ーーどういうことだ?

直樹は呆然と自分の携帯画面に表示された文字を見つめた。

『琴子』

そして、ちらりとサイドテーブルに置かれたままの琴子の携帯を見つめる。
琴子の携帯は、ここにある。
誰も触れていないし、今、目の前にただ置かれているだけだ。

恐る恐る琴子の携帯を手に取り、開いてみるが発信状態にはなっていない。

トゥルルルルル………

なのに何故、直樹の携帯に琴子からの電話が鳴るのか? 電話番号も、紛れもなく琴子のこの携帯の番号である。いったい何処から発信されているというのか?

直樹は瞬時にこの不可解な現象に対する物理的原因を幾つか検証してみる。
だが正答と思えるものが何一つ導き出せない。

トゥルルルルル………

そして直樹は携帯の応答ボタンに触れた。

「もしもし……?」

『い……入江くん?』

それは間違いなく。
今、自分の傍らで眠っているーー懐かしい琴子の声だった。

「琴子……?」

そんな、ばかな……琴子の寝顔を見ながら震える声を絞り出す。

『入江くん! 入江くん!』

少し甘えたような琴子の愛らしい声。

「琴子……本当に琴子なのか?」

『入江くんも……本当に入江くんなの?』

ああ、間違いない。間違いなく琴子の声だ。

「琴子……おまえいったい何処にいるんだ? ーー何処から掛けているんだ?」

『何処って……入江くんちだよ……今、入江くんと裕樹くんの部屋にいるの』

「おれの……?」

直樹と裕樹の部屋はもうない筈だった。
新婚部屋の改装と同時に、兄弟で使っていた部屋は裕樹だけのものとなって、部屋のレイアウトも大分変わっていた。

『うん。だって、誰もいなくなっちゃって。あたし、寂しくて寂しくて死にそうなの。みんな何処にいったんだろ?  世の中にあたし一人しかいないみたいなの』

「誰もいないって…」

『本当に誰もいないの。お父さんもおばさんもみんないないし、街中ひとっこひとりいないの。あたしもう、ずっと誰とも喋ってなくて……会いたいよ!  会いたい!
入江くんに会いたい!  入江くんは何処にいるの?』

琴子の悲痛な声に、胸が抉られるような気がした。
傍らに眠っている琴子の寝顔もどこかしら顔を歪ませているような悲しげな表情だった。

「ーーおれはおまえの隣にいる」

眠っている琴子の頬をそっとなぞる。

『え?』

「ここは病院。おまえ、ずっと眠り続けているんだ。おまえ、おれのすぐ傍で眠ってる」

『えーっうそ!  だって!  あたし、ここに……』

ここ、というのはーーいったい何処なのだろう?
何もかもが非現実的だ。
もしかして自分自身が琴子に会いたくて、琴子の声が聴きたくてそんな夢を見ているのだろうかとも思う。
にしては、あまりにもリアルだ。
電話を通して聴こえる琴子の声が、どうしても夢や幻聴とは思えない。
そして目の前の琴子の苦しげな顔も……

「おまえ、一人ぼっちになって寂しくて泣いていた?  おまえの寝顔がなんかすっげえ辛そうだった」

『うん…』

一人ぼっちってどういうことなのだろう?
はじめは琴子の言葉の意味がすんなり頭に入ってこなかったが、よくよく考えると物凄い恐怖を感じた。

ーーまわりにも誰もいない。
この世界にたった一人。人好きで寂しがりやの琴子が?
それはーー怖い。想像しただけでも足がすくみそうになる。

「でも、何故だーー? 少し前まで凄く幸せそうだったのに……… おまえ、幸せな夢を見ていたんじゃないのか?」

現実に戻りたくないと思うくらい。

『………見てたよ。幸せな夢。ふふっ驚かないでね? っていうか、嫌がらないでね?  なんと、あたしと入江くんが結婚してしまうという、とーってもステキな夢をみてしまってたの!』

「………………」

『あ、やっぱり今眉間に皺寄せて嫌な顔してるでしょ?』

ーー何が夢で、何が現実なのか……

「夢じゃないよ。忘れたのかよ。おれとおまえは結婚した。
11月21日に結婚式をあげた。ど派手な披露宴にハワイへの新婚旅行…全部現実だ」

『え?……みんな夢じゃないの?』

「覚えてないのかよ?  結婚式でゴンドラ乗ったことや、新婚旅行でウザイ夫婦に邪魔されたことも、ハワイで迷子になって保護されたことも……」

全部夢だと思うのか?
何もかもが………

『じゃあ、じゃあ……ジューンブライドは?   結婚式のプランも自分たちで決めたり、あたしたちの部屋、あたしたちでコーディネイトして、入籍をバレンタインにして……』

「……?  それは……多分夢だな……」

琴子が不思議なことを言い出した。そんな夢を見ていたのかと思う。
入籍………バレンタインに…?

『じゃあ、じゃあ、入江くん、沙穂子さんは? 沙穂子さんと結婚式挙げたのは……』

「なんだよ? それ。沙穂子さんとの婚約はきちんと断っただろ?」

そんな夢まで見ていたのか?
どうして?

『そっちが夢だったんだね。本当だよね? 本当に沙穂子さんとじゃなくて、あたしと結婚式したんだよね?』

切ないような悲しい声。

「そうだよ。おれとおまえは結婚した。ちゃんと夫婦になったんだ。忘れたのかよ、ハワイの夜を……」

『……わ、忘れてない………』

声が少し焦ってる。
琴子があの夜を思い出して顔を沸騰させているのでは、と想像して、直樹の顔にも少し笑みが浮かんだ。
眠っている琴子の頬が少し赤くなっているのは気のせいだろうか?


『ーーでも、入江くん云ったよね?
結婚やめるか?って……運よく籍も入れてないことだしって…………ねぇそれも夢なの? 悪い夢の続きなの?』


琴子の声が怯えたようにか細くなる。

ねぇ教えてよ。
何が夢で。
何が現実なのか。
何処までが真実で。
何処までが嘘っぱちなのか。
あなたの気持ちがどこまで真実(ほんと)なのかーー

琴子が叫んでいる気がした。









※※※※※※※※※※※



少し短くてごめんなさい。
次は一気に駆け抜けたいと思っているので長くなります(^^;

テーマは『以心電信』?(←古い……byオレン●レンジ)某携帯会社のCM曲でしたね^-^;





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2015.01.30 / Top↑



またまた素敵なサイト様とリンクしていただけることになりました。

『Embrasse-moi』のema-sque様です。


無論皆さまご存知でいらっしゃると思いますが。
いくつもの素敵なお話もありますし、それはもう素晴らしいイリコトイラストや漫画の数々。うっとりしてしまいます。
イタキス歴もとっても長く、もう素敵な大先輩です。



そして、うちのこのブログにほんの少しご縁を感じております(←あ、私が勝手に感じてるだけですが)
実はうちのブログで初めてアップしたお話、『誕生日にはカプチーノを』というのですが。少しほろにがいお話でして。
そして思ったのです。すでに閉店されていますが、ema様か運営されていたHP、『ほろにがカプチーノ』のタイトルまんまじゃないっ!と。
書いてる時は全く意識してなかったのですが、書き上がった時に、うーん、いいのかなあ?とちょっと迷ったりしました。許可なく勝手にタイトル使用?みたいで。でもまあいいかと心ひそかに捧げさせていただいていたのです。
そして、ブログ開設して数日後。
初めての拍手コメントに、な、な、な、なんとema様の名前が~~(°Д°)
びっくりしました。ひっくり返りそうなくらい。だって、だって、誕生日にほろ苦いカプチーノな話書いて、ema様からコメントいただくなんて、出来すぎてるーー! と。
はっきりいって半信半疑でした。いや。きっと、たまたま同じHNの方なのよ、と。

そしてその後、お伺いする機会がありまして。
そしてやっぱりema様でしたーー!
ブログの開設の初期の頃からうちを知っていただいていたなんて光栄すぎて!!
(むじかく様からこの業界でema様以外にemaを名乗る人はいないでしょうと云われましたが……確かにその通りですね(^^;)
疑ってすみません。
………というか、私、実をいうとなんやかんやema様に対して申し訳ないことをやらかしています。もう恥ずかしくて云えませんが、穴があったら入りたいです。
そんなとんちんかんですっとこどっこいな私とリンクを結んで下さり本当にありがたいです。

これからもよろしくお願いいたします(^^)


合同本 『Twinklekiss』とても楽しみにしております♪









2015.01.28 / Top↑




ザーザーザー………

ああ、雨。
また雨が降っているの?
雨はもういや。
なんだかずうっと終わりのない雨が降っている気がするの。
止まない雨はないって嘘だわ。
だって…いつから? いつから降っているの? もう永遠に降っている気がする。

あの雨の日から。
凄く凄く幸せだったあの雨の夜から……
もしかしてずっと止んでいなかったのかしら………?

ずうっとずうっと降り続いて……
あの夜は……雨がスクリーンとなって見せた幻影だったのかしら……?

あたしが入江くんからプロポーズされるなんてーー





目が覚めた時、あたしは自分の部屋のベッドの上だった。
見慣れた天井、花柄の壁紙。レースがふんだんに使用された可愛いあたしの部屋。3年半過ごしていたあたしのお城。

ーー今までのも夢だったの?


ピンクのカーテンをさっと開けると、窓の向こうはやはり雨だ。
硝子窓に水滴が弾かれ落ちていく。

何度も何度も繰り返される夢の時間。何が夢で、何が現実なのか……もう何がなんだか分からない。

怖くて悲しくて凄く嫌な夢だった。
入江くんと沙穂子さんが結婚する――それが現実なら仕方がない。
仕方がないことなのに。
受け入れなければならないことなのに。
あたしはそんなことも出来ずに、とても恐ろしいことを考えてしまった。
夢の筈なのに、手に触れたナイフの感触が生々しく残っていて、あたしは思わず自分の掌をじっと見つめる。

本当に夢だったの?

「起きなきゃ……」

あたしはざわりとする嫌な感覚を振り払うように頬っぺたをパシッと叩いてから、のそのそと着替え始めた。

まだぼんやりとした頭を抱えたまま、あたしは階段を降りていく。
いったい今日は何日だろう?

デジタル時計の日付を見たら。
11月21日。午前7時。
ーーこの日って?

心臓がはねあがる。
何だかとっても大切な日の筈………


入江家の広々としたリビング、ダイニング、キッチンを見回し、そこには誰もいないことが分かった。
あたしは洗面所や浴室も確認する。
普段ならまだお父さんが寝ている筈の和室も覗いたけれど、誰もいない。

あたしはもう一度二階に駆け上がり、一つ一つ部屋を確認して回った。
おじさんおばさんの部屋にも、入江くんと裕樹くんの部屋にも、誰もいない……。
みんな何処に行っちゃったの?

いつもならおばさんが朝食を作っている時間だ。
キッチンには火の気配はない。
でも炊飯器のタイマーはもうすぐご飯が炊き上がることを示していて、蒸気の吹出口からよい香りか漂っていた。
その香りに触発されて、自分のお腹が空いてきたことに気が付いた。
けれど先ずみんなを捜さなきゃ。

あたしは外に出た。
雨はいつの間にか止んでいた。空はどんよりとした灰色の雲に覆われていたけれど。

ーーなんだ。ちゃんと止むじゃない。
あたしはそんな当たり前のことに物凄く安堵する。

しっとりと湿った玄関アプローチに一歩を踏み出して。
そして――あたしは。
世界が異様に静まりかえっていることに気が付いた。

確かにここは閑静な高級住宅街で、朝方の人通りは少ない。
でも全く通らないなんてこともない。
車の一台も通らず、犬を散歩させる人もいないなんて。

なんだかこの静けさがーーあまりに透明な静寂が恐ろしくて、あたしは思わずぶるっと震えて自分の肩を抱き締めた。
そして思い付いて隣の家に走り、インターホンを押す。でも応答はない。
その隣も。また、その隣も。どの家も誰も出てこない。
あたしは駅の方へ向かう道を走った。この時間なら必ず多くの人が駅へ向かっている筈。

誰もいない。

1日中、車の交通量の絶えないこの大通りも。24時間営業のコンビニも。とうに始発が動いている筈の駅の改札口にも。
ひとっこひとりいない。

コンビニに灯りはついている。
信号機もちゃんと赤や青に替わってる。
電気はちゃんと生きているのに。
なのにーーそれを使う人間が誰一人いないなんて……?


――こんなあたし、ぜんぶ消えてなくなってしまえ!


そう思ったことを思い出した。
消えてしまったんだ……。
しかも消えたのはあたしじゃなくて。
あたし以外の何もかもが消えてしまった。
この世界に人間はあたししかいないの?

それとも……やっぱりあたしが消えてしまったのかな?
みんながいる世界から弾き飛ばされてしまったのかな?

あたしはこの世界でたった一人になってしまったのーー?

