19990314 ~White day ,White out







「うわースゴい……まっしろ! 何も見えない」

「さすがにこれじゃ、おまえの親戚たちも迎えに来れないなんじゃないか?」

ここは秋田の熊代駅。
駅に降り立った直樹と琴子は、あまりの猛吹雪に、駅舎から一歩を踏み出すことが出来ずにいた。

電車に乗っていて、随分激しく降り始めたな、と思ったのが15分ほど前。
程なく積雪量は半端ない状況になり、車窓からの視界は瞬く間に真っ白となった。
猛吹雪である。
辛うじて電車は動いて、此処まで来れたのが奇跡にすら思える。

二人以外に乗降客は居なかった。
タクシーも停留してないような小さな駅だし、日に数本しかないバスはこの雪で果たしてくるかどうか分からない。

いつものあの賑やかな親戚たちが迎えに来てくれなければ、ここから動くことは出来そうになかった。
たとえ横断幕やパレード付きでも、今日に限っては是非来てほしかったが、さすがに地元民でもこの雪ではあっという間に立ち往生してしまうだろう。

実家に電話をしたが、やはり雪がもう少し収まるまでは危険だから迎えに行けないとのことだった。申し訳ないが駅で待っていてくれとーー。


「しばらくは迎えは来れんじゃろ。こっちの待合室で、ストーブにあたりなさい」

初老の駅員は元々地元の人ではないのか、聞き取りやすい言葉で二人に声をかけて、 駅舎に入るように促した。

「ありがとうございます」

にっこり笑いかける琴子に、駅員も微笑んだ。

「これじゃ、外へ10歩歩いただけで遭難だ」

「爆弾低気圧ってヤツですね」

「入江くーん、早くおいでよ、あったかいよー」

待合室は狭いので、丸形の石油ストーブ一つで十分暖かくなっていた。

「ふふっ火が見えるのっていいね。余計あったかく感じる」

ストーブに手を翳して、ほっぺを赤くした琴子が幸せそうに笑う。
ストーブの丸い小窓からオレンジ色の炎がゆらめいているのが見える。
確かに家ではエアコンの暖房ばかりで、火の見える暖房器具を使うことはない。
秋田にはまだ囲炉裏だけでなく、火鉢も、炭火を入れた掘りごたつもあったのを思い出した。

「法事に間に合うかな?」

今日、3月14日は琴子の母、悦子の父ーーつまりは琴子の祖父の三十三回忌だった。琴子が生まれる前に他界しているので、仏間の写真でしか知らない祖父である。
重雄の店でも法事の予約が入っていて、行くことができなかった。琴子も準夜勤が入っていて、朝イチで出発しても午前中の法要に間に合わないため、欠席の連絡をしたところ、午後からに時間を変えたと云われたのだ。そこまでされたら行かないわけにはいかない。
月曜は元々休みだった琴子が1泊2日で秋田に行くつもりだったが、わざわざ直樹まで月曜に休みを取って、ついて来てくれることとなったのだ。
琴子としては二人で旅行は久しぶりになので、法事の為の帰省とはいえ、かなり前からテンションは高かった。
特に二人とも病院で働きだしてから、休みすらなかなか合わなかったのだから。それでも同じ病院、同じ部所で働けて幸せだったし、そんなことを思う間もなく看護婦になって一年、慌ただしく過ぎていってーー。

けれど、ついた途端の大荒れの天気。
まさかのホワイトアウト。

「な、なんかこの時期に二人でいると激しい天候が多い気がする……」

「おまえが嵐を呼ぶ女だからじゃね?」

「あ、あたしのせいなの~?」

ストーブの傍で手を温めた後、二人は木製のベンチに座る。手作りらしい和風の生地でカバーを施した小さめの座布団が敷かれてあり、お尻が冷たくないのが嬉しい。

「去年の今ごろは、神戸に国家試験合格の報告をするために新幹線に乗って……」

あの時も春の嵐だった。

「俺は神戸駅のホームで凍死寸前だったな」

「……う、ごめん」

そう謝った後、ふと思い出したように琴子が云った。

「もっと昔ーー大学生の頃、バレンタインの時に、やっぱり大雪で帰れなくなっちゃって……入江くんの一人暮しの部屋に泊まったことあったよね……はは、そんな前のこと覚えてないか」

ちらりと横目で直樹を見るが、何も云わない。やはり覚えてないのだろうか?

