彼女は美しい夢を見る。(17)






ピンポーン………


茫然と携帯電話を握りしめていた直樹は、部屋の外のインターホンの音にびくりとして扉の方を見た。

「入江さん、点滴の交換に来ました」

インターホンから声が響く。
担当看護師が暗証番号で解錠して回診車を押して部屋に入って来た。

この最上階のVIPルームは、オートロックで担当医師と看護師、そして家族以外は入室できないようになっている。

殆どホテルのスイートルームといった体の病室だが、廊下には防犯カメラもあり、セキュリティは万全だ。琴子にストーカーじみた妙な手紙が来ていたことを知った紀子が、ごり押ししてこの部屋に変えさせたのだ。

点滴を慣れた手付きで替えながら、看護師が少し訝しげな顔つきで直樹に話しかける。

「……今、ドアの前に女の方が立っていたんですけど、お友だちだったのかしら?
お見舞いですか? と声をかけたんですけど、慌てて逃げるようにエレベーターに飛び乗ってしまって……」

「え……?」

直樹は瞬間的に立ち上がり外に飛び出した。
エレベーターの階数を見ると、既に1階で止まっていた。

「どんな女でしたか?」

部屋に戻り看護師に訊ねる。

「……顔はよく見てないんですけど……二十歳くらいのお嬢さんじゃないかしら? 髪は琴子さんくらい長くて……少し茶色がかってて………ぼうっと幽霊みたいにこの部屋の前に立っていたんです」

直樹ははっとした。

速川萌未ーー琴子の夢の中に何度か出てきた女。
理美とじんこが怪しいと云っていた女。
何故か顔も知らないその女の名前が思い浮かんだ。

その後直樹は着替えを取りに行って戻って来た紀子に、琴子から目を離さないよう頼んで、病室を後にした。

何だか胸騒ぎがする。

電話の途中で途切れた夢の世界の琴子の元に誰が訪れたと云うのだろう?

さっき部屋の前に立っていたという女は……?

何をどうしたらいいのかわからなかったが厭な焦燥感が胸にせりあがってきた。

直樹はとりあえず、病院の外に出て理美に電話をした。念の為に琴子の携帯から幾つかの友人の番号を入れておいたが、今まで誰にもかけたことはなかった。

『えーっ 入江くん!? え? も、もしかして琴子、目が覚めたの?』

初めて受けた直樹からの電話に、声が上ずる理美を遮り、
「石川、速川萌未という女の知り合い、誰か知らないか?」
そう訊ねたーー。






「もう、せっかくお仕事はキリがついたって云っていたのに、おにいちゃん何処に行っちゃったのかしらねぇ」

紀子は琴子の爪を切ってやりながら、ぼんやりと時計を見つめる。
もう窓の外はどっぷりと日が暮れていた。
琴子の寝息は穏やかだ。
しかし時折顔をしかめ、辛そうな表情をする。

「……どうしてこんなことに……。ごめんね、琴子ちゃん……おにいちゃんがあなたに酷いこと云ったのよね? おにいちゃんも後悔してるみたいだから、許してあげてね……あんなバカ息子に育てた私が悪かったのよ……」

