「おまえはオレが好きなんだよ! オレ以外の男、好きになれないんだよ!」

全身を濡らす激しい雨。
そして突然のキス。

「オレ以外の男、好きなんて言うな」

えっえ~?!!!

あたしは入江くんの腕の中で茫然としてしまっていた。

また戻ってる!
あの雨の夜に!

「うそ……なんで?」

「嘘じゃねぇし」

入江くんの言葉に我に帰る。いま、あたし、自分の思ってること、ちゃんと喋った!?
思わず自分の頬っぺたをつねってみる。あたしの手は、あたしの思う通りに動き、そして頬をつねっていた。

「痛い…」

「だから、夢でもないって」

入江くんはクスッと笑うと、あたしが自分でつねって赤くなった頬を優しく撫でてから、チュッとそこにキスをした。

夢じゃない?
いや、夢でしょう! だって、もう3度目!
でも…痛かったし…
あたしの混乱を、突然のキスのせいと受け取っているのか、クスッと笑ってもう一度ぎゅっと抱き締めてくれた。

あたしは腕の中でその腕の温もりをしっかり堪能しつつも、あれこれ考える。
あたしが最初の時と、違う科白、違う行動を取っているから入江くんの科白や行動も微妙に違うものになっている。

ーーつまり今度はあたし、いろいろやり直せるってこと?

雨は相変わらす激しく二人の上に降り注ぐ。そう言えば入江くんが持って来てくれたあの傘どこに行ってしまったのだろう? と、それまで考えもしなかったことに思いを巡らせていた。そして入江くんの腕の中に閉じ込められたまま、何をどうやり直すべきか、少ない脳ミソで一生懸命考えていた。

考えてはみるものの、夢だかなんだか分からないこの状況にあたしは確かにテンパっていて、結局入江くんのなすがまま、あの時と同じように彼に手を引かれ、雨に濡れたまんまで家の帰路を急いでいる。

――ああ、そして家に帰るとプロポーズで……
何度経験しても顔が熱くなるなー

「お嬢さんと結婚させて下さい」

うんうん、何度も聞いても嬉しい。
嬉しいけど、嬉しいけど。

「いいな?」

何度聞いてもあたしには、その一言だけなんだよね? プロポーズの言葉って。
ちゃんと言って欲しいなぁ~なんて思ってしまうのはこの状況に慣れたためにそんな贅沢な希望を抱いてしまってるのかなあ ?
でもってここであたし、逆上せて倒れちゃう訳だけど、流石に3回目ともなると結構落ち着いてきて、倒れることもなくそのままお風呂場へ直行となる。

――しまった、倒れなきゃ、お姫さま抱っこしてもらえないじゃん!

あたしはああ残念、と内心がっくし思いながら入江くんに促されてお風呂場へ。
そして、抱っこもされず、ちゃんとしている為に特に心配もされず、浴室の前で立ち止まる。

「じゃあ、ちゃんとあったまれよ」

頭をぽんぽんと叩かれ二階へ去っていく入江くん。

あーん、脱衣場で4回目のキスは?

お風呂から出た後、あたしは部屋の中で入江くんがお風呂から上がってくるのを扉に張り付いて耳をそばだてて待っていた。
あたしは折角自分の思う通りに動けるのだから、ちょっと今までとは違う行動をしようと思っていたのだ。

入江くんの足音が聞こえてきた。
絶対間違えない。3年半、ずっと廊下を歩く入江くんの足音にドキドキしてきたのだ。もし、この足音があたしの部屋の前で立ち止まってあたしの部屋をノックしたら……って。無論、ちょっとした用事や業務連絡的…な感じであたしの部屋を訪れることはあったけど、勉強を見てもらった時以外はずけずけと無遠慮に女の子の部屋の中に入って来ることはなかった。
そして今日は。
入江くんの足音があたしの部屋の前で止まる。

「こと…」

入江くんが、あたしを呼び、部屋の外で話をしようとしているのはわかっていた。そしておばさんがビデオを構えて待機していることも。
けれどあたしはこれまでと違う行動をしようと心を決めていた。
だからあたしは自分からぱっと扉を開けて、
「入江くん入って!」
と、その腕を引っ張ってそのままあたしの部屋に、文字通り引き摺りこんだ。
あたしってば大胆!

「おい。琴子! 外でお袋が…」

「わかってる! ちょっとだけ!」

入江くんの手を引いて、そのままあたしの勉強用の椅子に座ってもらう。あたしの強引さに入江くんが少し目を瞠っているのが分かる。
あたしは入江くんの横に立って、少しおずおずと訊ねる。何度も訊いても、もし違う答が返って来たらと思うと怖くて堪らない。

「本当に…あたしで…いいの?」

「ああ。すっかりマゾ体質になったみたいだ」

「…あのね、だったらお願いがあるの」

「何?」

どうか、嫌がりませんように。
即効断られる可能性は高いけど、でも、あたしどうしても言って欲しい。

「あのね、あのね、あのね…」

「…何だよ」

「あのね、あたし…ちゃんと言って欲しい…かな…って」

「は?」

あーん、思いっきり眉間に皺よってるよ!

「その…プロポーズ…」

入江くんの顔が、ああ、っと得心がいったような表情に変わる。

「さっき言ったじゃん」

「お父さんにじゃなくて…あたしに…」

あたしの声はだんだん小さくなっていく。
だって入江くんの顔がだんだん意地悪な感じに変わっているんだもの。

「ああ、やっぱりいいよっ…!うん!『いいな?』って聞いてくれたし!」

「でも、それはプロポーズとは認識されてないんだ、琴子の中で」

ほら、何かイジワルっぽい……

「されてる!されてるよ、あたしは!ただ一般的にはわかり辛いと思うの!」

「ふーん、そうなんだ」

ニヤリと笑う。
甘いムードとは程遠い笑いかた。
ああ、やっぱり言うんじゃなかった。
そう思ってしゅんと俯くと、入江くんが椅子から立ち上がってあたしの身体を引き寄せた。

「相原琴子さん」

「はっはっはいっ!?」

「オレと結婚して下さい」

えーえーえーっ
あたしは驚いて口をぱくぱくするばかり。

「人に言わせといて、返事はくれないのか?」

「そんな、返事なんて決まってるじゃない!」

あたしは入江くんにしがみつく。

「そうだな…」

そう言ってあたしをぎゅって抱き締めてくれる。

「大好きだよ! 大好きだよ! 大好きだよ! あたしを入江くんのお嫁さんにして!」

「ああ、俺も。大好きだよ」

ううっ何度も聞いても嬉し過ぎて胸が熱くなる、入江くんの『大好きだよ』。入江くんは、この後にも先にもそんな風に好きだの愛してるだの、甘い言葉を安売りする人じゃないって知ってしまったから。
今思えばこの夜と、ハネムーン最終日の夜が、入江くんの想いが確かにあたしに向かっているのだと感じられる頂点だったんじゃないのかなと思うの。二つ山を越えたら後は急降下だったわけだけど。おおっとそんな暗いことを思い出しては駄目よ! 今は目一杯あたしのことを好きでいてくれる入江くんをしっかり感じ取らないとね。

あたしはうっとりと入江くんの胸に顔を押し付け、プロポーズの余韻に浸っていた。入江くんは優しくあたしの髪を撫で、それから涙混じりのあたしの目元にキスを落とし、唇を頬や鼻に彷徨わせた後、あたしの上唇を優しく啄む。
そしてキスは貪るような激しいものに変わっていった。
何といってもここは部屋の中。一度目二度目の廊下と違っておばさんに覗かれることはない。でも多分、ドアに張り付いていて、入江くんもそれに気付いているだろうけど。
ただ…部屋に引っ張りこむというあたしの大胆不適な作戦によって、4回目5回目のキスがあたしの唇に降ってきて、そしてその日のうちに数えられなくて更新不能になってしまった。

長い長いキスのあと、名残惜し気にあたしから離れて、
「そろそろ部屋戻るわ。ドアに耳を張り付けてる奴がいるだろうから」
と、入江くんは扉をチラリと見る。

「そうだね」
と、言いつつ入江くんのパジャマの裾を離さないあたし。

「おい…」

「だって、明日の朝目が覚めたら元のイジワルな入江くんに戻ってそうで」

ほんとは明日の朝は大丈夫って知ってるけどね。イジワルな入江くんに戻っちゃうのは、もう少し先――。でも優しい入江くんをもっともっと感じていたい。

「じゃあ一緒に寝る?」

にやっと笑ってベッドを一瞥する入江くん。

「そおゆう意味じゃっ」

一応焦ってみる。何もしないってわかってるけど。

「確かに、この部屋から一晩出なかったら明日の朝は赤飯でも出てきそうだしな」

ははは…。

「それにどんな顔して相原のおじさんと朝の食卓を共にすればいいのか悩みそうだ」

うーん……確かに…。

「今夜は我慢して、またの機会を楽しみにしとくな」

そう言ってキスをまたひとつ落とした後、あたしを突然抱き抱えてベッドの上に下ろした。

「じゃあおやすみ」

「うん…」

もう一度キス。離れがたい想い。入江く
んもそうなのだと思うと胸が締め付けられるようにきゅうんとなる。
それから入江くんはベッドから離れて扉を開けて出ていった。

「きゃあっ」

ガツンと扉に頭をぶつけたようなおばさんの声。「何やってんだよ」と、入江くんの怒鳴り声。

「意気地無しねえ、このまま泊まっちゃえばよかったのに」

「何考えてんだよっ琴子の親父さんもいるのに」

遠ざかる二人の声。
クスッと笑いながらあたしはベッドの上で幸せを味わっていた…。

そして毛布の中に踞りながら、あたしは一生懸命考える。
おばさんは、二日後には結婚式を発表する。
それは入江くんにとって不本意だった筈。でもパンダイの名前で無理矢理取ったからキャンセル出来ないと押し通されて、不承不承承知した。
もし、こんなに直ぐに結婚式挙げなければ…入籍拒まれてショックを受けることもなかった筈。
おばさんになんとかホテルに予約させないようにした方がいいのかな?
ああ、でも。結婚式を挙げても挙げなくても、やっぱ今から3週間くらい経っちゃうと入江くんの気持ちは離れていくのかな?
離れるっていうか…多分気付くんだよね。一時の感情でちょっと盛り上ってみたものの、え?なんでこんなのと結婚しようと思ったんだ?って。
…多分、きっと、そうだよね…?
そうでなきゃ、なんであんなに冷たくなったの? 新婚なのに、あたしから離れていったの?

――寂しい思いさせるけど、信じて待ってて欲しい…

前のやり直しがきかないバージョンの夢の中で、入江くんが苦しげに囁いていた言葉を思い出す。
でも、あれは夢だよね?
入江くんの本心がそうであって欲しい、ってただのあたしの願望に過ぎないんだよね?
だって、入江くんがそんな風に思ってたなんて、想像もつかないくらい、ハネムーンから帰った後の拒絶感はハンパなかった。

……どうせ、そうなる運命ならやっぱ結婚式挙げて幸せ気分満喫した方がいいよね。
そして結婚式挙げるなら、せめて入江くんが不機嫌にならないようそっちを画策しよう、うん。
あと、新婚旅行もあの夫婦に邪魔されないように違う便にするとかして……。

そして、予定通りの日々が始まる。

お互い傷付けた相手に謝罪をし、医学部復帰のお許しも取れて、そして結婚式の発表――。
あたしはその後、忙しい入江くんを宥めすかして、披露宴の打ち合わせに多少なりとも参加してもらう。
始めは忙しいと断っていた入江くんも、おばさんが昔の女装写真を載せるらしいとか、ゴンドラやレーザービームが演出されるらしとか耳打ちしたら、とりあえず何度かプランニングに参加して、一緒に、派手でなくでも感動的な温かい演出プランを考えてくれた。
ついでに衣装も打ち合わせたし、引き出物も二人で決めた。
おばさんにしてみれば自分の考えたプランが悉く却下されたわけで、それは申し訳なく思っていたけれど、あたしたち二人が仲良くあれこれ決めているという状況に気をよくしたのか、何も言わなかった。

そして結婚式当日。
あたしはもう、指環を右に嵌めようとしたりなんてドジをすることもなく、あたしの方からキスしてザマーミロなんて言ったりもせず、滞りなく粛々と進行した。
披露宴も然り。
シャンペンタワーに、キャンドルサービス。ありふれた演出だけど、テーブルひとつひとつに声をかけ、一緒のボラロイド写真をとってもらい、メッセージを書いてもらった。
二人の想い出ビデオは、それぞれの親への感謝のサプライズの意味を込めて、あたしたちの出会いの元となったそれぞれの両親のエピソードから始まった。親友として育った佐賀の風景の中のお父さんとイリちゃんパパ。東京に出てからの二人。それぞれの伴侶との出会い。
ビデオ製作のスタッフさんたちに頑張ってもらって、秋田や、佐賀のそれぞれの親戚の人たちにもコメントをもらい、お父さんもおばさんたちもそこで号泣。
それぞれの両親の歴史があって、あたしたちの出会いあるという風に繋いだ物語は、高校でのあたしの一目惚れから始まり、ラブレター拒否られ事件、さらには地震で家が倒壊、そして同居と、紡がれて行く。
色んなことを思い出してあたしはビデオが流れる間中、涙が途切れることはなかった。入江くんは時折そんなあたしの涙を拭いてくれる。
そして最後にお父さんへのお礼の手紙。あたしはお父さんにも、天国のお母さんにも、そして3年半も赤の他人のあたしを実の娘のように可愛がってくれたおじさんおばさんにも言い尽くせない程の感謝の言葉を手紙にした。
お父さんやおばさんだけじゃなく、会場中、みんな涙、涙だった。無論、読んでるあたしも何度も涙で言葉が詰まり、その度に入江くんが隣で肩をぎゅっと抱いてくれた。
ほんとに、素敵な披露宴だった。
入江くんもずっと優しくて、終始にこやかに笑ってくれていた。

やり直せてほんとに良かった。心からそう思った…。

そして、その日の夜。
実際は不機嫌のあまり直ぐにふて寝してしまった初めての夜。
でも、今度はとても和やかでシンプルなお式のお陰で入江くんは機嫌を損ねることなく、あたしも飲みすぎないよう気を付けて、おばさんの用意してくれたホテル最上階のスイートルームで甘い夜を迎えた。

「あたし、いい奥さんになれるよう頑張るね。これからよろしくね」

「おまえはそのままでいいよ」

バスローブを身につけただけの二人。窓辺に腰かけて、東京の宝石箱をひっくり返したようなきらびやかな夜景を眺めながら、あたしたちは初めての夜を、ちゃんとした初夜をようやく迎えた。
窓辺で繰り返される絶え間ないキス。この息も付かさないキスにあたしの頭の酸素濃度は減少気味でもうとろとろのくらくら。
そしていつの間にか抱き上げられて、ベッドに横たえられて、そして――。

夢のような一夜。
でもね。
どうにも思い返してみると、一連の行為の手順が、実際のハワイの最終日の時と何も変わらないような。つまり、あたし自身があの時の一度きりしか知らないから、夢の中でもバリエーションが想像出来ない…ってこと?

うん、まあ、しかたない……か?

そして、ハワイへの新婚旅行。
飛行機の便を一本遅らせたお陰でお邪魔な夫婦とは遭遇することはなかった。
ホテルは一緒な訳なので、とにかく極力会わないよう、会っても逃げられるよう予定をびっしり詰めた。
オプショナルツアーをあれこれ入れ、パラセイリングやシュノーケル、とにかく目一杯昼間は楽しんだ。
一度だけあの夫婦とスレ違いそうになって焦ったなー。入江くんのコト、一目惚れされないよなうに無理矢理入江くんの顔を引っ張って変顔にさせた。後で入江くんに滅茶苦茶怒られたケド…。

そして夜は――ほぼ毎晩愛された……。
ただやっぱり行為の手順は毎回同じなんだけど……
(でも、イタイって感覚が段々なくなってきて……あたしの感じ方はどんどん進化していくような/////……?)
流石にこうゆうことに関しては…自分で手順を変えて違うように持ってくなんて出来なくて。
それに、やっぱり行為そのものより、ただ入江くんの素肌に包まれて、甘い言葉を耳元で囁かれて…そして身体中にキスを受けて。それだけで極上の幸せを味あうことが出来るもの。
ただ、毎晩って……あたしって物凄く欲求不満? これってあたしの願望ってことだよね?
入江くんが実際毎晩求めて来るとはとても思えない。
だって、あの雪の日のバレンタインにしても、新婚旅行最終日までいくらお邪魔虫がいたにしろ何もなかったってこと考えると……入江くんってかなり淡白ではないかと思うの。まあ…あたしに魅力がないだけかもしれないけど……。
ただ…キスは好きかな?
短い恋人期間の束の間の時間の中で、入江くんって結構キス魔? って何度か思ったような…。

とにもかくにも。
夢のような幸せの中、あたしがちょっと迷子になる、というお約束な出来事くらいしかトラブルはなく、1週間のハネムーンは無事終わった。
夢のような――そう、夢だもんね。
やっぱり、このハネムーンから戻ったら、入江くんの心はあたしから離れて行くのかな。
何が原因で入江くんが冷たくなったのか、あたしにはさっぱり分からないから何をどう修正しやり直せばいいのかも分からない。

――戻りたくないな。
永遠に醒めない夢の中に居たい。
もっともっと、優しくて甘い入江くんがいる夢の中に。
あたしって――貪欲かな?

