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月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 5

2014.10.22(23:45) 27




その日は新月期で診療所は休みだった。
新月期は彼らの力が低減する。僕はだからこの時期には、1日1回彼らに生気を提供するためにこの屋敷を訪れているのだが--よくよく考えたらなんてお人好しなんだっ! と自分で突っ込まずにはいられない。
ばっかじゃないか? よく自問自答する。僕がここに来なかったら彼らはどうするのだろう? 僕を探しに来るのだろうか?
それとも、新しい補給源を手に入れるだけなのだろうか?
僕に会う前は、とりあえず体力の有りそうな奴からこっそり生気を頂いていたのだという。またそうすればいいことなんのだから、僕限定でなくてもいい筈--とは思うが、結局僕の方が彼らに会いに行きたいだけなのかもしれない。
初めはただ僕が彼らに気に入られ、なつかれたのだと思っていた。けれど本当は僕の方がすっかりこの奇妙な夫婦に魅了されてしまったのだ。

それに、琴子ちゃんの
「渡辺さんのエナジィだと安心なの」という瞳をきらっきらさせて言う言葉に抵抗することなんて出来る訳がない。

「それに……もし、入江くんがスッゴい美人の患者さんからエナジィ貰ってきたら……それをあたしが貰うのなんか嫌で……」

うん、まあわかるけどね。
想像するだけで絵になる感じだけどさ。
この古びた洋館で入江が美しい貴婦人の首に牙をたてている--なんてね。
でもあいつは実際女は襲わない(色々面倒だから、なんて言ってるけど、琴子ちゃんがヤキモチやくの分かってるからだよな)。牙もないし、血も吸わない。

でも琴子ちゃん、ヤキモチ焼くの、琴子ちゃんだけじゃないよ。
たまに診療所に顔を出すとけっこうお父さんが子供を連れてきてる場合も多い。この前なんて、琴子ちゃん、シングルファザーのパパさんににマジで言い寄られていたもんな。
その時の入江の顔ったら! 患児がいたからいつもの嫌味の応酬はなかったけど、あいつボールペン三本はへし折ってたな。………ってか、400年も一緒にいてその独占欲凄くね?


僕は勝手知ったる玄関を勝手にあけて--鍵もちゃんと預かっているのだ--広いロビーから廊下を抜けてリビンクを目指す。
この時間なら大丈夫だろうな。もうすぐ夕暮れ時だ。真っ昼間は彼らは寝ていることが多い。いや、流石に棺桶で眠ってる訳じゃないケドね。
たまに、リビンクのソファでそのまま寝ていることもあるし。大抵入江が琴子ちゃんを抱え込んで眠ってるんだ。まるで幼子を自分の懐にすっぽり包んでいるみたいに。そんな様子はなんかほのぼのあったかい気持ちになるんだけどね。
たまぁに(おもに満月期)二人とも素っ裸でリビンクの絨毯の上に転がってる時もあるから--いや、一応シーツにはくるまってるけど--この部屋に入るのにはとりあえずノックは必須行動なんだ……(寝室に行けよっ//////)



「入江くんのばかっ」

リビンクをノックしようとした途端に、逆にドアを引かれて思わず転げそうになる。その横をすり抜けるように涙を溜めた琴子ちゃんがバタバタと駆け出して、そのまま僕と入れ替わるように外へ飛び出して行った。

珍しいな、喧嘩なんて。

いや、時々下らない言い争いをしてはいるけど。

僕がリビンクに入ると、部屋の中はなかなかの惨状だった。
サイドボードに飾ってあった皿や花瓶が割られて床に落ちていた。

遮光カーテンの引かれた窓は薄暗く、その窓辺に佇んでいる入江は珍しく苦渋に満ちた顔をしていた。
カーテンの隙間から琴子ちゃんが出ていくのを見ていたのだろう。

「入江、大丈夫なのか? 琴子ちゃんあまり一人じゃ外に出たことないんだろ? いいのか? 追っかけなくて!」

僕は焦って入江に問い掛ける。

だって、まだ陽は出ている。もうすぐ日が暮れる時間だけど、まだ太陽は出ているだろう? しかも新月期で--大丈夫だろうか?

