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個別記事の管理2015-04-26 (Sun)

2 Coffee shop MAX


此処は斗南大学付属高校の近くにある、少し古びた昭和の香り漂う珈琲専門店『MAX』。初老のマスターはカウンターの奥で、午後の穏やかな時間を台無しにしてくれた騒がしい一団とは関わらないように静かに雑誌を読んでいた。


「ーーだから、俺はあの時からずっとA先生みたいな先生になるんだっとかたく決意していたんだ! 俺の理想の教師のあるべき姿というのは………」

延々と熱く憧れの教師像を語り続ける鴨狩啓太を置いておいて、幹を含む女性陣たちは、かなり本音トークが炸裂していた。

「教師ーー? 興味ないわね。とりあえず教職とっておけば就職決まんなくってもなんとかなるかなーと思って。教採受からなくても非常勤講師ならそこそこ募集あるし? とりあえず教員なんて安月給だから職場恋愛はありえないもの、やっぱ本命は大手企業狙いなんだけどぉ。実習終わったら就活に専念しないとねー」

あっけらかんと笑う品川真理奈。

「あら、一応あたしはなるつもりよ。私立の男子校に行くのが憧れなの。ミッション系の全寮制の学園なんていいわねー」

うっとりと妄想し始め空を見つめる桔梗幹。

「私も毎回解剖ばっかりやらせてもらえるなら、喜んで教師になるんですけど……」

愛らしい小倉智子からため息交じりに零れ出た言葉に、一同ぎょっとする。

「で、あなたはなんで教師になろうと?」

皆の視線が、先程から幸せそうにモカフロートのアイスをつついていた琴子の方に注がれる。

「ほへっ?」

注目を浴びていることに気づき、琴子は一瞬むせっていた。

「えーと……あたしは……なんとなく?」

「なんだとぉ? そんないい加減な気持ちで教壇に立とうとしていたのかぁ!」

琴子の言葉に鴨狩がこめかみをひくつかせギロリと眼をむく。

「……子供好きだし……資格が取れるならいいかなぁと」

鴨狩の剣幕に怯えながら、琴子が小さくなりながら応える。

「まあ、あんた小学生相手の方が向いてそうね。でも残念ながら教育学部じゃないと小免取れないわよ」

「そうなのよね……あたし実習申し込むまで知らなくて……」

「はあ? おまえ入学当初の教職ガイダンスで何聴いてたんだー!」

また啓太に怒鳴られ、首を竦める琴子。

文学部では中免と高免は取れるが、小学校免許は取れないのだ。

「講義もしょっちゅう遅刻するし、あんた単位も落としてるだろ? そんな適当なヤツが教師なんて目指さないで欲しいね。教師は聖職なんだっ」

瞳に炎を携えて熱弁する啓太に、

(ねえ、うちらだって大概いい加減よね?)

(なんで、この娘ばっかり突っ込むの?)

(わー分かりやすい男ー)

琴子を覗いた三人がボソボソと顔を付き合わせて目配せする。
ガミガミと責め立てる啓太に、琴子はしゅんとしていた。彼女なりに、初めはかなり成り行き任せな気持ちで教職課程を取ったことに後ろめたさはあったのだ。
でも、今は生徒たちと学園青春ドラマのようなハートフルな交流が生まれることを心から信じている。ある意味啓太と同類だった。

「そんなことより、校長が言ってた、去年の実習生が生徒を襲ったって話」

真理奈がにやっと楽しげに話を変えた。

「母校実習の学生らしいわね。KO大の教育学部生ってよ」

「ああ、聴いた。ミスKOってね。かなり自信過剰の高慢な美女だって話~~」

「自分の誘惑に応じない男がこの世にいるなんて思ってなかったんじゃない? ザマーミロねー」

「それより、誘惑されかけた生徒ってのが、ほんとに超絶なイケメン君らしいわよ」

「らしいよねー。楽しみー♪ 何組かしら。確か2年よね?」

「1年の時にA組って話だから、今年もAでしょ」

「えーっ 2ーAってことはっ!」

皆の視線が一斉に琴子に向けられた。

「へっ?」

「いーわねー。目の保養が出来るわ。あんた間違っても一目惚れなんてしちゃダメよ」

「間違っても押し倒しちゃダメよ」

そういってから真理奈は「あるわけないかー」とけらけらと笑った。

「……っていうか、押し倒されないように気を付けないとね、アタシたち。高校生男子の頭の中なんてアレのことしか考えてないんだから。力じゃ全然及ばないもの」

そう顔を赤らめて話す幹に、(ナイナイ)と皆吹き出しそうな顔をして小さく手を振る。

「あたし、どんなイケメンな男の子がクラスにいたって大丈夫よっあたしの彼に敵うイケメンなんてこの世にいないんだからっ」

「ええっ!?」

ぷくっと頬を膨らませてそう宣言した琴子に全員が眼を向いた。

「あ、あんた……彼氏いんの~~!?」

「………ま、まあね」

「やだ、皆さんそんなに驚かなくっても。琴子さんだって花の女子大生なんだから、彼氏の一人や二人……」

そう取りなす智子に「 まあ、あんたもいるの?」と、幹が矛先を向ける。

「いえ、なかなかホラー趣味な方がいなくってぇ」

だいたい付き合っても半月持たないんですよねーあたし、何故かしら? と不思議そうに首を傾げる智子に、(半月くらいは趣味がバレないんだ)と皆内心密かに思うのである。

「……あんたは……いそうよね」

真理奈をじとっと見る幹に、
「い、今はちょっとしたインターバルよ。今まで男のいなかった時期なんてずうっとなかったんだけどっ?」何故か言い訳するように焦って応える。

「そう……じゃあこのメンバーで男がいるのって……」

再び琴子に皆が注目する。

「あーもうっこんな冴えないべビーフェイスのお子ちゃまな娘だけが彼氏持ちなんてー!」

「お子ちゃまって何よー」

流石にあんまりな言いように琴子が剥れて抗議する。

「で? 超イケメンの彼氏ってどんな人よ? 大学生? 社会人?」

「どれくらい付き合ってるの? もしかして結婚の約束してるとか?」

「どうせ2週間ずーっと顔付き合わせる仲間なんだからさ、洗いざらい喋っちゃいなさいよ」

皆につつかれて琴子の視線は宙をさ迷っている。

「えーと……だ、大学生よ。………………多分」

「「「多分!?」」」





多分……大学生。
だって、あたしが斗南大学の学生で、今度付属高校に教生に行くのよ、なんて話した時、少し驚いて……へぇ、じゃあまた会えるな、なんて云ってたのよ。
だから、あたしてっきり彼も同じ斗南の学生だと思って。同級生? もしかして院生かしら……なんて。

……春休みが終わって……大学が始まったらきっと会えるものだと思ってたのに……

突然テンションが急降下し出した琴子に驚いて、「ちょっと……待って! もっとわかりやすいところから話して頂戴っ あんたその彼の連絡先も知らないの!?」
と、皆で突っ込む。

「えーと、つまりね……」


要領を得ない琴子の説明をかいつまんで話すとーー。


それは今年の3月のことだった。
春休みに、親友の理美に誘われて、彼女の親戚が経営しているという、清里のペンションでバイトをしたのだった。
正面には富士山や南アルプス、背後には八ヶ岳が聳え、眺望の美しいスキー場として、また首都圏から2時間程で来られるアクセスの利便性もあって、春スキーを楽しむ客たちで賑わっていた。そしてその客の中に彼はいた。

「一目惚れって本当にあるのね。あんまりにもかっこよくてあたし、目が離せなくなっちゃって……」

うっとりと思い出すように語る琴子。

目が離せなくなったが故に料理の皿を持ったまま、スッ転んでそのかっこいい彼にカボチャのポタージュをぶちまけたことは云わないが。

いや最初は怒鳴られたし、嫌味云われたし、どちかというと最悪な出会いだったのだけれどーー。

ただまあ、他にもなんやかんや色々あって、ちょっとずつ距離は縮まったりして。
家族で来ていた彼の母親には妙に気に入られたりとか。

春休みいっぱい共にバイトする予定だった理美が、家の急用で途中で帰ってしまい、一人でてんてこ舞いだった琴子を見かねた彼が結局バイトを手伝ってくれることになりーー(いや、ほんとは彼の母親から貰った彼の黒歴史の写真をネタに、脅迫したというのが正しいがーー)

家族は先に帰ってしまったけれど、一人残った彼は、渋々のわりにはなんだかんだ琴子のフォローをしてくれて。
休みの日にはスキーなんかも教えてくれたりして(スパルタだったけど)

そして、そしてーーあんなことやこんなことがあった挙げ句に。
いつのまにやら……

「きゃあ」

一人で妄想に耽って真っ赤になっている琴子に向けて、ずぱり真理奈が一言。

「やっちゃったわけね?」

ぼんっとさらに真っ赤になる。
大変分かりやすい頬の紅潮具合である。

「う、うそだ………」

啓太が一人青ざめて呻いている。

「そ、そんな出会って僅かな期間で簡単に素性の知れぬ男と寝てしまうような女だったのか………おまえは………」

「いやいや、そんなのフツーだって」

からからと笑う真理奈に、
「おまえらはそうかも知れないが、こいつまでそんな尻軽女だったなんて……」
と、頭を抱えて凹んでいる啓太。

「し…尻軽……?」
流石にその言葉に青ざめる琴子に「こんな、女に幻想抱いてるドーテー野郎の戯言なんて聴かなくていいわよ」と、幹が擁護する。

「ってか、あんたなんでこの娘にそんな純情可憐なイメージ妄想抱いてのよ。逆に不純だわーえろいわー」

「は? 俺は別にっ」

「それより、琴子よ! つまりは春休みペンションでバイトしてた間だけ付き合ってた男とその後連絡が取れないって話でしょ? まあ、これが夏ならひと夏のアバンチュールってところなんだけど」

「連絡先とか交換しあわなかったの?」

智子が至極普通のことを訊く。

「 彼、携帯持ってなくて………せめて家電の番号教えてって、あたしの携帯に打ち込んでもらったの。そしたら、あたし帰ってすぐに携帯なくしちゃって~~」

「で、何にも他に情報ないの? 斗南の何学部とか……」

「訊いても笑って教えてくれなかったの。結局彼のこと、名前と東京に住んでいるということと、家族構成と、彼のお父さんがどこかの会社の社長さんだってことしかしか知らなくて…… 年齢も誕生日も知らないの……」

「……で、新学期になっても彼は会いに来ず、捜しても見つからないと」

「そりゃ間違いない。相手はバイト中の期間限定だけのつもりであんたを弄んだのよ。社長令息のイケメンなんて出来すぎよねー」

「……そんな感じですねー多分。可哀想ですけど」

幹、真理奈、智子に畳み掛けられて、がっくりとする琴子。

「そんなことないもん……」

そういう琴子の言葉も心許なげに小さく消えいりそうだった。

結ばれてからはあんなに毎晩求められて、深く愛し合ったのに、考えてみれば言葉で「好き」だの「愛してる」だの云われた記憶もなければ東京に戻った先の未来の話をしたことなどなかった。
いつも自分ばかり沢山話して、きっと彼は琴子の生まれた時から22年の個人情報を、父重雄以上に知っているかもしれない。母を小学校に上がる前に亡くしたことも、父が割烹料理屋を営んでいることも包み隠さず話していた。
だから彼の方は簡単に琴子に会おうと思えば会えるはずだった。
斗南の国文科だということも、父の店の場所も知っているのだから。
なのに会いに来ないということは……やはり皆のいう通りなのかと切なくなる。

とにかく4年に進級してからは、最初はいつ会いに来るだろうとそわそわしていたものの、だんだん実習準備で忙しくなったことを理由に、なるべく考えないようにしてきた。

もしかしたら、ほんの束の間の夢だったのかもしれない。
そんな想いが頭の片隅を過ったりしたけれどーー。

「で、どうだったのよ、彼のエッチは」

にんまりと真理奈が琴子の耳元でぼそっと囁く。

「ええっ/////」

「訊くのかっ! それを訊くのかっ 真っ昼間っから! こんな健全な喫茶店でっ」

啓太が頭を抱えて悶絶する。

「ど、ど、ど、どうって云われても………」

焦りまくっている琴子にはそれこそどう答えていいのか分からない。

「良かったの?」

「良かったーー!? それは何をもって良かったと……」

「啓太、うるさいっ」

啓太の口を押さえ羽交い締めにした幹も、にやにやと琴子の方を見ている。

普通ならまだ会って間もない実習仲間にそんなプライベートな赤裸々な話を、根掘り葉掘り聴かれて応える必要もないのだが、そこは琴子なので、馬鹿正直にあれこれ思い出そうとして、だんだん顔が熱くなってくる。

いや、……無理に思い出そうとしなくたって何もかも覚えているのだけど。

ーーバカじゃねえの?

ーーおまえバカか?

ーー頭の悪い女はキライだ

昼間は散々罵倒されてばっかだったけれど、夜はとても優しくて……

「ツンデレ?」

「二重人格?」

キスはとても甘くて、頭の芯がくらくらしちゃうくらい情熱的なの……
それにね……それに………



「ダメだ、遠い世界へ行っちゃったわ、この娘」

「頭、沸騰してるわね」




彼の方が3日程早く帰らなければならなくて。
明日は東京に戻ってしまうという最後の夜ーー泣いてしまったあたしをずっと抱き締めて一晩中愛してくれたのに。

ーー大丈夫、また会えるよ……

そう言ってくれたのに。


「一晩中って……絶倫……?」

「嘘だーーっ」






「あーあの娘、面白かったわね。これから突っつきがいがあるわー」

ーーあー、あたし父さんからクリーニング取ってきてって頼まれてたんだった! もう帰らなきゃ!

そう云ってバタバタと慌てふためいて帰った琴子の話題でひとしきり盛り上がった後、彼らも店を後にした。
来週から実習が始まれば、少なくともこんな話題を学校ですることはないだろう。

「……もっとも、あの娘、生徒から突っ込まれたら何でもペラペラ喋りそうね」

「まあ、きょうびの高校生、フツーに訊きそうよね。『先生、彼氏いるんですかあ?』『先生、バージンですかぁ?』ってね」

「あら、大丈夫でしょ? 琴子さんの担当はA組だもの!」

「ああ、それもそうねぇ……!」






さて。
その日の夜。
あれこれみんなに訊かれたせいで、想いが溢れかえって止まらなそうになるのを振り払い、今日校長から渡された書類に目を通そうと封筒を開けた。

担当する2ーAの名簿表が入っていた。
昨今の読みづらい名前が反乱しているご時世のせいか、いちいち振り仮名が振ってあるのが有り難い。
それと同時に座席表も。
確か各クラス教壇に座席表は貼ってあるはずだが、担当クラスくらいは座席表を見ずに名前を云えるように覚えてこいと云うことだろうか。
2週間で顔と名前が一致することすら自信がないのに、あと5日で覚えよとは無茶をいう……
琴子は軽くこめかみを押さえながら、名簿表をざっと一瞥しようとした……途端に、生徒の初めの一人目で視線が止まってしまった。

まさか……ね。

この春休みに知ったばかりの名まえ。
忘れることなんてできない、大切な名まえ。


だって、別に珍しい名字じゃないし。
名まえだって、よくある名まえだ。
確か名まえランキングの上位にも入ってたような。

きっと、偶然。
でも、この名まえを毎日呼ばなければならないのは、ちょっと切ないかも。
呼ぶ度にきっと思い出しちゃうだろうなー

永遠に忘れられない春休みのことを。

『入江直樹』

ほんとに、よくある名まえよね……

琴子はひとつため息をつくと、他の生徒の名まえも覚えなきゃ、と名簿に瞳を向けたーー。









※※※※※※※※※※※※※※


実習、なかなか始まらないなー(^^;

『直樹』という名前は80年代~90年代には名前ランキング10位内常連みたいですねー。


二人の出会いを妄想してたら、どんどん話が長くなりそうで。実習始めるまえに春休みバイト編だけで6話くらいいっちゃいそうだわーと、とりあえず琴子ちゃんの妄想だけで(^^;
いつか番外編だな、こりゃ。

ペンションでのバイト先。
清里にしたかったものの、あそこは避暑地のイメージが強いので、春休みにペンションのバイトってどーよ?と思って、初めは苗場あたりで考えてたのですが、やっぱり清里は捨てがたく。調べたら一応4月初旬くらいまで春スキーやってるスキー場、清里にもあったので、やはり此処にいたしました。イタキスに清里は外せない(^w^)
清里も苗場(越後湯沢)もかつてのブームを思うと幾分寂れてるみたいなこと、『月曜から夜〇かし』でやってましたが(笑)
清里……あの大ブームの時に行ったなー。清泉寮のソフトクリーム、並びましたよ。懐かしい(^^)


そして、もうひとつ。珈琲専門店MAX。
日キスシーズン1で出てた(オープニング映像で毎回)お店でしたーf(^_^)


さあ、次はようやく実習初日です(^^;



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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

お待たせしました(今後もお待たせする可能性大のシリーズですが^-^;)
とりあえず『おれの女』発言の発端を書いとかなきゃ、と(^.^)
えーと、パラレルの意味の違いでしょうか? 私は、原作と違う設定の話はパラレルもので、原作と設定は同じだけど、あるところからもしこうなったら、と運命が変わってしまう話をIFものと(勝手に)命名してます。今回のお話も、年齢が違う時点で既にパラレルのつもりなんですf(^_^)世間的には違うのだろうか……?
ふふ、そうなんです。清里では1ヶ月以内でくっついてる予定。いえ、初めは教生期間中、初めて学校で出会って2週間以内に押し倒せるか妄想してみたけれど、どうにもいくら野獣でも押し倒せそうになかった、という………せいぜいキスくらいだな……^-^;なので以前から出会ってる設定に変更したのですよ。
啓太も、西垣先生も絡ませたいですねー。もっともかなり行き当たりばったりで書いてますので、どうなることやら(笑)
ムフフ……頑張ってみます。最近えろ書いてないので、(いえ、そんな大したえろは書いてませんが)限定になるのかならないのか微妙とは思いますが……^-^;
ふふ、次で再会です。お待ちくださいね♪


Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そうなんです。ゲレンデの恋だったんですよー。秋の実習にしておけば、夏に清里でバイトをしてて出会って……というパターンで良かったのに、秋だとまだ大学3年……年齢差を少しでも広げたかったので、大学4年での6月の実習にしてしまったんですよねー。
入江くん、多分年下だとバレたくなかったんでしょうね。少しでも優位にいたい俺様なやつ(^^;琴子ちゃんもうまく丸め込まれてるんでしょう。(状況に酔ってる?)
さて、さらにMな琴子ちゃんをお見せしちゃうかもです(笑)
キャラ増やしすぎたけど、なんとか絡ませて行きたいです♪


Re.りょうママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そうです。手が早いです、ここの入江くんは(爆)獣ですので♪
はい、年下とばれたくなくてかなり誤魔化してます。教生に来ることも知って驚かせたかったのもあるでしょう(ガキですねー)
多分……精神年齢は5歳以上の差があるのではないかと……(入江くんの方が上)
のほほんとした琴子ちゃんは色々誤魔化されてますねf(^_^)


Re.chico様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そうです、二人は既にそーゆー仲なんですよーf(^_^)
琴子はお子様だし、直樹は老成してるので、きっと5歳年下とは感じないのでしょう。
はーい、色んなとこでイチャイチャさせますよ♪
今回のお話は温かいかどうかは分かりませんが、せっかくオールキャスト揃えたのだから、楽しくいちゃこらさせたいと思ってます♪GWに突入で、ちょっと更新がどうなるか自分でも読めませんが、気長にお待ちくださいませ(^.^)

Re.こっこ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

読み逃げでも大丈夫ですよー♪
ふふ、実習始まったら……啓太もいるし、西垣先生もいるし……嫉妬大魔王になる可能性大、ですね。
次はやっとこ再会です。しぱし、おまちくださいませ(^.^)

個別記事の管理2015-04-22 (Wed)