あたしは例えようもない恐ろしさに、車の1台も走らないスクランブル交差点のど真ん中でただ呆然と立ち尽くしているだけだった。







しばらく街をさまよっていたあたしは流石に疲れを感じて、とりあえず家に戻ることにした。

「ただいま……」

誰も返答を返さないのに、いつものようにドアを開ける。

ーー鍵、掛けずに出てっちゃったんだ。

この状況ではかなりどうでもいいことを思う。

部屋に上がり、あたしはとりあえずテレビをつける。
電源は入るけど画面は砂嵐。
思った通り、何も映らない。

「お腹空いたな…」

こんな時でもお腹が空くんだ。
あたしは既に炊き上がっていたご飯をお茶碗によそうと、冷蔵庫から卵を出してそのままご飯にのせ、醤油をかけて食べる。
卵の殻がガリガリいうし、醤油をかけすぎてしよっぱい。間違っても美味しいとは言えないけれど、頑張って全部食べた。

食べないと…これから大学へ行って………

大学へ行けばもしかしたら誰かいるかもしれないーー

そして、その期待はあっさり裏切られた。
先ず交通機関が何も動いていなかった。
あたしは歩いて大学まで行き――歩いたのは初めてで、かなり道に迷い――そしてやっとこさ辿り着いて誰もいない構内をぐるっと廻り………そして再び家に戻った。その頃にはすっかり日が暮れて、誰にも会わず誰とも会話もしない1日が終わろうとしていた。

あたし…本当にこの世の中に一人ぼっちなんだ――。

家に戻って、残りご飯でお茶漬けを食べた。その後シャワーを浴びた。
ガスも電気も水道も使えるのに、誰もいないなんて……。

眠ってしまおう。これも悪い夢だ。
あたしはベッドに入った。流石に大学まで歩いたせいか一瞬にして眠りについた。



そして、朝。
あたしは再び雨音で目が覚めた。

やだ、また雨なんだ。
どうしてこうも毎朝雨が降るのだろう?

身体が痛い。あちこちが筋肉痛みたいだ。昨日大学まで歩いたり街をさ迷ったりしたせいだ。
昨日の……あれは夢じゃなかったの?
今日もあたしは誰にも会えないの?

なんだかずっしりと重たい頭を抱えたまま、のそのそと着替え、階下に降りる。

――やはり誰もいない。
テレビもラジオもつかない。
デジタル時計の日付は昨日と同じ11月21日のままで、時計が止まっていたのかと思った。けれど、家中のアナログ時計が同じ時間を指し示し、止まっているわけではないと気付かされる。

「おかしい……」

昨日、炊飯器は保温のままでご飯を残した状態で寝てしまった。
なのに、今再び炊飯器からご飯を炊くための蒸気が吹き出している。
いったい誰がご飯を仕込んだというのだろう?

昨日と全く同じ朝。
昨日と同じ――。

あたしは、同じ1日の中に閉じ込められてしまったのかしら?
11月21日。
凄く幸せな日だった気がする。
耐えられないような傷みから解放されて、夢のような幸福を味わった日。
それともーーそれは、それこそは本当に夢で。
本当は地獄のような苦しみの1日だったの? 心が滅茶苦茶に引き裂かれそうな、あの記憶はなんなの?
あの日に起きたことは、夢?  現実?
今が夢なのが現実なのかも分からない。もう、何も分からないよ。

あたしはその日、再び雨上がりの街の中をさ迷った。
ふぐ吉、じんこの家、理美のアパート。
斗南高校に、松本姉のマンション。
入江くんと二人でアルバイトしたデニーズ……。

どうして?

どうして、誰もいないの?

みんな、何処に行っちゃったの?

怖くて叫び出しそうな衝動を押さえながら、あたしは歩き続けた。






そして、三日目の朝。
外はやっぱり雨。
あたしはある程度覚悟を持って階下に降りる。

案の定、日付は11月21日だった。
あたしは夜、一体誰が炊飯器のご飯をセットするのだろうと思って、徹夜して確かめようとダイニングのテーブルに座っていた。
なのにいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
そして目覚めた時にはちゃんと自分の部屋のベッドに眠っていた。もう、訳がわからないよ。

そしてやはり炊飯器からはご飯の炊き上がる芳しい匂いが漂っていてーー。


その日はもう街をさ迷うことは諦めた。
2日も歩き回ったせいでかなり疲れていたし。足もぱんぱんだ。

あたしはぼうっと考えながら、駄目と分かっていてもテレビをつけたりラジオをつけたりしてみる。
やはり何の音も画面も映し出さない。

音がないのが寂しすぎて、オーディオの電源を入れて、CDをかける。
流石にCDならちゃんと音楽が聴けるみたい。

これは入江くんがよく聴いていた、クラシックのピアノ曲だ。

何だか切ないような物悲しいような。
でも、何も音がしないより遥かにマシだ。あたしはCDをエンドレスにセットして、その場を離れた。


今日はもう家から出ないと決めたら何をしていいのか分からなくて、ぼんやりとリビングからサンルームに出た。   
サンルームの片隅にチビのえさ入れが置いてある。
でもチビはいない。

チビまでいなくなっちゃったの?

サンルームから庭に降りた。
風がさわっとあたしの髪を舞い上がらせる。
雨も降り、風も吹き…… ちゃんと地球はいつも通りなのに。
どうして世界はこんなに変わってしまったのだろう?

あたしは秋のひんやりとした空気が身体を包むのを感じたけれど、同時に外の世界に、雀やカラスといった動物たちも存在しないことに気づいた。     

おばさんが丹精している庭の花木を見る。クモの巣一つない。
気のせいだろうか? それとも虫すらこの世界から消えてしまったの?  そりゃ、もうこんな寒い時期、虫たちも冬支度をしているのかもしれないけれど。
でも、なんだか世界中で呼吸をしている生物はあたし一人のような気がしてきて――そしてあたしは唐突に物凄く怖くなって、思わず家に駆け込む。

そして、叫んだ。

「お父さん!  お父さん!  どこ?」

「おばさん!  おじさん!  裕樹くん!」

家中を走り回って叫ぶ。

「入江くん!  入江くん!  入江くん!」

入江くん、何処?
会いたい!  会いたいよぉ……

あたしはーー。
もう、入江くんにどれだけ会ってないのだろう?
夢の中で何度も何度も入江くんに会ったような気もするし、凄く長い間、顔すらまともに見てない気もする。

あたしは自分の部屋ではなく、滅多に訪れることのなかった入江くんと裕樹くんの部屋に入る。
そして入江くんのベッドの上に座った。
あたしのピンクな部屋とは対象的に落ち着いたアースカラーで統一されたインテリア。綺麗にベッドメイキングされたままのチョコレートブラウンのベッドカバー。
あたしは、シーツの上の毛布を引っ張り出すとそれにくるまった。

入江くんの匂いがする…。  

げんきんなもので、それだけで少し恐怖感が薄れ、妙な安心感が生まれてきたのを感じた。

   
あたしは、しばらくその入江くんの 香りに包まれて落ち着いてきたせいか、そういえば今日ちょっと試みようと思っていたことを思い出した。

ポケットから携帯を取り出す。いつも充電するのを忘れて眠ってしまうのに、朝起きると必ず枕元の充電器に繋がっている。充電しなくたって使ってないから殆ど電池が切れることはないのだけれど。

あたしは電話帳を開いて、片っ端から通話ボタンを押す。

理美、じんこ、金ちゃん、お父さん……

けれど、誰も繋がらない。呼び出し音さえ鳴らないまま、「現在電波が届きにくいか、電源を切っている為かかりません」と、女の人の冷たい声が聞こえるだけ。

そして。
押そうとして一瞬躊躇(ためら)うその名前。

『入江くん』

入江くんは携帯を持たない主義だったけれど、裕樹くんの緊急手術の時なかなか連絡が取れなくて困ったことがあった。以来、携帯を持ってくれるようにはなったけれど、実際電話をしたのなんて数える程もない。番号教えてもらうのにも随分時間かかったっけ。
あからさまに嫌がられるのが怖くてかけられなかった。

でもあたしは勇気を出してーーぴっと、ボタンを押してみる。

トゥルルルル――


「ええっ!」

初めて呼び出し音が鳴って、ドキンっとして、思わず大きな声を出してしまった。
そして何回か呼び出し音は鳴り続けて。

『もしもし?』

えっ? えっ? えーっ!?

それは紛れもなく入江くんの声だった。

「い…入江くん…!?」
              
『琴子…?』

「入江くん!  入江くん!」

『琴子……本当に琴子なのか?』

「入江くんも……本当に入江くんなの?」

懐かしい声。
電話越しに聴くことは滅多にないけれど、間違える筈のない、あたしの大好きな声。


『琴子…おまえ、いったい何処にいるんだ? ーー 何処から掛けているんだ?』

「何処って…入江くんちだよ………
今、入江くんと裕樹くんの部屋にいるの」

『おれの…?』

「うん。だって、誰もいなくなっちゃって。あたし、寂しくて寂しくて死にそうなの。みんな何処にいったんだろ?  世の中にあたし一人しかいないみたいなの」

『誰もいないって…』

「本当に誰もいないの。お父さんもおばさんもみんないないし、街中ひとっこひとりいないの。あたしもう、ずっと誰とも喋ってなくて……会いたいよ!  会いたい!
入江くんに会いたい!  入江くんは何処にいるの?」

『ーーおれはおまえの隣にいる』

「え?」

『ここは病院。おまえ、ずっと眠り続けているんだ。おまえ、おれのすぐ傍で眠ってるーー』



                                         










※※※※※※※※※※※※※



ようやく。夢と現実が繋がりました。



何気に日キス1のエピ挿入(^^)
明日は2のDVD発売日だわ……(^^)b





2015.01.27 / Top↑



もしかしたら石やら槍やら降って来るのではないかとヘルメットを被って身構えておりましたが(ウソです笑)皆さま心優しくて感動しております(^^)
拍手、増えてるし!(あ、ありがとうございます~)
これも琴子ちゃんの健気さ、強さのおかげですよね! ほんと、いいこやなー(^^)

そして、ヤツは。
彼なりにがんばっているのですよ、これでも……(遠い目)







※※※※※※※※※※※※※※







花束を抱えて病院のロビーを横切ると、直樹は患者や職員がちらりと視線を自分に向けてくるのを感じた。
普段は夜間の入口からしか出入りしていないから、夕方遅いとはいえ外来の受付時間内にここを通るのは久しぶりかもしれない。

もう少し早く駆けつけたかったが、完成披露記者会見の後のパーティも最初の挨拶くらいはしなくては、さすがに責任ある立場では抜け出すには無理があった。
出資者でもある大泉会長に掴まり、「どうやらわしの目に狂いはなかったようだな。融資を不安視していたうちの役員たちも絶賛していたぞ」と、肩をばしばしと叩かれた。
婚約破談の遺恨もなく、打ち込んだ仕事に一定の評価を得られたことに安堵するとともに、元婚約者に対する罪悪感が少し薄らいだ気がした。


入院病棟に渡り、エレベーターの最上階のボタンを押す。
琴子の部屋は、5日ほど前に最上階のVIPルームに移されていた。前から紀子が部屋の変更を頼んでいたのだが、どこぞの政治家がこっそりと退院し、ようやく部屋が空いたらしい。
重雄は「いつまでこの状況かわからないから」と固辞をしたが、私の大事な娘をいつまでも狭い部屋に閉じ込めておくなんてできません、と紀子が譲らなかった。前の特別室も重雄にすれば十分過ぎる立派な部屋だったのだが、やはり隣室の気配が感じられる一般病棟より、店が終わった後でも気兼ねなく訪れることができるフロアに一室しかないVIPルームはありがたく、最後には紀子の申し出を受け入れた。


ちん、という音と共に最上階に到着した直樹は、誰もいない静かな絨毯敷のホテルの廊下のような空間を見つめる。

あの奇妙な少女の夢を見た夜から、仕事はさらに多忙を極め、琴子の傍らで仮眠を取ることすら出来なくなっていたが、それでも僅かな時間でも琴子の顔を見るためにこの部屋を訪れていた。

頬を触ったり。
髪をすいたり。
汗を拭いて、身体を少し動かしてやって。
寝返りは自分で打っているので、床擦れ防止のために看護師が身体を動かしにくる頻度は普通の寝たきり患者より多くはないだろう。病院のケアに不安を感じている訳ではないが、それでもここに来たときには必ず身体を動かしマッサージをしてやる。
そして少しぽつぽつと話しかけ、キスをひとつしてまた会社に戻る、といった日々だった。
だが、それも今日で終わりだーー。


直樹が部屋に入ると、ベッド回りのカーテンが閉めきられていた。
広々とした部屋の片隅に大きなクリクマスツリーが飾られ、パーティーでも始まるかのように折り紙でつくられた色とりどりのぺーパーチェーンが天井からぶらさがっていた。
クリクマスオーナメントも壁にペタペタと貼り付けられていた。
そういえば裕樹が琴子の部屋にツリーを飾ろうって言っていたのを思い出す。

「ほうら、琴子ちゃん気持ちいいでしょう?」

紀子が琴子の身体を拭いているらしい。

「おふくろ、入るぞ」

「駄目よ!  まだ着替え中!」

「別にいいだろう、夫婦なんだから」

「あら、駄目よ。琴子ちゃんの性格考えてご覧なさい。お兄ちゃんに見られてたって知ったら恥ずかしくて死んでしまうわ」

カーテンから顔だけ出して睨みつける紀子。

「それにあなたたち、夫婦らしい時間をまともに過ごしてないでしょう?」

だから余計に琴子は恥ずかしがるだろうという紀子の予想は恐らく間違いないだろう。

――でも、おれ、もう何度か清拭も着替えもさせてるんだけどな。

夜半に来たとき、ひどく汗をかいていて着替えさせたことは何度かある。

「あら、その花」

紀子が、直樹の持っていた花束に気が付いた。息子が花束を抱えているという構図が妙に新鮮だった。

「今日、完成披露会の後のパーティーで使われた花を少し貰ってきた」

部屋には常に紀子が生けた花が飾られていたが、これだけあれば華やかさも増すだろう。それに香りの強い蘭の花は、眠り姫の鼻腔をくすぐり眠りの国から呼び覚ますかも知れない。

