20131121 ~20th anniversary (5)




「モトちゃん、こんにちはー! あ、智子さんも、真理奈さんも」

斗南大学病院看護師の皆様いらっしゃいませ。

真理奈さんの後ろには旦那様の船津先生もいるわね。今は確か第一外科の教授だったはず。この若さで教授ってのは早い方よね。尤も准教授になるのも教授になるのも、パパの方が常に先で、船津先生はいっつも二番目。二人とも異例の昇進スピードなのは間違いないのだけれど、結局いつもパパの次。だから船津先生のパパに対するライバル心って永遠に無くならないと思うわ。

「あれ? 鴨狩さんは?」

いつも一緒なのに、今日はいない。

「啓太なら冬花ちゃんが熱出して、秋子ちゃんが来られなくなったからって、他の子たちを連れに一度家に帰ったのよ」

確か冬花ちゃんは鴨狩家三人兄妹の末っ子だったよね。5歳だったかな?

「じゃあ春菜ちゃんと翔太くんは来るんだね」

春菜ちゃんはハルと同じ小3で、翔太くんは2年生の年子だったかな。

「うん、せっかく子供同伴OKのパーティだもんね。中々チビッ子たちが一同会するのも珍しいし」

「子供たちが食べれるものも沢山あるし、プレイルームも準備してますので」

あたしの言葉に「いたれりつくせりねー助かるわー」と、真理奈さんが笑う。

「よかったわね、真理鈴(まりりん)、いっくん」

後ろを振り返り、ご主人の船津先生に張り付いている子供たちに声をかける。
真理鈴ちゃんはパパに似た切れ長の瞳で(意外と船津さん、眼鏡とるとイケメンなんだよねーエキセントリックな雰囲気がイケメン度下げてるけど)なかなかの美少女だ。彼女もハルと同じ小3。弟のいっくんこと一番(いちばん)くんは、小1だったかな? 男の子だけどぱっちりお目目とぽってりした唇がママに似てる。

「『一番』って何よって感じでしょ? あたしはせめて一(はじめ)でいいじゃないっていったんだけど」
ママと一緒に、一番くんを出産したばかりの真理奈さんをお見舞いに行った時、そう言ってため息ついていたのを思い出す。
船津一番。
いやいや中々インパクトのある名前ですよ。とりあえず『一番』と書いて、『トップ』と読むーーなんて言い出さなくて良かったじゃない。

その真理奈さんは育児の為に一度斗南を辞めてたのだけれど最近非常勤で復帰して、今は中央採血室にいるらしい。日がな一日患者さんの採血して、他人の腕の血管の太さだけが気になるとか。

「琴子は?」

モトちゃんの問いに、あたしが毎度の如く説明しようとした時。

「きゃーモトちゃん、真理奈、智子ーっいらっしゃい」

ハイテンションでママがやって来た。
船津先生は目に入ってないみたいね。

「ママ、パパと一緒にいなくていいの?」

「入江くん、T大の先生と難しい話始めちゃって。退屈だからこっち来たの」

えへっと笑うママ。

「て、言うか主賓がこんなとこに居ていいの? アンタ」

「そうそう、もったいつけて後からジャーンと扉の向こうから二人で腕を組んで登場するんじゃないの?」

「あら、ゴンドラで天井から降りてくるんじゃ?」
ころころと楽しそうに智子さんが笑う。
小倉智子さんは今やオペ室主任。器械出しの女王と呼ばれ、難しいオペには引っ張りだこ……らしい。そういえばママの周りの女性で唯一の独身者だ。見た目とっても可愛いのに不思議。

「やめてー! もうゴンドラなんてさすがにないわよ! 入江くんがホテルに確かめてたし」

確かめたんだ、パパ。
そうね、20年前ここでゴンドラ乗らされたんだもんね。

「ところでいったい何やるの? 結婚記念日のパーティって」

モトちゃんが興味津々って感じでママに訊ねる。
間違えて男に生まれてきてしまったモトちゃんは、とうとう憧れのナース服を着ることなく、今や斗南病院のナースの制服は全員パンツスタイルになってしまった。まあその方が動きやすいものね。
そして現在精神科病棟の主任看護師だそう。精神科って体力気力勝負なんで男性看護師が重宝されるらしい。いくら華奢で細身で美人でも、がっつり男性並みの体力あるんだよね、モトちゃん。
男性看護師としての枠組みでの異動に最初はショックを受けてたモトちゃんも、主任というポジションと、モトちゃんの美貌に癒されている患者さんとの交流で、随分やる気になってきているって話。




「二人の20年の愛の軌跡を振り返るビデオを流し、もう一度愛を誓い合ったりすんの?」
ふふふっと色っぽい流し目を送るモトちゃん。

「まさかー! そんなの入江くんがやるわけないじゃない。今日のパーティはただ楽しくお喋りして美味しい料理を食べるだけよ。あたしたち二人を囲んでお食事会しましょうってだけ。景品付きのビンゴゲームがあるくらいで、特に趣向も凝らしてないのよ。だいたい結婚記念日のパーティって普通何やるものなの?」

「知らない。そんなのに呼ばれたことないもん」と、真理奈さん。

「親の結婚記念日とか、たいていお洒落なレストランで食事するだけでしょ。あたしも何をやるのかワクワクしてきたんだけど」と、智子さん。

「に、しても500人呼んでお食事会って……」

「そういえば昔結婚二年目の時にお義母さん、記念パーティ企画してくれたけれど、千人も呼んで何するつもりだってのかしら?」

「あーあったわね、そんなの。当のアンタたちが現れなかったヤツ」

「ていうか、千人もあんたたち知り合いいたわけ?」

「まさか! みんなパンダイの会社関係者ばかりだと思うよ。今でこそ、入江くんの関係だけで千人くらいなら呼べると思うけれど、一応半分に厳選したのよ、これでも」

「お義母さんに訊いたの? 昔どんな企画考えてたのか」

やだ、真理奈さん、まさか、そんな恐ろしいこと訊くわけないじゃない!

「入江くんが絶対お義母さんを介入させないって。口出すならもう、4人だけでお祝いするからって脅してたもんなー。だからお義母さんには何も訊いてないと思うよ」


おばあちゃん、あれこれ勝手に企画立ててなんとかねじ込もうとしてたけれど、パパがホテルの担当者と打ち合わせて絶対にあの人の話に乗らないようにと厳重注意していたからね。

実はおばあちゃんから、「ねぇねぇみーちゃん、なんとかこの写真をスライドショーで流せないかホテルの人に頼んでくれないかしら」と渡されたUSB。
見てびっくりよ。
パパとママの20年分のキスの歴史!
ええ、まだ結婚式のママからのキスとか、披露宴のキスしろコールの時のキスとか、その辺は分かるわよ。
でもね、あとはどー見ても盗撮? としか思えないような代物ばかりで。
ハネムーンのヤシの木の下でのキス……とっても綺麗だけど、何故おばあちゃんがこんな写真を撮れるのかしら?
あとは玄関先のいってらっしゃいのキスとか、リビングのソファでのキスとか、キッチンでさりげなくとか……撮る方も撮る方だけどしてる方もしてる方よね。まあ撮られても仕方ないのか? という気もするけれど、でも寝室はまずいでしょう、おばあちゃん。結構寝室ショットも多かったんだよね。
あーでも寝室の出窓に座ってパジャマ姿の二人がキスしてる写真はスゴく素敵だったかな。なんかポスターみたいで。
なんにせよそんなキス写真が約一万枚。
一万枚よ、一万枚!
365日毎日撮ったって20年で7300枚だよ。それに一年単身赴任してたりとか、今でもちょいちょい学会だのアメリカだのに行ったりしてるから毎日は有り得ないわけで。
しかも若い時だけに集中してるわけではなく、ほぼ全ての年代の写真が揃ってる。おばあちゃんも凄いけどパパとママも凄いわー。
でも、おばあちゃん、残念ながら却下よ。協力できないわ。こんなものをスライドショーで流された日には、パパが20年前の披露宴以上に機嫌が悪くなるのは必至だもの。パパが機嫌悪くなって被害を被るのはママだものね。
だからその写真はあたしが没収。
そして一人で秘かににまにま眺めてる。
両親のキス写真こっそり眺めてる娘って変かしら? でもとっても素敵な写真も多いのよ。ちょっとヤバイなーってのもあるけれど(思いっきりベロチューだったり、えーちょっとパパ、手が胸に、とか…)しかも色々チェックすると、単身赴任の翌年の1998年の写真はやたら枚数が多くて濃厚だったりね。全体的にその傾向が強い。あ、そう、この前の年はアメリカ行ってたわね、とかわかってしまう。
いやーあたし自分の親のキス写真見て色々研究したくなってしまったわよ。カテゴライズしてみたり、二人の歴史とキスの相関関係を図式化してみたりとか。

ーーと、まあそんな感じでキススライドショー計画はあたしが秘かに闇に葬ったの。誉めてちょうだい、パパ。
でも、結婚20周年のお祝いの席で写真も何もないのも味気ないので、一応パパから頼まれて二人で普通の家族写真のショットを選んだ。それだけでも半端ない数があるからね。
とりあえずパーティはその普通の家族の日常風景のスライドショーを流しつつ、あるいは来れなかった人たちのビデオレターを流したり、会場の皆様からお祝いコメントいただいたり……そんな感じで進めるみたいね。
まあ多少のサプライズありなんだけど。
ふふふっそれは後のお楽しみーーって程のものでもなく、よくある定番のアレよ。




「おい、何、こんなところでウジャウジャ喋くってんだよ」

「啓太!」

フォーマルスーツ姿の鴨狩さんが、春菜ちゃんと翔太くんを伴ってやって来た。

「冬花ちゃんは大丈夫なの?」
モトちゃんの問いに、
「ああ、熱も微熱だし、ただの風邪だろう」と、答える鴨狩さん。

なんでも鴨狩さんも昔ママにちょっかい出した一人とか。結局パパとママの絆を強めるだけの役回りだったのよ、とモトちゃんがケラケラと笑いながら話してくれたことがある。
今じゃ、実習生だった頃の初めての患者さんだった奥さんと仲睦まじいご夫婦だ。
鴨狩さんは看護師続けながら理学療法士の資格も取って、今や斗南病院のリハビリセンターの副センター長さん。みんなキャリアを重ねてそれなりの地位を築いているのね。
いやいや、ママだってちゃんと頑張ってますよ。小児科病棟で主任やってるの。
あのママがだよ?
あのママが主任!
まあ、同期の智子さんやモトちゃんより遅かったけど、昇進した日にはおばあちゃんが狂喜乱舞して、ご近所さんにお赤飯配ったくらいよ。お陰で三人目ができたと誤解されたわね。
昇進祝いのパーティはパパの教授就任祝いより派手だったわ。でも、パパもそれくらいの価値があるって、笑って参加してたわね。





きゃーっ うっそー


受付のある場所から少し離れたエレベーターホールの辺りが騒がしい。なんだか、きゃあきゃあ黄色い声が聞こえる。
あ、もしかして。
あたしはポシェットからスマホを取りだし、さっさっとLINEを送る。

きゃーっという耳障りな声が大きくなったと思ったら、周囲の女の子たちに軽くウィンクしながら颯爽と此方に向かってくる超絶イケメンが一人。
黄色とオレンジとピンクの可愛らしい、でもゴージャスな薔薇の花束を抱えて彼は真っ直ぐに此方へ向かって来る。

「ノンちゃん!」

ママが満面の笑みで彼の方を見つめた。

「うわっノブヒロ、マジで来たんだーー」
みんな目を見開いて驚いている。

「琴子さん、久しぶり……」

ノブヒロが花束をぽんと受付の机の上に置くと、そのままママの方に手を広げた。

そして。

抱き締めようとした瞬間、ひょいとママの身体が横に反れる。そしてあたしは視界の隅に映っていた夕希ちゃんの腕を引っ張り、ママのいた位置に置いた。

そのままノブヒロは夕希ちゃんの身体をがっしりと抱き締めた。


「え? え? え?」
顔を真っ赤にして夕希ちゃんがノブヒロの腕の中に納まっている。

「え? え? え?」
こちらにも顔をはてなマークにして王子様の腕に納まっている人が。
ママってば何でパパが突然やって来てこんなことになってるのか全然分かってないみたい。

でもあたしはパパの電光石火の早業に心の中で拍手喝采。
そして二人して親指を秘かに立てて「グッジョブ」と互いを心の中で労う。


「あれ? 琴子さんが夕希ちゃんに早変わりしたね。ま、いいか。夕希ちゃんも久しぶりだね。あーなんか随分可愛くなったかな? 」

「………//////」

「この間の雑誌に載ってた窓辺に立って男を誘ってる感じのヤツ、良かったよ。小悪魔的で」

「見ててくれてるんですかー?」

もう夕希ちゃん舞い上がってるよ。
しかしノブヒロもすぐに状況を察知したみたいね。そうそう、冗談でも下手なことすれば、瞬間冷凍間違いなしだよ!

「もちろん。可愛い後輩の仕事は全部チェックしてるよ」

そう言って笑う。本当にチェックしてるんじゃないかな。ノブヒロは嘘はつかないと思うよ、夕希ちゃん。


「さあ、そろそろ時間だぞ、琴子。みんなも中に入ってくれ」

パパの一言にみんなぞろぞろと会場へ入っていく。

「あれ? そういえば。西垣先生まだよね」

モトちゃんが今気がついたかのように後ろを振り返る。

「 あのひとは遅れてくるから大丈夫だ。緊急オペが一件入っていたがもう終わっている頃だろう」

にやっと笑うパパ。
西垣先生。確かパパの先輩だったお医者さんよね。
第2外科の准教授ってきいてるけどそれから昇進したのかしら? 部所が違うから別に部下って訳ではないけれど、後輩に追い抜かれるってキツいだろーなー。いや、本人は僕は昇進なんて興味はないからね、ってうそぶいているらしいけれど。
なんでも女性問題で昇進しそびれたって話。何度も会ったことあるけれど、あたしも口説かれたことあるから、本当かも。(その後パパにマジに蹴り入れられてたわ)

ーー腕は悪くないのにねー。
ーーでも、論文とか真面目に書かないしね。

そんなことを皆さん言っていたわね。


「待ってー、みんな」

すると、後ろからバタバタと追い掛けてくる足音が。

「 清水師長、遅いですよー」

ああ、ママたちの上司さん。
凛とした、出来る人って感じね。ママたちよりだいぶ年上の筈だけど、老けた感じはしないよね。年相応の美しさが身に付いてる。
あ、この女性も独身だっけ? いや、バツイチだとかって話も聞いたような。

「ごめんなさい、院長の話が長引いちゃって」

「斗南の総看護師長ですもんね」

そういえばこの方のご推薦でママが主任になれたって話もきいたな。厳しいけど、「見てるところは見てるのよ、清水師長は!」 と、ママが言ってっけ。


その他ぞろぞろと斗南の医療関係者たちがやって来た。15年近く一つの病院にいて、そして院内の配置転換も多いから、医療スタッフだけでも相当な数の招待客だ。
ママの部下(!)という若い女の子たちが
「琴子主任~! おめでとうございますぅ」と取り囲んでいた。

「やーん、そのドレス素敵~いいなぁ」

「入江先生もフォーマルスーツ格好いい~! あーん、素敵すぎる! 本当にご夫婦なんですねえ」

きゃぴきゃぴはしゃいでいる若いナースたちにママは苦笑ぎみに「さあ、中に入って」と促す。
もう流石に若い子達の動向に目くじらたてたりしないわよね。なんと言っても結婚20年目の夫婦なんですもん。

「ねぇねぇ、みーちゃん」
ママがボソッとあたしの方に来て耳元で囁く。
「あの娘たち、みんなパパのこと狙ってるのよ。パーティであんまりパパのところに居座らないよう気をつけててね」
がしっと手を握り、「当てにしてるわよ、みーちゃん」と、すがるようにあたしを見る。


…………全然自信ないじゃん!

相変わらず過ぎて笑っちゃうわよ、ママ。




「うわーすごっ」

会場に入った途端、みんなの感嘆の声が響いた。

このホテルで一番広い宴会場。
中はさながらイベント会場? フードフェスティバル的な?
ーー食の祭典にようこそ。
会場の中には幾つものブースがあって、超一流のシェフたちがその場で料理をつくっているのだ。
フレンチにイタリアンに中華にエスニック。子供の為にグレープやらアイスやら綿菓子まである。和食のブースにはアイじいちゃんと金ちゃんがいて、お寿司や天ぷら、お造りと、全部目の前で調理してくれる。

「ね? 食事を楽しむだけのパーティでしょ?」
にっこりとママが笑う。

「張り込んだわねーいったいいくらかかってるの?」
呆れたように見回す真理奈さん。

ホテルの料理じゃなくて東京中の有名店のシェフを呼んでケータリングしてるんだもんね。
とりあえず下手な企画をたてて恥ずかしいことをさせられるよりは美味いものでも食わしとけ、というパパの作戦らしい。


会場には丸いテーブルが幾つかあって、席は隅にしかない。立食形式のパーティーだ。
後ろの方には子供が遊べるようにちょっとした室内遊具が置いてある。プラスティックの棒を組み合わせてつくる滑り台付きジャングルジムとか、ボールプールとか。
パンダイ提供の新作オモチャやゲームが置いてあるから、子供たちも二時間くらいは飽きずにいられるかな?
っていうか、もう何人もの子供たちが遊んでるし。

ーーあ、やばっ。

ハルとみっきぃまっきぃを控え室に迎えに行くのを忘れていた!
一瞬どうしよう、間に合うかな? と辺りを見回すーーと。



「さて皆さま。そろそろ時間となりましたので………」

司会のお姉さんがマイクの前で話し始めた。

いよいよパーティの始まりだーー。





※※※※※※※※※※※※※※


ああ、やっとパーティが始まる……(^^;
しかし結婚記念日のパーティって何やるんだ? 二周年の時、紀子ママはどんな企画を立てていたのだろう……?


