月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり(終)





さようならって、なんだよ!


僕は一枚残されただけの手紙を握りしめたまま、屋敷中の部屋を確認した。彼らはリビングと寝室以外殆ど使っていなかったけれど、無駄に広い屋敷の中を走り回って、一つ一つ部屋を見て回り――そしてここに誰かが棲んでいた気配の欠片さえ残っていないことを知る。

もう一度リビングに戻った後、離れの診療所に持ち込まれていた猫足のアンティークソファがここに戻されていたのに気がついた。
そして机の上には〇ンケル1ダース………

僕はぼうっとしたまま外に出て、ぼうっとしたまま玄関の鍵をかけ、ぼうっとしたまま何も考えずに散歩コースのひとつの公園に向かった。


みゃう。

公園の入り口に来ると、見覚えのある黒猫が僕の足元にすり寄ってきた。ただその猫の首には、この前見たときにはなかった派手な蛍光ピンクの首輪がついていた。そして黒猫は中に入れと言うように、僕を公園の中に導こうとする。
すると。

「チビ」

聞き慣れた鼻にかかった甘い声の方に、黒猫が走り寄って行く。
声のした方に視線を向けると、そこには。

「琴子ちゃん! 入江!」

さよならと置き手紙一つで姿を消した二人がジャングルジムの横に立っていたのだ。

「渡辺さん、ごめんなさい。突然出ていってしまって。佳菜子ちゃんの様子とか気にはなったのだけれど、やっぱり入江くんと話し合ってそろそろここを離れた方がいいと思ったの。好きな人たちが沢山増えてくると余計に離れたくなくなるし。このまま黙って行ってしまおうかとも思ったけれど、渡辺さんにはあんなにお世話になってたのに、それじゃあまりに不義理過ぎるという気がして……で、ここに居れば会えるかもって。それに、これ」

渡されたのはこの家の鍵。

「そんなの、事務所に送ればいいと言ったんだが」

おまえ、つめてーぞ。

「いつか、また戻ることがあるのかもしれないけれど……その時渡辺さん生きてるかわからないし」

うっ……

「渡辺さん、佳菜子ちゃんの様子時々見てあげてね?」

「うん。僕も気になっているからね」

「ありがとう」

「連れて行かなくていいのか? 本当に。あの娘、親が捕まってこれから生きていくのに辛いぞ。この人間の世界で」

入江のセリフに、琴子ちゃんが首を振る。

「……もう、言わないで。どんなに辛くたって人間として生きていく方が幸せに決まってる」

あ、また入江の顔が曇った。

「……入江くん、誤解しないでね? あたしは一度も後悔してないから。入江くんと同じ不死の一族になったこと、一度も後悔してないから。人間でなくなったことも全然後悔してないんだからっ」

琴子ちゃんが入江に向き直り、きっぱりと宣言した。

「じゃあなんで琴美を仲間に入れなかった?」

「だって、あたしには入江くんがいるけれど……琴美にはこの先、人間であることをやめてまであの娘と一緒になってくれる人が現れるかわからなかったじゃない。あたしは入江くんと一緒なら人間じゃなくなっても平気だった。永遠に共に過ごせるなら望むところだった。
でも琴美は?
どんなに琴美を愛しててもあたしにとって一番は入江くんだし、入江くんだってそうでしょ……? 琴美のことを世界で一番愛してくれる人が傍にいない限りあの娘は永遠に孤独になってしまうと思ったの」

それにね………琴子ちゃんは少し目を伏せて、小声で呟いた。

「本当は半分ヤキモチなの、ただの。だって仲間に入れるには、ある程度大人になってからじゃ駄目じゃない? 子供だとそれこそ1、2年で住む場所変えなくてはならないもの。大人になって、あたしと同じくらいの年になった琴美に入江くんを、とられるんじゃないかって何処か心配だったと思うの……あたし、そんなこと思う時点で親失格だったのよ」

「そんなことない」

入江が琴子ちゃんを抱き寄せる。

「おまえはちゃんと母親だったし、琴美もおまえのことを母親として愛してた。俺たちが人ならぬ者だと知った後も。琴美は人として天寿を全うして幸せだったはずだ……」

「いりえくーんっ」
琴子ちゃんが入江にしがみついて泣きじゃくる。入江が優しく抱き寄せて……うーん、二人の世界に入り始めているぞ。僕は少々所在無げに空を仰ぐ。

まあ、琴子ちゃんにそんなこと言われちゃ、今後こいつが女の子を一族に入れることはないだろう。自分がヤキモチやくから男を仲間に入れることもないだろうし。つまりこの二人は永遠に二人だけで生きていくのだ。


