彼女なりに、初めはかなり成り行き任せな気持ちで教職課程を取ったことに後ろめたさはあったのだ。
でも、今は生徒たちと学園青春ドラマのようなハートフルな交流が生まれることを心から信じている。ある意味啓太と同類だった。

「そんなことより、校長が言ってた、去年の実習生が生徒を襲ったって話」

真理奈がにやっと楽しげに話を変えた。

「母校実習の学生らしいわね。KO大の教育学部生ってよ」

「ああ、聴いた。ミスKOってね。かなり自信過剰の高慢な美女だって話~~」

「自分の誘惑に応じない男がこの世にいるなんて思ってなかったんじゃない? ザマーミロねー」

「それより、誘惑されかけた生徒ってのが、ほんとに超絶なイケメン君らしいわよ」

「らしいよねー。楽しみー♪ 何組かしら。確か2年よね?」

「1年の時にA組って話だから、今年もAでしょ」

「えーっ 2ーAってことはっ!」

皆の視線が一斉に琴子に向けられた。

「へっ?」

「いーわねー。目の保養が出来るわ。あんた間違っても一目惚れなんてしちゃダメよ」

「間違っても押し倒しちゃダメよ」

そういってから真理奈は「あるわけないかー」とけらけらと笑った。

「……っていうか、押し倒されないように気を付けないとね、アタシたち。高校生男子の頭の中なんてアレのことしか考えてないんだから。力じゃ全然及ばないもの」

そう顔を赤らめて話す幹に、(ナイナイ)と皆吹き出しそうな顔をして小さく手を振る。

「あたし、どんなイケメンな男の子がクラスにいたって大丈夫よっあたしの彼に敵うイケメンなんてこの世にいないんだからっ」

「ええっ!?」

ぷくっと頬を膨らませてそう宣言した琴子に全員が眼を向いた。

「あ、あんた……彼氏いんの~~!?」

「………ま、まあね」

「やだ、皆さんそんなに驚かなくっても。琴子さんだって花の女子大生なんだから、彼氏の一人や二人……」

そう取りなす智子に「 まあ、あんたもいるの?」と、幹が矛先を向ける。

「いえ、なかなかホラー趣味な方がいなくってぇ」

だいたい付き合っても半月持たないんですよねーあたし、何故かしら? と不思議そうに首を傾げる智子に、(半月くらいは趣味がバレないんだ)と皆内心密かに思うのである。

「……あんたは……いそうよね」

真理奈をじとっと見る幹に、
「い、今はちょっとしたインターバルよ。今まで男のいなかった時期なんてずうっとなかったんだけどっ?」何故か言い訳するように焦って応える。

「そう……じゃあこのメンバーで男がいるのって……」

再び琴子に皆が注目する。

「あーもうっこんな冴えないべビーフェイスのお子ちゃまな娘だけが彼氏持ちなんてー!」

「お子ちゃまって何よー」

流石にあんまりな言いように琴子が剥れて抗議する。

「で? 超イケメンの彼氏ってどんな人よ? 大学生? 社会人?」

「どれくらい付き合ってるの? もしかして結婚の約束してるとか?」

「どうせ2週間ずーっと顔付き合わせる仲間なんだからさ、洗いざらい喋っちゃいなさいよ」

皆につつかれて琴子の視線は宙をさ迷っている。

「えーと……だ、大学生よ。………………多分」

「「「多分!?」」」





多分……大学生。
だって、あたしが斗南大学の学生で、今度付属高校に教生に行くのよ、なんて話した時、少し驚いて……へぇ、じゃあまた会えるな、なんて云ってたのよ。
だから、あたしてっきり彼も同じ斗南の学生だと思って。同級生? もしかして院生かしら……なんて。

……春休みが終わって……大学が始まったらきっと会えるものだと思ってたのに……

突然テンションが急降下し出した琴子に驚いて、「ちょっと……待って! もっとわかりやすいところから話して頂戴っ あんたその彼の連絡先も知らないの!?」
と、皆で突っ込む。

「えーと、つまりね……」


要領を得ない琴子の説明をかいつまんで話すとーー。


それは今年の3月のことだった。
春休みに、親友の理美に誘われて、彼女の親戚が経営しているという、清里のペンションでバイトをしたのだった。
正面には富士山や南アルプス、背後には八ヶ岳が聳え、眺望の美しいスキー場として、また首都圏から2時間程で来られるアクセスの利便性もあって、春スキーを楽しむ客たちで賑わっていた。そしてその客の中に彼はいた。