ところで、ジュニアたちの名前考えるのが結構楽しかったりします。
気に入ってるのが『船津一番』くん。
…………変ですか?(^^;
いや、知り合いの子に1月生まれの『一月(いちがつ)』くんがいるので、『いちばん』くんも有りかな?と……(笑)





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20131121 ~20th anniversary (4)




「パパならあっちだよ」

あたしが指差した方を眺めて、「ふうん、忙しそうだな」と渡辺さんは苦笑していた。

「琴美ちゃんはお手伝い? 偉いな」

「まあこれくらいはね」

にっこり笑うあたしの目の前には、渡辺さんに抱かれているちびちゃんの少し怯えるような目線。
えーと、この娘は、確か4番目の………

「四女の香梨(かりん)だよ。ほら、香梨、お姉ちゃんにご挨拶は?」

香梨ちゃんは指をしゃぶってこっちを見ていたけど、恥ずかしそうに顔を背けて渡辺さんにしがみついてしまった。

「ごめんよ、人見知りで」

「いーえ。幾つでしたっけ?」

「もう三才になったんだけどね」

「可愛いですねぇー」

女の子は格別だね。そりゃハルもこれくらいの時メチャ可愛いかったし、従妹の美紀ちゃんも可愛いけど………やっぱあたしも妹欲しかったなー。

「おとうさーん」

あ、後ろからぞろぞろ娘さん方がやって来た。渡辺家4姉妹勢ぞろいだわ。
引き連れているのは奥さんの香世子さん。
確か5才くらい年下で、以前勤めていた法律事務所の事務員さんだって話。職場結婚って奴だね。
でも何度見ても、なんとなーくうちのママに似てる気がするんだよね。顔立ちというよりは全体の醸し出す雰囲気が。ママみたいに破天荒な真似はしないだろうけれど、そこそこおっちょこちょいらしい。どうにもほっとけなくってね、と初めてウチに連れて来た時、照れながら紹介してくれたという。(ママ談)
多分その時、パパ、微妙な顔してたんじゃないかなー? いまだにパパが渡辺さんの奥さんに会う度に微かに眉間に皺寄ってるんだよねー。

「ほら、みんな挨拶しなさい。何度か遊びに行ったり来てもらったりしたの覚えてるだろう? 入江琴美ちゃんだよ」

「久しぶりだね。えーと、左から、長女の香穂ちゃん、次女香菜ちゃん、三女香音(かのん)ちゃん……だよね?」

確か小5、小2、年長さんだったかな。見事に女の子ばっかり4人。若草物語みたいだよね。

「さすが入江の娘だなー! よく覚えてたね」

「たまに会ってますからね」

年に1、2回くらいだけどパパの友達にしてはよく時間の都合をつけて互いの家を行き来している。
さすがにパパみたいに1回会ったきりの人やその子供まで覚えられないよ。

それにこのネーミングセンス。全員奥さんから一文字取ってるの、うちのパパと同じ………類友って奴?
パパが実は何人もの子供の名前考えてたの知ってるんだ。前に書斎から本を借りた時に見つけちゃったの。パパの手書きのメモ。

琴音、琴乃、琴李、琴葉、琴奈
和樹、光樹、知樹、弘樹、克樹

10人は用意してたわね。1ダース狙ってたのかしら。
実は部屋だってーー新しく建てた時に2階に30畳ほどのプレイルームが作られたの。どう見ても後々仕切り作って子供部屋として分けられるようにしたんじゃないかなって感じ。
周りの人達はハルがハンディを持って生まれたから、三人目は作らなかったんだろうって目で見てたけど、実際パパは作る気満々だったと思うのよ。
ーーただ、出来なかっただけで。こればっかりはね。いくら天才でも儘ならないってこともあるんだよね。

「あ、渡辺さん、もう来てたんですか?」

「おータケか。あ、綾ちゃんも」

後ろから来たカップルが親しげに話し掛けて来た。多分パパたちと同年輩。なかなかのイケメンと美人さんだ。

どっかで会ったことあるような。でもウチに来たことはないよねえ?

「あ、琴美ちゃん。彼らはパパとママの大学時代の後輩なんだよ。綾ちゃんはテニス部で、武人は高校も斗南でね」

渡辺さんが説明してくれる。あれ? でも渡辺さんは大学は斗南じゃなかったよね?

「武人と綾ちゃんとは司法修習生時代に知り合ったんだ。おれは一浪だったけれど、二人は司法試験現役一発合格で。偶然同じグループになって、二人が斗南出身だって聞いて、色々話すようになってね」

「色々っても話題は常に入江夫妻の話ばっかだったけどね」

「まあその話で意気投合して仲良くなったようなもんだし」

「ははは。きっと斗南出身の同級生が再会するときの合言葉よね。そういえば入江がさあ、とか入江夫妻どうしてる?とか」

どんだけ注目の人なんでしょう、ウチのご両親は。

「あ、初めましてだよね。琴子さんにそっくり。入江さんのお嬢さんだよね?」

「そうです。入江琴美です」

「中川武人です。こっちは奥さんの綾子。俺は弁護士で、彼女は元検事なんだ」

元、というと辞めちゃったのかな? そういえばお腹がすこしぷっくりと。

「今、妊娠7ヶ月なの。結婚13年目でやっと授かった赤ちゃんなのよ」

あたしの視線に気がついたのか綾子さんが説明してくれた。

「辞めちゃうのは勿体ないんじゃないか? せっかく特捜までいったのに」

渡辺さんが残念そうに云う。

「とりあえず15年近く突っ走ってキャリアを積んで来たけれど……今大事なのは何かなって立ち止まった時、やっぱり武人との生活なんだよねー。検事だから異動も多いし、別居してたこともあるし、子供も作らないようにしてたんだよね。いざ欲しいと思ったら実は妊娠しにくい体質ってわかって愕然としたわ」

「でも、よかったわよね。3年の不妊治療でやっと授かって」

後ろからの声に綾子さんが振り返る。

「お姉ちゃん!」

あ、須藤さんご夫妻だ。おひげのおじちゃんと裕子さん。ああ、綾子さん誰かに似てると思ったら裕子さんに似てるんだ。姉妹だったのね。
そうそう、おひげのおじちゃんと裕子さんの結婚式の写真に載ってたんだ、武人さんと綾子さん。
うん、それにパパとママの結婚式のアルバムにも。渡辺さんの結婚式の写真にも。我が家にある結婚式の写真にちょこちょこ映っているから二人の顔に見覚えあったんだ。

「出産したあとは弁護士に転身でしょ?」

にっこり笑う裕子さん。颯爽として艶やかで相変わらず綺麗。
そしてその後ろにはもさっと立っているおひげのおじちゃんこと須藤さん。パパの先輩らしいけれど、イマイチ頼りない感じがカワイイのよ。この二人が夫婦ってとってもアンバランスで面白い。
おじちゃんも大学時代から10年近く追っ掛けて裕子さんを落としたというのだから、ママ並み……ううんそれ以上に執念深い……じゃなくて、一途なのね。
おじちゃんの手には、一人娘の凛子ちゃんがしっかり掴まっていた。今年7才だっけかな? ママに似て意志の強そうな瞳をしている。
裕子さんは凛子ちゃんが生まれた後に起業して、今やIT関連の会社の女社長さん。従業員は旦那さんであるおひげのおじちゃん一人だけど。しかも営業と家事担当って………。

「綾子が出産した後落ち着いたら、二人で共同事務所を経営しようと思ってて。自宅兼の物件探してるんです」

「いよいよタケも独立か。よかったら相談にのるよ」

「渡辺さんは個人事務所設立してもう3年でしたっけ。どうですか? やりたい仕事だけで経営は成り立ちますか?」

「そうだな……」

「経営のアドバイスなら私にもできるわよ」

武人、綾子夫妻。渡辺さんに裕子さん。な、なんか出来る人達が難しい話を始めようとしているよ。

後ろの方で置いてきぼりな渡辺さんの奥さんとひげのおじちゃんが娘たちを遊ばせている。
女ばっかり、五人。かしましいわね。
なんか、パパとママの周りって少子化って何処の話ですか? って感じよね。
綾子さんとこも赤ちゃん出来てよかったよね。

でも、とりあえず受付場所で込み入った話されても邪魔なので。

「す、すみせーん。あのーお話なら会場に入ってからどうぞ」

「あーごめんねー」

ぞろぞろと会場の中に入っていく。

ふと、思い出した。
昔裕子さんが、「妹の旦那が大学時代に琴子さんにちょっかい出してね」なんて話してたのを。
ママにちょっかい出してたの、武人さんってことか! うわーよく生きてたなー。
あ、パパも昔はそんなに分かりやすく嫉妬してなかったって話だったっけ。今ならママにちょっかいかける男なんてみんな一瞬で冷凍状態で再起不能よ。
ママってば歳を重ねて行く度ににずいぶん広範囲の年齢層に好かれる体質になっているようなの。高校生からオッサンまで。

病院で患者だの研修医だの薬剤師だのに横恋慕されるのは日常的らしい(面白がってるママの同期の友達の話だから、事実はわからないけれど)。他にもあたしの幼稚園時代の先生に、小学校の担任の先生、宅配のおにーさんに、掛かり付けの歯医者の先生、いきつけの美容師さん。ママの屈託のない笑顔にやられる人は多いらしい。本人全く気づいてないけど。そして、それらの人々がいつの間にかパパに威嚇され、瞬間氷殺されていたことをママは知らない………。
そんだけヤキモチ妬かれてるのに、いまだにパパが長期出張する度に「絶対浮気しないでねっ」と真剣に不安がってんだから。
もっとも、パパを狙う連中は確かにママ以上に広範囲で年齢制限もないに等しい。3歳児から老人まで。しかも男女問わず……。
さっき渡辺さんにしがみついて離れなかった人見知りな香梨ちゃん。うちのパパには平然と抱かれてきゃっきゃっと喜んでたもんなー。恐るべし。
ママの不安も分からないでもないけれど。
でも無駄な不安よね。呆れるほど愛されてんだから。




「琴美ーカワイイじゃん」

あたしより高い位置から聴こえる太い声。でもその声に似合わない深紅のパーティードレスに身を包んだ妖艶な女性。

「あーモトちゃんだ」

そしてその後ろには。
どうやらママの同期の御一行様、御到着のようでーー。






※※※※※※※※※※※※※


はい、お次は斗南病院関係者の方々で。

しかしあたしは何故これを前(中)後編で行けると目算していたのだろう………?






20131121 ~20th anniversary (3)




「やーん、夕希ちゃん久しぶり~♪」

あたしは思わず夕希ちゃんに抱きついた。ママのお友達のジュニアチームの中では一番の年長だから、あたしにとっては唯一のおねえちゃんみたいな存在。
両親のいいとこ取りの、はっきりとした顔立ちの美人で、身長も170センチを越えていて、細身だけどナイスバディ。
小さい頃はしょっちゅう互いの家を行き来して、遊んでもらっていた。


「ほんと、琴美もでっかくなったね~。一年くらい会わない間にかなり身長伸びたね。あんたもモデルやれるよ。うちの事務所来ない?」

にんまり微笑む夕希ちゃんはティーン雑誌の人気モデルだ。中学生の頃から読モ始めて、今は高校生活と両立してるけど、落第スレスレって理美おばさんが嘆いていた。

「あんた、安易に琴美ちゃん誘うんじゃないっ! 琴美ちゃんのパパに睨まれるのあたしなんだからね!」

「いたいっママ! いきなりはたかないでよ」

後頭部をさすりながら夕希ちゃんが振り向いた先には、夕希ちゃんのママがいた。理美おばさん。あたしのママの高校時代からの親友だ。
その後ろには夕希ちゃんのパパもいる。

「なーに、いっちょまえにサングラスなんかしてきて。自分の顔がそんなに売れてるとでも思ってるの?」

苦々しげに夕希ちゃんの姿を一瞥する理美おばさん。

「えー、夕希ちゃん、人気ですよー。あたしのクラスでもファンの女の子多いし。最近はCMにも出てて凄いなーって」

「その他大勢の生徒役で、しかも身体半分画面から見切れてたし。ドラマのオーディション受けても全部落ちてるし」

「ひどい、ママってば」

「あんたは演技下手なんだから、モデルだけやってりゃいいのよ」

ぷーっと剥れる夕希ちゃん。でもなんやかんや一番応援してるのは理美おばさんだよ。お祖母ちゃんの猛反対に「あの娘の人生はあの娘のものです!」って啖呵をきって中学生から今の事務所入れちゃったの。

「琴子は?」

「ママならあっちでパパと病院関係の先生方をお迎えしてるよ」

「そっかあ。まあ教授夫人だもんねーあの娘も」

そういう理美おばさんも若社長の奥さま。夕希ちゃんのパパは何年かよその会社で修行して、30過ぎてから親の会社に戻り、最近代替わりで社長に就任したらしい。老舗ってだけで、パンダイの方がずっと大きいわよ、って笑ってたけど。でも結局、現役を退いた筈の会長及び会長夫人が(つまり舅と姑が)いつまでも実権握ってるって、ママによく愚痴ってるわね。でも、入り婿のお祖父ちゃんは私たちの味方なのよ、って夕希ちゃんは云ってた。

「今日は壮(そう)くんは?」

夕希ちゃんの五つ下の弟、壮くんの姿が見えない。あたしより一つ下の小学校六年生だ。

「今日はサッカーのクラブチームの遠征なのよ」

そっか、バリバリのサッカー少年だもんね。
時々ハルにも教えてくれて、お蔭でハルもサッカーにハマったの。壮くんと同じクラブチームの見学にも行ったし、義足で練習に参加させてもらった。今はとっても機能もデザインも素晴らしいサッカー用の義足もある。めっちゃお洒落なアディ〇スのよ。義足だからって将来プロチームに登録出来ないわけじゃない。
ただ、逆に機能的すぎてハルが誰よりも上手にプレイ出来るのは義足のせいじゃないかというクレームがあって、試合に出させて貰えなくなってしまった。日常生活用の義足だとすぐに壊れてしまうし。
結局ハルはクラブチームを止めて、今では義足を外して杖をついてフィールドを走るアンプティサッカーをやってる。
片足だけで自由自在に動き回り片足だけでボールを蹴るの。なかなか見てても面白い。
まあ、あの子はママに似て色々なものに好奇心を持って、色々なことやりたがるから(つまり移り気)この先サッカーだけとは限らないけれどね。運動神経はやったらいいから、何かもっと目標持って取り組めば七年後、東京パラに出られるかもよ?

ただそんなハルとは違って壮くんはサッカー一筋。しかもかなりハイレベルで、Jr.ユースにも選ばれかけたとか。(最終選考落ち。ドンマイ!)
あまりサッカーで才能突出しちゃうと将来また揉めそうだよね、高宮家の跡取り息子だもん。

そういや壮くんが生まれるまで姑さんから散々二人目はまだか、男の子を生めと時代錯誤なこと言い続けられて、よく家に夕希ちゃん連れて愚痴ってたらしい。
一人目さっさと作ったのに何故出来ないって嫌味言われてたとかーーそんなの人の思い通りになるわけないじゃないって、中学生のあたしでも判るのに、夕希ちゃんのお祖母ちゃんって不思議だわ。


「あー理美ー! 来てたのー?」

お、じんこおばちゃん。

理美おばさんと抱き合って再会を喜んでる。久しぶりなのね。
じんこおばちゃんの後ろには、おばちゃんと同じ顔をした男の子三人。
タクヤ(小5)シンゴ(小3)ツヨシ(小1)、見事にふたつ違いの兄弟だけど、なんだか微妙にサイズの違う三つ子みたい。これぞまさしくだんご三兄弟よね。因みにあと二人男の子生まれたらどんな名前が付くか想像つくわ。ただもうこれ以上男の子が生まれるのが恐いって打ち止めにしたらしい。

「あれ? 旦那は?」

「うん、どうしても抜けられないレコーディングがあって」

「ははっなんか格好いいねー」

昔はバンドをしていたというじんこおばちゃんの旦那さんは、今はレコード会社の社員で真面目なサラリーマンだって。

二人できゃあきゃあ話し始めた後ろでだんご三兄弟は、じんこおばちゃんに張り付いてる。みんなシャイで人見知りなのよね。

「ねぇねぇ、琴美、ノブヒロ来た?」

夕希ちゃんが小声でボソッと訊いてきた。

「まだだと思うけど」

来てたらもっと大騒ぎになってるでしょう。

「夕希ちゃん、同じ事務所でしょ? このパーティーのこと話したりしてないの?」

モデルになりたがっていた夕希ちゃんの為に、理美おばさんに頼まれてノブヒロを通じて事務所を紹介したのはママだ。

「滅多に事務所なんてこないよ! だって国民的大スターだよ。今は1年の半分はハリウッドだし」

「そうなんだ」

10年前にモデルから俳優に完全に転身してすぐに、朝の連ドラのヒロインの相手役に抜擢された。それから大ブレイクして、常に『抱かれたい男』No.1『結婚したい男』No.1。ドラマより映画を主軸にしている割には知名度も高く、今じゃ老若男女、ノブヒロのこと知らない人はいないと思う。そして三年前ハリウッド映画のオーディションに合格して、全米デビューも果たしたの。
なんかそんな凄い大スターが、裕樹おにいちゃんの友だちで、パパが昔手術をしてーーううん、元々パパがお医者さんになった切っ掛けが、ママの「入江くんならノンちゃんを治せるよ」の一言だというのだからーー運命って不思議。
だってノブヒロがいなかったらパパはお医者さんになってなかったかもしれないし、パパがお医者さんになっていなかったらノブヒロは手術を受けずにこんな大スターになっていなかったかもしれない。

