彼女は美しい夢を見る。 (16)






――金ちゃんにヤキモチ妬いてたってこと?



琴子の問いに直樹ははっとした。

ヤキモチ?  嫉妬?  おれが?

『……入江くん?』

返事のない直樹に不安そうに琴子が呼び掛ける。

「そう……なのかも。……おれは子供の頃から人を羨んだり妬んだり……何かに執着することもなかったから……まさか 自分が池沢なんかに嫉妬するなんて思いも寄らなかった」

『いっ入江くん……? うそっ』

唖然としたような琴子の声。

『し、信じられないよっ入江くんがヤキモチなんて……しかも金ちゃんなんかに?』

何気に失礼なことを言ってるとは気がついていない琴子である。

「……その『金ちゃんなんか』と結婚しようとしたくせに」

『うっ……そ、それは……だって、入江くんか早く男見つけろとかいうから……』

「………そうだったな」

ずっとどこかで信じてた。そんな酷い言葉を投げつけても、琴子は決して自分を忘れないと。自分以外の誰かを選ぶ筈ないと。

だからーー電流を受けたような衝撃だったのだ。
琴子が金之助からのプロポーズを受けると聴いた時。
そんなことあり得ないと。

ーーそして、その時だって思いもしなかった。それが金之助に対する嫉妬なんて。

「……ごめん」

『え? 何が?』

「おまえに『早く男みつけろ』なんて心にもないこと言って傷付けたこと」

『えっ? 入江くんが謝るなんてどうしたの? えっえっ? 心にもないことって』

「とにかくあの時は色んなものを断ち切らなきゃと思ってた。そうしないと前にすすめないって……」

『……な、なに? ?』

「早く男見つけろっていったクセして、おまえが金之助とデートしてるのを見て苛々してムカついて腹立った」

『えーーーっ !! だって……お似合いとかレベルが一緒とか』

「ああ、随分酷いこと云ったよな。なんか、沙穂子さんにお見通しだったの、今なら分かる気がする……子供じみた下らないヤキモチだったんた。おまえがアイツといるのが許せなかっただけ」

『う……そ……そ、そうなの?』

そうーーつまりそれが嫉妬なのだと。その感情にそんな名前が付いているなんて知らなかった。知ろうとしなかった。

「………今、思うとおれはおまえに近付く男みんなに嫉妬してたのかもな。須藤さんとこそこそやってた時も、中川とデートしてた時も」

『えっうそっそんな前から? あたしのこと好きだったってことぉーー!?』

絶叫に近い琴子の声に苦笑する。

『えっえっでも、だって? あれ? 清里のキスっていつだっけ? あれ ? いつからーーいつからあたしのこと好きだったのっ?』

あきらかにテンパってる琴子。

ーーいったいいつから?
それは眠ってるおまえに何度も云って聴かせただろう?

ーー多分、ずっとはじめから。
一滴の水がゆっくりと固い石に孔を穿っていくように。初めは全然気がつかなかったけれど、いつの間にかとてつもない深さになって溜まった水は溢れかえっていたんだ。


『でも、でもっ…でも! 入江くんは沙穂子さんが好きだったんだよね?』

テンパってるーーというよりは混乱している、といった方が正しいようだった。

琴子が呟いたセリフに直樹は一瞬言葉を詰まらせる。
琴子の語った夢の一端が頭を掠めた。

『あたし、やっぱりよくわからないの。
沙穂子さんが好みのタイプって言って婚約までして…… ねぇ、いつの間にあたしと沙穂子さんの立つ位置が入れ替わっちゃったの?   だって入江くんが好きなの沙穂子さんでしょ? 結婚するのも沙穂子さんだったでしょ?
ずっとずっとヤキモチ妬いてたのあたしの方だよ。松本姉に、沙穂子さんに、ハネムーンのマリって女に。入江くんがヤキモチ妬くなんて信じられない。
入江くんがあたしのこと好きなんて信じられない…!』

――琴子、ずっと夢なら醒めないで、って言ってたの

――入江くん、琴子にちゃんと信じさせてあげて。これは夢じゃないって。現実は夢の世界よりずっと幸せだって!

