新シリーズを始めておいて、いきなり中断でごめんなさい^-^;

えーと、『彼の瞳の向こうには』を書いた後に、琴子ちゃんの悪阻時代の話を、というリクエストいただきまして。
確かにかなり辛い妊娠初期だった風に書いてしまったもんなーっと、(特に深く考えていたわけではなかったのですが)色々皆さまの妄想を誘ってしまったようなので、私もちょっと妄想してみました(^^)

というわけで、琴子ちゃんのマタニティライフ&マタニティブルー編です。
2000年2月~3月くらいのお話です。


ちょっと変なプロローグから始まりますが………^-^;





※※※※※※※※※※※※※※






むかしむかし ある王国に王子さまとお姫さまがおりました。

お姫さまは王子さまが大好きです。

「ダイスキ ダイスキ ダイスキ」

毎日呪文を唱えます。

はじめは逃げ回っていた王子さまもお姫さまのたぐいまれな努力と根性とパワーに気圧されて、気がついたらお姫さまの呪文にかかっておりました。

王子さまも

「オマエハオレ以外スキニナレナインダヨ」

と呪文をかけます。

そして二人はとうとう結ばれました。

二人はとても幸せに暮らしていましたーーが。

王子さまはお姫さまにもうひとつ呪文をかけておりました。

「オマエカラヤル気ヤ根性抜イタラ何モ残ラナイ」

なので、お姫さまはいつもパワー全開、ヤル気に満ち満ちて、努力と根性を怠らず前向きに過ごしておりました。


難しい国の儀式も作法も覚えろと言われれば頭は良くないのに頑張って覚え、

王国の民が困っていればいつも駆けつけ解決し、

みんなが幸せに暮らせるように頑張っていました。


ある日のことです。
王子さまは隣の国へ訪問しており留守でした。
王国は何日もの間、雨が降りやまず、皆不安な思いを抱いておりました。
そんな時、雨のせいで堰が決壊しそうだと報告があり、お姫さまは家臣たちが止めるのも聞かず現場に駆けつけました。


今にも溢れそうな堰を見て、お姫さまは堰の近くの村人たちとともに必死に土嚢を積み上げます。
降り続く雨の中、「大丈夫、ヤル気と根性さえがあれば何でもできるのよ!」と皆を励まし、泥まみれになって土嚢を積み続けます。
それでもいよいよ堰が決壊しそうになった時、お姫さまは村人たちに避難するようにいいました。
村人たちはお姫さまも一緒に逃げるようにいいましたが、お姫さまは首を横にふりました。

「大丈夫! 私は努力と根性でここを守ってみせるから。逃げたらおしまいよ! 諦めてはダメなの!」

堰が決壊したらお姫さまの大切な王子さまの王国が沈んでしまいます。沢山の大切な命が水の底に沈んでしまいます。
お姫さまは一人で土嚢を積み続けます。

すると、漸く雨が止んで、土嚢ギリギリの所で水かさが止まりました。
お姫さまはほっとして、ああ、諦めなくてよかった、と思いました。

しかし。

ふと見ると、土嚢の隙間から水がちょろちょろと出ているのに気がつきました。
だんだん水の勢いが強くなっていきます。このままだとこの隙間から土嚢が崩れて、あっという間に王国を飲み込んでしまうでしょう。
お姫さまはその隙間に手を差し込んで、水が流れないようにしました。

そして、そのまま一昼夜自分の腕を栓にした状態で、お姫さまは独りぼっちでそこにずっといたのです。

翌日ーー急いで帰国し、家臣や案内する村人たちと現場に駆けつけた王子さまはーー
自らの身体で堰の決壊を防いだお姫さまが、その場で息絶えて冷たくなっているのを見つけたのでしたーー。







* * * *





「うぇぇぇ~~~」

「こ、琴子ちゃん、大丈夫?」

朝からトイレの住人になっている琴子の背中を擦りながら、紀子は心配気に問い掛ける。

「だ、大丈夫です。もう落ち着きましたから……ごめんなさい、お義母さん」

漸く立ち上がった琴子の顔は、大丈夫とは程遠く青ざめて窶れている。

「今日はお仕事休んだ方がよくない? ご飯も全然食べれてないでしょう?」

「大丈夫ですよー! ひどいのは朝と夕方だけで。仕事中はどっちかというと忘れられているんです。それに今月、かなり休んだからこれ以上職場に迷惑かけられないですよ」

そう言ってにっこり笑う琴子だが、顔色はかなり悪い。

「迷惑なんて……今は仕方ないでしょう? 皆さん看護師さんだからちゃんと状況はわかってるわよ。誰も迷惑なんて思わないわよ」

「それはそうですけど………でも、大丈夫ですから」



大丈夫です。
大丈夫ですから。
大丈夫なんで。

いったい、1日何度琴子からこのセリフを聞いているだろうか。

「おにいちゃんは? 夕べは帰らなかったの?」

「はい。以前より下火になったもののまだインフルエンザの流行収まらなくて。また内科の救急の応援に入っているのだと」

「そんな、インフルの菌が蔓延してる病院なんて行っちゃダメよ」

「あ、大丈夫です。あたしは流石に外来の応援は行かなくなりましたから」

また、大丈夫ーー

紀子は軽くため息をついて、諦めたように琴子に小さな包みを渡す。

「これ、タッパの中にフルーツとか、小さなおにぎりとか入っているから、お腹空いてきたらこっそり食べてね。匂いのないものなら食べれるでしょう? 空腹は吐き気を誘うから、二時間おきくらいにちょこちょこ食べるといいわ」

「ありがとうございます。助かります」

笑顔で受けとる琴子だが、仕事の最中に思うように摘まむことは出来ないだろうと予想していた。

「………おにいちゃんももう少し琴子ちゃんを気遣えばいいのに」

忌々しいといった風に、直樹のことを毒ずく紀子に、
「入江くん、優しいですよ。入江くんも無理するなって言ってくれてるし。無理は全然してないつもりなんですけど」

そして、琴子はいつも通りに出勤していく。朝御飯はヨーグルト一口だけ。そんなことで身体が持つのか、紀子は不安に思う。
自分も通った道だけど、悪阻には個人差があるし、どちらかというと直樹の時も裕樹の時もひどい方ではなかった気がする。





琴子の妊娠発覚に、皆が狂喜乱舞したのはほんの2週間前のこと。
自分では全く妊娠に気付いてなかったのだから、その時点では悪阻は全くなかったのだが。
唐突にそれがやってきたのはバレンタインの前日。
その日、紀子の教えを乞いながら初挑戦のザッハトルテを作っている真っ最中に突然のリバース。
チョコレートの甘い香りが耐えられなくて、結局バレンタインは何も渡せなかった。


それからは最悪の日々である。
仕事中は気を張っていて大丈夫なのだが、朝と夕方は吐きっぱなしだ。殆ど食事も摂れない。食欲もないが少し空腹を感じると嘔吐感がやって来る。
食べてもすぐに吐く。食べなくても胃液を吐く。嘔吐するだけで激しく体力も消耗する。

ーー悪阻がこんなに辛いなんて思わなかったーー

内心、初めの3日でかなり挫けそうになっていたが、お腹にいるのは愛する夫との初めての赤ちゃんなのだ。何が何でも守らねば、と気力だけで乗り越えようとしていた。

とりあえず有り難いのは直樹も今の時期大変忙しくて家にいる時間が少ないことだ。その分職場で顔を見ているから直樹不足は解消できるし、吐き気で苦しんでいる姿を見せずに済む。

会うたびに具合を訊いてくるし、少しずつ顔色が悪くなっていることも気にしてくれている。
それだけで十分嬉しかった。

「大丈夫だよ! 悪阻は殆どの妊婦さんが通る道でしょ? 今はあまり食べられないけど、ほら、この時期は栄養は赤ちゃんはそんなに必要ないから食べれるものだけ食べればいいって」

空元気のつもりはなかった。
直樹の顔を見ていると悪阻も吹き飛ぶのだから、きっと精神的な部分だけで乗り切って、彼に心配かけずにやり過ごせる筈だと思う。
そう思ってた。




「琴子、痩せたんじゃない? 大丈夫?」

ロッカールームで着替えていると、真理奈が驚いたように琴子の身体をまじまじと見つめる。

「もともと貧相なのに、真っ先に胸がなくなったんじゃない?」

「ふ、ふん! 半年後には驚くような爆乳になってるから見てなさいよ」

とりあえずこんな風にやり取りしているだけで何とか気が晴れるというものだ。

白衣に着替えてナースステーションに行くと、直樹がそこに立っていた。

「入江くん!」

満面の笑みで直樹に駆け寄る琴子に、「走るな」と毎度のセリフで制する。

「仮眠室に泊まったの? ちゃんと眠れた?」

「ああ。おまえこそ。また痩せたんじゃないか? 顔色もまだ悪いし」

「大丈夫だよ! ぜんっぜん平気! 悪阻が終わったら一気に食欲倍増して太っちゃうって云うじゃない? それまでは少し痩せたって心配ないって」

そう言って明るく笑う琴子に、直樹はひとつため息をついて口を開こうとした時ーー

「入江さん、早く! 申し送り始めますよ」

「はーい、入江くん、じゃあね」

清水主任に呼ばれた琴子の背中を、直樹はしばらく黙って見つめていた。






「うえー…………」

休憩時間に吐き気を覚え、トイレに籠っていた時だった。

「ねぇねぇ、入江先生の話、聞いたーー?」

鏡の前でナースたちが何やら噂話を始めたようだった。

「何? 嫁が孕んだこと? はあ……ほんとショックよね」

「そうじゃなくて……まあ、それはショックだけどさ。教授秘書の橋下さんから聞いたんだけど、入江先生、アメリカからまた猛烈ラヴコール受けてるんだって」

ーーえ?

「いつものこどじゃん。確か前にもあったよね」

「そう。学会の為の短期出張は行っても、長期の共同研究はずっと断ってるって。でも今回の話は入江先生の抱えてる患者さんの症例に関わっていて、平松教授も熱心に勧めてたらしいの。ボストンの研究チームによる新しい術式の公開オペもあるらしいし、入江先生も少しその気になって、2月末には1ヶ月くらい行く予定だったんだって。でも結局、琴子さんの妊娠がわかってキャンセルしたらしいわよ」

「えーそうなの? 琴子さんがキャンセルさせたのかな? 臨月期は流石に嫌だろうけど、初期のうちくらいいいじゃない。旦那が何か出来る訳じゃないもの」

「でも、1ヶ月行ったらもっと長く居たくなるんじゃない? 再生医療の研究は一朝一夕で済むものじゃないし。それにもしその研究に成果が出たら臓器移植を待ってる子供たちを救えるし、下手すりゃノーベル賞ものの研究だって話じゃない。本当は長期で行きたいんじゃないかしら」

「でもやっぱり子供が生まれるのに置いてはいけないでしょ?」

「そーぉ? あたしの友だちの旦那なんて、子供生まれても海外出張ばっかよ。ほぼ母子家庭。家を買ったとたんに5年の海外赴任。そーゆーのって結構『あるある』よね、日本のサラリーマンの………」

話し声は段々遠のいていったが、琴子はしばらく茫然として、そこから動けなかった。

ーー入江くん、なんで………?








「へえー入江さん優しいじゃない。琴子の為にアメリカ行きを断ったんでしょ」

「なんやかんや、あんた愛されてるよねー」

ランチタイムの時間に、明らかに落ち込んでいた琴子を突っついて、幹と真理奈はその原因を白状させた。

二人はしっかり定食を食べているが、琴子の前には紀子から渡されたタッパだけ。それも少し摘まんだだけであまり口にしていない。

「……そこは嬉しいけど、でも何だかもやもやしてきちゃって……」

「 何がもやもやよ? 仕事より妻を選んだってことでしょう? やーん素敵」

「 ……でも、ほんとは入江くん、行きたいんじゃないのかなぁ。初めは行くつもりだったみたいだし。本当はもっと色々勉強したいのに、なんだかあたしのせいで入江くんを縛りつけているんじゃないかって………」

「そのことは、前にアメリカ行き断った時に話したんでしょ?」

「うん」

ーー研究は日本でも出来るし、おれがやりたいのは今目の前の患者を助けること。あくまでも臨床だ。海外に行くつもりはないーー

何度も何度も涌いて出てくる直樹のアメリカH大からの招聘の噂。
落ち込んでいた琴子にきっぱりと言ってくれたのは去年の5月の話だ。

「でも………」

ーー今回は入江先生の抱えている患者さんの症例にも関わっていて………

「入江くん、もしかしたら凄く迷って、悩んでいたかもしれない……」

「琴子……」

「 でも、入江くんは私には何一つ話してくれないの。相談してくれないの。神戸の時もそうだったけど、いつも最初から最後まで自分だけで悩んで決めて、あたしに話すときはもう決定済みなの。いつも事後報告。今回だって、一度は受けたっていうのに、あたしそんな話があることすら知らなかった……」

「そりゃあんたに話したって、離れたくなーいって喚くだけだからでしょ?」

「 ……そりゃ神戸の時はそうだったけど……今はそんなことしないもん」

あのときは直樹が自分のことなんか何一つ考えずに決めてしまったと思って、悲しくてたまらなかった。でもそれは誤解で、直樹がどれだけ自分のことを考えて悩んで迷っていたのかを知って、琴子は直樹と離れる決意をしたのだ。

「今はちゃんと、見送ることできるもん」

ーーそれでもやっぱりちゃんと話して欲しい。相談してほしい。

「……いいよね?」

「は? 何? 琴子」

「入江くん、いつも一人で決めちゃうんだもの、あたしだって勝手に決めてもいいよね?」

「ちょっと……琴子?」

「平松教授のところ、行ってくる!」

「ええー?」








その日の夜ーー。

「琴子っ! おまえ、何、勝手に!」

直樹は帰ってくるなり青筋をたてて琴子を睨み付ける。

「うん、アメリカ行きのキャンセル、キャンセルしといたから。平松教授から感謝されちゃったよ。教授は何が何でも入江くん連れていきたかったみたいだね」

「琴子、勝手なことを!」

「勝手なのは入江くんじゃない! なんでいつも話してくれないの? 勝手に決めて勝手に断って!」

「それは………」

いつになく真剣な琴子に、直樹は珍しく言い淀む。

「夫婦なんだから、そーゆー話が出た時点でちゃんと話して欲しい」

「………………」

「本当は行きたいんでしょ?」

「……何が何でも行きたいわけじゃない」

「でもあたしの妊娠がなかったら行ってたんでしょ?」

「………それは」

「 あたしは、大丈夫だから。1ヶ月くらい、全然大丈夫。神戸の1年に比べたら全然平気。だから、入江くん、行ってきて」

そう言って無敵な笑顔で直樹の首にがしっと腕を巻き付かせた。

直樹は琴子を抱き締めながら、
「 琴子。おれが断ったのは、まだ妊娠初期だからだ。これがせめて安定期に入ってたら多分断らなかったと思うが………」
そう告げる。

「やあだーっ入江くんってば意外に心配症! 大丈夫だって! 妊娠は病気じゃないんだよ! やーんっでも嬉しいよー。入江くんがそんなにあたしのこと心配してくれるなんてっ」

そう言って目に星をキラキラさせて喜びに浸っている琴子に、直樹は軽くため息をつくと、
「………いいか? 絶対無理するなよ?」
そう言って琴子の頬を両手で包む。

「しないよー。あたしのお腹には入江くんの赤ちゃんがいるんだよ? するわけないよ!」

「……約束できるか?」

「はーい!」

そうにこやかに宣言する琴子の唇を捉えて。
二人の寝室はしばらく言葉もなく、甘く唇を啄みあう水音が響き合っていたーー。



そして、1週間後、直樹は1ヶ月の予定でアメリカに旅立って行きーー
その5日後だった。
琴子が重度の妊娠悪阻(にんしんおそ)で入院治療を余儀なくされたのはーー。






※※※※※※※※※※※※


えーと、何やらアンハッピーな、どこぞの伝説だか神話だかをパクったような導入部の寓話は、とりあえずエピローグでオチをつけますので御心配なく……^-^;

(前)とつけたものの、前後編で終わるかどうか微妙です。前中後編……くらいの予定ですが、私の予測は当たったことがないので(-.-)たいてい長くなる……(^^;
教生琴子ちゃんが予想外に好評のようで、そっちも早く書きたいっ……とは思っているのですよー(^^;

とりあえず頑張ってこっち先に終わらせますっf(^_^)


ちなみにうちの旦那も事後報告ヤローなのでたまにムカつきます(-.-)



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2015.03.31 / Top↑


ーーというわけで、『毛色の違う話』です。
パラレルです。
ちょっとみょーな設定です。

むじかく様!スミマセン!『教室シリーズ』が『教生シリーズ』になってしまいましたっーー書くといいつつはや半月……妄想してたらどんどん変容していき……ええ、視聴覚室は頑張ろうと思ってるんです……^-^;
と、意味不明な私信、ごめんなさい(^^;

えーと。
教生の琴子先生と、高校生の直樹(←でも獣)の話ですが…………大丈夫でしょうか?




