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彼女は美しい夢を見る。 (3)

2014.12.23(00:00) 71





2話分を合体させたので、少し長めです。





※※※※※※※※※※※※※※※※




顔に降り注ぐ雨の冷たさに、あたしの思考は初めてその世界に降り立ったかのように、あらゆる五感が呼び戻ってくるのを感じた。
そして、その五感が次に感じたのは、自分の唇に触れる温かいもの……。

え?何?――入江くん?
キ、キス…!?
え?え?え?なんで、どうして?
こんなにぎゅって抱き締められて……

「オレ以外の男、好きなんて言うな」

「二回目…」

「何?」

「キス…」

「三回目だろ?……もう数えなくていいよ」

頭の中がパニくってる間に、あたしの口が意思とは関係なく勝手に言葉を紡ぎ出している。何だろう、聞き覚えのあるやり取り…………。
このシチュエーションは――。

ーーあのプロポーズされた雨の夜だ!

何……これは夢?
それとも。
一番幸せなあの夜に、タイムスリップしちゃったの?

頭の中はクエスチョンマークで一杯だけど、雨の中で入江くんに強く抱き締められている感触は、ひどく生々しくて現実のものとしか思えない。
雨でぐっしょり濡れていく冷たさも、入江くんの腕の中の温かさも、記憶にあるあの夜と全く同じ。

入江くん、どうして? なんで、もういっぺんやり直してるの?

そう、言葉にしようとしたのに、全く言葉にならない。
言葉だけでなく、指先の一つとして自分の意思で動かせないことに気がついた。

心だけが過去に戻って、あの幸せな夜をもう一度体感しているのだろうか?
何だか幽霊にでもなって自分の身体に取りついているけれど、自分の思い通りには体が動かせないーー奇妙な感じ。

なんなの、これ?

ワケわかんないけど…………。
もう一度、入江くんのプロポーズ体験できるんだ……。

ふふっ。やっぱりこれ、夢だよね?
あたしが、あの夢みたいな日に戻りたいって思ったから、戻れたのかな?

まるでビデオテープで巻き戻して再生しているみたいに、あの日をもう一度再現しているよう。

あの夜も、たしか思ってた。
夢みてるみたいだって。
もし夢ならこのまま一生眠ってもいいって。


雨の中の腕の温もりをうっとりと感じていると、入江くんが暫くしてから何かを思い立ったように、突然帰ろうと手を引っ張られた。

そうそう。もうちょっとこうしてたいって思ったのに。入江くんてば急いで帰ったのって、お父さんに結婚の申し込みしようと思ってたんだよね、今思うと。
ふふっ。

あたしの思考はひどくニンマリして、それが顔に出たら恐らくしまりのない表情となってんじゃなかろうか。でも実際は、ただおたおたと引っ張られているだけ。
そう、あたしの意識は、この過去の琴子に張り付いているだけで、顔の表情ひとつ動かすことはできないみたい。

家に辿り着くと――入江くんてば濡れたまんまでお父さんに言ったんだよね。

「琴子さんと――お嬢さんと結婚させて下さい」

驚くみんな。
その後の入江くんとお父さんの掛け合い。(ちょっとあんまりじゃない?てな感じの…)
興奮するおばさん。
そして、逆上せて倒れるあたし。

倒れている間は意識はない筈なのに、あたしは真上から自分自身を見つめてる。
これって幽体離脱?
あたし自身が瞳を開けているとあたしの視点なのに、あたしが瞳を閉じていたり意識がぶっ飛んでると、第三者目線のカメラワークになるみたいだ。なんかほんとにドラマ視てる感じ? 夢ってスゴい。