「一目惚れって本当にあるのね。あんまりにもかっこよくてあたし、目が離せなくなっちゃって……」

うっとりと思い出すように語る琴子。

目が離せなくなったが故に料理の皿を持ったまま、スッ転んでそのかっこいい彼にカボチャのポタージュをぶちまけたことは云わないが。

いや最初は怒鳴られたし、嫌味云われたし、どちかというと最悪な出会いだったのだけれどーー。

ただまあ、他にもなんやかんや色々あって、ちょっとずつ距離は縮まったりして。
家族で来ていた彼の母親には妙に気に入られたりとか。

春休みいっぱい共にバイトする予定だった理美が、家の急用で途中で帰ってしまい、一人でてんてこ舞いだった琴子を見かねた彼が結局バイトを手伝ってくれることになりーー(いや、ほんとは彼の母親から貰った彼の黒歴史の写真をネタに、脅迫したというのが正しいがーー)

家族は先に帰ってしまったけれど、一人残った彼は、渋々のわりにはなんだかんだ琴子のフォローをしてくれて。
休みの日にはスキーなんかも教えてくれたりして(スパルタだったけど)

そして、そしてーーあんなことやこんなことがあった挙げ句に。
いつのまにやら……

「きゃあ」

一人で妄想に耽って真っ赤になっている琴子に向けて、ずぱり真理奈が一言。

「やっちゃったわけね?」

ぼんっとさらに真っ赤になる。
大変分かりやすい頬の紅潮具合である。

「う、うそだ………」

啓太が一人青ざめて呻いている。

「そ、そんな出会って僅かな期間で簡単に素性の知れぬ男と寝てしまうような女だったのか………おまえは………」

「いやいや、そんなのフツーだって」

からからと笑う真理奈に、
「おまえらはそうかも知れないが、こいつまでそんな尻軽女だったなんて……」
と、頭を抱えて凹んでいる啓太。

「し…尻軽……?」
流石にその言葉に青ざめる琴子に「こんな、女に幻想抱いてるドーテー野郎の戯言なんて聴かなくていいわよ」と、幹が擁護する。

「ってか、あんたなんでこの娘にそんな純情可憐なイメージ妄想抱いてのよ。逆に不純だわーえろいわー」

「は? 俺は別にっ」

「それより、琴子よ! つまりは春休みペンションでバイトしてた間だけ付き合ってた男とその後連絡が取れないって話でしょ? まあ、これが夏ならひと夏のアバンチュールってところなんだけど」

「連絡先とか交換しあわなかったの?」

智子が至極普通のことを訊く。

「 彼、携帯持ってなくて………せめて家電の番号教えてって、あたしの携帯に打ち込んでもらったの。そしたら、あたし帰ってすぐに携帯なくしちゃって~~」

「で、何にも他に情報ないの? 斗南の何学部とか……」

「訊いても笑って教えてくれなかったの。結局彼のこと、名前と東京に住んでいるということと、家族構成と、彼のお父さんがどこかの会社の社長さんだってことしかしか知らなくて…… 年齢も誕生日も知らないの……」

「……で、新学期になっても彼は会いに来ず、捜しても見つからないと」

「そりゃ間違いない。相手はバイト中の期間限定だけのつもりであんたを弄んだのよ。社長令息のイケメンなんて出来すぎよねー」

「……そんな感じですねー多分。可哀想ですけど」

幹、真理奈、智子に畳み掛けられて、がっくりとする琴子。

「そんなことないもん……」

そういう琴子の言葉も心許なげに小さく消えいりそうだった。

結ばれてからはあんなに毎晩求められて、深く愛し合ったのに、考えてみれば言葉で「好き」だの「愛してる」だの云われた記憶もなければ東京に戻った先の未来の話をしたことなどなかった。
いつも自分ばかり沢山話して、きっと彼は琴子の生まれた時から22年の個人情報を、父重雄以上に知っているかもしれない。母を小学校に上がる前に亡くしたことも、父が割烹料理屋を営んでいることも包み隠さず話していた。
だから彼の方は簡単に琴子に会おうと思えば会えるはずだった。
斗南の国文科だということも、父の店の場所も知っているのだから。
なのに会いに来ないということは……やはり皆のいう通りなのかと切なくなる。

とにかく4年に進級してからは、最初はいつ会いに来るだろうとそわそわしていたものの、だんだん実習準備で忙しくなったことを理由に、なるべく考えないようにしてきた。

もしかしたら、ほんの束の間の夢だったのかもしれない。
そんな想いが頭の片隅を過ったりしたけれどーー。

「で、どうだったのよ、彼のエッチは」

にんまりと真理奈が琴子の耳元でぼそっと囁く。

「ええっ/////」

「訊くのかっ! それを訊くのかっ 真っ昼間っから! こんな健全な喫茶店でっ」

啓太が頭を抱えて悶絶する。

「ど、ど、ど、どうって云われても………」

焦りまくっている琴子にはそれこそどう答えていいのか分からない。

「良かったの?」

「良かったーー!? それは何をもって良かったと……」

「啓太、うるさいっ」

啓太の口を押さえ羽交い締めにした幹も、にやにやと琴子の方を見ている。

普通ならまだ会って間もない実習仲間にそんなプライベートな赤裸々な話を、根掘り葉掘り聴かれて応える必要もないのだが、そこは琴子なので、馬鹿正直にあれこれ思い出そうとして、だんだん顔が熱くなってくる。

いや、……無理に思い出そうとしなくたって何もかも覚えているのだけど。

ーーバカじゃねえの?