※※※※※※※※※※※※※


1. 事前打合せ


「では、皆さん、時間通り集まっていますね。それでは本年度教育実習の事前ガイダンスを始めます」

頃は6月。
まだ梅雨の気配はなく、初夏の爽やかな風が窓からさわさわと流れ込んでいた。
斗南大学附属高校の校長室。
でっぷりとした身体を重そうに揺らして、細井校長はぐるりとソファに腰掛けた学生たちを見回す。

学生は4人ーー。

「あら、4人? おかしいわね? 5人じゃ………」

校長が手元の資料の学生名簿を確認しようとした時ーー。

「すいませんっ遅れましたっ」

ノックもせずにがらっと扉が開き、息を切らして飛び込んできたのはポニーテールの女子学生だった。

「と……斗南大学文学部4年、相原琴子ですっ!」

「相原さん。事前面談から遅刻ですか? 実習中は遅刻は厳禁ですよ」

「すっすみません! 迷子になっちゃって……」

その言葉に既に集まっていた実習生たちが軽くぷっと吹く。

「迷子って……実習先の場所確認や自宅からの交通手段に所要時間は各自調べて提出しているはずですよね?」

眼鏡の奥からきっ、と睨み付ける瞳が威圧感に満ちて怖い。

「えーと………間違って違うバスに乗ってしまって……」

へへへっと頭をかきながら笑う琴子に、細井校長は呆れながら「いいわ、さっさと座って下さい」と促す。


「 さて、それでは来週から始まる教育実習の事前説明を始めます。既に皆さんは大学の方で教職ガイダンスは受けているとは思いますが………」



序盤ながら校長の話は延々と続いていた。
これは学校集会の時に生徒からげんなりされるタイプの校長だな、と密かに琴子は思う。

「あら、そういえば皆さんに自己紹介していただいてなかったわね。学部が違うから皆さん同じ斗南大学でも面識はないのかしら」

「教職課程の授業で同じの履修してますから、多少は面識がありますよ」

そう答えたのははっとするようなショートヘアの美女。
しかしーー声が野太い。

「え……?」

琴子は露骨に目を瞠ってしまった。

細井校長も眉間に皺を寄せ、「あなたが桔梗さんね」と、じろりと上から下までその姿を舐めるように凝視する。
ブランド物のパンツスーツは、紛れもなく女性ものだが、声はしっかり男のもの。そしてちゃんと喉仏がある。

「大学の方からきいています。性同一障害の学生さんがいると」

「受け入れていただいてありがとうございます。現代社会学部の桔梗幹です。教科は倫理社会です」

婉然と微笑む桔梗は女性そのものだ。

「ジェンダー教育は、当校の重きをおいているところでもあります。トランスジェンダーというマイノリティの方々への理解は、その他の差別行為へ意識を高めることとなるでしょう。生徒にもいい勉強になると思います」

「革新的な方針で助かります。母校からはスーツにネクタイでなければ駄目だと断られましたので」

「そういえば母校実習の方は今年は少ないですね。斗南高出身の方は……品川さんと鴨狩さんだけかしら……?」

「はい、斗南高校ではたいていC組でした。体育学部の鴨狩啓太です。教科は保健体育です」

「文学部英文科の品川真理奈です。英語担当です。高校では万年D組でしたけど、3年だけはB組でした」

「理学部生物工学科の小倉智子です。生物担当です。高校は他県でしたので」

「えっと、文学部国文科の相原琴子ですっ! 現国の先生ですっ都立○○高校出身です」

顔を真っ赤にしてばんと立ち上がる琴子。偏差値としてはどちらかというと低めの高校の名前を告げる。
どうにもいちいちテンパってる様子の琴子に、皆は目を見ないように笑いを堪えているようだった。


だいたい二週間の実習期間の主な流れを説明したあと、細井校長は一同の顔を見回したあと厳しい口調で話し始めた。


「ひとつだけ、皆さんに厳重に言っておきたいことがあります。
高校生というのは、皆さんとも年が近く、お兄さんお姉さんといった感じから、友情に近い友好関係を築くこともあるでしょう。
しかし! 決してそれ以上の、生徒に邪な感情を抱かないように。無論生徒との恋愛はあってはなりません。生徒と淫らな関係に及んだ場合、単位の取得はあり得ないと思って下さい」

一同の顔を一人一人確認している校長だが、皆の視線は唯一の男子の鴨狩啓太に注がれる。

「は? なんで俺だよ? 俺は女子生徒に手ぇ出したりしねえぞ」

眉間に皺を寄せて抗議する啓太。

「そうです。男性教師だけ注意しているわけではないのです。むしろ、私は貴女方、女性に云いたいのです」

「「「ええーっ」」」

顔を見合わせる女性陣。その中にはちゃっかり桔梗幹もいた。

こほん、とひとつ咳払いして、校長は続ける。

「実は昨年来た女子の実習生が……当校の男子生徒を保健室に連れ込んで押し倒すという由々しき事態が起きたのです」

「えー!」

大きな声を出して思わず自分で口を押さえたのは琴子だった。

「当然、実習は中止で単位もなしです。今期の実習では決してそのようなことのないように」

「あの……押し倒された生徒はどうなったんですか? やられちゃったんですか?」

「ええっ? 男の子がやられちゃうってあるのー?」

手をあげて堂々と質問する真理奈と、それに呼応するように真っ赤な顔で叫ぶ琴子を幹が「ばかっ」と突っつく。

「男子生徒はそれなりに腕力がありますから、無事魔の手から逃れました」

「……女から誘われて拒否するなんて、ストイックな子なのね……」

ぼそっと囁く真理奈の肘を幹がつつく。

「とにかく、その生徒はまだ在校していますので。彼は大変優秀で我が校の誇りとも言うべき生徒です。そして女性を惑わす端麗な容姿をしています。いいですか? 貴女たち。決して彼……いえ、生徒たちをそういう対象として見ないように!」



そのあとはそれぞれの担当クラスと指導教諭の紹介が行われた。

「桔梗幹さんは、2年B組。指導教諭は西垣先生です」

「宜しくお願いします」

中々男前の20代後半と思われる若い教諭に桔梗はちょっと嬉しそうである。

「………きみ、本当に男なの?」

逆に西垣の方は複雑そうな顔をして何やらぶつぶつと呟いている。

「小倉智子さんは2年D組で指導教諭は大蛇森先生」

「宜しくお願いします」

「ふん。向こうの彼の方が……」

「え」

「いや、何でも」

やはり今一つ不機嫌そうな顔の痩せぎすな教諭だった。

名前も変だけど、顔も爬虫類みたい……琴子は内心こっそり思う。

「品川さんは1年C組。指導教諭は船津先生」

「宜しくお願いします」

真理奈がにっこり微笑むと、ぼんっと真っ赤になったのは神経質そうな眼鏡をかけた若い男性教諭だ。

「よ、よ、よろしく」

「鴨狩さんは1年F組、指導教諭は梅岡忠造先生」

「よろしくお願いします」

「うむっ! きみ、いい顔してるなー!
一緒に熱い教育論を闘わせよう! 青春まっただ中の生徒たちと夕陽に向かって熱い血潮をたぎらせよう!」

「 は、はいっ」

…………暑苦しい二人だった。

「えーと、最後は相原さん。2年A組です。あなたの指導教諭は清水先生です」

「よろしくお願いします」

「よろしく」

美人だが何だか冷たそうな雰囲気のするアラサーの教師である。

ーーなんか、怖そう………

琴子はちらっと見つめて首を竦めた。
実習は担当の指導教諭いかんで辛いか楽しいか決まると、先輩が言っていたのを思い出す。

ーーはあ……大丈夫かなーー2週間……



それぞれ学級の名簿や時間割、学校行事予定の入った個別資料を渡される。

「高校は教科指導が主になりますのでどうしてもクラス担任としての学級への関わりは低くなります。二週間では生徒の顔と名前を覚えるのも大変でしょう。けれど、皆さんがきちんと覚えて学級指導をしていただけるようになると信じております。では、皆さん来週から宜しくお願いします」








「うわー長かったー! あの校長、話うざっ」

皆、ぞろぞろと来客用の玄関から出てきた。

「ねーみんなー! 折角だから今からお茶しに行かない? 来週からの実習に向けて決起集会よ」

幹の言葉に「おーいいねぇ」とみんな乗ってくる。

「あなたも行くでしょ? 相原……あれ?」

いつまでも玄関から出てこずもたもたと靴を履いている琴子に、みんな「なんかどんくさい子ねー」と呆れ顔でさっさと置いていく。

「あの子、教育課程の授業でいつも遅刻して一番後ろの席に座ってる子よね」

「そうそう、児童心理学の講義で毎回指されて何にも答えられないの」

「みんな、待って~~~!」

玄関からバタバタと出てきた琴子が、追い付こうと駆け出した途端に、玄関から校庭につながる境界ブロックに躓いて、派手にすっころんだ。

「ひぇぇーーん」

「うわっまたベタな………」

「相原さーん、スカート捲れあがってるわよー」

顔面から地面に激突した琴子は鼻を押さえながら「ええっ? いやーん」とスカートを直しながらよろよろと起き上がる。

「あんた面白すぎーー」

静かな午後の校庭に、賑やかな笑い声が響き渡っていた。











「何? 入江。窓の外になんかあるの?」

渡辺は、滅多に周囲の事象に興味を示さない親友が、まじまじと窓の外の様子を窺っていることに軽く驚いて、自分も窓の側に行こうとした。

「だめ、見るな」

すると彼は渡辺をさっと制して窓に近寄らせない。

「なんだよ?」

怪訝そうな顔で自分を見つめる親友の方は振り向きもせず、彼の視線は窓の下方に向けられていた。

「いいぜ」

制していた手が下ろされ、渡辺が彼の視線のあった方を見ると、一人の女がはたはたと自分の服を叩いていた。
前の方には四人ほどの人間が歩いていた。
皆、スーツを着ていてリクルート最前線の学生のように見える。

「そういえば……来週から教生くるって云ってたな」

察しの早い渡辺はすぐに彼らが何なのか思い付いた。

「ああ」

「 で、何だよ。何で俺に見せないようにさせたんだよ」

「別に ……ひしゃげたカエルがクマのパンツ穿いてただけ」

「はあ? なんだよ、それ!」

「……別に」

にやりと面白そうに笑う親友に、渡辺は不思議そうに首を傾げた。
何だか妙に楽しそうだ。
喜怒哀楽を滅多に見せない彼が、こんなに笑いを堪えているような顔を学校で見せるのは初めてのような気がする。

「もしかして、知ってるヤツ?」

渡辺は尚も食いついて訊いてみる。

「まあね」

そう云ったあとはもう、窓の外には興味がなくなったかのように教室内に身体を向ける。こうなったらもう何も答えてくれないとはわかってはいるけれど。

「………おれの女」

「え?」

彼がぽつりと呟いた言葉は、全く渡辺の耳には届いてなくて、思わず聞き返す。

「いや、なんでも」

彼はそれ以上はもうおしまい、と言わんばかりに窓から離れて自分の席に戻る。
その視線は一瞬、校門から出ようとしている学生のグループに目を向けてはいたが。

ーーったく。まだあんな色気のないの穿いてんのかよ。

そして、彼は再び先程の光景を思い出して、くすっと笑ったーー。











※※※※※※※※※※※※


と。こんな感じでさわりだけ。
琴子ちゃんが直樹より5歳年上な設定です。いや、最初は、原作のように中学で考えてたんですが。中学生相手ではあまりに琴子ちゃん的にはどうかな、と。直樹は相手が琴子ちゃんなら7つくらい年上でも全然OKで押し倒すとは思うのですが(^^;
しかし琴子に高校の授業が出来るのか?などと考えてしまいます。

元々、琴子の教生エピに、直樹さんのように驚いて。思わず、あなたいつの間に教職課程を取ってたんですかー!?と突っ込んでしまいましたよ。大変だよ?教職とると、多分。授業、ぎっしりだよ?空き時間ないよ? 理美とじんこ帰っても、4年になっても空きコマは少ないよ?などなどと………いやまあそんなことに整合性求めてはいけませんね。

整合性といえば。
セル版のDVD見て、入江くんの「病棟看護師は手術室で介助は出来ない」とのひとこと。そうなのよねーさすが、そこはスルーしなかったのね、と。
なので琴子の始めての介助は処置室でしたね。処置室の割りには結構大仰だな、と思いましたが(^^;ドラマもある程度整合性は必要だろうから、大変だ(^^)

まだ、DVD全部見てないのです。レンタル版見てないので早く最終回見たいーーっと思いつつ、お話もかきたーい!
たまってる本も読みたーい!と時間の無さに身悶えしてます(T.T)



今回のお話は、連載というよりはシリーズ的な感じで。もしかしたら不定期な感じになるかもです。
むじかくさんが「合縁」書いておられる時に、教室エロで盛り上がりまして。全教室制覇をやっていいですか?などと馬鹿なことを云ってしまい……当初はオムニバスな感じで妄想してたのに、その一編の教生琴子と生徒直樹の妄想が妙に一人で走り出して……ちょっと予定外なことに(^^;オール限定とか云ってたような気もしますが……いつか限定になるかもしれません(//∇//)

他にも書きたい話が色々あるので、続けて書いていくかわかりませんが……とりあえずアップしてみた感じです(^^;
いいですかね? こんなお話……


さて、これをアップする頃には日付が変わるかもしれませんが、3/27で当ブログも半年となりました。おお、なんとか半年続いたぞーとちょっとびっくりです。
半年の間に憧れのブロガー様ともリンクもさせていただいて。
たくさんの方に訪問していただいて、拍手をいただいて。そしてコメントたくさんいただいて。感無量です。
秋と冬の季節を描いてきて。これからは春と夏のシーズンですね。熱~いイリコトをたくさん描くことができたらいいなー(^^)
どうぞ、これからもよろしくお願いします♪







2015.03.28 / Top↑



本編と後書き同時にアップしましたので、本編の方を先にお読み下さいね。







長々とお待たせしたわりにたいして甘ーい話でもなくスミマセン。
病気ネタだし……^-^;


実はこのお話。
ema様が以前、二杯目の方のブログで目線の違う直樹さんの二つのイラスト、どちらが良いかという問い掛けがありまして。私は冷たい目線の入江くんもいいけど、優しい目線の入江くんの視線の先に琴子ちゃんがいるかと思うと選べない、という実に優柔不断な回答だったのですが(^^;その時ema様から私へのリコメに「救急の応援に入った二人、処置が終わった親子を見送る琴子をそっと見ている直樹……のようなシチュが読みたいのです」というような呟きがあったもので、これはリクエストされたのかなー?と都合よく解釈しまして。
若干シチュエーションは違いますが、リンクお迎えイラストをアップして下さった御礼と致しまして、勝手に献上させて頂きます(^^;
ラストの方で琴子を見つめる入江くんの顔はema様の優しい瞳の入江くんを想像していただけるとありがたいです^-^;

リンクお迎え記事も素敵なイラストと共にあげていただいて、本当にありがとうございました(^^)
嬉しくって跳び跳ねそうでした。キリ番は踏み損ねましたが(しくしくしく)
ーーぜひ、皆さまご覧になって下さいませね♪



そして、お話について。

実在の病気ネタを入れてしまったので、ちょっとあれこれ悩んでアップするのが遅くなりました。
病名を書いたり消したり。結局作中はぼかしましたが。

病名はお分かりの方もいらしたのでしょうか?
「川崎病」です。
娘が年長の時に罹患しました。
乳房の良性腫瘍にしろ、この病気にしろ、自分が経験したことはリアルに書けるので、つい書いてしまいましたが、書いたあとに、もしかしたらこの病気で大変な思いをした方もいるかも……と思ったらちょっと悩んで。2日くらい前には出来ていたのにすぐアップできませんでした。

でも、あまり耳馴染みのない病名だし、小さいお子さんがいらっしゃる方にもこんな子供の病気もあるんだよ、という意味を込めてアップすることにしました。

娘が5歳の時、3日ほど熱が下がらず、唇が赤くひび割れてきて。かかりつけ医から「川崎病かもしれないから今すぐ市民病院へ行って!」と、云われて「川崎病????」と思いました。公害病ですか?みたいな。川崎市の方、ごめんなさい、発見したのが川崎博士なんです。