…あら、倒れている間、入江くんがあたしを抱き抱えてくれていたのね。やだ、なんでここで目が覚めなかったのかしら。

実はこのあたりから、この日の記憶はかなり曖昧だった。もう、舞い上がってかなりふわふわしてたんだよね。

どうやら逆上せたあたしは抱き抱えられて廊下に出た途中で目を覚ましたらしい。

「…あ、あれ? あたし…」

「気がついたか? びしょ濡れだから、早く風呂にでも入んないと風邪引くぞ」

「入江くんもだよ。先に入っていいよ」

「馬鹿、おまえの方が風邪引きやすいだろ?」

「馬鹿だから風邪引かないよ。入江くんは天才だから風邪引くよ」

……なんなの、この馬鹿みたいな会話……
客観的に見ると、ひどく恥ずかしい。

「…とにかくとっとと風呂入れ!
それから、おふくろっ!そんなとこで、ビデオ回してないで、琴子の着替え持ってきてやって!」

意識を後ろに移すと、おばさんがこっそりとビデオを持って後をつけていた。

「あら、せっかくのお姫様抱っこなんだから撮らなきゃ勿体ないじゃない」
にんまり笑い、
「お兄ちゃんの着替えも持ってきてあげようか? 二人一緒に入っちゃえば?」
そういって、そそくさと2階へ走って行く。

「おふくろっ!」

「…………!!!!」

怒鳴る入江くんと真っ赤になるあたし――ううん、真っ赤になったのはあたしの意識。この時のこと覚えてないあたしは、ぼうっと二人のやりとりを聴いている。
はあ、おばさんってばそんなこと言ってたのね……。

ボケッと立っていたら、入江くんに洗面所に引きずり込まれた。

「ひゃんっ」

そのまま抱きすくめられて唇を塞がれる。

そ、そうだ。思い出した。ここでまたキスをもう1回更新したんだった。
そして、あたしはまた腰砕けそうになって、入江くんに抱き止められる。

駄目だ、あたし完全のぼせ上がってる!

そんなあたしの様子を愛しげに見つめる入江くんにきゅんとする。

入江くん……そんな優しい顔をしてあたしのこと見てたの?
テンパって気がついてなかったなんて、あたしってばなんて勿体ないことを!

するとおばさんが着替えを持って洗面所に入ってきた。

「ゆっくりあったまれよ」

そういって、額を指先で弾いてから洗面所を出ていった入江くんをぼんやり見送ってから、徐に服を脱ぎ出す。

とろんとした顔のままで湯船に浸かっているあたし――。

ああ、もう記憶が曖昧な筈よね…あたし、完全トリップしてるわ。この情況でよく溺れなかったわね……

心の中で相当突っ込みを入れてみたものの、とりあえずこうやって二度目を体感しているのだから、まあ、いいかと思い直す。

「…琴子、おまえ生きてる?」

脱衣所の方から入江くんの声がした。なかなか出てこないから心配したようだ。

「…あっあっ大丈夫だよ!ごめんね、入江くんも濡れてるのに! すぐに出るね」

「いや、溺れてなきゃいい。おれはもうあらかた乾いたから」

「そう?ごめん! でも、本当出るから」

そう言って慌ててタオルで身体を拭いて脱衣所に出る。
そしておばさんの用意してくれた着替えをさっさと身につけ始めた。

ええっちょっと待って!
おばさん、そんな下着持ってきてくれてたの?

これってあたしが持っている中でも一度も着けたことのない、理美やじんこと一緒の時にノリで購入したちょっとお色気度の高いものだった。

う…あたし、全然気付かずに普通に身に着けてるよ。どんだけぼんやりなのよ……。って、おばさん、いきなり今夜何かあると思ってたの?

あたしと入れ替わりに入江くんがお風呂に行く。

「ちゃんと髪乾かせよ」

くしゃっと髪を撫で付けて脱衣所に入っていく入江くんを見送ってから2階に向かう。

優しい。何につけても優しい。
やっぱり夢だから?
本当にあったこと?
どっちなんだろう?

自分の部屋の前でボケっと立っていたら、入江くんがパジャマ姿で上がってきた。

「何だよ、まだ髪乾かしてないじゃんか」

濡れたままのあたしの髪に指を入れてさらっとすいた。

「大丈夫か?」

「…う、うん」

「じゃ、おやすみ」

「あ…」

つい入江くんのパジャマの裾を引っ張るあたし。

「何だよ?」

「…だって入江くんが部屋に入っちゃって、朝になったら元の意地悪な入江くんに戻ってしまいそうで」

あ、この時の入江くん、ちょっと
意地悪な顔してる。
そうだよね。結局あの日から目が覚めたらいつも不安だった気がする。朝が来る度に何もかもが夢だったらどうしようって………
そして結局戻ってしまうんだ。
意地悪な入江くんに……。

「じゃあ一緒にベッドで寝るか?」

「そっそんな意味じゃ」

「そーだな。今日は家中が聞き耳立ててそーだからな。またにするか」

またって…またって…結局新婚旅行最終日まで何もなかったんだよね、あたしたち。

「本当に…本当にあたしでいいの?」

そうだよ、本当にあたしでよかったの?