ーーおまえバカか?

ーー頭の悪い女はキライだ

昼間は散々罵倒されてばっかだったけれど、夜はとても優しくて……

「ツンデレ?」

「二重人格?」

キスはとても甘くて、頭の芯がくらくらしちゃうくらい情熱的なの……
それにね……それに………



「ダメだ、遠い世界へ行っちゃったわ、この娘」

「頭、沸騰してるわね」




彼の方が3日程早く帰らなければならなくて。
明日は東京に戻ってしまうという最後の夜ーー泣いてしまったあたしをずっと抱き締めて一晩中愛してくれたのに。

ーー大丈夫、また会えるよ……

そう言ってくれたのに。


「一晩中って……絶倫……?」

「嘘だーーっ」






「あーあの娘、面白かったわね。これから突っつきがいがあるわー」

ーーあー、あたし父さんからクリーニング取ってきてって頼まれてたんだった! もう帰らなきゃ!

そう云ってバタバタと慌てふためいて帰った琴子の話題でひとしきり盛り上がった後、彼らも店を後にした。
来週から実習が始まれば、少なくともこんな話題を学校ですることはないだろう。

「……もっとも、あの娘、生徒から突っ込まれたら何でもペラペラ喋りそうね」

「まあ、きょうびの高校生、フツーに訊きそうよね。『先生、彼氏いるんですかあ?』『先生、バージンですかぁ?』ってね」

「あら、大丈夫でしょ? 琴子さんの担当はA組だもの!」

「ああ、それもそうねぇ……!」






さて。
その日の夜。
あれこれみんなに訊かれたせいで、想いが溢れかえって止まらなそうになるのを振り払い、今日校長から渡された書類に目を通そうと封筒を開けた。

担当する2ーAの名簿表が入っていた。
昨今の読みづらい名前が反乱しているご時世のせいか、いちいち振り仮名が振ってあるのが有り難い。
それと同時に座席表も。
確か各クラス教壇に座席表は貼ってあるはずだが、担当クラスくらいは座席表を見ずに名前を云えるように覚えてこいと云うことだろうか。
2週間で顔と名前が一致することすら自信がないのに、あと5日で覚えよとは無茶をいう……
琴子は軽くこめかみを押さえながら、名簿表をざっと一瞥しようとした……途端に、生徒の初めの一人目で視線が止まってしまった。

まさか……ね。

この春休みに知ったばかりの名まえ。
忘れることなんてできない、大切な名まえ。


だって、別に珍しい名字じゃないし。
名まえだって、よくある名まえだ。
確か名まえランキングの上位にも入ってたような。

きっと、偶然。
でも、この名まえを毎日呼ばなければならないのは、ちょっと切ないかも。
呼ぶ度にきっと思い出しちゃうだろうなー

永遠に忘れられない春休みのことを。

『入江直樹』

ほんとに、よくある名まえよね……

琴子はひとつため息をつくと、他の生徒の名まえも覚えなきゃ、と名簿に瞳を向けたーー。









※※※※※※※※※※※※※※


実習、なかなか始まらないなー(^^;

『直樹』という名前は80年代~90年代には名前ランキング10位内常連みたいですねー。


二人の出会いを妄想してたら、どんどん話が長くなりそうで。実習始めるまえに春休みバイト編だけで6話くらいいっちゃいそうだわーと、とりあえず琴子ちゃんの妄想だけで(^^;
いつか番外編だな、こりゃ。

ペンションでのバイト先。
清里にしたかったものの、あそこは避暑地のイメージが強いので、春休みにペンションのバイトってどーよ?と思って、初めは苗場あたりで考えてたのですが、やっぱり清里は捨てがたく。調べたら一応4月初旬くらいまで春スキーやってるスキー場、清里にもあったので、やはり此処にいたしました。イタキスに清里は外せない(^w^)
清里も苗場(越後湯沢)もかつてのブームを思うと幾分寂れてるみたいなこと、『月曜から夜〇かし』でやってましたが(笑)
清里……あの大ブームの時に行ったなー。清泉寮のソフトクリーム、並びましたよ。懐かしい(^^)


そして、もうひとつ。珈琲専門店MAX。
日キスシーズン1で出てた(オープニング映像で毎回)お店でしたーf(^_^)


さあ、次はようやく実習初日です(^^;



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