だいたい0~4歳くらいの子供がかかる病なので、うちの娘は大きくなってから罹患した方です。10年前も原因不明の病と言われましたが今でも原因はわからないようです。でもアジア、特に日本に多いみたい。最近は大陸からの気流で何らかのウイルスが運ばれてるのではないかと云われているみたいです。
200人に一人の割合でかかるので珍しい病気ではないです。現にうちの300戸くらいの小さな住宅街の中で、知ってる限りでうちの娘を含めて6人くらい罹患した子が居ましたので。地域性もあるようなので(気流のせい?)うちの地域は多い気がします。

冠動脈瘤の危険性があることだけが恐い病気ですが、特に問題なくうちの娘は退院できました。唇の炎症だけが1ヶ月くらい治らず可哀想でしたが。
その後年一回、数年間は心エコー検査を受けたりとか、学校の健康調査票や心電図問診票には川崎病の既往歴を書いたりしなくてはなりませんが、唯一の入院を最後に娘はそれから一度も病気にかからず、小学校中学校と休むことなく皆勤賞もらってます。
やっとはじめての患者さんが40~50代になったくらいで、成長してどんな影響があるかわからないので、川崎病を罹患したことを伝えておいて下さいと云われましたが………
まあごく普通に特に気にすることなく生活してます(^^)



というわけで、つい書いてしまった病気ネタですが、もしご不快な方がいましたらごめんなさい。
どうも私は琴子ちゃんが看護師として少しずつスキルアップしていく様子を書くのが好きなようです。そんな琴子ちゃんを暖かく見守る入江くんが書きたいのかも。

看護師時代の話を書くと、時々病気の話が出てしまうかもしれませんが、ダメな方はスルーしてくださいね。



次に書きかけて止まってる話も看護師時代のものなので、今ちょっと別なもの書きたい気分になってます。
ぜんっぜん毛色の違うものを書いてしまうかもしれませんが………^-^;

とりあえず体調整えて、なるべくお待たせしないようにがんぱります♪♪



追記 『目とか鼻とか……』の記事に拍手コメントいただいた方。ご心配いただいてありがとうございます。コメント欄開けて返信していますので、覚えのある方はご覧になって下さいね(^^)



2015.03.23 / Top↑




更新おそくなりましてごめんなさい。
ご心配おかけしました。なんとか風邪は治りかかってます(^^)v
外に出るとビミョーに鼻がやな感じがしますが、まだ生活に支障が出るレベルではないので、気のせいと思うことにいたします(^^;

今回のお話はある方のリクエストにお応えして書いたつもりなんですが、ハズしてるかもしれません^-^;

時期としては2000年の5月くらい。琴子ちゃん妊娠中です。西暦シリーズのカテに入れられなかったのは1日のお話ではないから。なんか適当に始めたこのシリーズ、自分で作った制約に首絞められてます……(^^;








※※※※※※※※※※※※※






「ごめんね、琴子。妊婦さんにわざわざ来てもらっちゃって」

「ううん、いいのよ。あたしこそごめん、夕希ちゃん具合悪いのに。大丈夫?」

その日ーー桜の季節もとうに終わり、新緑が眩しい暖かな午後ーー琴子は久しぶりに親友の理美のマンションを訪れていた。
まだ殆どお腹は目立たないが、琴子はただいま妊娠5ヶ月。かなり酷かった悪阻もやっと落ち着いて、安定期に入ったところだった。

今日は母親としては先輩の理美から、マタニティドレスのお下がりを貰いに来たところだった。
義母紀子は「新品を買えばいいのよ?」と言ってくれたが、やはり一時期着るだけのものと思うともったいない。

「今、少し眠ってるけど、さっきまで頭痛いってグズってて………」

「熱は下がらない?」

「うーん、解熱剤で一旦下がったけど………ずっとぐずぐずで機嫌悪いの。さっきようやく寝たところ」

「……そう。心配だね」

「うん……あ、これ服ね。要らなかったり着れなかったりしたら捨ててね」

理美は大きなブティックの紙袋を琴子に渡す。

「ありがとー! 助かるわ」

「ほんとなら上がってお茶でも、っていいたいけれど、夕希が感染(うつ)る病気だとまずいわよね。妊婦さんに……」

理美の心配そうな顔に、琴子は鞄からマスクを取り出すと、
「大丈夫だよ! これ持ってきたし」と、にっこり笑う。

「 病院に勤めてるんだもの、ここより職場の方が感染の可能性は常にあるわ。最近は内科や小児科といった、感染しやすい部所の応援は避けてもらってるけど、あまりワガママも云えないからそれなりに自己防衛はしているのよ」

「じゃあ、上がってく?」

「お邪魔してよければ。夕希ちゃんのこと、相談したかったんでしょ?」


夕希が生まれてから何度か遊びには来ていたこのマンションだが、琴子が看護婦になって丸2年、忙しさのあまり以前より訪問する回数は減っていた。
デキ婚の若い夫婦には少し不相応な高級マンションである。
世田谷の高級住宅街の戸建に住んでいる琴子が「きゃー素敵っマンション住まいってちょっと憧れる~」と呟いて、じんこに笑われたこともある。

「だって、ご近所がこんなに身近で沢山いるんだもの、心強くない? わあ、スッゴい窓からの景色がきれい!夜景なんて見事だろうなー! それに下に病院もジムもコンビニもあるなんて便利ーー!」

無邪気にはしゃぐ琴子に理美が呆れ顔を見せたものだ。

「隣に誰が住んでるかも知らないわ。都会の近所付き合いなんてそんなもんでしょ。確かに利便性だけはいいわね。でも、それだけよ。夜景なんて毎日みてても飽きるわよ」

全部姑に仕切られて若干不満ぎみだった理美は、姑との仲に何一つ問題のない琴子のことを羨んでいるのだと、内心わかってはいるのだけれど。
少々すげなくばっさりと返したが、琴子は特に気にすることもなく、「ふうん、そうなんだー」ときょろきょろと部屋を物珍しげに見ていたものだった。


「あ、これうちのお義母さんから」

スリッパを用意してくれた理美に義母紀子特製の焼き菓子を差し出す。
こうした時の手土産に必ずささっと準備して持たせてくれる有難い姑である。

「ありかとう。琴子はいつから産休とるの?」

リビングに案内しながら理美が訊ねた。

「とりあえず何も問題なければ二ヶ月前までは働こうかな、と思ってるの」

「看護婦なんて仕事は妊婦にとってハードじゃない?」

「確かに大変だけど……職場のみんなも色々協力してくれるから、甘えてるの」

ふふっと笑う。

「夜勤はなくしてもらったし、担当も減らしてもらったりして申し訳ないくらい。悪阻でも相当休んでかなり迷惑かけてへこんだけど、苦労してやっとなれたから、辞めるなんて選択は有り得なくて………」

「そうだね」

「もうこのまま辞めた方がいいんじゃないかってくらい落ち込んだ時もあったけど、入江くんと話し合ってすっきりしたの。今は開き直って甘えようって」

理美から香りのよいハーブティを出される。

「入江くん、協力してくれる?」

「そりゃ、もう。驚くくらい優しいの。さりげなく色々と手伝ってくれるし。もっとも仕事には相変わらず厳しいけどね」

「へえーびっくり!」

「パパママ教室も参加してくれるっていうし」

「はあーなんか想像つかないや。まあ、結婚6年過ぎての待望の赤ちゃんだもんね」

「うん」

幸せそうに微笑む琴子が眩しい。



「ママー………」

隣の和室から夕希のか細い声が聴こえた。

「夕希、起きたの?」

今日訪問することは1週間くらい前に約束していたのだが、昨夜理美から「夕希が熱を出してちゃって」という電話があったのだ。
当然琴子は訪問を止めるつもりだったのだが、「病院で診てもらって、薬も飲ませているのに症状が収まらなくて」と凄く不安そうに話してくる理美自身のことが気になって、琴子は朝、病状を確認する電話をして、午前の診察でもう一度病院に行くよう指示しておいたのだ。

とりあえず夕希が風疹や麻疹、水疱瘡におたふくといった妊婦が罹患するわけにはいかない感染症の予防接種は済んでいることは確認済みだ。

「夕希ー大丈夫?」

理美は心配そうに、リビングの隣の和室の引き戸を開ける。
もうすぐ4歳になる夕希は和室に敷かれた布団の上で寝ていた。
琴子は念のためマスクをしっかりして部屋に入る。

「病院は? 今朝も連れてったんでしょ?」


「うん。血液検査はされたけど……はっきり何とはわからないみたいで」

「 今日で3日目か……今もお熱あるのかな?」

琴子は、苦しげに目を瞑っている小さな夕希の額に手を当てる。額の上の冷却シートは既に熱くなっていた。

「病院では39度あったの。解熱剤飲んで少しは下がったけど、午後からまた上がってきたみたいで……頭痛いってぐずるし……なんだか不安になってきちゃって。どうしよう、琴子。まだ一晩様子見た方がいいのかな?」

「起きてる時、意識ははっきりしてる? 朦朧とはしてない?」

「うん。機嫌は悪いけど、話したりテレビみたりはしてるの。食欲はないけど全く食べないわけじゃないし。水分も摂ってくれるし」

「吐いたりしない?」

「うん、それはない」

「もうインフルの季節は過ぎたけど……検査はしてくれた?」

ほぼ患者はいなくなったが、全国的にはゼロではないと聞いていた。

「うん。陰性だった」

「夏風邪の時期にはちょっとまだ早いよなー」

プール熱やヘルバンギーナといった小児特有の夏風邪が流行するのは季節が変わり始める梅雨のころから。斗南病院でもまだ報告はない。

「最近、入江くん小児科の教授と小児外科関連の論文書いてるから、小児科の医局によくいっているの。今は特に目立った流行は聞いていないな。………血液検査はしたんだよね?」

「うん、今日やって、炎症反応が高いって云われた。別の抗生剤処方されて、下がらなかったらまた来てって」

ウィルス性の感染症なら抗生剤は効かない。一晩様子を見て解熱しなかったら明日は総合病院を紹介されるだろう。

「検査結果の用紙ある?」

琴子は理美から小さな紙を渡されて、じっと見つめる。

「な、何か分かるの?」

不安げに問う理美に、琴子は「うーん、あまりいい数値じゃないね。白血球数も多いし……」

そしてもう一度夕希の顔を覗きこむ。

「……あれ、この唇、カサカサに割れて血が出てるの、いつから?」

「ああ、今日からかな。乾燥してひび割れたのかもって云われて加湿してるけど」

琴子はじっと唇を見て、「ちょっとごめんね」と言いながら唇を開いて舌を見つめる。それから夕希の手を取って、その指先をじっと見つめた。
首筋に手をやりリンパの腫れを確認する。

「身体に発疹とかある?」

「ううん。今日はなかったけど」

「………下のクリニックって、小児科は専門の先生じゃないよね?」

「確か看板は掲げてるけど、内科とリュウマチとかの患者さんが多いような……」

琴子は「ごめんねー夕希ちゃん」といいながら、パジャマを捲り、身体に発疹がないか確認する。

「……発疹はないみたいね……手足口病に症状は似てるけど、流行には早いし……こんなに熱は出ないと思うの」

「琴子、なんか看護婦さんみたい」

理美が思わず驚嘆の声をあげる。

「看護婦ですけど? これでも」

軽く睨んで、それから少し真面目な顔で理美に告げる。

「……あたしなんかの見立てじゃ心配だろうけれど……妊娠発覚前まではちょいちょい小児科に応援行くこと多くて、同じような症状の患者さん、何人か見たの。とりあえず、今から斗南病院に行こう」

「え? え? 今から? でも、午後からは外来やってないよね」

「うん、救急窓口に行けばいいよ。あ、多分入江くんも今日小児科にいってるから、電話しとくね」

「え、あ、うん」

「理美はタクシー呼んで。それから、着替えとか入院の準備して」

「にゅ、入院?……え? 何の病気なの?
ね、ねぇ大変な病気なの?」

真っ青になる理美に、琴子は落ち着いた声で告げる。

「すっごく大変な病気とかじゃないから安心して。ただ大変なことになる可能性もあるから、早く治療を開始した方がいいと思うの」

「 だから、なんていう病気?」

「……あたしの判断じゃ確定は出来ないけど……………」

琴子は、理美には全く耳慣れない病名を告げた。








自分で車を出すと言い張った理美を、タクシーの方が安全だし、めちゃくちゃ急ぐ必要もないからと言い諭し、タクシーを呼んで乗ったのはそれから20分後。
生まれてから一度も入院するような大病を患ったことのない夕希だった為、このような事態は初めてで、手が震えていたのが分かった。
琴子の言う通り、タクシーにしてよかった、と思う理美である。

それにしても。

夕希が生まれる時、理美の突然の陣痛にはちゃめちゃにパニクって、無免許なのに自分で車を運転してしまった琴子と同じ人物と思えないくらい、今の琴子は冷静だった。

それに比べて、自分は夕希が一昨日からの尋常でない熱にうなされてから、落ち着かず不安でおろおろするばかりだった。夫の良は出張で明日まで帰らない。
姑には相談したくなかった。
実を云うと琴子に相談したからって何か解決するとは思ってなかった。
失礼とは思いつつもあの琴子である。
出来れば注射とか点滴とかは自分と娘には絶対やってもらいたくないものだとリアルに思ってる。
それでも曲がりなりにも看護婦をやって2年。相談するだけでも安心するかもと、昨日電話をかけたのだがーー。






「その病気……どんな病気?」

タクシーの中で、理美は琴子に夕希が罹患したかもしれない病についてのレクチャーを受けた。

「公害病なの……?」

「あー違うわよ。都市の名前と同じで公害病と勘違いされるけど、全然関係ないから。発見したお医者さんの名前がついただけなの。えーっと小児急性熱性皮膚リンパ………なんだっけ? うーん、とにかく原因不明の子供の病気で血管が炎症起こしちゃうの」

「原因不明!?」

「原因はわからないけれど、多分感染症の一種って言われてるの。でも人から人には移らないから。それに治療法も確立されてるから安心してね。とにかく入院して点滴受けないといけないから」





詳しい説明を受ける前に病院につき、琴子に従って受付をすませ、ぐったりとした夕希を抱いたまま、診察室にすぐ通された。
それが病院関係者の顔パスのお陰なのか、病状のせいなのかわからず余計に不安に感じる。



処置室で一人検査されている夕希を残して、理美は間仕切られたカーテンの向こうで青ざめたまま椅子に座っていた。

「はい、理美」

琴子が理美に温かい缶コーヒーを差し出した。

「ありがとう。ごめんね、琴子。せっかくの休みだったのに」

「いいわよ。逆によかった、休みで」

にっこり笑う琴子の様子は、普段とたいして変わらない。だから重篤な病ではない、というのは本当なのだろうと少しだけ気持ちが和らいだ。



「琴子」

カーテンの奥から直樹が現れた。
白衣姿の彼は颯爽としていて、そこにいるだけで絵になる。理美は思わず、琴子のヤキモチも絶えることはないだろうなぁと密かに思う。

「入江くんが診てくれたの?」

「まさか。小児科の杉谷先生のフォローに入らせてもらった。知り合いだからって無理無理ね」

「本当? ありがとう」

満面の笑みを浮かべる琴子。
けれど理美は立ち上がり直樹の前に食らいつくように問いかける。

「夕希は!? 夕希はどうなの?」

「高宮、落ち着いて。主治医の杉谷先生から説明があるから」

「入江くん、心エコー診た?」

「ああ。今のところ心臓に問題はない」

直樹の答えに琴子は安堵のため息をついた。

「良かった。理美に大丈夫っていいながらもそれだけが気になって」

「し、心臓って」

驚く理美に、
「大丈夫よ、心臓に冠動脈瘤が出来る可能性がある病気なの。でも発症の可能性は少ないから」理美の肩を擦って落ち着かせる。

「か、冠動脈瘤?」

ドラマで聴いたことがあるような、ないような、という感じの単語である。何だかやっぱり大変な病ではないのだろうか………


「冠動脈瘤を起こすのは発症者の10パーセントくらいだから。杉谷先生は小児心臓外科の専門だし、今は問題ないから安心して!」

「琴子。まだ確定診断も出てないのに安直なこと言うな」

「はあい。ごめんなさい」

軽く舌を出す琴子に、まだ不安げな理美は直樹に問い掛ける。

「本当にあのこ、そんな病気なの……?」

「多分可能性は高い。すぐには確定できないがこのまますぐ入院して治療を開始すると思う。24時間の心電図監視と、血液製剤の点滴投与をするから。琴子みたいに絶対大丈夫とは簡単に言えないけど、致死率はわずかだ。殆どの患児が何事もなく完治して退院する病気だから」