「……じゃあね。渡辺さん、お元気で」

みゃう、と琴子ちゃんの胸で黒猫のチビが鳴いた。この子、連れて行っていいって言ってくれたから、と琴子ちゃんは嬉しそうに笑っていた。



――そして彼らは僕の世界から消えていった。



その後僕は淡々と日々の業務をこなし、平穏で平和な日常を過ごした。
尤も仕事柄、殺伐とした事件やらと関わることも多く、人間の方がはるかに狂気と猟奇に満ちた生き物だと思わざるを得ないことも多かった。
そんな僕を癒してくれる女性に出逢い、僕は彼女と生涯をともにしたいと心から望むようになっていた。あの二人のように、互いが互いを埋め合わせるような一対となりたいと。
何年か付き合い、彼女も僕を好きと言ってくれて、当然プロポーズはOKかと思いきや、あっさり振られてしまった。
僕はショックで立ち直れないかと思ったが、どうにも諦められなくて何度もチャレンジした。
そうして漸く彼女が断った理由を知った。
彼女は、病気で子供を産めないのだと、涙ながらに語ってくれた。
だから一生結婚しないのだと。
僕は、ほっとしたんだ。
僕が嫌いなわけではないのだと知って。
子供が欲しいから結婚したい訳じゃない。
欲しいのはキミなのだと。僕は何度も何度も彼女にプロポーズして、漸く彼女と結ばれることが出来た。
このまま二人だけで人生を過ごすのも悪くない。子供が欲しいなら養子をとるという手もある。選択肢も0ではない。未来は自分の意思で選べばいい。

そして僕らは結婚し、やがて僕は勤めていた事務所を辞めて小さな法律事務所を始めた。大きな事件を扱うことはないが、市井の人々のささやかな日常を守る仕事をしているのだという自負を持ってそれぞれの相談に対峙してきた。

やがて僕らはそろそろ子供を持ちたいという話になり、養子をとろうということになった。
僕たち夫婦が引き取ったのは佳菜子ちゃんだった。そう、虐待されていた少女だ。僕は琴子ちゃんに頼まれていたこともあって、佳菜子ちゃんいるの施設に何度も訪ねていた。僕の妻も一緒にきて、気が合うようだった。
佳菜子ちゃんの父親は出所後も彼女を引き取ることはなく、別の女性と再婚したと聞いた。
佳菜子ちゃんは入江が記憶操作をしたせいか、父親から虐待されていたことも、あの新月の夜のショッキングな出来事も覚えていなかった。それが幸いして、施設育ちでありながら僻むことも嫉むこともなく、真っ直ぐに育っていた。
犯罪者の娘、虐待された娘、そしてその頃小学生で性格も出来上がっている娘を引き取ることにあれこれいう連中を無視し、僕らは佳菜子ちゃんを養子にした。
その後、もう一人男の子を特別養子縁組し、僕は二人の子供の父親となって、子育てと仕事に忙しい日々を過ごし、幸福で充実した時を駆け抜け――

気がつけば20年という年月がそれこそ矢のように過ぎ去っていた。

その間に起きたちょっとした事件といえば、世田谷の入江家のあの屋敷が売りに出されたということだった。バブル崩壊でどうにも持ち直すことが出来なくて巨大複合企業だった入江財閥は解体され、それぞれの企業が独立した。本家本丸は、いくつもある資産の維持管理ができず、世田谷の家も手離すことにしたらしい。確かに固定資産税は半端ない。
無論家を管理していた事務所を辞めていた僕がどうこうできる訳もなく、その後IT企業の社長が購入し、古く耐震性もなかった洋館は解体されたということだった。

もう彼らがあの家に戻ることは二度とないのだと――そう思うと彼らに会うことはもう二度と叶わないのかも知れないと考えることもあった。これまで何度も――例えば余りにも美しい満月が夜空を支配している晩など、何処か心の片隅に残っていた彼らとの想い出がふっと沸き上がることがあった。