とりあえず、大根は降って参りませんでした(^w^)いえまあ、今、大根お高いしね~(ぷぷ)
むじかく様より回収手伝いますのありがたいお言葉をいただきましたが、お手を煩わせることはなさそうです♪


皆様からの暖かいコメントの数々に1日にまにまうるうるしていましたよ。変な奴と思われたろうなあ~(^^;
連載お疲れ様でした、というお言葉をいただいて、ああ、そうか、これ連載だったのね、と今更気がつくうすら惚けな奴です。
3話で終わるつもりで始めたのに、いつものことながら倍の話数になってしまいました。(なので例の寓話は3回分にしか分けてなかったという……)
さくっと書いて教生琴子ちゃんに戻るつもりだったのに、なんやかんや時間がかかってしまい、あちらをお待ちの方は大変申し訳ありませんでした^-^;
いやーあのヘビィな3話目書いてる時にはちょっとあっちに浮気しようかと真剣に悩みましたが……とりあえず早く「すっとんで帰る直樹さん」を書きたかったもので。
なんとかハッピーな結末を書けて良かったです(^.^)

えーと、このお話は前書きにも書きましたが、『彼の瞳の向こうには』でちらっと書いてしまった琴子の悪阻の時期が大変だったというエピに、ぜひその頃の話を、というリクエストいただきまして。
ただリク主様にはお伝えしたのですが、
そもそも『彼の瞳の……』に、あの悪阻云々のエピを入れたベースには、むじかく様の『過去の代償』というお話が頭の中にあったのです。やはり、直樹の過去の暴言によって、根性がないと嫌われると思いこんでる琴子ちゃんが、妊娠初期なのに無理をして倒れてしまうお話で、もう今回のお話と根っこは同じです。悪阻や妊娠中の体調不良は努力や根性ではどうにもならない。直樹は、ここで初めて過去の暴言にしっぺ返しをくらうというあのお話が好きで、特に自分で書いてみようとは思ってなかったのですが。
けれど、ふと直樹さんへのしっぺ返しとして「血相変えて琴子の元に駆け付ける直樹の図」を思い出し(実は神戸時代の話でそんな妄想をしていた)それを変換して無性に書きたくなりまして。
むじかく様からはソッコー書いていいですよーとご連絡いただいたので、こりゃ書くしかないっ!と。
(ちなみにむじかく様の『過去の代償』は未来カテ、もしくは2014年4月の月別アーカイブにありますので、よろしければ読み返してくださいませね)

とにかく形振り構ってないカッコ悪い直樹さんが書きたくて(笑)
カッコ悪いリスト、見てみたいというリクがありましたので少し並べてみますと、

平松教授の部屋に帰国の挨拶に行ったときに自分の部屋に荷物を置いたままドアロックしてしまう。

フロントにチェックアウトしに行ったときに靴がスリッパ。

パスポートを一瞬なくす。

飛行機のキャンセル待ちで係りの人と喧嘩。

などです(大したものじゃありませんので却下しましたが)


まあ、タクシーに荷物忘れた入江くんだけでも十分レアじゃなかろうかと(^^;

とにかく今回の件でかなり反省した入江くんは、『彼の瞳の向こうには』の頃には相当過保護な旦那様に変貌しているのでした。めでたしめでたし(笑)



オリキャラとして登場しました、羽田菜月さん。かなりご好評でした。
臨床心理士とか精神科医とかのしっかりした出来る女性、というイメージではなく、ふんわりほんわかした感じで設定しました。琴子たちと関わりがあるからとチャイルドセラピストということで和み系なイメージ。
リク主様からの「月にかわって直樹にお仕置きを」というお言葉から菜月さんという名前に(^w^)彼女に月にかわって代弁してもらいました。ほんわか春のイメージで、『菜月』だけれど、結構ずばっと言ってちくっと刺します。そんなキャラ(笑)
ちなみに、「へのへのもへじ女」も実は色々キャラ設定して名前も考えてました。ただ考えているうちにどんどん濃くなってきて……まずい、彼女を出すと話が長くなるはテーマがずれてくるわ……と、いうことで「へのへのもへじ」のままとりあえずフェイドアウトさせました。
琴子ちゃんと性格がよく似ている(らしい)派遣のナース……果たして彼女は白か黒か!?なーんて(^w^)いえ、彼女の話を書くかどうかは未定ですので(*^.^*)


最後に。謎のおとぎ話。
元ネタは、上原きみこさんのかなり古い漫画、『マリーベル』の中の劇中劇として出てきたのは覚えてはいるのですが、漫画自体行方不明ではっきりわからなくて。検索したけれど、流石に劇中劇まで載ってなかったのです(>_<)
正確な出典が知りたくて色々調べましたがわかりませんでした。ギリシア神話かローマ神話あたりだろうと思ったのですが、探しきれませんでした(-.-)
ちなみに『マリーベル』は昭和の色濃い大きな瞳に星がキラキラな絵ですが、かなり大好きだった大河歴史ロマン。フランス革命前夜の時代の女優を目指すヒロインの話で、当時の演劇は神話を題材にしていたものが多いのに役者は貴族の宮廷ドレスを着ていて、堤防の決壊から身を呈してを守る町娘のヒロインが豪華なロココ調ドレスを着てるのはおかしいわっと平民のマリーベルが貴族のライバル女優に物申すシーンが妙に記憶にあるのです。ローマ時代の布切れ一枚の衣装なんて着るものですか‼と火花を散らし……結局ライバル女優はロココドレス、マリーベルはローマ風の衣装で交替でヒロインを演じるーーなんて、話だったような。
もしかしたら上原先生の創作なのかもしれませんが……(だとしたらパクりだわ)それ以前に聞いたことあるような気もしてたのできっと、神話だろうと思っているのですが(^^;もしも知ってる方、いらしたらご一報くださいませ^-^;



さて、新シリーズ始めたばかりで、いきなり中断してこっちを書いてしまいましたが、次は教生琴子ちゃんの続きを書きますねー♪
とは、いいつつ、もうそろそろ5月になるので引っ張って引っ張って布石だけ置いている『十年目の同窓会』も書きたいなーとは思ってるのです。五月の第2日曜日開催予定なんで(^^;
ほんとにもっとさくさく書けりゃ、いいんですが。あれか書きたいこれ書きたいと妄想だけが増大してて、書くペースがどんどん落ちている我が身が悲しい…………(T.T)


次のお話待ってますと言ってくださるありがたい読者の皆様。すっかり週2更新が定まってしまってますが、どうかしばし、お待ちくださいませ♪







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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

本当に私も今回のお話、ひっくり返るくらいの拍手とコメント数で、そりゃもうびっくりいたしました。特に一番書きたくてたまらなかった4話に、沢山拍手にコメントいただいて、ああ、共感していただけたんだなーと(慌てふためく直樹に……^-^;)感激もひとしおでした。
ふふ、神戸での妄想は、本当にまだ世の中にイタキスの二次創作なるものがあるとは知らなかった頃、初めて妄想したお話で、それ故に遠慮なく琴子ちゃんが可哀想な目に遭ってて(入江くんが血相変えて飛んで帰るくらい)、流石にこれは世には出せねーや、という代物ですf(^_^)とりあえず代替作品として今回のお話がかけてかなりすっきりしてます(^w^)
そうですねー羽田さん、また病院舞台のお話なら登場できるかなー? 病院ネタは幾つかあるので妄想してみますね(^^)
労いのお言葉ありがとうございます。はい、次のお話も今しばらくお待ちくださいませ♪


Re.camas様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

まあ、原作そのものの直樹といっていただけて嬉しいです(^.^) 原作のムカつくところを突っ込んでしまってるだけのような気もしますが、そんな処も皆様に共感していただいて、あの直樹の言動は許せないとか酷いとか、色々な意見を聴くことができて、本当に書いてよかったなーと思います。
イタキス熱、私もまだまだ冷めないですよー(^^)v
色々書きたいものが尽きないので、順番に脳内妄想を表して行きたいと思ってます♪
いえいえ待ってていただいて有りがたいです。お気遣いありがとうございます♪
GWはやはり更新が鈍る予感がしますが、マイペースで頑張りますね(^^)

Re.ちょこましゅまろ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

カッコ悪い入江くんリスト……ならべてみるとたいしたことないなーと思ってしまいましたが、画像で妄想すると楽しいのです(^w^)
スリッパでフロントに来てしまいフロント係に指摘されてしまう入江くん……カッコ悪すぎー‼と、一人で吹き出している変な女でございますf(^_^)

はい、本当に反省させることが出来て良かったです♪

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

本当に落第エピの時の直樹の冷たさ、暴言、何度読んでも腹が立ちます。
確かに琴子ちゃん、もし無事卒業してもその後どうするつもりだったの?というくらい進路が決まってないって流石に暢気過ぎるっとは思いましたが……いやあその前に夫婦なんだから、進路についてはここで叱るよりもっと前に色々話し合おーよなどと思ってました。ちっ本当は看護婦になってほしいくせにっ琴子がなりたがってると気付いてるくせにっと内心思いつつ^-^;
その後家出した後も全然捜さないしね~裕樹くんいなけりゃどうなってたことやら(-.-)
この時期の入江くんの人間として未成熟な部分が何度も琴子ちゃんを泣かすわけで。
そうした己の甘さを入江くんにやっと自覚させることが出来て、私も気分すっきりです。
機会を与えて下さってありがとうございました(^^)
血相変えてアメリカから帰らせる為に琴子ちゃんを辛い目にあわせちゃいましたが、
直樹の愛情や、両親の愛情を感じさせるエピを入れられて良かったです。ふふっ直樹の台詞に泣いて下さって嬉しいです。悦子さんの日記や直樹の琴子への告白の台詞を考えながら一人でお風呂でうるうるしてましたので。(仕事中は危険なので、妄想しないようにしてたのに、気がつくとにまにましてたりうるうるしたりと……いけない、マスクしなきゃ汗)
へのへのもへじ……妊娠中の琴子ちゃんには刺激が強すぎる話になりそうな予感がしましたので、とりあえず消えてもらいましたが……もしかしたら育休明けとかに再び登場したりして? 構想がまとまったら書くかも……です(^w^)当てにしないで待ってて下さいね。
はい、大根のお姫様……王子の涙やキスで生き返るのはもうお約束なのです♪ ご都合主義、万歳(^^)v



個別記事の管理2015-04-21 (Tue)



琴子の病室の前に立ち、ドアノブに手をかけようとした瞬間に、ドアが引かれた。

「おお、直樹くん」

部屋の中から出てきたのは重雄だった。

「……お義父さん。いらしてたんですか?」

「ああ、琴子にちょっと渡したいものがあってな。しかし、直樹くん。本当に帰ってきたんだなぁ。大丈夫なのかい? 仕事の方は」

驚いたように目を見開いてみせた重雄は、すぐに心配そうに直樹を見上げる。

「はい。問題ありませんので。それより、お義父さん、すみませんでした」

深々と頭を下げる直樹に、重雄はキョトンとしたような顔を見せる。

「何を謝っているんだい?」

「琴子を……ちゃんと守ってやれなくて。一人で不安にさせて……」

ああ、と言いたげに少し口許に笑みを浮かべ、重雄はばんと直樹の肩を叩いた。

「昨日と思うと、琴子の顔が格段に違うんだ。ずっと穏やかで優しい。君が帰ってくるだけでこんなに変わるんだよなあ……」

感慨深げに微笑む。

「まあ、頼むよ」

ばんばんと、もう一度直樹の肩を叩いて、重雄はエレベーターホールヘと向かった。





「……琴子」

直樹が部屋に入ると、琴子はベッドから身体を起こして、何か冊子のようなものをじっと見いっていた。
時折目を擦っているのは泣いているのだろうか……?

「入江くん……」

顔を上げて直樹の方を見た琴子の瞳にはやはり涙が滲んでいる。

「琴子、どうした!?」

直樹は慌ててベッドの方に駆け寄った。

「入江くん、これ」

泣いてはいるが、口元は微笑んでいる。
そして、直樹に差し出したのはーー。

「母子手帳?」

茶色く薄汚れた母子手帳と、B6サイズのメモノートだった。

「お父さんが探して持ってきてくれたの。お母さんの母子手帳と、妊娠してからの日記みたいなノート……」

直樹は受け取ってパラパラと捲る。

「地震で家が壊れた時、土にまみれちゃって………とりあえず、大切なものは幾つか発掘して、箱に入れて保存しておいたらしいの。母子手帳とそのノートも、引き出しの奥に入っていて、なんとか無事な方だったの」

母子手帳には何枚かのエコー写真が挟んであった。
まだ胎児の頃のちっちゃな琴子。

日記は妊娠発覚からメモ形式で綴ってあるが、琴子の母らしく、実にシンプル。



2月15日

今日、病院へ行った。
赤ちゃんができた。
やったー。

2月17日 2回吐いた。

2月20日 3回吐いた。

2月22日

重雄さんがご飯を作ってくれた。
うれしい。
でも全部吐いた。

3月3日

ひなまつり。
でも、今日も吐いた。




「……よくよく考えたら、予定日が近いってことは、妊娠の経過もずっと同じくらいの季節で時期も同じなんだよね……」

琴子が少し楽しそうに云う。



気持ち悪い。
つらい。
何もしたくない。
もうーいやー!!!!!!

2月3月と書き綴られる……というより、書きなぐったような悲鳴のような文字たち。

「お母さんも同じような想いをして、あたしを産んでくれたんだね」

へへっと涙を拭きながら直樹に微笑みかける琴子。

「お母さんも悪阻しんどかったのに、乗り越えてあたしを産んでくれたんだから……あたしも頑張らなきゃね」

そう言う琴子を横からふわっと抱き締めた直樹は、「頑張らなくていいから」と耳元で囁いて、琴子の長い髪に指を差し入れた。

「え……でも……」

少し頬を赤らめて、目の前にある直樹の顔を見つめて戸惑う琴子は、すっと視線を反らす。

「……あたし、大丈夫だか……」

そう俯きながら呟いた琴子の顎を捉えて自分の方に向かせると、そのまま深く口付ける。

「ふう………んっ…」

長いキスの後、ほんの少し唇を離しただけの位置で、直樹が琴子にはっきりと告げる。

「大丈夫なんて云わなくていい。頑張らなくてもいいんだ。辛いなら辛いってはっきりと云えよ。泣いて喚いておれに当たり散らせればいいんだ」

「…でもっ……そんなこと」

「さっき話の途中になってしまったことだけど……」

「え?」

「おれはーー少なくとも今のおれは、おまえの魅力はやる気と根性だけなんて思ってないって話」

「あ………」

直樹が木島医師の説明を聴きに行く前に話していたことだった。

「おまえは俺の持っていない部分を沢山持っている。以前はそれはたった10%のひと欠片だと思ってた。やる気や根性や努力や計り知れないパワーや、めげないポジティブさ………自分にないそういう処におれは惹かれたのかも知れない………。
でもそれだけじゃなかった。たったひとかけなんかじゃなかった。
前に云ったよな? おまえが傍にいないとおれは人間らしくなれない。
多分医者なんて人に尽くす為の仕事に付こうなんて思いも寄らなかっただろう。
おまえは人を変える不思議な力がある。
それは両親から受け継いだ元々の資質でもあり、母親を亡くして一人で一生懸命お父さんを支えようとして生きてきた環境によって培われたものなんだろうな。
いつだって他人のことを自分と同じように思いやれる心や、人の心に添う優しさや、天真爛漫で疑うことの知らない素直さや……人として一番重要なものをおまえはたくさん持ってる。どれもおれにはないもので、おれにとっては眩しすぎるくらい美しいものなんだ」

「 い……入江くん……?」

「おまえの魅力はいっぱいあるよ。今たとえ頑張ることが出来なくても、おまえの本質が損なわれることはない。おまえが頑張れない分、おれが支えるから……苦しかったらこうしておれに凭れかかってくれ。甘えて泣き言いってもいい。今は……少しでも身体を休めて二人の子供を守っていこう。おれにも守らせてくれ……頼むから」

「いっ入江くーん………!」

がしっとしがみついて泣きじゃくる琴子を受けとめながら、
「……どんな琴子だって、琴子である以上おまえの全てを愛してる。
もし、おまえが病気になって頑張れなくっても、将来更年期障害になって無気力になっても、認知症になっておれのこと忘れても……おれはおまえを嫌いになったりしない。ずっと愛し続けるよ」
そう囁く直樹に琴子の涙は止まらない。

「あっ、あたしっ認知症になったって入江くんのことは忘れないよ! 絶対忘れない! それに関してはめちゃくちゃ自信あるのっ そ、それにね! あたしも入江くんがどんな入江くんになっても愛してるからね! お義父さんみたいな頭になっても、お腹出ても全然平気だから! 将来認知症になって徘徊老人になってもあたしが地の果てまで捜すから……! あたしも永遠に入江くんのこと愛してるから!」

「………知ってるよ」

琴子の頬を両手で挟んで、潤んだ瞳を見つめて話し掛ける。

「……知ってるから……おまえもちゃんと知っててくれ。おれも同じ気持ちだってこと」

「入江くぅん………」

琴子の涙の溢れた瞳にキスを繰り返し、ゆっくりと頬を伝う涙を掬いあげて、やがて直樹の唇が琴子の愛らしい唇に降り立った。



「うっうぇぇぇー」

長い長いキスの途中で、唐突に琴子がえづきだす。

「琴子っ大丈夫か?」

「ご、ごめんっあたし……ああ、なんてあたし、いいムードなところにこんな……うぷっ」

「わりぃ、やっぱ舌はまずかったか?」

右手で背中をさすりながら左手を琴子の口元に、お椀のように持っていく。

「うえっ……ダメ……入江くんの手が汚れちゃう……」

「いいよ。吐いても」

自分の口の前に差し出された直樹の手を押しやって、琴子は枕元のタオルを口に押し当てる。
胃液を少し吐いたら落ち着いたようだった。

「大丈夫か?」

「……ごめんね」

まだ少し青ざめている琴子の背中をずっと擦っていた手を漸く離すと、テーブルの上の吸い飲みをとって、少し口に水を含ませる。

「もう、謝らなくていいから」

「うん」

「落ち着いたか?」

「うん」

そのまま、琴子を自分の方に引き寄せて優しく抱き締める。

「ありがとう……」

「ん?」

「ごめんね、じゃなくてありがとうって云えばいいんだよね」

「……ああ」

「………心の中の重たいものがどんどん軽くなってく気がする……」

「………琴子」

「入江くんのお陰だよ。ありがとう……」

「おれの方こそ……ありがとう」

「………え?」


おれを好きになってくれてありがとう

どんなに冷たくしてもひどい態度をとっても好きで居続けてくれてありがとう

おれを変えてくれてありがとう

おれたちの子供を生むために頑張ってくれてありがとうーー






「まあ、おにーちゃん、本当に帰ってきたのねー」

ばたんとドアが開いて、紀子が歓喜の声をあげて飛び込んできた。

「相原さんに聞いたときは信じられなかったわー! もう、愛ねっ愛!」

きゃあっと手を合わせてはしゃぐ紀子の裏から裕樹もひょこっと顔をだす。

突然の紀子の来訪に明らかに眉間に皺を寄せてむすっとした顔を見せた直樹だが、裕樹に気付くと、ふっと表情を緩める。

気まずそうに兄の顔を窺い見る裕樹の方に行くと、直樹はその頭に手をやり、くしゃっとかき回した。

「……ありがとな、裕樹……」

「兄貴……」

少し泣き出しそうな顔をした裕樹を見て
「まあ、どうしたの? 何かあったの?」
と不思議そうな顔をする紀子に「なんでもない」と直樹はすげなく答える。
しばらくあれこれと琴子の世話をやいていた紀子だが、いつもより動きがかなりスピーディーだった。そして裕樹の襟首を引っ張って、「さあ、お邪魔虫はさっさと退散よー」とにんまり笑って去っていく。