直樹に云われて少しほっとする理美は、看護婦に呼ばれて主治医のいる奥の部屋に入っていった。


「琴子」

直樹はベンチに座ったままの琴子の頭をふわっと撫でた。

「よく見つけたな。この病気は小児科専門医じゃないとなかなか見つけにくいのに。治療開始は1日でも早い方がいいからな」

「へへ。やっぱ小児科に応援入ってたお陰だね。実地って大切だよね。教科書や、病例の写真見ただけじゃ絶対気づかなかったと思う。入江くんの側に居たいからってずっとこのまま外科に居れたらなーって、思ってたけど、経験を積むには色んな領域を回った方がいいのかなってちょっと思ったりした」

1年前、自信がないから耳鼻科に移りたいと泣いていた時と大違いだ。
常に直樹の傍らにいたいが為というのが大前提で何事も邁進してきた琴子が、看護婦という仕事にしっかりと目を向けて地に足をつけて進もうとしていることが、嬉しくも思うし、どこか寂しくも思う。

ただ、もうすぐ産休に入らなくてはならないのが悩ましいところだ。
せっかく付いた自信が1年以上のブランクで損なわれてしまう可能性もある。

「おまえの体調は? 大丈夫か?」

「あたし? 絶好調よ」

力こぶを作ってにっこりと直樹に見せる琴子の頭をぽんと叩くと「無理すんなよ」と耳元で囁く。
ぼんっと真っ赤になった琴子のお腹を軽く撫でながら「親友の為にお前が無茶をするのは昔からだけどな。まず第一に自分とこの子のこと考えてくれよ」と、優しく言い諭す。

「やーん、優しい、入江せんせ」

「いいわねーー」

通りがかったナースが羨ましげに二人の様子をちらりと見ていった。

直樹のあまりの冷血っぷりに仮面夫婦と噂されていた二人だったが、琴子の妊娠はあっという間に病院中に知れわたり、多くの女子職員を卒倒させたとか早退させたとかいう逸話もあるくらいだ。そして今はすっかり過保護の愛妻家と評判である。

「うん、わかってる」

愛し気に自分のお腹を擦ってくれる直樹にそう応えると「じゃあ戻るな」ともう一度軽く琴子の髪を撫でて、立ち去っていった。

「あ、あれが、入江くん……?」

ちょうど話が終わって出てきた理美はその様子を目撃し、かなり仰天していた。

「変われば変わるもんねー」

「うーん、初期のころ、悪阻とか酷いのにかなり無理して入院しちゃったからかなーそれから妙に優しくって」

妊娠は嬉しかったけれど、母親と看護婦が両立出来るのかとか、現場を1年も離れる不安とかで早々にマタニティブルーになっていた数ヵ月前。

「女って損だよね………」

ぽつりと呟く理美は予定外の妊娠で人生設計の変更を余儀なくされた。悔やんではいないし、夕希の誕生は嬉しかったし、経済的に裕福な環境で皆から羨ましがられるけれど、全てが順風満帆なわけではない。小さな波風は毎日のようにざわざわと現れる。

「うーん。でも、あたし女に生まれてよかったよー。でなきゃ入江くんに恋しなくて結婚もしなかったもん。そんな人生考えられないし」

「そっか」

「色々大変だし、これからもっと大変だろうけど……入江くんも家族も友達もいて支えてくれるから、何とかなるかなって思えるようになったの」

「………うん」

「理美も夕希ちゃんいて幸せでしょ?」

「もちろん」

自信たっぷりに理美は応える。

「あ、夕希ちゃんは?」

「 うん、琴子の云う通り入院になったから。今病室の準備するって」

「そう……」








その後、主治医からの説明を受けた理美はばたばたと夫の良やそれぞれの実家へと連絡をするために公衆電話へと走り、替わりに琴子が病室に運ばれた夕希に付き添う。
ナースステーションに近い二人部屋だった。
未就学児は親が付き添うことを基本的には希望しているので、この狭い空間、苦しむ我が子に24時間付きっきりで過ごすのは精神的にも肉体的にも大変だろう。


「 あ、ごめんね、琴子」

「大丈夫。みんなに連絡ついた?」

「うん、お義母さん大騒ぎで大変だった。すぐに来るって言い張るし」

「交代要因は多い方がいいから、助けてもらえる手は全部借りた方がいいよ。理美がまいっちゃうからね。やっぱり熱が下がるまでは落ち着いて眠れないかもしれないし」

「ありがとう、琴子」

「後で、担当のナースが入院説明しにくると思うから。たくさん書類にサインしなきゃならないけど」

「うん」

「それと薬剤師さんも訪ねてくると思う。投与するガンバグロバリンは血液製剤だから説明と同意書のサインが必要なの。わからないことは何でもきいてね。血液製剤って聴くと不安になるだろうけれど、今のは殆ど安全な処理がきちんとされているから」

「うん」

「 それから……」

言いかけた琴子に、突然理美がガシッとしがみついた。

「理美!?」

「………琴子が居てくれてよかったぁ………」

「理美…………」

「琴子がナースになってくれてよかったよぉ……」

「………うん」

理美の背中を擦りながら、琴子も思った。

ーー看護婦になってよかった………









その後。
二日ほどで漸く熱が下がり始めた夕希は、懸念された冠動脈瘤の併発はなく、無事1週間後に退院を迎えることになったのである。


「はい、夕希ちゃん、退院おめでとう」

休憩時に少し抜け出してきた琴子は、白衣を着たまま小さな花束を持って小児科病棟を訪れた。そしてナースステーションの前で手続きをしていた理美の横で、大人しく待っていた夕希にそれを渡す。

「わーい、こっこちゃんありがとう」

夕希は花束を抱えてにっこり笑う。
もうすっかり元気になったが、唇の荒れだけが残って痛々しい。

「あのねーまだお口いたいの。パパとママにチューできないの」

「昨日、皮膚科を受診してお薬塗ってるの。これだけは時間薬って云われちゃって」

理美の説明に、琴子は夕希の唇の状態を見ながら「うーん、可哀想だけど、確かに時間が経てば治るから、大丈夫だよ。治ったらパパとママにいっぱいチューしてね!」

「うん! こっこちゃんありがとう! こっこちゃん大好きー」

「ありがとう、こっこちゃんも夕希ちゃんのこと大好きだよー」

琴子は夕希をひしっと抱き締める。

「えらかったよねー、毎日お注射もしたし、検査もしたし」

「あたし、お注射怖くないの! ゼリーむにゅむにゅつける検査も好き」

「え?」

驚いて理美を見る琴子。

「この子、割りと注射平気なの。それに小児科の看護婦さん、みんな注射も点滴も上手で」

「こっこちゃん小児科じゃなくてよかったーってママ云ってるんだよー」

「理美ーー!」

「ははは。ごめーん」

とりあえず元気になってよかった、と晴れやかな二人の顔を見て心からそう思う琴子である。

「この子、心エコーの検査が気持ちいいって気にいっちゃって」

「そ、そうなの? しばらく定期検診の度に検査があるから、よかったね、というべきなのかしら?」

「次は一週間後だけど、段々間隔を空けて年に1回は心エコーチェックを数年続けた方がいいって云われたの」

「再発も稀だけどあるの。面倒だけど受けてね」

「まだ、発見されて30年くらいしか経ってない病気だから、年をとってからどんな影響が出るかどうかわからないとも云われたの」

少し不安げな顔を見せる理美に、無理ないことだと思う。

「心筋梗塞や動脈硬化の心配だろうけれど、それは年をとって生活習慣が悪ければ誰でもある心配だから」

「うん、そうよね。先のこと不安がっても仕方ないよね」

ふふっと、笑う理美の背後から、理美の夫の良が息せきって現れる。

「手続き済んだか? おふくろが退院祝いするって家で準備してるから」

「はあー久々な家なのにのんびり出来ないのかー」

「まあそう言うなよ」

苦笑しながら荷物を持つ良は、琴子に深々と頭を下げる。

「なんか毎度毎度ことあるごとに色々お世話になっちゃって」

「いえ、あたしは何も。あ、まだ休憩時間あるから玄関まで見送るね?」





入退院出入口の玄関先で、「じゃあ俺、車玄関先に持ってくるから」と、行ってしまった良を待ちながら、三人は入院中の噂話に興じる。
4歳児の夕希まで杉谷先生は優しいとか皮膚科の先生は格好いいとかいっぱしの評論家だ。

「でも、一番格好いいのはやっぱり入江くん先生だよ」

にやっと夕希が笑う。

「そ、それは当たり前でしょ」

「何が当たり前だって?」

後ろから聞き覚えのある声が響いて、三人が同時に振り返る。

「「入江くん!」」

直樹が青い医療用スクラブを着て立っていた。

「あれ、入江くんその格好……手術の後? もしかして」

「いや、簡単な処置があっただけ。休憩しようと思ったらおまえいないから、多分こっちだろうと」

「えー? 休憩あたしと一緒に取ろうと捜してくれたの? うれしー」

はしゃぐ琴子に、「ばーか、夕希ちゃんの退院今日だったな、って思い出して捜したんだよ」と、デコピンする。

「ありがとね、入江くん。入院中も何度も夕希の様子見に来てくれて。生まれた時もさんざんお世話になったけど、またこんなにお世話になっちゃって、ほんと二人には頭が上がらないわ」

「医師と看護婦なんだ。当たり前だろ?」

「ふふ、でも、わざわざ小児科病棟まで来てくれたのはあたしが琴子の親友だからでしょ? お陰で小児病棟のナースたちから感謝されたわ。入江先生の姿がしょっちゅう見られて嬉しいって」

「あたしも同じ部屋のお友だちから、いいなーって云われてたんだよー。たまにパパに間違えられたりしたの」

「 ええー? そ、そうなの?」

青ざめる琴子に「ほんと、相変わらず苦労するわね、モテすぎる旦那を持つと」
そう云って、肩に手を掛けてにやっと笑う理美。

「……ったく何焦ってんだよ、今さら」

「入江くんに対して自信のないことは変わらないわね、ちっとも」

「うっ……そ、そんなことないわよ。もうすぐママになるのよ、あたしだって。ちゃんと愛されてるって信じてるもん」

「妻が妊娠中には夫が浮気しやすいとか桔梗たちに吹き込まれて、疑ったのは誰だよ」

「えっ ……そ、それは……」

「やだーそんなことがあったのー?」

けらけらと笑う理美。夕希が完治してその笑顔も屈託がない。

「あ、パパ来たー!」

そんなやり取りをしている間に良が車を玄関先まで付けたようだ。

「じゃあ、ほんとにありがとね。二人にはスゴく助けられたわ」

「二人じゃなくて、琴子には、だろ? おれは何もしてないよ」

「ふふ、今回ばかりはそうだね。琴子のお陰で救われたわ。琴子……凄いなーちゃんと看護婦さんやってる」

ろくに社会人としての生活をまともに経験しないまま主婦に母親になってしまった自分。同じ主婦なのに、琴子がしっかりと自分の力で生きて、スキルも身に付けて行く姿が眩しく映る。

「……高宮もちゃんとお母さんやってるだろ? 親としてはずっと先輩だからな。これからよろしく頼むよ」

「うん、任せて」

そう言ってぺこりと頭を下げて、先に父親のいる方に走っていった夕希の後を追う。

「じゃあねー! また遊びに行くねー」

いつまでも手を振って声を掛け続ける琴子。
もう一度理美が振り返ると、二人並んで見送ってくれていて気恥ずかしい。

………あれ?

ふと理美は気付く。

なんだ、入江くん、あたしたちを見送ってくれてる訳じゃないじゃない。

そこそこ視力のいい理美は気が付いてしまった。
直樹の視線の先は自分たちの方ではなくて。
自分たちを心から嬉しそうに見送っている妻の方にあると。



ーーはいはい、入江くんの関心はそっちってことね!


多分、琴子の成長に感嘆の思いを抱いたのは自分以上に、彼なのではないのかと。
きっと琴子はわかってないんだろうなあと思いつつ。
この数日間の入院生活で、随分と分かりやすくなった直樹の変化に、何度も驚かされた理美であった。






「よかった、夕希ちゃん、無事退院出来て」

「……そうだな」

車が視界から消えてもいつまでも玄関先に立ち尽くしている琴子に、「そろそろ休憩時間終わるぞ」と声を掛ける直樹。

「あーっ大変!」

慌てて廊下を走り出した琴子の腕を掴み、「走らなくても大丈夫だし、まず走るな!」と、自分の方に引き寄せる。

「はーい」

頭を掻きながら直樹を見上げると、叱責したわりには随分優しい顔をしている。
少し嬉しくなった琴子は、警備室の窓口を通り過ぎた途端に、直樹の腕に絡みつく。

「おい。何やってんだ」

「へへっ誰もいないからいいじゃない♪ この廊下の間だけだから。ロビーに出るまでね!」

珍しく振り払わない直樹の腕に掴まりながら、琴子は足取り軽く職場に戻っていく。

「……母親になるって………大変たけど…いいね」

「ああ」

「早くなりたいなーお母さんに」

「……予定より早く生まれてこられちゃ困るぞ」

「……そうだけど」

多分まだ色々なことが生まれるまでに起きそうな予感はあるけれど。

でも、きっと大丈夫ーー。

直樹は愛しい妻の横顔を眺めながらそう思うのだった。
















※※※※※※※※※※※※





長くなってしまったので、後書き的なものを続けてアップしますね(^^)







2015.03.23 / Top↑





お話の更新でなくてごめんなさいm(__)m

娘に風邪を想いっきり移されまして。
ええ、風邪だと思うんです。
喉痛いし。
咳でるし。
鼻がムズムズするとか、目がしょぽしょぼするとか。風邪の初期症状でございましょう?
マスクしてると皆さん「花粉!?」とにこやかに訊いて下さいますが……「風邪です!」と返しております。
とりあえず準会員申請はしましたが(笑)
まだ新会員の資格はないものと………思いたい……。

とにかく目がねー
目がしんどくて、あまりスマホ画面見られないのです。
元々仕事で8時間PCに向かってますので(PC音痴なのに……?と突っ込まないでね~~キーボードは全く触らずマウス操作のみ。入力作業はしておりません。かなり特殊だけど、覚えれば単純作業)眼精疲労激しくて……白い画面にちらちらと埃のようなものが見えるのです。ふっ……飛蚊症ってやつですか? まあ、加齢が原因でしょう……(-.-)

と、いうわけで今週はちょっと更新滞りそうなので、そのご報告。

お話は短編書きかけて止まってます(^^;
週末くらいにはアップしたいなー(希望)

とりあえず風邪だと思うので、さっさと寝ます^-^;
ええ、風邪ですとも!!(←しつこい?)