「ああ、すっかりマゾ的な体質にされたみたいだ」

「大好きだからね。入江くん」

「知ってるよ、十分ね」

「でも入江くんがあたしを好きなのは知らなかったわ」

未だにわからないよ。いつからあたしのこと好きなのか。本当にあたしのこと好きなのか。

「おまえには降参したよ」

そういって強く抱き締められた。

「大好きだよ」

ーー本当に……?
でもこの時の入江くんは、確かにあたしのことを愛しいと思ってくれてるようで……
大好きだよ。
大好きだよ。
大好きだよ。

ああ、これがビデオなら、あたしは何千回も何万回も巻き戻して再生を繰り返すだろう。
リピートして永遠に聞きたい、このずんとお腹に響く低い声。

――あの時の幸せな気持ちがあまりに鮮やかに蘇る。

あたしも、大好き。
この日から、たった数週間で貴方に嫌われたとしても………。

                                             








入江くんに「大好きだよ」と、抱き締められて、それぞれの部屋に戻った後、あたしはベッドに入った。いつまでも寝付けずゴロゴロと寝返りを打つあたし。

そういえば、この夜のあたし、その日のことをあれこれ思い返してなかなか眠れなかったんだっけ。
そして本当に眠るのが怖かった。朝、目が覚めたらやっぱり夢だった、というオチを半分くらい本気で思っていたのかもしれない。

いつも布団に潜って5分と経たずに寝入っているのに、一時間近くは目が冴えている。

あれ? あたしはあたしが寝ちゃうとどうなるのかな?
夢の中で眠るってこと?

そんなことを思った瞬間、闇に引き摺りこまれるように世界がフェイドアウトした。



「琴子、起きたか?」

ノックの音で目を覚ます。
そして若干の混乱。
えーと、夢?
何が? 何処から何処までが?
そして、琴子の身体がやはり自分の意識とずれているこの奇妙な感覚が続いていることが分かり、まだあの夢の途中なのだと気付く。
うーん、やっぱり夢の中で寝てたの、あたし? それとも夢ではなくて本当に意識だけが過去に戻っているのだろうか?
何が何だか。頭の悪いあたしにはさっぱり分からない。


「琴子、入るぞ」

かちゃりと扉が開いて入江くんが部屋に入ってきて、まだ身体を起こしただけでベッドから出られないあたしの隣に腰掛けた。

「入江くん…」

「おはよう、琴子」

「うん、おはよ…」

まだ半分寝惚けてるあたし。そういえば、確かこの後ーー。

「琴子」

朝からばっちりスーツを着込んでいる入江くん。座ったまま、あたしの背中に腕を回し優しく抱き寄せる。
そのまま耳元で囁かれて、ぽわんとなる。

「おまえのことだから昨日のこと夢だとか思ってんじゃねぇかと思って」

「……夢じゃなかったんだね」

「あたりまえ」

そして、あたしの頬を両手で優しく包む。
入江くんの、あまりに綺麗に整った顔が自分の目の前数センチ先にあり、まだ夢みてるみたい…ってこの時のあたしは思ってたんだよね。

ちゅっと音を立てて軽くキスを落とされる。
また、ひとつ更新ーー数えなくていいって云われて、それでもあたしはいつまで数えていたっけ?

「今日、沙穂子さんに会ってくる」

「え?」

「ちゃんと話してくるから」

「うん…」

「おまえは今日は大学?」

「うん」

「ちゃんと行けよ」

「行くよ、もちろん! でね、あのね、あの…」

「何?」

「理美やじんこたちに話していい?」

必死に訊ねるあたし。もう、二人に言いたくて言いたくて堪らなかったんだよね。でも、やっぱり不安だった。誰にも言っちゃ駄目とか言われたらどうしようって…
尤もまさかこの時既におばさんがあたしたちの婚約のビラを、大学中に貼っているとは思いもしなかったのだけれど。