台風一過のようにバタバタと行ってしまった母の様子に呆れたようにため息をつきながら、直樹は再び琴子のベッドの端に腰をかける。

「吐き気は大丈夫か?」

「うん、今は何ともないよ」

にっこりと微笑む琴子に、強がりではないと少し安心する。

「……あのね、入江くん。ほら、お母さんの育児ノート……」

琴子は思い出したようにさっきまで見ていた小さなノートを直樹に差し出す。


「……今日3月13日でしょ? ほら、お母さんの日記もこの辺りからだんだん愚痴がなくなってくるの」

つらい。
気持ち悪い。
吐いた。
また吐いた。

そんな言葉が書き連ねてあった2月から3月半ばまでの妊娠初期。
でも、3月の終わりになると、次第にそんな言葉が消えていく。

3月25日

今日は検診。赤ちゃんは順調。
重雄さんの梅がゆ、全部食べれた。

3月27日

ご飯の炊くにおいが平気になった。うれしい。

3月30日 ご飯がおいしい。

4月1日

重雄さんがお花見行こうと誘ってくれた。楽しみ。

4月7日

お花見。たくさんのお弁当。おいしい。お弁当がおいしいのがうれしい。
桜がきれいなのがうれしい。
重雄さんと一緒に歩けることが、すごくうれしい。


「………桜の花びら。少し茶色くなっちゃってるけど……貼ってあるの」

泣き笑いのように琴子がノートにセロハンテープで留めてある花びらを見せる。


「………あたしも、お花見に行けるかな……?」

少し不安そうに直樹の顔を見上げた琴子の身体を抱き寄せて、直樹は耳元に囁いた。

「ああ、行けるよ、きっと。………一緒に行こう。二人で桜を見に……」







それから、琴子の悪阻は徐々に治まり、退院出来たのは5日後だった。
直樹が毎日のように病室に顔を出し、甲斐甲斐しく世話をしてくれたお陰だと、皆が口を揃えて云っていた。

「もう、もう、あの入江さんがーっ琴子の口にふうふうっと冷ましたお粥を運んであげてるのー。なんか雛に餌やってる母鳥みたい! もうとってもレアよ~~」

たまたまその現場を目撃してしまった幹は、楽しそうに吹聴して回っていた。

だいたいアメリカから帰ってきた日の直樹の様子ーータクシーに忘れ物から無精髭などーは、後々の院内の語り草となり、予想通り西垣から散々からかわれた。
もっとも直樹は全く意に返さず「あなたは髭も生やさなきゃ忘れ物もしないんですね。お流石です」としれっと応えただけだった。

「いいよ、入江くんっそんなにしてくれなくても……またみんなにからかわれちゃうよ」

嬉しいけれど、自分に尽くしてくれる直樹にどうも慣れなくて、気恥ずかしく、よく顔を赤くして訴えた。

「前におれが入院したときはすっげぇ献身的に看護してくれたじゃん? おまえは二人分なんだから、倍くらいの熱烈看護が必要だろう? ……それに」

にやりといたずらっ子の瞳を向けて琴子に囁く。

「医者と患者ってシチュエーションも悪くない」




そんな直樹の熱烈看護のせいか、無事退院の運びとなった琴子は、10日ほどの自宅療養の後、しばらく夜勤を入れない、という条件で職場復帰した。
例の、自分に似ているという「へのへのもへじ女」もとい、派遣の彼女はどんな娘だろうと思っていたら、実は入局1週間くらいで無断欠勤が続き、辞めてしまったのだという。

「あれだけ熱血してたら多分疲れちゃうのよね、普通の人は」

「やっぱ、アンタみたいな爆裂キャラはそうそう居ないってことよ」

「あんたも復帰したし当分ヘルプは入れないんじゃない?」

そんな風に同僚に迎い入れられて琴子は再び看護婦として働き始めた。
そろそろ安定期にも入りかかった頃だった。


ーー春は………すぐそこまで来ていた。








* * *




王国が水没してしまうのを、命懸けで阻止したお姫さま。
王子さまはその亡骸を片時も離さず、部屋に閉じ籠ったままでした。


どうしてーー。

あんな呪文をかけてしまったのだろう。

王子さまの後悔は果てることはありませんでした。

真っ白く血の気のない頬を撫でながら、王子さまはお姫さまのことを思い出していました。
いつもきらきらと笑っていたお姫さま。
誰よりも王子さまを愛していたお姫さま。
どうして伝えなかったのだろう?
誰よりも愛していたのは自分の方なのに。
居なくなってはじめてどんなにお姫さまが大切な人だったのかわかったのです。
そしてーー。
お姫さまが息を止めてから初めて、王子さまは涙を落としました。
肩を震わせ、声をあげて、お姫さまの身体に覆いかぶさって激しく泣き崩れました。

王子さまが流した涙の一滴が、お姫さまの唇に落ちました。

「う………ん……」

すると、息絶えた筈のお姫さまの唇から、愛らしい吐息が漏れました。
そして、ぱちっと目が開きーー。

「え? ここはどこ?」

「おまえーー!」

お姫さまは、王子さまが泣いているのを見てびっくりしました。
泣き顔なんか1度も見たことありません。

「泣かないで! 泣かないで! 王子さま! あたしもっと頑張るから!」

そういってしがみつくお姫さまの唇に優しくキスをすると、王子さま云いました。

「もうたった一人で頑張らなくていいんだ。これからは二人で頑張ろう。疲れたら休んだってかまわない。おまえはヤル気も根性もなくっても、十分すばらしい女だよ。ヤル気も根性もなくっても、そばにいてくれればいいんだ。生きていてさえくれればいいんだ」

そして二人はもう一度長いキスをしました。

王子さまの愛の奇跡で生き返ったお姫さまは、それからすっかり優しくなった王子さまと末長く幸せに暮らしましたとさーー。








「………それ、最後のほう、かなりご都合主義じゃね?」

「そ、そう? だって、やっぱお姫さまが死んじゃうラストってイヤじゃない?」

「えー? やっぱり本当はお姫さま死んじゃうのー?」

ここは夫婦の寝室。
5才の琴美を挟んで、琴子と直樹は就寝前の読み聞かせをしていたのだが。
読んでいた物語の結末があまりに悲しくて、琴子は勝手に脚色をしてしまったのだった。

「こういう神話ものの定番で、お姫さまは植物になるんだ。しっかり根付いた植物は堤防を覆ってとても頑丈になって、二度と王国は水害に遭うことはありませんでした、って結末だ」

直樹の説明に少し琴美はむくれる。

「ママのお話の方がいい!」

「だよねー! 絶対ハッピーエンドじゃないとね!」

二人でしっかりタッグを組んでにんまりと顔を見合わせる。
だいたい琴子に絵本を読ませると大抵の話はハッピーエンドに改竄される。「泣いた赤鬼」も、「人魚姫」も。

「でも、何のしょくぶつになるのぉ?」

ふと思い付いたように琴美が父親に訊ねた。

「確か薔薇とか……」

「大根よ! 大根! ど根性大根!」

「は?」

突然、琴子が面白いことを思い付いたと言いたげにふっふっふっと笑いだす。

「大根がうじゃうじゃと生えだしてね、大根の堤防が出来るのよ!」

「………モロそうだな……その堤防……」

呆れたように直樹が呟く。
思い付いた理由は明白。
最近世間を賑わしている都会のアスファルトの歩道脇に生えてきた大根が、『ど根性大根』などと名付けられせいだ。

「外国の話だぞ、これ……。それに、その絵図はあまりにシュールだ………」

「そーお?」

「大根面白ーい。大根だと、きっとその王国は『ききん』の時にも大丈夫だよね!」

「まあ、みーちゃん、飢饉なんて知ってるの? やっぱ入江くんの血を引いているのね、かしこーい!」

「最初から大根があったら、お姫さま自分の手で穴を塞がなくても、大根突っ込んでおけば良かったのにね~~」

「そ、そうね~~」

二人で盛り上がっているのを呆れ返って見ていた直樹はため息をつき、「もう寝るぞ」と布団に潜り込む。

「じゃあみーちゃん自分のお部屋で寝るねー」

「まあ、大丈夫?」

眠れなーい、と半べソで両親の寝室にやって来て二人のベッドに潜り込んだのは30分ほど前のこと。

「大丈夫だよー。明日いっくんと遊ぶから、早く寝ないとねー」

にこにこと機嫌良さげに部屋から出ていく琴美の方に瞳を向けた直樹が「いっくん?」と少し顔をしかめて琴子に問い質す。

「いちとくん……花村一斗くんよ。花村さんとこの」

「ああ……」

直樹は何度か会ったことのある少年とその母親を思い出す。

初めて母親の方に会ったのはまだ琴美が生まれる前。悪阻で入院していた琴子の元に1日早く退院するという花村詩織が琴子の元に謝りにきたのだ。
おおよその話は琴子から聴いていたので、互いがわだかまりなく退院できることに少し胸を撫で下ろしたのを覚えている。
その後、元々予定日が近いという縁があって、琴子と花村詩織は講習やマタニティビクスに参加する度に出会っていたという。
さらに奇縁は続いて、琴子が出産した翌日に花村詩織も出産し、琴美と一斗は新生児室のベッドに隣り合わせで眠っていた。
その後お互いの家を行き交うほど仲良くなり、幼稚園も一緒の斗南付属に通っている。

「幼馴染みってなんかいいわよねー。特にみーちゃんといっくんは生まれた時から一緒だし、なんかスゴく運命感じちゃうよね。このまま結婚とかしちゃったらとってもロマンチック」

少女漫画とかありそーなシチュだわーと、うっとりと話す琴子の言葉に、「はあ?」と直樹は眉間に皺を寄せる。

「幼馴染みだからって現実に恋愛関係になることなんてそうそうないぞ」

「そーお? いっくんはハンサムだし、頭もいいし、結構二人いいムードよー」

直樹の不機嫌に気付かずに琴子は楽しげに妄想モードである。

「………こっちはいいムードにならなくていいのか? 奥さん?」

「え?」

突然、直樹に引き寄せられ、組み伏せられる。

「せっかく、琴美が気を利かせて二人きりにしてくれたのに」

「えー……?」

そうなのだろうか? 一瞬琴子は先程の琴美の様子を思い浮かべる。
そんなことを考えている隙に直樹の唇は琴子の愛らしくも艶やかな唇を塞いで。
直樹の細長い指先が、器用に琴子のパジャマの釦を外していき。
滑らかな所作でその白い肌の上を這い回るもう片方の掌の感触に、軽い陶酔を覚え始めた頃ーー

甘くて優しい濃密な空気が二人の周囲を包んでいったーー。




今は冬。
窓の外は、静かに降り積もる雪が、暗闇を照らしていた。
きっと春はすぐにやってきて。
雪は桜の花びらに変わり、二人の上に降り注ぐ。
春はすぐに初夏の陽射しを呼び込んで、眩しい季節にはしゃぐだろう。
夏が来て、秋が来て。
季節が何度か巡ろうともーー

キミを永遠に愛してる

My Do根性 Girl











※※※※※※※※※※※※※※




…………終わりました。
あーすみません、大根投げるなら一人一本まででお願いしますっ
ヘルメットかぶって待機してますので!
くっさいポエミーなラストに砂吐きそうになった方! バケツのご用意はこちらです(どちらだよ?)

あの寓話、最初から『ど根性大根』で落とそうって決めてたんですよ~~

兵庫県で見つかったど根性大根は2005年の話。ほーもう十年も前のことなのかーと妙に感心してしまいました。

と、まあ大根はおいといて。
後書きあれこれは、また明日にでもアップいたします♪

お付き合いいただいてありがとうございました(^.^)




* Category : 1日で終わらない西暦シリーズ
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Re.ねーさん様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪

とりあえず大根の回収はご依頼しなくても大丈夫でしたー♪
はい、無事終わりましたよ(^^)
そうです、あれからローマ神話は調べたのですが、これっていうのはなくて……もし見つかったら是非教えてくださいね~(^w^)

個別記事の管理2015-04-16 (Thu)


スミマセン。終りませんでした(-.-)
最後まで書いてたらいつ更新出来るかわからないちまちましたペースで書いてましたので、短いですが、とりあえずキリのいいところでアップしちゃいます^-^;







※※※※※※※※※※※※※※※







「どうして、あなたがここに?」

面談室の椅子ににっこり笑って座っている羽田菜月に、直樹は怪訝そうな瞳を向けた。斗南の小児科に週に何日か訪れるチャイルド.セラピストであることは知っているが、外科に所属している直樹とは、小児科から手術の為に転科してきた患児のケアを1、2度担当してもらった以外関わりは余りなかった。

「実は羽田さんにはちょっと琴子さんの様子を伺ってもらっていたの」

木島医師が直樹に椅子をすすめながら、菜月の隣に座る。

「……カウンセリングを頼んだということですか?」

「カウンセリングという程のものではないのよ?」

くすっと笑って手元の資料をばらりとめくる。
横目でチラッと見て、しっかりあれこれチェックしてるじゃねぇかと内心思う直樹である。

「軽いマタニティブルーだとは思ったけれど、ここ数日はかなり精神的に追い詰められてる気がしたの。羽田さんは子供専門だけど、病児の家族のケアもしているし、小児外科にも行っていてあなた方とも顔見知りで環境を理解しているから、カウンセラーとして最適だと思ったのよ」

「それで……琴子の状態は……?」

直樹の問いにまずは主治医の木島が応える。

「妊娠悪阻はおおよそ改善しています。ケトン体も正常値に戻りましたので、今日から摂食を開始して、きちんと経口摂取で栄養が足りていれば数日で退院できます。悪阻自体はまだ治まってませんが、少しずつ改善はされてますね。
切迫流産もほぼ問題ないですね。退院後も暫く安静にしてもらって、仕事はしばらく休んだ方がいいと思います。ナースは激職ですからね」

「……そうですか」

じっと木島の言葉を黙って聴いていた直樹に、言葉を挟んだのは羽田菜月だった。

「……ただ困ったことに琴子さんは仕事を休むことを嫌がると思うの。怖がっているといってもいいくらい。仕事を休んで同僚に迷惑かけることや、仕事を離れて遅れをとることを極端に恐れてる。そういったストレスが余計精神的な負担をかけてます」

さっきまでふんわりと笑っていた菜月が少し真面目な顔で直樹の方を見た。

「……子供の命の危険すら顧みず、仕事を続けよう、悪阻が辛くても泣き言云わずに無理して頑張ろう……彼女がそこまで頑なになっている理由はわかるかしら?」

「……原因はおれだと思います」

「あら、わかってたんだ」

意外そうな顔をして直樹の顔をまじまじと見つめる。

「さっきあいつと話して……わかりました……。昔、喧嘩した時に放った言葉にずっと拘って、あいつの生き方の指針みたいになっちまってるってこと」

「今まで全く自覚なかったんですか?」

「ええ、まあ」

負けず嫌いで、馬鹿みたいに一直線で、パワフルで……あの類い希な根性に惹かれたのは事実だ。
だからこそ若気の至りで、琴子が失敗した時に安直に逃げようしたのが許せなかった。
いや違うーーあの時多分、琴子が看護婦になることを迷っていたのを知っていてーー簡単に諦めようとしていたことが腹立たしかったのだ。

投げつけた心無い言葉は琴子の胸にずっと刻みつけられて、琴子を縛りつけていた。

がむしゃらに頑張って看護婦になって。
失敗しても叱責を受けても、何度挫けそうになっても看護婦を続けてきて。
それは直樹と働きたい、役に立ちたい、傍らで手伝いたいという一念だけだと思っていた。

諦めたら嫌われる。
頑張らないと愛してもらえない。
琴子の心の奥底でそんな想いがずっと存在していたなんて思いもよらなかった。

「ああ、でも」

菜月は直樹の瞳を見据えて少し安心したように微笑んだ。

「とりあえず自覚できているのならよかったわ。あなたまでカウンセリングしなくてはならないのかとちょっと心配したの。あなたみたいなタイプは一番面倒なのよね。自己が強すぎて」

「は?」

「あなたが無自覚にずっと彼女を縛りつけているのだとしたら、あなた自身にもそれを理解させないと、と思ってたの。もしかしたら精神的なDVかも? とちょっと疑っちゃったわ。言葉の暴力ってやつ? あなたは彼女を支配して束縛しているのかもしれない……って」

「DVとは心外です」

直樹は眉を潜める。

「そうねー。まあ病院で見かけたあなたたち夫婦の様子からそれはないとは思ったわ。周りが云うようにあなたは職場では彼女に対して一見して冷たくて素っ気ないけれど、その実随分いつもしっかり見ててフォローしてるな、と感じてたの。
ただ昨日琴子さんから少し話を聴いて思ったのは、夫婦は対等であるべきなのに、彼女自身の意識が自分を常に下位に置いているのよ。自分だけが一方的に愛していて、あなたの胸先三寸でいつだって切り捨てられるかもしれないって恐れてるの。
どうしてそんな風に思うのかしらって少し不思議だったわ。
結婚して6年以上。彼女は万年片想いの乙女のようにあなたのこと話してたの。まあ可愛いこと可愛いこと。
それでね。あなたとのエピソードをあれこれ聞いて愕然としたわね。
思わず『琴子さん、それ怒っていいわよ』とか『ちゃんと謝ってもらったの?』とか『それでいいの?』って何度も突っ込んじゃったわよ。
最初は全く何でそんな男がいいのか理解できなかったけど………」

菜月はじとっと冷たい瞳で直樹を見つめる。

「冷たいくせに優しい、突き放す癖に束縛する…相当面倒臭い男ね、貴方って」

「そりゃどうも」

「あなたのその性格もかなり生育環境に問題ありの気がするけど、それはまあ置いといて。
とにかくあなたのそのアメとムチ的な彼女への対応というのが、彼女に自分がずっと片想いしてる的な錯覚をもたらしていると思うのだけど。
自分と同じだけの愛情で、貴方も自分を愛してくれてる自信が欠片もないのよね。
そういう風に思わせるような態度を貴方がずうっと取ってきたからよ。
そして、その中でもいっちばん最悪なのがーー」

キッと直樹を指差して睨み付ける。

「『やる気と根性がないおまえはなんの魅力もない』という言葉ね」

ったく最悪ねと、ため息をひとつ付く。

「存在価値の否定。自信の喪失の根源だわ」

「……まさかあいつがそんな遥か昔のことをずっと覚えてたなんて……」

直樹の瞳も苦渋に満ちていた。

「例え昔の話でも、あなたが彼女の唯一の美点として『やる気と根性』を認めていたから。もう、刷り込みのように彼女にはそれが自分の本質だと思い込み、あなたの傍にいるためには絶対失うわけにはいかないものになってしまったのね。
それがなくなったら何の魅力もない。あなたに嫌われる。
………そんな風に思ってしまうのは、彼女の生育環境も関係しているわね。琴子さんは幼い頃にお母様を亡くされて、お父様と二人だけで生活されてきている。
多分いつもお父様の負担のないように、そして自分が寂しがっていたらお父様が悲しむからと、明るくいい子で居るようにずっと振る舞って来たんでしょう。
寂しくっても口にすることなく、ずっと我慢して。
相手が望むように。
相手に悲しませないように。
あたし、そういう子供たちを沢山見てきたから分かるの。
そういう子達は我慢して我慢して……ある種、不安定な過冷却状態なのよね。氷点を越えているのに安定してなくて氷になれないけれど、ちょっとした刺激で一瞬のうちに凍りついてしまうの。
琴子さんも今、そんな感じ。
不安定な状況だったから、昨日起きた事件は充分心を凍結させる刺激になってしまったのよーー」

琴子は母親の話を直樹の前で殆どしない。
寂しかった筈の子供時代のことも。
覚えていないわけではないだろう。
ただ、楽しい想い出だけを直樹に話す。
いつだってそうだ。
小さな頃から明るくて楽しい琴子ちゃんーーポジティブで前向きな琴子ちゃんーーそんな自分だけを一生懸命直樹に見せていた気がする。

「常に相手に寄り添って思いやって、自分のことは二の次で……そんな風な気質が彼女の土壌となってしまってるのね。
我慢することに慣れきってるの。頑張ることが当たり前になりすぎてるのよね。
あなたの放った言葉の種は、その土壌でしっかり根付いて彼女の核心となってしまっているのよ。
そして、今、頑張れない自分に、怯えているの。
悪阻なんてやる気や根性で治るものじゃないのに、気力だけで乗り越えられるものじゃないのに…………」

