月下の一族 ~第二夜~ マイ・リトル (終)




東京での暮らしは、山で暮らしていたのとたいして変わりませんでした。
何故なら、やはり滅多に外に出ない生活をしていたからです。
違うのはおうちが広くなり、部屋が沢山あって、家の中でかくれんぼができたことでしょうか。母とよく家の中で遊び、花瓶や置物を壊して父に叱られたものです。

父は時折出掛けることがありました。
母に聞くと新しく出来た大学というところで、教えたり教えられたりしているのだと言っていました。
「あたしも学校というところに行ってみたい」というと母は少し困った顔をして、「父様に聞いてみるね」と言いました。

けれど、翌月にはあっさりと東京女子師範の予科に行くことが決まったのです。
そして私は初めての学校生活を送ることとなりました。
生徒たちは華族や士族のお嬢さま方でしたが、私は父からきちんと作法をならっていたし、母からは人と対話する術を習っておりました。私は決して大勢の人の中で萎縮することはありませんでした。山の中の隔絶した世界で暮らしていた割には、随分早く都会での学校生活に順応出来たと思います。
実際学校というものが出来たばかりということもありましたし、私が父からあらゆる知識を伝授されていた為に、直ぐに教室の中でも一番の成績を取ることが出来たせいもあるでしょう。

何人かの仲のよい友だちも出来て、楽しい学校生活を送っておりました。

けれどその頃、父と母はよく言い争いをしていました。
何の話かわかりませんが、私が原因のように思えました。

「……みーちゃんにとって一番の幸せを考えて……あたしたちとこのままずっと一緒にいられる訳がないわ……」
母は泣いていました。

このまま一緒にいられない……ずっと一緒に……どういう意味だろう?
私にはわかりませんでした。
お嫁に行くということだろうか?
華族のお嬢さん方は、小さい頃から許嫁がいらっしゃる方が多かったのです。でも私はそんな話を聞いたこともなかったし、父や母が勝手にそんな話を決めてしまうとは思いませんでした。

「……琴美が俺たちと共に行くと言っても?」

「ええ。決して連れて行ってはいけないわ。あの娘には人間として幸せになって欲しいの」

扉の外でこっそりと父と母の会話を聞いていて、心臓がドキドキしていました。
聞いてはいけないことを聞いてはしまったのだと思いました。

人間として幸せになって欲しい――
どういうことだろう?

いいえ、私は心の何処かでわかっていたのだと思います。特に、東京に来て学校に行って、色々な人と触れあう度に、自分たち――父と母が異質であるという事実を。

二人が少しも年を取らないこと。
全く食べ物を食べないこと。
怪我をしてもすぐ治ってしまうこと。
太陽が嫌いで月の光が好きなこと。
満月の夜は空を飛んだり手を使わずに物を動かしたり出来ること。

でも、私はどんどん成長して、もうすぐ母の背を追い越しそうでした。
大人になって来ても私は相変わらずお腹がすいて、食べ物を口にします。
私はおひさまもお月さまも大好きです。
私は父や母のように簡単に怪我が治らないし、風邪もよく引きました。
私は父と母とは違うのです。
違うから――置いていかれる。
私は悲しくなって泣き出してまいました。

私が扉の外で泣いているのに気がついて、母は私を抱き締めて一緒に泣いてくれました。
「ごめんね……みーちゃん……」

父も悲しそうに私たちを見つめていました。
そして云ったのです。

「…琴美……俺たちはおまえの本当の両親ではない」

「入江くんっ」

「おまえの本当の両親が見つかった。おまえは本当の親のもとに帰りたいか? それともこのまま俺たちと共に行くか?」

「入江くん、そんなことみーちゃんに選ばせないで!」
母が叫びました。

あたしは即答でした。
「あたしの父様と母様は、二人だけよ!
ずっと二人といたいの」

「駄目よ、みーちゃん。あたしたちはずっと一緒にはいられない。あたしたちは長いこと一つ場所に居られないから、あなたも仲良くなった人とすぐ別れなければならないの……」

私は一瞬言葉につまりました。学校生活や、新しく出来た友だち……そうしたものを手放すことが出来るのか……考えてしまったのです。
それに実を云うと、その頃私は、里で知り合った十也と再会しておりました。
十人兄弟の末子で、口べらしで奉公に出た先で、余りに優秀なのを認められて大学に通っていたのです。偶然街で出会い、再会と、こうやって互いに高等教育を受けられる幸運を喜びあったばかりでした。

そうしたものを全て置いて、根なし草のように生きていくことに私は確かに躊躇いを感じていたのです。
私の逡巡を見てとったのでしょう。
父も母もそれ以上何も言いませんでした。



それから暫くして、父と母は私をある屋敷に連れていきました。
そこは「入江」と表札が掲げられ――父と同じ姓だと思いました。

「不思議な縁だな。まさか俺の一族の傍系とは。直系の人ならぬ者の系譜は俺しか残らず、傍系の人として生きた一族は、こうして子孫を遺し繁栄しているとは――皮肉としか思えない」
父は自嘲気味に笑うと、その大きな門扉の屋敷に入っていったのです。


私たちの住んでいた世田谷の屋敷よりも大きな和風の屋敷でした。お城のようと思いました。
そこには一人の和装の女性が立っていて――私を見るなり駆け寄って泣き出しました。