「来るんだよね? 本当に……」

不安そうな夕希ちゃんの顔。
好きなんだよね、ノブヒロのこと。

「出欠の葉書は、出席になってたよ」

わー来れるんだ、ノンちゃん!
ダメ元で招待状送って、出席の返事が来たことにママは驚いてた。

「ノブヒロは琴美のママが好きなのよ。あたしとは全然タイプ違うもんなあ」

夕希ちゃんは何度もそんなことを云ってはため息をついていた。

そうなのかなあ? 仮にそうだとしても、そんなのおくびにも出さない。当たり前だよね、そんな気配かけらでも見せたらパパに瞬殺されるもの。

ノブヒロも9つも年上の子持ちのオバサンにいつまでも未練があるとは思えないけれど、夕希ちゃんにとってはうちのママが最大のライバルらしい。
でも夕希ちゃんとノブヒロもだいぶ年の差があるんだよね。15歳差。芸能人にはこれくらいなんでもないけど。いや、うちのイリじいちゃんとおばあちゃんもそれくらい差があるもんね。関係ないか。

「もしノブヒロが来たらLINE送るよ。会場で待ってて」

「ありがとう、琴美」

にこっと笑う夕希ちゃんは可愛い。恋する乙女ってどんどんキレイになるよね。





「琴美ー」

「おーっアンジー」

いつもは三つ編みにしている亜麻色の髪をアップにして、アンジーが飛びついて来た。
池沢アンジェリカ。
あたしのクラスメイトで親友だ。

「いやん、三時間ぶりー」

そうね、学校で会ったもんね。今日、普通に平日。

「どうや? 琴美! いいやろーこのドレス! ロンドンのばーちゃんが送ってくれたんや」

へへへっーと笑うアンジーの紺色のドレス、シンプルだけどイタリアの有名デザイナーのオートクチュールだそうだ。
なんといってもロンドンのお城に在住の
おばあちゃんは往年のハリウッドの大女優。
実は今年の夏休み、二週間ほど遊びに行かしてもらったんだ。夢のお城生活! もうお姫様になった気分よ~♪

「アンジーもその関西弁直せば、お姫さまなのにね」

容姿は思いっきりママのクリスにそっくりなハーフ顔。よかったね、金ちゃんに似なくて。

「なんで? 大坂行けば普通やし」

そりゃそうでしょ。因みにGWは大坂のじいじとばあばの家にも遊びに行かしてもらって、たこ焼き三昧だった。ほんとにおもろいじいじとばあばだったーー金ちゃんそっくりの!
素敵でしょう、このギャップ。


「琴美、琴子ハ?」

アンジーのママ、クリスがアンジーの弟、金太郎と金之丞を連れてやって来た。
金太郎が小5で、金之丞が小2。金太郎だけがとってもパパに似てワイルドなモンキー顔。金之丞はクリスに似てハーフタレントになれそうな美少年。
大丈夫、金太郎。世の中にはクリスみたいな独特な審美眼の持ち主は必ずいるって。

「ママならあっちだよー」
あたしが毎度の如く説明する。

「オー、ナンカ忙シソウヤネ。ウチ、金之助ノ手伝イシテキマス。アンジー、タローとジョー、チャント見テテヤ」

「あいよ」

そういってアンジーは弟二人を連れて会場に入っていく。

「 じゃあ、後でね」

「うん」

「ジャア、後デマタ来ルサカイ、琴子ニヨロシュウナ」

そしてクリスはホテルの厨房に向かう。
今日はアイじいちゃんと一緒に金ちゃんも和食のパーティー料理を仕切ってるの。
金ちゃんは、ママの高校時代からの友人で、アイじいちゃんの弟子で、そして今はのれん分けしてもらった『ふぐ吉 深川店』の大将なの。そして奥さんのクリスは斗南大学に来たロンドンからの留学生。クリスの方が金ちゃんに一目惚れで押して押して押しまくったというのだから不思議よね。
二人が結婚したのはのれん分けをしてもらい一人前と認められた時。あたしが生まれる一年前だけど、子供はほぼ同じくらいの時期に授かった訳で、あたしが9月生まれで、アンジーは10月生まれ。だからあたしとアンジーはお腹にいるときから一緒に行動することが多かったらしい。親友になるのも当然じゃない?







「入江は何処にいるのかな? 琴美ちゃん」

あ。
顔を向けると、そこに立っていたのは。

「渡辺さん!」

数少ないパパの学生時代からの親友、渡辺さんだったーー。








※※※※※※※※※※※※※※


やっと渡辺さん登場。

こんな感じでだらだら続いていきますがいいですか …………?





20131121 ~20th anniversary (2)


昨夜はむじかくさまのお誘いでソウ様のチャットに初めて参加させて頂き、結婚記念日カウントダウンをともにさせていただきました(^_^)チャットなるもの自体初体験で、かなり戸惑いましたが、でも楽しかったです。イタキス方言祭り(^^;神戸に九州に秋田と方言が難しいというお話から、色々な方言のお話に。そしてどうやらソウ様とは随分互いに近い所に住んでいることが分かりました(^^)v同じケンミンとは存じてましたが、そんな御近所?とは。
そして、皆様と一緒に結婚記念日おめでとうー! と叫べて良かったです。誘っていただいたむじかくさま、企画してくださったソウ様ありがとうございました♪


さて、前回は結婚記念日というのにあんな所で終わってすみませんm(__)m
しかもとってもシュール………(..)

そして今日はいい夫婦の日だというのに、夫婦、出てこないし……(-.-)

※※※※※※※※※※※※※※※






「ハル! こっち来て! なんで義足取っちゃったのよ? しかもこんなところに放置して! ほら、このおねーさんびっくりして動けないわよ」

あたしは弟の義足を持ったまま、呼びつける。

「みっきぃまっきぃも逃げない!」

こそこそっと忍び足で離れようとする双子を睨み付ける。

「だって、普通に鬼ごっこしたら、みっきぃまっきぃ、すぐ掴まっちゃうからハンデが欲しいって云うからさ」

「はあ?」

双子たちはハルより二つも年上。その上ハルは左足が義足。そのハルに掴まるって、どんだけ運動音痴なのよ! いや確かに二人ともいい感じにコロコロしてるけど! ハルは義足だって運動会で平気でかけっこ一等とってるけど!
でもだからってそんなリアルハンデつけなくても!

「とりあえず、根本的な問題として、ホテルの廊下で走り回るんじゃないの!
ほら、三人とも部屋ん中入って」

あたしはまた、呆然としているホテルのおねーさんに、「あ、これただの義足ですからあ」と抱えたままの義足をちらっと見せてから三人を控え室に押し込む。
パパが技研の人達と開発してる今の最新技術のだから、結構リアルなんだよね、この義足。ごめんね、おねーさん。心の中で手を合わせる。



「ほら、ちゃんと着けて」

「うーん、最近合わなくなってきてんだよねー」

ぶつぶつ云いながらズボンを脱いで左足に装着する。手慣れたもんだ。

今年小三のハルは3月生まれだから同級生より小さい筈なのに、実はクラスで一番背が高い。身長の高いパパの遺伝子はあたしだけでなくハルも持っているようだ。成長著しく、小児用義足はただでさえ取り替えスパンが短いのに、ハルは一年で何度も替えている。まあ、損傷激しくて修理やメンテの回数が多いってのもあるけれど。あ、別にものが悪いんじゃなくてわんぱく坊主なだけね、この子が。


「あんたたち、パーティ始まるまでこの部屋にいなさい」

「えーつまんない!」

あたしの申し渡しに口を揃えて抗議を唱える。

「ゲームとかやってればいいから!」

「あ、そーだ、パパの会社の新作ゲーム持って来たんだった!」

「えー『コノミーナの魔法の王国』?」

そういってみっきぃが鞄から携帯ゲーム機を取り出す。
持ってるなら最初から大人しくゲームやってりゃよかったじゃない。

しかし『コノミーナ』って、好美ちゃんから取ったんだよね。
……パパと裕樹おにいちゃん…………兄弟揃って、なんか発想が似てる気が……うん、別に『コトリン』自体パパが付けたんじゃないって知ってるけど、それ臆面もなく採用しちゃうのって、どうなのって思ったことがあったわけ。

「じゃあ呼びに来るまでここから動くんじゃないわよ」


「うん、わかった」

そう言うハルはあたしの方は少しも見ずに、みっきぃのやっているゲームの画面に夢中になってる。まっきぃも同じように覗きこんで。あーなんかだんご三兄弟みたい。(古い? こどもの歌のCDに入ってるから知ってるだけよ)
これなら少しの時間は大丈夫ね。
あー男の子って、めんどくさっ。


あたしはそっと部屋を出る。受付を手伝うといってたのに時間を食ってしまったわ。



ハルーーあたしの弟。今は五歳違い。学年は4つ下だけど。
あの子が生まれた日のことはすこし薄らぼんやりとした記憶だ。あたしは幼稚園の年少さんを終えた春休みだった筈。
もうすぐ弟が生まれるって凄く楽しみにしていて、ママのお腹によく耳を当てていたのは覚えているのだけれど。

断片的な記憶を辿ると、一番はっきり覚えているのはおばあちゃんが泣き叫んでる声。パパの胸をバンバン叩いて、すがり付いて、泣いていた。
あたしは多分その光景が怖かったのだろう。
ママに何かあったの?
赤ちゃんは?

心配で不安で堪らなかったのを何となく覚えている。

でも病室に入ったら。
そこには普通に笑っているママがいた。
幸せそうに赤ちゃんを見つめているママがいた。

「みーちゃん、見て。あなたの弟だよ。ハルくんっていうの。可愛いでしょう?」

本当に可愛いかった。
ちっちゃなハル。
天使みたいって思った。
おばあちゃんが泣いてる訳が分からなかった。

パパに教えてもらったのは少し後だったと思う。ママが退院してもハルは退院出来なかったから。


先天性何とか……って言ってたっけ。
一度聞いただけで詳しくは知らない。
ただハルの左足はお腹の中で何かが巻き付いたみたいになって、血流不足でちゃんと育たなくて、膝下から骨がない状態だから切断しなくてはいけない、とパパがあたしに説明してくれた。
足を切るーー聞いただけであたしは怖くなって、ポロポロ泣いていたと思う。
おばあちゃんが泣いていた訳もわかった。

でもあたしはハルが生まれてから、パパやママが泣いているのを見たことがない。
それはパパがお医者さんで、ママが看護師だからだろうか、と始めは思っていたけれど、そういうわけじゃないってことはいつの間にかわかった。

「だって、とっても可愛いでしょう? 生まれて来てくれてうれしいわ」

ごく普通に生まれてきた命を喜んでいる。普通のお母さんとして。
だからあたしも自然に弟を受け入れることが出来たのだと思う。


その後、何度か手術をしてハルの左足は膝下からなくなった。
でも赤ちゃんの頃から義足を着けて、ハイハイだって普通にしてたし、たっちもつたい歩きも普通の子供と変わらない。
運動も出来るし水泳だって出来る。
だからあたしたちもハルが何か特別だとかそんな意識は余りない。
ハルが義足を着けたり嵌めたりしている様子も、目の悪い人がコンタクトを着けたりはずしたりするのとたいしてかわりないように思うし。

ハルが生まれた年、多分あたしたちの家は嵐の中に居たような感じだったかもしれない。でも嵐はいつまでもそこにはいない。嵐のあとは雲ひとつない晴れやかさがあるように、明るくてやんちゃでひょうきんなハルはあたしたちの太陽だ。

まあ、ちっちゃい頃は「おねえちゃー
ん」と人の後をくっついてきてめっちゃ可愛いかったのが、今じゃ「姉貴」とか「琴美」とか、呼び捨ててくそ生意気になってきたけどね。

でも今でもたまに何かおねだりする時、上目遣いで少しママそっくりのおっきな目をうるってさせて、「おねえちゃん」と甘えられると弱いんだよね。しかも目を臥せてふっと顔を沈ませると今度はパパそっくりで。
すっごい必殺技だわ。

それに義足がどうのってことより、あの子の性格のせいで学校はトラブルが多いわね。あたしが普通に地味に小学校生活送ってきたのに、やれものを壊したの先生にイタズラしたのって、ママ、しょっちゅう呼び出しくらってたもの。

猪突猛進のトラブルメーカー。
やっぱりママに似てるかも。
つまり、あたしとも似てるってことか……。

一人くらいパパに似た落ち着いた子供がいたらいいのにね。いや、あたしは一見冷静沈着なパパ似って思われるのだけれど、しばらく付き合えばママ似だってバレちゃうのよね。
あんたのそのギャップ笑えるわーってよく言われる。

ま、いいじゃん?
あたしやハルが何やらかしてもパパとママは笑って、そのままで良いって言ってくれるし。

あー一度だけ、笑って許してもらえないことがあったな。ママを泣かしてしまったこと。
それはまた後でね。

あれこれ思い起こしてる間にパーティー会場の入り口に着いちゃったから。

ほら、お客さんがゾロゾロやって来ている。
今日のお客さんたちは、昔からパパとママを知っている気心の知れた人たちばかり。家に何度も来てくれた人もいるから、あたしも顔見知りの人が多い。
それにママの友達の子供たちも、みんなあたしと年も近いから、仲良しなの。



「ごめんね、好美ちゃん。あたし手伝うわ」

受付の席で記帳してもらっていた好美ちゃんと席を替わる。

「ありがとう、いいの?」

にこっと笑う好美ちゃんの腕には美紀ちゃんがへばりついている。好美ちゃんもアラサーの筈だけど、女子大生に間違えられるくらい若々しい。

「こっち、パパとママのお友達関係でしょ? あたしやるよ。向こうのパンダイ関係の席に裕樹おにいちゃんいるし、そっちに行ってもらった方がいいかも」

殆ど会社関係は呼んでいないのだけれど、パパが昔会社を一時期手伝っていたこともあって、その時代の開発チームのスタッフが多少来るらしい。
でも今は裕樹おにいちゃんが、パンダイの取締役部長として開発部門にいるからお任せした方がいいと思うのだけど。

「わかったわ。裕樹くんの方に行くね」

うふふっと嬉しそうに裕樹おにいちゃんのいる処に走って行く。好美ちゃん、可愛いなー。




「おーっ琴美ー!」

いきなり目の前に現れたのはサングラスをかけた背の高い美女。
そして、スッとサングラスを外してにこっと笑う。


「夕希ちゃん!」


懐かしい幼馴染みのおねえちゃんがそこにいた。



※※※※※※※※※※※※※※


と、まあやっと受付に辿り着いたところで次回へ続くっ………のです(^^)v

前後編は諦めて、ナンバー振ります……。
そして、ちまちまと更新していこうかと………(^^;
さて、パーティーはいつ始まるのだろう?


あ、あと、ハルくんの足ですが。一応あれこれ調べて参考にしたものはありますが、基本は架空の病ということでお願いしますm(__)m彼のことをあれこれ悩んで結局一年放置………あまり重くならないようにしたつもりですが…(^^;




20131121 ~20th anniversary (1)


入江くん、琴子ちゃん21回目の結婚記念日おめでとう♪

けれど、何故か1年前の20回目の結婚記念日のお話です……(^^;
そう、1年前、初めて書こうとして、そして途中放棄したお話だったりするのです(^^;なんとか頑張って続きを書こうと試み……そして結婚記念日中に終わりそうもない予感(T.T)
余り甘くないですが………とりあえず書けたところまでアップしますね(^_^)




※※※※※※※※※※※※※※※


「これで、よし」

あたしは鏡の中の自分の顔をチェックして、オレンジのリップを化粧ポーチの中にしまった。

「みーちゃん、仕度は出来た?」

おばあちゃんがドアをノックして、ひょいと顔を覗かせる。

「うん、オッケーだよ。メイクさんには申し訳ないけど、少し化粧落としてナチュラルに変えちゃった」

ここのホテルのメイクさん、腕はいいと思うのね。とっても綺麗に仕上げてくれて。でもあたしのこといくつだと思ったのかなあ? とても中学生には見えない出来映えで……

「そうね、みーちゃん、ニキビもなくて、肌ツヤツヤだし、化粧なんてしなくても全然キレイよ」

「ありがとう、おばあちゃん」

中学一年にして、身長160センチ。なのに顔はママに似て童顔。バストサイズも身長も、小学生のうちにママを追い越してしまっているのに、顔は思いっきり小学生顔、という妙にアンバランスな感じなの。きっとメイクさんも どうすべきか悩んだのだろう、体形にあわせてこの幼い顔立ちを大人っぽく仕上げてくれた。多分、子供は背伸びしたがるとでも思ったのだろうけれど。にしても、無理に大人っぽくさせてる感がありありとして、かなり妙な仕上がりだったのよね。
でも性格もママ似のあたしは、楽しげに話しながら勝手に化粧を施すメイクさんに何も言えなかったんだよね。昔ママもパパとデートする前に美容室へ行って、とんでもないオウムな髪型にされていくのに何も言えなかったって云ってたの。そんなとこ似なくてもいいと思うんだけどね。
でもまあ、モデルメイクのあたしは、この身長のお蔭で大人びて見えて……間違いなくママと二人並んだら確実に姉妹よ! と、いうわけで結局自分で少し変えちゃった。



「ふふっ、ママのお下がりのドレス、ちょっと大人っぽ過ぎたかしら?」

おばあちゃんが、笑う。
そう、このサーモンピンクのパーティードレスは、20年も前におばあちゃんが、ママのハタチの誕生日にブレゼントしたもの。
昔の写真を見て、あまりにママが可愛かったから、おねだりして譲り受け、サイズを直してもらってーー大きめにね……それから、ちょっと今風にアレンジし直してリメイクしてもらったのだ。ひょっとしたら新調した方が安くすんだかもしれないけどね。
ノースリーブのドレスは、露出が過ぎると、パパにフリルたっぷりのベージュのボレロをプレゼントされたから、それほど大人びた艶っぽさはないと思うのだけれど、ノースリーブにしたところで、結局はこの顔立ちなんだよね。どんな色っぽい格好しても顔とちぐはぐ過ぎちゃって。
なんであたしはパパ似じゃなかったんだろ。身長とともに、この顔はあたしの最大のコンプレックスだ。
どんぐり眼にぷっくりしたほっぺ。パパに似てるのは睫毛の長いとこと、少し通った鼻筋くらい。パパの容貌はあんなに綺麗なのに、あたしの顔はどちらかといえばまあ、10人並みに可愛いわね、と評される。本当にママにそっくりね! とも。
いや、別にこの顔嫌いじゃないけれどね。10人並みでも、決して見られない顔ではないと思うのよ。うん、可愛いねって云ってくれる男子はいっぱいいるもの。
でも時々思うのは、あたしがもしママに似ていなかったら、もしパパ似だったりしたらーーパパはあたしのこと今みたいに愛してくれているのかなぁってこと。