「そう」

紀子は直樹から花を受け取った。

「今日、無事終わったのね」

「ああ」

「もう、琴子ちゃんの傍に居られるのね?」

「ああ。会社も辞めてきた」

「じゃあ大学に戻れるのね?」

「ああ。残務処理してから年明けには復学するつもり」

「よかった。琴子ちゃんもきっと喜ぶわ」

花瓶に生ける為に隣の給湯室に向かった紀子を見送り、直樹は琴子の傍に座る。

琴子が事故にあってからそろそろ二週間近く経つ。街はクリスマス一色に彩られていた。パンダイの新作ゲームもなんとかクリスマス商戦にギリギリ滑り込んだというところだ。
他社に出遅れはしたが、それをものともせず勝ち抜くだろうという大きな自信が直樹にはあった。

「今日は本当はおまえを連れてくつもりだったんだ。おまえをモデルにした新作ゲームだったからな」

直樹は琴子の手を取り、自分の口元に持っていく。

「その公の場でおまえを妻だと紹介したかった」

そうするつもりだった。始めから。言葉を尽くして説明すれば、あんな喧嘩をすることもなく、そしてこんな処で眠っているなどという事態には陥ってなかっただろう。

あれから多種多様の検査が施されたが、原因は解明されないままだ。
眠っているだけならいつか必ず目覚める筈という周囲の期待を裏切って、琴子は目覚めようとはしない。
脳内の覚醒維持機能の異常による睡眠障害の一種だと思われる、という曖昧な医師の診断に、最近は重雄も不安を隠しきれないようで、何度も主治医に詰めよっていた。
注射の嫌いな琴子が、注射よりも痛い筈の骨髄穿刺を受けても何の反応も示さなかったことが不思議だった。
声かけやボディータッチには微かに反応するのに、痛覚がなくなったかのように痛みや電気刺激には反応しないのだ。
まるで琴子が外界からの刺激の種類を選り分けているのかとさえ思う。


確かに世の中にはまだ原因不明の病が溢れかえっている。
どれだけ論文や学術雑誌を読み漁っても、なんの経験値もない直樹には、可能性を当て嵌め推測して、主治医に確認するしかない。主治医自身も直樹の意見に耳を傾けているが、相変わらず確定診断はされないままだった。

「眠り姫病」と言われる反復性過眠症のひとつクライン・レビン症候群では、何ヵ月も眠り続ける例もあるというが、夢遊状態でトイレや食事には起きるという点で当てはまらない。そしてその病も原因は不明で明確な治療法はまだないが、自然治癒の事例もあるし、試みられている薬物療法もあるようだ。検証する価値はあるかもしれないーー明日はそのことを主治医に提案してみよう。
そんなことをあれこれ思い巡らせていた。
とにかく仕事が一段落ついた今、やっと自分の手で本格的に調べることができる。既に海外の大学病院に幾つか問い合わせもしている。
もう少し専門的な検査が出来る施設や専門医のいる病院を探して転院することも視野に入れなければ、と思う。


あれから警察は一度訪れたきりだ。
ただ、速川萌未の行方が琴子の事故の日から不明であるという経過報告を持ってきただけだった。

琴子が自分と同居し始めてから、そんな理不尽な嫌がらせを受けていたということも、それに全く気付かなかったということも直樹にとっては衝撃的なことだった。決して周りに気付かせないようにしていたのも、琴子の気遣いだろう。
もし彼が気付いていたら、手紙を送りつけた連中を必ず割り出して容赦なくそれ相応の返礼をしただろう。

速川萌未という女が関わっているがどうかは分からないが、仕事が落ち着いた今、自分でも少しその女について調べてみようか思っていた。

警察がどれだけ真剣に捜査しているのかどうかは分からないし、当てにするつもりもなかった。

事故なのか事件なのか――琴子の昏睡が転落によるものか病気によるものなのか――すべてが曖昧なままだ。しかし琴子本人が目覚めればすべてが解ることだった。

「早く起きろ…琴子…」

優しく頬を撫で、耳元で囁く。

「……う…」

呼応するように琴子が呻く。
ひどく苦しげな表情をしていた。
目尻からは涙がこぼれ落ちる。

「琴子!  琴子?」

いつもこんな風に囁くと、うっとりと幸せそうな貌をしていたのに。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

花瓶を持った紀子が部屋に入って来た。息子の声に、花瓶を棚の上に置いて慌てて近寄る。

「琴子が苦しそう」

ああ、と紀子が承知したように頷いた。

「昨日から、何だか辛そうな表情をしているのよね。今までとても幸せそうによく笑っていたのに……怖い夢を見ているみたい」

脳波計を見るとレム睡眠を示していた。
24時間装着したままの睡眠ポリグラフィーによって、脳波だけでなく、眼電図や筋電図などいくつもの生理学的変数は記録されている。

「…入江くん………」

何度も何度も首を振る。

「琴子、琴子!  おれはここにいる!  ちゃんと傍にいるから」

何故だ?
今まで幸せな夢ばかり見ていたんじゃないのか?
もう現実には戻りたくないと思ってしまうような幸せな夢を。

奈落の底にでも墜ちていくような苦悶の貌を見せる琴子を、引き留めるように抱き締める。

そんなに辛い夢なら、早く目覚めるんだーー琴子……。








「ねえ…入江くん…クリクマスはどっか行こーよぉ」

琴子が甘ったるい声で腕にしがみついて、仔犬のように期待する眼差しでおれを見る。

「どこも行かない」

冷たい声で返すおれ。
人混みは嫌いだし、クリスチャンでもないのにキリストの生誕を祝う意味も意義も分からない。しかしもっと言い様があるだろうと自分に突っ込みたくなる。
ほらみろ、琴子はあからさまに意気消沈している。

「ねえ、イルミネーションくらい見に行こうよ―っ」

「電飾の道を数十メートル歩いて通り過ぎるだけだろう。何が楽しい?」

「えーっ綺麗じゃない!  見てるだけで幸せな気持ちにならない?
ちょっとおしゃれして、二人でクリクマスディナー食べて……そう、ジャズの生演奏なんかがあるお店でね。それから飲み過ぎちゃったシャンパンの酔いを醒ます為にイルミネーションの路を二人で歩くの~勿論、しっかり腕を組んでね」

うっとりと話す琴子。
おまえ、本当に俺がそんなとこ行くと思ってんの?
だいたいジャズがどんな音楽なのか知ってるのかよ?
その数十メートルの間にどんだけ人が犇めいていることやら。

「じゃあ、あのねあのねあの………
去年みたいに、チビと3人で家でチキンとケーキ食べるだけでもいいよ……」

少し寂しそうに琴子が笑う。
おまえ、簡単にハードル下げすぎ。しかもチビと3人って……

「だって…あたし、クリクマスに入江くんが傍にいるだけで幸せだから…」

琴子……

「入江くん、大好き」




「琴子…!」

はっとして、飛び起きた。
直樹は自分が琴子の傍らの椅子に座ったまま琴子の手を握り、ベッドに突っ伏して眠っていたことに気が付いた。
さすがに5日程仮眠すらとって居なかった為に限界越えているな、と自分でも思う。

「夢か……」

そういえば琴子の傍でうたた寝をすると何故だか琴子の夢を見てしまうようだ。

「おまえがおれの夢の中に入ってきたんじゃないのか?」

直樹が琴子の頬を突っついた。

「…う…ん」

相変わらず表情は苦しげだ。

部屋が変わったせいか座敷わらしと称される妙な少女も謎の足音も聴こえない。
この部屋に入ってからはまともにここでは寝ていないせいかもしれない。
だいたいあの座敷わらし説も妙だった。
別の看護師に、「この部屋に座敷わらしがいるって本当?」と訊ねたら、キョトンとした顔をして、そして吹き出していた。ほんとうにそんな噂は知らないと云っていた顔に嘘はなさそうだった。
「だいたい患者さんの家族にそんな変な話をした看護師は誰ですか?」と逆に質問され、名前を思いだそうとしたがどうしても出てこない。というか、顔すら思い出せない。直樹は常に琴子の部屋を訪れる看護師の名前はチェックしていた。処置にミスがあるかもと疑っているわけではないが、念のため、というヤツだった。なのに、あの時はネームプレートを付けていたかどうかさえ思い出せない。
そういえば。
妙なことだけ思い出す。
看護師のくせして指輪をしていると思ったこと。その指輪が翠色の七宝のリングだったこと。
自分が顔も名前も覚えていないことに妙な違和感を感じていた。
そしてあの日の朝の検温担当の看護師を確認してもらったら、直樹のいる時間には来ていなかったことが分かった。彼女は五年目ではなかったし、ころころ笑うような感じの娘でもなかった。無論、座敷わらしなどという妙な話は聴いたこともなければ話したこともないという。

ーー何かに化かされたのか?
怖いというより、背中がざわざわするような変な感じだった。

琴子の事故にしろ、病室での不思議な夢にしろ、座敷わらしに謎の看護師にしろ。直樹の持っていた今までの常識とはかけ離れた出来事ばかりが起きている。

ーーこれがおまえを不安にさせた報いということなのか?


直樹はポケットの中から一枚の薄っぺらな紙を取り出した。
婚姻届だった。自分の名前は記入済みだ。
実は今日の完成披露会見の前に父、重樹に頭を下げて一つのことを頼んだ。

「例えこのまま暫く目が覚めなくても、入籍をしてしまいたいんだ。これは琴子の意志でもあると思うし……」

直樹の言葉に重樹はひどく驚いた。

「目が覚めなくってもって……琴子ちゃんの署名を勝手に捏造するつもりか? 馬鹿なことを考えるな! それは立派な犯罪だぞ」

「分かってる……でも琴子が望んでいたことだ」

「そうだ。琴子ちゃんは望んでいた。だが、何故その時に叶えてあげなかった? 今さらこの状態でおまえがそれをいう権利はない! 」

重樹の叱責に返す言葉もない。始めから受け入れられるとは思っていなかったが……。

「だいたいアイちゃんは絶対認めないだろう」

確かにその通りだ。だが、認めてもらえるまで頭を下げるつもりではいた。

「いいか、このことは決してアイちゃんに頼むんじゃない。今はまだおまえを責めるようなことはしないが、時間がたっても状況か改善されなければおまえを恨むこともあるかもしれん。
この間話した時も、逆に入籍をしていなくて良かったくらいのことを云っていたんだ」

「……え?」

心臓が跳ね上がるようなイヤな感覚が身体に走る。

「結婚してすぐ寝たきり状態になった娘を任せるのは申し訳ないということだろう。もし何ヵ月もこのままなら、恐らくアイちゃんは全部自分で背負うつもりだ。……無論わしも紀ちゃんも決して琴子ちゃんを見捨てるつもりなぞ欠片もない。入籍してなくたって大切な家族だ。だから、おまえも早まったことは考えるな。それに明日にだって目を覚ますかも知れないんだろう? 目を覚ました時に琴子ちゃんに文句を云われるぞ。自分でちゃんとサインして、一緒に区役所行きたかったってな」

ーー確かにそうだろう。琴子は勝手に入籍しても喜びはしても怒ったりはしまい。ただきっと頬を膨らまして拗ねるかもしれない。

「……すべての発端はわしが不甲斐なかったせいだと分かってる。会社をあんな状態にさせた挙げ句の戦線離脱でおまえに迷惑をかけた。おまえに好きでもない女性と結婚させる決意をさせ、おまえも琴子ちゃんも苦しめた。全部わしの責任だ。だから、おまえが琴子ちゃんと結婚を決めてくれて本当によかったと思ったよ」

重樹は苦し気に息子を見つめていた。

「……おまえが会社の為に無理をして新しい製品を開発してくれたことも感謝している。そこまで会社のことを考えていてくれたのかと………」

「それはただのケジメだよ。おれのせいで会社の安定の道が崩れたんだから、ある程度業績回復の目処を付けてから辞めたかったんだ」

「ケジメをつけるまでは入籍はしないつもりだったということか?」

「………ああ」

「それについて琴子ちゃんとは話し合おうとは思わなかったのか? 自分がどう思っているのか理解してもらおうとは?」

「…………考えもしなかった。琴子はおれが何をしたって付いてくる筈だから」

重樹は溜め息をついて、
「何故わしはおまえに夫婦のあり方をちゃんと理解させてから結婚を許可しなかったんだろうな。おまえはまだまだ人間としてあまりに未成熟だったのに。それに気がつかなかったわしたちが愚かだったということだな………まったく……アイちゃんに申し訳が立たないよ」そう言うと、
「直樹、おまえの方こそ入籍する資格はまだない。わしがアイちゃんならお断りだ。勝手に入籍なんぞ絶対に許さない。わかったな?」

「…………………」


秘書に呼ばれて重樹との会話はそこで終わった。
これから記者発表だというのに随分重苦しい気分になったものだった。

ーー入籍していなくてよかった……

重雄がそう云っていたということがひどく重苦しく心の中を占有した。
もしこのまま琴子が目覚めなければ……結婚式をしたことも、新婚旅行に行ったこともただの絵空事と同じだということだ。

私文書偽造までして入籍しようと思ったのは、何があっても琴子の傍にいようと望んでも、重雄の決意ひとつで簡単に琴子と関わることが許されない立場、単なる他人に過ぎないのだと、思い知らされるのが怖かったのだ。
それはどんな悪夢よりも、怪異よりも恐ろしいことだった。

そしてほんの少し、あり得ない可能性を心の何処かで思ったのかもしれない。

たとえばキスをすれば目覚めるとか。
たとえば入籍をすれば目覚めるとか。

琴子が望んでいたことを叶えれば、琴子の不安を取り除けば、目が覚めるかもしれないーーなんて、なんの科学的根拠のない可能性をほんのひとかけらでも信じていたのかもしれないーー

「……ったく。何やってんだろうな、おれは」

ーー『天才』が考えついたのがこんな方法なんてな………

自嘲気味に呟いて、直樹は自分の名前だけを書いた婚姻届を、琴子の枕元にあるサイドテーブルの引き出しにしまった。

「……?」

直樹はテーブルの上の琴子の携帯電話の着信の光が点滅していることに気がついた。
琴子の携帯は、個室なのをいいことに電源を入れたまま時折充電して、そのまま枕元に置いている。
携帯には時折理美やじんこ、そして大学の友人たちからのメッセージが届いていた。

開くと、やはり理美からのようだった。
すぐにいっぱいになってしまうので、琴子の耳元で留守電メッセージを聴かせては消していると、紀子が云っていた。

『琴子~! まだ起きてないの? 早くしないとクリスマスになっちゃうよー………それでね、今日さ、………』

理美のとりとめのない日常生活の報告を、琴子の耳の傍で聴かせてやる。

着信履歴を見ると理美やじんこだけでなく様々な友人からメッセージが来ていた。金之助の名もあるし、他にもテニス部やF組からの同級生だろう男の名前もちらほらあって少し顔をしかめる。須藤の名前もあった。
昼間も毎日のように色々な人がお見舞いに来てくれているのよ、と紀子が云っていた。
松本姉妹や中川も来ていたらしい。
誰にでも好かれる琴子らしく、交友関係の広さは、携帯電話の着歴や、ところ狭しと置いてある見舞いの品の数々が示していた。

「おれだったらこうはいかないな」

周囲に集まってくる人間は多いが、いざという時にどれだけ心から心配してくれるだろうか?