「大丈夫だ。そうすぐにどうなるわけでもないし、そんなに遠くに行きはしないさ」

「いったい何で喧嘩なんか……」

「おまえには関係ない……」
そう言い掛けた入江をキッと睨むと、
「……わけじゃないか」と、自嘲気味に笑った。

「……そろそろこの街を出ようという話をしてたんだ。もう5年。俺たちは一つところに5年以上住むのは難しいからな」

「…………え?」

僕は茫然と彼を見つめた。

「琴子はここが気に入っていたからな。出ていくのが辛いのはわかっていたんだ。……だから言い出しにくかったし、まだもう一年くらいはいいかも、と思ってたりもした。いや、俺も結構今の生活が気に入ってたんだよな」

「…じゃあ、なんで?」

彼らがずっとこのままここにいることは難しいだろうとは思っていた。5年といえば、零歳児だって幼稚園に通うようになる。母親たちだって、歳をとっていく。
以前と少しも変わらない風貌の琴子ちゃんは、最近とみにその美容法やどんな化粧を使っているのかを訊ねられているようだった。今はただ元から童顔だからとか思われているだけだろうけど、いずれは不審に思われるに違いない。
少しも歳をとらないこの夫婦のことを。



ことの発端は、例の琴子ちゃんに言い寄った長谷川とかいうシングルファザーだと言う。

「おまえ、まさかそいつから琴子ちゃんを遠ざけたいから出て行こうなんて」

「違うよ。………琴子が先に気づいたんだ。長谷川の子供……佳菜子ちゃん……アレルギーで時々受診してるんだが--虐待受けてるんじゃないかって」

「……え?」

長谷川とかいう男--妻に逃げられたというその男は見かけは柔和そうで愛想がいいのだか、何処となく抜け目がない感じがしたのを覚えていた。
その娘はまだ三歳くらいで、瞳がくりっとした随分可愛い子で、琴子ちゃんに凄くなついていた。

「あの娘の体のあちこちに痣があったんだ。背中や腹といった医者に見せるような箇所は上手く除いて、腕とか足の付け根とか……。妙に怯えたところがあって琴子が気にかけていて、俺も痣や煙草を押し付けたような火傷を見つけて確信した。虐待だとは思ったが警察に通報してもなかなか家庭の中には立ち入れないからな」
この頃はまだ、余程事件にもならない限り、警察や児相も簡単には動いてくれなかった。

「だから……俺が琴子に言ったんだ。あの娘を連れてこの街から出ようかって」

「そりゃ誘拐だろう?」
僕は驚いた。そんな短絡的なことを言い出したのが琴子ちゃんではなく彼の方ってことに!

「別に拐ったって、あの父親は煩わしい足枷が居なくなったと思うだけさ。警察には届けるだろうが、捜査の網を潜り抜けることなんか造作もないこと………」
彼の能力を持ってすれば周囲を騙して生きていくことは簡単だろう。元々そうやって生きてきたのだから。


--あの娘は琴美に似てるんだ。だから、琴子は余計あの娘のことが気にかかって仕方がないんだ。

「琴子ちゃんはなんて?」

「連れて行かないって。連れて行ってもずっと一緒にいられる訳じゃない。いつかは別れなくちゃならない。だから……いやだって」

--琴美は拾った子供だった。初めての子育てで、琴子はそれは精一杯愛情を注いで育てたんだ。でも、成長して色々解ってくれば親が歳をとらないのがおかしいって思うだろ? いつかはきちんと親が不死の者だと伝えるのか、或いは何も云わずに別れるのか--決めなくてはならなくて。
結局、琴美の本当の家が見つかって、その家に返すことにした。それを決めたのは琴子だ。
俺は琴子に提案したんだがな。
琴美を仲間にしようって。
俺たちと同じ、不死の一族にしようって。
そうすれは俺たちは一生家族でいられる。永遠に別れることのない家族に。

でも、琴子は言ったんだ。

--琴美を人間でなくしてしまう権利はあたしたちにはないでしょう?

たとえあの娘が望んだとしても、それは分かってないだけよ。自分がみんなと違う時間を生きているということがどんなに悲しいか。知り合った人たちがみんなどんどん遠いところに行ってしまうのよ? どんなに大好きになっても必ず別れなくてはならないのよ……!


