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彼女は美しい夢を見る。 (13)

2015.01.27(23:38) 94





ザーザーザー………

ああ、雨。
また雨が降っているの?
雨はもういや。
なんだかずうっと終わりのない雨が降っている気がするの。
止まない雨はないって嘘だわ。
だって…いつから? いつから降っているの? もう永遠に降っている気がする。

あの雨の日から。
凄く凄く幸せだったあの雨の夜から……
もしかしてずっと止んでいなかったのかしら………?

ずうっとずうっと降り続いて……
あの夜は……雨がスクリーンとなって見せた幻影だったのかしら……?

あたしが入江くんからプロポーズされるなんてーー





目が覚めた時、あたしは自分の部屋のベッドの上だった。
見慣れた天井、花柄の壁紙。レースがふんだんに使用された可愛いあたしの部屋。3年半過ごしていたあたしのお城。

ーー今までのも夢だったの?


ピンクのカーテンをさっと開けると、窓の向こうはやはり雨だ。
硝子窓に水滴が弾かれ落ちていく。

何度も何度も繰り返される夢の時間。何が夢で、何が現実なのか……もう何がなんだか分からない。

怖くて悲しくて凄く嫌な夢だった。
入江くんと沙穂子さんが結婚する――それが現実なら仕方がない。
仕方がないことなのに。
受け入れなければならないことなのに。
あたしはそんなことも出来ずに、とても恐ろしいことを考えてしまった。
夢の筈なのに、手に触れたナイフの感触が生々しく残っていて、あたしは思わず自分の掌をじっと見つめる。

本当に夢だったの?

「起きなきゃ……」

あたしはざわりとする嫌な感覚を振り払うように頬っぺたをパシッと叩いてから、のそのそと着替え始めた。

まだぼんやりとした頭を抱えたまま、あたしは階段を降りていく。
いったい今日は何日だろう?

デジタル時計の日付を見たら。
11月21日。午前7時。
ーーこの日って?

心臓がはねあがる。
何だかとっても大切な日の筈………


入江家の広々としたリビング、ダイニング、キッチンを見回し、そこには誰もいないことが分かった。
あたしは洗面所や浴室も確認する。
普段ならまだお父さんが寝ている筈の和室も覗いたけれど、誰もいない。

あたしはもう一度二階に駆け上がり、一つ一つ部屋を確認して回った。
おじさんおばさんの部屋にも、入江くんと裕樹くんの部屋にも、誰もいない……。
みんな何処に行っちゃったの?

いつもならおばさんが朝食を作っている時間だ。
キッチンには火の気配はない。
でも炊飯器のタイマーはもうすぐご飯が炊き上がることを示していて、蒸気の吹出口からよい香りか漂っていた。
その香りに触発されて、自分のお腹が空いてきたことに気が付いた。
けれど先ずみんなを捜さなきゃ。

あたしは外に出た。
雨はいつの間にか止んでいた。空はどんよりとした灰色の雲に覆われていたけれど。

ーーなんだ。ちゃんと止むじゃない。
あたしはそんな当たり前のことに物凄く安堵する。

しっとりと湿った玄関アプローチに一歩を踏み出して。
そして――あたしは。
世界が異様に静まりかえっていることに気が付いた。

確かにここは閑静な高級住宅街で、朝方の人通りは少ない。
でも全く通らないなんてこともない。
車の一台も通らず、犬を散歩させる人もいないなんて。

なんだかこの静けさがーーあまりに透明な静寂が恐ろしくて、あたしは思わずぶるっと震えて自分の肩を抱き締めた。
そして思い付いて隣の家に走り、インターホンを押す。でも応答はない。
その隣も。また、その隣も。どの家も誰も出てこない。
あたしは駅の方へ向かう道を走った。この時間なら必ず多くの人が駅へ向かっている筈。

誰もいない。

1日中、車の交通量の絶えないこの大通りも。24時間営業のコンビニも。とうに始発が動いている筈の駅の改札口にも。
ひとっこひとりいない。

コンビニに灯りはついている。
信号機もちゃんと赤や青に替わってる。
電気はちゃんと生きているのに。
なのにーーそれを使う人間が誰一人いないなんて……?


――こんなあたし、ぜんぶ消えてなくなってしまえ!


そう思ったことを思い出した。
消えてしまったんだ……。
しかも消えたのはあたしじゃなくて。
あたし以外の何もかもが消えてしまった。
この世界に人間はあたししかいないの?

それとも……やっぱりあたしが消えてしまったのかな?
みんながいる世界から弾き飛ばされてしまったのかな?

あたしはこの世界でたった一人になってしまったのーー?