「ああ、そうだ、みーちゃん」

おばあちゃんが、物思いに耽りかけたあたしの思考を中断するように、話し掛ける。今日のおばあちゃんは、久しぶりの和装だ。パールグレイの辻が花が、とても素敵。今年の春に同じこのホテルで、還暦のお祝いを盛大に行ったとは思えない若々しさだ。

「ママも、仕度が済んだから、みーちゃんに見てもらいたいって、呼んでたわよ」

「うん、わかった。隣の控え室よね?」

あたしは、ポシェットを肩に掛け、隣の部屋に向かった。

おっと、大変、紹介が随分遅れちゃったわね。
あたしの名前は、入江琴美。先々月13
歳になったばかり、斗南大学付属中等部一年生。パパに教えてもらったテニスが好きで、テニス部に入ってるけど、パパほど運動得意じゃないから、一年からレギュラーは絶対無理ね。それでも一年生の中じゃダントツなのよ、これでも。
ママ似の努力と根性で、元々センスのある子達に追い付いてる感じ?
あ、あとクラスは一応A組ね。
一応ってのは、いつB組に落ちてもいいくらいの微妙な成績なのよ。
あたし決して頭悪い訳じゃないのよ。そりゃパパほど天才じゃないけれど、ママの遺伝子が少し邪魔して、ま、そうね、秀才程度? 一回読めば全部覚えちゃうパパみたいにはなれないけれど、三回くらい読めばとりあえず記憶できるもの。
何故A組の上位に入れないのかは、もう頭の良さの問題じゃないのよ。性格がママに似た為、そそっかしいだけ。あと、必ず肝心な時にトラブルを引き起こすせいね。
試験で名前書き忘れたりとか、マークシートで、全部一問ずつズレたまま気がつかなかったりとか。そういう勿体ないことで点数落としたりしてる。
そのうえ試験の日に限って目の前で事故が起きたりとか、おばあちゃんが道に迷って一緒に迷子になったりとか………この前の定期考査なんて試験官の先生の禿げ頭に止まったハエの動きから超一大ファンタジーストーリー思いついて妄想してたら試験終わってたのよね………やめよう、虚しくなってきた。先生からは嘆かれるけど、ママにもパパにも成績でとやかくは云われたことないし。



ーーで。今日。
一体なんで、みんなこんなにおしゃれして、このホテルに集合してるかというと。

「ママ、入るよ」

ノックして隣の控え室のドアを開ける。
そして、そこには。
鏡の前のスツールに腰掛けているのに、鏡に顔を向けず、うっとりとした表情で眼を閉じ、少し顔を上向きにし、その頤(おとがい)をパパの指に支えられ……そしてパパは、そのママの唇にルージュを差していてーー。

うーん、絵になる。
わが両親ながら、ちょっと見とれてしまった。

今日の主賓は、この二人。
あたしのパパとママ、入江直樹と、琴子の、結婚20年の記念パーティなのだ。
20年前の今日、この日、このホテルで、おばあちゃんのお膳立てのもと、プロポーズからたった2週間で結婚式を挙げた二人。
もう、その顛末は、ママやおばあちゃんから散々聞かされたから、あたしも自分のことのように知っている。もちろん、アルバムもビデオも何回も見たし、何年か前にはDVDに焼き直してたわね。
結婚式を勝手に仕切ってしまったおばあちゃんは、その後ことあるごとにーーーー5周年、10周年、区切りの年の度に、自分たちの好きな形でパーティを開きなさいと提案してきたけれど、医師と看護師という二人の職業上なかなか時間がとれないことや、基本的に派手なことが嫌いなパパと、派手なことは嫌いじゃないけどパパと二人だけで御祝いするのが最も嬉しいママだから、結局これまで盛大な記念日パーティをすることはなかった。
まあ、それが何故、今年20周年のアニバーサリーを盛大にーーはい、盛大です、なんたって招待客、500人以上ーーに執り行うことになったかというと、まあ、春のおばあちゃんの還暦祝いの席で、プレゼントが何がいい? って訊かれて、冥土の土産にもう一度琴子ちゃんのドレス姿が見たいと、このパーティーの開催をおねだりし、その足でホテルに予約しちゃったんだよね。さすがおばあちゃん!
ま、あたしも援護射撃は、怠らなかったけどね。




「きゃあ、みーちゃん、可愛いっ」

ママが両手を広げて、あたしに飛びついてくる。
そして左のほっぺにちゅっとキスしてきた。すかさずパパも、
「ああ、よく似合ってる」
と、右のほっぺにキス。

「ふふっ、ありがとう。ママもとっても綺麗よ」

ピンクパールが散りばめられたオフホワイトのカクテルドレスは本当に素敵。花嫁さんみたいだわ。
でも。
あたしはそう言いながら鏡のなかの自分の顔を確認する。
ほら、やっぱり。
ルージュを塗ったばかりの唇でキスされたから、あたしの左ほっぺにはしっかりママのキスマークが。そして案の定、右のほっぺにも。
あたしは、鏡の前のティッシュボックスから、ティッシュを一枚引き抜くと、ほっぺたのキスマークを拭き取り、そしてそのままパパの唇にもティッシュを押し当てる。

「駄目じゃない、パパ」

ティッシュには、しっかりパパの唇の形のママのルージュの跡・・・

「ママが、口紅差した後、キスなんてし
ちゃ」

しかも、相当ディープなやつと見た。

「ちゃんと塗り直したよ」

真っ赤になってるママの横で、しれっと答えるパパ。

「もう、入江くんってば」

ママも今更恥ずかしがってどうする。
はっきり言って、うちは随分アメリカナイズされたご家庭だと思う。パパとママ、普通にあたしの目の前でマウストゥマウスのキスをする。ハグは日常茶飯事。無論あたしにもさっきみたいにすぐキスしてくれる。幼稚園の頃はそれが普通だと思っていたけど、家に遊びに来た友達がその光景を見てびっくりして、みーちゃんちって、外人!? と、叫んだ。
あたしはその時初めて、普通の日本のご家庭は例え家の中でもそんなにキスしまくったりしないのだと知ったのだ。
ま、うちの両親のラブラブ加減は、とても結婚20年もたった熟年夫婦とは思えないくらいなんだよね。ママは全身全霊かけて地球より重い愛でパパを愛してるし、パパだって負けず劣らずずっと深く、激しくママのことを愛してる。
ママはよく人前で全くその溺愛っぷり隠さないパパに、昔は人前じゃ冷たかったクセに! と、照れ隠しに怒ってるけど、パパは全然意に介さず、ママに対する独占欲を全開モードで周りに示してる。
二人のバカップルぶりは、病院でも、近所でも、あたしの学校でも有名な話で、ネタには事欠かない。
頭脳明晰で、40歳前にして、斗南大医学部の教授となり、小児外科部長となったパパ。端正な顔立ちは、若い頃より大人の深みを増して、誰もが振り向き、誰もがぽっと顔を赤らめる。クラスの女子たちは、みんなうちに遊びに来たがり、パパに会いたがる。
いいなあ、琴美は・・・あんな素敵なパパがいて。
そんな台詞は、聞きあきたわ。
でもそんな子達も、うちにきてパパとママのべた甘っぷりを目の当たりにすると、呆気に取られるんだけどね。


そしてママも、よくも悪くも注目の人だ。
ママはあたしと同じで美人じゃないけど、何度も言うけど10人並みに可愛い。40過ぎて尚可愛いとしか言い様のないベビーフェイスだ。って言うか、娘のあたしと並んで歩いてると、姉妹にしか見えないってどういうこと? しかも、中学生のあたしが姉に見えるって、どういうこと?
これはもう、美魔女というより、妖怪の域に入ってると思うのよね。
で、容姿はともかく性格も破天荒なお騒がせママは、幼稚園でも小学校でも、トラブルを巻き起こしてる。子供のあたしが目立たないよう地味に過ごそうとしているのに、それを全て台無しにしてくれるのがママだ。
別にあたしは、いじめや学級崩壊とかに巻き込まれたことは一度もないのだけれど、全くあたしとかかわりのない子なのに、いじめにあってるとか聞きつけるとすぐ解決に乗り出すし、気がつきゃあたしも巻き込まれてる。お蔭で波瀾に満ちた小学校時代を送ったわね。


おっと、あたしが回想に耽ってる間にまたイチャイチャしだしたぞ、このバカップル。
髪がからんだ胸元のサファイアのペンダントをほどいてあげながら、さりげなくうなじにキスしてるし。
うん、あれは何歳の時の誕プレかな? 昔は一度もプレゼントをしたことがなかったパパが、ある年を境に毎年必ずプレゼントをしてるみたい。無論、ママもパパに必ずあげてるし。
秋はプレゼントの飛び交う季節なのよ。あたしの誕生日もママの少し前なの。2000年生まれのミレニアムベビーよ。

うんうん、今日は首回り大丈夫みたいね。さすがにそのドレス着てるのにキスマークは付けなかったようね、パパ。ちゃんと我慢出来るじゃない。えらいえらい。

だいたいあたし、何回親のベッドシーン目撃しちゃったかしら? 五歳くらいから寝室別にしてあたしは子供部屋で寝るようになったけれど、ほら子供じゃない。夜、目が覚めて泣いて両親の寝室行ったら……ってパターン何回かあったわね。鍵くらいかけようか、って云ってやりたいわ。
さすがに学習して鍵きちんとかけるようになってからは目撃することはないけれど。でも、ママの様子とキスマークで大抵前の日にしてたかどうかわかっちゃうのも……どうなのよ、それ?
それに今、生理予測してくれる女の子の為のアプリあるじゃない? あれ、ママに頼まれてあたしがママのスマホに入れて、時々あれこれ訊かれて教えてるんだけど……普通にえっちした日メモに入れてるもんね。で、結婚20年たってる割りに新婚さんですか? ってなぐらいな結構な回数。娘に見られてるって気がついてないし………鈍いにも程があるわよ。

ちなみに初めて目撃しちゃった次の日、パパからは医学書見せられて、受精の様子や受精卵の着床の様子なんか懇切丁寧に教えられたわ。ママからは定番の『赤ちゃんはどこからくるの?』的な絵本だったわね。お蔭で小学入学前からそのあたりの知識ばっちりよ。
今同級生の子達がちょっと過激な少女漫画のそーゆーシーンにわぁきゃぁ云ってるけど、そんなフィクション、ケっ! て感じね。

そういや、寝室だけじゃなくて一度リビングでも目撃したわ。思い出した。
夜中、喉が渇いてキッチンに降りていったら、リビングのソファでパパとママが抱き合ってて。
慌てて離れて「あ、あらみーちゃん、まだ起きてたの?」と、狼狽えた顔でママ、誤魔化してたけど、パパは平然としてたわね。あたしも、「うん、水飲みにきた」といたって平然と答えたけど、しっかり見えてたんだよね。ママ……パンツ、床に落ちてますけど。

昔はねー。よくママとパパの取り合いしてたもんけど、だんだん虚しくなってきたのよね。対抗するのも馬鹿馬鹿しいというか。あまりにもバカップル過ぎてね!


ーーと、まあこんな両親だけど、そして今も娘のまえで、普通にいちゃこらしてるけどーー両親が愛しあってる家族って多分それはそれは幸せな家族であることだと思うのよ、うん。もう慣れたしね。





「兄貴。会場の方に病院のお偉いさん方が着いたみたいだぜ」

ノックの音とともに裕樹おにいちゃんが部屋に入ってきた。ほんとは叔父さんだけど、年の離れたパパの弟で、物心ついた時からおにいちゃんって呼んでる。

「わかった。行くよ。琴子、おまえも一緒に」

「はい」

パパとママが立ち上がる。

「おにいちゃん、ハル知らない?」

ここに着いてから一度も見ていない弟のことを訊いてみる。

「遥樹なら、うちの双子たちと鬼ごっこしてたな。ホテルの廊下走り回ってた」

「みっきぃまっきぃと?」

裕樹おにいちゃんちの長男次男は、一卵性の双子で、瑞樹(ミズキ)と将樹(マサキ)という。もー笑っちゃうくらいおにいちゃんの小さい頃とおんなじ顔! あたしは二人併せてみっきぃまっきぃと呼んでいる。今年10歳のいたずらっ子な従弟たち。
ちなみに裕樹おにいちゃんと奥さんの好美ちゃんは斗南大学4年の時に、デキ婚(あ、今は授かり婚ね)で結婚。兄弟そろって学生結婚してるのよね。
あたしが3歳の頃で、二人の結婚式でトレーンベアラーをしたの、何となく覚えてる。まあ、しっかりビデオにも残ってるしね。チビなあたしが好美ちゃんのウェディングドレスの長いヴェールを持って、すっころびそうになってるところ! ええ、小さい頃からママのドジな遺伝子ばっちりよ。

あと双子の下に五歳の女の子、美紀(みのり)ちゃんがいる。好美ちゃんに似た可愛い子で、妹のいないあたしにはほんとの妹みたいに可愛がってる。あ、名前は勿論おばあちゃんから一文字取ったの。もう、おばあちゃん、感涙よ。何てったってうちは、パパがもしこの先女の子が生まれたらみんな琴の字を入れるって宣言してたからね。好美ちゃんの優しさに感謝だわ。

今、うちはおばあちゃんちと別に家を建てて、イリじいちゃんの跡を継ぐ裕樹おにいちゃんが、あたしたちの昔住んでた家に同居している。
尤もあたしたちも同じ敷地内に家を建てただけだから、全然別居感ないんだけどね。週末には必ず一族全員集まっておばあちゃんちでご飯食べてるし。あ、アイじいちゃんは、あたしたちと住んでるの。今も現役ばりばりの板前さん。実は今日の料理も、和食はアイじいちゃんが仕切ってるの。



「美紀ちゃんは?」
あたしは裕樹おにいちゃんに訊ねる。

「好美と一緒に受付にいるよ。琴美も手伝ってくれるか?」

「うん、わかった」

あたしはパパとママが出ていった後の鏡の前で、もう一度軽くチェックしてから受付に行こうとしていた途端ーー。
「きゃああ」というもの凄い悲鳴が聴こえて、慌てて廊下へ飛び出す。


メイド姿のホテルスタッフのおねーさんが、廊下のふかふかのカーペットの片隅に落ちていたソレを指差してガタガタと震えている。

「あーーーっ!!」

あたしはソレを見て思わず叫んでしまった。そのとんでもない落とし物。ハルに間違いない。あのバカっ!

あたしがソレを何でもないように拾うと、おねーさんは目を点にして青ざめた顔であたしを見る。
ごめんね、おねーさん、驚かせて。

と、その時。双子たちがバタバタと走ってきた。

「みっきぃまっきぃ!!」

あたしは横をすり抜けようとした瑞樹の襟首を掴んで二人を止めた。

「ハルは? あの子は何処なの?」

「げっ琴美っ」

「何が、げっ、よ! 琴美おねーさまでしょ?」

「ハルならもうすぐ………」

言いかけた将樹の背後でたんたんたん、と変なリズムで足音が近付いてきた。

「ハル!」

何処で拾ってきたのかモップを杖がわりにして片足で器用に走ってきた弟ーー遥樹がそこにいた。

「げっ姉貴!」

「げっじゃないわよ! あんたなんで自分の足をこんなとこに捨ててくのよ! みんな驚くでしょうが!」

そう。足。
あたしは今、弟の足ーー義足を持って弟を叱っている。
…………もしかして凄くシュールな絵図かしら? ああ、スタッフのおねーさん、固まったままだわ………。






※※※※※※※※※※※※※※

スミマセン、結婚記念日なのに、こんな中途半端な………(T.T)
前後編で終われるのか? もしかしたらもう少し長くなるかも。
琴美ちゃん語りにしたらなかなか語り過ぎちゃって。なんとか入江一族は登場しましたが、受付会場でアラフォーのイタキスオールキャストをお出迎えする予定だったのにそこまで行きませんでしたぁぁ(T.T)



『愛しいと……(以下略(^^;)』の後書きのような


『愛しいと思うままに君を抱きしめたい』を読んでいただいたみなさま、ありがとうございました♪

さてこのお話は、妊娠騒動のあとの直樹さんの「つくっちゃおうか」でそのままラブラブに突入の原作の二人にきゅんきゅんしてしまったことと、もう一人のブラックな私が、「つくっちゃっていーの? 本当に! 学生でしょうが、あなたたち」と突っ込みたくなっていることから始まりました。

考えると色々謎で。直樹さん、はっきりと妊娠じゃないと確信しているということは排卵日を把握しているに違いない(恐らくこれは共通認識ですよねっ?)
学生だから避妊してるのか? でも、その割りにつくっちゃおうってけっこうムードに流されてる?(生理前とはいえ排卵のズレもあるから100%出来ないとは言い切れない)

結局直樹さんはどうしたいのか、あれこれ考えてこーゆー話になりました(^^;


ちなみに私は生理痛は酷くないのですが、職場の女の子で、めっちゃ酷い子がいて。本当に生理痛で過呼吸起こすのを始めて目にしました。まじ、救急車呼んだ方がいいかと思いましたよ。いや、呼びませんが。琴子ちゃんの生理痛は彼女の実体験まんまです。彼女が婦人科で処方してもらってたのがロキソニンだったというのでそのまま採用しましたが、ロキソニンは今は一般市販薬になってますね。ついでにいうと、彼女、今年結婚したんですが、結婚の半年前からハネムーンのハワイ、もしかしたら生理に当たるかもっ!と騒いでいたので、心配だったら婦人科でピル貰いなさいと言っていました。結局、二ヶ月前には予定がずれてきて、ハネムーン問題なかったようです。でも、女子にとっては旅行に生理が当たるかどうかって死活問題ですよね(^^;
その彼女、『ぴんく★りぽん』で云っていた胸に良性腫瘍抱えてる娘と同一です。どんだけあたしは彼女からネタをもらっているのでしょう……(^^;
彼女の女子ネタよろず相談をしてあげてたせいで、妙にレディースクリニックなネタが多くなってしまっている気が……
リアルと思っていただけたなら、みんな彼女のお蔭かも? 〇〇ちゃんありがとう♪


それと。実はこのお話、むじかくさまとのリンク報告にも書いた、『似てるんです』と、ついメッセージを送って創作していることをカミングアウトしてしまった話でもあります。
どこが似ているって、ただ入江くんが琴子ちゃんの生理痛心配して家に帰り、苦しんでいる琴子ちゃんを抱き締めてるってシチュってところだけなんですが。入江くんが今後の家族計画も語っているところも何となく重なります。

『夫のパジャマは妻の恋情』というお話です。いや、これでこのタイトルをクリックしたら、そこに飛んでいただけるようにしたらいいんでしょうが、そういう高等技術は持っていないので。すみません、11巻のカテか、2014年7月からお探しください!(そう、7月でした! 半年前って適当なこと云ってましたが、四ヶ月前です。むじかくさまが正解でした(^^;)

むじかくさまのお話の萌えポイントは、直樹のパジャマを着て苦しんでいる琴子ちゃんを直樹が抱きしめる、という……萌え度高いです(^_^)
文体も雰囲気も全く違う仕上がりの作品なので、私も似ていてもいいかな、とは思っていますが、「うちは毎日更新なんで余裕で被るのあって当たり前、気にせずどんどん自由に書いてください」と云っていただいて本当に嬉しかったです。ありがとうございます♪ 今回はPCに疎い私にハード面でも色々教えていただいて、助かりました! 今後ともよろしくお願いします(^^)



さて。……次は結婚記念日あたりの更新になるかと思いますが………(^^;まだ何も出来ていない……果たして間に合うかなー?