「……忘れるわけないだろ。おまえの寝相の悪さを初めて知った日だし」

「……うっ」

ーー自分の理性のほどが試された日でもあったしな……

赤くなってしゅんとなる琴子を見て密かに思う直樹である。

「バレンタインといえば、結婚して初めてのバレンタインのチョコレート風呂が強烈だったし」

「きゃーやめて、今思うと恥ずかしいから」

「何を今さら」

「あれは元々お義母さんが……」

琴子はあの時本当はチョコレートの入浴剤を買ってきただけなのだが、悪のりした紀子がパンダイと提携している食玩メーカーの製菓部に連絡して、即効、家に大量のチョコレートソースとチョコレートを配達させたのだ。恐ろしい公私混同の権力の使い方である。多分ブランドのバッグや宝石と同じくらいの金額がかかっただろう。無論琴子は知らないが。
その後もしばらく浴室はチョコレートの匂いが取れないし、穴は塞いであったものの、ジェットバス機能の調子は悪くなるしで、恐らくバレンタイン至上最高に高くついたプレゼントだったろう。
尤も直樹的にはかなり楽しいプレゼントだったが。

「ああーっ!」

突然大きな声をあげた琴子に思わず振り返る。

「……今日ってホワイトディ?」

「気づいてなかったのかよ」

「うん、こっちは覚えとく必要ないし」

いつも朝イチで重樹や裕樹からお返しのクッキーやらハンカチやらを貰って、その日がホワイトデーだと初めて気が付くのだ。今日は朝早かった為に二人に会っていなくてすっかり忘れていた。
無論直樹からお返しを貰ったことは1度もないし、期待したこともない。
琴子にとっては、直樹が自分があげたものを受け取ってくれ、使ってくれることが至上の喜びなのだ。

直樹にしてみれば。
ホワイトデーの日は、いつもよりキスの数が多かったりとか。
夜に甘い言葉を囁く回数が多かったりとか。
自分の欲望よりは琴子の快楽を引き出す方を重視してかなり念入りに奉仕したりとか。

………彼なりに密かにお返ししているつもりだが、無論琴子には伝わっていない。
何といってもバレンタインだってチョコよりも真夜中に差し出される琴子自身がメインディッシュだと思っている。とにかく差し出されたのだから自由にしていいと都合よく解釈して、かなり無理無体な要求をして啼かせている自覚があるが故の、ホワイトディは極上に優しく甘い夜をプレゼントーーなのだ。

今回の秋田への旅も、ついでに琴子の母の墓参りに行きたいという思いもあったが、当日がホワイトディであることに気付き、わざわざ休みを取って同行することにしたのだ。彼にしてみれば相当なサービスである。

尤も、朝出掛ける前にきっちり紀子に釘を刺されたのだが。

「おにいちゃん、今日かホワイトディって分かってる? いつも琴子ちゃんから貰うばっかりでちゃんと返したことあるの?」

「琴子は見返りなんて求めてないし、それにカタチあるもので返す必要なんてないだろう?」

「昔から変わらないわね、貴方は……」

そう云って紀子は深くため息をついた。
20歳の誕生日プレゼントが琴子への家庭教師だったことを思い出したのだろう。始めは別のことを想像して喜んでいたくせに、事実を知ったあとは、全くつまらない男ねと落胆していた、とんでもない母である。

「もしかして、旅行に同行することが琴子ちゃんへのプレゼントだと思ってる?
それってあなたの自己満足に過ぎないでしょ?
自分がほんとは琴子ちゃんと一緒に行きたいくせに。離れていたくないくせに。ほんっと、素直じゃないんだから。全然そんなのプレゼントじゃないわよ!
琴子ちゃんがモノなんて欲しがらないのは分かってるし、一度あげたって次からもなんて期待するようなその辺の女の子と違うことは分かってるでしょう? そういう琴子ちゃんにだからこそ何かあげたいって思わないの?
プライスレスのプレゼントばかりなんていい大人がすることじゃないわよ。変なプライドや見栄は捨てて、しっかりと社会人らしいプレゼントを愛する妻にしなさい!」