可哀想に……とため息をついてちらりと直樹を窺いみる。

「………もしかして、ちくちくとおれを責めてます?」

「あら、わかった? あたし、乙女の味方なの」

ふふふっと何処か面白そうに直樹の反応を伺っているようだ。

「……あなたに云われなくても昔の自分が琴子から愛されてるのをいいことに、かなりあいつにたいして傲慢に振る舞っていたのはわかっています。それは確かに支配や束縛なのかもしれない……」

「あなたの彼女に対しての影響力はとてつもなく大きいの。言葉ひとつで簡単にがんじがらめにしてしまうくらい。あなたは彼女にとって絶対者なのね。だから、あなたはそのことをきちんと自覚しないとこれからもその言葉や態度で彼女を縛ってしまうし、洗脳してしまう危険があるかもしれない……ってちょっと心配したけれど……」

ふふっと笑って「でも、今のあなたなら大丈夫そうね?」直樹の姿を上から下まで眺める。

「あなた自身は別に支配したいわけでも縛りたいわけでも無さそうね。どちらかといえば今はあなたの方が対等でありたい、琴子さんと同じくらい……ううん、それ以上に愛してるってわかって欲しいと思ってるところかしら?
ただ感情の表しかたが無器用ってだけなのね。
その、ちょっといつもと違う感じのあなたを見てわかったわ。
……寝癖も、無精髭もかわいいわよ」

かなり面白そうにぷぷっと笑いを押し殺して直樹を窺いみる菜月に、軽く顔をしかめる。


「……それに、そのワイシャツの釦……一段ずつかけ違えてるわよ」

「………ああ」

自分の襟元を見て、釦の位置がずれているのを初めて知ったようだが、それが何か? とでも言いたげに動じない直樹である。

「よほど慌てて帰ってきたのね。いつも隙がなくってピシッとしている入江先生がそんなに形振り構ってなくて、何処か抜け落ちてる感じ……ちょっとレア過ぎて萌えるわー」

くすくす笑う菜月に、若干鼻白んだ表情を見せる直樹。

「そういう貴方をそのまんま見せればいいのよーー簡単なことでしょう?」

逆に何処か楽しげに笑う菜月である。

「……でも、それだけ奥さんを想って、必死に帰って来たってことね。もしかして飛行機の中では生きた心地しなかったんじゃない?」

そう訊ねた菜月に対しての直樹の答えは少し不思議なものだった。

「………有名な漫画であるでしょう?………身体的にも精神的にも脆弱な主人公の少年が、未来から来たという猫をモチーフにしたとはとても思えない猫型ロボットにポケットから出したご都合主義的な小道具に助けられたものの、結局頼り過ぎてしっぺ返しをくらうってのが定番の……」

「………へ?」

一瞬直樹が何を言い出したのか分からなかった菜月は、思わず素頓狂な声をあげた。

「……特にあのひみつの道具で欲しいなんて思ったものはなかったけれど、昨日は切実に思いましたよ。『どこでもドア』が欲しいって」

「…………………!」

「あれって、空間歪曲理論から創造されてるんですよね。空間を歪めA地点とB地点を近づける方法です。一種のワープ原理ですね。物体をデータ化して転送する装置よりは現実的かなと思って、ずっと飛行機の中で相対性理論から量子力学のトンネル効果の理論の数式を解いて、あのドアの原理を解析してました」

真面目な顔で話をする直樹に、菜月はだんだん肩を振るわせ、顔を机に伏せ始めた。

「………うそ……面白すぎる……」

そしてそのまま机に突っ伏して。

「……そんなに可笑しいですか?」

笑いが止まらなくなって大爆笑している菜月を横目で見て、隣の木島医師に訊ねた。

「………どうもツボッたみたいね」

同じく笑いを噛み殺しているような木島医師が答える。

「……だって、だって……入江先生が『ドラえ○ん』なんて~~~」

「おれだって子供の頃は読みましたよ。図書館にあったし。基本、活字は何でも読んだので」

そう話す直樹の前で、未だに笑いが止まらない菜月に、「笑い上戸ですか? 彼女」と隣の木島医師に訊ねる。

「………みたいね」

「………で、結局『どこでもドア』は造れそうなの?」

目に涙を浮かべながら楽しそうに訊く菜月に、「まさか」と直樹はあっさり答えた。

「今では実現化出来そうなアイテムもかなりあるようですが、さすがに『どこでもドア』と『タイムマシン』は無理でしょうね」

そうあっさりと応えたが、「でも……」と続ける。

「今なら『タイムマシン』が切実に欲しいですね。5年前のおれの前に行って、その口を縫いつけてやりたい気分です」

仏頂面で話す直樹に、また少しツボに入ったようで、菜月は顔を手で覆ってくすくすと笑い続ける。

「ああ、もう、素敵すぎるわ、入江先生。病棟で見かける雰囲気と、人の噂とで思い描いてたイメージと全然違う~~!そんなに面白い人なんて思わなかったわー」

「そんなことを云われたのは初めてですよ」

眉を潜める直樹に、
「 じゃあ、あなたは変わったのね」と、まだ笑いを堪えながら菜月は返す。

「あなたを変えたのは琴子さん?」

「そうでしょうね」

即答する直樹に満足したような顔で、菜月は隣の木島医師に告げた。

「……多分、あたしがあれこれ口を出す必要はないと思うわ。カウンセリングはこれで終了でいい?」

「ええ」

木島医師がそう応えると、「じゃあ、そういうことで」と、菜月が立ち上がる。

「あとはあなたがどれだけ琴子さんの呪縛を解く言葉を、彼女にきちんと響くように伝えられるかね。わかってはいると思うけれど、婉曲な言い回しや比喩なんて使ってはダメよ。察して理解しろ、空気を読めなんてのもNG。彼女には直球ストレートで! いい?」

「……わかってますよ」

軽くため息をつき、彼も立ち上がり、部屋を出ていこうとする菜月の為に、ドアを開ける。

「あら、ありがとう」

そう言いながら、ふと思い付いたように振り返ると「もし、タイムマシンがつくれそうなら教えてちょうだい」と笑いかけた。

「……やり直したい過去でもあるんですか?」

「うーん、やり直したいというよりも……」

菜月はドアの前で少し空を見つめると、ぽつりと云った。

「子供の頃の自分に会いに言って、抱き締めてあげたいかも。『そんなに頑張らなくてもいいんだよ』って」







「昔、私が研修医の頃、初めて取り上げた赤ちゃんがね、彼女の妹だったの」

菜月が帰った後、木島医師が懐かしむように云った。

「年の離れた姉妹だったわ。なっちゃんが10歳くらいの時だったかしら。生まれたばかりの妹は心臓に欠陥があってね。結局ずっと入院してて、親はもう妹の方にかかりきりで。
だからなっちゃんはとてもしっかりしたお姉ちゃんにならざるを得なかったんでしょうね。
あなたはいい子ね。助かるわ。あなたがしっかりしてて嬉しいわ。いいお姉ちゃんね。ありがとう。
母親に毎日呪文のように言い聞かされて、そうなるしかなかったの。両親に愛され続けるためには。
なのに結局妹の死を切っ掛けに家族はバラバラ。両親が離婚して、母親に付いてったらしいけど、色々あったんでしょうね。今のご主人と知り合うまでは余り笑いかたを知らなかったって言ってたから。
この仕事を始めたのは子供の頃の自分を救ってあげたいから、って言ってたわ。
……彼女に頼んだのは、なんとなく、昔のなっちゃんと今の琴子さんが似てる気がしたからなの。
本当は笑いたくないのに無理して笑ってる感じがね」

「………そうですか」

………大丈夫だよ。
一生懸命笑顔を作ろうとしていた琴子の青白い顔が脳裏に浮かぶ。
ーー大丈夫だよ。
きっと子供の頃からそんな風に父親にも心配かけまいと精一杯無理して過ごしてしたのだろう。

「……正式にこの病院の常勤にならないかって誘ってるんだけど、いつも断られてるの。メインは小児ホスピスや、児童養護施設の巡回。かなり精神的にキツい仕事だと思うわ。でも、彼女は自分が痛みを知ってる分、その癒し方も分かってるから……」

そう言ってから、木島医師は、
「琴子さんを癒せるのはあなただけね。そして多分あなたも………でしょ?」
ふっと笑って軽く手を上げて医局の方に去っていった。


直樹は琴子のいる病室に戻りながら、ふと、ぼんやりと思う。

もしもタイムマシンがつくれたなら。

羽田菜月の言っていたように。

少女の頃の琴子の処に行って、ぎゅっと抱き締めてやりたいーーー











※※※※※※※※※※※※※




とりあえず今回のお話のポイントは、「どこでもドア」を切望する入江くんです^-^;
実は機内での数式は「どこでもドア」の作成を目指していたという、どうでもいい話ですが……^-^;

理論的に考察する入江くんの為に転送装置のあれこれを調べてました。
「スタートレック」「ザ.フライ」はビーム方式(量子レベルで物質を分解して転送)「ポケモン」はデータ方式(物質をデータ化!?して転送。「どこでもどこドア」はワープ方式なんだそうで。空間歪曲ワープ。
ふ……あたし、何調べてんだ?

ちょっと『どこでもドア』を覗いている入江くんを妄想してみてくださいませ。ぷぷっと笑えます(^^)


それと、黒Tさま。Yシャツのボタンをかけ違えた入江くんも採用いたしましたーー(^^)v




年度末進行が終わりそこそこ暇になるかと思いきや、妙に仕事が忙しくて珍しく残業したりして、ちょっと思うように更新出来なくてすみません。
土曜日も休日出勤打診されたけど、授業参観にPTA総会あるから、断わりましたよ。でも結局月曜日、自分が忙しくなるだけなんだよねーと、軽くため息。
来週は家庭訪問あるから、少しは玄関周り掃除しなくちゃ。この時期が来ないと草むしりやら庭のプランターの花を植え替えたりしないという横着な見栄っ張りです^-^;




さあ、次こそは終わりたい……。
終わる終わる詐欺にならないよう頑張ります。

今度こそ、きっちり琴子ちゃんの呪縛を解かないとね、直樹さん♪



* Category : 1日で終わらない西暦シリーズ
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Re.ねーさん様 * by ののの
拍手コメントありがとうございます♪

そうなんです、ドラちゃんでしたー(^w^)
はは。私も実は(金)7時からも、(日)6時からのファミリーなアニメ、全く見ません(そのせいか子供たちも興味なしー)なので知識は基本的雑学レベル程度しかないのです^-^;
ふふふ、どこでもドアから覗いてる入江くんとかタイムマシンにドラちゃんと乗ってる入江くんとか想像してひとりでツボってた私です……(^w^)

Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

大丈夫ですよー(^^)vお気になさらないように。
私も実は結構、原作みてもドラマみてもやっぱこれってDVだよなーとか、モラハラだよなーとか思ってました。(でもモラハラという言葉はまだないよなと、使いませんでしたが)
今回の羽田さんの台詞も実は何回も書き直してます。
ばっさりとDVです!と断罪してしまおうかとも。でも、私の中では神戸にいって離れ離れを経験している直樹は昔とは変わってきている筈で、羽田さんは今の二人しか知らないわけで。琴子から昔の話を聞いて過去の直樹をDVだと思っても、とりあえず目の前に焦って帰ってきた直樹がいる訳で、まあそこまでは言わないかなーと。
最初はグサグサと言い放ち直樹に反省させるために登場させたキャラなんですけどね、菜月さん。
割りと反省してたんで、あまりきつく言えなくなってしまったという裏事情。……って、私が迷走してただけなんですが^-^;
いえいえ、確かにそーゆー入江くんあってこそのイタキスだけど、やっぱり客観的に見てこんなDV野郎、願い下げだよ、と時折思いますもん。マロンさんが悩むことはありません。皆さんの怒りどころ、一緒です(^w^)
そうですねー、果たして直樹の直球ストレートの言葉通じるかなー。まあ、頑張らせます……^-^;結婚したての『カノユメ』の頃よりはだいぶ通じあってると信じて……(^.^)



Re.ごん太様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

お待ちいただいて嬉しいです。
そうです、自分が放った言葉が今になって倍返しです。もう、反省させるために書いたお話なので、伝わってうれしいです。
そうですよね、長男長女って、いい子でいなきゃ、頑張らなきゃってタイプ多いですよね。
はい、今しばらくお待ちくださいませ。
ラブラブな二人……早くお届けしたいです(^^)v

Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

はい、菜月さんにバシッと言ってもらいました。もう、そのために登場させたキャラです。頭の中に、紀子ママさんご依頼の『月に変わってお仕置きを』のフレーズが残っていて、それで『菜月』って……とっても安直なネーミングです(^w^)
2回ほどの傾聴でどれ程二人のことが分かるんだーと、自分で突っ込みながらも、菜月さんには色々言いたい文句の数々を代弁していただきました。スッキリしていただけたら嬉しいです。
この頃は昔と思うと随分直樹も変わってますからね。ついつい思ったより追求の声が鋭くなくなってしまいました。
でも変わったのは琴子のお陰です。
ちょっとずたぼろの直樹さん、好感度アップでよかったです(^.^)
12時間どこでもドアの設計を考えていた甲斐があるってもんです(笑)
さあ次はいよいよ呪文を解かないと、ですねー(^^)v

Re.桜桃様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

それと色々気遣っていただいて、ありがとうございます。大丈夫ですよ、更新待っていただいて、本当にそう言っていただけるととても励みになります。無理はしませんのでお気になさらないでくださいね(^.^)
ふふふ、何となく『どこでもドア』を切望する入江くんが思い浮かんでしまったら自分で妙に受けて、どうしても書きたくなったエピでした。ある意味なくてもいい気もしましたが、入江くんの切羽つまった感じが伝わったのならよかったです(^.^)
次こそ終われると思いますので、お待ちくださいね♪

No title * by なおちゃん
菜月先生、入江君にガツと、行ってくれましたね、入江君は、時として、刺すような言葉が言動がありますよね?過去にもいろいろ、明るい琴子ちゃんだけじゃないですよ、言葉のDV,してるつもりはないんだろうけど?話す当人には、わからないことなんですね、でも、無精ひげや、寝癖のついた、髪、ボタンの互い違いな、入江君、本当にレアーな、入江君、私も見て見たい気がするな、入江君。v-10

個別記事の管理2015-04-12 (Sun)





いりえくん……いりえくん……
大好きだよ!

琴子の満面の笑みが直樹の眼の前に飛び込んでくる。

ーー知ってるよ。

入江くんは……あたしのこと好き?

ーー誕生日の夜にちゃんと言っただろう?

もう一度言ってよ。

ーー安売りはしないんだ

けち。

ぷくっと頬を膨らませる琴子。

ーー子供みたいだな。
そんなんで母親になれるのかよ?

途端に不安そうな顔色に変わる。

あたし……ママになれない?

ーー琴子。そんな顔するな。冗談だよ。おまえ、きっといい母親になるよ。
二人で親になっていこう。

ダメだよ……入江くん。
あたし、ママになれない。

ーー大丈夫だから、琴子! 傍にいるから。おれがちゃんと傍にいるから……
だから……泣くな……。

入江くん、ごめんね。

さっきまであんなに幸せそうに笑っていた琴子が、目を真っ赤にして、涙をいっぱい溢れさせてーー悲しそうに呟く。
そしてくるりと背を向けて立ち去ろうとする。

ーー待てよ、琴子。何処にいく?

ごめんね………

琴子の長い髪がばさりと風に靡いて、少しだけ振り向いた琴子の白い顔を隠した。そしてもう琴子は振り返らない。

ーー行くな、琴子!

追いかけようとして、手を伸ばした途端に、ばさりと何かが落ちた。

「あ………」

夢かーー。

転た寝をしていて膝の上のシステム手帳が床に落ちたようだった。
直樹はシートベルトを外して床に手を伸ばす。

飛行機に飛び乗って以来、まんじりとしない時間を過ごしていた。
12時間近いフライトが、永遠のように長く感じる。

押し寄せてくる不安と焦燥感を忘れる為に、システム手帳に延々と数式を書き綴っていた。
いかにしてこの12時間を短くすることが出来るかと、その方法論の1つとしてアルクビエレ・ドライブのアインシュタイン方程式の一つを解析していたのだ。あくまで空想科学的思考ではあるが、物理学で証明するワープ理論の数式である。

だが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
眠れないと思っていたのに。
気が付けはあと二時間ほどで成田だ。

直樹はキャメルブラウンのレザーのシステム手帳を開く。琴子が何年か前の誕生日に贈ってくれものだった。手帳など使わなくても殆どの予定は記憶している。書く必要などないと思っていた。
だが社会人ともなれば記録として残しておくことも必要な場合もある。案外、琴子の贈り物の中では活用している部類だった。
だが個人的な予定は滅多に書き込まない為、スケジュール表は他の人と比べてかなり白い。
その中で、はっきりと記された月間カレンダーの花丸。

9月23日。
出産予定日である。

ーー初産って遅れるっていうよね? どうしよう、あたしの誕生日と重なったら!

ーー別に困らねぇだろ? まとめて誕生会出来て、ケーキも一個ですんで。

ーーええ? でも、絶対お義母さん、二個作ると思わない?


そんな会話をしたのはまだほんの1ヶ月前のこと。
幸せそうな琴子の笑顔がありありと思い浮かぶ。

手帳のなかに挟み込んだ一枚の写真が入っている。
琴子の母子手帳から抜いておいた、初めてのエコー写真だ。
まだ豆粒のような影でしかない、小さな命。
小さくて儚くてーーそれでもしっかりと心臓が動いている様子を、琴子と二人で瞳に刻んでいた。


『 琴子が………流産した』

裕樹の衝撃の言葉は、直樹の頭を真っ白にさせるには十分だった。
その後の行動はあまりはっきり覚えていない。
気がついたら荷物を整理し、キャリーケースに全てを詰め込んでいた。

だが全ての荷物を整理をし終わった後に、ふと冷静さを取り戻し、本当に流産したのか? という疑問がふつふつと沸き上がってきた。
ーー裕樹は切迫流産と勘違いしていないだろうか?
いや、それは勘違いしていて欲しいという希望的憶測というものだったが。

だが、確認は必要だ。今、入院しているのか、自宅療養なのか知る必要があるーー

直樹は斗南病院の産婦人科に直接電話をし、主治医の木島に確認をした。

そして、『流産』ではなく、『切迫流産』であり、それ自体は問題ないレベルの不正出血であることを聞いて、やっと初めて息をしたかのように大きく息を吐いた。
とりあえず『流産』ではないのだと。
最悪の事態ではないのだとーー。

けれど、木島医師の話によれば、妊娠悪阻が酷く入院し、精神的にもかなりのダメージを受けている、ということだった。
渡米前の、あまり顔色の良くなかった琴子の様子を思い出す。
無理をしているのではないかという気配は感じていた。それでも、直樹の為を思って渡米させようと画策していた琴子の想いを受けた方が琴子のストレスにならないのではと思って、渡米を決めたのだがーー。

ーー行くんじゃなかった。

滅多に自らの行動に後悔の念など持たない直樹だが、流石にさっさと帰ることの出来ないこの距離に苛立ちを感じていた。

ーーどうして、入院した時点ですぐに知らせなかった?