19941209 ~愛しいと思うままに君を抱きしめたい(後)



午前中の講義を終えて、直樹はあれこれと話しかけようとしてくる学友たちを尻目に、さっさと学食に向かっていた。

大学に来た途端、待ち構えたように降り注がれた「おめでとう」の嵐。
あまり今まで遠巻きにして話しかけてこなかった輩も、おめでたいことなら構わないだろうとでも思っているのか、遠慮なく近づいて来る。

「で、何ヵ月なの?」

「奥さん、学校どうするの? アメリカみたいに子連れで通う?」

「どうだい、父親の気分は」

「で、週に何回くらいやってんの?」

「奥さん、すっごい子供っぽいし、体型もお子ちゃまな感じだけど、実は脱ぐと凄いのか?」

「もしかして奥さん、めちゃめちゃ床上手?」

……だんだん話はエスカレートして下ネタトークになって来た頃にはーー

五月蝿いっ! いい加減にしろっ

……という意味合いを込めた、ブリザードでも撒き散らさんばかりの冷たい一一一しかし確実に人が射殺せそうな眼差しを、話しかけて来る連中に差し向け、一瞬にして凍りついた屍が、彼の歩いてきた跡に累々と積み重ねられていたとかいないとか。
ーー俺にまでこんなに遠慮なくずけずけと聞いてくるのだから、琴子はもっととんでもないことになってんじゃないか?

今更ながら少し心配になる。
仕方ないだろう?ーーと簡単に突き放し過ぎだったろうか?

自分のように一睨みで相手を黙らせることなど出来ようもないだろう。いちいち好奇心丸出しで訊いてくる連中に、えへへと笑いながら間違いを説明していたに違いない。
こんな風に、自分の対応に何か誤りあったろうかと悩むのは、琴子に関してだけだ。
我ながら随分変わったと思う。

とりあえず今は親友二人を相手に愚痴っているだろう、あいつの鬱憤でも聴いてやるか。

直樹は、昼時で混みあっている学食へ急いだ。

案の定学食は学生たちでごった返していたが、直樹は琴子を見つけることにさほど時間を要すると思っていなかった。自分が探さなくても、琴子が真っ先に見つけるだろうと踏んでいたからだ。

しかし………

見回しても、琴子の姿は見当たらない。
自分の視界に入って見落とすことは絶対ない。
ーーまだ、来ていないのか?
授業が長引くこともあるだろう。そう思って引き返そうかとした瞬間、目に入ったのは琴子の親友二人だった。
二人はすでにランチのトレイを持って席に座っていた。傍らにいつも一緒にいる筈の琴子はいない。

「……おい、琴子は?」

里美とじん子は、突然頭上から降ってきた低い声に驚いて、食べかけたものを喉に詰まらせかかった。

「ゲホッ…やだ…入江くん、驚かせないでよ」

「ホント、琴子なら帰ったし」

「帰った? なんでだよ? 今日は、午後からも講義あるだろう?」

思いもかけない答えに、直樹は睨むように二人を見下ろす。

「やだ、怖い顔しないでよ! 体調不良で早退したのよ」

「……体調不良って…」

眉を潜めた直樹に、二人は詳しく云うべきか一瞬悩み、旦那なんだから、ま、いいか、と答えを続けた。

「あれだよ、アレ……生理痛……」

最後の単語は、一応声を潜める。

「…………ああ…」

そういえば、朝なったと騒いでたな、と思い出す。でも。

「……あいつ、今までそんなに酷かったことないだろ?」

同居し始めてから、琴子が生理痛で苦しんでいるのは見たことはない。結婚前は、そういうことを悟られないよう気遣っていただろうが、結婚してからは夜のお誘いもあるせいか、向こうからさりげなく今日ダメなのアピールをしてくることはあったが(いや、アピールなくても気づいていたが)、痛みが辛いとかは聞いたことはない。

「えっ入江くん知らなかった? あの娘、結構重いんだよ~」

「そうそう。いつも薬飲んで抑えてるけど、薬がないと、ぶっ倒れるくらい酷いの」

「高校ン時も、二回くらいヤバい時あったよね」

「うん、そう。マジ救急車呼ぼうかと思ったもんね」

「あたし、生理痛で過呼吸起こすの初めて見たし」

ーー嘘だろ...?

直樹は、知らなかった事実に茫然とする。

「……今日は、薬は持ってなかったのか?」

「なんか、病院に行くの忘れて薬切らしちゃってたみたいでさ、真っ青になってたよ」

「ちゃんと産婦人科で処方してもらう鎮痛剤じゃないとダメらしいの。市販のじゃ全然効かないって」

「昨日せっかくかかり付けの病院行って来たのに、そんなことすっかり忘れてたって、己のうっかりさを嘆いてたわよ」

「……まあ、妊娠判定の検査に行って生理痛のクスリもらって帰るってのもね~」

ぎゃははと、笑う理美とじんこを尻目に直樹はまだ呆然としたままだった。

かかり付けだったのか、土屋産婦人科ーー!
診察券を持っていたのは、ハネムーン前にピルを処方してもらったからだとばかり思っていたが、実は常連さんだったのか……!

琴子のことで、自分の知らなかった一面があることに直樹は少なからず衝撃を受けていた。

「ちょうどこの時間ってさ、病院も午前の診察終わって、午後の診察が始まるまでの休憩タイムじゃん? すぐにクスリもらえそうにないから、痛みが酷くなって動けなくなる前に急いで帰るって、2限目終わった後猛ダッシュで帰ってった」

「あれ、みんなつわりと思ったわね、きっと」

「………わかった………ありがとう」

思いもかけず直樹から礼を言われてびっくりしながらも、
「どういたしまして……」
と返す二人。

「多分、入江くんが帰る頃にはケロッとしてるよ。ほんとに一時的に酷くなるだけで、峠を過ぎると、さっきのアレ何? ってくらいあっさり治っちゃうみたいだから」

「……そうか」

直樹は、軽くじゃあ、と手を挙げて行こうとしたが、ふと思い出して二人にもう一言添える。

「…どうせ、あんたたちも面白がって妊娠の噂広めたんだろう? 責任持って自分達が伝えた人間くらいは否定しといてくれ」

「……うっ…わかったわよ」

気まずい顔の二人を残してそのまま踵を返し、学食を後にする。

午後の講義は、とりあえず後でノートを見せて貰えぱ大丈夫な科目だ。出席しなくても問題ないだろう。
直樹は、ぼんやりとそんなことを、考えながら、家路へ急いだ。たかが生理痛………すぐに治まると、友人二人も言っていた。
なのに、直樹はなんの躊躇いもなく、絶対サボったことのない講義を放って妻の元に向かおうとしている。

イライラする。
もやもやする。

………イヤだった。
自分の預かり知らぬ処で琴子が苦しん
でいて、知らないうちに治ってしまっているのが。
そして琴子は何事もなかったように自分に笑いかけてくるのだろう。

それは、夫として妻の全てを把握しておきたいという束縛からなのか、医者になりたいと思う者の興味なのか、と自問する。
しかし答えはでない。

答えは、実に簡単。ただ琴子が心配で心配でたまらない、という単純極まりないことだとーー彼は気づいていないだけーー。





「ただいま」

直樹がリビンクの扉を開けると、紀子が驚いたようにキッチンから出て来た。

「え? お兄ちゃん、今日は遅いんじゃ……?」

「琴子は2階?」

「ええ、寝室で寝てると思うけど……え? お兄ちゃん、琴子ちゃんが心配で帰ってきたの?」

驚いて問う母には答えずに、「何かクスリ飲んでた?」と、訊ねる。

「少しお腹に入れなきゃって、菓子パン少し食ぺた後、市販の鎮痛剤飲ませてあげたわよ。いつもの薬より効き目は悪いみたいだけど、飲まないよりマシだと思って」

「……お袋は、知ってたのか? あいつの生理痛酷いって」

「ここに一緒に住むようになってからは、忘れずにお薬飲んでたから、酷かったことはないと思うわよ。前に通ってた病院が遠くなっちゃったから、土屋さんを教えてあげて、最初は一緒に行ったのよ」

「そうなんだ」

「病気じゃないから大丈夫よ。でも、驚いたわ。お兄ちゃんがわざわざ琴子ちゃんの為に帰ってくるなんて」

少し嬉しそうに、感動の涙まで浮かぺる紀子。

「………………………」

直樹は、面倒臭そうに母を一瞥すると、そのまま2階へと向かった。

ーー病気じゃないから。

同じ女同志でも、そういう認識なんだよな。
倒れたり過呼吸起こしたり、著しく日常生活が阻害される場合は、月経困難症といって病気の範躊だろう。
でも意外と本人も周囲も、病気だという認識はない。女だから仕方ないーーそういうものだと。


「琴子………大丈夫か?」

二人の寝室に入ると、真っ先に目に入ったのは、ベッドの傍らで、クッションをお腹に抱えて胎児のように丸まっている琴子だった。

ーーなんで、ベッドの上じゃなく床の上なんだ?

琴子がベッドから落ちても痛くないよう、フローリングの上には毛足の長いふわふわのカーペットが敷いてある

「……いり……えくん…?」

琴子が一瞬驚いて身を起こす。
血の気がまったくないような、真っ白な顔……手には紙袋を持っている。

「………過呼吸起こしたのか?」

直樹が駆け寄る。

「あ……うん……でも、大丈夫だよ……なんとか収まってきた…………」

「顔、ひでぇな…………」

「う……何よ……仕方ないじゃない......j

「生気のない人形みたいだ………」

「え...?」

ベッドの上に、空の薬袋があった。土屋産婦人科、と印刷されている。

ーーどんな薬だ?

表の印刷を確認すると、ロキソニンとある。頭痛や抜歯の痛み止めにも出される一般的な鎮痛剤だ。
常習的に飲まなけれはならないホルモン系の薬ではないようだ。
直樹はベッドと琴子の間の狭い隙間に腰を下ろすと絨毯の上に横たわった。そしてそのままクッションを抱えた彼女ごと抱え込む。

「いっいっいっ………入江くん!? 」

「この格好が楽なのか?」

右半身を下にして横たわる琴子と同じ体勢をとって、彼女の背中に密着するようにぴたりとくっつき、右腕を彼女の脇から差し入れ、左腕はそのまま上から包みこむ。そしてぎゅっとクッションを握りしめている両手を、優しく解きほぐすように、やんわりと覆うように握った。

「……冷たい………」

琴子の手は氷のように冷たかった。

「あ…ごめんね………あたしはあったかい。入江くんの手……すごくあったかいよ」

か細い声が、直樹の顔の直ぐ近くから囁く。

「背中もあったかい…」

背中に直樹の心臓の鼓動や体温を感じ、痛みさえ薄らいでくるようなえもいわれぬ幸福感。

ーーこれは夢......?

胎児の如く丸くなっている琴子を背後から包み込むように抱えている直樹の姿は、さながら子宮の役割を果たしているかのようだった。

大切なものを守り育むもの一ー。

「……ありがとう………入江くん……すごく楽になってきたよ」

こんなに直樹が優しいなんて、嘘みたいだ。
琴子は最悪だと思ってた今回のことも何だか凄く得したように思えてきた。
この家に来てから、紀子が気にしてくれたお陰で、クスリを飲み忘れることがなかった。だから、この耐え難い痛みの訪れも、実に何年かぶりのことだった。
久し振りのこの感覚。多分、外にいたら絶対倒れるという予兆があった。無事に家まで辿り着いたけれど、部屋に入って直ぐに倒れ込んだ。息をするのも辛い激痛が下腹を襲っていた。
時間がたてば治るのは分かってる。でも、一人で耐えるのが堪らなく心細い気がしていた。

ーー-理不尽だ。
なんで、女ばっかりこんな目に………
そんなことをつらつらと考えながら痛みを凌いでいたときに、直樹が帰ってきてくれた。
そして思いもかけず優しくてーー。
痛みがいつもよりも早く引いていくのがありありと分かる。

「……ふふ………入江くん、お母さんみたい………」

「何だよ、それ……」

お母さんって、女かよ………

「小さな頃ね………まだお母さんが生きてた頃、あたしがお腹が痛がってた時、ぎゅっで抱き締めて、痛い所をずっとさすってくれてたの。不思議とすぐに痛いの飛んでっちゃったんだよね…」

「こんなふうに?」

クッションの下に直樹の手が差し込まれる。彼の大きな手が、琴子のお腹を優しく摩る。
手のひらから不思議なエナジィが流れこんでくる。

ーーじんわりと温かい…………。

「………ひとの手って、確かに科学的には説明できない治癒力があるんだよな」

直樹の低い声が、耳元に直接響いて心地よい。

「でも、やっばり母親の手が一番だろ?」

「………ううん……きっと世界で一番大好きな人の手が、一番癒しになると思うよ…」

好きな人の手から生まれる力は、壊れた細胞を再生させ、ストレスを緩和し、人がもともと持ってる治癒力を高めてくれる。
それくらいパワ一がある。
だから、みな遥か昔からこうやって苦しむ人の痛みの場所に手を当てて呪文を唱えてきたのだ。
………イタイノイタイノトンデケ……

忘れかけていた母の声が蘇る。

「あたしね...」

痛みが和らいできたためか、琴子がぼつりぽつりと話出した。

「……実は初潮が来るのが凄く遅かったの。ほら、最近の子は発育いいから、小学生のうちから来る子が多いんだけど。
……でも、あたしは中2になっても来なくて………凄く不安だった。
もしこのまま来なかったらどうしようって………
小学校の保健体育の時、先生から16歳くらいまでに来なかったら病院を受診するように、って言われたの。あたし、高校生になっても来なかったら、病院行かなきゃ…でも、一人で産婦人科なんて絶対行けないし…そんなこと…ずっと考えてた。
…あたし、生理用品とか全部自分で準備してたの。お父さんそういうことに気が回る人じゃなかったし。相談するのも恥ずかしかったし………
…中2でやっときて、一人で処置して、そしたら翌日凄く痛くなって……どうしたらいいかわからなくて……その時、ほんとになんであたしのお母さん、死んじゃったのって悲しかったなぁ……。
で、結局学校で倒れちゃって、保健室に運ばれて。お父さんにも連絡がいって……
お父さん、『ごめんな、気が付かなくて』って、お赤飯炊いてくれたな。
ふふっあたし、斗南高校の保健の先生にも随分お世話になったんだ……やっばり学校で二回くらい倒れたときにね、先生が、あまり生理痛酷いのも病気の可能性があるから一度ちゃんと受診したほうがいいって、病院に付き添ってもらったの。
…もう、内診って死ぬ程恥ずかしいよね。あたしあのとき、絶対二度と内診台乗らないって思ったもの。赤ちゃんなんて、生まないって!
でも、まあ、とりあえず病気はないってわかって……ただ人より少し痛みが酷いだけだからって、鎮痛剤出してもらって。
………入江くん……どうしたの?」

琴子は、直樹の手が一瞬妙に強く自分の手を握りしめたのを感じていた。

「……その初めて内診した医者は、男か、女か?」

「へ?」

何故直樹がそんなことを気にするのかわからずに、頓狂な声を上げた。

「……男…っていうか、おじいちゃんだけど? でももし若くて、入江くんみたい
にカッコいいお医者さんだったら恥ずかしくて逃げ出してたかも……」

……じじぃだろうが、男には違いないだろう!

