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彼女は美しい夢を見る。 (2)

2014.12.20(00:00) 70






陽が落ちてから随分時間が経っていたのに、用を為さなくなったブラインドが外の夜景を覆い隠しているのに気がついて、直樹は窓際のブラインドの紐を引いた。
舗道を照らすショーウィンドの煌めきや、街灯、そして街路樹を彩るイルミネーション――眼下の風景は、クリスマスまでのカウントダウンか始まったことを物語っていた。

「直樹さん、帰らなくていいんですか?」

ぼんやりと窓の外を見ていた直樹に声をかけてきたのは、企画室の室長だった。

「ええ、大丈夫です。鳥居室長」

「でも流石に今日は帰った方がいいでしょう。もう5日も帰ってないですよね?」

直樹はつい数時間前のあの騒ぎーー琴子と金之助が会社に乗り込んで来たときの騒動の際、鳥居室長と打ち合わせ中だったことを思い出した。

「結婚したばかりなのに、奥様をほっておいて大丈夫なんですか?」

「……先程は、お騒がせしてすみませんでした」

「いや、そういうことじゃなくて……」

直樹よりも20歳以上年上だと思われる鳥居室長は、呆れたように端正な顔立ちをした年若い社長代理を見つめた。

「今夜、あなた一人が居ても居なくても仕事の進行情況はたいして変わらないと思いますけどね」

キツい言い方ではあるが、このとんでもないスケジュールを強いられて徹夜で作業をしなくてはならないのは、企画室のプランナー、デザイン室のデザイナーたちと、開発室の技術者たちだ。無論、この計画の指揮者たる彼が、新婚を理由に毎日定時で帰っていたら噴飯ものではあるが、四六時中張り付いてあれこれ口を出されるのもやりにくい。

「わかっていますよ。おれがいなくてもみんなちゃんと自分の仕事を責任を持ってやってくれるってこと」

自嘲気味に笑う。

「でも、言い出しっぺですからね。おれはおれでやれることをやらないと。
明日は、各工場の責任者や下請けの社長たちに来てもらって、製造ラインの打ち合わせをするんです。何が何でもクリスマス商戦に間に合わせたいので。
……最終工程の彼らに一番皺寄せが来ますから、何とかこの日程を飲んでもらう為のプランを練らないと……」

確かに本社の主工場なら無理を言ってフル回転で生産させる事が出来るが、幾つかの下請けの部品工場やパッケージ工場からこの期日の納品は不可能との回答が来ている。この暮れも押し迫った忙しい時期に無茶苦茶な製造日程を受け入れてもらうのは難しいだろう。

「良案はあるんですか?」

「……まあ、いくつかは。でも最後は情に訴えるしかないですけどね」

この頭脳明晰で冷悧な社長代理が、「情に訴える」とは。逆に彼にとっては最も不得手な部分ではないかと、密かに思う。
その思いに答えるかのように、直樹は苦笑気味に云った。

「実のところ情に訴える、なんて高等技術は、おれの妻が最も得意にしてることなんですが」

「奥さん……可愛らしい方でしたね」

まだ学生と聞いていたが、もしかしたら高校生か? というくらいあどけなさを感じていた。
直樹は一瞬眉を潜めたが、ふっと笑い、
「そういえば鳥居室長は、最近ヘッドハンティングでうちの社に来たばかりでしたっけ?」と訊ねた。

以前に琴子がアルバイトで来ていた時には居なかったということか、と気がつく。

「…ええ。まあ……」

「すいませんね、入ったばかりでこんなハチャメチャな情況で」

「まあ、こんな情況だから私がてこ入れの為に引き抜かれてきたんでしょうが」

「大手広告代理店から、こんな業績の危うい会社へ転職すること、ご家族は反対されなかったんですか?」

ふと思いついて直樹は尋ねてみる。

「妻はそういうことに口出しはしない性質(たち)なんで」

「そうですか…。でも、転職したばかりで、ご主人が仕事三昧で帰宅されないと奥さんも不安に思われませんか?」

内心「おまえがそれを云うのかよ」と、ツッコミながらも、
「うちは、すでに一山越えているので」
と笑ってかえす。一瞬怪訝な顔をして首を傾げた直樹に応えずに、
「あなたの奥さんの方がずっと不安でしょう?」
思ったままを言葉にする。