そんなの分かってる。
琴子は自分に心配させまいと必死に隠していたのだ。
琴子はそういう奴だ。
常に直樹のことだけを考えてーー

直樹は思わず大きな掌で自らの顔を覆った。

裕樹が、流産と切迫流産を勘違いしているのか、それともあえて間違えて伝えたのかはわからない。
おそらく後者のような気がする。
それくらい、琴子は切羽詰まった状況なのだと想像できた。

流産ではないと分かったものの、詰め込んだ荷物を元に戻すつもりはさらさらなかった。
直樹は隣の部屋にいる上司の平松教授に会いに行き、今すぐ帰国する旨を告げた。

「えー琴子ちゃんがっ! それは大変だ! すぐに帰国しなさい!」

平松教授は案外琴子のことを気に入ってる。以前に直樹が査問会議にかけられた時、飛び込んできたインパクト大の琴子に、興味半分ながら面白い嫁だと好感を持ったようだ。
『琴子ちゃん』ってなんだよーー内心いらっとしたが、あっさりと許可が降りたので「申し訳ありません。後は宜しくお願いします」と言い置いてさっさとホテルを後にした。





『当機は間もなく予定通り成田国際空港に到着致します………』

シートベルト着用のサインが点灯し、機内がざわめきだした。
直樹はシステム手帳を閉じて鞄に仕舞った。








「あら、入江さん、見て見てー♪ 中庭の梅が綺麗よー」

部屋に入ってくるなりベッドのカーテンを全開にして、さらには窓辺のカーテンもさーっと豪快に開けたのはチャイルドセラピストの羽田菜月である。
隣のベッドが空いたことにより窓際に移されたものの、ほぼずっとカーテンを締め切ってベッドの上から動かない琴子に、訪ねてきた彼女は真っ先に部屋に外の光を入れた。
眩しさに、思わず目を細める。

ーーああ、外はこんなにお天気だったんだーー。

もう何日外の空気を吸っていないのだろうか?

「ここは空調が効いていて分からないだろうけれど、昨日まで結構冷え込んでいたの。3月だというのに霙も降ったりして。でも今日は打って変わって暖かいわよ。予報じゃ今日は4月中旬の暖かさだそうよ。窓の下見ると、散歩している人多いわね」

ああ、そうか、もう春なんだーー

悪阻の始まった2月からすっかり時が止まったような気がしてた。

「三寒四温って、本当は冬の時期の季語なんだけれど、今は春先に使うわよね。3日寒い日が続いて4日暖かい日が続くってパターン。そしてまた寒くなって……身体が付いていかなくて体調崩しやすいけれど、3歩戻って4歩進んで徐々に春に向かってる感じがするわよね」

窓辺に立つと確かに眼下には春の花が花壇にも溢れ始めていた。

「……本当……」

羽田菜月は昨日、琴子に話を聞いた患児についての報告に来たのだと云ってこの病室を訪れた。
琴子のお陰で少し心の内側を出してくれるようになったとお礼を云われ、今日初めて少し笑みが浮かぶ。

「ちょっと、散歩してみる? 24時間点滴は外れたんでしょ?」

「え……でも、絶対安静って……」

「微量の不正出血でしょ? 無論家事をしたり動き回ったりはしない方がいいだろうけれど、車椅子でお散歩くらい大丈夫よ。どうせなら少し患者さん気分を満喫してみれば?」






「ああ、本当。外、あったかいんですね」

少し厚めのカーディガンを羽織って出たが、要らないくらいの暖かさだった。

「羽田さんは、いいんですか? お時間」

まだ就業時間中ではないだろうかと、後ろから車椅子を押してくれる菜月を見上げる。

「ああ、大丈夫よ。実は今日はお休みの日なの」

「え? いいんですか?」

「いいの。花音ちゃんにもあなたにも個人的に会いに来ただけだから」

「……仕事とプライベート一緒になってません?」

驚いたように問う琴子に、「あなたが云うの?」と、笑われた。

「あなたが、時間外に患者さんに会いにいったり相談を受けたりするって結構有名よ。話してて思ったけど、あなたすぐ他人に同調しちゃうでしょ。心から寄り添ってあげれるからみんなあなたに心を許すの、わかる気がしたわ。でも、それこそ仕事とプライベートごっちゃになって、よく叱られるんじゃない?」

「……確かに。主任にも入江くんにもよく怒られます……」

「……ふふ。入江先生が叱るのは心配だからよね。同調し過ぎて引き摺り込まれちゃうの、見てて危なっかしいでしょうね。あなた絶対カウンセラーには不向きだわー」

そう、くすくす笑う。

「あたしは一応ONとOFFは切り離してるつもりよ。心に闇を抱えてる子供たちとずっと年柄年中向かい合ってると自分も身が持たないし。花音ちゃんは手術も近いし、特別サービス。あなたもね」

「え?」

「あなたはカウンセラーには向いてないけど、セラピストには向いてるかも。存在自体がちょっとした癒しね。入江先生があなたを選んだの、分かる気がする」

「えー、そんなこと云われたの初めてかも。みんな、なんで入江くんがあたしを選んだのか、わからないって」

「そーお?」

「あたしが押しまくって根負けしたって……まあ、殆ど事実だけど」

「……根負け?」

「うん、あたしの気合いと根性で」

「うーん、入江先生が根負けなんてしない気がするけど。嫌なものは徹底して嫌がって周りから排除しそうな気がするけど」

「確かに排除されかかったけど、結局入江くん、優しいんですよー」

「………根性で押してくる人に誰でも優しくしてたら彼の周りはストーカーだらけにならない?」

「あーよく云われました! ストーカーみたいって」

羽田菜月は苦笑する。
相手に受け入れられたらそれはストーカーにはならない。多分彼女は最初から受け入れられた筈だ。医局で何度か見かけた入江直樹の印象でしかないが。

昨日も彼との馴れ初めなどを聴いていたが、根本的に彼女は多いに勘違いしている気がした。


「……ああ、そういえば」

思い出したように、菜月は告げた。

「さっき、木島先生と少し話したのだけど、あなたのお隣にいた花村さん、妊娠の継続を決めたみたいね」

「え? 本当ですか?」

琴子の顔がはっと驚いてそして少し和らぐ。

「昨日は少し情緒が安定してなかっただけじゃないかしら。耐えがたい妊娠悪阻は、みな誰でも一度はもう止めたいって思うみたいね。あたしは経験ないけれど」

「………よかった。でも、あたしのせいですよね。あんな風に詩織さん追い詰めたの」

「うーん、いろんな負の要素が重なっちゃったのね。あなただけのせいじゃないわよ。あまり気にしちゃダメよ」

「……あたしも一瞬止めたいって思っちゃいました。そしたら出血して……」

「あはは、赤ちゃんから抗議された? すごい以心伝心ね。さすが繋がってるわ」

楽しそうである。

「肉体的にしんどければ止めたいって思うのは普通よ。罪悪感を感じる必要なんてないのよ。頑張り過ぎてたあなたの方が何処か常軌を逸してた気がするわ。辛いのを我慢して、我慢して……必死で笑ってて、多分周りも見ていてしんどかったんじゃないかしら……?」

「あ………そんなに分かりやすいですか? あたし……」

しゅんとなった琴子に、
「あなたもナースとして患者さんに、辛いときは言ってくださいねーって云うでしょ?」

「それはそうですけど」

「ま、どんなに訴えられても辛さを軽減できる時と出来ない時があるけどね。でも言ってくれなきゃとりあえず分からないわよね」

「………でも……一度口にしちゃったら、もう頑張れない気がして……」

カタカタとパンジーやビオラの咲き誇る花壇の横をすり抜けながら、琴子は不安げに呟いた。

「だから、頑張る必要なんてないのよ?」

「だめです。頑張らないと、あたし……人より馬鹿だし不器用だし、人並み以上に頑張らないと。頑張って早く職場に戻らないとどんどん遅れて分からないことだらけになっちゃうし………」

「こんなときだもの、周囲の手を借りるのは当たり前でしょう? あなたの周りの人たちを信用できない?」

「……そうじゃなくて……! そうじゃなくて…! 頑張らないと……根性のないあたしはダメなんです。入江くんに嫌われちゃうから………」

「琴子さん」

菜月は車椅子を止めて、琴子の前に回り込む。
少し屈んで、車椅子に座った琴子に目線を合わせた。

「昨日、少し話した時も不思議に思ったのだけど……何故、そんな風に思うの?」














「ごめんなさい、ちょっと遅くなっちゃったわね。疲れてない?」

病室に戻った後、車椅子を畳んで、ベッドに腰掛ける琴子に菜月が問い掛ける。

「あ、はい。全然……」

「吐き気はどう?」

「今は………」

「よかった」

にっこり笑いかける菜月に琴子が少し不思議そうに訊ねる。

「あの……さっき云ってたのどういうことですか? あたしが魔法の呪文にかけられてるって」

「よく言えばね。悪く言えば一種の洗脳ーーマインドコントロールだわ」

「へ?」

きょとん、とする琴子に、「まあ、なんとなく話を聴いた限りでは、かけた方も自覚がない気がするけど」そう言って肩をすくめる。

カーテンを閉めようと窓際に立った菜月は「あら?」と窓の外を二度見した。
そしてくすっと笑って「唯一呪文を解ける人が帰ってきたわ」そう琴子に向かって微笑んだ。

「え……?」

「とりあえず、お邪魔虫は退散するわねー」

ふふふと楽しげに笑いながら出ていく菜月の背を見送りながら、琴子は「???」と首を傾げていた。


それから5分も経っていなかった。
ばたん、と大きな音をたてて、病室の扉が開かれた。

「琴子ーーっ」

肩で息をして中にずがずかと入ってきたのはーー

「い……入江くんっ?」

その顔をしっかりと確認する前に、琴子の身体はあっという間に抱きすくめられていた。

ーー入江くん………?

何も云わずにただ黙って琴子を抱き締めている直樹に、琴子はゆっくりとその大きな身体の背中に手を回す。
背中が大きく揺れている。
息が荒い。

「……入江くん、走ってきたの?」

「ああ……」

「ええっアメリカからっ!?」

「んなわけねぇだろっ!」

初めてばっと離れてお互いの顔を見つめる。
相変わらず睫毛が長くてすっきりと通った鼻筋、近くで見ると赤面してしまいそうな端麗な顔立ちに、うっとりとしてしまう………でも。

「入江くん………」

言い駆けた琴子の顔を、直樹が大きな掌で挟み込む。

「……ったく。こんなに痩せやがって」

「あ……ごめん」

骨と皮のような手首をぎゅっと握りしめる。

「……なんで連絡しなかったんだ」

「……だって……アメリカにいるのに……下手に心配させちゃうのも申し訳ないかなって……」

「心配くらいさせろ。お前のお腹にいるのはおれの子供でもあるんだぞ。心配するの、当たり前だろ……」

「え……あ、そうだね。ごめんね……」

少し悲しげな困った表情の琴子。

「……謝らなくていい。謝るのはおれのほうだし……」

「な、なんで? 入江くんは悪くないよ?」

「旦那のくせして、医者のくせしてお前の状態を分かってなかった」

「それは仕方ないよ……入江くんに知られないように……隠してたのあたしの方だし……」

そう云ってから、はっと気が付いたように、「そういえば、入江くん。なんで帰ってきたの!?」と叫ぶ。

「裕樹が……おまえが流産したって……」

「えーっ! 嘘っ! あたし、流産なんて……切迫流産というのもおこがましいくらいのちょっとした出血で……裕樹くん、どうしてそんな……」

おろおろと慌てる琴子に、「帰国する前に木島先生に電話したから、事情はわかってるよ」そう伝える。

「え? じゃあなんで……」

「悪阻で入院してるのは事実だろうが。それでかなり精神的に参ってるって」

「そ、そんなことで? わざわざ帰国させちゃったの? ごめんなさい、あたし……大丈夫だから! ほら、もう全然元気! だから……」

「だから、アメリカに戻れって? 誰が戻るか、面倒くさい!」

そう言って苛立たしげにもう一度抱き締める。

「第一全然元気じゃないだろう? なんでそんなに無理して空元気を見せる? どうせ仕事だってギリギリまで無理して働いてたんだろ? 病院で倒れたって聞いたぞ。なんで自分の身体を大事にしないんだ? なんでそんなに我慢するんだ?」

お腹に子供がいるというのに、そこまで琴子が頑なに自分一人で抱え込もうとする理由が分からずに、矢継ぎばやに詰問する直樹に琴子は目をきょろきょろさせながらもじもじと口ごもる。

「………だって……悪阻くらい気力で持ちこたえられるかなって……仕事だって休んでいられないし……これくらいで負けてちゃ……入江くんに呆れられちゃうかと」

「は?」

聞き捨てならない台詞に思わず問い返す。

「呆れるって、おれが?」

「うん」

「寧ろこの状態で無理してるおまえに呆れるけど」

「えーと、無理じゃないの! 全然無理じゃないのよ、これくらい、いつものパワーと根性で普通に乗りきれる筈なの。乗りきれると思ったの…………大丈夫だと………あたし……」

だんだん声が小さくなっていく琴子を引き寄せ髪を撫でながら「だから全然大丈夫じゃねぇだろうが」と額に額を合わせる。

「……なんでおれが呆れるなんて思うんだよ」

鼻がくっつきそうなくらい近い位置で問う直樹に、琴子は顔を真っ赤にさせながら「だって………」と呟く。

「だって、入江くん、やる気と根性のないあたしなんて魅力ないんでしょ? パワー全開でがむしゃらに頑張ってるあたしが好きなんでしょ?」

「……………!」

琴子の思いがけない台詞に、直樹は少し顔を離してうるうると瞳を赤くしている琴子の顔をまじまじと見つめる。

「今のあたし、全然ダメダメだから……入江くんに嫌われちゃうのが怖いの」

「………………………」

直樹は目を見開いてじっと琴子を凝視する。

「いっ入江くん……?」

琴子が何も言葉を発しない直樹をおずおずと上目遣いで窺い見ると、額に手を当ててからふうっと深くため息をついた。
眉間に皺を寄せた厳しい顔付きに、「入江くん、怒ってる? ごめ……」と謝ろうとした琴子の唇を突然塞いだ。

「ふ……う……んっ」

唐突にキスされて一瞬びっくりした琴子だが、すぐに目を閉じて受け入れる。
久しぶりのキス……でも少し感触が違う。
さっきから少し気になってたこと。

「入江くん……髭がちょっと痛い」

少し唇が離れた瞬間に、少し言い辛そうに囁いて、無精髭の生えた直樹の口周りを指でなぞる。
元々体毛の薄い直樹は髭も濃くないし、毎朝きっちり剃っているようで、無精髭など生やしているところなど見たことがなかった。研修医時代に3日帰れなかった時でも、仮眠の後にそれなりに身なりは整えていたと思う。
でも今日は……無精髭は生えてるわ、髪に寝癖がついているわ……実は入ってきた瞬間に気が付いていたのだけれど。

「ああ。そういえば、朝起きて顔を洗う前に裕樹から電話があったんだっけ……」

「ええーっそれからそのまんま?」

「多分……」

あまり記憶にないが。今から20時間ほど前のことだ。その間飯を食ったかどうかも定かでない。機内食にも殆ど手をつけなかった気がするから食べてないのだろう。

「そ、そんなに慌てて帰ってきてくれたの?」

琴子は目を瞠って、そして珍しげにいつまでも直樹の無精髭ーーとはいっても少しざらざらしている程度なのだがーーをいつまでも触っている。

「ああ、全くーー気付けよ」

顎から離れない琴子の手を取って引き離すと、もう一度口付ける。

「それくらいおれをパニクらせるのは、おまえだけだってことをーー」

「い……入江くぅん……」

とりあえず、色々話さなくてならないことが山積みだとは思ったが。まずは目一杯、久しぶりの唇を堪能したい。

少し長めのキスのあとに、漸く話が戻る。
「とにかく……おれは怒ってないし、嫌ってもないし……」

「本当? でも、さっき少し怖い顔してたよ?」

不安そうに訊く琴子に、「怒ってるとしたら自分にだな……何年か前の……」と、応えた。

「え?」

「いいか、琴子。よく聴けよ。おれはーー少なくとも今のおれはおまえの魅力がやる気と根性だけなんて、欠片も思っちゃいないから」

「そ、そうなの……?」

「無論、馬鹿みたいに一途で一生懸命で健気なところがおまえの良さだとは思うけれど……それ以外にも良いところは一杯あるよ」

「ど、どんなところ……?」

期待の瞳を向ける琴子に、「例えば………」言葉を紡ごうとした瞬間、コンコンと、ノックの音が。

「入江先生、いらっしゃるのかしら?」

入ってきたのは主治医の木島医師だった。

「……もしかして、お邪魔だった?」

少し寄せあっていた身体を離した二人に、あら、と気まずそうに声をかけた。

「いえ……」

少し眉間に皺の寄った直樹に、(お邪魔だったようね)とは思ったが、にっこりと木島は続ける。

「今、外科の医局から電話があったけれど、なんでも受付の方に荷物が届けられたから後から取りに来てくれって。入江先生、タクシーにキャリーケース忘れて降りたんでしょ? タクシーの運転手さんが慌てて届けてくれたみたいよ」

「ああ」

そういえばずっと手に持っていたブリーフケース以外の荷物を忘れてたな、と今更気付く。トランクに入れてもらったキャリーケースをそのままに、お金を渡すと釣りはいらないとタクシーから飛び降りて、産科病棟まで猛然と走ったのだ。

「ええええーーっ 入江くんが、忘れ物~~!?」

琴子の方が仰け反りそうなくらい驚いている。

「……なんか、外科の医局も絶叫してたわね。地球が滅ぶんじゃないかというくらい」

「大袈裟な……」

しかし西垣あたりに鬼の首をとったかのように弄られるのは面白くないが。

「ふふ。冷静沈着な入江先生でも奥さまのピンチには冷静ではいられなかったみたいね。昨夜の電話の声も地獄の底からかけてきたんじゃないかってくらい低くて、ちょっと怖かったのよ」

そう、目を丸くしている琴子にウィンクする。

「しかも、こんなに早くボストンから帰ってこれるなんて。もしかしてハイジャックでもしてきたの?」

「まさか」

自家用ジェットを持っているセレブが親父の知り合いにいないだろうかと真剣に悩んだが。

「久々の再会のところ悪いんだけど、せっかくだから入江先生に奥さまの病状を少しお話したいのだけれど、お時間いいかしら?」



直樹はそのまま、木島医師に案内され、ナースステーション横の面談室に入っていく。

中には一人の女性が座っていた。

「おかえりなさい、入江先生」

何故彼女がここにいるのだろうか?ーーと、怪訝な顔をする直樹に、彼女ーーチャイルド・セラピストの羽田菜月がにっこりと微笑みかけた。







※※※※※※※※※※※※


最後までいってしまおうかとも思いましたが、とりあえずラストに例の寓話のオチをつけなければ、と思い出し(←忘れるなよ)一旦、ここで切ります。

とにかく、この話で一番書きたかったのは『血相変えてアメリカからすっ飛んで帰る入江くん』だったのでした………。

琴子ちゃんの為にテンパってどこまで入江くんがカッコ悪くなれるかを想像するのが楽しくて楽しくて楽しくて。

とはいえ、あまりカッコ悪くなりすぎて引かれるのも何ですので、無精髭と寝癖とタクシーに忘れ物程度に留めましたがf(^_^)
(実はカッコ悪い入江くんリストを作った)

さて。多分、次で終われるかと………^-^;





* Category : 1日で終わらない西暦シリーズ
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良かったね😢💨💨 * by なおちゃん
良かったね😢💨💨入江君が、帰って来てくれて❤琴子ちゃんも、安心して、赤ちゃん産めますね🎵裕樹君の、流産したと、行ったのもある意味薬だよね⁉入江君も、かなり⁉慌てたみたい?忘れものまでして。

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Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

あまり事情を知らない心療内科医や臨床心理士よりは小児科で二人を多少なりとも知っている小児科のセラピストの方が……と思って登場した羽田さん、いい仕事してくれました。木島先生も部屋割りミスったけどその分フォローしてます。
裕樹くんの言葉でようやく事態を知った入江くん、ほんとにこんなことがないと焦らないんだからねー。何処まで琴子ちゃんの為に形振り構わず、脇目も振らず突っ走れるか。それが書きたかったので、カッコ悪くないよ、と言っていただいて嬉しいです。紀子ママさんに泣いてもらって彼も本望でしょう!
羽田さんにもう一仕事してもらって、入江くんにもきっちり琴子ちゃんの一途な乙女心を学んでもらいますね♪

Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

直樹らしい、テンパり方といっていただいて嬉しいです(^.^)
そうなんです、最初はそのまま流産ときいて地獄の苦しみ味わいながら機上の人となった方が、ザマーミロな感じかな……とも思ったのですが(笑)でも、確認の電話入れないほど馬鹿じゃないだろう彼は、と思い直しまして。流産じゃなくたって、裕樹の行動を思えば火急の事態と分かる筈。
羽田さんも本当にいい仕事してます。後悔にくれる直樹をもっと見たいというマロンさんのために、彼女には最後にもうひと仕事……ふふふ(^w^)
ラブラブ……頑張りたいなー。最近ラブラブからすっかり遠のいちゃってf(^_^)

マロンさんも悪阻なのに仕事されてたんですねー。いえ、看護師と保育士は女の園なので大変ってのはよく聞きます。女の敵は女ですよねー。自分が経験してる分、今の若い娘はーってなっちゃうんでしょうが……。うちの職場は仕事中に出血しちゃった娘とか、流産しちゃった娘もいるので、妊婦さんには割りと好意的です。前例がないと優しくなれないというのも何ですが……
斗南の外科のスタッフはそれなりに優しいと思ってます(^.^)


Re.なおちゃん様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

はい、入江くん帰ってきて良かったです(^.^)
裕樹くんのおかげですね。
はい。入江くん相当慌ててます。それだけ琴子ちゃんのことばかり考えてたんでしょうね(^w^)

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個別記事の管理2015-04-08 (Wed)


なるべく早くと言いつつ、やっぱりさくさくとは行きませんでした。お待たせしてすみません^-^;
しかも~~案の定、今回では終わらず、No.振ってます………てへっf(^_^)





※※※※※※※※※※※




久し振りに袖を通すナース服。
髪をお団子にして、さあ、仕事しなきゃ。

「まあ、入江さんもう戻ってきたの?」

「無理しなくてもいいのに」

「そうそう、全然いなくて大丈夫だから」

ーーえ、でも……

「ほら、彼女。○○さんがとっても頑張ってるから」

ーー○○さん……?