俺より先に見たやつがいたのか......!
少なからず直樹がショックを受けていることに気がつかずに琴子は尚も淡々と話し続ける。

「……なんで女ばっかりこんな思いするんだろうね。男の子も少しは体験すればいいのに。出産だって、夫と妻が交代で産むとかさ。
出産って、この痛みの何倍も痛いんだよね。あたし、単純に赤ちゃん欲しいなんて言って、何もわかってないよね。こんなんで、赤ちゃん産む痛みに耐えられるのかな...?」

「……男は絶対その痛みに耐えられないって言うよな。
……おまえは、大丈夫さ。女はみんなそういうふうに出来てるんだよな……」

「そっかな…」

「おまえは、出産の痛みにも耐えられるし、ちゃんといい母親にもなれるよ」

「……入江くん...?」

なんにも分かってないのは、俺のほうだ……。
直樹は自分を嘲笑う。
母親になるというのがどう言うことか琴子には分かってないと、勝手に思い込んでいた浅はかさ。
頭では分かってなくても、心でちゃんと分かっているのに。身体がずっとそういう準備をしてきたのだ。14歳からずっと。痛みと戦って心も育ててきた。
琴子が誰よりも根性があって、溢れんばかりの心の強さを持ってるのを知っているくせに。そこに何よりも魅了されたくせに。
何もわかってないのは、おれのほうなのだと。

「親父の気分味わったとか、昨日言ったけどさ」

「…うん」

「実際、俺は琴子が母親になるよりも簡単には父親にはなれないと思う。…多分、世間一般のどこの父親母親と同じようにね」

「え~? 入江くんが!? ううん、そんなことないよ。入江くん、なんでも簡単に出来ちゃうもん。パパにだって簡単になれそう」

「知識や知能だけじゃ父親にはなれないよ」
直樹は苦笑した。

「……多分、俺のほうがずっと準備に時間がかかるから、待っててもらっていいか?」

「あたしが・・・入江くんを待つ
の?」

「……そう」

「あたしのほうが、入江くんより先にいるの?」

「そうだよ」

「ふふっ……そんなこともあるんだね。ちょっと嬉しい」

「……実は結構、おまえに敵わないこといろいろあるんだけどね」

「ええっうそ! 他に何があるの?」

「……教えない」

「うん、もう意地悪…..うっ」

丸まっていた身体を少し伸ばし、背後にいる直樹の方を振り返った琴子の唇を一瞬にして塞いだ。

「声に少し元気が出てきた。だいぶ治まってきたか?」

唇を離すと、真っ赤になった琴子が、うん、と頷いた。

「起き上がって大丈夫か?」

もう一度頷いた琴子を抱えあげたまま身体を起こし、寝転がった体勢からベッドに背を預け絨毯の上に座り、相変わらずクッションを抱えたままの琴子を膝に乗せて、そのまま自分の胸に顔を押し付けるようにして、しっかりと抱き締める。

「………随分よくなったよ。……びっくりしたでしょう? ほんとは嫌なんだよね、他人に見られるの。無駄に心配させてしまうから……」

「俺は他人じゃないんだろうが」

少し怒ったような口調の直樹に、琴子は慌てて弁解する。

「……うっうん、ごめんね。でも、やっばり恥ずかしいし」

「恥ずかしがることじゃねぇだろ? 俺はお前の旦那だし。医者の卵だし......」

「うん……」

「……だから」

頬に手をかけ、琴子の瞳を見つめて。

「……もう俺の居ないところで痛みを堪えるな……」

そして再び唇を重ねて一ー。
身体の痛みを別ち合うことなんかできない。この先彼女が陣痛で苦しむことがあっても。病気で苦しむことがあっても。
喜びは、二倍に。悲しみや苦しみは二分の一に。よくある陳腐な決まり文句だけれど。でも、ひとがつがいになるのは、間違いなくそのためだ。別ち合いたいという。

そして今は。
ただ、愛しいと思う心のままに君を抱き締めたい一ー。






※※※※※※※※※※※※※


うわーっくさいっくさいぞーっ なんか、めっちゃ恥ずかしいもの出してしまった気がします(^^;

うだうだくどくどと書いてきたのはただ、生理痛に苦しむ琴子ちゃんを直樹さんが後ろからぎゅっと抱くというシーンが書きたかっただけなんですね……(^^;

言い訳めいたもの、後から書きます(^^;書かせてくださいっ(..)


19941209 ~愛しいと思うままに君を抱きしめたい。(前)



90年代J-pop風長いタイトルですが(^^;
このお話は、一年ほど前に書いて、初めて完成させたものです。(途中で放り出したものがちらほら)

スマホのメモ欄からコピーして修正して………なんてことをやっていたら、昨夜、一瞬その無修正の文字化けだらけの妙な文章をアップしてしまったようです(°Д°)オーマイガー!!
果たしてその幻の無修正版を読んでしまった(読めないけれど)方、むじかくさま以外にもいるのでしょうか? お見苦しいものを見せてしまってスミマセン! 記憶から削除してくださいませね(^^;あー恥ずかしい(T.T)


さて、お話は少し長いです。『妊娠騒動』翌日の朝。あれこれ詰め込み過ぎてます。
そして、前編だし(^^;



※※※※※※※※※※※※※※※


「う……ん……」

寝返りを打った琴子の柔らかな髪が、直樹の鼻先をかすめ、浅い眠りの中から彼を呼び覚ました。
腕の中の彼女は、幸せそうに薄く笑みを浮かべていまだ深い夢の世界の住人だ。
直樹は、向こうを向いてしまった妻の顔をこちらに向かせて、露らわになった肩が冷えないように毛布を掛けてやりながら、もう一度深く抱えなおす。
枕元の目覚まし時計は、まだ5時半。起きるには少し早い。
安らかな妻の寝顔を眺めながら、直樹は昨日の一連のドタバタを思いだし、苦笑した。



「子供、欲しくなってきた。つくっちゃおうか」

それは久し振りの甘いひとときを過ごす為の誘い文句に過ぎなかった。医者のいう通り生理がすぐに来るなら、妊娠することはまずないだろう。

「二人の赤ちゃん、くるといいね」

行為の後の汗ばんだ身体を寄せて、少しはにかんで耳元にキスをしながら、囁きかける琴子を可愛いと思いつつも。

ーー出来ねぇよ。多分。恐らく。かなりの確率で……。

自分の排卵期くらい把握しろよ、と内心突っ込んだりする。
ーーまあ、無理か、こいつには。

多分、本人より、自分の方が生理周期を把握してるし、生理の遅れにもすぐ気が付く。いちいち本人には言わないが。
……というか、これも決して本人には言えないが、結婚前から、琴子の生理は大体わかっていたのだ。そんなに生理痛がひどいわけでもなさそうで、あからさまにわかる、というわけでもないのだか、なんとなく様子が違う1日2日が、月に一度やって来て、なんとなく、ああそうなのか、と理解して、なんとなく、ああこいつも女なんだとーー感じてしまった同居し始めたばかりの青い日々を思い出す。

まさか、その女を妻にし、こんな風に抱き、その生理周期に翻弄される日々が来ようとは……

四日前の夜。神戸の学会に同行する前日のあの夜。
寂しがるであろう琴子を存分に可愛がるつもりだったのに。
……ケーキの食ぺ過ぎで胃痛とは……。

あまりに琴子らしくて、ため息をつくしかなかった直樹だった。
そして三日ぶりに戻った大学で、感じた不穏な空気。家に戻って直面したあの騒動。

診察結果が分かるまで、あれこれと思い巡らした、長いようで短い時間一一。100%の避妊をしていた訳ではないので、いつか起こりうる出来事だとはわかっていても、真っ先に、彼の心を占有したのは『戸惑い』という感情だったように思われた。
ぐるぐると思考が飛ぴ、落ち着かない不思議な感覚。
ーーけれど。
隣に座る妊婦の、自分のお腹を愛しげにさする穏やかな表情。
検診に来たらしい赤ちゃんから発せられる甘いミルクの匂い。抱く母親の聖母のような笑み。
(まあ、若干、母親らしからぬ邪まな視線も感じなくはなかったが)
そんな空間に身を置くうちに、いつしか心は落ち着きを取り戻し、漠然とした未来がはっきりと形を成し、父親となる覚悟と期待が生まれるのを感じていた。
たった数時間の不思議な感覚だった。

……親父になるのも悪くないかもな……。

昨日そう思ったのも確か。
結婚しているのだから、問題はない。専業主婦の紀子もいて、学生をしながら、育児をすることも出来なくはないだろう。逆に就職してからの出産、育児より周囲にかける迷惑や負担は少ないかもしれない。
経済的にも、とりあえず問題はない。
ーー親に甘える覚悟さえあればの話だが。

でも。
実際開き直って、何から何までおんぶに抱っこと甘えられる程、直樹の自立心は低くなかった。

結婚してひとつの世帯を持つということは、親の戸籍から離れ、自分は世帯主になるということだ。二人だけの独立した籍の始まり。たとえ未成年であっても、結婚していれば成人と同じ責任を持つ場合もある。
だか、現状戸籍の上で独立しただけで、経済的には何の独立もしていない。夫婦揃って扶養されている身だ。

ふと、直樹は結婚が決まって式を行うまでの激動の2週間、密かに父重樹を呼び出して、色々と話し合った夜を思い起こしていた。


「……いろいろとすみません、会社にも迷惑かけて……」

紀子の突然すぎる結婚式の話があってから、2日くらいたった日だろうか。深夜の父の書斎に、二人は差し向かいで酒を酌み交わしていた。以前この部屋で将来の話をして、喧嘩になったことを思い出す。

「まあ、元はと言えば、わしが不甲斐ないばかりに起きたことだ。お前が責任を感じる必要はないさ。それより、わしこそ、悪かったな。ママの暴走を止められ
なくて……」

お互いに謝りあって、苦笑する。

「大丈夫か……その…こんなにバタバタと結婚することになっちまって…」
いくら結婚を決めたのは自分の意思とはいえ、「結婚は卒業してから」と、はっきり明言していた直樹である。こんな急激な展開が不本意であろうことは、父親としては簡単に予測出来た。

「ここで、ゴネたら、困るでしょう。パンダイの名前使ってホテルごり押しして取ったのに」

「まあな」

「……それに、俺が機嫌悪くすると、琴子が不安がるだろうし。ホン卜に結婚する気があるのかって。……散々悲しませたから、ちゃんと俺が真剣だって分からせてやるには、もう、お袋の策略にのっちまう方がいいのかなって気がしたんだ」

あんなに他人に無関心だった息子が、そんな風に人の心を思いやることが出来るようになるとは。琴子には感謝してもしきれない、と重樹はじんわりと思う。

「……それで、話ってのは、他でもない。これからの生活のことなんだけど」

あらたまって切り出され、一瞬重樹は慌てた。

「えっまさか、お前、別居したいとか?」

誰もそのことについては一切触れなかった。触れなくても、そのまま同居することは、疑う余地のない大前提のような流れであったーーが。
しかしよくよく考えてみれば若い夫婦が同居というのも可哀想な話である。しかもやたら若夫婦に干渉しそうな姑がいるのだ。琴子はともかく、直樹は母親から離れたがっているのでは、と想像できた。

「……別居……? ああ、そんなこと考えてないよ。琴子がこの家から離れたくないだろう。お袋のこと、ほんとの母親みたいに思ってくれてるのに」

「そうだな…」

また、琴子ちゃん優先なんだな、と内心面白く思う重樹。

「それに、経済的に無理だろう」

真剣な表情で父親の顔を見直す。本題はここからか、と父は構えた。

「……俺たちは結婚しても、学生の身だ。何の経済力もない。本来なら、結婚する以上一人前と見なされて、学費も、生活費も自分たちで賄うのが筋だと思う。でも、現実、私立大学の学費、あと琴子が1年ちょっと、俺が医学部だからまだか3年かかる。1人暮らしした分目減りしたから、貯金だけでは無理だと思うんだ。
ただ俺はこのまま成績が首席なら、特待生の申請をして授業料免除にしてもらえると思う。だから、琴子の分だけはなんとか貸与して欲しいんだ。
それと、今後の生活費は、本来ならバイトしてでも、食費と光熱費くらいは払うぺきなんだろうけど、医学部で、正直いろいろ遅れている身としては、バイトする時間はないと思うんだ。
だから、パンダイで、俺が代理をしていた時の給料の天引きと、これから開発する予定の新製品のロイヤリティの一部を、俺が就職できるまで生活費として使わせ欲しいんだ」

そういって直樹は、深々と父に頭を下げた。

そして、父はため息をつく。

……まったく…。

「……お前の気持ちは分からないでもない」

出来れば経済的にも独立してから、結婚したかったのだという男のブライドも、理解出来る。だが。

「だが琴子ちゃんの学費は、卒業するまでアイちゃんが、お前の学費はわしが持つと、二人で話あって取り決めた。結婚してもしなくても子供であることに違いはないんだ。学費のことはわしたちの義務だ。気にする必要はない。それに、奨学金や授業料免除の申請はするな。おまえが受けることによって本当に必要としている学生が受けられなくなるかもしれない。お前は、恵まれた環境に甘えるのはイヤなのかもしれないが、これもひとつの運命だ。諦めろ。
それから、生活費。それは、お前が医者になってからの出世払いでいい。稼ぐようになってからがっぼり貰うさ。そのころには、この家も建て替え時になるからな。アイちゃんと一緒の三世帯…いや、その頃には四世帯かな?…まあ、建て替え時の住宅のローンは、お前1人に負ってもらうから、覚悟しとけよ」

「親父……」

「……確かにお前は経済的には恵まれてる。だが、それゆえに負わなくてもいい代償のような辛い思いも味わった。お前が、この家に生まれたばかりに好きな女性と結婚もできない、なんてことにならなくて本当によかったよ。
…とにかく、今はあれこれ考えるより自分たちの幸せだけを考えろ。
親に受けたモノは、有り難く受けとっとけ。いずれは自分の子供に渡せばいい。それが、連綿と続いてきた無償の愛ってもんだ…」

重樹とゆっくりと穏やかに話せたのは、久しぶりだった。話せてよかったと思う。

「おまえ、こういう話、琴子ちゃんとしたのか?」

ふと、心配そうに重樹は息子を見た。

「いや……あいつは、あまり深く考えないし…俺が考えれば、それでいいかなって」

「う~ん……夫婦は、そういうもんじゃないと思うがな。二人の生活設計について、だ。互いの考え方をきちんと伝えあい、話し合うのは重要だぞ」

「……わかってるよ」

わかってる、と応じたくせに結局琴子とはきちんと話していない。琴子が、自分の将来のことについてまだはっきりと定まっていないのはわかっている。そして、ぼんやりとなりたいものがあることも。自分には無理と逡巡していることも。
相談してこない以上こちらから口を出すべきではないと思っている。けれど今後の家族計画について話し合えば将来の職業選択について話が及び、ついあれこれ余計なことを云ってしまうだろう。
琴子には自分でちゃんと道を見いだして欲しいと思う。彼女が今悩んでいる未来は、恐らく自分も望んでいることだから。早く、自分から気付いて欲しい…。

何にせよ家族計画もその琴子の将来によっておおいに変わってくるのだ。
だが母紀子はいとも簡単に云ってのける。

「赤ちゃんは早ければ早いほどいいのよ! あたしがじゃんじゃん面倒みるから大丈夫よ! 学生だからって気にすることないんだから! 早く孫を抱かせてちょうだいね」

琴子も琴子で、
「はいっお義母さんっ」
とにこやかに応じている。
直樹がため息をつきながら「まだ養われてる身でどうやって子供を養うんだよ」
と一言呟いたものならば、会社の経営状態は今は安定しいるから大丈夫だの、自分だってまだ子供を生める年齢なんだし、十分子育てはできるから安心して任せてちょうだいだの、機関銃のように捲し立てられる始末だ。
じゃああんたが産めよ、と……思わず突っ込みそうになったが、20歳も離れた弟妹が本当に出来たら怖いぞ、と思い口に出すのはやめた。
何にしろ母の勢いに琴子も引きずられている。
今回の騒動も然り。
騒ぐ前にせめて市販の検査薬で調べてくれと思わずにはいられないが、琴子が紀子の言うことに何の疑いも持たないのは仕方ないのかもしれない。
自分の恋が実ったのもこの姑の類い稀な行動力と思い込みのお陰なのだから、と。
そしてギロリと母は一睨みして云うのだ。

「お兄ちゃん、まさか、避妊なんてしてないでしょうね? 避妊なんてしてるとね、欲しい時に出来にくくなっちゃうのよ!?」

それは、なんの根拠があっての情報だ? と、思いつつ、
「五月蝿いっ! 夫婦のことにあれこれ突っ込むな!」
と、睨み返すしかない。
今回の妊娠騒動も、もしかしたら、と一瞬頭を掠めた疑念……

ーーお袋、まさか、寝室のサイドテーブルの引き出しにあったゴム……針で穴開けてないだろうな………

まさかとは思いつつも、やはり鍵の付いた引き出しに入れておこうと決意する直樹だった。

しっかり避妊具を使うのは、排卵期前後の時期だけだ。あとは外に出しているが、安全日は気を抜いてしまう時もある。基礎体温を測っているわけでもないし、絶対的な避妊ではないことはわかっている。
……問題なのは、基礎体温も測ってないのに、なんで夫の直樹の方がそのタイミングをわかっていて、肝心な琴子の方があまりわかっていないという事実なのだが。
琴子が、一度恥ずかしそうに訊ねたことがあった。

「ね…ねえ・・・入江くん・・・なんで、アレ、着ける時と着けない時があるの?」

やっぱり分かってないのか、今時の女子の保健体育はどうなってる? と、直樹はこめかみを押さえたが、保健体育の問題ではなく琴子の記憶力の問題だろう。

「危険日とか安全日とか、知ってるだろう?」

「うん。知ってるけど……なんで入江くんが分かるの? あたしも知らないのに! 凄いねっ流石入江くんっ! 天才ってそんなこともわかっちゃうんだ」

何の疑いもなく素直に称賛した琴子だが、直ぐに不安そうに再び訊ねた。

「でも、それって赤ちゃんはまだいらないってことだよね?」

ただ純粋に、直樹の赤ちゃんが欲しいと思っている琴子。出産や育児の不安は、信奉する姑の激励によって掻き消され、母親になるということがどういうことか分からないまま、夢見るように漠然とし
た思いを描いているに過ぎないのだろうと推測出来た。
そんな琴子にはっきりと「今はいらない!」と、宣言するのも憚れるものが
あったのは確かだ。
そして、出来たなら出来たで仕方ない、という瞹昧な思いがあったのも、また確か。
だから、彼女への答えも随分瞹昧なものだった。
まだ学生だから、なるべくなら子供は、経済的に目立してからの方がいいと思っていること。
ただ避妊は、確実な方法をしているわけではないから、出来たなら出来たでちゃんと受け入れるということ。

「う……うん、そうだよね、あたしたちまだ学生だもんね」

とりあえず同意したものの、どことなく淋しげだった琴子の顔を思い出す。
ピロートークの中で交わした会話を覚えていたのかどうかはわからない。

だが、基本避妊をしてきたのに直樹が妊娠のことをどう思うのかーーそれがもっとも琴子の気になるところだったようだ。

だから、ベランダで琴子に話したことは、彼女を天に昇るような幸せな気持ちにさせたことだろう。

ーー子供、作っちゃおうか?