話しかけ触れることが目覚める切っ掛けになるかもと云われ、傍らにいる時は常に話し続けているが、つい懺悔の言葉となってしまう。



「すみません、検温に参りました」

インターホンが鳴り、看護師が部屋に入ってきた。

「あの、琴子さんのご主人は……?」

いきなり直樹の所在を訊ねた若い看護師に、紀子は一瞬にして非友好的な瞳を向けた。

「何の用でしょう? うちの息子に」

「あ、いえ、先程私肝心なこと言い忘れちゃって……伝えておいてもらっていいですか?」

「……何かしら?」

いつもは愛想のよい紀子の少し冷たい言い方に怯んだものの、看護師は琴子の体温を測りながら、ぽつりと答えた。

「さっき部屋の前に立っていた女性ですけれど……パジャマのようなもの着ていた気がして……もしかしたらここの入院患者さんかしらと思って……」










「 え、入江さん? うっそー!!」

理美から聞き出した英文科の学生の何人かに電話をすると、皆一様に絶叫のような声をあげ、妙に興奮しだすので、訊きたいことを訊き出すのに随分苦労した。

中学から一緒だという一人から、速川萌未の自宅の住所を聞き出し、案外大学からも近い場所にあり、すぐに訪ねてみた。
しかし豪邸といっていい程の大きな家には、人の気配は一切なかった。



「萌未? ああ、先週三日くらい泊まってったけど、出ていったわよ」

「 何処に行ったか知らないか?」

「うーん、あの娘、友達そんなにいないからねー」

大学で一番仲のよいという友人に行き当たり、直接会うことにした。

「自宅には誰もいなかったでしょ? 親はずっと海外赴任で、お手伝いさん任せで放置されてきてんの。金はかけるけど愛情かけられてないんだよねーあの娘」

何が面白いのか、からからと笑う友人と称する女に微かな苛立ちを感じた。
あまり真面目に大学に行ってはいなさそうな、自堕落な気配を纏いつかせた女だった。

「この間、警察も来たんだよねー。あの娘、なんかやったの?」

心配しているというより、好奇心に満ちた瞳に虫酸が走り、
「あんた、友達じゃないのか?」
と、きつい口調で訊ねる。

「うわーっ怒った顔もかっこいい! 萌未、入江さんが自分を捜してるって知ったら、興奮して心臓止まっちゃうわね。ほんっと、あの娘ったら昔から寝ても覚めても入江さんの話ばっかでさぁ。もう、この部屋に来てくれるなら、ずっとここにいればよかったのに。あ、追い出したのアタシか! でもあたしも彼氏が来る予定だったからさー」

「速川は、何か云ってなかったか? 様子はどうだった?」

「うーん……少しいつもより暗かったかなー? あんまり喋らなくて、ベッドに潜っていつまでも起きてこなくて、起きたと思ったら、ぶつぶつ独り言云っててね。ちょっとこいつヤバくね? と、思ってさっさと出ていってもらったんだけどぉ」


結局、この女からはそれ以上の大した情報は得られなかった。

速川は何処に行ったのだろう?
病院にいたのは彼女なのか?
そして、その女がーー琴子を階段から突き落としたのだろうか?

警察は何処まで真剣に捜しているのだろう?
行方を把握しているのだろうかーー?


とにかく、一度琴子の処に戻ろう。
やはり、病室から離れているのは心配である。
防犯カメラの録画を見せてもらうのは可能だろうか?
自称友達から速川の写真を1枚貰っていた。斗南高校の制服を来た写真だった。琴子に負けず劣らずA組の教室やテニス部に通っていたらしいが、全く記憶にない。
美人でも不細工でもなく、目が二つあり、鼻と口があるという、普通の人間の顔。それ以外になんのインパクトも感想もない。
髪がショートカットでくせ毛である。
だが、今は琴子のように髪をのばしていると云っていた気がする。
それを思い出して少しゾッとするものを感じた。

この写真と防犯カメラの映像と照らし合わせることは出来るだろう。
もし、この女が琴子の病室に来ていたのならーーVIPルームに部屋を替えたおふくろの英断に感謝だなーーー
直樹は早く琴子の傍に戻らなくては、と足を速めた。

電車を乗り継ぎ、病院に近い駅で降りる。ここはパンダイの最寄り駅でもあった。

そしてーー。

ホームに降り立ち、そして改札口へ下りていく階段に向かって歩く。

ここでーー。
何があった?




そこは、琴子が転落した階段だった。








※※※※※※※※※※※※※※



少し短いですが………

さて、ようやく動き始めましたよ、直樹さん……(^^;






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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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