そうして、あたしたちのハネムーンは終わり――。

自宅に戻り、リフォームの施された二人のピンクなスイートルームで、入江くんの腕に包まれて新しい朝を迎えた。絶対寝過ごさないよう、目覚ましを三個並べ、なんとか起きてお義母さんと朝ご飯をつくって。
卵焼きはやっぱり殻が入っちゃって、がりって音がして睨まれたけど、怒られはしなかったかな。

玄関先までいってらっしゃいって見送る時に、背伸びしでほっぺにチュッてする。
そしたら、入江くんも「行ってきます」とあたしの唇を掠めるようにキスを落とす。
ふふっ絵に描いたような新婚風景ね。

でも、それも多分今日まで。
明日から猛烈に忙しくなり、それからーー。

ああ、夢が終わってしまうのかしら。
どうか、神様、この夢を醒まさないで……。








ーーそして。
気がついたらそこはまた、あの雨の夜の情景だった。
そぼふる雨があたしたちを打ち付け、そして、あたしはまた入江くんの腕の中で接吻を受けていた…。

                                             






※※※※※※※※※※※※※



繰り返されるエンドレスループの閉じられた空間の中ーー夢は少しずつ変容していきますーーさて琴子ちゃんの身体はいずこに? スミマセン、まだまだ引っ張りますm(__)m


そして、さらにスミマセン!
もしかしたら年内更新はこれで最後かも?
明日仕事納めで、そしてその夜旦那さんの実家へと旅立ちます。車で10~12時間の旅です(渋滞にはまった時は最長26時間かかったこともありましたー(^^;)
ちなみに運転キライな私は殆ど交替しません(^^;よく鬼嫁と(他人から)云われます。いいんですよ、旦那は運転がストレス解消になるという車好き、あたしは運転がストレスにしかならない運転嫌いなのだから! 今年は夏に免許をとったばかりの息子がきっと交替してくれるでしょう。けれど、おちおち寝てられない気もしますが……(-.-)

帰省といっても旦那の両親はともに他界しておりまして、旦那の父の三回忌の為に帰るのです。
1年間全く人の入っていない空き家に帰る訳で……とりあえず掃除でしょう……(-.-)

私はスマホ作家なので(なんじゃそりゃ、ですね)スマホさえあれば何処でも記事がかけるし更新できるので、もしかしたらアップしちゃうかも、ですが期待はしないでくださいね。

年内には戻る予定です。そんな空き家なおうちで(昭和初期に建てられたとってもレトロな古屋です)年越したくないので。

とりあえずは、忙しい年末進行、皆様元気にお過ごし下さいませ!


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2014.12.26 / Top↑



『カノユメ』の続きではなく、ごめんなさいm(__)m
一応季節ネタで(^^;

琴美ちゃん0歳のクリスマスの夜のお話です。




※※※※※※※※※※※※※







「こっちゃん、サンタクロースって信じてる?」

はなちゃんがあたしの顔を覗きこんでそう訊ねた。

信じてるーーそう言いたいけれど、残念ながら3年生のクリスマスの夜、たまたま目が覚めて、お父さんがそおっとプレゼントを枕元に置くのを見てしまっていた。何となくわかってはいたんだけどね。だって、お父さん、サンタクロースに頼んだプレゼントが何かを訊きだすのが毎年とっても下手くそでもろばれなんだもん。

「……うーんうちは……」

「いるよ! 絶対いる!」

云いかけたあたしの言葉を奪いとって
無理矢理話に割り込んできたのはミキちゃんだ。

「あたしねぇ、毎年おねえちゃんと一緒にサンタさんが来るの布団の中で待ってるの。でも、必ずサンタさんが来る直前に眠くなっちゃって……何か魔法みたいの仕掛けてるのよね、きっと。朝起きると間違いなくお願いしたプレゼントが枕元にあるの」

きらきらと瞳を輝かせて語るミキちゃんに、はなちゃんはただひとこと。
「ばっかじゃないの? 5年生にもなって」

うっ……はなちゃん、きつい。

「な、なによーはなちゃんのイジワルー。絶対、絶対本当にいるんだからね」

ふんっと鼻を鳴らして呆れたような瞳でミキちゃんを見つめるはなちゃん。でもそれ以上何も云わなかった。

ただミキちゃんが行ってしまった後で、ぽつりとあたしに話してくれた。

「あたしなんてサンタクロースの存在を信じたことなんて一度もないもん。あたしのうちなんて完全そんなイベント無視だよ」

確かはなちゃんちもあたしと一緒でお母さんが居ないって聞いたことがある。
でもお父さんは仕事で出張ばかりで、とても厳しいお祖父さんとお祖母さんに育てられているって。

「すっごく幸せだよね、ミキちゃんって。この年でサンタクロース信じられるなんて、ほんっと、馬鹿みたいに幸せってことだよね」

そういうはなちゃんの顔は随分寂しそうだった。

「こっちゃんは……信じてるの?」

「あたしは……」

何と言うべきか一瞬迷った。自分と同じお母さんが居ない者同士で同じ答えを求めているんじゃないかと……そんな気がして。
でも。

「3年生までは何となく信じてたかな?」

本当のことを言った。

「そっか……」

はなちゃんはふんわりと笑った。



6年生になってからははなちゃんとはクラスが離れて余り話すことはなかった。
ただ卒業式の日に配られた文集を見て、はっとあのクリスマスの日の何気ない会話を思い出していた。


『将来の目標』

自分の子供にサンタクロースの存在をいつまで信じさせられるか、挑戦してみたい。





はなちゃんの書いた一言が妙に心の中に残って………ずうっと残ってて。
はなちゃんにとって、それはあたしの書いた『素敵な王子様みたいな人と結婚して幸せな家庭を作りたい』とほぼ同義語なんじゃないかという気がしてーー。


はなちゃんは今どうしてるのかな?
お母さんになって、子供たちにサンタクロースの存在を信じさせているのかな?
………そうだといいな……。






* * *






直樹が自宅に帰りついた時、既に日付が変わっていた。
リビングの扉を開けると、真っ暗な部屋の中に、ライトを消し忘れたらしいX'masツリーが、部屋の片隅でひとりぼっちで点滅を繰り返している。ブルーとシルバーで統一されたオーナメントに彩られたツリーは数週間前に紀子と琴子が飾り付けたものだ。

「来年は琴美ちゃんが喜びそうな可愛らしいオーナメント買ってきましょうね」

「きっと、来年はいたずらしちゃうから置場所考えなきなゃ、ですね」

そんな会話をしながら嫁と姑は和気あいあいと飾り付けていたのを思い出す。

直樹は部屋の灯りを点けてから、ツリーのライトのコンセントを抜いた。

「なんじゃこりゃ」

明るくなったリビングは、パーティーの残骸とでもいうのか、随分と散らかったままだった。
ダイニングテーブルにはワインやシャンパンの瓶が何本も並び、テレビにはゲームのコードが繋がれたままだ。
トランプやUNOといったカードゲームもリビングテープルの上に広げられたままだし、菓子器の中に御菓子がてんこ盛りに入っている。
パーティーゲームの箱が部屋の片隅に積み上げられていた。
片付ける気力もなくなるほど、盛り上がって騒いでいたということか。

キッチンに行って水を一杯飲む。
辛うじて洗い物は食洗機に投入したようで、入りきらなかった大皿やグラスがラックに並んでいた。
冷蔵庫の中にはチキンやポテトやピザの乗ったお皿にラップがかけられ、『良かったら温めて食べてね』とメモが貼られてある。



「あれ、兄貴、今帰ったの?」

風呂上がりらしい裕樹がパジャマ姿でキッチンにやって来た。
いつのまにか『お兄ちゃん』から『兄貴』へと変貌した呼び方に、今だ妙なくすぐったさを感じる。

「ああ、おまえこそ、今頃風呂か?」

「うん、好美を送ってったらこんな時間になっちゃって」

「ああ………」

もう大学生にもなるのにクリスマスイヴの夜に彼女と家族のパーティに参加して、律儀に門限までに送っていくのが実に裕樹らしいと思う。

「いいのか? 二人っきりでホテルとかで過ごさなくて」

「え? え? だって、明日はバイトだし」


明日は月曜で平日だが、学生はもう冬休みだ。恐らく日本中のホテルが今夜は満室御礼だろう。どういうわけか日本ではイヴの夜はカップル同士はそうやって過ごすものだという奇妙な風習がある。
だが、このウブな弟は顔を真っ赤にして慌てて弁明している。

「好美がケーキ屋でサンタの衣装着て外売りするバイトなんか入れたから」

「そりゃ、おまえも横で見張ってなきゃな」

ぷぷっと吹き出しながら、
「でも来年は彼女がバイト入れる前にホテル予約しといた方がいいぞ」
と、進言してやる。

「お、おにーちゃんに言われたくないよっ!」

全くだ。
それに『おにーちゃん』に戻ってるし。

「こ、琴子、ずっと携帯見てはため息ついてたよっ」

意趣返しのように告げてみる。

「今日は緊急オペの患者の術後が不安な状態って話はしてあるよ」

「うん、それは聴いてるけど……もう大丈夫なの?」

「ああ、安定した」

「良かったね。琴子もそれを心配してた」

「そうか」

「早く行けば? 多分部屋で待ってるよ」

「どうかな? 寝てるんじゃないか?」





夫婦の寝室のドアをそっと開ける。琴子も琴美も眠っているだろうと考えていたが、部屋の電気は煌々と点いていた。

「……………!」

琴子は眠っていた。
ベッドの真ん中で、身体を横にして、まだ生後三ヶ月の琴美を抱えるように。
ただ、パジャマの前ボタンを外し胸をはだけて、そして琴美はその胸に張り付いている。

寝ながら授乳していたのか、授乳していて眠ってしまったのか……。

「……器用な技を習得したな……」

琴美もおっぱいを飲みながら眠ってしまったのか、口に含んではいるが全然動いていない。
直樹はそぉっと琴美を琴子から離そうと手を触れた。
すると、はっとしたようにぴくりと一瞬動いた琴美は唇を動かして再び吸いだした。

「………おい、まだ食事中だったのかよ」

そして、琴子もまだ起きない。

つんつんとはだけたままの胸を突っついてみる。
いつも右、左の順番で授乳して、今琴美は左の胸にむしゃぶり付いているから、右の胸の授乳は終わっているのだろう。
空いている方の右の胸をやわやわと揉んでみる。授乳が済んでいるせいか、適度な弾力だ。授乳前のパンパンに張った胸は大きいけれど、なんだか自分のモノではない気がして、琴美のモノを横取りしている気がして、触れるのが躊躇われる。

直樹はそのまま自分もベッドに横たわり、肘を付いて妻と娘の様子を眺めていた。

琴美は時折ちゅぱちゅぱ口を動かしているが、殆ど寝ているようだ。
眠ったかなと思い、ベビーベッドに戻そうと触れた途端に、また吸いだす。
それを三回くらい繰り返した。

「……おまえ、オヤジを翻弄しているのか?」

いい加減、ママを返してくれ……と内心ため息をついていたら、今度こそ漸く落ちたのか、琴美の小さな唇が琴子の胸の先端から完全に離れた。
そおっと琴美の背中に手を入れて、ゆっくりと抱き上げる。


ベビーベッドに寝かせた時、軽く身じろいでどきっとしたが、何とか眼を覚まさずにすんだようだ。布団をかけてやり、暫く娘の寝顔を眺める。ついそのふくふくした赤い頬っぺたを突っつきたくなる衝動を辛うじて押さえる。これだけ寝付けば起きないだろうが安心はできない。

自分達のベッドに戻ると、琴子は寝返りをうって、パジャマのボタン全開のまま胸をはだけて大の字になっていた。

「……おまえ、大胆すぎ」

そして、まだ起きない。
少し前まで、琴美の微かな泣き声一つでぴくりと反応して飛び起きていたのに。

何にしろ、起きてくれないのはつまらない。日付は変わったものの、人がせっかくイヴの夜に帰ってきたというのに。
とりあえずイヴということで思い出して、鞄の中から包装された長細い箱を取り出す。自分でさっさとリボンをほどいて包装を破り、初めて誕生日にプレゼントをした日のように、それをそっと付けてやる。

しかしその一連の動作の中でも琴子は目を覚ます気配がない。

鼻を摘まんで起こそうかとした時。

「…………………!」

琴子の目尻から、つうっと一筋涙が流れた。

「…………はな……ちゃん」


ーー誰だろう? 直樹は首を傾げた。
お喋りな琴子からは常に知り合った色々な名前を聴かされているが、『はなちゃん』には聞き覚えがない。
しかし確実に女の名前でよかった。
これが『ユウちゃん』だの『ケイちゃん
』だの、男女どっちとも取れる名前だと暫く悩むことになるのは必至だ。
だが男であれ、女であれ、自分の妻の夢に勝手に出演し涙を流させるとは、少しばかり許せない気もする。

「琴子、琴子」

直樹は琴子の頬に一筋流れた涙を自らの唇で拭いとってから、唇にキスを落として名前を呼ぶ。

「う……ん……」

やっと目覚めたらしい琴子の首筋に顔を埋め、既に開け放たれているパジャマを肩から外して、手はもちろん先程まで娘に奪われていた胸をさまよい始めている。

「え……? 入江くん……?」

完全に目を覚ましたものの、今一つ状況が把握出来ずにいる琴子は、身体を起こそうとして、すぐにそれが叶わないことを思い知る。直樹にのしかかられて身動きができないのだ。

「……あれ……琴美は……?」

「ベッドに連れてった」

「え……やだ…あたし寝ちゃってた?」

「爆睡してたな」

「え……うそ、なんで……あっ………ダメ」

先程まで琴美に吸い付かれていた筈の胸に直樹が吸い付いているーー。

「入江くん、いつの間にかえ………あ…あん」

「おまえ、せっかくイヴの夜に帰って来たのに寝落ちしてんだもんなー」

「ご、ごめ……あ、クリスマスプレゼント……!」

「いい。今もらってる」

「え? でも……そんな……あ、だめ……ああ~!!」

そして琴子から発せられる声は、しばらく全く意味のなさない音ばかり奏で始めたのであるーー。








「クリスマスプレゼント、書斎の机の上に置いてあるから……」

直樹の腕の中で、琴子は少し身をよじって書斎の扉の方を見つめる。
ちゃんと手渡してあげたいのに、しっかり抱き締められて身動きがとれない。それに互いに生まれたままの姿だ。

「朝になったら貰うよ」

「今年はブリーフケースにしたの。出張が多くなってきたし、そろそろ新しいものをと思って」

「それは助かる」

そういいながらも直樹の手はまだ琴子の胸をしっかり覆っている。

「それと…これ、ありがと……」

去年の誕生日以来、直樹はマメにプレゼントを贈ってくれるようになった。逆に無理をさせてしまっているのではないかと不安になったりするが、それでもプレゼントを選んでいる間自分のことを考えてくれているのかと思うとそれだけで天にも登りそうなくらい嬉しい。

「パールのネックレス……」

さすがに抱かれている間に感じた首筋の違和感に、琴子はいつの間にか自分の首にネックレスが付けられていることに気がついたが、そのことを言及する余裕など最中には全くなかった。

「気に入った?」

紀子から幾つか冠婚葬祭用のものを貰っていたのは知っているが、カジュアルにもフォーマルにも使えるチョーカーレングスはなかったと思い、琴子に似合いそうなピンクパールを選んだ。

「うん、凄く嬉しいよ。似合う? あたしにパールなんて……」

「……なんか裸に真珠のチョーカーって……エロいな」

「え? やんっ////」

「首輪みたい」

「えー………」

「なんか凄くおれのものって感じ」

「…………!!」

「と、いうわけでもう1回、いい?」



ーーそして、2回戦突入……








「何、外しちゃうの?」

自分で直樹からのプレゼントを首から外してサイドテーブルに置いた琴子に、直樹がつまらなそうに囁く。

「……だって……汗とか付いたらダメでしょう? それに髪の毛に絡まっちゃって… 」

言い訳っぽく琴子が弁明する。これを付けていたら直樹が際限なくなりそう……とは云えない。云ったら余計に面白がって加減をしなくなるだろうから。

「そ、それよりね」

そしてとりあえず話題を変えようと話を振る。抱き合うのも嬉しいけれど、話したいことも沢山あるのだ。

「瞬くんの手術は上手くいったんだよね?」

直樹が緊急オペをした少年は、琴子が病棟勤務をしていた時から入退院を繰り返していた子供だ。

「ああ、もう大丈夫だ」

「……よかった」

「クリスマス会までは元気に参加してたのにな」

3日ほど前院内で恒例行事のクリスマス会があった。毎年琴子と幹が仕切っていたが、今年は琴子が育休中の為に、幹は他の病棟の真理奈や智子を巻き込んで準備していた。三人が琴子と琴美のツーショットの動画をとってクリスマス会で流すからと入江家に来たのは先週のことだった。

「琴美が可愛いって凄く受けてたぞ」

「ほんと?」

「目を覚ました瞬くんからも、可愛いから元気になったら嫁にくれと云われたが……」

「え?」

「悪いがそれは無理だと伝えておいた」

「えー? 大手術を終えて生還したばかりの子供に、そんなことを?」

………容赦ない。

「もっと元気になるから手近なところで選んでないで、積極的に出会いを求めていけ、といっておいた」

「……………」

確か瞬くん、まだ7歳だよね………

直樹の親バカぶりに呆れつつも、とりあえず瞬くんは大丈夫なのだろうと安心する。

「それより、『はなちゃん』って誰だよ」

今度は直樹から訊ねられる。

「え?」

「名前呼びながら泣いてたけど……」

「泣いてた? あたし? うそぉ」

泣くような夢は見ていなかったのだけれど………

何となくうっすらと覚えている夢の記憶を辿ってみる。

「………はなちゃんって小学校の頃の同級生で、サンタクロースがいるかいないかの話をしてたの……なんだかその頃の夢みてたみたい」

そんな夢をみたのは、多分ーー
先日、十数年振りに彼女に再会したからだ。立派なお母さんになった彼女に。

「入江くんって、サンタクロース信じてた?」

何だか答は分かっているような気がするが、とりあえず訊いてみる。

「……小学校低学年まではサンタクロースからと称するプレゼントが用意されてはいたが……多分3~4歳くらいで、サンタクロースの起源が4世紀頃の東ローマ帝国、小アジアのミラの司教の教父聖ニコラウスの伝説からだと知っていて、それが何故各国で様々な伝説に変容していったかを調べていたからな、多分信じたことはないだろうな」

「………やっぱり」

そんな予感はしていたが。

「……でも裕樹は低学年くらいまでは信じてたんじゃないか? おれほどひねてない」

「……ひねてたっていう自覚はあるんだ」

くすっと笑う琴子に、少しムッとして、

「それで? おまえは信じてたのかよ?」
頬っぺたをつまみながら問い掛ける。

「小三くらいまでは普通に信じてたよ。お父さん、和食の板前なのに、チキンやケーキも買ってくれてたし……店が忙しくて一緒に食べることはなかったけど」

「……毎年、一人で……?」

「あ、ううん。アパートの大家のお婆ちゃんがいつも面倒見てくれてたの。だから寂しくなかったよ。お父さんもサンタさんのプレゼントちゃんと準備してくれてたし」

にっこりと笑って否定するが、寂しくない筈はないと思う。
母親がいないーー普段は慣れてしまっていても、行事やイベントの度に思い知ることとなったに違いない。

再び強く抱き締められて「……入江くん…?」と不思議そうに彼の顔を見る。
何も言わすにただ黙って抱き締める直樹に、琴子は腕の中でとつとつと、さっき見た夢の話をする。