では。






2015.03.18 / Top↑






「うわースゴい……まっしろ! 何も見えない」

「さすがにこれじゃ、おまえの親戚たちも迎えに来れないなんじゃないか?」

ここは秋田の熊代駅。
駅に降り立った直樹と琴子は、あまりの猛吹雪に、駅舎から一歩を踏み出すことが出来ずにいた。

電車に乗っていて、随分激しく降り始めたな、と思ったのが15分ほど前。
程なく積雪量は半端ない状況になり、車窓からの視界は瞬く間に真っ白となった。
猛吹雪である。
辛うじて電車は動いて、此処まで来れたのが奇跡にすら思える。

二人以外に乗降客は居なかった。
タクシーも停留してないような小さな駅だし、日に数本しかないバスはこの雪で果たしてくるかどうか分からない。

いつものあの賑やかな親戚たちが迎えに来てくれなければ、ここから動くことは出来そうになかった。
たとえ横断幕やパレード付きでも、今日に限っては是非来てほしかったが、さすがに地元民でもこの雪ではあっという間に立ち往生してしまうだろう。

実家に電話をしたが、やはり雪がもう少し収まるまでは危険だから迎えに行けないとのことだった。申し訳ないが駅で待っていてくれとーー。


「しばらくは迎えは来れんじゃろ。こっちの待合室で、ストーブにあたりなさい」

初老の駅員は元々地元の人ではないのか、聞き取りやすい言葉で二人に声をかけて、 駅舎に入るように促した。

「ありがとうございます」

にっこり笑いかける琴子に、駅員も微笑んだ。

「これじゃ、外へ10歩歩いただけで遭難だ」

「爆弾低気圧ってヤツですね」

「入江くーん、早くおいでよ、あったかいよー」

待合室は狭いので、丸形の石油ストーブ一つで十分暖かくなっていた。

「ふふっ火が見えるのっていいね。余計あったかく感じる」

ストーブに手を翳して、ほっぺを赤くした琴子が幸せそうに笑う。
ストーブの丸い小窓からオレンジ色の炎がゆらめいているのが見える。
確かに家ではエアコンの暖房ばかりで、火の見える暖房器具を使うことはない。
秋田にはまだ囲炉裏だけでなく、火鉢も、炭火を入れた掘りごたつもあったのを思い出した。

「法事に間に合うかな?」

今日、3月14日は琴子の母、悦子の父ーーつまりは琴子の祖父の三十三回忌だった。琴子が生まれる前に他界しているので、仏間の写真でしか知らない祖父である。
重雄の店でも法事の予約が入っていて、行くことができなかった。琴子も準夜勤が入っていて、朝イチで出発しても午前中の法要に間に合わないため、欠席の連絡をしたところ、午後からに時間を変えたと云われたのだ。そこまでされたら行かないわけにはいかない。
月曜は元々休みだった琴子が1泊2日で秋田に行くつもりだったが、わざわざ直樹まで月曜に休みを取って、ついて来てくれることとなったのだ。
琴子としては二人で旅行は久しぶりになので、法事の為の帰省とはいえ、かなり前からテンションは高かった。
特に二人とも病院で働きだしてから、休みすらなかなか合わなかったのだから。それでも同じ病院、同じ部所で働けて幸せだったし、そんなことを思う間もなく看護婦になって一年、慌ただしく過ぎていってーー。

けれど、ついた途端の大荒れの天気。
まさかのホワイトアウト。

「な、なんかこの時期に二人でいると激しい天候が多い気がする……」

「おまえが嵐を呼ぶ女だからじゃね?」

「あ、あたしのせいなの~?」

ストーブの傍で手を温めた後、二人は木製のベンチに座る。手作りらしい和風の生地でカバーを施した小さめの座布団が敷かれてあり、お尻が冷たくないのが嬉しい。

「去年の今ごろは、神戸に国家試験合格の報告をするために新幹線に乗って……」

あの時も春の嵐だった。

「俺は神戸駅のホームで凍死寸前だったな」

「……う、ごめん」

そう謝った後、ふと思い出したように琴子が云った。

「もっと昔ーー大学生の頃、バレンタインの時に、やっぱり大雪で帰れなくなっちゃって……入江くんの一人暮しの部屋に泊まったことあったよね……はは、そんな前のこと覚えてないか」

ちらりと横目で直樹を見るが、何も云わない。やはり覚えてないのだろうか?

「……忘れるわけないだろ。おまえの寝相の悪さを初めて知った日だし」

「……うっ」

ーー自分の理性のほどが試された日でもあったしな……

赤くなってしゅんとなる琴子を見て密かに思う直樹である。

「バレンタインといえば、結婚して初めてのバレンタインのチョコレート風呂が強烈だったし」

「きゃーやめて、今思うと恥ずかしいから」

「何を今さら」

「あれは元々お義母さんが……」

琴子はあの時本当はチョコレートの入浴剤を買ってきただけなのだが、悪のりした紀子がパンダイと提携している食玩メーカーの製菓部に連絡して、即効、家に大量のチョコレートソースとチョコレートを配達させたのだ。恐ろしい公私混同の権力の使い方である。多分ブランドのバッグや宝石と同じくらいの金額がかかっただろう。無論琴子は知らないが。
その後もしばらく浴室はチョコレートの匂いが取れないし、穴は塞いであったものの、ジェットバス機能の調子は悪くなるしで、恐らくバレンタイン至上最高に高くついたプレゼントだったろう。
尤も直樹的にはかなり楽しいプレゼントだったが。

「ああーっ!」

突然大きな声をあげた琴子に思わず振り返る。

「……今日ってホワイトディ?」

「気づいてなかったのかよ」

「うん、こっちは覚えとく必要ないし」

いつも朝イチで重樹や裕樹からお返しのクッキーやらハンカチやらを貰って、その日がホワイトデーだと初めて気が付くのだ。今日は朝早かった為に二人に会っていなくてすっかり忘れていた。
無論直樹からお返しを貰ったことは1度もないし、期待したこともない。
琴子にとっては、直樹が自分があげたものを受け取ってくれ、使ってくれることが至上の喜びなのだ。

直樹にしてみれば。
ホワイトデーの日は、いつもよりキスの数が多かったりとか。
夜に甘い言葉を囁く回数が多かったりとか。
自分の欲望よりは琴子の快楽を引き出す方を重視してかなり念入りに奉仕したりとか。

………彼なりに密かにお返ししているつもりだが、無論琴子には伝わっていない。
何といってもバレンタインだってチョコよりも真夜中に差し出される琴子自身がメインディッシュだと思っている。とにかく差し出されたのだから自由にしていいと都合よく解釈して、かなり無理無体な要求をして啼かせている自覚があるが故の、ホワイトディは極上に優しく甘い夜をプレゼントーーなのだ。

今回の秋田への旅も、ついでに琴子の母の墓参りに行きたいという思いもあったが、当日がホワイトディであることに気付き、わざわざ休みを取って同行することにしたのだ。彼にしてみれば相当なサービスである。

尤も、朝出掛ける前にきっちり紀子に釘を刺されたのだが。

「おにいちゃん、今日かホワイトディって分かってる? いつも琴子ちゃんから貰うばっかりでちゃんと返したことあるの?」

「琴子は見返りなんて求めてないし、それにカタチあるもので返す必要なんてないだろう?」

「昔から変わらないわね、貴方は……」

そう云って紀子は深くため息をついた。
20歳の誕生日プレゼントが琴子への家庭教師だったことを思い出したのだろう。始めは別のことを想像して喜んでいたくせに、事実を知ったあとは、全くつまらない男ねと落胆していた、とんでもない母である。

「もしかして、旅行に同行することが琴子ちゃんへのプレゼントだと思ってる?
それってあなたの自己満足に過ぎないでしょ?
自分がほんとは琴子ちゃんと一緒に行きたいくせに。離れていたくないくせに。ほんっと、素直じゃないんだから。全然そんなのプレゼントじゃないわよ!
琴子ちゃんがモノなんて欲しがらないのは分かってるし、一度あげたって次からもなんて期待するようなその辺の女の子と違うことは分かってるでしょう? そういう琴子ちゃんにだからこそ何かあげたいって思わないの?
プライスレスのプレゼントばかりなんていい大人がすることじゃないわよ。変なプライドや見栄は捨てて、しっかりと社会人らしいプレゼントを愛する妻にしなさい!」

言い返そうかと思ったが、新幹線の時間があるから結局何も云わずに、先に玄関を出ていた琴子を追いかけた。
ある意味紀子の言い分は図星だったのだろう。いつもなら考える間もなく跳ね返す言葉が飛び出すのに、珍しく言葉に詰まったのだから。


新幹線の中、夜勤明けで爆睡している琴子に肩を貸しながら、その手をずっと握ってやっていて。
目を覚ました琴子が握られた手に気がついて、少し顔を赤らめて、幸せそうに微笑んでーー。
ほら、琴子をこんなに幸せそうにしてやれただろ? と、密かに満足する。
確かにーーそれが自己満足なのだと云われてしまえばそうなのだろう。
自分が何もかも与えてやっていると思うのは傲慢なのだろう。
手を繋ぎたいと思ったのは自分だし、幸せそうに笑う琴子を見たいと思うのは、自分なのに。


「……おまえ、ホワイトディのお返し、欲しいと思ったことある?」

しばらく黙ってしまった直樹の、突然の問い掛けに琴子は首を傾げる。

「え? えー? 別にないよー。バレンタインはあたしが好きであげてるだけだし。逆に入江くんが何かしてくれたら明日地球が滅亡しちゃうんじゃないかと………あーっ! もしかして、入江くん、あたしに何かくれようとしてた? そ、それでこの猛吹雪!?」

「期待すんな! 何も出てこねーよっ」

ぎろっと眉間に皺を寄せて云い放つ直樹に、
「あ、そりゃそうだよねーっ」
と頭をかく琴子。

日頃の行いのせいだとは自覚はあるが、流石にあまりに期待されていないのも腹が立つものなのかと、妙にざわりと心が波打つ。

気まずい感じになるかと思いきや、先程の駅員さんが、アルミに包んださつま芋をストーブの上に置いてくれたり、温かい甘酒を持ってきてくれたりと、何かと世話を焼いてくれて、琴子も楽しそうに会話をして穏やかに時間は過ぎた。


しばらくして、窓の外を見ると、漸く雪が降りやんできたところだった。
しかし小一時間ばかりの間に窓枠ギリギリのところまで雪が積もっていた。

「少し待っとって。入り口周りの雪だけ掻くんで。道路は融雪剤が利いてるから、余程か大丈夫だと思うがーー」

大きなスコップを持った駅員さんに、直樹が「手伝います」と後に続いた。
駅舎の外に出ると、50センチほど積もっていた。
ほんの僅かな時間でそこまで積もる雪を東京では無論見たことはないが、駅員は「いやーこんだけで止んでよかったのー」と喜んでいる。

「一晩で1階分埋もれちゃうこともあるからね。これぐらいなら、すぐに迎えにきてもらえるさね」

二人でさくさくと雪を掻いていると、遠くから、けたたましい音量で演歌が流れてきて、ふと顔をあげる。音楽を流しているのは選挙カーで、除雪車を前に従えてこちらに向かってくるのが見えた。

「あれって………」

直樹が琴子の方を向くと、琴子は「あーーーっ」と声をあげて、外に飛び出した。

「琴子ーー! 直樹さーーん。おそぐなっですまんごっだなー。今いぐでなー」

拡声器で叫びながら選挙カーに乗ってるのは確かに鶴三おじさんだ。
車は派手に飾られた「歓迎!直木さん&琴子」の文字。

「直ってないし………」

ぷっと笑いながら「はあ~~全くもう……」と、ため息をつく琴子を眺める。

「でも、また楽しくなりそうだ」

直樹がそう云うと、琴子は嬉しそうに
にっこり笑って直樹を見上げた。

「うん♪」

「さあ、行くか」

直樹はスコップを駅員に返すと、荷物を取りに待合室に戻る。

「これ、持ってきなさい」

駅員が琴子の手の上に、ストーブの上で焼いていた焼き芋を乗せてくれた。

「うわーっあったかい!」

手袋をつけてもかじかんでいた指先が、一瞬であったまる。

「気を付けてな」

「はーい」


流石に今回は法要の準備やら、雪の被害の確認やらで皆忙しいらしく、出迎えは鶴三叔父と除雪車を運転する土木課職員のまたいとこだけだったが、相も変わずの熱烈歓迎な儀式を受けて、派手な選挙カーに乗り込んだ二人は、真っ白な銀世界の中を走っていく。

「なんか……ホワイトディの日に、こんな真っ白なんて……すてきねー」

「ばか。事故や何か被害があるかもしれないのに不謹慎だそ」

「あ、ごめ……」

直樹に怒られてしゅんとなる琴子に、
「大丈夫、大丈夫。これぐらいの雪じゃ慣れたもんだ。今のどころなんの被害の報告はないよ。ほんら、わし消防団やっでっがら」

「あーよかった」

「東京もんにゃ驚いだがね」

「……東京じゃ、あと半月もすれば桜の咲く季節ですしね」

「 そっがぁ。東北の春はまだ遠いべなー」

そう云って笑う叔父の声を聴きながら、ああ、そうかもうすぐ桜のシーズンなんだと琴子は奇妙な感覚を覚えた。

「日本って不思議な国……」

「そうだな」

「ねえ、入江くん、ホワイトデーのお返し、欲しいもの思い付いた」

「は?」

軽く顔をしかめる直樹に臆することなく琴子はふふっと笑って、
「あのね、桜が咲いたら一緒にお花見して欲しいなーって」甘えるように囁く。

ーーやっぱりプライスレスかーー。

ふっと顔を緩める直樹は、まだかなり先の琴子の誕生日に思いを馳せる。
少しは大人の男らしくーーか。

でも今は、やっぱりいつも通りに。

「仕事でどうなるかなんてわかんないぞ」

「それはわかってるよ~~約束だけでいいの」

きらきらと目を輝かせている琴子は、真っ白な雪ではなくもはや舞い散る桜吹雪を妄想しているようだった。
仕事柄反故にしてしまう可能性も高くてこの一年何の約束もしてやれなかった。だが一年で十分彼の評価も高くなり、ある程度融通を利かせる為の裏の人脈作りにも面倒ながらも努力してきたのだ。
多分……琴子の願いは叶えてやれるだろう。
無論、そんなことは云わないけれど。

「じゃあ、とりあえず約束だけな」

ちらりとミラー越しに、鶴三が上機嫌で演歌の唄を歌いながら運転しているのを見ると、ちゅっと琴子の唇にキスをおとす。

「……………!/////」

思わず声をあげそうになった琴子の口に、駅で貰った焼き芋を突っ込む。

「むぐっ………」

「うまい?」

そう訊く直樹に、ぶんぶんと首を縦にふる琴子。

「ああ、本当。甘くて、あったかいな」

琴子の食べ掛けをぱくりと一口かじると直樹も美味しそうに笑う。
二人はそのまま一つの芋を食べあって、母の実家への道行きを過ごしたのだった。

真っ白な世界をひた走る、演歌の鳴り響く派手な車に揺られながらーー。








※※※※※※※※※※


なんか脈絡のない話だなー^-^;

タイトルが先に思いついてしまって。
ホワイトディの日のホワイトアウト。
東京じゃホワイトアウトになることは3月じゃ余程かないだろうと、秋田に行くことに。
すみません、雪の少ない地域の生まれなので、描写がかなり適当ですm(__)m
あ、方言もね……f(^_^)

いえ、本当はバレンタインのチョコレート風呂の返しみたいなこと書こうと思ってたんですが。特にネタは思い浮かばなかった……(-.-)
でも、あのチョコ風呂の話で、S様から一体いくらかかったのか、掃除は大変だろうなとか、主婦目線で気になると云っていただきまして。私も確かに気になって計算してみて、軽く10万越えるんじゃないかと……入江家の浴槽、広そうだしね。業務用チョコレートソース、現代の代金で計算しましたが(^^)
それで、ついそんな回想をぶっ込みました^-^;

そして、ホワイトディ、結局間に合わなかったしf(^_^)

さて、私も月曜日には大量のお返しを職場でいただくだろうと踏んでおります。
私、男だらけの紅一点の部所なんですよ。え?イケメン?いないですよー(-.-)オタクなおっさんばかりです(笑)
健康診断前なのに誘惑のあれこれをいっぱい……危険なシーズンですね(-.-)

とりあえず、旦那からはもらいましたよー♪




2015.03.15 / Top↑



この度、またまた素敵なサイト様とリンクをさせていただくこととなりました。



『こんぺい糖と医学書』を運営されている千夜夢さまです♪




はい、皆様当然ご存知でいらっしゃいますよね?
なんといっても、イタキス二次界に野獣ブーム(?)を巻き起こした革命的な大先輩です。もう、こんな琴子愛爆裂の入江くんもありなのねーー!!と目からウロコでございました。
入江くんはかけつぎも天才的。ご近所の山本さんは九官鳥。すでにイタキス界の常識(?)となっております(^w^)

無論、野獣だけはありません。
心暖まるハートウォーミングなお話の数々に、うるっじーんそしてほっこりのスリーステップパンチを食らった方も多いのではと思います。
ああ、もう、この胸の奥にじわっとあったかいものが溢れる何とも言えない読後感!
そしてきゅんきゅんしてしまうラヴシーンの数々。そうそう、原作の狭間のこんな二人のいちゃこらが見たかったの‼と悶えてしまいます(//∇//)

ドタバタあり、笑いあり、涙あり、きゅん死してしまいそうな萌えシーンありのバラエティーにとんだ作品の数々。
そして裏の長編も。イリコト二人の内面を深く抉りとった心理描写に、そしてその世界観にどっぷりとはまりこんで、どれだけ涙したことか!