あたしは例えようもない恐ろしさに、車の1台も走らないスクランブル交差点のど真ん中でただ呆然と立ち尽くしているだけだった。







しばらく街をさまよっていたあたしは流石に疲れを感じて、とりあえず家に戻ることにした。

「ただいま……」

誰も返答を返さないのに、いつものようにドアを開ける。

ーー鍵、掛けずに出てっちゃったんだ。

この状況ではかなりどうでもいいことを思う。

部屋に上がり、あたしはとりあえずテレビをつける。
電源は入るけど画面は砂嵐。
思った通り、何も映らない。

「お腹空いたな…」

こんな時でもお腹が空くんだ。
あたしは既に炊き上がっていたご飯をお茶碗によそうと、冷蔵庫から卵を出してそのままご飯にのせ、醤油をかけて食べる。
卵の殻がガリガリいうし、醤油をかけすぎてしよっぱい。間違っても美味しいとは言えないけれど、頑張って全部食べた。

食べないと…これから大学へ行って………

大学へ行けばもしかしたら誰かいるかもしれないーー

そして、その期待はあっさり裏切られた。
先ず交通機関が何も動いていなかった。
あたしは歩いて大学まで行き――歩いたのは初めてで、かなり道に迷い――そしてやっとこさ辿り着いて誰もいない構内をぐるっと廻り………そして再び家に戻った。その頃にはすっかり日が暮れて、誰にも会わず誰とも会話もしない1日が終わろうとしていた。

あたし…本当にこの世の中に一人ぼっちなんだ――。

家に戻って、残りご飯でお茶漬けを食べた。その後シャワーを浴びた。
ガスも電気も水道も使えるのに、誰もいないなんて……。

眠ってしまおう。これも悪い夢だ。
あたしはベッドに入った。流石に大学まで歩いたせいか一瞬にして眠りについた。



そして、朝。
あたしは再び雨音で目が覚めた。

やだ、また雨なんだ。
どうしてこうも毎朝雨が降るのだろう?

身体が痛い。あちこちが筋肉痛みたいだ。昨日大学まで歩いたり街をさ迷ったりしたせいだ。
昨日の……あれは夢じゃなかったの?
今日もあたしは誰にも会えないの?

なんだかずっしりと重たい頭を抱えたまま、のそのそと着替え、階下に降りる。

――やはり誰もいない。
テレビもラジオもつかない。
デジタル時計の日付は昨日と同じ11月21日のままで、時計が止まっていたのかと思った。けれど、家中のアナログ時計が同じ時間を指し示し、止まっているわけではないと気付かされる。

「おかしい……」

昨日、炊飯器は保温のままでご飯を残した状態で寝てしまった。
なのに、今再び炊飯器からご飯を炊くための蒸気が吹き出している。
いったい誰がご飯を仕込んだというのだろう?

昨日と全く同じ朝。
昨日と同じ――。

あたしは、同じ1日の中に閉じ込められてしまったのかしら?
11月21日。
凄く幸せな日だった気がする。
耐えられないような傷みから解放されて、夢のような幸福を味わった日。
それともーーそれは、それこそは本当に夢で。
本当は地獄のような苦しみの1日だったの? 心が滅茶苦茶に引き裂かれそうな、あの記憶はなんなの?
あの日に起きたことは、夢?  現実?
今が夢なのが現実なのかも分からない。もう、何も分からないよ。

あたしはその日、再び雨上がりの街の中をさ迷った。
ふぐ吉、じんこの家、理美のアパート。
斗南高校に、松本姉のマンション。
入江くんと二人でアルバイトしたデニーズ……。

どうして?

どうして、誰もいないの?

みんな、何処に行っちゃったの?

怖くて叫び出しそうな衝動を押さえながら、あたしは歩き続けた。






そして、三日目の朝。
外はやっぱり雨。
あたしはある程度覚悟を持って階下に降りる。

案の定、日付は11月21日だった。
あたしは夜、一体誰が炊飯器のご飯をセットするのだろうと思って、徹夜して確かめようとダイニングのテーブルに座っていた。
なのにいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
そして目覚めた時にはちゃんと自分の部屋のベッドに眠っていた。もう、訳がわからないよ。

そしてやはり炊飯器からはご飯の炊き上がる芳しい匂いが漂っていてーー。


その日はもう街をさ迷うことは諦めた。
2日も歩き回ったせいでかなり疲れていたし。足もぱんぱんだ。

あたしはぼうっと考えながら、駄目と分かっていてもテレビをつけたりラジオをつけたりしてみる。
やはり何の音も画面も映し出さない。

音がないのが寂しすぎて、オーディオの電源を入れて、CDをかける。
流石にCDならちゃんと音楽が聴けるみたい。

これは入江くんがよく聴いていた、クラシックのピアノ曲だ。

何だか切ないような物悲しいような。
でも、何も音がしないより遥かにマシだ。あたしはCDをエンドレスにセットして、その場を離れた。


今日はもう家から出ないと決めたら何をしていいのか分からなくて、ぼんやりとリビングからサンルームに出た。   
サンルームの片隅にチビのえさ入れが置いてある。
でもチビはいない。

チビまでいなくなっちゃったの?