「でね、……はなちゃんの『自分の子供にサンタクロースの存在をいつまで信じさせられるか挑戦したい』というフレーズが、クリスマスの度に思い出されていたんだけど……ほら、この間、理美やじんこと高校の同窓会の幹事会があるからって久々に琴美を置いて一人で外出したことがあったでしょう? その時に十何年ぶりにはなちゃんに会って……」

「……ん? はなちゃんは小学校の同級生だろ? なんで高校の同窓会の集まりに……」

「あ、違うの。はなちゃんには帰り道にばったり会ったの。駅沿いの商店街で。そしたらさーもう、びっくりしちゃった。はなちゃんって、凄くスリムな美人タイプだったのに、なんかどっしりした恰幅のいい『お母ちゃん』って感じになっててねー。しかも子供5人も連れてるの! 二十歳で結婚して双子やら年子やらで8年で5人! なんか貫禄あったなー」




一人は抱っこ紐で抱っこし、双子はツインのベビーカー。上の二人は近くの本屋さんに入っていった。

「今年のクリスマスプレゼントは絵本がいいっていうからさ。じゃあ好きなの選びな、って選ばせてるの」

あっさり言う彼女に琴子はびっくりした。

「え? サンタクロースは来ないの?」

思わず言ってしまった琴子の科白にからからとはなちゃんは笑った。

「うちはサンタが来るのは保育園までにしたの。小学校上がってからは親がサンタから委託されてプレゼントあげる契約にしたからって言ったら、とりあえず信じてるわ」

「ええー?」

「うちの子、疑い深くて絶対何が欲しいか云わないんだもの。面倒になっちゃってね。どうせこれだけ兄弟いると下に行くほどサンタの存在信じる期間は少ないかな、と思って。とにかくサンタだって世界中の子供にあげるのは大変だから、親は子供が生まれた時にサンタさんに来てもらうか、親が代わりにあげるかはそれぞれ契約で決めてる、という設定にしてあるのよ」

そういって笑うはなちゃんは楽しそうだった。

昔の、卒業文集の言葉は覚えてないのかな? とは思ったけれど、敢えて訊ねなかった。そんな拘りなんかどうでもよくなってしまうくらい、日常は大変で、そして幸せなのだろうーーそう思ったから。



「………で、なんでおまえが昔の夢見て泣くんだよ?」

直樹の問いに琴子も悩む。泣いた記憶は特にない。

「………今のはなちゃんは幸せだけど……昔の寂しかったはなちゃんのあの時の気持ちは何処にいっちゃったのかな?……そんな風に思ったのかも……」

そして、多分……幸せそうにサンタの存在を信じて語っていたミキちゃんを、自分も羨んでいたのかもしれない……

少ししんみりした話題を変えるように、琴子が明るく話す。

「来年からは琴美の枕元にもプレゼント置かないとね。あの子はいつまで信じるのかしら?」

「……おれの子供だからな……やっぱり3歳くらいまで?」

「えーもうちょっとサンタ気分味わいたい」

「どうしても信じさせたいなら色々秘策はあるが……」

「えーなになに?」

他愛ない会話が、聖夜の寝室の中でいつまでも続く。

「それで、高校の同窓会の幹事会とやらはどうだったの?」

「あーあれね、まだ半年先の話だからお茶会しに行ったようなものだよ。でもA組の幹事は一人も来てなかったよ」

「……A組の奴らは地元にいないやつの方が多いだろ?」

「みたいだねー。とりあえずは同窓会便りを毎年送付してるのに戻って来ちゃってる行方不明な人を追跡しようってことで一回目は終わったの。卒業たった十年で消息不明になっちゃう人、結構多いんだね」

「毎月やるの? その幹事会」

「うん、そうらしい。あ、でもあたしは琴美を預けられる時だけ行くって言ってあるの。お義母さんも息抜きがわりに行けば?って言ってくれたし。それにあたしらはメインの幹事じゃなくて卒業20年目の人たちのお手伝いだけで、そんなに大変じゃないの。なんか周年記念の同窓会って斗南の恒例行事らしくて、結構おおごとなの。でも、早いよねー来年高校卒業して10年なんて」

「そうだな。10年の間に結婚して子供生んで……おまえが母親になるんだもんな」

「入江くんだって父親だよ。この間の幹事会でわかったけど、A組の結婚率低いよー」

「そりゃそうだろ」

「でもって、AからF組合わせても結婚したのってあたしたちが」

「一番最初?」

「そう!」

「なんやかんやいっても斗南は進学校だからな。学生結婚する奴はそうそういねーだろ」

「ふっふっふっなんか一番って嬉しくなっちゃった。同窓会も楽しみ。早く来年にならないかなー」

「……俺は行けるかどうかわかんねぇぞ」

「大丈夫! 絶対行けるよ!」

「何? その自信」

「よくわからないけれど、理美が云うには、入江くんが、あたし一人を同窓会に行かせる訳がないって。25回生全員集まる同窓会だよ? AからFまで勢揃いだよ? とにかく入江くんは何が何でも参加するに違いないって言ってたの。だからその理美の予言を信じようと………」

「…………………」

琴子の親友の予言に、直樹が眉間に皺を寄せていたとは気付かないまま、脈絡なくお喋りが続く。


「……来年って、もう21世紀なんだよねーなんか不思議。今日が20世紀最後のクリスマスなんだね」

しみじみ云う琴子に直樹が吹き出す。

「おまえ、去年の今頃は2000年から21世紀って信じてたのにな」

「……うっだって……」

「今年は事あるごとに、『20世紀最後のバレンタイン』『20世紀最後の七夕』『20世紀最後のバースデー』……だもんな」

「……だって、そうでしょ? 琴美は20世紀最後にして最大の贈り物だし」

「琴美が21世紀生まれじゃなくて残念だったけどね」

ちょっと前に突然琴子が、『琴美が大きくなった時に、どうして21世紀に生んでくれなかっての? と拗ねたらどうしよう』と、言い出して真顔で悩んでいたことを思い出す。

「大丈夫よ。そんなことで拗ねたりしないように育てるから!」

直樹がその時に返した言葉をそのまま云う琴子に、もう一度吹き出す。

ほんの数時間前までは緊迫した医療の現場にいて、小さな少年の命を思っていた。
そして今は他愛のない会話と他愛のない日常がこの腕の中にある。

琴子の心の深淵に眠る寂しかった記憶の中のクリスマスも、二人で過ごしてきた10年間のクリスマスも、そしてこれから三人で過ごすであろうクリスマスも……みんなそれぞれいとおしい思い出になるだろう。
さりげない日常の中のほんの小さな非日常。20世紀最後でも、来年も再来年も必ず来るだろうこの一夜。

来年も再来年もこの腕の中に閉じ込めていられるならそれだけで十分ーー

尚もお喋りを続ける琴子に、クリスマスの甘い夜を求めているのは自分の方だけなのか? と苦笑しながら「琴子」と呼び掛けて彼女の止まらない口を塞ぐ。


「…………で、そろそろもう一回、いい?」

「…………!!」


20世紀最後のクリスマスの夜はーー長い……。







※※※※※※※※※※※

ーーそして、三回戦突入(^^)

ムダに長く脈絡のない話になってしまいました。

今回の萌えポイントは、裸に真珠のチョーカー。でもあっさり流してしまいましたな(^^;

はなちゃんは微妙に自己投影。サンタの存在しない家に育った私は、5年生にもなってサンタの存在を信じている友達に「ばっかじゃないの?」と、思ってたひねたお子さんでした。
「いつまで子供にサンタを信じさせるか」結果として、小学三年あたりが限界でしたね………息子は5年生まで知っていることを隠していましたが(^^;

えっちの後に普通の会話の日常感、と思いだらだらとビロートークが続いてましたが、実はどうしてもぶちこみたかった、卒業10年目の同窓会ネタ。2001年5月に開催予定です(^^)v
その前降りを入れたいがためにだらだらだらだら…………


それでは皆様素敵なクリスマスをお過ごし下さいませ♪



2014.12.25 / Top↑




直樹がかつてアルバイトをしていたドニーズを訪れたのは既に0時を回っていて、店内の客は随分と疎らだった。

「人を捜しているので、すぐ失礼します」と、断って店内を一巡する。
客の中に琴子の姿はなかった。

店から出て駐車場に戻ると、社用車である黒のセダンに乗り込む。エンジンをかけた後、ハンドルに額を押し付けてため息をついた。

「バカ野郎…何処に行った?」

ここでアルバイトをしていた時代に住んでいたこの近くのマンションにも行った。一度だけ琴子を泊めたあの大雪のバレンンタインを思い出した。
真っ先に捜したのは井の頭公園。初めて二人でデートらしきことをした場所だ。
あとは高校、大学、結婚式の会場だったホテル。
そして琴子にプロポーズした駅から家への帰り道。
こうしてみると二人の想い出の場所のなんと少ないことだろうか。
車を使えば僅かな時間で廻りきれてしまった。

免許は高校卒業してすぐに取った。富士の近くにパンダイ専用のサーキットがあり、子供の頃からバギーやレーシングカーを乗り回していたおかげで、車校に通わず一発合格だった。
滅多に乗ることはなかったが、最近になってパンダイへの仕事の行き帰り、お抱え運転手に頼んで、たまに運転させてもらうのがささやかな息抜きになることに気がついた。以来時折こっそりと運転を替わってもらっていた。

家にも車は何台かあるが、紀子が運転好きであまり自分で運転したことはなかった。無論琴子を助手席に座らせたことも。
もしかしたら彼が免許を持っていることも知らないかもしれない。

自分の隣の空っぽの助手席を眺める。

――見つけたら、乗せてやったのにな。

ドライブデートなんていかにも琴子が喜びそうなシチュエーションではなかろうか。それが例え僅かな時間でも。
直樹はシートベルトをつけると、ギアをドライブに合わせた。

会社に戻る前に一度家に帰った。
扉を開ける音に、玄関ホールに飛び出してきた紀子は、直樹の姿にあからさまに落胆の声を洩らした。

「…まだ、連絡ないのか?」

憔悴した紀子の様子にある程度予想出来たものの、とりあえず聞いてみる。

「どうしましょう…琴子ちゃんに何かあったら」

顔を両手で覆ってその場にへたりこむ。

「琴子だっていい大人だ。一晩くらい帰らなくても大丈夫だろう」

自分に言い聞かせるように紀子に声をかける。

「何よ! お兄ちゃんは心配じゃないの? だいたい琴子ちゃんに何を言ったのよ! なんで会社に行った時引き留めなかったよ!」

興奮して直樹のスーツの襟をつかんで、激しく詰め寄る紀子の声に、重樹や重雄が居間から出てきた。

「…お義父さん…すみません」

直樹は、居間から顔を出した重雄に頭を下げた。

「直樹くんは、わしに謝るようなことを何かしたのかね?」

重雄は心底不思議そうに訊ねた。

「琴子が帰りたくないと思うようなことを言ってしまったのは事実です」

「まあ、やっぱり! 一体何を言ったのよ!」

「ママ、落ち着いて」

紀子の横やりを止めるように重樹が紀子を部屋に連れていく。

「夫婦喧嘩は犬も喰わないって言うからな」

重雄は紀子ほど心配している訳ではなさそうだった。

「まあ琴子も子供じゃないんだし。人懐っこいからちょっと隣り合った親切な人の世話になってるんじゃないのかな。なに、明日になったらケロッと帰って来るだろうさ。直樹くんも仕事が忙しいんだろう? すまなかったね」

「……いえ」

ちゃっかり誰かの世話になってる――琴子なら実にありがちな事だ。それが女ならいいが、まさか野郎なんてことはないだろうな。人を疑うことを知らない琴子なら、仮面の下に隠された下心や悪意のある男どもにも何の警戒も感じずついていってしまう可能性は十分にあった。

ぎゅっと拳を握り締める。
何を想像してるんだ。ここは日本だ。そうそう犯罪に巻き込まれるようなことはないだろう。
重雄の言う通り、朝には戻るに違いない。
自分にそう言い聞かせ、思い浮かんだ嫌な想像を振り払うかのように軽く頭を振ってから、シャワーを浴びて会社に戻ろうと二階に向かった。

久しぶりの二人の寝室だった。
一体みんなしてハワイに押し掛けて滞在していたのに、どうやって施工管理をしていたのかと謎の多いリフォームだが、内装はともかく防音と部屋に付いたシャワールームは助かるな、と思ったものだ。
透明ガラスのシャワールームの扉に、琴子は不思議そうな顔をした。

「おばさん…お義母さん、扉の発注間違えたのかしら? 透明なんて、丸見えじゃない。せめて磨りガラスに変えてもらわないと…」

多分、間違えた訳じゃないだろうな、と思いつつ、
「別にいいんじゃない? 夫婦なんだし」
と直樹がニヤリと笑って云うと、
「ええっやだっ恥ずかしくて入れないよっ」

真っ赤になって訴える琴子が、可愛くてたまらなかったことを思い出していた。
磨りガラスに替えるのは大変だからロールカーテンでも付けてやるよ、と約束したものの、恐らくこのままだなと、内心思ったのはほんの1週間も経っていない少し前の話だ。

ピンクと花でいっぱいのインテリアに、初めは感嘆の声を挙げて喜んでいた琴子だったが、直樹とこの部屋のあまりにミスマッチな対比に気付いたのか、慌て心配そうな顔をして覗きこんだ。

「入江くん、嫌だよね? こんな部屋、やっぱり居心地悪いよね? どうしよう…カーテンとか、ベッドカバーとかもう少し落ち着いたのに替えようか? 壁紙までは無理だろうけれど……」

「別に…飽きたらまた替えればいいよ。どうせ寝るだけだし。勉強は書斎があるし」

主寝室からそのまま扉もなく繋がっている書斎には、それぞれの勉強机とパソコンが設えてあった。

「ベッドもマットレスの機能さえ良ければどうでもいいし」

「うん! ねぇ! 入江くんも座ってみて! このベッド、スプリング凄くいいよ! ギシギシ言わないし!」

「まあ、そのあたりは抜かりないだろうな」

「へっ?」

ベッドの上に座ったままびょんびょん跳ねていてまるで子供のようだと思いつつも、琴子自身はこの部屋に随分と違和感なく存在しているよな、と思った。

だから、別に、まあいいや、と思ったのだ。
結婚式の琴子のドレス姿が余りに綺麗で、紀子の暴挙がどうでもよくなったように。
この部屋に溶け込んでいる琴子が余りに愛らしくて、メルヘンだろうがリリカルだろうがどうでもよかったのだ。

シャワーのコックをひねり、熱い湯を頭から浴びる。
このシャワールームを使うのは初めてだった。琴子も使っていた形跡はない。
この甘ったるい部屋で、甘い夜を過ごしたのはただ一度だけ。それも琴子の月のものの為に、触れあうだけの直樹にとっては生殺しのような自制心を試されるような夜を過ごすことになった。特に前の晩に漸く愛する女と結ばれて、その快楽の深さを知ったばかりだった。
今回のパンダイでのプロジェクトがなかったら、夜毎琴子に耽溺し、壊してしまっていたかもしれない。
仕事を理由に強い意志を持ってはね除けなければ、このまま何もかも放り出して琴子に向かってしまいそうで、怖かった。
結婚式までの2週間は忍耐力を試されている期間のように思えたものだ。自分の気持ちを自覚した途端、溢れかえってくる強い執着心に驚きを隠せなかった。琴子を欲するあまり、差し入れに来たところを執務室で押し倒してしまいそうになったことを思い出す。あのときは流石にこんな場所が初めてではあんまりだろうなと、必死にキスだけで押し止めたが、琴子の身体を知ってしまった今、会社なんかに来られた日には理性を総動員しても抑える自信がなかった。

――多分、逃げていたんだ、おれは。

顔を天に向け、シャワーのお湯を顔の正面から浴びる。

あいつを目の前にして、仕事を疎かにしてまで、溺れていくのではないのかと――。

自分の自信のなさを隠すように琴子に冷たくして、挙げ句金之助と共に乗り込んで来たことに苛立ち、ひどい言葉を投げつけた。

「じゃあ、やめれば――」

サイテーだな……。

自嘲気味に笑う。

本心じゃないんだ。
決まってるだろ? そんなこと…
だから、早く帰ってこい…

直樹はそのあと会社に戻り、午前中一度家に電話を入れた。

――流石にもう帰っているか、連絡があるかしているだろう。

しかしーー午前中どころか。
琴子はその日も夕方過ぎてもまだ帰らなかった。
琴子の友人たちがあらゆるネットワークを駆使し四方八方手を尽くしたが、全く琴子の情報は入って来なかった。
焦る紀子が捜索願いを警察に出すことを何度も重雄に進言したが、当の重雄はいやもう1日待ちましょう、と随分落ち着いていた。
だが娘を知り尽くしている父親としては、仮に帰りたくなくてちょっとした家出をしているだけだとしても、琴子なら絶対自分にだけは心配するなの一言だけでも連絡してくる筈だ、という思いがあるのもまた確かでーー。
だが余りに事を大きくして、実際何事もなかった時に、琴子が帰り辛くなるのではという懸念もあり、紀子の言うとおり警察に届けるにはまだ逡巡があった。

しかし、琴子が行方を絶って三日目が過ぎた朝。
この三日、紀子に詰られながらも毎日普段通り会社に行き、不眠不休で仕事をこなして、さらにはその合間を縫って琴子の捜索をしていた直樹も、徐々に冷静な装いが剥がれ落ち、疲れきった様相を見せ始めていた。
そしてとうとう。

「お義父さん、とりあえず一緒に行きませんか?」

焦燥と疲労に満ちた顔色の直樹が頼んできた時――。
重雄は警察に届けることを了承した。

                                            






※※※※※※※※※※※※※※


はい、直樹さんの大反省大会の始まりです。

でも原作の彼の方が冷たいですよねー
3日やそこら消えたくらいじゃ捜さないような気もします。こちらの彼はもう初日から捜してますが。自分が傷つけたという自覚はあるので、ちょっとは焦って捜していただきましょう(^^)v

原作では直樹さん全然運転してませんが、やはり若者には車運転して欲しいですね、ということで(^^;
直樹さんの運転している姿を時々妄想しています(笑)
一応クルマ大国のケンミンなので……(^^;
(事故もワースト1だけどねっ)
あ、私は運転キライですー(^^;




2014.12.24 / Top↑




2話分を合体させたので、少し長めです。





※※※※※※※※※※※※※※※※




顔に降り注ぐ雨の冷たさに、あたしの思考は初めてその世界に降り立ったかのように、あらゆる五感が呼び戻ってくるのを感じた。
そして、その五感が次に感じたのは、自分の唇に触れる温かいもの……。

え?何?――入江くん?
キ、キス…!?
え?え?え?なんで、どうして?
こんなにぎゅって抱き締められて……

「オレ以外の男、好きなんて言うな」

「二回目…」

「何?」

「キス…」

「三回目だろ?……もう数えなくていいよ」

頭の中がパニくってる間に、あたしの口が意思とは関係なく勝手に言葉を紡ぎ出している。何だろう、聞き覚えのあるやり取り…………。
このシチュエーションは――。

ーーあのプロポーズされた雨の夜だ!