彼らは月の住人で、もしかしたら月に還ったのかも……そんな風に思いながら家のベランダから望遠鏡で月を見つめることもあった。


そしてーー2014年10月のある日。
その夜は日本全国で見られる皆既月食で、夕方6時台から8時台という比較的見やすい時間だということで、朝からその天体ショーの話で情報番組は持ちきりだった。
その日珍しく家族の時間が折り合って、結婚し嫁にでた佳菜子も子供を連れて来るというので、近くの公園でみんなで月を見ようと集まっていた。そこからはちょうどスカイツリーと月が並び、雲さえ遮ることがなければそれは美しい光景が見られるだろう。

「じいじ、お月様、隠れてくねー」
孫を膝にのせ、ゆっくりと欠けていく月を見つめる。

「じいじ、お月様大好きだものね」
佳菜子が笑う。
書斎のカレンダーは常に月齢カレンダーで、月球儀や月の地図など飾っているため、僕は無類の月マニアと思われているようだった。

やがて月は幻想的な赤銅色に染められていき――



みゃう。

「あーネコちゃんだーっ」

空を見るのに飽きていた孫が、チリチリと鈴を鳴らしながら近づいてきた黒猫に駆け寄る。黒猫は、まだ小さくて子猫だと思われた。

あの…… 首輪は――!

派手な蛍光ピンクの首輪――だいぶ色褪せてはいるが、どこか見覚えのある、それは………僕は呆然とその猫を見つめた。


「チビ、おいで」


そして、目の前に現れたのは――。
20年前と少しも変わらない二人の姿………。

「綺麗ですね」

琴子ちゃんが、変わらぬ屈託のない笑みを僕ら家族に向けた。
隣には相も変わらず、その月よりも美しい端麗な顔をした入江が面白そうに僕たち家族を見ていた。

「本当に……」

佳菜子が少し不思議そうな顔をして二人を見た。
けれどすぐに公園の遊具に走り出した孫を追いかけていく。


「よかった……幸せそうだね」

琴子ちゃんが黒猫を抱いて小声で囁いた。

「うん、幸せだよ」
僕も応える。

「すごいね、渡辺さんの家族、みんな渡辺さんと同じ、優しくてあったかい生気を持ってるよ」

「血は繋がってないんだけど……」
僕が怪訝な顔をして云うと、
「血ではないのよ。遺伝子の問題じゃないの。生気の質は、育まれた環境にのみ左右されるの。貴方の家族は、まごうことなき、貴方の家族だわ」

そして、また極上の笑みを浮かべて傍らの入江の顔を見つめる。
少しも変わらないお互いを愛しく見つめる様子に、20年以上の時が流れ去ったことなどまるで感じられなかった。

「ああ、そうだよ。僕の家族だよ」
君たちのように永遠に生きていく訳ではないのだけれど、僕の思いや生き方を受け継いだこの子たちは連綿とその思いを繋げてくれるだろう。
そして、いつの時代でもきっと君たちは見つけてくれるに違いない。


そう、いつの時代でも、どんな時代でも。
たとえ地球が滅んでも。

君たちはこの世界が終焉を迎えてもきっと二人でいるのだろう。

この世界に二人きりになっても。
永遠に互いだけを見つめて。

それでも、時折僕のことを思い出してくれれば僕はそれで十分だから。




やがて月食が終わり、月が元の美しい満月となり夜空に煌々と耀きを放ち始めた時、彼らの姿も、その子猫の姿のままだったチビももう居なかった。



――僕はこの先も決して忘れないだろう。
月下の恋人たちのことを――――






―――第一夜 不思議なふたり 了 ――

※※※※※※※※※※※※※※※※


やっと終わりましたあ! 第一夜!

エドガー直樹とメリーベル、時々アランな琴子………?

そう、ぽーなお話でした。

なんか、シリアスなんだかギャグなんだか分からない話でスミマセン。

ヴァンパイア系の話は好きですが吸血鬼ネタというよりも不死ということ、悠久の時の流れの中に生きているということにひかれます。
これぞ永遠の愛! まんまやん……





果たして第二夜 明治編、第三夜 戦国編は続くのか? 予定ではハロウィンまでに終わる筈だったのだけれど(^^;
ちょっとフツーのイリコト書きたい気分です。



追記…今年のお祭りアイテムらしい黒猫ちょっといれてみました(^^)僻地で密かなお祭り参加♪



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管理人の、のののです。イタズラなキスにはまって、二次創作を始めました。

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