理美とじんこの悲痛な声が頭の中に蘇る。

「琴子!  信じろよ!  あの雨の夜に『大好きだよ』って抱き締めた思いが全部真実だ。沙穂子さんは会社の為にだけ婚約した。好きとか嫌いとか何の感情も持っていなかった。結局利用しようとしたに過ぎない彼女には申し訳ないと思ってる。でも、それ以上におれはおまえを傷つけたのだと思う。
だからその傷は全部おれが癒す。そうしたいと思って結婚したんだ。おふくろに勝手に進められて腹は立ったけど、心の何処かでうれしかった。だから文句は言うけど抵抗しなかった。早くおまえが欲しかった。おまえを誰にも渡したくなかった。おまえをおれのものだけにしたかった。それが全部だ!」

どうやって言葉だけで琴子に伝えることが出来るのだろう?
悲しげに訴えている彼女が目の前にいるのなら、抱き締めてキスしてそれだけで十分なのに。そうすれば全部わかりあえる筈なのに。
琴子は目の前に眠っているけれど、直樹が話している受話器の向こうの琴子に届かなければ何の意味もない言葉の羅列に過ぎない。

『本当に…?  本当にあたしのこと好きなの?』

「好きだよ」

『結婚したことも後悔してない?』

「あたりまえだ。こんなにすぐ後悔するくらいなら結婚なんてしない』

暫くの沈黙の後で、琴子の声が再び携帯の中から響く。

『あたしも、大好きだよ…』

「ああ、知ってる。おれも大好きたよ」

『……………………!!!』

眠っている琴子の顔がふにゃっとした表情になり真っ赤に熟れた。
照れてる琴子の顔だ。

「………可愛い…」

『へっ?』

「いや、今おれの前で眠っているおまえ、照れっと赤くなってる顔が可愛くて」

『うっうそ~っ』

「嘘じゃねぇよ」

『嘘っ  そうじゃなきゃやっぱり夢だよ。だって入江くんが好きだの可愛いだの言う筈ないもん!』

……またそこに逆戻りかよ……

直樹は軽くため息をつく。
何度言葉を尽くしてもいつの間にか琴子の思考はリセットされてしまう。
この想いが夢ではなくて現実なのだと、どうすれば、心の奥底まで響かせることが出来るのだろう?

たしかに今まで甘い愛の言葉なんて吐いたことは殆どない。せいぜいプロポーズの夜とハネムーンの最終日くらいだ。あとは結婚式までの2週間の間、時間はあまりなかったが少しは甘い雰囲気の時も有ったと思う。
とはいえ、ハネムーン直後からはアニ研連中が持ってきたアイデアの実現化の為の企画を立ち上げて忙殺され、琴子には何一つ説明せずの放置プレイ。
琴子が直樹の言葉を信じられないのは無理のないことかもしれない。

しかし直樹にしてみれば、漸く琴子と結ばれたあの夜に、自分でも信じられないくらいの甘い言葉を彼女の耳元に囁いたという自覚があるのだが。
それらの言葉はやはり幸福に酔いしれた琴子の中では夢の中の出来事にされてしまっているのだろうか?

『…ねぇ、入江くん…』

「なんだよ?」

『さっき、沙穂子さんのことは何とも思ってなかったって云ってたよね?
好みのタイプっていうの、嘘だったの?
あたし、入江くんが嘘つくって思えなくて。沙穂子さんを利用したって……入江くんはそんな人じゃないよ』

「……そんな人だよ……」

天井を仰いでため息をつく。

「彼女と婚約したのは、融資してくれる人の孫娘だからだ。大泉会長が薦めたのなら70歳のばーさんだってなんだってよかったんだよ」

『そ、そんな沙穂子さん……可哀想……あんなに入江くんのこと好きだったのに』

「おまえ……彼女に同情してどうする……」

『本当に、沙穂子さんより、あたしが好き?』

「だからさっきからそう云ってんだろうが! おれは彼女よりおまえを選んだんだよ」

『……でも、やっぱり間違いに気が付いた……とか?』

そして、やはりそこに着地する。
ハネムーンの後に放置したこと、冷たくしたことがここまで琴子の心に何重もの壁を作っているとは。

『ねぇ、もしかしてヤキモチとかじゃなくて、ただ単に纏わりついていたペットが誰かに盗られちゃうとか思ってさ、あげるの惜しくなっただけじゃない…?  ほら、子供が要らないと思ってたオモチャ、親が勝手に弟や妹にあげちゃうと、やっぱりあげないっーて言い張るみたいな………でも、やっぱりよくよく考えると要らなかったなーなんて』

「…なんだよ、それ…?  おれはガキか?」

琴子の言葉にムッとしたが、すぐに違和感を感じる。琴子がそんなひねた思考をするだろうか?