何……これは夢?
それとも。
一番幸せなあの夜に、タイムスリップしちゃったの?

頭の中はクエスチョンマークで一杯だけど、雨の中で入江くんに強く抱き締められている感触は、ひどく生々しくて現実のものとしか思えない。
雨でぐっしょり濡れていく冷たさも、入江くんの腕の中の温かさも、記憶にあるあの夜と全く同じ。

入江くん、どうして? なんで、もういっぺんやり直してるの?

そう、言葉にしようとしたのに、全く言葉にならない。
言葉だけでなく、指先の一つとして自分の意思で動かせないことに気がついた。

心だけが過去に戻って、あの幸せな夜をもう一度体感しているのだろうか?
何だか幽霊にでもなって自分の身体に取りついているけれど、自分の思い通りには体が動かせないーー奇妙な感じ。

なんなの、これ?

ワケわかんないけど…………。
もう一度、入江くんのプロポーズ体験できるんだ……。

ふふっ。やっぱりこれ、夢だよね?
あたしが、あの夢みたいな日に戻りたいって思ったから、戻れたのかな?

まるでビデオテープで巻き戻して再生しているみたいに、あの日をもう一度再現しているよう。

あの夜も、たしか思ってた。
夢みてるみたいだって。
もし夢ならこのまま一生眠ってもいいって。


雨の中の腕の温もりをうっとりと感じていると、入江くんが暫くしてから何かを思い立ったように、突然帰ろうと手を引っ張られた。

そうそう。もうちょっとこうしてたいって思ったのに。入江くんてば急いで帰ったのって、お父さんに結婚の申し込みしようと思ってたんだよね、今思うと。
ふふっ。

あたしの思考はひどくニンマリして、それが顔に出たら恐らくしまりのない表情となってんじゃなかろうか。でも実際は、ただおたおたと引っ張られているだけ。
そう、あたしの意識は、この過去の琴子に張り付いているだけで、顔の表情ひとつ動かすことはできないみたい。

家に辿り着くと――入江くんてば濡れたまんまでお父さんに言ったんだよね。

「琴子さんと――お嬢さんと結婚させて下さい」

驚くみんな。
その後の入江くんとお父さんの掛け合い。(ちょっとあんまりじゃない?てな感じの…)
興奮するおばさん。
そして、逆上せて倒れるあたし。

倒れている間は意識はない筈なのに、あたしは真上から自分自身を見つめてる。
これって幽体離脱?
あたし自身が瞳を開けているとあたしの視点なのに、あたしが瞳を閉じていたり意識がぶっ飛んでると、第三者目線のカメラワークになるみたいだ。なんかほんとにドラマ視てる感じ? 夢ってスゴい。

…あら、倒れている間、入江くんがあたしを抱き抱えてくれていたのね。やだ、なんでここで目が覚めなかったのかしら。

実はこのあたりから、この日の記憶はかなり曖昧だった。もう、舞い上がってかなりふわふわしてたんだよね。

どうやら逆上せたあたしは抱き抱えられて廊下に出た途中で目を覚ましたらしい。

「…あ、あれ? あたし…」

「気がついたか? びしょ濡れだから、早く風呂にでも入んないと風邪引くぞ」

「入江くんもだよ。先に入っていいよ」

「馬鹿、おまえの方が風邪引きやすいだろ?」

「馬鹿だから風邪引かないよ。入江くんは天才だから風邪引くよ」

……なんなの、この馬鹿みたいな会話……
客観的に見ると、ひどく恥ずかしい。

「…とにかくとっとと風呂入れ!
それから、おふくろっ!そんなとこで、ビデオ回してないで、琴子の着替え持ってきてやって!」

意識を後ろに移すと、おばさんがこっそりとビデオを持って後をつけていた。

「あら、せっかくのお姫様抱っこなんだから撮らなきゃ勿体ないじゃない」
にんまり笑い、
「お兄ちゃんの着替えも持ってきてあげようか? 二人一緒に入っちゃえば?」
そういって、そそくさと2階へ走って行く。

「おふくろっ!」

「…………!!!!」

怒鳴る入江くんと真っ赤になるあたし――ううん、真っ赤になったのはあたしの意識。この時のこと覚えてないあたしは、ぼうっと二人のやりとりを聴いている。
はあ、おばさんってばそんなこと言ってたのね……。

ボケッと立っていたら、入江くんに洗面所に引きずり込まれた。

「ひゃんっ」

そのまま抱きすくめられて唇を塞がれる。

そ、そうだ。思い出した。ここでまたキスをもう1回更新したんだった。
そして、あたしはまた腰砕けそうになって、入江くんに抱き止められる。

駄目だ、あたし完全のぼせ上がってる!

そんなあたしの様子を愛しげに見つめる入江くんにきゅんとする。

入江くん……そんな優しい顔をしてあたしのこと見てたの?
テンパって気がついてなかったなんて、あたしってばなんて勿体ないことを!

するとおばさんが着替えを持って洗面所に入ってきた。

「ゆっくりあったまれよ」

そういって、額を指先で弾いてから洗面所を出ていった入江くんをぼんやり見送ってから、徐に服を脱ぎ出す。

とろんとした顔のままで湯船に浸かっているあたし――。

ああ、もう記憶が曖昧な筈よね…あたし、完全トリップしてるわ。この情況でよく溺れなかったわね……

心の中で相当突っ込みを入れてみたものの、とりあえずこうやって二度目を体感しているのだから、まあ、いいかと思い直す。

「…琴子、おまえ生きてる?」

脱衣所の方から入江くんの声がした。なかなか出てこないから心配したようだ。

「…あっあっ大丈夫だよ!ごめんね、入江くんも濡れてるのに! すぐに出るね」

「いや、溺れてなきゃいい。おれはもうあらかた乾いたから」

「そう?ごめん! でも、本当出るから」

そう言って慌ててタオルで身体を拭いて脱衣所に出る。
そしておばさんの用意してくれた着替えをさっさと身につけ始めた。

ええっちょっと待って!
おばさん、そんな下着持ってきてくれてたの?

これってあたしが持っている中でも一度も着けたことのない、理美やじんこと一緒の時にノリで購入したちょっとお色気度の高いものだった。

う…あたし、全然気付かずに普通に身に着けてるよ。どんだけぼんやりなのよ……。って、おばさん、いきなり今夜何かあると思ってたの?

あたしと入れ替わりに入江くんがお風呂に行く。

「ちゃんと髪乾かせよ」

くしゃっと髪を撫で付けて脱衣所に入っていく入江くんを見送ってから2階に向かう。

優しい。何につけても優しい。
やっぱり夢だから?
本当にあったこと?
どっちなんだろう?

自分の部屋の前でボケっと立っていたら、入江くんがパジャマ姿で上がってきた。

「何だよ、まだ髪乾かしてないじゃんか」

濡れたままのあたしの髪に指を入れてさらっとすいた。

「大丈夫か?」

「…う、うん」

「じゃ、おやすみ」

「あ…」

つい入江くんのパジャマの裾を引っ張るあたし。

「何だよ?」

「…だって入江くんが部屋に入っちゃって、朝になったら元の意地悪な入江くんに戻ってしまいそうで」

あ、この時の入江くん、ちょっと
意地悪な顔してる。
そうだよね。結局あの日から目が覚めたらいつも不安だった気がする。朝が来る度に何もかもが夢だったらどうしようって………
そして結局戻ってしまうんだ。
意地悪な入江くんに……。

「じゃあ一緒にベッドで寝るか?」

「そっそんな意味じゃ」

「そーだな。今日は家中が聞き耳立ててそーだからな。またにするか」

またって…またって…結局新婚旅行最終日まで何もなかったんだよね、あたしたち。

「本当に…本当にあたしでいいの?」

そうだよ、本当にあたしでよかったの?

「ああ、すっかりマゾ的な体質にされたみたいだ」

「大好きだからね。入江くん」

「知ってるよ、十分ね」

「でも入江くんがあたしを好きなのは知らなかったわ」

未だにわからないよ。いつからあたしのこと好きなのか。本当にあたしのこと好きなのか。

「おまえには降参したよ」

そういって強く抱き締められた。

「大好きだよ」

ーー本当に……?
でもこの時の入江くんは、確かにあたしのことを愛しいと思ってくれてるようで……
大好きだよ。
大好きだよ。
大好きだよ。

ああ、これがビデオなら、あたしは何千回も何万回も巻き戻して再生を繰り返すだろう。
リピートして永遠に聞きたい、このずんとお腹に響く低い声。

――あの時の幸せな気持ちがあまりに鮮やかに蘇る。

あたしも、大好き。
この日から、たった数週間で貴方に嫌われたとしても………。

                                             








入江くんに「大好きだよ」と、抱き締められて、それぞれの部屋に戻った後、あたしはベッドに入った。いつまでも寝付けずゴロゴロと寝返りを打つあたし。

そういえば、この夜のあたし、その日のことをあれこれ思い返してなかなか眠れなかったんだっけ。
そして本当に眠るのが怖かった。朝、目が覚めたらやっぱり夢だった、というオチを半分くらい本気で思っていたのかもしれない。

いつも布団に潜って5分と経たずに寝入っているのに、一時間近くは目が冴えている。

あれ? あたしはあたしが寝ちゃうとどうなるのかな?
夢の中で眠るってこと?

そんなことを思った瞬間、闇に引き摺りこまれるように世界がフェイドアウトした。



「琴子、起きたか?」

ノックの音で目を覚ます。
そして若干の混乱。
えーと、夢?
何が? 何処から何処までが?
そして、琴子の身体がやはり自分の意識とずれているこの奇妙な感覚が続いていることが分かり、まだあの夢の途中なのだと気付く。
うーん、やっぱり夢の中で寝てたの、あたし? それとも夢ではなくて本当に意識だけが過去に戻っているのだろうか?
何が何だか。頭の悪いあたしにはさっぱり分からない。


「琴子、入るぞ」

かちゃりと扉が開いて入江くんが部屋に入ってきて、まだ身体を起こしただけでベッドから出られないあたしの隣に腰掛けた。

「入江くん…」

「おはよう、琴子」

「うん、おはよ…」

まだ半分寝惚けてるあたし。そういえば、確かこの後ーー。

「琴子」

朝からばっちりスーツを着込んでいる入江くん。座ったまま、あたしの背中に腕を回し優しく抱き寄せる。
そのまま耳元で囁かれて、ぽわんとなる。

「おまえのことだから昨日のこと夢だとか思ってんじゃねぇかと思って」

「……夢じゃなかったんだね」

「あたりまえ」

そして、あたしの頬を両手で優しく包む。
入江くんの、あまりに綺麗に整った顔が自分の目の前数センチ先にあり、まだ夢みてるみたい…ってこの時のあたしは思ってたんだよね。

ちゅっと音を立てて軽くキスを落とされる。
また、ひとつ更新ーー数えなくていいって云われて、それでもあたしはいつまで数えていたっけ?

「今日、沙穂子さんに会ってくる」

「え?」

「ちゃんと話してくるから」

「うん…」

「おまえは今日は大学?」

「うん」

「ちゃんと行けよ」

「行くよ、もちろん! でね、あのね、あの…」

「何?」

「理美やじんこたちに話していい?」

必死に訊ねるあたし。もう、二人に言いたくて言いたくて堪らなかったんだよね。でも、やっぱり不安だった。誰にも言っちゃ駄目とか言われたらどうしようって…
尤もまさかこの時既におばさんがあたしたちの婚約のビラを、大学中に貼っているとは思いもしなかったのだけれど。

「いいよ。誰にも隠す必要なんてない」

入江くんの言葉が泣きそうなくらい嬉し
くてそのまま彼の胸に顔を埋める。

「学校終わった後…あたしも行くね…金ちゃんとこ」

「ああ…」

入江くんの大きな手が、あたしの頭を優しく撫でる。
あたしはドキドキしながら、未だに入江くんの胸に顔を貼り付けているんだけど、既に一度経験してるあたしは顔を挙げて入江くんの顔をちゃんと見たい気分――でも、あたしの意志通りにこの身体は動いてくれない。

「大丈夫か?」

「大丈夫…ちゃんと分かってもらうように云うから…金ちゃんに」

「ああ。オレも。沙穂子さんに納得してもらえるように伝えるから、あまり不安がるなよ」

「うん…」

そして、もう一度キス。
今度はさっきより長く。そして、深く。
結婚式を挙げるまであたしたちは、こんな風に触れあう時間が殆どなかったのだけれど、数少ない二人だけの時間の中でキスの長さとその内容(?)の濃さはどんどん恋人らしく変わっていったよね。
でもこの時のあたしはそんなこと知らなくて、触れあうだけのキスでも十分心拍数上昇してたな。

「…じゃあ、行ってくる」

「うん、行ってらっしゃい」

ベッドの中からお見送りって、どうなの? と今なら思うな~やり直したいかも。
そして行ってしまった入江くんの後を見つめるように、扉からぼんやり目を離さないあたし。完全にまた妄想の世界に入ってるな。
そう、あたしはこの時、結婚した後の旦那様をお見送りするあらゆるシチュエーションを想像していた。
……でも結局短い結婚生活の中で、殆どちゃんとお見送りなんてできなかった。新婚初日に寝坊しちゃったし。
――だから駄目になっちゃったのかな…? こんなだらしない奥さんなんて嫌だよね…

そんなことを考えている間に、あたしの身体はさっさと着替え、階下に降りて行こうとしていた。
身体と意識が別々だというこの不思議な感じ――果たしてこれは本当に夢なんだろうか?
あたしはだんだん不安になる。
夢にしてはいろいろな事がリアル過ぎる。

例えば朝一番、夕べの興奮冷めやらぬテンションMaxなおばさんと話した会話のひとつひとつ。
そしてその日の朝御飯のおばさんの半熟目玉焼きが、珍しく少し固くて半熟ではなかったこととか、(多分あたしとのお喋りが過ぎたせいだ)その日の朝の情報番組の占いコーナー、天秤座も蠍座も、6位と7位という微妙な位置に並んでたということや、ラッキーアイテムがコーヒーだということ。
それはすっかり忘れていたけれど、間違いなく一度経験したことだった。

そんなに細かくってリアルなものかなぁ、夢って…?
それとも夢じゃないの……?
何だかわけの分からない不安な思いを抱えたまま、でもあたしはそんなもう一人の自分が自分の中にいることも知らずに、大学へと向かっていた。

そしてプロポーズの翌日の、嵐のような一日が過ぎていった。

大学ではあたしたちの婚約が知れわたっていた。(でも、あまり信じる人は少なかったみたい)
じんこや理美に話すと二人とも初めはなかなか信じなかっけど、最後には我が事のように喜んでくれた。

「で、プロポーズの言葉は?」

「そうそう。これは定番よね、質問の」

二人がにやりと笑って迫ってくる。
そしてあたしは思い出した。
この時、ちょっとどきっとしたこと。
プロポーズの言葉って――。

「『いいな?』…かな?」

「何よ、それ?」

理美が吹き出した。

「ええっと…お父さんに、『お嬢さんと結婚させてください』って言ったのね。それでお父さんが了承してからの、『いいな?』だから」

「つまりあんたに対してはちゃんと申し込んでないってことね」

「なんか入江くんらしいわ」

呆れたように笑う二人。

「まあ、結婚出来ることすら奇跡だから、この際そんなことどうでもいいんでしょ?」

「うん!」

あたしは力強く頷く。
そう、言葉なんてどうでもいい。
……どうでもいいけど、でも。
ずっと何か引っ掛かるものが、確かに存在したことを、もう一度ぼんやりと思い出していた。

その後金ちゃんと話すためにふぐ吉に向かう。そしてその間、入江くんは沙穂子さんに会い、大泉会長にも謝罪しに行っている筈だ。

あたしは既に知っている一日をもう一度繰り返していた――。

そして夢なのかうつつなのか分からない二度目の日々が、ばたばたと過ぎていく。

おばさんの突然の結婚式の発表。眉間に皺を寄せて抗議する入江くん。…でも結局は、結婚式を挙げることを承知してくれた。
それでも不機嫌なままの入江くんにあたしは凄く不安になったのよね。
ふと思う。
あたしの意志通りにこの身体を動かせることが出来るなら、過去を変えることが出来るかな?
もしあたしがおばさんに必死に頼んで、入江くんの望む通り結婚は卒業後にしてもらっていれば、入籍してくれないからと不安になったり、会ってもらえなくて悲しくなったりしなかったかな?