幸せそうな琴子を抱いて、自分もまたこの上ない幸せを感じていて。
……でも、やっばり自分の身体のこともう少し知るべきだよなぁ、おまえ………
あどけない少女のような妻の寝顔を見つめながら、軽くため息をつく。
あんなに夜の彼女は、間違いく大人の女で、どきりとするような表情や姿態を見せるクセに、そっちの方の知識はいまだに中学生並ときた。


そういえば。
直樹の思考は、また、一年近く前に跳んだ。
結婚式直前…たしか、三日くらい前だったと思う。
仕事が忙しくほとんど直樹は家に帰れなかった時期だが、たまたま着替えを取りに帰った時に、琴子が紀子に泣きついているのを聞いてしまったのだ。

「おばさんっどうしようっ! ハネムーンの最中に生理が来ちゃうかも!」

……そうだな、その可能性あるな…と、何故か分かってしまった直樹。
……それは……マズイな…とも思いつつ……手は1つしかないが……
口に挟むべきかどうか逡巡している間に、紀子が彼の思ったことを代弁してくれた。

「大丈夫よ、琴子ちゃん。明日近くの産婦人科に行って、生理を遅らせる薬をもらって来ましょう」

「えっそんな薬あるんですか?」

「あるわよ。ただ、貰ったら旅行が終わるまで忘れずに毎日飲まないと駄目よ?
飲み忘れたら生理来ちゃうから」

「はい!」

近くの産婦人科って土屋産婦人科だな。あそこは世代交代して、確か娘が診ている筈だ。それに、ピルの処方くらいじゃ内診はないはずだ。
なんでそんなことを知ってるんだと自分で突っ込みを入れたくなるようなことを思いながら、ちょっと安心したものだ。
………ピル、きちんと飲ませなきゃなと、これだけは、肝に命じつつ。
そして、なんやかやと結婚式が過ぎ、ハワイでのハネムーンとなり紆余曲折の果てに漸く最終日に結ばれて。
朝、目覚めた琴子が恥ずかしそうに眩いたセリフに、思わず天を仰ぎそうになった。

「ハネムーンベビー、あたしたちの処に来てくれるかしら?」

ーー来るか!

生理をコントロールする中用量ピルを服用しているのに、妊娠する筈がない。だから初めての夜は、薄い膜に邪魔されることなく、自然なままで琴子を堪能することが出来たのだ。

ーーおまえ、もうちょっと勉強しろ………

……いくらなんでも知らな過ぎだろう。
相変わらす、すやすやという擬音でも聞こえきそうな寝息で、腕の中の琴子は目覚める気配がない。
時計を見るともう6時だ。もうすぐ目
覚ましもなるな、と思う。
今日は、直樹は1限から授業があるが、琴子は2限目からの筈だ。それが解っていたせいか、昨夜は少し無理をさせ過ぎたかもしれない。
ーーもう少し寝かせおいてやるか。
妻を起こさないようそっと、彼女の頭の下から腕を引き抜いて、枕元の目覚ましのスイッチを止める。
それらの動作だけでは、彼女を起こすことにはならなかったようだ。軽く寝返りをうって、波打つ髪が、彼女の愛らしい唇に張りついた。
直樹は、その髪を払ってやり、そのまま軽く彼女の唇にキスを落としてからベッドを抜け出そうと、顔を近づけた瞬間......

「……うっ…痛っ」

眠っていた筈の琴子が、突然顔をしかめて、うつ伏せに跪った。

「おいっどうした?」

慌てて直樹は、彼女の顔を此方に向かせようとした。顔色を見ないと何が起きたのか分からない。
しかし琴子は直樹の手をはねのけ、毛布をばっと被るとそのまま中に潜ってしまい、そして何やらゴソゴソとしている。

「おいっ何してんだっ」

直樹が毛布をめくりあげようとし
た途端、毛布の中から、

「い・・・入江くん・・・どうしよう」
という半泣きの声が。

「だから、何が」

「……来ちゃったよ」

「だから、何……」

もう一度言いかけて、はたと思いつく。

「ああ、おまえ、もしかして」

「……うん、生理来ちゃった…」

漸く琴子は、毛布から顔を出すと、いかにも憂鬱そうな顔つきでそう眩いた。

「……ちゃんと服着て眠ればよかった……ううっ……シーツ汚れちゃったよ~」

毛布の中からくぐもった声が聞こえる。

「どうせ俺たちの体液でグショグショだろ? 洗えばいいだけじゃん」

さらっと言ってのけた直樹に、

「た……体液って……そんなやらしい言い方しないでよっ!」

がばっと毛布から真っ赤になった顔を出し、猛然と抗議をする琴子に、
「体液は別に工口用語じゃないだろう」
と、平然と返す直樹。

「……でもなんか入江くんが言うとやらしい……」

言いかけた琴子をギロッと睨む。

「おまえ、さっさと着替えてこいっ」

いつの間にか先に服を身に付けた直樹
は、シーツを引き抜きそのまま毛布にくるまった琴子をベッドから蹴落としたのだった一一。

「入江くんの意地悪~」

毛布を頭から被ったまま、チェス卜前にいき、ゴソゴソと服やら下着やらを準備しているらしい琴子に背を向けて、自分はさっさと大学に行く仕度をしていた直樹は、ふと思いついたように言った。

「結局、医者の言った通りになったな。まあ残念ながら親父になるのはしばらくお預けのようだ」

直樹の言葉に、琴子はっとしたように振り向いた。

「あ……そうか…」

あからさまに残念そうな顔で琴子が眩く。

「せっかく入江くん夕ぺあんなに頑張ってくれたのに…ゴメンね...…」

……いや、別に子供の為に頑張った訳じゃないし。だいたい出来るとも思ってなかったし。
琴子が謝ることでもないし……

眉間に皺を寄せ軽くため息をついて直樹は妻を見る。
申し訳なさそうに、うるうると直樹を伺っている琴子の方にそっと近づくと、毛布ごとぎゅっと抱きしめる。

「……今度ちゃんと話そうか……」

「え?」

「子供のこと。二人の未来のこと」

「………うん………」

カーテンの隙間からうっすらと白んできた冬の空が微かに見えた。
そろそろ母も起きて朝の支度を始める頃だ。

「俺、先に行くから。おまえ、2限目からだろ? 洗濯とかやってて遅刻すんなよ? 行き辛いからってさぼんじゃねぇぞ」

くしゃっと頭の上に手を置いて髪の毛を掻き回したあと、軽く啄むようなキスをする。

「サボらないよっ」

ほんとは、やっばり、大学に行ってから皆から何を聞かれるかと思うと憂鬱だけれど……。
ばたん、と直樹が出ていった後の扉を見つめ、琴子は軽くため息をついた。

でも、大丈夫……。
直樹の触れた唇に指を押しあて、ゆっくりとその感触を思い出す。

このキス1つで、今日1日きっと頑張れる。

「さてと…………」

琴子は、ゆっくりと立ち上がった一一。






ーー特に何も盛り上がりのないまま後編へ続く! のです……

※※※※※※※※※※※※※※※

何が長いって、直樹さんの回想がやったら長いんですね……5時半から6時の30分間の回想(^^;あっちの話こっちの話と行きつ戻りつして、なんか分かりにくくなってすみません。

直樹さんに色々と真剣に考えていただきたかったのですが、ぐだぐだと考えてすぎて、話もぐだぐだです。ぐだぐだぐだぐだ…………(..)

後編はもうちょい甘くなる予定です。(タイトル通り)しかし、最近はベッドの中で始まってる話ばかりだな……(^^;


20001113~ ………余韻。


お誕生日記事のアップ以来、びっくりするくらいのたくさんの拍手と、コメント、ありがとうございました。自分の書くものが受け入れられるものなのかどうか不安だったので、あたたかい言葉の数々に、舞い上がりそうなくらいに嬉しかったです(^^)v

そして、今回は……『真夜中のバースデーコール』のその後の話です。本当は13日のうちにアップしたかったのですが……ムリでした…(-.-)



※※※※※※※※※※※※※※






「ふぎゃあ……」


琴美のか細い泣き声が、いつもより遠い彼方で聴こえる気がした。
起きなければ、と思うけれど身体が妙に重くて気怠い。
琴子はいつも隣にいる筈の琴美の姿を探そうと、無意識に腕を延ばす……つもりが、身体をしっかりと閉じ込めるように抱きすくめられていて、腕どころか何ひとつ自由に動かせないことに漸く気が付いた。

「ふぎゃっふぎゃっ」

泣き声が少し盛大になると、琴子を束縛していたものが僅かに弛んだ。
重たい瞼をこじ開けるように開いたが、豆球の仄かなオレンジ色のみに照らされた室内は、鳥目の琴子には闇と一緒だ。

何も見えない。

でも。しっかり自分を抱き締めてくれていたのは、間違いなく………

ふわっと空気が動き、完全に解放される。
密着していた肌と肌が僅かに離れただけで、一瞬にして冷気が二人の間に入って来た気がした。さらに、二人の上に掛かっていた掛け布団が捲れ上がり、余計に寒さを感じる。なにせ何一つ身に纏っていないのだから。
直樹が起き上がったようだった。
ぎしりとベッドが軋む音がして、ベッドの横で何かごそごそ探している気配がする。

「……入江くん……?」

「ほら、パジャマ着ろよ」

ばさばさと、琴子の頭にパジャマやら下着やらが落とされたーーようだ。暗くて薄ボンヤリとしか分からないが。

そして立ち上がった直樹がピッとエアコンのリモコンを操作した。

ああ、暑くて途中で切っちゃったんだっけ……

ほんの少し前の、熱気に満ちた室内の甘くて蕩けそうな時間を思い出し、琴子は顔が瞬間火照るのを感じた。

「ふぎゃあ……ふぎゃっ」

直樹が琴美のベビーベッドの処に行ったようだ。
いつもはキングサイズのこのベッドで三人川の字で寝ていたが、今日は久し振りの夫婦のひとときを過ごす為に、たっぷりと母乳を与えて、ベビーベッドに眠ってもらっていたのだ。

直樹はどうやら手早くオムツを替えた後、琴美を抱きあげてあやしているようだ。だんだん目が慣れてきて、シルエットが見えてきた。琴美を抱き抱えてゆらゆらと優しく揺らしている直樹。琴子が服を身につけるのを待っているのだろう。
それでもおっぱいを欲しがってぐずつく琴美の泣き声はおさまらない。
琴子は慌て下着をつけ、パジャマを羽織る。どうせ授乳するから前ははだけたままだ。

「着た?」

「うん」

「はい」

まず消毒用スプレーを手に吹き付けられ、おっぱいを拭くためウェットティッシュを渡される。用意周到だ。

「……ちゃんと拭いとけよ。おれが舐め回したし……」

「……ふっ拭くよっ///////」

もう、そんなこと、しれっと云わなくても!

琴子はまたもや顔が熱くなるのを感じながらおっぱいを消毒する。

「悪いな、琴美。おまえのおっぱい、パパが取っちゃって。でも元々はパパのだぞ?」

「……もう、入江くん!」

直樹の方に顔を向けると、すっと琴美を渡される。
いまだ視界は仄暗くてよく見えないが、渡された琴美の顔ははっきり見えた。ふぎゃふぎゃと泣いていたのに、琴子の腕に渡された途端に一瞬泣き声を止めて、何かを探し始めた。
左の胸を差し出すと、ぱくりと吸い付く。

横で直樹がごそごそ何かを探している気配を感じた。

「……入江くん?」

「……琴子、おまえ、お尻で踏んでる」

「へ?」

「……おれのトランクス……」

「えーっ?」

琴子は琴美に乳を含ませたまま、後ろを振り返り、腰を少し浮かすと、直樹がサッとその下にあったものを取り返した。
そしてベッドの脇でそそくさと身につけ、更にはパジャマを着ているようだった。

えーっ? えーっ?
入江くんってば、まっぱで琴美の処に行って、オムツ替えてあやしてたの!?

鳥目の自分には見えなかったが、どうやらそういうことらしい。
泣いてる琴美の傍に直ぐに行きたかったのだろうが………でも…….。
何だか様子を想像して、またまた顔が熱くなった。

パジャマを着終えた直樹がサッと琴子の横に滑り込んで来る。
そして必死でおっぱいに吸い付いている琴美の顔を覗きこんだ。

「……せめて服を着てからみーちゃん連れて来ればよかったのに」

ぽつりと呟く琴子の肩口に顔を寄せて、直樹は平然と「泣いてるのにほって置けないだろ?」と云う。
「……せっかく、パパとママの為にこんなにいっぱい眠ってくれた孝行娘をほったらかしなんて」

「……え?」

「時間、見てみろよ。前の授乳からどれだけ経ってる?」

「えーっ? 4時間? うそっ」

琴子は今まで見もしなかったベッドサイドのデジタル時計をガン見する。

「うそ……そんなに寝てくれたんだ、みーちゃん……いつも1時間くらいしかもたないのに」

4時間なんて、最高記録だ。

「すごいな、琴美。0歳にして、パパに最高のバースデープレゼントくれたな」

そうしていまだに琴子の胸に張り付いて、懸命に唇を動かしている琴美の頬をつんつんと突っつく。
琴子も直樹もただ一生懸命乳を吸う我が子を見つめ続けた。

「……入江くん……」

琴子は直樹の顔が見えないのをいいことに、ちょっと気になっていた事を訊いてみる。

「あ、あたし大丈夫だった?」

「……何が…?」

「えーと…色々不具合はなかったかと」

「ぶっ………不具合って……」

ツボに入ったようでくっくっくっと笑いを堪える直樹。

「…何よ、そんなに笑わなくても」

「……いや……ないよ、別に。不具合なんて……」

またクスッと笑う。

「……ほんと? 胸だって、途中で張ってきちゃうし………お腹には微妙に妊娠線残ってるし」

かろうじて体重だけは元に戻ったがーーいや、どちらかと云うと授乳のお陰でマイナスなのだが、体形だけはどうにもならない。当初里美に奨められた産後用のウェストニッパーを着けていたが、1時間置きの授乳サイクルに身体が付いていかず、きつく締めるとすぐ気分が悪くなって、結局3日で着けるのを止めてしまっていた。というか、直樹に止めさせられた。

「……別に。全然変わらないし。補正下着なんか使わなくてもちゃんと戻ってるよ」

「……そ、そう? でもやっぱり胸ってこのサイズくらいがいい?」

お求めのCですが………

「……いや、前のでいいよ。なんかその胸、おれのじゃない気がする。琴美に対して罪悪感感じるから。それに」

意地悪く直樹が囁く。

「……どうせ断乳したらあっという間に元に戻るっていうし」

「……うっ……吸い付くされてマイナスになったって理美言ってたわ……」
少し落ち込む。Aカップから更にマイナスって……

「今のうちに、『だっちゅーの』ポーズで写真とっとこうかな~あたしにだってこんな胸があったのよ記念で」

「『だっちゅーの』?なんだよ、それ?」

「えーっ入江くん知らないの? まあ、お笑い番組なんて観ないもんね」

とりとめのない話を交わしながらも二人の視線は必死でおっぱいに張り付く琴美に注がれたまま。

「それよりおまえの方はどうなんだよ?」

「え? な、何が?」

「おまえは不具合感じなかったの?」

「不具合? あっあっあたしが? どうして?」

「……出産したばかりの女性は身体が母親になって、女としての欲求は薄れるっていうし」

「あたし、いつもと違った?」
不安気に直樹の顔をチラリと横目で見る。

「……いや、いつもの可愛い琴子だったよ」

「…………$#★〇#////////!!!!」

甘い‼ 甘すぎる! 何だか自分が誕生日プレゼント貰ってるようだ、と琴子は思う。

「ちゃんといつもと同じ処で反応してたし、イク時の顔もおんなじ表情してたし、声も………」

「……も、もういいよーっ」

琴美におっぱいをあげてる最中にそんなこと云うなんて。暖房が効いてきたのも相まって、琴子の顔は火照りっぱなしだ。

「……入江くんはいつもと違った」

「え?」

「…いつもと違って、すっごく優しかった。まるでハネムーンの初めての夜みたいに」
まるで繊細な砂糖菓子の細工を扱うように、優しかった直樹。琴子は恥ずかしそうに俯いて話している。

「そりゃ、母親になった琴子を初めて抱いたわけだし。ハワイの夜と同じ気持ちがしたかも」

愛しい女と初めて結ばれる喜びと緊張と、ようやくここまで来たのだという感極まった想いーー色々な感情がないまぜになった7年前と少し似た感覚だったかもしれない。
高校生の頃から彼女の世界の全ては直樹だった。常に直樹が重要で直樹が最優先だった。その彼女の世界に降り立った琴美という存在。
妻を赤ん坊に奪われたなどと思ってる訳ではないが、女が母親になる速度より男が父親になる速度の方が遥かに遅い。それは天才と呼ばれた直樹にも例外ではなく、しっかりと母親の顔をしている琴子が何だか随分遠くに行ってしまったような気がしたのも確かで。

そして今宵、やっと取り戻したように思えたのだ。琴美の母であることも間違いないけれど、自分の女であることも間違いないのだと再認識できた夜。
自分の誕生日などさしてめでたいとも思わないが、こうして再び新しく始められるきっかけを作れたのだから誕生日も悪くないと思ったりもする。

「……ハワイの夜みたいに幸せだったよ」

そう言ってハワイのハネムーンに気持ちを飛ばしてうっとりしている琴子だが、ちゃんと時間を見て琴美に反対側のおっぱいを含ませている。
その様子に苦笑しつつも、感心する。

「…琴子……」

「…ん?」

琴子がふっと顔をあげて直樹の方を見た瞬間に、その唇を直樹が捉えた。

「……!」

一瞬目を見開いた琴子だか、すぐに閉じる。

腕の中には懸命におっぱいを吸っている琴美がいて。
そして、その直樹の腕の中には食むように唇を奪われている自分がいて。


ーー幸せの余韻が、ゆったりと二人を包んでいるーー。





※※※※※※※※※※※※※※


と、いうわけでその後の話でした。
本当はもう少し長くだらだらとビロートークを交わしているシーンを続けようかとも思ったのですが………まあ余韻を持って、こんな感じで(^^;

今回の話で自分で密かに萌えているのは、まっぱで琴美ちゃんのオムツを替えてあやしている入江くん……(///∇///)
えっちの後、服着てない状態で琴美ちゃんが泣いたらどうするか? しかもぱんつは琴子が踏んでるぞ!どうする直樹 ……そして彼は……。(一応豆球のほのかな灯りで自粛しました(^^;)

昨日今日と仕事中そんな妄想ばかりしていて、かなりおかしな顔をしていたと思います、アタシ……(..)