「じゃあ、入江さん♂☆▼◆※をお願いできるかしら」

ーーえ? 何ですか?

「まあ、♂☆▼◆※が分からないの?」

「じゃあ、こっちの∞£¢$#■を」

ーーえ? え? え?

「まあ、入江さん、それも出来ないの?」

「使えないわねー、ちょっと休んだくらいで、もう忘れちゃったの?」

「いいわ、○○さんに頼むから」

ーーごめんなさいっ

「ほんと、○○さんには助かっちゃう。シフト変わってもらってもすぐ了解してもらえるし」

「日勤の次に夜勤入っても嫌がらずに変わってくれるの」

「面倒な患者さんも引き受けてくれるし」

「派遣さんなのに今担当患者さん一番多いんじゃないかしら?」

ーーそ、その人は……何処に?

「確かあっちの方に」

「まあ入江先生も……」

「最近仲が良いのよね、あの二人」

「入江先生ってああいうタイプが好きなのよね」

入江くん………何処?

「ほら、また一緒にいる」

顔がみえない。どんな人?

「ああ、琴子」

ーー入江くん、その人。

「○○さんだよ。おまえも安心して休めるな」

ーーでも……

「ずっと休んでいればいいよ。なんなら辞めてもいい。きついんだろ?」

ーー辞めないよ、あたし、ゼッタイ!

「無理することないぞ? ちゃんと替わりがいるんだし。職場も、俺の妻も」

ーーええ?

「彼女、本当にパワフルでやる気もガッツもあって」

ーー入江くんっ

「悪阻ごときでへこたれるような女じゃないんだ。きっと彼女の方が丈夫な赤ちゃんを生んでくれるだろう」

ーーでも、入江くんっそのひと、顔がないよ? 顔にへのへのもへじが書いてあるだけだよ!

「顔なんてどうでもいいんだ。顔に拘るなら沙穂子さんや松本や理加を選んでる。そうだろ? おれはやる気や根性やバワーのある女が好きなんだ」

ーー入江くん……!

「じゃあな、琴子。おまえはもう無理して子供産まなくていいから。ツラいなら辞めていいぞ」

ーーどうして? どうしてそんなひどいこと云うの? 赤ちゃん産むの辞めるのは看護師辞めるのと次元が違うんだよっ そんなに簡単に云わないで!

「だって……ツラいんだろ?」

ーー辛くないよ! 全然辛くないから!

「嘘つくな」

入江くんが寂しそうな瞳であたしを見つめてる。そしてそのままへのへのもへじ女の肩を抱いて行ってしまう。

ーー入江くんっ待って! 行かないで!


入江くんの背中がどんどん遠くへ行っちゃう。それなのに、あたしは足が全く動かなくて追いかけることすら出来ない。

入江くん、入江くん…………
どうしよう、あたし入江くんに嫌われちゃった……







「入江さん、入江さん、大丈夫?」

揺り起こされ、ぼんやりと瞳を開けると、眼前に心配そうに覗きこんでいる女性がいた。

ーー誰だろう? ううん、何処かで見たことがある。何度か会ったような。
この病院のスタッフ……?
産科のスタッフではない。彼女の服装はナース服でないしーーええと………

ぼんやりとした頭で記憶を掘り起こす。
夢と現が混濁して、彼女が夢の中のへのへのもへじ女のような気さえしてくる。

「……誰……?………へのへのもへじ……?」

「ぶっ……へのへのもへじって………何?」

目の前の彼女が楽しそうにけらけら笑いだした。

あ、この笑い方……

「ああ、羽田さん……」

「ふふ、思い出してくれた?」

羽田菜月は小児科病棟に非常勤で来ているチャイルドセラピストである。
精神的に不安定になっている長期入院の病児やその家族の精神的ケアを受け持っている。小児科から外科に移され手術待ちをしている子供たちの何人かが彼女のケアを受けていた。

「どうして羽田さんが……」

琴子より少し年上なだけだが、常勤ではないため、仕事以外の関わりはあまりない。けれど、ふんわりと春風のように笑ったり、さっきのように大爆笑したりと気持ちのいいくらいに笑顔の素敵な人だな、という印象があった。

「ごめんなさいね、体調悪くて入院してるのに。実は先天性胆道拡張症の花音ちゃんのことなんだけど……」

「花音ちゃんが何か?」

その少女は琴子が受け持っていた6歳の患児だった。
羽田菜月は、少し精神的に不安定な彼女のケアをしたいので、それまでとてもなついていたという琴子に話を訊きたいのだという。

「……無論、あなたの体調が良ければだけど」

「あ、全然大丈夫です」

少しムカつきはあったが、今は吐きそうな気配はなかった。それに、やはり担当を外れたとはいえ患者のことは気になる。
琴子は菜月に問われるままに休みに入る前の花音の様子を応えていた。

「……助かったわ。これで少し状況が読めたわ」

「……いいえ。でも今の担当は……?」

もしかして、新しく入った彼女だろうか? 夢の中のへのへのもへじ女が思い出された。

「今の担当さんは服部さんよ」

10年目のベテランである。

「……あたしの替わりに入った人じゃないんですね」

「それは無理よ、入ったばかりで、あんなに難しい子は」

「でも、凄くみんなに好かれてなつかれて……パワーがあって、仕事も出来るひとだって……」

「うーん、どうなのかなー? まだ入って2日3日で実際のところはわからないんじゃない?」

「そ、そうですか?」

「服部さんもまだ担当替わったばかりだし。花音ちゃんのことはあなたが一番わかってるかと思って。看護記録も凄く細かく書いてあったし」

「そんな……」

看護記録を誉められたのは初めてだった。

「看護計画はボロボロだったけどね」

「うっ………」

でも、少し頼りにされたことが嬉しい。
今は何も出来なくて、何の役にも立てないと思っていたのに。

その後、菜月に「で、へのへのもへじって何?」と問われたのが始まりで、そのあとはとりとめのない話をしていた。
夢の話から、昨日の幹の話に至り、仕事に戻れない不安や仕事を休んで大丈夫なのかという不安……そんなことをつい話してしまう。
彼女はカウンセラーだけあって会話を巧みに引き出す。いつのまにか話題は鬱としたネガティブな話から直樹の話に変わっていて、元々お喋りな琴子は、楽しそうに彼との馴れ初めやらエピソードやらを語っていた。
そんな幸せな時間を思い出している間は不思議と悪阻も軽減される気がする。
なんとなく誘導されるように今の心境や、中々みんなに話せない辛い思いも話していた。
赤ちゃんができて嬉しい筈なのに、苦しさが勝っているような気がして、なんて駄目なんだろう、なんでそんなこと考えちゃうのだろう………なんで頑張れないんだろう……
菜月は時折相槌をうちながら琴子の話を聴いていただけだった。
励ますわけでも慰めるわけでもなく、ただ一言も余計な言葉を挟まず琴子が話したいだけ話させているようだった。

「あら、いけない、もうこんな時間。ごめんなさいね」

一時間ほど話をして、彼女は時計を見て腰を上げた。

「ああ、そうだ」

思い出したように、彼女は琴子の耳元に小さな声で囁いた。人差し指を隣のベッドの方を差しながら。

「 さっき、あなたがうなされてた時……隣のベッドの方、心配そうにカーテンの隙間から覗いていたわよ」

「え?」

そう云って彼女はふわっと笑うと軽く手を上げて去っていった。

ーー花村さん………

今はあまり隣から気配は感じられない。つまりは少し悪阻も治まっているのだろう。琴子もほっとする。
固く閉ざされたカーテンは滅多に開かれないけれど……

それでも隣人が自分のことを気にかけてくれていたのだという事実は少し心を軽くしてくれた。
それに何だかずっと鬱々としていたものを菜月に吐き出したことも、琴子はここ最近日毎に押し寄せる不安や苛立ちが少し払拭されたようにも感じた。


それにしても、菜月は患児の話よりも結局琴子の話ばかり訊いてきたようだった。
だがそのことに琴子は気がついてはいない。

ーー本当にほんわかふんわりと優しく笑う女性だよなー。あんな笑い方どうしたら出来るんだろ?

『ニタニタ笑うな、気持ち悪い!』

そう直樹に頭をべしっとはたかれたのを思い出す。
ああ、でも今は。
あの叩かれた感触すら懐かしい。





その日はやけに見舞い客の多い1日だった。
ただでさえ、紀子は日に何度も訪れるし、重雄も出勤前には必ず顔を見せる。
裕樹も好美を伴って割と頻繁に顔を出す。重樹も3日に1度は訪ねてくる。
家族だけで十分な頻度だ。
職場仲間は帰りがけに訪ねてくれるし、先輩や上司たちもたまに様子を伺いにくる。

それが、あまり訪問者のいない隣の花村詩織の気持ちを逆撫でしているのかもしれない、という自覚はあった。
見舞い客にはあまり大きい声を出さないよう頼み、なるべく短い時間で帰ってもらっていた。
それでも家族はそうも行かない。紀子はあれこれ世話をやいてくれるし、重雄も一人娘の入院に心を痛めているようで、つい色々話し込んでしまう。
琴子も、重雄には、記憶にない母の話をあれこれ訊いてしまう。

ーーお母さんも悪阻酷かった?

ーーいつ頃まであったの?

ーーお母さんは泣き言云わなかった?

「………そうだなぁ…… 母ちゃんも入院する程じゃなかったが、何度も吐いてたなぁ。おれも見てるのが辛くて……でも、ちゃんと安定期の頃には治まってたから、きっとおまえもあと1、2ヶ月で良くなるよ。うん、母ちゃんもおまえと同じでなかなか苦しいって云えないタイプだったからな。それでおれは鈍感だろ? なかなか理解してやれてなかったろーな、と今になって後悔だよ。泣き言くらいもっと云って欲しかったな、なんてことも思うがな。おまえもしんどかったらどんどん甘えればいいんだぞ? この時期ばっかはどーしよーもねぇんだから」

「うん、ありがとう」

母も乗り越えた道なのだ。そう思うと少し頑張れそうな気がする。
重雄は「飯食えるようになったら俺が梅がゆ作ってやるよ。それなら母ちゃんも食えたんだ」そう云って仕事に向かった。


夕方には紀子が裕樹を伴って訪れた。
着替えや洗濯物の取り替えにと、いつもの定期的な行動である。裕樹は時間が合えば共に来る。一見はかったるそうにしているくせにその実はかなり心配しているのだから、兄弟揃って天の邪鬼だ。

「裕樹くん、夜にも来れる?」

「今日バイトがあるから無理」

少し面倒くさげに……でも少し困ったように答える。

「そっか。そうだよね。ごめんね、無理云って」

「 お兄ちゃんに電話でしょ? 今から掛けてみればいいじゃない」

あっさりと提案する紀子に、琴子は時計をちらっと見てため息をつく。

「……午後4時……アメリカは真夜中だわ」

「いいじゃない、叩き起こしたって」

「駄目ですよ」

そう琴子は困ったように笑う。

「……おまえが一人で掛けれればいいだろ? オレに頼らずに」

眉を潜めてふんっという感じの意地悪さ加減が何となく直樹に似てるなーと少し嬉しくなる。

「うん、そうだね」

どうも裕樹との時間のタイミングが合わず、ホテルの電話を取りつぐ手伝いをしてもらえないのだ。
部屋に電話を繋げてもらう為の文章を、裕樹に英語で書いてもらい、2回ほど自分で挑戦したが、何故か少しも通じなくて慌てて切ってしまっている。
勢いだけで試みるいつものパワーが全然足りない。

「………明日はバイトないから、電話してやるよ」

「わーありがとう、嬉しい!」

何だかんだ琴子の頼みを聞いてくれる弟は、やはり優しくて頼もしい。



紀子たちが帰った後は入れ替わるように、理美とじんこもやって来て、気が置けない彼女たちと話していると、随分楽になるような気がした。理美も自分の悪阻時代の体験談をおもしろ可笑しく話してくれる。

アイロンを掛けながら良のシャツに吐いてしまったこと。
匂いのするものが駄目で、冷えたご飯に冷えた総菜ばかり出していたこと。

「まーあん時は大変だったけどね、夕希と会えた今となっては、ちょっとした試練だったかなーと思えるのよ」

そう笑う理美。

「……そうだね」

きっと、そうだろう。おそらく自分もそう思える日が来るに違いない。




午後6時。部屋の外では夕食の配膳でバタバタしている気配がするが、この部屋は絶飲食なので、当然何も来ない。
申し送りの済んだナースが担当の交代を告げながら、点滴の確認に来たあとは、しばらく一人だけの時間になった。

誰かと話していると少し紛れるような気がするが、帰ってしまった途端に、どっと気だるい疲れが押し寄せる気もする。

みんな帰っていく。
帰っていったあとは、何だか妙に切なくてやりきれない。

忙しない見舞客の足が途絶え、薄いピンクのカーテンに仕切られた世界だけしか自分の居場所がないような気がして、たまらなく寂しくなる。

ふう………

ひとつため息をつくとまた胃のムカつきが蘇る。明日から食事を始めましょうと
云っていたけど、本当に食べれるだろうか。空腹感というものを忘れてしまったみたいなのに。

コンコンと、扉を叩く音がしてまた誰か来たのかと少し身を起こす。
正直少し疲れて、このまま横たわっていたい気分もする。

「………詩織」

足音は隣のベッドに真っ直ぐ向かい、カーテンを少し開けて入っていったようだ。

ーーああ、お隣のご主人ね。

今日は隣の花村詩織とは殆ど顔を合わせていない。カーテンをきっちり閉めて、決して姿を見せない。
時折えづく音がするから、まだ彼女も吐き気から解放されないのだろう。
閉ざされたカーテンは彼女の心のようで少し寂しかった。

ぼそぼそと話し声が聞こえるが、内容までは分からない。
大きな声のお姑さんと違って、この旦那さんはいつも小声で妻に話し掛ける。

ーーでも、詩織さんはいいじゃない。愛するただ一人の人が必ず来てくれて。
あたしなんか沢山お見舞いに来てくれても、本当に会いたい人は絶対来れないんだから……

羨んでも仕方のないことを羨んでしまう。
直樹に入院したことを知られないようにしているのは自分なのに……

そんな風に自己嫌悪に陥っているとーー


がしゃがしゃがしゃーん

けたたましい何かが割れる音が隣から響きわたった。

「頑張れ、頑張れってもう無理よ! これ以上どう頑張ればいいの? もういやっ」

「詩織、落ち着けよ!」

慌てふためく旦那さんの声。こんな大きな声が出るのだと驚くくらいの。

「 悪阻がこんなに苦しいなんて思わなかった……もうイヤなの。もしかしたら産むまで治まらないかもしれないんでしょ? そんなの絶対無理! あたしもう頑張れない……! もう、産むのやめる! 赤ちゃんなんて要らない!」

ーーえ……?

詩織の叫び声に琴子は愕然とする。

「……わかった。わかったよ、詩織……君がそう言うのなら……」

ーーそんな……!

「……待って! 早まらないで!」

琴子は慌てて自分のベッドから跳ね起き、カーテンを開け放して隣の領域に飛び込んだ。

「……ダメよ……赤ちゃん要らないなんて、簡単に云っちゃ……」

夫にしがみついて泣いていた詩織は、突然の闖入者の姿を驚いたように暫く見ていたが、
「なんであなたにそんなこと云われなければならないの? これはあたしたちの問題よ! それに簡単に決めた訳じゃないわ! あたしだって…… ずっとずっとずっと悩んでたの……! でももうダメ……! 限界なのよぉっ」
再び夫の胸で泣き叫んだ。

「……でも、でも、二人の赤ちゃんなんだよ? お腹の中で生きてるんだよ?
大丈夫だよ。きっと乗り越えられるよ。ね……? 一緒に頑張ろ……?」

琴子の言葉にぴくりと肩を震わせて、詩織はサイドテーブルにあった文庫本を琴子に向けて投げつけた。

「きゃっ」

琴子の左肩に当たって床に落ちる。
有名作家の出産秘話を綴った育児エッセイだった。

「あたしはあなたじゃないもの! あなたみたいに強くないし、頑張れない! あたしね、あなたといると自分が情けなくなるの。あなたには我慢できて耐えられることが、あたしには出来ないって……あたしはあなたみたいに頑張れない! だからもうやめるの。こんなに苦しいこと、続けられない!」

ヒステリックに泣き叫ぶ詩織の声を聞き付けて、看護婦たちがバタバタと駆けつける。

「花村さんっどうしました?」

「入江さんも………」

「木島先生、すぐ呼んで!」

看護婦たちの声が何だか遠くにくぐもって聴こえる。
看護婦の一人が琴子の身体を彼女のベッドに戻そうとするけれど、カチカチに固まって動けない。

「……部屋を変えて欲しいって何度も頼んでるのに……なんで変えてくれないんですか?」

恨み節のように詩織の夫が看護婦に詰め寄る。

「………すみません。個室がなかなか空かなくて……でも、明日にはなんとか用意できると思いますよ」

ーー変えて欲しいって頼んでたんだ………

それも琴子にとって衝撃だった。

「花村さん、どうしました?」

主治医の木島が部屋にやって来た。

「先生、あたし、赤ちゃん産むのやめます」

詩織の言葉に、木島医師は特に驚く様子もなく「それは決定ですか?」と穏やかに訊ねた。

「はい……あたし、これ以上悪阻に耐えられなんです」

「ご主人も賛成されてるの?」

「 僕も……これ以上詩織の苦しむ姿を見ていられないんです。詩織だけがこんなに苦しむなんて……」

そう言う彼もかなり苦しそうだった。

「……ダメ…そんな……赤ちゃん産まないなんて……それ、堕ろすってことだよ……そんな……」

震える声で呟く琴子の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。

「入江さん………これは花村さんご夫婦の問題だから」

木島医師がそう優しく促しても、「そんな……そんなの」と、首を激しく振る。

「……花村さん。今、奥さまはとても興奮してます。妊娠の継続については明日ゆっくり話し合いましょう。今日は処置室が空いてますからそこでゆっくり休んでね。ナースステーションから近いですから気分が悪くなったらすぐに呼んで下さいね」