きっと琴子には敵わない、と思いながら携帯をテーブルに置いた瞬間。


トゥルルルルルル………

携帯の着信音が鳴り響いた。

「………?」

琴子のではない。
琴子の携帯はサイレントにしてある。


直樹はポケットから自分の携帯電話を取り出した。
鳴っていたのはマナーモードにし忘れた自分の携帯だった。

直樹は携帯を取り出して画面開き、そして有り得ない発信者の名前を見て愕然としたーー。


『琴子』



                                    








※※※※※※※※※※※※




携帯電話は原作では使われてませんが、実はこの話ではかなり重要なアイテムだったりします。IFということで、普通に使ってます。まだシンプルな機能しかない時代の携帯ですね、多分(^^)


さてさてまた謎な処で続いてしまいましたが……しばしお待ち下さいませ(^^;





2015.01.26 / Top↑




ごめんなさいm(__)m…………(とりあえず先に謝っておこう^-^)







※※※※※※※※※※※※※






ザーザーザー………

ああ、また雨の音。
しーんと静まり返った世界に雨音だけが響きわたる。

ここは何処なの? またあの雨の夜? それとも結婚式の朝……?


「う~ん……」


あたしは目を開けると、ゆっくりと身体を起こして周囲を見渡した。

そこはあたしの部屋だった。
窓の外は雨。
薄暗さから、今が何時なのか見当もつかない。朝なのかしら……それとも夕方……?

おばさんが選んでくれたとってもメルヘンな、天蓋付きシングルベッドに勉強机。猫足の可愛い家具たち。
あたしが三年半慣れ親しんだ、懐かしい部屋。

そしてベッドの回りには幾つもの段ボールが無造作に置かれていた。

「えーっと……」

あたしは寝起きのよく回らない頭で、状況をよく思いだそうとしていた。

何だかとても恐い夢を見ていた気がする。

ーー夢…ゆめ…?

そう凄く変な夢。
なんだか奈落の底に突き落とされたようなイヤな感じが心の片隅に残っている。

どんな夢だったのかしら?
初めは凄く幸せな夢だった気がするの。
あたしが入江くんと結婚する、なんて絶対有り得ないような素敵な夢。

そう、そうだよね。
そんなことある筈ないのに。



あたしがぼうっとしていると、
「琴子、入っていいか?」
と、お父さんの声がノックの音と共に飛び込んできた。

「どうだ?  荷物、少しは片付いたか?」

お父さんは段ボールを眺めながらベッドに腰を下ろした。
何だか記憶が薄ぼんやりして、何処か心許ない顔をしているのだろうあたしの頭に手を置いて、申し訳なさそうにお父さんか呟く。

「すまねぇなぁ、琴子。もう少し早くこの家出られりゃよかったんだか…。契約の関係で新しい借家に越せるのがまだ1週間かかるんだ。本当に直樹くんの結婚式のギリギリで……。オメエも辛いだろうが、あと少しの辛抱だからな」

え……?  入江くんの結婚式?

何?  それ…。

「しかし、驚いたよなぁ。見合いからたった数ヵ月で結婚式なんてなぁ。なんでも北英社の会長さんが体調崩して、すぐにでもひ孫の顔が見たいとか言い出したって話だが…」

結婚……入江くんが…?
あの女性…沙穂子さんと…?

ああ…そうか。
そうだっけ……

そう――これが現実なんだ。
入江くんは沙穂子さんと結婚する。
それが揺るがない確かな現実ーー。

入江くんが突然あたしのこと迎えに来るとか。
あたしにプロポーズするとか。
結婚式挙げて、新婚旅行まで行っちゃうとか。
全部…全部、あたしの妄想。
あたしの夢だったんだ。

「あっ琴子、すまないっまた思い出しちまったな」

つーっと頬を伝うあたしの涙を見て、お父さんが慌てる。
あたしは何も喋ることも出来なくて、ただ顔を伏せ肩を震わす。

「奥さんは、直樹くんたちは二人でマンション住まいをするらしいから、いつまでも居てくれて構わないって引き留めてくださったが、それじゃあ、嫁さんが旦那の実家に行き辛くなっちまうからなぁ……とりあえず結婚式前日には新しい家に入れるから、それまでに少しずつでいいから荷物まとめとくんだぞ」

そう云って部屋から出ていくお父さん。
あたしはただ茫然とその姿を見送った。

そう……入江くんは結婚するんだ。あたしじゃなくて、あのひとと。
当たり前じゃない。
誰がどう見たって、あたしより彼女の方が入江くんに相応しい。

あたしは……ただのお邪魔虫だ。
早く…早く消えなきゃ…。

下に降りて行くと、おばさんが朝御飯を並べていてくれた。この美味しい手料理を食べられるのも、あと僅かなんだ……。

「琴子ちゃん、目が腫れてるわ」

おばさんが申し訳なさそうにあたしを見る。

「あ、いえ、これは昨日めっちゃ泣ける漫画読んじゃって…」

白々しい嘘。

あまりに白々しくて続けることも出来ずに、ただ黙々とご飯を食べる。美味しい筈のご飯、何の味もしない。
入江くんがいないことだけがほっとする。
入江くんにはこんな顔見られたくない。

ふと、サイドボードの上の卓上カレンダーに目をやる。
飛び込んできたのは、11月21日の処につけられた赤い丸印。下に結婚式――と、記されていた。
なんだかその日付に妙なひっかかりを感じたけれど思い出せない。
ただあたしにとってもその日は永遠に忘れることが出来ない日になるのだろうと予感していた――。




ありがたいことに、それから入江くんに会うことはなかった。
結婚式をあと1週間後に控え、恐らく凄まじく忙しいのだろう。
きっと仕事も手を抜かずに頑張ってるに違いない。そのうえ結婚式の準備まで。

――入江くん、ちゃんと、寝てるかな?  身体壊してないかな?

あたしは今更ながらそんなことを思う。あたしは入江くんの身体を気遣うような立場でもないのに。

「琴子ちゃん、申し訳ないけど…」
おばさんがひどく辛そうな顔で1枚の封筒を渡してくれた。

艶やかな光沢を放った上質の紙に記されたあたしの名前。

「相原琴子様」

手書きの文字が入江くんの筆跡じゃないことに少し安心する。
後ろには印刷で、入江重樹、大泉宗一の名前。

「……無理して出席しなくてもいいのよ?  三年近く同居していたんだから、呼ばないわけにはいかないでしょうって、大泉さん側が気を利かして親族席に相原さんと琴子ちゃんを招待しましょうって」

おばさんは苦し気にため息をつく。

「あたしだって出たくないのに……こんな結婚式……」

「あたし、出席します」

「え?」

おばさんは心底驚いたようで、あたしの顔を凝視する。そして、慌てて、
「い、いいのよ、琴子ちゃん! 無理しないでちょうだい」といってあたしを抱き締める。

……優しいお母さんの匂い。
もう、二度とこの人に甘えることも出来なくなるのかと思うと、胸に突き刺すような痛みを感じた。

「大丈夫です。あたし、入江くんの幸せをちゃんと見届けて自分の片想いに区切りをつけます。心の底から二人をお祝いするのは難しいかもしれないけれど、入江くんに幸せになって欲しいという気持ちは本当だから……」

そのあと二人でさめざめと泣き合った。
おばさんは「ごめんね、ごめんね」といつまでもあたしに謝っていた。

おばさんのせいじゃないのに。
入江くんの心を掴まえられなかったのはあたしが至らなかったせいだ。
入江くんの好みが沙穂子さんみたいなタイプである以上、あたしがどうあがいたって入江くんの隣にいるのは無理だったということ。

あたしはちゃんと自分の気持ちに幕を引かなきゃ……。
でないとここから一歩も進めない。
式に出ることはあたしにとっても必要な儀式なんだ――。
そう思うことで、結婚式のことを考えると重く沈む想いを奮い立たせるしか、今のあたしには成す術がなかった。





ルルルルルルルル――

いつまでも鳴っている電話のベルの音に気づいて、自分の部屋で引っ越しの準備をしていたあたしは、ぱたぱたと階段をかけ下りた。
おばさん、居ないのかしら?

「はい、入江です」

「あ、あの、大泉ですけど」

沙穂子さん――!

「あ、い、今、入江くん家に居なくてっ」

彼女の優しそうな声を聞くだけで心臓がバクバクしてきた。

「あ、そうですか……携帯かけても通じなくて……留守電には伝言残したんですけど、もしかして家に居るのかと…」

沙穂子さん、あたしに言い訳してるみたい。でもこの間のようににあたしが電話に出る可能性を考えると、家電にはかけにくいよね。

「あまり携帯に触らないって仰ってたから、留守電に気がつかないかもしれないわ。あの……伝言頼んでも宜しいでしょうか?」

「あ、は、はい」



あたしは電話を切った後、その伝言を書いたメモを見て暫く立ち尽くしていた。

『予定が変わりました。
明日6時式場で待っています』

最初の予定が何だったかわからない。違う場所か、時間だったんだろう。二人だけが知る約束。

もしあたしがこれを入江くんに伝えなければ?
明日二人は会えないまま擦れ違うのかしら?

そんなことを考えて――考えた自分に激しい自己嫌悪を感じた。
あたしってばなんて嫌な子なの!   
なんて意地悪な女なの?

馬鹿みたい。
そんなことしたってお互い携帯を持っていれば会うのは時間の問題。少し出会う時間を遅らせるだけに過ぎない。

あたしはため息をひとつついてから、そのメモを入江くんの部屋の扉に貼った。
もし入江くんが帰ってこなくて、このメモを見なくてもそれはあたしのせいじゃない。
……あたしは知らない……。

あたしは自分の部屋に急いで戻ると、扉を閉めて鍵をかけ、そしてそのまま布団を被って号泣した。

自分がひどく惨めだった。
嫉妬に苛まれて、下らない意地悪を思いつく自分を消してしまいたかった。
そしてこのまま此処にいれば、どんどん自分が嫌な女になっていくのだろう、という恐怖もあった。
きっと二人の邪魔をする。昔入江くんと松本姉のデートを邪魔しようとしたように――ううん、もしかしてそれ以上のことをしてしまうかもしれない。
あたしは恐くて、辛くて、悲しくて、一晩中泣いていた。

翌朝、入江くんの部屋の扉を見たらメモはなかった。入江くんの姿はもうなく、いつ帰ってきていつ出ていったかも分からない。
もう、あたしはこのまま独身の入江くんに会うことはないのかもしれないーー
そして。そんな予感は見事に的中して。

入江くんに会うことのないまま、あたしは入江家を出ていきーー
そして運命の11月21日。

入江くんと沙穂子さんの結婚式の日がやって来た――。

あたしは気がつくと、白いチャペルの前にぼんやりと立っていた。
どうやってここまで来たのか。
どうやってこの日までの時間をやり過ごしてきたのか………

しかもあたし、真っ白いワンピース着ている。結婚式の参列に白?
いったいなんであたし、こんなチョイス?
やだ、早く着替えなきゃ、こんな格好。

あたしは慌てて振り返る。

振り返った先に立っていた彼女に、あたしはドキッとした。

「速川さん!」

高校時代とは違う、あたしと同じような髪形の彼女。
痩せて無表情な姿に少しゾッとする。
彼女は黙ったままあたしに一本のナイフを差し出す。

「な…何?」

「これでひと突きにすればいいのよ」

彼女が視線をふっとあたしの肩越しに持っていく。

ーーその先には。

チャペルの扉の前で、父親らしき人に手を携え、扉が開くのを待つ美しい花嫁――。

「これで刺しちゃえばいいのよ」

うっすらと笑う速川さん…。

「何馬鹿なこと…!」

「どうして?  そうすればあなたがあそこに立てれるのよ。あなたから入江さんを奪った憎い女を消してしまいたくないの?」

「思わない!  思わないよ、そんなこと!」

あたしは叫ぶ。そんなこと、望む筈がない。

「沙穂子さんを傷つけたって誰も幸せになれない!  入江くんも悲しむし、あたしだって、あたしのお父さんだって!  みんな苦しむだけだよ!  そんなこと考えちゃだめだよ!」

「相変わらずの偽善者ね」

忌々しげに彼女が舌打ちをする。

「本当なら自分があそこにいた筈なのにって思わないの?」

「思わないっ!」

……あそこにいたいとは思ってた。いつだって入江くんの傍にいたいって。

思いがけず入江くんと一緒に住むようになって……でも、結局は二人の距離は縮まらなかった。

入江くんは意地悪で冷たくて……

(それでも、ときどき苦しくなる程優しくて)

「つまんない女!」

彼女が吐き捨てる。

と、同時にチャペルのドアが開き、定番のウェディングソングが流れ始めた。

赤い絨毯の先に入江くんが立っていた。
顔は全然見えない。ぼんやりと霞がかかっているみたい。
笑っているのかな。
美しい花嫁をドキドキしながら待っているのかな?