言い返そうかと思ったが、新幹線の時間があるから結局何も云わずに、先に玄関を出ていた琴子を追いかけた。
ある意味紀子の言い分は図星だったのだろう。いつもなら考える間もなく跳ね返す言葉が飛び出すのに、珍しく言葉に詰まったのだから。


新幹線の中、夜勤明けで爆睡している琴子に肩を貸しながら、その手をずっと握ってやっていて。
目を覚ました琴子が握られた手に気がついて、少し顔を赤らめて、幸せそうに微笑んでーー。
ほら、琴子をこんなに幸せそうにしてやれただろ? と、密かに満足する。
確かにーーそれが自己満足なのだと云われてしまえばそうなのだろう。
自分が何もかも与えてやっていると思うのは傲慢なのだろう。
手を繋ぎたいと思ったのは自分だし、幸せそうに笑う琴子を見たいと思うのは、自分なのに。


「……おまえ、ホワイトディのお返し、欲しいと思ったことある?」

しばらく黙ってしまった直樹の、突然の問い掛けに琴子は首を傾げる。

「え? えー? 別にないよー。バレンタインはあたしが好きであげてるだけだし。逆に入江くんが何かしてくれたら明日地球が滅亡しちゃうんじゃないかと………あーっ! もしかして、入江くん、あたしに何かくれようとしてた? そ、それでこの猛吹雪!?」

「期待すんな! 何も出てこねーよっ」

ぎろっと眉間に皺を寄せて云い放つ直樹に、
「あ、そりゃそうだよねーっ」
と頭をかく琴子。

日頃の行いのせいだとは自覚はあるが、流石にあまりに期待されていないのも腹が立つものなのかと、妙にざわりと心が波打つ。

気まずい感じになるかと思いきや、先程の駅員さんが、アルミに包んださつま芋をストーブの上に置いてくれたり、温かい甘酒を持ってきてくれたりと、何かと世話を焼いてくれて、琴子も楽しそうに会話をして穏やかに時間は過ぎた。


しばらくして、窓の外を見ると、漸く雪が降りやんできたところだった。
しかし小一時間ばかりの間に窓枠ギリギリのところまで雪が積もっていた。

「少し待っとって。入り口周りの雪だけ掻くんで。道路は融雪剤が利いてるから、余程か大丈夫だと思うがーー」

大きなスコップを持った駅員さんに、直樹が「手伝います」と後に続いた。
駅舎の外に出ると、50センチほど積もっていた。
ほんの僅かな時間でそこまで積もる雪を東京では無論見たことはないが、駅員は「いやーこんだけで止んでよかったのー」と喜んでいる。

「一晩で1階分埋もれちゃうこともあるからね。これぐらいなら、すぐに迎えにきてもらえるさね」

二人でさくさくと雪を掻いていると、遠くから、けたたましい音量で演歌が流れてきて、ふと顔をあげる。音楽を流しているのは選挙カーで、除雪車を前に従えてこちらに向かってくるのが見えた。

「あれって………」

直樹が琴子の方を向くと、琴子は「あーーーっ」と声をあげて、外に飛び出した。

「琴子ーー! 直樹さーーん。おそぐなっですまんごっだなー。今いぐでなー」

拡声器で叫びながら選挙カーに乗ってるのは確かに鶴三おじさんだ。
車は派手に飾られた「歓迎!直木さん&琴子」の文字。

「直ってないし………」

ぷっと笑いながら「はあ~~全くもう……」と、ため息をつく琴子を眺める。

「でも、また楽しくなりそうだ」

直樹がそう云うと、琴子は嬉しそうに
にっこり笑って直樹を見上げた。

「うん♪」

「さあ、行くか」

直樹はスコップを駅員に返すと、荷物を取りに待合室に戻る。

「これ、持ってきなさい」

駅員が琴子の手の上に、ストーブの上で焼いていた焼き芋を乗せてくれた。

「うわーっあったかい!」

手袋をつけてもかじかんでいた指先が、一瞬であったまる。

「気を付けてな」

「はーい」


流石に今回は法要の準備やら、雪の被害の確認やらで皆忙しいらしく、出迎えは鶴三叔父と除雪車を運転する土木課職員のまたいとこだけだったが、相も変わずの熱烈歓迎な儀式を受けて、派手な選挙カーに乗り込んだ二人は、真っ白な銀世界の中を走っていく。