………すみません、熱く語ってしまいました(^^;

そんなそんな大好きな素敵なサイト様とリンクさせて頂いて光栄な限りです。

千夜夢さま、リンクを快諾していただいて、本当にありがとうございます!
これからも宜しくお願いいたします(^^)







2015.03.13 / Top↑



「………つまりは時間の観念ってのは個人個人で違うってことなんだ。これは、ジャネーの法則と云ってだな……いや、法則っても物理の法則じゃねえぞ。心理学の法則だ。時間の心理的長さは年齢に反比例するって法則だ。要するに、年食うほど、1年があっという間に過ぎるだろ?
1年を人生に対する何分の1かで換算すると、5歳の子供にとって1年は5分の1だが、18歳にとっては18分の1だ。そして28歳のおまえらにとっては1年はたったの28分の1しかない。
これからもどんどん時間は加速していくってことだな。そう思うと年齢が同じならここにいるみんなの時間の長さはほぼ同じと感じる筈だ。
だが、きっと一人一人の1年の過ごし方によってそれぞれ違うだろう。
経験値が高くなると処理能力が高速化して、時間が短くなるとか色んな要因があるよな。子供の頃は全ての経験が新鮮で新しいから、時間が長く感じるんだ。
今までの10年はおまえらにとって長かったのか、短かかったのか。
そしてこれからの10年がどんな時間になっていくのか。
20代から30代ってのは人生の中で尤も充実した10年になる筈だ。振り返ってあっという間で何にも覚えてないなんて、勿体ないことはするなよ。
心理的時間は人によって異なるが、物理的時間はどんなに特殊相対性理論を実証したってその時間のズレは微々たるもんだ。地上に暮らしてりゃ貧しき者も富めるもの等しく平等に同じ速度の時間を与えられている。
与えられた時間の中で、みんな自分たちの人生を精一杯過ごしてくれ。
じゃあな。10年後の同窓会は、生きていれば顔を出すよーー」




「………とっても、『じんちく』のある言葉ね……」

琴子が学校で撮ってきた篠崎先生のメッセージビデオを観ながら琴子が呟く。

「『じんちく』って何だよ」

「えーと『うんちく』?」

「惜しいが少し違うな。『含蓄』がある、が正解。おまえ、先生の云ってる意味分かってるの?」

「うーん難しいけど、つまりは年取ったらめっちゃ時間が過ぎるのが早く感じるから精一杯1年1年過ごしなさいってこと?」

「まあ、ざっくり合ってるかな?」

「初めの方の、相対性理論がどうのウラシマ効果がどうのってのはよく解らなかったけど」

「まあ、篠崎先生の授業は昔から、物理の話から宇宙の話になったり、SFの話になったり……最終的に人生論になってることが多かったけどね」

「ふうん」

「特殊相対性理論ってアインシュタインだけと、知ってる?」

「し、知ってるわよ、それくらい。アッカンベーのオジサンでしょ」

「ぶっ……まあ、確かにそうだけと」

「特殊なんとかはさっぱりだけど」

「知らなくてもいいよ」

「あたしもそう思うわ」

「とりあえずはこのビデオカメラの撮影をもっとうまく撮れるよう練習してくれ」

「うっ」


二人は駅前のカフェにいる。
琴子のご要望通り、母校での用事を済ませた後はランチへと、最近オープンして評判のいいお洒落なカフェに赴いた。

席に座り注文をとった後、さっき撮った篠崎先生のビデオレターがちゃんと映っているか確認したいと、カメラを再生して観ていたところだった。
なにしろ琴子が三脚を忘れた為に、手に持っていたが、あまりにぶれてる様子だったので、直樹が持つことにして撮り直したのだ。

「う、私が撮ったやつ、酔いそう。よかった、入江くんに撮り直してもらって」

「これから、琴美のビデオ色々撮ってもらうんだからな、頼むぞ」

「……う、がんばる……」

多分、あてには出来ないだろうなーとは内心思う直樹である。とりあえずカメラ係は紀子というプロがいるので、まあ、いいかとは思っているのだが。



「おまえ、それ、落とすなよ」

直樹がトートバッグからはみ出た封筒を見て注意する。
先刻もビデオカメラをバッグから出そうとして、封筒を床に落としてしまったのだ。
これは幹事会で依頼された大切な個人情報。斗南の職員の住所録のコピーが入った封筒である。紛失したら大事だ。

「うん、大丈夫だよ」

カメラの電源をオフにして、ケースカバーに仕舞う。カメラをバッグに戻しながら、封筒も奥に押し込む。

「……多分見られたよね……先生たちに」

バッグを横の椅子に置くと、琴子は恥ずかしそうに俯いた。

「何を……?」

直樹が意地悪そうに訊く。

「うん、もう。校庭でのキスよ!」

「だって、したかったんだろう?」

「それは10年前の話!」

「 なんだ、もうおれとはキスしたくないんだ」

「え? え? そんな、そんなこと……! そんなわけないじゃない……」

再び真っ赤になって下を向く。

「……でも、あんなに長々と校庭で……」

「長かった? あれじゃ、まだおまえ物足りないかと」

「んなわけないじゃない!」

恨めしそうに愛しい旦那さまを睨む琴子である。公衆の面前でいたすにはかなり濃厚だった為、唇を離したあとは腰砕けで、直樹に抱えられるように校門を後にしたのだ。

「ああ、同窓会で先生たちに会うの恥ずかしい……」

「なんで?」

「なんでって……もうーー!」

本当に意地悪なのか、ただそういう感覚に疎いだけなのか、7年も奥さんをしているがいまひとつよく分からない。
……多分どっちもなのだろう……。

それぞれが注文したランチプレートが目の前に運ばれ、二人は食事をしながら、いつものように琴子があれこれと話し出す。

「で、入江くんは同窓会来れるよね?」

「いつだっけ?」

「5月の第二日曜」

「そんな先のことわかんねえよ」

「予定をなるべく入れないでね」

「手術や学会が入ったらいけねえぞ」

「 うん、それは当然。ある程度のドタキャンも見込んで準備するからいいけど、やっぱり入江くんにも参加して欲しいな。他のクラスの幹事の子からも毎回云われてるの。入江くんが出る出ないで出席率が多いに変動するって」

「……なんだそりゃ」

「まあ、あたしの心境も複雑だけどね。相変わらず格好いい入江くんを見せびらかしたい気もするし、下手にライバル作って闘志を燃やされても困るし」

ほうっとため息をつく琴子に思わず吹き出す。

「何がライバルなんだか。おまえはおれとは結婚してんのに」

「そうなんだけどね」

幹事会でもやたらと他の組の幹事の女子から直樹のことを根掘り葉掘り問われる。

冗談めいて「まだ離婚しないの?」なんて訊かれるが、眼が笑ってませんけど、とついこっちの顔も引きつってしまうのだ。

同窓会で直樹の周りに女子が集まるだろうことも想定済みだ。自分も幹事だから牽制の為にあれこれ動き回れない。
それでも参加して欲しいと思うのは、医者になった直樹をみんなに自慢したいと思うから。
T大に行かなくっても。
F組の落ちこぼれと結婚しても。
ちゃんと立派なお医者さんになったのだどーー。

「まあ、なるべく参加する方向で検討しとくよ」

「ほんと? 理美とじんこも絶対入江くんはくるって云ってたし」

「そんなこと前にも云ってたな……」

多分親友二人には完全に見抜かれてる。琴子が一人で参加した場合、周りに男たちが群がってくるであろうことを予測して、ガードの為に必ず直樹が参加するだろうことを。

「そう言えば知ってる? 佐藤美智子さん。A組の人だけど」

「名前が存在してたのは覚えてる」

「顔は? 美人だった?」

「顔の美醜なんて個人の認識によって違うだろ? 顔が丸顔で眼が一重で身長が155センチの中肉中背でCカップってことくらいしか覚えてないね」

「しっかり覚えてるじゃない~~!」

しかもCカップ!
いや、今はとりあえず自分も期間限定のCカップだけれど!

「三年間でクラスメイトになった人間たちのデータはみんなその程度ならインプットされている。それで? その佐藤がどうかしたのか?」

「あーなんかね、『木暮ありす』とかいう芸名で、情報番組のキャスターをやってるらしいの。うちの学年で唯一の芸能人だって。だから、昔からそんなに美人だったのかなーって」

「おまえ知ってんの? その木暮なんとかの出た番組」

「ううん、見たことなーい! 全然知らなかった。でもA組から芸能人なんてかなり意外で驚いちゃった」

ふふふっと笑うと、琴子はその後幹事会で知り得た、同じ学年の誰それがどんな職業についたかを話してくれた。

「A組の人たちが、官僚とか弁護士とか外交官とか、ってまあ納得いく感じなんだよね。C組は公務員率が高いの。でも、意外にF組がすごいのよ。ちっちゃいけど会社起こした人も何人かいるの! 職業、社長! ベンチャー…?とか……あとアスリートもいるみたい。スポーツ頑張ってる子多かったものね。テレビ出てるような人はいないけれど舞台やってる人とか。なんかみんなすごいなーって感心しちゃった」

「パワフルで怖いもの知らずの人間が多かったからな」

直樹はF組の連中が、家に押し掛けて勉強の教えを乞いに来たことを思い出した。
一点集中タイプで琴子もそうだ。
結局、社会に出て学歴の差なんて大した問題じゃないってことだ。

久しぶりに高校に行って、懐かしい教師たちに出会い、同級生たちの話題に盛り上がる。何だか今日は10年前の日々を懐古する日だろうかと苦笑する。

そして、琴子もそう思ったのか。

「ねえねえ入江くん、後であっち行ってみない?」

窓ガラスの向こうを指差した。

「 確か、謝恩会やったカラオケ店ってここから近いよね。あの辺かな?」

ふふふ、今日も謝恩会やってるのかな、と懐かしそうに外を見つめる。

「行ってどうすんの? 歌うの?」

「えーううん、見るだけよ。ちょっと懐かしむだけ。それとも入江くん歌いたい?」

「まさか」

「そうだよねー入江くん歌うのあんまり聴いたことないもんね。実は……音痴?」

「……は? 」

一瞬ギロっと睨む。

「おまえよりマシ」

「えーほんと? じゃあデュエットしよーよ!『愛が生/まれ/た日』とか……」

「知らねーし」

カフェを出た後、琴子は直樹の腕を引っ張るように足取り軽く、昔謝恩会を行ったカラオケ店に向かう。

「『ロン/リーチャ/ップリ/ン』とかは?」

「知らない」

「えーじゃあ、『ふた/りの愛/ら/んど』は?これ、十年前よく歌ってたよ」

「知らない」

「『銀/座の恋の/物語』は?」

「古すぎだろ!」

「なんだ知ってるじゃない。歌謡曲やJポップ、全然知らないのかと思った」

確かに直樹が好んで聴いてるのはクラシックばかりである。家でもカラオケルームがあるのに歌わないのは歌を知らないのだろうと思っていた。いや、内心10年間音痴を疑っていたのだが……

「おまえが聴いてるのは少し知ってるよ」

「えーなに?」

「なんかキスを数えて昔の恋の思い出に浸る歌とか、桜坂で昔の恋を思い浸るとか、終わっても未練たっぷり恋の歌ばっか聴いてない?」

「た、たまたまよ! たまたま去年のヒット曲がそんなのばっかで」

「おれはいまだにおまえがキスの数を数えてるのかと」

「さすがにそれは無理……」


他愛もないお喋りを続けていたら、目的の場所に着いた。

「あれ……ここだったよね?」

「ああ」

「そうだよね。建物の造りはおんなじだけど……」

看板が違う。

『カラオケA&B』ではなく。

『漫画喫茶AtoZ』。

「えーお店変わっちゃったんだ!」

「………まあ、10年も経てばな。こういう処の店舗って、移り変わり早いんじゃないの?」

あからさまに落ち込む琴子に、
「別にこの店にいい思い出はないだろうが」と直樹が呆れる。

A組の面子に散々馬鹿にされ、直樹にも冷たく蔑まれ、挙げ句に大喧嘩になった場所である。直樹も琴子に黒歴史である写真を公開されてしまった最悪の場所だ。

「まあねー……でも、あの店での一件があってこその……」

ちらりと、漫喫になってしまった建物に隣接する路地を見る琴子。
少し頬が赤くなったのを見て、琴子が10年前のキスを思い出しているのだとすぐに分かる。

「じゃあ、こっちもやり直す?」

「へ?」

直樹はぐいっと10年前と同様に琴子の腕を掴むと、その路地裏の少し奥に入った処へと引っ張りこむ。

「ひゃん」

狭い路地なのにビールケースが積まれて余計に狭くなっているのは昔と同じ。
少しカビ臭い建物の壁に琴子を押し付けると、左手を琴子の顔を掠めるように壁につけ、さらには通りからの視界を遮るように身体を琴子に密着させた。

「い、い、い、入江くんっどうしたの?」

「ザマァミロは要らなかったんだろ?」

「えーと、まあ ……うん」

「でも、あの時はおまえが悪い」

少し意地悪そうににやっと笑う。

「へ?」

「おまえが、もうおれのこと好きなのやめる、なんて云うから」

そのまま直樹の唇が重なってきた。

あの時は触れたのはほんの一瞬。
目を見開いたまま、何が何だかわからないまま、あっという間に唇は離れていて、そして意地悪く「ザマァミロ」と言い放たれて。
とても甘いファーストキスじゃなかったけれど。

でも今はーー。

軽く掠めとった後に、真っ赤になった琴子の顔を確かめてクスッと笑うともう一度唇を重ねる。今度は強く、深く。

何度も何度も食むように繰り返される激しいキス。
一瞬路地の向こうの人通りを気にして薄目で横を見た琴子だったが、すぐに瞳を閉じてその甘いキスに身を委ねる。
背中に回された琴子の手が、ゆるゆると直樹の肩の辺りまでさまよい、ぎゅっとコートを掴んだ。

息継ぎも出来ないくらいの絶え間ないキスに、琴子は苦しくなって背中を軽く叩く。

「ど、どうしたの? 入江くん、今日はなんだか……」

「せっかくの10年目のファーストキス・アニバーサリーだから目一杯サービスしておこうと」

「え? アニバーサリー?」

「そうだろ? ファーストキス記念日」

「え? 今日だっけ?」

「はあ? 卒業式の日だから今日だろうが」

「いや、10年前も3月7日だっけ? 卒業式」

「………ああ、斗南は伝統的に3月7日だ。土日以外は……」

どっと脱力する直樹である。

「えー、あ、そうかあ。ちょうど10年前の今日だったんだね! 嬉しい! 入江くん覚えていてくれたの!?」

卒業から10年目、という認識があってもファーストキスの日が3月7日だという認識はなかったらしい。
普通は女子の方がそういうことを覚えているものだろうが、そういえば結婚記念日も時々忘れる嫁だった。

卒業式の日に撮った写真にもしっかり3月7日と刻印されているし、卒業証書にも卒アルにも日付は書かれている。
なのに琴子はその日にちを全く意識していなくて、自分ばかり気にしていたことが妙に滑稽で笑えた。

もしかしたら、ザマァミロをやり直したかったのは自分の方だったのかも。

「……ったくほんとにおまえには参ったよ」

「?」

そしてもう一度唇が塞がれる。

まるでお仕置きだと云わんばかりの食らい尽くすような口付けに、琴子は自分の唇が麻痺してくるような気がしてきた。
咥内をまさぐる舌の感触にくらくらと眩惑され身体中が熱くなる。
直樹の膝が琴子の足の間に割って入り、下肢が強く押し付けられる。

「……ちょっ……ダメ…………こんな……」

「じゃあ、あっちならいい?」

「え?」

直樹の指差したのは、自分たちが来た方とは反対側の裏通りの方。

「な……何?」

火照った顔を少し怪訝そうに直樹に向ける。すると直樹は琴子の耳元にぼそぼそと何事か呟く。

「………!」

琴子の赤い顔がさらに赤く染まった。

「いや?」

10年前と同じくらい意地悪な微笑みを琴子に向ける直樹。
琴子はぼんやりとその顔を見つめーー

「イヤじゃないけど………」

やっとのことで恥ずかしそうに呟く。

「……でも、みーちゃんが……」

「大丈夫だろ? お袋もデートって云ってたし。休憩90分くらい」

「……………//////」

「じゃあ決まりな。おまえに好きな部屋選ばせてやるよ。せっかくの記念日だし」

直樹はさらに琴子の耳を軽く啄みながら意地悪く囁いて、腰砕けの琴子を抱えるようにして、細い路地の向こうの通りーー昼間に歩くのは少し気恥ずかしげな建物が建ち並ぶ裏の通りーーを目指して歩き始めたのだった。




ちなみに。
琴子をが鞄の中に入れていた斗南の職員の住所録の入った封筒を、何かの拍子にその部屋で落としてしまい。
それがまた斗南高校ときっちり印刷された封筒だった為、ご丁寧にホテルから学校に連絡がいってしまったというオマケの話があるのだが。
それはまた、別の話であるーー。











※※※※※※※※※※※


と、いうわけで『路地裏のザマァミロ壁どんキス』やり直し篇でした(^^;