後ろ姿の沙穂子さん。
長いヴェールを引き摺りながら、一歩一歩入江くんに近付いて行く。
顔は見えないけれどきっと幸せそうに微笑んでいるのだろう。

「…いや…」

イヤだイヤだイヤだイヤだ!

二人の幸せを見届けるなんて!
気持ちに区切りをつけるなんて!
出来ない!
そんなこと出来ないよ――!

速川さんがクスッと笑う。

そしてもう一度差し出す。
一本のナイフ………。

あたしは恐る恐る手を伸ばし……。
それに触れた――。


ほら、いらっしゃい……
あなたもこちら側に……


あたしははっとして、触れたナイフを払いのけ、そして叫んだ。

「いや――っ!」

耳を塞ぎ、目を塞ぎ、あたしはしゃがみこんで、叫び続ける。

イヤだイヤだイヤだイヤだ!
こんなあたし、こんなあたし!
もう全部消えてなくなってしまえ!




――そう思ったら。
消えたのはあたしじゃなくて。
あたしの周りの世界が全部消えてなくなってしまっていた。

                                             









※※※※※※※※※※※※※




ーーだ、大丈夫ですか?
どんどん悪夢ちゃんになってますが……(^^;
(拍手は間違いなく減るだろうと覚悟はしてますとも!)






2015.01.22 / Top↑







「それでは、あとはよろしくお願いします」

そう言って開発室を後にした時、部屋にはまだ三名程の社員が(生き)残っていた。
屍に近いものが5、6名ソファの上に転がっている。

「大丈夫ですよ。朝までにはデータ入力は終わります。広報室のPVも週末には完成するそうですから、プレゼン用の資料は完璧ですよ。来週の完成披露会見に充分間に合いそうです。入江さんも少しは休んだ方がいい」

今夜は完徹するつもりだったが、鳥居室長の一言で、直樹は少し仮眠を取ることにした。
開発室での仕事もそろそろ終盤だ。
明日は朝一で各工場に製造出来高予定の確認と、パッケージ見本のサンプルをチェックしなくてはならない。広告代理店とのCMの撮影打合せも明日だ。広報室もてんやわんやだろう。
テストプレイヤーの評価も上々で、午前中の会議で明日からの全ての工場でフル生産が開始されることが決定した。
これから核になるのは製造部と営業部だ。
差し当たりこの真夜中に自分がやるべきことはない。
時間は午前1時過ぎ。

ーーさあ……琴子の処に行こう……

琴子が見つかって4日が過ぎた。
その間、いくつもの検査を行ったが、彼女が眠りから覚醒しない原因は解明されなかった。

件(くだん)の刑事二人はあれから一度来ただけだった。恐らく琴子の病状確認の為に来たのだろう。実際にきちんと捜査しているかは分からない。彼らは決して経過報告などしないからだ。
ただ大泉沙穂子が海外に行っていて彼女が無関係であることは伝えられた。
理美やじんこが話していた速川萌未という女の行方については、特に言及することはなかった。

直樹は会社が近いこともあり、日に何度か琴子の病室を訪れている。
家には殆ど帰っていないが、仮眠を取るときは、会社の仮眠室ではなく、琴子の個室のソファで眠っていた。
眠る前に彼女の手を握りながら話しかけ、額や頬を手で擦り、そして口付ける。
ソファの上に寝転がり、琴子の顔を眺めながら僅かな眠りにつく、という日々である。

「琴子、ただいま」

いつものように琴子の唇にキスをひとつ落とす。そうすると、彼女は顔を一瞬ふにゃっとさせて、
「…入江くん…」と呟く。
口元には幸せそうな笑み。

植物状態でも、神経性のマヒでもない証拠だ。
時折こうした寝言を呟く。しかし聞き取れる単語は、「入江くん」くらいだ。

初めて担当の看護師に会った時、「あなたが入江くん?」と、驚かれた。
ここに運ばれた後も、あれこれ寝言らしきことを呟いていたらしいが「入江くん」という言葉だけがはっきりと聞き取れたんです、と笑っていた。
元々寝相は悪い方だか、筋肉への神経伝達が持続的な睡眠によって緩慢になっているのか、いつものようなダイナミックな動きはない。
だか軽く寝返りを打ったり、触れると身を捩ったり、抱き締めたら腕を伸ばして抱き締め返したりもする。
キスをすれば幸せそうに笑み、舌を絡めると絡め返してくる。

誤飲をすると危険なのであまり大量には与えられないが、スプーンで少し飲み物を与えたら嚥下することもできた。
生きる為の機能は少しも損なわれていない。
これで何故覚醒しないのか?
主治医も首をひねるばかりだった。


「原因がわからないってどういうことなの? あなた医者を目指しているのでしょう? 何も分からないの?」

そういって責める紀子に、答える術はない。
直樹自身も僅かな時間を探しては論文や学術書を読み漁っている。しかし琴子の症状と同じ症例はない。

「………琴子ちゃん……現実が辛くて逃げてるのかしら」

とかく、女は理論より感覚的な発想をする。
理美やじんこが直樹を責めた時の光景を思い出した。
しかし、彼女たちや母の直感的な言葉を荒唐無稽だと簡単に無視することはできなかった。

「もし琴子が夢から醒めたくないって眠り続けているのなら……それは……」

自分自身で生きることを放棄してしまう行為だ。
病院に居るから生きていけるのだから。
自発呼吸はしてるが、栄養点滴を続けなくては脱水し衰弱するだろう。
このままだと、誰かの介助がなければ生存はできない。
そんな状態でずっと眠り続けるのかーー?

あせりと不安が心のなかに重くのし掛かる。

寝返りをしているとはいえ、筋肉を硬化させないためにも時折マッサージをしてやる。
直樹は琴子の腕や脚を優しく揉みほぐしながら囁く。

「琴子、俺たちが結婚したのは夢じゃない。俺がお前にプロポーズしたのも、結婚式挙げたのもみんな現実だ。俺はおまえと一緒にいる人生を選んだんだ。
……琴子、目を覚ませ…
ちゃんと、俺の目を見て言ってくれ。いつものことばを…」

『入江くん大好き!』

満面の笑みを浮かべて直樹の腕にしがみついてきた琴子を思い出す。

「目を覚ませば、おまえはきっと思い知る。現実のこの世界で俺がどんなにお前を必要としているか」

キスをする度に蕩けそうに微笑む琴子。夢の中でも俺とキスしてるのか? 夢の中の俺は、そんなに優しいのか?


琴子の病室の壁には、裕樹や紀子が作ったペーパーフラワーや、折り紙の動物が張り巡らされ、まるで小児病棟のようだとつい笑みが溢れる。
そういえば、裕樹が入院した時、琴子がそうやって無機質な病室を一生懸命飾ってくれていたな――そんなことを思い出す。

「琴子、目を覚ますよね?」

不安気に訊ねてきた裕樹。
誰もが琴子の覚醒を願っている。

「ああ、絶対に目を覚ますよ」








………ぱたぱたぱた……

深夜の廊下に微かな足音が聴こえた。

ああ、またいつもの奴だ。

直樹はソファに横たわり琴子のベッドに身体を向けてうつらうつらしていると、決まってこの時間に訪れる奇妙な足音を聴いた。
初めはナースかと思ったが、どうも足音が子供のような気がする。歩幅も狭く足音も小さい。
こんな深夜に、毎晩同じ時刻に子供が徘徊するなど有り得ない。
これはいわゆる病院にありがちな怪談というやつだろうか?
直樹はぼんやり初めてここに泊まった日に、そう思ったことを思い出した。
恐怖心は全くない。
大学にもそんな話はいくつもあるし、医学部に行けば尚更だ。
全く鼻から欠片も信じないわけでもないが、殆どは夢や幻覚、幻聴、幻視といった脳の錯覚だろうと思っている。
今だって、身体は極限に疲れきって、しかし脳はレム睡眠の廻間で半分覚醒しているのだろうーーと思う。

ーーけれど何故子供の足音なのだろう……?



そしてその足音を合図に、この部屋で眠る僅かな仮眠の時間は、不思議な夢に苛まされた。



最初の夜に見た夢は、雨の夜だった。
直樹は傘を差してずっと駅の前で琴子を待っていた。
ずっとずっと待ち続けて、最終電車が過ぎても琴子は来ない。
それでもただひたすら琴子を雨の中で待ち続けるーーそんな夢だった。


二日目の夜は、びしょ濡れのまま、玄関先で琴子を待っている夢だった。タクシーで帰って来るかもしれない。そう思って、ずっと玄関の前で待っていた。
一晩中ずっと。
けれど空が白み始めても琴子は帰ってこない。金之助と一緒にいるのかーー? そう思って嫉妬と焦りで胸がかきむしられる。そんな夢だった。


三日目の夜は、荷物の一切無くなった琴子の部屋に、一人でぼんやり佇んでいる夢だった。
空っぽの部屋。
何故誰もいないのだろう?
琴子は何処へ行ってしまったのだろう?
捜しにいかなくては。
そう思っても足が全く動かない。
早く、早く行かないと、琴子が……!

汗をかいて呻いていたのか、巡回の看護師に揺り起こされた。

そして、今日、四日目の夜。

…………ぱたぱたぱた

足音が、部屋の前で止まった。

ああ、やっぱりまた変な夢を見てしまうんだな、と思う。

目をしっかり閉じている筈なのに、そおっと扉が開き、覗いている少女の顔が見える。
おかっぱ頭の4、5歳のくらいの少女。
どうみてもホラーなシチュエーションなのに全く怖いと思わないのは、その少女が琴子に似ているからだろうか。

ーー琴子?

声に出したいのに声が出ない。

「違うよ」

けれど少女は聴こえたかのように、返事をする。

「あたしは琴子じゃないよ」

少女はいつのまにか部屋に入ってきて、直樹の傍らに立っていた。

「琴子は、あそこにいるよ」

少女が指を差したのは眠っている琴子ではなくて、部屋の片隅だった。
そこは琴子の部屋だ。既に改装され、ピンクやレースや花柄模様に彩られた少女趣味の新婚ルームになる前の、琴子の部屋。元々の部屋にも甘ったるい家具や小物で溢れていたのに、昨日の夢と同じ空っぽの何もない部屋だ。
その部屋の片隅に暗いブラックホールのような深い闇が広がっていた。

「あそこに、掴まってる」

深淵の奥底は何もない。虚無のような空間。

「哀しみとか苦しみとか不安とか、そういうものがいっぱい集まって出来たの。そういうところなの」

ーーどうしたら連れ出せる?

少女は少し困ったように直樹を見た。

「『入江くん』なら知ってる筈だよ。だって、天才だもん」

振り向いた途端に少女は消えていた。



ばっと飛び起きる。
妙な汗を沢山かいていた。

ーーやっぱり夢かーー。

琴子は相変わらず規則正しい寝息をたてて眠っている。
ここは琴子の為に用意した特別室で、もちろん自宅の琴子の部屋ではない。
病室の扉もきっちり閉まっていた。


ーーなんだって、変な夢ばかり………

こんなに疲れていて、一気に深い眠りに引き込まれそうな筈なのに、何故かいつも浅い眠りの中をたゆたっている気がする。
これでは疲れがとれないかと思いきや、琴子の顔を見ているだけで、疲労感も軽減されるから不思議だ。
直樹はソファから降りて、琴子のベッドの傍らに椅子を引き寄せ、そこに座る。
そして幸せそうに眠る琴子の寝顔を見つめる。

ーーまだ一時間くらい眠れるな。

多分、また妙な夢を見る。

ーー琴子、おまえが俺に見させているのか?

わかってはいるが、直樹は琴子ベッドに突っ伏して、再び目を閉じた。






「入江くん、入江くん、起きて、朝だよ」


ーーああ琴子………おまえがおれを起こすなんて珍しい。

「ふふっだって、今日は一緒に………へ行こうって約束だよ」

何処へ?

「やだ…もう、忘れたふりしないで! 入江くんが言ったんだよ? あたしが………してるって。あ、もう熱は下がったから大丈夫だよ」

何……?

「入江くん…大好きだよ! あたしが……になっても、ちゃんと、好きでいてくれる?」

ああ、おれも。
愛してる。
琴子――。

誰かが覗き込んでいる気配を感じて、はっと目を覚ます。

「琴子!」

飛び起きて、ベッドを見る。
琴子は変わらず横たわって眠っている。

また、夢か。

だか、今度は訳の分からない悪夢ではなく、琴子の夢だった。琴子が幸せそうに笑う夢。
初めの夢を相殺してさらに少し得をした気分になる。
琴子のふわふわとしたこぼれ落ちそうな笑みが未だに脳裏に焼きついている。砂糖菓子のように甘やかな琴子の声が耳から離れない。

琴子の傍で眠ったせいなのか?
だったら最初からこうして突っ伏しておまえに一番近い場所で眠れば、おまえの笑った顔をちゃんと夢で見られたのか……?

おまえが本当に目覚めて笑ってくれれば……



眠る琴子の頬に軽く触れてから、ふと窓の方を見る。
カーテンの隙間から光がこぼれていた。

ーー何時だ?