「なんか……ホワイトディの日に、こんな真っ白なんて……すてきねー」

「ばか。事故や何か被害があるかもしれないのに不謹慎だそ」

「あ、ごめ……」

直樹に怒られてしゅんとなる琴子に、
「大丈夫、大丈夫。これぐらいの雪じゃ慣れたもんだ。今のどころなんの被害の報告はないよ。ほんら、わし消防団やっでっがら」

「あーよかった」

「東京もんにゃ驚いだがね」

「……東京じゃ、あと半月もすれば桜の咲く季節ですしね」

「 そっがぁ。東北の春はまだ遠いべなー」

そう云って笑う叔父の声を聴きながら、ああ、そうかもうすぐ桜のシーズンなんだと琴子は奇妙な感覚を覚えた。

「日本って不思議な国……」

「そうだな」

「ねえ、入江くん、ホワイトデーのお返し、欲しいもの思い付いた」

「は?」

軽く顔をしかめる直樹に臆することなく琴子はふふっと笑って、
「あのね、桜が咲いたら一緒にお花見して欲しいなーって」甘えるように囁く。

ーーやっぱりプライスレスかーー。

ふっと顔を緩める直樹は、まだかなり先の琴子の誕生日に思いを馳せる。
少しは大人の男らしくーーか。

でも今は、やっぱりいつも通りに。

「仕事でどうなるかなんてわかんないぞ」

「それはわかってるよ~~約束だけでいいの」

きらきらと目を輝かせている琴子は、真っ白な雪ではなくもはや舞い散る桜吹雪を妄想しているようだった。
仕事柄反故にしてしまう可能性も高くてこの一年何の約束もしてやれなかった。だが一年で十分彼の評価も高くなり、ある程度融通を利かせる為の裏の人脈作りにも面倒ながらも努力してきたのだ。
多分……琴子の願いは叶えてやれるだろう。
無論、そんなことは云わないけれど。

「じゃあ、とりあえず約束だけな」

ちらりとミラー越しに、鶴三が上機嫌で演歌の唄を歌いながら運転しているのを見ると、ちゅっと琴子の唇にキスをおとす。

「……………!/////」

思わず声をあげそうになった琴子の口に、駅で貰った焼き芋を突っ込む。

「むぐっ………」

「うまい?」

そう訊く直樹に、ぶんぶんと首を縦にふる琴子。

「ああ、本当。甘くて、あったかいな」

琴子の食べ掛けをぱくりと一口かじると直樹も美味しそうに笑う。
二人はそのまま一つの芋を食べあって、母の実家への道行きを過ごしたのだった。

真っ白な世界をひた走る、演歌の鳴り響く派手な車に揺られながらーー。








※※※※※※※※※※


なんか脈絡のない話だなー^-^;

タイトルが先に思いついてしまって。
ホワイトディの日のホワイトアウト。
東京じゃホワイトアウトになることは3月じゃ余程かないだろうと、秋田に行くことに。
すみません、雪の少ない地域の生まれなので、描写がかなり適当ですm(__)m
あ、方言もね……f(^_^)

いえ、本当はバレンタインのチョコレート風呂の返しみたいなこと書こうと思ってたんですが。特にネタは思い浮かばなかった……(-.-)
でも、あのチョコ風呂の話で、S様から一体いくらかかったのか、掃除は大変だろうなとか、主婦目線で気になると云っていただきまして。私も確かに気になって計算してみて、軽く10万越えるんじゃないかと……入江家の浴槽、広そうだしね。業務用チョコレートソース、現代の代金で計算しましたが(^^)
それで、ついそんな回想をぶっ込みました^-^;

そして、ホワイトディ、結局間に合わなかったしf(^_^)

さて、私も月曜日には大量のお返しを職場でいただくだろうと踏んでおります。
私、男だらけの紅一点の部所なんですよ。え?イケメン?いないですよー(-.-)オタクなおっさんばかりです(笑)
健康診断前なのに誘惑のあれこれをいっぱい……危険なシーズンですね(-.-)

とりあえず、旦那からはもらいましたよー♪




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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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