サンルームから庭に降りた。
風がさわっとあたしの髪を舞い上がらせる。
雨も降り、風も吹き…… ちゃんと地球はいつも通りなのに。
どうして世界はこんなに変わってしまったのだろう?

あたしは秋のひんやりとした空気が身体を包むのを感じたけれど、同時に外の世界に、雀やカラスといった動物たちも存在しないことに気づいた。     

おばさんが丹精している庭の花木を見る。クモの巣一つない。
気のせいだろうか? それとも虫すらこの世界から消えてしまったの?  そりゃ、もうこんな寒い時期、虫たちも冬支度をしているのかもしれないけれど。
でも、なんだか世界中で呼吸をしている生物はあたし一人のような気がしてきて――そしてあたしは唐突に物凄く怖くなって、思わず家に駆け込む。

そして、叫んだ。

「お父さん!  お父さん!  どこ?」

「おばさん!  おじさん!  裕樹くん!」

家中を走り回って叫ぶ。

「入江くん!  入江くん!  入江くん!」

入江くん、何処?
会いたい!  会いたいよぉ……

あたしはーー。
もう、入江くんにどれだけ会ってないのだろう?
夢の中で何度も何度も入江くんに会ったような気もするし、凄く長い間、顔すらまともに見てない気もする。

あたしは自分の部屋ではなく、滅多に訪れることのなかった入江くんと裕樹くんの部屋に入る。
そして入江くんのベッドの上に座った。
あたしのピンクな部屋とは対象的に落ち着いたアースカラーで統一されたインテリア。綺麗にベッドメイキングされたままのチョコレートブラウンのベッドカバー。
あたしは、シーツの上の毛布を引っ張り出すとそれにくるまった。

入江くんの匂いがする…。  

げんきんなもので、それだけで少し恐怖感が薄れ、妙な安心感が生まれてきたのを感じた。

   
あたしは、しばらくその入江くんの 香りに包まれて落ち着いてきたせいか、そういえば今日ちょっと試みようと思っていたことを思い出した。

ポケットから携帯を取り出す。いつも充電するのを忘れて眠ってしまうのに、朝起きると必ず枕元の充電器に繋がっている。充電しなくたって使ってないから殆ど電池が切れることはないのだけれど。

あたしは電話帳を開いて、片っ端から通話ボタンを押す。

理美、じんこ、金ちゃん、お父さん……

けれど、誰も繋がらない。呼び出し音さえ鳴らないまま、「現在電波が届きにくいか、電源を切っている為かかりません」と、女の人の冷たい声が聞こえるだけ。

そして。
押そうとして一瞬躊躇(ためら)うその名前。

『入江くん』

入江くんは携帯を持たない主義だったけれど、裕樹くんの緊急手術の時なかなか連絡が取れなくて困ったことがあった。以来、携帯を持ってくれるようにはなったけれど、実際電話をしたのなんて数える程もない。番号教えてもらうのにも随分時間かかったっけ。
あからさまに嫌がられるのが怖くてかけられなかった。

でもあたしは勇気を出してーーぴっと、ボタンを押してみる。

トゥルルルル――


「ええっ!」

初めて呼び出し音が鳴って、ドキンっとして、思わず大きな声を出してしまった。
そして何回か呼び出し音は鳴り続けて。

『もしもし?』

えっ? えっ? えーっ!?

それは紛れもなく入江くんの声だった。

「い…入江くん…!?」
              
『琴子…?』

「入江くん!  入江くん!」

『琴子……本当に琴子なのか?』

「入江くんも……本当に入江くんなの?」

懐かしい声。
電話越しに聴くことは滅多にないけれど、間違える筈のない、あたしの大好きな声。


『琴子…おまえ、いったい何処にいるんだ? ーー 何処から掛けているんだ?』

「何処って…入江くんちだよ………
今、入江くんと裕樹くんの部屋にいるの」

『おれの…?』

「うん。だって、誰もいなくなっちゃって。あたし、寂しくて寂しくて死にそうなの。みんな何処にいったんだろ?  世の中にあたし一人しかいないみたいなの」

『誰もいないって…』

「本当に誰もいないの。お父さんもおばさんもみんないないし、街中ひとっこひとりいないの。あたしもう、ずっと誰とも喋ってなくて……会いたいよ!  会いたい!
入江くんに会いたい!  入江くんは何処にいるの?」

『ーーおれはおまえの隣にいる』

「え?」

『ここは病院。おまえ、ずっと眠り続けているんだ。おまえ、おれのすぐ傍で眠ってるーー』



                                         










※※※※※※※※※※※※※



ようやく。夢と現実が繋がりました。



何気に日キス1のエピ挿入(^^)
明日は2のDVD発売日だわ……(^^)b






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2015年01月27日
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