そう思ってもこの夢は過去をもう一度辿るだけで、言葉ひとつ、行動ひとつ変えることが出来ない。
夢の中の日々は、現実と同じような速度で着実に結婚式に向かって進んでいく。
結婚式までの2週間、エステに行ったり式場に打ち合わせに行ったりして幸せな日々を過ごした。
幸せで思考能力0のあたしは、おばさんの勧めるプランにあまり確認もせず同意していく。
ああ、ここでも少しは自分でよく考えて入江くんにも色々相談して二人であれこれ決めていれば…新郎があんなに不機嫌な披露宴にならなかったのかな?
せっかく2度目なのに、それもできればやり直したい。
ゴンドラもスモークもそしてあの入江くんの昔の写真も、全部なかったことに出来たなら、あたしたちの披露宴は、ずっとにこやかで幸せだったかしら? あたしたちの初夜は、あのホテルのスイートルームで、一週早く迎えることが出来たのかしら?

ただ、今思うと結婚式までの2週間の方が、ハネムーンから帰った後の1週間よりもずっと入江くんが甘くて優しかった気がする。
この突然の結婚のせいで入江くんの仕事は劇的に忙しくなり、会える時間は少なかったけれど、二人で指輪を見に行く時はちゃんと一緒に行ってくれたし、会社にお弁当を届けた時もちゃんと会ってくれて……執務室で沢山あたしの話を聞いてくれたし、初めて重ねるだけじゃない蕩けるような激しいキスをした。
あたしは、この2週間で少しずつ不安が軽減されるのを感じていた。入江くんはこの突然の結婚式を嫌がってないって。
…だから会えない時間が多くても、あたしは平気だった。(自分も忙し過ぎたのもあったけれど)

本当に…夢のようにこの2週間は過ぎていった。もう一度この幸せな時間を体験出来るなんて、本当に夢なのね?



そうして、とうとうやってきた感動の結婚式。
波乱の披露宴。
そして、夢のようなハワイへのハネムーン。

ああ、もしやり直せるなら、このハネムーンなんとかしたいっ!
お邪魔虫カップルに邪魔され続けた日々をなんとか変えてしまいたい。
でもあの時と違う行動が出来ないため、もう一度あのイライラする日々を過ごさなければならないのはちょっと何だかな、って感じ。夢ならばそういうとこははしょってくれればいいのに、と思うのだけれど、全部丁寧に同じ日々を繰り返してる。



で、今のあたしは、ハネムーン最後のディナーの直前に駆け込んできたお邪魔虫旦那のせいで真っ暗な気分を味わっていた。
ああ、このお邪魔虫マリが現れないよう過去を変えることが出来ないのなら、せめてここだけでもやり直したい。
入江くんが医者の卵として診察しているのなら、こんなみっともない嫉妬なんかせずに、きちんと医者の妻らしい態度で夫を手助けしてあげたい。
下らないやっかみで怒鳴って泣いて飛び出して迷子になって警察のお世話になって、本当に馬鹿なあたし。

……それでも、必死になってあたしを捜してくれた入江くん。

「もう平気じゃない」

そう言って抱き締めて、いっぱいキスして……それから、それから……きゃあきゃあ~!
ううっこの状況客観的に見るの、恥ずかしすぎるっ!
やだっ入江くんてば、あんなことやそんなことしてたの?
その時のあたしはもういっぱいいっぱいで何が何だかって感じでよく覚えてないのよっ!
しかも、自由に動かせないくせに触感だけはしっかり感じられるからタチが悪い。
身体中を這い廻る入江くんの唇や指の感触に、あたしはワケわかんない声挙げてるし、あたしの意識もおかしくなりそうで何処にぶっ飛んでいきそうだ。
入江くんに翻弄されて完全にこの時のあたしも今のあたしの意識もトリップしてしまっていたーー。

そうしてあたしにとっては2度目の、初めての夜は更けていった。
初めての夜…最初で最後の夜――
ーーそう。
結局あたしたちが結ばれたのはこの夜一度切りだった。
ハネムーンから帰った日の夜から、あたし生理が来ちゃって、あのおばさんコーディネートのピンクの新婚ルームであたしたちは抱き合って眠っただけ。
まあ、それだけであたしは十分幸せだったけど。
それでも、
「ゴメンね(生理なんか来ちゃって)」と謝ると、

「何を謝ってんだか」と吹き出していた。

えっちはしなかったけど、その夜入江くんは一晩中あたしを腕の中に閉じ込めてくれていた。
キスもいっぱいした。
ハワイとは違う肌寒い晩秋の夜に、足を絡めあい、身体を密着させることの温かさを初めて知った。そう……早くにお母さんを失い、お父さんも夜遅くまで店にいたから、親と添い寝という記憶が殆どない。だから、こんな風に誰かに包まれて眠ることの至福感を初めて知った。
そして考えてみれば、それが二人にとって最後の甘やかな夜だった。
次の日から、入江くんはどんどんどんどん忙しくなって、そして……

あたしは次の日からの淋しい夜を知っている。
でもこの琴子は今は入江くんから与えられる幸せにうっとりしている。
甘いキス。
甘い愛撫。
甘い囁き。
この夜が最後だなんて思いたくない。
永遠にこの幸せな世界にいたい…。
明日なんて来なくていい。

「……琴子…」

微睡む中で入江くんの声が、耳元で微かに響く。

「…明日から忙しくなる」

うん…知ってるよ…
そう心の中で応えるあたし。
琴子本人はもう殆ど眠りの国に引き摺りこまれようとしている。だから、あたしは知らなかった。入江くんが少し辛そうに、そんなことを喋っていたなんて。

「でも、わかってほしいんだ。この早すぎる結婚のせいで、結局パンダイが業績回復出来ないなんて思われたくないんだ。親父からはもう、会社を辞めて医学部に戻っていいとは言われたけれど、やっぱりおれのせいで婚約が解消になって、援助は続けてもらえるものの、厳しい事態にはかわりないんだ。なんとか年内にはある程度の目処をつけたい。そして正月明けには復学して、医学部での勉強がしたい。
その為にはかなり厳しいスケジュールをこなすことになると思う。……お前に淋しい思いをさせるな。新婚なのに…。おれのわがままかも知れないけど…おまえには、黙って待ってて欲しいんだ。必ず年内に片を付けるから……おれを信じて待ってて欲しいんだ…」

優しく。囁くように。少しの懇願
と、苦渋の色も微かに混ざり。

そんなことを言ってたの?

おれを信じて待ってて欲しい……。

――どうしよう。
あたし、全然信じてなかった。入江くんがあたしのこと好きだって。そんな風に色々考えてたなんて。
あたし、全然……。

ううん、待って。この言葉が本当かどうかなんて分からない。
ただの夢?
それとも願望? あたしの妄想?

明日はーーどうなるの?
入江くんが冷たくなっていった『明日』が来るのが怖い。



ーーゆっくりと意識が闇の中に引き摺り込まれていく。
ゆっくりと……。

そして、再び目が覚めた時――。








「おまえは俺を好きなんだよ。俺しか好きになれないんだよ」

雨かあたしの頬を打ち、あたしの唇は……。
入江くんによって塞がれていた。

                                             



※※※※※※※※※※※※※※


ということで、いよいよ奇妙な世界へ。


果たして夢なのか妄想なのかタイムトリップなのか……?

琴子ちゃんの身体は何処に………?
と、まだ引っ張る(^^;




朔旦冬至。今宵は19年に1度の珍しい冬至だそうで。かぼちゃを買い忘れて仕事帰りに慌てて買って煮物にしました。
柚子湯は子供らが皮膚に刺激を感じるからイヤだというのでやりません。いい香りなのにねぇ……(..)

まだまだ寒波は続いているようです。うちの辺りは全然、ですが(^^;
積雪地域の方、気を付けて下さいませ。



2014.12.23 / Top↑





陽が落ちてから随分時間が経っていたのに、用を為さなくなったブラインドが外の夜景を覆い隠しているのに気がついて、直樹は窓際のブラインドの紐を引いた。
舗道を照らすショーウィンドの煌めきや、街灯、そして街路樹を彩るイルミネーション――眼下の風景は、クリスマスまでのカウントダウンか始まったことを物語っていた。

「直樹さん、帰らなくていいんですか?」

ぼんやりと窓の外を見ていた直樹に声をかけてきたのは、企画室の室長だった。

「ええ、大丈夫です。鳥居室長」

「でも流石に今日は帰った方がいいでしょう。もう5日も帰ってないですよね?」

直樹はつい数時間前のあの騒ぎーー琴子と金之助が会社に乗り込んで来たときの騒動の際、鳥居室長と打ち合わせ中だったことを思い出した。

「結婚したばかりなのに、奥様をほっておいて大丈夫なんですか?」

「……先程は、お騒がせしてすみませんでした」

「いや、そういうことじゃなくて……」

直樹よりも20歳以上年上だと思われる鳥居室長は、呆れたように端正な顔立ちをした年若い社長代理を見つめた。

「今夜、あなた一人が居ても居なくても仕事の進行情況はたいして変わらないと思いますけどね」

キツい言い方ではあるが、このとんでもないスケジュールを強いられて徹夜で作業をしなくてはならないのは、企画室のプランナー、デザイン室のデザイナーたちと、開発室の技術者たちだ。無論、この計画の指揮者たる彼が、新婚を理由に毎日定時で帰っていたら噴飯ものではあるが、四六時中張り付いてあれこれ口を出されるのもやりにくい。

「わかっていますよ。おれがいなくてもみんなちゃんと自分の仕事を責任を持ってやってくれるってこと」

自嘲気味に笑う。

「でも、言い出しっぺですからね。おれはおれでやれることをやらないと。
明日は、各工場の責任者や下請けの社長たちに来てもらって、製造ラインの打ち合わせをするんです。何が何でもクリスマス商戦に間に合わせたいので。
……最終工程の彼らに一番皺寄せが来ますから、何とかこの日程を飲んでもらう為のプランを練らないと……」

確かに本社の主工場なら無理を言ってフル回転で生産させる事が出来るが、幾つかの下請けの部品工場やパッケージ工場からこの期日の納品は不可能との回答が来ている。この暮れも押し迫った忙しい時期に無茶苦茶な製造日程を受け入れてもらうのは難しいだろう。

「良案はあるんですか?」

「……まあ、いくつかは。でも最後は情に訴えるしかないですけどね」

この頭脳明晰で冷悧な社長代理が、「情に訴える」とは。逆に彼にとっては最も不得手な部分ではないかと、密かに思う。
その思いに答えるかのように、直樹は苦笑気味に云った。

「実のところ情に訴える、なんて高等技術は、おれの妻が最も得意にしてることなんですが」

「奥さん……可愛らしい方でしたね」

まだ学生と聞いていたが、もしかしたら高校生か? というくらいあどけなさを感じていた。
直樹は一瞬眉を潜めたが、ふっと笑い、
「そういえば鳥居室長は、最近ヘッドハンティングでうちの社に来たばかりでしたっけ?」と訊ねた。

以前に琴子がアルバイトで来ていた時には居なかったということか、と気がつく。

「…ええ。まあ……」

「すいませんね、入ったばかりでこんなハチャメチャな情況で」

「まあ、こんな情況だから私がてこ入れの為に引き抜かれてきたんでしょうが」

「大手広告代理店から、こんな業績の危うい会社へ転職すること、ご家族は反対されなかったんですか?」

ふと思いついて直樹は尋ねてみる。

「妻はそういうことに口出しはしない性質(たち)なんで」

「そうですか…。でも、転職したばかりで、ご主人が仕事三昧で帰宅されないと奥さんも不安に思われませんか?」

内心「おまえがそれを云うのかよ」と、ツッコミながらも、
「うちは、すでに一山越えているので」
と笑ってかえす。一瞬怪訝な顔をして首を傾げた直樹に応えずに、
「あなたの奥さんの方がずっと不安でしょう?」
思ったままを言葉にする。

「…あいつは大丈夫ですよ。こうゆうことに慣れてるし」

「………」

結婚する前から常に放置だったということなのか? と、目を剥く。

「それにあいつは根性がある。寂しくたってちゃんと待っていられる筈です。6年も諦めずにおれを想い続けた女ですから」

「……そうですか」

さり気無くのろけてないか? と思いつつ。

「でも女性の強さを過信しないほうがいいですよ」

鳥居室長は窓の方に目を向けると呟くように云った。

「根性があって、パワフルで前向きで、いつもにこにこして明るくて――とても強い女性だと思っていたのに、唐突にオーバーフローして、ポキッと折れてしまうことがあるんです」

何を突然? という表情で直樹は室長を見た。

「私の妻もそんな女性だったんです。明るくて忍耐強くて、文句も云わず私の後を付いて来て……
でも私はそんな彼女に甘えきっていた。仕事仕事で、、家庭を省みない亭主の典型でした。どんな仕事かも何故帰りが遅いのか全く説明しなかったし、伝える必要もないことだと思ってた。
……以前いた広告代理店じゃ、社員の酷使の仕方はあなたの比じゃないですよ。私自身も相当参ってて、妻のことを思いやる余裕はなかった。
……そして、気がついたら妻がうつ病になっていたんです」

直樹は、はっとしたように顔を上げる。

「まあ、妻の看病もあって、前の職場では、ほぼ閑職に追いやられていました。でもお蔭で随分妻の病状は良くなりましてね。それから、パンダイさんに声かけてもらって、会社辞めることにしたんです。ここは前の会社に比べて社員を大切にしてくれます。妻の病を理解してくれて、随分助かりました。
さっきはてこ入れの為にこっちへ引っ張られたなんて言いましたが、共通の知り合いを通じて、あなたの父上に拾ってもらったんです。私の妻のことや、職場で干されてることを知った上で声をかけてもらったんです。……いちいち個人の事情に配慮してくれる会社はそうそうないですよ」

「……そうですか」

「ええ。ですから今はご恩返しのつもりで頑張りますよ」

「ありがとうございます。でも、それこそ奥さんは大丈夫なんですか?」

「…ええ。全部情況は説明してますから。この会社がアブナイって言われてることも話してあります。不安にならないように。とにかく言葉を尽くして、今自分が何をしているのが、どんな事をしなくてはいけないのか、守秘義務に抵触しない範疇で必ず伝えるようにしています。伝えさえすれば、納得してわかってもらえるので。そうやって、私たちは乗り越えて来たんですよ」

「……そうなんですか」

「ええ」

直樹は手元の資料をパラパラと捲っていたが、視線は別の方を向いていた。何かをぼんやりと考えているようにも見えた。

「男と女じゃ脳の構造が違いますからね。どんなに言葉を尽くしても理解してもらえない時もありますよ。頭ではわかってても、心じゃわかってないな、ってことがね。そういう時は、ただひたすらスキンシップをはかるに限ります」

そういってニヤリと笑う鳥居室長に、軽く笑みを返すと、
――確かに琴子と似てるかも…
会ったことのない鳥居室長の妻をイメージして、そんなことを思う。

「今回は、2週間限定ですからね、大丈夫ですよ」

「……はい。必ず2週間で何とかしますよ」

――でないと、おれも琴子も限界きちまうよな。

鳥居室長と別れたあと、不味い缶コーヒーを飲みながら再び窓の外を見る。
テールランプの流れも夕刻のラッシュ時と思うと随分とスムーズになった。
微かに救急車の音がして、そういえば、近くに基幹病院があったことを思い出す。

――琴子……待っててくれ。
必ず自分が戻るべき場所に帰るから。

仕事を再開して、暫くしてから携帯に電話がかかった。

「あ、お兄ちゃん?」

「何だよ?」

紀子だった。

「琴子ちゃんって、一度そっちに行ったのよね? 何時ごろだったかしら?」

少し焦っているような、落ち着きのない声。

「何だよ? もしかして琴子、帰ってないのか?」

時間を見ると、午後10時だった。

「ここに来たのは、4時過ぎだったと思う。石川や小森のとこじゃないのか?」

――二人のところにいると分かっているならわざわざおれに電話してくるわけないよな、と思いつつそれでもとりあえず訊いてみる。

「二人は、6時くらいにうちに来たのよ。琴子ちゃん、学校に鞄や上着を置いてっちゃったみたいで、それを届けに来てくれて…。鞄の中にお財布も携帯も入ってて、全くの手ぶらなのよ?
だから、理美さんたちもまだ帰ってないって聞いて、ひどく驚いてて……。
とりあえず二人が、F組の同級生たちに片っ端から電話してくれてるのだけど、何処にも居なくて……」

――鞄置いてくって何やってんだよ……
心の中で毒付く。

「金之助は? 琴子の後を金之助が追っかけて行ったけど」

あれからずっと金之助と一緒に…? その考えが頭に過った瞬間、心の中に黒い澱が溢れるのを感じた。それは琴子と金之助が会社に乗り込んで来たとき、琴子が金之助を庇った瞬間に心の中に沸き上がったものと酷似していた。
それ故に口から飛び出していった毒を孕んだ言葉たち。琴子が深く傷ついたのは予想できた。

「金之助くんは、ビルから出た時にはもう琴子ちゃんを見失っていたらしいの。そのまま大学に戻って今はふぐ吉に居るわ。琴子ちゃんが帰ってないって聞いて真っ青になってすぐにでも捜しに行きそうだったようだけど、相原さんが仕事終わるまで待てって、許さなくて」

金之助と一緒ではないと分かって少しホッとする。

「もしかしたら深夜営業のファミレスとか、ネットカフェとかにいるかもしれないし」

「……でもお金もってないのよ?」

ーーそうか。

「こんな寒空に、お金もコートもなくて…どうしているのかしら、琴子ちゃん…。もしかしたら何かに捲き込まれたんじゃ…」

「何かって何だよ! 琴子もいい大人なんだから、少しくらい帰りが遅くたって、変な心配するなよ」

「だって、遅くなる時は絶対連絡くれたのよ?」

「携帯も金もなくて連絡出来ないだけだろ?」

「金之助くんが、タクシー代金のお釣受け取っているから、小銭くらいはある筈だって…」

ーーじゃあ…電話くらいはかけれるってことか。

直樹の心にざわりとする何かが波立った。
琴子は同居し始めた時から、晩御飯の要らない時の連絡は一度も怠ったことはない。

「とにかく少し様子をみよう。おれも心当たりを少し捜して見るから」

心に重たい塊がのしかかったような嫌な気分だった。

「……ふう」

直樹は自分の携帯をしまうと、机上の電話の受話器を取り、内線をかける。

「すみません、直樹です。私用で車を少しお借りしたいのですが。ええ、あくまで私用ですから自分で運転します。はい。はい。お願いします」

                                       
ーー琴子……何処に行ったんだ……?