--琴子……おまえは後悔しているのか?
不死の一族となったことを。
俺と同じ時間を生きることを。
おまえの隣には俺しかいない世界にいることを。

俺は600年の孤独の末に琴子を手に入れた。でももしかしたら俺は琴子の人間としての幸せを滅茶苦茶にしたのかもしれない。当たり前だ。人間として生まれた以上人間としてその生を真っ当するのが本当の幸せだ。
俺は自分の欲のために琴子の幸福を奪ったのだろうか。

……ずっと何処かで恐れていた。琴子から、後悔していると言われることを。
不死の身となったことを後悔していると……


「とりあえず、喧嘩の原因は、それを言っちゃったってことなんだな?」


--子供を拐うなんて入江くんらしくない!

--だって、おまえ、寂しいんだろ? 琴美育ててる時、本当に幸せそうだったろう?

--だからって、ずっと一緒にいられる訳じゃないわ‼

--ペットだって同じだろう? 人間たちは家族と思ってペットを育ててるが必ず見送る日が来る。辛いけれどみんな乗り越えていることだ。

--人間とペットを一緒にしないで!

--そうだな。俺は元々人間じゃねーからな。人間の気持ちなんかわからないな。おまえ、本当は人間じゃなくなったこと後悔してるんだろ?
俺と離れたくても仲間は俺しかいないから離れるわけにもいかねーもんな。俺から生気貰わねーと生きていけないし。万一他に好きな奴ができてもそいつとは一緒に生きていくことはできないしな。

--本気でそんなこと思ってるの?

--ああ。

そして、癇癪を起こしたように皿やら花瓶やらをサイドボードから払い落とし。

--入江くんの、ばかぁ!!


そして、出ていった、と言うわけね。

そしてまたこいつのどんよりしてること……新月期だからテンションも低くて、こいつの周りから負のオーラが渦巻いてるぞ。

「……捜しに行くぞ」
ため息ひとつついて彼の肩を叩く。

「多分、この先の公園だ」

なんだ、家出した時の行先分かってるわけね。



で、俺たちは近くの公園に来たわけだが、すっかり日が暮れた公園には流石に誰もいない。砂場に置き忘れたシャベルやバケツがあって、少し前まで子供たちが遊んでいた気配が残っていた。

「……誰もいないぞ」

「いつもならここにいるんだが」

そう言って、小山の中をトンネルとして通れる土管を覗く。
土管の中にも誰もいない--が。

みゃお

土管の奥の闇の中に金色に光る2つの目があった。

「…ネコ?」

一匹の黒猫が土管の中から出てきた。
まだ子猫だった。

「そういえば琴子が公園で猫を餌付けしてるとか云ってたな……」


前足に怪我をしているようで、血が滲んだハンカチが足に巻き付いていた。

「このハンカチ、琴子のだ」

「……え? じゃあここには居たんだ」

するとその黒猫がみーみーと、何かを訴えるかのように入江のズボンの裾をくわえて引っ張っている。

「何だろう……?」

俺たちが顔を見合わせた時--突然、はっとしたように公園の入口の方を見つめた。

「……どうした?」

「琴子の悲鳴が聴こえた……」

「え? 嘘っ俺には何も………」

「琴子の声なら新月期でも一キロ位先でもは聴こえる」


すると突然黒猫が此方へ来いと謂わんばかりに走り出した。そして入江もその黒猫を追い掛けて走り始める。

「……待って」
僕も慌てて追いかける。
こいつ、満月期なら何キロ先まで聴こえるのかな?



「………ここは」

そこは随分なおんぼろアパートだった。安普請な二階建て。
黒猫は真っ直ぐ一階の一枚の扉の前で止まった。
そして、その扉の前にはもう一人……。

「佳菜子ちゃん?」

入江が目を見張る。

表札を見ると、『長谷川』だった。
琴子ちゃんにちょっかいをかけ、娘を虐待していたかもしれない男の家。

少女は、自分の家の玄関扉の前で、膝を抱えて震えて座っていたのだった--。



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次こそっ! 終わる筈……?









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2014年10月22日
  1. 月下の一族 ~第一夜~ 不思議なふたり 5(10/22)