「いいよ。誰にも隠す必要なんてない」

入江くんの言葉が泣きそうなくらい嬉し
くてそのまま彼の胸に顔を埋める。

「学校終わった後…あたしも行くね…金ちゃんとこ」

「ああ…」

入江くんの大きな手が、あたしの頭を優しく撫でる。
あたしはドキドキしながら、未だに入江くんの胸に顔を貼り付けているんだけど、既に一度経験してるあたしは顔を挙げて入江くんの顔をちゃんと見たい気分――でも、あたしの意志通りにこの身体は動いてくれない。

「大丈夫か?」

「大丈夫…ちゃんと分かってもらうように云うから…金ちゃんに」

「ああ。オレも。沙穂子さんに納得してもらえるように伝えるから、あまり不安がるなよ」

「うん…」

そして、もう一度キス。
今度はさっきより長く。そして、深く。
結婚式を挙げるまであたしたちは、こんな風に触れあう時間が殆どなかったのだけれど、数少ない二人だけの時間の中でキスの長さとその内容(?)の濃さはどんどん恋人らしく変わっていったよね。
でもこの時のあたしはそんなこと知らなくて、触れあうだけのキスでも十分心拍数上昇してたな。

「…じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

ベッドの中からお見送りって、どうなの? と今なら思うな~やり直したいかも。
そして行ってしまった入江くんの後を見つめるように、扉からぼんやり目を離さないあたし。完全にまた妄想の世界に入ってるな。
そう、あたしはこの時、結婚した後の旦那様をお見送りするあらゆるシチュエーションを想像していた。
……でも結局短い結婚生活の中で、殆どちゃんとお見送りなんてできなかった。新婚初日に寝坊しちゃったし。
――だから駄目になっちゃったのかな…? こんなだらしない奥さんなんて嫌だよね…

そんなことを考えている間に、あたしの身体はさっさと着替え、階下に降りて行こうとしていた。
身体と意識が別々だというこの不思議な感じ――果たしてこれは本当に夢なんだろうか?
あたしはだんだん不安になる。
夢にしてはいろいろな事がリアル過ぎる。

例えば朝一番、夕べの興奮冷めやらぬテンションMaxなおばさんと話した会話のひとつひとつ。
そしてその日の朝御飯のおばさんの半熟目玉焼きが、珍しく少し固くて半熟ではなかったこととか、(多分あたしとのお喋りが過ぎたせいだ)その日の朝の情報番組の占いコーナー、天秤座も蠍座も、6位と7位という微妙な位置に並んでたということや、ラッキーアイテムがコーヒーだということ。
それはすっかり忘れていたけれど、間違いなく一度経験したことだった。

そんなに細かくってリアルなものかなぁ、夢って…?
それとも夢じゃないの……?
何だかわけの分からない不安な思いを抱えたまま、でもあたしはそんなもう一人の自分が自分の中にいることも知らずに、大学へと向かっていた。

そしてプロポーズの翌日の、嵐のような一日が過ぎていった。

大学ではあたしたちの婚約が知れわたっていた。(でも、あまり信じる人は少なかったみたい)
じんこや理美に話すと二人とも初めはなかなか信じなかっけど、最後には我が事のように喜んでくれた。

「で、プロポーズの言葉は?」

「そうそう。これは定番よね、質問の」

二人がにやりと笑って迫ってくる。
そしてあたしは思い出した。
この時、ちょっとどきっとしたこと。
プロポーズの言葉って――。

「『いいな?』…かな?」

「何よ、それ?」

理美が吹き出した。

「ええっと…お父さんに、『お嬢さんと結婚させてください』って言ったのね。それでお父さんが了承してからの、『いいな?』だから」

「つまりあんたに対してはちゃんと申し込んでないってことね」

「なんか入江くんらしいわ」

呆れたように笑う二人。

「まあ、結婚出来ることすら奇跡だから、この際そんなことどうでもいいんでしょ?」

「うん!」

あたしは力強く頷く。
そう、言葉なんてどうでもいい。
……どうでもいいけど、でも。
ずっと何か引っ掛かるものが、確かに存在したことを、もう一度ぼんやりと思い出していた。

その後金ちゃんと話すためにふぐ吉に向かう。そしてその間、入江くんは沙穂子さんに会い、大泉会長にも謝罪しに行っている筈だ。

あたしは既に知っている一日をもう一度繰り返していた――。

そして夢なのかうつつなのか分からない二度目の日々が、ばたばたと過ぎていく。

おばさんの突然の結婚式の発表。眉間に皺を寄せて抗議する入江くん。…でも結局は、結婚式を挙げることを承知してくれた。
それでも不機嫌なままの入江くんにあたしは凄く不安になったのよね。
ふと思う。
あたしの意志通りにこの身体を動かせることが出来るなら、過去を変えることが出来るかな?
もしあたしがおばさんに必死に頼んで、入江くんの望む通り結婚は卒業後にしてもらっていれば、入籍してくれないからと不安になったり、会ってもらえなくて悲しくなったりしなかったかな?