血圧や脈拍を看護婦がチェックしたあと、車椅子が運び込まれ、詩織は部屋から連れていかれた。

「さあ、入江さんも、自分のベッドで横になって」

木島医師は何故だか花村詩織の方には付いて行かず、琴子の傍にいた。
看護婦に琴子のバイタルもチェックさせ、「……あなたの方が問題ありよ」と、琴子の手をとる。

「………あたしのせいだわ」

琴子がぽつりと呟く。

「詩織さんが赤ちゃん諦めちゃったら……それ、あたしのせいですよね?」

「それは違うわ」

「あたしが簡単に頑張ろう、頑張ろうなんて云うから。ナースなのに。頑張れない患者さんがいること分かってるのに。あたし全然思いやれなくて。どんどん詩織さん、追い詰めて……あたし、あたし……ナースとしても人間としても失格だわ……どうしよう? 本当に赤ちゃん堕ろしちゃったら……」

顔を覆って泣き伏す琴子に、「大丈夫よ。悪阻が酷くて妊娠の継続を諦めようとする人は、意外に多いの。でも殆どの人がちゃんと継続して、立派に赤ちゃん産んでますよ。花村さんも一晩たてばきっと落ち着くわ。あなたが責任感じることはないのよ?」そう優しく言い諭す。

「……でも、でも」

「……そうね、今回のことは、同室にしてしまった私の判断ミスよ。あなたが気にすることないわ。………まさかあなたがここまで追い詰められてると思わなかったから……」

「……え?」

「さあ、あなたも少し休んで。明日の検査の結果次第で、絶飲食を止めて、食事を開始するから。ちゃんと食べれるようになったら退院できるわ」

木島医師に云われるがまま横たわり、時折訪れる吐き気と深い後悔に苛まれながら、浅い眠りの中を行ったり来たりする長い夜を過ごしたのだった。












「……まあ、琴子ちゃんどうしたの?」

朝、琴子の元に訪れた紀子は、昨日とはうって変わった琴子の憔悴ぶりに驚いて思わず駆け寄った。

「……大丈夫です」

笑おうと思っても、全然笑顔が作れない。酷く表情が引きつっているのが自分でもわかる。
朝一番で、検温に来た看護婦に詩織の様子を訊ねたが、「大丈夫ですよ」とにっこり笑うだけで詳細は教えてくれなかった。
そのことがずんと心に重くのしかかる。

自分のせいで彼女がもし赤ちゃんを諦めてしまったら………考えれば考えるほど怖くなる。

そしてーーほんの少し思ってしまった。

ーーそんな選択もあるんだ………

そうすればこの悪阻の苦しみから解放される。詩織の気持ちも分からないわけではなかった。

でも、でもーー
赤ちゃんを……このお腹で生きている小さな命を諦めるなんて………

そんなことをずっと考えていて、もう笑顔を作る気力もなかった。
心配する紀子に、少し休みたいからと帰ってもらって、結局日がな1日鬱々と考え続けていた。

ーーあたしも……もう頑張れないかも………

気力だけで持たせていたものが、壊れていくような気がした。

ーー頑張れないあたしなんて、入江くん、もう嫌いになっちゃうよね。

そしたら……そしたらこの子はどうなるのだろう。
琴子はお腹に手をやってぼんやり思う。

もしかしたらあたしも……この子を諦めた方が……
そう。やめてしまった方がいいのかもしれない。そしたらきっと、楽になれる……

そう思った瞬間、下腹に鈍い痛みが走った。

「え? あ、いや…………っ」

うそーっ!!

琴子は慌ててナースコールを押した。






「……大丈夫、赤ちゃんは元気よ」

エコー画像を見て、木島医師はは優しくそう告げた。

「ただの不正出血。でも切迫流産に違いないから暫く安静ね。本来なら入院することもない自宅療養レベル。そんなに心配することはないわよ。一応薬は出しておきましょうね」

その言葉に琴子はほっとした。
心からほっとした自分に安心してーーその後に訪れるのは深い自責の念だった。




「琴子ちゃん、大丈夫?」

連絡を受けた紀子が再び病院にやって来たのは昼過ぎのこと。

「……すみません。心配かけちゃって」

「何をいうの? こればっかりは仕方のないことよ。悪阻も、切迫流産も……あなたのせいじゃないわ」

そう言って琴子の髪を撫でながら紀子は彼女の手を握りしめた。

「……あたし……あたしのせいです」

琴子は青白い顔をくっと背けて苦しげに呟く。

「どうして? あなたのせいじゃないわよ。ちょっとした出血は珍しいことではないわ。あたしもあったし。暫く安静にしていればすぐ普通の生活に戻れるのよ」

そう言う紀子に完全に背を向けて、布団を頭から被る。

「あたし……あたし……ほんのちょっとだけ考えちゃったんです。もしこの子を諦めたら……楽になれるのかしらって…。そしたら急に……」

「まあ、琴子ちゃん! そんなの偶然よ! 関係ないわ。ね、悪阻が酷くて気弱になっただけよ。心を落ち着けて穏やかにしていきましょう。好きな音楽や漫画なんか借りて来ましょうか? ね?」

必死で慰めてくれる紀子に、今は「大丈夫です」と繰り返す元気すらない。

「………琴子ちゃん……」

何を云っても琴子に笑顔を取り戻させることが出来なくて、途方に暮れて紀子は一旦帰宅した。



「切迫流産……? 流産って?」

紀子から話を聞いた裕樹は『流産』ということばに真っ青になる。

「ああ、切迫流産って、流産の一歩手前。流産しちゃったわけじゃないのよ。赤ちゃんは大丈夫なんだけど、琴子ちゃん色々あったみたいで精神的にナーバスになっちゃってて……」

紀子の説明でほっとしたものの、裕樹も心配になり、暗くなってから病院を訪れた。
元々今日はアメリカの兄に電話をする約束をしていた。

「……琴子……」

昨日まではしっかり笑顔を取り繕っていた義姉は、ぼんやりとベッドの上で天井を見つめていただけだった。

「……兄貴に電話するんだろ?」

そう訪ねると、琴子は何も喋らずに首を横に振るだけだった。

「……どうして? あんなに兄貴と話したがっていたのに」

「ごめんね。せっかく来てもらったのに。……今は話す気分じゃなくて……」

「……なんだよ……らしくねぇよ」

「……ごめんね……」

いつも大丈夫、大丈夫と言って笑っていた義姉は、今はごめんね、ごめんねとしか云わない。
弟をからかう要素を見つけようと躍起になっていた好奇心一杯の大きな瞳は、ただ虚空以外の何物も映していないようだった。

「……赤ちゃん大丈夫だったんだろ? なのに、なんでそんなに落ち込むんだよ?」

「……うん、そうだね」

「しっかりしろよ! 兄貴にだって……そんな琴子見たくないって云うぜ?」

裕樹の言葉に琴子は初めてぴくりと反応し、そして漸く裕樹の顔を見つめた。

「……そうだね。あたしもそう思う」

そしてボロボロと泣き出し、「……あたし、もう入江くんに会えない…… 」そう呟くとただ泣きじゃくるだけで裕樹にはどうすることも出来なかった。





そして裕樹は一人で公衆電話に向かい、琴子に話させるつもりだった相手のいる番号を押したーー。



『………裕樹?』

久しぶりにきく兄の声に、裕樹は安堵するとともに、堰を切ったように話し出した。

『いったい………琴子に何があったんだ? 裕樹……?』

要領を得ない弟の台詞に何か切羽詰まったものを感じながら、兄は弟に訊ねる。

そして、弟は一瞬、躊躇いつつも一言ポツリと呟いた。

「琴子が……流産した」

がちゃり、と受話器を落とす音が聞こえ、そのまま電話は切れてしまった。

「あ………」

裕樹は流石に不味かったかな、と不通になった受話器を見つめながら、少し後悔する。

ーーでも、きっとこれで帰ってくるよな……

二文字単語を抜かして伝えてしまったのは無論わざとだけれど。
とりあえず自分にはこんなことくらいしか出来ない。
昏い迷宮に陥ってしまった義姉を救えるのは兄しかいないのだからーー。








※※※※※※※※※※※※※


というわけで、やっと前回の最後のシーンにたどり着いたという………(おいおい、裕樹くん、何言っちゃうんだか?)
おかしいなー結局書きたいところまで到達してないんですよー^-^;
あまりにも琴子ちゃんが辛すぎて筆が進みませんでしたっ(言い訳^-^;)


次こそは! 終われる……かな!?







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Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

はは、ご推察通り、3話で終わりませんでした~^-^;
そうです、辛い夢から始まって、今回はどんどん重苦しい話になってきちゃってごめんなさい。
羽田さんは専門家なのできっとポイントを押さえて上手く話を引き出していることでしょう。(私は専門ではないので適当にはしょって誤魔化してます^-^;)
花村夫妻の問題も……同じところにいてわかりあえると思ってもやはりこの状態の琴子には難しかったようです。
色々なことが重なってもう琴子自身も『頑張る』ことが限界です。『頑張れない』と直樹に嫌われると思ってるからもう行き詰まりですね。
さあ、裕樹くんの一言が直樹さんをどう動かすか……お待ちくださいね! 必ずハッピーエンドにいたしますので安心してお休み下さいませ(^.^)

Re.ひよこ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そーなんです、裕樹くんとんでもないことを……^-^;さて、直樹さんどうするでしょうか?

ひよこさんも悪阻大変だったのですね。意識失うなんてーー私、今だかって経験ないです。
ひよこさんも我慢強い。でも、心配かけさせまいとか、叱ってくれる旦那様とか、素敵なご夫婦ですねー。琴子ちゃんに共感していただけて嬉しいです。
そうなんですよね、いざという時甘えられない琴子ちゃん。直樹に甘えさせてもらえなかったから、甘えかた分かんないですよね。
ここを通りすぎれば……きっと直樹さんは出産まで過保護の甘々さんになれることでしょう(^.^)
……確かに、出産エピは今まで読んだことあるけれど、悪阻エピってあまりないかも?しかもかなりヘビィにしちゃったし^-^;今はちょっと辛い展開ですが、少しずつ明るくなっていくと思いますので、お待ちくださいね(^.^)


Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

ちょっと今回はどんどん琴子ちゃんがはまりこんでしまって本当に苦しい回となってしまいました(>_<)
あの入江くんの呪い(?)の言葉によって縛られて、琴子ちゃん、ネガティブな発想しかできないですよね。
主治医の木島先生も、琴子ちゃんにそんな呪いがかけられてるとは知らなかったので、ちょっと読みが甘かったですね。彼女は多分ナースとしていい意味でお節介の出来る彼女に期待してたのかも。残念ながら逆効果で双方とも悪い方向に………(..)
いろんな人たちの心配や思いやりも今は届かなくて辛いですね。どんなにたくさんの手が差しのべられても、琴子ちゃんの呪いを解けるのは呪いをかけた張本人だけなんですからねー(-.-)
というわけで、裕樹くん、直樹さんを動かす禁じ手の言葉言っちゃいました~~
焦ってもらいますよー直樹さんには^-^;

* by なおちゃん
琴子ちゃんの、人柄だよね?お見舞いの人が、多いのも、つわりの辛さは、私には、わからないけど?それを、琴子ちゃんに、当たるて⁉とおなの?それにしても、入江君早く、帰って来てあげて?屁の屁のも時?琴子ちゃんらしいな❗

個別記事の管理2015-04-04 (Sat)




ーー息絶えたお姫様は、王子様がどんなに名を呼んでも、人工呼吸を施しても、息を吹き返すことはありませんでした。

王子様は茫然としたまま、何も話すこともなくしばらくそこでお姫様を抱きかかえておりました。

そして空が昏くなってきた頃、ようやくお姫様を抱いてお城へ戻って行きました。


王子さまはお姫さまの身体を誰にも触れさせず、泥にまみれた身体を洗ってやり、綺麗に化粧を施し、柩にもいれずに二人のベッドに上に横たえさせーーそしてただ何日もその傍らに座って、黙ってお姫さまの顔を見続けていました。

家臣たちは、
「早く柩に納めましょう」

「早く葬儀をいたしましょう」

「早くお墓に埋葬しましょう」

王子さまに進言しますが、王子さまは聞く耳を持ちません。

「お姫さまは本当に根性のあるかたでした」

「お姫さまは本当にがんばり屋でした」

「お姫さまは本当に物凄い気力の持ち主でした」

皆が口を揃えてお姫さまを誉め称えます。

「お姫さまはこの国の救世主です。盛大な葬儀をいたしましょう」

「お姫さまはこの国の英雄です。勲章を授けましょう」

「うるさいっ黙れ!」

王子さまはとうとう部屋に鍵をかけ、誰も入れることもなく、お姫さまと二人きりで過ごしておりました。

たとえこの国が滅んでも。
皆から蔑まれても。
どうして諦めて逃げてくれなかったのだろう。
どうして放り出してくれなかったのだろう。

どうしてーー。

あんな呪文をかけてしまったのだろう。

王子さまは後悔して。後悔して。ずっと後悔してーー。










* * *





「おかえりなさいませ」

直樹はホテルのフロントで鍵を受けとると、「私に電話はありましたか?」とフロントマンに訪ねた。

「いいえ、本日は何も……」

「そうですか……」

直樹は特に顔色を変えることもなくあっさりと踵を返し、エレベーターホールへと向かう。
誰も乗っていないエレベーターに一人乗り込むと15のボタンを押して、そして背中をだんっと壁につけて、大きなため息をひとつ吐き出した。

ボストンのH大学から程近いそのホテルは、H大メディカルセンターの用意してくれたものだった。
此方に着いて、直樹はすぐに日本の自宅に、ホテルの電話番号と研究室への直通電話の番号をFAXした。
今まで海外出張した際には滞在先どころか、日程すらきちんと連絡したことがなかったので、たいした進歩である。
研究室は職場なので余程の緊急事態以外かけるな、と云ったら「英語、喋れないからかけれないよー」と頬を膨らませていた琴子。

「ホテルに電話したら出られる?」

「……時間によっては。向こうとは13時間くらい時差があるぞ」

「こっちが夜の8時くらいに電話すればアメリカは朝の7時くらいなんだよね? それくらいならもう起きてるよね? まだ出掛けてないよね」

「おまえ、ちゃんと英語でおれの部屋に繋げてもらえるの?」

面白そうに笑う直樹に、「ホ、ホテルの人の分かりやすい英語ならきっとわかるもん!」と、自信なさげに答えた琴子。
案の定、最初の電話は裕樹がかけてきて、琴子と替わった。

「大丈夫! 次からはひとりでかけれるから!」

でもやっぱり次も裕樹がかけて。いや、一度は自分で試みたが、通じなくて結局裕樹に替わったらしい。

アメリカに滞在して4日。結局ほぼ毎朝モーニングコールのように琴子から電話があった。結局毎回裕樹頼みで。
琴子と離れて暮らしていた神戸時代はまだ研修医で、家に帰ることがあまり出来なかった為、琴子の声は留守電で聴くことの方が多かった。
しかし今回は朝出掛ける時間が遅いため、充分琴子の電話に間に合った。
話す内容は他愛もなく、前の日の失敗とか、その日の予定とかだった。そして直樹が訊くことはただひとつ。

「身体は大丈夫か? 悪阻はひどくないか? 無理してないか?」

そして、琴子の応える言葉もただひとつ。

「大丈夫! とっても順調だから!」

4日連続して来ていたモーニングコールが、5日目から突然来なくなった。
初めは夜勤が入ったのか。ならば逆に夜にかかってくるだろうか、それとも昼間に掛かってきたのだろうか? などと考えたりもした。
あるいは裕樹が出掛けていたのかもしれない。
あるいは琴子のことだから国際電話の料金のことなど考えて1日置きにしようとしたかもしれない、などなど。

3日電話がなくて、直樹の心中は妙にざわざわとしていた。
胸騒ぎとも言うべき、イヤな感覚。

琴子のことだ。夢中になることが現れると他に目がいかなくなる。ただ、それだけだ。そう、言い聞かせてみる。
何かあるーーなんてことはそうそうないものだ。

シャワーを浴びた後に、バスローブを羽織ったままベッドに倒れこみ、直樹はぼんやりと無機質な天井を眺め続けていた。


しかし結局心配を押さえきれずに、翌朝自分から家に電話をかけた。
出たのは紀子だった。

『……まあ、おにいちゃん……珍しい……』

「琴子は……?」

『こ、琴子ちゃんは、今日は友だちとお出掛けよ』

「こんな時間に? そっちは21時だろ? 悪阻は大丈夫なのか?」

『だ、大丈夫みたいよ。まあ、おにいちゃんでも気にしてるのね』

「最近琴子から電話がないけど」

『琴子ちゃんだって色々忙しいのよ……たまには貴方から電話してみれば?』

「今してるだろ?」

何となく歯切れの悪い紀子の様子に、引っ掛かるものはあった。

翌朝、琴子から久しぶりに電話があった。
紀子と同じように「あたしだって、忙しいのよ?」そう言って少し拗ねたように笑う琴子は、いつもと変わりないように思えた。

けれど。やはり少し掠れたような声は何処となく弱々しくて。

『おまえ……そこ何処?』

「え? えーと。び、病院。まだ仕事なのよ」

背後の気配から家ではないと思った。
でも、琴子が外から国際電話がかけられるだろうかーー?

何だか割りきれない思いが燻っていた。
けれどここにいる以上確め問いただすことは出来ない。
燻っているものは、ちりちりと胸の奥を詰まらせて、息苦しくさせていた。何とも云えないもやもやした形の見えない不安がどんどん拡がっていくのが感じられた。
それから2日ほど、また琴子からの電話は途絶えた。










「はぁ…………」

琴子はベッドの上から天井の升目の模様を眺めながら、何度目かのため息をついた。

ーーー入江くんに変に思われたかなー?