「…あいつは大丈夫ですよ。こうゆうことに慣れてるし」

「………」

結婚する前から常に放置だったということなのか? と、目を剥く。

「それにあいつは根性がある。寂しくたってちゃんと待っていられる筈です。6年も諦めずにおれを想い続けた女ですから」

「……そうですか」

さり気無くのろけてないか? と思いつつ。

「でも女性の強さを過信しないほうがいいですよ」

鳥居室長は窓の方に目を向けると呟くように云った。

「根性があって、パワフルで前向きで、いつもにこにこして明るくて――とても強い女性だと思っていたのに、唐突にオーバーフローして、ポキッと折れてしまうことがあるんです」

何を突然? という表情で直樹は室長を見た。

「私の妻もそんな女性だったんです。明るくて忍耐強くて、文句も云わず私の後を付いて来て……
でも私はそんな彼女に甘えきっていた。仕事仕事で、、家庭を省みない亭主の典型でした。どんな仕事かも何故帰りが遅いのか全く説明しなかったし、伝える必要もないことだと思ってた。
……以前いた広告代理店じゃ、社員の酷使の仕方はあなたの比じゃないですよ。私自身も相当参ってて、妻のことを思いやる余裕はなかった。
……そして、気がついたら妻がうつ病になっていたんです」

直樹は、はっとしたように顔を上げる。

「まあ、妻の看病もあって、前の職場では、ほぼ閑職に追いやられていました。でもお蔭で随分妻の病状は良くなりましてね。それから、パンダイさんに声かけてもらって、会社辞めることにしたんです。ここは前の会社に比べて社員を大切にしてくれます。妻の病を理解してくれて、随分助かりました。
さっきはてこ入れの為にこっちへ引っ張られたなんて言いましたが、共通の知り合いを通じて、あなたの父上に拾ってもらったんです。私の妻のことや、職場で干されてることを知った上で声をかけてもらったんです。……いちいち個人の事情に配慮してくれる会社はそうそうないですよ」

「……そうですか」

「ええ。ですから今はご恩返しのつもりで頑張りますよ」

「ありがとうございます。でも、それこそ奥さんは大丈夫なんですか?」

「…ええ。全部情況は説明してますから。この会社がアブナイって言われてることも話してあります。不安にならないように。とにかく言葉を尽くして、今自分が何をしているのが、どんな事をしなくてはいけないのか、守秘義務に抵触しない範疇で必ず伝えるようにしています。伝えさえすれば、納得してわかってもらえるので。そうやって、私たちは乗り越えて来たんですよ」

「……そうなんですか」

「ええ」

直樹は手元の資料をパラパラと捲っていたが、視線は別の方を向いていた。何かをぼんやりと考えているようにも見えた。

「男と女じゃ脳の構造が違いますからね。どんなに言葉を尽くしても理解してもらえない時もありますよ。頭ではわかってても、心じゃわかってないな、ってことがね。そういう時は、ただひたすらスキンシップをはかるに限ります」

そういってニヤリと笑う鳥居室長に、軽く笑みを返すと、
――確かに琴子と似てるかも…
会ったことのない鳥居室長の妻をイメージして、そんなことを思う。

「今回は、2週間限定ですからね、大丈夫ですよ」

「……はい。必ず2週間で何とかしますよ」

――でないと、おれも琴子も限界きちまうよな。

鳥居室長と別れたあと、不味い缶コーヒーを飲みながら再び窓の外を見る。
テールランプの流れも夕刻のラッシュ時と思うと随分とスムーズになった。
微かに救急車の音がして、そういえば、近くに基幹病院があったことを思い出す。