そう思ってもこの夢は過去をもう一度辿るだけで、言葉ひとつ、行動ひとつ変えることが出来ない。
夢の中の日々は、現実と同じような速度で着実に結婚式に向かって進んでいく。
結婚式までの2週間、エステに行ったり式場に打ち合わせに行ったりして幸せな日々を過ごした。
幸せで思考能力0のあたしは、おばさんの勧めるプランにあまり確認もせず同意していく。
ああ、ここでも少しは自分でよく考えて入江くんにも色々相談して二人であれこれ決めていれば…新郎があんなに不機嫌な披露宴にならなかったのかな?
せっかく2度目なのに、それもできればやり直したい。
ゴンドラもスモークもそしてあの入江くんの昔の写真も、全部なかったことに出来たなら、あたしたちの披露宴は、ずっとにこやかで幸せだったかしら? あたしたちの初夜は、あのホテルのスイートルームで、一週早く迎えることが出来たのかしら?

ただ、今思うと結婚式までの2週間の方が、ハネムーンから帰った後の1週間よりもずっと入江くんが甘くて優しかった気がする。
この突然の結婚のせいで入江くんの仕事は劇的に忙しくなり、会える時間は少なかったけれど、二人で指輪を見に行く時はちゃんと一緒に行ってくれたし、会社にお弁当を届けた時もちゃんと会ってくれて……執務室で沢山あたしの話を聞いてくれたし、初めて重ねるだけじゃない蕩けるような激しいキスをした。
あたしは、この2週間で少しずつ不安が軽減されるのを感じていた。入江くんはこの突然の結婚式を嫌がってないって。
…だから会えない時間が多くても、あたしは平気だった。(自分も忙し過ぎたのもあったけれど)

本当に…夢のようにこの2週間は過ぎていった。もう一度この幸せな時間を体験出来るなんて、本当に夢なのね?



そうして、とうとうやってきた感動の結婚式。
波乱の披露宴。
そして、夢のようなハワイへのハネムーン。

ああ、もしやり直せるなら、このハネムーンなんとかしたいっ!
お邪魔虫カップルに邪魔され続けた日々をなんとか変えてしまいたい。
でもあの時と違う行動が出来ないため、もう一度あのイライラする日々を過ごさなければならないのはちょっと何だかな、って感じ。夢ならばそういうとこははしょってくれればいいのに、と思うのだけれど、全部丁寧に同じ日々を繰り返してる。



で、今のあたしは、ハネムーン最後のディナーの直前に駆け込んできたお邪魔虫旦那のせいで真っ暗な気分を味わっていた。
ああ、このお邪魔虫マリが現れないよう過去を変えることが出来ないのなら、せめてここだけでもやり直したい。
入江くんが医者の卵として診察しているのなら、こんなみっともない嫉妬なんかせずに、きちんと医者の妻らしい態度で夫を手助けしてあげたい。
下らないやっかみで怒鳴って泣いて飛び出して迷子になって警察のお世話になって、本当に馬鹿なあたし。

……それでも、必死になってあたしを捜してくれた入江くん。

「もう平気じゃない」

そう言って抱き締めて、いっぱいキスして……それから、それから……きゃあきゃあ~!
ううっこの状況客観的に見るの、恥ずかしすぎるっ!
やだっ入江くんてば、あんなことやそんなことしてたの?
その時のあたしはもういっぱいいっぱいで何が何だかって感じでよく覚えてないのよっ!
しかも、自由に動かせないくせに触感だけはしっかり感じられるからタチが悪い。
身体中を這い廻る入江くんの唇や指の感触に、あたしはワケわかんない声挙げてるし、あたしの意識もおかしくなりそうで何処にぶっ飛んでいきそうだ。
入江くんに翻弄されて完全にこの時のあたしも今のあたしの意識もトリップしてしまっていたーー。