時計を見ると朝の7時前だった。
5時には起きて会社に戻りシャワーを浴びてから仕事を始めようと考えていたのに、すっかり寝過ごしてしまった訳だ。

椅子から立ち上がり、出掛ける仕度をしようと振り向いた時。

「………!」

どきり、と心臓が跳ねた。

琴子の横に小さな女の子が立っていたのだ。

夢の中で見た、琴子に似た少女だった。

いつの間に来たのか? 目覚めて真っ先に琴子の方を向いた時には確かに誰もいなかった。

「誰?」

直樹が優しく声をかけると、少女は振り向いた。
おかっぱ髪の目がくりっと大きな4、5才くらいの女の子ーー間違いない、初めの夢の中にいた少女だ。
この子が真夜中の足音の正体なのか?
幽霊でも夢の中の幻でもなく生きているものだったのか?

直樹の問いには答えず、少女は琴子を見て、「このお姉さん、おめめ覚めないの?」と、訊いてくる。

「ああ。でもきっとそのうち起きるよ」

「うん、そうだね。あたしもそう思うよ。お姉さん、もうすぐ目を覚ますよ。王子様が毎日キッスすると起きるんだよ!」

にんまりと笑うその顔がやはり琴子に似ているな、と思う。琴子の幼い頃ってこんな感じじゃないのかーー? 幼い頃の写真は地震で失くしたとかで見たことは一度もないがーー。

「君は、どの部屋から来たの?」

小児病棟は此処から少し離れている。迷い込むにしろなかなかの迷子っぷりだ。やはり琴子に似てるかも……そんな風に思っていると、
「う~ん。何処からだろう。多分ずっとここにいたんだけどなぁ」
と、おかしなことをいう。

「相原さん、おはようございます。検温の時間です 」

すると看護師が、朝の検温にやって来た。直樹が一瞬そちらを見て、そしてまた視線を元に戻すと――。

「……!」

少女は忽然と消えていた。

「どうかしました?」

キツネにつままれたような茫然とした顔に、看護師が不審そうに訊ねる。

「ここに、今、女の子いませんでした?」

直樹の問いに看護師は訝しげな顔をした。

「女の子…ですか? いえ、最初から誰もいませんでしたよ……あれ? もしかして、見ちゃいました?『座敷わらしちゃん』!」

「はあ?」

妙に弾んだ声をあげた看護師に思いきり眉をひそめる。

「この部屋出るって伝説があるんです。幸運を呼ぶ『座敷わらし』。小さい子どもらしいんですけど、男の子だったり、女の子だったり。なんでもその部屋の患者さんの未来の子どもとか孫の姿をしてるらしいんです。で、その座敷わらしちゃんに会った患者さんは無事退院して、長生きできるってもっぱらの噂で」

なんだ? そりゃ!

呆気にとられている直樹に、看護師は尚も面白そうに話を続ける。

「あたしもここにきて五年目ですけど、本当に会ったって方、初めて見ました! いったいどんな子でした?」

「……多分、ただの夢です」

直樹が冷たくそう一蹴すると、看護師は「そうですかぁ?」と、体温計をチェックしながら残念そうに云う。

部屋を後にした看護師の背中を一瞥して、琴子の方を見つめる。

ーー座敷わらしだと? くだらない。

病院における怪談話は様々にあるが、座敷わらしなんて聞いたこともない。あれは遠野地方の伝説だ。
だいたい怪談話だってその多くは脳の幻視か視覚誤認だ。
いまのあの娘は夜の夢や足音と同じ、恐らくレム睡眠下の幻覚だったに違いない。
そう無理矢理、論理的な帰結を試みようとしたものの………

ーーだが…琴子に似てたな、あの子……
子供? まさかね……

琴子の横に立ち、その頬を撫でる。
今はノンレム睡眠なのか、瞼の奥の瞳も動かないし、寝言も寝返りもない。
何の夢もみず、深い眠りの奥でゆっくりと脳を休めている時間だ。
この時間の琴子は夢を見ていない。それが妙に直樹を安堵させていた。

その安らかな顔に自らを近づけて、いってきますのキスをひとつ。

「じゃあ、琴子、行って来るよ」




直樹が推し進めてきた企画はもうすぐ形になる。クリスマス商戦にぎりぎり滑りこんだといったところか。来週の記者発表が終わればひと区切りつくだろう。
本当ならその公の場で琴子を妻として紹介したかった。それまでに目覚めるのだろうか?
入籍はお正月商戦が終わり、ある程度結果が見えてから、と思っていた。
婚約騒動で、散々周りを振り回し、会社に多大な迷惑をかけた。せめて医学部に戻る前に、会社を安定した状態にし、自分の夢を追うことを許してくれた父、重樹に報いたいと思う。

では、何故。
それを琴子に伝えなかったのだろう。
きちんと話していれば琴子はちゃんと、納得して待っていてくれただろう。応援してくれただろう。

云わなくても、以心伝心、きっとわかってくれるとでも思ったのか?
そんなことあり得るわけもないのに。琴子はどちらかと云うとそういう人の心の機微には長けてはいない。人の心の奥底を推し量るなど無理な話だ。そして、自分は一切心の奥底を見せずに過ごしてきた 。
結婚前、どんな冷たい言葉を投げつけても自分を諦めなかった琴子。だから、何も云わなくても、琴子はしっぽを振って家で大人しく待ってるとでも思ったのか?

ーーやっぱりおまえが見せていたのか?

おまえが何処にもいない夢を。
おまえを待ち続ける夢を。

ーーおれに知らしめるために?
どんなに辛いかわからせるために?
そう、何も……何もわかってなかったのだ。

琴子がどんなに怯えていたのか。
琴子がどんなに傷ついていたのか。

ーー琴子はあそこに掴まってるよ。
哀しみや苦しみや不安がいっぱい集まって出来た処にーー

少女の指差した深い闇が、頭の中を過る。

冬の朝の、皮膚を切り裂くような冷たい空気を思いきり吸い込んで、雪でも降りそうな陰鬱な空を見上げてから、直樹はゆっくりと会社への道を歩んだ。







※※※※※※※※※※※※※



またまた更新あいてすみません(._.)

もう殆ど書き直してる感じです……

そして現実ver.までおかしな世界に……(^^;
とりあえずひとり反省会してますなあ(-.-)





2015.01.20 / Top↑

またまた素敵なサイト様とリンクさせていただくことになりました!

多分殆どの方がご存じだとは思いますが………

『日々草子』の水玉様です。


新年のチャットで初めてお話できて、その勢いでリンクをお願いしてしまいました。
水玉様、その節はありがとうございました。もう、快諾していただけて本当に嬉しいです(^^)

実を云いますと、『日々草子』さんは私が初めてはまったイタキス二次のサイト様でした。
イタキス二次を何の気なしに検索して、たまたまその時トップにあったのが『日々草子』さんでした。二次をネット小説として読むのも初めてで、あまりの膨大な作品数に実はどう読み進めていいかわからなくて、初めはあっちにウロウロこっちにウロウロしていましたが、カテゴリーとかの意味がわかり、だんだん操作も覚えさくさく読めるようになり、そしてどっぷりはまっていったのです。兎に角、このサイトを制覇するまでは他に浮気をしまいと思って、全作品を読破いたしました。読める時間がかぎられているので、かなり時間がかかりましたが(^^;一体本にすれば何冊分なんだーっと思いました。そして、こちらからコラボされていたあのサイト様やこのサイト様など知って、リンクというシステムを知って、他の素敵サイト様を次々と訪問して…………

初めてコメントをしたのも『日々草子』さんでした。
初めて自分の中でイタキス二次のお話が生まれたのも、水玉さんのとある短編に感化されてでした。
私がイタキス二次創作のサイトを開設するなど、貪り読んでいた1年半前には思いもしなかったのですが、すべてのきっかけは水玉さんのお話にあるように思います。

シリアス、コメディ、ギャグ、パロディ、パラレル、IF、スキマ………あらゆるジャンルがつまってます。

もう、長編シリアスの次の展開の気になること気になること!

今の連載中のあの話も、辛いシリアス展開ですが私もジェットコースターに乗っているかのように一喜一憂しております。早く、早く琴子ちゃんに幸せを~と祈ってしまいますとも。

もう、私などが紹介するのもおこがましいのですが……


とにもかくにも。
リンクしていただけて、本当に光栄です♪


これからも宜しくお願いします(^^)








2015.01.18 / Top↑
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2015.01.17 / Top↑



前回のお話に沢山の拍手、ありがとうございます。これも理美とじんこが入江くんにギャフン(笑)と言わせたお陰でしょうか? グッジョブ、理美&じんこ(^^)

でも、今回のお話でドン引きされないか心配です……ドキドキ(^^;






※※※※※※※※※※※※※









ザー……ザー……

雨の音がする。

ああ、またあの日に戻ったの?



ーー琴子、起きろよ……琴子……

入江くんの声だ。
どうしたの? すごく優しい声……

………キスが……ふわりと唇に落ちてくる。






ーー優しいキスを受ける感触で、ぼんやりと意識が戻る。でも瞼が重くて目を開けることができない。

はじめは唇。ちゅっと音をたてて、啄むように。
次は鼻先。
そして、頬に耳元に…縦横無尽に這い回る唇が、もう一度あたしの唇に戻ってきて。
上唇を吸い上げられ、下唇をペロリと舐められる。
やがてその舌があたしの歯列を割って、咥内に侵入してきた。
息もつかせないような、深い深いキス。あたしはおずおずとその舌に応えるように自分のそれを絡ませた。

甘くて、激しいキスにくらくらしてくる。

瞳を開けて早く顔を見たいのに、どうしても瞼が開かない。

唇からふっと離れた瞬間に、大好きな低い声がずんっと耳元に響いてくる。


ーー琴子、早く起きて……


うん、待って。
すぐ起きるから。
起きて、朝御飯の仕度しなくっちゃ……
ーー起きたいのに……どうしても目が開かない。
なんでだろう。
早く、入江くんの顔を見つめたいのに。




ザー……ザー……

ああ、雨。
やっぱりあの夜に戻ったのかしら……?


シャッとカーテンを引く音がして、漸く重かった瞼が開いた。

ーー夜……じゃない?

窓の外は雨が降って仄暗いけれど、かすかに朝の気配が感じられる。


「琴子ちゃん、おはよう。そろそろ起きた方がいいわよ」


おばさん……。
にっこりと笑って窓際に立っているのは、いつもと変わらない優しいおばさん。ううん、お義母さん。

お義母さん?
お義母さんって、呼んでいいの?
あたしーー入江くんと結婚したんだっけ?
えーと、ただの夢だったのかな?

頭が混乱してる。


「やっぱり、雨になっちゃったわね。あんなに沢山てるてる坊主作ったのにねぇ。折角のジューンブライドなのに、日本じゃ梅雨なんですもの」


梅雨?
ジューンブライド?

えーと、6月の結婚式……それって……



部屋をぐるりと見回すと、そこはあたしたちが選んだ北欧風のブルーグリーンの家具にアイボリーとグリーンの壁紙の、落ち着いた二人の寝室。キングサイズのベッドは、チャコールグレイのボックスカバーが掛けられている。全部二人で選んだものだ。

あたしたちが選んだ………?

これって……『四度目』の続き?

ああ、そうか。これは夢の続きなんだ。極上に甘くて優しい入江くん。
あたしたち、先に入籍して、そして二人で決めた式場、二人で決めた式のプラン――。

あたしは今日、6月の花嫁となる……らしい?

どうも入籍した日あたりから記憶が曖昧。確かバレンタインに入籍したんだよね……?

入籍ーー入籍したの? あたし。本当に? 『入江琴子』になったの?
何となく区役所まで行ったことまでは覚えているのだけれど……

どうして結婚式まで時間がとんじゃったんだろう?

相変わらず体感はリアル。確か入籍の時はまだ寒い季節だったのに、今は部屋の中のじっとりとした湿り気を帯びた空気が随分と重く感じられる。
あたしたちをくるんでいた毛布は、薄い肌掛けに変わっていた。


そして、あたしは今……。ベッドの上で……
ハダカ………!?

「一応、デコルテラインとか衣装から露出する部分には跡はつけてないようね。流石計算してるわ、お兄ちゃん」

にやりと笑いながら、お義母さんがあたしの身体を確認する。

シーツにくるまっているあたしは下着ひとつ着けていない生まれたままの姿で、その格好をお義母さんにじろじろ見られてるわけで……。

うっうそーー!

なんなのこのしっかり『いたしました』感は! そしてこそっとシーツの隙間を覗くと見えない部分には朱い跡がくっきり。うん……心なしか身体も重く腰も微妙に痛い。

「もう、お兄ちゃんてば、結婚式前夜までそんなにがっつかなくてもねえ? でも、孫の顔は早く拝めそうね」

にまっと笑うお義母さん。


あたしたち、結婚式の前夜に…したの……ね?
顔が真っ赤になっているのが分かる。
あー熱いっ!

そして、その張本人はーーいない?