紀子から「おにいちゃんから電話があったわよ」と聞いて、裕樹に頼み込み遅い時間に来てもらって、病院の国際電話用の公衆電話から直樹に電話をかけた。
いつも通りに他愛ない話をしただけだが、直樹に少し不審に思われたような気がする。


「絶対、入江くんに連絡しないでください」


4日前職場で倒れ、そのまま入院となった時、琴子はすぐにアメリカに電話しようとした紀子に懇願して、なんとか止めてもらった。

「どうして……? 琴子ちゃんがこんな時に……おにいちゃんが傍にいてくれた方が心強いでしょう? 二人の赤ちゃんの為にあなた一人が辛い目にあってるというのに……」

困惑する紀子に、
「せっかくアメリカで必要とされているのに帰ってくるの、勿体ないですよ。入江くんが傍にいてくれたからって悪阻が治るわけじゃないし、こんな姿見せる方がつらいんです。それに余計な心配かけたくないし。どうせ一週間から十日くらいの入院なんだし、入江くんが帰ってくるまでには退院できて、悪阻も治まってくれるかもしれないし………」

知られないで済むならその方がいいと思ってた。

「ああ、琴子ちゃん! なんて健気なの~~!」

がしっと紀子に抱き締められて、その温かさに包まれながら、琴子はぼんやり思っていた。

ーー倒れたのが、入江くんがアメリカに行っている時でよかったーー


直樹が渡米してから気が抜けたように悪阻は悪化して、吐き気の頻度は多くなり、食欲は一切なくなっていた。
そして、職場で動けなくなり、そのまま産科に運ばれ即入院。

「ケトン体2+………重度の脱水症状と栄養不良ね。貧血もあるし。重症妊娠悪阻よ。これからケトン体が陰性になるまで絶飲絶食で24時間点滴治療します」

主治医の木島は40代半ばの女医だ。琴子の妊娠が分かったとき、最初の診察は直樹のごり押しで彼女に診てもらった。斗南では腕のいい産科医として、予約は常にいっぱいである。

「私が当直の時に、陣痛が来るとは限らないわよ?」

斗南病院の名物夫婦が揃って外来に訪れた時は驚いた。
妻の身体を男性医師に見せたくないという冗談のような噂を聞き齧ったことのある木島医師は、そう直樹に告げると「わかってますよ」と少し眉を潜めて応えたものだ。
初めて撮ったエコー写真を幸せそうに見つめていた彼女と、冷たいと評判の彼が優しく温かな眼差しで彼女を見ていたのは、ほんの3週間ほど前のこと。
彼女は点滴の管に繋がれたまま、青白い顔で横たわっている。
栄養不良状態を示すケトン体は+1で入院が必要だ。体重も妊娠前から5キロ減って、ただの悪阻ではない、重症妊娠悪阻と診断された。

「……あ、赤ちゃんは大丈夫ですか!?」

「エコーを診ても赤ちゃんは問題ないわ。順調よ。状態が改善されたら一週間くらいで退院できるから」

「そ、そんなに? 困ります! 仕事が………!」

「なにいってるの! 仕事より身体の方が大切でしょ? あなたナースなのに自分の身体を蔑ろにするの?」

そう言われて何も答えられない。

そのままベッドに縛り付けられたまま、点滴を受け続けているが、点滴は栄養と脱水の補充であり、悪阻を改善するわけではない。入院中も治まらない吐き気に結局は苛まされている。

「制吐剤、使う?」
と云われたが、子供への影響を考えて、漢方薬を処方してもらった。あまり効果はなく、絶食していて吐くものもないのに1日に何度か胃液を吐いている。


「ふう………」

ため息しかでない。
紀子が頻繁に訪ねてくれて、職場の仲間たちもちょくちょく顔を出してくれる。
その間はなんとか笑っていられるが、誰もいなくなった途端、胃のムカつきを思いだし、辛くて耐えられなくなる。


「うっう~~」

隣のベッドからいつものように呻き声が聞こえた。

「大丈夫? 花村さん……?」

琴子はカーテンを開けて隣を覗き込んだ。

産科は常に満員御礼状態だ。琴子も部屋を選んでいる場合ではなく、有無を言わさず二人部屋だった。
隣のベッドには既に入院2週間目という同じ症状の先客がいた。
琴子より4つほど若い初産の女性は、吐き気もかなり酷く常に苦しげに呻いていた。

琴子が入院した翌日には少し言葉を交わして、互いのことを紹介しあった。
結婚してまだ4ヶ月、結婚までは仙台に住んでいて、そこで旦那さんと職場恋愛をし、彼の東京本社異動をきっかけに、彼女は仕事をやめ、結婚して東京で暮らすようになったばかりだという。
それゆえ友だちもいず、常に沢山の面会者が絶えない琴子と違って、訪れるのは気弱そうな旦那さんと少しキツそうなお姑さんだけだった。
妊娠発覚と同時に襲われた悪阻のあまりの酷さを何度も訴えたが、前の病院では「気の持ちようだから頑張って」「精神的なことで改善できるから何か楽しみを見つけて」などと言われるだけで、吐いて何も食べられないのに対処してくれなかったという。
斗南に病院を変えてやっと『妊娠悪阻』という病気なのだと云われて「自分が弱くて堪えられないわけではないのだ」と分かってホッとした、などと話していた。

「花村さん、大丈夫?」

自分の点滴台を引き摺ったまま、琴子は隣のカーテンを開けて、苦しげに口許にタオルを当てて呻いている花村詩織の背中をさすった。

「あ……あたしに構わないでくれる?」

けれど、彼女は琴子の方を振り向きもせず背中で拒絶していた。
始めの頃は色々話をしたのに、最近は声をかけても返事をしないことが多い。
琴子の悪阻も酷いが、彼女は吐くものがなくて血まで吐いたという、かなり重度である。

「……でも」

言いかけた琴子の後ろから、ばたんと音がして部屋に誰か入ってきたようだった。

「まあ、詩織さん、まだ良くならないの?」

現れたのは時折見舞いに来る彼女の姑である。

「……まったく、ただの悪阻にこんなに長く入院するなんてねえ」

そう言いながら着替えやらタオルやらを出して、備え付けの引き出しに仕舞う。
あれこれ世話を焼いているのは決して嫌々ではなく、根は悪い人ではないのだろう。
だが、姑のこの悪意のないであろうセリフは恐らく彼女をずたずたに傷つけている。

「おかあさん、ただの悪阻じゃないですよ。これは病気なんです」

琴子が説明する。
同じ女同士で、妊娠の経験者でも、悪阻の程度はあまりに個人差があって、自分時と比較してもこの辛さが理解出来ないのだろう。悪阻で入院までする妊婦は1%に過ぎない。

「ああ、あなたも同じだったわねぇ。ごめんなさいね」

素直に謝る。………本当に悪い人ではないのだ。ただ思ったことをすぐ口にしてしまうだけで。

「でもあなたは割りと元気そうねぇ。うちの嫁みたいに鬱々と臥せってばかりじゃなくて」

「いえ……あの……」

「やっぱり気構えよね。少しはおとなりさんを見習って、ベッドから降りて散歩にでも出たらどう?」

「無理です………」

力なく応える彼女に、琴子も、
「詩織さんは、本当に吐き気が1日中治まらなくて、動けないんです」と、援護する。

「 吐き気止め、もらってるんでしょ?」

彼女は耐えられないからと制吐剤と胃薬も点滴してもらっていた。

「……赤ん坊のこと考えたらそんなもの使わない方がいいだろうにねぇ。そんなの使ってるわりには良くならないんだねえ」

ああ、まただ。

「赤ちゃんに悪いものは病院で出しませんよ」

琴子もあわてて弁護する。

「でもあなたは使ってないのよね? ……赤ちゃんの為に断っていたものね」

小さな声でぼそっと呟いたのは詩織のほうだった。

「え?」

「……ごめんなさい、入江さん。もう、擦らなくていいから。触られても気持ち悪さを誘発されるの」

「え? あ、ごめんなさいっ」

慌てて手を離す。
色んな刺激が吐き気を誘発するのだろう。
本当に、一人一人違うものだと改めて思う。
けれど何だか詩織は日に日に精神的に追い詰められている気がする。
琴子への対応も何だか刺々しさを感じるようになってきた。

吐き気に1日苛まされ、お姑さんからあんな風に云われーー確かに身体的にも精神的にもしんどいだろうと思う。

でも、仕事帰りに必ず寄る旦那さんはとても優しく彼女を気づかっているようだった。
そんな様子を見ていると、琴子も無性に直樹に会いたくなる。

会いたいけどーー会いたくない。
こんな自分を見られたくないから、会いたくないーーでも、会いたい。

直樹から電話があったと聞いて、嬉しいけれど複雑だ。
自分から電話がないことを気にしているのだろうか。変に思われているのだろうか。

自分のベッドに戻って一人で横たわっていると、いつのまにかそんなことばかり考えている。

入江くん、あたしのこと心配してる? 気にしてる?
少しは考えていてくれる?

まるでそうであって欲しいように考えて、ぶるぶると打ち消す。

ダメよーーせっかくアメリカまで行って大切な勉強しているのに。
心配なんてしちゃだめだよ、入江くん。
あたしは大丈夫だから。
あたしのことなんて気にしちゃ、駄目だよーー

ぐるぐると行ったり来たりする思い。

でもーーやっぱり会いたいよぉ………



「琴子ーー! どう? 調子は?」

少しうつらうつらしていたら、仕事終わりの幹が訪ねてきた。

「ああ、モトちゃん。……いつもありがとね……」

「どう? 数値は? ケトン体、少しは下がった?」

「うーん、やっと1+になったかな……」

「まだ少しかかりそう?」

「そうだね。でも来週くらいには少しずつ食べてみてって、今日栄養士さんから云われたの。まだ吐くのが嫌で食べるのが怖いんだけど」

「そっかあー」

「……ゴメンね、モトちゃん。色々迷惑かけて。仕事は回ってる? あたしの担当の人たちみんな元気?」

「日村さんと外山さんは退院したわよ」

「 そう、良かった」

「あんたの仕事はとりあえず補充が入ったから十分足りてるわよ。まあ元々産休入るまでに一人人員確保頼んでたみたいだから少し早まったんじゃない?」

「ほ、補充……? もう?」

少しどきりとする。
皆に迷惑をかけずに済むのだから喜ぶべきなのに、こんなに早く自分の替わりが入ってきたことにほんの一瞬焦りのようなものを感じた。

「うん、派遣さんだけどね。今まで地方の病院にいた人らしいの」

「……どんな人?」

「それがさー笑っちゃうの。なんか妙にあんたに似てるの。気合いと根性が半端ないっていうか、暑苦しいっていうか。熱血ナースって感じ? 女版の啓太のようなあんたのような……」

「え……?」

「31歳って云ったかな。それがまた経歴も面白くって。中卒でヤンキーだったのに、20過ぎてから突然ナースになりたいって一念発起して、高卒認定試験受けてそれから看護大受けてーー二年前にやっと国家試験に受かったっていう超頑張り屋さんなのよ。いやーあんなにパワフルでポジティブな人ってあんた以外にも実在するのね。ちょっとカンドーよ。
美人じゃないけど朗らかで、もう結構病棟の人気者よ。キャリアはあんたとたいして変わりないけど、あんたよりは確実に仕事できるから、もう、全然安心して休んでいいわよ!」

「へ……ぇ……」

琴子はぼんやりと幹の言葉を聞いていた。
だんだん言葉があまり耳に入って来なくなり、幹が何を喋っているかわからなくなる。

「そっか………」

「やだ、琴子、顔、真っ青だよ。また気持ち悪い? 吐きそう?」

「う、うん。大丈夫……大丈夫だから」

ぐるぐるぐるぐるーーー
目が回る。
気持ち悪い。
大丈夫?ーーーううん全然大丈夫じゃない。
大丈夫じゃないよ。

ダレカ……タスケテ……

「琴子?」

「あ、うん。ゴメンね、大丈夫だよ。へーあたしも会ってみたいなーその新しい人。楽しそうな人だよね」

「うん。時々あんたが居るんじゃないかと錯覚しそうになるよ。たまにドジなところとかもちょっと似てるの」

「ふうん。そんなに似てるんだー」

必死で顔に笑みを張り付かせる。

「もしかしたら、入江さんもタイプだったりして……」

にやっと笑う幹に、もう笑っていられなくなった。

「え? ちょっと、やだ、琴子、冗談よ? 真に受けないでよ? 入江さんがあんた以外に目を向けるわけないわよ」

再び真っ青になる琴子に幹が慌ててフォローする。

「……そんなのわからないよ」

「え…?」

「だって入江くん、やる気や根性のある人が好きなんだもん……」

ぽろぽろ泣き出した琴子に、幹が慌てふためく。

「あたし、今、全然駄目だし………」

「ちょっと、もう、何云ってるのよ、琴子!」

「あたし……あたし……どうしよう」

「琴子……?」

「こんなんじゃ、入江くんに嫌われちゃう……」

激しく泣き出した琴子に、暫く幹は困惑して、背中を撫で続けていた。

「馬鹿ねぇ……入江さんの赤ちゃんを宿したあんたを何で嫌うなんて思うわけ?」

「……だって…入江くんは……」

そう言いかけて、結局琴子はそれ以上語らなかった。

「本当に、あんたって馬鹿。傍にいて欲しいくせにわざわざ自分からアメリカに行かせちゃうなんて。入江さんがいなくてセンシティブになってるんでしょ?
もう、帰って来てもらうよう連絡したら? あんたが入院してるって知ったらさすがにすぐにとんで帰るでしょ?」

「……駄目だよ! それは絶対! とんで帰って来てくれるかどうかは分からないけど余計な心配かけちゃうだけだもん」

「……少しは心配させたら? 昔は少しも心配してくれないって怒ってたじゃない」

「…………」

力なく首を横に振る琴子。

「………ゴメンね、モトちゃん。もう大丈夫だから……」

少し落ち着いた琴子の傍で、幹は困惑気味に彼女の様子を見ていた。

ーーばか。少しも大丈夫じゃないでしょうが……

そして己の失言に気がついて、まだまだ自分も看護師として未熟者だわと内心反省する。

琴子は恐らく自分が抜けたことで職場に迷惑をかけることを酷く気にしている。確かに彼女が休みがちになり夜勤を減らしたことで夜勤のシフト繰りが厳しくなってはいた。
けれど女ばかりの職場のこと、誰でも通る道である。あからさまにあれこれ言うものは殆どいない。
補充が入ったことで少しでも安心するだろうと思ったが、それはそれで逆効果だったことに幹は気がついた。
自分が居なくても大丈夫だという安心は、あっさりと自分なんて必要ないのかもという不安にすりかわる。
補充が入ったということは戻る場所がなくなってしまうという恐怖にかわる。
ましてや替わりに入ったのが自分と同じタイプなら心中穏やかではなくなるというものだ。普段ならそんなにネガティブな受け止め方をする娘ではないけれど、これは相当ブルーが入っているわね、とさすがに幹も不安を感じていた。

まあ、こればっかりは身体が男のアタシには分からないか……

妊娠するとホルモンバランスが変わって些細なことに傷ついたりストレスを感じたりするとはいうけれど……その上にこの重度の悪阻はかなり苦しいはず。
なのに人前では無理して笑おうとするのが痛々しい。

「……じゃあ、そろそろ帰るけど……琴子、しんどかったらしんどいって言いなさいね? 我慢しなくていいんだから」

「うん、ありがとう。本当に大丈夫だから」

「琴子、アタシにまで別に無理して大丈夫なんていう必要ないのよ?」

「え? え……モトちゃん、何で……? あたし、別に無理してなんて」

「無理してないって、自分で本気で思ってるのなら、そっちの方が心配よ」

「やだ……モトちゃん……そんな真剣な顔していわないでよ。本当に無理なんてしてないって」

手を振って明るく笑う琴子に、幹は軽くため息をつくと、「わかったわ……」と薄く笑みを返す。

「じゃあね。食べれるようになったら、プリンとかヨーグルトとか差し入れするわね」

「うれしい!」

そうして帰っていく幹の背中を見送った後、琴子は電池がきれたように暫くベッドに座ったまま、ぴくりとも動かず生気のない瞳で、幹が立ち去った後の扉を見つめ続けていた。
再び強い吐き気が襲いかかって来るまでの束の間ではあったけれどーー。

扉の向こうは、まるで自分のいる部屋から隔絶された遠い世界のようだ………
ベッドの上で激しく嘔吐を繰り返しながら、ぼんやりと琴子はそう思った。












RRRRRRR………

ーー珍しく自分から自宅に電話をかけ、居なかった琴子が病院から電話をくれたのは2日前。それから再び琴子からは何の連絡がなく、イライラとした気分をもて余していた2日間だった。

3日目の朝、久し振りにホテルのフロントから日本からの国際電話が取りつがれた。
バスルームにいた直樹だが、電話の音が聴こえるようにドアを閉めきらないようにしていた。
ベルの音で慌てて飛び出す。


「もしもし。琴子か?」

躊躇うように暫く無言を貫く受話器に焦れるように、直樹が先に口を開いた。

「……兄貴」

「裕樹……?」

電話の向こうは予想に反して、自分とよく似た弟の声だった。
心臓の鼓動が少し速まった気がした。

「兄貴、日本に帰って来れないの?」

懇願するような、声。

「裕樹………琴子に何かあったのか?」

自分の声が上擦るのが分かる。

「僕……僕も、母さんも……もう、どうしていいかわからなくて……」

「……裕樹……いったい……」

「お願いだから、帰って来てよ。……兄貴じゃなきゃ、駄目なんだ! 兄さんじゃなきゃ……!」

裕樹の悲痛な叫び声が、何だか随分と遠くで響き渡っているように思えたーー。






※※※※※※※※※※※※※※


今週は春休みモードで娘が夜になかなか部屋に戻らず、旦那までリビングから撤退せず……さっさと寝てくれ! と心の中で毒づく私でした。

随分とお待たせてした挙げ句、ちょっとツラい展開でごめんなさい^-^;
かなり鬱々な琴子ちゃんです。

いえ、わりと実体験交えてリアルなお話目指しているワタクシですが、悪阻はまあ普通にしんどいくらいだったのです。何度か吐きましたし、もう二人目はいらなーいって思う程度には。
ただ入院する程の重度の悪阻ではなかったので、今回は色々調べて書いておりますが、皆さまの苦渋に満ちた壮絶な体験談、やはり病院の対応も治療の仕方もそれぞれ微妙に違ってたりして……それに実体験じゃないので分からない所も多く、かなり捏造はいってます。それ違うなーと思ってもスルーしていただけるとうれしいです。

裕樹が直樹に電話をするまでに至ったエピ、今回に入れるか次回に持ち越すか悩みましたが、次回に致しました。時間の流れが行きつ戻りつして紛らわしいですが、構成としてその方がいいかなーと。ええ、別に読者の皆さまをヤキモキさせる為では…………あるかも?

次が書きたかったところなのでなるべく速くお届けしたいなーとは思ってはいるのですが。
ただ、次で終われるかどうかは微妙です。(後)ではなくてナンバーが振られていたら、やっぱり延びたな、と笑ってくださいませf(^_^)


今夜はうち方面では月食見られなかったです。前回はあんなに綺麗にくっきり見えたのになー。
お城のある公園へ夜桜を見に行って、お城と桜と月食のコラボを見れないかと期待したのですが……雨がばらついて、沢山降られなくてよかったなーという状況でした。まあ今シーズンは天気がなんだかなーで花見も危うかったので、とりあえず桜を愛でられてよかったです♪





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Re.紀子ママ様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

まあ、紀子ママさんも色々調べて下さったのですね。同じ処ググったかも^-^;
紀子ママさんも辛い悪阻時代だったのですね。私も自分も結構キツかったと思ってましたが色々読んで、私なんて甘いと思いましたもの。本当に個人差があって、誰一人同じ症状は当てはまらないかもしれません。だから完全に分かりあうことは難しいのかも……と、隣の花村さん、登場^-^;
そうですね。女の敵は女。そういえば、産科の先生も経産婦の女の先生の方が厳しくて、男の先生の方が優しかったなーと思い出しました。自分が経験してるからこそ自分の尺度で厳しくなってんだろーなとムカついた記憶があります。
それだけ繊細な問題で、同じ病名でも症状が違っていて……互いに余裕がない状態で相部屋はキツいですね。琴子ちゃんも自分もいっぱいいっぱいで寄り添おうとしても、はねつけられてどんどん二人で負の連鎖に陥りそうです。
そして琴子ちゃんを縛っているあの呪文。
直樹には琴子ちゃんがどんなにあの言葉で傷ついているのか、そのせいでどんな状況に苛まされているのか……そろそろ気付いてもらわなくては、と思ってます。
さあて、焦ってもらいますよ、直樹さんには^-^;

Re.マロン様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

そうなんです。琴子ちゃんは入院しても、お隣さんに拒絶され気味だし、幹ちゃんに余計なこと吹き込まれるわでどんどん混迷していってしまいます。
本当に花村さんも救われて欲しいですけど、今はまだ他人を思いやれる状況ではなくて、厳しいですね。琴子とともに負のスパイラルに堕ちて行きそうです。
でも、最後はハッピーを目指しますので安心してくださいね~~(^^)

まあ、息子さん宇宙オタク。旦那がそういうの好きで息子に好きになって欲しそうだったのに、何の興味もないようです。うちの息子はただのバンドオタクになってます^-^;
月食残念でしたねー^-^;17年後か~~


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No title * by なおちゃん
私も、まだまだ!こんな経験がないから?わかんないけど❓たいへん、入江君、早く帰ってきてくれるといいね。

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Re.桜桃様 * by ののの
コメントありがとうございます♪

はじめまして(^^)いつも読んでいただいてありがとうございます!
やはり悪阻のお話は色々思い起こしてしまいますよね。私も過去の記憶を掘り起こして書いております。一人目は仕事していたので、気が紛れるといえば紛れるのですが、夕方4時になると必ず吐き気が……よく早退してました^-^;人によって全然違うんですよね。
はい、やっと春休み終了です♪ 割と娘が家事を昼間やっていてくれたのがなくなるのがちょっとイタイのですがf(^_^)
頑張って続き書きますね~~!