「おまえ、誰かにそんなこと言われたのか?」

『え…?  』

琴子は暫く考えているのか沈黙が続いた。

『…わからない…。誰かに言われたような気もするのだけど……思い出せない…』

「いいか、琴子、よく聴けよ」

直樹はすうっと息を吸い込むと、傍らに眠っている琴子の髪を一房掴み指に絡める。彼女に語りかけるように言葉を紡ぐ。
信じてもらえなくても。
繰り返すしかない。
何度でも、何度でも。
そして、まずきちんとしなくてはならないのはーー。

「琴子、たしかにおまえを金之助に持ってかれると思って慌ててプロポーズしたように思えたかもしれない……ある意味それは正しいかもしれないけれど」

『え、やっぱりじゃあ』

「でもおれが好きなのは初めからおまえだけだから。何度でもいうよ。おれはおまえ以外好きになった女はいないし、気持ちはずっと変わってない」

『……でも、昔、人の気持ちは変わるって……今日キライでも明日は好きになってるかもって云ったよね? ……だったら今日好きでも明日はキライになるかも、ってことでしょ?』

………ったくF組のくせしてどうしてそんな大昔の売り言葉に買い言葉的なことを覚えてるんだ、と頭を抱えたくなった。

そして、思う。
ああ、結局おれはあのときから琴子を金之助にとられたくなかったんだーー

ただ、あの時直樹がそういった言葉が、琴子にとってはもしかしたら自分を好きになってくれるのかもと大きな期待を持たせた宝物のような言葉だったと、彼は思いもよらない。

『それに、金ちゃんや沙穂子さんに謝りにいった後、おれたちだってどうなるかわからないって云ってたし』

「…………………」

何気なく云った皮肉や露悪的な冗談が全部自分に跳ね返ってくる。

「………ごめん」

『何が?……あーっ………やっぱり、結婚は間違いだったってこと?』

びくっと手が震えて直樹の手を払いのける。慌てて直樹はもう一度その手を掴んだ。

「違うっ勘違いするなって! おれが謝ってんのは、ちゃんと伝えなかったこと」

『………………何を?』

「おれがどんなにおまえを愛してて、誰にも渡したくないって思ってたこと……いや、伝えたくても俺自身が自覚してなかったから、結局誰かにとられそうにならないと気が付かないガキだったんだよ。おまえの云うとおり……」

『い、入江くん……?』

「それともうひとつ、ごめん」

『……こ、今度は…何?』

「何故入籍を延ばしてほしいと云ったのか、何故なかなか家に帰れなかったのか……その理由をちゃんと話さなくておまえを不安にさせたこと」

『………お試し期間じゃなく? あたしを嫌いになったわけでもなく?』

「あたりまえだ」

『会社を立て直してから、入籍しようと思ってたんだよね……?』

とりあえずはじめに告げたことはちゃんと覚えていたようだった。

「そうだよ。少なくとも親父に負担をかけてたのはおれのせいでもあったし。医学部に戻る前に、ある程度業績回復してからけじめをつけて入籍したかった。そのために殆ど寝る間も惜しんで新製品を開発してたんだ」