20001112 ~真夜中のバースディコール




「ふぎゃあ……」

隣で寝ていた琴美の、頼りない程か細い泣き声に、琴子の意識はぼんやりと覚醒する。

「…また起きちゃったの? みーちゃん」

時計を見ると、前の授乳からまだ二時間経っていない。
オムツを見て濡れてないことを確認する。
消毒液で手を拭いて、それから胸をはだけてふぎゃふぎゃと半泣きの琴美に乳を含ませる。すると安心したように泣くのをやめて乳を吸い始めた。

「……はあ。いつになったらもうちょっと寝てくれるのかなぁ」

先々週に1ヶ月健診を終えて、順調に大きくなっているから混合は止めて母乳オンリーでも大丈夫ですよ、と云われ粉ミルクをあげるのをやめた。
ものの本には、新生児はたいてい3時間ごとくらいで授乳とあるが、生まれてこの方3時間もまとめて寝てくれたことはまだない。
たいてい1時間くらいで起きてしまうのだ。

赤ん坊には個人差があるから仕方ない、たくさんおっぱいを飲めてたくさん眠れる赤ちゃんもいればそうでない赤ちゃんもいるのですよ。大丈夫、だんだんまとまって眠るようになりますよーー
保健師も姑の紀子もそう言って励ましてくれるが、看護師である自分だって、そんなことはわかっている。
頭ではわかってるけれど、さすがに身体がついていかない。慢性的な睡眠不足による疲れから、些細なことで情緒不安定になっている。

理美のところの夕希ちゃんは生まれてすぐ4時間は寝てくれたって言ってたのにな……

他人と比べたって仕方ないのに。そんなことはわかっているけれど、思わずにはいられない。

右と左と5分ずつ。そのあとげっぷを出させるのがまだ少し苦手。1日何回もこの行為をしているのに、上手くげっぷを出させてあげられない。もしかしてそのせいでよく眠れないのだろうか?
それに上手く授乳中に寝てしまったら、このままそおっと布団の上に置いてしまった方がいいではないか。

……また、げっぷはちゃんと出なかった。でも吐いたことは余りないのだから、これはこれでいいのかも。

手探りばかり。
自信のもてないことばかり。
ママになってまだひと月とちょっとの琴子には、育児を楽しむ余裕は欠片もない。

琴美のぷくっとした頬をさわり、柔らかな髪を撫でる。この髪質は直樹似だ。睫毛の長さもそう。でも瞳の大きさとこの頬のふくふくさは琴子似だと皆が言う。

いとおしい、と思う。
いとおしくていとおしくて堪らない。
直樹と自分の愛の証だ。
なのに時折、どうにも離れたくなる。
24時間、ぴったりと寄り添う生活から逃れたくなる。
そしてそんなことを考える自分に凄まじく落ち込むのだ。

「……寝なくっちゃ」

琴美の寝ている隙に少しでも寝なくては、と思う。
ふっと時計を見る。さっき目覚めてから15分程経っていた。
今、午前0時30分ーー。

「え、あーっ!」

大声を出しそうになって慌てて手で口を押さえる。

入江くんに、HAPPY BIRTHDAY! のメールを送るの忘れてた!

慌てて携帯電話を探す。

充電もせずにほったらかしで、電源が落ちた状況で机の上に転がっていた。
携帯を購入したのは、妊娠が判ってからだった。世間ではもう相当の普及率をもっていたこのツール、年を追うごとに進化を経ている。昨年携帯でインターネットを使えるようになり、電話よりメールとして文章を送る機能がもてはやされた。今年になって今度は携帯にカメラが付いたと騒いでいる。
今年始めに初めての携帯電話を買ったばかりの琴子には、カメラ付き携帯など持てはしないが、あったらきっと琴美の写真ばかり撮るだろう。尤も、すでに紀子がほぼ毎日写真を撮り、琴美の日めくりカレンダーを作ると張り切っているが。

元々直樹が縛られるのが嫌だと言って院内PHSと呼び出し用の携帯以外プライベートでは持とうとしなかった為に、琴子もずっと持っていなかった。
紀子も重樹も新しい機種が出る度に買い換えていたし、職場仲間からも持つように云われたが、直樹のどうせお前のことだから忘れるし失くすし、携帯としての意味がないだろうといわれ、その通りかもと思ったのだ。
しかし妊娠が判明してからは、もし屋外で何かあったらと、二人一緒に同じ機種を購入した。
だからといってこれで直樹を掴まえるのは難しい。
病院内では電源をオフにしていてるし、車や電車の移動時間は出ない。

やっとこさ覚えたメール機能で、何とか用事を伝えることが出来るようになったのはありがたいーーが。


ーー0時になったら送ろう思ってたのに……。

今日は直樹の誕生日だ。
昼間、琴美が寝ている隙に紀子と共にケーキを焼いた。
甘さ控えめのコーヒーのシフォンケーキだ。1週間毎日作って、やっと萎まない、ふわふわのシフォンが焼けたのだ。下手にクリームでコーティングするより、切り分けたものにホイップをのせて、少しお洒落に一皿を飾り付けようと思っている。明日焼き立てを食べて貰いたいけれど、今日のお試しが余りに上手くいったので、そのままこれを本番用にしようかと紀子と話していたのだ。

けれど、夕方過ぎに掛かってきた無情な電話。

近くで多重事故があり、ERの応援で帰れないということだった。
テレビをつけたらニュースでもやっていた。かなりの数の負傷者が出ているらしい。
その夜どころか、誕生日のうちに帰ってこれるのかすら危ういという。
それにそんな状況では誕生日を祝う気にも慣れないだろう。

どうか、斗南に運ばれた患者さんがみんな助かるようにーー現場を離れた琴子には祈ることしか出来ない。

直樹も誕生日のことなんて忘れているだろうし、メールを送ってもいつ見るか分からない。でもちゃんと0時に送って、自分は覚えていることを伝えたかった。

……駄目だな、あたし……

30分遅れたけれど、とりあえずメールをして携帯を置いた。

今年はプレゼントも買っていない。
買いにいく暇もなかった。
紀子も、「1ヶ月過ぎたんだから、もうお買い物いったり少しお友達と息抜きしに言ってもいいのよ。みーちゃんはあたしが見ているから。大丈夫よ、哺乳瓶でミルク飲むし、搾乳して保存してくれればちゃんとあげるから」と言ってくれたのだが、やはり1~2時間で泣く我が子を置いて出掛ける気にならなかった。
何を買っていいのか頭も回らない。
紀子に相談したら、「今年はこんなに素敵なプレゼントを貰ったのだもの、何もあげなくてもいいわよ」とあっさり云われた。
とはいえ今年の琴子の誕生日には昨年貰ったサファイアのリングとお揃いのネックレスを貰ったのだ。まさか二年続けて思いもかけずプレゼントされるとは想像もしていなくて、後ろから付けてもらいながら号泣してしまった。
さらには自分より1週間誕生日の早い琴美には、やはりお揃いのサファイアのベビーリング。しっかり名前の他に誕生日や体重、身長が刻印されていた。
そんなにあれこれしてくれたのに、直樹のために何も準備出来ない自分が情けなくて堪らない。
どうして出産前の動けるうちに準備しなかったのだろうと、悔やまれる。



琴美がすやすやと眠るキングサイズのベッドに横たわる。
ベビーベッドは、居間と寝室の両方に置いてあるが、結局寝室では自分たちのベッドに寝かせている。自分も横たわりながらあやせるので少し楽なのだ。
直樹がいるときも、琴美を挟んで川の字で眠る。直樹が少しでも長く顔が見れるからそうしたいと云ったのだ。

実のところ、琴子は退院してすぐに夫婦別室を申し出た。
夜勤もあったり手術前だったり、当直が続いたりの状態で、一日家にいる琴子と同じように琴美の一時間おきの睡眠サイクルに付き合っていては仕事に差し障ると思ったのだ。
けれど直樹に一蹴された。
睡眠時間は短時間でも十分休息できるし、琴美のか細い泣き声ごときでは目を覚まさないから大丈夫だと。それに何より琴美の顔を見れば癒されるし、ただでさえ一日のうちほんの数時間しか共に居られないのだから、眠る時くらい傍に居させてくれ、というのだ。
そうまで云われては断ることも出来ないが、やはり夜中に琴美がぐずぐず泣き出すと、どうしても眠ってる直樹が気になって仕方ない。起こしてしまわないかドキドキする。
本当は起きているのかもしれない。
気にしすぎる琴子を気遣って寝たふりをしているのかもしれない。
そう思うと申し訳なくていたたまれなくなる。

やはり、寝室を別にした方がいいかも、と思い、先輩ママの理美に相談したら、あっさり彼女はこう云った。

「入江くんがしたくないってなら、しない方がいいわよ。下手に夫婦別室にするとそのままセックスレスになるわよ」

「え……?」

「あたしのママ友に多いのよ~産後セックスレスの夫婦。まあわからないでもないけどね~」

からからと笑いながら電話で明けすけな話を始める理美。

「だって、産んだばっかなんて、女である前に母な訳じゃん? 胸だっておっぱいあげる為にあるんだから、旦那に不埒な手で触ってほしくないとか、逆にそんな女でなくなった身体を見られたくないとか、赤ちゃん出した後ですかすかで締まり悪くなってたらどうしようとか、女心複雑なんだよねー。
まあ、何より、エッチなんてしてる暇があったら眠りたいってのが本音だったりするわけでしょ。とにかく疲れるじゃん、育児って。
ただ旦那には我慢させて申し訳ないとか思ったりね。
旦那も奥さんがいつからOKなのかタイミング計りかねて悩むみたいだし。
うちもねー5ヶ月くらいはなかったかな~産後は。
とにかく別室にしちゃったらそのままずーっと寝室別々って夫婦多いから、気を付けなさい」

赤裸々な理美のアドバイスは、余計琴子を思い悩ませた。
事実、直樹とは琴子が出産してからはそういうことはしていない。
キスは毎日してくれるけれど、軽く唇を合わせるフレンチなものだけ。
妊娠前は、多分、おそらく、きっとーーどの夫婦よりも多いんじゃないかと(飲み会などで世間一般の標準をリサーチ済)思われた直樹との愛の行為も、妊娠中安定期に何度かしたのが最後だった。

1ヶ月健診では、産科医から「会陰切開の傷痕もすっかり綺麗になってますから、もう性交渉も大丈夫ですよ。但し母乳あげてて生理が来ないからって排卵してないとは限らないので、家族計画には十分留意してくださいねー」と、にっこりと云われて思わず真っ赤になってしまった琴子である。
けれど直樹に「もうOKだって~♪」などと明るく云える筈もなく。
特にその辺りのことは触れず、1ヶ月健診については琴美のことしか話していない。


ーーもう入江くんには女として見られていないのかも知れない。
胸はCカップに育ったが、血管がくっきり見えて、乳輪が濃くなって、赤ん坊に母乳をあげる為だけの器官だ。
小さくても形が綺麗、といってくれた面影はもはやない。きっと直樹もこんな胸に触りたくないだろう。

あんなに毎日自分に触れていたのに。求められていたのに。
その要求の欠片も見せないのは、自分の身体を気遣っているのか、それとも興味を失ったのか。

確かに以前のペースで求められては身体は全く持たないだろう。出産したら、女より母になり、特にそっち方面の欲求が全く薄れるというのはまさにその通りなのだけれど。

でも、やはり求められないのも寂しいのだ。

ーーこのまま、セックスレスになっちゃうのかも……?


眠らなくては、と思いつつも鬱々とそんなことを考えて無為に時間が過ぎる。

そんな時。

メールが届いた微かな音がした。

「え?」
こんな時間に? と、時計を見ると午前1時15分だ。

琴美が起きないよう着信音のボリュームを最小限に抑えてあるので眠っていたら気づかなかっただろう。

起き上がってメールを開くと直樹からだった。

『ありがとう』

HAPPY BIRTHDAYの返信のようだった。

『今、起きてる? 電話していいか?』

ええっ?
琴子はあわや携帯を落としそうになるほど驚いた。
直樹の方からそんなメールをくれるなんて、携帯電話を持ちはじめて初めてのような気がする。

大慌てで『いいよ』と打とうとし、そんなメールが来るということは、電話しても大丈夫ってことに気付き、すぐに直樹の番号を押す。

1回、2回、……コールする音が響く。

「もしもし」
直樹の声だ。

「い、入江くん……入江くんなの?」

「…俺以外に誰が出るんだよ、この電話に」

「そうだよね……へへっ」

朝から会ってないだけなのに、凄く懐かしい気がする。

「今、何処なの? 仕事は落ち着いたの?」

「今、中庭。ナンジャモンジャの木の下。外しか携帯使えないからな」

「外、寒くない?」

「大丈夫。そんなに寒くないよ。今、少し落ち着いたんだ。殆ど軽傷の患者さんばかりだったからな。………助けられなかった人もいたけれど……」

ああ、それで。
それで少し声のトーンが変なのだと気がついた。
直樹はよく自分の患者さんを救えなかった時、中庭の大樹の下でぼんやり煙草を吸っていた。琴子が妊娠してからは一切吸わなくなっていたので、今どうやって心を保っているのだろう?


ーー傍に行きたい。
近くにいて、後ろからぎゅっと抱き締めたい。
そして替わりに泣いてあげたい。

琴美がいなければ、タクシーに飛び乗って病院に向かってしまったかもしれない。

でもあたしは母親でーーこの娘を置いていくわけにはいかないのだ。
琴子はそう自重した。


「…そっちは? 琴美は寝てる? おまえは寝てなかったのか?」

「うん。さっき授乳で起きてたの。みーちゃんは寝てるよ、ちゃんと」

「……そっか。明日は……って今日か。夕方くらいには帰れるかな? 何もなければ、だけど」

「よかった。誕生日中に会えるかな」

「ああ」

「ケーキね、割りと上手に焼けたの。ちゃんと食べてね」

「甘いのそんなに食えねえぞ」

「うん、大丈夫。甘さ控えめだから!」

とりとめのない会話が続く。ぼんやりと窓の外を見ると月はなく、ただちらほらと幾つかの星が瞬いていた。

「……ごめんね、実はプレゼント、今年は準備してなくて。欲しいものがあったら、今度一緒に買いに行こう」

「…いいよ、別に。今年は琴美っていう最大のプレゼントを貰ったんだし」

紀子の云った通りのことを云う。

「…でもみーちゃんをプレゼントしてもらったのはあたしも同じだよ……」
直樹が愛してくれなければ、決して手に入らなかった宝物。

「……じゃあさ。ひとつリクエストしていい?」

「え? え? え? いいよっ何でもいって! あたしどんな望みでも叶えちゃうから!」

直樹が何かを欲しがるなんて殆どない。欲しいものがあるのなら、地の果てだって探し回るだろう。

「……琴子が欲しい」

「……え?」

「琴子を抱きたい。……まだダメ?」

「…………………////!!!」

「身体キツいなら、無理しなくていいから」

「む、む、む、無理じゃないっ! もう全然大丈夫だから! お安いご用よ!」

「お安いご用って………」
電話口でクックッと笑う声が聴こえた。

「じゃあ、どんと来い、だわっ!」

「……頼もしいな……」
さらに笑い声が大きくなる。

「……あたしも……あたしも……あたしも!」
直樹の笑い声とは真逆に、琴子はだんだん感極まって、涙声になる。

「……あたしも、入江くんが欲しい。抱いて欲しいから……」

「………そっか」

「うん」

電話の向こうで着信のメロディが聴こえた。直樹の持ってるPHSの音だ。

「ちょっと待って」
そういった後、何かを話している声がする。

「…悪い、呼ばれた」

「うん、いいよ。仕事頑張って」

「ああ」

「あ、入江くん、ちゃんと言ってなかった」

「?」

「誕生日おめでとう。大好きだよ」

琴子が窓の外の星を眺めながら囁くと、直樹の返事が耳の奥に響いてきて、その場にへなへなと座り込んでしまった。
顔を真っ赤にして、既に切れてしまった携帯電話をいつまでも耳に当てている。




ーーありがとう、愛してるよ、琴子。



涙が溢れて、止まらない。



※※※※※※※※※※※※※※※


というわけで、産後うつな話から最後はでらあまな感じで(^^)v

すみません、濃厚なラブラブにならなくて(^^;その後の二人も産後初めてなので多分ゆるーい感じです、きっと(^^)


とにもかくにも。入江くん、ハピバ!!


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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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