「あ、あの。入江くんは……?」

「もう、式場へ行っちゃったわよ」

ベッドの、あたしの隣には確かにそこに人が居たような暖かさがあった。

「もう、花嫁置いてくなんてねえ。こっちの方が時間がかかるのに。さあ琴子ちゃん、あたしたちも仕度しないとね」




しとしとと降る雨は、『あの』雨の日を思い出させた。
あたしたちの始まりの雨。
そして再びのスタートの日も雨。

「折角のガーデンウェディング、残念ね」

ウェディングドレスに着替えたあたしの傍らでお義母さんが、雨に濡れてぼやけた窓の外の景色を眺めながら言った。

「お庭での式も楽しみだったけど、ここのチャペルもオシャレで素敵なんです」

そういってあたしは微笑む。
晴れたら庭で開かれる筈だった、人前挙式。薔薇のアーチは、盛りは過ぎたけれど、遅咲きの花々が緑の中に華やかな彩を添えている。

夢の中、これで四度目の結婚式。
入江くんと二人で色々と企画を考えていた日々が少しずつ思い出されていた。


何度着ても素敵。
純白のウェディングドレスは貝パールを縫い付けたマーメイドライン。入江くんと一緒に考えてデザインしたオーダーメイドだ。

ーーでも。また結局あの雨の日に戻っちゃうのかな?
あたしはどこかで分かってる。結婚式のあとに平穏な日常が存在しないことを。

「あら、でも少し小降りになってきたかしら。もしかしたら、お式の時間までにやむかも…」

「あ、本当」

昼に近い時間なのに薄暗かった空が、ぼんやりと白く光りだした。銀の糸のような雨は降っているけれど、雲の狭間に青い空も垣間見える。

「やまない雨はないものね。幸せなスタートの象徴のようだわ」

「そうですね」

あたしはお義母さんに微笑みを返す。
幸せ…そう、本当に幸せだ。
入江くんは優しくて、あたしのことを一番に考えてくれる。
現実の入江くんには有り得ないくらい、あたしだけを見てくれる。
あたしは、片想いじゃないって、実感できる。
――幸せなのに、あたしは訳の分からない不安が拭いきれないのを感じていた。
あたしは何を怯えているのだろう。
これが夢だと分かってるから?
夢はいつか醒めると知っているから?
夢の入江くんが本当の入江くんじゃないって、分かってるから?

じゃあ、あたしは一体誰と結婚するのだろう…?

「そろそろお時間です」

気がついたら、雨はすっかり止んでいた。

お父さんに手を引かれ、薔薇のアーチをくぐって入江くんの待つ数メートル先を見る。
赤い絨毯の向こうに立つ入江くんはシルバーグレイのタキシードを身に着けて、あたしが来るのを待っている。
両脇には椅子が並べられ、お義母さんやお義父さん、裕樹くんがカメラやビデオを構えて待っていた。理美やじんこもデジカメや携帯を構えてにこにこ笑ってる。

凄く幸せな風景なのに、妙に世界が歪んでみえるのは何故だろう?
みんなの顔がぼやけて見える。
そして入江くんの顔も――。

差しのばされた手に自分の手を乗せる。
でも、変だな。入江くんの顔がぼやけて見えない。

そういえばあたし、朝起きてから一度もちゃんと入江くんの顔を見ていないことに気がついた。

「琴子……х$*++>=#×」

あれ? 声までくぐもって聴こえにくい。

それなのに。

「直樹さん…!」

やけにはっきりと聴こえる、女性の声。
――誰?どこかで聴いたことのある声…。

振り返ったら。
そこに――。

あの女性がいた。

「沙穂子さん……!」

「どうしてあなたがそこに居るの?」

真っ白いワンピースを身に着けた沙穂子さんが、あたしの方を見て云った。

「そこに居るのは、あたしの筈だったのに」

彼女の手の中に……光るものは何……?

「沙穂子さん!」

「直樹さんを返して!」

彼女の手の中のナイフの切っ先があたしの方を向いていた。
悲痛な顔をして涙をぼろぼろ流しながら、一歩ずつあたしの方にやってくる。

気がついたらあたしの横の入江くんも、周りの人たちの姿も、ゆらゆらと揺れる影になっていた。

はっきりとした人の姿を成しているのは、目の前の沙穂子さんだけ。

ああ、夢だから。
これは、夢だから。

もしかしてあたしもそんな風に思ってたから、こんな夢、見たのかな?

――なんで沙穂子さんじゃなくて、あたしがここにいるの? って……

もしかしたら、ちょっとした何かの掛け違いで、あたしと沙穂子さんが入れ替わってしまったのかな、って…。

本当に入江くんが選ぶべきなのはこの女性で……


ゆっくりと、ゆっくりと沙穂子さんはあたしの処にやってくる。
あたしはぴくりとも動けない。

沙穂子さんのナイフを持っている手が大きくかざされた。

そして、彼女のナイフは――あたしに、ではなくて。
自分の左手の手首に押し付けて……

「ダメ! 止めて!」

赤い筋がつうっと手首から溢れていく。


ぼたぼたぼた……

止めどなく手首から血が流れ続ける。


ーー好きなのに。こんなに好きなのに。
ーーどうして……?


スローモーションのように、ゆっくりと、彼女が崩れ落ちていく。
真っ白なワンピースが赤く染められていく。
血だ――そう思ったら、それは赤い薔薇の花びらだった。
深紅の花びらが彼女の胸からこぼれ落ちて、床一面に広がっていく。

あたしはただ、足元に広がっていく赤い花びらを見詰めて、立ち尽くすだけ。

そしていつの間にか、赤い花びらと思ったものが真っ赤な封筒に変わっているのに気がついた。
無数の深紅の封筒が、床一面に散らばる。

そして。

「え………?」

真っ赤に染まった床の上に倒れていた筈の沙穂子さんが、別の人に替わっていた。

「速川さん…」

どうして、貴女がそこに?

彼女はやっぱり血に染まった真っ白いワンピースを着ていて、一面に敷き詰められた赤い封筒の上でぼんやりと横たわっていた。彼女の左手首からどくどくと血が流れ続けている。
早くーー早く、止血しないと!

彼女の瞳は開いていて……あたしを見つめてる。

「どうして、センパイが此処にいるの?」

「え……?」

「どうしてセンパイがあたしの夢の中にいるの?」

「あなたの夢?」

「凄く幸せな夢だったのに。入江さんと同居して、入江さんがあたしのこと好きになってくれて、入江さんがプロポーズしてくれて……もう少しで入江さんと結婚するところだったのに……」

え……?

「なんで邪魔するんですか……? 相原センパイ……」

虚ろな瞳でじっとあたしを見る速川さん。
あたしは、恐くて恐くて、堪らなく恐くなって………

「もしかして、センパイも同じ夢を見ていたんですか?」

青ざめた表情に、薄い笑みが浮かぶ。
ゾッとするような闇に引き込まれそうな昏い微笑み。

「……あたしと同じ、入江さんと結婚する夢……」


これはーー誰の夢?

夢ーーなんだよね?

だったら、早く…目覚めなきゃ。
これは、夢だから。

本当に?

本当に、夢なの?

何処から何処までが?
何が現実で何が夢だったの?

あたしは今ーー何処にいるの?











※※※※※※※※※※※※※※




「♪引かないで~ 引かないで~♪」
もも●ロの「サ●バ、愛しき悲しみたちよ」の替え歌が頭の中で渦巻いてます。因みにドラマ『悪夢●ゃん』の主題歌だったりします……(^^;







2015.01.17 / Top↑














「………本当に、ただ眠ってるだけなんだよなぁ」

重雄はこんこんと眠ってる琴子の枕元で、頬に張り付いた長い髪の一筋を払いながら呟いた。
主治医の説明で理解できたことは、琴子は眠ってるだけ、ということ。そして目覚めない原因は現段階では不明であるということ。 

「とにかく直樹くんが居てくれて助かったよ。専門的なことは何も分からないからなぁ。検査の同意書も俺一人なら言われるままにサインしてたよ」

何にせよ原因を究明しなくては治療方針が定まらない。医師の説明は受けたものの、直樹の補足がなければ何の検査か分からないままだったろう。
検査の中には骨髄の髄液を調べるというものもあった。髄液の中に睡眠薬と同じ成分が生成されてしまう病もあるらしい。世の中には変わった病があるものだと驚きを隠せない。それにしたって、ずっと眠りっぱなしなどという症例は聴いたことがないのだという。

「いいえ、お義父さん…俺のほうこそ……俺のせいで琴子がこんな目に…」

幾度となく謝る直樹に、
「君のせいじゃないだろう。階段から落っこちるなんてそそっかしいよなぁ」
そう云って笑う。

恐らく重雄は、琴子の身体には傷のひとつもなく命に別状はないと知り、安堵しているのだろう。
眠ってるだけなら明日にでも目覚めるかもしれない。そう思っているに違いない。
しかし直樹は異常もないのに5日間1度も覚醒していないという症状に不安を感じずにはいられなかった。未発見のウィルスや、隠れた部分の腫瘍の存在などあらゆる可能性を考えてしまう。

紀子は琴子の着替えや、入院に必要なものを取りに一旦家に帰った。
裕樹と重樹が入れ違いに見舞いに来たが、つい先程帰っていった。

重雄と二人きりで、ぼんやりと琴子の寝顔を見つめていた。

ベッドの傍らに付いているネームプレートに名前が入った。
「相原琴子」と。
検査の同意書もすべて重雄のサインだ。戸籍上赤の他人の自分には何の権利もないのだと思い知らされた。
――俺の判断は間違っていたのか?

眠っている琴子の顔を見つめながら、直樹は鉛を抱えているかのように重い心をもて余していた。

「相原さん」

その時看護師が入ってきた。

「警察の方がお見えになってますけど」

「警察…?」

「хх署のものですがーー」



二人ペアで来た私服の警察官は、琴子が転落した駅の所轄の刑事だった。

「琴子の事故のことですよね?」

「はい」

「どういう状況だったのか、俺も訊きたかったんです。青アザ一つないのがどうにも不可解で」

「失礼ですが、貴方は?」

「入江です。琴子の夫です」

刑事はちらりと手元の資料らしきものを見た。

「確か怪我をされたのは相原琴子さんで
は?」

「まだ、入籍していないので。先月末に式を挙げたばかりです」

いちいちこんな説明を繰り返さねばならないのかと、軽い苛立ちを覚える。

「そりゃ、新婚さんなのに大変ですね」

「それより琴子はどういう状況で階段から落ちたんですか? 全く無傷のようですが」

直樹の質問に、刑事二人は一瞬顔を見合わせる。

「ええとですねぇ。琴子さんは5日前の午後5時頃、××駅のホームへ続く階段の最上部から三段目あたりに立っていたようなんです。そこから最下部まで約30段を一気に落下したらしいですが……どうもはっきりした目撃証言はないんです」

「え…?……その時間は夕方のラッシュ時ですよね? 目撃者が誰もいないんですか?」

直樹は眉を潜めて刑事二人を窺う。

「階段の途中で立ち止まっていて、誰かと言い争っていたようだ、という証言はあるのですが、誰も落ちていく瞬間を目撃していないんです。不思議なことに」

「『きゃあっ』という叫び声を聴いた、という証言が幾つか。琴子さんが背中から後ろに倒れていく瞬間を見たような気がする、という人が一人。あとは気がついたら階段下の床の上に倒れていた、と」

刑事たちが交互に状況を説明する。

「ちょっと待って下さい。背中を下に向けて、後方に落下したんですよね? そんな落ち方して、どうして全く外傷がないんですか?」

それはどう考えても最悪の落ち方だ。頭部を打つ可能性が最も高い。

階段を上っている所で足を踏み外すかよろけるかして、背中から落下して、階段の途中で臀部と背中を打ち付けそのまま頭部も打って下に転がり落ちるという最悪なシーンがイメージできた。そしてある程度混雑した時間なら、下から歩いてくる人など巻き込んでしまう可能性もある状況だ。それなのに、誰もその瞬間を目撃していず、そして全く外傷がない、というーー不可解としか言いようがない。いったいどんな奇跡が起こったというのだろう?
天才の頭脳を持ってしても物理的に何が起こったのか全く絵図が想像出来なかった。

「訊いてもいいですか? 下に何かクッションになるものがあったとか、誰かを巻き込んで下敷きにしてしまったとかないですよね?」

「それはないです。琴子さんは階段下の磁器タイルの床の上で仰向けに倒れていたんです」

「………仰向け」

ぞっとする。
だが何故後頭部に何もダメージがないのかーー

「その日、下から突風が吹きあげたとかは?」

有り得ないと思いつつあらゆる条件を想定してみる。

「実は目撃証言の中に、ふわりと身体が浮かんだとか、宙で止まった気がしたとかーー信じられない証言も幾つかありまして、我々も気象予報士に確認したんです」

「……吹いたんですか? 突風!」

思わず叫んでしまう。

「いえ、ないです。気象条件的にも、周囲の物理的条件においても階段下から上に人の身体を持ち上げる程の強風が吹き上げるようなことは有り得ないと」

「我々も数少ない目撃情報と、怪我の状況が一致しないのでどうにも納得出来ないんです。意識がすぐに回復してくれていれば、外傷もないことだし、すぐに事故なのか事件なのかはっきりしたと思うんですが」

直樹の眉がぴくりと跳ねた。

「……事件って……ただの事故じゃないんですか?」

「それが…」

刑事たちが一瞬言い淀む。黙って横で聞いていた重雄が不審げに彼らの顔を窺う。

「琴子さんは、誰かに階段から突き落とされたのかもしれないんです」

「……!」

「そんな…!」

重雄は信じられないと言いたげに顔を歪めた。

「実際突き落とすところを見た人はいないんです。ただ、階段を登り詰めたところで、同じくらいの年頃の女性と言い争っていたという目撃情報が幾つもありまして。
それに琴子さんが落下したところ助ける訳でもなく逃げていく女性を見た、という話も」

「そんな、琴子が…」

「それで…刑事さんが」

直樹は漸く、ただの転落事故に私服の捜査員が来たのかが理解できた。
しかも被害者は意識不明。

「…はい。事故だけでなく、過失致傷ーーもしくは殺人未遂…などの可能性を考えて捜査しています」

「そんな、琴子は人に恨まれるような娘じゃありません!」

重雄はにわかには信じられないように叫んだ。

「お嬢さんはそうかもしれませんか…」
刑事は言いづらそうに一度ちらりと直樹を見た。

「失礼ですが、琴子さんもご主人もストーカーの被害にあわれたことはありませんか?」

「…ストーカーですか?」

「はい。ストーカーとまでいかなくても、つきまといレベルでもいいですが」

「俺も琴子もそんなのありません」
きっぱりと直樹が否定する。

「本当に?……失礼ですがご主人のその容姿ならば女性から一方的に慕われたりしませんか? 女性関係でトラブルとかは?」

義理の父が隣にいるというのに、随分ズケズケと聞いてくるものだと内心うんざりと思う。

「ありません」

一瞬かつての婚約者の顔が思い浮かんだが、彼女がそのようなことに関わるとは思えなくて敢えて言い募ることはなかった。

「これだけモデル並みの容姿を持った人が旦那さんだと、知らないうちに横恋慕した女の妬みを買う、なんて普通にありそうですがね」

「普通にありませんよ」

苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せてしまう。

「でも」

刑事は鞄の中から、赤い紙の入ったビニール袋を出す。

「これ、封筒なんですがね、琴子さんのジーンズのポケットに入ってたんです。あ、ちなみに反対側のポケットには、この小銭が…」

お札と硬貨の入り交じったビニール袋をご丁寧に見せてくれる。

「それ見せて下さい」

直樹はビニール袋を受け取って中身を見る。どこかで禍々しさを感じる真紅の封筒の外に、ピンクのカードが一枚。パソコンで打ったらしい短い文章が書かれていた。

『夢から醒めた気分はいかが?
あなたの夢はこれでおしまい。これからがあなたの現実よ』

……どういう意味だ?