もっとさくさくとアップ出来るかと思っていたのですが、夜の創作タイムにジャマがちょいちょい入り……遅くなってしまいましたm(__)m

ほんとはイリコト二人をさっさと『カラオケA&B』跡地^-^;に行かせるつもりだったのに、ついランチタイムをとってあれこれ余分な話が挿入されてしまいまして。それも時間がかかった原因ですね(^^;

………5月の同窓会……いつ書こうか模索中。なんやかんや5月の日付通りの予感もしますが(^^;佐藤美智子こと、木暮ありす。覚えておいてください……(^.^)


二人の甘くないファーストキスのリベンジを、と思ってたこの話、ブログを開設した時から3月7日にアップしようと狙ってました。狙ってたわりにギリギリって……って感じですが^-^;

なんだか結局直樹さんの方が拘ってたような結末になってしまいました(^^;
琴子ちゃんってそんなに記念日とか覚えてなさそうなタイプですよね。二年目で結婚記念日忘れてるし。
逆に直樹の方が実はしっかりあれこれ覚えてそう。ボートから転落した二人のデート記念日とか、琴子が看護師目指すと宣言した家出お迎え記念日とか(^w^)

と、まあそんな感じで出来たお話です。
あ、カラオケA&B、潰してごめんなさい。駅裏の繁華街をイメージしてますが、店の入れ替わりって激しそう。そしてその一本裏通りはラブホ街。どんなイメージや……(^^;
ってことでこーゆーオチになりましたとさっ
……直樹さんのお仕置きタイムを限定記事で書くことはないので、念のためf(^_^)



どーでもいい話ですがデュエット曲を検索してたら、ランキングみたいのがあって、95位に『時間よ止まれ』が入ってたのですよ。そう、アニキスのエンディングの曲です。え、あれってデュエット!?って一瞬思いましたが……AZU feat. SEAMO……でしたね。オープニングの『キミ メグル ボク』より好きな曲なので、100位以内に入ってるってことにおーっと感動!でございました(^^)

今日(読んでる方は日付が変わってるとは思いますが)は、多田先生の17回忌でしたね。アニキスや、台キスの最終回テロップに、多田先生への感謝のメッセージが綴られていて、それを見る度じわっとしてしまいます。こんなにいろんな形で16年尚も色褪せることなく繋がれていくイタキスって本当にスゴい作品だなーと思います。

そして、奇しくも多田先生の13回忌の日に起きたあの悲劇。
まだ4年。もう4年。
今日たくさんのあの日の映像を見て、やはり現実にこんなことが起きたのか信じられない思いにかられます。
私の地域では殆ど微震で、カレンダーが微かに揺れただけ。私は気づきもしませんでした。
けれど5年前のあの日に何を見たかは覚えてないのに、4年前に見た揺れているカレンダーが妙に鮮明に記憶されています。殆どの方が、4年前のあの日に自分が何処にいて何をしていたのか覚えているのでは、と思います。
まだまだ忘れることは出来ないでしょう。

多くの被災者や遺族の方や行方不明の家族を捜している方たちの心が、少しでも安らぐ日が戻って来ますように。
心から祈りたいと思います。











2015.03.11 / Top↑



「じゃあ、お義母さん、みーちゃんお願いしますね」

「はい、任せといてね。搾乳したお乳もあるし、安心してデートしてきてねー♪
ごゆっくり!」

「デートじゃねえし」

一瞬顔をしかめた直樹の表情を、琴子は見逃さない。

「そ、そうです。デートじゃなくて、ちょっと高校に用事があるだけで……入江くんには無理いって付き合ってもらってるんで……」

散々頼み込んでやっと一緒に行くことを了承してもらったのだ。
ここで機嫌を損ねてやはり行かないと云われるのは大変困る。

「聞いたわよ。同窓会のお仕事でしょ?
斗南の同窓会幹事は大変だって云うじゃない。いくら産休中だからって妻一人に仕事押し付けて。おにいちゃんだって卒業生なんだから手伝わなきゃダメよ」

「いえ、あたしはたまたまF組の幹事引き受けただけで、A組の幹事は別にいるから…… 入江くんは本当にあたしに付き合わせちゃって……せっかくのお休みなのに」

「まー琴子ちゃん、そんなに、こんな冷血漢に気を遣わなくてもいいのよー!」

「琴子、行かねーのかよ」

長くなりそうな紀子の話に付き合い切れないと、直樹はさっさと玄関から出ていこうとする。

「う、うん。行く! 待って……!」

琴子は紀子が抱き抱えている琴美の頬をつんと触ると、「じゃあね、みーちゃん」と囁いてから直樹の背中を追いかけた。

表に出ると、ひんやりと凍みるような冷たい風が吹き抜けた。3月初旬と云っても雪でも散らつきそうな曇天の空が寒さを際立てる。昨日は4月並みの暖かさと云っていたのに、今日はうってかわって真冬の厳しさだ。
昨日用意した春物のコートは諦めて、再びダウンのご登場だった。

寒いけどーー10年前の卒業式もやっぱり雪が散らついていたのよね……
何となく思い出されて、ふふっと微笑む。

「何笑ってんだよ」

「ううん。入江くんとお出かけって久しぶりだなーって」

「デートじゃねえぞ」

「分かってるよ。でも終わってからランチくらいいいでしょ?」

直樹の腕に掴まりながら、にっこりと笑う琴子に、彼は何も答えない。
つまりはOKということだ。
琴子は嬉しそうにはしゃいでいた。









「もう、卒業式は終わったみたいね」

校門からは卒業証書を片手に持った高校生たちが友人や親たちとぞろぞろと出ていくところだった。

第35回 斗南大学附属高校
卒業証書授与式

校門の看板の前では何組かの生徒が記念撮影をしていた。

「……もう、10年も経つんだよねー」

校門に入ると懐かしい校舎が目に入った。
感慨深げにゆっくりと周囲を見渡す。
10年経っても、校庭周りの桜の樹も、中庭の池の噴水も、花時計の位置も変わらない。
校舎は少しは古びてきただろうか。

校庭にはまだ多くの生徒たちが、別れがたいのだろう、あちこちで輪をつくり、写真を撮ったり語り合ったりしていた。

「あら、あんなとこにイケメンくんが。ふふっ35回生の入江くんね。女の子たちに囲まれてボタンねだられてるわ」

でも入江くんほど格好のいい子はいないわね、と少し琴子は誇らしい。

実際ーー。

「ね、ねぇあの人誰?」

「めちゃイケメンなんだけどー!」

「保護者? 来賓? やーん、モデルみたい」

そんな生徒たちの声と視線を感じて、琴子は慌て始めた。
確かにこんな卒業式の日、全く関係のなさそうなカップルが、皆が帰る時間に逆に校門に入って来たのだから、それだけで興味を引くというものだ。
それがこんな長身で端正な容姿を持ったイケメンともなると、余計に、である。

「さ、急ご、入江くんっ! 先生方が引き揚げちゃうわ」

何と云ってもわが夫は目を合わせただけで赤ん坊からご老人まで熱烈ファンを増産してしまう達人なのだ。大学病院から程近いこんな所で新たな取り巻きを作ることはない。しかも、若くてピチピチの………
琴子は急いで直樹のコートの袖を引っ張り、職員来賓用の玄関へと向かった。








そもそも、今日、懐かしい母校を訪れたのは一人の教師に会うためだった。
篠崎先生。
直樹たちA組からC組までの物理を担当していた寡黙で仏頂面が印象的な教師だった。
今日をもって定年退職。
明日にも実家の島根に帰るというので、忙しないことを承知でこの日に訪ねることにしたのだ。


斗南高校では年に一度、同窓会の総会というものが行われている。
何処の高校でもそうだろうが、生徒は卒業と同時に同窓会の会員となり、年に一度くらいは、寄付の依頼やら会計報告やらが掲載された会報なるものが届いているだろう。同窓会会長はたいてい区議員か都議員あたりの卒業生がやっている。
基本愛校心と、選挙の得票の為と、ボランティア精神とで形成された同窓会事務局は、毎年総会の参加者アップの為に、招待学年を招いて懇親会を行っているのだ。卒業10年、20年、30年のキリ番の年の卒業生たちが例年5月の総会の折に招かれ、そして学年幹事たちが総会後の懇親会と学年別の同窓会を仕切るのだ。
丁度卒業10年目となる琴子と直樹は、今年が招待学年となる。
そして、たまたま産休中だった琴子は理美とじんこに誘われてF組の幹事をやることとなり、月に一度は集まって打ち合わせをしているのだ。
とりあえず当日の役割や、事前準備の担当係を決めたりしつつ、幹事だけでお茶会をしているような集まりだったが、そろそろ詳細な準備も始まってきた。
3月中旬には案内状を送り、末には出欠を確認して人数を確定しなくてはならない。
総会は20年目の卒業生たちが段取りするので、琴子たちは自分の学年の同窓会の仕切りをしなくてはならなかった。
とりあえず会場のホテルはキープし、大雑把な予算を決めて花やらゲームの景品やらの注文をするのだ。
さらには、この学年の担任や、学年主任に教科担任ら縁の深い教師たちも招かねばならない。
問い合わせた結果、私立だけあって教師はまだ皆が斗南にいた為に、程なく全員参加の回答を得たのだ。
ーーただ一人を除いて。
それが物理の篠崎先生だった。

琴子に任命されたのは、想い出のビデオを作成する為に篠崎先生からコメントをもらって撮影すること。
同窓会の会場で昔の写真等を編集してスライド上映するついでに、欠席の教師のビデオレターを流すことになったのだ。


「あたし、全然篠崎先生とは関わりなかったんだよね」

スリッパを履いてピカピカに磨かれた長い廊下を歩きながら、琴子は思い出すように云った。

「あたしたちの物理の先生は志村先生だったし。もう、全然わからなくって物理はずーっと赤点だったな。入江くんに勉強見てもらった時だけだったわーまともな点数とったの」

「篠崎先生の授業は分かりやすいって評判だったな」

「なんにせよ、評判のいい先生はみんなAからCだったもんね」

普通、指導力の高い教師にこそ落ちこぼれクラスを見てもらいたいものよね、と、琴子には珍しく妙に正論を唱える。

「……あたし、篠崎先生とは接点なかったけど、一回だけ助けてもらったんだよね。……だから実は凄く好きな先生なの」

ふと、何かを思い出すように琴子が呟いた。

ああ、あの時のことかと、記憶の狭間にあった出来事が直樹の脳裡にも甦る。



あれはーーそう、琴子が盲腸で倒れ、直樹がT大受験をばっくれた2日後のことだった。

高校はすでに自由登校だったが、T大を受けなかった直樹は、学校に斗南大へのエスカレーター進学の手続きをしに行かねばならなかった。

一人で登校した直樹のことが、心配で心配で仕方なかった琴子はこっそりと付いていったのだ。

ーーT大を受験しなかった直樹が教師たちに責められたりしないだろうか。もし責められるようなことがあったら、自分がちゃんと説明しなくては……

無論、琴子の心配は杞憂に過ぎない。
寧ろ心配せねばならなかったのは自分のことだということに、琴子は気付かなかった。



「おい、相原、おまえなんてことをしてくれたんだ!」

校長室に入っていった直樹の後ろ姿を、廊下の片隅から不安げに見送っていた琴子の頭の上に、唐突に怒号が降ってきたのだ。

学年主任の永江だった。

「おまえのせいで入江がT大を受験をしなかったって本当か!」

「え……あの……」

「……ったく何てことしてくれたんだ! 我が校からT大満点合格者が出るはずだったのに!」

「まー相原さん! あなたが盲腸で倒れたせいって聞いたけどピンピンしてるのね! もしかしてわざとじゃないわよね? 入江くんと同じ大学に行けるように! 」

「え……そんな」

いつの間にか琴子の廻りに教師たちが集まってきて、よってたかって攻撃を始めたのである。

「おまえよくも平然と学校来れたもんだな。人の人生滅茶苦茶にして」

うっ。

それを云われるとかなり辛いものがあった。
直樹からは何度も元から受験するつもりはなかったと云われても、やはり自分が虫垂炎など起こさなければ、直樹はT大を受験したかもしれない。
一番凹んだのは琴子自身で、入江家を出ようとまで考えていたのだ。
けれど引き留めてくれたのは直樹だった。

「だいたいあなたが何でT大になんて行ったのよ!」

「全く、F組くせに……」

琴子は職員室前の廊下で3人の教師たちに取り囲まれ、完全吊し上げ状態だった。そして何も言い返すこともできないまま、教師の罵声を浴び続けていたのだ。


「それ、何で相原のせいなんですか?」

その中にふっと入ってきたのが篠崎だった。
彼独特の飄々とした雰囲気が、険悪なムードを一掃した。

「し、篠崎先生……!」

「入江は元々T大行くつもりなかったって聞いたじゃないですか」

「 そ、それでも相原がもし倒れてなかったら、とりあえず受験だけはしたかもしれないんですよ?」

「『もし』の仮定なんて意味ないでしょう。だいたい相原だって好きで虫垂炎になったわけじゃない。
それに入江だって受ける気があれば受験会場に戻るし、遅刻したって、人助けが理由ならば融通はきいてもらえた筈だ。戻らなかったのはあくまで入江の意思で、相原には何の関係もないでしょう?」

「しかし……」

「 よってたかって一人の女子生徒を吊し上げてる先生方、随分と大人げなく見えますよ」

「つ、吊し上げなんて人聞きの悪い……」

「じゃあイジメですかね? 今流行りの」

「そ、そんなつもりじゃ……」

うっすらと笑みを浮かべつつ、しかし瞳は妙に鋭く同僚教師たちを一瞥すると、
「相原、もう行きなさい」
と促したのだ。

「なんの集まりですか?」

そこへ、隣の校長室から出てきた直樹が加わった。

「入江くん……!」

「何してんだよ、おまえ」

「えっと………」

「昨日から何度も説明してますが、こいつのせいじゃないですからね」

「俺としてはおまえが人助けでT大足蹴にしたって方が面白いがな。それに学校としても美談じゃないですか」

くっくっと笑う篠崎に、
「やめてください」と直樹は嫌な顔をする。

「斗南大学の入学申請書か?」

直樹の持ってる封筒を見て篠崎が訊いた。

「はい」

「附属高校としては上の大学に一人でも優秀な人材が行ってくれれば万々歳でしょう。これで入江がノーベル賞でも取ってくれればさらに大学の格も上がるってもんだ。まあ、頑張れよ」

ばんばんと直樹の肩を叩くと篠崎は職員室に入っていった。

琴子を糾弾していた教師たちはそそくさといつの間にか去っていた。

「何しに来たんだよ、おまえ」

「……えっと……入江くんが心配で……」

「おまえに心配されると余計面倒なことになるって、自覚しろ、ばーか」

直樹は琴子の頭をくしゃっとかき回すとそのままさっさと行ってしまった。











「 ………あの時の思い出しかないんだけど、それで篠崎先生はあたしの中でめっちゃいい先生ってインプットされてるの」

職員室に向かいながら懐かしそうに琴子が話しかける。

「ああ、いい先生だったよ。授業はすぐ脱線したけど、面白いし解りやすかったし」

10年前のあの日校長室から出た直樹は、教師たちに取り囲まれている琴子の様子に、一瞬怒りなのか焦りなのか良く分からない感情に支配されたのを思い出す。
そして、どうやら篠崎が助け船を出していてくれたのだと理解すると、ほっと安堵したことも。




「失礼します」

がらっと職員室の扉を開けると、室内に居た教師たちの目が一斉に琴子と直樹に注がれた。
担任を持っている若い教師の何人かはまだ校庭で生徒たちと写真を撮ったり歓談したりしているようだが、大半の教師は卒業式が終わり、謝恩会までの時間をのんびり過ごしていたようだった。

「入江っ? 入江かあーー!」

「ええっ入江くんっ?」

「入江ーー!」

職員室内が一斉にどよめく。

「あら、相原さんもいたの?」

昔お色気たっぷりで直樹に色目を使っていた女教師ーーすっかり肉がたるんでいたがーーが、直樹の横にちょこんと立っていた琴子に気付く。

「いやーおまえらほんとに結婚したんだよなー」

「そうなのねー都市伝説かと思ってたわ」

「大学からの噂がこっちに流れてきた時、誰も信じなかったもんなー」

「そうそう。そんな絶対あり得ないって~」

「いや、一人いたよな、信じてた人」

そして、お茶を啜っていた校務主任が隣に座っていた教務主任をちらりと見た。

「篠崎先生!」

教務主任の席に座っていたのは篠崎だった。

「……やっぱりなーと思っただけですよ」

にやっと二人を眺める。
外見的には昔と全く変わっていないように見えた。
10年前は50歳だった筈だが、その頃からほぼ白髪で、眼鏡をかけて、痩せていて年齢より老成して見えた。
かつてはくたびれたスーツ姿のイメージだったが、今日は卒業式だけあって、びしっと礼服だ。