『………それ、完成したの?』

「ああ、なんとか。今日、完成披露会見があったんだ。本当はその場でおまえを妻だと紹介したかった。おまえをモデルにしたゲームだったんだ」

『ええーーっ うそっ!!!』

「本当だよ」

『寝る間も惜しんでって……ずっと寝てなかったの?』

「まあな」

『だ、大丈夫……?』

「まあ、なんとか」

『……ごめんね』

「は?」

なんでーーなんでおまえが謝るんだよ。
謝ってんのはこっちだろ?
琴子の言葉に耳を疑う。

『あたし……入江くんがそんなに大変だったの、全然気がつかなくて。入江くんのこと信じてなくって………ごめんなさい』

「琴子! おまえが謝らなくていいから」

『どうして? あたし入江くんが色々考えてたのに、何にも思い至らなくて。本当に奥さん失格だなーって……』

「そんなの思い至らなくて当たり前だ! おれが何も伝えてなかったんだから!」

『それはあたしが馬鹿だから……』

「違うっ! 馬鹿なのはおれの方だ」

『いっ入江くんが馬鹿な筈ないじゃない。だって、こんな短い期間で新しいゲーム作っちゃったんでしょ?』

ふふっと笑って琴子が呟いた。

「おれだけの力じゃないよ。付いてきてくれた社員たちがいたから……」

『………みんなが助けてくれたんだね』

「ああ」

『ふふっそれも入江くんの人望だよ。やっぱりすごいなー』

なんの含みもなく心のままに称賛する琴子の素直さ……。
ああ、琴子だ、と思う。

『………でも、よかった。これで会社、大丈夫なんでしょ?』

「……ああ、おそらく。自信はあるよ」

『本当によかった……入江くんが、ちゃんと会社や社員やその家族を守ったんだよね。入江くんが、全部放り出してしまうような人じゃなくてよかった………』

「………琴子……」

『やっぱり、大好き……』

ぐっと言葉に詰まる。
まったく、こいつは………。

琴子。琴子。
眠る琴子の頬を優しくなぞる。

琴子、早く目を覚ましてくれ。


「………だから、もう……大丈夫だから。もう、全部終わったから………入籍しよう、琴子」

『え………?』

「おれとちゃんと結婚して、入江琴子になって欲しい」

『入江……く…ん』

琴子が受話器の向こうで鼻をすすり声を詰まらせているのがわかる。
眠っている琴子の目尻からまた一筋涙が流れ落ちた。
直樹は携帯を耳に当てたまま、その目元に唇を落とす。
そしてそのあとは彼女の唇にやさしいキスを一つ。

『…あ』

琴子の驚いたような掠れた声が漏れる。

『入江くん、今、あたしにキスした?』

「ああ。わかるのか?」

『もしかして、時々あたしにキスしてた?』

「ああ。眠り姫はキスで起こすのが定番だからな。時々試してみたんだが、やっぱり姫じゃないせいかな?  この寝坊助はちっとも起きねぇし」

『……時々、ふっと入江くんのキスが降ってくる気がしたことがあったの。夢の世界の入江くんがしてくれるキスとは全然違う、とってもあったかくて幸せなキスなの……』

「琴子……」

夢の中のおれは琴子に何度もキスしてたのか?  と、一瞬夢の中の自分に苛立ちを感じたが、そんなことにまでヤキモチを妬くのは流石にどうかと、ぐっと抑え込む。

『そこに行きたい……入江くんのいるところに………入江くんに会いたい』

「来いよ。早く目を覚ましておれの処に来てくれ」

『どうしたら戻れるの?』

どうしたら…?
それは直樹にもわからない。
この世の事象には全て原因があり解明出来ないことなどないと思っていた。しかし今、この場で起きていることは、彼の常識や知識で対処出来る類いのものではなかった。

『あ……!』

「どうした、琴子?」

『今、玄関のインターホンが……あたししかこの世界にいないと思ったのに……他に誰かいるの…!?  ちょっと待ってね、入江くん!』

そう言って琴子が電話を持ったまま立ち上がる気配を感じた。

「待て!  琴子!」

声を荒げたが遅かった。電話は繋がったままだが、琴子が焦ったように玄関に向かっているのがわかる。
ガチャリとドアを開ける音がした。

――琴子、開けるな!  せめて誰か確認しろ!

直樹の叫びは琴子の手に持たれたままの携帯から虚空に消えた。

『……え……? どうしてあなたが……』

驚いたような琴子の声。

――誰だ!?

二人が話している声がぼそぼそと聞こえるが、内容までは分からない。相手は女のようだ。

5分たち、10分たって、電話は充電が切れたのかそのまま途絶えてしまった。

直樹は携帯を手に持ったままぼんやりと眠っている琴子の顔を見続けていた。

……おれは夢を見ていたのか?

夢にしてはあまりにもリアルだった。

………幻聴? そんな筈はない。

直樹には琴子との会話が、夢とか幻とかで片付けることは出来ないと感じていた。
彼の手のひらの中の携帯電話の着歴には間違いなく琴子と話した時間が記されていた。
43分28秒ーー。

「琴子……」

直樹はもう一度琴子の頬を摩りそして口付ける。

「琴子………早く戻ってきてくれ」

                                             











※※※※※※※※※※※※※



更新あいちゃってスミマセン!
いえいえ、セル版DVDを観ていたわけでも(まだ4話目~嫉妬事件までいったらまた腹立ってきそうで止まってます^-^;)
レンタル版観ていたわけでもなく(いまだゲット出来ず……週末にはあるかしらん……?)、ただ琴子ちゃんがなかなか直樹の言葉を信じてくれなくて、行きつ戻りつしていただけなんですよ………ほんと、あんたの日頃の行いが悪いせいだよっ(-_-#)


因みに、このお話の終着点は当然ながら『入籍』なんですが。
そこに至るまで、直樹さんには3つのミッションが用意されております。

とりあえず、ひとつめのミッション、
『琴子に届くようにしっかりと伝えて謝ること!』クリア、ということで^-^;




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