※※※※※※※※※※※※



なんとか毎日更新してますが、恐らく明日明後日の土日はお休みするかもです。
出来てるものなんだからちゃっちゃかアップしてけばいいんですが……意外と手直しに時間かかってます(^^;
そして週末なんやかやと忙しい………(-.-)

こんなところでごめんなさーいm(__)m


琴子ちゃんは果たして………!?


……今しばらくお待ち下さいませ(^^;



2014.12.20 / Top↑




ーーと、いうわけで本編突入。
いよいよ『世にも奇妙な世界へようこそ』な、感じになってきますが、いいでしょうか……(^^;




※※※※※※※※※※※※※※








ーーじゃあ、やめれば?

ーー運よくまだ籍も入ってないぜ






ああ、もうおしまいだ。


琴子はパンダイを飛び出した後、何処をどう歩いたかわからないまま、ただ街を彷徨っていた。


神様、どうして入江くんはあたしのことを好きになってくれないの?

あたしはいつまでも片想いのままなの?


琴子の耳にはいつまでも、直樹が最後に放った言葉が谺していた。

――じゃあやめれば?


ーーほんの1週間前だったのに。
やっと結ばれたハネムーンの最終夜。
「もう平気じゃない」
そう言って抱き締めてくれて、漸く身も心もひとつになれた。……そう…思ってた。
ーー思ってたのはあたしだけ…?
ーーそれとも…やっぱり全部夢だったの?


琴子の思考はぐるぐるとそんなことばかり考え続けていた。考えながら歩いているから周囲を一切見ていないし、自分が何処に向かっているのかまるで意識していない。
季節は既に師走となり、夕刻も近づいて随分と気温が下がっている。丸の内のビジネス街を行き交う人々は、皆コートの襟を立てて忙しなく早歩きをしていた。

「……寒っ」

そんな中、琴子はデニムの開襟シャツ一枚で、コートも何も羽織っていないことに初めて気が付いた。彼女は大学の食堂にカバンもジャケットも何もかも置いてきて全くの手ぶらだった。

「ええっと、ここ何処だろう?」

ビルが立ち並んでいて、まだ丸の内の一角だろうとは思うのだが。いつの間にか表通りから外れていて、自分がどの辺りにいるのかさっぱりわからない。

ーーどうしよう……?
ーーあたし、何処に行けばいいの?

ぼんやりと立ち尽くす。
冷たい風がざわりと頬を撫でた。

ーーなんでこんなことになっちゃったんだろう?


ほんの数時間前、琴子は大学の食堂にいた。
親友の石川理美と小森じんこと共に、午後イチの講義終わりにカップコーヒーで安上がりなお茶をしながら、盛大なため息をついていたのだ。

長年の片想いを実らせ、周囲が仰天するような電撃結婚をしたばかりの幸せ絶頂な新妻とは思えないようなげっそりとしたやつれ顔を見た二人は、初めはにやにや笑ってからかってきた。
さっすが新婚ならではねー、意外に入江くんってば激しいのね、等々とすっかり虚しい勘違いした二人に、琴子は「実はね………」と、ここ数日の出来事を話し始める。
入籍を拒まれ上に帰って来ないという話を聞いて、流石にそれはヤバイんじゃないかと親友たちは顔を見合わせて驚愕した。

「それにね、また来たの」

琴子はカバンから赤い封筒を出した。

「これ、例の?」

「うん……」

「読んだの?」

「うん……『夢から醒めた気分はいかが?』みたいなことが書いてあった…」

「何、それ? どーゆーこと?」

「………よくわからないけと……」

「そろそろ、ちゃんと入江くんに相談した方がいいよ!  手紙も燃やしたりせずに取っておきなって! ストーカーの証拠になるから!」

「そうだよ。この手のは段々エスカレートしてくるかもよ!」

二人の剣幕に驚きながらも、琴子は目を伏せて答える。

「相談したくても帰って来ないし……会社に差し入れ届けても会ってもくれないし……」

だんだん声が細くなり、目を伏せて溜め息をつく親友の様子に、二人は再び顔を見合わせた。

「……ねぇ、里美、じんこ。あたし、ほんとに入江君と結婚したのかな…? もしかして、全部あたしの夢? いつもの妄想? 今のこの現実は、夢から醒めただけ?」

「何言ってんの! じゃあ何? あの入江くんの衝撃の過去の女装写真を、あたしはあんたの夢の中で見たの?」

「そうだよ! あたしがあんたからのブーケ受け取ったのも夢ってこと?」

二人は琴子の肩をがしっと掴み正面から見据えた。

「あんな変な手紙に影響されないでよ! あんたは間違いなく入江くんと結婚式挙げたんだよ!」

「そうだよ! あたしたちが証人だよ」

「ありがとう……二人とも……」
  
大きな瞳に今にも零れんばかりの涙を浮かべ始めた琴子に、友人二人はついイライラと言葉を荒げた。

「しかしどーゆーことなのっ入江くんは!」

「新婚ホヤホヤの新妻をほったらかして!」

「琴子がこんなに悩んでるのに!」

「だいたい仕事、仕事って、妙に怪しい……あっ」

「…まさか、もう他に女が……あわわっ」

徐々にヒートアップして、口を滑らせ、さらに琴子の涙の量を増幅させる。

「なーんてねっそんな事ないわよ、仕事って言ってんだから、仕事よ! 信じなさいって」

「そ、そーよ。琴子とは長い付き合いなんだから急に捨てられることないわ!」

「今の話、ほんまけ」

三人の話に唐突に割って入ってきたのは金之助だった。

「入江の奴が、琴子を悲しませとんのか」

その顔は静かな怒りに満ちていた。

「ひぇー…き、金ちゃ……」

三人は焦って立ち上がる。

「入江の野郎、ぶちのめしたる!」

金之助は、琴子たちの制止も聞かずそのまま食堂を飛び出した。
琴子も金之助が何処に向かおうとしているのか察知して、慌てて追いかけた。

「金ちゃん、まさか、入江くんとこに殴り込み…?」

「うーん、ややこしいことにならなきゃいいけど……」

取り残された二人は、琴子が忘れていった鞄とジャケットを手にしたまま、しばらくどうするべきか、所在なげに立ち尽くしていた。

「金ちゃんっ待って!」

大学前の大通りですぐにタクシーを拾い乗り込もうとしていた金之助に、やっとの思いで追い付いた琴子は、滑りこむように同乗した。

「パンダイ本社ビルまで」

そう運転手に告げた金之助は、怒りの形相を面に貼り付けたまま、進行方向を睨み付けている。

「ねぇ、金ちゃん、落ち着いて……」

おろおろする琴子に金之助は絞り出すような声を出して、

「琴子…おまえ幸せやないんか…?」

「……やだ、金ちゃん…あたし…新婚よ…? 幸せに……」

幸せに決まってる。大好きな入江くんと結婚できたんだもの。
金ちゃんや、沙穂子さんや、いろんな人を傷つけて、それでも二人でそれを乗り越えて、幸せになろうって……

少しも幸せそうには見えない顔を俯かせて押し黙ってしまった琴子の様子を見て、金之助は膝の上の拳をきつく握りしめた。

ほどなくしてタクシーは目的地に着いた。
先に降りた琴子を制するように、金之助は五千円札を押し付けると、
「悪い、これで払っといてくれや」と、さっさと建物に続くアプローチを駆け抜けている。

「えっえっえっ? 金ちゃん、待って!」

琴子がモタモタと料金を支払い、お釣を貰っている間に、金之助の姿はとうにパンダイ本社の中に消えていた。

琴子が直樹がいるであろう企画室の前に辿り着いた時には、金之助は直樹の襟首を掴んで、フロア中に響き渡る声を張り上げていた。

「なんで琴子と籍いれへんねん! 琴子のことイヤになったらいつでも別れれるための下準備かいな!」

息切れする呼吸を落ち着かせながら、廊下の片隅で二人の会話を聞いていた琴子の顔は、少し怯えていた。

「おれは、琴子さえ幸せなら黙ってるつもりだったんや! けど、おまえは琴子をもお泣かせとるやないか!
おまえが何考えてんのかちいっともわからへんけど、てめえの身勝手で琴子をもてあそぶな!」

しかし、その後の直樹の言葉に琴子は茫然とする。

「……言いたいこと終わった? おれ、仕事残ってるから」

――入江くん…!

「おれと琴子の問題なんだよ!」

――おれと琴子の問題? 本当にそうなの? その中にあたしはいるの? 入江くんだけしかわからない問題じゃないの?

「いっつも首突っ込んで来やがって……何が幸せなら黙ってるだ?」

――もう、やめて!

「どうせおれと琴子が別れるのウロウロして待ってるんだろ?」

「やめてよ!」

気がついたら、飛び出していた。

「金ちゃんは悪くない! 悪いのは入江くんじゃない!」

「琴子……」

「入江くんはあたしのこと奥サンなんて思ってないもん」

入江くん…なんで…?

「あたしばっかりウキウキしちゃって、あたしばっかり不安になっちゃって」

……なんであたしと結婚したの?

「こんなの結婚したっていえる!?」

わからなくてわからなくて、全然わからなくて、つい口走ってしまった言葉……。

そして返って来たのは――。氷のように冷たい、抑揚のないたった一言の声。

「……じゃあやめれば」

その後のことをあまり覚えていない。捨て台詞のように、
「何よバカっ!そうすればいいじゃない」と叫んだこと以外は。

追い掛けてくる金之助を振り切って、ただひたすら走った。直樹の放ったあの凍てついた言葉から逃げるように。

――冷たい…

冬の日没は早い。あっという間にあたりは黄昏色に染まり始め、切るように冷たい空気が琴子の頬を掠めた。歩道に並ぶ街路樹は、葉がはらはらと落ちて琴子の足下で舞い上がる。
結婚式をあげた頃は、鮮やかな紅葉を誇っていた街路樹たち。あれからほんの二週間程しか経っていないのに、季節も、自分の置かれている情況もすっかり変わってしまった。

――冷たいのは…入江くんか……

そしてふたたび先程のやり取りが思い起こされて、胸の内をえぐるような思いに晒される。
何を今更……。
入江くんが、冷たくてイジワルなのは、今に始まったことじゃない。昔からだ。

そっか……。やっぱりこの数週間が、夢だったんだ。
あの雨の日の突然のプロポーズから、長い長い夢を見てたんだ。
沙穂子さんと入江くんとの結婚が耐えられなくて、自分で勝手に妄想して夢の世界に逃げ込んでただけだったんだ。
そして唐突に夢から醒めて……優しかった王子様は元のイジワル王子に戻っただけ……。

ーーつまりは、そういうことだ。

だったら。
もう一度……。
夢の中に帰りたい。

琴子の思考は常にそこに辿り着いていた。

もう一度、夢の中に。
あの、サイコーに幸せだった、数週間前に。
――戻りたい。

「っくしょんっ!……うーっまじ寒っ」

あまりの寒さに琴子ははっと我にかえった。

「うわっもうこんなに薄暗いんだ……」

ーー早く帰らないと、お義母さんが心配するよね。

正直、あの家あの部屋に帰るのは辛かったが、行くあてがあるわけでもない。

ーーあのおうちしか、あたしの帰る所はないんだもんね。

ふうっと溜め息をつくと、琴子は周りを見回す。

ーーここ、何処なんだろ? 家まで歩いて帰れる? お財布も携帯も鞄の中だし…どうしよう……?

琴子は自分が手ぶらで何も持ってないという事実に、途方に暮れた。

ーー歩いて帰るにしても…家、どっちだろう?

とりあえず、とぼとぼと再び歩きだすと、前方に駅の案内板があるのに気がついた。

駅――でも、お金…。

「あ、ちょっと待って、あたしお金あるかも」

琴子はふと、自分のジーンズのポケットを探る。

「あった!金ちゃん、助かったよ!」

金之助から受け取ったお金でタクシー代を払った、そのお釣をポケットに捩じ込んだことを思い出した。
これくらいあれば、余裕で家まで帰れるだろう。

「急がないと……お夕飯の仕度、手伝えなくなっちゃう」

せめて、それくらいは、主婦らしいことしないと……!

とめどなく迷宮に引きずりこまれそうな負の思考を、バシッと頬っぺたを叩いて現実に引き戻す。
そして琴子は足早に駅を目指した。
夕刻の駅周辺は、そろそろ帰宅ラッシュなのか、人通りが激しくなってきたようだ。
行き交う人々の歩く速度も早い。

漸く駅に到着し、自宅の最寄り駅までの切符を買い、路線図を見て乗り換えを確認する。東京生まれのくせして、普段使わない駅がどの路線を通っているのかさっぱり覚えられない。

改札口を通って、高架上にある駅のホームに向かうための階段を上る。
電車の到着を告げるアナウンスの声がだんだん大きくなってきた。

「……相原センパイ…?」

あと数段で階段を上り切ろうかという瞬間に、ホームから階段を降りようとしていた人影がふっと立ち止まり、琴子に声をかけた。

「え?」

顔をあげた琴子は、目を見開いて相手を見つめた。
そこにいたのは。
何年振りかに見た高校時代の後輩の――。


「………速川さん……」

                                          





※※※※※※※※※※※※※※



ほぼ、原作のノベライズですが(^^;

かなり危ない速川さんとバカヤローな入江くんにムカついていただけていますでしょうか(笑)




ところで爆弾低気圧、大丈夫でしたか?
大都会N市は滅多にない積雪に大騒ぎでしたが、同じ県内でも東よりのうちは、3センチほどの積雪で済みました。でも会社に行くのが怖かったです(T.T)とりあえず家から車で10分足らずの場所なんで、まあなんとか辿り着きました。あっちこっちで事故渋滞、遅刻者多発でしたが。明日は道路の凍結が心配です。雪に慣れないケンミンです(-.-)
皆様もお気をつけてお過ごしください!





2014.12.19 / Top↑
                          


一応今回がプロローグ最終話です(^^)



※※※※※※※※※※※※※





人生にこんな漫画のような波瀾万丈な出来事が起こりうるものかしら?

2年間片想いし続けた相手に告白し、瞬殺で振られたその日に、新築したばかりの家が手抜き工事のため震度2の地震で崩壊。
そして、父の親友の家にお世話になることとなり、行って見たらなんと振られた彼の家だった――なんて。
そんな。
まさか。
あり得ない。
でも、紛れもない現実………だよね?
今でも時々思うもの。長い長い醒めない夢を見ているのか、それとも壮大なドッキリを仕掛けられているのか、って!

どんなに近づきたくても近づけなかった、内側の世界。
教室の内側よりも、フェンスの内側よりも遥かに近しいこの位置。
彼と同じ家に住むという奇跡。

あたしの運命は思いがけず大きく廻り始め――。
けれど、振られたばかりの彼との距離がすぐに縮まった訳ではなかった。
同居して理解かったのは、彼が噂に違わず冷たいブリザードのようなサイアクな性格だということ。
冷血感で毒舌でイジワルで思いやりの欠片もなくて――。
でも。
あたしの馬鹿みたいな脅迫を受けてではあったけど、すっごく丁寧に勉強を見てくれた。
試験の前に「頑張って」と言ってくれた。
試験結果をあたしより先に見てくれて「やったじゃん」と言ってくれた。

あんな性格なヤツ、嫌いになってやる! と思ったりしたのに、微かに感じる彼の優しさに、嫌いになることが出来ないでいた。

そんな時、あたしたちの同居が全校中にばれてしまった――。

渦中の人となったあたしたち。
それから卒業まで、いろいろな噂は常にあたしたちの周囲に纏わりついていた。


「……相原センパイ…」

久しぶりに速川さんがあたしの前に現れた。以前みたいに人懐っこい笑みは携えていなかった。ただ妙に挑戦的な眼差しであたしをじっと見ていた。

「噂、本当なんですか? 入江さんと一緒に住んでるって」

「う…うん…」

「父親同士が親友って噂も?」

「そ、そうなの、実は…」

なんだか尋問されてるみたい。

「……そんな隠し玉があったんだ。親が親友同士って、もしかしたらずっと前から入江さんとも知り合いだったんじゃないですか?
そんな素振りも見せずに、わざとらしく片隅からこっそり入江さんのこと見つめる一途な片想い少女演じてきたわけですか?」

「ええ!」

あたしは彼女の言葉に声を失う。そんなふうに思われるなんて、考えもしなくて――。

「そ、そんなこと! ほんとに父親同士親友なのも、この間まで全然知らなかったし!」

何言い訳してんだ、あたし!
でも、知ってたらなー。もっと前から入江くんと知り合うこと出来てたのかも……。幼馴染み同士で、小さな恋のメロディー……なーんて……
いやいや、今はそんなことはどうでもよくって!