父はその女性に、一枚の古い産着を渡しました。芙蓉の紋様の入った真っ白い絹の産着――

「間違いありません。小夜の産着です。昔、元官軍の賊に襲われ拐かされた娘です」

その家――入江家は公家の一族で、維新の折りには薩長軍の為に尽力し、それ故に元官軍に恨まれていたようでした。当時の当主であった私の父、母、そして生まれたばかりの私を乗せた馬車が襲われ、父は暗殺され、母は重傷を負ったものの生き延び、そして私はそのまま行方不明となっていたとのことでした。

「私は15年前、道端で泣いているこの娘を拾い、そのまま連れて育てていました」
父はそう説明し、私のこれまでの暮らしを話していました。
母と私はぼんやりとその話を聞いていただけでした。



そして、その日から私は新しい家で暮らすこととなったのです。
実の母という人は、出自は武家だけあって、気骨のある女丈夫といった人でした。夫亡きあとは、外国との貿易を始め、会社を作りどんどん業績を伸ばしているということでした。
強いだけでなく、優しさもある人で、私の名前を育ての親のつけてくれた琴美のままでよいと言ってくれました。そして、そのまま女学校にも通わしてもらいました。

私はその時は思いもしませんでした。もう、二度と父と母に会えなくなるなんて。
一緒に暮らせなくても、世田谷の屋敷に行けばまた会うことはできるのではないかと思っていたのです。実の母は、育ての親への感謝を忘れず、何時でも会いにいき、孝行してらっしゃいと言ってくれました。


だから――私は学校の帰りにでも毎日会いに行くつもりだったのです。
あの屋敷から二人が消えてしまうなんて――いずれは出ていくのかもしれないと思っていたけれど、それはまだずっと先の未来のことだと思っていたのです。



私が何日かぶりに屋敷を訪れた時――そこはもぬけの殻でした。
誰もいない、広い家。
母とかくれんぼをしたことを思い出し、母の隠れた場所を隈無く探しました。
でも居ませんでした。
私はとうとう置いていかれたのです。
ついていく道を選ばなかったから――人であることを捨てられなかったから――。


居間の机の上に一枚の写真が置かれていました。実母の家に赴く前の日に、三人で初めて撮った写真でした。初めに撮った一枚は何故だか母の姿が写らずに、もう一度撮り直したものでした。
にっこりと微笑む優しい母。
珍しく口角をあげて薄い笑みを浮かべている美しい父。



やっぱりついていけば良かった。
その時は本当にそう思いました。
私は写真を見つめていつまでも泣いていました。



――その後。
学校を卒業した私は、数年間の留学から帰ってきた十也と結婚しました。十也は入江家に婿入りし、私と共に実母の始めた事業を拡大することに力を注いで来ました。その甲斐あって、私共の会社は業績を上げ、一大財閥となりました。
私は世田谷の屋敷を買い取り、夫ともにその家で暮らしました。そこで子供を五人生み、育て、生涯をその屋敷で過ごしたのです。
何処かで待っていたのかもしれません。
いつか父と母がここに来るのではないのかと。
いつか、またここに――。
――きっと、また会えると――








「おばあさま。お客様がお見えですよ。昔、この家でおばあさまにお世話になった方のお孫さんだという方ですけど……」

孫の琴音が、そう言って二人の男女を祖母の枕辺に連れてきた。
琴音は、随分綺麗な男の人だな、と少し顔を赤らめる。でも、彼には奥さんがいるようだ。美人ではないけれど、愛らしい顔立ちだ。
本当に祖母を知っているのだろうか。
琴音は祖母とともにずっとこの屋敷に住んでいる。この者たちが祖母と関わった記憶はない――が、何となく見覚えがある気もする。


「……琴美……」
女の人は、祖母の手をとり、はらはらと涙を流した。
そして、祖母も。
「………会いたかった……母様……」
夫を亡くした時と、子供と孫を戦争で失った時以外は一度も涙を流したことがないと言われた女傑が、子供のようにおいおいと泣く姿を、琴音は初めて見たのだった。

「あっ……」

琴音はふと思い出して、居間に飾られた写真の処に走っていく。
そうだ、この写真――。
子供の祖母と写っている二人の男女。今、祖母の元を訪れている二人ではないだろうか?
昔、一度だけこの写真の二人が誰かを訊ねた時、祖母が語ってくれた不思議な物語。本当の話なのか、作り話なのか、よくわからなかったけれど――


「おばあさま!」

琴音が写真を持って祖母の部屋に駆け込んだ。
すると、そこにはもう二人の姿はなく。

――――祖母は幸せそうに微笑んで、安らかな眠りについていた。
すべての人に等しく訪れる永遠の眠りに――――。




開け放たれたガラスの扉から、ただそよそよと風がカーテンを揺らしているだけだった。




――――第二夜 マイ・リトル 了――――

※※※※※※※※※※※※※※※

なんとか、連日アップで第二夜、終わりました。元ネタ『〇〇〇森の中』ぽーの中の珠玉の名作……短くすっきり感動的なお話をなんかぐだぐだにしてしまったような。スミマセンm(__)m

さて、第三夜、ハロウィン当日までにアップできるのでしょうか?



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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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