「篠崎先生、あたしたちが結婚するって予感してたんですか?」

「予感っていうか……まあ、あの入江を動かした運命の女って気がしてたかな」

「きゃーっ『運命の女』だってぇ! 聴いた? 聴いた? 入江くんっ」

思わぬ篠崎の言葉に狂喜する琴子に、思わず顔をしかめる直樹である。

「こいつの図に乗るようなことは云わないで下さい」

「変わんねえな、おまえら」

くっくっと笑いながら、
「昔から、ちょこまかくっついてる相原をうざったそうにしてるクセになんやかんや面倒見よかったもんな、入江は」と、楽しそうだ。

「それより」

直樹はため息をついて琴子のトートバッグからビデオを取り出す。

「……ビデオレター……コメントもらえますか?」

「おお。それが目的だったっけな、おまえらがきたの」

「何故、俺も一緒じゃなきゃ撮らしてやらないなんて云ったんですか?」

「そりゃ、二人揃って見たいじゃないか。斗南の伝説のカップル」

「で、伝説ぅ~~?」

琴子がまた舞い上がる。

「F組でもA組と結婚できるという前例を作った奇跡のカップルだもんなあ」

「奇跡~~うーん、そうですよねーあたしもそう思いました! 入江くんと結婚した時~~」

「因みにプロポーズの言葉は?」

「えーっ////」

「だから、俺たちの話じゃなくてっ!」











「ふふ。随分長居しちゃったね」

篠崎のメッセージをビデオに撮った後も、入れ替わり立ち替わり他の教師たちが話し掛けにきて、結局小一時間くらい職員室にいただろうか。

嬉しかったのは、当時の学年主任だった永江をはじめとして、琴子に詰め寄った教師何人かが謝りにきてくれたこと。
もっとも篠崎に促されたせいもあるが。


校庭に出ると流石にもう残っている生徒の数は少なかった。
案の定、雪がチラチラしはじめて、名残惜しいといつまでも立ち話をしていれば冷えきってしまうだろう。

「……覚えてる? 10年前も雪が降ってたよね」

「そうだっけ?」

「あっ……////」

琴子が声をあげて少し赤くなった目線の先には、桜の樹の下でキスを交わしているカップルがいた。

「なんか昔もこんなことあったよね?」

卒業式の日にキスするカップルが羨ましくて。
せめて、第2ボタンだけでもと思ってたあの日。

「卒業式の日に、したじゃん、キス」

「ここじゃなかったし………」

少しつまらなそうに琴子が呟く。

「ああ、カラオケ屋の隣の路地裏じゃ、気にいらなかった? ファーストキス」

「うっ………そ、そーゆーわけじゃ……でもザマーミロはいらなかったかも」

「じゃあ、やり直す?」

「え?」

琴子が直樹の顔を見上げた瞬間に、視界が陰り、唇が塞がれた。

校庭のど真ん中である。

まだちらほらと生徒も残っていて、先ほどのカップルが大胆にキスを交わしてる様に、皆が目を丸くして足を止めていた。

そして、職員室からも丸見えだった。

「……あいつら結婚してもう大分経つよな……?」

「7年とか云ってましたね」

「また、伝説が増えますね」
篠崎が窓の下を眺めながらくっくっと笑う。

「伝説?」

「卒業式の日にキスを交わしたカップルは結婚するーーってのあいつらが結婚して生まれた伝説ですけどね。10年後にもう一度校庭でキスすると絶対離婚しない、とか」

「まだこの先は分からないじゃないですか」

「分かりますよ。あの二人は絶対別れない」


窓の外はちらちらと雪が舞い散って、桜の樹から花びらの替わりに降りしきっているかのようにも見える。

いつまでも抱き合って接吻をかわす二人を祝福するかのようにーー。












※※※※※※※※※※※※



ほんとはもう少し続く筈だったのですが。
3月7日にアップしたかったので、とりあえず一旦ここで。
あーギリ、間に合った‼

この後カラオケA&Bに向かう予定のバカップルです。
おまけの路地裏キス篇はまた後日に(^^;


2015.03.07 / Top↑





その日京都での学会を終えた直樹は、直帰してもいいぞ、という教授の言葉に甘えて、病院に戻らずにそのまま家に帰宅した。
時間は午後3時。
手には珍しく京都土産が幾つか放り込まれた紙袋が提げられていた。
生麩と湯葉と千枚漬けは紀子のリクエスト。錦市場のどこどこの店でと細かい指定がされていて、当初はわざわざ行くつもりなど全くなかったのに、教授が土産を買いたいからと同行させられ、ついでだから買ってきた。
琴子には京都駅で人気だというチーズケーキを。
消えものばかりだが、まあ別にいいだろう。出張先でこんなものを買うようになったのだから、人間変われば変わるもんだと苦笑する。
医局にもちゃんと買ってやれよと教授に云われ、八つ橋もご購入だ。箱ものばかりで結構かさばる。
K大での学会は、木曜の公開オペ、金曜日の聴講会と充実はしていたが、その後の土日は懇親会と称する医師たちのパーティと祇園での舞妓遊びの為に費やされただけだった。
昨日の3日ーー日曜は、琴美のひな祭りパーティをやるから何とか帰って来れないの? と散々紀子に云われたが、一応立場というものがある。どんなに苦行のようなパーティでも、どんなに娘の為に帰りたくても、一応医学界の重鎮たちが集う会合に出ないわけには行かなかった。
それに有意義な話も幾つかあった。
ノーベル賞候補といわれる研究者たちと先端医療について興味深いディスカッションが出来たことは実にいい経験だった。

そして今日は、朝から二日酔いの教授の世話と買い物に付き合わされ、ようやく帰途についたというわけだ。



ピンポーン。

チャイムを押しても返答がない。
右手にはキャリーバッグ、左手には土産の紙袋。鍵を出すのが面倒だったから、出来れば出迎えて欲しかった。

ーーおかしい。今日は琴子は休みじゃなかったか?

一年間の産休を終えて仕事復帰して半年。琴子のシフトは新しく出る度にしっかり頭に入っていた。
昨日の朝まで夜勤で、今日は1日休みの筈だった。

当然今か今かと帰りを待ちわびているだろう琴子が、飛びつくように出迎えて来るものだと踏んでいたのだが。

散歩でも行ってるのかーー?

暖かい昼中にはよく琴美をベビーカーに乗せて散歩させている。最近は歩くのが達者になってきて大人しくベビーカーには乗らなくなったと嘆いていた。
行きは歩きたがるが帰りは抱っこをせがむので大変だ、と。
しかし暦の上では春とはいえ、3月に入ったばかりで、夕方になるとかなり寒い。今日は風もある。
こんな時間に散歩か……?
カエルコールはしてないが、大体の帰宅予定時間は告げてある。大幅な時間のズレはない。



ーーふん。

軽くため息をついて、仕方なく自分で鍵を開けて、玄関に入る。
家の中はしんと静まりかえり、人の気配は感じなかった。


家に入ると、真っ先にリビングを覗いた。
やはり誰もいない。
紀子も何処に行ったのだろう?

土産をダイニングに置き、キャリーバッグを持って2階の寝室に向かう。
寝室にも琴子も琴美もいない。

直樹は荷物を置いてもう一度階下に降りる。
トイレ、浴室ーーひととおり見てみる。

ーーやっぱり留守なのか……

平日の昼間なのだから、出掛けていても当たり前。なのに妙にイライラするのは何故だろう?

直樹は客間や和室をチェックし、最後に仏間となっている南側の和室のドアを開ける。


ーーーーーー!

心臓がーー一瞬凍りついたかと思った。

真っ赤な血だまりの中に琴子が倒れているーーそう見えたのだ。


「お……おまえっ 何やってるーー!」

「ふに……? へ……あ、入江くんだー」

「おまえ、なんでそんな処で寝てるんだっ」

「え……? あ……あれーあたし片付けながら寝ちゃったんだ」


琴子は目を擦りながらむっくりと起き上がる。その下には雛人形の雛壇を彩る緋毛氈。
深緋色の生地の上で琴子は爆睡していたのだ。不織布(フェルト)だから、畳の上と違い肌に跡が付くことはないだろうーーだが。

「おまえ、緋毛氈にヨダレが………」

「ええっきゃー、どうしようっ」


部屋中にとっ散らかっている箱の様子から、昨日までこの部屋に飾られていた七段飾りを片付けようとしていたのだろう。
樟脳の香りが微かに漂っていた。

「おふくろと琴美は?」

まだ半分寝惚け眼の琴子は、うーんと考えながら、「……ああ、そうだ。お義母さんと一緒にお雛さま片付けてて……」

「それは見ればわかる」

「途中でお昼寝してたみーちゃんが起きちゃって。せっかくしまった箱を開けちゃったりイタズラ始めたから、お義母さんが散歩に連れてったの。そしたら、メールが来て、公園でババ友さんに会ったからおうちにお邪魔してるって……」

「……なんだ? そのババ友って」

「公園で琴美とよく遊ぶ駿くんのおばあちゃん。御両親うちと同じ共働きで昼間はおばあちゃんが面倒みてるの」

「……駿くんって……男かよ」

途端に険しい顔になる直樹に、琴子が吹き出す。

「3か月年下のイケメンくんよー」

「だいたいこんなに急いで雛人形仕舞わなくても」

「あら、結婚遅くなったら大変だわ」

「別に遅くてもいいぞ」

「あたしみたいに21で結婚は早いかもしれないけれど……」

「当たり前だ……っておまえ、自分は早すぎたと思ってんのかよ」

「へ?」

何だか直樹の機嫌があまりよくないことに今気がついた琴子である。

「琴美が学生結婚なんて絶対許さねーから」

「入江くん、めちゃくちゃだよ……自分は……」

学生結婚したくせに、と言いかけて突然唇を塞がれた。
そしてそのまま緋毛氈の上に押し倒される。
激しく貪られて一瞬驚いてしまったが、やがて長くなりそうなキスの予感にうっとりと目を閉じる。


ーーが。
さすがに直樹の手が琴子の着ていた春物のニットの中に忍び込んできた時。

「……ちょっ……待って! ここで?」

「……ダメか?」

ダメでしょう、普通!

「……この赤い布、汚したら……」

「もう、おまえヨダレで汚したじゃん」

「うっ……」

「……でもまあ、この緋毛氈、ウール100%だしな。思いっきり汚すのも気が引けるか」

「そう、そう! それに、まだお雛様片付けてないし」

押し倒された状態で、真っ赤になって琴子が訴える。

「だいたい片付いてるじゃん」

少なくとも人形は全て箱に収まってる。

「あの大きな箱に、どうやってこの小さい箱たちが入っていたのかわからなくなっちゃって」

一メートル四方くらいある大きな段ボール箱に、様々な大きさの箱を詰め込んで収納されていたようだ。
箱には一つ一つ『親王』とか、『御道具』とか『ぼんぼり』などと書かれてあった。それぞれが形も大きさも違うから、難解な立体パズルのようで、どうしてこの大きな箱に上手く収まっていたのか分からなくなってしまったのだ。
そして疲れて転た寝してしまったらしい。

直樹はふうっとため息をつき、琴子から離れると、琴子が詰め込んだらしい箱を一旦全部取りだし、さっと一瞥すると、特に考える様子もなくものの数分で全ての箱を大箱に収めてしまった。

「す…すごい」

「じゃあ、続きを……」

もう一度琴子を組伏せようとした直樹に、

「あ、あっちも」

指差したのはガラスケースに入った親王飾りのみの雛人形。
そちらは床の間に置かれていたのだが、実は入江家に同居した翌年に、紀子が琴子の為に買ったものだ。
琴子自身の雛人形ーーやはりガラスケースに入った小さな親王飾りだったが、地震で家が倒壊した為に壊れてしまったのだ。母悦子の実家で買って貰った愛らしい姫だるまの雛人形でとても大切にしていたのだという話をしたら、紀子が「あたしにも買わせてちょうだいっ」と、琴子の為に買ってくれたもの。
男ばかりで桃の節句なんてしたことなかったから、と毎年きちんとちらし寿司をつくり可愛らしいケーキを作りとお祝いしてくれたのだ。
そして琴美が生まれてからはさらにパーティ感はバージョンアップし、昨夜のひな祭りは、琴子の友達から隣近所までも招かれ大盛況だったのである。

琴美の為に相原家と入江家が出しあって購入した七段飾りの雛人形は、実はかなり高価なものである。嫁の実家で出すものだからと重雄が全額出すと云っていたが、紀子が「私もみーちゃんの為に選びたいんです~」とごねて、結局共同出資、実は紀子の方で重雄には内緒でグレードアップさせ、予定より高額なものとなっていた。
そんな立派な人形の隣にも、紀子は忘れずに琴子の為の人形も出して、飾ってくれていた。


「……あれはガラスケースだから、箱にしまうだけだろ?」

「入れようとしたけれど一人じゃ持ちにくくて」

確かに小さいとはいえ、琴子が抱えるにはいっぱいいっぱいの大きさだ。
間違いなく箱に入れながら落として割りそうな予感は十分ある。

「わかったよ」

隅に置いてあった段ボール箱を持ってきて、直樹は軽々とケースを抱えて中に収めた。

「……以上?」

「あー、あと、これ」

自分の下にある緋毛氈を指す。

「これ、ひもーせんっていうの?」

「ああ。毛氈って、羊毛を圧縮して造った不織布のことだ。いわゆるフェルト生地。茶会とか雛壇に敷かれる赤いのを緋毛氈っていう」

「洗って仕舞わなくていいのかな?」

「ウールだからな。汚れたところをアルコールで洗って、埃を落としてから明日仕舞えばいいんじゃないか?」

「………入江くんって本当物知り……」

自分は女の子なのに何にも知らない、と少し琴子は恥ずかしくなる。今日も、紀子に人形の仕舞い方を教わらなければかなり適当に片付けてしまっただろう。

直樹は皺の寄っていた緋毛氈をばっと広げた。

「……よかったな。おまえのヨダレ、何処にあったか分からないくらいだ」

「あ、あ、そう?」

「……大丈夫かな? ここでしても……」

「へ? えっえーーーー!?」

焦ってずりずりと後ろに下がる琴子に、
「冗談だよ」と云って、そのまま抱き抱える。

「流石にこの時間だといつ裕樹が帰ってくるか分からないからな」

そういってにやっと笑う。

ーーーしないという選択肢はないのだろうか……?

「緋色の絨毯の上で眠ってるおまえが血の海にいるようで一瞬ドキッとした」

「え……?」

「血でないと分かっても、赤に映えるおまえにちょっとぞくっとした」

「…………?」

「……というわけだから、寝室に行くぞ」

どーゆー訳だーーー?????

緋色はすなわち情熱の紅(あか)。
そしてこの深緋(ふかひ)色は紫に次ぐ高貴な色だ。

茜、蘇芳、猩々紅、カーマイン、クリムゾン、バーミリオン……
赤にも様々な色相と名前があるけれど……

この真っ白な肌に似合う赤はーー
直樹が作り出す絶妙のスカーレットレッドに違いないーー。











「あれ? 兄貴、帰ってるの?」

「そうじゃない? お土産置いてあったもの。ほらーみーちゃん、パパの買ってきたチーズケーキよ」

「いいのかよ、そんなの食わして」

「大丈夫、大丈夫」

そういって紀子は琴美の口にチーズケーキを運んでやる。

「で、琴子は?」

「おにいちゃんとお部屋じゃないの? 私たちが帰ってから一時間くらい経つけどまだ降りてこないわね」

「………おれ、2階に行かない方がいい?」

「賢明ね」

「4日振りだもんね」

「そうね」

この頃はすっかり夫婦事情に精通した裕樹であった………。







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季節もの、と思ったのですが。
ただ単に、赤に欲情した(牛かよっ!?)直樹さんの話になってしまいました(^^;

裕樹くんは随分大人になりましたね(ぷぷっ)



手入れの仕方とか洗濯の仕方とか知りたくて緋毛氈をググっていたら、色々和の色の名前やら、和のものが出てきて無性に京都に行きたくなって直樹さんの出張先が京都になってしまいました。
ああっ今宮神社のあぶり餅が食べたいっ!
ただそれだけの目的で京都に日帰りで行ってきた昔の若さが懐かしい……(-.-)

因みにうちは今年は七段飾りのうちの御夫妻だけだして(しかも2月末日)飾ったので緋毛氈出してないです。しかも今までまともに手入れもしたことないわー(^^;

何にせよ全部出さなかったので立体パズルのような箱と格闘しなくてすみそうです(^^;


2015.03.04 / Top↑