「で、でもあなたにそんなこと問い詰められる意味がわからない」

彼女はあたしの言葉にキッと顔を上げた。

「意味、わからないですか?」

挑むような…何処か哀れむような瞳――。

「少し前までこっち側にいたのに…」

「…え…」

「センパイ、想像してみて下さいよ。あのポスター……」

「ポスター?」

「センパイと入江さん二人が、枕並べて眠ってるイラスト付きの同棲報告の…」

理美とじんこのちょっとしたイタズラで貼り出されてしまって、同居がばれたあの貼り紙のこと?
同居を同棲って書かれて、入江くんにも『迷惑だ、これ以上おれのペースを狂わされるのはまっぴらだ』と、いわれて――あのときは流石に少し二人を恨んだな………

「想像してみて下さい。2年も片想いしていた相手が、自分以外の女子と同居してるって知って、どんな気持ちになるかって。
想像してみて下さい。入江さんとその娘が同じ部屋で一晩勉強して、一緒に転た寝なんかして、そんな写真が出回ってるなんて知ったら……どんな気持ちになるのか。入江さんのことずっと好きだった女子たちが今、どんな気持ちでいるのか」

「………」

あたしは何も云えなかった。
想像したら――。
想像したら、切なくて悲しくて胸の奥がきゅうっとして堪らなくなった。
速川さんはあたしのそんな様子を見て、ふっと蔑むような笑みを浮かべた。

「センパイもセンパイの家族も、入江さんの家族も……みんな無神経だわ。いくら親友同士でも同い年の男の子がいるのに同居なんて信じられない! 入江さんにとってすっごく迷惑なだけじゃないの?」

そう言って呆然と立ち尽くすあたしの前から、いつの間にか彼女はいなくなっていた。

迷惑――。

このワードは今のあたしには結構キツいかも。
そのまま暫く動けないくらいには凹んでいたかもしれない。


その頃からだった。
あたしの机や下駄箱に時折手紙が入れられるようになったのは。
初めはラブレター? と、どきりとした。
でも、その封筒は真っ赤だったりファンシーな花柄だったり――とても男の人からとは思えず……

中を開けてみると。

『死ね。ブス』

『早く入江家から出ていけ』

『入江さんのお母様に取り入ってんじゃねぇよ』

目を塞ぎたくなるような罵詈雑言の数々――。

それは一人だけからじゃなく、何人かが送りつけてくるようだった。
来るタイミングはだいたい、理美とじんこのイタズラだったり、おばさま手作りのビラが掲示板に貼り出された後が多い。

例えば、入江くんが「今日嫌いでも、明日は好きになってるかもしれない」と金ちゃんに話した翌日に、理美たちのの拡大解釈によって盛り付けられた、入江くんとあたしが結婚を誓いあったなどという貼り紙が全校を賑わした後とか。

例えば体育大会のあと、足を挫いて入江くんに背負われて保健室に行った日の翌日とか。

例えばF組のみんなが入江家に押し掛けて試験勉強みてもらった後に、お礼を兼ねたサプライズクリスマスパーティー仕込んだ後とか。(おばさまが撮ってくれたツーショット写真が翌日掲示板に貼られたんだよね……)

例えば入江くんがあたしのためにT大受験をやめたらしいという噂がたった後とか。

手紙は思い出したように時折あたしの元に舞い込んで来る。

「琴子、その手紙どうしてるの? お父さんとかに相談した方が良くない?」

理美とじんこに手紙のことを話したらひどく心配された。

「話さないよ。心配させたくないもん。手紙は夜こっそり台所で燃やしてる。なんか燃やすと浄化される気がして……ほら、きっとこんな手紙出しちゃうくらいだからこの人たちの心は暗くて重くてどろどろしてるんだろうなぁって。なんかただの勘違いであたしと入江くんは何もないのに、不安になってるんだろうなぁって思うと申し訳ない気もしてくるし。その心が少しでも軽くなりますように、って手を合わせて祈りながらね……」

「何アンタ、こんなの寄越すバカ女の気持ちに同情してんのよ」

理美が真剣に怒ってる。

「別に同情してる訳じゃ…」

「じゃあ同調?」

「同調ってわけでも……ただ…やっぱり、気持ちわかるっていうか……あたしだってすごくショックだよ、もし入江くんとA組女子の誰かと噂になったり、写真撮られたり、その子が入江くんのお母さんに気に入られてるとか知ったら…もう立ち直れないかも」

「立ち直れなくても、琴子は絶対その相手の女を傷つけるような真似しないでしょ?」

「ていうか、そんなこと考えもしないよね?」

妙に毅然と二人が迫って来る。

「……そんなことわかんないよ……もしかしたらあたしだって……」

どうしようもなく相手を憎んでしまう一瞬があるかもしれない。
そんなのその時が来ないとわからない。
今は入江くんが誰にも関心がないって知ってるから普通でいられるだけ。
もし入江くんに誰か特別な人が現れたら?
あたしはその人を妬まずにいられるだろうか?

「ううん、琴子は絶対にしないよ」

「うん、例え入江くんに本命が現れたって、そりゃ嫉妬はするだろうけどさ、人間だもん。だからって琴子は絶対その相手を傷つけようなんて思わないよ」

「あたしたちは、アンタがそんな娘じゃないと知ってるから」

「そんな手紙出すオンナの気持ちなんて解ろうとしなくてもいいんだからね!」

「……ありがとう」

一生懸命あたしを励ます二人の気持ちが嬉しくて、涙が止まらなかった…。


その後も。
高校を卒業して、大学に入った後も。
時折だけれど手紙はやって来た。前ほどたくさんではないけれど、やっぱりあたしと入江くんの噂が大学で流れたり、掲示板に貼られたりする度に、手紙はあたしの元にやって来る。
中でも一番頻繁に届けられる真っ赤な封筒は、何故だか速川さんの挑戦的な顔を思い起こさせた。
彼女も、斗南大の英文科に入学したらしいというのは理美から聞いたけれど、広い大学のこと、会うことはなかった。

そして怒濤の大学3年の夏。休学中の入江くんがお見合いをして、婚約したらしい、という噂が大学中に駆け巡った時。

届けられた真っ赤な封筒。
中には――

『ザマアミロ』

あたしは流石に手紙を焼いて浄化しようなんて気持ちになれずに、びりびりに破り棄てた。



多分あたし史上最悪の夏が過ぎようとしていた。
いっぱい泣いた。涙が枯れ果ててしまうんじゃないかと思うくらい泣いて泣いて。入江くんを忘れる為に苦しいくらいの努力をして。

どうして同居なんてしたんだろ?
一緒に住んでいなければきっとただの憧れだけで終わっていた筈。こんなに入江くんのことを諦めきれないくらい好きになることなかったかもしれない。
こんなに苦しい想いをしなくてもすんだのかもしれない。
考えたって仕方のないことばかり、堂々巡りで考え続けてた。



それから季節はいつの間にか秋に変わった。暑くて苦しかった夏の気配がすっかり消え去り、ただもの悲しい切なさを際立たせている冷たい風が心を突き刺して通り抜けていく頃――。

あたしの運命は再び大きく廻りだした。



入江くんとあたしは結婚することになったのだ。

夢のようなkiss。
夢のようなプロポーズ。
夢のような結婚式。
夢のようなハネムーン。

あの雨の夜のまるでドラマのようなキス、そしてプロポーズ……あたしはあの瞬間からずっと夢の中をたゆたっているようだった。

そして……夢のようにあたしたちは結ばれた。あたしは紛れもなくあのハネムーン最後の夜、世界一幸せな花嫁だった……はず。


でも夢のように幸せだったのはハネムーンから帰ってきた翌日までだった。
家に帰ったとたん入江くんは入籍もしてくれず、会社に行ったまま、全く帰って来なくなってしまったのだ。

大学ではまた様々な噂や憶測が乱れとんだ。

ソッコー愛想尽かされて成田離婚だとか、しょせんゲイを隠す為の偽装結婚とか。
みんなあたしに同情してくれたけれど、あたしの心はーー。
なにが何だかわからないまま、皆から云われる言葉ひとつに青くなったり不安になったりして宙に浮いたままのよう。
あまりにも急転直下の展開の速さに心も身体も全然付いていけていない。




そんな時、久しぶりに例の手紙が届いた。
あたしは憂鬱な気分のまま、その赤い封筒に鋏を入れた。



『夢から醒めた気分はいかが? もうあなたの夢はおしまい。これがあなたの現実よ』



                                         
           ――本編に続く。



※※※※※※※※※※※※※



と、いうわけで入江くん不在のプロローグはこれにて終了(^^;次からやっと本編です。世にも奇妙な世界(?)へようこそです……(^^;
我ながら手紙って(しかも真紅の封筒!)ベタというかアナログだなぁと思いつつ……(笑)でも重要なアイテムだったりするんですよ、これが(^^;




2014.12.18 / Top↑
                  



「ファンクラブ?  会長? 何それ?  あんたそんなの受けたの?」

理美とじん子が眉を潜めてあたしににじりよる。

「ううん、受けてないって! あたしもよくわからなかったし」

お弁当を突つきながらあたしは昨日の速川さんとの会話を思い出していた。




「ファンクラブって…何するの?」

「え~? そりゃ、会員同士集まってお茶しながら入江さんの話をするんですよ。入江さんのどこが好きーとか語りあって盛り上がったり、新たに知った情報交換しあったりとか」

……それは楽しそうかも。

「会報作ったり、ホームページ立ち上げたり」

「え? どんな内容の?」

「もちろん入江さんのことばっかりですよ。入江さんの好きなものとか、苦手なものとか、休みの日には何してるとか。今日1日の入江さんの行動、とか……。
ほら、新聞に載ってる首相の1日、みたいに」

「…それ、どうやって調べるの?」

――アイドルのファンクラブなら、アイドル本人や事務所が色々情報を発信するのだろうけれど、入江くんがいちいち教えてくれるとは思えない。

「センパイくらい根性があれば、きっと聞き出せますよ」

……あたしに調べろと? 誕生日もろくに知らなかったあたしに?

「なんといっても、センパイ、筋金入りの一番の追っかけだし!」

誉められてるのかなぁ、それ。

「後は、色々ルールを作って、会員同士抜け駆けしないようにするとか」

「抜け駆け?」

「そう、抜け駆けして告白するのは無しってこと。会員はみんな平等じゃないと」

「ええっ?」

あたしは真剣に驚いた。ファンクラブって人のことあれこれ調べたり、束縛し合う仲間なのかな?

「それはおかしいよ。告白するのなんて本人の自由だし……応援し合うのならわかるけど」

「やだあ、センパイ!  応援し合うって!  恋のライバル応援しちゃっていいんですか?  自分以外の誰かが入江さんの彼女になっても平気なんですか?」

彼女は心底不思議そうだった。

「平気じゃないけど……それは仕方のないことだと思うよ。選ぶのは入江くんだし。そして、あたしたちだって、告白するかしないかは自分で選べるんだよ」

あたしは思った通りのことを云った。すると速川さんは、柔らかかった表情を微かに違うものに変えた。少し侮蔑の色を含んだ薄い笑み――。

「相原センパイって……すっごくいい子ちゃんですね」

「え?え?え?」

「なんか偽善っぽい」

「…………?」

正直、偽善の意味がはっきりとは解らなかったけど、良い意味ではないということは分かった。

「えっと……とりあえず、あたしはファンクラブとか作らないし、会長にもならないから」

きっぱりと言い切った。

「……わかりました」

彼女は軽く目を伏せてそのまま立ち去った。




「ーーというわけなの」

「ふうん、結構くわせ者だったのね、その娘」

「くわせ者とまではは言わないけど……ただそのファンクラブってなんか違うかなぁって」

「まあそれが正解だと思うよ。ホームページ立ちあげるとなりゃ絶対写真とか載せるよね?
それって間違いなく盗撮ってことにならない?」

じんこの指摘はあたしも思ったことだった。
そんなこと、元々写真嫌いの入江くんが承知するとは思えない。修学旅行の写真だってまともになかったくらいなのに。彼が嫌がるであろうことをするのがファンとは思えない。

「まあ、これからはあんましその速川って娘に関わらない方がいいんじゃない?」

理美の言葉に頷くまでもなく。あの日からぱったりと彼女の方からあたしに近づいて来ることはなかった。






「そういや、あの娘、ファンクラブ立ち上げたらしいわよ」

それから1ヶ月程した放課後に、そんな情報をもたらしてくれたのは理美だった。

「速川さん?」

「そう」

「彼女が会長で?」

「まさか。あの娘は自分が表にでるタイプじゃないもの。裏から操る策士って感じね」

さくし? 意外と難しい言葉知ってるじゃない、理美。さすが足切りギリギリセーフで中学から上がってきただけはあるわね。


「よくは知らないけど、1年の誰かを担ぎ上げたらしいよ。まあ、ファンクラブの構成員も1年ばっからしいし。いいんじゃない?」

「……ふうん」

「なんかさ、中学ん時のクラスメイトの妹が、速川って子と同級生だったらしいけど。中学の時から相当な入江ファンでね。休み時間とか、体育とか部活とか常に張り付いていてストーカーみたいって、A組の女子たちに騒がれて……」

「え? それでストーカーってあたし、どうなるの?」

あたしもまるで同じことしてるんですけど。

「中学の頃は入江のクラスの女子たちも結構親衛隊気取りで、纏わりつくミーハー女たちにきっつい対応してたみたい。体育館の裏に呼び出すとか……」

「やだ、なんかドラマみたいっ」

「入江の預かり知らぬ話ではあるけれど、いじめっぽいこともあったみたいでさ。わりと問題になっていっそのこと男子クラスと女子クラスと分けるかなんて話まででて」

「えーーっ」

「まあ、女子たちもそうなるのはイヤだったから、少し大人しくなったみたい。入江もそれから余計に媚びてくる女子に対して手厳しいというか、冷たい態度をとるようになったみたいで」

「ふーん………」

よくわかったわ。
………入江くんが中学からモテモテだってことが。

「でもいいなぁー理美」

「は? 何が?」

「中学から一緒って、中学生の入江くん知ってるてことだよねー。あたしも中学生の入江くんに会ってみたかったなあ」

心底羨ましげに云うあたしに、理美が呆れたような眼差しを向けて、ため息を1つ。

「あたしもじんこも、ずっとF組なの!
あんたみたいに気合いを入れて追っかけなきゃ滅多に会わないわよ」

「よかった~」

「だから、何が!」

「二人が面食いじゃなくって……」

つくづくそう思うよ。

「とにかくさ、あの速川って子には関わらないことね」

「多分あっちから関わってこないよ」

「うん、あんた利用価値なし、って見限られたってことよね」

「う……」

そーゆーことだよね、つまり。
ちょっと先輩気分で楽しかったけど。
でも入江くんのこと好き歴は彼女の方が長かったのね。
あの娘も中学時代の入江くん知ってるんだ……。

「ファンクラブにもね。関わらない方がいいよ。中学の時のトラブルから、学校も入江がらみの集まりはチェックしてると思うし」

「それは大丈夫」

どうでもいいことではあるけれど。願わくば入江くんに迷惑がかかりませんように。あたしは心密かに祈ってた。




それから2ヶ月程経ったある日。ちょっとした事件が校内を騒がせた。

「ねぇ、聞いた? 琴子!」

「ファンクラブのこと?」

「そうそう!」

どうやら入江ファンクラブのメンバーが、付属小に在籍している彼の弟の所に押し掛けて、写真を撮ろうとしているところを小学校の先生に捕まったらしい。
入江くんはその話を聞いて激怒して、ファンクラブの解散と責任者への厳重な処罰を要求したという。でもそれは仕方のないことだと思う。
ただ入江くんの親御さんが、随分さっぱりした方らしくて、憤る彼を取りなして、余りことを大きくしないように学校と掛け合ったらしい。なんでも、
「たかだか写真ごときで大騒ぎするんじゃないの! 減るもんじゃなし!」
……だそうである。随分寛容な方なんだろうなぁ、入江くんのお母様……。

結局、ファンクラブは解散させられ、会長をしていた1年女子の娘が厳重注意を受けただけで事件は終わった。その1年女子は、全然知らない名前の娘だった。

その後も時折速川さんの姿を見掛けることはあったけれど、彼女から近づいて来ることはなかった。
あたしがにっこりと声を掛けようとしても、つんとあからさまにそっぽを向いて行ってしまうのが常だった。

それからは特にこれといった事件もなく2年生も終わりに近づいていった。
入江くんに恋して二度目のバレンタインも、やはり作っただけで渡すことなく終わった。
クラス分けの選定基準となる期末考査もあたしなりに頑張ったけど、「惜しいな、相原、お前F組の中じゃ1番だったぞ」の一言で、ラスト1年も入江くんに近づけないことが決定した。

そして、春。
高校生活最後の春。
あたしは勝負に出た。
このままじゃ、卒業するまで決して入江くんの傍に居ることなんて出来ない。それどころか、顔や名前すら覚えてもらえないのだ。
高校時代に「相原琴子」という彼のことを好きだった女の存在なんて、彼の世界にはなかったことになってしまう。
運命の女神は、何の努力もしないあたしに微笑むことなんか、永遠にないのだと悟った。

だから。
あたしはラブレターを書いた。
校門の前で彼に渡した。

そしてものの見事に振られた。
「いらない」
の、一言とともに。

ただ――。
その日を境にあたしの運命は、あり得ない程大きく動き始めたのだ――。

                                             






※※※※※※※※※※※※※


ーーと、いうわけでやっと原作の冒頭のところにやってきました。プロローグ、あと1話です。

理美とじんこを付属中学出身という設定にしたら、後から何故この二人、足切りにならなかったんだー? などと考え始めてしまいました……まあ、それを云ったら何故小学生の算数も解けない琴子ちゃんが斗南高校に入れたんだ! という原作の謎にまで至ってしまいそうなので、深く拘るのはやめておきましょう……(^^;




爆弾低気圧……ホワイトアウト……なんかお天気が大変そうです。

温暖なうちの地域は……降るのかなぁ?雪……(-.-) 丘の上の家なので、積もると怖くて車運転したくないのですよ……(^^;

皆様、気を付けてお過ごしくださいね。



2014.12.17 / Top↑

                             



「なんか今年の新入生たち、妙に可愛い娘多くない?」

あたしの溜め息混じりの問いかけに、理美とじん子は「そう?」と、あまり関心無さげに応えた。

2年に進級し、クラスのメンバーはほぼ1年時と一緒。担任の先生も同じ。
入江くんとの距離もなにひとつ変わらず、あたしはA組の教室の外から、あるいはテニスコートのフェンスの外からしか彼のことを窺い見るしかない。

そんな外側メンバーたちには新顔が増えた。
新入生たちだ。
「チョーカッコいい先輩がいる」という話はあっという間に1年生の間で拡がって、入学式の翌日には既に2Aの教室の廊下には新しい入江ファンが行ったり来たりしていた。なかには結構可愛い娘もいる。
いっこ年下ってだけで随分とピチピチきゃぴきゃぴして見えるのは単なる僻みかしら?