そうしてあたしにとっては2度目の、初めての夜は更けていった。
初めての夜…最初で最後の夜――
ーーそう。
結局あたしたちが結ばれたのはこの夜一度切りだった。
ハネムーンから帰った日の夜から、あたし生理が来ちゃって、あのおばさんコーディネートのピンクの新婚ルームであたしたちは抱き合って眠っただけ。
まあ、それだけであたしは十分幸せだったけど。
それでも、
「ゴメンね(生理なんか来ちゃって)」と謝ると、

「何を謝ってんだか」と吹き出していた。

えっちはしなかったけど、その夜入江くんは一晩中あたしを腕の中に閉じ込めてくれていた。
キスもいっぱいした。
ハワイとは違う肌寒い晩秋の夜に、足を絡めあい、身体を密着させることの温かさを初めて知った。そう……早くにお母さんを失い、お父さんも夜遅くまで店にいたから、親と添い寝という記憶が殆どない。だから、こんな風に誰かに包まれて眠ることの至福感を初めて知った。
そして考えてみれば、それが二人にとって最後の甘やかな夜だった。
次の日から、入江くんはどんどんどんどん忙しくなって、そして……

あたしは次の日からの淋しい夜を知っている。
でもこの琴子は今は入江くんから与えられる幸せにうっとりしている。
甘いキス。
甘い愛撫。
甘い囁き。
この夜が最後だなんて思いたくない。
永遠にこの幸せな世界にいたい…。
明日なんて来なくていい。

「……琴子…」

微睡む中で入江くんの声が、耳元で微かに響く。

「…明日から忙しくなる」

うん…知ってるよ…
そう心の中で応えるあたし。
琴子本人はもう殆ど眠りの国に引き摺りこまれようとしている。だから、あたしは知らなかった。入江くんが少し辛そうに、そんなことを喋っていたなんて。

「でも、わかってほしいんだ。この早すぎる結婚のせいで、結局パンダイが業績回復出来ないなんて思われたくないんだ。親父からはもう、会社を辞めて医学部に戻っていいとは言われたけれど、やっぱりおれのせいで婚約が解消になって、援助は続けてもらえるものの、厳しい事態にはかわりないんだ。なんとか年内にはある程度の目処をつけたい。そして正月明けには復学して、医学部での勉強がしたい。
その為にはかなり厳しいスケジュールをこなすことになると思う。……お前に淋しい思いをさせるな。新婚なのに…。おれのわがままかも知れないけど…おまえには、黙って待ってて欲しいんだ。必ず年内に片を付けるから……おれを信じて待ってて欲しいんだ…」

優しく。囁くように。少しの懇願
と、苦渋の色も微かに混ざり。

そんなことを言ってたの?

おれを信じて待ってて欲しい……。

――どうしよう。
あたし、全然信じてなかった。入江くんがあたしのこと好きだって。そんな風に色々考えてたなんて。
あたし、全然……。

ううん、待って。この言葉が本当かどうかなんて分からない。
ただの夢?
それとも願望? あたしの妄想?

明日はーーどうなるの?
入江くんが冷たくなっていった『明日』が来るのが怖い。



ーーゆっくりと意識が闇の中に引き摺り込まれていく。
ゆっくりと……。

そして、再び目が覚めた時――。








「おまえは俺を好きなんだよ。俺しか好きになれないんだよ」

雨かあたしの頬を打ち、あたしの唇は……。
入江くんによって塞がれていた。

                                             



※※※※※※※※※※※※※※


ということで、いよいよ奇妙な世界へ。


果たして夢なのか妄想なのかタイムトリップなのか……?

琴子ちゃんの身体は何処に………?
と、まだ引っ張る(^^;




朔旦冬至。今宵は19年に1度の珍しい冬至だそうで。かぼちゃを買い忘れて仕事帰りに慌てて買って煮物にしました。
柚子湯は子供らが皮膚に刺激を感じるからイヤだというのでやりません。いい香りなのにねぇ……(..)

まだまだ寒波は続いているようです。うちの辺りは全然、ですが(^^;
積雪地域の方、気を付けて下さいませ。




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Snow Blossom


2014年12月23日
  1. 彼女は美しい夢を見る。 (3)(12/23)