「どういう意味かわかりますか?」

直樹の思ったことをそのまま問われて、
「わかりません」と答えるしかなかった。

「なんとなく、意地悪さを感じませんか?」

「……感じます」

直樹も思ったことだった。送り主は女性で間違いないだろう。

「今までこんな手紙を受け取ったという話は奥さんから聞いていませんか?」

ちらりと重雄の顔を伺うと、重雄も首を横に振った。

「聞いてないです」

直樹がきっぱりとそう答えたとき。

「あ~! ここよ! ここ! 琴子の部屋!」

廊下からばたばたと聞き覚えのある声が響いて来た。
ノックをして入って来たのは、言わずと知れた理美とじんこである。

「あ、入江くん。琴子、大丈夫なの?」
理美の問いに、
「とりあえず命に別状はない」
と答えるしかない。

「失礼ですが、相原琴子さんのご友人ですか?」

手帳を見せながら前に歩み寄る刑事二人に、理美とじんこは目を丸くする。

「警察……?」

「この封筒に見覚えはありませんか?」

「「あーっ!それっ!」」

刑事の持っていたビニール袋を奪い取り、二人揃って叫ぶ。

「それ知ってるのか?」

「琴子んとこに届いたヤツでしょ?  入江くん聞いてない? 琴子にはちゃんと相談しろっていったんだけと」

「いつ届いたんだ?」

「見せられたのは、琴子がいなくなった日の午後だけど。届いたのは前日くらいじゃない?」

思い出すように天井を仰ぐじんこに刑事が続けて訊ねた。

「この手紙、どういう意味かわかりますか?」

「どういうって…そりゃ…」

二人は顔を見合わせた後、直樹の顔をちらっと窺う。

「とにかく、大学中、二人の噂でもちきりだったわけよ」

「噂?」

今度はちらっと重雄の顔を見て、躊躇いがちに口を開く。

「…入江くんが入籍拒んでるとか、家に帰らないとか。で、もう結局これは偽装結婚だったんじゃないかとか、入江母の悪ふざけだったとか、いやもうハネムーンで琴子に幻滅してソッコー離婚とか、みんな好き放題臆測してるわけ」

「なんだよ、それ…」

「なんだよ、って何よ! それこっちのセリフ! 自分が琴子にどんな仕打ちしたか自覚あるの?」

「この手紙だって、相談しろって言ったんだけど、どうせ琴子に会ってもなかったんでしょ? 相談なんかできるわけないよね?」

「…それで、この手紙の意味は……」

直樹に対して容赦なく口撃を始めた二人におそるおそる刑事が口を挟む。

「ああ、つまりね。琴子は、長年片想いして漸くこの王子様と結婚出来たわけ。で、本人もずっと夢みたい! とか云ってたんだけど。で、結果今、二人に破局説が流れて、ほうら、やっぱりただの夢、そしてこれが現実、あんたなんかが入江くんの奥さんなんてなれるわけないのよ、ザマアミロって言いたいんじゃないの? たぶんね」

「あ~ザマアミロってのも前あったよね?」

「前って…何度も届いてるのか? そんな手紙」

直樹はかすれた声で問いかけた。

「ザマアミロは、入江くんが例のお嬢様と婚約したって話が出たときだよね?」

「けっこー凹んでたよね、琴子。自分は入江くんとの掲示板が貼り出される度にあれこれ陰口叩かれてたのに、あの婚約者なら文句ないってこと? って」

「いったい、いつから、こんな手紙来てたんだ?」

直樹の問いに、理美は思い出すように眉間に指を当てる。

「いつからだっけ?」

「けっこう前からだよね?」

「ああ、そう!  琴子が入江くんちに同居したのがみんなにバレた時からよ!」

「……それって」

直樹は、呆然と呟いた。

「高校の時からってことか……」

一緒に暮らして3年半……全く気付かなかったことに愕然とした。

「あまり、琴子、深く気にしてなかったしね」

「そうそう。ある意味、こんなアイドルと一緒に住むことになった以上、そういう洗礼は当たり前みたいな」

「実際面と向かってあれこれ云ってくる子たちには負けてなかったんだけどね~」

「ただ、手紙は誰だか分かんないからね。この赤い封筒の子以外にも色々来てたみたいだし。でも、琴子はこういうことする子の気持ちも分かるって、妙なこと云ってたんだよね」

「気持ちが分かるって?」

「うん、多分、片想いのやるせない、どろどろした感情? みたいな?」

「そうそう、で、あたしたち云ったんだよね! だからってあんたはこんな人を不快にさせるような行動はしないでしょ! って」

「でも、あの娘、そんなの分かんないって、不安そうに云ってたよね」

「それらの手紙は、残ってませんか?」

刑事の問いに、二人はあっさり否定する。

「全部燃やしたって云ってたよ。手紙を出した子達のもやっとした黒い感情を浄化するんだって」

「そうですか」

残念そうな刑事二人に、漸く理美とじんこは問いかけることが出来た。

「で、なんで刑事さんがここに?」



琴子の転落が事故ではないかもしれないと聴かされた二人は、目を剥いて驚いたが、刑事の質問には的確に答えた。
琴子が言い争っていたという女性や、手紙を出した人物に心当たりはないかという質問に、即答は控えつつもあれこれ詮索を披露する。

「まあ、入江ファンは山程いるからね~」

「でもさ、その逃げたって娘、琴子と同じような髪型してたって話だよね?」

「それってあの娘じゃない?」

「心当たり、あるのか?」

直樹の怒ったような表情に一瞬怯んだが、すぐに立ち直り話し始めた。

「イッコ下の学年で、速川萌未って娘。昔、ショートのくせっ毛だったのに、最近大学で見かけたら、琴子みたいなストレートのロングになってたんだよね。後ろからみたら琴子そっくり」

「高2くらいの時、やたら琴子になついてたんだけど、いつの間にか離れたみたいよね」

「何かあったのか?」

「何って…ああ、ファンクラブ騒動! あの娘、琴子にファンクラブの会長になれとか言ったのよね」

「琴子は断ったの。入江くんの嫌がることはしたくないって」

「それからは交流なくなったって」

「なんか、人のいい琴子を矢面に立たせて自分は裏で、って感じが露骨にしてさ、あたしらはあんまし好きじゃなかったな。それにあの手紙もあの娘が煽動して他の入江ファンに書かせてんじゃないのかなーって気がしてたの。何の証拠もないから云わなかったけど、何となく、女の直感ってやつ?」

わかりました、少し調べますと、刑事は云い、今度は直樹に向き合う。

「入江さん、先程、婚約してたとおっしゃってましたよね? 失礼ですがその婚約者の方は今、どちらに?」








「ふう……やっと二人きりになれたな、琴子」

騒がしい来客たちがばたばたと帰っていき、重雄も店があるからと部屋をあとにした。
漸く直樹は眠っている琴子の傍らに落ち着いて座ることか出来た。

元婚約者である沙穂子のことに関心を示した刑事たちだったが、彼女が大泉家の者であると知った途端怯んだようだった。確か大泉会長は、警察官僚にも強いパイプがあると聞いたことがある。下手につつくと不味いと思ったのだろう。恐らくこれ以上大泉家を詮索するようなことはしまい。
実際沙穂子は関係ないだろう。そんなことをする女性ではないし、確か今は海外に行っている筈だった。

警察も医師から説明を受けてかなり戸惑っているようだ。怪我は殆どないのに意識が戻らないその原因が、転落の為ではなく、病気の可能性もあると聴かされたからだろう。たとえ言い争っていたという女が見つかっても事件としては成立しないかもしれない。

理美とじんこは、散々琴子の耳元に、ガールズトークを鳴り響かせ、容赦なく鼻を摘まんだり頬をぴちゃぴちゃ叩いてみたりしてみたが、一向に目覚める気配のない琴子の様子に随分と肩を落としていた。
しかし帰り際二人はキッと、直樹を睨みつけ、深い混迷の中にいる親友の想いを伝えることを忘れなかった。

「入江くん! こんなことになったの、自分のせいだって分かってる?」

「金ちゃんから、会社乗り込んだ時、入江くんが琴子に何云ったか、あたしたち聴いたからね!」

詰め寄るじんことは対照的に、理美はぼつりと呟いた。

「琴子…結婚式も披露宴もずっと幸せそうだった。披露宴で少し話した時も夢みたい、夢みたいって、何度もほっぺたつねらされてさ。『ねえ、入江くんがあたしのことずっと好きだったなんて信じられる? ねえ、いったいいつからあたしのこと好きになったと思う? 』何度も嬉しそうにあたしたちに訊ねてた」

「それなのに……」

「ハネムーンから帰った後の琴子の落ち込みようったら、あの幸せな結婚式からは想像も出来ないくらいだったんだよ?
やっばり全部夢だったのかな?って……」

「…もし琴子が…夢から醒めたくないから……眠ったままだとしたら……」

じんこがしっかり瞳を閉じて目覚める気配のない親友の顔を見つめてから、キッと直樹を睨み付ける。

「入江くんが…現実だって、ちゃんと分からせてよ……プロポーズしたのも結婚したのも紛れもない現実だって…!」

「入江くん、ちゃんと琴子のこと好きなんでしょう? 好きだから結婚したんでしょう? みんながあれこれ云ってるのなんて、嘘でしょう?」

理美の懇願するような問いに、
「ああ。周りが何ていってるか知らないが、おれは琴子が好きだよ。琴子を愛してるから結婚した。それに嘘偽りはない」きっぱりと宣言するように告げた。

二人は思いもかけずストレートな直樹の言い様に少し顔を赤らめ、
「……じゃあそれをちゃんと琴子に伝えて」もう一度懇願するように訴える。


「分かってる……心配してくれてありがとう」

深々と頭を下げる直樹に二人は目を丸くした。

「こいつがいなくなった時も色々捜すの手伝ってくれてありがとな。また来て、横で騒いでやってくれ。きっとちゃんと琴子に届いてるから」

「……うん」





二人が去ってから、直樹は眠る琴子の傍らでぽつりぽつりと話しかける。こんこんと眠る琴子の手をぎゅっと握りしめながら。


いつからおまえのこと、好きになったのかって?
まったく、難解な問題だよな。
おれ自身もはっきりした答が見つからないんだから。
もしかしたら案外同居が始まってすぐだったのかもな。LOVEではなかったけれど初めからおまえはとてつもない存在感を持っておれの前に現れたんだ。
あまりの図々しさや、はちゃめちゃさに、振り回されっばなしで…イライラしたり腹を立てたりもしたけれど、気がついたらそういう生活が当たり前になってた。
おまえに勉強教えるのもテニス教えるのも最初はともかく、だんだん嫌じゃなくなったな。飲み込みは悪いけれど、絶対諦めないから、教えがいはあったな。

卒業式の夜のキスも。
おまえがおれのこと忘れるなんて言うからすっごくムカついたんだ。忘れさせてなんてやらない、と思ったキスだった。
呆れるよな。
そんな感情、好きなやつにしか抱かないよな、フツー。

なあ、琴子。あのキス、おまえにとってファーストキスだろうけど。
おれにとっても、初めて自分からしたキスだったんだーー。


そう云って、直樹は琴子の頬を何度も擦り、キスを繰り返す。
頬に、額に、鼻先に、閉じた瞼に、そして唇に――。

何度も何度も。



「目を覚ませよ、琴子。眠り姫は王子のキスで目を覚ますのがセオリーだろ?」

そして、もう一度口付ける――。










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更新、お待たせしてスミマセン。
何とか日常に戻りつつあります。
初稿が突っ込み処満載だったのでかなり直していたのですが、そうたいして変わらないかも………(^^;

刑事二人、実は初稿では名前があったのですよ。『滑川』と『竹田』。わかります? これ最初に書いてたの去年の5月くらいで、その時にやっていた佐●健くん主演の刑事ドラマに出ていたあの方の役名でした(^^;
旦那と一緒にドラマフリークなので色々観てはいるのですが、殆ど創作のBGM状態で、最近はきちんと観てません。旦那に『ちゃんと観てる?』とよく突っ込まれ(何せずっとスマホいじってますからね)『観てるよー』と答える適当な奥さんです。前クールは『オオカミ少女と黒王子』くらいしか真面目に観てなかったな……(ドラマじゃなくてアニメだし)
そうそう、滑川刑事。別にこの話の刑事に名前いらねーな、とさくっと消してしまいましたとさ。ごめんよふるぽん。







2015.01.14 / Top↑