「でも、入江って別に面食いじゃないでしょ? あんたみたいに」

「そうそう、去年1年間でアイツに告ったのって、自分に自信のある名だたる美女若しくは美少女ばっかだったじゃん」

「顔が良かろーが悪かろーが、女に興味ないんだから関係ないでしょ」

「マジでアイツ、ゲイかもよ?」

「そういや、親友の渡辺くんと出来てるって話も…」

「やだあ~もう止めてよ~! そんなことないって~」

際限ない理美たちの冗談にあたしはささやかに抗議する。

「やだ、マジで怒らないでよ、琴子ってば」

「そう、少なくともアイツは顔で心を動かされるわけじゃないんだからさ、いくらうちらより若いきゃぴきゃぴした新入生が何も知らずに入江に告ったって一緒だよ」

「そうだよ、焦ることないって」

……どうやら彼女たちはあたしを励まそうとしてくれたらしい。

「…ありがと」

うん、そうだよね。
彼の周りに女の子たちが増えたって、あたしには関係ない。あたしはあたしで、ただ彼を見つめ続けるだけ――。


やがて1年女子たちも何人かが入江くんに告白して玉砕した、なんて話を何度となく耳にした。
そのせいか、1学期も半ばを過ぎた頃には4月当初よりも入江くんの周囲をうろつく女子の数は落ちついてきた。
そんな中で、あたしはしょっちゅう見掛ける常連の1年女子の娘と時折話をするようになった。

「入江さんって髪の長い女の子が好きって本当ですか?」

そんなことを訊かれたのがきっかけだったと思う。

「うん、あたしもそんな噂を聞いて髪を伸ばし始めたの」

入学当時は肩につくかつかないかって長さだったけど、今は肩甲骨あたりまである。

「でもそもそも女嫌いな入江くんが、女子の容姿の好みなんて口にするのかなぁって後から思ったんだ。だからただの都市伝説かも」

ただあたしは思いの外ロングが似合っていたらしく、理美たちに絶賛され気を良くして、そのまま伸ばしてる。

「あなたは、その髪型すごく似合ってる。無理してロングにすることないよ」

「そうですかぁ? ふふっあたしも今の髪型気に入ってるんです。あたしひどいクセっ毛だから伸ばすとうざったくて。ストパーかけるのも傷むし、お金かかるし。センパイいいですね~さらさらなストレートヘア。すっごく綺麗で羨ましい」

「へへっありがとう」

それから彼女とはよく話すようになった。
彼女――1年D組速川萌未(はやかわめぐみ)――子猫を思わせる人懐っこい瞳をした、ショートカットの似合う女の子。
牽制しあってる同学年の娘たちと思うと、屈託なく話し掛けてきた速川さんにちょっと好感を持っていた。それに部活に在籍していないあたしは「センパイ」って呼ばれることは滅多になくて、彼女の可愛い声で「センパイ」と呼ばれる度に妙なくすぐったさを感じていた。

「ねぇセンパイ! もうすぐ修学旅行ですよね~! いいなあっーあたしもセンパイの鞄の中にでも入ってついていきたいなぁ~」

速川さんは本当に羨ましそうだ。
確かに学年が1つ違うって凄く大きいよね。どんなに勉強頑張っても決して同じクラスにはなれないのだから。そう思うとチャンスがあるのに生かしきれないあたしって何なの? と自分に憤りすら感じてしまう。


「……ああ、修学旅行ね…」

あたしは低めのテンションを隠しきれずに呟いた。そう、修学旅行。同学年の特権。
なのに。

「ええ~楽しみじゃないんですかぁ?」

驚いたような速川さんの表情。

「うーん、旅行自体は楽しみなんだけどね」

今年の修学旅行は沖縄。家が自営で、滅多に旅行に行ったことのないあたしは当然沖縄も初めてで、理美とじん子とも同じ班になってスッゴく楽しみだ。
でもね。

「…実はAからC組までが第1グループで、DからF組が第2グループって感じにばっさり分けられちゃってね、行動もホテルも別々なの」

2つのグループはまるっきり逆ルートから進むので一緒になることはない。

「ええ~!   じゃあ入江さんとはまったく接点なし?」

「そうなの……」

ほんとにそれを知った時ショックで暫く立ち直れなかったわ。
たとえクラスが違っても、もしかしたら修学旅行で知り合うチャンスがあるかもしれないって、1年の頃から期待してたのに。
そうと知っていたら、せめてC組になれるくらいには死ぬ気で勉強したのに!

「……残念ですぅ……もしかしたら入江さんの写真とかセンパイからもらえないかな~って……ちょっと期待しちゃってました」

「……うっゴメンね…役に立てなくて」

ああ、ほんとに不甲斐ないったら……

そして修学旅行は、無事に滞りなく終わり。ええ、勿論楽しかったわよ。理美にじんこに金ちゃん。気心の知れたメンバーたちと沖縄を満喫したわ。
青い海に美ら海水族館に首里城に……。
でも入江くんと会うことは全くなく。
旅行のどさくさで何人かの女子が告白して、やっぱり玉砕したって噂だけが耳に入ってきた――。

旅行中の入江くんのエピソードなんか訊けないかな~って顔馴染み追っかけメンバーに話し掛けて見たけどあっさり無視された。
まあ男子から漏れ聞いた話によると、やっぱり渡辺くんとかとずっと一緒で、グループ行動でも一度も女子たちとは行動を共にしなかったらしい。
男子たちは、入江と一緒なら女子が寄ってきて仲良くなれるかも、なんて甘い期待してたらしいけど、入江くんが女子たちの誘いを全てぶったぎったんだって!
それを聞いて、ちょっとだけ胸がすっとしたかな。




「ねぇセンパイ! 入江さんの誕生日って今月の12日ですよね? 何かあげるんですか?」

速川さんがにっこりと云う。

「え? 11日じゃないの?」

去年みんなが11日にプレゼント攻撃しているのを見て、てっきりその日が誕生日だとばかり思ってメモってたんだけど。

「去年は、12日が土曜日だったんじゃないですかぁ?」

「ああ……」

「相原センパイってば、面白すぎ。あれだけ熱心に追っかけしてて誕生日も知らないなんて」

……ううっ
返す言葉もないです。

「……でも……誕生日だからって特に何もしないよ。どうせ受け取ってもらえないし」

――いつか……ちゃんと知り合えたら……その時はきっと。



「ねぇセンパイ!」

速川さんがいつものように明るく話し掛けてくる。

「あたし、とっても素敵なこと思いついちゃいました」

とても楽しそうに、いたずらっ子みたいな瞳をして。

「……入江さんのファンクラブつくりませんか?  センパイ、会長になってください!」

ーーはい?

                                             







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オリキャラ登場(^^;
割りとキーパーソンだったりします……。



2014.12.16 / Top↑




ーー王子様って本当にいるんだーー

それは、まさしく一目惚れだった。
容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰、スポーツ万能。完全無欠のスーパーボーイ。
世の中にこんな少女漫画の中から抜け出てきたような人が実在するんだ。

新入生代表として壇上に立ち、堂々と挨拶を述べる彼にあたしは釘付けだった。
その日からあたしの毎日は彼一色となり、彼だけを追い掛ける日々の始まりとなったのだ。
彼ーー入江直樹の。



「完全無欠の男なんていないわよ」

斗南大学附属高校に入学してすぐに仲良くなった理美が云った。

「……え~だって入江くん………」

「琴子ってば表面的なものに騙されてるよ」

「そうそう。完璧な人間なんてこの世にいないって」

一緒にお弁当を食べていたじん子までもが理美に加勢した。この二人は同じ中学出身で元々仲が良かったよう。知り合いが一人もいなくて教室でぽつねんとしていたあたしに声をかけてくれたのが始まり。今ではすっかり気があって、よく三人でつるんでいる。

「入江と同じ附属中出身の子に訊いたんだけどさ。アイツ、相当な女嫌いで、性格も冷たくて、女の振り方なんて容赦なくってサイアクだって話だよ」
`
「どんなにイイ男でも血の通ってない冷血人間とかヤでしよ? 言葉の暴力とか立派にDVだよ」

それはそうだけど。
でも。
あたしには彼がそんな酷い人とは思えなかった。
そりゃ、彼のこと何も知らないし、A組の彼とF組のあたしが正攻法で知り合う可能性も殆どないことは分かっている。
でもね。漫画みたいな王子さまがこの世に存在するなら、漫画みたいな運命的な出逢いだってあるかもしれないじゃない?
そしたら噂だけじゃ分からない彼のことを知ることだって出来るかもしれない。
あたしは信じたい。
彼がそんな冷たい人じゃないってこと。
運命はきっと少しくらいはあたしにも微笑んでくれるってこと。

そして、あたしは運命を微笑ませる為にかなりな努力をした。
A組の時間割りを全て把握して、移動教室の時には必ずすれ遠うようにした。
体育の授業を盗み見る為に、窓側の席はどんな手をつかっても死守した。ラッキーなコトに三棟ある校舎のうちの一番グラウンド寄りの第一校舎だったのよ! とはいえ、雨が続いたりインドアスポーツの単元だったりした時はテンション下がりまくりだったけど。
夏の水泳授業もそう。斗南には屋内プールがあって、こればかりは覗くことが出来ない。普段は男女別々の単元種目でやってるのに水泳だけは離れたところでやってるとはいえ、男女同じプール。
A組の女子たちが濡れ髪を拭きながら、顔
を高揚させて教室に戻ってきた時の、すれ違い様の会話一ー。

「入江くんの上半身見たぁ? 細いのにあの腹筋!」

ああ、入江くんの水着姿………見たい!

「……クロールめっちゃ綺麗だったよね~! オリンピックに出られるんじゃない? ってくらい速かったしね~」

ああ、泳いでる姿も……水面から顔を出して濡れた髪を掬い上げる仕草なんてカッコいいだろうなぁ……

「オリンピックっていえば陸上でしょう! 春のスポーツテストで短距離も長距離も高校新?ってくらいなタイムで、陸上部の顧問が土下座して勧誘したの断ったらしいわよ」

ああ、そうそう。スポーツテストは窓から見てたのよねーー全部クラストップだったわね。うん、あの長い足で一瞬のうちに50M走り抜けて。あたしのとこに駆けて来て~って叫びたくなったわね。

「テニス部だって、面倒がってあんまり出てないのに掛け持ちなんてやるわけないじゃない」

テニス部……あたしも入りたかったな~

「どうせなら陸上よりバスケ部の方がいいわよね!」

バスケ……うっ体育館の授業は見られないのよーー!

「そうそう、あのシュートする姿、うっとりしちゃう!」

だろうなぁ~想像するだけでうっとりだよ。身長高いし、ダンクとか決めれそう。うっうっ見たい……入江くんのシュート………


そんなA組女子たちの会話を小耳に挟んだ日には、自分がA組じゃないことに身悶えして、来年こそA組に入ってやるって、固く心に誓ったわね。そんな決意を口にする度に理美とじん子に爆笑されたけど。まあ実際、頑張らなきゃって思ってもいざ勉強しようとすると何故だか眠くなっちゃうんだよね。

F組からA組は、遠い。
物理的にも遥か彼方、一番端と端同士の教室。長い廊下の距離以外にも、深い深い溝がある。
にも関わらず。そんなことでめげる私じゃないしっ! あたしは頻繁にA組教室前をウロウロとした。彼が休憩時間に廊下に出てくることなんか滅多になかったけどね。でも、そこにいたら会える確率だって倍増じゃない?
てっきりあたしと同じ帰宅部だと思っていた彼が、実はテニス部だったと知ったのは、夏の地区大会が始まる少し前。何でも試合の直前しか練習に出なくていいんだとか。あたしも慌ててテニス部に入部しようとしたけど、今年は入江くん目当ての女子が殺到して(附属中出身の子たちはみんな入江くんがテニスやってるって知ってたのよね…あたしってば本当に出遅れてる)、入部テス卜にパスした人しか入れないし、もう今年は締め切って途中入部もなしと知って凄くがっかりした。でも、フェンスの外側から、それはそれは流麗な彼のプレイを見ることが出来て、至福の一時を過ごせる時間を手に入れた。大会が始まるまでのほんの一時だけだったけど。
試合も応援行きたかったなぁ……まるで申し合わせたように、試合場所と時間を誰も教えてくれなかった。何でも中学の大会の時、入江くん目あての女の子たちの間でトラブルがあって大騒ぎになったらしい。以来うちの学校はたとえ全国大会に行っても積極的に応援団を結成したりせずに、吹奏楽部とチア部しか応援に行けないんだって!(あ、入江くんの出る試合限定の暗黙のルールらしい)
うう~応援行きたかったよ~。
フェンスの外にはあたしと同じ思いをしたものすごい数の女の子たちが、びっしりとその金網に手をかけて黄色い声をあげている。
フェンスの内側の彼からは、あたしたちはどんな風に見えているのだろう?
いや、見てもいないか………
彼が噂通りの女嫌いで、告白する女子に容赦ない対応をするというのは、この数ヵ月の追っかけで十分思い知ってしまった。
下駄箱のラブレタ一は、速攻ゴミ箱行き。
女子の呼び出しには絶対応じない。
先生の名前を騙って呼び出した女子が、凍りつくような言葉を浴びせられ不登校に陥ったという話も聞いたことがある。
待ち伏せも然り。彼は絶対立ち止まらないし、目もくれない。
学校一の美女と名高い二年生の先輩の呼び出しすらずっと無視し続け、その先輩がわざわざ一年の教室に入ってきて入江くんの前に立って『君と付き合ってあげてもいいけど?』と告白し、即、『あんたみたいな女は趣味じゃない』と云って目の前の美女を顔面蒼白にさせたというのは、入学式から僅か一週間たらずのことだった。(噂はその日のうちに全校中を駆け巡ったわね)
平気で女の子の傷つく言葉を投げつける究極の女嫌い。
どうやら噂はある程度の真実を突いているというのは、こうして彼のことを追っかけていれば徐々に理解ってきた。

「ほらね、やっばり冷たい男じゃない」

「あんな奴のどこがいいの?」

理美とじん子は相変わらず入江くんに容赦ない。

「……でも、女たらしよりいいじゃない? 硬派なほうが……」

「どっちもどっちでしょ?」

「もしかしたらあたしが初めての彼女になるかもしれないし」

ぶひゃひゃひゃひゃ!

「そんなに爆笑しなくていいじゃない………女嫌いになったのも何か過去にトラウマがあるのかも……あたしがそれを癒してあげるの」

ぎゃははははは!!

「いいわあ、琴子、その前向きさ! 大好きよ!」

ええ、ありがとう……
あたしもあなたたちが大好きよ。
言葉は辛辣だけど、ちゃんとあたしの話を聞いてくれて、あたしが先走って行き過ぎた追っかけにならないようにストッバ一をかけてくれる。
ある意味、理美たちが入江くんに興味がないのは良かったかも。そりゃ、一緒にきゃぴきゃぴしながら入江くんの話をするのも楽しいだろうけど、親友同士恋のライバルになるのはちょっと面倒かも、って思ってしまう。
例えばほら。入江くんの追っかけをずっとしてると、周りにいる女の子たちはある程度顔馴染みになってくる。
あたしレベルの熱心な追っかけは、十数人ってとこだ。
遠巻きに見てる娘たちは多いけど、彼のあの冷たくて綺麗な眼差しでギロリと睨まれて、尻込みして諦めちゃう娘たちも多いよう。
それでもめげない筋金入りの入江ファン同士、ちょっと情報交換なんかしたいなぁ、と話し掛けたりするんだけど、結構あからさまにスル一されることが多い。
ーーなんで、あんたみたいなのと?
ーーいっしょにしないでよね。
なんか、暗にそんな風に思われてるような気がするのだけれど、気にしすぎかなぁ。
何にせよお互い牽制しあってる感じは否めない。
まあ、仕方ないか。みんなライバルだもんね。
だから、やっばり理美とじん子の存在は凄く大きい。
どんなに入江くんのことを悪く云っても、あたしの想いを否定したりは絶対しない。
彼女たちと出逢えただけでも、斗南に無理してでも入学して良かったな、と思うんだ。
まあ、入学して良かったことの一番は入江くんに会えたことだけどね。




あっという間に季節は過ぎ、運命があたしに微笑むこともなく、一年が過ぎていく。
頑張って彼の周辺をウロウロしてみても、あたしの存在が彼に知られることもなく。
ただ救いなのは彼も相変わらずの女嫌いで、特定の女子が彼の傍らにいることがなかった、ということだ。

その学年も終わりに近付いた2月ーーバレンタイン。
彼の下駄箱や机の上は軒並み想いの詰まったたチョコで溢れかえっていたけれど、それらはあっさりとゴミ箱に直行した。どれひとつとして、その包装を解かれることなく一ー。
勿論あたしもチョコを持ってきていた。昨日徹夜で作ったトリュフチョコ。なんかトリュフってよりは岩石みたいな出来映えだったけどね。
でも結局渡せなかった。
いくら岩石でもゴミ箱に棄てられてしまうのはあまりにあたしの想いが可哀想な気がして、どうしても渡せなかった。

驚いたのは、その日は校門の前に出待ちの他校の女の子たちがうじゃうじゃいたことだ。
ラッピングされた可愛いチョコの箱を手に、校門の外でウロウロするいろんな制服の女の子たち。
けれども入江くんは彼女らを避けるように体育館の裏の生け垣の隙間から帰って行ったらしい。
そんなことも知らずずっと待ち続ける彼女たち。
……あの娘たちはどこで彼を知って恋をしたのかな?
通学の電車の中?
中学は一緒だったけど高校は離れたとか?
いろんなドラマがあるんだろうな、あの娘たちの胸の中に一ー。
でも。
あなたたちは校門の外。
あたしは校門の内側にいる。
それだけは、あたしが彼女たちより優位に立っていること。
ふふんっと自分が入江くんと同じ学校に通っていることに優越感を感じながら、出待ちの子たちを尻目に校門を出た。
そして自分の鞄の中に結局渡せなかったチョコがあることを思いだしーー堪らなく自己嫌悪に陥ってしまった。
……馬鹿みたい。
あたしはあの娘たちと何ら変わりないじゃない。
校門の内側にいるというだけで、教室の外、フェンスの外の人間だってことは変わりない。
さっきまでのあたしは、きっと部外者は入って来ないでと、入江くんの追っかけをシャットアウトするA組女子や、テニス部女子と同じ蔑んだ顔をしていたのだろうか?
……サイテ一だ、あたしって……
憂鬱な気分を増幅させることがもうひとつ。
その頃には学年末考査の結果も出て、あたしのF組残留は決定となっていた。学年末だけ慌てて勉強したって、A組なんて行ける筈もない。
…あたしってばなんて馬鹿なんだろう……
そんなこんなで凄まじく凹んだ気分のまま迎えた春休み。
そして再びの新学期一ー。

あたしは2年F組となり、彼は2年A組となった。







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……と、プロローグはこんな感じでございます。まあ、ありがちな場面からのスタートですね(^^;


言い忘れてましたが、これ、パラレルというかIFものです。ある地点から原作とは違う世界に行ってしまいます。それでもよい方は続きをお待ちくださいませ(^^;


2014.12.15 / Top↑