――琴子……待っててくれ。
必ず自分が戻るべき場所に帰るから。

仕事を再開して、暫くしてから携帯に電話がかかった。

「あ、お兄ちゃん?」

「何だよ?」

紀子だった。

「琴子ちゃんって、一度そっちに行ったのよね? 何時ごろだったかしら?」

少し焦っているような、落ち着きのない声。

「何だよ? もしかして琴子、帰ってないのか?」

時間を見ると、午後10時だった。

「ここに来たのは、4時過ぎだったと思う。石川や小森のとこじゃないのか?」

――二人のところにいると分かっているならわざわざおれに電話してくるわけないよな、と思いつつそれでもとりあえず訊いてみる。

「二人は、6時くらいにうちに来たのよ。琴子ちゃん、学校に鞄や上着を置いてっちゃったみたいで、それを届けに来てくれて…。鞄の中にお財布も携帯も入ってて、全くの手ぶらなのよ?
だから、理美さんたちもまだ帰ってないって聞いて、ひどく驚いてて……。
とりあえず二人が、F組の同級生たちに片っ端から電話してくれてるのだけど、何処にも居なくて……」

――鞄置いてくって何やってんだよ……
心の中で毒付く。

「金之助は? 琴子の後を金之助が追っかけて行ったけど」

あれからずっと金之助と一緒に…? その考えが頭に過った瞬間、心の中に黒い澱が溢れるのを感じた。それは琴子と金之助が会社に乗り込んで来たとき、琴子が金之助を庇った瞬間に心の中に沸き上がったものと酷似していた。
それ故に口から飛び出していった毒を孕んだ言葉たち。琴子が深く傷ついたのは予想できた。

「金之助くんは、ビルから出た時にはもう琴子ちゃんを見失っていたらしいの。そのまま大学に戻って今はふぐ吉に居るわ。琴子ちゃんが帰ってないって聞いて真っ青になってすぐにでも捜しに行きそうだったようだけど、相原さんが仕事終わるまで待てって、許さなくて」

金之助と一緒ではないと分かって少しホッとする。

「もしかしたら深夜営業のファミレスとか、ネットカフェとかにいるかもしれないし」

「……でもお金もってないのよ?」

ーーそうか。

「こんな寒空に、お金もコートもなくて…どうしているのかしら、琴子ちゃん…。もしかしたら何かに捲き込まれたんじゃ…」

「何かって何だよ! 琴子もいい大人なんだから、少しくらい帰りが遅くたって、変な心配するなよ」

「だって、遅くなる時は絶対連絡くれたのよ?」

「携帯も金もなくて連絡出来ないだけだろ?」

「金之助くんが、タクシー代金のお釣受け取っているから、小銭くらいはある筈だって…」

ーーじゃあ…電話くらいはかけれるってことか。

直樹の心にざわりとする何かが波立った。
琴子は同居し始めた時から、晩御飯の要らない時の連絡は一度も怠ったことはない。

「とにかく少し様子をみよう。おれも心当たりを少し捜して見るから」

心に重たい塊がのしかかったような嫌な気分だった。

「……ふう」

直樹は自分の携帯をしまうと、机上の電話の受話器を取り、内線をかける。

「すみません、直樹です。私用で車を少しお借りしたいのですが。ええ、あくまで私用ですから自分で運転します。はい。はい。お願いします」

                                       
ーー琴子……何処に行ったんだ……?






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なんとか毎日更新してますが、恐らく明日明後日の土日はお休みするかもです。
出来てるものなんだからちゃっちゃかアップしてけばいいんですが……意外と手直しに時間かかってます(^^;
そして週末なんやかやと忙しい………(-.-)

こんなところでごめんなさーいm(__)m


琴子ちゃんは果たして………!?


……今しばらくお待ち下さいませ(^^;




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2014年12月20日
  1. 彼女は美しい夢を見る。 (2)(12/20)